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リゾートホテルからレオンに帰って、レオンの市民劇場で踊りがあるというので行くことにした。入場料100コルドバ(約700円)。ここの物価からするとかなり高額だ。でも良い機会なので入ることにした。ニカラグア伝統の踊りが、次から次へと披露される。どの踊りも個性的で、衣装が綺麗だ。もちろん踊りもすばらしい。ニカラグアでは各地でいろんな特色があり、太平洋側と大西洋側だと、食べ物や言語、人が違うように、踊りも異なる。ニカラグアに来て初めて踊りを見た時、鳥肌が立ち感動を覚えたが、その時と同じ感動を覚えた。踊り自体も素晴らしかったが、若者が一生懸命に踊り、その文化が今もこうして受け継がれてることが何よりも素晴らしかった。伝統的な踊りも習ってみたくなった。伝統の踊り (AM 03:13)リゾートホテルからレオンに帰って、レオンの市民劇場で踊りがあるというので行くことにした。入場料100コルドバ(約700円)。ここの物価からするとかなり高額だ。でも良い機会なので入ることにした。ニカラグア伝統の踊りが、次から次へと披露される。どの踊りも個性的で、衣装が綺麗だ。もちろん踊りもすばらしい。ニカラグアでは各地でいろんな特色があり、太平洋側と大西洋側だと、食べ物や言語、人が違うように、踊りも異なる。ニカラグアに来て初めて踊りを見た時、鳥肌が立ち感動を覚えたが、その時と同じ感動を覚えた。踊り自体も素晴らしかったが、若者が一生懸命に踊り、その文化が今もこうして受け継がれてることが何よりも素晴らしかった。伝統的な踊りも習ってみたくなった。
May 30, 2004
5月最後の週末。この土日、ニカラグアの協力隊員でMontelimarに行くことになった。Montelimarとは、ニカラグア1のリゾート施設で、オールインクルーシブのスペイン系ホテルである。ニカラグア1と言っても、あまりすごい想像をしない方が良い。まぁ、プールがあって、海があって、ディスコがあって…。そんな感じである。ここは今回で2回目。前回は友人に誘われてきたが、今回は慰安旅行みたいなもんで、ニカラグア協力隊員50数名の内30人近くが参加した。料金は1泊全食事込みで40ドル程度。日本で考えると安いが、こちらにとってはニカ人憧れのリゾートである。あいにく土曜日は雨。このホテルにはニカラグアでは珍しくお風呂がある!到着後私は3ヶ月ぶりの湯船に浸かる…。ふぅぁ~。極楽 (^^ゞ私は2月に両親が来た時に、両親のホテルで湯船に浸かる機会があったが、他の隊員は1年ぶりなんて人もいる。やっぱりお風呂は最高である。風呂上がりの気持ちよさに任せて、冷房の効いた部屋でそのまま寝てしまった…。他の隊員は雨にもかかわらず、プールを満喫していたようである。夜は、カジノに行ったりディスコで少し踊ったり…。翌日は午前中のみで、あまりリゾートという感じではなかったが、隊員たちと楽しい時間を過ごした週末であった。
May 29, 2004
祝日記再開!6月は病気やプレゼン等でバタバタしており、更新できずにご迷惑をおかけしました。7月までの日記は、気になった日だけを追いかけていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。さて、5月28日から再スタート。この日は首都マナグアの映画館に、El dia despues de manana(The Day After Tomorrow)を見に行った。この映画は、未来の異常気象により世界が危機状態に陥ると行ったもの。CGふんだんのこの映画は、前評判が高かったのもあり、正直満足度70%くらい。気に入らなかったのは、世界中で異常気象が起こり始める際に、まず東京が出てきたのだが、これがきちんと描写されてなかったこと。これ中国じゃないの?って思うくらい、東京じゃなかった…。中国と日本は一緒じゃないぞぉー!これじゃ、ニカラグア人が抱いているイメージと一緒じゃん!さらに追い打ちをかけるように私を不快にしたのは、映画館。映画館は70%くらいの人がいたが、・途中で席は立つ・大声でしゃべる・携帯はジャンジャン鳴らすマナーがなっていない!!!ニカ人!!!これじゃ、集中して映画なんて見れない!!!あ~。教育って大事だ。
May 28, 2004

ニカラグアでは毎年5月30日は母の日。日本ではそんなに祝うしきたりはないが、こちらでは「Dia de Madre(母の日)」はかなり重要な日である。母の日には、母親に家族全員が贈り物をする風習があり、私の職場の市役所でも、女性は午後から仕事が休みになる。今年は母の日が日曜日に当たっているので、今日の午後が振替で女性は休みになっており、働くのは男性のみである。正午に市役所側が女性職員を文化広場に招待して、食事をするというので、私も参加した。もちろん女性のみの招待なので、椅子に座っている男性は私のみ…。でも、女性職員はここに座りなさいって言ってくれるので、気兼ねなく座って、ご飯まで頂いた。さて、その後。Fiesta(お祭り)お決まりのBaile(踊り)が始まった。私も踊りが嫌いなわけではないので、一緒に踊る。女性陣50人くらいの中で男性は私1人。さすがに女性も女性同士で踊るよりは、男性と踊った方が楽しいので私の人気殺到!!!である。その中でも、野球場を管理しているという職員のおばさんに目をつけられ、30分くらい踊り連れ回され、おばちゃん、腰降りまくるし、腰から迫ってくるし、凄すぎ…。ま、私も負けじと踊りまくって、女性職員達も大笑い!開き直ったのが逆に良かったのか、楽しい時間を過ごせた。翌日、そのおばちゃんにまた会って、カモーンって言われた時には、さすがに逃げたけれど…。
May 27, 2004
8時半からまた市長との会議。今回はJICAの調整員も一緒だ。市役所側からは、市長、カウンターパート、Informatica職員、海外協力課職員の計4名。JICA側からは、調整員、現地職員、私の計3名。会議内容は、派遣から丁度一年(本当に今日が仕事丸一年目!)で、私の働きっぷりがいかがなものかをJICAがチェックしに来たのと、一昨日市長にプレゼンしたように、私の配属先Informaticaの抱えている問題点についての話し合いのためであった。この市役所で働いて一年。あっという間だった。最近やっといろんな問題点が見えてきて、市役所全体を見回せるようになった。これからが仕事の本番だ。やるべき事はたくさんある。必ず障害になるのが予算がないこと。これはどこにいても同じ事。いかに無い予算を工面して、自分たちで資金を回すことができるかが問題だ。まずはインターネットの導入。ニカラグアはまだまだインフラ部分のコストが高く、初期導入費用が1000ドル以上かかる。そのため、この初期導入費用を自分たちでうまく稼いでいくような方法を検討する必要がある。これについては、また話すことにして…。Informaticaの問題点についての話は、JICA調整員も後押ししてくれたおかげで(JICAという組織が会議内にいるのといないのでは、市長の反応がかなり違う)市長も一昨日以上に問題を再認識してくれたように思う。このInformaticaが最低限「課」の所属になれば、きちんと「課」単位に予算が下りるはずなので、来年度からは予算的な問題も少しは改善していくはずである。あとは、Informaticaで不足しているコンピュータ機材。その中でも、緊急を要する機材については、今年度はInformaticaの予算がないため、JICAからの支援をお願いできないか検討中である。この2,3日、仕事でドタバタ続きであったが、久々に何かをやり遂げたという達成感を感じることが出来た。
May 26, 2004
ニカラグアってどこにあるの?私自身も、ニカラグア派遣の通知が来たときにどこにある国かわからなかった。地図帳を広げて、まずアフリカから探したくらいである。このニカラグア、将来はグァテマラぐらい有名になるかもしれない。何で有名になるのか。それはコーヒーである。ニカラグアは、火山地帯と肥沃な自然のおかげで、農業が非常に盛んで、北部にはかなりのコーヒー農場がある。先日、ニカラグアの新聞で、ニカラグアのコーヒー豆が東京で行われた展示会で、ブルーマウンテン等の銘柄を押しのけて一位になったという記事が載っていた。私はニカラグアに来る前は一切コーヒーを飲まなかった。いや、飲めなかった。せいぜい飲んで、砂糖入りのカフェオレかスタバのカフェモカ程度であった。それが、ここニカラグアに来てからよくコーヒーを飲む。コーヒー豆を買ってきて、それを挽いて砂糖も何も入れずに飲む。うまい!コーヒーとはこんなにうまかったのか・・・。香りもすごく良い!先日、日本産のネスカフェインスタントを飲んだ。うっ・・・。飲めない。ニカラグアコーヒー、万歳!(誰かニカラグアコーヒー、送ってほしい人います?)
May 25, 2004

朝7時から市長との大事なプレゼンがあった。内容は、Informatica(情報処理課)の重要性について。市役所内の組織図としては、大きく「部」と「課」に分かれる。部の下に課が紐ついている状態で、日本の会社組織と似ている。私の配属先であるInforamaticaは情報処理課と訳しているが、実際には「部」にも「課」にも属さない部署で、今現在は「納税課」の中の1セクションとして存在しているに過ぎない。このセクションという地位は、権力がほとんどなく、予算もないし、権力もないし、給料も低いので、働き手のモチベーションなんて一向に下がり気味である。しかし、現在のInformaticaの仕事内容としては、市役所全体の業務を賄っており、必要不可欠な部署となっている。そのため、市長とのプレゼンで、Informaticaを「部」もしくは「課」として、組織図の中に取り入れてもらい、重要性を再認識してもらうのが今回の目的である。7時からのプレゼン予定だったが、7時にはInformaticaの職員しか集まっていなかった。肝心の市長は7時半に現れた。謝罪の言葉一つもなく、挨拶が交わされプレゼンが始まった。作成したプレゼン資料を基に問題を市長に投げかけていく。でも、この市長「ふんふん」と頷くばかりで、本当にわかっているのか不安になってきた。しかも、プレゼン中一度もメモをとることもなく、聞くばかりだ。見ているのは、自分の個人スケジュール手帳。ちょっと聞く側の態度に不信を持ったが、無事にプレゼンは終了した。市長側としては、Informaticaの重要性については理解を示してくれた。が、これからが問題だ。まず、Informaticaの「部」もしくは「課」への昇格については、市長の上に位置するConsejo(委員会)で会議にかけないといけないとのこと。会議の日程をしっかり押さえてもらい、私達は会議を終えた。昨晩遅くまでこのプレゼン準備をやっていたためか、終わったとたん疲れが少し出た。しかし、これからも委員会に向けて問題が山積みなので、気を抜かず、クリアして行かねば。 (市長との会議風景)
May 24, 2004

カレーは日本食ではないが、簡単に作れるってのと日本でも良く食卓に並ぶ食事の一つということで、今回はニカ人にカレーを披露することにした。先日、日本の両親が私のリクエストに応え「浴衣」を送ってきてくれたので、ニカ人の家にその浴衣を着ていくことにした。浴衣を着るなんて何年ぶりだろう…。この前の大学国際展示会で、大使館所有の白い浴衣を着たがちゃんとした個人の浴衣を着るのは、小さい頃に夏祭りで着て以来である。なんとか友人に手伝ってもらって帯を締め、ニカ人の家に出かけると、着いた早々、「今からドイツ人を交えた懇親会があるから行きましょう」とのこと。「じゃ、この浴衣は?」って聞くと、「ん~着替えなきゃね」と一言。あ~せっかく着てきたのにぃ~。その懇親会とやらにも興味がないわけでもなかったので、仕方なく普通の服に着替えて、懇親会に行くことにした。着いた先の家は綺麗なお家である。ここはホテルかと言った感じで、モップのような黒い室内犬もいる。ジーパンにTシャツで来ちゃったが、もう少しちゃんとした格好で来るべきだったと後悔。この家の大家であるニカ人は、コーヒー農園を持っているとのこと。ニカラグアのコーヒーは最近注目され始め、かなり世界でもランクが高い。コーヒー農園はニカでは儲かる商売の一つである。政府関係の仕事で来ているドイツ人やアラブ人がいたので、少し話をした。こういう場では、話を止ぎらさないことが大切だと思うが、私のスペイン語+話のネタでは全然会話が成り立っていなかった。こういう時に、あ~もっとスペイン語がきちんと話せなくてはダメだなぁと思う。もっと話すことが出来れば、もっといろんな事を知ることが出来る。もっと交流を深めることができるはず。スペイン語もっと頑張らなくては!この機会を与えてくれたニカ人に感謝。(写真はコーヒー農園を経営しているニカ人の家)
May 23, 2004
ニカラグアJICA事務所に勤められていた方(日本人)がコスタリカにあるお家に戻られるとのことで送別会があった。送別会は、ニカラグアにいらっしゃる専門家のお家で開かれた。専門家とは協力隊員とは違って、プロジェクト等の一環としてJICAから派遣され各国で専門分野に関する仕事をする職種である。専門家のお家に行くのは今回が初めてである。隊員連絡所に専門家の方が回してくださった車で、専門家のお家まで出かけた。車付きの運転手付きである。隊員は派遣国での車の運転は禁止されているが、車があれば、活動範囲が広がる隊員も出てくるだろうし、タクシー強盗等が日常茶飯事なマナグアでは、自家用車の方がSeguro(安全)な場合もあるとは思うのだが…。首都マナグアから少し離れて、閑静な住宅街に入っていく。お家に着いたらしい。らしいというのは、門からお家が見えない…。門にはVigilante(門番)がいる。門から少しはいるとお家が見えてきた。おおぉ~。車に乗っている私達は歓声を上げた。綺麗な2階建てのお家である。中にお邪魔すると、もう既に送別会は始まっていた。入り口に、螺旋状の階段がある。いかにもドレスを着た王女が降りてきそうな感じ。ここはニカラグアではない…。早速、ずぅずぅしくもお酒や専門家の方が作られた日本食をごちそうになりながら、つかの間の贅沢な時間を過ごさせて頂きました。ちょっとトイレへ…。トイレには、なななんと「バスタブ」があった。毎日お風呂に入っちゃったりなんか出来ちゃうわけですかぁ~。いいなぁ…。当然隊員のホームステイ先に「バスタブ」なんてない。水シャワーのみであって、お湯シャワーの出る隊員のホームステイ先なんて、隊員の中でもかなり羨ましがられる…。家はもちろん水シャワー。でも、あともう少しの我慢。あともう少ししたら、このバスタブに入れる機会があるのだ!その話はまた後日と言うことで。今日は、専門家と協力隊員の違いを垣間見た一日でした。
May 22, 2004

ニカラグアの太平洋側とカリブ海側では、人種・文化・言語そして踊りまでもが異なる。ニカラグアのカリブ海側にある街ブルーフィールズでは、毎年5月に一番盛り上がる踊りがある。名前はPalo De Mayo(パロデマヨ)Paloは直訳すると「棒」Mayoは「5月」昔、カリブ海側の地方では、作物の豊作を祈ってPaloの周りで踊ったということから、この名前が付いているらしい。何回かブルーフィールズではないが、ニカラグア内で踊りを見る機会があり、パロデマヨを見たことがあるが、踊りの中でもかなり激しい踊りである。何が激しいか…。ラテン系の踊りって、だいたい腰の動きがすごい。でも、このパロデマヨ。それ以上に腰の動きがすごい。すごすぎる。あの腰は絶対別の生き物にしか見えない。そのパロデマヨをこの5月に、ブルーフィールズで生で見ることが出来ると会って、前々から5月中にブルーフィールズに行きたいと思っていた。だって来年の今頃はニカラグアにはいないので、今を逃したらこの踊りを見ることが出来ない。5月の毎週末にブルーフィールズで行われるお祭りでは、このパロデマヨが踊られると聞いていたので、この土日で行く予定にしていた。が。一昨日くらいから終日の雨。たいてい雨期の雨は、夕方から夜にかけて1時間降って、日中は晴れることが多いが、ずっと降り続いている。ブルーフィールズの隊員曰く、ブルーフィールズも雨とのこと。しかも日曜には街全体が停電になるらしい。しかも、先月このブルーフィールズで警察官4人が殺されるという衝撃的な事件があった。それに伴い、お祭りを自粛もしくは小規模化しているとの話もあり…陸路でマナグアからブルーフィールズまで行くには片道12時間。12時間かけて行って踊りが見れるかどうか…。迷ったあげく、今回はブルーフィールズ行きを断念した。いつかまた見れるチャンスが来ることを祈って…。 (写真は別のお祭りの時のパロデマヨ)
May 21, 2004
新しく来た15年度3次隊レオン隊員のBienvenida(歓迎会)がレオンであった。今回レオンに来た15年度3次隊の隊員は3名。・歯科技工士…国立自治大学UNAN配属・環境教育…公立小学校配属・看護婦…国立病院集中治療室配属という分野である。私が1年前にこのレオンに来た時は、レオンに配属されている隊員はゼロだった。それが今回の隊次でレオン隊員数は計9名になった。次回7月に派遣される16年度1次隊では4名が来る予定になっているので、レオン隊員は合計13名になる。この数は、首都マナグア隊員の数を抜き、レオンがニカラグア内で一番隊員が派遣されている地域となる。人数が多いのが一概に良いとは限らないが、こんな小さな街に現在隊員が9名いても、意外と街中で会うことは少ない。現在のレオン隊員9名の派遣先は、・大学、専門校関連…6名・小学校…1名・病院…1名・市役所…1名となっている。やはりレオンはニカラグアで一番大きなUNANという国立大学があるため、ここに派遣されている隊員が多い。確かに大学に隊員を派遣することによってレベル上げをすることも大切だとは思うが、大学側は援助慣れしており、日本以外にもいろんな国からの援助が入ってきているとのこと。私はどちらかというと、もっと小学校などの一般教育レベルを改善することの方が、このニカラグアにとっては最重要であると思われる。例えば、多くのニカラグア人の算数のレベルは非常に低い。かけ算、わり算はおろか、引き算(2桁)もできない大人が多く、常に電卓を使用したり、携帯の電卓機能で引き算等の計算を行っている。あまりにも算数のレベルが低い。このレオンにも次の隊次で、「小学校算数プロジェクト派遣」として小学校に隊員3名が派遣される予定であると聞いている。私の任期もあと10ヶ月。今のところ私の配属先に後任を呼ぶ予定はない。配属先の市役所職員は、きちんと彼らで解決する能力を持ち備えてきている。私の配属先に隊員を呼ぶのであれば、私個人としては、もっと小学校等の教育分野に重点を置くべきだと思う。
May 20, 2004
先週の日曜日に音楽DVDとCDを買った。ここでは、CDのPirata(海賊版)が普通に路上で売られている。一枚30コルドバ程度(210円)。スペイン出身のDavidBisbalの新しいCDがずっと欲しかったのだが、路上に出るのは発売されてから半年以上経ってから。さんざん路上を探し歩いたが、まだ路上では売られていないため、先週の日曜日にショッピングモールで購入した。価格は250コルドバ(2100円)。日本とあまり変わらないし、逆に輸入盤だと日本より高いかもしれない。CDを買う際に、もう一枚音楽DVDを買った。GroliaEstefanというキューバ出身の歌手だ。DVDはまだ路上で売られることがほどんどなく(コピー技術を持っていない)、450コルドバ(3200円)で購入した。そのDVDを今日は自分の部屋で鑑賞。どうせ見るならと、JICAから日本映画紹介時に借りていたプロジェクターを使って見ることにした。いい!やはり大きい画面で見ると迫力が違う。日本では大画面+大音量で自宅で映画等を見るのが一部の間でブームになっていると言うが、確かにその良さはわかる。プロジェクターの大画面があれば、今度は5.1CHのサラウンドシステムが欲しくなるのもわかる。まるで貸切の映画館で見てるような気分になり、450コルドバもしたDVDだったが、大満足だった。つかの間の贅沢。大満足。日本に帰ったらはまりそう…。
May 19, 2004
協力隊に参加した目的。目的はいろいろある。その目的の一つに、参加することで「何か自分が変われるのではないか」という思いもあった。でも、今は変わるとか変われるとかそういうものではないと思う。言葉も文化も価値観も異なる異国で生活・活動することは、その文化に適応しながら生活していく事であり、そこで生活したからと言って、精神的に強くなったりすることとは別のことであると思う。人は絶えず変化していると思う。それは日本にいたって、異国にいたって「変わる」ということについては同じである。毎日違う日々を送り、いろんな体験・経験をすることで、今日の自分は昨日の自分とは違う、つまり変わっている自分である。その自分を変えている体験・経験をするのが日本にいるか、異国にいるかの違いであり、異国にいると、文化も環境も大きく異なるので、体験・経験から受ける感じ方もより大きくなることもある。でも、それは日本にいても、例えば尊敬する人に出会えたり、伝統行事に参加したりなどその人にとってその体験・経験を通して受ける感じ方が大きくなることもあると思う。日本で生活することと異国で生活することに、人の変わり方の大きな違いはないと思う。日本にいると日常生活に特別支障をきたすことはあまりない。でも、文化も環境も異なる異国での日常生活では支障をきたすこともあり、いろんな刺激を受けることも多い。異国では生活するためには、自ずと新たな体験・経験が伴う。日本では、生活するのに特に支障はないので、普通に生活していると特別大きな体験・経験をすることがあまりないのではないだろうか。でもそれは、自分の行動で大きく変わることであると思う。自分から動き出して、新たな体験・経験をしようと思えば、それは日本にいたって出来ると思う。つまり自分の視野を広げようと思えば、どこにいたってできるのである。帰国まであと1年。今の私は「自分が変われること」に期待していない。逆に、なんら変わってないのかもしれないし、変わってないように見えるかもしれない。でも、この2年間のニカラグアでの生活は、私にとっての大きな経験が詰まった大切な2年間であることに違いはない。
May 18, 2004

最近調子が悪いので、マナグアの病院に検査に行くことにした。後で知って驚いたのだが、中米の病院はだいたい入り口は一つだが、病院内でPublico(国立)とPrivado(私的)との病院に分かれているらしく、置いている機材も、待遇も、もちろん値段も違うらしい。私は医療調整員と今回病院を訪ねたのだが、どうやら私達はPublicoの方で診察を受けたらしい。ま、それはそれでいいのだが、結果が出て、薬が処方されたのでしばらくこれを飲むことになった。その後、隊員連絡所まで戻ったら、友人からマナグアで今、デモをやっているとのメールが入った。デモという単語から、私はてっきり商品のデモンストレーションでもやってるのかと思ったら、学生でもだった。初めは、たいしたことないんだろうと思ってたのだが、TVでも生中継され始めた。ニカラグアに来て初めて見る光景である。UCAやUNIという大学が集まっているメインストリートで、学生と警察が紛争している。両者とも銃を持っているが、銃は迫撃砲らしく、実弾ではないらしい。デモが始まった原因は、今回、国内予算として国立大学への予算が削減されたのが原因らしく、学生達は、予算削減を撤回しろと要求しているとのこと。私も学生の頃は国立大学に通っていたが、そんな大学側の予算なんて気にしたこともなかった…。この学生デモは、ニカラグア各地の国立大学に広がり、1週間続いた。悲しいことに、数人の死者と多くのけが人が出た。新聞一面に大きく取り上げられ、後に学生の要求が受け入れられたとのこと。結果的には要求が通ったので、それで良かったのかもしれないが、やり方が違うと思う。要求があるのであれば、きちんと書面等で抗議すべきであると思う。暴力での解決は間違っている。数日後、亡くなった警察官の奥さんと子供の写真が新聞に載っていた…。(写真はレオンでの学生デモ行進風景。マナグアの学生デモ内容とは別)
May 17, 2004
ジーンズの膝の所に穴が開いた。新しいジーンズを買わなきゃと思い、近くのショッピングモール内のLevisに入る。ジーパン1枚60ドルなり。60コルドバの見間違いでは…。いや、そんなことはない。通常価格、そんなもんである。そんなお金出してまで買う気もないし、買えるお金もないので(爆)、メルカド(市場)の古着屋に行くことにした。前にも書いたが、ここのメルカド、異常にデカイ。宛もなくブラブラしてた日には、絶対に迷子になる。古着屋目指し、メルカド内を真っ直ぐ突っ切る。メルカドは危険地帯なので、時計等の貴金属は外し、必要なお金だけポケットに入れている。途中の曲がり角で、急に人通りが多くなって曲がれなくなった。なんで進めないんだろう。あっ、物売りがこっちに来てるので止まってるんだ…。そう思った瞬間、体を触られているのに気づいた。あっ、泥棒だ。よく見ると、おばちゃん3人組が、片手に袋を持って一般客のように見せて、実は泥棒なんだ。幸い、お金を入れてるポケットの上に手を置いて、気をつけて歩いていたので、何もなかったが、ちょっとヒヤリとした。
May 16, 2004
ニカ人の友人宅で昼食をごちそうになる。準備できたよって言われたんで、どこで食べるんだろうと思ってたら、「中庭」だった。樹木に囲まれての食事…。ちょっとニカっぽくなかった。その後、近くの映画館に行く。今日は「Troya」を見た。英語ではTroy、日本語ではトロイ、スペイン語ではTroyaらしい。前評判が高く、お金がすごくかかってるそうなので、期待して見に行った。料金にして、35コルドバ。200円ちょっとである。日本だと10倍の2000円かぁ…。こちらの映画代金システムはちょっとおもしろい。映画館によっていろいろだが、夕方16時までに入れば10コルドバ割引だったり、月曜から水曜までは一律30コルドバだったり…。日本も人が少ない時間帯はこういうシステムを導入すれば面白いかも。で、肝心の映画だが…。映画自体は約3時間。思ってた以上に長かった。たくさんのお金がかかってる割には、随所にCGが使われてたりしていまいち迫力に欠けた。私の採点的には50点。ストーリー的にも、あっ、そうなんだ。で、どう?って感じで、いまいちグッと来るものがなかった。ロードオブザリングで人気の地位を得たオーランド・ブルームも、この映画ではちょっとかわいそうな役で、これを見た人はあまり良いイメージを抱かないのではないかな…。ま、ともあれ高くない料金で気軽に映画が見れることはありがたいことである。映画を見終わった後、外は雨が降っていた。もう雨期なんだ…。
May 15, 2004
第3回目の日本映画紹介。前回と同様、場所は配属先のレオン市役所。今回は、「魔女の宅急便」の上映。ちなみに1回目は「転校生」、2回目は「シコふんじゃった」。どちらも好評だった。あらかじめチラシ等を作り、街中に貼ったり配ったりした。開始は18時からだが、ニカ人は日本人みたいに時間に正確ではないので、18時からは松任谷由実の「シャングリラ2」を上映した。今回は、アニメと言うこともあってか子供の数が多い。18時半になったので、自己紹介、今見せたシャングリラ2の紹介、そして魔女の宅急便の紹介をしてから上映開始。前回はスペイン語字幕で、字幕が画質劣化のせいでほとんど見えなかったが、今回は、スペイン語吹き替えということもあってか、みんな熱心に見てくれていた。来てくれた人も100人を超えた。初回が40人、2回目が80人、そして今回が100人。着実に来てくれる人が増えていることはとてもうれしい。上映時間は1時間40分。みんな映画を「Bonita(良かった・きれい)」と言って帰ってくれた。今回は、友人の隊員が手伝ってくれたので、とても助かった。(みきやんありがとう!)映画紹介が終わって、疲れがドット出た。結構、会場準備、機材準備等でいろいろ忙しくて大変だったが、やって良かったと思う。「Bonita(良かった・きれい)」、「Gracias(ありがとう)」って笑顔で言ってきてくれたりすると、あ、本当にやって良かったなって思う。「Cuando hace proxima pelicula?(次の映画はいつやるの?)」って質問してきてくれたりすると、よし次も頑張ってやるか!って気になる。ある人に、「Cual es su objetivo?(この映画紹介の目的は何?)」って聞かれたことがあるけど、目的なんてない。少しでも、人に喜んでもらえたら。それで十分である。
May 14, 2004
友人からメールをもらった。ニカ人なので当然スペイン語である。ざっと読んで意味はだいたいわかったが、家に帰って再度辞書を使って読み返す。あー、この単語はこういう意味なのかと思いながら、次の文章を読みとっていく。なんか、すごく新鮮である。日本語のメールだったら、当然即時に理解できるので、軽く読み流してしまうことが多いが、スペイン語となるとそう言うわけにも行かない。全部が全部知った単語ではないので、だいたいの意味はつかめるが、詳細については辞書に頼ることもある。辞書を使ってのメール解読は、スペイン語の勉強にもなる。長い文章だったが、全文を辞書を使って読むことが出来た。読み終えた時、すごく感動を覚えた。こんな文章、私には書けないだろうなぁ…。どうして、こう気持ちをいろんな風に表すことが出来るんだろう…。
May 13, 2004
別部署の人から、家に住まないかと誘われた。ニカラグアでは隊員は原則ホームスティの形をとる。私の自宅は、代々協力隊員を受け入れており、私で4人目の日本人協力隊員らしい。家賃は月150ドル。75ドルをJICAが、残り75ドルをレオン市役所が払っている。他の隊員はだいたい100ドルくらいの家に住んでいるようなので、私はいい家に住ませてもらっている。家賃以外に、私の自宅は3食付が原則なので、3食+洗濯+アイロンで別途150ドルとなっており、この150ドルは自己負担となる。月に私の住んでいる家には250ドルの収入が私からあるということになる。今の家は快適だし、人柄も良い。でもまぁ住んでいれば人間、なんの不満がないわけでもなく、いろいろと不満もある。日本に来るまでは自炊をし、料理好きだったこともあるので自分で料理したいという希望があり、とりわけ、週末ほとんどマナグアに上がるため、週末に自宅で食事をしないのにもかかわらず、固定代金の3食分150ドルを払わなくてはいけない。以前に女主人と食事について、この問題について話し合ったが、「本当は200ドルの所を150ドルにしているので、そこから更に週末分を引くのはつらいわ」と言われてしまった。まぁ今は月250ドルを女主人に払ってるわけだが、そんな矢先、別部署の人から部屋を貸しているという話を持ちかけられた。彼は、別部署のJefe(ボス)であり、新興住宅街に住んでいる。最近、祖母の遺産を受けて家を改築したらしい。肝心な値段は、家賃+3食+洗濯+アイロンの同内容で200ドルとのこと。今より50ドル安い。でも、どんな部屋なのかもわからないので、今度家を見に行くよと言って話を終えた。家を変わるメリットとしては、第一に別のニカラグアの家族を知ることが出来るというのが、非常に魅力的だ。その後に、料金、立地等が考えられる。ただ、家を変わるとなると問題が出てくる。今の家を出ると言うことは、今現在の家族と今後も関係をうまく築いていけるかどうか。それと、以前JICAの安全対策の担当者が来た際に、Seguridad(安全)のために、あれをつけて、この鍵を変えて…って女主人に言ったために、女主人は自己負担で窓格子を交換したり、鍵を変えたりしなくてはいけなくなった。変えてくれたばかりの所に、家を変わるなんて言うと、彼女がJICAに言われて私のために変えてくれた窓格子等が無駄になってしまう…。(まぁ、新隊員をここに連れてくるって手もあるが…)ということで、ちょっと状況は複雑である。でも、せっかく2年間ニカラグアにいるんだから、別のニカラグアの生活・家族を知ることも私にとっては非常に興味深いのである。少し考えてみることにする。
May 12, 2004
朝から体調が優れない。なんか頭がふらふらして、めまいがする。貧血気味なのだろうか。昨日も頭が痛く、頭痛薬を飲んで少し楽になった。めまいがする時は、いったい何を飲めばいいのだろうか。いずれにせよ、原因がはっきりしない。ここ最近の暑さのせいだろうか。5月に入ってそろそろ雨期の季節に突入するが、温度は下がってるようだが、湿度が上がっていて、不快度指数は上がっているように思う。職場のエアコンも壊れて、暑い中での仕事作業だし、別の部署に行くとエアコンがガンガン効きすぎていたりと、寒暖差が激しいのもあるのかもしれない。しばらく様子を見ることにする。
May 11, 2004
レオンに帰るためミクロブス(小型ワゴン)に乗った。マナグアを出る頃は空が夕焼けに染まっていた。通常だとレオンまで1時間半弱。1時間経ってるのに、まだ道のりの半分しか来ていない。遅いなぁ~このミクロブス。自分のシートが、ガタガタいってるのがわかる。そろそろこのミクロブスも寿命なんだ。あまりスピードが出てなさそう。それでも、窓を少し開け、空に広がる満天の星空を見ていたら、これはこれでいいかなと思っていたところ…。ブッブッ~~。後部座席が異常に明るい。後方から大型バスがあおっている。その距離、1メートルもない。近すぎ。バスはこの遅いミクロブスを抜きたいらしい。ミクロブスも素直に譲ったらいいものを、更にスピードを加速する。車内がガタガタ揺れだした(>_
May 10, 2004
お昼にニカ人に日本食を作った。作ったのは、ちらし寿司、キャベツの漬け物、ざるそば。だいたいの食材は日本から送ってもらった(ありがとう)。中でもちらし寿司はニカ人に好評で、どうもあの甘さがいいらしい。さすが甘い物好きニカ人。喜んでもらえて良かった(^^)そのあと、ニカ人と映画を見に行く。日本食のお礼もかねて、映画代金はおごりだったが、そのニカ人は、AMEXカードで映画代金2人分(900円)を払っていた。日本でもそんなにAMEX(アメリカンエクスプレスクレジットカード)って持ってる人は少ないのに、友人のニカ人は普通に使いこなしてた。しかも、払った代金90コルドバ…。なんか不思議な感じだった。見た映画は「MiNoviaPolly」。直訳すると「俺の彼女ポリー」。娯楽映画で、単に笑えた。娯楽映画もたまには良い。映画の字幕を追って、内容をきちんと理解できなくても、画面でだいたいの内容がわかるし、動きで笑うことができる。夕食に、マナグアにある日本料理屋に行った。日本料理屋と言っても、中米チェーン店の「Sushi Itto」という店。日本人からすると、味の評価は50点。でも、日本料理屋はニカラグアではここしかない。天ぷらがおいしいと聞いていたので注文したら、結構美味しかった。鉄板焼き席があって、そこに座ったので鉄板焼を注文した。ニカ人にとっては、目の前で肉や野菜を焼いてくれるその動きが興味深くて、面白いらしい。でも、鉄板焼って日本料理?単に肉と野菜を焼くって感じで、日本にいる時は特別日本料理という気もしなかったが…。
May 9, 2004
午前中はマナグアで企業まわり。2件ほどコンピュータ屋を回って、サーバの見積を取りに行く。その後、ニカラグアで一番大きいと言われる本屋に行く。大きいと言っても、日本の街中の本屋に比べれば小さいのだが…。ここで、今考えているプロジェクトの教科書見積をお願いした。以前にも少し書いたが、ニカラグアの小中学校は基本的に教科書は自己負担。小学校へは政府の援助で教科書が支給されている学校もあるが、中学校への支給はない。私が現在通っている夜間中学にも教科書は支給されておらず、夜間の学生は日中働かなければいけないと言う貧しい環境のため、教科書を買うお金もない。そのため、夜間中学生対象にプロジェクトで教科書を購入して、その教科書を学生に貸し出すことができないかと考えているのだが、そのプロジェクトの申請限度額は30万円まで。中学1年から5年まで、全教科の教科書の総見積額、150万円。厳しい…。そう考えると、1年間で学生1人6千円の負担になるわけである。ニカラグアで6千円はかなりの額である。それが日本では無料。教育については、まだまだ問題もあるようだが、きちんと整っている制度も日本にはある。悪いところばかりではない、日本。
May 8, 2004
夕方、マナグアの隊員連絡所に着くとドミニカ共和国の隊員が任国外旅行でニカラグアに来ていた。ドミニカ共和国。カリブ海に浮かぶ島で、ハイチという国と島を二分している。ドミニカ隊員曰く、ドミニカの海は綺麗だそうで透明色とのこと。あ~青い綺麗な海がみたい!綺麗な海で潜りたい!これまで潜った海で最高だったのは、タヒチのランギロア島。どこまでも続く青い海と、海の中の透明度は50メートル以上。海の中は、マンタ、サメの大群、ナポレオン、カメ、バラクーダの群、イルカ等々大物の宝庫だった。あ~もう一回あの海で潜りたい…。ニカラグアの海は…太平洋側は黒い。カリブ海側はイメージするカリブ海とは少し違う。青いのは青いが、珊瑚などはそんなにはないので、魚もたくさんはいない。さて、ドミニカ共和国の隊員が来た任国外旅行とは、私の隊次14年度3次隊までが適応される旅行制度であり、21日間中米の指定国を研修旅行できる。基本的に、協力隊員は2年間の派遣期間中は国外に出ることは禁止されているが、唯一この任国外旅行でのみ、1回海外へ出ることが可能である。ニカラグアから研修旅行として行ける国は、メキシコ、エルサルバトル、ホンジュラス、コスタリカ、パナマ、ドミニカ共和国の6カ国である。それぞれの国で行くことの出来る国は異なる。例えば、ドミニカ共和国の隊員はアメリカ本土に研修旅行に行くこともできるのである。私はこの任国外旅行制度を使ってないので、今年の9月に使う予定にしている。どの国を回るか…。あ~青い海がみたい!
May 7, 2004
前々からずっと言わなきゃと思ってたことを言わなければいけない日がやってきた。ホームステイ先の家には、女主人、その娘、姪が住んでいるが3ヶ月ほど前に、娘、姪に充電池を各2本ずつ貸した。娘はちょうどダンスを習っている途中、CDウォークマンの電池がなくなったので貸して欲しいと言われ2本ほど貸した。姪には姪の誕生日の日にオモチャのキーボードをプレゼントしたのだが、電池が付属で付いていなく音が出せなかったので、私の充電池を2本貸した。「新しい電池を買ったら、その電池は返してよ」と言って。それから3ヶ月経って、充電池4本を友人に売ることになったので、返してもらおうと娘と姪に返してくれと言った。娘:「あのCDウォークマン、友達のなの。だから電池も友達が持っていったわ。 彼女、その電池が充電池かどうか知らないから捨ててるかも。ごめんなさい」おいおい、そんなこと知るか!あなたに貸したんだから、借りた物には責任を持つのが普通だろ!ちょっと内心怒りながらも、私:「とりあえずCDウォークマンを持っている友人に聞いてみて」と話を終えた。次は姪っ子。私:「前に充電池貸したよね。電池の入っているキーボード持ってきて」姪:「キーボード、持ってない…」私:「プレゼントしたキーボード、持ってるでしょ?」姪:「…」話にならないので、女主人に話してみた。結果、姪っ子が従姉妹に又貸ししたとの事だった。またもや、その従姉妹、その電池が充電池か普通の電池か知らない。しかも彼女は結婚して、明日スペインに行ってしまう。もう諦めモードに入りながらも、私:「とりあえず従姉妹に充電池を持っているかどうか聞いてみて」と話を終え、その場を去った。それから5日後の今日。娘も姪も私になーんの音沙汰もない。今日、友人に充電池を売る予定だったので、再度女主人に聞いてみた。結果、娘は友人に充電池のことを聞いてもいなかったし、姪っ子も従姉妹に聞いてもいなかった。はっ?何それ…。なんで人から借りた物を、そんなに責任感がなく平然といられるわけ?ニカラグア人全員がそうと言うわけではないが、一般的にニカ人は人から借りた物をきちんと責任を持って返すという教育を受けていない。ボールペン、本、お金…。なんでもそうである。ボールペンなんて貸した日には、次の日に平気で自分の物にしている。ここでは貸す=あげるという法則が成り立っているように思える。結局、女主人と話した結果、来月、充電池代を払ってもらうことになった。女主人:「どうして小さい子(姪)に充電池を貸したの?彼女は充電池が高価な物かどうかなんて知らないのよ」そんなこと私の知ったこっちゃない。私は「新しい電池を買ったら、その電池は返してよ」って姪っ子に言ったし、人に又貸しするなんて言語道断である。私:「でも借りた物にはきちんと責任を持つのが普通でしょ」女主人:「今後、家の誰にも物は貸さないでね」そう言って、話は終わった。ちょっと気まずい雰囲気だったが、これは避けて通れない問題である。いつかは話さなければいけなかった事である。翌日から、姪っ子は私と口をきかなくなった。そんなこと知るか!おまえが悪いんだろ!
May 6, 2004
今日の新聞に気になる記事があった。私は毎日Ruta(市内循環バス)を使って職場に通っているが、その金額は現在2.5コルドバ(20円)である。3ヶ月前までは2.25コルドバ(15円)であったが、2.5コルドバに上がった。学生達のデモ運動もあったが、結局現在は2.5コルドバのままである。首都マナグアのRutaも2.5コルドバであるが、マナグアは街が大きいため、移動の距離が長いので2.5コルドバでもわかるが、レオンは街がマナグアに比べて小さく、乗っている時間が少しなので、それに2.5コルドバも払うかと思うと、ちょっとマナグアとは事情が違う。私は昼ご飯を家に食べに帰っているので、一日最低でも4回はRutaに乗ることになるので、4 * 2.5 = 10コルドバ払うことになる。これが1ヶ月では300コルドバ(2100円)になるので、結構大きい額である。ニカラグアの交通機関は協同組合が運営しているが、この2.5コルドバの運賃。新聞によると、レオン市民からは2.5コルドバ集金しておきながら、2.25コルドバで資料上は組合内で処理してたという事。つまり、0.25コルドバ分、市民を騙していた訳である。これを知った市役所側は、料金を2.25コルドバに3ヶ月以内に戻さない場合は、現在の協同組合を別の組合に変更すると新聞に出ていた。一般のニカラグア人は新聞をあまり読まないので、このことを知っている人は少ないようで、相変わらず2.5コルドバ払っているようだが、この日以来、私は頑として2.25コルドバしか払っていない。ちなみに、金が0.25コルドバ足りてないぞとRutaの人から言われたことは一度もない。
May 5, 2004
家にオランダ人が二人泊まっている。家はHospedaje(宿屋)も兼ねているので、時々いろんな国の人が泊まりに来る。ただ、一般公開してないHospedajeなので、人の紹介でしか泊まれない事になっている。このオランダ人女性二人は、前に長期滞在していたイタリア人の紹介で来た。年齢は19歳。1人は痩せていて、もう1人は太っている。彼女たちは6ヶ月間中米を回る予定で、来る前に半年ほどアルバイトをしてこの旅行のお金を稼いだそうで、この旅行が終わると学生生活が始まるそうだ。私は残念ながらオランダには行ったことはない。オランダ周辺国(ベルギー、イギリス、ドイツ、ノルウェー、デンマーク)ならあるのだが、なぜかオランダにはまだ行っていない。試しに、オランダに「カステラ」という物はあるのかと聞いてみた。それらしきお菓子はあるらしいが、名前は「カステラ」とは言わないらしい…残念。彼女たちは周辺を他の言語の国に囲まれているせいか、いろんな言語を話せるようだ。オランダ語、英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語…。私は日本語、英語、スペイン語でも時々こんがらがるのに、彼女たちの頭の中はいったいどうなってるんだろう…?家のHospedajeには、私以外に学生4人が下宿している。男3人、女1人だ。この男の学生どもは、本当に女好きで、中には5人も恋人がいる奴もいる。後日わかったことだが、その男学生のうち1人が、オランダ人の部屋に毎晩通ってたとのこと…。お~い、手が早すぎ。オランダ人の彼女も彼女だけど…。
May 4, 2004
夕方、レオンの市民ホールでクラシックコンサートが無料で開催されるというので、18時に仕事が終わった後で市民ホールに寄った。市民ホールの建物は昔のヨーロッパ調で、趣がある。レオンに住んで1年になるが、中に入ったことはまだない。あまり催しが開かれることがなく、催しがある際には大抵入場料を払わなくてはいけない。また、ラテンの国ニカラグアでクラシックやJazzを聴く機会なんて希である。なので、今回のコンサートは市民ホールを知る意味でも、生のクラシック演奏を聴くためにも絶好の機会である。開演は18時からであったので、仕事が終わって急いで行ったのに、案の定まだ始まっていなかった。ここは格式高いホールらしく、入場の際に上着のシャツをズボンの中に入れるよう注意された。会場内に案内されたのが18時半。日本の文化ホールと言った感じで、座席数は200くらいであろうか。ここの音響機材を、昨年日本大使館が援助したらしく、その額2000万円くらいと聞いている。19時になっても始まらず、やっと19時半になって始まった。1時間半の遅れである。30名ほどの楽団で、弦楽器がほとんどで管楽器はほとんどない。演奏しているのはニカラグア人で、大学などで教えている教授達のようだ。10分程度の楽曲が続き、1時間程度のコンサートだった。感想としては。久々にクラシックを聴くことができて良かったが、正直辛かった。ここがニカラグアと言うことを忘れてはいけないのかもしれないが、不協和音を至る所で耳にしたのと、全体的に迫力が足りなかった気がする。一緒にいた友人は何にも感じなかったみたいだが…。まぁ人それぞれか…。
May 3, 2004
この日、別世界を見た。友人の友人である弁護士さんと知り合う機会があった。彼は30代前半で、企業の弁護士をしている。友人と彼の家を訪ねたが、広い、綺麗、金持ち。弁護士とはこんなに儲かる者であろうか。家の中には、1人で住んでるにもかかわらず、50インチのTVの他にTVがあと2つ、ステレオにDVDデッキ、ビデオデッキなどの家電製品のほとんどはソニー製。壁の至る所に、絵画が掲げられており、大学の専門を卒業した証書がいくつも掲げられている。いろんな大学で専門を勉強したようだ。彼の家族の写真もあった。父親はGanadero(牧畜業者)で、姉妹は全員スリムで美人である。両親の家は彼の家の近くだそうだが、ホテル並みにデカイ。肝心の彼自身は、教養もあって行儀も良く、紳士のようである。どっちかっていうと、ニカラグアの世界と言うよりは、日本に近い世界を久々に見たような気がした。何か食べるとおごってとか言わることもない。中国(中国人)と日本(日本人)の違いをいちいち説明する必要もない。疲れているせいか、久々にそういう世界に浸るとすごく楽な感じがした。こんな生活もあったなって懐かしくなった。
May 2, 2004
ニカラグアの一般企業は、土曜日午前中は通常勤務である。今日土曜の午前中に、企業を回って・サーバ見積の更新・本屋での教科書見積などをやる予定で、今週マナグアに来た。結構午前中だけで回れるかどうか不安なくらいのタスクだ。そんなわけで、朝早くおきて着替えて連絡所を出ようとしたら…。「今日、銀行、メーデーで閉まってた」とある隊員が言いながら帰ってきた。えっ、メーデー?そう言えば、5月1日はメーデーってのは、日本でも聞いたことがあったけど、日本では祝日にはなっていない。でも、ここはニカラグア。今日はメーデーらしく、一般企業は土曜午前中の通常営業をしないらしい。だから、企業、銀行、公共機関全部閉まっているらしい…。ガーン。あれもこれも、今日やろうと思ってマナグアに上がってきたのに、この週末の予定がぱぁである。何も出来なくなってしまった。友人にこのショック度を伝えようと話したところ、「まぁ、そんな日もあるさ」とかるーく交わされてしまった。そうだ、ここはニカラグア。郷にいれば郷に従え。5月の始まりは、こんな一日でスタートした。
May 1, 2004
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