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現在の町に引っ越して来て早12年が経ちました。向かいのガレージで泣いていた女の子も高校生になり、小学生だった三軒隣の子供は車の運転をしていました。結婚をして子供が産まれた女性もいます。他の家庭での12年間は物凄い変化です。幼稚園の送迎バスに乗っていた子供がアルバイトをして、車の運転免許を取っていたり大学を卒業して就職し、親元を離れ一人暮らしをしている人もいます。働いて自立する、いわゆる社会人と呼ばれる大人になっていました。他の家庭では普通の成長であり、当然の時の流れなのかもしれませんが私の家族には考えられない変化なのです。まるで私の家の中だけ、時間が何十倍も遅く流れているみたいです。 肉体は毎年確実に歳をとっていくのに対し精神は全く成長していません。精神年齢は13歳時の子供のままかもしれません。自分では、そんなに長く感じていませんでしたが、他の家庭の成長や変化を見ると20年間もの時の長さを痛感させられ、後悔も大きくなりました。私が不登校になった時、彼らはまだ生まれていなかったのです。彼らの倍近く生きていながら、あっさりと抜かれてしまいました。水戸黄門の主題歌の歌詞が身に沁みます。「挫けりゃ誰かが先に行く、後から来たのに追い越され」の詞が特にです(笑)自分では精神は子供のままだと分かっていますが、他の家庭から見たら私は完全に大人なのです。近所の人たちは私の事をどう思っているのでしょうか・・・。引っ越してきた当初と最近では、私を見る目が違ってきたように思えます。きっと良い噂話はしていないでしょう。ある意味では、町内の有名人かもしれません(笑)歌詞の続きでは・・・。「泣くのが嫌なら、さあ歩け」となっています。結局、自分で歩き出さなければいけないみたいです。追い抜いていった年下の子供たちに追い着くのは無理かもしれませんが、心身ともに健康で強くなって、歩き出せるようになりたいと思います。
2007/04/26
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先日34回目の誕生日を迎えました。いつものように昼過ぎに起き、下のリビングに降りてみると母が市場で、鯛の尾頭付きを買って来てくれていました。鯛を食べた以外は、普段と何も変わらない一日でした。さすがに34にもなると、誕生日が嬉しいとか楽しい歳でもなくなりました。体には掻き毟り痕が増え、頭髪が減り皮膚が弛み、確実に老いていきます。心の中は母や家族に申し訳ない気持ちでいっぱいです。私を産んだばかりに、母は26歳で人生が終わってしまいました。欲しい物もなく、たいした趣味も持たず、夢も希望も未来も考えられない・・・。唯一の希望であった子供、私の子育てにも失敗してしまいました。そして60歳になって痴呆症の祖母の介護・・・。私が不登校になってからは外出することも減り社会の表舞台に出ることもなく、私と一緒に坂道を転がり落ちてしまいました。母だけでなく、伯母や祖父母の人生も大きく変わってしまいました。そんな母の事を考えると泣きそうになってしまいます。涙を流して泣いてしまえば、パニック症状を引き起こしてしまいそうなのでできるだけ母の事は考えないように誕生日を過ごしました。こんな話を書けば、人の事を思いやる優しい人間に思われそうですが、このブログのタイトルどおり、私は最低男なのです。私の心には正義感にあふれ責任感の強い『善の心』と自分勝手で冷酷な『悪の心』が存在します。心の中にある悪の心で考えてみると母に申し訳なく思い、悲しいという感情も単に自分に酔っているだけかもしれません。誕生日という舞台で悲劇の主人公を演じているのです。『正義感=カッコを付けたい』『責任感=人に善く思われたい』単純で簡潔な答えが返ってきます。どちらが本当の自分かと問われると、2:8で悪者でしょう・・・。『どんな時でも自分だけが良ければいい』『嫌なことや苦しいことから逃げればいい』『都合が悪いことは、すべて誰かのせいにする』『人に善く見られようと、嘘を吐き性格まで変えて演技をする』私は、こんな自分が心底大嫌いです。自分が悪い人間だと気付き、17年間悪の心を追い出そうと戦って来ましたがいくら戦っても悪の心を追い出せません・・・。『心の中での善と悪の戦い』は、強迫観念というかたちで現れました。毎日同じ動作を繰り返してしまう苦しい日々の様子は、後日書いていこうと思います。頑張ってダイエットやウエイトトレーニングをすれば、確実に体型は変えられますが幼少期に形成された性格、心の中の本当の自分、人間の本質を変えるのは困難です。やはりどこまでいっても最低男、これが私の本質なのかもしれません・・・。
2007/04/20
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前回は、お花見をしない家族のことを書かしてもらいましたが、お花見や飲酒に限らず、どんな事に対しても端から否定し、親の主観や価値観を子供に押し付けるのは良くない事だと思います。私の家族は飲酒する人のことを憎々しく話していました。ですので私は子供の頃、酔っている人を見かけると悪い人だと思っていました。子供は生まれてから家族の主観や価値観に多大な影響を受けてしまいます。飲酒や生活習慣、志向や趣味など、他の家族の当たり前の習慣や楽しみにまで親の個人的感情で、子供に憎しみさえ植え付ける事など絶対に良くない事だと思います。これは人付き合いにおいても影響します。他人と比べたがる子供社会なら尚更です。私は家族からの独特な価値観と志向を、家庭教育によって徹底的に教え込まれました。その為、友達や同級生とも真面に付き合えませんでした。それが影響して学校で孤立し、不登校になる大きな原因の一つになってしまいました。今回は、お花見から飲酒否定を例に出して、家庭教育について書かしてもらいました。 私も家族で毎年楽しくお花見に行きたかったです。家族みんなで、お酒が飲めなくても、寒い冬を越し、僅かな時間で散ってしまう桜を見ながら家族一緒にお弁当を食べることは、情緒面でも豊かになると思います。そして大人になった時、少なくとも楽しい思い出として記憶に残るはずです。引きニートのくせに偉そうな事を書いてしまいましたが、今回の伝えたい事は・・・。『親の個人的な主観や価値観を子供に押し付けない』ということです。子供が子供社会で孤立せず協調できる、常識的な主観や価値観に導いてほしいのです。~終~
2007/04/14
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世間では先週末、お花見シーズンで賑わっていたそうです。私が散歩に出かける公園の桜並木の下にも、お花見に来ていました。レジャーシートを広げ、家族や友人同士で飲んだり食べたりしていました。調理器具を持ち込んでバーベキューをしている家族もいました。食べ終わると芝生でキャッチボールやバドミントンをして遊んでいました。子供も大人も楽しそうでした。ですが、そんな光景を見ても私はお花見などしてみたいとは思いません。思わなくなってしまったという表現の方が正しいでしょうか・・・。私も小さい頃は、家族で出かける事や外で食べる事を楽しいと感じていました。 普通の子供のように「どこか連れて行って」と、ねだったりもしていました。「お花見に行きたい」と、せがんで一度だけ連れて行ってもらいましたが、基本的に我が家では、お花見という行楽を否定していました。「なんで家はお花見に行かへんの?」こう尋ねると決まって 「お花見なんかは、酒飲みの人が行くもんや」大人全員から却下されました。特に祖父母と母はお酒を飲む人を嫌っていました。我が家では誰一人お酒は飲めませんでした。「酒飲みは何かに託けて飲みたがるからな」次に飲酒批判が続きます。お花見というものは、桜を見ながらお酒を飲むもの。お酒を飲めない人は行く必要がない。こう完全に定義付けられると、子供の私には何も言い返せませんでした。なので我が家では、お花見という行楽行事はありませんでした。~続~
2007/04/11
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4月8日に県会議員と市会議員の選挙が行われるそうです。今日『期日前投票』に行って来ました。私自身は選挙に投票へ行くのは2回目です。前回初めて投票に行ったのは、郵政民営化の賛否を問う小泉劇場が圧勝した時です。前回の期日前投票は初めてということもあって母親に付き添われて区役所へ一緒に投票に行きました。今回の選挙も母親と一緒に行こうと思っていたのですが、昨日伯母と母は2人でタクシーに乗って区役所に投票へ行って来たみたいです。なので、今回は一人で期日前投票へ行くことになりました。家を出る前には念入りに母と伯母から投票手順を聞き頭の中で何回もシュミレーションをして行きました。無愛想な男性の受付が居て、間違いや失敗を指摘されたりすると、泣きそうになってしまうので、やさしい人が居ることを願い、歩いて区役所に行きました。区役所に着くと、やさしそうな中年の女性が期日前投票用紙の書き方や、今日の日付など丁寧に教えてくれました。平日の昼間で人が少ないということもあって、私の他に2人しか来ていませんでした。用紙に記入し部屋へ入ると、送付されてきた用紙をコンピューターで処理していました。次に受付を済ますと、まずは市会議員の投票をしました。緊張して漢字を間違わないように、確認して書き込みました。市会議員の投票用紙を投票箱に入れると、その場で県会議員の投票用紙を渡されました。2回目の書き込みなので、雰囲気にも少し慣れて落ち着いて書き込めました。ですが、書き込むのは慣れても投票箱に入れる瞬間はやっぱり緊張します。選挙管理委員会の方が2人、投票箱の前にドッカリ座っているからです(笑)何はともあれ人生で2回目の選挙投票をしてきました。仕事や旅行の予定も無いのにどうして期日前投票なのか・・・。我が家では『選挙=期日前投票にするもの』というのが定着しています。私はもちろん、家族も人込みが好きではありません。それに平日に仕事もないので、空いている平日に行くのが自然なのかもしれません。もっと深く考えると、私が不登校になったからかもしれません・・・。不登校になる前は、日曜日の投票日に祖父母も伯母も母も投票に行っていました。それが、私が不登校になったばかりに近所の人や知り合い、同級生の父母らに会わないように期日前投票になってしまいました。震災後に移転した現在の町では、知り合いも同級生も居ませんのでこれからは選挙があれば、積極的に投票へ行って来ようと思います。もちろん期日前投票です。
2007/04/04
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