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首都マナグアに向かった。ミクロブス(ワゴンタイプの車)で約1時間20分。レオンを出発して1時間後。まだレオン-マナグア間の中間地点だ。いつもよりスピードが遅い。いつもだと120キロは平気で出ているのに、今日は80キロと言ったところ…。いろんな車にジャンジャン追い抜かされる。最近このスピードに慣れてきたせいか、80キロでも非常に遅く感じる。もぅ何やってるんだ!このミクロブスは!そう思った瞬間。車が止まった。グググググッグググッググ…。エンジンがかからない…。えー。マジかよぉ~。こんな所で止まんないでよぉ~。ま、でもそんなこと考えたってしょうがない。待つしかないのである。気を取り直して、カバンに詰めてたグレープフルーツでも食べながら、本でも読んで待つことにした。車のことについては詳しくないんで良くわからないが、エンジンに水をかけたり、ドライバーでいじったり、いろいろやってた。かれこれ45分が経過する頃、やっと車が出るぞという雰囲気になった。グォーン(こんな音で良かったのだろうか…(^^ゞ)無事エンジンがかかった。そんなこんなで無事マナグア到着。3時間かかったが、まぁ途中で降ろされることもなく、良かった良かった。日本にいた時だったら、きっともっとイライラしてただろうなぁ…。
Apr 30, 2004
職場に大学生二人が訪ねてきた。私が夜間に通っている中学校を卒業し、今年大学に入学した学生だ。その夜間学校に、私は初めBeca(奨学金制度)について説明するために訪問した。そのBecaの中には、来年大学生になる学生の生活資金を援助するという奨学金制度があった。彼らもそのBecaに興味を持ち、私と何度か話したことがあった。その時は残念ながら、その奨学金制度の選考から彼らは落ちてしまった。それらからしばらく経って、今回彼らが訪ねてきてくれたのには理由があった。現在彼らは国立大学に通っている。国立大学の授業料はニカラグアでは基本的には無料である。ただし、授業に関するテキスト等のお金は自己負担となり、その額が結構な額になる。また、授業中に教授が結構な量の資料を渡すが、その資料は無償配布されず、次の授業までにコピーして来なければいけない。そうなると、テキスト代、コピー代、交通費、文具代など授業料が無料といっても、他の自己負担代が結構かさむ。彼ら学生にとっては、それらが払えなくて生活が苦しいというのが現状である。交通費を浮かすために、片道30分かかる道のりを歩いて通ったりもしている。彼らは、それらの負担額を援助してくれないかと訪ねてきたわけである。残念ながら、私には何も出来ず、話を聞いてあげることしかできなかった。市役所職員に相談したところ、幸い市役所内でそういう学生援助の申請を受け付けているというので、彼らにそれらを紹介して、彼らと別れた。協力隊員として来ていて、配属先に派遣されているわけだから、基本的にはその配属先を支援すると言うのが目的だけれども、生活範囲が広がってくると、いろんなものが見えてくる。いろんな援助が必要とされていることがわかってくる。私達の目的は、この両手で技術を伝え、共に働くこと。それはわかっている。でも、支援全てが私達の両手で補えきれる訳じゃない。やはりお金も必要だ。そんな狭間でしばらく考え込んだ。
Apr 29, 2004
愛用のサンダルが壊れた。日本で5年前くらいに買ったTevaのサンダル。オーストラリアにラフティングに行く用に買ったサンダル。このサンダルで、いろんなリゾート地を回った。世界いろいろ。そしてここニカラグア。このサンダルは、いろんな地を踏みしめてきたことになる。そう考えると、このサンダルにはいろいろ思い出が詰まってる。でも、そのサンダルの紐が壊れたので、サンダルとして機能しなくなった。たぶん、ここで日本だったら諦めて捨ててたと思う。でもここはニカラグア。同じものは手に入らないし、このタイプのサンダルは売ってない。街には靴の修理屋さんがたくさんある。靴屋さんには大きなミシンやいろんなものが置いてある。ためしに修理屋に持って行ってみる。直せるとのこと!その金額…5コルドバ(35円)!35円でサンダルが蘇って、前と同じ用に履くことができる!すごい、ニカラグア。35円で直った。日本だと15000円くらいだして、同じものを買ってたかもしれない。ここだと35円。物は大切にすべきだ。つくづくそう思った。
Apr 28, 2004
久々にスポーツジムに行った。先週はマナグアにいたので、1週間ぶりだ。スポーツジムは月会費制だ。会費は月250コルドバ(1800円)。日本にいた時は、1万5千円とか月会費を払ってたから、日本に比べると断然安いが、こちらの物価を考えると非常に高い。市役所職員給料が1500コルドバ程度だから、約6分の1だ。来てる人はやはり金持ちそうと思われる層の人が多い。私がここのジムを選んだのは、・仕事(朝8時から)の前に通えること・シャワーがあることの2点だ。なるべく続けて通うようにしている。そのおかげで、日本にいた時よりは少し筋肉がついたように思う。毎月会費を手渡して払う必要があるこのジムには、私の知らない掟があった。入会日が各自違い、私の場合は22日入会なので、毎月22日に会費を払うようにしているが、今月22日はマナグアにいたので、今日まで払うことが出来なかった。払う日が22日で今日が27日。もう5日経過している。もちろん自動引き落としなんでシステムはないから、現金で渡しだ。こちらのDueno(経営者)の方針で、なんと月会費支払日を超えての支払い遅れは、5日ごとに50コルドバ(350円)追加という事だそうだ。そんなの知らないよ。そう言うと、見て、ここの掲示にそう書いてあるでしょ。って。えっ、そんな見えそうにもない掲示に、しかもスペイン語で書くなよぉ…それって某クレジット会社の規約書みたいじゃん…。しかたなく追加料金50コルドバ払わされた。むかっ。
Apr 27, 2004
フィガルパから同期隊員がレオンに遊びに来たので、夕方一緒に食事に行った。行った先はPizzaRoma(ピザ屋ローマ)。Romaって名前が付いているけど、やっているのはアルゼンチン料理。世界中どこに行っても、大抵中国料理屋とイタリア料理屋はある。イタリアで以前食べたイタリア料理は、意外にもあまり美味しくなかった。お店が外れたのかもしれない。日本で食べるイタリア料理が、私には一番美味しく感じた。さて、PizzaRomaで私達はピザとパスタを注文した。パスタはアルデンテ。ピザはとってもデカイ。食べた感想。パスタ最高、ビザ最悪。PizzaRomaってPizzaの名前が付いてるのに、ビザがこんなにまずいとは…。PastaRomaに名前変えた方がいいかも。
Apr 26, 2004
空港に、13年度3時隊の方を見送りに行った。彼女は、先日のUCA大学の日本語教師で、無事UCAの国際展を終えてからのため、帰国が、同期隊員と別になった。彼女の学校の生徒、協力隊員、ホームステイ先の家族など、たくさん見送りに来ていた。私もあと1年後には、この空港からニカラグアを去る日が来るのである。そう考えると、本当に後少しなんだなと改めて感じた。私が日本に帰るときには、何人が見送りに来てくれるだろうか…。ふと考えた。あの人は来てくれるかなぁ、あの人は…なんて考えてみた。誰も来てくれなかったらどうしよう…。誰も来ないんだったら、こっそり誰にも知らせずに帰った方がいい。そんなことを思ってたら、私の後の隊次15年度1時隊の子が、私なんて、17人も見送らなきゃいけない。って言っていた。彼女は怪我のため、同期15年度1時隊の隊員より、少し遅めにニカラグアに来たので、帰るのも同期隊員より遅い。ほかの同期隊員は、みな同じ日(でも別時刻)に去っていくので、彼女はその日一人、この空港で17人の同期隊員を一日中見送らなければいけない訳である。それはそれで大変だなぁ…。
Apr 25, 2004
夕方、隊員連絡所内が非常に蒸し暑く、そう感じていたら、雨が降り出した。久々の雨だ。ニカラグアの雨期はだいたい5月15日から始まると言われているので、ちょっと早めの雨だ。たいてい、ニカラグアの気候は日本と違って湿度が低いので、カラッとしているが、今日は非常に蒸し暑かった。雨が降った後、幾分和らいだが、すぐに温度が上昇して、蒸し暑さが戻ってきた。もうすぐそこまで雨期がやってきているんだ。
Apr 24, 2004
8月の開催に向けて頑張っている原爆展の申請が、とりあえず一段落した?とのことで、首都マナグアにあるアルゼンチン料理屋に出かけた。広島出身隊員は、同期14年度3次隊が3名15年度1次隊が1名、そして調整員が1名の計4名と調整員1名だ。こんなに広島出身隊員が集まるのも珍しいかもしれない。アルゼンチン料理屋は外観からして、火が焚いてありちょっとニカらしくない。中にはいると、綺麗な装飾品で飾られたレストランは、別世界って感じだった。私は8オンスの牛肉を注文した。その金額300コルドバ(2100円)。日本円で考えると、まぁまぁって所だが、市役所職員給料の5分の一である。ちょっと頼むのに気が引けた(^^ゞニカには珍しく、肉の焼き方を聞かれた。私は赤みのお肉が食べたかったので、Crudo(レア)を頼んだ。理由は、ニカの屋台ではいつも牛肉は丸焦げなので、たまにはあの赤みのお肉が食べてみたかった。ここのお肉なら、大丈夫かなと思ってレアで肉を注文した。しばらく待って待望の肉の登場。描いていたペロンペロンの肉と違って、肉の塊である。切ってみると、中は真っ赤である。外だけ焼けていて、中は真っ赤なお肉そのままである。お肉が焼けてないせいか、肉質のせいか、ナイフでは切りにくかった。でも、味はまずまず。もうお腹一杯。って言ってる隊員をよそに、サラッと私はお肉を平らげてしまった。隣の友人がお肉を半分以上残していたので、まだ腹7部目ぐらいだった私は、友人のお肉も平らげてしまった。ぺろり。お腹一杯になって帰ったその夜。あ~お腹が一杯でつらい…。お~お腹が痛いよぉ~。食い意地張りすぎた…。反省。もうしばらくはお肉はいいや。
Apr 23, 2004
昨日に引き続いて、UCAの国際展示会。相変わらず書道は大人気だ。どのブースト比較しても、日本ブースが圧倒的に人が集まっている。他のブースも見学してみることにした。中国、アラブ、ドイツ、スペイン、ニカラグア、コロンビア、エルサルバトルなどなど。昨日は展示会中、浴衣を久々に着た。白地に紺の模様が入った浴衣だったが、なんか病人みたいだった。今日はハッピを着てみた。ハッピで、歌を歌って、ソーラン節を踊って、素麺流しの手伝いをしたりして、無事国際展示会は終了。夜は、その打ち上げ。日本食を提供(無料)した日本ブースでは、できるだけたくさんのニカ人に味わってもらうと言うこともあって、私達日本人は日本食を食べることが出来なかったが、この打ち上げで、再度、素麺とかき揚げが登場した。素麺、かき揚げ。うまし!この晩は久々に盛り上がって、友人と「ジェンガ」っていう積み木ゲームで盛り上がった。(三津田のメンバーは覚えてるかなぁ…?)私はこのゲームで2回負けたので、罰ゲームとして、顔に落書きの刑を受けた。私の顔は、忍者ハットリ君になってしまい、油性のペンで書かれたハットリ模様は、なかなか消すことが出来なかった…。
Apr 22, 2004
首都マナグアにUniversidad Central Americana(UCA)という大学がある。ニカラグアでは唯一この大学内に日本語を教えるコースがある。もちろん教えているのは協力隊員。この大学で、Feria Internacional(国際祭り)が今日と明日の2日間に渡って行われ、日本ブースが出ることになったので、私達協力隊員も参加することになった。日本ブースでは、民芸品の展示・書道・日本食紹介が行われる。民芸品の展示では、日本人形、日本のおもちゃを中心に展示された。中でも大人気だったのは、書道と日本食だ。書道は、ニカ人の名前を漢字の当て字にして書いてあげて、それをプレゼントするというものだ。ニカ人は漢字で自分の名前がどのように記されるのか興味津々らしく、それを待つ人でブース内は若者で溢れかえった。筆を持っている日本人も頭を悩ませながら、ニカ人の名前の当て字を考えていく。書いている人も余裕が出てきたのか、当て字にも段々センスが現れ始めた。Dulce(スペイン語で「甘い」の意味)の子には、「甘い」と書いてみたり、Wendies(ウェンディーズ)の子には、「水曜娘」と書いてみたり…。中でも驚いたのは、Jema(ヘマ)という女の子に、「大失敗」と書いていた…(>_
Apr 21, 2004
明日、明後日と首都マナグアで用事があるので、マナグアに出かけた。午後からマナグアの日本大使館を訪問する。マナグアの日本大使館は非常に広い。ニカ人に日本大使館というと、1 manzana(100m×100m)の敷地の所だろって言われる。確かに、それ以上あるかもしれないくらい広い。その日本大使館の隣は、大使公邸だ。去年の8月に日本大使が変わった時に、大使公邸に招待されたことがある。凄く広い。プールもある。敷地も広い。でも、個人的には「日本」ってのをイメージして公邸にお邪魔したのだけれど、ちょっと中国チックなものとか置かれてて、なんか日本大使館の大使公邸って感じがしなかった。話は変わるが、私の配属先(市役所)にはまだインターネット環境がない。40万人もの市民のいる街なのに、その街の市役所にまだインターネット環境がない。このインターネット。開設費用がバカ高い。開設費用$1000(11万円)、月費用$350(4万円)である。しかも速度なんて日本のADSLよりも遅く、512Kbps程度である。ADSLなんてニカラグアにはまだまだない。だから、衛星インターネット等での接続になる。日本のADSL技術と価格がつくづくうらやましい…。で、レオン市役所にインターネットを入れたいわけだが、そんな開設費用や月費用なんて払えるわけがない。レオン市役所が。じゃ、市役所内にインターネットカフェをつくって、そこで安く市民にサービス提供し、そのお金で資金を回していくってのはどうだろう…。それに資金援助を大使館からして頂けないだろうか。と考えてみた。その話を今回大使館に持っていったわけである。この申請がうまくいきますように…
Apr 20, 2004
協力隊員には配属先に必ずカウンターパートと呼ばれる人がいることになっている。カウンターパートとは、協力隊員の相談役、世話役、技術移転する相手でもある。私のカウンターパートは、昨年の12月に変わり、今は32歳の同じInformatica(情報処理課)に勤めている青年だ。彼はとても好青年で、優しく人柄がとてもいい。なので、みんなから慕われ信頼もある。私も彼とは非常に話しやすく、彼がカウンターパートでとても良かったと思う。ただ、仕事と私生活は別なようで…。私のカウンターパートは昨年12月に結婚した。奥さんは職場の別の課で働いている。それから3ヶ月も経ってないのに、別のNovia(恋人)がいて、浮気をしている。そのNoviaは平気で職場に来て、カウンターパートといちゃついたりしている。そんな時に限って奥さんがカウンターパートの所に来て、すっごい気まずい雰囲気になったりする…。でも、浮気は彼に限ったことではなく、ニカラグアでは当たり前らしい。結婚はしているが、恋人がいるニカラグア人男性なんてこの国ではほとんどで、逆に奥さん一人なんて人の方が珍しい。恋人が1人ならまだしも、日替わりで恋人を変えるニカ人もいる。奥さんや他の恋人にバレないのかと聞くと、そこはうまくやっているらしい…。(そんなところは異常に器用である…)恋人はいないのかとニカ人に聞かれ、日本にいるよと言うと、ニカラグアにはいないのかと必ず言われる。俺はFiel(誠実)なんだ!って答えると、日本の彼女は他の彼氏を作ってたらどうする?おまえはニカラグアにいるから、日本の彼女が他の彼氏を作ってるかどうかなんてわかんないだろ。な~んて言われる始末である。ラテンの男は血が濃くて、そういうもんなんだと思うようにしているが、なんともラテンの女性はかわいそうである。
Apr 19, 2004
レオン休日の日曜日。レオン郊外のホテルに出かけた。そこはレオンでは珍しくプール付きのホテルだそうだ。自宅からタクシーで10コルドバ(70円)。ホテル サンクリストバルに到着。サンクリストバルとはニカラグア太平洋側地帯で、一番高い山の名前「サンクリストバル」から取ったものだ。フロントでプールの入場料として120コルドバ(840円)を払う。120コルドバは高いが、プールサイドで飲食物を120コルドバ分頼むことができる。つまり、プールを使うのなら、120コルドバ分の食べ物を食べて下さいな、というシステムである。プールは15m×10mでそんなに大きくもなく深くもないが、水質はまぁまぁ綺麗で、プールサイドはちょっとしたリゾートという感じである。2家族ぐらい金持ちそうな家族がプールサイドでゆっくりしていた。私もプールサイドの木陰に腰掛けてゆっくりリゾート…。これに海があれば最高なんだけどなぁ…。う~ん贅沢。昼食に120コルドバ分のチケットを使って、白身魚のフライを頼んだ。う、うまい!ここの料理は、ニカラグアで3本の指に入ると思うくらい美味しかった。サービスも良いし、立派なホテルといった感じだ。レオンの隠れた穴場。発見。そんなに安くはないのでちょくちょくは来れないが、今度何かを頑張ったときには、自分へのご褒美としてまたここに来てみたい。
Apr 18, 2004
ほとんどの週末、首都マナグアにあがることがここのところ多かったが、今週末はレオンにいる。あまりに暑いのでプールに出かけた。近所の私立高校が土日のみ一般に開放している。1回15コルドバ(100円)。ここの学校、嫌な思い出がある。前にXXXに乗ってプールにやってきたのだが、プールに入っている間に盗まれてしまった…。鍵は2つもつけてあったにも関わらず…。探したが後の祭りで、ニカ人に話すと、翌日には解体されて市場で売られてるよって呆気なく言われてしまった(>_
Apr 17, 2004
今日はレオンで日本の映画を上映した。今回で2回目の日本映画紹介。日本大使館に大使館所有の映画を借りて、私の任地である市役所で映画を上映することにした。準備等は全部一人でやらなきゃいけない。宣伝用のチラシ作りや、使用場所許可、会場セッティングなど。でも、いろんなことができて楽しい。前回は2月に行って、上映映画は「転校生」。日本の綺麗な景色が各場面にとりいえられており、ニカ人に日本を知ってもらうには良い映画だった。今回は「シコふんじゃった」。なぜかスペイン語題名は「Sumo Si、Sumo No」だ。直訳すると、「はい、相撲。いいえ、相撲」。なんかよくわかんない…。この映画は中米ではとても人気なため、映画の16mmフィルムの画質が悪く、スペイン語字幕が見えにくかった。にも関わらず、コメディタッチなこの映画は、来場者には非常に受けがよく、子供達はキャッキャと笑っていた。おかげで80名強の人たちが来てくれて、とてもうれしかった。「次回はいつやるの?」そう聞いてくれると、やって良かったなとつくづく思う。次回は、こちらでも有名なアニメなんかやれたらいいな。アニメも立派な日本文化の一つだ。
Apr 16, 2004
今日は仕事でむかついた。私の配属先Informaticaにはサーバが1台ある。私の着任当初はサーバが2台あったが、そのうち1台は壊れてしまった。このサーバ1台で、市役所業務を全て賄っている。税金収入等のシステムデータベースが、全てこのサーバに収まっている。ということは、このサーバ。壊れた日には市役所の重要データが「ぱぁ」になるということである。着任当初から市長等にサーバの重要性のプレゼンを繰り返し、サーバの見積を取り、やっと予算課のOKが出た。見積は見積で、企業は頼んだ見積を期限までに提出しないし、こちらが催促しに行かなければならない次第。ましてや、依頼した見積内容と違う内容が来るのなんてザラだ。そんな苦労もあったが、やっとOKが出たのが2月末。でも、いつまでたってもサーバが来ない…。あまりに遅いので、カウンターパートに催促してもらうようお願いした。カウンターパートが、「サーバは買えない」と言ってきた。私:「はっ?」カウンターパート:「予算がないんだ」ニカラグアの予算年度は1月から12月である。つまり今は予算が開始されたばかりである。私:「予算は取れてるよね。Informaticaの予算で買うはずじゃぁ…」カ:「そうだったんだけど、他の課でどうしても購入するものがあり、そちらに予算を回したそうだ」どうして予算取りした予算がなくなるのか。どうして他の課が勝手に予算を使うのか。カウンターパートは「ここ市役所では仕方がないんだよ」。そう言った。私の4ヶ月かけてやってきたことはなんだったんだろう…。あまりの計画性のない予算の使い方に、私は無性に腹が立った。でも、腹を立ててたって状況が変わるわけではない。もう一度再チャレンジだ。
Apr 15, 2004
市役所からの研修があった。INIFON(市役所援助機構)というニカラグア政府が主催する研修で、この研修、レオン近くのLasPenitasというPlaya(海岸)のリゾートホテルで行われる。研修内容は、財務部の新しいコンピュータシステムの使い方である。各市役所から、3~6名程度の財務部の人がやってくる。研修期間は3日間で、その間彼らはホテルに泊まり込みで研修を行う事になる。私のカウンターパートがその研修に参加するそうなので、私も前日にお願いして行かせてもらうことにした。ただし、3日間は長いので、初日の今日のみ。参加したかった理由は、「ニカラグアの研修とはどの程度なのか」を知りたかったのと、ホテルってのも興味があったので…。レオン市役所からは私を含めて5人。レオン県全体で約40名程度の参加である。朝9時から開始で、INIFONの人たちが順番にシステムについて説明する。資料もPowerPointなどでちゃんと作っている。11時にはコーヒーブレイクもあり、昼食ももちろん政府持ち。宿泊料もちろん政府持ち。市役所はお金がなくて、毎日あくせくしてるのに、あるところにはあるもんだ。肝心な研修内容は、カリキュラムに乗っ取ってきちんと説明しており、私が期待してたものよりも良かった。
Apr 14, 2004
今日から学生達は授業開始だ。私も夕方学校に行く。長期休暇明けのため、学生も半分くらいしか来ていない。少し予定時間より遅れて始まった授業。暑い…。こちらの建物は、あまり風通しなどを考えて建てられていないため、風が全然通らない。しかも、夜になっても一向に気温が下がらないため、教室内は蒸し風呂状態である。暑い…。暑すぎて授業を聞く気にならない。それでなくてもスペイン語授業なので、集中して聞かないと、何を言ってるのかさっぱりわからない。そんな私の集中力は、数分しか持たず、ノートでずっと仰ぎながら授業を聞いていた。学生達は暑さになれているのか、それとも忍耐力が備わっているのか、あまり暑がらずに授業を聞いていた。脱帽。
Apr 13, 2004
暑い。毎日暑すぎ。ニカラグアは、この所高温続きで歴代の最高気温を更新中の所もあるとか…。ちなみにレオンの歴代最高気温は42度で、この夏の最高気温は40度。今日も40度近い…。私の配属先には幸いエアコンがある。市役所全課にエアコンがあるわけではなく、情報処理課にはパソコンがたくさんあり、また市役所業務に必要なサーバがあるため、エアコンが導入されている。エアコンと言っても、日本みたいに温度調節はなく、ON,OFFのボタンしかないが…。そんな中、エアコンが壊れた。暑い…。外気とパソコンの熱で、部屋の中は温度が上昇…。集中して仕事ができる環境ではない。むしろ、部屋の外で仕事をした方がマシである。そんな暑い部屋の中で、仕事をしている人もいるが、さすがに私は降参して、他の課に逃げてしまった(>_
Apr 12, 2004
マナグアの連絡所にいると、見たことのない人が入ってきた。新隊員15年度3次隊だ。昨日、ニカラグアに到着したとのこと。協力隊員は1年に3回派遣される。私が14年度3次隊なので、ちょうど私の一年後の隊員がニカラグアに来たことになる。そして、1年後の16年3次隊が来る頃には、私は任期を終えて日本に帰っているはずである。こうして新隊員を迎えるたびに、時が過ぎているのを改めて感じる。現在のニカラグアの青年海外協力隊員の構成は、14年度1次隊…3名14年度2次隊…3名14年度3次隊…9名15年度1次隊…19名15年度2次隊…10名そして、今回の15年度3次隊…12名で、計56名。これに、シニア隊員、専門家をあわせると約100名近くになる。そのうち、レオン隊員の数は6名。私が派遣されたときには、レオン隊員はゼロだったが、現在は、私の隊次から増え続けており、今回来た15年度3次隊をあわせると、9名。そして、次の16年度1次隊で4名?来る予定なので、13名になる予定である。レオンに13名の日本人。マナグア隊員より多いんじゃ…。13名の日本人が、Parque(公園)やComedor(食堂)の一角に一斉にいたら、ニカ人も驚くだろうなぁ…。
Apr 11, 2004

友人達と、先週日曜に行ったPoneloyaという海にまた出かけた。さすが大型休暇セマナサンタ中。バス乗り場からして、人で一杯である。友人3人とタクシーでPoneloyaまで。料金80コルドバ(560円)。Poneloyaの海岸は、人・人・人で一杯である。日本で言う「夏!」って感じである。海は遠浅だが、引きが非常に強い。この海で会った他の隊員達は、海に入るなり「こらChino!(中国人)そっから先は危ないから、もっと浅いところで泳げ!」って早速言われてた。言ってたのはライフセーバ。ライフセーバ。彼らはCruzRoja(赤十字)と市役所DefensaCivil(市民救助課)で構成されていて、ボランティアで働いているらしい。普段は見たことなかったライフセーバだが、こう人が多いと、監視も必要になる。なんせ、このセマナサンタ中にニカラグアでは20人以上も海で溺れて死んだらしい。太平洋岸は非常に波が強い。それにニカ人のほとんどは泳げない。学校にプールもないし、街にもない。なので、泳ぎを習う機会がない。私達がいる間も、誰か救助されてたようだった。日本ではあまり海の怖さを感じなかったが、海の楽しさと怖さは隣り合わせだ。
Apr 10, 2004
今日は久々に「ブチ切れた」。マナグアからレオンに移動するため、私と友人4人はメルカド(市場)に向かった。いつもはたくさんミクロブス(小型バス)や大型バスがあるのに、今日は全然ない。セマナサンタ中のため、交通機関も休みなのだ。なんとか来た大型バスに私たちは乗り込んだ。バスに乗ってしばらくして、Cobrador(料金回収人)がやってきた。バスの通常料金は15コルドバ(110円)だが、セマナサンタ中のため、25コルドバ(180円)だという。確かに、世間のみんなが休みの中働いているので、少し割高なのはわからないでもないが、25コルドバは取りすぎである。周りのニカ人は怒りまくって、みんな20コルドバ(140円)しか払ってなかった。なので、友人二人と私も20コルドバ払った。他の友人二人は、20コルドバ札がなかったので、2人分を100コルドバ札で払って、お釣りをもらった。が。お釣りが、50コルドバしか戻ってきてないようである。つまり、1人あたり25コルドバ取られている。友人は、お釣りが更に戻ってくるのを待っていたが、一向に残りの不足10コルドバが返ってこない。私は席を立って、運転手とCobradorの所に行った。「友人のお釣りが10コルドバ返ってきていない」と私。「今日は一人25コルドバなんだ」とCobrador。私:「なんで、ほかの人は20コルドバなのに、彼らだけ25コルドバなんだ」。Cobrador:「ほかの人は、市場よりも後に乗ったからだ。だから20なんだ」。そんなことはない。ほとんどの人が市場で乗ったはずだ。私:「あ~じゃぁ、俺たちしか市場で乗らなかったんだね。そんなことあるか!」こっから、段々むかついてきた。ほんとニカ人の適当な嘘にはあきれる。私:「俺と友人2人は20コルドバで、他の友人は25コルドバなのはどうしてだ」私:「外人だからと思って25コルドバ取っていいと思っているのか」Cobrador:「20コルドバの人からは、降りたときに5コルドバ徴収するんだ」そんなわけはない。な~にを抜かすか、こいつは。私:「じゃぁ、神に誓うんだね、みんなから5コルドバ徴収するって」。それ以降、Cobradorと運転手はしゃべらなくなった出た。黙り作戦。余計にムカついて収まりがつかない私は、それ以降もCobradorと運転手に質問(半ば文句に近い)をしまくる。Cobradorと運転手:「…(沈黙)」5コルドバ。35円の問題かもしれない。でも、5コルドバだって大切なお金である。5コルドバあれば、私の大好物のレオン名物かき氷が食べれる(爆)。気に入らないのは、平等じゃないことと、嘘をつきまくるその態度。黙ってちゃぁ話にならんよ!しばらくして、私は引き下がった。この問答を見ていたニカ人が、運転手とCobradorに「radron!(泥棒!)」と言ったのがきっかけで、5コルドバずつ友人に返してくれた。レオンに帰るまでずっと気分が悪かった。
Apr 9, 2004
今日でニカラグアに来てちょうど一年になる。日本を出発したのが2003年の4月7日。東京→カナダ→メキシコ→グァテマラ→エルサルバトル→ニカラグアと経由して、ニカラグアに着いたのが4月8日。この1年、あっという間だった。ちょうど半年を過ぎた10月頃から、その勢いは加速度を増した。生活の充実度が増すと共に、時が経つのも早く感じたのかもしれない。あと1年。あと1年しかない。あれも、これもやりたい。やらなきゃいけない。あそこも、ここも行きたい。この一年間いろいろあった。楽しかったこと、怖かったこと、嫌だったこと。でも、断然楽しかったことが多かった。一番良かったことは、いろんな人と知り合えたこと。街を数分歩けば、知り合いが「Hola!Como estas?(やぁ元気?)」って声をかけてくれる。日本じゃ、きっと考えられなかったこと。ニカラグアではいろいろあったけど、ここに来て本当に良かった。今あらためてそう感じる。
Apr 8, 2004

ニカラグアにはお風呂という習慣がない。ニカ人はだいたい朝、水シャワーを浴びる。そんなニカラグアにも、温泉があった。温泉はマナグアとフィガルパの間にある。日本みたいに、湯気がふぁ~んと沸いてるようなものではなく、プールのぬるいバーションだ。みんな水着を着て入る。温度は30度くらい。気候も30度くらい。同じだ。でも、普通のプールに比べるとあったかい。でも、お湯は汚い。(シャワーして入れよ!)この温泉プール、一般用とホテル用に分かれていて、一般用は20コルドバ(140円)。ホテル用は宿泊費35ドル(約3600円)。当然、一般用は休暇中もあって、たくさんの人。私と友人は、こっそりホテル用の温泉プールに行った。人がほとんどいない。リゾートだ…。大きなプールと小さなプールがある。大きなプールは、やはり30度くらい。小さなプールは誰も入っていない。そっと足をつけてみる…。暑い…。足から入って浸かってみる。ふぁ~~ん。あっ。この感触。この温度。忘れかけてた温泉のここちよさ。温泉最高。温泉バンザイ。日本バンザイ。2時間くらい温泉に浸かってました…。また来たい…。
Apr 7, 2004
午前中働いたが、午後は16時まで。明日は午前中のみの仕事。仕事が一段落したので、休みを取ってフィガルパに行くことにした。フィガルパはニカラグアの中心に位置し、酪農の街。レオンからはマナグア経由で約5時間。マナグアからフィガルパ行きのバスは、ニカラグアでは珍しく綺麗なバスで、ちょっとだけリクライニングできた。ニカにこんなバスがあるなんて驚き!レオン→マナグア間は一本道が、原っぱの中を通ってるだけだが、マナグア→フィガルパ間は、いくつもの山を通過するクネクネ道だった。景色がどんどん変わっていくこの道は、私にとっては新鮮だった。フィガルパでは友人宅に泊めてもらった。暑い。蒸し暑い。フィガルパ→酪農の街→高台をイメージしていたので、街の気候も涼しいと思っていたのに、暑かった。早速、酪農の街フィガルパのお肉を食べに言った。冷房付きのレストランだ!お肉も柔らかい。さすが酪農の街フィガルパ!ニカラグアで食べるお肉は、だいたいゴムみたいなお肉ばっかり。柔らかいお肉が久々に食べれて、満足。じゃあこのままぐっすり睡眠?いや、暑すぎて寝苦しい夜だった…。
Apr 6, 2004

今日からセマンサンタ(キリストの復活祭)のため大型連休に入ったところが多い。1週間休みなので、土日併せて約9日間の休み。学校機関、企業等は休みのところが多いようだ。が、残念ながら市役所はお仕事。水曜の午前中までお仕事。ほとんどの協力隊員は学校機関で働いているので、すでに長期休暇に入って、カリブ海側に言ったり、山に登に行ったり…。ま、いいか。仕事楽しいし。午後から、市役所の道の前で何か始まった。Alfombraといって、直訳するとじゅうたん。道の上に土を置いて、水でしめらす。その上から、絵の具やおがくず等で色つけをしていくものだ。絵は、キリストのImagen(肖像画)中心のものが多いが、どれも美しい。今日は1Cuadra(道の1区画)だけだが、金曜日には、私の住んでる家の近くで10Cuadra、このAlfombraが連なるそうだ。もちろん市役所の道前だったので、私の職場は特等席!働いたご褒美かな。
Apr 5, 2004

レオンからバスで約30分の所にPoneloyaというPlaya(ビーチ)がある。太平洋岸で、ここから遙か先に日本がある。はず。夕方、ホームステイ先の家族・親戚とPoneloyaに行った。約1年前に友人と来た時は、日中2時間いただけで肌が焼けまくって、体がかゆくて眠れなかったが、夕方なので日射しも穏やかだった。太平洋岸で波が高いので、ちょっと中州のようになったところで泳いだ。ニカ人のほとんどはNadar(泳ぎ)を知らないので、だいたいBanar(水浴び)である。20メートル先にちょこっとした砂島があったので、そこまで泳ぐことにした。泳いでる内にどんどん自分が進む方向と別の方向に流されている。流れはどんどん急になる。やばい!このまま流されれば、大波のうなっている海だ。必死で元いた場所に戻ろうとする。自分が流されて戻れない。どんどん景色が変わっていく。必死で泳いだ。なんとか海と合流する地点の手前の岸に。必死で岸の岩をつかむが、岩がもろくも崩れ去る。ダメだ!もう一回。なんとか岸の岩にしがみついて、岸に上がった。あともう少し遅かったら、海に流されていたかもしれない。ホッとしたと同時に、もし流されてたらと思うとゾッとした。自分が泳ぎ始めた地点から、100メートルは流されていた。泳げるからと言って、海を甘く見てはいけない。反省。
Apr 4, 2004

朝からお腹の調子が悪い。正露丸でも効かないので、前にニカの病院でもらった薬を飲んだら、少し楽になった。夕方から、家で結婚式があった。家の大家の親戚(18歳女性)が、スペイン人のCooperante(協力隊員)と結婚するのである。結婚式に出るのは、ニカでは2回目である。1回目は去年の12月。私のカウンターパート(一緒に働いている人)の結婚式。日本にいたときは、生まれて2X年で、結婚式に出たのは数回なのに、1年の間に2回も結婚式に出るのは驚きである。それだけ、ニカラグアでは家族・親族の繋がりが強いからであろうか。結婚式はおきまりのスタイル。誓いの言葉、結婚届にサイン、指輪の交換、そして二人のダンス。これが終わると、結婚式場はDiscoteca(ディスコ)に変わる。Bacanal(宴会)が始まって、飲んで、騒いで、踊って…。結婚式なんてどっかに行って、もとからここは宴会場だったんじゃ…って思うくらいの変わりぶり。日本では、式会場の人たちが食事などを配ったりしてくれるが、ニカラグアでは主催者側が全部来てくれた人にServir(サービス)しなくてはいけない。たいへんだ。残念ながら私は朝から体調が思わしくなかったので、結婚式だけ参加して、そのあと部屋で休んだ。周辺の住居かまわず大音響で、踊って飲んで、宴会は夜中の2時まで続いたとのこと…。
Apr 3, 2004
朝から首都マナグアに向かった。市役所の収入は市民の税収入が主だが、その徴収のためのBoleto(請求書)をマナグアで発行するためだ。市役所の車が、朝6時半に家に迎えに来てくれると言っていたので、朝食を食べていたら、6時20分にChofer(運転手)が迎えに来た。ニカラグア時間はたいてい6時と言ったら7時に来るので、6時半だと、せいぜい7時くらいかなと思ってたら、予定より10分も早かったので驚いた…。盗られるものは何もなさそうなカミオネータで(1980年製の荷台がある車)で、職員達とマナグアへ。マナグアではXeroxに向かった。日本ではFujiXeroxという合弁会社で有名だが、ここではXerox。あのコピー機の会社だ。ニカラグアに来て初めて、オフィスらしいオフィスをみた。受付嬢がいて、仕切られた各部屋があって、応接室があって…。日本のオフィスとは比べものにならないが、ニカラグアで見た中では、社員が割ときびきびと働いていて、仕事も速かった。Boleto(請求書)の発行が終わったのが18時。おんぼろカミオネータは何台もの車に抜かされながらも、夜道をレオンへと…。
Apr 2, 2004

現在、私の配属先には3人の学生がインターンシップに来ている。インターンシップとは、最近日本でも導入され始めたが、在学中の学生が、企業で体験勤務する制度。ニカラグアでは、日本よりも随分前から導入されているようだ。彼らは2月から市役所のInformatica(情報処理課)で体験勤務し始め、明日の金曜日で終了する。彼らはとても勉強熱心で、いろいろ質問してきてくれたと事で、私も勉強になった。スペイン語もいろいろ学んだし…。そして、情報処理課に他の課から新しく女性が転勤してきた。それもあって、私の家でDespedida&Bienvenida(送別会と歓迎会)をやることにした。昨日から、仕込みをして、カレーを作った。といっても、所詮、具を刻んで炒めて煮込んでルーを入れる程度だが…。味はまぁまぁ。ちょっと薄かったかなと感じたが、美味しいと言って食べてくれた。学生、職場の人入れて全部で9人。みんなで食べたので美味しかった。早いもので、もう4月。もう少しで赴任して1年になる。1年だけど、毎日いろんな出来事があって、本当に充実している。日本にいるときだったら、働いて帰って寝て…。そんな生活が毎日続いてたような気がする。こうしてここニカラグアに来ることができ、そしてこうやっていろんな人と生活できることに、改めて感謝。
Apr 1, 2004
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