HOゲージの世界へようこそ

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2022.12.01
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今日は妻の月命日なので、両国のお寺に眠る妻のところに行ってきました。


私が生まれて高校一年生の夏までこの近所の墨田区本所に住んでいたこともあり、両国や浅草、錦糸町辺りはよく知っているつもりですが、以前は国技館も今の両国でなく蔵前だったり、スカイツリーが出来、高層ビルや高層マンションが立ち並び、昔の面影も少しずつ塗り変えられていきます。



上の画像の両国駅ホームも昔はここから房総に行く165系やキハ28系の急行が出る始発駅でした。

そして、今日初めてE235系に乗りました。



最後尾ですれ違う快速電車を見ているとE217系とE235系が凡そ半々にまで置き換えが進んでいるように感じます。





両国に着き、お寺に向かう歩道沿いの力士像を見ると・・・
お腹の横綱の上に何とお賽銭があげてあります。



今日は上の画像の左端に見える赤い門の回向院 (えこういん) に立ち寄ってみました。






上の説明を要約すると
鼠小僧こと中村次郎吉は1797年生まれの実在の盗賊で、1832年8月19日浅草で処刑されたとあります。
「甲子夜話」によれば、武家屋敷にのみ押し入り、庶民から義賊扱いされていると記されおり、後に幕末の戯作者が権力者の大名家に侵入し庶民に盗んだお金を配るという虚構の主人公とした作品を世に送り出したことから人気に火がついた当たり狂言の1つだと書かれています。

供養墓の前の小さな供養碑は別名「欠き石」と呼ばれ、この墓石を欠き財布や袂に入れておけば金回りがよくなる。あるいは持病が治るとも言われているそうです。

妻の月命日の後は、東へ約200m程のところに赤穂浪士討ち入りの吉良邸跡があります。









ここにあったパンフレットや上の説明によると
吉良邸 (吉良家上屋敷) は東西132m、南北62m、2550坪 (8400㎡) 、建坪母屋388坪 (1280㎡) だったそうですが、現在残るのは当時の1/86だそうです。

このあと吉良邸跡から両国駅に向かって北へ20m程歩くとこんな案内を見つけました。



先月の大相撲九州場所ではまたしても高安の優勝はなりませんでしたが、家に帰って現在の時津風部屋の有名力士を知らべてみると。
1人はカド番大関で負け越し大関陥落の決まった正代と十両で負け越し11/28に引退を発表した元幕内の豊山の2人でした。

両国駅近くでこんな居酒屋さんがありました。

それともわざとレトロな造りにしているのでしょうか?



それから金曜日か土曜日でお目当てがあれば、タブレットに立ち寄ることもあります。
最後の一行はHOゲージャ―にしかわからない合言葉です。


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Last updated  2022.12.08 09:25:05
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