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ところで、えー、あー、今更のカミングアウトだが、私は芸大出身である。音大ではない。このブログを読んでくださっている方々ならおそらく薄々勘付いていたかと思うが、お気付きの通り芸大を卒業しています。芸大時代はそれはそれは楽しかった。みんながみんな、自分のやりたいことに目一杯全精力をかけて貫き通していた。私たち音楽系の学部生は、ジャンジャン音を鳴らして楽器の練習をする。その横で舞台系学部生は発生練習やらダンスやらをして体で自己表現している、その横では建築系学部生は設計図を引っ張り、美術デザイン系学部生はイーゼルを立てて絵を描いたり得体の知れない物体を作ったり、写真系や映像系学部生はそこらで撮影をしている。何が良かったかって、年に2度ある試験はすべて公開の下行われたこと。例えば、私の弾くピアノを写真学部生が聴きに来てもOKだし、私がダンスを見に行ってもOK。そうやって学内全体で高め合う学風だったことで皆刺激され合っていた。身なりも自由そのもので、私たち音楽系は毎日が演奏会のようなものだったから、かかとまであるような長いドレスを引きずって学内をウロウロ、そのままの格好で食堂でご飯を食べるのも平気、美術系は絵の具でペイントされたカラフルなツナギ、ダンス系は金髪にドレッドヘアやアフロヘアやピアスなどの派手な格好で踊り狂う、写真や映像系はカメラなどの機材の荷物が多いからカスタマイズしたバッグを見れば一目でそれとわかる、唯一建築系だけは一般の大学に近い地味な印象だったが、とにかく学内はまるで動物園のようだった。<見ておくれ、ボクらの体は唯一無二なんだぜ。色鮮やかで美しくてかっこいいだろう>と誇らしげに自慢するかのように。これが日常だった。これが私たちの普通だった。ここに4年間身を置いた。学部は違えど目指すものは皆一緒だったから、誰も何も他を気にしない。私にとっては個性迸る楽園であり、実に居心地の良い居場所であった。
2025/10/31
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私は根っからの変わり者で個性という二文字で仕上がっているような人間だが、そんな私と波長が合うパートナーも又、個性という二文字で仕上がっている人間だ。高校は不登校になったから退学したと言うと、パートナーはそんな私のことを“かっこいい”と言った。ほらね。こんな風に言う人間は私の周りには一人としていなかった。これからどうするの?何を考えてるんだかさっぱり理解できないというような怪訝な顔をして、当時みーんなが口を揃えて言ったのはこのセリフ。反吐が出たぜ。断っておくが、個性とは最上級の褒め言葉だと捉えてもらいたい。悪しからず。
2025/10/30
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以前の私は、甘いものを食べることが習慣化してしまっていた。それは10代の頃から始まり、44歳まで続いた。だけど、この半年間でちゃんと頭で考えて食べることを学習し、今は計画的に食べるという日々に落ち着いた。甘いものを食べる目安を儲けつつ、でもあまり神経質にならない程度に体が欲したら少し食べ、帳尻が合っていればそれでよしとする。もちろん食べたくなければ食べない。上手い具合に調整する仕方もわかってきた。そもそも甘いものを欲していなかったにも関わらず、なんで私はあんなにも毎日パクパクと食べていたのだろうかと、不思議に思うほど習慣となっていたことに対して疑問を持ったことが、まず一つ前進だったと思う。このふとした気付きが思考の変化をもたらしてくれたような気がしている。間もなく45歳。いやはや、ちょっとだけ大人になった私であった。
2025/10/29
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「心の病がこの世で最悪の病だと悟り、だからそれと戦うのを自分の天職にしようと選んだ」「この二日ばかり、何もかもがたがたですわ」「人間の頭というものは、つまらないことがきっかけで、大きなことがわかってくるものですよ」「ぼくは自分の目で直接観察することに大きな望みをかけているのだ」「裏通りなら自分のしゃべる声がきこえるだろうし、文明の発達ぶりを忘れることもできるだろう」「このさき文明が進むと、石器時代を人類が安穏に暮らせた黄金時代としてなつかしむ時代が、かならずくるだろう」「人間なんてものは、好むと好まざるにかかわらず所詮人間なのである」
2025/10/28
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天高く馬肥ゆる秋。
2025/10/27
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「外見では物は判らないぜ」「一つの改竄はその穴を埋めるために次の操作を必要とするので、随分努力したものの、ますます深みはまり込んで行くのであった」「許さないと心の平穏は訪れません」「私のすることをあなたに説明する義理はないわ。もうないはずよ」「世の中には、なんという理由もなしに、することなすことうまくゆかないという日がよくあるものだ。最初は、朝食のために揚げていた卵がくずれるというような、些細なことから始まるかもしれない」「彼女の運命を司(つかさど)るのが皮肉の神々だとしたら、その神々は腹をかかえて笑い死にしてしまうだろう」「海は怖ろしく冷たそうに見えた」
2025/10/26
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先日ある寺へ行った帰りにすぐ側の神社にも立ち寄ったのだが、鳥居をくぐると顎を上げて見上げるほど長い石段がまっすぐ伸びていたので、これは止した方が良さそうだと、参拝を諦めて引き返した。足が元気だったら平気で登れるのに。例えば美術館をはしごするとか、寺や神社をあちこち一日かけて巡るとか、そういうことが私にはできない。身体も足もすぐにへとへとに疲れてしまうので、一つ行ったら帰る、また後日一つ行ってまた。そうやって少しずつゆっくりとこなすしか術がない。劇の第一幕と第二幕の幕間の休憩のように、以前はそこに喫茶店が存在していたが、えーいろいろ諸事情から喫茶店に通う習慣もなくなり、身体の調子は格段に良くなったとは言え、それに反して楽しみは急激に先細りした。それはそれで寂しいことは合点承知の上。果たしてどちらを取るのが賢明か。身体か趣味か。もはや自分でもわからない。それは年齢にもよると思う。30歳の若い私なら?老いがじわりじわりと忍び寄る、来月45歳を迎える私なら?
2025/10/25
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私にとっては、閉経は良いこと尽くしだと思われる。月経とPMSがないということは、つまりは歩けるし、顔面痙攣やヘルペスもない。そしてアトピーが膿まない。加えて更年期の症状でなぜか汗が出なくなったので、数年後にはありとあらゆる悩みが解消されると見込まれ、まるで天国のようじゃないか!ただ、肌の乾燥は進むかもしれない。閉経してグッと老け込むと、肌も急激に干からび始めると思われるので、アトピーがどうなるかが唯一心配だ。膝の湿疹は論外なので別にして、本来の0歳から患っているアトピーのことだが、老化によって自分の体の弱いところがより一層弱るだろうと覚悟している。うーん、結局私の悩みは“肌”というところに行き着くんだよなぁ。
2025/10/24
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26歳で発病して以来、下半身がしびれたままである。おへそは辛うじてしびれていないのだが、おへその1、2cm下をウエストにしてタイツを履いたかのように私の体は上下真っ二つで感覚が違う。しびれていない上半身、しびれている下半身。で、何が言いたいかって、えー、わざわざ言うまでもないが、要するにいわゆるデリケートゾーンもビリビリしびれているのである。1秒たりとも止まったことはなく、26歳からずっと。当初月経がどれだけ気持ち悪かったことか。もうこの世のものとは思えないほど月経中の私のデリケートゾーンは異様な感覚だった。ただ無になってじっとじっと耐え続ける月経期間。この頃だ、少しでも負担が少なく楽に感じる布ナプキンに変えたのは。まぁ、毎月のことなので、しばらくしたら慣れたけど、本当に月経が訪れることが億劫で仕方なかったのである。いつしか年月は流れ、次第に私のしびれ度合いも小さくなっていき、閉経間近という地点に今立っている。ようやくこのしびれと月経から解放されると思うと、言いようもないほどうれしい。涙が出るほどうれしい。体のみならず、私の場合は精神の解放の時が間もなくやって来る!
2025/10/23
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久しぶりに寺へ行ってきた。枯山水の庭園や仏像をじっくりと鑑賞して心身リフレッシュ。英気を養う。都会の喧騒とは無縁な寺の静けさは、この上ないご褒美だと思うな。紅葉には少し早かったけど、とても美しい庭園でした。
2025/10/22
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びっくりするほど寒くなった。まずはレギンスを引っ張り出して何枚もたくさん履いて、数年間から妙に腰が冷えるようになったから腹巻きも。大きな布団も出した。あゝ極楽極楽と言いたくなるほど温かい。本当に突然で困る。ついこの間まで除湿を付けていたのに、いろいろと素通りしていますね。
2025/10/21
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半身浴をし始めて9年と3ヶ月。つい先週まで除湿を入れていた。エアコンを使用する期間のなんと長いことよ。ファッションは先取りとか言うけれど、今年はよっぽどオシャレな人しか先取っていない。街をゆくみなさんはまだまだ夏の装いね。だが、ほんの一歩季節が進んだだけで私の肌の乾燥は五歩進む。夏とは肌質がコロっと変わった。
2025/10/20
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なんと言いますか、歳を取ると何もかもが面倒になってきて、後手に回っていくことが増えてゆくと思う。例えば美術館の会期が2ヶ月間だったとすると、若かった頃は遅くとも会期半ば頃までには、なるべく早くに行くようにしていた。なぜって、最終日が近付けば近付くほど混むので、ゆったり自分のペースで観られる時に行っておきたいから。が、歳を取ると、だんだんと、まだいっか、あと1ヶ月もあるしそんな急いで行かなくても、後2週間あるし大丈夫、と、こんな具合にちょっとした理由を捻り出すようになり、重たい尻が上がらず言い訳ばかりが募ってく。そうやってもぞもぞしている内にいつしか会期が終わり、あゝ行きたかったのに行けなかったとなる。以前の私はこういうことはまずなかった。趣味だから颯爽と出かけていたのに、最近では趣味云々よりも心身の不調の方が勝ってしまうことが多く、ついにはチケットを事前に購入しておくことを止めにした。あーあ。歳なんだから仕方ないと嘆きつつ、これからはこれがますます加速していくんだろうなと思うと、無性に悲しい。
2025/10/19
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背筋を伸ばして歩くようにしている。その方が足に負担がかからず楽に歩ける。一応声楽も必須だったのでレッスンを受けていたが、つむじを糸で真上に引っ張られるようにイメージして立ちなさいと教わった。今になってこの教えが生きているらしい。
2025/10/18
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私は直感を頼りにこれまで生きてきたが、あまりに暑い日だと直感通りには行かなくなる。朝起きてあの美術館へ行こうと思っても、さすがにこれだけ暑いと家から出られない。当然自分の直感に反した行動をせざるを得なくなる訳である。「直感を蹴る」これって私のような人間にとっては結構苦しいことなのだよ。
2025/10/17
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これは今に始まったことではなく、ずっと若い頃からなのだが、私には自分よりも遥かに歳上の方との方が話が合うという嫌いがある。ずっと行きたいと思っていた神社があり、先日ようやく朝晩少し涼しくなったので行ってきた。通常非公開のお堂の中を宮司さん自ら案内してくれるとかで、まぁそれぞれが自由気儘に見て回られては困るからという意図があると察したが、とにかく無理くり話を聞かなくてはならなかった。自由を奪われること。私がこの世で一番苦手とすることである。そしてこの宮司さん、野蛮でありがたみの欠片もなく、まるで俗な漫談を聞いているようであり、そのほとんどが無駄口であった。で、私の他に15人ほど参拝者がいらして、たまたま隣にいたおばあちゃんと妙に波長が合ったのである。皆お愛想程度に笑ったり相槌は打っていたのだが、ふとした瞬間に隣にちょこんと佇むおばあちゃんと目を見合わせては、私たちおそらく心の中では同じことを考えているわね、という意味ありげな無言の皮肉を交わし合っていた。私は以前からそうだった。発病前に働いていた時も、同年代や歳下なんかよりも親ほど歳の離れた上司との方が断然居心地が良い。話も弾む。今となってはそういう性根が不登校になった一因だったと思わなくもないが、でもさ、だって、歳上の方と話す方が酸いも甘いも噛み分けていて懐も深いし、勉強になるのだもの。
2025/10/16
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とても規則正しい生活をしている。毎日寝る時間も起きる時間も食事を摂る時間も一年365日ほぼ決まっていて、何の変化もない漫然とした日々をただ淡々と生きている。目覚まし時計をかけることはなく(というのも、何時にセットしたとしてもその少し前には必ず目が覚めるので)、自然と毎日起きているのだが、寝坊するなんてことは滅多にない。それなのに、先日珍しく1時間も寝過ごしてしまった。もう目を開けていられないほどの睡魔が襲って来、私は毎年この夏が終わり秋が始まる頃が異様に眠たいのである。が、このたったの1時間の睡眠がまぁ気持ちよくて、その日一日はなんだか身体が軽かった。もしや私は毎日の睡眠を1時間増やした方がいいのでは?図らずも、なんだか今の生活を顧みるきっかけとなった。
2025/10/15
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半年も経つといろいろと見えてくるものがある。伊達に半年過ごした訳じゃない。今ひしと感じることは、砂糖の摂取量が大幅に減ったことはもちろんだが、それと同じくらいクリームなどに入っている油分が減ったこと。否、もしかすると砂糖以上かもしれない。洋菓子や和菓子に含まれるこの余分に摂っていた油分は、相当な分量だったと思う。私はクリームが大好きだった。ホイップクリームなぞは本当においしかった。口いっぱいに頬張っている時は心の底から幸せだった。でも、その代償は大きかったように感じる。これは、半年スイーツを辞めてみて初めてわかったことである。
2025/10/14
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コーヒーを辞める時。スイーツを辞める時。私にとっては遥かにスイーツを辞める時の方が苦しかった。今回は膝に便乗して楽にすんなりと成功したものの、これまで何度も失敗を繰り返してきたのだった。高校受験の時に、あまりのストレスで毎日夕食後にキッ◯カッ◯のお得用の大袋をすべてまるまる一人で食べ切るという日々を送り(そうやって必死になって勉強してどうにかこうにか志望校に入った癖に、不登校の末退学するという予想だにしない結末を迎え何をしてたんだか)、44歳までずっとスイーツと共に生きてきた。だって甘いものっておいしいんだもん。幸せな気持ちになれるんだもん。私は砂糖の害なぞ考えたことすらなかった。が、次第にスイーツというよりもその砂糖、“白い甘い粉”の蓄積は夥しい量だなと感じるようになってくる。辞めよう、食べたい、辞めなきゃ、でもストレスがひどく辞められない、意志が弱い、不甲斐ない、数少ない楽しみがなくなっちゃう、なんだかいろいろな感情がぐるぐる巡り、あゝ中毒ってこういうことなんだと痛感した。コーヒーを辞めた時は苦もなく事は運んだ。お気に入りだった喫茶店で今淹れてもらったばかりのコーヒーカップを目の前に、すっぱりとこの一杯限りで辞めると誓って以降本当に一滴も飲んでいない。12月で5年になる。それに比べ、スイーツの手こずったことと言ったら。一体何年かかったのだろうか。が、結果良ければすべて良し。膝はさておき、兎にも角にも私は目標達成できたのだ!
2025/10/13
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歯科の定期検診だけは欠かさず行っている。発病以降医者には頼らない暮らしをするようになったが、歯だけは自分ではどうすることもできないので割り切っているという感覚だ。糸ようじや歯間ブラシなどで手入れする日課は怠らず、これからも歯科だけは通い続けようと思う。と、この間も行ってきた。検査のチェックリストの一つに歯茎の状態を見るという項目があるのだが、なんと、歯茎が以前よりも良くなっていると褒めていただいた。はて?老化は進んでいるのになぜだろうと首を傾げたが、それはおそらく砂糖の摂取量が大幅に減ったから。明らかに口の中の粘着きがなくなってスッキリしたと思っていたので、間違いないだろう。スイーツを辞めた成果がはっきりと目に見える形で表に現れたのは実に初めてのことであった。報いのようなものを感じられてとってもうれしくなった。
2025/10/12
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膝。膝。いたちごっこの膝。自分がまたがんばってみようかなと思えたら、そして覚悟して踏ん切りが付いたら、ステロイドを塗るのを辞めて湿疹と向き合います。布団をこっぽり被って寝られるぐらい涼しくなるまでは頭が回らず何も考えられないからいつになるかわからないけれど、時が来たら。やっぱり私は膝の完治を目指したい。そして自分治療日記を声高らかに成功したと言って終えたいと思います。
2025/10/11
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ノーベル文学賞が発表されましたね!私はずっとずっと古い小説を読んでいるので、最新のものはまったくと言っていいほど興味がない。私の考える自分が読みうる最新の小説は1990年代のものなので、引っかかりもしない。が、珍しく今回ばかりは好奇心から読んでみたいと思った。たったの一文が数ページに渡ったりするほど独特な文体らしいし、その内容にも妙にそそられた。一体どんな小説なんだろう?さっそく図書館でこの作家の所蔵を調べてみたが、一冊もなかった。なるほど、ますます興味が湧く。今年はノーベル生物学・医学賞も私たち病気を患う患者にとっては希望が見えたはずだし、今年は少しうれしい気持ちになったノーベル賞の発表だった。
2025/10/10
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コーヒーを飲むことが趣味だったから、以前はコーヒー代は必要出費という勘定だった。喫茶店でマスターにドリップしてもらい、クッといただくブラックコーヒーはもう格別であった。が、コーヒーを辞めてから明らかに飲み物に対する価値観が変化した。私がコーヒーを辞めたのはちょうどコロナで家にいなければならなかった頃。早いもので12月で5年を迎えるが、今やコーヒーの価格は目が飛び出んばかりに値上がりしており、心底良い時に辞めたなという感想である。そもそも私は幼い頃から飲み物にあまり興味がなく、今はお茶か水か紅茶しか摂っていない。家では母が毎日やかんで沸かしてくれるお茶。それか熱々の白湯。外出する時は水筒に水道水を入れて持っていく。日本は安全な水が出てくるのだから、水道水で何の問題もないと思っている。カフェへ入った時だけ紅茶を注文する。ペットボトルに関しては、もっぱら緊急時に飲むものだという解釈なので、普段は一切飲まない。私は昭和の古い人間だ。あんな飲み物を飲みたいとも思わないし、まずいし、体に悪いし、ゴミばっかり増えるし、なんでこんなものをみんな当たり前のように毎日毎日何本もひょいと買うんだろうと不思議だし、こんなに無駄でこんなに価格に見合っていない商品はないのに、と極めて後ろ向きである。そして、時の流れに乗ったらばついにスイーツまで辞めることと相成り、最近ではカフェへ入ることすらほとんどないので、外出先で飲み物を飲むということが非常に減っている。そこで考えがまた先へ一歩進み、液体にお金を払うなら固形物にお金を払いたいと思うようになってきた。カフェへ行くと、紙コップにティーバッグをポンと入れ、お湯をジャーッと注いで、それだけで数百円も支払わされる。これじゃあどう考えてもお金をドブに捨てているようなものじゃないか。…。と、いろいろと、どんどんケチ臭く考えが変化してきて、詰まるところ、私はよっぽどコーヒーが好きだったんだという結論に達した。心から愛していた。もう身体はコーヒーを受け付けなくなってしまったし、飲まない方が具合が良いので再び趣味へと返り咲くことはおそらくないけれど、やっぱり私にとってコーヒーは一段抜きん出た飲み物だったのだと思う。そして今以上に外出先での飲み物はよく吟味しよう、飲み物代こそ節約すべきだと、このご時世を凌ぐ術にじっと頭に巡らせるのであった…。
2025/10/09
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以前は外出先でランチに菓子パンやスコーンやパンケーキを食べるなんてことはしょっちゅうだった。私の一食として十分成り立っていた。おいしかったし、満たされたランチだった。それが、今ではもうできない。辛うじてパン屋でランチを摂るなら惣菜パン。これならOK。パンケーキなんぞ、どう考えても食事にはならないわ。最近ではちゃんと食事メニューとしてのランチをいただくようになっている。これこそが生活の一番の大きな変化かもしれない。
2025/10/08
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半年前にこの作戦を始めた時はどうしても膝の湿疹を治したかった。あまりに辛いので、べったりと黄色い汁のシミが付いたレギンスをじっと見つめては呟いたのだった。「きっとスイーツを辞めたら膝も治るはず」何せ過去に背中が治ったという経験をしたものだから、私はそう信じ込んでいたのである。そして、あわよくば、膝が治った後もスイーツを食べない日々が続いていたら、つまりスイーツも膝に便乗して辞められていたら儲けもんだなという程度の軽い考えだったのだが、なぜだかまったく期待していなかった方のスイーツが先に成功と相成ってしまった。もちろんうれしいが、予測していなかった結末に呆気に取られ、自分でも驚くばかりである。いやはや人生何が功を奏すかわからないよ。
2025/10/07
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ようやく夏が去り、カレーライフ復活第一弾はサンマルコへ。もちろん初体験です。スイーツを辞めて無事に半年を迎えられた自分へのご褒美として食べに行ってきました。ずっとずっと食べてみたいと思っていたが、どう考えても行けなかった。目の前にドンと大きな壁が立ちはだかっていて、一歩も近寄れないような、そこは私にとっては遠くから眺めているだけの場所だった。が、更年期症状でなぜか汗が出なくなってから何度かカレーライスやらカレーうどんやらを食べに行っても大丈夫だったので、きっとサンマルコも食べられるだろうと感じていた。私はエビフライが大好きだ。私のハートになった目はまっすぐにエビフライカレーへと注がれていたのだが、メニュー表には“スパイシー”と書かれている。おっと、さすがにこれは汗が出るかもしれない。一瞬たじろいだものの、今回は自分へのご褒美なので、今食べたいものを今食べようと決めていた。恐る恐るながら思い切って注文してみる。おゝ、なんておいしいでしょう!弱っている体が俄然元気になる。エビフライもプリプリね。やっぱりメニューに書かれているようにスパイシーだったのでじんわりと汗が出てきたが、これは至って普通の汗。毛穴という毛穴から噴き出す滝のような汗はまったく出なかった。もしかすると、これまでの私は、汗が出るから辛いものを嫌厭していただけなのかもしれない。辛いものそのものはそれほど苦手ではないように感じるようになってきた。今やスパイシーとメニュー表に書かれているようなものまで食べられるのだもの。汗が私からすべてを奪い去っていた。食の好みまでをも。汗が出ないって本当に素晴らしい。私には手の届かない羨ましさばかりが募っていたカレー専門店。これまで諦めていたことが一つ一つできるようになってきて、生活を豊かにしてくれている。ご褒美カレーは大満足だった。お疲れ様、私。また明日からがんばれそうです。エビフライ3兄弟。どれから食べる?
2025/10/06
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半身浴をし始めて9年と2ヶ月と半月。高校生の時に2年間引きこもり、発病後にも自宅療養をしていたが、今年の夏はそれに次ぐ3番目に引きこもった夏だった。ただただ自分の部屋にじーっと座り続けた夏だった。あまりに運動不足なものだから、その場でジャンプしてみたりラジオ体操をしてみたりしてたけど、なんだか体力が落ちて想像以上にぐっと老け込んだ。少しだけ秋らしくなってきたが、まだ秋とは言い難い。早くスーッと涼しい風が吹いてくれたらいいのに。私の部屋は西側にあり、30度近い日はさすがに暑いので、昼間の数時間だけ除湿を入れてなんとか凌いでいる。長引く暑さのせいか、体調が芳しくない。先日頭が割れるようにガンガンして吐き気も催してきたので、ずっと横になっていた。去年も10月に急に食べられなくなった。私は10月が鬼門なのかもしれない。気を付けなくちゃ。
2025/10/05
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今年も大好きな彼岸花を見ることができました。やっぱり好きだなぁ。
2025/10/04
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美術館へ行くと傘は傘立てに預けなければならない。昔は銭湯のような番号付きの鍵をカチャンと閉めるものが多かったが、昨今の主流は3ケタの暗証番号を自分で設定するというタイプのものだ。鍵を失くしたとかいうトラブルが防げて良さそうである。さて、先日美術館へ行った時も3ケタの暗証番号で開け閉めする傘立てだった。3つダイヤルを回して鍵をかけて美術館へ入ろうとすると、隣に大学生風の可愛らしい女の子がいた。若いっていいね。そんな懐かしさを振り返るも束の間、なんとその女の子、当たり前のようにたった今自分が設定した3ケタの数字をスマホの写真に収めている。私は唖然とした。3ケタの数字さえ覚えていられないのだろうか。たかが作品を鑑賞して出てくるだけじゃないか。このままじゃあ人間どんどんダメになる。
2025/10/03
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えー、半年経過。何度も挫折を繰り返した割には、今回に限ってはいとも簡単にスイーツを辞められたが、詰まるところ、私はこの作戦には失敗した。今現在こうして膝にステロイドを塗っている訳なのだから、明らかに私の敗北だ。とにかく膝の湿疹を治したかった。スイーツを辞めたら膝の湿疹が治ると思っていた。信じて疑わなかった。だって背中が完治したんだもの。が、とんだ勘違いだった。否、それどころの話ではなく、今はステロイドが手放せないという有り様に陥っている。負けたんだ、私は。心底途方に暮れているが、思いがけずスイーツを辞められたことは、それに関してだけは成功した。10代の頃から砂糖中毒だったから、これは大きな大きな間違いなくここ数年においての最大の収穫だと思う。全部を一気に得るなんて欲張りをすることは止そう。一つ一つゆっくり積み重ねていこう。焦らず腐らず。閉経後を見据えてスイーツを辞められた自分をまずは褒めてあげて、また時が来たら膝と向き合う、それでいいじゃないか。
2025/10/02
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スイーツを辞めて無事に半年が過ぎ、この経験は私にとっては揺るぎない自信となった。嗜好品とは辞めることが難しいものであり(だから嗜好品と言うのだけど)、それでも45歳間近にしてようやく成功できたのだから、これで私は大丈夫、今後また嗜好品に溺れるようなことがあったとしてもちゃんと自分をコントロールできる、そう確信できた。余談だが、私の安室ちゃん以来の“推し活”である世界陸上がちょうど開催されている時に半年達成となり、なんだか祝福してもらえたような気がした。自分と重ね合わせ、膝には今もステロイドを塗り続けているけれどやっぱり完治を目指そう、諦めることは辞めよう、と気持ち新たに前を向くことができた。来年で自分治療を始めて10年になる。こんなにもコツコツと地道に取り組んできたのだから、最後までやり遂げないともったいないじゃないか。たとえ膝は完治しなくとも、自分が納得のいく形で自分治療を締めくくりたい。トンと私の背中を押して勇気づけてくれたそんな世界陸上だった。
2025/10/01
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