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また、新たに素敵な武術の老師とお会いしました。先日、出会った武術の大物老師とは、また違った面で、すごいお方。武術のテキストについている模範演武のお手本としてDVDに出演してらっしゃるような方です。ただ、先日の大物のA老師と、このB老師が全く同じ拳式を演武してらっしゃる動画を見つけ、見てみたのですが...B老師は、さすが、教科書のお手本としての素晴らしい動きで、正確で、文句のつけどころのない美しい演武なのですが、ただ、A老師(全中国7回連続チャンピオン)のものと比べると、恐縮ながら全く違う!A老師の演武の動画は何回も見たのですが、力強い「岩」のような動きで、見るものの心に迫る感じで、大迫力。見るたびに、心が動いて、終わった後、ほーっと感嘆のため息がでるような素晴らしいもの。まさしく、これぞ「武」の醍醐味を体現してらっしゃる人だと思える、芸術作品のよう。思ったのですが、これはギターで例えると、B老師は、芸術の最高峰の大学でギターを教えている教授のような感じ。正確で、すばらしく、文句のつけどころのない音色。教えるのも、いろんなひきだしを持ってらっしゃっている感じ。それに比べて、A老師は、もうアーティストとしてのギタリストですね。同じ音色を弾いても、彼だけのオリジナルの音色で、それを聞く人に感動を与え、「人生って素晴らしいんだな。」ってことを思い出させるような音色。しかも、ご自身も、ギターが好きで好きで、ひまさえあればギターを弾いて、頭の中は、音楽がいつも流れているような感じでしょうか。後は、お人柄もぜんぜん違ってらっしゃいました。B老師は、いつもにこにこしていて、フレンドリーで話しかけやすく、質問もしやすいのですが、大物A老師は、自分が楽しければ笑う、別に面白くなければ普通にしている感じ。自分が楽しければ、周りの目は一切気にせず、とことん楽しみ、自分のやりたいようにやる!って感じかな。しかも、お二人とも同い年で、同じ北京の方。伺わなかったものの、お互いの存在は知っていると思います。思ったのが、どちらがいいというのではなく、お互い、それぞれの自分の道を素敵に進んでらっしゃるんだな、ということ。最近、神様が、いろんな素敵な出会いを用意して下さっているらしく、毎日、新たな発見!があり、楽しいですね☆
2014.09.28
最近、ここ続けて、よいお話をいただいています。協会の理事長や、その他の方から引き立てをいただいたり、私の尊敬している武術のF先生からも、いろいろな特別のケアをいただいていて、本当にありがたいと思うのです。私と同様にかわいがってもらっている同門のTさんが、「私達ってさ、生徒さんたちの中では、年代も違うし、バックグラウンドがちょっと異色な人じゃない?目立つって、この世界じゃ大事よねー。」としみじみ言ってました。そうかも...!はっきり言って、私、武術レベルじゃ、まーったく目立たない、んだけど、(その他の人がすごすぎる)この武術の、Aというグループの中では、年上過ぎ、Bというグループの中では、若手すぎという立ち位置で、嫌でも目立つ!(ただ、Aは大好きなのですが、年齢的にも普通に趣味としてとどめ、本気なのはBの方)しかも、仕事がそんなに一般の感じでもなくて、、お互い海外経験もあったりして、語学もあまりしゃべれる人がいない中、少ししゃべれたりするんだけど、それが、そんなに自分が目立つ特徴があるとも思えないものの、このせまい武術業界の中じゃ、異色のうちに入るのかもしれないな。イコール、顔と名前を覚えてもらえ、ふとした時に「あ、あの人を呼ぼう。」と思いだしてもらえるのです。それって、この世界でラッキーなことになり、運ということになるのですね。運がよければ、よいチャンスがもらえ、よい経験も与えられるし。ある意味、正攻法(武術)で、勝負はしてないんだけど、これも、運の1つなのかもしれないな、と思っています。ただ、与えられたチャンスを、そこで、運でとってきてしまったチャンスのため、力不足だと思っても、チャレンジできるかどうか、そこで、無理やりにでもなんとかやりこなすがんばりみたいなものも結局は大切なので、まったく、努力が無駄ってわけでもないのかも。なんてことを考えていた今日でした。
2014.09.27
Mちんが、だんなさんと上京していたので、ステイ先に泊りに行きました。ひさびさなのと、だんなさんのJさんとゆっくり話すのははじめてかも。私が、武術をしている時に訪れる言葉にするのが難しい「ある感覚」について、なんとか話そうと試みると、Jさんも、船に乗っている時に、その感覚がもちろん訪れるという。武術をしている人以外で、この感覚をぱっと話してわかってくれる人って、あまり会ったことがなかったので、うれしかったな。また、ここに来て、素晴らしい老師と出会い、彼の動きを目で追ったり、彼の一挙手一投足に注目し、あこがれの目で見て、彼と一緒にいられることがうれしくて、老師と会っていない時も、彼のことを考え、まるで恋愛状態のよう。でも、思うに、そんな素敵な老師や先輩たちを通して、その「ある感覚」が垣間見えることが、私を惹きつけていて、ある意味、彼らを通して体現される「何か」、その武術を通して、垣間見られる「偉大な何か」に魅かれているんだろうな、と思うのです。そう思えば、何を通してその「偉大な何か」にアクセスできるかは、それぞれの人のそれぞれのものがあり、私は、たまたま武術を通して、垣間見て、Jさんは、船を通して、垣間見てるんだろうな、ということ。あらためて、Jさんと話して、思ったのでした。
2014.09.26

私にとって、雲のそのまた上の雲の上の老師と2日間を過ごせる機会がありました。昨日、帰って来たのだけれども、いまだ興奮冷めやらず、写真を見ては、「あれは、夢だったのだろうか?」とぼーっとしています。彼のレベルと私のレベルなんて、天と地の差なのですが、同じ武術を愛するものとして接していただきました。夜ごはんの時、老師が、「今日1日、君と一緒にいて、わかりました。君は、好人です。」「好(ハオ)」=good なので、「いい人」の意味なのです。老師いわく、「武術は、もちろん、練習して練習して、練功のものですが、外にある名声や、地位のためのものではない。その練功を通して、自分の内にあるものを追及すること。坏人(悪い人)では追及できません。」とのこと。なんだか、すごい励ましをいただいた気がします!プラス、みんなで白浜を歩いている時に、何を探してらっしゃるのかな?と見ると、貝を見つけ、海水で洗って、「君に」と私にくださったのです。私を気にいって?くださっているのかなー?なんとなく、この「貝」は、老師の私への応援の意味のような気がしています。というわけで、老師と過ごせた時間、彼にかけていただいた言葉、そして、この貝も、宝物です~♡
2014.09.20
Wよしと、愛宕神社に行って来ました。愛宕山という山手線内で唯一のお山にある神社で、浮世絵のモデルにもなっている場所です。ここには「出世の階段」という急な階段があり、後ろを振りかえらず、登り切ると仕事などにいいそうで、2人で登って来ました。登ると、「ここは本当に東京?」と思えるような、のんびりした空気で、小さいながらも、鯉のいる池があったり、出世の階段のエピソードのもとになった梅の樹があったり、名物猫?の白猫がいたり、Wよしとゆっくり楽しみました。最近、読んだのですが、「神社に行く」ってことは、「磨かれに行く」そうです。人間は、宝石の原石のようなものなのですが、時に、くもったり、汚れがついたりするのを、こうやって、神社に行って、神様に、つるっと布でふかれて、本来のきれいな輝きをとりもどすらしい、というのを読んで、面白く思ったところだったので、「磨かれる」イメージでのぞんだのでしたが、イメージだけでなく、こんなお山の上で、清浄な空気に包まれ、友人とのんびりした時間をすごせ、ほんとうに「つるん」と一拭きされた気分!みなさんも、この「つるん」をされに、神社に行ってみてはどうですか?楽しかったー。
2014.09.14
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