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私が約2年前に友達の紹介でたまたま見てもらうようになったポサル説明シヨウ。---ポサルとは漢字で菩薩と書き、霊山で修行して霊力を得たとされる易占師デアル。---この方に常々夫婦で今後はじめるこれから仕事についてみてもらった方がいいなー、と感じてたが日本へ帰ってもう1ヶ月実は行くのを躊躇ってた=それほど当たるから怖。今日はやっと重い腰を上げ、意を決しみてもらうことにしたのですが、行ってみるとやっぱり…常日頃思ってることをピタリピタリと当てられて。(∋_∈)…そう、実は自分で結構わかってる事って多い。旦那と結婚するときも本当はやめたほうがいいに決まってると自分自身で感づいてたから実は敢てポサルに結婚のことは見てもらわず、独断で結婚。(オイオイ、サラット言ッチャッテマスガ旦那ニハコレ内緒ネ!?)それから約3年経過しているが根本的なことは何ひとつ変わっておらず、私が自分の意地が強い事それからすぐに次から次へと考えが移行しすぎてしまう癖、すべて指摘されてしまった。それと、私のこのペースに旦那がついて行けないことと、それでこのままいくと旦那が病気になると、いわれてしまった←全くなんて酷い嫁!!!最近、?いや結婚する前から私の中ではもう恋愛とか、思いやりとか心においてピンク色っぽい?そんな部分が一気に色あせて『優しさ』が微塵もなかった。本当に。その上、旦那の優しさにつけこんで、めいいっぱい好き勝手ワガママし放題。現に今も大阪にいるしたぶん、100歩譲ってそれでもなんでも振り切って自分の道を歩く私のパワー+旦那のフォローで?これから夫婦で人生うまく歩いて行けるとしてもやっぱ人の道としては私は間違ってるし人として欠落してると思う。思ってるなら直せよ!!って↑ここやねんな、問題。これが簡単に直せるならポサルに見てもらったりしてないし。さて、私の気になる今現在においての今後の人生でございますが・・・今年から3年間厄年らしく今年より来年、来年より再来年がもっと健康面最悪らしく。仕事よりも先に子供を産んどかないとヤバイといわれた。ガーン。しかも男の子が先に産まれるとこの子も病気がちで苦労するらしく…「え、じゃあ産まんかったら?」って反射的に聞き返したら「そんな問題じゃない」とあきれられてしまいました。…結構夫婦間ではもう子供いらんよな?で意見が固まっていたのにぃ。産むべきらしい。(((たぶんこういう考えの持ち主だからダメ)))人生って面倒よなー。目標は相も変わらず『海外移住』なだけなのに。その目標まで直線が引けずにいろんな経路を模索しなるべく最短距離を計算してるのに「その先を先に考えることが間違ってる」と非難された。ひとつひとつ足場を組んで一歩一歩あきらめずに歩くようにと助言された。頑固な私。ポサルは知ってるが、ポサルの助言を丸呑みしないのも私の意地の強い性格らしく、まずもう一度よく考えて、旦那とよく相談をしてみます。ソウルに戻って仕事を始めて私はとっとと3,4年で会社を軌道に乗せて売ってそれを元手に海外へ脱出なんて考えていたが、どうも(いや実はわかったいた)やっぱり会社を作って育てるってそんな簡単ではない。え?ソウルにずーっと居ることに?!?!それこそ先のことは考えたくない。。。(T_T)あぁ、30歳までの道のりは明るく軽快な道のりだったのに・・・これから茨の道をあるかざる得ないようです。ちなみにポサルもやっぱり「大阪に戻ってくるのはナシ」とみているそうで、私の運命はどこか遠くへ行って暮らすと、決まっているそうです。※ちなみに東京なら夫婦で引っ越すのはOKらしいそれからどこで占ってもらっても同じ話なのは私の人生の最大の過ちが『女に生まれたこと』なんだそうです(笑)どうしようもない。なんなら性転換手術うけようかしらん。いや、でも女には興味ない。今日はしみじみ自分の性格が嫌いになった反省の日になりました。旦那に優しくかぁ~、難しいなーーー。もう一度恋する心が復活すれば容易なんやけど、、、どこかに恋する薬ないかなー。もう一度旦那のことが超スキ!(>_<)になれればいいのになぁああ。+αそれとソウルが大好き!!とか、なれたらもうこれ以上望むことないのに…人生って難しいよなー。ほんと。まだ、韓国で腰据える覚悟が実はできていないんよなーどうしよ。やっぱ忍耐か?いや、人間的に成長すればもしかするとソウルが好きになるかもしれん?どうやろあああああああああああああああああああああああああそれに子供。あああああああああああああああああああああああああ問題山積み。子供、仕事、夫婦、移住。どう考えても無理やわ。守れるのは夫婦仲良くと移住を目指すのと、やっぱ仕事。もう子供はいいねんけどなー(ー0ー;)アカン?あああああああああああああああああああああああああ人生って大変。思い通りにいかんもんやねー。プランニングが大好きな私ですが、病気はプランの中に入ってないし、結局計画通りにいかないようやし。子供も産まないと夫婦互いに病気し合うとか言われて…あああああああああああああああああああああああああまだ今・今日・現在の段階ではどれもこれも気持ち的に整理がつきませんが、とりあえず自己嫌悪に陥ってます。もっと素直でかわいいオンナならこんな気苦労もないのにこんな性格だからこそ墓穴を掘り続けてこんなに遠回り(今までの夢&目標はただ海外移住一筋なのに…涙)し続けてるんだわそうきっとこれは自分が蒔いたタネ?ツケ?自分自ら遠回りする道のりをずーーーっと選択し続けた結果が今なんや。と思うわけで。後悔はないけど、反省もなかったことを後悔。これからは少しだけ自分でできても旦那に頼ったりしようとちょっとだけ思った。とにかくもうお肌が荒れたり病気になったりが嫌。きっと自分を変えなきゃ運命とやらも変わらんやろうし、もっと謙虚に(特に旦那に対して謙虚に)なるように…これから(ポサルがいうこれが一歩ずつ?)努力してみます。来年ぐらいまたみてもらって少しは先がいい風に変化していればいいのになぁ。とまずはそれを目標に。海外移住を一旦横に置いといて性格改善から行います。『焦らず、難しく考えず、ゆっくりと』これが私への一番の助言だそうです。人の話はよく聞くこと。by 永六輔(尊敬しております!)
2007.03.28
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* * * 【 まえおき 】 * * * …たぶん、これは本当に関西人でも同じ年代しかわからないお話だと思いますが、お笑いにアツイ大阪人のひとりとして、笑いネタが盛り上がったついでに綴らせていただきます。悪しからず。 * * * * * * * * * * * ここ最近、以前にも増して日本全国お笑いブーム。でも、何かちがう…と感じてしまう私はもう歳?いや、ちがうはず。最近の芸人ってブームと共に余波で電磁波にも乗ってきただけで、実力がナイと、三十路直前大阪人女=略して大阪のおばチャンは思うのである。「じゃあ、何がほんとに笑えるの?」といいますと関西ローカルでしのぎを削りがんばっている吉本の若手お笑い芸人の勝ち組らがおもろい。と思う。⇒彼らこそほんもんやと思うのであります。先日、ミユクル☆宅から徒歩で行ける代々木公園でお笑いのストリートライブを観覧。「・・・おもんない。」以上。彼らは無理に笑いを作ろうとしている感がしていて、その不自然な笑いがマジおもんない。その点、ネタ作り以外にも笑いに肌でどっぷり浸かってる関西人の笑い根性はホンモノである。と思う。←私の主観ですなんせ、生活の基盤が笑い。しゃべくりができんとあかん。思い起こせば若かりし頃、やっぱり笑いがとれないと(スベッたら)帰り道ひとりでふと「あぁ、あの場面はしくったな」なんて、自分の会話の節々でも笑いのツメの甘さを反省したりする…コレ、キット私ダケジャ無ハズ友近が笑いのネタの勉強のためにバイトした新世界通天閣の喫茶店。これが東京タワーのカフェでは絶対ありえん話。・・・もう既に熱くなりすぎて、忘れそうになってましたが今日の日記のタイトルは:『笑-全盛期』これ、私の中では高校生の頃、『すんげーベストテン』この時代がピーク=まさに全盛期でした。よくよく考えると、今はなき心斎橋にあった2丁目劇場ひとつ前の世代でいうとダウンタウン『4時ですよーだ』も、やっぱりここで笑いの基を積み上げていったし。その後、ダウンタウンは東京進出でみごとブレイク。今となっては不動の位置にいる存在…あの頃のメンバーほぼそのまま『ごっつ』ファミリーになった感じがする。そして『すんげー』も同じようにそこからどんどこ東京進出組み(できれば関西ローカルにいて欲しいのが本音)そして、成功した芸人が。しかし、ダウンタウンほど(の大業績)じゃないところが実はこれまた親近感が失せず尚愛してしまう理由なのかも…R-1で優勝したなだぎ武も「スミス夫人の片割れ」と聞いて初めて誰かわかったし、まさか紀香と結婚するとは予想だにしなかったが、陣内もおった。たむけんもおった。売れるまで時間こそ結構かかってるが(その間、東京でお笑いブームがなかったから?売れるチャンスがなかったか?)皆それぞれほんまおもろい。…2丁目で追っかけまではさすがにしてなかったけれども、追っかけに追っかけられてるジュニアは見た。宗右衛門町へダッシュしてった。あと、2丁目で山田花子とか売れる前の藤井隆を見たり。2丁目劇場があった頃はほんま面白かった。で、『すんげー』の出演者中でも私が好きだったのはサバンナ(八木野球←知ってる人おる?)それから特に好きだったのがジャリズム。一時解散し、山下が戻りまた再結成となったが再結成後のオンエアバトルで昔のネタをやってたのを観てガッカリ。(テントネタ)←こんなん知ってる人ほんまごく少数やな汗懐かしくもあるが、旬じゃなかったのがブランクを感じさせられた…ジャリ本人以上にファンである私の肩が落ちた。個人的にはジャリの渡辺が大好きでバカドールシアターがマジつぼやった。今、意味不明な芸人がいーーーっぱいおりすぎてお笑い番組全国ネットはあんまり観る気がしない←やっぱ歳?素朴な疑問ですが、あれって全部(本当に)おもしろいん?ウチの姪っ子は大ウケの大爆笑ですが、おばちゃんにはチョット。あ、でも関西人でも嫌いな関西の芸人もいますよ。もちろん。ただ、好きな笑いが関西風味なだけで…ちなみに、その頃の『すんげー』出演者が結構、曜日ごとでとっかえひっかえ出演しているのがワタクシの毎朝の楽しみ『なるとも』なのであります。それから。すべて主観的な意見&これ私の日記なのでご了承下さいませ。んんんんn~~~やっぱ関西がえーわ!笑!!!おわり
2007.03.20
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大腸菌と戦いながらも大阪ライフを満喫中のヘリッタです。※旦那はソウルへ帰った満喫といえども外出はやっぱりちょっと、まだ早い。ということで、今日もぶらぶら地元の商店街へ☆少しずつ慣れるよーにと。←ほぼ老人レベルカラダの方は少しずつ良くなっているが、お肌今現在大変なことになっている。もうファンデ塗れぬ。アゴのあたりにあったブツブツが今は痛い痛い吹き出物に発展。これも大腸菌の仕業?と、これまた勝手な妄想をしつつこれも改善の兆しかなんか?と超ポジティブ☆こんなカンジで毎日が自己暗示★たぶん回復へ心身共に向かってるんだと思います。さて、大阪へ戻っての半寝たきりライフ。こんな日々で感じること、それは韓国での生活で欠けていた人生でとても重要な何か…それは『笑』。「ワテは生まれも育ちも大阪人でっせー」←一応ウソではない※大阪人でもあるが、在日韓国人が正しくは正解なのでと、心からそう思える今日この頃。毎日、飽きずにお笑い番組を見続けておりまッッっ何をそんなに飽きずに見てるかというと、関西のローカル番組!これはホンマにあきひん。すでに日課となっているNHKの朝ドラ。その後は朝食と洗濯、そして自然とTVは『なるとも』をつけ。ダラダラと昼前に終わってお昼の準備。食後はコーヒーとお散歩。そして夕方からは姪と甥と戯れ…なんともご隠居的生活(私、こんなダラけてていいのかしらん?)イヤ、それにしてもあきひん。ステキ♪関西万歳。*ちなみに土曜は『せやねん』でキマリ☆・・・そしたらば、アゴのできもんよりも気になる点を発見!今日も鏡でアゴ&口まわらりをながめていたらなんと口の横のほうれい線が(ひどくなった?)ちゃうねん、聞いてーコレまじで。ちょっとマシになってる!?!⇒韓国に嫁いだ後から、すぐにすでに気になり始めてた このほうれい線。ミユクルにもアンタ出っ歯やから?と 言われて腑に落ちないがなんとなく諦めていたコレ。毎日笑ってたら筋肉発達か?!ちょっとマシに。アゴのできもんなんてどーでもいい程喜ばしい現象。・・・「やっぱ笑うが一番」これ本当。健康にも美容にもこれが一番効果アリ。あかんわ、ほんまに韓国に帰る気うせてきたー。PS:韓国のお笑いは私基準では「下の下」です。 マジおもんない、いや、うざい、ダルイ。 自分でネタ言って笑う芸人は芸人ちゃう。 日本のお笑いも芸人が多すぎておもんない奴も たくさん見かけるようになったけど、その点、 関西ローカルはやっぱ安心的なレベルでウケルわ (*^ー^*)大阪サイコー
2007.03.19
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検査結果が月曜に出て、それから母親同伴で(主治医の先生に入院を懇願する目的&心配で)遅くなりましたが水曜の朝イチに病院へ行って参りましたー。今まで私の体を蝕み続けていたもの、それは…「大腸菌」今現在はもう腎盂炎も膀胱炎も扁桃炎もヘルペスも何も特定の病はなく、入院をしても治す病がナイ。ので入院は今回、見送りに~ア~レ~ちなみに保険も(今病気がないから)見込みハズレになる可能性も大だし自宅療養&薬の服用で十分なんだそうだ…ふーん(なんでもかんでも注射&点滴の韓国とはこれまた相違)で、なんせこの大腸菌を殺さないと、今後また再発する恐れがあるので菌を全滅させることが一番の治療だそう。…それにしてもこの大腸菌。一体何ヶ月私の体に住み続けてるのやら(∋_∈)ンンん、、かれこれ腎盂炎の症状から計算すると、、ナント!4ヶ月!!!極端に考える傾向のワタクシ・・・思い浮かんだ例が『4ヶ月間、体がウ○コ?!』超汚いな~。たぶん適切な発想ではないけど、そんな感じで早く治したい気持ちになった←確実にこの動機も不適切(ちょっとしつこいがまだ大腸菌の話続けます…)そもそも、このウ○コ菌。私の記憶ではGUROでイケてるハズのチンジルバン=日本でいうサウナの湯船に浸かってから感染。【韓国ライフそろそろ2年目になるヘリッタのまとめ】やっぱりGUROは衛生的にも体が無理と正直に訴えるほどキタナイ(;_;)いくら住めば都といえども体がNOならNO。韓国ライフ、お風呂は内風呂で!が今後の教訓デス。4月中旬以降のソウルへの帰国予定だが、今後の生活が本当に不安。というか、ムリ?やっぱり。帰るのコワイヨ。しかも、超健康体の私の免疫力をも低下させるってかなりのウ○コ菌ジカラ…恐るべしGURO※いまから既にもう引越し考え中でーすそれからもうひとつ、ソウルへ帰る気をなえさせた出来事。腎盂炎、尿路結石←これ誤診ね、韓国でいろんな適当な病名告げられたけど、そのたんび薬、4種類ぐらい与えられた。今回日本薬の種類⇒たったの2種類しかもちっこいの。(・_・)韓国では薬負けが原因と思われる程、史上最強に肌は荒れ果てていたが、服用を止めたら体調も肌も改善という経験含めて思い返すとやっぱり韓国で与えられた薬は…やっぱぜんぜん合ってない!!!!それもそうだ、誤診の処方やったし今度病気になるのが今からすでにもう恐怖やわ。日本に帰ってきてからというもの、もうすでに焼肉×2滋養をつけるべく(共に体重も増加中)たっぷり食事を堪能してますが…やっぱ日本がえーわー!!!*本音旦那が帰るあさってからは思う存分日本を謳歌するぞ!ゴルフも行くし!温泉も行くし!東京もまた行くぞ!ソウル…帰りたくないけどはよ帰らなな…あぁブルー
2007.03.15
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長らく留守にしておりましたが、今現在は実家=大阪に滞在中でございます。なんせ、インターネットカフェがなかなかないし(実家のPCは友人にあげたのでナイ)それよりもまず、体がエライ=大阪弁で『しんどい』の意味大変なのよ、相変わらず。「体調不良のそもそもの原因はソウルの空気」となんとなく自己暗示をかけていれば大阪の空の下ソッコーで元気復活☆と予想をしていたのに。。。甘かった(・_・)⇒どうももうそういう歳らしい(涙) =ワタクシ3ヵ月後ニ三十路突入デス2月末からの過程は省略としますが、体の具合の最悪状況をダイジェストでお送りすると(そんなものはいらないのだろうけど…本来)お尻注射を注入後、どんどん扁桃腺が腫れ続け、喉ではなく扁桃腺が腫れすぎて声がでず←こんな症状生れてはじめて。その後、なんとか気合で乗り越えつつ安らぎの地、日本で過ごす癒しに期待するも、東京でグッタリ…歳を考えず、セコビッチ旦那と大学へ行くだけヤシと、夜行バスなんかに乗ったもんやからゲロゲロ※ミユクル…リアルに吐く人、また思い出したわw数日間疲れは取れず(そりゃそうか)右半身には水泡が。…大阪に帰ってわかったがどうもこれは「ヘルペス」という症状らしい。アチャチャ…そんなこんなでまったくまだ療養?いや相変わらず体を酷使しすぎで、何が悪いかすらもうどうでもいいぐらい、大変なことになってきました。と、いうことで、検査は済みましたがその後はもうほぼ入院決定で心の準備をしております。ウチのおかんは「あんたは一回も病気ならんから保険もらえるのいっぱい貯まってて丁度よかった」と、入院推進しております(笑)。今回は大阪で入院して保険金でまとまった収入も入るようやし?!、のんびり療養したいです。が。しかし。こんなのんびりしてる場合でもないのが現状。とっとと体を治して早くソウルへ戻らないといけない理由がある。(∋_∈)今回、旦那も同伴で里帰りなの。「やだ」んnnn~、単独主義のワタクシ。旦那が傍でピッタリこれが実は今の一番のストレス。ヘルペスも痒い痒い。奴(=スマン旦那)、早く帰って欲しい。で、自由に今後の計画を練らせて欲しい。韓国人だから?かは知らないが、ウチの旦那は夫婦は一身胴体とでも思っているのか?何でも『共に』を望む。「重い」動きがとれんのよ。現に今インターネットカフェに来て久々のメールチェックをしついでにUPしてるんですが、隣にバッチリ旦那がいる。「邪魔」大阪ぐらい自分ひとりでのびのびしたいのにぃぃぃぃぃ。旦那は入院する私を見守るため?ソウルにカムバックするまでずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと一緒におるらしい。(=_=)ムリや、治るもんも治らん。そう考えると、結論的にも「やっぱ旦那連れて日本に永久帰国はムリや」と妙に韓国帰る気持ちもアゲアゲ。彼がここに居る意義?(居て欲しくないと超実感する)も、ある気もした。ははは。できれば自分一人、日本に永久里帰り。。。ならアリ?カモって、それは結婚の意味がなくなるし。って怒られるな、こんなこと言ってたらf^_^;むmm。なんせ早く体を治して元気復活、とっとと新しいスタートを切り出さねば!!!!と気は焦る・・・そんな2007年3月度の始まりです。
2007.03.08
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