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おはようございます。これで2週続けて週末は雪雪の後遺症・・で、昨日は「市民活動関係の年度切り変わりの書類作り」と「パソコン検索遊び」で、途中ブログに写真をアップしたのに・・あれ?消しちゃった??本当に「機械の操作は苦手です」と言いつつ9年前に比べダントツ♪「凄いよね~~メールできるし、ブログ書けるし・・・」で、凄い事に気が付きました・・いつの頃からかこのブログのアクセスがいつも100超えてるの!200近い時もある・・なんで?わたしゃ有名人ではありません、宣伝効果期待してるわけでもありません・・あ~~宣伝した時期も少しある・・でも効果なし!(きゃはは)織物作家の知人は「ブログは別世界」と言いました・・つまり自分の真の心情や生活を表現してないから・・」で、私は「愚痴のこぼし場・・とはいえ個人情報に近い事はぼかす・・しかないけどね・・」この楽天のブログもショッチュウ?微妙に操作方法が変わり・・おばさんには「ついてけない」部分ありますから・・アクセス数なんて、まるで眼中なかった・・・で、一番アクセス多いのが「師匠テンテン・・・」なんだか、世の中に芸を極めたい、ある分野での力を磨きたい、でも良い師匠・自分に合う指導者になかなか巡り会わない・・・多いんだろうな・・日本の伝統文化関係では、師匠や先生がコロコロ変わる・・これはやはり余り歓迎されない・・20年前と変わらないんだろうな~~教える立場の先生から見れば「まっさらの白紙の状態の方に教える方が、教え易い」です。変な抵抗なく「すんなり受け止めてくださいます」以前少し、それを習ってた・・こちらの方は、その人の性格が「もろに出て」きますから・・こうなると技術習得とは別の方向に向かい、凄い時は、師匠批判・・・別の面からみれば「なぜ自分は別の先生についたのか、この先生の何を学びたいのか」・・生徒さんに当たる方の目標?が定まってないか、自問自答してない・・・そんな気がするな~~どこかが優れてるから「先生:師匠」なのであって、どこか自分の求める物と異なるから「先生に失望するわけで」・・それでも新旧両方の先生は「自分より、はるかに優れてるその道の専門家」その分野の「雰囲気が好きだからなんとなく参加してる」こうゆう方々もおられるわけで・・・こうゆう「雰囲気重視」の場合は、あまり制約や義務みたいなのがない「市民活動の場で開かれてる講座とかサークール」お薦め公共の施設使う場合、個人のお教室で習う時より、「あまり流派会派を前面にだしての活動は、好ましくない」という暗黙のものがありますから・・料金も安く設定が普通・・だから「個人教授ではなく、グループ団体複数人対象の教授」です。または「サークル活動:仲間同志での教えあい」です。本当に極める・・・には「自分の性格を曲げても?こらえても?耐えても?」・・先生につく方が、近道だと思うけどな・・・だから私も2番目の師匠に1年つきました。この方に習わなかったら「琵琶についての理論的な事、各流派の違い、今できてる、様々な場での琵琶演奏、創作曲の作成」できなかったと思います。でも辛かったな~~毎週毎週「批判され、廻りから稽古妨害みたいな環境で・・・」横浜からC町まで1時間半・・いつも出かける時、道ばたの「菫」が綺麗で、涙「ぽろ・・また苛められるけどさ・・」なんて乙女チック(きゃはは)これは女性の多い環境だと生じるみたいですが・・自分でグループ作り、似たような、変にグループを先生のまねして仕切る方が出てきた時・・あ~~~と思い、他の静かな方々を守るため、この方に1年で辞めて頂きました。色々動いてくれる重宝な方でしたが、昔の自分と同じ思いを他の人にさせたくなかったから・・サークル作りそこでの練習もお薦めです、琶習った人なら「譜面をどう読むか、歌の語りの節をどう歌うか」で、楽しめますから・・・ま~~極めるには遠いけど・・習った時「前の先生のテープ、みなさんお持ちですから、それ聴かせてもらえば」現在の私の立場みたいに・・・みんな「どこか似てますから」・・解説したり、アドバイスできますから・・・てなわけです。今は「音源」がその気になれば豊富にありますから・・自学自習は可能です。勿論、個人芸だから・・どこまで伸びるか、極めるか、はたまたそれが世間に通用するか、みなさんの好む言葉の「プロ」として通用するのか・・・これは松岡師匠が良くいう「人様が決めること」でわかりません。でも反対に「自分の努力次第で・・・だって芸は「できれば良い」わけで、もちろん「精神」も引き継ぐべきだけど・・・だから宇都宮にきて9年の時が流れ「え?私が先生?」と驚きです。そうか・・地方の方が自由なんだ~~~とおもわず「琵琶の姉弟子に電話したら」・・「うううん・・貴女、最初から違ってた。良く研究してる」「貴女を教える松岡先生、私たちに教えるのと違い、本気だった」それ早く聴いてたら「ず~~と」松岡先生の元に居たのにね・・・教えて下さらないから、自分は凄く下手でダメで・急がないと琵琶満足に弾く事できなくなっちゃう・・・
2016.01.31
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またもや雪です。氷室という地名のごとく、ここらへんは「宇都宮市の中心部より寒い」です。我が家はまだリフォーム途中、通常使わない客間やrの3つの部屋廊下玄関は改装途中・・・天井板なし、壁は外側のみ、床はところどころ空間あり・・ね?まかり間違っても「??中毒にはなりません」と、ゆうことは「おう~~~室内なのにどこかから風邪が吹く」・・・自然の天候で内装やらが進まないのは仕方ない事・・だけれどそこが「職人気質」・・ゆらぐ心を如何にせん・・私は雪や雨好きです・・・落ち着いて静かに何かを考える・・そういう環境が、否応なく「作られますから」・・私の琵琶だって「他の人から見れば、超?職人気質」・・・だから「琵琶の演奏の場として合わない?あわなすぎる!」親しい間でもあったF夫人から声かけられた時、断りその理由として「もっと庶民的な物が合うと思います」?クラブの??の奥様はすかさず「・・・お気に召さないのね・・・」・・今だから言えるけれど今は亡き某会の某会長さんは、自分の守備範囲を逸脱するらしい古典芸能に違和感もっておられました。琵琶を琴と、何度説明しても「覚えられなかった」他の人にT会の会長として「応援してる」と言ってしまい「演奏の場作り」ましたが、精一杯の抵抗が「事前呼びかけしない、人を集めない、会場の設営しない・・」でした~~・・・ま~「あの人のやりそうな事」なので、自分で人集め自分で会場の設営しましたが・・もう沢山!~古い昔 琵琶は「琴」の仲間でしたから・・・しゃあない、いえいえあっておりますと、メンツたてましたが・・・地域活動ボランテイアとしては、たとえ付き合いが難しい人でも、同じ会なら、協力同調サポートしますが、こと私の専門分野の琵琶では「無理して抑えて協力するつもり」は「ナイ」・・・これが理由なんだけど・・他人から見れば「職人気質・芸術家の気まぐれ」に映るんだな~~~でも琵琶は、バイオリンと同等?またはそれ以上にデリケートな楽器・・場を選ぶんですよね~~琵琶構える雰囲気だけでも「様」になるけど・・琵琶の音量は小さいですし、細かい音色を聞いてもらうには「凄く場」を選びます。ごうごうが~が~の超古い空調設備では、無理だし・・・テトロン糸使用しなければ音色にならない場なら、無理して演奏する立場に私は、いないしね・「技量だ」といわれればその通りだけど・・・凄く演奏に集中せねば「弾けない」から、演奏前に演奏者自ら(独りで!)「力仕事したり、会場掃除・設営したり・後片付けしたり」はたまた前日まで「人集めに駆け回ったり」・・・そういう場では、私は「ダメ」だな~~~ま~想定外で、起きた場合は頑張るけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というわけで、できるだけ演奏のみに集中できる場をより選ぶ感じで、昨年春以降・・・宇都宮市とはご無沙汰・・・年末年始・・宇都宮市の知人友人には限られた人以外会わないよう努力(変な努力!)・・・でも偶然会ったり、電話してきて下さり「シモツカレ」やら「新商品」やらお届け下さる。・・・シモツカレを毎年届けてくれる、伝統料理の普及活動しているA君は、私が「凄いな~~ちゃんと活動継続しておられる、私なんか深く鎮静潜ってる・・・」無骨な料理人なので「作家なんかそうでしょう・・考えても研究しても浮かばない時もある・・・」「ウン・・自分の能力の問題だよね・・」「ウン」「そのうち、うちの仲間からMさんに協力要請あるかもよ」・・・会いに来てくれるのが、無言の彼の仲間の応援!・・そうか「職人気質の私には、伝統料理の差し入れが有効と判断したのかな?」
2016.01.30
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今日は楽しみにしていた、柏村先生の伝統文化の食の講座を聞きに行きました・・・ドタキャンにならないよう前もって「いろいろな諸雑用」かたづけたつもりなのに・・相棒さん「砂・じゃり注文・トラック運び」・・そんなこんなに巻き込まれ「ぎりぎり」まで、砂運び・・・泥まみれ・・・凄く思いますが、現在の私は「土方さん仕事多し」で琵琶の演奏にも、作詞作業にも、知的労働にも・・不向きの状況・・・よく「琵琶」やれると、自分でも感心。ただ言える事は、演奏の機会を極力減らし、自分からは演奏をもちかけない事・・・・・・年数回の演奏で良いと思うな~~雑な仕事雑な演奏は絶対厭・・ま~これは私の気持ちであり、人からの評価は無関係(きゃはは)でもやるべき事は頑張ってま~~す。10月の浄土宗様のお十夜法要での「法然様」の新曲、作詞完了、でも宗教的な場なので、ご住職様に御不快な表現あればご指摘ください・・と一度目を通して頂きました。で、一応大丈夫みたいです。昨日始めて作曲して演奏の練習・・・まだまだ作曲は不完全。遠くに居る友へというわけで公開します。敦盛の部分は、どこを「演奏するか」は自由だと思います。崩れを聞かせるためのもの。和歌の部分も自分の好きな法然様作またはその関係の歌にすれば良いと思います。もし演奏したい場合、連絡だけくだされば良いです。またこれを元に編曲して完成度を高くされてもよろしいかと思います。宗教家の主人公は、その道の専門家の方が、良い物ができそうな気がします。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。法然様 ~ 熊谷直実の出家~ 作詞:森山遊英(前歌)清き流れの吉水(よしみず)の 水の音さえ おのずから南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と響くなり」山波(やまなみ)続く黒谷(くろだに)の 木々のささやき風の声 たえなる音と聞こえけれ」承安(じょうあん)5年春弥生(やよい) 今末法(まっぽう)の世に 我も衆生も救わんと聳えたつ比叡の山を後にして 法然上人 歩み出したまえり」数々の尊き話不思議の話のそのなかで 源氏の荒武者育ちの「熊谷・蓮生法師の“東行逆馬(とうこうさかうま)”という故事残れり」(本歌~~薩摩琵琶曲・敦盛より~~)~~~敦盛・・ まっしぐらに馬を馳せ 熊谷直実に討ってかかる」敦盛はいざ組まんと 馬上ながらも無手(むず)と組み」互いに交わす声のうち 一度に鐙をふみはずし両馬が間にどっと落ち 上を下へと返しけり」痛わしや敦盛は心は やたけに勇めども 剛気の熊谷 物の数とも思わねば心やすく取っておさえ御首(みしるし)かかんとて兜押しあげ見たてまつる」~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり。熊谷その後 敦盛の菩提弔いしが、日を追うごとに思うよう「今さらこの罪くやんだとて 今悩むも地獄なれど....来世も地獄よ」とやるせなく、世に名高き 法然上人の元を訪ね、涙ながらにこの苦しみあかしぬ。 法然上人静かに熊谷の話聞き、にっこり微笑み申すよう 「ただただお念仏を唱えよ、さすれば御身は救われる」 優しきお言葉に、武士なれど熊谷 人目はばからず泣きふしたり。」 ここに熊谷直実は、法然上人のおんもとで、武士をすて 墨染の衣に身を包み、蓮生法師となりたまう。」やがて京都を後にして、熊谷郷に帰るおり、思うよう「なんとま~畏れ多いことか、帰るは東、わが背が 尻が 向かうは“西”西はお浄土の地、なにより我が師 法然上人の おられます 尊き地。そもさん・・如何にせん」。 百戦錬磨の武士育ち、ハタと膝うち 「そうよそうよ、我が西に向き 馬に乗れば事足れり、馬は前に進むもの、 我が後ろ向こうと、馬乗る技など変わりはせぬ」 馬の首 背にして ゆらりゆられて蓮生法師 」西に向かいて南無阿弥陀仏 唱える声もいと高らかに 馬は東に前にと進み、かっぽかっぽと歩み行く道行く人は皆振り返る「あれは何」「法然上人のお弟子の蓮生法師。源氏の荒武者・熊谷直実公の墨染姿。西の彼方のお浄土を 法然上人を尊(たっと)び 拝んでござる」(後歌:『続後拾遺和歌集』十九『新編国歌大観』一- 五五二:源空上人)わが心(こころ) 池水(いけみず)にこそ にたりけれ 濁(にご)り すむ事(こと) さだめなくして
2016.01.28
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話題は「足利市の庭園」私は東京目黒区の生まれ育ち・・東京には庭園が驚きですが沢山残ります。もともと散歩が「公園とか有名建造物」だったもんで、「庭園」はどこにでもあり、すぐ見れる・・・と大きな「誤解」をしてて、栃木県宇都宮市に越してきたら・・「え~~~」状態。知らないとは恐ろしい・・東京に残る庭園文化は「大名庭園」だったとは・・だから足利市で色々な庭園に巡り会い「ホッツ♪」心落ち着きますし、薩摩琵琶とも良く合います。薩摩琵琶曲では「植物・月・雲」がほとんど必ず?出てきます。その鑑賞に「またまた合う」んですよね~~~宇都宮市に「庭園文化」と言えるほどのものが「ない」のか「少ないのか」????・・・かろうじて「宇都宮大学の教育学部のフランス式庭園」・・・かしらん?でもこの庭園より学生さんの賑わいの方が勝るけど・・庭園・・これが文化として認められ存在し話題になり・・多分今では贅沢なのかも・・建造物はこの頃保存されつつあるけど「庭」まで、手が回らないんだろうな・・有名な建造物の脇に放置された「お庭」放置してなくても何だか素人が管理してるような??これを見ると「悲しくなり」見ないことにしよう~~~キャハハ宇都宮市の寺院や大谷地区や飛山城や宇都宮城も好きな場所でしたが「建物以外の空間」庭・植樹・・見るたびに辛くなります。そこまで手が回らないのよね・・は理解できても一抹の寂しさ・悲しさ・・・・だから疲れる今日・・大好きな庭園や植木や植物に豊富な地域に足運びます。元気貰いにで、足利市山下町のS家の庭園が「文化財」に認定!!!もちろん私も応援してる庭園保存のグループや市民の方々のご努力の賜物♪この御庭、お話も良く聞きましたが「高低差」を利用した、ダイナミックな庭園で、凄いんです。残念ながら写真と噂でしか見てませんが・・・どう考えても「庭を崖の上のお屋敷から見る?」そんな「考えた人のスケールの大きさ=足利商人の凄さ」これを感じます。「下で楽器弾いたらどうなりますか?」という質問は、Sさんから聞かれた事があり、下の庭園は「壺の中のようで、底の廻りは、岩や木で、音は上に抜けるそんな感じ・・昔は滝が流れてたのかな?・・その音が聞こえる」で反響すると思いますが・・・それも今のボリュムあり過ぎの音楽ではなく、人の耳にさわやかな程度かしらんね?薩摩琵琶が好きだから、自分の好む好きな環境で「琵琶を弾く」のは最高♪元気を頂けて、そして文化財のお役に立てるなら「損得勘定等関係なし」今、コンサート開催の案がでてるようです。どうぞご縁がありますように・・・今年もお寺様から奉納演奏と呼べる演奏機会を頂きました。こればかりは「ご縁」だけど嬉しいです。数年前「どう考えても神仏への敬虔さがない友人に立て続けに、奉納演奏する機会が与えられ」相談された私は「これはご縁だから、お薦め」なんてアドバイスしつつ、「あ~~私って仏縁」ないんだな~~って思ったけど・・・嬉しい今日この頃です。多分ね、弁天様の御利益かも・・真岡の弁天様の前で奉納演奏させて頂いた時お願いしたの・・・お礼にお参りしなくちゃな・・・
2016.01.24
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まだまだ日陰は「雪の氷」ですが・・・国道213号線は「その痕跡」なし・・・でも寒いしね~ところどころに自転車では危険個所多し、民話の友人のAさんの年末の言葉が「Mさん!身が軽いから良いですが、くれぐれも御年を考え事故にならないようご注意を!」かくゆうAさんも還暦!!年下の友の忠告は「ちゃんと聞かねばなりません」・・だって本当の事言う人だから・・なのでここのところ続けてのお出かけは「バス・電車」です。本当は自転車でぶ~らぶ~ら・・そしてそこで節約した交通費分で「お買い物」が楽しいけど・・今日も起きたら「超寒い」朝の8時前後は「まだ日陰の道路はコッチコッチ」です。自転車の場合、氷室から東武宇都宮駅まで約1時間半みないとだめ・・今週最高のバスの遅れは「45分!!!」あてにできませんから2本前ノバス!!壬生町はもう半年ぶりです。4月10日の常楽寺様の三日月尊天大祭・・これの打ち合わせ&顔合わせです。友人のFさんの顔を見て・・「もう半年たった!」とお互いに月日のたつ早さのを実感。急に電話頂いたのも驚きですが・・・この常楽寺様は、大変に壬生の歴史と関わりのある、由緒あるお寺様です。ま~どこの村町でも古いお寺や神社はそうではありますが・・宇都宮市が様々な事件事情で「古い街並み」が保存できなかったわけですが・・宇都宮市の直ぐ近くに「残ってる」のが私には「凄いな~~~」残念ながら「お城」は公園ですが、それでもこじんまりとそれらしいく・・私が好きなのは「蘭学通り」が、蘭学というより「少し前の昭和?懐かしい感じ」があるところ・・ま~~車ですとああああ~という間に「通り過ぎてしまいますが・・」帰り壬生駅まで友人が送ってくれましたが「友人」いわく「壬生の城下は小さかったんですね~~~」「そこが良いんだけどな・・」常楽寺のご住職は、文化について大変素晴らしい見方されていて、つい「聞きほれて」しまいました。宇都宮の人からは「壬生町は文化に対する取り組みは素晴らしい」という人に沢山会います。多分どの地域でも、商売なさる方々に直結する「活気・儲け・経済活動」が、すぐに効果でない・・これが問題なのかもでも、イベントに呼ばれる私は、儲けるのは、経済が活発になるには「人が集まる、来る・・そんな仕掛けを、作る」これができないと・・と思うけどな・・・単発でなく「毎週・毎月」それが「ない」とな~~人が集まれば「儲けになる、サービス・商品・企画」きっと、お店を経営される方々は考えつくと思うけどな~~~下野市の石橋という町にも、月1回伺いますが、そこで聞いた話「???のお祭りでは、出店はそこに住む人しか出店できないけれど、店の1年の売上の半分以上の売り上げが、その祭りであり、町が潤う」・・・それでも良いですよね・・ここのポイントは「その地区で商売する人のみに、権利を与えてること。これなら「???祭り」が、その町に住む人のためにあるわけで、素晴らしい!!経済活動は、ま~~仕組みはわかりませんが・・そこに住む人へ利益も活気も与える・・そうだと嬉しいな~~イベント盛り上げで、演奏して・・無力感感じませんよね・・・
2016.01.22
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おはようございます。まだまだ雪が残り生活は不便ですが・・時間ができ・・昨年末からお悩みの「法然上人」様の琵琶歌の作詞できました~~でも今回は「想像力を自由に使い、駆使し・・」というわけにはいかない内容で・・腰重いです。昔読んだ岡本かの子の著作で、始めて法然上人を知りました。その時の印象が「暖かく穏やかで春の陽のよう、だけど超一流の博学多識の方」。個性的で屈強で揺るがぬ信念・・・と強烈な人物の日蓮様空海上人様親鸞様・・とは対照的なイメージが焼き付いてるのが、今回の苦しみの元みたい。だって「薩摩琵琶四絃」は、武士・戦い・格式ばる・これが一番合うんだもんね・・穏やかで美しくて・・は出来るのかもしれないけど・・難しい・・穏やかでという意味では、踊り念仏で有名な時宗様のイメージだけど踊りなどが付け加わり熱狂的で、私には楽しそう・・・・とは少し違い、もう少しインテリだけど庶民にを暖かいまなざしをそそぐ・・良寛様に限りなく近いイメージどんなイメージかは「私のみが感じ作る物だから」これ、ひたすら「私の感覚のみ」・・でもそれがナイと「作詞」できないのが「私の弱み」・・自分では家庭環境から「仏教徒」だとは思うけれど、さりとて「檀家として凄く熱心な親」と言うわけではなく「お墓があるから=何とか宗のお寺」・・この程度・・・ま~普通お寺様の部外者である私は、奉納演奏だから・・ある程度は自由だけれど・・・地元の曲作詞と同じに「聞くその地の人その団体の方々が、御不快に思う・・これは避けたい・・でも専門的すぎて細かい言葉使い、表現は、インターネットや書物では、素人の私では「おてあげ」というわけで、作詞できたらご住職に見て頂く事にしました。さてさてどうなりますか・・それに、調べて解ったのですが、和歌にしても「法然様」が作られた本物か否か・・これも研究中のものが多いようなんです・・・かの有名は「月影~~~」これは現在「本当のお作」だそうです。
2016.01.21
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雪です。今日は幸運にも「静かに考える日」御迷い中の「10月のお十夜法要の曲:法然様関係」と昨日急遽連絡あった「4月の三日月講のコンサートの曲目選定・プログラム私案の作成」昨日の朝も氷室では4せんち近くふり「でも新年会で足利へ」・・・長靴で行こうと思い・・いやまてよ「鬼怒川の向こう市の中心部は雪はナイかも??」とブーツ靴の上からゴムでつける「雪道用装具」・・・自転車なんて寒過ぎて「バス」慎重に氷室の坂道を走りやっとバスに乗れました~~~んでドンドン元の家「陽東地区」に近付いて駅に向かうと「なんやねん 雪なんて あらへんがな」大阪なまりの友人の言葉が出てしまうへ~~もう鬼怒川の近くから雪道路にうっすら・・そして駅近くは完全に「なくなり」・・・そうですか「名前通り、氷(こおり)村ですな~~~わたしゃ雪の村から来ました!!!」でも私は好きだな~~雪景色・・・外出しないと最高(苦笑)バスの中で、完全雪装備の靴服帽子を少々普通の装備にして「脱いだのはリュックへしまいました。でも帰りは夕方「脱いだのは、また着るでしょう」で、行きも帰りもバスだと、交通費ばかりかかります・・・んで足利には早く着いたので「徒歩37分」となっ手多会場に歩いて行きましたが・・・あ~~足利も山と川があるだ・・少し道間違えると山超え野越え・・・目的場所見えるけど「橋」ないから・・川の下流大きな道路へ戻り・・・あ~~1時間20分歩きました・・お料理美味しい会場は「足利市大月町のル・クール、コース料理です。オリーブのお茶は口に合わないけど・・他は美味しい~~季節的には、春とか初夏が良いのかもしれませんね・・・昨年末、国保サポータ時代の友人が案内してくれた鹿沼市の「巣籠」も雰囲気あり美味しい~~元庄屋さんの倉をお店とギャラリーとして公開・・・春が素敵だと思うけどな・・野点も合うけど・・・素朴な感じの野点よね・・この所美味しい店ばかり案内されるので・・そっちのネタの方が豊富・・キャハハで、新年会のあと、10月にお十夜コンサートに御招き頂いているので、その世話人の方と、お寺様にご挨拶&現地視察。お寺の本堂の後ろが「石積みの庭園」になっています。世話人の方がこの庭園発掘に関係されておられ「発掘現場見たかったな~~」文章にはないけれど・・この辺りは古墳?があったそうで、それは壊したそう?その時の石を使い、庭園としたのではないか・・・ね?なんだか「人の優しさ・・古墳として保存が最良だけれど、個人所有の方ならそうは無理・・でも「石を大切に扱う」・・・ううううん私こうゆう秘められた思い・・・好きだな~~でも、ここ数ケ月作詞準備してるのは「法然上人様と熊谷蓮生上人の逆さ馬のお話」インターネットで調べてもイメージが湧かなくて・・・熊谷直実の「敦盛」その後・・になるのだけれど・・全体的には法然上人様の、優しさ穏やかさ・・で全体を包みたいもの・・・でも薩摩琵琶らしさは一般的には「崩れ」!これは当然かも・・・でも法然様は「春の陽」で「崩れ」があうような気が私にはしないもんな~~それに法然上人様の人生語る・・のは琵琶の私がするのは「オソレオオイ」・・・なんてウジウジグダグダ・・・ず~~~と迷い中・・・で、数日前にまとまったのが「前歌・・法然上人様が活動開始した吉水・黒谷の讃賛と布教活動に歩み始めた~~」「~~~東行逆さ馬というお話がある」「本歌:敦盛と熊谷の戦い(崩れ)~~兜おしあげ見たてまつるに~~~で終わり+熊谷が法然上人を訪れ出家し~熊谷郷に帰る事になり~~逆さに馬にのり帰る」「後歌:法然上人の優しさをたたえ、法然上人様の和歌」どうしても「きちんと粗筋を話をまとめたくなるけど・・」時間経過の部分は「琵琶を長く弾く事でカバーする」というので押し切るつもりです。だって「この琵琶を聞かれるのは、法然上人様について学び・知る人達でおられますから・・想像もできるし、疑問に思えば後ほど、ご住職から法話でお聞きする事の出来る方々ですから・・
2016.01.18
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年が明けて・・今日は「消防の出初め式」を見に行きました。今年は何をしようかな・・と、ず~~と考えていますが・・・家事や雑務や御付き合いに年末年始明け暮れ・・・別に何をすごくしたいという物はないような・・・というより転居をきっかけに家事と琵琶やボランテイアのバランス:両立が凄く難しくなり・・疲れたな~時間のやりくり、人間関係の複雑さ・・だからボランテイアからは転居を理由に全部辞退。残るは「琵琶、作詞の上からかかわったもの」・・どちらにしても、こちらに来て丸々9年・琵琶活動丸々7年経ち・・人間関係も自分の居る場所?活動範囲も「一つの節目?それとも2つ目?」見なおし、方向転換の気分。演奏を聴いて頂く機会を頂く・・それは凄く幸せで恵まれてて有難い事です。沢山の人の御蔭さまで過ごせました。何かにチャレンジもその勇気に自分で自分を褒めたい気分。でも「じーーーと」過去を見てみたら・・・そんなにシャニムニシャカリキニして・・もう好いんだよ・・ゆっくりなさい・・という声も内面からおきてきます。得るものと失うもの、得たものと失ったもの・・・ありますものね・・・一番の無力感は、「友達作りのため、琵琶弾いたけど」友人として付き合える人は、この7年間で「3人」でした。大人になってから心許せる友を得るのは・・少々難しい。でもしょうがないか・・・琵琶弾く私は、まさしく「奇人変人?風」だもの・・・作詞中は「会話はへんてこりん、日にちも間違う、佳境にはいると人づきあいダメ!」演奏当日は「超目立つ」・・・しょうがないです。これまさに「自分の器の小ささ、徳のなさ」だもの第二の無力感は、身近な人の心落ち着かせる「琵琶」に私の場合ならない事・・・これなんて「技量」の下手さだと「つくづく思う」けどな・・・でも練習は「しゃかりき:余裕なしでの状態だから・・」この状態の演奏聞いて、身内が本番演奏の時のお客様と同じようには「聞いてくれませんよね~~~」これなんて「技術レベルの腕の問題」よね芸は身を助くる・・・と言う言葉を何度か聞いたけど・・・私の場合どうなのやら・・・亡き父の夢、M師匠の夢をここの所みる・・・「とうさん、琵琶は苦しいよ、つらいよ」と夢の中だけ「泣ける」辛い時・・・・M師匠は「いつか貴女もそうなる。これで良いのか本当に良いのか・・自問自答。私は師匠ノテープ聞きました・・こうゆう時は、琵琶が自己流になってて・・」そうかも知れない・・昨年は琵琶の練習や研究の時間が少なく、疑問に思いながら当日を迎え、・・」だったから「自己流」だったもの。不器用だから・・・畑仕事してると心が落ち着きます。
2016.01.06
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