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テーマ: 老荘思想(128)
カテゴリ: 道家思想


Autumn Rains, Huang Shan China
Photo by Peter Szawlowski
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  「知りて知らずとするは上〔じょう〕。
  知らずして知れるとするは病〔へい〕。
  夫〔そ〕れ唯〔ただ〕病〔へい〕を病〔へい〕とす。
  是〔ここ〕を以て病〔へい〕せず。
  聖人〔せいじん〕病〔へい〕せず。
  其の病〔へい〕を病〔へい〕とするを以てなり。
  是〔ここ〕を以て病〔へい〕せず。」



   不知知病。
   夫唯病病。
   是以不病。
   聖人不病。
   以其病病。
   是以不病。



   (The disease of knowing)
   To know and yet (think) we do not know is the highest (attainment); not to know

  It is simply by being pained at (the thought of) having this disease that we are
  preserved from it. The sage has not the disease. He knows the pain that would be
  inseparable from it, and therefore he does not have it.
   ( Daoism -> Dao De Jing




 「知っていながら知ったか振りをしないのが立派な態度である。
 知りもせぬ癖に知ったか振りをするのは困った態度である。
 そもそも困ったことを困ったこととして素直にこれに臨めば、困らないで済む。
 聖人が困らないのは、困ったことを困ったこととして臨むからである。
 だから、彼は困らないのである。」

 (新釈漢文体系 7 『老子 荘子 上』P.118 明治書院発行)



 『知ることのできないものを知るのが最上である。
 そして、これを知らないのが欠点である。
 欠点を欠点として知れば欠点とはならない。
 賢人には欠点がない。
 彼は欠点を欠点として理解する。
 だから、彼は欠点がない。

   注釈

  この章は知らないことを知ることの重要性を教えてくれる。
 普通に知るということは知識を蓄えることである。
 「道」でいう知るということは、知識を棄てることである。
 徳清(とくせい)によれば、賢人が知るということは、
 ものに執着(しゅうじゃく)しない、相対的に執着しない知のことである。
 それは啓発(けいはつ)そのもので、多くの人はこの知に親しんでいない。
 これを知るようになれば、欠点はなくなってくる。
 この知らないということを知るとはどういうことか。
 永嘉(えいか)の玄覚(げんかく)は説明する。
 「ものの本質が減少していき、空によって助けられると全体が自由になる。
 その静かな瞬間、人は知るものがないということを知るだけである。
 これが知らないことを知るということである」
 彼はさらに
 「何と明らかに見えることか。見えるものはなにもなく、人も仏陀(ぶっだ)もない」
 という。この明らかに見えるということが知らないことを知ることで、
 それは欠点とはならないものである。
 (以下略)』

 (張鍾元 著 上野浩道 訳『老子の思想』P.297~298 講談社学術文庫)

  (つづく)





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Last updated  2020年10月23日 17時39分46秒


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