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前のプログが途中だったんでその続きから23日が祭日で24日振りこみとなるので割引されず結論的には保留。プログで25日まで割引可能ということを知り、昨日振りこみサークル入会心の流れ24日に振り込む直前まで悩み、入会そのあと後悔、これって騙されているんじゃないか?PQ開発で何が変わった?決定的に何か変わったか?体型は変わった、身体の調子もいい、歩くのも楽になった、背骨の自由度も増したでそれで何が変わった。本当にPQ開発が原因で変わったのか?この金額払うほどの価値を与えてくれるのか?本当に?くれるのは結局「文字」じゃないか。それも本当にくるのか詐欺っていうのはこうやって騙すものなんじゃないのか?猜疑心が頭に広がる。何がしたかったんだろう、普通じゃ何がいけなかったんだろう。世間でいう「普通」にはなれなかった。世間でいうと明らかに劣っていた。それでも無意識に普通にしがみついていた。実現可能と感じられる範囲の普通を目指していた。普通に暮らし、いい子供、いい青年、いい大人、いい父親、世間で了解されている役割をこなして生きる。個人は?僕はどこに居る?そうじゃない僕の部分はどこ?江原氏は言う「人生はどれだけ生きたかじゃない、どれだけこめたか」何だ、俺の望んでいることなんて「普通」のことだったんだ。「自分のすべてを自分の人生にこめたい」善も悪も、愛も憎も、人に迷惑かけることなくやるには認識が必要、肉体も精神も、魂も、世の中も、他者も正確に認識する、正確無比な情報。すべてを認識するため、感情に振り回されないため、自分の器をでかくする。一日経つPQ開発者のプログを観て回る。倉本圭造のコメントを読む。信用できるんじゃないか?昨日の猜疑心は薄らぐあれは、何だったんだろう。あれは恐怖のパターンでもあり、今まで自分を守ってきたものでもあり、自分を縛り付けていたものでもある。猜疑心、疑心暗鬼、必要の無いものか?それも違う、客観性を持つ上で、自分を見ている自分を養う上で、自分を保つうえで必要なことである。だけど、障害にもなりうる。感情とは純粋にエネルギー、良い悪いはなく、プラス、マイナス、どうとでもなる、どう作用させるか?それが重要。器を大きく持ち感情に左右されない。色々能書きたれているけど、自分はどれほどPQ的進展があるんだろう。どれほどPQ進化が進んでいるんだろう。それが解らないのが残念、結局能書き垂れているだけか僕は。
2005年11月25日
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昨日、パソコンを触れなかったこともあり、金額の割引の件は知らなかったんですが、こういう期間限定の割引は小市民の僕にはかなり決断を迫るものがあります。色々なことが頭に浮かびました。やるべき理由は「自分個人を表明してなにかの歯車じゃなく、自分の人生をいきたいんだろう」出来ない理由は「それをやったって俺は変わらないだろう」(これはPQの理論が間違っているとかじゃなく、自分にそれをやりきる自信がない、能力に、存在自体に)さらに、真実は知りたいでもそれを知れば「普通の人生、安定した安心感のある人生は送れない」幻想かもしれないけど普通の幸せは手に入れることが難しくなるいや自分を完全に誤魔化せなくなる。そんなことを思いつつ、
2005年11月22日
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小学生だった頃、「終わりの会」でクラス全員で合唱するのをやっていたんだけど、その時歌った最初の曲「さよなら人類」を思い出し急に歌いたくなる。思いかえせばあれが僕と歌に興味を持った最初の出来事だった。原曲は聴いたことが無くみんなと合わせて歌ってただけなんだけど。最近口ずさむようになり、原曲を聴いてみたくなり、アマゾンで「サンダル」を注文(シングルはなかった)歌詞をみると客観的に物事を外側からみている感があり、世の中を外から見て皮肉っている様子のようなそんな感じのようだった。歌いやすさとメロディに魅かれたが歌詞もなんんだか魅力的だ。いまこういう歌を歌う歌手なんていない、まあ、たまもこの曲限りかもしれないが、この曲凄く好きかもしれない。関係ないけどジャケットの写真で見たあの頭にはびっくりした。
2005年11月19日
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最近「夢」がなんだかどんどん現実感を増しリアルになってきている。目が覚めたと思っても覚めていなくまだ夢の中にいる事もあるし夢で良かったと心の底から思うことが増えた。夢というのはありえない設定で夢と気付きそうだけど、リアルに観れば観るほど気付けないと思う。今日も色々夢を観たと思うけど憶えているのは、僕が僕の部屋を紹介しているの、実際の部屋ではなく、過去の記憶がごちゃ混ぜになっている部屋をいくつか紹介している、弟の部屋として紹介しているものもあった。この後「ああ夢か」と起きパソコンに向かい倉本さんのプログを観ていたと思うけど、その後何も無い部屋でゲーム(人生ゲーム?)をしている誰かが居てこっちに呼ばれる、あと誰か別の部屋から出てきた人(女の人?)が居たような気がしたが、この後の展開が凄く印象に残ってしまったので夢全体がおぼろげで曖昧になる。プログから「その部屋」に入った気がしたので「倉本さんですか?」と聞いてみると「そうだよ」と言う。気のいい兄ちゃん風なその人を観て「へ~そういう髪型しているんだ」と横が刈り上げでセンターにパーマを当てた?、リーゼントっぽいけど、リーゼントじゃ無い髪型を観て思ったら、「こっち来い」と呼ばれ、「なんだそんな髪型してんのか。」と言い、頭を膝の上に寝かせて、「何すんだろう」と思っていたらバリカンで僕のサイドの髪を刈り始めた「何すんですか!!」と言ったら、「髪を刈っているんだ」と答えてそこでしばらく黙っていたけど焦りを感じ目を覚ました。後から考えてみると過去の記憶がごちゃ混ぜになって勝手にストーリーを展開している感じがする。自称倉本さんと称するその人の髪型は前の会社の先輩だった人の髪型でこの人以外にも、その髪型をしている人は記憶にあるし、自分の部屋を紹介するときにあったものは過去自分が保有していたものもあるし、読んだことのある漫画(今日から俺は)でもあった。髪を刈ることは昔親父によくやられてちょっと不安で嫌な記憶でもある。なにが嫌かってその後親父と一緒に風呂に入ることが嫌だった。最近完全休息にはいる睡眠(昼寝)と、夢を観ることが多い睡眠(通常寝)がはっきり別れていき睡眠時間も長くなった。今日の夢は最近やっていなかった「ターゲット偉人超えちゃうよ宣言」と「人体解剖図」をフォトリーデングすることを始めたことに関係していうんだろうか。あと「ダークサイダーズサークル」の件もあるだろう
2005年11月17日
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今の身体意識できる範囲で全身を脱力した状態でも硬さを感じる部分というか、完全に固定されている部分、拘束背芯、拘束背柱、僕の場合もともと背骨が左右に湾曲した状態で固定されているので背骨を鎖のように操るのは僕の理想なんですけど今の状態を視る限りそれを為すのは難しそうだ。腰椎あたりは結構自由ですが、肋骨から上の背骨は緩ますのは難しい。あと肋骨の上と下の背骨のずれが一番ひどいし、背骨の開きが触った感じ1cmはある。背骨を動かすには脱力した状態でゆっくり背骨を動かすのが基本だと思う。いや骨との会話の基本だろう。力を抜きながら動かす拘束背芯、拘束背柱の話に戻る。何故そこまで硬くなったのか?これは肩甲骨の周りの筋肉を含めた話になるんだけど、恐怖に対する反応で、緊張、怯えの防御姿勢じゃないかと思う。僕はよくおどおどしていると言われたし、そういう時は肩の筋肉まで硬直してたような気がする。つまりどういう意識がこの状態を生み出しているかといえば警戒心、人への不信感などで解消法は、運命を信じること、周りがどうだろうと自分の心が求めるならこの道の先を進めば幸せになれると信じること。自己意思への絶対的信頼、自己肯定感それが骨の髄まで染みたとき背骨は動き、そのとき僕にはあまり感じられない肋骨の一本一本の動きまで感じるんじゃないかと思う。
2005年11月15日
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倉本さんからのコメントで「ココロのそこにある情熱をちゃんとすべて発揮し燃焼させることだけを求めている」、「理屈っぽいのは演技でストレートな人格が素なんじゃないの?」というのをもらい前半の言葉にはその通りだなと思い、後半の言葉にああ理屈っぽいってことになるんだと自分でも気づけなかった一面を発見した。理屈っぽくなるのは、そのままストレートに表現しても、受け入れてもらえないとココロで思っているからで、そのための正当性の証明として理屈を使うんだろうなと思う。対人関係に関しても、ストレートな自分というやつを受け入れてもらえないと思うがゆえに、常識の範囲内の行動、無難な発言にとどまる。こんな仮面をつけて生きることは自分の人生を生きることにはならんだろうと思ってみても、受け入れられない辛さを味わうよりは受け入れられている感覚を求める。結局中途半端、仮面をつけるなら、もっと周りから好かれる仮面をつければいいのに、そこまで自分を偽ることにはどうしても出来ない。つけきることもできないし、完全にはずすこともできない。ずいぶん前の事件になるが「酒鬼薔薇事件」その加害者である少年は「自分が透明な存在だった」と言っている。これから書くことは、想像、推定、妄想、の範囲を超えないんだけど自分と言う存在表明する手段を完全になくしていたんじゃないかと思う。簡単な例をだすと活発な弟、内気な兄みたいな世の中は自分の意思とは関係なく役割分担としての影響を自我が受けるとしたら、幼いころから周りの人間に合わせすぎて自我を表明する手段を失う。でも思春期特有の芽生えからの反発心は大きくなる、けど表明する手段が無い、その攻撃性は弱い者、自分が操れるものに向かう。まずは小動物に、その内正当性を見出すため自分のなかの一神教を作り出す「バラモイド教」完全に自分の都合で造ったその宗教の定理で自分より弱い人間を殺す。自我というものは存在するけど普通にしていては認識できない「透明な存在」PQ開発は逆で、自分という存在を突き詰め認識し、「世界の中心で自分の名前を叫ぶ」ことにより表明する。前の倉本さんのプログで、自分にとって許しがたいことを認識することというのがあったが、まだ仮だけど僕にとって罪なことは「自分と向き合い自分の人生を生きないこと」最も許しがたいことは「自分から逃げ出し、他者に悪意をばら撒くこと」最も救いがたいのは「他者に悪意をばら撒くことを快感と思い、それが自分の幸せだと思っている人間」自分の人生に迷い、戸惑うならまだいい、それを他人に向けちゃいけない。僕はやっぱり「自分という存在の価値を自分を偽ることなく世の中に示したい」例えその原因が過去の辛い想いにあったとしても進まないと自分のことなんてわからない、そして世に示すことが出来ればその辛い想いも自分のものにすることが出来ると思う。追記全く関係のないことだけど、女の人が「彼を見てビビッビてきたんです」的なことをいうことがあるじゃないですか。男にはそういう直感性は無いと思う。それは性欲が邪魔しているせいだろう。「僕は前に好きなのか、欲情しているだけなのか、寂しさからきているのかよくわからん」と人に話したことがあるんですが、PQが深まっていくとだんだん分別がつくようになってきたような気がします(気のせい?)でもこの前TVで島田伸助が「好きーH=愛」というのを聞いてああそうだな、とりあえず付き合って、抱いてみないと答えはわかんないかもな。と思いました。基本的には男の一目惚れは「信用できない」と思います
2005年11月11日
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僕は最近バイトから帰ってきて飯を食べ、寝る時風呂にも入らず、歯も磨かず、寝るんですが、そのせいでしょうね眠りが浅く、長時間寝ます。そしてよく何本もの夢を観ます。そのあと風呂に入り、歯も磨き、身体との対話をして少し寝ます。このときの睡眠はよく眠れるし、身体も柔らかくなるのを感じます。で今回の話はそんな不摂生の後の夢の話少年時代の僕の夢には、自分という存在はあまり出てこなくて、テレビの芸人さん、とかがよく出てきて笑わせてくれたり、してたんです。最近はもう自分でも忘れてしまっていた人物が夢の中に出てきます。そして何本も夢を観たと思います。何本の観たことは憶えていますが残るのは最後の夢だけ、でも今日は二つ記憶に残っています。高校時代のクラスメイトが数人出てきた夢、そして最後に観た夢が印象的ではっきり憶えてるんで書きます。え~こういうことは、初めての経験ですが舞台はあの漫画「ワンピース」です。現実の人物は出てきません、僕も一切出てきません、全部漫画のキャラクターです。設定がね、レストランらしくそこの厨房でルフィたちは何らかの事情で働かされていて、これから反撃するというところから始まる訳ですが作戦としては陽動として誰かが直接フロアにいる敵と戦い、その間に一人が店の外のコンテナの中に隠れ目的を果たすという作戦を立てるわけですけど(まあこの作戦自体の有効性についてはどうでもいいですが、夢だしね)実は陽動としての戦いについて書きたかったんですよ。まずゾロが出ていき、近くの雑魚キャラを手に持っていたコンテナでガンガンにどつきまわす、そこでメインの敵キャラが「お客様少々お待ちください」と言って「何のつもりだてめーは」と言いながら近づきゾロにコンテナでガンガンに、ガンガンに、ガンガンに、ガンガンに殴られ、終いには片手だけで両足持たれて、ブンブン、ブンブン、ブンブン、振り回され、周りにあるものにガンガン、ガンガン、ガンガン、ぶつけられる。夢見ていてうなされるのがわかるぐらいそのシーンは伝わってきた。で何でか知らんがルフィとその悪役の戦いに変わり、悪役は言う「俺はナ、色んな制限してくる正義って奴が大嫌いなんだよぉぉぉそんなんじゃ生きていけないんだ、そんなんじゃ俺のマグマみたいなもんは収まんないだぉぉ」結構疲れた素振りは見せるけど、あれだけガンガンにやられてのに血も流していない、ノーダメージということに夢を観ていて僕は驚き、ああこの不死身性は自分の中では決して消えないダークな部分なんだろうなと認識する。そこでルフィの言葉「お前はこの「何々の森」の中で女、子供、弱い者を騙しながら必死に生きてきた、でも敵がいたからこそお前の今の人生があったんだぁぁ」と改めて読んでみてもそれって説得になってないジャンと思う言葉を言う。設定としてはその悪役は何らかの事情でなにやら色んな敵、そして大きな権力が存在するその「何々の森」の中に入り弱い者を食い物にして、その大きな権力に従いながら生きてゆくでルフィ達が最終的にはその大きな権力と戦うというストーリー夢を観ながらその設定を理解したところで目が覚めた。あまりに意識がはっきりしていたので夢を観ながら覚めていたんじゃないかと思う。起きた瞬間から目ははっきりと覚めていてた。これはPQと何の関係もないかも知れないけどこういう感じの夢は初めてだったので書きます。
2005年11月11日
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前の内臓の特異性の回で小脳は人間の本能を司ると書いたがそれは間違いで運動の調整機能らしい本能は辺緑体と呼ばれる部分が司っているそうだ密度の濃い部分に感じたのは脳幹あたりだということも解剖図をみてわかった密度が濃ク感じたのは物質的に他の脳と違うせいだろう混乱を与えてしまうようなこと書いてすみません日記は訂正しておきました
2005年11月05日
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人なら誰しも触られると弱い部分があると思いますが、僕は首が一番だめです、あと胸も嫌だ。首周りになにかあるのが嫌いで、ネックレスなんて絶対嫌だし、タートルネックも絶対着ない。嫌悪感がするわけじゃないんですが、こそばゆくて、くすぐったくて、反応しないでいられない。あ、性感帯ということか胸も同じ理由でダメこれってなにか身体くん的な理由があるのかな?他の皆さんはどうなんでしょうね。
2005年11月04日
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Nielsさんが書いた大臣のことはその通りだと思う。民意を反映して政治家を選んでも国会で答弁しているのは官僚政治家は官僚の意見を読むだけ操り人形政治家に必要なこと、官僚の書いた紙を伝える技術、集金力、カリスマ性僕等が人形を選び、官僚が手前勝手な脚本を書く。そして劇が始まる。支配者は虚と実を使い分ける。民には納得のいく虚のシステムを示し、実は違うシステムが作動している。僕等の周りにはなにか幸せなフイン気が漂っているものがある。クリスマス、バライティ番組、モー娘実は何も無い、あるように見せているだけの幻想かなり偏見を持って書いたことを認めますでもこういう風に見えるのも事実
2005年11月03日
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人生が一切苦であるとするとその人生のなかでみる幸せはすべては「夢」、「幻」小学生の頃人生に虚無を感じた。いずれ皆終わる、だから何か残そうとする。子孫、名前、生きた証をいくつ人生の中で夢を観れるだろう、夢は必ず終わる、終わる悲しみ人生でいくつも観る夢の中で終わらない夢があるだろうか、確かめる価値はあるそれまで僕は夢を観よう
2005年11月03日
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ブルーハーツの「チェインギャング」、「情熱のバラ」斎藤和義の「うたうたいのパラッド」中島みゆきの「ファイト」歌手名は知らんが「くちばしにチェリー」、忌野清郎の「ずっと夢を見て安心してた」という歌詞が入っている曲もいいなと思う。UAの「甘い運命」もとろけるようになるから好きだなパンプオブチキンの「虹を作っていた」から始まる曲ラブサイケデリコでも好きな曲あったな。ポルノの「愛の呼ぶほうへ」も感動してしまった。漫画では「ベルセルク」、先日連載終了した「RED」この二つはダークな感情の発露として没入できた。漫画、音楽で今思いつくのはそれくらいか。洋楽は聴かない、歌詞はわからんし、曲も好きそうなのがあまり無い、いいと思うのはカーペンターズくらいか。メロディ重視だったけど最近作詞の良さも深いところまでわかってきた。「情熱のバラ」の詞のよさも再確認できた。好きな歌手はいない、好きな歌があるだけ何か言いたいことがあるわけじゃない書いておきたかっただけ。自分が過去イイナと思ったものを
2005年11月03日
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筋肉、骨、脳、が感覚的に解るようになり、身体感覚が高まると内臓が異様なものに感じられる。色んな臓器が混在しているし、生命活動そのものを行っている部位なので当然かもしれないが、内臓として全体的に捉えるとすごく異様なものに感じるし、明らかに他の部位とは存在意義が違うものとして感じることができる。ちなみに自意識は大脳新皮質と呼ばれる脳の外側部分にあると僕は思っている。あと人間の皮の部分皮下脂肪が結構厚いことも感じれるようになった。3~5mmかな場所によってはもっとか。追記最近「動く骨」なる本を入手、長年トヨタ自動車に勤めていた人が書いていて、身体を機械的に捉え体幹操作法なるものを紹介している。身体との会話のツールとして胴体内を感じるには試していないが有効だと思う。
2005年11月03日
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