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2024年はとてもしんどい一年だった。閉経が近付いており、月経周期の乱れによって身体が大きく変化する時期だったことと、すさまじい暑さに心身へとへとになった。今年は去年ほどのしんどさはなく、比較的楽に過ごせた。やりたいことをやると決めていろいろとチャレンジしたことで英気を養うこともできた。何よりも、スイーツを辞められたことは今年最大の出来事である。この砂糖中毒だった私にこんな日々が訪れようとは、誰が想像したことだろう。あいにく当初目論んでいた膝の湿疹完治には至っていない。これに関しては不甲斐ない気持ちでいっぱいであり、素直に敗北を認めざるを得ない。背中がサッと治ったものだから膝の湿疹も治ると信じて疑わなかったのだが、実際にはそう易々と一筋縄でいくものではなかった。甘く見過ぎていた。だが、その代わりに、私は予想だにしなかったスイーツを辞められたというとんだ副産物を掴んだ。何度も挫折を繰り返し半ば諦めかけていたのに、あっという間に達成できた時にはずっこけた。今思うと、大好物のスイーツを辞めてまで膝の湿疹をどうにかしたいという私の悲壮感は相当なもので、並々ならぬ意志と覚悟があったのだろうと振り返る。スイーツを辞めることができたことは、今年のみならず、ここ数年の中でもベストワンの快挙である。ただタイミングが良かっただけで特別に努力した訳ではないけれど、やっぱり僅かながらでも自分を褒めてあげようと、2025年は優しく自分を包み込んで幕を下ろしたい。今年も一年ありがとうございました。良いお年をお迎えくださいね。
2025/12/31
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妹は日々目まぐるしい経験を積んでどんどん年輪を増している。自信に満ち溢れ、立派な一人の大人としての威厳を醸し出している。一方私は何一つ成長しないままこんな中途半端な中年に差し掛かってしまった。こうべを垂れどんよりとした姿は惨めにも程がある。そんな考えにじっと耽る、2025年年の瀬。
2025/12/30
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「頭で吟味してから眼で吟味する」「だが、なんだって、きみはそう始終うしろばかり振り返ってるんだ?」「<人のことを抱きしめるタレントでいたい> ryuchell」「話してくれ!息抜きしろ!きみの秘密をぼくにいえ!そいつをいえ、それがきみの息をふさいでいるのだから!」「宿命のように背後に尾を曳いている不幸のために、」「この石の建物は、それぞれ彼らの歴史を持っているのですわ」「下々の下(げげのげ)の状態」
2025/12/29
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2025年はやりたいことをやる一年にしたかった。以前から行ってみたかった寺や神社へ行ったり、カレーを食べに行ったり、思い切って行動したことで念願が叶ってとても充実した年になったと思う。実に楽しかった。本音を言えば、この秋には本当はもう少し行きたいところがあったのだけど、特に12月に入ってからは体調が良いとは言い難く、いくつかお流れとなってしまったことが悔やまれて仕方ない。残念だけど、まぁ、2026年のお楽しみということにしておこうではないか。では最後に、この日記をおまけで〆ようと思う。おまけ〜いつの日かやりたいこと〜ねぶた祭りに行きたい。富士山を拝みたい。部屋に絵画を飾りたい。ねこを飼いたい。蛙とカタツムリの写真を至近距離で撮りたい。某地域で一人暮らしがしたい。某割烹で食事がしたい。坊主にしたい。雪化粧を纏った某寺を見たい。老年期には絵を描いて過ごしたい。いつの日かここで報告できたらいいなぁ!
2025/12/28
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連綿と受け継がれてきた尚家の血が私で途切れること。父が死に、順番に行けば母が先に死ぬだろう、そして私には子供がいない。妹家は繁栄してゆくが、尚家の今後などあたかも他人事のお役所仕事のように捉えており、さっさと家を出た人間はその重さを知らない。本当に私で途絶えさせていいのだろうか、そんな思いが頭を掠める。自分の利益と幸せにしか興味のない貪欲な妹は、尚家を捨てて風のように出て行き結婚した。令和の時代に何を古くさい考えだと思われるかもしれない。だが、私はこの家の長女として生を授かった運命なのである。妹とは背負っているものが違う。父が11代目。父は我が身を売って養子になった。私の手でいずれ墓終いもしなければならないことを思うと、あまりにも気持ちが塞ぎ、ますます私の存在意義は何だったのか分からなくなる。そもそも私はこの世に存在しなかったことにして、母で終わらせることが一番自然だったんじゃなかろうかとさえ思う。不登校になり、病気になり、仕事はなく結婚もせず子供もおらず、妹のようにちゃんとした道を歩めなかった。尚家の呪いを一身に蒙った父を引き継ぐように私は先細って弱ってゆき、方や妹は年々逞しく眉が吊り上がってがめつくなり、最近では貫禄さえ出てきている始末。尚家と妹家の隆盛と衰退が著しい。ひとまずこの家は私が引き継ぐ予定だが、その後のことはあまりに未知で何もわからない。ただ一つ明らかなことは、今現在12代目はいないということだけ。だけど、この間妹と少しだけこの話をし、妹にも頼ろうと初めて思えたことは良かったと思う。私は長女だから、やっぱり心のどこかで尚家の後始末を付けるのは自分の役目であり、次女である妹ではないと思い込んでいるところがあった。長男長女とは、そういう責任ある考えを生まれながらにして持っている人が多いように感じる。でも、妹だって母の娘だ。生まれた順番など関係ない。母だって娘二人で力を合わせて家の始末を付けてくれたなら、そんなうれしいことはないだろう。尚家は絶家への道を辿るのか、否か。年齢を重ねると共に背負うものもそれなりに大きくなる。
2025/12/27
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あちらのご両親の話。お父さんは目下海外旅行中(台湾へ)。旦那の外出好きは遺伝らしい。お母さんが英文科を卒業されていて日常会話程度の英語は話せるらしいので、これまで夫婦であちこち海外を遊び回り人生を謳歌してきた。そしてお母さんはというと、若い頃から何十年と現在進行形で株をやっているとかなんとか。妹曰くその間“いろいろとあった”らしく、好奇心からその儲けと損具合を詮索したくなってしまったが、お母さんと妹はそっくりだということが遠回しにわかり、なるほどと一人首を縦にブンブン振ってしまった。夫婦共に既にリタイアされているが、考え方に至っては実に現代的である。早々に先祖の墓終いを済ませ、早々に夫婦で入る今主流の共同墓地を購入し、墓碑名も彫ってあるし共にコーヒーが大好きだからコーヒーカップの模様もついでに彫ってもらったと言う。息子夫婦に墓参りに来てほしいなどという願望もなく、私たちは私たちよという意思を貫き、つまりは妹夫婦が入れるような墓は私たち親は用意しませんというあっけらかんとした態度で通していらっしゃる。なんとまぁ。だから、妹夫婦は自分たちの入る墓はないからどうするかいずれ話し合わなければならないと言っていた。私はなんと軽やかな人生観だろうと思う。どんな経験が二人をそうさせたのか。数々の海外旅行だけではこうはなるまい。尚家では考えられないと思った。母は尚家の家柄にしがみつき父を養子にもらい、もちろん父の眠る墓に入る選択肢のみ。自分がこの世を去った後も娘たちが献身的に墓を守ってくれ、それはいずれもんもんに受け継がれ、永遠に続く尚家…と恍惚としている様である。こういう問題は非常に込み入っており、決して解答などなく、良し悪しで計るものでもない。だが、私には、こうも極端に違う死生観を持つ親が3人そこに存在すること自体が、不思議に思われてならないのであった。
2025/12/26
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いつしか9ヶ月も経ったらしいが、この生活も完全に定着したものと考えられる。毎日アイスクリームを食べていた頃を振り返ってみても、ちょっと異様だったと思う。普通はあんな甘いもの毎日毎日食べられるものではない。本当にすごいよね。あっぱれな2025年だった。
2025/12/25
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趣味の美術館巡り。最近はもっぱら厳選に厳選を重ねて行くかどうか決めている。HPを穴が開くほどじっと見つめて、腕を組んでう〜んと考え、よし、悪くない、と思えれば納得。実際に行ってみないことには良し悪しは判断できないけれど、長年の経験を頼りに、これはおそらく観る価値があるだろうと思ったら躊躇することなく足を運ぶようにしている。で、久しぶりに少し奮発してある美術展へ行ってきた。ふふふ。直感は当たった。いわゆるハイジュエリーと言われる某海外ブランドが主催しているのだが、やっぱり昔のデザインにはスーッと引き込まれる魔力があり、私はもううっとり。彩り華やかな空間はまさに桃源郷であった!目がキラキラするほど楽しくって、久しぶりに体温が上がって高揚する感じを味わえた。幸せな一日になり大満足である。やっぱり私は美術館が好きだ。
2025/12/24
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もんたは知っていた。尚が仕事をしていないことを、ママばぁばの世話になっていることを、結婚していないことを、子供もいないことを、ママばぁばとしゃべらないことを、ママばぁばの家に帰ってもいつもどこかへ出かけていて留守なことを。そんな異端児の私にもんたは興味津々で、いつも怒涛の質問を浴びせられるのだが、何一つまともに答えられない自分があまりに情けなく、存在を消してしまいたくなる。今年45歳になったことだし、私はこれまで話して来なかったある話題を敢えて妹に切り出そうと決めていた。そう、母のこと。もう母も若くないし、いつ何時何があってもおかしくない、もし介護が必要になったら?、家はどうしよう、墓はどうしよう、そして私自身の今後の希望、ほんの上辺だけだったが、これまでそういう踏み込んだ話は避けていたので、心積もりという意味合いで少しだけでも共有する時間を姉妹で持つことができて心が軽くなった。究極突き詰めると、もんもんへ負担を背負わせることにはならないようにしようということだ。
2025/12/23
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もうすぐクリスマス。ショートケーキ。これはもう生クリームが食べられないんだ。チョコレートケーキ。オーマイガット、チョコレートは論外。チーズケーキ。おいしそう♪モンブラン。私の一番好きなケーキはモンブランとキャロットケーキだったけど、これもクリームが…。フルーツタルト。バナナが乗っていなければ食べられるけど(昔からバナナが嫌いなんです)、カスタードクリームが…。アップルパイ。おいしそう♪てな訳で、おそらく今の私が食べられるケーキはチーズケーキとアップルパイだけだということがわかった。
2025/12/22
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妹がこの世で一番必要ないと思っているもの、それは個性。「フラガール」という映画が公開され、フラダンスブームだた20年ほど前、妹はいの一番に習いに行った。発表会があるとかで、花飾りのネックレスやらひらひらの衣装やらがだんだん家に溜まって来、とんだ習い事を始めたもんだと姉は冷めた目で見ていた。ちょうど旦那とお付き合いをしている最中だったので、もちろん発表会に呼び寄せて晴れ姿を見せ、愛を深め合っていた。次のヨガブーム。言わずもがなすぐに習い始めた。結局妊娠と出産の為に辞めることとなったが、当時仕事が終わってからなので夜の10時頃に帰宅するという生活を送っており、いやいやそれよりも早く家に帰って体を休ませた方が得策なんじゃなかろうかと、姉はそこまでしてヨガにしがみつく妹の気持ちがまったく理解できなかった。さて、時は流れ、今、よもぎ蒸しとかいうものがブームだそう。(知ってますか?)週一回のペースで通っているんだとか。たっぷり汗が出てスッキリすると絶賛していたが、いやはや、妹の習い事変遷を知っている私としては、流行りに飛び付く性格も大変だとしか言いようがない。
2025/12/21
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半身浴をし始めて9年と5ヶ月。抜け毛がひどかったが、ようやく落ち着いてきた模様。それにしてもよーく抜けたな。今年が終わる。世の先輩たちは、歳を取ると一年が年々早く過ぎ去るように感じると皆口を揃えて言うが、まさにその通りである。なんて早いんだろう、一年って。人生長いけど、実は短いんだろうなぁ。12月に入ってからあまり体調が良くなくて、毎日頭が痛い。たぶん気候の影響だと思うけど、ずーんと重たい。目も瞼が下りて来てぱっちりと開かない。膝の湿疹は結局年を越す。あーあ。全然治る見込みもないや。例年通り年末年始の予定はなし。いや、万年ないんだけど。
2025/12/20
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毎年の如く、我が家ではクリスマスの飾り物が所狭しと並んでいるが、人間という生き物は身一つで生まれてくるのに、なんて山ほどの荷物を背負ってこの世を去っていくのだろうかと、自分をも含め、心の底から呆れ返る。
2025/12/19
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図書館が、年末年始の休館と整理休館も兼ねて18日間も閉まる。こんなに長い間閉まることなどないので、いろいろと借りておかなきゃと今読書計画を立てているところである。多い分には一向に構わない。読めなかったらまた後日借り直せばいいだけのことだ。私は足りないのが一番困るのである。毎日の読書で精神を維持していると言っても過言ではないので、多めに見積もって借りておかなければ。因みに、バルザックで年を越そうかと考えている。夏は暑さで頭が働かずボーッとしてしまって昔の推理小説ばかり読んでいたが、冬は読書がうんと捗る。年末年始と言っても私にとっては何の予定もない至って普通の日。ただ、世間一般はお祭り騒ぎ著しいので、こういう時こそ平静を保つ為にもより一層読書が重要なのであった。
2025/12/18
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私が妹や妹夫婦に対して悶々としていること。一つ目。これは10年ほど前から感じていることなのだが、私から手土産を手渡され、手に持った途端にひっくり返して真っ先に裏側の賞味期限を確認することは、客に対して非常に失礼だと思う。すっごく気分悪い。はい、次。妹からのリクエストでもんもんへクリスマスプレゼントをあげたが、もんたはあるキャラクターの絵柄が描かれたジュースが欲しいと言った。それをもらえたもんたは大喜びだった。おばさんもそんな甥っ子の様子に目を細めたが、そのジュースの味はお気に召さなかった模様。それは残念だけど仕方ない。一口吸っただけでもういらないらしく脇によけ、でもそれに関しては誰にも何の不手際もないし、誰も何も悪くない。と、私がわだかまっているのはここからの話。妹はこれをこれっぽっちの慈悲の心もなくすぐに三角コーナーに捨てた。何の躊躇もなく本当にあっという間に。せめて私がお暇してからそっと処分してくれたらいいのにと、クリスマスプレゼントだったそれを横目でチラと眺めた。次。今、手の平に乗るほどの量の食べ切りサイズの小袋のお菓子ってよく売られている。例えば小さなクッキー5、6枚とか。そういう小袋のお菓子を、いつだったか私が帰る間際に妹が持って帰る?と尚家へのお土産にしてくれようとした。どんなしっぺ返しがあるかわかったものではないので、妹には口答えすることなくなんでも素直に従うことにしている。あ、うん、ありがとう。で、ここから。一欠片の疑いもなく、その小袋を私の手の平の上にポンと乗せてそのまま丸ごとくれると思うではないか。否、違うんである。それが当然であるかのように、そこでは妹夫婦の驚くべき役割分担が繰り広げられていた。妹がまず小袋を開封、同時に旦那がジップロック(使い回しの)を取り出してスタンバイ、妹がクッキーを2枚(つまり母1枚私1枚)摘み上げジップロックの中に、well doneといった表情を浮かべた旦那が指をピューッと滑らせ封を閉じる、そのものの10秒ほどの一部始終をじっと目で追っていた私は、差し出しかけた手の平を静かに引っ込め、あまりのせこさに怒りさえ湧いてきた。そんっなに母や私の為にお金使うの嫌?だが、帰宅すると、母は、そんなクッキー2枚のジップロックであっても仏壇に供えており、それを見て今度は無性に悲しくなり涙が込み上げてきた。
2025/12/17
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姉45歳、妹42歳。まぁまぁそれなりの年齢になり、健康面について話すことも増えてきた。やっぱり体質は似ているから、自然と悩みも似たようなものになる。その中でも特に多いのは更年期のこと。40代女性には避けて通ることのできない話題である。女性のこういった婦人科関係の話は非常にデリケートなものであり、他人にはどうしても遠慮する場面も多くなるが、姉妹なら包み隠すこともなく大っぴらにできるし、変に探り合ったりお互いギクシャクと気を使い合ったりすることもない。あんな不調が出たこんな不調が出たとしゃべりまくり、ま、これも歳だから仕方ない、という結論に落ち着くのであった。(妹は極端に白髪のことを気にしている様子。先日もんたに2本抜いてもらったとか言っていた。今後次々と生えてきたらどうしようと、つまり美容院で染めるのか(お金がかかる)自分で染めるのか(時間がかかる、面倒臭い、不器用だから上手く染められない)一切染めないのか(白髪があると恥ずかしい、急に老けて見える)。姉は妹の考えていることなぞ手に取るようにわかるのであった。因みに私は毛染め剤がアトピー肌にはかぶれると思うし、そもそも染める気もないので、自然のままでよし。)で、私は妹より3年先を歩いている。しめしめここに格好のカモがいるぞとばかりに姉をつぶさに観察し、妹は何やら静かに更年期諸々の諸事情を習得しているらしかった。私は何冊も本を読んで勉強した。次から次へと襲いかかる不調に不安になり、自分の身体のことは自分で調べようと思ったからである。だが、妹は、そんな私へ悟られない程度の尋問するような質問を繰り返し、私の3年分の体験談にじっと耳を澄まして聞き入り、要領よく我が知識にしようとする。しかも阿保な私なんぞと違い賢いから“1言えば10わかる”ので、あたかも自分の力で学んだかのように身に付けるしたたかさまで持ち合わせているのであった。これは妹の常套手段で、子育てだってそうやって上手くかわして渡り歩いて来た。任せられるところはすべて任せて楽するに限るという魂胆である。真面目腐って生きてられるか、手を抜くところは抜いてかないとやってられやしない。そして私の口から聞いた話をところどころ掻い摘んで“いいとこ取り”をして、それを長けた頭でまとめ上げ、その出来立てほやほやの上っ面だけで作り上げた軽く浅い知識を後日他人にひけらかすことで、優越感を味わっているのであった。
2025/12/16
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ハンドクリーム代わりにワセリンを手に塗るようになってからすこぶる調子が良い。まだ今年あかぎれが一つもできていない。同時に何個も割れると本当に飛び上がるほど痛いので、手が自由に使えてすっごく生活しやすいと一人浮かれている。なんだ、こんなことならもっと早くに塗っておけばよかった。結局身近で手軽なものが一番私には合う。というか、悲しいかな、私にはこういう昔ながらの素朴なものしか使えないのであった。先日本屋で、何の気なしに、ふとある70代の女性が書いたエッセイを手に取った。パラパラとめくる。20代の若者が遣うような言葉ばかり遣っており、あまりに無様でみっともないと、すぐに棚へ戻した。ずっと気になっていた美術館のチケットが安くで手に入ったのでさっそく行ってきた。目に焼き付けておいた数点の絵画を頭の中で反芻しうっとりしていたのも束の間、帰宅したら猛烈に割れそうに頭が痛くなってしまった。もう吐きそう。こういう類の頭痛は鈍痛とは違い、いつも半身浴をして一晩眠ればけろりとして回復するのだが、久しぶりのこの頭を抱えて悶えるほどの痛さを味わった。難儀だわ。(と、翌々日に地震が起こり、あゝ頭痛の原因はこれだったのかと納得した。私は敏感過ぎる。)
2025/12/15
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映画を観ることが、よしっと気合いを入れないとできなくなっている。歳と共に疲れがひどくのしかかるようになってしまった。珍しく観たいと思った映画があったのだけれど、たっぷり3時間も映画館でじっと座っていることはおそらく苦痛だろうと思い諦めた。「ハウルの動く城」のDVDも借りようと思ったのだが(妹家訪問日記その4参照)、こちらも2時間もあり、一切気が乗らないのにわざわざ観る必要などあるのかと冷静になって考えてみたら、僅か一度の瞬きで答えは出、それなら私にとってはモノクロ映画を見る方がよっぽど実りある、ということで2本とも見送ってしまった。それはそれで少し悲しくもあり…。というか、映画館の方は公開がもう終わっちゃったよ。
2025/12/14
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妹は、自分がコントロールし得ないことを極端に嫌う。ありとあらゆることにおいて自分が主導権を握って把握し、指示し、思うがままに人を動かしたい。臨機応変なんていう言葉は妹の中には存在しない。ジブリパークへの旅行計画も、そんなことまで!?とあんぐりするほど細かに調べ上げ予定が組み立てられてあった。旅行の一ヶ月も前なのに。私のような人間には、そんな旅行のどこがおもしろいんだろうと疑問に思う。ふいの出来事や、人や物や経験などとの一期一会を楽しむことこそが旅行の醍醐味だと思っているので、妹のしていることは、決められた行動を決められた時間に行うロボットとしか思えない。が、私が好むような旅は妹にはただの時間の無駄でしかないのであった。本当に私たち姉妹は正反対。言わずもがな日々の家事も完璧である。洗濯物が溜まっているところや、流しに食器が積み重なっているところ、部屋の片隅に埃がふわふわ舞っているなんてところを一度も見たことがなく、なんでも家事は今すぐに終わらせることを徹底している。私はそんな妹に対してどのようにしてその精神を保っているのかと尊敬の念すら抱くが、幼い頃から妹はそれはそれは強く逞しかったのであった。生まれながらにして自立していて不屈で強靭な神経を持つ女性なのであった。母も妹は育てやすい子だったっていつも言う。何事にもめげずに真っ向から立ち向かい、我が人生は我が力で切り開き、信念を持って計画通りにしっかと歩んでゆく。そんな妹を憂うのは同じ家に生まれ育った無力な姉だけである。
2025/12/13
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対等に、否、むしろ私の方が少し優勢な会話だったはずなのに、あら?気が付けばすべて言いくるめられており、私が妹から教えを乞うているという状況に立場が逆転している。その巧みな話術と頭の良さには脱帽する。それが妹の“手”なのであった。いつからだろう、妹には幼い頃からノーと言えない、歯向かうことを許されない恐ろしさがあった。仕事でもそうやって陰のボスとして牛耳っているんだろう。もんもんも「この家のボスはママ。パパじゃない」と言っていたっけな。おっと、どんどん話が脱線していきそうなので元に戻そう。えー、私たちは関西在住だが、最近出張で名古屋へ行くことが多いらしい妹。バリバリ仕事をして卒なく難しい課題もこなし、周りから頼られ任されているだろう姿がありありと目に浮かぶ。そんな時に、大きな犬のぬいぐるみを小脇に抱えてニコニコしている観光客を幾度も目にしたそうな。よく見てみると、その袋には“ジブリパーク”の文字が。流行り物が大好きな妹は瞬時に自分もジブリパークへ行きたい!と鼻息荒くし、早速必死になってチケットを取ったとかなんとか。ということで、年末に、ジブリパーク(みなさんは知ってましたか?私は初めて聞きましたが)へ旅行に行くんだとさ。ジブリと言えば、ナウシカ、ラピュタ、トトロ、魔女の宅急便、うっすらと曖昧な記憶しか残っていないおもひでぽろぽろで疎い私は完全に止まっており、かれこれ25年ほど一つも観ていない。妹曰く、歴代の作品の中でも「ハウルの動く城」が断トツでめちゃくちゃおもしろいんだとか。旅行に備えて2回も観直して復習したと目を爛々と輝かせていたが、私はへぇ〜としか言いようがなかった。私と妹は好みが合わないからおそらく私はおもしろいとは思わないだろうが、まぁそこまで言うのなら後学の為に一度ぐらいは観ておこうかと、図書館でDVDを借りるつもりだ。因みにその妹の目を引いた犬は、「ハウルの動く城」に出てくる“ヒン”とかいう名前の犬らしかった。で、気になりこっそりとその犬のことを調べてみたのだが。えっ…絶句。想像とは遥かにかけ離れた老犬…。一体これのどこがかわいいのかしら…。まさかこれをお土産に買って帰って来るんじゃああるまいな…。というか、はは〜ん、この犬のぬいぐるみを買った人を多く見かけた=「ハウルの動く城」に出てくる犬が世間では大人気=ジブリの中で私の一番好きな映画は「ハウルの動く城」!=ジブリパークに行く!!という方程式が出来上がったのだなと瞬時に合点がいった。だって、これまでハウルのハの字すら妹の口から聞いたことはなかったのだもの。なんておめでたい性格だこと。羨ましいわ。
2025/12/12
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「抜け穴なんか見つかりっこないさ」「私たちは狭い料簡を持ってはならない」「僕は夜も昼も胸に問い続けたよ」「そいつにおしつぶされ眼が眩んじまってる…だが結局、僕には皆の眼が眩んでることはわかってる…」「そんなに巧い出だしなのに、そう早くやめちまっちゃだめだ。そら、もう一息」「私は勇士ではないが、腰抜けでもないんだ」「“愛というものはない。愛のあかししかないのだ”」「すべて落ちつくところへ落ちつくにちがいないさ!」
2025/12/11
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クリスマスの時期になるとあちこちで見かけるシュトーレン。大好きなスイーツの一つだが、20cm以上のサイズで売られているものが多く、大きくて食べきれないので毎年買うのを躊躇っていた。と、先日、ふらりとある行きつけのパン屋へ行くと、ウインナーのようなサイズの手の平に乗るほど小さなシュトーレンがずらっと並んでいた。その名も、シュトーレンバトン。なんとも今の時代を反映した素晴らしい商品ではないか。私はさっそく購入し、今年のクリスマスは、お気に入りの紅茶と共に一人ドイツ気分を味わおうと、ニヤニヤしながらその日を待ち侘びている。
2025/12/10
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コーヒー辞めて5年になった。更年期が終わったらまた飲みたいななんて思っていたが、たぶんもう飲むことはないかな…。今、更年期の症状で何をするのも面倒くさい、活力なんて湧いてこない、どんよりしていて気分が常に底辺を這っている、という状態にあり、神経もとんと鈍くなった。こんな時にもしコーヒーを飲んでいたらば、意図的に神経を昂らせることになってしまい、それこそ私は自律神経失調症にでも陥っていたことだろう。ヘルペスだってひっきりなしにできていたはずだ。こうなることを見越していたのか否か、5年前にすっぱりとコーヒーを辞めていたことで今この程度の不調で治まっているのだと思う。コーヒーにしてもスイーツにしても、事が知らぬ間に首尾よく運んでいる現実には万歳をしたくなる。いや〜でも本当に、今コーヒーを飲んでいる自分を想像するだけでも調子が悪くなるよ。あの時コーヒーを辞めるというとっさの決断を下しておいて良かった、この一言に尽きると思う。喫茶店で淹れてもらった最後の一杯が心の底からおいしかったから、この先もその想い出だけで私は満たされ続けます。
2025/12/09
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とは言え、妹には姉を家へ招くそりゃあ多少の目論見はあった。こちらで食事を用意するのだから、見返りがないなんてあり得ない。要するにクリスマスが近いから双子にクリスマスプレゼントを持ってこいという無言の圧力である。いつも贈り物は私の独断と偏見で選んでいるのだが、今年は妹からのリクエストがあり、今流行りのキャラクターのものにすることでまとまった。正直なところ私としてはあまり気が乗らなかったが、欲しくない物をもらうよりうれしいだろう、私だって双子の欲しい物がもらえて喜んでいる顔が見たい、ということで、ぐっと堪えて妥協。無事に二人ともご満悦でめでたしめでたし。妹は、そもそも私からのメールは自分自身への見返り(要するに金銭的利益)がないとわかったら返信すらして来ない。完全にシカトする。見返り(要するに金銭的利益)がある時はびっくりするほど返信が早いし、催促のメールまで来る始末で、いつだって勝手なもんである。言うまでもなくもんもんにもお金に関しては厳しく躾けていると思われ、二人は徒歩3分のところにあるイオンでいずれアルバイトをするんだと張り切っていた。さて、旦那はというと、この日仕事で、夕方に一旦帰宅してすぐに会食があるからと言ってそそくさと出て行った。根っからの付き合い好きなのである。ブラックフライデーというよくわからないイベントにもいち早く飛び付き(フライパンが欲しかった)、キャンプ用品も壁いっぱいに天井に届くほど積み上げてあり、その他にもとにかくあれこれ趣味が多く、人が好き、芸能人のおすすめとかテレビで紹介されたとか新商品とか流行り物が好き、あちこち出かけるのが好き、40歳を越えても家族4人の顔写真入りの年賀状を出したい、そういう自分が大好きでフットワークの軽い軽い人物なのである。てな具合で、旦那は貯金ができる性格とは言い難く、ということはつまりは妹が妹家の一切合財を取り仕切り、財布の紐をぎゅっと締めておかなければならず、妹がこれだけシビアになるのも無理はなかった。
2025/12/08
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膝の湿疹のことにしばらく触れていなかったらしいが、なんの進展もなく停滞しています。ステロイドを塗っているにも関わらず湿疹が出続けているという日々です。自分治療は10年を目処に終えるつもりにしているけど、膝は治らないな、きっと。
2025/12/07
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えー、45歳になり1ヶ月が過ぎたが、なんとな〜くまた老いが一歩進んだような気がしてならない。ありとあらゆる身体能力がすべて一段階トンと下がったか?といったところか。都会へ出ると体調を崩すようになり、耳鳴りとめまいが始まり、揚げ物が少し胃に重たくなってきた。若干老眼も感じて目に映る色彩の彩度が少し暗くなったし、歯の間に物が挟まるようになったし、皮膚の乾燥に加え、のどや目などの粘膜の乾燥もひどい。たるみ、シミ、シワなどももちろん出てきている。私はいわゆる美容というものにこれっぽっちも興味がないから(そもそもアトピーだから興味の持ちようがないし、コロナを機にメイクも辞めた)、容姿の若返りなどという阿呆らしいことにもまったく以て無関心。それよりも、身体の機能が衰えていくと生活に不便が生じてくることはやむを得ない当然なことで、老いを原因とする悩みが一つずつ積み重なってゆく現実をまざまざと見せ付けられていることが悲しい。去年の自分とはここも違うあそこも違う、と指折って数え上げて、そうなると歯止めがきかなくなってゆき精神的落ち込みに繋がり、私の場合は歩く速さがそれに比例して遅くなってしまう。するとどんどん引きこもりが加速して、終いには私はもう外へ出られなくなるんじゃないかという恐ろしい観念にまで囚われてゆくのであった。こういう考えに陥ること自体が、脳が老いるということなのか。最近ではそんな気さえしなくもない。となると、このブログの存在のありがたみがひしと感じられるようになる。雨の日も風の日も、一日たりとも休まず更新し続けるという習慣があってつくづく良かったと思う。否、言うまでもなく開設したのは私自身であり、続けるも辞めるも自分次第な訳だが、たとえ誰も読んでくれていなくとも一向に構わないのである。私は自分の為に書いている。ただその時の考えを淡々と記録として残すことに意味がある。情けない自分をも包み隠さず、病気と共に生き、そして病気を背負って老いてゆく私という人間を表現することに。
2025/12/06
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半身浴をし始めて9年と4ヶ月と半月。ようやく日傘を片付けた。結局3月から11月いっぱいまで差し続けた。またすぐに3月はやって来る!もうあまり外出したくない。耳鳴りが始まったし、めまいもするようになっている。というか、ごろんと横になっている時によくめまいがするのだが、これって一体どういうことだろう。天地がくるんと転がって一瞬わからくなる。次から次へと不調は出て来、更年期症状の収集がつかない日々が続いている。妹家へ遊びに行き一日中動き回って疲れたので、睡眠時間を増やして疲労回復に努める毎日。冬らしく寒くなってきた。
2025/12/05
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もんたは背がぐーんと伸びて、背丈はもうママとほとんど変わらない。今縄跳びに夢中で、ちょっと練習してくると言って玄関先で1時間半も跳び続けていた。三重跳びまでできるようになったから次は四重跳びを成功させたいんだって。すごいねぇ。研究にも熱心で、どうやったら目標を達成できるかコツを教えて欲しいとAIに尋ねていた。一方もんじは、妹家へお邪魔するなりすぐに「尚ー見てー」と言ってけん玉を披露してくれた。1分間ほどリズミカルに続けられて、てっぺんの穴にも入れていてなかなか上手だった。そして明らかに頭脳派。手先が器用だから折り紙やレゴのような工作が大の得意で、読書も好きだから知識ももんたよりも圧倒的に豊富である。ちょっとした雑学を知っているのももんじで、プププと笑わせてくれたりもする。この日文字通り一歩も外へ出ず、少しぐらいは体を動かした方がいいんじゃないかとは思ったが、黙々と自分の世界観に浸って楽しむ、それがもんじなのである。早いもので小学校卒業だ。中学校はすぐ近くの公立へと進む。部活はどうしようか、習い事はどうしようか、塾は行く?、スマホもそれぞれ持つ予定、など、また一つ世界が大きく広がりつつあるようだった。
2025/12/04
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以前行った時のお達しの理由は、もんもんが着られなくなった服をフリマアプリに出品してくれ、というものだった。大荷物を提げて、まぁまぁ有名な菓子まで買って、朝早くから満員電車に2時間揺られて、その癖私にはびた一文も出したくないという心情が見え見えで、そんなケチな妹の口からそう言われた時は、さすがに私も怒り心頭に発してしまった。もちろんそんな雰囲気は微塵も見せないけれど、ナメるのもいい加減にしろよと、そういう息子たちのことは夫婦でやり〜と言ってやんわりと嗜めた。さて、今回はというと、なんのことはない、もんたのクラスが学級閉鎖になり家から出られずストレスが溜まっているから、気晴らしをしてくれないかというものだった。あっそう。それならお安い御用ですわよ。もんもんに限らず子供相手をすることは昔から好きなので、もんもんとずっと遊んだ。もっと大きな“何か”を妹は企んでいると睨んで妹家へ向かったので、なんだか拍子抜けしたが、ま、こんな私でも日々忙しい妹のお役に立てたのなら幸いである。
2025/12/03
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毎年冬は手のあかぎれに悩まされている。同時にいくつも割れるから、本当に飛び上がるほど痛い。今年も早くも10月から予備軍と思しきシワができ始め、あゝまた来たかと嘆いていた。と、顔の乾燥には私はワセリンが一番効くらしい。毎日たっぷり塗り続けているのだが、かなり楽になってきた。ということで、手にもハンドクリームのようにワセリンをせっせと塗っていたら、これがまた良い!あかぎれ予備軍もなくなり、今のところまだ一つも割れていないので、今年はなんとかワセリンで乗り切れそうだと思うと、とてもうれしくなった。
2025/12/02
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一方で、頭の中が妙にスッキリしたことに関しては小躍りしている。私はこざっぱりと生きていくことが望みだ。大荷物を背負っていては歩けないと思っている。断捨離をしてあまり物がない部屋で過ごすことがこの上なく居心地が良いし、外出する際に着る服もいつも同じと決めている。かれこれ15年以上、襟とボタン付きの至ってシンプルな白シャツが定番である。あれこれたくさん服を持っていると何を着ようかと考えることに疲弊する。これを着るんだというルールにしておけば、よく女性が口にする“着る服がない”などとぼやくこともない。で、スイーツの話に戻るが、スイーツを辞めてから、あれも食べたいこれも食べたいと頭の中がスイーツでいっぱいになることがなくなった。決して流行りを追う性格ではないので、新商品を必死になって食べ漁るとかそういうことではないけれど、食べてみたいと思うスイーツはいろいろとあった。まぁ趣味だったので、それが楽しかったのである。とは言え、若干疲れが見えていたことは否定できなかった。食べたいと思うスイーツは次から次へと限りなく出て来て収拾がつかない訳で、そこに決してゴールというものはなかった。そんな少し消耗してきている自分がいることを私は知っていた。頭の片隅では、スイーツのことを考える時間がもう少し減ったらば楽になれるのにと思いもした。で、実際時の流れに身を任せていたらスイーツを辞めることと相成り、この、あまりスイーツのことを考えなくなって余裕ができた我が脳味噌が、とても爽快なのであった。私は、現実に存在する物だけでなく頭の中もこざっぱりしていたいらしい。それに気付いたのである。詰まるところ、物事にはすべて良い面もあれば悪い面もあるということであった。わかってはいつつも、どうしてもちょっとだけ愚痴りたい。
2025/12/01
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