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殺伐とした心が殺伐とした考えを生み、殺伐とした日々に歯止めがかからない。何を、どうすれば、いいのだろう。ピアノでも弾いたら、感性戻るんだろうか。
2021/08/31
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夏が過ぎ去って、秋が顔を覗かせてくれたら。あれもやろう、これもやろう、って考えてる。地元の公園のあの黒ねこちゃんはまだいるかな?のらねこちゃんの写真撮りたいな。あのお寺に行ってみたい。あの神社にも行ってみたい。だいぶん痛んでるからめがねを新調しよう。服やらもいろいろと処分しよう。あそこの美術館は秋には良さそうな展示をするんだ。マニアだからね、ちゃっかりリサーチ済み。夢膨らむ。早く涼しくなって。今はたっぷり充電中、そしてひっそり準備中。秋に思いっきり楽しむ為に。
2021/08/30
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「お年頃」という言葉がある。私の感覚では、思春期である小学生〜中学生ぐらいの年齢の、どちらか言うと女の子を指す言葉だと思っているが、近頃どうもそうではないらしい。ある日雑誌をはぐっていたら、還暦を迎えたという女性の記事で、自分の事を「お年頃」だと表現していた。ある日喫茶店へ行ったら、年齢を尋ねられた高齢の女性が、「お年頃だから」と言ってあやふやにしていた。昨今の日本では、特に老年期の女性に対して「お年頃」と遣うらしい。ふーん、そうですか。私なんかは、変なの、って思っちゃうけど。女性とは老いも若きも実に厄介な生き物であると思わざるを得ない。
2021/08/29
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ほんの少しだけど左目の下の痙攣が止まらない。ずっと視界が揺れ続けている。と同時に顔の左側だけ違和感があり、今、軽い顔面痙攣を起こしているのだと思う。先日、顔の左側に一本だけピリッと電気が走る神経があるなと思っていた。頭を抱え込むように顔を抱え込み、ちょっと痛いんだけど、って。そしたら案の定、翌日ヘルペスができた。その神経上に。やっぱり。ヘルペスは神経上にできるものだからね。つまりは暑いんだから身体を休めてストレスがかからないようにしなさいってことだけど、毎日十分に休息していて、これ以上どうしろと言うんでしょうか。単に涼しくなってくれたら解決するんです。
2021/08/28
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手当たり次第、ではないが、毎日映画を観て過ごしている。小説同様私は昔のものに魅力を感じる故、モノクロ映画を好んで観ている。現代の映画も観ない訳ではないが、気が付いたら結局昔の映画に戻って来る。これは小説もまったく同じで、やっぱり古典が一番おもしろい。因みにホラーとSFは観ないのだが、そう言えばラブストーリーも観ない。どうも白けてしまって、全然その世界に浸ることができないから。ところで、小説にも映画にも少なからず駄作というものがある。笑っちゃうぐらいひどいものも正直ある。が、内容はさておき、どんなくだらない作品でも良いところが必ずあるということをここ数年で学んだ気がする。例えば、小説なら、ここの言葉の言い回しが粋だとか、わからない単語があったからそれを調べて勉強できたとか。映画なら、音楽のそこのフレーズが艶めかしいとか、光と影のアングルが良いとか、風光明媚な田園風景に癒されたとか、パッカパッカという馬の蹄の音が心地いいとか。わざわざ無理して良いところを探すという感覚ではないのだが、ふっと琴線に触れる何かは必ずどこかにあって、あ、私はその為にこの小説を読んだのだな、もしくはこの映画を観たのだな、って結論でいつも意外と気分良く締め括っている。
2021/08/27
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コーヒーを完全に辞めて既に9ヶ月弱。コーヒー風味のようなものもまったく摂っておらず、今私がこんな生活を送っているなど誰が想像したことだろう。身体からコーヒーが抜けた状態なので、これは強がっている訳でも何でもなく、本当に今はいらないと思う。至福のひとときだったコーヒー時代を懐かしむ気持ちでいっぱいだ。それと並行してチョコレートも完全に口にしておらず、こちらももう欲しくない。コーヒー時代と同じくチョコレート時代もとうに終焉を迎えている。そして今、白い砂糖の量を減らしている最中だが、確かに減った。が、やっぱり甘いものを食べるとおいしいと思うし、幸せで満たされる。妙にホッとして幸せ感じる。美術館帰りにふらりと立ち寄るカフェで過ごす時間は今でも趣味であり、コーヒーを辞めたからと言ってこの趣味までをもなくしてしまうのは、あまりに悲しいではないか。私の場合、減らさなきゃとストレスを感じると逆効果なので、徐々に心も体も納得しつつ減らしていこうという発想に変えた。コーヒーを辞めた時もそうだったように、それ相応の時期というものが必ずあって、折よく訪れた際にはしっかと波に乗るというのが私の信条である。それよりも夏は体調を整えることの方が先決であるし。だから、焦らず無理せず、数年単位で準備はしておきながらその時を待とうと思っている。
2021/08/26
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両耳のめがねを置くところ。なんでこんなことになったんだろうっていうほど湿疹がひどい。完治していたのに150%のぶり返しである。黄色い汁が止まらなくて終始ジュクジュクしていて、髪の毛は粘っこくべったり固まっているし、めがねの柄の部分もベタベタ、腐臭が鼻をつく、あのピークだった時に逆戻りしている。もちろん大好きなうつ伏せ寝もできなくなってしまった。どうしても汗が溜まるのであった。更にめがねだから、皮膚にとっては負担なのだと思う。右耳の中も同じような状態が延々と続いていて、落ち込み甚だしい。そうでなくても毎日病んでいるのに。
2021/08/25
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そう言えば世間は夏休み真っ只中であった。今日は向かいのお宅が、今日は裏のお宅が、今日は斜向かいのお宅が、入れ替わり立ち替わり子供もしくは子供が孫を連れて帰省していた。ご近所に住んでいる方たちの顔すら知らないが。みんな偉いですね。ちゃんと実家に帰省するという義務を全うして。親の元に40年間も住み続けて母の保護の受けている私には掠めもしない風習です。
2021/08/24
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日に日に暑さが戻り、一瞬にして疲れを感じる…。雨は気分が下がり鬱陶しいけれど、暑さが苦手な私にとってはこんなにうれしいことはなかった。8月のこの時期に、これだけ涼しくホッと楽に過ごせたなんて。心身休まって疲労も回復した。一息ついて、充電もできたし、今年の夏もなんとか乗り切れるかなと明るい未来が見えた。実際、たぶん今年の夏は越せる。大げさだが、本当にそうなのである。40度近くまで気温が上がった猛暑の時に始まってしまった左目の下の痙攣と顔の左側のみの違和感はまだ続いているが、様子を見つつ、あまり考え過ぎないようにして、とにかく淡々と夏が過ぎるのを耐えるのみである。願わくば、このまま秋に…なんて期待していたけれど、そんなに上手くいく訳ないさ。よし、がんばろう。
2021/08/23
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映画は心躍って観ているけれど、テレビはほとんど見ない。そもそも私の部屋にはテレビがないし、スマホで見るなんてそんな馬鹿げたことがあろうかと思ってしまう。幼い頃からテレビと言えばNHKのおかあさんといっしょとNHKのニュースという印象だった。が、お風呂から上がってから寝るまでのポッとした熱冷ましの間だけテレビを見るのが日課である。少しだけ決まって録画している番組があるので、それを見てケロッと笑っているとすぐあくびが出てきてそれをきっかけに布団に入る。神経集中して眠れなくなっちゃうから、寝る前の映画は禁物。私にはテレビは一日数十分のちょっとした娯楽である。
2021/08/22
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この間美術館へ行って来た。夏休みなので、パパが2人の小学生の息子の手を引いていた。息子「パパ、これなぁに?」パパ「宝物入れだよ」私「(!!………)」それ、中に舎利(遺骨)が入ってるんですよ。考え方によっちゃあ宝物だけれども。パパ、がんばれ!(笑)
2021/08/21
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半身浴をし始めて5年と1ヶ月。どうにかこうにか、ほうほうのていで生きている。前半は猛暑でしんどく、後半は大雨で元気もなく、今日も一日なんとか切り抜けたな、ふぅ〜って思って毎日眠りに就く。神経はだいぶん良くなったけど、まだまだ未熟なのだから気を抜いたらいけないぞって自分を戒めている。ヘルペスはそのバロメーターらしい。ちょっとでもいい気になって驕ったりしたら元の木阿弥ってことをしかと肝に銘じる。そう心することが大事。ざっぶーんって頭までお風呂に潜ることがささやかな夢なのだけど、結局耳の湿疹がぶり返したから一向にできず。いつになることやら。両膝がだいぶん良くなった。背中も本当に小さくなった。股もかなり良い。両手も、まだまだ水ぶくれはたくさんあるけど8割方治ったかと思う。何せ腫れが引いて手が一回り小さくなって、指紋も蘇ってきたし、指もほっそりした。あ、湿疹の話ね。が、汗もがかゆい。両脇と両腕の内側をボリボリかいている。そして、今一番ひどいのは、またまた耳。右耳の中は入り口から奥までびっしりかさぶたがこびり付いているし、左耳の中も復活、両耳のめがねを置くところも10割以上のぶり返しである。黄色い汁と髪の毛が引っ付いてねばねばしている。あと一息というところまで来たと思ったらこれだ。嫌んなっちゃうわね。完治していたから、思いの外ショックを隠せない。更に再び顔の左側だけの痙攣が。以前ほどのようではないけれど、なんとなく気持ち悪い。と言っている内にもお盆が過ぎた。暦の上では残暑お見舞い申し上げます。大雨です。暑さの中休みとでも言おうか、涼しくって私にはうれしい限りだけど、地球が嘆いてる。
2021/08/20
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これは必要と思っていることは本当に必要なのかその都度考えてみる。例えばこれだけは絶対に切らなさいように買い続けている物があるとか、長年の習慣とか、昔はそうだったとしても、今現在はどうなのかを改めてじっくり考え直す時間を持つ。意外とそういうことに限ってただの惰性でしかなく、無駄なことだったりする。得てして時とは移り変わるものなのだから。もんもんへのプレゼントを選ぶ際は、情報収集に精を出す。世界に一つだけの物、とまではいかないかもしれないが、ありふれた物ではなく、想い出として心に残ってくれるようなプレゼントにしたいから。決して、時間がなかったから間に合わせで選んだという物はあげない。セール品は買わない。元々買うつもりだった物がセールになったのならそれはもちろん買えばいいが、安いからという理由だけで必要でもない物を妥協して買うということはしない。100%納得した買い物をしたいから。ポイント何倍セールなどというイベントには乗っからない。必ず決まって買い足す物はそういうイベントを利用して買えばいいが、ポイント何倍だからという理由で欲しくなる物は結局いらない物だから。本当に必要な物や欲しい物は、1ポイントの得もない定価でも買うものである。プラスチックの物はなるべく持たないし、使わない。地球のことを考えてというよりかは、私にはただ単に味もそっけなく、無味乾燥で暖かみもなく、画一的で侘びも寂びもないと感じるから。ストックというものは持たない。足りなくなったらいつでもどこでもすぐに買いに行ける生活環境だから。物があまり置いてなく、スッキリと整った部屋にし、常に清潔で風通しを良くしておく。部屋の風通しは心の風通しだから。形ある物にお金を注ぎ込むのではなく、私の場合、読書や美術館や映画など経験として後に自分の身になることに惜しみなく時間もお金も費やす。その方がよっぽど気分が良いし、有意義だと思うから。コーヒーは完全に辞めたけど、ホッと和めるカフェで過ごすことはやっぱり大好きであり、私にとっては日々の糧だから、これからも趣味として思う存分楽しもうと思う。結論、見る目を養い、世の中に惑わされず、よーく自分で考えた暮らしを選択し続けること。これに勝ることなし。ついつい熱が入って長くなってしまったが、これが私のルールです。
2021/08/19
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日々生活する中で、私なりのルールというものがある。なんとなくまとめてみたくなったので、今日はそのルールを一部ご紹介。いわゆるファストファッションと呼ばれるブランドは買わない。そもそも私は時代を追った暮らしではないし、結局すぐに飽きてゴミになるから。同じく、100円ショップもなるべく行かない。使ってすぐに捨てる消耗品はたまに買うことはあるが、物として後々形残る物は絶対に買わない。物が欲しい時は、よく吟味した上で、ちゃんとどこでどうやって作られたかはっきりしている質の良い長く使える物を探す。そして実際に買う場合はとことん納得するまで時間をかけて悩む。要するに中途半端に物を買わないということ。物は長く大事に使う。例えば、靴下なら少しぐらいの穴なら繕うし、Tシャツなどは着古したら適当な大きさに切って雑巾として使ってから処分する。が、サイズが合わないとか、使い勝手が悪いとかいう物は少なからずあるので、手放すのは心痛むが、まだ使える物なら潔くリサイクルへ。縁あって私の手元にやって来た物たちだから、最後まで責任を持って見届けるということ。化学繊維の服は着ない。身に付けるものはなるべく自然素材100%もしくはそれに近いものを着る。コンビニには行かない。私の生活ではコンビニを利用する必要性がないから。ファストフード店には行かない。胃痛を起こすから。サプリや補助食品やドリンク類など、そういった類の物は信用しておらず、むしろ嫌煙しているので、一切摂らない。個包装など袋詰めになった食品やペットボトルの化学調味料や保存料もどうしても気になるから極力避ける。災害時用という考えである。母が1年365日欠かさず作ってくれる手料理だけで私の身体はできている。世の中で良いと言われるものを安易に取り入れない。それは食べ物や商品や、要するにテレビなどで紹介されて流行っているあらゆる物たち。世の中にホイホイ流されないということ。(えー、スムージーとタピオカを一度も飲んだことがないってことを今初めて言います。)つづく。
2021/08/18
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「人間の生命(いのち)とは何ととるに足らぬものであるか」「書き手は大勢あるが、読み手はごく少数だ、だんだん人間は本を読まなくなる。これは事実だ。(略)人間は書物なんかみんな海へほうりこんでしまうだろう。そして奇蹟でも起こらぬ限り底へ行って、最善の書物も最悪のものと一緒くたになってしまうだろうさ」「われわれはよく≪…であればこうなるだろう≫という想像をする。しかし、そこにいつも、小さい間隙があるので、そこから予想しないことが起こるのだ」「おれはむしろ猫族の気質らしい」「さあさあ、お暇しよう。時が来た。新しい世界に向って遁走しろ」「突然、車室の天井に電燈がぱっと明るくついた。おだやかな薄暮の風情にくらべて、これはまたあまりに殺風景な光だった」「食べる楽しさは生きる楽しさ」
2021/08/17
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神経が太くどっしりとして安定してくると、いつでも冷静沈着を保つことができる。あたふた動揺しないし、焦ることもない、さほど怒りも生まれない、それはそれと自分のことだけど他人事のように客観的に捉えられるようにもなったし、ちょっとやそっとのことで気持ちが左右されなくなった。何やらここ数年は苦しいが、それもちょっとだけ斜めの角度から見るようにして、今は神経を良くすることだけに努めようとか、真っ向から立ち向かうことだけがすべてじゃない、私お得意の逃げることもすべてじゃない、忍耐それは美徳ではあるけれどもそれもすべてじゃない、敢えて扉の隙間から細目で見透かしてみようと考えられるようになった。世の中がどうであれ、あまり気にもならない。私は私なんだ。私はこの速さで歩いてるんだ。狭い密室であるエレベーターにも乗れる。大量の滝のような汗もかかない。夜もほんによく眠れる。それは、コーヒーを辞めたおかげで神経が目一杯振り切れることがなくなったから。ということは、逆にぐったりと疲弊することもない。緊張と緩和って美しい言葉だけど、度を超えると神経衰弱している者にとっては発狂する事態になり兼ねない。今はそう思う。
2021/08/16
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下り坂を下りに下っている今、毎日毎日辛くて堪らず、とにかく闇から抜け出せない。私は、ここにずっと書き綴ってきたように、これまで勘に頼り切った人生を送ってきた。要するに後先何も考えていない。高校を休み始めたのも、その時の直感だった。この高校に通い続けるのはもう限界だ、とっとと逃げよう、と。病気の予防治療をするかしないかということも、とっさの判断だった。私が発病した2007年当時は、一刻も早く予防治療を始めた方がいいと言われていた時代だったのだが、主治医が「してもしなくても数年後のデータはほとんど変わらない」と言ったたったその一言だけをきっかけに、じゃあしませんと言った。もちろん主治医は私にすべてを委ねた上での事実としてデータの数値を伝えただけであって、訳のわからない難病を患い頭が真っ白になり、藁にもすがる思いなら、きっとその僅か1mmの可能性であったとしてもそれに賭けて予防治療をすると選択しただろうし、冷静になって今後の人生を考えたならば、高校を休むつまりは卒業できないんだと後先しっかり考えて行動しただろう。実際、妹のような、利益と後先ばかり考えている友達には、私が不登校になった時にはまじめくさった顔で「これからどうするの?」と聞かれたし、発病した時にもまったく同じ友達にまったく同じことを聞かれた。私の気持ちを汲むなど到底できないらしかった。が、一般的にはそう考えるのが普通らしかった。結局その友達とは馬が合わず、疎遠となったことは言うまでもない。ところが、私にはそれができない。仕方ないではないか、そういう性分なのだから。感覚で生きる。日々、どんな些細なことにおいてもピンと来た勘が優先。それが私特有の気質なのである。それがなければ私ではない。その勘が働かないってなんて辛いんだろう。特に40歳の誕生日を迎える少し前からの1年弱は、勘が鈍っているどころの騒ぎではなく、まったく働かないのであった。うんともすんとも言わない。冬眠中。だから、何の選択できず、ああでもないこうでもないと悶々として、結果無気力になる。因みにこのご時世とは何の関係もない。おそらく私にはそれがしんどいのであった。今、我が人生において一番頼りにしている勘がゼロなこと。これが今のしんどさのすべてを物語っているのだと思う。勘が戻ってくれたらば、人生動き出す。そう確信しているが、で、それはいつなのか?
2021/08/15
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要するに、中庸を保ってさえいられれば私の神経は安定するんだという結論に至った。苦いブラックコーヒー。砂糖いっぱいの甘いもの。満腹になること。猛暑。これらは絶対にダメ。針が大きく振れて行ったり来たりすることが一番良くない。
2021/08/14
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どこかしらのポイントってみなさん貯めていると思う。私も、ポイントカードなるものは大概は断っているのだが、自分の生活圏で貯まりやすいものだけは貯めている。で、私は結構早めに使ってしまう。それは無駄な買い物をして使うという意味ではなく、次の然るべき買い物の際に使うという意味。ポイントも旬のものだと思っているので、なるべく早く循環させた方が良いと思っているから。大きな額になるまで貯めてドンと大きな買い物をするよりか、日々の必要な細々とした買い物にちょこまか使うと、思いの外心が満たされるという喜びもあったりする。小さな幸せをたくさんね。要は、ポイントなんてものは自分が気持ちよく使えたらいいのかしらね。
2021/08/13
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私、だいぶん身体が変化した。それは中身も外身も両方。コーヒーを辞めたこと、砂糖の量が大幅に減ったこと、少食になったこと、そして好転反応の湿疹が8割方良くなったこと、この4つが要因だと思われる。となると、これまでの生活に違和感を覚えるようになるのは当たり前のことである。身体が変わったんだから、そりゃあ心も変わるさ。今顕著に思っていることは、夏が去ったら衣類を処分しようということ。数年前から年齢的にも服に対してわだかまりがあり、それがこれらの変化によって一気に火が付いたという感じかと分析している。3年ほど前に買った服は、もうちょっと今の私には相応しくない。全然似合わない。そう感じるようになったということは、処分しなさいという合図だとわかっているので、素直にそれに従おうと思う。3年前と言ったら37歳だ。日々刻々と変化する中で、遥か昔のことのように感じられる。これまで心地良く着てきた服たちにありがとうさようならを伝え、潔くリサイクルに回します。
2021/08/12
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実は3年ほど前からずっと欲しいと思っているものがある。それは机。ダイニングテーブルではなく書斎の方の机。小さい頃からずっと学習机を使っていたのだが、さすがにちょっと処分した。で、狙っているのはフランスかイギリスのアンティークの小ぶりな机。引き出しのない天板と脚だけの非常に簡素な造りの物が良いのだけど、できれば天板は革張りで、脚は猫脚で、天板の縁や脚に彫りが施してある物。ライティングビューローなんかもかっこいいなぁ。アンティークショップを巡ったり昔の映画を観てほわほわと夢を膨らませてしまった。椅子はお気に入りの物を持っている。これに合う机がいつか欲しい。ここで読書ができたなら!私のささやかな夢です。
2021/08/11
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「脚湯は食慾増進によろしい。頭の血を下げてくれますよ」「わたしは、何もまだ知らなかったときの方が、懐かしい気がいたします。ああ、もういまでは、知らないでおることも、できますまいし」「偽物が本物の位置をうばってしまっている以上、本物は影をひそめなければならんわけじゃありませんか」「わたしの行くのは、行かなければならぬのは、それはあくまで孤独の暗い道なのでした」「しなやかにふんわり着心地のいい服を通して、体中の毛孔から、何ともいえない幸福感を呼吸しているのだった」「黄金(きん)の皿で食うとしてもその中の食うものはやはり同じことだ」「目立ちすぎると逆に目立たない」「もしうまくやればすてきに面白くもできるこの人生という奴を、」「先行き不安だ」「忍耐はもっとも欠くべからざる美徳だからね」
2021/08/10
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外を歩くと、頭ばっかりジリジリ暑く、頭寒足熱とは真逆になる。暑いって良くない。本当に良くない。良いことなんて一つもない。暑いっていうだけで神経立って、イライラして、気持ちのやり場がない。左目の下が微妙に痙攣し始めて、今日で丸3日間続いている。視界がずっと揺れっぱなし。いつだったか、顔の左側だけ顔面痙攣に苦しめられたが、なんとなくその時のような違和感が今顔の左側にある。あの手この手を使って神経を鎮めている最中なのに、私にとってこれがどれだけ骨折ることかご存知?すべてが水の泡。パァになる。と、この文章を書いて更に苛立つ。ダメだ、紅茶淹れて落ち着こう。
2021/08/09
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「彼女の眼には人生がもうすでに、悪戯と侮蔑が並木のように縁どっている陰鬱な大通りとしか映らなかった」「彼女に生活をしばし忘れさせるものなら、それは何でも詩的とおもわれるのであった」「この二人の友情はたがいに唯一の方舟とも、人生の過酷な沙漠のただ中にあるオアシスとも思われた」「恋は恋ながら、友情はそれよりもなお強い」「おまえはくだらぬことに気をつかいすぎている。あの野に咲く百合を見よ」「それはなるほど、わたしたちは少し貧乏しているさ。しかし、この上、何が必要だというのだ。贅沢していた時分には、ぼくは間違った道を歩いていた。罪びとだった。それに病人だったよ」「しかし、大切なことは暢気な顔をいつもしていることですよ」「世界のメンズフォーマルの常識はチャールズ皇太子が作る」
2021/08/08
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バナナの日、もんたともんじが8歳になりました。夏休みは毎日おばあちゃんの家で過ごしていて、宿題したり、2年生になった時ママがゲームを買ってくれたから、ゲームをしたりしてるんだって。水泳と空手とピアノを習ってるけど、どれも楽しいんだって。ピアノは今度ママとディズニーの曲を連弾するんだって。よかったね。元気にすくすくと育っているようで何よりです。
2021/08/07
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ずっと小説を読んでいるが、短編には短編の良さがあり、長編には長編の良さがあり、どちらかなんて選べないほど私はどちらも大好きである。それと同じで、映画も奥が深いのだなと最近感じるようになってきた。大体映画は90分から120分程度、長くても150分までのものが多いかと思う。が、先日420分を超える大作を観た。要するに7時間!もちろん何日かに分けて観たのだが、えー、これはこれで実に良かった。どっぷりと数日間その映画に浸っていられることの非現実感。ちょうどテレビの連続ドラマのように、次週をまだかなまだかなとワクワクして待ち切れない感じ。すべてを観終わった後の心地いい疲労と充実は、何者にも変え難いものがあった。暑いし、今は内へ内へと引きこもっていたい時らしいのだけど、それなりに家で楽しく過ごしてます。
2021/08/06
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半身浴をし始めて5年と半月。もっと早くにコーヒーを辞めておけばよかったとは思わない。なぜならそれは私の人生にとってとても大切な趣味の時間だったから。機が熟して今なるべくしてこうなっていて、遅くもなく早くもなく、ベストなタイミングだったと思っている。それと、何事も基礎が大事だと言うが、私の身体にとっての基礎とは言わずもがな神経であり、とにかく神経を良くすること、それだけを念頭に置いておきさえすれば、細々とした不調は自然と消えてゆき、つまりはすべてが上手く回ってゆくということ。もちろん毎日欠かさず1〜1時間半半身浴をしている。夜中にはレギンスを履いて湯たんぽも入れているし、片足15枚ほどの靴下は真夏でも当たり前。これが医者通いを辞めた私の自分治療だから。背中の湿疹は本当に小さくなった。以前は背中のど真ん中に大きな池があるようだったが、今は背骨上に10cmほどだろうか。治ったところの色素沈着はまだまだひどいけれど、時間が経てば薄くなっていくはずなので、特に気にもかけていない。で、その背骨の上に残る湿疹。おそらく私の病変跡はここにある。私が発病した直接の原因は脊髄の病変だったのだが、まさにここにあるのであった。私はなるほどとポンと膝を打った。合点としか言いようのない感情が湧き、今この病変の老廃物を湿疹として出している最中なのだろうと確信している私なのであった。そりゃあ最後の最後まで残るはずだわ。今一番ひどいのは右耳の中で、またまた黄色い汁が止まらないので、綿棒ばかり使っている。両耳のめがねを置くところも、湿疹が出始めてしまった。汗が溜まるのだよ。後は両膝、右腕の外側、両手、股の湿疹と、首、脇、両腕の内側の汗も。何度も言うが、汗もは夏が終わったらすぐ治るので、これは湿疹とはまったくの別物だ。現在2種類の湿疹が共存しているという意味だが、去年ほどの不快感はなく、至って心は平穏なり。その汗もも、去年や一昨年に比べると全然大したことなく、かゆいことはかゆいけれど、全く以て許容範囲。何年も足の親指の爪が真っ黄色で、ポロッと取れたりボコボコと波打って無残な状態だったのだが、ようやくピンク色のきれいな爪に生まれ変わった。なんでもないようなことだけど、やっぱりうれしい。ついにヘルペスができてしまった…。3ヶ月半近くできていなかったから残念としか言いようがない。夏真っ盛り。暑過ぎる。28度で除湿を付けているが、ぬる〜い。でも私にはこれぐらいがちょうどいい。とにかく無理だけはせず、じっとしていよう。
2021/08/05
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なんだか、コーヒーを完全に辞めたことで身体が芋づる式に良くなっているが、これは決してそう見越して辞めた訳でもなく、あわよくばと思っていた訳でもない。ただただ、コーヒーを辞めたことを発端に頭を掠めもしなかった方向へ自然とそうなっていき、自分でも驚きを隠せないとしか言いようがない。まったくの寝耳に水だ。私は神経がちょっとばかし過敏体質なので、以前から、午後にコーヒーを飲んでしまうと夜眠れなくなるから飲むなら午前中に、ということと、家では飲まない、つまり道具類やコーヒー豆などは一切常備しないようには努めていた。万が一魔が差してコーヒー豆を買って帰ってしまったとしたら、きっとすぐ飲みたくなって淹れてしまうことがわかりきっていたので、単純な頭でじゃあ道具を持たなければいいんだ、とそうなったのである。都合良く、ガブガブと何杯も飲みたい方ではなかったらしく、一杯飲めればそれで十分満足していたので、何の問題もなかった。飲む時は喫茶店でマスターに極上の一杯を淹れていただく。これが私のこだわりであった。が、神経の為にコーヒーが良くないことは、それはもう明らかだった。午後に飲んで夜眠れないなんて、どれだけ神経が高ぶっているかという証拠である。私は、病気云々とその辺りだけを考えて、ーいえ、むしろそれだけしか考えていなかったー、去年の自粛に乗っかってとりあえずは半年、と辞めてみただけなのであった。それが今ではなんだか思いも寄らない方向へと進み出し、最近ではもっぱら砂糖の分量を減らしている最中だが、間違いなく減った。身体があまり欲しなくなってきた。なぜか少食にもなった。おそらくこれも何か繋がりがあるのだろう。(目下、少食に関しては研究中。)知らず知らずのうちに一本また一本と道が伸び、私はそこに道があるから進んでいる。これから先、私の道はどこへ向かって伸びていくのだろう。ゴールは一体どこなのか?兎にも角にも今はその道のりを鼻歌でも歌って楽しんでおこう。
2021/08/04
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家で紅茶を飲むひとときが、最高に幸せだ。暑い時に熱い飲み物を飲んだら、胸がスーッとして心身共にリラックス。今日も私は平和だねぇ。で、ふと思い立って、紅茶のおいしい淹れ方というものを立ち読みしてきた。以下ご参考まで。カップを温めるためお湯を入れ、捨てる。カップに沸騰したお湯を注ぐ。ティーバッグを静かに下ろす。蓋をして蒸らす。お好みで数分待つ。そっとティーバッグを引き上げ、取り出す(決して何度も入れたり出したりしないこと)。完成!
2021/08/03
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「みな今のままではいけない、もっと何とかならないものだろうかと思っているはずです」「あなたの友人を少し知っておくことは、あなた自身を知るために有効でしょう」「さあ、いよいよ時が来た(船出のときいまやいたりぬ)。どちらから風が吹いても、それが順風だ」「必要ということほどわたくしの邪魔をするものはないのですよ」「欲望だの気まぐれというものは非常に移り易い一時的なもの」「◯侯爵という人は金をつかうことが好きで、それが病的だったのです。絶えず何かに使いたくなる、まるで一種の飢餓です」「世の中では、自分のほんとうの顔をみせないことが肝心だよ」「また人生においては、機宜に応じて、≪それにくよくよするな≫と心にいう術を知っておればどういう難局でもきりぬけることができるものだ」「<呻吟しつつ求めている人達でなければ、これをよしとすることはできぬ> パスカル」
2021/08/02
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陰鬱この上ない7月だった。無気力はまだまだ続く…。ところで、女性の平均寿命がおおよそ88歳だなんて、一体どんな世の中だ。やってられない。うんざりする。反吐が出る。片隅で、蝉がそのか細い足を天に投げ出して転がっているのを見ると、あゝ、あまりにあっけない生涯をまっとうしたんだなってしみじみ思う。お疲れ様。
2021/08/01
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