全6件 (6件中 1-6件目)
1
![]()
●未来社会に関するお金や国境に関することから一挙に物理学の話になってしまった。●相対性理論やビッグバン宇宙論は誤りであるとの観測結果や説があるかと思えば、常温核融合が実験的事実として確認されたという記事もある。こんな話を聞ば、誰だって眉唾だと思う。●私には「相対性理論やビッグバン宇宙論は誤りである」などと言いきるだけの知識も知力もないが、ある人との出会いがきっかけで、ここ2週間ほど、これらに関する本を読んだりWEBで調べたりした結果、「本当に誤りらしい」と思うに至った。●2週間ほど前のある集会で、約30年ぶりになつかしい友人達にあった。その中にかつて一緒に住んでいたことのある奴がいた。彼が、「小野田襄二を紹介したい」と言う。なんでも「相対性理論の誤りとか、数学の難問をかたっぱしから解いている」とのことであった。●私は、大学の先生かなと思っていたが、「学者ではないが、学者もタジタジの人」だという。インターネットで検索すれば、この人がどんな経歴の人物であるかは分かるので、敢えてここでは紹介しないでおく。●その夜に、さっそく3人で落ち合って、飲み食いの際に数冊の本を渡された。そのうちの一冊が「相対性理論の誤りを完全解剖する」(1999年出版)である。私は自然科学に関する解説本や教養書の類は結構読んでいる方であり、非常にエキサイティングなタイトルと目次なので、手始めに翌日からこの本から読み始めた。●この本は「解説書」ではなく「証明書」(本にこんな分類は無いか)である。 1.特殊相対性理論が唱えること 2.光速度で運動すると時計はどうなる 3.物理学者がぶつかった謎 4.『マイケルソンとモーレーの実験が語ること』 5.《ローレンツ変換》の謎を解明する 6.《光速の謎》を解き明かしたレーザージャイロ 7.《空間を伝播する光》の罠にはまった物理学者 8.数学無知の末路=錯乱する特殊相対性理論●まずは、「物理学者が鏡がどのようなものかを理解していない」ことから説明が開始される。●私の数学の知識は高校レベルではあるが、多数の図を用いて分かり易く説明されていた。とはいえ、私の知識と知力不足により、解説図や数式の幾つかを含め内容を完全に理解したとは言えない。●証明そのものとは別に、「理解の道具としての図」、なんとなく当たり前に考え見過ごしている「人間の目、耳、体が知覚するもの」、「数式の意味を物理的意味と関連づける」ことの大切さを教えられた。●完全に理解したとは言えないのであるが、・マイケルソンとモーレーの実験は「光速不変性」を確認した実験ではないこと・レーザージャイロが光速を測定できること・虚の時間座標を導入したことの問題などはそれなりに理解できる。●著者は最後に、「数学者や物理学者は、なぜ、自分の脳ミソで考えようとしないのかね」という。●ということで、読み終えた後で、大変な事態になったと思った。●他にも、相対性理論に異議を唱えている人もいるのではないかと思って、WEBで本を検索したところ、次のような本があり、ビッグバン宇宙論について疑義を訴えている本も出てきた。売り切れになっているものもある。 ◆天才物理学者たちの世界を欺いた科学10大理論 ◆科学はアインシュタインに騙されていたのか ◆マイケルソン・モーレーの実験から特殊相対性理論への誤りについて ◆それでもアインシュタインは間違っている ◆「相対論」はやはり間違っていた ◆アインシュタインのトリックがわかった! ◆相対性理論のパラドックス増補新版 ◆人類が100年間も騙され続けた相対性理論の大嘘 ◆間違っていたアインシュタインの相対性理論 ◆ビックバン理論は間違っていた ◆ビッグバンには科学的根拠が何もなかった●高速で移動する物体の時間は地球上より「遅れる」、「物体が縮む」、「質量が増す」といった奇異に思われた話は、奇異に感じたことが本当で、相対性理論の方が間違いなのか? アインシュタインは「見かけの現象を全て現実に置き換えてしまった」ということになる。●WEBページからは下記のサイトを発見した。このサイトには豊富な資料やリンクがある。21世紀物理学の新しい公理の提案●参考までに、下記のページのURLも載せておきます。反相対論・反ビッグバン宇宙論サイト集●ここには、特殊相対性理論や一般相対性理論を覆すようなことが、様々な観測事実を含めて、・マイケルソンとモーレーの実験は「光速不変」(この正確な意味は、いかなる慣性系から見ても、光速は一定値Cである)を証明するものではない。・レーザージャイロが「光速の不変性」が間違いであることを確認した。・水星の近日点移動も太陽風等の影響を考えていない。・核分裂エネルギーは「E=MC^2」の式を証明するものではない。……などが解説されている。●ビッグバン宇宙論に関しても、様々な観測事実を含めて、・宇宙背景放射はビッグバン宇宙論の証拠ではない。・宇宙が誕生したとされる137億年よりも古い銀河がいくつも発見されている。・宇宙初期に1万個以上の銀河があった。……などと書かれているではないか。●海外でも相対性理論やビッグバン理論に異を唱える学者が大勢いるという。●そして、理化学研究所のニュースにも「相対性理論は正しいのか?」の記事が掲載されるようになったという。●これらが真実であるとすれば、「物理学の公理」を根本から見直す必要がある。このため、上記のサイトではこの「新しい公理」を提案しているということになる。●「時間が遅れたり、長さが縮んだり、質量が増したり」することになる「奇妙な公理」よりも、この「新しい公理」の方が私には違和感無く受け入れられるのだが……。●このサイトでは、更に従来の物理学の常識では考えられないような「常温核融合」についての記事の紹介もある。●時空間理論が変ったからと言って人間生活に大きな影響があるとは思えない…恒星間旅行が非現実的なものになるくらいだろうか。●しかし、放射性廃棄物を出さない核融合技術は、地球環境問題が取りざたされている現代にあって、未来社会に大きな影響を及ぼすかもしれない。●かくして、物理学の定説が次々の覆っていくのであろうか?現代の正統派物理学は虚構なのであろうか?●確かに、正統派「相対性理論」や「ビッグバン宇宙論」は権威になっている。反相対性理論、反ビッグバン宇宙論派は現状では圧倒的少数派のようである。しかし、科学は多数派の意見が正しいなんてことは言えない。●お年寄り達にパソコンを教えていて気づいたことであるが、「教える側で相手が分からないのではないかなと考えていること」と「相手が分からないこと」が全く違うということである。●「相対性理論やビッグバン宇宙論は誤りである」を読んでいるときは、逆の立場にいた訳で、著者に会う機会があれば「こういった箇所がわかりません」と「教えてあげよう」と思っている。●長年正しいとされてきたことが「間違っている」と言われたときの困惑は、並大抵のものではない。●理解できないことを、素直に理解できないと言うことの恥辱感も手伝って、異議を唱えている場合もある。●いずれにしても、「理解し難いことを『本当に分かった』と納得できるように、分かり易く説明する」のは大切なことではないかと思う。
June 29, 2006
コメント(1)
■未来社会への条件●資本主義世界は人間的動機に基づく社会ではなく、利潤追求動機で動く社会である。この資本主義は、人間を非人間的に扱うだけでなく、自然をも非自然的に扱ってきた。人間を荒廃させるシステムは自然をも荒廃させる。そのことのつけが地球環境問題として、人類に重くのしかかってきている。・地球環境問題の解決(自然的自然の回復)・資本主義社会の終焉(人間的人間の復活)●ベルナルド・リエターらは補完通貨が普及するようになれば、地球環境問題を解決できると考えているように思える。しかし、私には必ずしもそのようには思えない。前記の両方の問題を解決するには、下記の3つが条件になると考えている。・減価貨幣制度・国の消滅・相続制度の廃止●地球環境問題の原因は資本主義経済システム(利子貨幣システム)にあるので、原因を除去する以外に根本的な解決策は無い。それでも資本主義経済システムを前提に可能な限りのことが行われるかもしれない。事態はますます悪化するが、それでも資本主義経済システムそのものが覆ることは無いかもしれない。●この場合、京都議定書のように各国及び国際的法制度で、何とか対応しようということになる。●補完通貨(地域通貨)は、シルビオ・ゲゼルの考えた自由貨幣とは底辺での繋がりはあるが、別物と考えた方がよいのかもかもしれない。ゲゼルの自由通貨は明確に資本主義の終焉を目指した(外向きのベクトル)ものであるが、地域通貨は体制内のコミュニティ通貨としての発展を目指した(内向きのベクトル)ものである。●とはいうものの、地域通貨を普及させることの社会的意義が小さいということでは決してない。●ということで、地球環境の悪化や補完通貨(地域通貨)の普及が、資本主義経済社会を終焉させることになるとはいえない。●但し、経済恐慌などによって大量の失業者が生まれるような事態になれば、地域通貨ではなく、市場での支配性を目指した減価貨幣が登場する可能性は否定できない。しかし、周囲が利子貨幣の国ばかりであれば、減価貨幣の国は経済的孤立を免れない。消滅するか、世界を席捲するかの何れかになる。前者の可能性の方が遥かに高い。■国の消滅の意味●ゲゼルの言う自由土地や相続(私有財産)制度の廃止は、少なくとも世界のマネーシステムが自由貨幣になってから先の話になる。●それでは、国の消滅に関してはどうであろうか?●歴史的には、「国の統合=軍事力による支配」ということではないだろうか? 二つ以上の国が「合意によって統合」されたなんてことはあったのだろうか?●国は分裂や独立することはあっても、民主的に統合されるなどということがあるとは思えない。隣接する国が極めて友好的な関係にあったとしても、「それでは一つになりましょうか」なんてことはありそうにない。●従って、国を廃止し、国境を無くすなんてことは夢のまた夢のように思える。●しかし、ここで言う国の消滅は「国の統合や国境線の廃止」を意味するものではなく、「国や国境線の消滅」である。●同じことの別の表現ではない。「国の機能や国境線の意味が徐々に薄れてきて、最後には消滅するだろう」ということである。前者は政治的なものであり、後者は経済的・文化的なものである。●北朝鮮のような国の国境線は越えられない壁であるが、EU内の国境線は旅行者にとって無いも同然になっている…といった意味である。●垣根の高さは、情報、カネ、モノ、人がどの程度自由に垣根を越えて移動できるかによる。●EUでなくとも、世界の国境の垣根は少なからず低くなってきた。既に、インタネットや衛星放送などは、国境を飛び交うようになってきた。モノやカネも既に世界を自由に駆け巡っている。これらは、ローカルな因習を相対化し、文化的同質性をもたらす。国境は既に希薄なものになってきつつある。●グローバル企業は国境を超えてモノやサービスの生産と販売を行っているが、彼らにとって国境は邪魔者に過ぎない。資本は「資本の活動の自由」を求めて、関税障壁や社会制度上の制約を撤廃するように各国政府に要求する。これが、一定の段階に達すると通貨統合にまで発展する。●弱小通貨は信用不安を克服するため、進んで通貨同盟に参加することにもなる。●政治は「共産主義」、経済は「資本主義」のような中国のような国も、資本の要請によって経済実態に見合った政治体制への移行を迫られる。●ということで、最も難しいと思われている国境だが、意外にも経済的国境の消滅が一番早いのかもしれない。経済的国境が無くなれば、政治的国境の元になっている法制度の違いも順次収斂していき、連邦国家的なものを経由して、現在の国は地方政府化していくのではないかと思う。●大上段に、「国を無くそう」などと言っても始まらない。明治維新の際の薩長同盟は、政治的対立を経済的利害の一致によって成立した。ビジネスの世界では、昨日の敵はいとも簡単に今日の友になる。政冷経熱は今に始まったことではない。●ところが、政治の世界は面子の世界でもあるので、容易なことでは政治的国境は無くならない。●経済の世界では妥協なしに取引は成立しないが、国家間の政治になると妥協が許されない。相手国に屈服したと見なされることは政治家にとって致命傷になる。他国民は選挙民では無いので、他国非難ほど安易なことは無い。内政問題は外政問題に容易に転嫁される。●経済は利害・打算の世界でるから、面子なんてものはない。経済的利害関係を無くせば、「平和のため」、「人類愛」、「地球環境保全のため」などの大儀名文も通り易くなり、大仰な政治的美辞麗句が満面の花を咲かせるかもしれない。■縄張りの罪●国というのは縄張りである。国は人間が作った地球上の最も大きな縄張りと言える。縄張りには、このほかにも次のようないろいろなものがある。これらは全て人間的社会実現のための障害物である。そしてこれらの障害物は国、私有財産制度が無くなることによって殆ど全て消えてなくなるものである。・自分のモノと他人のモノ(利害対立)・自社のモノと他社のモノ(利害対立)・自国の領土と他国の領土(利害対立)・内部経済と外部経済(無料の資源)●私有財産としての土地やモノも権利境界があるが故に、自分のモノを他人のモノと厳密に区分する。自分のモノは大切に扱うが他人のモノは粗末に扱う。盗むという行為も生まれることになる。境界が無くなれば盗みは無くなる。●境界が設定された途端に、愛社精神や愛国心が生まれる。●このような「愛」は、組織(会社、国)から歓迎され、称えられ、時に英雄視され、外部に対しては排外主義が罷り通るようになる。●組織の支配者は、自己犠牲を美徳とし、殉教によってもこのような「精神」を全うするように仕向ける。●反対に、利害が異なる組織への博愛主義は背信行為や国賊になる。博愛主義者は、村八分どころか、抹殺されてしかるべき存在になる。●真に境界(縄張り)とは恐ろしいものである。人種、民族なども同じようなもので、DNAの違いによって識別できるような代物ではない、全くの人為的なものであるにも拘わらずである。●「国を守るため」ということが良く言われる。「人の生命を守る」ということであれば、納得がいく。ところが、「国を守る」という場合の多くは、「政権を守る」又は「体制を守る」ことである。●愛国心や排他性の強さは、その国の非民主主義体質の裏返しである。●時と場合により、国民にとって、国の抑圧的政権よりも民主主義を強要する「侵略者」(解放軍とも言う)の方がどれだけ良いか分からない。●それにしても、オリンピックやワールドカップなど、人はなんとまあ揃いも揃って「愛国主義者」になってしまうことだろうか? すべて境界線のなせる業である。●百億年以上を経た広大無辺の宇宙にあって、たった一度、地球に人として生まれ、生きていることは、とんでもないことである。このとんでもない僥倖の前では、国だとか民族なんてものに拘るのは、まった愚かしいことの筈なのだが……。
June 24, 2006
コメント(0)
■世界通貨と地域通貨●国を含めた組織は利害関係の「境界」をつくる。境界に基づく利害関係がある限り、排他性や権力が発生する。●個人の意志とは関係なく、個人を駆り立てるエンジンはマネーだけではない。組織(国家や企業など)のありようも個人の行動規範となる。社会規範の大半は、経済システムと社会システムのあり方によって規定される。●経済的国境がある限り、国際決済通貨が必要になる。国というものが無くなり、利子貨幣も国際決済通貨も必要がなくなれば、マネーシステムは、極めてシンプルになる筈である。世界の通貨が減価貨幣に統一されても、この世界通貨とは別の地域通貨も必要になるのであろうか?●権力がある世界では地域通貨が必要かもしれないが、権力が消滅した世界では世界統一通貨だけで事足りるように思える。●それでも地域通貨が必要であるとすれば、経済分権的な考えに基づく閉鎖性(地域内限定取引)の確保と匿名性の排除(コミュニケーション手段など)のニーズになるかもしれないが、地域内限定取引の必要性は思い浮かばない。●秘密主義の社会では匿名性は必須であるが、コミュニティづくりの一環としては匿名性は排除すべきかもしれない。世界通貨のようなものはITマネーになるので、匿名性を無くすこともできるが、地域貨幣を大切に思う人達は無機質な貨幣に替わる「人間的な温もり」を期待している面があるように思う。●世界統一通貨のようなものは、権力の集中を招くのではという危惧があるかもしれない。排他性や利権をもった政治権力が通貨発行権を持つのであれば確かに問題になる。そのためには、通貨発行権を政治権力とは独立した機関に任せる必要がある。それ以上に、リバタリアンが言うように、世界政府が必要最小限の機能しか持たないようにすることと、民主的選挙制度によって世界政府が構成されることであろう。■国境●多くの人は、国は永遠に無くならないか、無くなるとしても遠未来のことであると考えているかもしれない。●減価貨幣が補完通貨から主役の座を占めるようになるのは、近未来のことであろうか? ことによると、世界のマネーシステムを変えるのは、国境を廃止することよりも難しいのではないかとも思う。●国境という場合、国境の意味が問題になる。閉ざされた国境もあれば交流のある国境もある。●EUが誕生し、南北アメリカでの自由貿易協定構想やアジアでの東アジア共同体構想などもあるので、近未来ではないにしてもいずれは経済的国境が無くなるように思う。●経済的な国境の廃止が当面の目標になり、政治的な国境の廃止はその後になる。●EUではユーロによって経済的国境は無くなったが、政治的国境は残っている。経済的国境が無くなればやがて各国の政府は地方政府としての機能を持つに過ぎなくなるのではないかと思う。■地球環境問題●内部経済と外部経済の存在はお金の性格に依存しない。貨幣が利子貨幣から減価貨幣の世の中になっても、内部経済と外部経済は分離したままである。内部経済と外部経済の分離は社会制度の問題である。●資源の私有が公有になり、競争条件が同一化(イコールフィッティング)しなければ、いくら法によって規制しても環境破壊の経済的動機は消えてなくならない。●資源回復費用の生産費用への算入、大気や海洋汚染物質の排出権などは、世界的な法制度が先で、これをマネーシステムに反映する必要があるということかもしれない。つまり、マネーシステムの改変だけでは、地球環境を保全できる仕組みにはならないように思う。●資源や環境は人類の共有財産である。地球環境を共有する全ての生物種にとっての共有財産でもある。●地球の資源を人類の共有財産とする上で、国や私有財産制度が最大の障害ではないかと思う。●資源はあるが経済力の無い国に、資源再生費用を強制することは難しいのではなかろうか? 国や縄張りがある限り、世界統一政策の実施が困難であるように思う。●国有も私的所有と同じことである。国家の利益や国際競争に打ち勝つために資源の乱獲を行う恐れもある。国や私有財産制度がある限り、環境を犯す動機は消えて無くならない。■未来社会の配当システム●利子貨幣の意志は「利潤追求」、減価貨幣の意志は「モノの獲得」である。後者は病んだ経済システムを是正し、遥かに人間的な社会にするかもしれないが、それでも人間の活動動機が十分人間的になるとは思えない。●人間的生活を営むためは社会保障制度が必要になるが、このような制度が充実したからと言って動機が変わる訳ではない。「減価貨幣の社会=社会保障制度が充実した社会」ということもできない。●「愛や理性が人間の活動動機になるべきだ」という思想は大変結構だが、それを強要するようなことになれば、「選択の自由」奪うことになる。「人に迷惑をかけないのであれば、どのような生き方も許される自由」があって欲しいものである。●社会的分業の下で、「愛、道徳や理性の心」だけで、果たしてモノやサービスの効率的な交換ができるものであろうか? このような「精神」だけでは、非人間的な利子貨幣の社会を人間的な社会に改変できるとは思えない。何時の世にも「愛、道徳、理性」に欠ける人達がいる。人によってその解釈も異なる。「愛、道徳、理性」が非人間的なシステムを人間的に運用するのではなく、システムが「愛、道徳、理性」を維持できるような人間的なものにならなければならない。●モノやサービスの便利な交換、より良いモノやサービスを提供する人や組織が感謝されるためには、市場経済は不可欠であると思う。●従って、「徳」が「得」になり、「得」が「徳」になる社会システムを考える必要がある。未来社会は、豊かさはモノやサービス以上に「自身の満足感と人からの感謝謝の大きさ」になっていることが望ましい。●そのための条件づくりとして、国の無い世界、境界の無い組織、境界の無い選挙制度、相続制度(私有財産制度)の廃棄が必要になると思う。●土地やその他の私有財産の相続制度が廃棄されれば、「社会保障の財源」(基本配当)や「社会に役立つ活動を行う人や組織に投資するための財源」(投資配当)も確保できる。借金や利子とは無縁な社会になる。●配当システムの「配当」は電子マネーであるため、匿名性も排除できるし、流通経路さえも知ることができる。このシステムでは、「配当」の流通経路のトレーサビリティは、システム運用上不可欠になる。供給量や減価率のコントロールも当然のことながら容易になる。●こうして、未来社会の配当システムは「得」の交換システムであると同時に「徳」の交換システムになる。この「配当」は交換価値というよりも人と人とのコミュニケーション(善意)の手段といえるかもしれない。●人間的な社会規範に対応する社会システムは、経済システムの改革だけでは道半ばに過ぎない。もっとも、経済システムの改革だけでも遠い将来の話にはなるが…。
June 17, 2006
コメント(3)
●マネーシステムに関することであるが、現在の社会や近未来の社会で実現可能に思えることと、理想的に思えることとの間には大きなギャップがある。当面の実現可能性から見れば、理想的なことは絵に描いた餅であり、何の役にも立たないのかもしれない。●反対に、理想論者から見れば、現実的に可能なことしか言わないことは問題をなおざりにしているように見えるかもしれない。●しかし、互いに批判することは、意味の無いことであり、それぞれの視点からの論理にすぎないので、互いを尊重することが肝要であると思う。●何も現実的な活動をしていない私としては、実現可能なことに日夜奮闘しておられる方々を論評する資格など毛頭無い訳であるが、実現可能でなくとも理想や現実の問題を提起することが全く無意味なこととは思わない…と居直っている次第です。●ということで、これまで遅まきながら減価貨幣について勉強してきが、私の関心は人間的な未来社会のシステムにあるので、改めて、この観点からお金の問題を整理してみることにした。■利子貨幣●利潤追求と借金返済動機、つまり貨幣追求動機の社会になる。豊かさは貨幣の量で表現され、拝金主義の社会になる。●利潤追求のために生産するのであって、需要を満たすために生産するのではない。●未来を利子率で割り引き、未来を軽視したり、問題を先送りしたりすることになる。●有限の第一次産品よりも加工度高い工業製品に高い価値が置かれる。●使用価値よりも交換価値が勝る。貨幣は交換手段である以上に貯蓄手段になる。●モノの使用価値ではなく、交換価値を体現する貨幣の貯蓄動機が優先する。●社会が必要とする不況時にお金が供給されず、必要の無い好況時に大量に供給される。●富の集中と貧富の差を拡大し、好況と不況を繰り返す。●売りさばくための広告宣伝、過剰包装、詐欺、購買心理分析などのあらゆる手段が動員される。お金の獲得動機が社会規範形成の中心になる。■減価貨幣●減価する貨幣は「早くモノやサービスと交換すること」を迫るので貯蓄手段としての機能を消失する。●お金の替わりにモノの獲得動機が優先する社会になる。豊かさは獲得した「モノやサービスの量」で表現される。●現在と将来の需要のために生産するのであって、利潤のためではない。●雇用の創出、失業対策、労働の交換などの効果がある。●目先の利益を重視する利子貨幣よりも、永続的に資源やモノを大切にしようとする動機が働くようにもなる。後払いよりも先払いの方が有利になる。●モノやサービスが良く売れるようになり、失業がなくなり、ボランティなどによる「徳」を「得」にしやすくなる。●しかし、世の中一般が減価貨幣の世界になれば、資源が資本の餌食にされることが少なくなるかもしれないが、それだけでは地球環境問題が全て解決されるということにはならないように思う。●シルビオ・ゲゼル言うような自由土地制度になれば、大方の問題は解決されると思う…というのは、土地が公有になるということは、土地に絡む資源が利潤追求のために使用されることが少なくなるからである。●いずれにしても利子貨幣の最大の罪は、自然を非自然化(環境破壊)する以上に人間を非人間化(お金の亡者)していることにある。●利子貨幣の社会は経済成長を強いられる社会ということでるが、歴史的経験からは、むしろ減価貨幣の社会の方が経済は活況を呈することになる。●従って、デマレージ貨幣があった中世のように、経済状況に応じて、労働時間制限や省資源型産業へのシフト、マイナス利子をゼロ利子に近づけることなどが必要になるかもしれない。■地域通貨とデマレージ通貨●古代エジプトや中世ヨーロッパのデマレージ、第一次大戦後のドイツのヴェーラやオーストリアのヴェルグルなどの減価貨幣が大きな経済的成功を収めた理由は、国内や地域の支配的通貨であったことによる。●地域通貨の場合には、使用可能な相手や交換可能なモノやサービスが著しく制限されているのに対して、後者はその通用地域内で、基本的に全てのモノやサービスの交換が可能であったことである。●ゲゼルの意図した減価貨幣は、文字通り減価するお金であると同時に、国や地域内において支配的な通貨であることを条件としてるのではないかと思う。従って、ゲゼルの減価貨幣は補完通貨ではありえないのではなかろうか?●地域通貨を立ち上げた人達も、限定された地域範囲と限定された交換を望んでいるわけではなく、当面は補完通貨としてスタートせざるをえなかっただけのことであると思うが、この違いはあまりにも大きい。●地域通貨の多くが無利子であることは、減価貨幣のハンドリング上の難点以上に、支配的通貨に到達できないこと、つまり利子貨幣への対立資格(支配性)を獲得していないことが無利子通貨に留まらざるをえない理由であるように思う。●ことによると巧妙に設計されたITマネーシステムが地域通貨のこの限界を突破できるかもしれないが…?●いずれにしても、この限界に近づけば利子貨幣擁護者達との戦いは避けて通れないものになる。■利子貨幣と減価貨幣に共通する問題●減価貨幣の場合でも短期間のつなぎ融資は残るので、借金や利子が全く無くなる訳ではない。●ゲゼルは『自然的経済秩序』で利子貨幣と土地の私的所有を同列のものと考え、自由貨幣とともに自由土地の必要性を訴えた。しかし、ゲゼルこれ以降、自由土地を声高に訴える人はいないように思う。●利子貨幣と減価貨幣は、一方が「お金の追求動機」、他方が「モノの追及動機」の社会であって、必ずしも積極的に人間の幸福や地球環境の保全を目的としているわけではない。貨幣自体にはそのような目的は無い。後者が支配的な社会の方が遥かに人間的な社会になるが、それでも利害や打算から抜け出せないように思う。●地域通貨の運動は、今のところ私有財産社会(土地やその他の財産)や生まれながらの不平等である相続制度には目を向けていない。関心がないというのではなく、当面、非現実的なことは言っても仕方がないということであろう。■それでも利子貨幣は必要?●ベルナルド・リエターなどが言うように(ことによると誤解があるかもしれないが)、仮に利子貨幣が支配的な通貨ではなくなり、補完通貨が優勢になっても利子貨幣が必要なのだろうか?●無利子貨幣や減価貨幣だけでは、「競争がなくなる」とか「競争によるより安く・より良いモノやサービスが生産されなくなる」のであろうか? そんなことは無いと思う。減価貨幣の社会でも「より安く・より良いモノやサービス」がより好まれる筈である。●無利子貨幣や減価貨幣を補完通貨として位置づけざるをえないのは、支配的な利子貨幣が支配的であるが故であって、容易に廃止できないという理由によるものではないだろうか?
June 15, 2006
コメント(0)
![]()
●『貨幣の生態学』(著者:リチャード・ダウスウェイト、北斗出版)という本を読んだ。現行のマネーシステムの問題を整理し、一国四通貨体制なるものが提案されている。●ベルナルド・リエターが「ここでの目的は理論的に完全なシステムを設計することにあるのではなく、より現実的に実用性のある貨幣ツールを見定めることにある」として補完通貨を考えている。もっとも、グローバル基準通貨(テラ)が現実的な提案であるか否かについては、私には良く分からない。●これに対して、ダウスウェイトの提案する一国四通貨体制は「現実的な実用性」よりも「望ましい貨幣システム」のあり方を念頭に考えているように思う。●章の構成は次のようになっていて、1章から3章は非常に良く整理されていて読みやすいので、頭の整理になる。しかし、著者の提案である肝心の4章は何度も読み返さないと理解できない。正直言って、未だに良く理解できていない。1章 商業貨幣2章 市民貨幣3章 政府貨幣4章 一国四通貨体制●マネーシステムとしてのリアリティは兎も角として、本当に「望ましい貨幣システム」になっているかについては、私の知識不足のせいか、疑問はあっても得心はできていない。●ダウスウェイトは下記のような4つ又は5つの通貨を考えている。1.国際通貨(ebcu)・国際機関による特別排出権を各国に割り当てるというエネルギー本位貨幣である。・このebcuは温室効果ガス特別排出権(SER)の購入のために各国に人口に応じて発行される。・計算単位機能を持つとしている。●化石燃料使用制限機能を国際通貨に与えるというのは、確かに面白い考えではあるが、岩田憲明さんの書評にも耳傾ける必要を感じる。2.政府(国や地方)の交換通貨・交換手段としてのものであり、計算単位や価値保蔵手段として機能することを目指したものではない。・交換通貨は国の中央銀行によって創出される。銀行の信用創造による利子貨幣はつくらせない。・減価貨幣の代わりに「適正インフレ」を科料徴収の手頃な手段として使うことを提案している。・貸付が認められるのは、貸付期間1年以内などに制限された収入と支出の短期的不整合に対処する場合(この点はゲゼルも指摘している)だけである。●減価貨幣を使用しない理由をほのめかす次のような記述がある。読者は、貨幣の使用を意図的に推奨するような貨幣システムを設計することは誤りだと感じるかもしれない。●私も読者だが、「誤り」だとは感じていない。貨幣は何にでも交換可能であるため、明示的に減価しない貨幣は多少のインフレがあったとしても、モノやサービスに対して優位になり、退蔵されるようになるのではないかと心配になる。●反対に、私が「減価貨幣の代わりにインフレも考えられるかな…」と思うのは、紙幣やコインでの減価貨幣の取り扱い上の問題である。減価貨幣はスタンプ貨幣、帳簿方式、使用期限のある貨幣、額面金額の日時記載方式などどれをとっても面倒な代物である。ITマネーが最も良いと思うのであるが、地域通貨で使用するには敷居が高い。…といった問題がある。3.使用者が制御する交換通貨(地域通貨)・国の通貨では対応しきれない状況で初めて発展する貨幣(WIRやLETSのようなもの)である。●国の通貨がインフレ前提の「減価貨幣」であるならば、このような地域通貨が何故必要になるのだろうか? ゲゼルの『自然経済秩序』の印象が強いせいか、国の支配的な「減価貨幣」の他に地域通貨のような「減価貨幣」も必要になるということが、良く理解できない。4.価値保蔵通貨・交換通貨を価値保蔵通貨に転換することでインフレによる減価分を少なくするためのものである。・交換に必要以上の交換通貨をもつ人は実勢レートで価値保蔵通貨に転換する。貸付にかかる利子は交換通貨で支払われる。・価値保存通貨は正味の資本流失を防ぐことができる。・価値保蔵通貨で受け取った人は交換通貨に換えることになる。・融資の返済は、借り手が実勢レートで手に入れた価値保蔵貨幣でしなければならない。価値保蔵通貨を国ないし地域内に別個に設けることが望ましい。なぜなら、それによって交換手段のための通貨がよりよく機能するからである。●ということであるが、この理由が良く理解できない。何故、貨幣の形で価値の保蔵が必要なのかが分からない。ゲゼルの言うように長期保存可能なモノなどでは何故だめなのだろうか?●価値保蔵通貨には当然利子があり、名目価値が減価しない交換通貨も容易に利子貨幣に転換する恐れがありはしないだろうか?5.特殊目的通貨・特殊な事業の基金となるような短期に決済される通貨である。・この種の通貨の例としてアイルランドの地域通貨「ローマ」などがあげられている。●私は、システムはすべからくシンプルな方が良いと思っているのであるが、そうでない場合もあるのかもしれない…。それでも、複雑なシステムは複雑な問題を招来しないかと心配になる。●それと、地球環境問題の解決はマネーシステムの改革によるところが大きいとは思うが、著者が提案するシステムでは、価値保蔵通貨はあるものの国際通貨や国の通貨はもはや利子通貨ではなくなっている。このような大きな改革を考えるのであれば、近未来ではなく遠い未来の話になるのではないかと思う。●であるとするならば、マネーシステムだけでなく、ゲゼル考えた自由土地、通貨統合による経済的国境の廃止、それに伴う経済システムのありかたなどを考えてもよさそうに思える。●これに対して、リエターは補完通貨に留まっているので、マネーシステムと世界政治・経済体制の問題との時点のバランスがとれているように思える。●近未来の実現性を考慮したのであれば補完通貨でも仕方ないが、シルビオ・ゲゼルは人間的な社会の実現のために自由土地や自由貨幣を提案したのであると思う。減価貨幣がいつしか補完通貨に過ぎなくなり、しかも「経済学」の枠内に縮退していくような気がしてならない。●未来社会では、経済システムも社会システムという有機体の総体の中で、そのあり方を考える必要があると思う。●岩田憲明さんは、国家が一元的に交換通貨を管理することを懸念している。これは、国家が権力機関であることによる。国家だけでなく、排他的利害を持つ機関が通貨を一元的に管理することには問題がある。●既存の社会体制(国があり、土地などの財産相続のある世界)で考える限り、あらゆるシステムが権力の影響を受けるのは避けられないのではなかろうか?●政府が排他的性格を持たないようになれば、通貨を一元的に管理しても良いのでなかと考えている。多分、政府・非政府を問わず組織というものが排他性を持たなくなれば、マネーシステムを含めてあらゆる制度がシンプルになるのではないかと思う。●ことによると私の理解不足による誤解があるかもしれないので、下記の本を読んで頂くとともに、岩田憲明さんの書評も読まれることをお勧めします。■岩田憲明さんの『貨幣の生態学』の書評
June 9, 2006
コメント(0)
![]()
●ハリーさんが「新しい知見」と言われたので、今回はベルナルド・リエター『マネー』(副題:なぜ人はおカネに魅入られるのか)に記述されている中世ヨーロッパのデマレージ制度を中心に要点を書き出してみた。●リエターは、元型を「人間の情緒と行動の典型的なパターン」と定義している。この元型に基づく深層心理と絡めて、マネーシステムと人間の意識の問題などについて分析している。…が、ここでは紹介を割愛する。王朝時代のエジプト(紀元前3000年から紀元前332年)と中世盛期(10世紀から13世紀)にデマレージを伴う通貨システムが何世紀にもわたって存在した。●グレートマザーを崇める宗教、陰陽二重の通貨システム、経済的な豊かさといった点に共通点が見られる。二種類のお金が同時に存在していた。一つは、貿易商らが外国などの遠方の人達との間で普通に使っていた「遠距離通貨」…私はこれを「陽のお金」と呼ぶ。もう一つ時間に応じてお金に税が課せられる(デマレージ)通貨である。私はこれを「陰のお金」と呼ぶ。この種のお金は、主に「地域通貨」として流通しており、「陽のお金と比べると例外なく見劣りがした」エジプトのデマレージ●食料の貯蔵システムと直結した通貨システムである。●食料を貯蔵してもらう際に、陶片の預り証を発行する。この陶片が貨幣として流通することになる訳である。デマレージの仕組みとして、例えば10袋分の食料を預けて、1年後に現物と引き換える際に、9袋しか戻して貰えないようにしていた。徴収された1袋分は、保管経費や食料としての減価分に相当する。中世ヨーロッパのデマレージ地方の封建君主が貨幣改鋳を実施して収入を得る伝統を確立した。6年毎に貨幣を改鋳する最大の動機は、財政的な旨みにあった。例えば、旧硬貨と新硬貨を交換する時に、旧硬貨4枚につき1枚を没収したのである。この場合、6年間で25%の税金を課したのと同じことになる。人々がこのようなデマレージ通貨を使うときにはふたつの動機が考えられる。・貨幣の形で貯蓄することの意味がなくなる。・貯蓄は長持ちする生産手段に向けられた。中世ヨーロッパのデマレージの経済効果1180年から1230年にかけてのヨーロッパで、最初の大学設立ブームが起こった。数学のような抽象的な科学は、実はこの時期にヨーロッパで確立されたものであり…この時期の好景気により、一般庶民の生活レベルはヨーロッパの歴史の中で最高だったと主張する歴史家もいる。…D・ダマシュケの説明はもっと具体的である「1150年から1250年にかけて、とてつもない発展があった。今日の私たちには想像もつかないような経済的繁栄があったのだ」というのだ。当時の経済的繁栄がもたらした最大の功績は、庶民を潤したことである。「ヨーロッパの最初のルネサンス」という時代は、その前やその後に比べてずっと自由だった時代であるということだ。…13世紀末のフランスでは312部門の専門職のうち108の職種が女性にも開放されていた。108の職種の中には行政職もあり、公的施設の鍵の管理や軽微、音楽、税金徴収などの仕事を市や町から得ていた。また銀行家や宿主、店の女将としても活躍していた。ある歴史家がこう言っている。「それは建築活動が先例のないほど活発に行われた時代だった。単に聖堂の名前を書き連ねたカタログを見ただけではその本質と影響力はとうてい理解できない」当時ヨーロッパに建てられた300以上の大聖堂のほとんど全てが聖母マリアに捧げられたものだということも深い意味があると思う。キリスト教はイエスの教えなのに、イエスその人に捧げられた聖堂はひとつもない。意外なことに、中世ではキリスト教団や貴族が所有した大聖堂はほとんどない。…大聖堂は、キリスト教の集会だけでなく、地元の住民が多数集まる会合や、天井のあるスペースが必要な公的活動にも使われ、礼拝堂の入口近くで医者が病人の治療にあたることもあった。…大聖堂を所有し維持管理するのは、多くの場合、地元の住民だった。現金で貯蓄しにくいときは、うまく保管できて将来的に価値を生むようなものに投資するのは当然のことである。通貨を貯め込む代わりに土地開発や灌漑計画、絵織物や絵画、家畜、羊、機織機、橋、運搬機具、風車、ブドウ圧搾機、そして時には大聖堂に投資することが普通になったのである。デマレージ制度がなくなった理由1.デマレージ制度が乱用された。2.マネーシステムに対する中央集権が強大になった結果、次の二つの自体を招いた。・通貨の流通範囲が広くなりすぎたため、貨幣改鋳によるデマレージから収益を得ることは非現実的になってしまった。・為政者が通貨価値の低下などの「失政」を犯すと、そのたびに広い範囲に悪影響が及んだ。3.国王の通貨発行権は軍事力を背景に遂行され、後の火薬革命により恒久化した。デマレージ制度がなくなると、次の二つの理由が重なってお金が不足した。・お金の流通速度が低下した。・富が都市と上流階級に集中した。デマレージ制度がなくなってからの中世お金にデマレージが課されなくなると時を同じくして黒聖母崇拝とイシス信仰(エジプトの場合)も衰退し、と同時に一般庶民の生活水準までもが急激に悪化した。…この時代のヨーロッパに関する最新の研究で、ペストが経済崩壊の原因だったとする従来の考え方と反する結論を打ち出している。つまり、「疫病は経済崩壊の原因ではない。ペストは経済崩壊よりも50年も遅くやってきた。つまり、経済崩壊の結果が疫病の原因なのである」とバーバラ・ハーヴェイは主張している。●そして中央集権制度が強化され、女性の社会的地位が失われ、黒聖母崇拝が消えてキリスト崇拝に変り、魔女狩りが行われるようになり、歴史は暗黒の時代になった。●ベルナルド・リエターの『マネー』は『マネー崩壊』の続編である。『マネー崩壊』は補完通貨の必要性を説いた本である。両方とも、是非とも一読をお勧めしたい本である。
June 3, 2006
コメント(2)
全6件 (6件中 1-6件目)
1
![]()
![]()
![]()