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2月4日変更しました。栃木弁教えて頂きありがとうございました。難しいですね・・2月13日 変更しました。短くした方が「実用的」なんですよね・・・・2月19日 変更しました。これで 前半の「崩れ」で弾法(合いの手)を結構弾いても15分でおさまりそうです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 「六道の辻に咲く花(華)」 作詞 森山遊英風雲逆巻く 宇都宮城」 慶応戊辰卯月19日 風は追い風 敵軍城下に火を放つ 無常なるかな・・ 自ら二の丸に火柱上げ」 城見捨てる宇都宮兵 燃え猛る家々の 炎紅蓮に 夜空を焦がし 宇都宮城 落城す」 勝ち誇る新撰組に その名も高き 土方歳三」またも轟く 人馬の響き 城取替えさんものよと 押し寄せる」 勝敗は 六道の辻にこそありと」 矢玉たばしり 血汐飛び散る ここかしこ」 とび来る火弾 明神山も炎に染まる」 さしもの土方 足に傷負い 戦終わる」 新川 染たる血潮の流れ」 荒れ果てたる 二荒山神社 登る朝日に 照らしてみれば 愚かやな 無残やな」夕闇迫り 荒れたる寺より 墨染めの僧 出できたる」 傍らの山なす骸 静かに手を合わせ 独り黙々と 六道の辻に葬れば(ほうむれば)」 どこの誰かしんないきっと 妻もあるべ 子もあるべ しゃあんめ なじょすべ ごみ芥(あくた)じゃんめ ほだ ほだ」回向し 申そうと 町の人々 闇にまぎれて 城の内外の屍を埋葬す」ここに敵方の 戊辰之役に倒れし人の墓ありと 聞きし 宇都宮藩の戸田三男」 かねて会津の飯寺で 託されたりし200両」 これにて長岡藩又六道の辻に眠るもの達の 供養なさんと、墓碑建立を願い出る」賊軍なれど その名も高き」 山本帯刀が武士の最期の願いぞと 力説すれば許されて 明治7年(ななとせ)水無月の 晴れたるその日 墓碑建立す」以来続く 花供物 墓前に絶えぬ 祈りの声 供養に輝く130年」武士(もののふ)は 剣(つるぎ)かざして 散るを桜と 花咲かす」剣(つるぎ)持たぬ 人々は 優しさ咲かして 花となる」いずれも華(はな)よ 下野(しもつけ)の」 山桜 里桜」 薄紅そむる八重桜」 六道の辻に咲く華」。。。。。。。。。。。。。。。。。
2009.01.28
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早いものでもう少しで1月も終わり・・・相棒さんと2人で「のど風邪」ひいてたのが治ってきました。声だせないので琵琶は弾くだけです。でも凄く調子は良好です。・・・というより風邪で行動が制限されるので、自由時間が多いから「落ち着いて集中できる」みたいです。寒い地方は、主婦のみなさん凄い重労働?なんですよね・・・実感!朝は家族の中で一番早起きして、寒い部屋で朝食:弁当の準備。部屋の温度みてみたら「2度!」毎日毎朝「結露の処理」晴れた日は布団干し(晴れたら必ず!曇りは部屋の中で干しておく。)夕方が近づくと「雨戸」を閉め、外を見回り「凍らないように、いろいろ見回り、箱被せたり、保温用のアルミはくで覆ったり」します。外の水道・植物・自動車・自転車・水槽・・・昼間は「灯油やら食料やらの買出し」・・・歩いて数分の場所じゃーないもんね・・この「凍結予防」これが驚きなんですよね・・・相棒さんの方が、「寒さに対する免疫?」は強いので「ここ1ケ月」間は相棒さんがセッセ?イヤイヤ?やってくれてます。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。というわけで「六道の辻に咲く花」作詞できました。宇都宮城落城の頃のお話♪・・・これに薩摩琵琶歌(唄)の伝統的は譜(作曲)つけると、少々変更はあると思います。イメージは「大阪城の坂崎出羽守」みたいですね・・・でもテーマは「庶民の敵方の戦士者を哀れむ心」身分を超えた人間性ヒューマニズム?かな?出来たのは薩摩琵琶の「サワリ」が上手くできたその日なんです。一つ上手くゆくと、なんでも上手く行くんですね・・・完成してみると「良いじゃん♪」なんて、「もともとあった琵琶歌みたいな題材」です。でも、どうして薩摩琵琶の大先輩達は、「こんなに格好の題材」なのに、薩摩琵琶歌にしなかったのかなーーー???考えてみると私が焦点あわしてるのが「町人・農民・無名の僧の行動・やさしさ」薩摩琵琶歌の大半?殆ど?は「戦う兵・武士・著名な僧」・・・封建性の時代の権力の方に加わる人々・・・薩摩琵琶はやはり「武士道」が色濃いんんだろうな・・・そうゆう意味では現在の感覚から言えば「偏り」があるんだ・・・なんでもそうかも知れないけれど・・・準備期間の方は遥かにはるかに長くて、完成するとその発表(演奏)は数分で終わってしまう(苦笑)・・・「ああー儚さよ・・・」かなの世界ね(キャハハ)栃木に来てからずーと「栃木県ならではの、ご当地琵琶歌」作りたいな・・・(勿論、自分が演奏するための物ね!)まるまる2年半の構想で、題材見つかったのが1週間前で・・・今まで見つからなかったのは「私の頭が、感覚が、習った薩摩琵琶歌調の?封建性濃厚」だったからなんだな・・・と、気がついた。
2009.01.28
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昨日は凄い良い事がありました♪・・・「薩摩琵琶のさわり」がうまくとれました。!!!!ジャアン・・・・・嬉しい♪最高の気分です♪もう嬉しくて「夕飯」は「お鮨」に昇格!!!相棒さんにも優しくなる(キャハハ・・苦笑)平曲講座の演奏の時から感じてたんです。「薩摩琵琶の1(一番太い絃)の音色が「乾いたような、単純なような、半音の半分くらい?(本当にほんの少し)高いような??・・・でもチュウナーで調べると合ってる??」・・・そうなんです。何しろ「気にいらない!」「謡いずらい(語りずらい)」んです。演奏の前に、多少は調整したのですが完璧には響かない・・・鳴らなくなったら大変なので、演奏前はある程度鳴る(=響く)、これで我慢して使いました。薩摩琵琶錦心流では、1の絃と3の絃の開放絃の音を良く使います。・・・これで「歌(語り)」の最初の音の高さを決めてるみたい。・・・だから「演奏し難い」んだけれどさ・・太い絃が開放の状態で「おかしい?」この原因は判ってましたが、難しい!・・・失敗すると全部?の絃が鳴らなくなるかも・・・。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。「薩摩琵琶のサワリ」取りは、言い方を変えれば「2つ」ありますよね?木製の駒(柱)の作業と、象牙の烏口の部分の作業。「サワリ」の取り方では、細い4の糸や3の糸の調整はできるようになりました。これは比較的簡単でした。駒を押さえて弾く「4の絃:3の絃」・・・これは響かない原因は「木製の駒(柱)」がダメなんですよね?・・・・そりゃそうだ「使うもの」磨り減る、デコボコになる。薩摩琵琶の場合、駒(柱)は「ほうのき(朴木)」を使います。絃が触る表面は、そのまま「朴の木」なんです。・・・だから練習すればするほど、摺り減ったり、絃の溝ができたりします。筑前琵琶の場合は「駒(柱)」に「煤竹」を張ってあります。板切れに紙やすりをクルクル巻いて表面を平らにして、あとは「微調整」してます。微調整しなくても大丈夫な時もあるようですが・・・音が気にいらない時は「駒の下方側3分の1くらい」を、本当に少しスーとけずるんですね・・・粉がちょこっと出る程度なんです。駒は「平らに:鏡のように平らに」・・・これは私の大好きな「山下晴楓先生」の楽屋にたまたま覗ったとき、眼の前でお弟子さんの薩摩琵琶を調整されておられるのを見て覚えました。・・・・本当に「たまたま」なんです。これを目の前で見た時、長い間の疑問が「そうか!」って解決しました。私が当時所属していた?水会の先輩は「駒を削る、隙間を空ける」・・・間違ってはないのですが、大前提条件の「平らにしてから!」、これを言う人は居ませんでしたーーーーー最初の師匠すら「隙間!隙間!」・・・・でも考えて見れば「凄く練習すれば木製の駒は磨り減る」けど、週1回?月数回?くらい琵琶を弾くなら???磨り減らないもん、「木製の駒のサワリ取り」必要ないもんな・・・70歳80歳では「やらないもの」は忘れちゃいますよねーー。・・・むしろ師匠がお元気な頃から師事していた先輩のみなさんが20数年習いながら「伝承」しなかった・・・事に責任があるんですね・・・この頃そう思います。私が師事したのが「遅すぎた」から・・・で、私には「小刀」は怖いので「紙やすり」使ってました。あとで、某プロもそのやり方を推奨しておられました。で、難問は「太い絃が開放の状態で響かない」事・・・・このケースは原因は「駒」ではなく、琵琶の上部の「烏口」・・・4本の絃が集まる「象牙」の部分・・のサワリなんです。これは最初の師匠も眼の前で時々やってました。何しろ「送り迎え」するので姉弟子のみなさんが集まる前の場面。でもいつも時間切れで「充分なサワリ」にはならなかった。「私は金属が響くような、よくついたサワリが好きなんだけれど・・・」と言う無念そうな言葉を思い出します・・・この確かめ方は、普通に琵琶に絃をつけた状態で・・・木製の駒は関係ないから・・・鳴らない1の絃(太い絃)に、「絃(普通の木綿糸だって良い)」を「象牙の駒と絃の間」に「挟さみます(絃を潜らすわけ)」この状態で「1の絃を開放で鳴らして」良い音=響く音を探します。・・・挟んだ絃を上下に、あちゃこちゃ動かすわけこれから先が本当に難しい・・・良く鳴る場所を運良く探せても・・・それから「どうすれば良い」のか・・・この理屈がわからない????誰も口にしてくれない。・・・この絃を挟んで音色を探す・・・・これは某プロも薦めてました。・・・と言う事は、明治大正昭和の琵琶人の間では、常識的な「知る人は知る方法」だったんですよね・・・最初の師匠はその時々により「溝を深くしたり、溝の両脇を削ったり」してました。で今回は「ちょうど溝の真ん中」に絃を挟むと「朗々と1の絃が鳴り出します」?????この「烏口のサワリ取り」をやる時最初の師匠の口癖は「失敗すると琵琶鳴らなくなりますから・・・・琵琶屋さんに持って行きなさい。いじっちゃダメです!」????某プロも絃を挟んで「音」を探すことまで教えても、それから先は「サワリ取りの上手な人に」やって貰うこと・・・これしか言わない・・・?????。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。年末から「ずーと」考えてた。最初の師匠は、アマチュアになるけれど、琵琶の盛んな大正・昭和に琵琶を習い活動されていた。当時有名だった「鈴木流泉先生」とも交流があり、活動に誘われたり、「門琵琶」の譜面なども頂いたりしていたらしい。この先生は「琵琶のサワリ取り」の教育にも凄く熱心でおられた。・・・どこかにこの先生の書かれたものが「ある」はず・・・で、ありました。「鈴木流泉先生の、サワリ取りの研究と小刀の使い方」という鈴木先生のメモによると「薩摩琵琶の音色・余韻の良否は絃が接触するコマ(柱)の表面のスキ間のアキ方で決まります。(転軫上の烏口も同じ)。」「大干のコマは、(開放絃で・・)一の絃との隙間を1ミリから1、3ミリにすれば良いと思います。」ということは?えーーー「鳴る状態=あるべき姿」から見ると溝の部分に絃を挟む==>絃が持ち上げられた状態になる・・・この時象牙の駒と接する絃はどうなるんだ????下方の絃の結び目の「覆柱の部分」の支点は固定されてるから、上の烏口の部分の支点が上方に持ち上げられる????おう♪三角形の底辺を琵琶の駒が着いてる「細いつる首」と考えると・・・長四角の直角三角形の斜めの線が移動する==>三角形の直角を作る、短い方の垂直線が上の方に伸びた事になる(両端の角度が変わてる!)そうすると、伸びた垂直線の三角形の端っこに横たわる形の「象牙の駒」と、斜めの線に相当する琵琶の1の絃はどうなる?????ふんにゃ?本当はわずかの変化だけれど(数ミリの半分くらい話・・・)拡大すりゃどうなる???おう「スキ間」(象牙の駒と絃とが作る小さな三角形の斜めの絃がつくる角度かな?)が「傾斜がゆるやか=スキマが多い」のが、絃を挟むと「急な傾斜になり=スキマが少なく」なるんだ・・・と思う(自信ないけどさ)この発想は建築設計士でもある「我が家の相棒さん」の考え方!!「スキ間」なんて言うから判らなくなるんだよね・・・・学校では算数では「角度:傾斜」だもん・・・・でもこれも時代が違うから仕方ないというわけで、「烏口の部分」に「葉書」を差し込んでみました。おう♪アタリ♪私の今のケース「烏口の絃の溝の部分、ここの真ん中に絃を挟むと、良く鳴りだす」という現象は、開放の状態でそのまま鳴らすと「葉書が駒の半分以上も上の方までスーと挟めて=スキマが多くて」鳴らない。絃を挟むと「葉書が駒の下方の3分の1位まで、スーと入るが、それより上には凄く窮屈で入らない=スキマが少なくなり」鳴りだす。「挟んだ葉書」ほどの、薄さの世界です。肉眼では判別しにくいですよね・・・明らかに葉書がどこまで挟めるか「移動」してました。・・・・じゃ次から葉書を使い確かめれば良いんだ♪奥まで挟めたら=ブウブウ!!!なのねだから「挟んだ絃の厚みに近くまで、溝を深くすれば」鳴るかも。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。で、恐ろしいけど・・・本当に少し溝を掘りました・・・たって凄く「少し」です。一度に「ガサ」なんてしません。ヤッホ♪凄く鳴り出しました。共鳴楽器なんだなーって思います。2の絃、3の絃、4の絃は全然いじってないのに、鳴り響くんです。4の絃のが下段なんて凄く良い音♪成功♪気持ち良い♪
2009.01.23
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またまた?いやいや「まだまだ」寒い日が続いています。氷点下!の朝があるんです!!!東京生まれ東京育ちの私には「こたえまーす」・・・毎朝、早朝(早い時は朝の4時半!)起きると家のなかで「毛糸の帽子」を被り「炊事」する私であります。本当に「冬ごもり」ですよ・・・でも運動不足になるから「最低限」の「お付き合い:活動」はしています。散歩もボランテイアも一応「やってまーす」新年の始まり♪初詣、コーデネイターの初顔あわせ、義理の娘夫婦や孫との顔あわせ、稽古始め、新年会・・・・老人クラブで新年会が17日にあり、一連の行事も終了!・・・お正月も終了です。ここ宇都宮では「老人福祉」がとても盛んです。・・・・ということは「老人と言われる年連の方々が凄く多いわけ・・・」本当に町歩くと「日中はお年寄りばかり・・・」だから、老人クラブ=>地域活動??みたいな感じも濃厚です。まー「支援」する意識もあり、「50台の私も老人クラブに加入」してるわけでも、地元の60、70、80台の方々の会話には正直「ついてゆけません」・・・昔話しですから・・・私住んでませんでしたし、生まれてません(キャハハ)話題が極端に異なるんですよね、ーーーーアタリサワリの無い会話しかできませんよね、ニコニコ笑顔で人の話を聞き、カラオケに拍手する・・・のみ!・・・だから正直疲れる。わずか2時間だから「持ちこたえられます」で、新年会の時老人クラブの会長さんから「老人福祉施設での琵琶の演奏(会?コンサート?)、できませんか?」・・・と言うお話がありました。これで2箇所の老人福祉施設から話があったことになります。薩摩琵琶の演奏をする・・・それだけでしたら受ける私とすれば「薩摩琵琶の練習すれば」良いことですが・・・・今、もやもやと漠然と、年末から「新曲作らなくちゃ・・」って考えてます。声をかけてくださる真意は「老人福祉施設に生活しておられる方々、訪れる方々に、生き生きとした刺激、変化、楽しみ、を与えたい」これが「企画する側」の目的なんですよね?このケースの場合、「別に?特に?学習したい、新しいものを知りたい」という訳ではありません。・・・もしかしたら「お聴きくださる方々は、無理に?聞かせられる」・・・のかも知れません・・・だとすると「知ってる事、知ってる曲、簡単に想像できる事、自分の生活に繋がること」・・・じゃないと「眠たく」なるよな・・・薩摩琵琶曲にそんなのあったっけ???年齢は60歳以上の人、大多数は「70、80歳後半」1つの老人福祉施設は「有料」で、かなり教育水準が高い人が多く、教職関係の方が多いとか。もう一つの方は「宇都宮市の公共施設」で、集まる方々は「いろいろ」まー「那須与一」「平家落人」かな?あと「テレビ」の影響が大きいんですよね・・・大河ドラマの影響ね(苦笑)篤姫ブームね!天地人(直江兼続)ね!・・・江戸幕末の時代よね・・城山、新撰組、白虎隊、・・・戊辰戦争の題材かな・・・でもなー、邦楽の世界で有名な、全国ニュース版?の薩摩琵琶歌ってどうなんだろう?宇都宮市の場合、あるアンケートによると、高齢者の殆どの方々は「宇都宮を愛して、ずーと住みたい!」のだそうです。「宇都宮への愛着は凄く高い」戊辰戦争では、江戸城が無血開城したあと、戦いの場を失った「徳川幕府を擁護する新撰組等」により、「宇都宮城」は格好の標的?になりました。この戦いで「宇都宮城、城下町は完全にの消滅!!!」・・・その代わり「日光」は災禍を免れました・・・江戸・日光の中間に位置した宇都宮の悲劇なわけかな?せっかく「明治新政府」に味方して、時流の読みは「合って」たのにね・・・・宇都宮城を攻めた旧幕府(徳川)の大将格は「新撰組鬼副長の土方歳三♪」(様よね・・・きゃあ!素敵♪大好き♪)・・・いやいや私は、この度は貴方様は敵でございました・・・クシュウン・・・・薩摩琵琶を歌う(語る)となるとこうゆう事もある・・・あああ・・・「敵が強すぎた」んだよね・・・私そう思うな・・・・・・土方歳三様以外には、名将「立見尚文」将軍!、知る人は知る「日露戦争の戦上手」の人方や守る「宇都宮城」の「香川敬三」さん+他の藩の応援隊。4月16日何を間違ツたか「この強敵を見くびり」緒戦で壊滅敵が城下に火を放った!(これは分かる)おまけに、あろうことか、宇都宮城の兵は自分達から「城」に火を放ち「逃走」した!4月19日 宇都宮城落城このあと新明治政府軍は慌てて、「宇都宮城」奪還のため「宇都宮に攻め込み」奪い返す。が・・・またまた「戦火」に見舞われ・・・・宇都宮城と城下町がまるまる?失われる・・・・。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。こと「宇都宮城」を見てると、会津のような「城」にたいする「愛情?愛着?」が全然感じられない。武士道の典型的な感じもしない・・・薩摩琵琶歌にならないじゃーないですか・・・あああああ文献読んでて惹かれたのが「六道の辻」の戊辰戦争の墓碑建立の経緯・・・会津とのかかわり・・・薩摩琵琶歌になりそう・・・・研究してみまーす♪
2009.01.21
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お正月も今日は5日・・・大好きな薩摩琵琶も年末から今日まで「触れません・・」こんなに時間がないのも珍しい。理由は「家事労働!と寒さ」・・・平曲(平家琵琶)講座が昨年終わり、ずーと考えてることがあります。まー自己反省かな?2回あったわけですが、聴いていただいた方々=参加していただいた方々・・・どう思われただろうか?開催した価値はあったのだろうか???・・・そんなこと最初の1回目は「人生で今まで体験したことの無いもの、始めてのものを聴き・見る・・・その衝撃的なことへの評価」第2回目は「驚いたものを今度はジックリ聴き見る・・・その落ち着いた時点での評価」私は「自分を過小評価するタイプ」なんです・・・(苦笑)・・・つまり「自惚れやじゃなくて、自信家」じゃないのね!(信じられないでしょう?キャハハ)こうやって改めて書いてみると・・・・予想どうり「最初の第1回目」が凄く大切なんだなーって気がつく。これは、琵琶に直接関わる人=私しか「予想」してなかったっけ・・・まーこれは大成功・・・「体験する」に全力を注いだから・・楽器も2種類揃えた、朗読も単なる「ろうどく」では無く、琵琶の合の手、を入れた(つまり、伴奏ね)私の実演は?・・・ウーン・・・まー合格点らしい(アンケート上は凄い良いのですが、今一ですね・・実感が無いんですよね・・・)でも「残念」なのは、薩摩琵琶演奏のとき雨が急に降り出し、琵琶の絃が緩み、響かなかった・・・・でも友人に言わせると、「宇都宮の神々に捧げるつもりで琵琶を弾いたのでしょう?だったら急に雨が降るのは良い事よ!天に通じると天候が急変する・・・らしい」????ありがとう♪良い方に受け止めておきます。一般論だけれど、「最初の印象」が良くないと?いくら「この講座に参加する人は、あまり休みませんから・・・」たって、「休む」か「途中で寝る」よね???「義理」で参加したら「私」なら「寝ちゃう」・・・又「平曲や琵琶」は「寝れるから」・・・寝るのにちょうど良い音楽かな?(すみません)じゃー第二回目は?・・・・そう「相手=お客様」は「ジックリ聴く」だろうから、「鑑賞に堪えられるものかどうか?」「新たな興味を惹くかどうか?」そりゃ何人かは「琵琶に凄い興味を持つ」人も現れるだろうけれど・・・・それは一桁の人数どよねーーー正直言いまして、「1回ぽっきりの演奏会:演奏・・招待されて、依頼されて」・・・これは何回か経験したんです。でも、その後、呼ばれたことはありませんでした。・・・まーその程度の「私の薩摩琵琶の実力」なんですね・・・・・・少し過小評価過ぎるかな?逃げちゃったこともありますが・・・第2回目は「平曲演奏家の荒尾さん」の「本物の平曲と本物からの解説」これを中心に据えた。で、「大当たり♪」だった。この「本物を呼ぶ」、この点が、反対意見が多かったのだから・・・本当に世の中は不思議・・若々しい荒尾さんの「伝統を継承する、清清しい姿、朗々と響くパワフルな語り」これに魅了されていた。荒尾さんが姿を現す前に「目を閉じていた年配の男性が大きな目をあけ聞きいっておられた。希望者へのCDへのサインの時、興奮気味に感想を言ってくださるみなさんだった♪私の「平家琵琶の本物をみなさんに聴いていただきたい!」これにコダワルのが、関係者には「ナカナカ?全然?」理解してもらえなかった。でも終了したら、「本物は本物!やはり良かった♪」となった。????これひとえに「荒尾さんの実力の賜物!」平曲演奏家としての荒尾さんの素晴らしさ♪・・・と言う事は、「私の読みの確かさ」だよね?「ハーイみんなさん!講師の選定が講座開催の成功の鍵をにぎりまーす♪」・・・これが「教えていただいた事」ね!ヤホ!「市民向け講座の企画・運営のコーデネイター」としての「評価」は上々♪満点♪・・・合格でありまーす♪ん????じゃあ、心に引っかかってる「トゲ」は何なんだ???。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。おう?そうか!だがしかし・・・(キャハハ)・・・私には「薩摩琵琶演奏家(ウソ?本当?アマチュアでもそりゃ一応演奏家!!!)としての演ずる「役」があった!平曲演奏家の荒尾さんが姿を現す前に「私の薩摩琵琶の演奏」をした。これは本当は予想外。開始前から「本物の琵琶法師の演奏を後半聞いて頂きまーす」と予告していたから・・・ある方から「貴女の演奏は?(多分?そんな意味・・)」と、ジーと目顔で聴かれて、私の演奏で残り時間を使った。残り時間15分弱・・・荒尾さんの動静を覗いながらの「集中力」のかけた演奏・・・これが一番の反省点・・・・アマチャアだよな・・・修行が足りません・・・「時間を気にしても、それが姿に表れては「いけません!」そうか、次回は「この時間に迫られた時にどうするか?」という私の態度を「プロ並み」にせねばなりません!!!(キャハハ) 事前にいつも「備えて、練習しておく」・・・これは「合格}よね。最初の師匠の教えよね・・・反省すべき点は第2回目の、私達が受け持った「前半の1時間」の扱いだな・・・充分な「道具」たて・・・じゃーなかったもんな・・・平家物語の「那須与一」の没頭の部分の「那須与一の登場」の朗読はした。でも「単なる朗読」・・・・これも「琵琶の伴奏」を入れてあげれば良かった。やらなかった理由は「筑前琵琶4絃」を持参できなかったこと。琵琶を2面用意できないので、薩摩琵琶4絃を考えたが、これも「薩摩琵琶4絃で、平曲風の伴奏」が完成しなかったこと。薩摩琵琶4絃だと「音色が凄く強い」・・・筑前琵琶4絃のような「柔らかさ」が無いもんな・・・・平家琵琶の音色はとても素朴で優しいもの・・・考えよーと
2009.01.06
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今日は「茶道のお稽古初め」でした。自転車でトットコ行ってきました。半年ぶりのお稽古・・・で、ほとんど忘却の彼方!・・・状態でした(苦笑)いつだって、「薩摩琵琶:琵琶」は忘れないのに、他の事は「終わる」と「休む」と綺麗サッパリ?忘れます・・・興味がないと言った方が正解なのかも・・・ただ頭と体の「運動」ボケ防止と人間観察?の為に参加してるような感じなんです・・・・すみません・・・そうは言っても参加したからには真面目にやらねばなりません!!!年末年始の忙しさで家での練習はできなかったので(練習したい気持ちはあっても来客が多くて、無理!!!)お稽古場に入ってから約1時間半、人のやるのを「ジーっと見てました(ズーズーしくね!ごめんなさい・・・)」無理に話もせず、年末に電話してきた?さんの不自然な顔つきにも「気がつかない振り」して、無理にニコリともせず「ジージー」・・・昔の薩摩琵琶のお稽古の時の集中ぶり!!!やー記憶が体が蘇りました!!!で、最後の30分前に先生の前でお手前・・・まー45点ぐらい(苦笑)完全に忘れてた、なんて人は思いませんよね・・・私は不器用なんだろうな・・今年は「必要な時にポツリ!としゃべる」そんなマイペースの人間像で、なんでもやろうかな===なんて思います。でも本当に頭をよぎるのは「琵琶」のこと・・・「昔、平曲(平家琵琶)をお茶会でやった」そう・・・どんな感じなのかな???なんて思いながらお稽古に参加してました。流れるような自然で美しい「茶道のお手前」だったら「琵琶でも語りでも」邪魔にはならないでしょうね・・・・・・なんてね
2009.01.05
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あけましておめでとうございます♪相変わらず?とても寒い宇都宮です。今日は「多気山」(たげさん)不動明王を奉るお寺さん・・・に行ってきました。交通安全で有名なんです。そして帰りに「ロマンテイツク村」で食事してきました。年末の31日と今年の1日・・・大阪に相棒さんと行きました。そう、一番宿泊費の高い時・・・本当・・・変な日本ですよね・・・オーソドックなコースで、心斎橋:道頓堀の「たこ焼き・かに道楽・法善寺横町」:通天閣:夕方はテレビで「格闘技」・・オジサン好みかな?(キャハハ)お正月だから1日は「大阪城」で、大閣秀吉さんにあやかるべく、神社もお参り!ラストは「清荒神」様参り・・・関西で台所の神様として人気のある神様!凄い人手でした・・ン費地方の宇都宮の相棒さんの喜びそうなのは、「やはり」「昔から知られてる所」に行くしかないですよね・・でもツアーじゃなくて、自分の足で本を頼りに「探して行く」・・・緊張してたようですが、これ楽しかったようです。何よりも「食べ物」これが安くて・多くて・・「たこ焼き」「かに道楽」も、量のたっぷりさで「満足」だそうです。でも宇都宮から大阪は遠いですよね・・・4時間です!両方新幹線だとお金かかり過ぎますから東京までは普通。東京から大阪までは新幹線喧嘩は行く前にしたので(苦笑)旅行中は喧嘩もせず、無事に帰れました・・・で、発見・・・「車生活の宇都宮人の相棒さん、電車に慣れない相棒さん、に新幹線の中でビール飲んでもらいました・・・少し寛いで寝れたようです」・・・次からこの手、使いまーす♪お土産は、真空パックのシュウマイ(横浜)と冷凍のお好み焼きと明石焼き(大阪)!
2009.01.04
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