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ハマグリのお話はまた来年と言ったのに・・・・すみません。春先のハマグリより大きく育ち、貝殻に対しての身の大きさも大きく太っています。ハマグリ達には本当に申し訳なく思いますが、本当においしくいただきました・・・・。そして残った汁でリゾットを作っていただきました・・・。本当においしかった・・・・・あと2回食べられます。私は、他の生物の命を奪って食べてしまう捕食者です。言い訳はできません。
2017.06.25
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今年は豊漁らしく1kg当たり900円くらいまで下がり、買ったほうがずっと安く済むということもありますから、疲れるし、遠くまで出かけるのも海水に浸かるのも楽じゃないですから・・・・笑。今回は1回目よりは断然粒が大きいのですが、2回目よりも採れた数は少なく、約3.2kgです。でも今日も天気は絶好のうす曇り!!(日焼けせずに済んだ)私が2kg家内が1.2kg程掘りました・・・。時間は約2.5時間疲れました・・・・笑。でもこの後絶品のハマグリのバター風味酒蒸しレモン&醤油…で頂ます!!最初の画像に移っているポリチューブは観賞魚用のエアーポンプホースで、前回のハマグリ掘りから以前使っていた観賞魚用のポンプを持って行き、海水を入れたスチロールケースに貝を入れて、凍った保冷材を浮かべつつ、エアーを送って鮮度を保って持って帰るようにしました。そうすることで家に帰りつくまでに砂吐きも完了しているので、家に帰ってから、真水から粗塩で使った疑似海水で保持する回数が1度で済むのです。(生では食べないので、海水で砂を吐かせただけでも食べられるとは思っています)前回は、スーパーのレジ袋に採ったハマグリを貯めていて、大きな波が袋に入って手からハマグリ入りの袋が吹っ飛ばされ、およそ40個ほどの貝を失ってがっくりときたのですが、今回は潮干狩り専用の網の袋を買って行きました・・・。それと腰辺たりの深さの場所で掘るため、貝を足さぐりで見つけた後それを手で拾い上げるときに全身を海に潜らせないと拾えなかったので、海水が目に入って痛くてたまらなかったので、今回は小さめの玉網を購入して、足で見つけた足元にあるハマグリを、その網で拾い上げることにしたのですが、それも上手くいきました。あとはクーラーボックスに15リットルのお湯をポリタンクごと入れて、帰る前にお湯で体を流してきました・・。暖かくて気持ちよかったです・・・・。それでは・・・「ハマグリ」のお話しはまた来年の春にいたしましょう・・・・。
2017.06.24
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まさかの、おとといの今日なのだが、家内が撮りためてあった録画「孤独のグルメ」のドラマの中で、おととい私達が行った鋸山のまさにすぐ真下、浜金谷の海岸わきの食堂が出てきたと言ったのがAM11:20頃だったので、私は残念だったね~…と思ったが、今日は雨も降っているし、今日ならさほど混まずに入れるかもしれないと思った。すぐに「はまべ」のWeb情報から電話番号を調べて、1時ごろに行くと予約して出かけた。今日は営業日だが明日の木曜日は定休日だそうだ。浜金谷の「はまべ」という店は、浜金谷の鋸山ロープウエイへの入り口の手前60mほどだろうか国道127号線館山方向に向かって左側に面していて、道路の向かいの海岸の広場に車は止められる。最近は有名になった「さすけ」食堂より300mほど館山寄りにある。テレビ東京の「孤独のグルメ」に少し前に登場してからは、おかみさんは、お客が倍に増えたと言っていたが、カウンター席が8つ、奥の座敷にテーブルが二つほどだから、満席で断っている人を来店者数にすれば倍どころではないはずだ、今日も大雨でまるで嵐のような平日のPM1:00頃だったが、私たち夫婦は運よく空いていた2席のカウンター席にすわれた。(座って待っていて解ったが予約しても、座れる席を確保してもらえるわけではないことがすぐに理解できた・・・笑。たぶん昼の営業時間12時~午後3時までの間に予約しておけば、席が空き次第座れて、それまで、材料は売り切らずに取っておいてくれるという意味の予約であろう)満席でも16人ほどしか入れないから、外で待つ人も出て、こんな嵐の日は待つのも大変だ。私たちが入店してから、注文を聞いてもらえるまでおよそ15分はかかった。おかみさん一人ですべてを切り盛りしているからやむをえまい。土日はきっと誰か手伝いがくるかもしれないが、おかみさんは一人で休む間もなく忙しい・・・。45分ほどで注文した、アジ三昧とアジフライ定食が出てきた。その前に出てきたお新香と煮魚、イカの煮つけも全部おいしくて、孤独のグルメに登場するのも頷けた。アジ三昧はアジのナメロウ、アジの刺身、アジのたたきの三点盛だ。アジフライは大きくて肉厚なアジがふっくらと揚げられていてとても美味しかった。どちらも1300円だから、特に安くはないかもしれないが、美味しさと引き換えに考えれば決して高いものではないと感じた。「TVドラマ孤独のグルメ」の舞台に取り上げられなかったら通り過ぎるだけの普通の田舎の極小さな食堂なんですね~・・・。また来ますと告げて店を出たら、まさに嵐のような天気・・・。こんな日でも満席なのが凄い・・・・。すべて一般道で往復95kmの昼食ドライブでした・・・・・。途中DPF再生が入り、案外アップダウンも信号機も多い127号線で、道路も流れに沿った走りを強いられて燃費的には苦しい条件です、昨日のゼロリセットから始めて120km程ですが、現在車載燃費計の値では28.7km/Lといったところです。
2017.06.23
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家内のリクエストがあって燈籠坂大師隧道群というのを見てきた。あっという間に見終わってしまったので、金谷方面に走って、久しぶりに鋸山へ行ってみた。山が新緑のコントラストで美しく、春霞のため眺望は無理と判かっていたがロープウエイで展望台まで登ってみた。動画はこちら長距離の視界は空気中の水蒸気量のためよく見えなかったが、近くは良く晴れていたのでよく見えていた・・・。ロープウエイつながりで、3年ほど前の八甲田山へ秋に行った時のロープウエイからの紅葉の動画をアップしておきます・・・。ちょっと長めですが、この年のブナの紅葉は茶色ではなくオレンジ色に染まりなかなか美しかったです。八甲田の紅葉・・・・最初のところは暗くとれているので40秒ほど先から見ると良いかもです。八甲田山のロープウエイからの紅葉の動画はこちらデミオの燃費の件を少し。前回帰ってきた時の車載表示では31.4km/Lから初めて、150km程走りましたが、32.4km/Lまで伸びました。分子は370km弱だったのですが、トリップAを誤ってクリアしてしまったので、またゼロからやり直しです・・・笑。車載の表示器は若干甘めなので、実際は32.4km/Lと出ていても、31km/L程ではないかと思っています・・・・。でもそこまでの走行距離が370未満ということなのでさほど大きく狂ってはいないと思います。DPF再生サイクルもなかなか伸びていて現在3.2g/Lで、165km程度なので、250km以上は行きそうです。
2017.06.23
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つまり、多くの日本人がノーテンキなのだと私は思う・・・。日本人全員がそうかと言うと、必ずしもそうではない。とりあえず、案じている人は居るがそれでも行動を起こす人は極少ない。政治不信、政治家不信と言われるようになって久しいが、ではどうするべきかを考えてしかるべき行動をすべきではないか?私はその現状を見ると「滅びの始まり」を感じざるを得ない。「自分が安穏と暮らして行ければそれで良い。出来れば家族も不幸にならないならそれで良い。」そんな漠然とした思いで日々を過ごし、将来の日本のことなどあまり真剣には考えない・・・。せめて「心配だ」と言うぐらいが関の山で、何もしないで晩年を迎え、やがて自分の生き死にに直面して、それどこではなくなり、見事なまでに何もせずに死んで行くのだ・・・。行動を起こさないそこの貴方!君のことだよ!!(不特定多数に対して)「最も強い者が生き残るのではなく、 最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、 変化できる者である。」これはかの有名なチャールズ・ダーウインの語った言葉として知られていますが、当たっていると私は思います。人類も、その他の生物も、全ての地球に暮らす生物は地球環境の中だけで生存が可能な生き物です。環境とは自然環境だけではありません、自分以外のすべてが環境であると理解しなくてはなりません。また他人にとって自分は環境の一因子であることも知らねばならないのです。すでに安全に生きて行ける既得権を得た者は普通変化を望まなくなるものだが、そうした保守的な環境を維持しようとする社会的な趨勢の中では閉塞感を持つ人も多く、それはたぶんフリーターでいるしかない様な満たされない若者がその代表だろう・・・。そんな、正規社員になれない青年が溢れるような社会でも知らぬ振り?パートタイマーとアルバイトで会社を成立させるしかない様な企業構造はどうして出来た?仕方ないで済ませるの?自分さえ無事に生きて行ければそれで良いの?この先日本はどうなってしまうの?そんな事言ったって自分一人では何も出来ないじゃない・・・。そんなこと俺のやるべきことじゃないんじゃない?第一どうやったら変えて行けるかアイディアも無いし、既存の政党に与してゆくのも面倒だしそれで変えられるかも疑問だ・・・。その為に税金払っているのだし政治家と官僚、公務員が何とかしなくちゃいけないのじゃないのかね?・・・・。公務員は公僕でしかないから彼らに期待してはいけない、そもそもそういう役割は彼らのものじゃない・・・。選挙で選ばれた代議員の集まる議会が決定権を持つから、元を辿ってゆくと選挙で議員を選ぶという行為が、日本や地方自治体の方向を決めていることになる。今の日本はそういう仕組みなのだから、それを使って変えて行くしか無く、他に合法的な選択肢は無い。そして本題はここからだ・・・私は問題を感じた時は解決策まで考える、そうしなければグチばかり言う奴で解決しようという行動が伴わない人間ということになるからだ・・・。私が思っていることは、議院内閣制を代表とする代議員制の政治形態はもう古いのじゃないか?ということだ。ずいぶん前にも別のBlogに書いたことだが、直接政治を困難にした理由は現在の通信環境を考えればほぼ解消されたと考えて良いとは言えないだろうか?通信による選挙はもちろんだが、議決さえ市民が直接投票できる通信環境がすでに整いつつあるのではないかと思える。SNSでイイネをつけるように法律を全員で決議するのが良いだろう。私がそう言えば、セキュリティーの問題について疑問の声が上がるのは簡単に予想できるが、そう言う方は、銀行のWeb振り込み決済などが現実のものになっているレベルを考えてみて欲しい。銀行でのWeb決済がほぼ安全に履行できる環境というのは、選挙のために小学校の体育館へ出向いて選挙することに比べどれだけ不確実な行為であろうか?同等とはさすがに現在では言えないかもしれないが、Web経由の直接投票の確度を格段に上げて実施することを前提にしたセキュリティーを考えることは決して不可能ではないはずで、賢明な方法はすぐに構築できるはずだ。むしろ問題になるのは、そういう方式を取り入れるために通過しなくてはならない法律の変更作業ではないだろうか?結果的に代議員をなくそうという法案が当事者の代議員に依って可決される可能性は低いと予想されるからです。職業的代議員がいる限り、または代議員であることを自己の利益と考える輩も多いだろうから、それが議会で承認される可能性は限りなく低いのではないだろうか?(その程度の奴らが議員になっているのは予想がつくからだが・・・。)ではそれを変えることは出来ないだろうか?・・・いや方法はあるはずだ。段階的な方法で変えて行けると思うのだ。その方法は、現職の議員が辞めさせられるのでは、さすがに抵抗は非常に大きいだろうから成立後25年の後に発効するような方法で法律を変えに行くことが良いと思う。公職選挙法などの詳しい法律についての知識は今の私には無いから、問題はもっと多岐に亘るかもしれないが、要するに、現行法の中で将来の議決の仕組みを変えて行くことが必要だということに尽きます。つまり、先ずは選挙に行って然るべく思う誰かに一票を入れねばならない。そして他方、こうした可能性を訴える運動も展開せねばならない・・・。SNSやWebバンキングの実情を見ればそれが可能性の高いものであることは誰にでも想像が可能でしょう?もちろん「成り済まし」をどうやって防ぐかは、大きな課題ですが、銀行のWeb決済が成立していることをお考えいただくなら、決して不可能ではないことが解るはずです。民主主義の多数決以外にもっと優れた方法があるのなら、それを検討すべきだが、もし現在あり得る方法で多数決が最も理に適っていると言うのであれば、直接投票で、全てを決定する方法があり得ることを知っていただきたいと思う者であります。日本が未来にも存続するために、全ての環境に対して適応しなくてはなりません。ダーウインの語った言葉は我々日本という国と民族がこの地球で生き残るためにも当てはまると思うのです。GHQの草案に基づいた日本国憲法をかたくなに守ろうとする行為はダーウインの言う「変化できる者」とは対極的なことであり、硬直し進化できない存在であるように思えます。現状に甘んじる者は滅び行くべき者と言うことも可能なような気がします。未来により良い日本を私は残したいのです。
2017.06.23
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24時間レースのすべてを見ていたわけではないが、1時間に及ぶ修理を終えて出てきたポルシェの2号車が勝利したということを考えてみれば、TOYOTAはポルシェではなくルマンに敗れたと言ってよいだろう・・・。リタイアしたTOYOTAの7号車と9号車のトラブルを起こした場所が悪く、ゆっくりと走ってもピットまで戻れない場所だったことも運にも見放されていた。 速さではポルシェを上回ったが、ライバルのポルシェはガレージに1時間も入っていても優勝した。 TOYOTAはメカニカルなトラブルによって自滅し今回も敗れた・・・・。 壊れない車をこの次には作って挑んでください。ルマン24時間レースはマニファラクチャーズレースなのですから・・・・・。 来年に期待しています。 WECにTOYOTAは3台をエントリーしているのだから、せめて1台は今回のルマンと同じ距離を1台には常に課してみてはどうだろう?1レースごとに部品を新しくせず、24時間以上連続で使って、できれば最低28時間くらい使っても壊れない部品にすべてを仕上げたらよいと思うがどうだろう? 来年への布石として、1年間を通じて実戦の中で耐久試験をしてゆけばより確実なテストと言えないだろうか・・・・。ルマンに勝ちたいなら・・・、TOYOTAならそれができるのではないかと思ったりする・・・。 新設計の出来たての部品なんか信用するな!コンピューターシミュレーションも信用し過ぎてはダメ!現物テストに勝ることは無い!・・そう言うレベルで車づくりをしなくては100戦練磨のポルシェを上回ることは出来ないと思え・・・・・。 速くても繊細過ぎる車は耐久レースでは苦しい。速さは必要だがカミソリではダメなんだと思う。ナタのようなと言えば鈍く重くなりそうだから、日本刀のような鋭さと強靭さを併せ持つ車に仕上げてほしいと切望する。
2017.06.19
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最初は県道24号線(久留里街道)をしばらく鴨川有料道路の手前まで走って濃溝の滝を目指した。下は最近割と有名になった亀岩の洞窟(濃溝の滝)の画像です。ここへも初めて立ち寄りました。小さな公園になっていて、第一駐車場から300m程でこの画像の場所に着く。帰り道は別のルートになっており、夏は蛍が観察できるという事だった。湧水の小川には蛍の幼虫が食べるというカワニナという小さな巻貝がたくさん観察できた。そこからは少し戻って県道92号線(房総スカイライン)を途中まで走り細い山道に入り豊英湖に出てそこから国道410号線に入った。(房総スカイラインは有料道路だが途中で山道に入ったので料金徴収を受けることは無かった)豊英湖からはいつものように国道410号線を南下する・・・・。下は画像を撮りそこなったためGoogleMAPから借用した千葉県酪農の里。ここは何度も通っていたが立ち寄ったのは初めてです。この千葉県酪農の里は410号線に面しているので発見は容易ですが、車が南を向いている場合は見落とす可能性がややあります。大山の千枚田から直線距離にして2.5km程ですから、大山の千枚田を訪れてからこの千葉県酪農の里を訪れると良いと思いますね。入場無料です。内部の展示パネル。画像をクリックして拡大でぜひ分を読んで下さい。実は今回ここを訪れて初めて知ったのですが、千葉県が酪農の発祥地であり日本の酪農に大きな貢献をしたことが解ると思います。千葉県生まれの千葉県人でありながら、私は千葉県が日本の酪農の発祥の地であるとは全く知らなかったのです千葉県酪農の里の次には千葉県南房総市石堂にある石堂寺に立ち寄りました、ここも初めてです。石堂寺はやはり国道410号線に面していて南に向かっていれば左側にあります。重要文化財に指定されているお寺一帯の建造物は元禄時代のものだそうです。このお寺の境内から見晴らし台へと続く道がついていたので登ってみた。眺めはさほど良くなかったのだが、どうも周りの木々が育ちすぎて視界がどんどんと悪くなってきた風だった・・・。余り訪れる人は居なそうな所だったが、丁度良い運動になってすっかり汗をかいてしまうほど登った。Googleアースで見た石堂寺と見晴らし台の位置関係、国道からの標高差は150m程だろうか?下は、見晴らし台の有る頂上付近にあったヤマモモの木、実をたくさんつけていたし、たくさん落ちていたのだがそれを野生動物が食べた様子が無く、この辺にはキョン以外には野生動物は出没しないのだろうかと疑問になった。落ちていたヤマモモの実。このヤマモモは食べられるし、ジャムやシラップ漬け、ヤマモモ酒などに用いられる。塩を少し振って生で表皮をかじるように食べるのが一般的かもしれない・・・。千倉の海岸線に出る前に気になっている「定食魚作」という店に立ち寄ったが、その日は営業をしていなかったのか、時間で閉めたのか不明だが、営業していなかった。後は海岸線を北上して、「和田浦WA-O!」という道の駅のお土産ショップでクジラのジャーキーを買って、かじりながら家路についた。普通は鴨川から左折することが多いが、今回は小湊市街を抜けて県道82号線に入り途中から国道297号に乗り換えて市原を目指した。今回驚いたことは、デミオXD6MTは、DPFが無ければ、そして平坦路を淡々と53km/h程度で走れば45km/L程の燃費が出せるという事だ、ガソリン代換算では実に56km/Lオーバーです。しかしDPF再生が入る為、恐らく平坦路でDPF再生サイクルが300km程度とコンディションが良ければ36km/L(ガソリン代換算で45km/L)付近が限界的な所だろう・・・・。まあ、北海道の一般道ならそこを越えられそうではある。
2017.06.16
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煤焼きはこれで3回目だったかな・・・、DPF再生サイクルが短くなってきているので、何か自分に出来ることは無いだろうかとディーラーに相談した所、もう一度煤焼きをやらせてくださいという事で、やってもらう事にしていたのだが、MAZDAのディーラー整備工場だけで行える煤焼きプログラムは、アフター噴射を余計に行うためシリンダー内で燃えずに排気管に軽油ミストが流れ込むわけだが、気筒内に噴射することもあって軽油がシリンダー内面にかなり付着するらしく、ピストンリングを越えて降り、エンジンオイルにかなり燃料が入り込みます、それ故これまでも必ずオイル交換も一緒にやってもらう事になってしまっていた。この3回目もディーラー側からの申し出で煤焼きをしたいという事でしたから、オイル代はディーラー持ちになるのだが、私はあと500km程でオイル交換のタイミングだからと、その時期を狙って、お願いすることにしていた。つまり、計画的でない煤焼きを、ディーラー主導で行えばディーラーはオイル交換も無料でしなくてはならないから、私はそれでは申し訳ないからと、丁度オイル交換のタイミングでお願いすれば、私としては予定の交換だからそれで良いし、ディーラーにあまり負担も掛けずに済むと考えて、あえて、そうしましょうと私から言ってそうする事になっていたいう事です。私はディーラーとの関係を高次元で良く保つため、「自分は客だ」というような態度は全くせずに、ディーラーの立場も常に考え、お互いが最もうまくやって行けるように考えながら、整備などもお願いしているし、整備後に洗車して頂けるけれども、洗車は私の趣味だからと言って全て断っている。それが如何影響するかなども考えることは無い。要するに人間と人間の普通の付き合いの気配りと同じという事です。そういう接し方で、センティア時代から今のディーラーと20年以上付き合って来たからか?本当に良くしてくれるので、感謝感謝のいつもなのです。その後DPF再生サイクルがどんな感じになるか試したかったので、今日は何とか雨が降ら無そうだったこともあって、南房総まで好きな410号線を走ろうと思ったのだ。何時もより少し気を使って省燃費運転気味にスタートしたが、スタート直後に車載燃費表示をクリアして、ここからもう一度表示燃費がゼロから始まるようにした。オイル交換後にRESPO・EMDを35CC程エンジンオイルに混ぜて入れてみたが、その効果が出たのだろうか…いやそんなはずはない・・・笑。しかし、車載の燃費表示は今まで見たことが無いレベルを示しているこの41km/Lという表示は家を出てから50km程走って、豊英湖付近からの上り坂が続く辺りまで続いていました。そして峰岡領付近を過ぎてDPF再生が始まるまで34km/L程を示していたのです。こんな事はこれまであり得なかったことなので、RESPO・EMDが効いたのかな?なんて思いましたが、まあ、良く解りません。和田浦へ出て、勝浦、小湊と回って家に帰りつくまで、色々と寄り道しながら160km程走り、現在の燃費表示は31.4kmですが、ゼロクリアした直後ですから、燃費表示もレスポンス良く条件に反応して、DPF再生が262Km程の積算距離で終わった時は30.6km/L程まで一旦下がりましたが、その後持ち直して31.4kmになっています。DPF再生サイクルも、オイル交換した時のトルクプロの表示の98km時点から262kmまで伸びたのも、最近では無かったことなので、煤焼きの効果もあったのでしょうか・・・・。暫くは様子を見ながらという事になりますね・・・・。
2017.06.15
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日光で華厳の滝を見たりしましたので、静止画も一応アップします。下は佐野から県道200号線の山道に入って見晴らしの利く場所からのショット下は、県道200号線と15号線を走り終えて着いた足尾の駅です。昭和初期の面影満載でした・・・。下は足尾銅山の名残を感じさせる煙突です・・・。この付近の山は足尾銅山のばい煙に含まれる有毒な粉塵によってはげ山になってしまい、現在は植林などで回復させようとしていますが、その道は未だ遠いものです。下は華厳の滝です・・・。小学校の修学旅行で見た記憶があります。つまり55年前ですかね?日光から霧降高原へ向かう途中の霧降の滝近くにある「山のレストラン」というレストランに立ち寄って昼食を頂きましたが、そこの駐車場の脇の土手にギョリンソウを発見しました。レストランは大盛況で50分待ちと言われましたが、待つことにして霧降の滝が見える観瀑台まで整備された山道を歩いて降りました。下は山のレストランの入り口下はレストランの待合室の一部、客が常に多いのか二階に25人程度は充分にゆっくりと待つことの出来る待合室が用意されていた。下は「山のレストラン」で頂いた料理。この下の画像のポークリブの和風グリルがボリューム満点で味も自分に合っていた。(お勧めです)日光から霧降高原に登る道の途中に霧降の滝という案内がありますから、そこを入れば、このお店は正面やや右手の丘の上にあります。しっかりとした経営基盤を感じる信頼できる店という印象です。料理は北米料理と言っていますがメニューも充実していました。チーズケーキ美味しいです!
2017.06.12
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地図をみて居たら、走って見たくなるのは45年前と私は全く変わっていないことが解る。老いていない心と言えば聞こえは良いが、進歩がないとも言えるだろう・・・・笑。栃木県の佐野から足尾までつながっている細い山間路を走った動画を編集しました・・・。ロングバージョン(約36分)ショートバージョン(6分30秒程度です)旧国道122号線を足尾側から、頂上までの動画で見れば良く解るのですが、ローギアとセカンドギアが離れすぎているデミオXD6MTでは急な登坂をセカンドで静かにクルージングしようとしても、勾配がきつ過ぎれば回転は下がってトルクバンドから外れてしまい、そのままアクセルを踏んで走れば無理な燃焼を強いることになってカーボンの大量生産に繋がります。それを防ぐにはローでかなり引っ張らないとなりません、そしてセカンドでトルクバンドに入れて置くにはエンジン回転を高めにして速度を或る程度高めなくてはならないので、動画を見るとまるで峠をアタックしているように見えます。それが証拠にセカンドではある程度アクセルを開けていますが、全開にしている訳ではないし、コーナーの速度を見れば一目瞭然のはずです。つまり、そういう走りをしないとローギアで延々と走って行かねばならない結果となります。ローギアの高回転でクルージングするのはさすがに嫌なので、セカンドに入れると今度はトルクが足りずにストールしそうになってしまうため、そんな走り方にならざるを得ないのでした。そんなことからCVTだった以前のデミオの走り易さを痛感した今回の旧国道122号線でした。それで、旧国道122号線での走行ビデオは、公序良俗に反する動画と言われる危惧がある為、公開は差し控えたいと思います。
2017.06.11
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散歩に行った公園に居た猫同じく猫下はRESPO-EMDの画像、以前マニュアルミッションのセカンドギアの歯打ち共振音を軽減しようとミッションオイルをモチュールGEAR300に替え、更にRESPO-EMDを150CC入れた時の残りのEMDを75cc程エンジンオイルに添加してみました・・・。オイル交換のサインが出たので、だいぶエンジンオイルは軽油によって希釈されていると考えて、ガレージの倉庫に在った、残ったEMDを少し入れてみようと思いついたので、やってみた訳です。すぐに気づいたのはカシャカシャ音が小さくなったことです・・・。アレ~・・・って思うほどの変化でしたから効果が有るんだな~…と思って走っていたんですが、不思議と調子が良い気がします。まあ、プラシーボ効果に違いありませんが、音は確かに静かになりました・・・。オイル交換直後に入れた方が正解なのでしょうが、ディーゼルエンジンのオイル交換直前というのはエンジンオイルが揮発性の殆ど無い軽油によって薄められてしまうから、エンジンオイルの粘度が下がって、摺動部分やカムやロッカーアーム付近の摩擦が増え、音も出やすくなっていると思えた訳です・・・。下は公園に咲いていた花菖蒲です・・・満開に近かったです。下は我が家の庭に咲くガクアジサイこれも我が家の玄関先の鉢植えのアマリリスこれも庭に咲くチェリーセージの花です。春もいよいよ梅雨を迎えますが、花がたくさん咲いて、なかなか良い季節です。
2017.06.09
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6年ほど前の私の文を読み起こし、再びここに書き表してみようと思う。ネアンデルタレンシスもサピエンスも互いに人種が異なっているなどという認識は無かったのだろう。ナショナルジオグラフィックスニュースの記事で知ったことだが、ネアンデルタール人(ホモ・サピエンス・ネアンデルタレンシス)は、「現生人類による遺伝子汚染のために絶滅した」という研究発表がなされていた。 私はその記事を読んで、7万年以上に渡って共にユーラシア大陸で暮らしていたホモ・サピエンス・サピエンスとホモ・サピエンス・ネアンデルタレンシスがどんな状況で出会い、そしてネアンデルタレンシスが滅びていったのかを考えてみた。この研究発表は正しいのではないかと私も思うのだが、「実際にはどんな状況が数万年前に起きていたか?」を想像すると興味深いものになると思うのだ。 一般には、我々の祖先であるホモ・サピエンス・サピエンスは10万年程前にアフリカを出て中東、東ヨーロッパへと進出したとされ、それらの地域だけでなくヨーロッパやユーラシア大陸の一部にはすでにネアンデルタール人が暮らしていたことが知られていて、最期のネアンデルタール人の遺骨とされる骨が発見されたイベリア半島の遺跡は2万8千年~2万4千年前の物であると判っていますから、ネアンデルタール人は35万年前に出現し18万年前には後期ネアンデルタール人へと進化を遂げ、ホモ・サピエンスと共に7万年間もの間、主に同じユーラシア大陸の西側、ヨーロッパ周辺で同時代を過ごしていたことになるのです。その7万年という期間は非常に長い時間であり、その間に徐々に互いの種の交雑が進んだと考えるべきではないでしょうか? 此処で考えなくてはならないのが、それは実際にはどんな具体的なことが起きて異種交配が起き得るかと言うことなのですが、赤道に近い地域で生まれたサピエンスは濃い皮膚の色をもっていたはずで、初めてネアンデルタレンシスに出会った時、すでにネアンデルタール人は10数万年をヨーロッパで過ごしていたから、皮膚は白っぽく、日光の紫外線を効率よく受けられるように進化していたはずで、当初は簡単に交配が行われる環境には無かったかもしれないのです。しかし、それは10万年前の互いが初めて出会ったときのことで、たしかに皮膚の色や髪の毛の色などの身体的特徴がかなり異なっていて、いきなり互いが交配が可能な仲間であると言う認識は無かった可能性もあると思われるのですが、違っているのは皮膚の色と髪の毛の色だけであったかも知れず、出会って、数万年が過ぎる頃にはどんどんとサピエンスの身体的特徴も変化し、北方で暮らすサピエンスはビタミンDを作るために必要な日光を効率よく取り込むために皮膚の色も白っぽく透明になって行くし、髪の毛や光彩の色も薄くなるなどもあり、ネアンデルタール人と似た特徴になっていったと考えられるから、互いの人種間の交雑はしだいに起き易くなって行ったのではないだろうか?ネアンデルタール人も我々の祖先であるサピエンスも、共に数万年に及ぶ狩猟採取生活を行う石器時代に生きたと言うことであり、互いの姿は、似たような獣の毛皮などを身に着けている、他の集団と言う程度の違いしか存在しなかったかもしれず、皮膚の色や光彩、髪の毛の色などが似てくれば、体毛の濃さ等で識別できた程度の差しか互いの外観の差を感じなかったのではないだろうか。 研究によればネアンデルタール人は若い個体の特徴はサピエンスの特徴に近く、成人し老化するに連れてサピエンスとの骨格上の違いが現れるが、全体的な印象ではコーカソイドの特徴に近く石器時代の衣装を共に纏っていれば互いに同じ様に見えただろうと言われています。さらに、種の保存と言う本能から、遺伝的にできるだけ遠い個体の放つ匂いをを好むと言う人間の女性特有の反応が有ることが知られているから、ネアンデルタレンシスの女性もサピエンスの女性も其々違う種の男を気に入ってしまうと言うことは容易に想像できる訳だし、基本的には男の遺伝子にもそういう本能が隠れているはずだから、異なる言語を持つグループが遭遇すれば、そういう可能性はさらに広がって、彼らが気づかないうちにネアンデルタール人の中にはサピエンスの遺伝子が入り、サピエンスの遺伝子にもネアンデルタレンシスの遺伝子が入っていったのでしょう。つまり、7万年と言う途方も無い月日に渡る混血の結果が、ネアンデルタール人を滅ぼしたと言うことも出来るかもしれませんが、むしろ、7万年に渡る時間がネアンデルタール人とサピエンスの混血を生み続けたことで、ネアンデルタール人特有の遺伝子だけを持つ人々が居なくなってしまい、殆どのサピエンスがネアンデルタレンシスとの混血種になってしまったと言うことだろうと思うわけです。 純粋なホモ・サピエンス・サピエンスの遺伝子は現在では、ホモ・サピエンス・サピエンスの故郷のアフリカに僅かしか残っていないと言うことがそれを雄弁に語っていると言えるのだと思います。きっと数万年前の彼らは、互いが遺伝的に異なる種であると言う認識は全く無かったことでしょうし・・・・結果的にサピエンスとネアンデルタレンシスは交配できたということは同じ種族の一員であり同種とみなすべき存在だと言えると思います。私の仮説、ネアンデルタール人は繁殖力が低かったのではないか?ネアンデルタール人は我々の祖先の現生人類との交配により起きた遺伝子汚染のために絶滅したという、アリゾナ州立大学人類進化・社会変化学部の研究成果について書いたが、その前提となる事柄に圧倒的にホモ・サピエンス・サピエンスのほうが人口が多く、ネアンデルタール人は数が少なかったと言うことが挙げられているのだ。だが、ホモ・サピエンス・サピエンスよりもはるかに早くユーラシア大陸に進出していたネアンデルタレンシスの人口が何故少ないままであったのかと言う疑問に誰か答えてくれないだろうかと思う。 遺伝子汚染によって失われる種は個体数で劣るほうであり、ホモ・サピエンス・サピエンスの個体数が圧倒的に多かったとされる理由は何なのか?よく似たホモ・サピエンス同士のサピエンスとネアンデルタレンシスにどんな差があって人口の差に繋がっていたのかを考えてみたい。すでに滅びてしまったネアンデルタール人を研究することは発掘された骨と遺跡に残る発掘された道具などからしか研究できないから、その原因を特定するのは困難を極めるだろうし、推測の域を出るものでもないだろう・・・・・。しかしながら、よく似た二つの人種が、一方は人口が増えやすく、一方は増えにくいと言うことにはかなり大きな違いがあったと考えねばならないと思うが、それは何の違いであったのか興味は深まるばかりである。そこで・・・ど素人の私はチンパンジーとボノボと言うよく似た類人猿やゴリラの性行動などを調べることで何らかのヒントを得たいと考え、少し調べてみると幾つかの興味深いことが解ってきた。チンパンジーの雌は排卵期だけに発情し、その周期は一月に一回で約一週間しかなく、その間だけ雄と交尾するのだが、一度妊娠、出産すると、生まれた子供が離乳するまでの約6年間は発情しなくなってしまうと言うのである。それに対しボノボはチンパンジーと極近縁だがその性行動は異なっていて、雌が排卵期に発情することはチンパンジーと同様なのだが、ボノボは「偽発情」という現象を有するところが全く違っているというのです。ボノボの雌の性器の外部の表面が膨らんで雄には交尾が可能と判るのだが、排卵期以外でも子育て中でもそうした変化が起きる為に、雄との交尾の機会がチンパンジーに比べると圧倒的に多いのだそうだ。ここで私は仮説を立ててみるが、もしかしたらネアンデルタール人もチンパンジーと同じような生態を持ち、一度妊娠し出産すると子育てが一段落するまでの数年間は発情しないのではないか?次々と子供を妊娠する可能性が殆ど無い、といった生態をネアンデルタレンシスが持っていたとしたら、1年周期でも子を設けることが出来るサピエンスに比べ、ネアンデルタール人は6~10年に一度しか子を作れないことになるかも知れないから、人口の増加率はサピエンスに対し著しく劣っていたかもしれないのだ。 世界中の人類学の研究者の中でも誰も言っていないこの私の仮説がもし正しければ、サピエンスより25万年も早くユーラシア大陸に進出たとされるネアンデルタール人の人口が少なかった理由として成り立つのだが・・・・。 一方遺跡や遺骨の研究から、ネアンデルタール人は女も子供も狩に参加したらしいと言われている・・・もしそれが事実であれば、多くの場合彼らの主たるターゲットであったマンモス狩りは肉体的に危険を伴うだろうから、それに参加する女や子供の死亡率は、男だけで狩をしたと言われるサピエンスに比べると非常に高いものになっていただろうと考えられる。そして「子供が自立するまで次の妊娠をしなかったのではないか」とする私の仮説が正しいなら、一夫一婦制も成立しなくなる可能性が高くなるのではないだろうか?つまり、いつでもSEXをしたい雄の要求に応えられなければ、雄は一人の雌を保護しなくなるだろうと想像されるのだ・・・。雄は持ち前の能動的性本能のためにしだいに他の雌に興味が移って行くと考えられるが、我々サピエンスの末裔でも数年の間SEX行為を拒まれ続ければ、他の女性を求めて出て行ってしまうだろう、その結果として女も子供も狩りに出るしかなくなると言う必然性が生じたかもしれない・・・・。だとすれば発掘された子女にも狩で傷ついたらしい痕跡が多く残る結果になったのも、つじつまが合ってくるではないか?チンパンジー型の社会では発情する雌の数が相対的に少なく雄は交尾可能な雌をめぐって雄同士の争いが多発する緊張社会だと言いますが、ボノボの社会は雌がいつでも交尾できるサピエンス型の社会に近いため非常に落ち着いた平和な社会だと言われているのです。もし私の仮説が正しいとするなら、ネアンデルタール人の男は一人の女性を妊娠させた後、別の妊娠可能な女性を求めて彷徨い、そこで他の男と女性をめぐる争いを頻繁に起こしてしまうことになったと想像できるから、その面でも人口を減らす原因となる生死を賭けた争いをしていたかもしれないのです。ネアンデルタール人の骨格の問題さらにもう一つ、ネアンデルタール人の頭蓋骨は我々ホモ・サピエンスよりも大きいのである・・・このことは我々サピエンスよりも多少難産である可能性があるとは言えないだろうか?頭蓋骨に対して骨盤の穴の大きさが充分大きければそれは言えないが、サピエンスと同じ様な大きさであれば此処でもネアンデルタール人の人口が増えにくい原因を作ったかもしれない・・・・。 骨盤の穴の大きさと生まれてくる子供の頭蓋骨の大きさは、素人の私以外にも何人かの本物の研究者が触れていることも知りましたが、やはり彼らもネアンデルタール人の頭蓋骨の大きさが問題になった可能性はあるかもしれないと言う立場を採っていました。 もちろん私も赤ちゃんの頭蓋骨が変形しながら狭い産道を通ってくるためや、時間がかかってひょうたんのようにくびれて生まれてきた甥っ子などの記憶も鮮明ですから、決定的なことでは無かったのかもしれません。 骨盤の底部の穴が障害になる可能性は平均値としての頭のサイズと平均値としての骨盤の穴のサイズから考えられる平均的難易度と言う意味で、もちろん楽なお産をするネアンデルタール人もいたと考えられるし、骨盤の穴が充分広くない遺伝的特徴があれば多分早期にそういう家系は子孫を残しづらくなって絶えていったと考えられます。 まあ、それよりも今後遺伝子の働きを解明することで、ボノボとチンパンジーの差が、どんな遺伝子の働きによって出現したのか?ネアンデルタール人にもチンパンジーと同じその遺伝子が発現していたのか解る日が来るのかもしれません。 ネアンデルタール人の正確なゲノムが解ったとしてもそれが使われていたのか眠ったままだったのか?難しい問題です・・・・。ネアンデルタール人とサピエンスの交雑とその後を想像してみる。(前出の文だが、)もしかしたらネアンデルタール人もチンパンジーと同じような生態を持ち、一度妊娠し出産すると子育てが一段落するまでの数年間は発情しないのではないか?次々と子供を妊娠する可能性が殆ど無い、といった生態をネアンデルタレンシスが持っていたとしたら、1年周期でも子を設けることが出来るサピエンスに比べ、ネアンデルタール人は6~10年に一度しか子を作れないことになるかも知れないから、人口の増加率はサピエンスに対し著しく劣っていたかもしれないのだ。 世界中の人類学の研究者の中でも誰も言っていないこの私の仮説がもし正しければ、サピエンスより25万年も早くユーラシア大陸に進出たとされるネアンデルタール人の人口が少なかった理由として成り立つのだが・・・・。この根拠に乏しい無責任な想像の産物である私の仮説が正しいとして考えて以下を書いてみるが、実際には、どのようにして言語の異なる異種族の間で最初の交雑が起き、そして広まって行ったかを想像してみた。 男のサピエンスがネアンデルタレンシスの女を妊娠させる可能性と、女のサピエンスがネアンデルタレンシスの子供を身籠る場合の二つがあり得るが、サピエンスがボノボに似た常時発情出来る生態であるところから考えれば、男のサピエンスがネアンデルタレンシスの女を襲ったり、さらって来て子供を産ませることは生理的に確率は低いが、その逆のケース、女がサピエンスで男がネアンデルタレンシスの場合は、ほぼ常に妊娠させられることになるし、当時の婚姻が一夫一婦制でない場合では、ネアンデルタール人の間では、いつもSEXが可能なサピエンスの女は人気者になっていたとは考えられないだろうか?つまり、サピエンスの女はネアンデルタレンシスの男に大人気で、サピエンスの女をさらって来るのが流行ったかもしれないなどと想像してしまいそうである。 現在の人間に置き換えて考えれば、とっても男の要求に対して寛容な女が村にやって来た・・・。という事になるのかもしれず、そして毎年子供産んでサピエンスの遺伝子は瞬く間にネアンデルタール人の中に入って行き、その2世の女子がサピエンスの性的生態を受け継いでいれば、ネアンデルタール人の間にサピエンスの遺伝子が次々と残ることになって行くだろう。その逆にサピエンスにさらわれたネアンデルタール人の女は一度子供を身籠るとその後10年も発情しないとなれば、子孫に遺伝子を残し拡散させるという速度はサピエンスの女の1/10程度の効率となってしまうし、性的対象としての人気は高くないはずだ。そう考えれば、何時でも受け入れてくれて、どんどんと子供を産めるサピエンスの女は「子宝の女神」のようにネアンデルタール人に愛されたかもしれないという想像も出来る。もし、それが当たっていれば、サピエンスの遺伝子はネアンデルタール人のオリジナリティーを破壊するようにネアンデルタール人の間に染み渡って行って、ついにはネイティブなネアンデルタール人が地上から消えて行った・・・・。という事になるのではないだろうか?ネアンデルタール人は絶滅したというよりサピエンス(現代人類)との交雑によりネイティブなネアンデルタレンシスが居なくなっただけであり、混血のサピエンスとして今でもその種は繋がれていると言うべきでしょう、只、彼らネアンデルタール人の人口が少なかったため、遺伝的にはサピエンスの遺伝子大多数残り、サピエンスがネアンデルタール人を遺伝子的に吸収した形で現在に至っている。ということだと思います。つまり、ネアンデルタール人は私たちの体の中で生き続けているという事ですね。まあ、最も新しい核遺伝子の解析に依れば、サピエンスの純粋なネイティブは今もアフリカに現存しており、そのサピエンスの遺伝子と比較すると、我々日本人は、ネアンデルタール人とデニソワ人とさらに未知の一族からの遺伝子の影響を受けているのだそうですから、それぞれの種は絶滅とはやや意味が異なっていて、やはり混血種へと収斂しているという事ではないかと思います。そんな風に、エンジニアの私は想像をたくましくして考えたのです・・・・。
2017.06.08
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弓ヶ浜の様子です 弓ヶ浜の南側の画像です弓ヶ浜からは新湊橋まで戻って県道16号線で奥石廊を目指します。画像はあいあい岬から見る奥石廊奥石廊のあいあい岬に停めた我がデミオ、その向こうに見える岩山は、伊豆半島から少し離れた海に在る大根という島です。この大根がある為、ヒリゾ浜の様な波静かな海岸が存在できるわけです。大根と伊豆半島の間には水道があって、黒潮が流れ込んでいる。その為ヒリゾ浜は淀むことが無く常に澄んだ海水に洗われているが、大根がある為、波が殆ど無い。そんな場所にある浅い磯では遥か南方の海に居るはずの熱帯性の魚がホンダワラと共にここに流れ着きます。それを死滅回遊魚と呼びますが、冬になると水温の低下で生きて行け無いが夏の間はこのヒリゾ浜で見ることが出来るのです。夏休みの期間は非常に混みあって、ヒリゾ浜に渡れる人は限られてしまいます。原因は仲木という漁港には駐車場が少なく、たぶん100台未満の車しか停められないことに在るでしょう。また、ヒリゾ浜という小さな海岸もせいぜい200~300人程度の人が入れるかどうかという場所なので、行っては見たものの、シートを敷く場所もないという事になってしまうようで、近年では渡しを受け入れる人数を制限しているようです。TVで紹介されたことで多くの人がヒリゾ浜の存在を知ることになってしまった為にそんな混雑が起きるようになりました・・・。口コミだけなら良かったもののメディアの暴力的な影響力がそういう事態を招きました。35年ほど前、私たち家族は毎年このヒリゾ浜や近くの海岸をあちこちと回って夏の数日間を過ごしたのですが、今は朝4時の駐車場の開門とほぼ同時に駐車場は満車となってしまうという事ですから、民宿などに予約を取って、駐車場を事前に確保してから出かけるのが賢明かもしれません。次に訪れたのは仲木より少し西に在る入間海岸です。パノラマ撮影をしたので強く弓なりに映っていますが、こんなに弓なりではありません。入間港から妻良、小浦へ向かう途中にどこかで食事をしようと思っていて走っていたが、やけにがっしりとした立派な建物のお店を見つけたのだけれど、看板もないため行き過ぎてしまいました。走りながら営業中という看板と「天ぷらごはん」という文字が目に入っていたの為、戻ってみようと家内に言って戻ってその店に入った。約1km以上戻ったのは、その建物が普通の飲食店としては異様にどっしりと作られていることが伺え、そこまでの店舗を構える店がこの南伊豆の県道16号線に在ること自体が如何考えてもミスマッチに思えたから、興味が沸き、それを払しょくできなかったからなのです。看板はこれだけ・・・。天ぷらごはん1280円それだけが書いてある・・・・。こう言っては何だが、南伊豆の県道16号線は田舎に違いない、だがそれにしては洒落ていると感じるから、期待は高まった。どうですこの生け花が入り口に生けてある・・・。店内に入って驚いた!入るとすぐに待合用のテーブルがあったが、そのテーブルの天板が凄い・・・。分厚い(15センチ程も有ったろうか?)天然木の一枚板で幅は1m、長さ5m近くもある。天井を見上げてみると、有り得ないほどの太い梁、柱は新しいものだが、これもバランスを欠くことなく極太の木材で組まれているではないか!。 広く幾つもある和式の客室もきっちりと贅沢に仕上がっている・・・・これは凄い。これだけの店構えにどれだけ費用が掛かるか想像すると、この店の成立ちがどういう物か想像が出来る、主人は30歳代の青年だから、ほぼ常識ではあり得ないのだ。これで如何でもいいような食事が出てきたらそれこそお笑いである。こうした飲食店では店舗を見れば概ね想像は着くものだ・・・・。1280円の天ぷらごはんに出された前菜がこれ・・・・予算を考えれば素晴らしいコスパだ。 カウンター席に座って、目の前で次々地一品づつ揚げてくれた天ぷらを食べて行く・・・。これは山菜コシアブラ。殆どの野菜は自家菜園で採れたものだそうで、店の裏手には広いこの店の畑が広がっていた。これは味付け半熟卵の天婦羅で七味唐辛子を振っていただくように勧められた。これはハゼ・・・・。次々と揚げられる天ぷらでご飯を食べる訳である・・・。色々と出てきたが、がっつきな私はどんどんと食べてしまったから半分以上画像を撮り忘れている・・・笑。これは原木シイタケと言っていたもので、肉厚のドンコの採りたてを揚げてある。この「天ぽうや」さんは、開店して1年半だそうだが、看板を上げずに1年半、この古民家を移築した贅沢過ぎる佇まい・・・。これだけ聞いてもこのご30歳台のご主人の生まれ育ちが私とは大きく異なることはすぐに判りますね・・・。強力なバックボーンに支えられていることは間違いないでしょう。美味しく頂けましたが、やれることはまだまだたくさんあると感じました。素晴らしいですが未だ沢山伸びしろがあるってことです・・・・。期待して・・・また南伊豆を訪れた時には立ち寄ろうと思っています。きっと更に腕を上げて異なるメニューを用意していると信じます。下の画像は妻良港の先の小浦海岸です、私が初めてバイト先の人に連れられて南伊豆へ来た時に来たところです。当時に比べるとずいぶんと変わってしまったし、35年前ともまた変わってしまいました。小浦は入り江がとても深く、防波堤もしっかりと作られているため、波は少なく海水浴には良さそうなものですが、海水の出入りが緩慢になる為、どうしても透明度が下がってしまうようです。それに津波対策の為の堤防が高く景観にも良いとは言えない状態でした。それはちょっと残念な事でした。次に波勝崎と伊浜へ向かいましたが、波勝崎は先端までは行けず、有料の波勝園の猿観光用の小型バスに乗り換えて行くしかないという事だったので、今回は行かずに引き返し、伊浜へ降りてみました。伊浜は西風がもろに吹き込んでいて、漁港の脇の浜は強い波で洗われいました。下の画像は雲見の赤伊浜近くから撮った、雲見を象徴する二つの岩です。西側の海岸はその角度によっては強い西風で波が強く夏の海を想像出来ない様な状況でした。石部海岸はそんな訳で通り過ぎ、岩地の崖の上の駐車場へ車を停めて、海岸を撮影しました。岩地海岸ではシーカヤックの競技会が開かれていて、多くの参加者が見られましたが、競技はもう終わっているようでした。岩地の次は、松崎の大浜を撮ろうとしましたが強い風でしぶきが細かい霧のように飛んでいるほどだったので、通過し、堂ヶ島も同様な気象条件だった為、車を降りることなく通り抜けることにしました。松崎まで戻って走り慣れた仁科川沿いに峠越えをする予定でしたが、めったに通ることのない宇久須川沿いの県道410を仁科峠に向かって走ることにしたのです。画像は峠近くから・・・。宇久須から県道410号線を仁科峠まで登った動画を・・・。道は広いところも在りますが、狭い場所も多く、すれ違う車もバイクも結構あって注意深く走らねばならなかった。デミオXDの6MTは1stと2stが割と離れているため、こうした登りはお世辞にも走りやすいとは言えない・・・。それだけ速度が落ちて1stを使うケースがままある道という事でもある。「仁科峠への登り」動画はこちら
2017.06.06
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動画で紹介した場所なのですが、静止画像も一応あげておきます。 真鶴半島の先端の岬です 真鶴半島三ツ石 河津今井浜下田市白浜:白浜は南北2kmにわたって広がる伊豆最大の浜辺です。この画像はその最南端から撮影したものですが、写っている浜は1/3程です。 下田市白浜、南端 白浜海岸、駐車した場所から見えた磯爪木崎海岸 ここへも良く来ました。波静かな入り江が特徴です。曇って来て海の色が冴えない感じになっています。爪木崎海岸をやや上から撮影、毎年海の状況は違っていて、ミズクラゲの多い年もあったし、黒潮の蛇行によって水温のやや低い年もありました・・・。 鍋田浜の様子です。余り有名な場所ではないのですが、立ち寄ってみました。 多々戸浜はサーファーの多い海岸でした。多分海中に岩場が無く波が良いのでしょう。下は入田浜ですが多々戸浜のすぐ南隣。海岸を陸伝いには移動できない岩がありますが本当に多々戸浜のすぐ南隣です。吉佐美大浜は上の入田浜のまたすぐ南にあるのですが、同様に海岸を歩いては行け無い岩山にさえぎられています。(下はGoogleアースの航空写真より)多々戸浜や入田浜、吉佐美大浜は、田牛へ行くときに近くを通っていましたが、その頃の我が家はスノーケリングを主に楽しんでいた為、砂浜の海水浴向きな場所には殆ど行きませんでした。 下は吉佐美大浜の南端の海岸で、岩場によって分断された南側の画像です。田牛の海水浴場です。ここはサンドスキー場のすぐ隣ですが、わが家族は行っていませんでした。 田牛の竜宮公園の中、海蝕の影響でぽっかりと空が見える状態の洞窟の様な場所です。田牛のサンドスキー場のある海岸です。この奥の磯で我々家族はスノーケリングを楽しみました。 田牛の海岸の空撮画像(Googleアース) 続く・・・・。
2017.06.06
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朝4時に家を出たのですが、なるべく一般道を多く使って走るプランで行ったので、やはり予定より時間が余分にかかりました。距離はほぼ予定通りでしたがやや増えて525km程でしたしかも、大室山に登るのを止め、西伊豆の石部や堂ヶ島では風が強く画像になりにくかったので撮影を中止して車からは降りなかったのですが、それでも時間は足らなかったのです。恐らく往復ともに東名高速道路や厚木小田原道、修善寺道路等を利用すれば2時間は短縮できると思えました。下の地図は実際に走った往路のルート下の地図は実際に走った復路のルートビデオはこちらです。
2017.06.05
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今日は天気も良いので、お昼過ぎからちょっとドライブでも出かけようか?という事になって、410号線を南下して南房総の千倉海岸へ行って見た。この410号線は千葉県の一般道の中では最も私のお気に入りの道路で、変化に富む山間を走り、適当にワインディングロードを楽しめるのが大きな魅力です。下の画像は千倉海岸の岩場の磯ですが、丁度引き潮だった為、岩場を伝って歩くことが出来ました。動画のへのアドレスです。https://youtu.be/ztSnFtk6Tgc動画の中でヒガサガイと言っているところがありますがあれは間違いでした。正しくは「ヨメガカサ」の仲間、若しくは「ユキノカサガイ」の仲間です。それと草履(ゾウリ)の様な形の生き物が見えますがあれは「ヒザラガイ」の仲間です。因みに、ヨメガカサ類もユキノカサガイ類もヒザラガイ類も食べられますし、美味しいそうです。カメノテはなんと甲殻類の生き物で味はカニやエビに近く、特に美味しいと有名ですね。この動画を撮った後は野島崎を周って410号線から127号線へと出て浦賀水道、東京湾に沿って帰ってまいりました。今日のドライブ距離は凡そ190km、DPF再生が途中に入った為29km/L(軽油)でした。最近はDPF再生間隔がまた少し短くなってきているので、燃費はやや苦しく28km程度が多いが、今日はのんびりと走ったせいか29kmが出ているようだった。
2017.06.01
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隣国の新たな大統領の選挙公約であるらしい「徳政令」なのであるが、その内容は100万円以下を10年以上借り続ける人の借金全額を帳消しにするというものである。ソース:http://news.livedoor.com/topics/detail/13124243/私はこれを読んでみて、ダメダこりゃ・・・・と決定的に思った。これは完全に、かゆみ止めの様な効果しかなく、原因を放って置くというやり方で、結局事態を悪化させるしかないものだと直感する。 43万人程がその対象とされるらしいが、人口の1/100にも満たない人たちへの救済措置が、経済の起爆剤になり得るか?と考えても、下層の市民の消費がそれによってどれだけ増えるのか、経済に好影響を与えられるほどの物か?大いに疑問なのだが、それよりも副作用としての心理的な問題が国民の間に如何残るか考えるべきだろう。 個人が作った借金を国が帳消しにする国って・・・考えられない論理ループ!因果は巡るという精神的な法則を無視させる原因を作ることに気づかないのか?それを一国の大統領が実行するなど狂気の沙汰以外の何だろう?大統領になる為の公約だとしてら、何のために大統領になるのか、殆ど訳が解らない・・・・・。 国を亡ぼすためという事になるから、やはりこの大統領は北の工作員という事なのだろう・・・・・。そんな人を選んでしまう国民にも驚きを禁じ得ない・・・・。まあ、かつて日本人も「民主党」を勝たせてしまったから、あまり他をどうこう言う資格もないと思うが。 内政干渉の様な私のつぶやきでした・・・・・。
2017.06.01
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