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予算消化率119%というのは、看病のためのタクシー代、香典と人一人を見送るための費用と、伴うもろもろの費用がかかってきた。食費も8%オーバーとなったが、昨年よりも2万5千円は節約できた。食費と教養娯楽費の予算を細かく見直して予算を立てている。積み立てもなんとか続けることができた。風邪気味でもあったが、疲れたら眠ることで、悪化せずに回復できた。薬も飲むことなく、のどあめと果物は多めだったかも。食費削減といっても、ワタシでいえば1500カロリー確保できて、バランス良い栄養素を取るには十分な予算となっている。量もいらないので、まだまだ工夫の余地はある。2月は通常の暮らしをしてゆきたいが、実家の父を月2回は見舞うことにしようと思っているので、多少の予算修正を試みたい。週1回の整理作業から、たくさんのモノを持っても、幸せではなく、一瞬の幸せを味わうだけで、長年忘れられたモノを見るのは悲しく、その後始末をするのは体力的にかなり大変だ。お金もかかりそう。捨てる役目を仰せつかっているが、それを頼んだこと忘れないでほしいと思う。我が家の持ち物も減らして、コンパクトな暮らしをしたい。
2011年01月31日
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今年の寒さは格別で、寒い実家に父のお見舞いに行くという大義名分で、ダウンコートを購入した。デパートのバーゲンで7900円。デザインがちょっと飛んでいる。お値段が一番気に入り、色はダークオリーブ。そういえば、古いすり切れた革手袋もオリーブ色。復活させたら、使い心地抜群。靴も撥水剤をかけたら、グレーがカーキ色に変わってしまってショックだったが、ダークオリーブに合せれば素敵になるかも。寒さの中の移動も、軽くて温かなこのコートで快適だった。マフラーも手編みかユキヒョウ模様がちょうど良い。残りの冬を楽しもうと思う。ヴィヴァルディの冬のメロディを聴きながら、冬のお出かけを考えようと思う。そうしたい。
2011年01月30日
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明日の食事当番のためにカレーを煮込んだ。玉ねぎは小4個入り100円を3袋。鶏肉はももを1kg、トマト水煮缶2缶とカレーパウダー300gを1びん。量が思ったより少ない。あとはヨーグルトとガラムマサラを加えるだけ。人数によっては、ミルクで薄めても良いかも。
2011年01月29日
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1回ぬけただけなのに、かなり動かしていない感じ。寒いけれど、思ったより軽く動くことができた。いつも使っていない場所を使うのも、身体を生かすことになって良いし、何より清々しい。スポーツ嫌いだったのに、不思議と毎週の楽しみとなっている。
2011年01月28日
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を頼まれた。超お忙しい牧師さんに。ワタシにできるちょうど良い記録作成。議事録を貼り付け、2010年の歩みを作成してゆく。そうだ、ついでに週報も読み込んでみようと、行の余っている日にちには、できるだけ記録を書き込んでおく。公式記録だけれど、思い出に残したい記事を選んで、しかもページが増えないように、なかなか面白い感慨深い作業となった。感謝。
2011年01月27日
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定期的にかけているのに、いつも何枚か残して次の作業をやらなくてはならない。30分もかければ、かなりはかどることなのに。家計簿の入力も今回なんとかツジツマを合わせる程度にはできた。なぜが945円余ってしまっている。不可思議。掃除も丁寧に。フィルターも洗う。奥の奥まで掃除機の掃除をしたら、俄然勢いが良くなった。夫がポツンポツンと亡くなった父の思い出を語る。ワタシは若い頃言われた言葉ばかり思い出し、なかなかプラスイメージを語れないでいる。大変にお世話になったのはなったのだけれど。きっと、辛いことがあったら飲み込んでしまって、外にあんまり発散しないで過ごして来たので、フタを開けると出てきてしまうのかもしれない。大騒ぎして生きてゆくのも手かもしれないなぁ。ともあれ、魂だけになってしまうと、なにもかもそぎ落とされるので、これからのお付き合いはしやすくなるかも知れない。悲しみを伴うが、素敵な恵みと思う。感謝。
2011年01月26日
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15日~25日の間にあったのは、義父が入院し、逝去、通夜、そして今日告別式を終えたという家族にとっては、曜日も分らなくなるくらいのドラマだった。さすがに疲れが残り、家の中も片付かず、その中、インフルの影も忍び寄り、ワタシの父への見舞いというか母の疲れも案じられるので、近いうちに会いに行こうかと思っている。幸いなことに、義母は結構元気に見える。義父が長く患うことがなかったことにも安堵し、家族の優しさも確認できたからかも知れない。
2011年01月25日
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クリスチャンには苦手な40分近い読経。焼香は1回っだけ、3回だったかなぁ。すぐ忘れてしまう。でもたぶん形式でなくて、気持ちであることは宗派を超えるだろうと思う。苦しい状態ばかり見てきた1週間だったので、静かに眠っているようなようすはほっとする。夫は最後に何か言ってもらいたかったらしい。ごめん、ワタシは15日の朝、ちゃんと名前をはっきり呼んでもらった。涙は出なかったけれど、やっぱりお骨になってしまったのは、チカラが抜けてしまった。ひとつひとつの段階を通って、身体も骨も目の前から無くなり、まだ記憶にある声の印象も消え、だんだん軽くなり、しばらくすると、名前だけになってしまうのかも。儀式をこなして行く過程で、また次の関わり方、お付き合いが始まってゆくのかも知れない。
2011年01月24日
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優しさに包まれていたように思う。早朝、教会に行ったら、もう何人か来ていて、釜のスイッチが入っている。ほぼなんにもすることなく、炊き出しを終え、みんないったん家に帰ることができた。一休みして、また礼拝の時間に教会へ。教会は家に近いのが一番。いろいろな方々に声をかけられ、1週間があっという間のような、長い時間だったような、まだまだなんとも実感のないふわふわ状態にある。聖書を学ぶ会に出て、お線香を上げにお参りし、次の予定をこなした。なんとも大変な事態であるにも関わらず、優しく厳しい判断を受け止め、相談しながら一歩一歩歩いてゆけば良いのだと思える。多分いろいろ大丈夫。
2011年01月23日
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そう、土曜日に1分だけなって、息を引き取った。1週間過ぎて、義父も疲れ、ワタシたちももう気持ちの準備になったのかも知れない。義母もこれ以上は体力的に辛かったかも。まさに絶妙のタイミングだった。それからは、息子と歩いて帰ってきた。朝になって夫から階段を4人がかりで運んだことを聞いた。ともかくも、少し眠って、夕方には日曜日の炊き出しの準備に教会に行き、お米をといで準備をした。それからオルガンの講習会に来ていた息子とお線香を上げに行った。土日がいつものように過ごせますようにという願いは聞かれていた。何があっても、大丈夫のような気がしてきている。
2011年01月22日
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結局、11時すぎに交替して、お腹も空いたのでランチしてバスで帰る。そのまま家事をして、夫には眠ってもらい、夕食を作って、早めに夕食を取って、また病院へ行く。曜日も昼夜もだんだん感覚が分らなくなって来る。眠っていなくても眠れない状態になってしまった。週末とあって、ぞくぞくと仕事帰りに寄ってくれる親戚の方々が現われた。相変わらず、数字は小さくなり、また会いたい人には会わせてくださいという状態になった。もう、経験から、限界近いことを看護師さんたちも分っているのだと思う。でもでもランプはまだオレンジ、時々緑。でもとうとう赤が点灯してしまった。医師や看護師もかけつけ、ベッドの回りをみんなで囲んだ。声を掛けても、呼吸の数が少なくなり、あっという間に宣言を受ける結果となってしまった。
2011年01月21日
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夜の11時半ごろ、家族を呼んでくださいと連絡があった。数字はだんだん小さくなっている。ベッドの回りで、親戚の人たちと昔話をしながら過ごす。病院の夜を過ごし、ワタシたちが朝まで残ることにしてもらった。同じように家族が集まっていて、ランプが赤となり、気がつくともうお帰りになり、静かになっていた。ベッドも片付けられていた。なんとなく、そうなってゆくのかと思う。暗かった空は晴れた朝の空となり、義父はガンバッテ今日を迎えていた。呼吸するのがこんなにも大変なことなのかと思う。毎日普通に動けるのは、実は大変な恵みだと思わずにはいられない。
2011年01月20日
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午後、家族で一緒に見舞った。昨日とあまり変わらず、薬が効いて落ち着いてきているように思えた。小さいひまごもまごたちも、優しい言葉をかけていた。夕方見舞った夫は、目を開けて、なにかもごもご言っていたようだと、入院してから一番良い状態だったと、感動して話していた。
2011年01月19日
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午後急変したので、集まってくださいと連絡があった。タクシーで駆けつけると、こんな呼吸は見たことがないと思うくらい荒い息をしていて、息をすることが大変そうだった。今は呼吸が脳でコントロールできなくなっているという。家族で呼吸のための管を入れるかどうかの決断をするようにと、医師に伝えられた。遠距離の夫は夕方やっと医師の説明の場に間に合った。それまでの時間に相談しておいたことを医師に伝えた。厳しい状況であることを告げられる。脳炎から来る嚥下性の肺炎を起こしているという。立てなくなったという症状から始まって、症状は似ているが、原因はさまざまということ。電話の話だけは脳梗塞と考えてしまった。検査からの数字は呼吸一番厳しく、血圧が低くなって尿が出なくなることも心配であるし、薬を強くすると、心臓に負担がかかるという。
2011年01月18日
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頼まれた用事を済ませてから病院へ行こうと思っていたら、それには及ばないと義母がいうので、仕事帰りに寄ってきた夫の話を聞いた。そんなにはようすは変わっていなかったという。少し入院すれば、元気になるとみな思っていた。
2011年01月17日
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結局、熱があり、脳梗塞ではなかったので、落ち着いて来たというので、いろいろこなしてから、病院に着いたのは夕方7時半。でもベッドに手足を拘束されて、荒い息をしながら眠りが深い姿を見て、ショックだった。なんだか、こちら側より向こう側の人になってしまっているように思えた。こんなに急に変わってしまうことがあるのだろうか。
2011年01月16日
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朝、用事で電話をしたら、義父がベッドから急に立てなくなったという。心配になって、ネットで調べたら、脳梗塞の前ぶれとよく似た症状に思えた。とにかく病院へ行くことが大切。電話をしたら、本人が出て、ワタシの名を言ったが、その後言葉にならない。ますます心配になり、連絡を取ってみたが、義母は出かけてしまって、やっと会えたのが午後3時半。話したら、義母も納得して、すぐ帰り、夕方救急車を呼んだという。でも結局入院する病院が決まるまでに30分はかかってしまったという。
2011年01月15日
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ストレッチ教室で、どの動作も一生懸命に曲げたり、伸ばしたり、踊ったり、充実していたなぁと思ったら、ちょっとやりすぎてしまった。終わったときはぽかぽか、身体も軽かったが、だんだん無理してしまったのか筋肉痛がじんわり。で、一休み。眠ってから、一念発起して、議事録と会計報告の作成のためパソコンに向かう。早めに就寝したら、筋肉痛は去っていた。良かったなぁ。形はともかくも、機能はたぶん体育をなんとかしてサボろうとしていた若い頃よりも、ずっと向上していると思われる。
2011年01月14日
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入院してから3回目のお見舞いとなった。入院生活も慣れてきたが、単調さも身について好奇心が薄れてきているような感じもする。少しでもにこやかな顔になるようにと、今回はサンドイッチを持っていったが、一切れだけ受け取った。息子がおじいちゃんに貸して上げると「ガラパゴス」写真集を持たしてくれた。昨日届いたばかりで、本人もじっくりは見ていないと思うが、300円ほどで手に入れたという3800円の1992年の写真集なので、ストーリー付きであることも意味がある。それを伝えて、世界は広く美しく、新しいと感じてもらえれば、みながうれしい。ヒマゴからもと、この間もらったアメも渡して来た。言葉は少なかったものの、しっかり家族から心配されていることは伝わったに違いない。実家に帰って、母とこたつでお茶を飲みながら、昔の話を聞いた。そして、これからの人生も今までの続きで生きてゆきたいという話も聞いた。できることはそんなに多くはないが、大きな部分は話を聞くということかもしれない。
2011年01月13日
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めずらしくアルバイトの収入を得て、半分ずつを2個所に寄付してきた。送金料をケチり、手渡しで、領収書は記念に発行してもらった。夫に報告したら、お褒めの言葉を賜った。
2011年01月12日
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読書とお茶の会で、いつものように本を読んだ後、医療現場で多くの方を看取っている看護師さんからお話を聴く機会があった。10人ほどの集まりで、ちょうど良い感じであった。身近な方を最近亡くされた方、これから看取りを経験するであろう方、どのお話も興味深いものだった。すべては、愛し愛される関係の中で起こってくることで、家族が結束する方向に導かれるという。ヒトは動物なので、愛されれば元気になる。まさに死のうとしている人に、家族が呼びかけると、心電図の数字は上がってゆくという。基本はその人がその人であるように。日頃からその方の意志をよく聞いておくこと。ものごとを楽しくとらえてプラスのエネルギーにしてゆく。確かにそうかも。ワタシが楽しく生きていれば、家族も周りの人も楽しくなってゆく。これは経験的に事実。すべてはその応用となる。それにしても、教会に行っているというのは、迷うことなくいつでも原点の戻れて、家族のような関係を自然に築くことができるし、次の世界への旅立ちも、受け止めてもらえる神としっかり知り合いなので、安心して生きてゆける。幸せなことだなぁ!
2011年01月11日
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早く起きたし、ゴミ出しも完了。でも外の寒風の勢いにすっかり負けて、出かける気を失った。滞っていた家事を行い、昨日聞いたセキュリティソフトの件を調べてみることにした。2010年ヴァージョンだとばかり思っていたら、2011年に変わっていた。でもあまり冒険しないので、無事に守られていた。ヘルプを良く見て、設定をウィンドウズを利用する設定に変えて、厳重めにした。あまり困ったことはないのだが、お金を払っているのでソフトの使い方を知って使おうと思っている。でもついて行くのは難しい。スキャナーも使ってみた。思ったより鮮明に取れてPDF保存ができた。でもまっすぐに原稿を置くのが難しい。ワタシにとってはWin7よりもXPよりもVistaが使いやすいなぁ。今年の夏で4年目。長持ちして欲しい。
2011年01月10日
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クリスマスパーティが風邪のため流れて、それではと思いついておでんを作ろうということになった。しっかり出汁をとり、もち巾着はムスメに下請けに出し、ワタシは根菜担当。せっかくだからとデパ地下で各地のおでん種を買い集めてきた。それと地元のお豆腐屋さんの油揚げ、京がんも、人気のちくわぶは3本では足らなかったもよう。デザートはりんごといちご。いちご2パックのヘタを取る係は4歳のマゴムスメ。意外と早く仕上がったので、「仕事が早いね~。」とほめたら、直後にハナタカダカになって、来た人ごとに自慢していた。あ~ぁ面白かったぁ!
2011年01月09日
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大変面白かった。笑う場面もあり、ひしひし迫るというより、冷静に見ていかなくっちゃと思わせる。楽しませていただいたのだが、入り口でいただいたおまけのポストカード、岸辺さんの大きめ写真だったが、どうにも活用方法が見つからず、資源ゴミの中に納められた。おじさんの絵はインパクトあっても、識別できる程度に見る程度。無理矢理おまけを作らないようにと願う。
2011年01月08日
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遠い親戚のこどもとして紹介されたのは坊ちゃん刈りの小学生のころ。そして、時を経て、挨拶したら、それはそうなんだけれど、すっかり亡くなったおじさんのお顔になってしまっていた。逆も真なりなんだけれど。親戚の集まりというのは、時代は変わってももしかしたら、ほぼ同じメンバーのお顔が集まっているのかも。大人になって得た顔を一番長く愛用することになるんだなぁ。父がおばあちゃんの顔にそっくりになってきて、記憶が甦ってきたりする。それもあって、親戚に自分を見る思いがして親戚の集まりはあんまり行ってない。お互いにキハクな関係で良いと思う。きっと近い先祖がそう心がけたのだと思う。
2011年01月07日
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風景がなんといっても美しく、「嫁入り」も考証されていて良かったと思う。ただ、最後がどうも納得が行かない。世界に発信するには、このシーンが必要だったのかもしれないが。大石は望んでいたわけではないだろうに。大石の言葉に影響されすぎている。主従関係って、思っているよりもドライだと思う。また良い主人ほど家来を大切にする。美化されすぎているは時代に望まれたことかも知れないが。家老のチカラはそれほどでもないと思うが。ご先祖の主君は淡々と生き、学問を奨励し、幕末にはさっさと知行地を引き上げて、明治官僚として生きる道を見つけたお殿様に感謝している。目立たない名君だと思っている。
2011年01月06日
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寒かったけれど今年2回目の上野動物園。ゴリラさんたちは本当の家族のようになりつつある。ヒトが見習うことも大いにありそう。
2011年01月06日
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コーヒーが無くなり、買い物に出た。工事現場が静かで、まだ品物も並べ中。取りあえずのコーヒーのパックにし、加熱用まぐろを見つけて、購入。いろいろ訳ありパックが並んでいた。ミルクもと結局重い荷物を持って帰ってくることになった。年明けは急にお値段が下がり、野菜も収穫しなかった分大きくなったものが並んでいるように思う。これから、毎年恒例の量を減らす食生活を再開することになる。
2011年01月05日
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かはくショップに寄るため。それでは誘ってみようと、結局マゴムスメと3人で出かけ、ムスメが後から合流した。言うとおりに、巡ることにした。動かないものより、とにかくボタンや端末を押したがる。入場券の写真の剥製展示を見に行ったが、最初は怖がっている。2回目はママが一緒だったので、積極的になったが、一番は熱心に取り組んだのは、あの大きな竹とんぼやアーク放電など遊べる科学。何度も何度も一緒にゆくことが大事かもしれない。博物館動物園に慣れてもらうと、こちらも楽しい。さて、ひいおじちゃん所望の本なんとか購入できた。80歳差の楽しみを満足させてくれる「かはく」は有り難い。
2011年01月04日
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動物たちが広場でお出迎えをしていた。チンチラ、アルパカ、ヤギ、そして人間代表のエンチョウ。並んでうさぎ煎餅をいただいた。美味しい甘いおせんべいでした。残念ながら、40分で出て、上野駅から電車に乗って、父のお見舞いに行った。味噌かつとカツサンドを所望していたので持って行ったが、一つずつぺろっと食べた。食欲が出てきて、元気なようす。後で電話があり、人類と恐竜の進化の最新の本が欲しいとのこと。科学博物館のショップで見ることにした。
2011年01月03日
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礼拝後、クリスマスの飾りを外し、リースを解体する。毎年のことながら、チクチク痛い。紫のろうそくが緑色の布にたれてしまい、今度こそ布を新しくしようと話す。ぽっかり開いた日曜日の午後、世間ではお正月なのだが、お正月の意識はワタシの中ではかなり遠いものになってきている。ロビン・フッドを見ることになって、イギリス史の復習と当時のテムズ側周辺の景色をじっくり眺めたくてプログラムを購入した。ロンドン塔の左側遠くの建物はセント・ポール大聖堂かなぁ。ここでも十字軍の功罪を思う。戦いから帰って来る場合は戦利品をもたらさねばならないと、小は桃太郎を思う。勝ったら、その場で政治に利用され、大きな敵にならないよう権力者は手のひらを返す。その繰り返しが歴史を作っている。庶民は何度でも立ち上がれと励まされる。ロビン・フッド伝説に。夕食の回るお寿司はネタの種類がかなり少なくなっていた。お正月現象も考えて食べよう。
2011年01月02日
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大覚寺渡辺始興筆 野兎図 重要文化財2011年正月今年もどうぞよろしくお願いいたします 昨年の夏は東北地方北西側に沿うような列車の旅ができました。動物園と教会とお城を歩いて、人と語らい、新しい思い出ができました。 今年もテーマを持って旅にで出たいと思います。どこに行こうかなぁ。
2011年01月01日
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