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今回参加させてもらったプレゼンは、私が発表した初日から3日間続く。翌日は、同ニカラグア隊員でこのプレゼンが行われているUNI(国立技術大学)でコンピュータ技術隊員として働いている友人のプレゼンを聞きに行った。彼女はこのUNIという大学でOracleというデータベースについて授業する予定になっており、彼女のプレゼンは「PHPとOracle」についてであった。プレゼンを聞いて素直に思ったのは、・すごくシンプルでわかりやすいということであった。話したい内容が簡潔にまとめられてあって、非常にわかりやすかった。昨日、今日と他の人のプレゼンを聞いているが、ニカラグア人、メキシコ人どのプレゼンを聞いても、プレゼン時間が非常に長く(1時間から1時間半)、途中で集中力が切れてしまう。とかく、集中力のないニカ人にとっては、切れるのがもっと早い。そういう面からしても、言いたいことをあれこれ言うのではなく、簡潔にまとめることは、聞いてる側にも内容を理解させやすく、大きな利点であると思った。と同時に、アプリケーションを使った実際のデモもあったので、見ている側としても、アプリケーションがどのような動きをするのかがよくわかった。学生達も非常に真剣に聞いていたようだ。特にプログラムについては、いろいろ聞いていた。日本では、プログラマーはあくまでプログラムを作成する人で、プロジェクトマネージャーがそのプロジェクトを仕切るつまりは責任者となり、責任も地位もその分高い。でも、ニカラグアはまだまだプロジェクトとして発展しておらず、最高レベルはプログラマーとなっている。つまり、プログラムが出来る人(組める人)がこの国ではエンジニアとしてトップの地位なのである。日本のように次から次へと新しく改良されたプログラムに乗り換えたりしないので(というか、乗り換えれないので)例えばVisualBasicを知ってれば、それだけでこの国では5年間は飯が食っていける。確かにプログラマーの仕事も大切ではあるが、もっと大きな目でそのプロジェクトを統括していく力を身につけていって欲しいと思う。話が少し横にそれたが、他の人のプレゼンを見て、いろいろと勉強になり良かった。
Jun 24, 2004

久々の日記更新。ここのサイトに来て頂いてた皆さんには、大変ご迷惑をおかけしました。「また更新されていないのかよぉ~」と何度思われたことか…。この8月は広島原爆点の準備、そして9月は任国外研修旅行で国外へ。そうこうしてたら、日記の更新が遅くなってしまいました。前回の続きから書かせて頂きますが、なるべくはやく最新日記に追いつくように書いてきますので、これからもよろしくお願い致します。さて、話は日記に戻って…。UNI(Universidad Nacional Ingeneria)国立技術大学でのプレゼン当日。朝早く起きて、プレゼンの通し練習をしてみる。持ち時間は全部で1時間。そのうち45分がプレゼンで、15分が質問タイムとなる。私のプレゼン内容は、「Tendencia de Base de datos (Oracle・SQLServer) eIniciacion del Diseno de Base de datos」日本語では「データベースの動向(Oracle・SQLServer)とデータベース設計入門」となる。プレゼンの通し練習をしてみると、時間が1時間弱かかることに気づいた…。仕方がないので、第5章の「データベース設計」を削ることにした。日本語で話すと45分で収まるのだろうが、何せスペイン語なのでそんなに流暢にも話せないので。さて、朝10時頃会場に到着。私のプレゼンは昨日急遽、朝11時からに変更になった。私の前にプレゼンする方、つまりトップバッターはニカラグアで一番大きなコンピュータ企業の代表取締役である。日本で言えば、日本IBMと言ったところだろうか…。そんな人の後にプレゼンするのだから、余計緊張してしまう。その彼のプレゼンはまだ始まっていなかった。予定だと10時開始だが、ここはニカラグア。日本みたいにキッチリ始まるはずがない。10時15分に彼のプレゼンが始まり、私の開始予定時間11時を越えても平気でしゃべっていた。彼のプレゼンが終わったのが11時半。予定を30分もオーバーしている。いよいよ私の番だ。係の人から、プレゼン45分質問15分で終わらせてくださいと言われた。司会者が私の紹介を簡単にしてくれて、いよいよプレゼン開始。昨日までは、入場料US60ドルも払って誰がこのプレゼンを見に来るのかと思っていたが、なんと会場には400人近くはいる。私の職場の人もレオンから聞きに駆けつけてくれた。いやぁ、さすがに400人を前にだと緊張する。なるべく聞いている側に飽きさせないように、聞いている人にいろいろ質問しながら進めることにした。時間が押しているので第5章「データベース設計入門」は省略しますと言ったところ、ブーイングが起きた。「でも時間がおしているし、みんなお腹空いているでしょ?」と聞くと、「NO-----!」と…。うれしい返答であるが、「もし時間が余れば、第5章に戻りますね」と言って、も、今回聴衆者がどのあたりの技術レベルを持っている人たちなのかの全く検討が着かなかったため、聴講対象レベルを、データベースについて聞いたことがない人でもわかるようなレベルに設定した。結果的に、聴衆者の多くはデータベース経験者が多く、技術的な事を多く吸収したかったようだ。いろいろ反省点はあるが、こうしてニカラグアの大学でプレゼンをさせてもらえたことは、私の中でとても良い経験になった。
Jun 23, 2004
明日、大学でのプレゼンのため、午後から首都マナグアに上がる。夕方マナグアに到着し、大学の会場に下見に行く。大学はUNIと言う大学で、Universidad Nacional Ingeneriaの略である。日本語訳すると、国立技術大学となる。ニカラグアの技術系大学ではトップらしい。この大学で、明日約1時間に渡ってカンファレンスでプレゼンをする。ニカラグアでは初めて開かれるコンピュータ関連のカンファレンスで、3日間に渡って行われる。プレゼンをする人たちは、メキシコの大学から来る教授陣だったり、ニカラグアの有名企業の人だったりするらしい。入場料はUS$60!コルドバ(ニカラグア通貨)の間違いではないかと聞きなおしたが、US$だった。何回かニカラグアの新聞にも、このカンファレンスの広告が載っていた。私の名前も…。到着すると、会場は急遽図書館の2階に変わっていた。明日の朝8時半から開会式がある予定なので、前日の夕方には、もうとっくに準備なんぞ終わってるだろうと思ったら、そこはさすがニカラグア…。まだ会場の準備中だった…。入場料にUS$60も取るカンファレンスながら、会場は思ったよりショボかった。これでUS$60も取って、お客が本当に来るんだろうか…。プレゼンのイメージをつかむために会場に出かけたが、会場設営中であまりイメージもつかめないまま会場を後にした。夜、明日のプレゼンの順番が変更になったと連絡があった。午後1番の予定だったのが、午前のメインプレゼンの後に、私のプレゼンが来るらしい…。あ~どうしよう…緊張。
Jun 22, 2004
先週から、協力隊員視察の旅と題して、ニカラグア協力隊員の4家族が日本からニカラグアへ旅行に来られていた。その2家族と、夕方食事に出かけた。2家族は両方とも私と同期の14年度3次隊の家族で、彼らと、その他14年度3次隊の隊員達で中華料理を食べに行った。やはり家族と久々に再会した隊員はうれしそうである。いろいろとお話を聞くと、ご家族の方はニカラグアが好きになったと言われていた。来た当初、「ニカラグアに来られた感想はどうですか」と聞かれて、どう答えて良いか戸惑われたとの事であったが、1週間ニカラグアを旅され、「今はニカラグアが好きになった」と。最後に、「久々にお子さんに会われて、どう感じられましたか」と質問してみた。「子供が配属先で現地の人と一緒に働いている姿を見て安心しました」と。私の親も、2月にニカラグアに来た時に同じ事を言っていた。「現地の人と馴染んで一緒に働いている姿を見て安心した」と。親が子を思う気持ちはそうなのかもしれない。
Jun 20, 2004
昨晩はグラナダにいらっしゃるJICA専門家の家に泊めて頂いた。ちなみにプール付きである…。朝食をご馳走になった。ご飯、みそ汁、納豆、だし巻き卵、サラダ…。懐かしい食材が並ぶ。特に納豆は最高にうれしい。だいたいどこの国にも納豆は売ってるだろうと思われるかもしれないが、ニカラグアには日本食材を売っているお店はない。中華食材屋があるくらいである。だから、納豆なんてめったにお目にかかれない。昨年日本に一時帰国した際にも、一番始めに口にした食事は、納豆ご飯であった(^^ゞここのお家では納豆菌を持ってきて、納豆を作っているらしい…。ニカで売ったら、日本人には絶対売れるだろうなぁ~。(ニカ人は絶対買わないだろうけど…)お昼は素麺をご馳走になった。暑い時には素麺はもってこいである。日本にいた時は、えーっ、今日も素麺?な~んて言っていたが、今ではありがたき素麺である。こうして、グラナダの旅は美味しい日本食で締めくくることが出来た。満足満足。
Jun 19, 2004
ニカラグアにグラナダという街がある。ニカラグア湖のほとりにあるグラナダの街は、スペインのコロニアル調建物が多く、街も綺麗だ。そのせいか観光客も多い。今日は広島原爆展の場所下見のため、このグラナダを訪れた。私達は、この7月末から8月15日にかけて広島原爆展をニカラグアで開催しようと準備を進めている。きっかけはいろいろあるが、ニカラグアの協力隊員には、広島出身者が4人もいる。今年の2月から、広島平和記念資料館、JICA中国の方の協力のもと、いろいろと原爆展に向けて準備を行ってきた。開催場所は、私の任地であるレオンを始め、グラナダ、そして首都のマナグアの3都市で、各土日に行う。グラナダの会場は、Casa de los Tres mundosという展示会場。オーストリア人が寄贈したこの施設は、本来借りるのにお金がかかるが、グラナダにいらっしゃるJICA専門家の方と、展示会場の代表の方のご厚意により、無料で借りることが出来るようになった。実際に会場に行き、配置等を決め、借りるものを検討する。段々、私達が計画してきたことが、こうして形になっていくことが楽しい。夜、専門家の方のご厚意に甘え、イタ飯をご馳走になるが、ワイン1杯飲んだところで、気分が悪くなった。やはりまだ体調が完全には回復していないのだろうか…。
Jun 18, 2004
日本食のおかげか、熱が37度台まで下がったが、まだ本調子ではないので、マナグアの連絡所で、1週間療養することにした。本当は先週からやらなければいけなかったプレゼンの準備を始める。来週、マナグアのUNIという大学でプレゼンをする。UNIとはニカラグアの国立技術大学で、そこで第1回のコンピュータ会議 inニカラグアが開かれるのである。もともとは、このUNIという大学に隊員が派遣されていて、その隊員から、だれかプレゼンをやってみる人はいないかと誘われて、やってみようと申し出た次第なのである。とは言っても、いったいどんな人が来るんだろうか?来る人のレベルはどのくらいなんだろうか?入場料の金額を聞いて驚いた。一般 US$60学生 US$30単位はアメリカドルである…。いったい誰がこんな金額で来るんだろうか…。とりあえず話すテーマは、「データベースの動向(Oracle・SQLServer)とデータベース設計入門」と決めた。話のストーリーを決め、パワーポイントを作成する作業が始まった。もちろんスペイン語での資料、講義である。先は長い…。でも、発表まであと1週間…。間に合うか…?
Jun 14, 2004
レオンにいる同期隊員が見舞いに来てくれた。ありがたい。熱が38度台に下がっているので、マナグアに上がることにした。私の家は、私以外にも大家が病気なので、あまり環境は良くない。さらに、食事もニカ飯は食べることが出来ず、毎食フルーツと水だけなので、栄養的にも病気にとっては良くない。やはりこんな時は日本食である。マナグアまで体が持つか不安だったが、バスに乗って、隣の席の分も追加料金を払って、なんとかマナグアの連絡所までたどり着けた。友人に付いてきてもらって、スーパーで食べたいものを購入する。友人がおかゆと野菜料理を作ってくれた。ありがたい。日本食バンザイ!やはり病気になった時は日本食に限る。
Jun 12, 2004
朝方は熱が38度台に下がるので、診察に行くことにした。処方箋を持って薬局に行く。注射器や、注射器に入れる薬剤等を購入した。ニカラグアでは普通に注射器が購入でき、誰でも注射を打つことができるらしい…。この日から、午前と午後にお尻に注射を打つことになる。家の大家が「注射打ってあげようか?」と言ってくれたが、一応、家の近くの看護婦に来てもらって打ってもらった。この注射、とっても痛い。しかも、こちらの人は「はーい、これから打ちますからね。力まずに、リラックスして~」なーんて、前置きが長い。もーぅ、さっさと打って。
Jun 11, 2004
昼食後、少し仮眠を取って目が覚めると頭が痛い。職場に行くが、頭痛がおさまらないので、家に帰って休むことにした。熱を測ると38度。何時間かおきに測るが、熱がどんどん上がっていく。頭が割れるように痛く、目の奥が痛い。この日から、39度の熱が3日間続くことになる。
Jun 9, 2004
郵便局に行くと、私書箱に荷物が届いていた。「どの荷物?」と郵便局員に聞くと、「それ」と指さされた。見ると袋に入った荷物が7袋。「これ全部?」と聞くと、「そう」と郵便局員。宛名を見ると、以前働いていた職場の人からの荷物だった。重さがかなりあったが、全部抱えて職場まで戻った。中を開封すると、雑誌が約60冊。パソコン雑誌とビジネス雑誌である。う~ん、ありがたい!このニカラグアで雑誌というものは、スペイン語の雑誌でさえまだまだ普及して折らず、日本の近況を知るには、日本の雑誌が一番である。感謝感謝です。でも送料を見ると…。金額 計35000円いいのかなぁ…。でもお言葉に甘えて。会社にいる時は、同じ担当ではなかったので、この方とは働いたことはなく、顔合わせくらいだったのですが、うれしい限りです。どれから読もうかなー。わくわく。
Jun 8, 2004

6月7日。この日は私のニカラグアでの活動において、記念に残る日となった。朝早くマナグアを出発し、直で市役所に出勤した。この日は午後から、Consejoとの会議が予定されていた。Consejoとは、直訳すると「審議会」市役所の組織的には、市役所の上部は市長であるが、その市長の上に、Consejoが位置する。全ては市長の承認を得、Consejoの審議会で決定されてからその案件は了承されたことになる。Consejoのメンバーは、日本で言う衆議院、参議院みたいなもんである。さて、先月、私の配属先であるInformatica(情報処理課:実際には課ではないが)は、市役所の中でなんの権力も持っていないため、Departamento(課)もしくはDireccion(部)への昇進を市長にプレゼンした。市長の了承は得たが、最終的にはConsejoの了承を得ないと行けない。そのため、私達Informaticaの人間は、今日のConsejoの審議会で、Departamento(課)等への昇進を要求することにした。私達の順番は、最後から2番目だったので、その順番を待つことにした。1番目に議論された案件は非常に興味深かった。内容は、街中への携帯アンテナの了承である。ニカラグアでも今は携帯ブームであるが、ある携帯会社が、レオン市内に携帯用の大きなアンテナを建てたいというものである。しかし、歴史の町並みが残るこのレオン中心部に建てることは、町の景観を損ねてしまう。あーそういえば、日本にもこんな問題があったな、と思い出した。今日となんかが良い例である。審議会の決定としては、この案件については「とりあえず建ててみて、様子を見てみる」という事になったようだ。私の考えは、技術はいくらでも進歩できるけれども、歴史は取り返せない。だから、携帯会社は大きなアンテナを小さくしてから、もう一度このConsejoに相談して欲しいと思ったのだが…。さて、私達の番がやっときて、外部からの意見と言うことで、私が客観的に見た視点で、Informaticaの重要性という観点からプレゼンを行った。市長にプレゼンした時はあまり緊張しなかったが、今回はすごく緊張した。でも、自分のペースでゆっくりと話すことが出来たように思う。そして、最後にケツが取られた。「このInformaticaのDepartamento(課)への昇進を賛成するものは挙手願います」その瞬間、全員の手がぱっと挙がった。今思い出しても、鳥肌が立つ。会議終了後、私達は全員でDepartamento(課)への昇進を喜び合った。そこには何かやった!という達成感があった。ここに来て、彼らと働け、そして何か役に立てたことが素直にうれしかった。
Jun 7, 2004

お昼前に同期の隊員とディリアンバという町に向かった。この町には、同期隊員1名と現地語学研修の時にお世話になった先生が住んでいる。その先生の家で合同誕生日会が開かれることになった。祝われる人物は、同期隊員3名、私、先生の娘の計5人。なんでこんなにたくさんになったかというと、同期隊員内で誰かが誕生日の時には、毎回誕生会をやっていたのだが、今年4月から、なかなか全員が集まれなくて、今日まで延び延びになっていたのである。作ってくれた日本食を食べながら、プレゼントの時間になった。私が同期隊員からもらったプレゼントは…。タンクトップと筋トレマシン。タンクトップはNicaraguaと書いてあるもので、筋トレマシンは、一時通販で流行った、うつ伏せになってバーベルのようなものを前後に移動させるもの。俺にこれ以上筋トレをしろってか?タンクトップはジムに着ていけるし、筋トレマシンは一度やってみたかったし、うれしいものである。着替えてやってみろというので、その場でタンクトップに着替えてやってみた(爆)一番うれしかったのは、みんなからもらった一枚のメッセージカード。ある隊員が私の似顔絵を水彩画で描いてくれ、そのまわりに同隊員からのメッセージ。みんな思い思いに書いてくれて、どのメッセージも温かい…。今こうしてニカラグアで生活できるのも、こうして同期隊員の支えがあるからだと思う。感謝。
Jun 6, 2004
お昼にニカ人の家で、コロッケと炒飯を作った。炒飯はまぁ日本食ではないが、まぁ日本でもよく食べると言うことで…。評判は良かったようだ。ちょっとジャガイモをふかしすぎたので、コロッケが柔らかかったけど…。夕方、ニカ人の家に3人訪問者がやってきた。1人はニカ人で、その家のニカ人と知り合い。あと2人はコロンビア人だった。彼らとお酒を飲みながら、日本やコロンビアについての文化を話し合った。コロンビアってやはり麻薬ってイメージがあるけど、実際はどうなの?なんて質問もした。彼らは笑いながらも、教養を持ってる人たちのようで、きちんと話に的確に答えてくれた。その後、別の友人の家の誕生日会に招待されたので、そのコロンビア人たちとは別れて、ニカ人の友達と誕生日会に行った。後日わかったことだが、友人がそのコロンビア人の家に遊びに行ったらしいのだが、友人の飲み物にDrag(薬)を盛られたらしく、その友人は目が覚めると裸だったらしい…。えーっ…!。そんな人には見えなかったのに…。やっぱコロンビア=麻薬なのかぁ???ちょっと怖くなった。
Jun 5, 2004
昨日は誕生日会で遅かったので、朝はゆっくり。夕方、ニカの友達がDVD「Lost In Translacion」という映画を借りてきてくれたので、それを見ることにした。この映画は、日本でも既に公開されていると思うが、日本の東京が舞台で、ある俳優と、夫の仕事に同伴してきた妻が東京を舞台に知り合うというものらしい。東京が舞台と言うことなのでワクワクしながら見始めたが、これって、パークハイアット東京の宣伝?って思うくらい、ホテルシーンが多く、あまり映画全体の動きがない。始まって30分ぐらいで寝てしまったので、どんな映画だったかはわからず仕舞いである。しばらくして、携帯に友人から電話がかかってきた。友人は現在アジア内の日本大使館で働いていて、私の出発する一ヶ月前に日本から旅立っていった。もう一年以上も会っていない親友から、思いがけない電話。しかも日本じゃなくて、異国からの電話。15分くらい彼と話しただろうか。メールでは時々やりとりしていたけれど、やはり電話でこうしてお互いの近況を報告したり、とりとめもないことを話すことが出来るのは、幸せなことである。彼も私と同じで契約期間は2年間。働く内容も働く場所も文化も違うけれど、きっとこの2年間は、お互い何かをつかむための実りのある2年間であるに違いない。
Jun 4, 2004

今日は誕生日。ついに2X歳になってしまった…。初めはニカラグアで誕生日を迎えるのも最後なので、レオンの家で過ごそうと思い、私:「家で誕生日会をしたいんだけど、人を呼んでも良いかな」家主:「誰を連れてくるの?何人?日本人だけだよね」セキュリティを気にするのはわかるけど、あまり人を連れてきて欲しくないみたい…。確かにセキュリティも大事だとは思うけど、自分のお世話になっている人を気軽に家に呼べないのは、ちょっと息苦しくて不快だった。ちょうど明日マナグアで会議があるので、午後からマナグアに上がることにした。午前中仕事場に着くと、いろんな部署の人がおめでとう!って祝ってくれ、誕生日プレゼントをくれたり、食べ物を奢ってくれたりした。なかでも予算課の女性陣は、私を取り囲んで、みんなで誕生日の時に歌う歌を歌ってくれ、凄くうれしかった。家に帰ると、家主のママがご馳走を用意して待っててくれた。午後からマナグアに行くことを話すと、「夕方、あなたを驚かそうと思っていろんな企画を考えてたのに!」と言われた。少し悪いことをしたかなと思ったが、マナグアに行くことに決めたので、マナグアに向かった。マナグアでは明日の会議のため、隊員全員が集まってきていた。夜、仲の良い同期隊員たちとご飯を食べに行った。せっかくなので、仲の良いニカ人も呼んだ。ご飯を食べた後、そのニカ人の家に行った。家に着いたら、家の電気は消えて、玄関からキャンドルが家の中まで灯されていた。私がトイレから戻ってくると、テーブルの上にケーキが用意されていた。あーみんなで食べるケーキね。な~んて思ってたら、ケーキに「Felicidades!Yoichi Machuda!」って書いてあった。ケーキにはロウソクも…。そのケーキは友人のニカ人から。「Masuda」じゃなくって、「Mashuda」って書いてあるところが、なんか、かわいらしかった。何年ぶりだろう…ロウソクの火を消すなんて…。凄くうれしかった。仲の良い同期隊員と仲の良いニカ人に囲まれて、こうして誕生日の日を最後まで良い時間として過ごすことができ、最高に幸せだった。今日は本当に忘れられない、良い一日だった。
Jun 3, 2004
昨日ガムを噛んでいたら、左奥歯の詰め物が取れた。かなり大きな詰め物なので、マナグアの歯医者で詰めてもらうことにした。ニカラグアの医療は日本と比べるとかなり低いが、とりわけ歯医者に関してはひどい。口の中は非常に衛生面に気を遣う必要があるが、器具等の消毒がされていない場合が多く、器具の状態も悪いようだ。紹介されたマナグアの歯医者は、日本と同じレベルとまでは行かないが、ニカラグアの中では比較的良い方だった。取れた詰め物(セメント)だと、また取れるわよ。材質を変えた方が良い(コロナ)んじゃない。と言われたが、とりあえず前の詰め物を詰めてもらって、治療は終わった。夕方、ニカ人の友達とMariscos(シーフード)のレストランに行った。ニカラグアは鶏、肉類が主食なので、シーフードを食べる機会がほどんとない。きれいなレストランで、味も美味しかったし、ニカ人のおごりだった(^^)。食後レオンに帰るので、バス発着所のメルカド(市場)まで送ってもらったが、その友達のニカ人は、バス発着所がどこにあるかを知らなかった…。市民の足であるバスも、環境が違えば、利用しない人もいる。つまり自家用車を持っているので、バスに乗ったことがない…。そこに生活レベルの差を感じ、驚かされた。歯の治療と生活レベル (AM 03:13)昨日ガムを噛んでいたら、左奥歯の詰め物が取れた。かなり大きな詰め物なので、マナグアの歯医者で詰めてもらうことにした。ニカラグアの医療は日本と比べるとかなり低いが、とりわけ歯医者に関してはひどい。口の中は非常に衛生面に気を遣う必要があるが、器具等の消毒がされていない場合が多く、器具の状態も悪いようだ。紹介されたマナグアの歯医者は、日本と同じレベルとまでは行かないが、ニカラグアの中では比較的良い方だった。取れた詰め物(セメント)だと、また取れるわよ。材質を変えた方が良い(コロナ)んじゃない。と言われたが、とりあえず前の詰め物を詰めてもらって、治療は終わった。夕方、ニカ人の友達とMariscos(シーフード)のレストランに行った。ニカラグアは鶏、肉類が主食なので、シーフードを食べる機会がほどんとない。きれいなレストランで、味も美味しかったし、ニカ人のおごりだった(^^)。食後レオンに帰るので、バス発着所のメルカド(市場)まで送ってもらったが、その友達のニカ人は、バス発着所がどこにあるかを知らなかった…。市民の足であるバスも、環境が違えば、利用しない人もいる。つまり自家用車を持っているので、バスに乗ったことがない…。そこに生活レベルの差を感じ、驚かされた。
Jun 1, 2004
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