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朝から降ったりやんだりの寒い日でした。萌え出た若葉が雨に打たれて鮮やかに輝いています。母を迎えに行って平成最後の御墓参りに行きました。運転手をしてくれた大将と3人で和食チェーン店のランチを頂き、ウィーンのお土産とちょっと早い母の日のプレゼントを渡します。母は知り合いから頂いたからといってタケノコの煮物をたくさん作っておいてくれました。 午後は練習に行く予定でしたが、大将が家に帰りたいというので今日は休憩することに。家に帰ると彼はすぐに昼寝を始めてしまったので、私はお掃除ロボットのバッテリー交換をしました。5年前に交換してもらったんですが、ネットで調べたら自分でもできそうだったので純正品を楽天で買っておいたんです。前回と同じ症状で、自分でお家に帰れなくなったのでまたバッテリー切れだなと思って。ルンバをうらがえしてプラスドライバーでネジを5つ外します。開けてみるとバッテリーが入ってました。緑の両端を持って引っ張り出します。新しいバッテリーが黄色じゃなくて青いのがちょっと気になりましたが、とりあえず装着。ピロリンなんか音出しました。あとはフタを閉じてネジを締めてゴミを取ってドックに返したらちゃんと戻るようになったので、しばらく充電してからお掃除させてみました。調子戻ったみたいです。平成最後の日はこうして更け行きます。テレビではどのチャンネルも平成を振り返る番組や天皇特集などなど。とりあえずこのあたりのラインナップで乾杯しながら、楽しかった平成に別れを告げようと思います。来たるべき令和が、皆様にとって想像を超える素晴らしい時代となりますように。これからも『社交ダンスA級への道』をどうぞよろしくお願いいたします。
2019/04/30
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東京駅丸の内口にある三菱一号間美術館で開催されています『ラファエル前派の軌跡展』に行ってきました。月曜は通常休館なのですがゴールデンウィーク中の今日はやっていたんです。練習場も休みだし大将は一日中寝ていたい様子でしたので一人で出かけました。ラファエル前派の展覧会は何度か行ったことがあり、是非ともこの絵が見たいとかいう御目当てがあったわけではありません。ビクトリア王朝時代の英国絵画は割と好きなジャンルですので何か面白い発見があったらいいなくらいの気持ちでした。 ジョン・ラスキン(1819-1900)は、この時代の代表的な美術評論家です。この展覧会はラスキンの生誕200年記念というのがメインテーマだったようで、彼が支援した芸術家たちの作品を集めた形になっています。ジョン・エヴァレット・ミレイ『ジョン・ラスキンの肖像』(1853年)ラスキンが13歳の時に読んだ詩集の挿絵として、ターナーのナポリ湾(怒れるヴェスヴィオ山)という絵を見たのがターナーを知るきっかけだったようです。J・M・ ウィリアム・ターナー『ナポリ湾(怒れるヴェスヴィオ山)』(1817年頃)自分がフェルメールを好きになった経緯に似てるなと思って印象に残りました。ラスキンはやがて挿絵の元となったターナーの絵を手に入れて、生涯手元の置いていたとのこと。著書の中で、ターナーの変化する新しい表現方法を擁護し、自らもたくさんの素描を残しました。ジョン・ラスキン『モンブランの雪 ー サン・ジェルヴェ・レ・パンで』(1840)ラスキンは山の絵が多かったですね。自然をありのまま、しかも細心な注意を払って対象の細部までを描きこむことを理想としていたようです。ラファエル前派のコーナーは写真撮影OKでした。19世紀のイギリスではラファエル以降の絵画表現を追い求めるロイヤル・アカデミーが芸術の中心でした。それに対抗する形でロセッティ、ハント、ミレイたちは、前衛芸術集団ラファエル前派同盟を1848年に結成します。世間から酷評された彼らの芸術をラスキンは高く評価して、彼らと親交を持つようになるんです。ウィリアム・ホルマン・ハント『誠実に励めば美しい顔になる』(1866年)ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『魔性のヴィーナス』(1868年頃)ラスキンはこの絵に『描写が雑だ。』と文句をつけ、それに対してロセッティは3回も描き直したのだそうです。どうも最後までラスキンを納得させることはできなかったみたいですが、私には雑には見えませんけどね。ジョン・エヴァレット・ミレイ『滝』(1853年)親しくなってミレイと一緒に旅行に行ったラスキンは、そのせいで奥さんのエフィーを取られちゃうんですよ。人間関係が複雑に絡み合ってて、少女漫画のネタになりそうでした。この絵に描かれている女性がそのエフィーです。まだラスキンの奥さんだった時のようですよ。 ラファエル前派は1860年代に入るころから唯美主義の方に流れていくんですが、ラファエル前派周辺として紹介されていたフレデリック・レントンの絵がこの中では一番気に入りました。フレデリック・レントン『母と子』(1864-65年)レントンはイタリアやフランスで学んだのちロンドンにもどりラファエル前派のメンバーと交流しました。でもそのあと対抗するロイヤル・アカデミーの会員になって、なんと会長職にまで上り詰めてしまうんですよ。しかも男爵の爵位が授けられた翌日に心臓発作で死亡したことで貴族最短期間記録保持者なんだそうです。独身貴族だったので継承者がいなかったんですね。エドワード・バーン=ジョーンズ『慈悲深き騎士』(1863年)この絵の騎士は、兄弟を殺した男に復讐しようとしますが慈悲を乞われて許すんですね。騎士がイエスの像の前に祈りを捧げていると、神が十字架から降りてきて彼をハグしたという伝説があるらしく、それを題材に描いた作品です。 ウィリアム・モリスとバーン=ジョーンズはオックスフォード大学で出会い、ラスキンやラファエル前派の影響を受けて芸術の道を志します。バーン=ジョーンズはラスキンを師匠と仰いで絵画の道に進み、モリスは詩人・デザイナーとして頭角を現しモリス商会を設立して美しい家具や壁紙などを手がけるようになりました。『アーツ・アンド・クラフツ運動』を主導したのがこのモリスなんですね。 予想以上に面白かったです。この展覧会は2019年6月9日までです。詳しい情報はこちらから。
2019/04/29
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これが私たちの平成最後の競技会です。会場は2週間前にロペス&すぐりんペアがデビュー戦として選んだ、埼玉県のアスカル幸手さくらホールでした。家から車で1時間くらいのところにあります。昨日久しぶりに練習したせいで筋肉痛になってしまって情けない感じでした。初めての試みとしてPD選手たちとのコラボ企画、体験レッスン会が別の部屋で行われました。私たちは午後のスタンダードA級戦に参加。幸手駅で応援に来てくれた大将のお母さんをピックアップして、11時ごろ会場入りするとラテンの決勝戦がこれから始まるというタイミングでした。A級戦決勝に進んだ知り合いの茨城の選手をフロアサイドから応援。 表彰式が終わったあと、PDの先生方が1組ずつデモを踊られて、2時から始まるレッスン会への参加を呼びかけました。体験レッスンは10分1000円という単位で、その他にメイクアップ体験とか中古ドレスの販売とかもあるようで、石原先生たちもメンバーに入っていたんです。オレクシー組も来られてました。 お得感のあるレッスンなので、試合に出なくてもレッスンは受けたい選手も来られてましたね。私たちも試合のあとララ先生のレッスンを2コマ(20分)受けさせていただきました。先生たちは私たちの試合を見てくださっていたのですごくいいアドバイスをいただけましたよ。 さて、試合の方ですがスタンダードA級戦は80組参加でした。1次、2次予選まではワルツ、タンゴ、スローフォックス、クイックステップの4種目で、3次予選からヴェニーズワルツが加わって5種目になります。 試合は全てワンフロアでしたので、予選が進むごとにヒート数が減っていって3次予選の時は2ヒートになっていました。ヴェニーズを踊り終わった後、靴裏にストーンが幾つか張り付いて踊りにくかったので陣地に戻ってブラシで削っていたんです。 大将は2次予選同様スローフォックスの出だしを遠いコーナーから始めることに決めてたみたいで、先に廊下を回ってフロアの向こう側に行ってしまいました。靴底ケアしてる間に自分が踊るタイミングになってしまい、非常に変な話ですが男女別々にフロアに入ってスローフォックストロットを踊り始めるというデモのようなことをしてしまったんですね。エスコート無しで踊ると減点とかあるのかなあとちょっと気にしてたんですが、お咎め無しで準決勝にすすめました。スタンダードを5種目連続で踊るのは大変久しぶりです。 これで決勝まで行ければA級維持でバンバンザイだったんですが残念ながらここで敗退。でもシニアIIスタンダードA級は維持してますから、この試合を含めてA級戦にあと3回出れば維持できるので令和になっても我慢のスタンダードです。決勝に進まれたTK&アニーさん、おめでとうございます。会場で応援してくださった皆様、どうもありがとうございました。
2019/04/28
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平成のカウントダウンがあと4日になりました。今日から10連休です。目覚まし時計に叩き起こされることなく寝たいだけ寝ようと目論んでいましたが、8時には目が覚めてしまいました。外はあいにくの曇り空で、北海道や東北の山沿いでは季節外れの雪が降るという寒いゴールデンウィークの始まりです。休みに入ったら思いっきり布団を干そう、服も虫干ししようと思っていました。でも天気悪いので空気清浄機のフィルターを掃除して片付け、加湿器もクエン酸で洗浄してのんびり午前中を過ごします。午後は久しぶりにダンスの練習場に行きました。ノートに練習した日をつけているんですが、なんと今月に入って2回目です。こんなに練習しなかったのはいつ以来だろう。 練習はしていませんが試合は出ていますし、講習会にも参加していますので踊ってないわけではなんです。でもジムも閉店していかなくなったし、大将の転勤の影響は大きく平日は練習に行けないので、運動量は確実に減っています。 その分、体重は増加傾向にあり、大変まずい状況と言えます。このゴールデンウィークをできる限り有効活用してこの1ヶ月の遅れを取り戻していきたいと思っています。
2019/04/27
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<ビール紹介>ウィーンで飲んだビールをご紹介します。こちらは初日にスーパーで買って来たドイツビールです。左がエルディンガーのヴァイスビア、右がフランツィスカーナーのヘフェバイスビアです。どちらもドイツ南部に醸造所がある有名なビールです。楽天でも買えます。 泊まってたホテルがヨーゼフホフという名前なので、この絵の方は多分ヨーゼフさんだと思って調べたら、マリア・テレジアの長男のヨーゼフII世でした。ホテルの建っていた地域がウィーン8区のヨーゼフシュタットというところで、ヨーゼフII世にゆかりの場所なんですね。 ちなみにスーパーは平日朝8時半から夜9時までで、土曜は6時まで、日曜は休みです。土日は試合で月曜も一日中観光でしたので、スーパーで安くビール買えたのは金曜日だけでした。1日目の試合が終わった後はホテルのロビーにあるジョーズ・バーでオーストリアの生ビールOttakringer(オッタクリンガー)を飲みました。300mLで3.9ユーロ、500mLで4.7ユーロです。ホテルにしては安いですよね。オッタクリンガーはウィーンを代表するビールで、ウィーン16区に本拠地があります。1837年創業で、以前オーストリア航空に乗った時もこのビールが出て来ました。こちらは2日目の試合が終わった後にみんなで行ったレストランで飲んだオーストリアのビール。グラーツ南部に1487年に建設されたプンティガム醸造所で作られているReininghaus(ライニングハウス)のピルスナーです。シュタイアーマルク州で最も古い醸造所だそうです。500mLで4.1ユーロでした。こちらはドイツビールSchneider Weisse(シュナイダー・ヴァイセ)です。1872年創業のバイエルン州にあるG. Schneider & Sohn醸造所で作られています。500mLで4.4ユーロです。こちらはシェーンブルン宮殿のグロリエッテで飲んだビールです。手前がウィーンの西50キロくらいのヴィーゼルブルク(Wieselburg)に醸造所があるKaiser(カイザー)ビールです。以前飲んだビールと同じピルスです。奥の2つは瓶ビールで、ザルツブルク近郊でつくられるエーデルワイスという名のヴァイスビアです。ドイツ語で「Edel(高貴な)Weiss(白)」という意味だそうですよ。サウンド・オブ・ミュージックの中でトラップ一家が歌ってましたね。 あれは花の歌だったか...。こちらはホーフブルク王宮の近くのレストランで飲んだビール。ハウス・ビアを頼んだんですが、これ以外にGösser(ギョッサー)やSchwechater(シュヴェヒャーター)といったオーストリア地ビールの樽生もありました。Gösserは1860年シュタイヤマルク州Leoben(レオーベン)発祥のビールで、オッタクリンガー同様オーストリアではメジャーなビールです。スーパーでも缶ビール売ってますし、オーストリア航空に乗った時も出て来ました。Schwechaterは1632年、ニーダーエステライヒ州のシュヴェヒャート発祥のビールです。シュヴェヒャートはウィーン市街まで車で30分くらい、ウィーン国際空港のあるところです。Gemischtes(ミックス)というのもビールメニューにありました。ハーフ&ハーフみたいなものでしょうね。こちらは帰りの飛行場で飲んだビール。先にご紹介したOttakringer(オッタクリンガー)です。飛行機の中で飲んだのはプレモルでした。日本のビールも美味しいです。ウィーンを発って約12時間後、早朝の羽田空港に無事帰還した私たちはここで別れ大将はスーツに着替えてそのまま出勤、私はモノレールと電車を乗り継いで茨城に帰りました。大将の荷物は宅配便で送ったんですが、1600円くらいでその日の夕方に着きました。意外と安いし便利ですね。オーストリアと日本は2019年、正式に外交を開始して150周年だそうです。ANAのウィーン直行便がこの春から就航するようになったり、クリムト展とか大々的に開催されるのはそれでなのかもしれませんね。長々と綴ってまいりました遠征記に、最後までお付き合いくださりありがとうございました。どうぞ楽しいゴールデンウィークをお過ごしください。(おわり)
2019/04/26
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<市民公園と英雄広場>試合会場となった市庁舎のすぐそばに市民公園(Volksgarten)という名の大きな公園があります。5月末あたりから咲き始めるバラが有名で、毎年何千もの花を咲かせる観光名所となっています。バラの木は5年間350ユーロ、10年間650ユーロでスポンサーになることができて自分の名前の立て札を付けてくれるそうです。(ご興味ある方はこちら)名前の通り市民の憩いの場でもあって、早朝から散歩に来られている方も多く見かけましたが、犬の散歩は禁止みたいです。大きな公園内を綺麗に保つのは大変そうですからね。日本のように飼い主が散歩時の犬のフンを片付ける習慣がないので、ウィーンの街はいたるところ犬のフンだらけなんです。観光馬車のフンもあるのかな。私たちも街歩きの間に踏んでしまったかもしれないそれらのフンをホテルの部屋に持ちこまないように、部屋に入ったらすぐ持参のスリッパに履き変えるというのをルールにしていました。バラはまだ咲いていませんが、チューリップなどで美しく彩られていました。周辺には修復工事が進行中の建物が多いです。白亜のシシィ像もあったみたい。奥まったところにあったようで気がつきませんでした。 市民公園のすぐ隣が英雄広場(ヘイデンプラッツ)で、ここにオーストリアに貢献した2人の英雄の銅像が立っています。制作者はアントン・ドミニク・フォン・フェルンコルンという彫刻家で、世界で初めて馬の後足のみで支えて立たせる騎馬像彫刻に成功した人だそうです。確かにすごいバランスで立ってました。カール大公(1771-1847)という方の像で、マリア・テレジアの孫にあたる皇族の一人。優れた軍人だったようで、ナポレオン最大の好敵手と言われているそうです。もう一つの像はオスマントルコ帝国からウィーンを救った英雄オイゲン公です。すごく似てるんですが、こちらの方は後ろ足と尻尾で立っているという違いがあります。公園沿いの歩道に、なぜか体重計が置かれているんです。『あなた、ウィーンに来てから何キロ太った?』ちょっとプレッシャー感じました。(つづく)
2019/04/25
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<オーストリア国立図書館>ホーフブルク宮殿にある国立図書館です。オーストリア最大の740万点を収蔵しているとのこと。マリア・テレジアの父である神聖ローマ皇帝カール6世が作らせた宮廷図書館で、2018年に創立650年を迎えたそうです。入り口に貼ってあるポスター見るだけで期待が高まります。10時の開館前からチケット売り場に観光客が並び始めました。入場料は一人8ユーロです。階段に埋め込まれた額には何が書いてあるんでしょうね。大きな扉から入るといきなりこの眺めです。梯子に登って本棚の上の方にある本をのぞいて見たいものです。一体なんの本なんだろう。図書館の大広間(プルンクザール)は、世界で最も美しい図書館ホールと言われています。ヨーロッパ最大のバロック様式の図書館です。天井画もすごい。本当にバルコニーに人がいるみたいな3D感。宮廷画家ダニエル・グランの華麗なフレスコ画です。16世紀ごろの古地図が飾られてました。まだ日本は知られてないみたい。設計したのはヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラッハ、建築したのはその息子ヨーゼフ・エマヌエル・フィッシャー・フォン・エルラッハだそうです。親子2代のライフワークですね。本棚の前にはロープがはられているので実際に手に取って見ることはできないのですが、数々の戦争で勝ち取った蔵書が収められてるそうです。ハリー・ポッターとかの映画に出てきそうな圧倒される人知の宝庫でした。(つづく)
2019/04/24
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<アルベルティーナ美術館>ウィーン初日、2019年4月12日(金)に行った美術館です。常設展示の中で一番有名なのはアルブレヒト・デューラーの野うさぎでしょう。アルブレヒト・デューラー『野うさぎ』(1502)このウサギはウィーンのあちこちでレプリカを見かけました。売店の上とか。チョコレートなどのお土産物にも利用されてます。写真左上の引き出しの中にもいますね。モネからピカソへというテーマの常設展には、モネ、ドガ、セザンヌ、ロートレック、ゴーギャンなどの印象派から、ドイツ表現主義、ロシアの前衛派、そしてピカソをはじめとするキュービストへとヨーロッパのモダニズム芸術の流れが見られます。モネ『蓮池』(1917-1919)オーストリア芸術からはアルビン・エッガー・リエンツやココシュカが展示されています。それほど好きなジャンルではないのでさらーっと横目で見ながら流しました。ピカソ『緑の帽子の女』(1947)常設展示の他にいくつかの期間限定の企画展が開催されていました。ルーベンスからマカルトへ:リヒテンシュタイン王子のコレクション(2019.2.16 - 2019.6.10)が今の所一番の目玉のようです。生きているうちに名声と富を極める画家はそれほど多くないと思いますが、16世紀の画家ルーベンスは『王の画家にして、画家の王』と言われた最も成功した画家の一人です。フランダースの犬にでてくるアントワープの教会の祭壇画が有名。 一方、19世紀のウィーンで『画家の王』と言われたのがハンス・マカルト。ルーベンスの生誕300年を記念して描かれた絵画は有名で、その時代の寵児となりました。ハンス・マカルト『クレオパトラの死』(1875)ここ企画展にはカナレットやヴァン・ダイクの絵画もありましたね。リヒテンシュタイン王国のコレクションは日本でも何度か見たことがありますが、いい絵がたくさんあります。バラの絵はアルベルティーナ美術館の階段の側面に大々的に描かれていて、みんなこの階段で写真を撮っていました。フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー『バラ』(1843)この他にも、ウォーホールからリヒターへ(2018.7.12 - 2019.4.22)や、マンフレッド・ウィルマン写真展(2019.2.8 - 2019.5.26)などいくつかの企画展が併設されていて、全部見るのに3時間以上かかりました。 ウィーン美術史美術館やベルベデーレ宮殿など、美術館はみんな巨大なのでそれなりの装備と心構えが必要です。アルベルティーナの宮殿としての展示室もありました。アルベルティーナのカフェはオススメですよ。 2019年4月23日から東京都美術館で『クリムト展』が大々的に始まるので、多分ベルベデーレ宮殿の中にあったメイン作品は今東京にあるのではないかと思われます。こういうことってよくあるんですよ。はるばる行ってみたら『貸出中』みたいな。アルベルティーナ美術館の公式サイトはこちらです。(つづく)
2019/04/23
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ラテン講習会と同様にベーシック強化のためスタンダード講習会でもDCB専用ルーチンがプリントで配られました。スタンダード講習会のみ参加の方々も加わり、15:30~17:30の2時間です。テーマはスローフォックストロットでした。講師は石原正幸コーチです。最初にウォームアップということでワルツのナチュラルターンとクローズドチェンジとリバースターンのみを踊りました。先生に『ナチャラルターンが終わった時、この向き。クローズドチェンジは向きの変更なし。リバースターンではこの向き。』と言われるまで自分達は向きが相当いい加減だったんです。今更ですけど回転量って重要ですね。ちゃんと踊るとフォーメーションみたいに向きが揃って綺麗でした。次にフリーベーシックのワルツを踊るというのがあったんですが、こういうの苦手です。何がベーシックなのかよく分からないので、さっきの3つにシャッセフロムPPだけ追加して一周しました。さらにスローフォックストロットをフリーベーシックで踊れと言われた時は、『多分自分達の競技ルーチンて全部それだよ。』と勝手に解釈してそのまま踊ってしまいました。さて配られたプリントのルーチンを覚えます。いっぱい書いてあるんですが、上から5個目までしか分かりませんでしたね。でも先生が踊ってくださるのを見ると、なんか知ってる気がするルーチンばかりでした。要するに名前と動きが結びついてないんですね。ちょうどフロア1周分で先生たちとしてはこれ以上ないほどの簡単ルーチンだろうと思うんですが、我々にとってはみなさんについていくので必死でした。大将はまだマシでシャドーで踊れるようになったみたいでしたけど、私は先生が解説して下さったパート以外は何やってるのか自分はどこに向けばいいのか迷子状態でした。これもSNS等での公開は禁止ということでしたので、詳しく知りたい方は講習会に参加してください。 ステップ覚えるだけで終わりましたが、私の印象では『ヒールターンがいっぱい』でしたね。1年くらいやったらちゃんと一人でも踊れるようになるんでしょうか。みんなすぐに踊れてすごいな。踊り込みの時間が来て5種目をヒート分けして踊りました。スタンダードも2週間前に試合があったんですが、そのあとの海外遠征のインパクトが大きすぎてワルツのルーチン一部忘れてましたよ。こんなのでまた来週試合に出ても大丈夫なんでしょうか。まあ、練習だと思って頑張ります。 前回のレッスンの様子はこちら。次回は2019年5月11日(土)の予定です。ご興味ある方は下記のサイトをご参照下さい。競技ダンスクラブBeauty
2019/04/22
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平成最後の競技ダンスクラブ・ビューティ講習会でした。試合と重なって前回は参加できなかったので、3ヶ月ぶりになります。会場は茨城県南生涯学習センターウララビル5F軽運動室。朝、常磐高速道路の下り線で車両火災があった影響で先生方の到着が少し遅れ、午前中の個人レッスンから少しずつ後ろにずれ込む形で、ラテン講習会は14:15~15:15でした。講師は石原蘭羅コーチです。テーマはルンバ・ベーシックでした。3月のイタリア遠征でいくつかのキャンプに参加され、改めてベーシックの重要性を認識された先生方は、基礎力向上のためにDCBメンバー専用のベーシックルーチンを考えてきて下さいました。WDSFの教本に載っているベーシックルーチンを組み合わせたのもですが、これまでのようにその回限りのルーチンではなく、これをベースにどんどん掘り下げてテクニックを磨いていこうというのが狙いです。まずは初回ということで配られたプリントのルーチンを覚えました。時間にするとちょうど1分半くらいで、皆さんもよくご存知のルーチンの組み合わせです。SNS等での公開禁止となっていましたので詳しく知りたい方は講習会に参加してください。今回はそれほど深掘りはなく、正面で構えた場合と斜め45度に構えた場合のオープン・ヒップツイストの入り方とか、ファンからスライディング・ドアーズへの入り方とか、踊り方というよりステップがメインでした。ファンからスライディング・ドアーズという流れはやったことがなかったですね。女性はホッケースティックのようにカウント2まで進んで、そこからカウント3で右へサイドステップ、カウント4でバックでした。男性はサイドのクカラジャです。コンティニュアス・ヒップツイストはステップを忘れていて、先生や皆さんの踊られている様子を参考に見よう見まねで思い出した次第です。ある程度できるようになったところで音楽に合わせて踊りました。まだ踊るというより覚えたてのステップを踏むという感じで、これを競技会で踊っても全然ウケないだろうなというレベルです。次にカップルをチェンジして踊ります。自分のリーダー/パートナーと踊る時よりルーチン間違ないように集中しますね。リード&フォローという感覚はなく、覚えたステップを音に合わせて個々がシャドーで踊っている状態です。そういえば昔々サークルでダンス習い始めた頃はこんな感じだったなあと懐かしくなりました。自分のリーダー/パートナーに戻った時、ほんの少しですがリード&フォローの時間差のようなものが醸し出せて、自分たちの長いカップル歴も伊達じゃないなと笑がこみ上げましたよ。踊り込みの時間が来て5種目をヒート分けして踊りました。ここのところ試合が続いていたせいか、踊りこみが苦じゃなかったです。試合も踊りこみの練習になるんですねぇ。前回のレッスンの様子はこちら。次回は2019年5月11日(土)の予定です。ご興味ある方は下記のサイトをご参照下さい。競技ダンスクラブBeauty
2019/04/21
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<ウィーン市庁舎>ウィーンに着いた朝、ホテルのすぐ近くにあるウィーン市庁舎へまず歩いて行ってみました。試合会場となったホールはこの中にあります。大通りに面している、こちら側が正面だとずっと思っていたんです。玄関前には桜(?)が満開です。ところが絵葉書などで見ると、どうも見た目が違うんですね。横に回ってみたら、歩行者信号が面白い!手を繋いだカップルの真ん中にハートマークですよ。赤信号は普通でした。(つまらん)さらに進むと何かイベントやってる広場に面した側にでました。こちら側が正面だったんですね。夜はライトアップされてこんな感じです。塔は修復工事中のようでした。さらに中庭に面した建物は全部白い布に包まれて修復工事中。市庁舎はウィーンの市役所です。ハプスブルグ家の誰かが建てた城を市役所として流用してるのかと思ったらそうではなくて、19世紀に新市庁舎建設のコンペが行われてドイツ人建築家が設計し、ウィーン市主導で建てられた建築物だそうです。なんで市役所の中にこんな豪華な大ホールが必要だったのかちょっと意味分からないですが、このときの皇帝はフランツ・ヨーゼフ1世でした。シシィの旦那さんです。ダンスの競技会でも有効利用されてますし今となっては『作っといてよかった』でしょうか。裏口から入るとインフォメーション・センターがあって、ウィーンのことならなんでも聞いてちょうだい的な市の職員の方がにこやかに迎えてくれます。競技選手はみんなこの長い長い階段を上っていましたが、実は隠れたところに業務用のエレベータがあることを最終日の帰りになって見つけてしまいました。1日に1回13時ごろに、この建物をめぐる観光ツアーがあるようです。競技会の開催された週末は天気が悪くてかなり寒かったんですが建物の中は暖かくて、いったいこの広い建物をどうやって暖房しているのだろうかと不思議に思いました。多分目につかないようにセントラルヒーティングが完備されてるんでしょうね。修復工事が終わった姿が楽しみです。(つづく)
2019/04/20
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<シュテファン大聖堂>ドナウ川から地下鉄で街まで戻ってきました。ここがウィーンの中心、シュテファン大聖堂です。14世紀に建てられた聖堂を含め、この辺り一帯はユネスコの世界遺産にもなってます。一番高い南塔は世界で3番目の高さがあるそうで、ここには階段でしか登れないと言われて3年前ぐるぐる螺旋階段を登ったんです。もう南塔に登る階段の方は営業終了してましたが、半分の高さまで登れる北塔エレベーターはまだギリギリ大丈夫でした。遠くに遊園地の観覧車が見えます。半分の高さでも十分いい眺めですよ。真下を見るとこんな感じです。教会の中は『Sky of Stones』というアートが展示されていました。多分発泡スチロール製の石なんですけど、ライトでピンク色に染まっていて綿菓子が浮いてるみたいでした。タイミングが合えばウィーン少年合唱団の歌声が聴けるんですけど、試合がメインですからしょうがないですね。夜のシュテファン大聖堂、迫力ありました。ここは栄華を極めたハプスブルグ家歴代君主の墓所になっているそうです。モーツァルトもここで結婚式を挙げたとのこと。 この日は2019年4月15日(月)だったんですが、ホテルに帰ってテレビをつけたらパリのノートルダム寺院が火災で焼け落ちるという衝撃ニュースが延々と報じられていました。戦争で焼け残っても、こんな風に貴重な文化遺産が失われてしまうことがあるんですね。こちらは2006年にシュテファン大聖堂で行われたモーツァルト生誕250周年記念コンサートの様子です。ちょっと長いですけど素晴らしいですよ。(つづく)
2019/04/19
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<美しき青きドナウ>シェーンブルンとホーフブルク、2つの宮殿を巡ってご飯を食べたらもう夕方になってしまいました。本当はドナウ川クルーズとドナウタワーもこなす予定だったんです。サンセットクルーズのようなものもあるかもしれないと地下鉄に乗って船の乗り場まで行ってみることにしました。チェコまで行ってしまう高速艇は運行してるみたいですが、1時間くらいで周遊する観光船は営業終了してました。それにしてもドナウ川って、こんなんでしたっけ?なんか神田川みたいに細すぎない?せっかく来たので川沿いをぐるっと歩いてみました。地図見たら、これはドナウ川にそって作られた運河みたいでしたね。本流はそこからさらに東に行ったところにある様子。地下鉄の路線図を見ると、U1に『ドナウなんとか』という駅が何個かあるのできっとそっちだ!せっかく1日乗り放題券を8ユーロで買ったので元取らないとね。1回ずつ切符買うと2.4ユーロなので4回乗れば元取れます。それにしてもこの路線図、日本のとそっくりですね。銀座線、丸ノ内線、千代田線、半蔵門線...。ドナウ川の中州にある駅に到着。暗くなる前に間に合いました。川沿いにあるトランポリンの施設で子供達が飛び跳ねてます。おしゃれなバーやカフェがいろいろあるんですが、まだ時間が早いせいか閑散としてました。蚊柱がすごいです。でも来た甲斐がありました。これが有名な美しき青きドナウです。(つづく)
2019/04/18
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<ウィーンの食卓>ウィーン料理をいくつかご紹介します。昔から周辺諸国との交流がさかんな都市でしたから、料理もドイツ、フランス、イタリア、スイス、ハンガリーなどのおいしいものが入り混じっている感覚でした。試合が終わった後にラテンメンバ−3組で出かけたのが、ホテルに近いレストラン『Fromme Helene』です。カジュアルな人気店らしく大混雑でしたが、店員さんがとってもテキパキしててなんとかねじ込んでもらえました。こちらが有名なウィンナー・シュニッツェル。仔牛肉を叩いて伸ばし、油で揚げたカツなんですが、もとはミラノ風カツレツらしいです。この店の唯一の魚料理、付け合せはパスタかジャガイモの選択ができます。ウィーン料理として定着したハンガリー風ビーフシチュー、グーラッシュです。これなんだか忘れたんですが、多分ローストチキンのフィレ肉ライス添え、かな?これも定かではありませんが牛フィレ肉のペッパーソース炒め。ご覧いただけるように大きな皿に主食とおかずが全部盛られていて、パンとか付いて来ないんです。欲しい人は別に頼むんでしょうか。次にご紹介するのはシシィ博物館に近いレストラン『Kanzleramt』。茹でたアスパラがおいしすぎて牛肉が霞むくらい。鶏肉のハンバーグにハッシュドポテトがけっこうボリューム。ビーフと野菜のグリル、バーベキュー風。たっぷり野菜に鳥の胸肉のグリル。これが一番ヘルシーな感じです。デザートはシナモン風味の生チョコクレープ。それほど甘くなくて暖か〜い。ウィーン名物アプフェル・シュトルーデルのバニラソース添え。元はトルコ発祥のアップルパイだそうです。ついでなので、ホテルで毎朝いただいた朝食ビュフェを一部ご紹介。ハム、チーズ、ヨーグルト、パンのバラエティがすばらしいです。それにオレンジジュースの生絞りマシンが面白くて、しかも最高にフレッシュ。ゆで卵はそれぞれ違う顔が書いてあってかわいい。ケーキやお菓子も豊富で、みんな朝から普通に甘いものを食べてました。マリーアントワネットが貧しい庶民に対して『パンがないならケーキを食べたら?』と言った意味が分かる気がします。ウィーンに住んだら太りそう。(つづく)
2019/04/17
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<シシィ博物館>絶世の美女と称えられたオーストリア皇妃はシシィの愛称で親しまれていました。1837年にバイエルン王国の王女として生まれたエリザベートは16歳の時に従兄弟のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められて皇妃となります。結婚生活はそれほど楽しいものではなかったようです。仕事の虫で書斎から出てこない夫、そしていつも監視の目を光らせ小言を言ってくる姑。自由な環境で育った彼女にとって宮廷生活は息の詰まるものだったようです。身長172センチ、体重45キロ、ウエスト51センチというモデル体型を生涯維持するために、当時誰も持っていなかったジムを宮廷内に作ってワークアウトに励んだそうです。彼女のドレスが飾られてたんですが、そのウエストの細いこと。 つり輪とか、ろくぼくとかの運動器具も展示されてました。一時期乗馬にもハマってその腕前はオリンピックレベルだったとか。しかしやがてオーストリアから逃避するように旅から旅への生活に変わっていきます。1898年、旅の途中に暗殺されるというまるでドラマのような生涯を終えたことでそれまであまり話題に上がらなかった彼女が脚光をあびることになりました。 チケットは皇帝の部屋見学コースと宮廷銀器コレクションもセットになっていて、膨大な食器類やシェーンブルンと被ってる皇帝の説明を日本語音声ガイドで聞きながら辛抱強く回りました。なんか全部聞かないと損する気がして。 ツアーの集団が多くて、やけに混んでるイメージがあったのは、多分この日が月曜でほとんどの美術館・博物館が休みなため観光客が宮殿見学に集中したせいではないかと思われます。以前も思ったんですが、1日で宮殿をいくつも回るのは大変です。でも共通券買ってしまいましたからね。シシィ博物館は見たことがなかったので彼女のトレーニング器具やドレスを見るのは興味深かったですよ。(つづく)
2019/04/16
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<シェーンブルン宮殿>朝から快晴の素晴らしい天気でした。2日連続の試合で20曲ずつ、計40曲踊って多分体は疲れていると思うんですが、同じホテルに泊まっていたメロンチョコさんたちと一緒に今日は一日ウィーン観光です。ドニーさんたちはすでに帰国の途につかれました。私たちがまだ行ってないところに行きましょうと言って頂いてたんです。でもウィーンは初めてというメロンチョコさんたちに、大将が是非ともシェーンブルン宮殿は見て欲しいというのでタクシーを呼んで4人で出かけました。まず中に入る前に城の外観を楽しんでもらおうと庭に回ります。大将は素晴らしい景観をバックに自撮りするメロンチョコさんらの背景にジャンプで映り込む作戦を何度も決行。私はそれをアホやなあと笑いながら見てたんです。 ところが炭酸水のペットボトルをカバンに入れて持ってたみたいで、ジャンプしまくって炭酸が膨張し、カバンの中が水浸しになってしまったんですよ。気付かずにジャンプし続けた大将は、宮殿の中に入る直前にメロンママさんにお漏らしみたいに濡れてるパンツを指摘されて大慌て。幸い濡れているのが目立たない素材だったので適当に拭いて自然乾燥を待つことにし、宮殿の入り口で日本語の音声ガイドを借りてゆっくりと見て回りました。私たちは3年前に来たことがあるんですが、もうほとんど忘れてましたので2回目ですけど新鮮でしたよ。広い宮殿を見学した後はさらに広い庭へと足を進めます。この砂利が平安神宮みたいだと大将が言ったのを思い出しました。遠くに見える白い建物グロリエッテはカフェになっていて、そこまでたどり着いて飲むビールが美味しかったので今回も同じことをしました。ケーキもいろんな種類があって、どれも魅力的ですね。丘を下る道には水をまく巡回車が走っていて、おかげで細かい砂利で滑らずにすみます。馬車が通ってもホコリが立たないようにしているのかもしれません。庭園内は若葉に包まれ、葉っぱは柔らかくて食べられそうなくらい。3時間くらいかけて見学した後、シェーンブルン駅で電車1日乗り放題券を買いました。ここからシシー博物館に向かいます。(つづく)
2019/04/15
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<試合2日目>試合会場は大ホールと小ホールの2つがありました。メイン会場の大ホールに比べるとずっと狭い小ホールは観客スペースがないので壁に向かって踊る感じになりますが、アットホームで落ち着きます。シニアIIIラテンには47組が出場していました。9時30分に小ホールで1次予選開始です。ヒート表の大型のモニタは大ホールにしかないので、自分の踊るヒートを手に書いたりして覚えていました。種目はサンバ、チャチャ、ルンバ、パソ、ジャイブの5種目です。 ラテン2次予選はシニアIIとシニアIIIがほぼ同時進行で大ホールと小ホールで行われていて、両方エントリーしなくてよかったなと思っていたんですが、両方出てる鉄人がいたんですね。背番号が別なのでそれぞれ2着のコスチュームに付けておいて、踊り終わるとすぐに男性だけ着替えて別の会場に走ります。両方シャッフルですからたまに2曲連続とか、どちらかしか踊れないこともあったかと思うんですが、なんと両方共に準決勝進出されたんですよ。昨日の試合で3位に入賞したフィンランドの選手です。午後2時ごろ今日は決勝まで無事に踊りおわり、表彰式は16時40分からの予定でしたので2時間以上余裕があったんです。持ってきたアルファ米のごはんを食べ、のんびり他の試合を観戦してそろそろかなと控え室に戻り、着替えて会場に行ったら先にフロアに行っていた大将がこわばった顔で言いました。『もう終わったみたい…。』なんと一番美味しい表彰式を逃してしまったんですよ。『私たち、何位だったんだろうね。』大会事務局となっているステージに行ってみると、もう次の試合開始が迫っていてジャッジの皆さんがゾロゾロ入ってきました。試合が進行する中、私たちはジャッジの間に変な格好で挟まれ、テーブルの上に二つだけ残っていたメダルをペンギンさんにかけてもらい、昨日と同じフルーツ盛り合わせをもらって試合の妨げにならないようにすごすごと退場。やってしまいましたね〜。メダルは決勝メンバー全員もらえるので結局何位か分からず、後でネットで調べて4位だったことが判明しました。表彰式の集合写真にも写れませんでしたよ。がっくり。相当がっくり。ちなみに2つの会場を走って2つのカテゴリーに参戦していたフィンランドの選手は、シニアIIで6位、シニアIIIで優勝でした。鉄人です。実は同じ日、日本ではJBDF茨城大会が開催されていました。私たちにとっては一生に一度あるかないかという県最優秀選手に今年選ばれていて表彰される予定だったんです。でもウィーン遠征が既に決まっていましたので、こちらの表彰式には非常に残念ながら参加できませんでした。つまり、ダブルで表彰式を逃してしまったというわけです。 『今日はきっとそういう星の巡り合わせだったんだよ。』大将は言ってましたが、ショックでしたね。もうこんなすごい日は2度とないかもしれないのに。この後一旦ホテルに戻ってからラテン3組で食事会に行きました。ウィーン料理のお店です。みんなで乾杯してダンス談義に花を咲かせ楽しいひと時を過ごしました。埼玉メロンチョコさんたちは次はブラックプール、福島ドニーさんたちはスロバキアの世界選手権だそうです。うちはしばらく関東から出ない予定。ラテンのことしか書きませんでしたが、シニアIIIスタンダードに参加されていた新潟のISSIさんが最終予選まで進まれて健闘されてました。昨日のブログに写真があります。パートナーさんの踊りが私は個人的に大好きで密かに目標にさせていただいているんです。リーダーさんにはマドリードの試合で出遅れそうになったとき部屋まで呼びにきて頂いたご恩があり、もし今回の表彰式すっぽかし事件をご存知だとしたら『またやらかしたな』と失笑されているのではと思います。ラテンの試合が終わった夜の時間帯に試合開始だったシニアIVスタンダードには、ニースでご一緒させて頂いてからご縁のある東京のNISSYさんが参加されてました。なんと私の元上司夫妻にカナダでダンスを教えたことがあるという学連上がりのツワモノで、準決勝まで進まれていました。今回は観光や食事などご一緒する機会がありませんでしたが、勇姿は拝見させていただきました。応援していただき、ありがとうございました。戦利品のメダル4つになりました。そして世界ランキング7位になりました。初めての1桁です!(つづく)
2019/04/14
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<試合1日目>ウィーン・オープンは2019年4月12日から14日の3日間、ウィーン市庁舎で開催されました。去年、キンタロー&ロペス組や名越組が出場したのと同じ大会です。ウィーンはヨーロッパの真ん中にある有名な観光都市なので参加者は多く、私たちは13・14(土日)の試合に参加しました。同じカテゴリーの試合が2回ずつ開催されるのでランキングを効率良く上げることができます。こちら会場に向かう長い階段。階段にはレッド・カーペーットが敷かれ、重い荷物持って息切れしながら登る人々に美しいステンドグラスが優しい光を投げかけています。なにせ城ですから広すぎて迷子になりそうなくらい。歴史的建造物のため、滑り止めとしてオイルや水を靴につけるのは禁止されていて床を傷つけると弁償させられるそうです。シニアIIIラテンには45組が出場していました。9時45分(日本時間16時45分)に6ヒートシャッフルで1次予選開始です。自分がどのヒートでどの種目を踊るかを記した表は大型のモニタに映し出されるんですが、部屋の景観に合わせるためなのかそのモニタが金の額縁に入ってるんですよ。種目は1次予選からサンバ、チャチャ、ルンバ、パソ、ジャイブの5種目です。シニアI・シニアIIIのラテン・スタンダード予選が交互に行われて、2次予選、準決勝と午前中の競技はスムーズに進行して行きました。こちらシニアIIIスタンダードの予選の様子です。舞踏会みたいですね。何があったのかいつの間にか進行が遅れ、決勝の予定だった夕方6時の段階で既に1時間遅れになっていました。こちら選手控え室前の練習場。シャンデリアが超豪華です。表彰式の後にやるはずだったオーストリア国内戦が先に行われたりして、いつ始まるのかアナウンスもなく決勝メンバーはフロアサイドで待たされ続けてブーブー文句言ってました。多分どこかのタイミングでアナウンスはされたのだろうと思うんですが、選手はずっと会場にいるわけではないので聞き逃す確率が高いんです。選手控え室や練習場ではアナウンスは聞こえないんですね。タイムテーブルはあちこちの壁に貼ってありますが更新されないし。暇なので表彰式で選手を先導してくれるペンギン達と写真撮ったりしてました。ちなみに国内戦のC級・D級戦見たんですけど、若者だけでしたね。出場者全員10代みたい。ストーン禁止らしく衣装は地味で、踊りもベーシックルーチンなんですがうまいんですよ。そこに自分たちが入ったら勝てないかもというレベルです。結局シニアIIIラテンの決勝踊ったのは8時過ぎ(日本時間午前3時)だったと思います。優勝はスペインの常勝カップル、マニエル達。シニアII世界選手権シッチェス大会(2010)のチャンピオンでした。2位ロシア、3位・4位がフィンランドで5位が日本、6位がイタリアです。私たちは5位でした。3位だったフィンランドのウラ達はシニアII世界選手権マヨルカ大会(2012)のチャンピオンで、去年ブラックプールの50歳以上のラテンで優勝したカップルです。表彰式では全員にメダルとフルーツセットが贈られました。他の競技に参加されていた日本メンパーに大きな声援を送ってもらって心強かったですね。どうもありがとうございました。(つづく)
2019/04/13
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<アルベルティーナの豪華な朝食>朝6時過ぎにウィーンに到着しました。ホテルまでのタクシーを日本から予約してあって、到着出口近くのインフォメーションカウンターで運転手さんと待ち合わせ。約30分でホテルに到着しました。お値段は30ユーロくらい。こちらが4泊お世話になるホテル・ヨーゼフホフです。まだ早朝なので観光名所のほとんどは営業時間前だし、チェックインは午後2時からです。どこか時間が潰せるオススメ観光スポットはないかフロントで聞いてみました。公園とかカフェとかウィーンの徒歩圏内にある名所は多いです。大会会場となる市庁舎はすでに開いていて午後から始まる競技会に向けて準備中でした。すぐ隣のフォルクスガーデンはバラの名所なんですが、まだちょっと季節が早かったですね。市庁舎でウィーンフィルの演奏を視聴したり、公園をぶらぶらしているうちに10時になったので、世界で最も美しいと言われる図書館に行ってみました。ロープが張ってあって棚の本の中身は見られないんですが、美女と野獣の映画に出てきた図書館のような一生かかっても読みきれないほどの本が天井までぎっしりでした。次に向かったのはアルベルティーナ美術館。3年前にいくつかの美術館は回ったんですが、ここはまだでした。11時ごろランチにしようとまず美術館のレストランに入ったら、まだ朝食時間だと言われたんです。この朝食が実に美味しかったですね。大将はいつもそうなんですが一番高いのを頼んで、朝食なのにシャンパンが付いてきました。レストランは美術館のチケットがなくても入れます。内装が日本風で落ち着くし、料理も美味しかったのでオススメです。桜が飾られてました。美術館は広くて見所満載です。明日から試合なんですが朝から歩き通しで相当足にきましたよ。この日は晴れていたんですが風が冷たくて最高気温は12度くらい。暖パンとダウンジャケットでちょうど良かったです。ウィーンの景観を保つためか外壁の補修が行われている建物がいくつかあって、写真で見ていただけるように補修前(右)、作業中(中央)、補修後(左)の違いがくっきり。マリア・テレジア像にもきっちりご挨拶してホテルに戻りました。(つづく)
2019/04/12
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<出発の日>真夜中の羽田空港です。1日の仕事を終えてから海外へ飛ぶ方も多いんでしょうね。平成最後の遠征先はウィーンです。出発を待つ間、搭乗口の近くでビール飲んでました。なんだか空港内が前来た時から模様替えされてるようでした。前回はオーストリア航空でしたが、ANAのウィーン直行便がこの春から始まったので早速利用してみました。やっぱりCAさんが日本人特有のおもてなしで迎えてくれるので嬉しいです。食事も口に合うし、トイレもウォシュレット付き。ウィーン大会には日本からラテン3組、スタンダード5組の計8組が参加するようです。ラテン組はそれぞれ自分たちの都合に合わせて個別に渡航し現地集合。うちは土日を挟み仕事を3日だけ休んで強行スケジュールで2日間試合に参加の予定でした。直行便とはいえ片道12時間かかります。時差は7時間。搭乗した飛行機はスターウォーズバージョンでしたね。機内に流れる音楽もそうでした。CAさんたちのエプロンもこのR2D2柄でしたよ。12時間のフライトで寝ている間にヨーロッパへひとっ飛びです。(つづく)
2019/04/11
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満開の桜に季節外れの雪が降りました。新紙幣のデザイン発表や某大臣の不適切発言による辞任、天皇皇后両陛下の御成婚60周年もニュースになっていましたが一番興味を持ったのはブラックホールです。史上初、ブラックホールの撮影に成功ブラックホール同士がぶつかって発する重力波は検出されてましたけど、見た人はいなかったんですね。でも名前がブラックホールというくらいですから、黒い穴なんだろうなと想像はできます。この真ん中の黒い穴がブラックホールシャドウで、目で見える限界だそうです。ブラックホール自体のサイズはこの半分より小さいとのこと。光さえ出てこられないほどの超重力で周りの空間が歪んでいるとか言葉では聞いたことあります。見えないものを見たいというのは究極の夢ですね。それに向けた世界的なプロジェクトがついにその夢を実現したんです。望遠鏡というのは口径が大きいほど遠くまで見ることができますが、大きくなると自身の重みでたわんだりするので作るのも動かすのも大変です。もっと遠くを見たいと考えた人類は、目で見る望遠鏡ではなくて電波で見る望遠鏡を考え出しました。テレビの受信用としても使われていたパラボラアンテナのでっかいのを作って、はるか遠い宇宙からやってくる電磁波を捕まえようというわけです。今のところ世界最大なのは中国にある直径500メートルの電波望遠鏡だそうです。大きいのを作るのは製作費も運用費も莫大なものになります。そこで小さいパラボラを複数並べて。それぞれが受信した電波の微弱なずれを計算で拾い上げてしまおうという干渉法が使われるようになりました。広大な原野にパラボラアンテナがズラーっと並んでる写真をご覧になったことある方もいらっしゃるでしょう。口径が大きいほど遠くが見えるのは電波望遠鏡でも同じで、遠く離れたパラボラ同士で同じターゲットを見ることでそれが実現できます。地球サイズでは飽き足らず衛星飛ばして宇宙サイズの望遠鏡を実現させる例もあるんです。今回ブラックホールの撮影に成功したのはイベント・ホライズン・テレスコープというミッションでした。撮影されたM87は、1781年にメシエが発見したおとめ座銀河団の中にあります。当時は目で見るタイプの望遠鏡ですからぼんやり見えただけでした。時代とともに観測精度が上がり、おとめ座の方向に強い電波を発してる何かがあることが分かってきたんです。2011年、M87の中の超巨大ブラックホールの正確な位置を突き止めたのは日本の研究チームの功績でした。 地球から5500万光年の距離ですよ。どれだけ遠いのかイメージ湧きにくいですが、これでも近い方なのだそうです。精度のいい複数の電波望遠鏡から毎日出力される膨大なデータを処理する解析作業も尋常じゃないでしょうね。まさに天文学的な量だと想像します。撮影と言っても普通にカメラでパシャっと撮るのとは訳が違います。データ処理だけでも何年もかかりそう。 生きている間にこれまで知りえなかった宇宙や地球や生命の謎なんかが解明されていくのは実に楽しいですね。自分だけではできないことが、人類レベルでは達成できる。ほんと人類って素晴らしいです。まるで四方八方に枝を伸ばして美しい花を咲かせる大樹のよう。詳しいサイトはこちらです。
2019/04/10
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1月まで通っていたジムの空きスペースに整体院が入りました。ちょうどテレビで筋膜剥がしの番組を見たばかりだったので興味が湧いて予約してみたんです。長年の肩こり・首こりをひょっとしたら解消できるかもしれないし、ここのところ朝起きるときに感じる右腰の痛みや膝の違和感についても相談できるかもしれないと思って。通常7000円のところ初回先着10名に限り2750円と激安だったんです。行って見るとジムだった時の面影は完全に消えて、診察用のベッドが3つ置かれていました。病歴や怪我についてかなり詳しい問診があって、体の柔軟性や可動域をチェックしたあと、立った姿勢の写真も撮りました。まず体の歪みについての指摘を受けましたね。ダンスやってるくらいだから姿勢はいいはずだと思われるかもしれません。でもそれよりもずっと長い年月に染み付いた悪い姿勢の方が優勢で、特に仕事でマウスを長時間使うことで右に体全体が傾いていることが分かったんです。スタンダードで右足体重のスローアウェーとかやり始めたから右のお尻とか膝とかに来てるのかと思ってたら、普段から傾いた姿勢で生活して右側に負担がかかっていたからだったようです。反り腰も見られて、これも腰や背中のコリに大いに影響しているとのこと。固くなっている筋膜を少しずつ剥がして症状を改善していきましょうということになりました。鍼治療はやったことないんですが、それで言うところの経絡のような、痛いポイントの系列があるそうなんです。先生がポイントをいくつか押して、どの程度痛いかと言うのを全身でチェックされたんですね。結果を見せてもらうと、明らかに系列が見えてました。膝も腰も背中も肩も首も、全部ひとつながりだったんです。水道管がだんだん凍りついて行くみたいにじわじわ固さが広がって行って、長い年月の積み重ねである時から痛みなどの症状が出ることがあるそうです。初回なので軽めに2つのポイントだけ剥がしてもらったんですが、診察台から起き上がってあらびっくり。膝も腰も違和感が無くなってたんです。こんなにすぐに効くのかとちょっと意外でした。これまでオイルマッサージを好んでやってもらっていたんですが、気持ちはいいけど根本的な解決にはなってなかったんでしょうね。筋膜剥がしでダイエット効果も上がるみたいな話を耳にしたこともあるし、可動域が上がってダンスにも好影響があるかもしれません。一石二鳥を狙って少し通ってみることにしました。
2019/04/09
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午後のA級スタンダード競技は、C級戦の1次予選とプレジュニアの表彰式が終わったあとの2時半ごろから始まりました。選手控え室はメインアリーナの隣のサブアリーナだったのですが、奥の方に陣地を構えたせいか試合の進行状況が分からないので出遅れないように早めにフロアに向かいました。C級戦はTF2種目で9ヒートもあって結構長いんです。JBDF関東甲信越の試合だとA/Bフロアで同時進行するので半分の時間で済むんですよ。多分ジャッジの人数の関係でハーフコートを遊ばせたまま9ヒートだったんでしょうね。A級スタンダードは出場組数71組でした。1ヒート目に日本代表の小嶋みなと・盛田めぐみ組がいます。私たちは2ヒート目だったんですが、彼らの踊りを直前で見るというのが素晴らしいイメージトレーニングになったんですよ。大将はもろ影響を受けて『あの組み方で行く!』と鼻息も荒くフロアに入ります。ビデオで撮った最近の試合で、まっすぐ立ってるつもりのリーダーの頭が前に突っ込んで見えるというのが気になってたんですね。小嶋選手たちのホールドは空に向かって大きく開いた朝顔のようでした。このイメージでワルツを踊ってみると、これまで感じたことのない盤石なコネクションで、ビックリするくらい踊りやすかったんです。リーダーの感覚では『ずっとサンバロール』だったそうです。『上を向いたまま踊るのって不思議な感じだ。』とも言ってました。たぶん偶然ですが二人のバランスがうまく噛み合ったみたい。大いに自信を得た大将は続くタンゴ、スローフォックストロット、クイックステップと直前イメージ・インプットで踊り、ほぼフルマークという嘘みたいな好成績で2次予選に駒を進めました。いつもガタガタのピボットがスルスル回れて驚きましたよ。大将はよくYouTubeで世界のトップ選手たちの踊りを見てるのに、なんでそれはインプットされないのかと思います。目の前でという意味では石原先生のいい踊りをレッスンで何度も見てるはずですもんね。試合中の濃い集中力で、自分が踊る直前に見るイメージというのが体に入りやすいんでしょうか。良く分かりませんが、いい効果がありました。2次予選は48組から24組の半分に絞られます。大きく踊る選手が多いので、ハーフコートが手狭に見えました。人数が減ったので小嶋組と同じヒートになってしまい、先ほどのような直前イメトレが出来なかったんですね。そのせいだけじゃないと思いますが、惜しくも25位で最終予選には進めませんでした。シニアIIスタンダードはA級維持を決めているので、A級戦に5回でればいいという条件からすると、これで2回目。年内にあと3回出場すればスタンダードもA級維持達成です。練習時間がほとんど取れない環境になってしまって試合で練習してる感覚ですが、全然しないよりはいいので細々と頑張ろうと思ってます。もう少し勝ち残ってたくさん踊らせてもらえるようになったら嬉しいんですが、甘いでしょうね。会場で応援してくださった皆様、どうもありがとうございました。
2019/04/08
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第23回 神奈川県ダンススポーツ選手権に参加してきました。会場は藤沢市秩父宮記念体育館メインアリーナです。A級戦は今年の三笠宮杯出場の選考競技になっているほか、ブロックランキングのポイントにも絡むということで関東甲信越の精鋭選手たちが集結しています。シニアII関東甲信越ブロック選手権とねんりんピック選考戦もありました。ねんりんピックの出場資格は昭和36年4月1日以前に生まれた神奈川県内在住の男女です。今日は統一地方選挙(知事選挙など)が行われていて、この会場も投票所になっていました。ダンス関係者以外の方の出入りも多くて、投票のついでにちょっと寄ってみようかなという方もいらしたかもしれません。競技はこの他にB級、C級、プレジュニア級の、それぞれラテン・スタンダードの試合がありました。プレジュニアは中学生以下なら女子同士でもJDSF会員でなくても参加できる試合です。都道府県対抗戦に出場するためには若い選手が必要ですから、こういった県内外のトップ選手の集まる試合で刺激を受けてもらって裾野を広げようという方針でしょうか。 予選はハーフコートで行われました。フロアをA/Bに区切って2つの競技が並行して進行します。床に透明なプラスチックボードが貼られていて、ヒールチェックはありません。履き込んだシューズだとものすごく滑ることは経験済みでしたので万全の対策で臨みました。A級戦ラテン出場組数39組で、1次予選の種目はサンバ、チャチャ、ルンバ、パソドブレの4種目です。ラジオ体操が試合前にあったんですが、A級戦はタイムテーブルの1番目の競技で、なんかまだ体が温まってないまま試合に突入という感じでした。AフロアではA級戦、BフロアではB級戦です。周りの若い選手たちはそんなの全く関係ない様子でいい動きしてます。2次予選は1次を勝ち残った25組で行われ、これが最終予選でジャイブも加わりここから5種目戦になりました。2ヒートだったので1曲踊って1曲休むことができたのでまだ良かったんですが、これが終わるとすぐBフロアに移動してシニアIIラテンの1次予選です。 A級戦の方はここで敗退でしたので、そのあとのシニアIIラテンの準決勝・決勝は体力的に楽でした。しかもシニアIIは種目がサンバ、チャチャ、ルンバの3種目のみ。出場13組で決勝には7組が勝ち進みました。 大将がなぜか観客席のある方向に向かって踊ってるみたいで視線が変だったんですが、後で聞いたらこの近くにお住いの転勤先の同僚の方々が応援に来られていたそうなんです。踊り終わるとパッと別れて別行動だったので試合が終わるまで知りませんでした。ご挨拶もせずに失礼しました。私たちは準優勝でした。これも後で聞いた話ですが、引退された名越組が試合観戦に来られていたそうです。大将の後輩と名越さんが昔からの知り合いだっことを初めて知ったと言っていました。 このブログを10年前から読んでますという方にも声をかけていただきました。試合会場で声をかけていただくのはとても嬉しいことです。どうもありがとうございました。
2019/04/07
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東京駅にやってきました。このかっこいい電車の写真を撮るためではありませんよ。偶然隣のホームに停まっていたので興味が湧いただけです。四国の高松まで行く寝台特急ですね。四国遠征の時に乗ってみようかしら。夜10時に東京駅を出発して翌朝7時27分に高松駅に到着。9時間半の旅です。シングルベッドの個室がこんな感じ。お値段22110円ですって。交通費+ホテル代と考えると安いんでしょうか? さて、夜の10時ごろ東京駅のホームで何をしてたかというと、私たちは明日の試合に向けて神奈川県に移動中でした。1週間の転勤生活で大将はよほど疲れたと見えて、夕方4時ごろ起きてきて活動開始したので出発が夜になってしまったんです。JR東海道線の藤沢駅から歩いて10分くらいのところにある、去年リニューアル・オープンしたばかりのホテルに泊まりました。駅から離れるにつれて道がだんだん暗くなってきて若干不安になるんですが、川に向かってゆっくり下る道なのでキャスターカバンをコロコロ引くのはそれほど苦ではありません。フロントがバーカウンターみたいな感じでおしゃれ。12時までに頼めば湘南地ビールが飲めたみたいなんです。今回は空振りでした。 翌朝起きて見たら、綺麗な桜並木がすぐ前にありました。絶好のお花見スポットです。
2019/04/06
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年度が変わる4月1日が月曜日だったせいか、この一週間はとても長く感じられました。新しい年号が発表されてそれにあやかる商法が飛び火し、スーパーで売ってる普通のお弁当にまで『祝・令和』とか書いてあるんですよね。今日は暖かくて桜も満開。こういう日こそ『プレミアム・フライデー』にして早く仕事から解放されたいものです。可憐な桜の花のような『桜石』というのをご存知ですか。先日、渡良瀬川をとりあげたNHKドキュメンタリー新日本風土記でも紹介されていました。ホルンフェルスと呼ばれる変成岩の一種なんですが、自然の造形美というのは人間の想像を超えるものがありますね。 この石は4月9日生まれの方の誕生石だそうです。誕生石って月ごとじゃないんでしたっけ?確か4月はダイヤモンドだったような…。桜石(さくらいし)は京都府の県の石として登録されています。1922年に天然記念物に指定されているので勝手に取ってこれないんですね。 亀岡市にある桜天満宮に菅原道真公ゆかりの桜の木があったらしく、その桜が枯れて花びらが下の岩に移ったと言われていたみたいです。それを受けてか桜石は、学業成就とか厄除けとかのパワーがあるとされています。 桜色になってるのは酸化鉄のせいなんです。本当は青いスミレ色で正式名称は菫青石(きんせいせき)もしくはコーディエライト、宝石としてはアイオライトと呼ばれます。別名ウォーターサファイア。 昔バイキングが羅針盤として用いたという言い伝えがあるらしく、パワーストーンとしては夢や目標に導いてくれる石として愛用されているようです。菫青石は六角柱状の結晶で、その形を残したまま緑泥石や白雲母に変化して、さらに風化で花びらのように割れたのが桜石です。巻き寿しみたいにどこで切っても同じ形になる花びら断面の棒状の石です。マグマの熱で焼かれた泥岩が地下で冷え固まり長い年月をかけて地上に顔を出した、言わば地球が作り出した陶芸作品のようなものですね。これが自然に作られるのに1億年くらいかかってるでしょうか。桜の花びらがそろそろ散り始めました。昔この石を見つけた方は本当に桜花が岩に染み入ったと思ったかもしれませんね。その方がいろんなストーリーが想像できて素敵です。一年中愛でることができる桜石、皆さんもおひとついかが?
2019/04/05
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好きな女の子に告白できずにいつも偶然を装って出会いを演出する大学生がいました。彼が考え出したナカメ作戦(なるべく彼女の目に止まる)。彼女は1年後輩で、心の中で『黒髪の乙女』と呼んでいます。友人に言わせると『外堀を埋めてるだけ』の男でした。天然で自由奔放な彼女はそんなこととは全く知らず、夜の先斗町で飲み歩きです。かなり酒豪なので飲み比べの勝負でも負けません。知り合ったばかりの酒好き仲間と一緒に見知らぬ会合に乱入してはタダ酒を飲み、かまきりのような変な踊りに加わったり。学園祭ではゲリラ演劇に出演したり、古本市で神様に出会ったり。彼は彼女の飲みっぷりにもついていけず、あちこちでトラブルに巻き込まれます。そしてついに、友人から彼女に関する重要な情報をゲットします。子供の頃好きだった『ラ・タ・タ・タム』という絵本を探していて、これを手に入れれば彼女の心をつかむこと間違いなしと。どうも一晩の出来事らしいんですが内容盛りだくさんなので、まるで眠れない夜に切れ切れに見る夢のような作品でした。ラブストーリーというよりコメディでしょうね。パンツにまつわるギャグが多いんですが、全然面白くないんです。キャラの立ってる登場人物もたくさん出てくるんですが、色の濃いマーブルチョコを小皿に盛ったような、食べればみんな同じ味みたいな掴み所のない話でした。物語は唐突な急展開を続け、そのうちぎゅーっと焦点が絞られてくるのかなと期待しつつ、あっけにとられたままダラーっと見ていつの間にか終わってしまいました。ちょっと嬉しかったのは、大将が子供時代に大好きだったと言っていた餃子の王将が背景に出てきたときくらいですね。お話の舞台が京都なので見たことある風景にちょっと親近感わきました。アニメもここ最近よくあるタイプとは違って、一筆書きみたいなとでもいいましょうか、2次元的で特徴のある絵でした。うーん、これは評価が割れそうな映画です。『夜は短し歩けよ乙女』は、森見登美彦による長編小説が原作で、100万部を超えるベストセラーだそうです。いろんな賞にもノミネートされたり受賞したり。 湯浅政明監督により2017年にアニメーション映画が公開されて、日本アカデミー賞とか色々受賞された作品なんですけど、私には面白く感じられませんでした。ゲリラ演劇の変なミュージカルで一気にテンション下がりましたね。作品が大好きな方の方がだいたすうなんでしょうかね。多分私の見る目がないんでしょう。93分が長く感じられました。
2019/04/04
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地ビール造りはそれぞれの銘柄にいろんな物語があります。今日ご紹介するビールの醸造主は日本でまだ地ビール造りが認められていなかった頃からその魅力にハマってアメリカで造っておられたようです。大将がお土産に買って来てくれた神奈川の地ビールです。サンクトガーレンのゴールデンエールとペールエール。軽い方からと思って飲んだゴールデンエールのガツンとくるホップの苦味に惚れましたね。志賀高原ビールの自家製ホップどっさりにも似た衝撃でした。調べてみたら5年ほど前に一度サンクトガーレンの『感謝ビール』という種類を飲んだことがありました。 興味が湧いてサンクトガーレンの歴史を読んでみたんですが、創業者のご苦労とかビール愛とかビシビシ伝わって来ました。大好きだった牛久シャトービールがなくなってしまって、毎年行っていたシャトーの桜祭りも足が遠のき、物足りない春を過ごしていたんです。久しぶりにうまいビールにありつけた喜びを噛み締めましたよ。 いろんな種類を造っておられるようで、甘くて飲みやすいのも人気らしいです。皆さんもよかったらお試しください。
2019/04/03
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スコットランドの旅番組を見ていて、大好きだった映画『嵐が丘』を思い出しました。あの物語の舞台もこんなところだったんだろうかねえという話になったんです。調べてみたら全然違って、ハワース (Haworth) というイングランドの真ん中にあるヨークシャーの田舎が舞台でした。今では観光名所になって、遊歩道が網の目のように張り巡らされているようです。イングランドとスコットランドはいろんな意味で別の国みたいなんですよね。昔から戦闘が絶えなかったようですし。『嵐が丘』で一緒に検索に引っかかって来たのがケイト・ブッシュのこの曲。彼女のデビュー曲だそうです。どんな歌かと聞いてみたら、なんとよく知ってる歌でした。さんまさんが司会してた『恋のから騒ぎ』という番組のオープニングで使われていた曲です。甲高い声でなんか歌ってるなあくらいで、歌詞の内容なんか全く気にしてなかったんですが、ヒースクリフとかキャシーとか出てくるじゃありませんか。『ヘー。これ、嵐が丘っていう曲だったんだ。』まさしくエミリー・ブロンテの名作『嵐が丘』をモチーフとした曲です。 1978年、ケイト・ブッシュ19歳の時のデビュー・シングルで全英4週連続一位のヒット曲だそうです。 死んだキャシーが亡霊になってヒースクリフの元に戻ってくる場面ですね。ホラーな内容です。でもそう望んだのは彼なんですよ。亡霊でもいいからそばにいて欲しい、君のいない世界は耐えられないと。ケイト・ブッシュのオリジナルPVもいいんですが、ヘイリー・ウェステンラのカバーも素敵です。Wuthering HeightsOut on the wiley windy moorsWe’d roll and fall in greenYou had a temper, like my jealousy, too hot, too greedyHow could you leave me?When I needed to possess you, I hated you, I loved you tooBad dreams in the nightThey told me I was going to lose the fightLeave behind my Wuthering, Wuthering, Wuthering Heights Heathcliff, it’s me, Cathy, come homeI’m so cold, let me in-a-your window Ooh it gets dark, it gets lonelyOn the other side from youI pine a lot, I find the lot, fall throughs without you I’m coming back, love, cruel HeathcliffMy now dream, my only masterToo long I roam in the nightI’m coming back to his side to put it rightI’m coming home to Wuthering, Wuthering, Wuthering Heights Heathcliff, it’s me, Cathy, come homeI’m so cold, let me in-a-your window Ooh let me have it, let me grab your soul awayOoh let me have it, let me grab your soul awayYou know it’s me, Cathy Heathcliff, it’s me, Cathy, come homeI’m so cold, let me in-a-your window
2019/04/02
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新元号が、今日発表されました。初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす出典は万葉集の梅花の歌三十二首の序文。ニュースで何度も放送されてました。春の初めの良い月にさわやかな風がやわらく吹いているその中で梅の花が、まるで鏡の前でおしろいをつけている美女のように白く美しく咲き宴席は高貴な人が身につける香のように薫っている 発表されたのは11時半すぎだったようですが、朝のニュース番組ではそれに向けての新元号予想をやっていました。安久とか安永などが多かったようです。『令』の文字が年号になるのは初めてだそうですね。 『和』は昭和も含め20回目だそうです。みんなが望むのはやはり平和なんでしょう。 和食、和風、和服、和裁...。日本を一文字で表すと『和』ですしね。 気の早い方々は早速新元号を取り込んだ商品を出しているようです。新元号騒ぎですっかり忘れていましたが、今日はエープリルフールでした。 そして新年度の始まり。職場では粛々と新年度の全体会合が執り行われました。
2019/04/01
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