抽象化力は、たしかにアタマを良くするポイントですが、、
間違った抽象化は、たいへん危険です。
たとえば、「中国人は、~~だ。」という悪口は、一発で間違いだと気づかなくてはいけません。
中国人の中に、たった一人でも、違う人がいれば、その命題は、偽となります。
逆を考えればわかるでしょう。
「日本人は、~~だ。」という命題を立てられれば、腹が立ちませんか?
私なんか、へそ曲がりですから、意地でも違った人間になろうとします。
何のために数学をしているのでしょう?
こういう間違った論理を口にするのも、恥ずかしいという感覚を身に付けるためです。
だったら、「中国人の中には、~~な人が多い。」
これは、誤りとは言えないでしょう。
統計学的な物言いですから。
「多い」も「断定」も似たようなもんじゃないかって?
とんでもないことです。
大きな違いが生まれます。
人間の脳みそは、自分の作り上げたイメージの世界から、
さらに勝手に、どんどん理屈を築きあげてしまうからです。
抽象化は大切ですが、間違った抽象化命題を、信じ込んでしまうと、
世界が、とんでもない世界に見えてしまいます。
オーム真理教なんか、その典型で、
一流大学の理数系が、ちょっとした間違った前提を土台に抽象化を重ね、
とんでもない理屈を作り上げてしまい。
今度は、それに縛られて、行動してしまいました。
抽象化は便利な武器ですが、
間違った使い方は、身を滅ぼすのです。
失敗を犯さないためにはどうすればいいのか?
それは、抽象化と具体化を、常に行ったり来たりして、確かめていく習慣をもつことです。
「韓国人は、~~だ。」という論理がいかにもっともらしくても、
具体的に、身近にいる、あの人、この人は、実際どうなのか?
と検証してみればいいのです。
少しでも、その理論に合わないものがあれば、その理論をひっこめるのです。
ところが、人は、理論に合わない現実の方を、無かったことにしてしまいがちです。
ですから、日頃から、教育では、理論は、泡のようなものであることを、
子どもたちに刻みつけておく必要があります。
それこそが、基礎学力、民度というものです。
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