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午前3時半。ようやく終息に向かって来た引越準備、この家での最後の夜が終わろうとしていました。『あ、これまとめるの忘れてた!(驚)』←ベランダの植物たち『このエリアまだ手つかずで残ってたよ~。(泣)』←洗面所引越業者さんから頂いていたダンボールも底をつき、近所の24時間営業のショップからもらって来ては、ひたすら詰め込む詰め込む....。そして引越の日の夜が開けて、長い一日が始まりました。午前8時、最初に電気のメーターチェックの方が見え、続いて引越業者の方々。私なんかじゃ、全然持ち上がらないダンボールもまとめて2個ずつ軽々と運び出されていきます。『何もしなくていいですよ。』なんて営業の方に言われていましたが、まだ、細々した物が残っていましたし、物が運び出された後の積もりまくったほこりに圧倒されながら掃除機を持って右往左往していました。ようやく全ての荷物が積み終わったのは、1時半。もう、はっきりいってヘトヘトです。3時に現地集合ということで、私達は近所のお気に入りのそば屋で最後のそばを食べ、もう一度部屋に戻って最終確認をしました。「最初に見に来たとき、そういえばこんなだったよね。」私達はベランダから、慣れ親しんだ景色を感慨深く眺めました。いくつものマンションで四角く切り取られた空、近隣に建設中のマンションから響く金属音と国道を通るトラックの騒音、それすら懐かしく感じられます。全ての荷物が運び出されたリビングは、どことなくよそよそしく他人行儀です。ここで何百回もクカラチャの練習をし、玄関からベランダに向かう廊下で何往復もルンバウォークをしたのです。最後に私達は何もないリビングでルンバ・ベーシックを踊りました。それからチャチャチャのバリエーション。いままでありがとう。私達の成長をじっと見守ってくれいた部屋と、こうして私達は、無音のダンスで別れを告げたのでした。
2006/09/30
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結婚する前、彼の家に初めて遊びにいったとき、驚いたことがありました。それは、大きな机にひしめいていた小さき者たち。すっかり忘れていましたが、そう、むかしからそうだったんです。『小人の大将』だったんです。いよいよ明日に迫った引越、小さき者たちは全く手を貸してはくれませんが、どことなくエールを送ってくれている様な気もします。一人一人丁寧に薄紙に包んで連れて行くんでしょうか。(そんなことやってるから、大将のコーナーが全然片付かないんだぁ。)「今日帰って来たらビックリするよ。早く帰って来て全部片付けとくから。」ホントだといいな。寝て起きたら全部片付いてないかしら。小さき者たちよ。自主的に箱に入っといておくれ。今日は徹夜かも...。(おわり)
2006/09/29
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ー いつの間にか ー京都に行ったり引越のごたごたがあったりですっかり忘れ去られていたんですが、今月は私の誕生月でした。持つべき物は友達といいますが、親でも忘れてるこの誕生日をしっかり覚えていてくれた友達がいました。ときどきブログに登場する『江戸っ子コンビ』のCちゃん、後援会長さんの息子さんのお嫁さんです。こんなすごい物が送られて来て、大将と二人度肝を抜かれました。星座をビーズで刺繍した巾着袋、まさにStraTreesにピッタリじゃないですか。もったいなくて使えませんよ。どれだけ手間がかかっただろうと思って、胸が熱くなりました。先週は近所に住んでいるNちゃんが、友達と一緒にレッドロブスターでお誕生会をしてくれました。店員さんがハッピーバースデーを歌ってくれたりするサービスもあるんですが、それは気恥ずかしいのでパス。こんなすごい花をくれました。『引越す頃には枯れるから、ゴミで出してけばいいよね。』なんていってましたが、まだしっかり咲いてます。このまま新居に連れて行くことになりそうです。Nちゃんと私は10代の頃、冬休み限定の新幹線車内販売のバイトで知り合いそれ以来の友達です。江戸っ子コンビのCちゃんは、Nちゃんの高校の同級生で、私のライブにNちゃんと二人で来てくれて即座に友達になりました。以来ずっと仲良くしてくれて、最近はそれぞれ忙しいのでなかなか頻繁に会うことは出来ませんが、これからおばさんになっても、あ、もうおばさんにはなってますね。おばあさんになってもずっと仲良しでいたい友達です。(つづく)
2006/09/28
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ー 踊りたいけど踊れない ー発達した低気圧の影響で大荒れになった火曜日の夕方、うちに帰るとめずらしく大将がもういました。二人でスパゲティを食べて、そろそろレッスンに出かけようかと窓の外を見ると、ますます雨脚は強まるばかり。しかも風も強くて、気温も10月下旬並みに下がっていまいした。寒いです。どんなに忙しくても、せめて週に一度は踊りたいね~なんて言っていましたが、すっかり出鼻をくじかれたかんじです。ほんとは踊ってる場合じゃないくらいやることは山のようにあるんですよ。引越まで後5日...。でも踊りたい。それには訳があるんです。先週、千葉県のJDSF事務局からお電話を頂きました。10月末に新潟で行われる東部ブロック選手権に県代表として参加してくれないかというお誘いです。『え~!! 私達なんかでいいんでしょうか?』さらに、11月に兵庫で行われる内閣総理大臣賞争奪第14回都道府県対抗全国ダンススポーツ大会in兵庫にも、同じく県代表として出場させていただけることになりました。去年hitomiさんたちが応援に来て下さった岡山の試合が、今年は兵庫で開催されます。そりゃあもう、二人で大喜びですよ。こんなチャンスはそう何度も来るもんじゃありません。一気にモチベーション急上昇。『あ~~!! 引越先も千葉県にしといて良かった~! 埼玉に住んでて千葉県代表は変だもんね~。』しかし、現実は厳しいのです。外は大荒れ、中はごちゃごちゃ。せめて、家でコネクションの練習くらいしたいところですが、あっちこっちにダンボールの島が出来てるので下手に踊ると危険です。2ヶ月も試合から離れてすっかり緩んだ身体、引っ越しが終わったらまたギューギュー気合い入れて絞り上げていきますので、千葉県の皆さんどうぞご勘弁ください。せめて寝る前に腹筋だ...。(つづく)
2006/09/27
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ー うそも方便 ーこれだけ部屋の中がスッキリすると、空いたスペースと同じように気持ちも大きくなってくるもんです。 京都のパーティに出発する日、昼過ぎの新幹線に間に合うように、午前中いろんな予約を入れていました。新居の契約手続きはまだでしたが、もう月末まで3週間しかありませんでしたから、見切り発車で引越業者さんにも見積もりに来てもらうことにしていました。大将の職場のグループ割引が使える業者さんの中から選んでいましたので通常より安くなるし、荷物も減ったからすごく安く上がるかもねなんて言っていました。この日は火災報知器の点検やら、パソコンリサイクルの引き取りやら千客万来で、旅行の準備もありましたから相当バタバタしていたんです。研修の部下の方を連れて11時頃、引越業者の方が来られました。ボードを手に細かいチェック項目に書き込みながら部屋を見ていきます。一通りご覧になって、ここからが商談です。最初の見積もりを見せてもらって、大将と私はひっくり返りそうになりました。「トラック2台で26万円ですね。」26万円!! (@へ@)うそでしょ。(@o@) なにそれ?引越ってそんなにお金のかかるもんでしたっけ? こんなに荷物減らしたのに?きっとこれは営業の手段なんだろうな~と思いました。よく刑事物で取り調べをするとき、怒鳴ったり追いつめたりする刑事さんと、カツ丼なんかとってくれて優しく接してくれる刑事さんがコンビで供述を引き出すみたいの、あるじゃないですか。これも、最初に高い値段を提示して驚かしておいて、ぐっと値下げして、お客さんはホッとしたところで契約にもっていく手法なんですよ、きっと。案の定、値引きが始まりました。で、15万5千円まで下がりました。いきなり10万円も下がっちゃって、それも驚きですよね。 (@~@)しかし月末に引越しすると割高なんだそうです。しかも、土日だし。本当は何社か見積もりをとって、比べるのがいいんでしょうけど、私達には時間がありませんでした。新幹線の時間も迫ってきます。しかし、営業の方にも弱みはあったんです。必ず見積もりをした日に即決させること。これ、営業の鉄則です。しかも、研修生連れてますから、絶対お手本見せないといけません。そこで私達はまず、『考えさせてくれ。』攻撃に出ました。月末&週末で何万円も高くなるなら、来週会社に相談して休みを調整してみるからということで。それに対して営業の方は、今日決めていただければ、月末&週末料金を値引きして、平日と同じ料金にしますからとさらに13万5千円まで下げてくれました。大将は大喜びで契約書に名前書きそうだったんですが、私はゴネました。「前の引越の時は、10万円いかなかったですねぇ。」(←ウソです)営業の方は頭を抱えてしまわれました。「それは、ものすごく勉強されたんですね。どちらの業者さんですか。うちですと一番頑張って13万が限度なんですが。」もうそろそろタイムリミットでした。私は、もう一息、12万円台だったら契約しましょうといいました。大将は完全にギャラリーになっちゃってて、私の強気の態度に声裏返って『ひぇ~。何言ってんの~。』なんて言ってます。どっちの味方なのょ。営業の方は上司に電話をかけ、どこまで下げていいか交渉に入りました。こうして何とか引越し費用を12万円台に納め、研修生の手前営業の方の面子も立ち、引越用のダンボール箱が大量に搬入されて、私達はあわただしく京都に旅立ったのでした。(つづく)
2006/09/26
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ー スリムになるのだ ー身体のスリム化はなかなか思い通りには行きませんが、家の中の荷物のスリム化はそうしようと思うだけで出来るもんですね。今回の引越をいい機会ととらえて、この際、不要品を一掃することにしました。まず、パソコン。20年くらい前から次々と新しいのを手に入れては前の物はそのままだっので、恥ずかしながら9台もあって、自称パソコンミュージアムとなっていたんです。「いつか高く売れるかもよ。」なんていう大将の言葉にだまされ、いざ廃棄しようと思ったら、2003年から『パソコンリサイクル法』なんていうのが出来て、モニタと本体別の機種なんか1つ7000円もかかるじゃありませんか。しかたなく、手分けして出すことにして、私はMac担当、彼はWindowsマシンとプリンタなどの周辺機器を担当することになり、一気に部屋がすっきりしました。早くそうしてれば良かった...。次が洋服。これも、ここ数年着ていなくて、特に思い入れのない物に関しては全部リサイクルに出すことにしたんです。最近近所にチェーン展開をしている服の大型リサイクルショップが出来たので、ドサっと持って行きました。重さで値段が決まるんですね。いい物は1キロ10円、大したことない物だと1キロ1円です。それでも全部で3500円位になったんですよ、ということは、全部10円だったとしても、350キロ減量です。全部大したことない物だと、実際こっちの方が近いと思うんですけど、3.5トンの減量ですよ。よく車つぶれなかったな。バンに満載して2回に分けて行ったんですけどね。っていうか、これまで着もしない服を何でこんなに溜め込んでいたんでしょう。次が本・CD・ビデオ・DVD。これは思い入れがあるのが多すぎてなかなかリサイクルに出す決断が出来ません。そんな時の私達の合言葉。『これを自分の棺桶に入れて欲しいか?』考えてみると、棺桶に入れて欲しい物なんてないんですよね。皆さんはありますか?ほとんどは、値がつかない廃棄物でしたが、それでも7000円くらいになりました。近所に住んでいる友達と4人で飲みにいって、このスリム化で帰って来たお金はパーっと消え、自分たちは逆に太ってしまいましたとさ。(つづく)
2006/09/25
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ー たからものだもの ー出来上がった部屋を午前中に見て、午後、ようやく契約が完了し、鍵をもらって帰ってきました。引越まであと1週間です。あらかじめ部屋の間取り図を頂いていたので、奇麗なビラなんかを切り抜いて、『冷蔵庫』とか『ドレッサー』とか、主な家具の配置をだいたい決めていました。ところが、出来上がった部屋を見てびっくり。間取り図にはなかった作り付けのクローゼットがバーンと出来ているではありませんか。結構立派なものです。営業の方は、何となく得意げに『サービスでつけさせていただきました。』なんておっしゃって、私達の大喜びを見る準備っていう顔つきです。私達の笑顔は複雑でした。だって、そこには本棚を全部並べる予定だったんです。だけど、好意でつけて下さったのに、『いらない』なんて言ったら気の毒だし、それがあることによるメリットも勿論あるので、家に帰って考え直すことにしました。さて、引越までにやることは山のようにあって、しかも最後の日曜日。「天然温泉行こうか?」どころではありませんでした。取り急ぎ、荷物の整理をしなくてはなりません。わたしがキッチンで日頃あまり使わない食器と格闘している頃、ふと見ると、大将がフロアに座り込んで動いてません。私はこっそり後ろから近づいて、何してるのか見に行きました。すると、どこにしまいこんであったのか、わたしにはガラクタのようにしか見えない細々した物を一つ一つ確認しているではありませんか。「それ、なんなの?」大将は手に持ってる物を愛おしげに眺めながら言いました。「これ? ツタンカーメンのエンドウ豆。」なに~???大将は自分で言っててもおかしかったらしく、クスクス笑い始め、私にも笑いは伝染して「なんなのそれ~?」「ツタンカーメン??」大笑いになってしまいました。自分だけの宝物ってそれぞれみんなありますからね。こんな調子で間に合うんでしょうか。皆さんの宝物って何ですか?(つづく)【期間限定】あら不思議!ピンク色の豆ごはんツタンカーメンのエンドウ豆(2kg入・兵庫県産)兵庫県産?
2006/09/24
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ー たった一人のお知り合い -マンション住まいになって驚いたことは、近所付き合いが全くないことでした。引っ越してきた日に両隣のお家にご挨拶に行ったのですが、左隣の方はそれ以来一度もお会いしていないし、右隣の方なんて、知らない間に別の方に変わっていました。ここは14階建てで,各階に10世帯くらいずつ入っていて、もう住んで何年にもなるのにお付き合いのある家庭は一つもないのです。生まれてこの方、ずっとべたべたのご近所付き合いの中で暮らしてきた私にとって、かなり不自然な感じでした。たった一人の知り合いと言えば、毎朝エントランスの掃除をしてくれているおじさんだけ。このおじさん、ただものじゃないんです。毎朝ここの住人が何時何分にそこを通るのか、全部記憶しているようで、私が『おはようございます!』と言って通ると、おじさんは必ず腕時計をチラッと見て、「あれ、今日はちょっと遅いんじゃない?」なんて、1分遅れても言われちゃうんです。いつも、丁寧にガラスを磨いて、エントランスに敷いてあるマットも新品みたいにきれいに掃除されているので、私はそれを踏まないように端っこを回って歩いていました。日曜日だけはおじさんが休みなのか、出かけるとき入り口の階段に枯葉が吹き溜まっていたりゴミが落ちていたりするのでその差は歴然でした。ある日、そのことをおじさんに話して、『いつもきれいにして頂いてありがとうございます。』というと、すっかり照れてしまわれて、耳まで真っ赤にして少年のように目を輝かせておられました。私はなんだかとてもうれしくて、その日は一日幸せな気持ちでした。マンションの前には大きな国道が走っていて、駅に向かうにはそれを渡らなければ行けないんですが,その信号が長いんです。また別のある日、丁度信号が赤になったばかりで、しばらく待たなければならず、雨も降っていたのでおじさんと少しお話をしました。この仕事は、会社勤めが定年になってから始めたんだよとかいう話です。どこまで通ってるんだと聞かれたので、○○市と答えると、『随分遠くまで通ってるんだね。』なんて言われました。おじさんのお兄さんがそこで学校の校長先生をされているそうで、よくご存知だったんです。その後も、入り口を通るたびにおじさんは腕時計を見て、時間どおりだとにっこり笑い、雨が降りそうな日は『傘持った?』なんて声をかけてくださいました。引越しの日が後2週間にせまり、たった一人のお知り合いのおじさんにだけはご挨拶していかなくちゃと思っていた矢先、おじさんは突然来なくなって,別の人に代わってしまったんです。ここ数日、おじさんの姿は見えません。いったいどうなっちゃったんだか、とても気になっています。今思い返してみると、最後にお会いした日だけ、おじさんは腕時計を見ませんでした。私は不思議に思ったんですが、丁度信号が青だったので、走って行ってしまったんです。もっと早くに引っ越すこと言っておけば、そんなことにならなかったかもしれないと悔やまれます。引越しまであと1週間、おじさんが戻ってきてくれることを願ってやみません。(つづく)
2006/09/23
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ー いろいろあるけど ーお盆は大抵の不動産屋さんが休みで探そうにも探せなかったので、コンビニで買った住宅情報誌なんかを隅から隅までチェックして目星をつけていきました。大将はそういうの大好きらしく念入りに情報誌に目を通しています。私は、開かずの間になっていた収納ボックスの整理を始めました。何年も忘れていたゲームが出るは出るは。丁度150000ヒットを越えたところでしたので、皆さんにプレゼントすることにしたんです。『応募したのにまだ届かないよ』という方、残念ながら、はずれです。お盆明けの週末、情報誌をたよりに精力的に不動産屋さんをめぐり、そこに載っているだけでなく、他のおすすめ物件も見せてもらいました。いろんな物件があるもんですね。ほんとにピンキリです。バーベキューしながら花火を見物出来る広大なバルコニーを持つ物件、丸いケーキを切ったような形で畳や収納が三角だったりする物件、ホテルミラコスタを模した欧風高級ホテルの外観を擁するデザイナーズ・マンション、ここはすごくて1階には無料で使用出来るジムがあって、ロビーには豪華応接セットがばばーんと置いてありました。どうせ日中はいないんですから、私達に必要なのはそんな豪華な住処ではなく、もっと機能的な住環境でした。ー 駅至近ー 高層階ー 高速ネット環境ー 遅くまで開いてるスーパー最低限欲しいのはこの程度。ところが、なかなか気に入ったところがないんですね。いいかなと思って手付金みたいのを払った場所も、よく環境を見渡すとパチンコ屋さんとかラブホとかがすぐ側にあったり、ダンス練習場の側といっても、駅まで歩くと遠かったり、窓を開けたら電柱だったり隣のマンションだったり。そうこうしているうちに、不動産屋さんの名刺ばかりがどんどん厚みを増してきて、たくさん見すぎて何が何だか訳が分らなくなってきました。8月末、大将は京都に帰ってしまいました。彼はこの夏、なんと2週間おきに4回も京都を往復しているんです。私は開き直って、 職場の暑気払いに バンドのセッションです。しかも帰ってきた彼を捕まえて、東京ディズニーシーの ミラコスタ。友達の江戸っ子コンビも誘ったら、『この忙しい時にミラコスタ~?しかも平日?』なんて断れてしまいましたが、なんとか 京都のパーティまでには新しい住居の目処がつきました。でもまだ、契約が済んでいないので余談は許さない状況なんです。まだ見てもいないし。なぜか?改装中だからです。和室の一つをLDKと続きの洋室にしてもらっているんです。どうしてって、そりゃ、踊れるからに決まってます!!(つづく)
2006/09/22
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ー どこにしようか ー8月に入っても私達はまだのんびりしていて、週末は 江戸川の花火見物に 浅草のダンスパーティ。真面目に家を探し始めたのは8月半ば、お盆のころからでした。実は結婚してからもう3回引越していて、今度で4回目。手順はだいたいつかめているので、焦りはありませんでした。前に住んでいたところは庭付き一戸建てで、そのときすっかり懲りてしまったので一戸建の線はありません。何が一番嫌だったかって言うと、果てしなく続く雑草と虫との戦いでした。その家に引越したのは冬だったので分らなかったんですが、夏になると庭中に草が茂り始めました。電動芝刈り機を買って、はじめは面白くて手伝ってくれていた大将もすぐに飽きて、毎週末、早起きして長袖長ズボンの完全防備でがーがー草刈りするのは私の役目になってしまいました。そのうち私も暑い中の重労働に嫌気がさし、庭はいつしか草伸び放題の『ホーンテッド・マンション』状態。そのせいでヤブ蚊が大発生し、門から玄関までのほんの数メートルの間を越えるためだけに防虫スプレーは欠かせないアイテムになっていました。中古住宅だったので、いろんな隙間があったんだと思います。お風呂には、アリンコ大行列です。それに比べて、今住んでいるマンション・ライフは夢のように快適でした。近くには真夜中0時までやっているスーパーが2件もあるし、外食しようと思えばいくらでも飲食店はあるし、駅まで3分だし、しかも築1年という新しさ。不満と言えば、東京の彼の職場までは電車1本で30分なのに対し、反対方向の私は電車を乗り換えさらに駅から車に乗って1時間半かけて職場に通っていること。大きな国道沿いなので一晩中トラックの騒音が煩いこと。さらに市民病院も近いので、昼夜を問わずサイレンの音が鳴り響いていること。仕事のことを考えると、東京、千葉、埼玉、茨城あたりが無難です。千葉県代表選考会の選手権にリーダー不在で出場出来ませんでしたが、まだ、一縷の望みをすてきれず、なんとなく千葉県にもこだわっていました。8月13日、私達は新しく開通した路線の沿線を当たっていました。そこで遭遇してしまったんです。若手競技ダンサーたちの夏の 特別練習風景に。「ねえ、私達さ、練習もしないでいつまでもこんなことしてる場合じゃないよね。」「みんなこの夏でどんどん上手くなってるよね。やっぱり、練習場の近くか、教室の近くかどっちかだね。」ジリジリ照りつける太陽の下、歩き疲れた二人は偶然見つけたファミレスで冷たいビールを飲むことにしました。(つづく)
2006/09/21
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ー うれしいおさそい ーどこでも住んでいいとなると、物件はそれこそ山のようにあるので、何かしら条件を付けなくてはいけません。7月、まだ私達は競技生活にどっぷりつかり、グランプリでの優勝を目指して日々がんばっておりました。ラテンを教えていただいている先生に何かの拍子に、「もうすぐ今住んでるとこ追い出されちゃうのよね~。」というと、「それなら、この上、空いてるよ。」なんて言う話が出たんです。今通っているスタジオは今年の1月にオープンしたばかり。しかも上は賃貸マンションになってるんです。練習場の上に住む、なんかすごく魅力的でした。だって、毎日練習出来るじゃないですか。朝練も出来るし、営業してない日なんかも融通を利かせて貸してもらえるかもしれません。ワクワクしながら部屋を見せてもらいました。新築のいい匂いがします。ところが残念ながら、二人で住むにはちょっと狭いかなという感じでした。新婚ならまだくっついて生活するのも楽しいでしょうけど、ある程度年数がたってくると自分だけのテリトリーが必要になって来るんです。だからって2部屋借りるのもなんか別居みたいだし光熱費無駄だし。というわけで、その話はなくなりました。他にもこのブログにときどきコメントして下さる『猫のポチさん』が、うちの隣空いてるよなんて言って下さったの、わりとマジに考えたんです。沖縄だったら、私達、何して生活出来るかなって。京都の彼の実家の近くと言うチョイスもありますし、東京の私の実家の近くというチョイスもありました。半分冗談だとしても、「そばにおいで」と言ってもらえるのって、なんかうれしいですね。(つづく)
2006/09/20
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『やどかり』っていう生物、ご存知ですか。昔、海に行って捕まえてきて飼ってたことがあるんです。足の格好は『風の谷のナウシカ』に出てくるオームみたいなんですが、特徴は自分の家代わりの貝殻をしょって生活していることです。でも、貝みたいに成長しながら自分の住んでる殻を大きく出来ないんですね。それで、大きくなってお尻入れてる貝がちょっと小さくなるとめぼしい貝殻を見つけて引越をするんです。その瞬間の素早いこと。魅力的な貝を目の前に置いてやると、目にも止まらぬ速さでシュッとお尻を入れて、何事もなかったかのようにまた歩いていっちゃうんです。全くうらやましい限り。何がって、人間の引越はずっと手間がかかるからです。私達が7月末の大会を最後にここのところずっと試合に出ていなかったのは、9月末で今の社宅を出なくてはならなくて、次に住むところを探していたからなんです。あまりにもチョイスが多すぎると、なかなか決められないもんですね。というわけで、引越まであと10日。いよいよカウントダウンが始まりました。ダンスを含め、住み替えにまつわるこの夏の奮闘をこれから何回かに分けて書かせていただこうと思います。(つづく)
2006/09/19
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シンクロナイズド・スイミングのワールドカップが、14日から横浜国際プールで開催され、最終日の17日、日本チームは銀メダルという素晴らしい成績を残しました。皆さんはご覧になりましたか?私からしたら、立ち泳ぎだけだってそんなに何分も出来ないのに、足だけ水上に出して踊っちゃってるんですから、そりゃあもう、社交ダンスなんかとは比べものにならないほど心肺機能も身体能力も必要となってくると思います。ニュースの特集で、彼女たちの日頃のトレーニング風景を見たんですが、完璧に動きを会わせるために並々ならぬ努力を何万回も繰り返しておられる訳です。「日本代表になるってホントに大変なことなんだね~。」私達はご飯の後、お茶をすすりながらテレビを見ていました。そのなかで、『これはダンスに使える!』と思ったのが、体幹トレーニングでした。お腹から腿の辺りの筋肉、とくに体の中の方にある筋肉を鍛えることによって、回転軸を安定させ『ブレない身体』にするというものです。具体的にどうやるのかは、テレビでちらっと見ただけなのでこれから調べようと思っていますが、ゴルフ、ビーチバレー、アイスホッケー、陸上競技、ボクシング、野球、様々なスポーツ分野で注目され、取り入れられている様です。ところで、全然話は変わっちゃうんですが、こんな占いがありました。 泳ぎ占いあなたを泳ぎに例えると、という占いなんです。試しにやってみたら、私はなんとシンクロでした。こりゃあ、ますます体幹トレーニングやれって言われてるみたいです。
2006/09/18
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キャロル先生のレッスンを受けて思い出したのが、「スラビック・クリクリビーのラテンレクチャー」というレッスンビデオです。現在はカップル解消してそれぞれ別のパートナーと組んで活躍されていますが、2004年10月当時は世界選手権のファイナリストで、将来を嘱望されていました。このビデオの後半で、パートナーのカリーナが「ダンスの4原則の優先順位」に関するレクチャーを行っています。ある大学院生からの質問で、次の4つに優先順位をつけて下さいというものだったそうです。・ ルックス(見栄え)・ コリオグラフィ(振り付け)・ テクニックとベーシック・ プレゼンテーション彼女が1位につけたのは「テクニックとベーシック」でした。質のいいダンスは正しいテクニックの上に成り立つということで、これはブライアンのレクチャーでも言っていたことです。世界戦のファイナリストになっても、毎日何度も繰り返し練習して、身体や筋肉に記憶として組み込まなければならない。そして競技会ではもっと他のこと、例えばプレゼンテーションのようなことに集中して、テクニックとベーシックのことは考えてはいけない、と言っていました。2位につけたのは「コリオグラフィ(振り付け)」でした。フロアの上でたくさんの競技選手が一緒に踊りますから、審判が1カップルを見る時間はほんの数秒です。その瞬間に印象づけるためには、他のカップルと何かしら違うことをしてアピールする必要があります。「人類は平等」といいますが、大きい人小さい人、太っている人やせている人、いろいろな人がいるのですから、そのカップルに合った、一番得意なことを生かす振り付けにするべきです。彼女が3位につけたのは「プレゼンテーション」でした。これはフロアに入るときから始まっています。よくバーゲン会場に急ぐような足取りで、スタスタ入場するカップルがいますが、これはいただけません。女性の通る道を確保しないせいで、彼女がぶつかったりよけたりしているのに自分だけ悠々と入場していく男性も「レディファースト」に反します。こういうことも審判は見ていて、経験不足か思いやりのないリーダーという印象を持たれてしまいます。さらに、フロアに一緒に出て行って、あるところで手を放してしまい、女性をかってにポジションにつかせるリーダーもダメだそうです。女性を「ここから始めて下さい」という場所までリードしてから、男性は自分のポジションにつきます。フロアに出て、いい場所が見つからないときは、他のカップルがばらけるのを待って、音楽が始まってからでも慌てずに移動しても大丈夫といっていました。ブライアンとカルメンがカップルを組んで始めて世界チャンピオンになった試合を私たちは見る機会がありました。音楽が始まって、他の選手はもうビュンビュン踊り始めている中、彼らは悠然と入場口から一番遠いお客さんのところまで歩いてきて、炎のように踊りだしました。あんまりかっこよかったので、私たちも何回かそれをまねしたことがあります。1組だけ踊っていないと返って目立つので一種のプレゼンテーションです。ただ、踊り始めがショボイと逆効果だったりしますが…。彼女が4位につけたのは「ルックス(見栄え)」でした。フロアでの第一印象というのはとても大切で、その試合だけでなく別の試合でもその第一印象から逃れることはできません。ですから、化粧、髪型、ラテンの場合は肌の色、ドレス、男性のズボン、くつ、さらには男性のズボンの裾をとめるゴムバンドに至るまで完璧を目指さなければいけません。ここでカリーナはショッピングの話に例えています。「ブランドショップに行ってバッグを買った時に、そのまま渡されたのではお客さんは満足しません。きれいに包装して、にこやかに手渡されて始めて、納得のいく買い物だったと思えるのです。それと同様に、フロアに立つ場合の衣装や髪型すべてはひとつのパッケージなのです。」 このレッスンビデオは、「スタジオひまわり」という所から出版されていますが、大変参考になりますので、興味のある方はご覧になってみて下さい。飛行機で荷物が行方不明となったスラビックが、Gパンのままレクチャーをしています。
2006/09/17
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サンバとチャチャチャを踊り終えた時に、先生に止められました。「エネルギーです。」「もし通常のエネルギーレベルをこの辺りだとすると、」先生は手を胸のあたりに水平におかれました。「貴方たちの今のレベルはこのぐらい。」といって、今度は手をずっと下のお腹のあたりにおかれました。「いいですか、踊るときはエネルギーレベルを通常より上に持っていかなければダメ。練習のときはさらにもっと上を目指すんですよ。」先生の説明は続きます。「いつもと同じように正確に踊ることばかり考えていると、見ている人はエネルギーを感じないの。確かに間違いはないんでしょうけど、同じようなレベルの人たちの中では埋もれてしまいますよ。」「いい?まず、コネクションがどうとか、フットワークがどうとかいうことはこの際忘れなさい。音楽だけを聞いて、それを楽しんで、自分ができる精一杯のストレッチ、ボディムーブメントを出し切って、さらにそれよりもっと遠くに踊ろうと思って、もう一度サンバを踊ってご覧なさい。」目の前の霧がさーっと晴れるような気がしました。そうだ。私は踊りを楽しんでいなかった。日頃先生に注意されるフットワークやベーシックムーブメントのことをいつも考えて『無難にまとまって』しまっていたんです。私たちはその後、音楽を『もっと大きく、もっと表現』することだけに集中して踊りました。1曲踊るたびに、最近なかった『息も絶え絶え』状態になり、浴びるほどの汗をかきました。いつも汗ダクダクのリーダーに対して、「スプリンクラーじゃあるまいし、スピンするたびに汗ふりまくのやめてよー。」といっていた自分が『人間スプリンクラー2号』になっていました。しかし、何という気持ちよさでしょう。こんなに楽しく踊ったのは久しぶりでした。先生は、大変喜んで、「さっきよりずっといい。」といってくださいました。「試合の結果がうまくなくて、迷っているときはこれをやるのよ。まず、エネルギーレベルを上げるの。自分たちが音楽を楽しむことができなければ、審判やお客さんにも何も伝わっていかない。」「タイミングやフットワークやベージックはもちろん大切よ。それがなくてただ思いっきり踊ったのでは暴れているだけになってしまいますから。ただ、それらの技術的なことはジグソーパズルのピースにすぎないの。それをつなぎあわせて一つの絵にするのがプレゼンテーションよ。私たちはみんなその絵が見たいの。」なんでチェックが入らないんだろうと悩んでいらっしゃる方、どうぞ、ダンスをもっともっと楽しんで下さい。必ず光が見えてきます。
2006/09/16
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競技会で思ったような結果が出ず、ビデオをみても明快な答えが見つからないときがあります。「いったい自分たちの踊りの何がいけなくて決勝に残れないのか。」ジャッジの先生に伺ったり、試合を見て下さっていた先生に伺っても、納得のいくような答えが得られない。「次の試合に向けて、いったい何を練習したらいいんだろう。」そんな時、ありませんか?2004年10月2日、私たちはキャロル先生のレッスンを受けました。キャロル先生は元全英ラテンファイナリストで、現在は世界各国を回って競技選手の指導にあたっておられ、私たちの先生のコーチでもありました。レッスン料は先生のランクによって変わってきますから、全英ファイナリストとなると通常のレッスン料の3倍くらいですが、ロンドンに行くよりはずっとお得だし、いつもたちどころに問題点を指摘して下さって、内容が3倍以上濃いので、ここ数年は来日されたときは必ずレッスンを受けさせていただいています。私たちは最近の試合のビデオをキャロル先生に見ていただきました。そのビデオは、多くの審判が立っていたコーナーのそばの、審判と同じ視線で撮った準決勝の様子でしたので、ブラックプールでも審判をされているキャロル先生に『審判の視線で』何が悪いのか教えていただこうと思ったのです。先生が「この人たち決勝に残った?」といって指し示されたカップルは実際に決勝に残った組とほぼ一致していました。落ちたカップルは何が悪かったのでしょうか。先生はビデオの中の選手達を指差しながらおっしゃいました。「タイミングをはずしている」「ムーブメントが途切れる」「リズムが見えてこない」そして私たちの踊りは、「どこで踊ってるの?」といわれました。確かに最初から注目して見ていないと、サンバやパソは審判から遠ざかっていく方向で踊っているため見てもらうチャンスがありません。チャチャやルンバはビデオで見る限り、間にたくさんのカップルが間に入っているので「見えてこない」ということでした。「いいですか。審判によっては、服が黒で目立たない、髪がルーズで見苦しい、たまたまそのカップルが視線を動かした先にいなかったとか、いろいろな理由でチェックを入れないことがあるんです。ただこのビデオで見る限り貴方たちは見えていない。ポジションも重要ですが、他にも理由があるかもしれない。実際に踊りを見せて。」私たちは、先生の前で4種目を踊ることになりました。
2006/09/15
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銀行強盗を乗せたピカピカの高級車が、フランスの街を疾走して行きます。警察も舌を巻くほどの運転技術を持ち、ワケありの依頼品を高額の報酬と引換えに目的地まで運ぶフランク。彼はプロの運び屋『トランスポーター』です。彼には自らに課した3つのルールがありました。1 契約の時間・場所を厳守し、途中で契約内容の変更はしない2 依頼人や届け先の名前は聞かない3 依頼品を開けない銀行強盗を乗せたフランクは、契約内容と違うから一人降りろなんて言い出します。追っ手がすぐそこに迫っているのに。無事に警察をまき街を抜けたフランクに、銀行強盗たちが銃を突きつけてもっと先まで行けと要求しますが、『ルールNo.1、契約内容の変更はしない。』といって、おろしてしまうんです。あくまで強気、かつ冷静。社交ダンスなんて踊らないタイプです。それほどルールに徹底していたフランクですが、あるデリバリーの途中、彼は依頼品を開けてしまいます。トランクに入れていた荷物が動いていたからです。そこで彼が目にしたのは、ひとりの美しい女。彼を取り巻く状況は一気に悪化し、大きな事件に巻き込まれて行きます。『レオン』を生み出した名匠・リュック・ベッソン監督が設立した、ヨーロッパ・コープの作品第1弾。最強最速の運び屋が、謎の美女を依頼品として預かることから始まる物語。ヨーロッパとアジアが融合した魅惑のキャスティングと、全編にわたって繰り広げられる壮絶なカー・チェイスと銃撃戦の痛快アクション・エンターテイメントです。
2006/09/14
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CDでクリアな音楽を楽しむのもいいんですが、やっぱりライブの臨場感というのはいいですよね。ダンスもDVDやテレビで見るのと、すぐそばで踊っているのを見るのとでは迫力が全く違うし、受ける影響も桁違いなんです。先日ロンドンから帰られた先生に、今回何が一番印象に残ったかを伺うと、こう言っておられました。「いままで何度もセンターから動くんだっていう話は習ってきてるし頭では分ってるんだけど、それを周りにいる選手がみんな実践していて、同じフロアで見られたことが一番勉強になった。」9月初旬にアメリカで選手権があるらしく、主要選手のほとんどはイギリスにいなかったようです。しかし、有名選手が集まるロンドンの有名な練習場『セムリ』で、セルゲイとメリアが試合前の最後の調整をしているのを見られたそうです。セルゲイとメリアといえば、『ドニーダンス道場』で生徒役を勤めているポーランドのカップル、そして、今年のブラックプールのプロラテン部門で7位だった選手です。「どうだった?」「やばい。やばすぎ。きれまくってたよ。あんなのとても真似出来ねーってかんじ。」それでもまだライブの臨場感が身体のどこかに残っているようで、私達にも最短最速のセンター移動を伝授してくれました。私達は家に帰って、テレビから録画した日本インターの様子をもう一度見ました。Ummm確かに決勝に残った外人選手たちのセンター移動は速くてゆるぎがありません。合気道の「臍下(せいか)の一点から動く」というのの究極形。しかも動きが速い、止まらない、ボディの動く幅が大きい、リズムがクリア。『社交ダンスA級への道』よりずっと、『社交ダンスA級からの道』の方が、果てしなく長いことを感じてしまいました。<ライブDVD各種>
2006/09/13
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ロンドン留学から先生が戻られたので2週間ぶりにラテンのレッスン&練習会がありました。11時過ぎに練習が終わると、一緒に練習会に参加されているノリピーさんカップルが私達を駅まで車で送ってくれます。「この前ね、千葉の試合でユイちゃんに会ったの。今も、StarTreesたち金曜日に練習してるの?って聞かれたわよ。」もう2年くらい前、当時6才だったユイちゃんは、同じ教室に通うA級選手に連れられて練習会を見に来ていました。私とは大の仲良しで、アクロバティックでかなりワイルドな遊びをして練習よりそっちの方がハードな感じでした。そのうちユイちゃんもダンスを習い始め、パーティのときはジャイブのデモで会場から盛大な拍手を受け、一緒にゴロゴロかばん引きずって帰ったりもしました。今年7月、私達が静岡グランプリに出場した日と同じ日に、小学校高学年のリーダーと競技会デビューを果たし、ラテン6級戦で準優勝に輝いたのです。その後も快進撃を続けたユイちゃんたちは、先週もう3級戦ラテンに出場していたそうです。3位に入賞したものの、参加人数の関係で残念ながら昇級は逃してしまったとのこと。それでもすごいなあ。きっと、あっという間に同じフロアで戦うことになっちゃうんだろうなあ。「きっと、昇級出来なくて悔しかったんだと思うわよ。StarTreesには出てたこと秘密にしてね、なんて言ってたよ。」うっ。かわいい。分かるなーその気持ち。がんばれ、ユイちゃん。勝っても負けても、いつも大好きだからね。
2006/09/12
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京都駅から堀川通を上がって行くと、巨大な鉄骨に囲まれて平成の大修復中の本願寺が左手に見えます。サマーパーティの会場はそのすぐとなりの東急ホテルでした。1年ぶりの懐かしい顔に加えて、ダンス始めたばかりの大学1年生やダンス踊れないけどパーティ見てみたいという若い女性も同じテーブルで、和やかに舞踏晩餐会が始まりました。リーダーのお母さんがダンス教師をしている教室のパーティで、毎年この時期に開催され、私達は帰省も兼ねてここ数年参加させてもらっています。教室では社交ダンスだけでなく、サルサやバレエも教えていて、中央に設えたフロアでは、華やかなバレエの皆さんの発表会でパーティの幕を開けました。 こちらプログラム第1部でフォーメーション・タンゴを踊るお母さんたち。 その間にもおいしい料理が次々と運ばれてきます。大将(リーダー)はビデオを、私は写真を頼まれていたので、落ち着いて食べる雰囲気ではありませんでしたが、当然、残さず奇麗に食べました。第2部では、ドレスを着替えてお母さんは生徒さんとタンゴを踊りました。このドレス、私の競技用にくれるそうです。入るかな。ちょっと心配。 小人の大将とお母さん。親子に見えます? こちらお父さんと踊るお母さん。息もピッタリ。 ダンスタイムで踊るお母さん。お相手は他の教室の先生だそうです。 そしてついに本日のメインイベント、クリストファー&ジャスティナ・ホーキンスのデモンストレーションです。 歌いながら近づいてくるホーキンス。先月の浅草のパーティよりハイテンションです。大将とハイタッチなんかしちゃってます。 隣に座っていたお母さんを誘い出してホーキンスが踊り始めました。 来週、幕張メッセで開催される選手権に出場するために調整もバッチリと言った感じの迫力のタンゴでした。 楽しかったパーティから一夜明け、私達は月曜日に休暇を取っていましたので一日ゆっくり過ごして帰ってきました。お約束の京都の地ビール2種。 今回もとても楽しい思いで一杯のパーティになりました。<天橋立ビール><はも寿司>
2006/09/11
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朝起きると、スコールのような雨が降っています。暑さといい雨といい、京都はまるで熱帯地方のようです。今日はサマーパーティの日。お母さんは朝から美容院に行き、そのままリハーサル会場へと向かいました。私たちはのんびりブランチを食べながらテレビを見ていると、「新日本紀行」というNHKの番組の再放送をやっていたんです。昭和53年、京都に走っていた市電がなくなるときの番組です。日本全国から、最後の市電に名残を惜しんだ人たちがやってきて、ぎゅうぎゅうの混雑。大将とお父さんはそのころのことを懐かしく思い出して、語り合っていました。「ここは三条やな。京都は道によって雰囲気違うから、見ただけでだいたい分かるんやで。」すっかり関西弁にもどってしまった別人のような大将が説明してくれます。「この市電、子供のころよう乗ったな。」千枚漬けを桜材のかんなで削って漬けているお漬物やさん、登り窯で清水焼きを焼いている若者たち、金糸銀糸で帯を織る職人さんの様子が映し出されていました。「このころは、まだ高い建物なんて京都にはなかったんや。」昭和53年の京都の空は広く、遠くに東寺の五重塔が見えていました。網の目のように張り巡らされていた市電のための電線はいまはなく、その車両は広島に活躍の場を移すためにトラックで運ばれていきました。バブルのころから高層マンションが建ち始め、京都もすっかり様変わりしました。当時の職人さんたちが今の姿で映し出されます。そのとき70歳だった帯職人さんはもう亡くなり、石でできた登り窯は現在金属製の釜に変わっていました。漬物職人さんは、今もむかしのまま。「お客さんが、桜のカンナで削った千枚付けのほうが口当たりがいい言わはるんで、いまもこれ、つこうてます。」新日本紀行の物悲しい音楽に乗せて、薄いオレンジ色のフィルターごしに見るような昭和の映像は、心の底に眠っていた何かを呼び覚ました気がしました。
2006/09/10
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京都駅に降り立つと、湿度の高いねっとりとした空気が体に絡み付いてきました。これが京都の夏です。実家に着くと、いきなり蚊の集団の大襲撃。花火大会以来、すっかり油断していたので、あっという間に3箇所も刺されてしまいました。大将と自転車の二人乗りで近所のスーパーに買い物に行きました。自転車に乗るなんて何年ぶりだろう。二人乗りなんてひょっとすると何十年ぶりかも。結構怖いんですよ。何が怖いって、二人分の体重がタイヤにかかって、繊細なママチャリが分解するんじゃないかっていうドキドキ感。ついに途中で降りて、わたしは歩くことにしました。京都のスーパーには、『はも』がありました。こんなのうちのほうでは絶対売ってません。それにお漬物も豊富。今日は、お母さんは明日のパーティの準備で夜遅くなりとのことでしたので、お父さんと私たち3人で夕飯を頂きました。夜になっても蒸し暑さはとれず、大将と二人で京都の夜の町を腹ごなしに歩いたんですが、吸い込む空気が暑いので時々コンビニで涼を取りながらです。月も星もきれいでした。大阪ガスの大きな球形のタンクを眺め、最近できた京都リサーチパークを抜けて、七条から五条のあたりまで歩きました。「せっかく家にスタジオがあるのに何で私たちダンスの練習しないで歩いてるんだろうね。」「明日は朝から練習だ!!」ほんとかな?京都の夜は蒸し暑いまま更けていきます。
2006/09/09
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誰にも,『これだけは苦手。』っていうものが一つや二つあるもんですよね。私の苦手は結構たくさんあって、最近やっと大人になったせいか、玉ねぎは大丈夫になってきたんですが、まだチョコ、あんこ、白ねぎなんかは苦手です。食べ物に関して大将はとても賢く育ててもらったようで、なんの好き嫌いもありません。私は雪が苦手でスキーなんてもってのほかなんですが、そういった系も彼は平気です。しかし、そんな彼にも苦手はあるんです。それは、ハチ。まだ結婚する前ですが、当時高校生だった彼の弟と私たち3人で京都で開催されていたイベントに遊びに行ったことがあったんです。彼は私に良いところ見せようとしたのか、弟を使い走りにしてジュース買ってこさせたり兄ちゃん風を吹かせていました。会場はとても混んでいたんで、お昼は屋台のピザを食べようということになり、ここでも弟にお金を渡してピザの長い列に並ばせていました。その間私たちは木陰でおしゃべり。やっと,ピザもって戻ってきた弟からそれを受け取った瞬間、運悪く天敵のハチが彼の周りを旋回です。「わっ!!」と叫んで逃げた拍子に、折角のピザが、地面にまっさかさま。しかもチーズの面が下で。「お兄ちゃん、なんでやー。」私は,笑っちゃ悪いとは思ったものの、こらえきれずに大爆笑してしまいました。すっかり立場なくなった彼は、しょんぼり落ちたピザを拾い、ひょっとしてまだ食べられる部分がないか未練たらしくチェックしていました。明日から京都。いつも京都に行くたびにこのときのことを思い出して思わず微笑んでしまうのです。皆さんの天敵は何ですか?
2006/09/08
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ダンスを始めたころは、既にやっておられる方全員が自分より上手な訳です。自分より50歩も100歩も先を歩いている方を見て、果たして自分がこんな風に踊れる日が来るんだろうかなんて思ってしまいますよね。練習だって『3歩進んで2歩下がる』状態、しかも週に一回なんていう方、多いと思うんです。私達もそうでした。ところが、これを毎週休まず続けていると1年50週として、50歩は前進しているんですよ。気がつけば50歩先に歩いていた方と並んでるんです。これをさらに続けて行くと、100歩先を行っていた方に追いつくのも時間の問題ということになります。ただ、競技ダンサーになると、先を行っている人も歩き続けているのでなかなか追いつけなくなるんです。では、いったいどのくらいの練習すれば、目標のダンサーに追いつけるでしょうか。成長度=成長率×練習量StarTreesの定理です。(笑)算数が嫌いな方もちょっと我慢して下さいね。競技ダンサーの場合、成長率は次の3つの要素で決まってきます。1 自分の能力2 相手(自分のリーダーもしくはパートナー)の能力3 コーチの能力能力には、運動能力だけでなく理解力も含まれ、この3つのどれか一つが低くても成長率を引き下げる原因となります。そして練習量は単なる時間数ではなく、ベクトル方向×練習密度×時間なんです。的が外れたところでいくら時間をかけても成長は見込めません。正しい方向に、どれだけ集中して時間をかけられるかなんです。さて、この成長度が平均3割だとします。つまり、3つ習ったら必ず1つは出来るようになる。『3歩進んで2歩下がる』状態ですよ。それに対してもし自分が、5割だとしたら、2つ習ったうちの必ず一つは出来るようになったとしたらどうでしょう。目標としているカップルが現在実力100として、自分たちが30だとします。なんと10年後には実力が逆転するんです。年数目標 (×1.3)自分 (×1.5)1年目100302年目100×1.3=13030×1.5=453年目169684年目2201015年目2861526年目3712287年目4833428年目6275139年目81676910年目10601153継続は力ですね~。10年もの間にはいろんなことが起こって、成長率や練習量を維持出来ないのが普通です。でもそれは誰もが抱えている問題ですからね。では具体的にどうしたらいいか。<成長率を上げるには>1 運動能力を上げるようなストレッチや筋トレ、持久力をつけるジョギングなどを継続的に行う2 理解力UPのために、レッスンビデオを参考にしたり関連する本を読んだりして勉強する3 もっといい相手を探す(シビア~)4 いい先生を探す(これもある意味大変)<練習量を増やすには>1 練習方向がレッスンからはずれていないか常に意識する2 効率的な練習を行うため、その日の練習テーマを決める。3 練習時間を増やす。口論などで貴重な時間をつぶさない。さて、えらそうに書いてきてしまいましたが、はっきり言って自分たちは全く出来てません。年中口論などで貴重な練習時間をつぶしてますし、『今日はここ練習しよう』なんていっておきながら、いつのまにか楽しくジャイブなんか踊っちゃってます。でもなんか、話がプラスの方向でまとまってていい感じですよね。私も襟を正して10年目に向けて頑張っていきたいと思います。
2006/09/07
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パリで7月7日から3日間開催されていたJapan EXPOの様子を昨日テレビで見ました。もう7年目だそうで、思っていた以上に盛大なイベントなんです。コスプレショーや武道の演武なんかもあって、たくさんの人たちが訪れていました。驚いたことに、フランスでは日本マンガの大ブームが起こっているそうで、『名探偵コナン』や宮本武蔵を描いた『バガボンド』、映画も公開された『NANA』といった日本でも人気のマンガがほとんど時差なく翻訳されて出版されているんです。 BDという、フランスにもともとあるマンガは大人の絵本といったイメージで、ハードカバー、オールカラーの読み切り、一冊1700円くらいするのに対し、日本の漫画はソフトカバー、白黒で続き物が多く、何より一冊900円前後と言う値段に人気の秘密がある様です。そうそう、フランスでは日本のマンガのこと『MANGA』って呼ぶそうです。そのまんまですね。ファッションに関していえば、日本の女子高生スタイルやメイドコスチュームが人気で、もう日本ではブームの終わった『ルーズソックス』に人気がありました。さらにあっけにとられたのは、高級ブティクでは『地下足袋』が売れ筋で、美しいモデルさんがパンツに合わせて地下足袋はいてるんですけど、これがなかなかクールなんですよ。先が二つに割れてるのなんてフランスにはないそうです。5本指もそのうち人気が出るかもね。赤いランドセル。これもビックリ。自転車やバイクに乗るとき、これにパソコンなんか入れて背中に背負うのがクールなんだとか。日本じゃ絶対しないですよね。フランス語で『かわいい』っていうのを『ミニヨン』て言うんですが、最近では『KAWAII』というのも使うらしいです。赤いランドセル背負ったパリジェンヌが『かわいい。これ、かわいい。かわいいジャン。』なんて言ってて、大将と二人、思わずポカンと口を開けて見てしまいました。 パリの日本食レストランに行って寿司を頼むと、何故か寿司のほかにご飯が出て来るんです。ご飯だけどうするのかと思ったら、醤油かけて食べてるんですよ。え~!!せめて生卵乗せれば~って言いたくなっちゃいました。最近フランス人は、部屋に入ると靴脱ぐ人がほとんどらしく、そういった意味で『たたみ』なんかもとても人気が高く、『障子やコタツも欲しい』なんて言ってるフランス人結構いるみたいですよ。面白いところにビジネスチャンスがあるもんですね。 そうそう、トイレのウォシュレットも、これ日本特有らしいんですけど、これからフランスでブームになりそうでした。パリ万博で起こった日本ブーム(ジャポニズム)から100年、いま、内容はかなり変化していますが確実に第2のジャポニズムが動き出している様です。
2006/09/06
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美人薄命といいますが、20世紀が生んだチェロの天才演奏家ジャクリーヌ・デュ・プレはまさにその言葉どおりの人生でした。この映画は、そんな彼女の生涯を、姉のヒラリーと対比させながら描いている感動作です。音楽教育に熱心な家庭に生まれたジャクリーヌは、姉のヒラリーと大の仲良し。何をするのもいつも一緒でした。ヒラリーがフルートで賞を取れば、ジェクリーヌはチェロで。家の中はたくさんのトロフィーで埋まって行きました。姉のヒラリーは早くに妹の天賦の才能に気付き、次第に家族の関心が彼女に向けられて行くのが子供心に寂しかったことでしょう。しかし、彼女は妹を心から愛していて、彼女の成功を喜んでいました。ある貴族の結婚式で花嫁が踊るワルツを演奏するように頼まれたジャクリーヌは、ヒラリーと二人で舞踏会に参加し、楽しそうに社交ダンスを踊っていました。1961年、16才で音楽家としてデビューしたジャクリーヌは、ヨーロッパで華々しい活躍を続けます。中でもエルガーのチェロ協奏曲は、いまでも歴史的名盤と言われています。ジャクリーヌは演奏家としての出発の際に彼女の名付け親で支援者となるイスメナ・ホーランドからダヴィドフ・ストラディヴァリウスを贈られます。たった一人の演奏旅行に疲れ、彼女はその高価な楽器をわざと日向に放置したり、雪のベランダに出したりして自分を孤独に追いやるチェロを虐待します。しかし、若くて美しいジャクリーヌ・デュ・プレは、チェリストとして不動の地位を築き、21才の時にピアノ演奏家で指揮者としても有名なダニエル・バレンボイムと結婚します。そしてチェロに感謝するんです。「あなたのお陰で彼に出会えた。」バレンボイムといえば、ワーグナーを演奏するユダヤ人としてつい5年ほど前にイスラエルで大変な反感を買った指揮者です。2003年にはベルリン国立歌劇場のワーグナーのターンホイザーを指揮したことで、グラミー賞も獲得しています。「私がチェロを弾かなくても、あなた愛してくれる?」「ダンスをするからダンサーだろう。それと同じでチェロを弾くから君なんだ。」彼が愛していたのは、チェロを弾くジャクリンーヌでした。彼女は突然彼の前から姿をくらまし、姉ヒラリーが家族と暮らす田舎に現れます。そして、ヒラリーの夫を姉妹で共有しようと言い出すのです。1973年、指先の感覚が失われてきたことに気づいた彼女は多発性脳脊髄硬化症との診断が下り、まだ28才の若さでチェロ演奏家として引退を余儀なくされます。次第に動かなくなって行く自分の身体を呪い、全盛期に録音したレコードを聞いては涙を流す日々。夫であるベレンボエムはパリで仕事をしている間に別の女性と家庭を築き、子供までつくってしまっていました。1987年、彼女は42歳で亡くなります。数年前サントリーのCMで、ピアソラのリベルタンゴを弾いていたヨーヨー・マをご存知でしょうか。NHKの新シルクロードのテーマや数々の映画音楽も手がけた現代の天才チェリストです。デュ・プレが愛用したチェロ、ダヴィドフは、彼女の死後、ヨーヨー・マに寄贈され、今もその音色で私達を楽しませてくれています。<DVDはこちら> ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ デラックス版20%OFF<バレンボイム> <ヨーヨー・マ>
2006/09/05
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このブログを始めてもう2年になりますが、毎日文章を書いていると、つたない話ながら、こうした方が収まりが良いとか、こんな話の流れにしようなんていうことが以前よりスムーズに思いつくようになってきた気がするんです。皆さんはいかがですか?それは、毎日、今日はどんな話で皆さんに喜んでいただこうかとか、どんな風に話を持っていったら読んでもらえるかなみたいなことを常に考え続けているからだと思うんです。ここ2ヶ月ほど競技会から離れている私たちが今取り組んでいるのは、ルーチンの中の不自然なつながりをなくすという事です。今日は、チャチャチャとルンバを少しいじって、より自然な流れになるように練習してきました。『私が見ました。』というのを、『私は見ました。』というふうに変えるくらいのほんの小さな変更なんですが、よりよくするために常に考え続けること、現在で満足してしまわない姿勢というのは、生活全般において大きく言ってしまえば人生全般において非常に大切なことじゃないかと思うんです。日常生活のルーチンも常に『もっと良い方法はないか。』と考え続けていって始めて、進歩があり,変化があり、より楽しい日々がおくれる心と脳の活性化に繋がるのだと思います。たとえば歯磨きを変えてみる、朝見るテレビ番組を変えてみる、読んだことないジャンルの本を読んでみる、もっと自分に合った仕事を探してみる、『考え続けること』、これを生活の一つの習慣にしてみるのも面白いのではないでしょうか。<生活改善グッズ>
2006/09/04
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最近,何だか疲れやすいし肩こるし太りやすい、そんな気がしませんか。うわー,全部当てはまるというあなた!(私たちも実はそうです)それは小脳の衰えに伴うバランス力の低下が原因なんだそうです。今日の『あるある大辞典』は、バランス力の低下に伴う損な身体を改善するためのトレーニング法を紹介していました。何で小脳が衰えると損な身体になるのかというと、身体の重心がずれて、使わない筋肉が増えてしまうことに原因があるようです。実際、バランス力のテストで実年齢より老けていると診断された人たちは、座っている,寝ているといった状態でのカロリー消費量が少なく、1カ月で約0.8キロも脂肪が増えてしまうことになるとのこと。これは一大事です。どんな風に鍛えたらいいんでしょう。トレーニング方法は3つ紹介されていました。1 目をつむった状態で、片手をパーに開いて前に伸ばし、もう片方の人差し指を頭の上からまっすぐ下ろして、パーに開いた指先に順番にタッチしていきます。2 100円玉を3つ用意して、開いた手の人差し指から小指までの間に挟み、手の甲を上にして五秒キープします。3 頭の上に開いた雑誌を乗せ、両手を飛行機のように広げて片足を後に上げて10秒キープ、足を代えてまた10秒キープ。これらを朝夕2セットずつやることで、損な身体の人達のバランス力が劇的に改善されていました。やってみると、思ったより難しいです。さすがにダンスをやっているので3番は簡単でしたが、2番は3回くらいやってやっとできました。一番はかろうじて出来たと言う感じです。それで、これに加えてラテンダンサーのみなさんにとっておきのおまけトレーニングをご紹介しましょう。二人で目をつむって、ルンバベーシック踊ってみてください。これ、ダンスのリード&フォローの感覚をつかむ良い練習になる上に、小脳も鍛えられてダブルOKですよ。1週間で太りにくい、肩こりしない、疲れにくい身体に生まれ変わっちゃいましょう!!
2006/09/03
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雑誌の整理をしていて,面白いものを見つけてしまいました。今から9年前のダンス雑誌です。そこには1996年のジャパンオープンのビデオの宣伝が載っていて、このときスタンダードののトップはマーカス&カレン・ヒルトンでした。2位がルッカ・バリッキ&ロレイン・バリー、ロレインはシンキンソンと分かれてまだルッカと結婚してなかったんですね。3位はアウグスト・スキアーボ&カテリーナ・アルゼントン、そして4位は2位のルッカに奥さん取られたシンキンソンが、何と現在の田中英和先生の奥さんであるアデールさんと組んでいます。なんだか凄い過渡期の大会だったんですね。日本勢でトップは天野組。芸能人Shall we ダンスの辛口審判の天野先生ですよ。さて、ラテンのほうに目を移すと、優勝はドニー&ゲイナー、2位がブライアン・ワトソン&カレン・ハーディ。現世界チャンピオンブライアンがカルメンと組む前は2位だったんですね。3位はハンス&ビアンカ,この方たちよく知りません。4位がポール・キリック。でも相手がハンナ・カルツネンより前のトフトさんと言う方です。5位がユッカ&シルパ、先日スクフカのレッスンを受けたとき、同じフロアで教えていました。そして6位がアラン・トーンズバーグ、なんとカルメンと組んでます。日本勢では、大竹組がセミファイナルに入っています。芸能人Shall we ダンスで一番最初にコメントされていた面白い先生です。この1997年5月号には、『田中英和&アデール・プレストン組誕生!』なんていうニュースが載っていたり、第14回目のセグエ選手権で北条組、檜山組がそれぞれ優勝したりしています。競技会のスタンダード選手はみんな裾の大きく広がった羽のついたドレスを着ていますし、ラテンの男性のコスチュームも袖のゆったりしたものが主流でした。何でこんな雑誌がとってあるかというと、私たちがはじめて競技会に出て入賞した集合写真が載っているからです。写真は虫眼鏡で見ないと分からないくらい小さいものなんですが、保存用と閲覧用?と2冊もとってあって、このときは『はじめて雑誌に載った』ことがうれしくてたまらなかったんだなあって懐かしく思い出しましました。
2006/09/02
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NHKの『英語でしゃべらナイト』と言う番組で、日本通の4人の外国人による日本談義をしていました。その中で、日本が海外に誇れるものとして、コンビにとか居酒屋なんていうのが出ていてなるほどと思ったんです。たとえばアメリカのコンビになんかでは、『死ぬか食べるか』くらいの切羽詰った状態でしか買いに行かないのに、日本のコンビは品ぞろえが豊富な上に安全で、チョコなんか毎週種類が入れ替わってるくらい回転がいいのでいつも行ってしまうと言っていました。居酒屋も、おいしくてヘルシーな料理が少しずつ頼めるところが素晴らしいとのこと。海外では質より量で勝負みたいな感じなので、ポテトフライもどーんと出てきちゃって、お客はそう言う店がいい店だと思ってしまっているところがあるというのです。確かに、消費者が何を求めているかということを商品に反映するのはサービス業の基本ですから、その国のお店を見れば国民性が分かると言えるかもしれません。その4人の外人の中に、メガデスというロックバンドのギタリスト、マーティンがいたんですが、何でかしらないけど実に日本語がぺらぺらなんです。見た目は長い黒髪のカーリーヘアーでいかにもヘビメタ。面白いのは他の国と日本とでは、ステージでのMCがまるで違っているということでした。アメリカなんかでライブをやると観客は、自分が楽しむ自分が叫ぶみたいな人達ばっかりなので、暴力的でうるさくて、ステージからの呼びかけも『野郎ども、俺のギターについてこれるか!』ガガガガガーンみたいなノリ。一方日本人の観客は、ちゃんと音楽を聞こうとしてるのでそんなノリじゃなくて『ハロー,オオサカ。』みたいな丁寧なMCになるんだそうです。実際、翌日のラジオ番組で『昨日のライブ,3曲目間違ってましたね。』なんていう突っ込み電話がかかってきて、他の国ではそこまで聞いてくれる人はいないので逆にうれしかったと言っていました。いま、岡山の桃太郎アリーナで、女子バレーの熱戦が繰り広げられていますが、日本人サポーターの応援は実に統制が取れてますね。ちなみに『にっぽんチャチャチャ』は、チャチャのリズムなので、これだけで踊れるんですよね。この会場は去年社交ダンスの都道府県別対抗戦が行われた場所で、テレビに会場が映し出されると非常に感慨深いものがあるんです。あのときの応援合戦も凄かったなって。英語でしゃべらナイトの対談を見てて感じたのは、日本人は元来、すばらしい五感に恵まれていて、よく見る目,よく聞く耳でいままで海外の異文化を日本の中に取り入れてきたんだなということでした。社交ダンスももともとはヨーロッパが発祥の地ですが、それが今ではダンス人口世界一くらいまで膨らんできています。コンビニだってもともとは海外から入ってきたものですから、それがいつしか形を変えて世界に誇れるほどになっているなら、日本の社交ダンスもいつしか世界に逆輸出できるほどに昇華される日も来るのではないかと思ったりしました。
2006/09/01
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