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1~8までの闘病記で糖尿病からの肉体的衰えと精神的不安を書いてきましたが今回は私の精神的な苦悩ですので、このテーマで書かせてもらいます。誰にでも少しは日常生活の中で、げんを担ぐという行為はあると思います。「次の信号が変わるまでに行ければいい事があるかも…」「右足から靴を履けば良い日だったのに、今日は左足から履いてしまった…」「昨日勝った時と同じ物を夕食に食べたから、今夜のプロ野球は勝てるかも…」この程度のジンクスや、げんを担ぐという行為は時々耳にします。ゲームの勝敗・その日の運勢など、この程度の軽いものなら問題ないのですが私の場合その何十倍もキツイのです・・・。前回にも書かせてもらったように祖父への償いのお祈りから、亡くなった人を極度に恐れるようになりました。故人が生きている私達を病気にしたり事故に遭わせたりという未知の力があるという事を信じ、恐れるようになっていました。事故や事件で亡くなった人や病気で亡くなった人・・・。毎日のようにTVや新聞などから、不幸なニュースが入ってくるのが私には恐怖でした。 亡くなった人を恐れる日々、私の心の中に存在していた『悪の心』が暴挙を起こしました。事もあろうに悪の心が亡くなった人を愚弄するのです・・・。そして、挑発するかのような酷い事を思ってしまうのです・・・。どんな事を思って愚弄してしまうのかは、まだこの場では書くことができません。今はまだ誰にも打ち明ける勇気がありません・・・。もちろん家族にも母親にも言えません。とにかく亡くなられた人が、現世の人間の生命を絶つ事ができるパワーを持ち酷い事を思っている人間がいると知ったなら、即使われるような酷い事です・・・。その上、悪の心は『最悪の事態』を引き合いに出してしまうのです。私の体の病気や生死まで賭けてしまうのです・・・。「何時までに今している作業を終えなければ癌になる」「この床のタイルの切れ目を踏み越える時に思った病気になる」「ネットゲームや応援しているチームが負けたら心臓が悪くなる」その時の体の不調で、考えられる最悪の病気や癌を引き合いに賭けてしまうのです・・・。愚弄して、病気を引き合いに挑発・・・。現世の私は、どうすれば未知のパワーを防ぐ事が出来るのでしょうか・・・。私は毎回、亡くなった人に悪の心が思ってしまった酷い事の許しを請うていました。許しのお祈りは、すぐに神様へのお祈りに変わりました。神様だけが私の悪の心の存在を知り、そして私の罪を許してくれる方だと思ったからです。毎日何回も酷い事を思ってしまうと、神様への許しを請うお祈りをします。「お許しください…」「病気にしないでください…」「お守りください…」心の中や時には外出時にも口に出して言っています。悪の心はお祈りの中にも侵入してきました・・・。お祈りの最中にも病気や癌の名前を思い浮かべてしまうとまた最初からお祈りのやり直しをするようになりました。縛られる行動も、偶にしかしない作業・新しい物を手にする時・物を買う時、お墓や事故現場の前を通った時だけでは留まらなくなっていきました。何気ない日常生活にまで影響してきました・・・。家や部屋のドアを出入りする時・靴を履く時・着替えをしようと最初に衣類に触れた時。食事前後の「いただきます」「ごちそうさまでした」と言う時。目覚まし時計を止める時・パソコンの電源ONやOFF・ソフトを起動する時。TVやエアコンのリモコンを取る時・CHや温度設定のボタンを押す時。気が弱っている日は、すべての行動・すべての物に触れる瞬間です・・・。もちろんこの楽天のブログをクリックする時にも何回もやり直しています。自分の中では17年も苦しみ続けている、この強迫観念のようなやり直し行動を『自迫感』と呼んでいます。(現実にはそんな言葉は存在していません)何をするのにも、悪の心が怖いもの見たさのように暴挙を起こします。私の心は自迫感で支配され、やり直し行動とお祈りの繰り返しの日々なのです。正直、毎日苦しいのです・・・。今回、初めて私の心の中の苦しみをこの場を借りて書かせてもらいました。苦悩の日々を文章にしてブログに残し、何方かに読んで貰う事で閉ざされた鉛のような重い心が、少しでも軽減されるのではないかと思ったからでした。読まれた方には、重苦しい気分にさせてしまい申し訳ありませんでした。~続~
2007/08/31
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糖尿病の合併症で『糖尿病性神経障害』というものがあるそうです。末梢神経のうちの、知覚神経・自律神経に障害が起こるそうです。今回から私が精神的に苦しむようになった過程を書いていこうと思います。私の場合、既に不登校になり引きこもり生活で糖尿病を引き起こしてしまった訳ですから糖尿病が原因かは解りませんが、少なからず何らかの影響があったと思います。生活習慣病も恐れない暴飲暴食に、月1回入浴の不潔な生活から日々不安で堪らない、不潔恐怖症のような生活に激変しました。「自分は何か重い病気ではないのか…?」 毎日『病気の不安と死の恐怖』が襲ってきました。先日も書かせてもらいましたが、この病気の不安と死へ恐怖は現在も続いています。特に癌にたいする不安は強く、この17年間怯えながら暮らしてきました。退院後の肉体的な症状では、2年ほど37℃前後の微熱が続いていました。体温は高くても37.4℃でしたが、頭と目や鼻の首から上の熱っぽさはまるで39℃以上発熱しているような感覚でした。当時の主治医にも症状を相談しましたが「40℃ぐらいの熱っぽさ…?」「気分だけでしょう?」あまりにも過剰な訴えに、主治医は笑っていました。「う~ん、脂肪が燃えているからかな…」「動かないから食べたカロリーが消費されないからでしょう…」「血液検査をしても、どこにも炎症はないみたいですよ」「気分的な問題じゃないですか?」現実に発熱も炎症もない、ただ熱っぽいと言うだけの自己申告では医師は何の対応も出来ないようでした。 結局、何の熱っぽさだったのか解決できませんでした。微熱が続く中、毎年春と秋には現実に高熱が出るインフルエンザや風邪にも感染しました。入浴後に頭髪の乾きが不十分だと風邪。掛け布団が下がったまま気付かず寝て肩を冷せば風邪。お腹に布団が掛かっていないと下痢や腹痛。もともと子供の頃から弱い体質でしたが、大人になっても強くなれませんでした。不潔恐怖症のような状態にもなっていました。手の皮が剥けるまで、濃い手洗い用の消毒液で何度も手を洗っていました。1日何回もイソジンでウガイもしていました。抵抗力も無くなり自分の健康へ対する自信が無くなっていました。「自分は不運なので、何万人に一人の難病になるんじゃないか…」事実、生まれてからそういう事ばかりでしたので余計に不安が募りました。現在は、手の皮が剥けるほどではなくなりましたが頻繁に手を洗っています。帰宅後はもちろん、食事前や入浴後と寝る前にもウガイをしています。部屋の中では除菌のウェットティシュで身の回りの物を拭きトイレの前後には除菌の便座クリーナーで必ず拭いて座っています。そしてこの時期、私の精神状態に追い討ちを掛けるような出来事が起こりました。生まれてからずっと一緒に暮らしてきた祖父が亡くなりました。私が17歳の時でした。不登校になり家族に暴言を吐き、祖父を悲しませる事ばかりしてきました。祖父は朦朧とした意識の中、家族の不仲と将来を心配しながら亡くなっていきました・・・。その頃の私は、まだ反抗期でした。糖尿病になる前の14、5歳の酷い荒れ方は治まっていましたが 自分の体の不調と精神的な不安からか、家族に対し冷たく接していました。 祖父が入院してからも数ヶ月は会いに行きませんでした。はじめて祖父のお見舞いに行ったのは「お爺ちゃんは、もう助からない」と母から知らされた後でした。私は取り返しのつかない日々を過ごしてしまいました・・・。祖父の死期を知らされた日を境に反抗期は治まっていきました。祖父は入院してから半年後に亡くなりました。そしてその日から、私の祖父への償いの日々が始まりました。毎晩寝る前に、亡くなった祖父に今日一日の失敗や家族に対する自分勝手な発言の許しを請うようになりました。始めは5分ほどだった祖父へのお祈りの時間はしだいに10分、15分、30分と長くなっていきました。そのうちに自分の拳で自分の頬を殴るようになりました。頬骨の上に紫色のアザが出来るぐらい毎日何度も殴っていました。母や祖母と言い争った日の夜には、何発も自分の頬を強く殴っていました。この亡くなった祖父を恐れ、償いのお祈りをするという行為が私の人生において最大の障害に発展していきました・・・。~続~
2007/08/24
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