数学の基本は、計算を早くすることではなく、
実は、「~~とは?」という定義を研究することと、
「なぜなら」という理由の正当性を研究することにあります。
もちろん、これらは、国語でもやりますが、
厳密なテクニックは、数学でこそ学べます。
ところが、「円周率とは?」という問いに、正確に答えられたのは、
小学生も、中学生も、高校生も、大学生も、社会人も、みんな半分以下だという調査があります。
また、「掛け算とは?」の問いに、答えられる人も少ないですし、
さらに、「割り算とは?」という問いなら、なおさら、数%しかいないでしょう。
割り算は計算できるのに、その意味を知らないのです。
割り算を、「いくつに分けるもの」と理解では、「じゃ、0.3で割るとは、どういうこと?」と聞くと
答えられなくなります。
さらに、「マイナスの数で割るって、どういうこと? 」
というのにも、答えられない人が大半です。
日本の数学は、何を教えているのでしょう?
教育が国民性を作ると言っても過言ではありません。
こういう定義をあいまいにし、
暗黙の了解、空気で納得してしまうことが、
私は、たとえば「集団的自衛権とは」という問題に、
本当に答えられないのに、雰囲気で賛成や反対を言っちゃう風土を作っていると思います。
そもそも、集団的自衛権というのは、個別的自衛権とのセットなんですが、
集団的自衛権と個別的自衛権の違いって、なんでしょうか?
さらには、その意味は何でしょうか?
突っ込んでいくと、そもそも、集団的と個別の区別は限りなく存在しないことに気がつきます。
集団的自衛でない、個別的自衛は、存在しないのです。
個別自衛は、集団的自衛にならざるを得ない。
だから、そもそも、この議論自体がナンセンスなのです。
その証拠に、これを区別している国は、全世界の中で、日本だけです。
世界には、こういう議論自体が存在しないのです。
そりゃそうでしょう。
すぐ隣の人が撃たれて倒れているのに、「自分は、まだ弾が当たっていないから、反撃しない」、なんて
子どもでも、おバカだとわかります。
そうじゃなくて、もっと違う切り口から、意味のある行動規範を作るべきです。
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