全7件 (7件中 1-7件目)
1
チューリッヒ美術館展のカタログにパウル・クレーによる言葉が紹介されていた。「芸術は見えるものを再現するものではなく、見えるようにするのである」抽象絵画の核心を突いた発言だ。そもそも、写真が登場し、写実的な絵画の価値は大きく下がっただろう。現実に存在するものをわざわざ描く必要はあまりない。心に浮かぶ像を描いてこそ価値があるのだ。
2024/01/23
コメント(0)
「家族は、体格、顔つき、目の色、歩き方、気質といった、色々の点で似ているのであって、何かひとつの点で互いに似ているのではない」これは言語ゲームについてもいえる。様々な言語ゲームが持つ普遍的共通項などないのだ。強いて言えば「人間は共通項を探す性質を持つ」といえるのかもしれない。ともあれ、それは「抽象」の起源だろう。
2024/01/14
コメント(0)
紛争解決学にベーシック・ヒューマン・ニーズという概念がある。衣食住の他に「組織や共同体への帰属欲求」と「価値ある存在として認められたいといういわゆる承認欲求」がある。なるほど。その両方が希薄な私があまり人と争わないわけだ。
2024/01/10
コメント(0)
Quora で統一教会信者による「年始早々地震や飛行機事故が起こったのは統一教会へ解散請求が出たからだ」という意見を読んだ。確かに、そうでないとは言い切れない。しかし、そうであるとも証明されていない。いわば、勝手な決めつけだ。それは、天気がよくなければ雨が降っていると決めつけるようなものだ。実際には曇りもある。ましてや、因果の連鎖が複雑に絡み合った現実においてマクロな理由など断定できるはずもない。安易に理由を断定すれば確実に知性が疑われる。
2024/01/05
コメント(0)
ヘラクレイトスは、「世界は火から成り、運命の命令でいつか燃えて火となり、いつかふたたび生まれ変わるはずだ」と述べたそうだ。「世界が火からなった」というのはビッグバンを連想する。宇宙が熱的平衡状態にならないのであれば、「いつか火となる」のは正しいのかもしれない。とりあえず、太陽は赤色巨星になるだろう。なにより、「いつかふたたび生まれ変わる」というのが最もありそうだ。
2024/01/03
コメント(0)
冬の初め、益田ミリは中年友達と公園へピクニックに行った。頻尿なのでトイレの近くに陣取った。いなり寿司、サンドイッチ、餃子の皮で作ったアップルパイを食べた。フリスビーもやったが、あっちこっちへ飛んでいくフリスビーを拾いに行く遊びになっていた。空は澄み、暖か。楽しかったがどんな話をしたか覚えていない。さるすべりの木の幹が夕日でつるつる光っていた。名残惜しくて「そろそろ行きますか」と言えず、歌舞伎揚げをばりぼり食べた。益田ミリの文章から生きることの尊さと切なさが伝わり泣きそうになる。同じコラムを交互に担当している伊藤理佐の文章にムカつくことはあっても泣きそうになることなど決してない。
2024/01/02
コメント(0)
「きょうはおおみそかです/おばあちゃんが千円札に/アイロンをかけてます」小1が書いた詩だ。なんとも微笑ましい。子供も大人のすることをちゃんと見ている。
2024/01/01
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1