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春爛漫、晴天の下で、ツツジが咲く頃、大阪中央公会堂はとても綺麗です。この公会堂の古さがとてもいいです。河島英五さんの『よぼよぼじいさん』「古いものの中に すばらしい古さが古いものの中に すばらしい新しさがあることを教えてくれた先生 先生 僕はあんたが好きでした♪」を思い出します。この公会堂は、アルベルト・アインシュタイン、ヘレン・ケラーやガガーリンなどの歴史的人物の講演も行われた場所ですが、保存する資金難の時期があり、河島英五さんが赤レンガ保存基金のチャリティーライブを1990年3月25日 に行っています。http://www.livefans.jp/groups/4033河島英五さんは物を大切にされた方だと英五さんの奥様のコメントが以前ありましたが、古いものの中のすばらしい古さを残したかったのだと思います。『よぼよぼじいさん』の歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03470http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/197290/Y047971に紹介されています。過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
2012年04月24日
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4月23日は河島英五さんの誕生日で、何を書いたらいいか迷った結果、河島英五さんの『そうだったんだね父さん』にしました。『そうだったんだね父さん』は一般の方が詩を書き、それに英五さんが曲をつけて歌っています。私は好きな唄です。ネットに『そうだったんだね父さん』の歌詞は書かれていなく、下記のサイトで試聴できます。http://wmg.jp/artist/eigo/WPC7000010176.html『そうだったんだね父さん』は、息子がお父さんになるぐらいの年になって、やっとお父さんのことが少し理解できたように思うが、今、思えば、お父さんのようには立派ではないよというような歌です。4月21日、河島アナムさんのライブで、アナムさんのMCを聞いていて、アナムさんも大人になり、少しお父さんのことが理解できてきたというような感じがしました。アナムさんのブログhttp://ameblo.jp/anamkawashima/entry-11231094560.html『そうだったんだね父さん』そうだったんだね父さん小さな頃にあんたのざらついた皺だらけの手を見てきたなく思い少し軽蔑もしてなんだか近づきにくかったでもこの頃朝から晩まで働く自分の手が皺だらけでごつごつして付けたクリームさえその皺に残るそうだったんだね父さん俺たち子供のために一生懸命働く手だったんだねそうだったんだね父さん遠い昔の休みの日には何もしないでごろごろするあんたを見てはまるで父親とも思わず邪魔にしたねでも今の自分 休みをとっても何もする気になれず一日中ごろごろしてはたまに溜め息つき そして眠るそうだったんだね父さん俺たちと母さんの為に働き続けたたった一時の骨休めだったんだね俺はあんたより大きくなれないね今だに一人者だけどきっと女房と子供がいたならあんた以上に邪魔にされるかもしれないねそうだったんだね父さん そうだったんだね父さんあんたは大きな 大きな人だったんだね
2012年04月23日
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河島英五さんのの『晩秋』4月21日にありました河島アナムさんのライブ『桜の花びら散る頃にvo.1』にゲスト出演された中畑昌也さんが英五さんの曲で選んだのが、この『晩秋』。季節はずれのこの曲を選んだ理由を言われませんでしたが、この『晩秋』は英五さんのお父さんが亡くなった時に作られた曲で、中畑昌也さんもそれを意識されたのでしょうか?歌詞はhttp://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/008.htmlにあります「この国が一番美しい 燃える秋が訪れる・・・・・・・・・悲しみに心奪われ生きる力無くした時にも季節は美しく巡り来て優しく響く」生きる力無くしても、元気を出して欲しい。「声が潰れるほど泣いた夜も 抱き合った温もりも過ぎ行く日々の暮しの中にいつの間にか 埋もれていくでしょう」これまた、2006年5月14日に書きました『生きてりゃいいさ』の「生きてりゃいいさそうさ生きてりゃいいさ喜びも悲しみも立ち止まりはしないめぐりめぐって行くのさ」を思い出します。過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
2012年04月22日
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河島英五さんの『あきらめ顔は早すぎる』歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/012.htmlに、書かれています。「ぜいたくな暮らしになれすぎて中途ハンパな時をすごしてた♪」「ぜいたくな暮らしになれすぎて情熱を失くしかけていた♪」昔、ある社長が『楽しい仕事が出来る人はプロ野球選手とか芸術家とか、ごく一部であり、普通の社員は楽しい仕事を望めない』と言った。指導者がそんなことを発言すべきではないと思いながらも、『そうだよな』という気持ちになる時があります。今日、ある方のブログに『どんな仕事してても楽しいことはあるよ』と書かれていました。そうだよな、そう考えてやらなければいけないと思いました。「自分がもう一度自分らしく自分の力をとりもどしたいやろうと思えば何でもできる♪」
2012年04月20日
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今更、いうまでもなく、河島英五さんのヒット曲『野風増』河島英五さんは『夢』というか『志』の唄を多く歌っていて、『子供ならもっと高い山に登りたがるはずさ』の方が好きです。その他、『元気出してゆこう』の「志が少年を一人前の男にする志を持ち続けることで男は少年に帰る♪」とか『出発』『あきらめ顔は早すぎる』『青年』『竜馬のように』『誕生日を前にして』『ほんものの汗』・・・・2012年4月12日の『よぼよぼじいさん』Vol.10で書きました―――――――――――何をもって成功したといえるかは、人それぞれ違うと思います。自分の決めた道を歩むことが出来れば、成功だと私は考えます。頑張れ!!!―――――――――――を、本人にコメントしたところ、『大成功しなければ死んだと等しい、と僕は思っています。頑張ります。』とコメントがかえってきました。河島英五さんの『野風増』の「大きな夢をもて~」があう『志』を連想しました。
2012年04月19日
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4月16日が英五さんの命日。命日には『いくつかの場面』もいいのですが、『月の花まつり』もいいです。歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/024.htmlに、書かれています。「あの空に浮かぶ月今は欠けているけれど生まれ変わってまた 満ちるだろう」という歌詞で始まります。「何もかもが生まれ変わるよ風も星もくり返す波も命は遠い空から降りて地上に咲いた幾千万の花」「何もかもが めぐりあえるよ生きていれば 旅を続ければ命はやがて空に昇って地上を照らす 幾千万の星」今、英五さんは「地上を照らす 幾千万の星」私たちは「地上に咲いた幾千万の花」でしょうか。また、いつか英五さんにめぐりあえると思います。英五さんの家族が経営されているTENTENCAFEにある英五さんの壁画に「INOCHI NO MATSURI DA」(命のまつりだ)というのがあります。この「命のまつり」の唄はなかったのでしょうか?以前、英五さんの命日に、この壁画の下で、線香がたかれていました。「別れていった人も帰ってきておくれ肩をだきあって許しあおうよ♪」これまた、仲直りの話です。『タンバリンたたいておくれ』、『100年たったら』など、河島英五さんの唄には仲直りや友達の唄も多い。英五さんは本当に人を愛していたんだなって思います。そういえば、DVD『河島英五秘蔵映像集』で、英五さんは「僕は嫌いな人がいないです」って言っています。
2012年04月16日
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4月16日が河島英五さんの命日ですので、命日の曲を選ぶ予定でしたが『誕生日を前にして』にしました。4月23日が英五さんの誕生日で60歳になります。「二十五年目の春がすぐそこに若いといえばもちろん若いけど二十五年目の春がすぐそこに空を駆けめぐるには重くなりすぎてしまったもういちどここでふんばってみよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・腕を組み 空を見つめてみる♪」英五さんも60歳、若いといえば若いけど・・・・「もういちどここでふんばってみよう」が、好きで踏ん張っている人を書いていますが、今日は中日の山本昌投手です。山本昌投手は昨年45歳で、ケガで1試合も出場しませんでした。年齢的には引退するような状況で、手術をし、現役を続け、そして、今年、46歳で復活しました。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E6%98%8C4月15日の勝利は最年長先発勝利のプロ野球記録と最年長勝利のセ・リーグ記録を樹立しました。素晴らしい。46歳というのは、山本昌投手が入団した時には今年入団した選手はまだ生まれていない年齢差です。過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
2012年04月15日
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河島アナムさんのライブ『桜の花びら散る頃にvo.1』http://ameblo.jp/anamkawashima/entry-11165885192.html4月21日(土)@奈良町TEN.TEN.CAFEゲスト:中畑昌也&小田切健(pf)17:30開場/18:30開演前売り3000円(D別)/当日3500円(D別)チケット発売日:2月16日(木)11:30~予約:問い 奈良町TEN.TEN.CAFE0742-26-2636奈良町TEN.TEN.CAFEhttp://www.ten10cafe.com/あらい舞さんのライブ河島英五メモリアルライブ Vol.5 音や4月22日(日) 場所:嵐山 音や住所:京都市右京区嵯峨柳田町 33-1TEL FAX:075-862-1225OPEN:12:00 START:13:00料金:2000円出演:あらい舞 『あらい舞』HPhttp://eigocall.sakura.ne.jp/maii/cgi/info/s_news.cgi嵐山 音やHPhttp://otoyalive.web.fc2.com/河島英五さんのカバーを収集しただけでも、十分、河島英五さんの追悼&生誕60年誕生日ライブになりそうです。河島英五「月の花まつり」河島英五「運命」河島英五「人間の祖先」河島英五「ブーツに履きかえて」河島英五「祖父の島」 河島英五「酔い語り」 河島英五「孤独の叫び」 河島英五「バイ・バイ・バイ」 河島英五「おばあちゃんのひとりごと」 河島英五「元気だしてゆこう」河島英五「足並みをそろえて」河島英五「訪ねてもいいかい」河島英五「水瓶の唄」河島英五「野風増」 河島英五「展望台から」 河島英五「仁醒」 河島英五「酒と泪と男と女」 河島英五「地球のどこかのかたすみで」 ライブとなれば、本人に曲順のこだわりがあるかもしれませんが、勝手に並べました。さらに、ライブのMCの部分は元のyouyubeのサイトに書かれていますので、そちらを読んで頂けたら、嬉しいです。別の方ですが、「崩れた壁」(河島英五カバー曲)ARISA 過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
2012年04月14日
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たまたま、河島英五さんの『よぼよぼじいさん』が続いてしまいました。以前にも、知り合いが大学2年生で、中退し、この『よぼよぼじいさん』を思い出したことを書きましたが、ある芸人さんが『芸人が目指す道に学歴は要らない』と中退しました。「おもえば僕が勉強もせずにギターばかり弾いていた頃ほどほどに ほどほどにほどほどにしなさいとみんなが説教する中でそんなに好きなら 学校やめてなさいその道に入るがよいときみに その情熱がないなら勉強に打ち込むがよいと♪」何をもって成功したといえるかは、人それぞれ違うと思います。自分の決めた道を歩むことが出来れば、成功だと私は考えます。頑張れ!!!『よぼよぼじいさん』の歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03470http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/197290/Y047971に紹介されています。4月2日に河島英五さんの歌をカバーされている映像を紹介しましたが、どんどん増えていますので、とりあえず、4月2日の日記に追加しました。過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
2012年04月12日
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中日ピッチャー 山本昌 47歳キャッチャー 谷繁 42歳ファースト 山崎 44歳レフト 和田 40歳バッテリーの合計年齢は日本新記録らしい。おそらく9人中4人の合計も日本新記録でないだろうか。4人見ていたら、失礼ですが、河島英五さんの『よぼよぼじいさん』を思い出しました。「古いものの中に すばらしい古さが古いものの中に すばらしい新しさがあることを教えてくれた先生 先生 僕はあんたが好きでした」それから、このおじさん軍団で思い出したのが、4月21日(土)の河島アナムさんのライブ『桜の花びら散る頃にvo.1』http://ameblo.jp/anamkawashima/entry-11165885192.htmlに出演するおやじバンドの中畑さんのすろーらいだーず「だからBaby」『よぼよぼじいさん』の歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03470に紹介されています。
2012年04月10日
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河島英五さんの『いくつかの場面』沢田研二さんの『いくつかの場面』この唄は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/020.htmlに紹介されています。この唄は2001年4月16日英五さんの訃報を伝えるラジオの速報の際、追悼の唄としてかかりました。当日、平日でしたが、たまたま私は休暇で家で速報を聞きました。まぶたを閉じて、涙して聴きました。「いくにかの場面があったまぶたを閉じればよろこびにぐしゃぐしゃになったあの時 あの顔 ・・・・・・・まぶたを閉じれば数々の思い出が胸をあつくよぎるそしていつも心を離れないいく人かの人達がいた出来るならもう一度僕のまわりに集まって来てやさしく肩たたきあい抱きしめて欲しい」過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
2012年04月08日
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河島英五さんの『仁醒』歌詞はhttp://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND47388/index.htmlhttp://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/032.html最近、インディーズの歌手やお笑い芸人などの人を見ていると、『仁醒』のような平凡な人生の人は何割なんだろうか、そんなに平凡な人が多いわけではないかもしれないかと思いました。「生きるとは働くことなんだと 解らなくなってしまっていた 誰のために働いているのか 余りに世の中が複雑になってしまったから」「働く」とは、いろいろな種類があります。給料を稼ぎに行くことも、当然、働くことだし、ボランティアで、お金を貰わなくても働くことですね。いわゆる「働く」とは、いろいろなことでしょう。単純に、働くこと(労働)だけが人生ではないなあって、私は思います。何か求めて、活動することも、それもまた、人生なんだろう。平々凡々な生活でも、幸せです。それでも、幸せなんだって、忘れてしまうので、私は人生の旅に出ようと思う。飛行機や汽車に乗る旅ではなく、人との出会いという旅に出よう。
2012年04月07日
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団塊世代の歌手が次々と還暦を迎えていますが、英五さんも今年で還暦です。生きてりゃいいさ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,河島英五さんの『生きてりゃいいさ』
2012年04月06日
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河島英五さんの『何かいいことないかな』ある方のブログで、その方のお父さんのセリフを読んでいたら、志を持って、生きている証を求めよと唄いました河島英五さんを思い出しました。―― ある方のブログ ――――僕はあまり人を尊敬したりしないタイプなんですが、そんな僕が心から尊敬している人が二人います。(中略)もう一人がうちのオトン。人間として、凄く尊敬しています。こんな人になりたい、と心底思える人。そして、いつか超えたいと思う人。そんなことを伝えた事は一度も無いけど、僕が売れてテレビに出る事で、なんらかの形で伝えられたらなと思う。多分、お笑い芸人になった本当の理由は、そこにあるんかなと思う。そんなオトンに今日、説教されました。お前は何に対しても期限を決めて無い。いつかそのうちやるだろう、なんて絶対せえへんよ。大学受かった時、泣けるくらい嬉しかったと思う。高校時代は与えられた環境の中で、目標を決めなしゃーないから、やってたやろうけど、これからは誰も自分の目標なんて決めてくれへん。大人になっても、泣けるくらい嬉しい事に出会う為には、自分で期限を決めて目標を立てな絶対無理。俺は心は18歳のつもりや。おっさんになった今でも、感動したい。どんな道を選ぶのもお前の自由やけど、感動出来る人生を歩んでくれ。と、言われました。やっぱすげえわ。―――――――――――――私も凄いと思います。ドラマじゃなくて、こんなセリフが現実に出ているなんていいなあ~この記事を書くにあたって、『何かいいことないかな』を選んだのは、英五さんがこの『何かいいことないかな』は「何か感動することないかな」でありますと解説していたからです。今日は私も感動しました。
2012年04月04日
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4月の河島英五月間を迎えて、河島英五さんのファンが河島英五さんの唄をカバー河島英五「月の花まつり」河島英五「運命」河島英五「人間の祖先」河島英五「ブーツに履きかえて」河島英五「祖父の島」 河島英五「酔い語り」 河島英五「孤独の叫び」 河島英五「バイ・バイ・バイ」 河島英五「おばあちゃんのひとりごと」 河島英五「元気だしてゆこう」河島英五「足並みをそろえて」河島英五「訪ねてもいいかい」河島英五「水瓶の唄」河島英五「野風増」 河島英五「展望台から」 河島英五「仁醒」 河島英五「酒と泪と男と女」 河島英五「地球のどこかのかたすみで」 本人は納得いっていないようなので、また、別にアップされるかもしれません。古いのですが、「崩れた壁」(河島英五カバー曲)ARISA
2012年04月02日
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