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2014/01/09
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カテゴリ: 各駅停車の旅


しかし、2日目にして、一部特急列車を利用することになりました。

鹿児島の友達に会う時間に合わせるためには、各駅停車では、接続が悪くてたどり着けません

途中、人吉での観光を入れて鹿児島へ行くとこにしました。

観光案内所でマップをいただき、3時間で回れるコースを、

「ゲストハウスくまたび」でレンタルサイクル(1日500円)を借りました

歩いて3時間を自転車で回れば楽勝~と思いきや・・・





鎌倉時代から明治に至るまでの700年間、相良家が支配していた人吉











青井阿蘇神社・熊本県で初めての国宝指定

1200年以上の歴史のある神社で、阿蘇地方にある阿蘇神社の12神の3神を祀って

いるそうです















国宝・楼門











境内からの重厚な楼門












拝殿














幣殿












本殿





すべての建物に人吉様式という独特の当時の最先端の建築様式が取り入れられて

南九州にひろまったそうです














神社の境内では、正月の準備で大忙し

氏子さんたちが餅つきをしてお供え餅ができたところでした

これから神楽殿(拝殿)へお供えするところでした












玉砂利を掃き清める氏子さん












青井大神宮












青井稲荷神社














鳥居のもとには放し飼いの鶏が、のどかですね












むすび回廊入り口

有料になっていて、入らなかったけど

1200年間青井神社を守ってきた青井家の歴史が刻まれた資料や庭園があったそうな

























境内の外に蓮池













立枯れの蓮の実














球磨川を渡ります

日本三大急流に数えられる球磨川

このあたりは緩やかな流れです












曹洞宗蓬莱山永国寺 別名/幽霊寺













楼門が仁王門に改築されたとか


































西郷隆盛本営跡碑

田原坂で敗れた西郷隆盛が鹿児島へ逃げ延びる途中、

要害の地人吉に33日間陣を張った跡地でもあります

















鹿児島本線田原坂駅近くの「西南の役激戦の地」の標柱

車窓より 人吉ではありませんが偶然見つけました






田原坂(たばるざか)西南の役激戦の地の看板

車窓からみえました。









本堂





ここから載せる本堂内の画像は、お寺の許可をいただいておりません

どなたもいらっしゃらなかったのと撮影禁止とは書いておりませんでしたので載せています

ご指摘があれば削除いたします














須弥壇上に位牌が安置されているそうです













西郷隆盛の位牌












別名/幽霊寺といわれている掛け軸

この地の名士の妾になった女性が、本妻の嫉妬に悩み川に身を投げたが成仏できず

幽霊となり本妻を苦しめたため、住職の供養で成仏したということで、

住職が描いたという掛け軸

胸のあたりには、男の顔が浮かんでいるとか・・・


官軍との市街戦により、寺は全焼したがこの掛け軸だけは焼けなかったとか























幽霊が現れた池だそうです












明治になって再建されたお寺だそうですが、

歴史を感じる本堂内でした
















































五重石塔












人吉二番隊戦士の碑

西南の役の五木の戦いで戦死した士の慰霊碑











千人塚(耳塚)の石塔

豊臣秀吉の朝鮮出兵の時

手柄の証拠として敵兵の鼻と耳を塩漬けにして進上するように命じられたおり

その霊を弔うために建てた石塔


この石塔が一番胸に残りました












こんな碑もありました

近代歯科医の先駆者「一井正典いちいまさつね」の碑

明治時代、渡米して医学を学び、米国で教授を務め

帰国後、神田で開業、現東京歯科大の講師、歴代三天皇の侍医を務めた人だそうです






まだまだ続きます










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Last updated  2014/05/21 07:42:40 AM
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