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「協働をより促進させるために大切なものは何か」という観点から、「ファシリテーションの技術」というテーマで「協働促進」についての連載を頼まれて以来はや2年たった。今回で最終回となったが、以下は今までの全24回のテーマである。「見晴らしのいい場所に立とう」「「説得から納得へ」「時間感覚を磨こう」「「関係をマネジメントする」「箇条書きは思考を停止させる」「ホリエモン逮捕は図の威力を示したが、、、」「不毛の会議を立て直せ」「「考える」ことの正体」「顧客の視点はなぜ大切なのか」「「方言」とどう向き合うか」「たかが手帳と言う勿れ」「作業と仕事の峻別を」「新・職人のすすめ」「性格タイプという基本ソフト(OS)で人は動く」「相談してはいけない」「キーマンはキーマンとつながっていく」「外的世界の拡大は内的世界を深化させる」「「私のキーマン・リスト」の効用」「知的な資源となる「移動力」」「すぐれた検索機能と「情報」の定義 」「凡人・凡才・平凡」「歴史と地理、そして立ち位置」「自由の拡大--カネ・ヒマ・カラダ、そしてココロ」「静的な「構造」から動的な「関係」へ」。この連載中、「ファシリテーション」というキーワードは常に頭の中にあって、そのアンテナが拾ったテーマを書いてきた。「協働」という意味を広く取って、組織やチームが目標を達成するために、創造、変革、問題解決、合意形成などを仲間と一緒になって進めていくときの心構えを論じてきた。結果的に、係長、マネジャー、課長、プロジェクトリーダーというレベルの中堅リーダーに向けたビジネス現場のリーダー論となったように思う。経営の神様、P・ドラッカーはカリスマ型のリーダー論ではなく、手段としてのリーダーシップを論じている。そのポイントは「責任と信頼」である。言動の一致、一貫性ある発言などをリーダーシップの条件としている。その上で、今ビジネス現場で求められているのは、ファシリテーターという感覚で問題解決にあたっていくリーダーである。最後に、大切なことは「自立」することと考えてみると、それは自由と自律で成り立っているように思う。この二つをセットで持っている人は、組織の中で生きることに息苦しさを感じない。自由に振舞いながら、最後の一線を越えないで組織の価値観の中に踏みとどまっている。高い成果をあげるから自由に組織の持つ資源を好きなことに使っている。しかし彼らは自らを律して限度を越えないすれすれのところまでを活動範囲としているはずだ。そういう自立型ビジネスリーダーになれるかどうかは自律心が決め手である、と言っておこう。
2007/11/30
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このブログは基本的には毎日翌朝書くことにしているから、書いているのは30日の朝である。今朝の新聞を見ると、大学関係の二つの記事広告がある。一つは河北新報に掲載された宮城大学の「開学10周年」のお祝いの広告だ。村井宮城県知事と馬渡宮城大学長が県民に向かっての挨拶。村井知事は、富県戦略の実現に向けて「人材の育成・確保が重要であり、宮城大学の果たす役割はますす重要になってくるものと考えております」「これまで以上に地域社会に貢献する大学として宮城大学を発展させていきたいと考えております」と述べている。馬渡学長は「県立大学の使命を果たせるようになりつつあるのではと考えているところですが、しかしまだまだですし、これからが本当の正念場です。」「満10年を機に、また公立大学法人への移行も控え、これから、私どもの努力がいっそう必要であることは承知しております」と述べている。広告主は、東光設備工業、平和住宅情報センター、宮春工業、佐藤総合計画、インターサポート、橋本、清建、日本オイラービルサービスの各社。もう一つは、日本経済新聞の「大学特集」。多摩大学の両面を使った大きな記事広告で、こちらは中谷巌学長(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社理事長)と日本総研会長の寺島実郎さんとの対談である。寺島さんは学内外のメンバーからなる多摩大学将来構想委員会座長としての発言である。私も秋からこの委員会のメンバーになっている。対談の内容は深く、かつ示唆に富んでいる。「世界の20年、日本の20年、そして多摩大学の20年」「脱9・11からユーラシアの世紀へ。 産業社会のパラダイム転換は、大学革新の一歩先を見つめている。 欧米教育システムからの脱却。それが、多摩大学の新しいテーマに。」「今後20年でアジアのGDPは世界の4割を占めることになるだろう」「いわゆる大学改革、欧米流の教育システム追随の時代はすでに終焉した」「多摩大学の目標は、物事の本質を考える人間を育むこと」明日(12月1日)からは、河北新報の「宮城大学10周年企画」の連載が始まる。
2007/11/29
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今年で5年目の事業構想学部のインターンシップ。私はインターンシップ運営委員会の委員長として春から仕事をしてきた。このインターンシップは教員の手づくりであること、2年生を対象としていることなどが特徴である。今日は夏休みに5日程度の期間を仙台・宮城の地元企業でお世話になった学生の発表会で、企業の方々をお招きした。場所は仙台市内のホテル白萩。発表会の冒頭、「19年度インターンシップ総括」として10分程度の総括的な話をした。学生全員の報告書を全部読み、内容を一枚の図解にまとめてみた。それをパワーポイントで見せながらプレゼン。以下がキーワード。計画学科:姿勢(挨拶・掃除、身嗜・姿勢)、雰囲気(良い会社・悪い会社)、仕事(姿勢・意識・決断)。いい人間関係。仕事の間口と奥行き。いい商品に結実。検分・交友・敬語。いい商品はいい人がつくり、いい人が売っている。デザイン情報学科:姿勢(挨拶・掃除・清掃、忍耐力・集中力)、コミュニケーション(雰囲気・声掛け・内外)、スキル(知識・技術・力量)。いい人間関係。未熟さ。成果物に影響。どんな事業も人の力で動いている。学部:人づくり・人材育成。続いて5人の学生の発表。全員2年生としては合格の発表だったと思う。宮城県中小企業家同友会 経営者の悩み。後継者問題・企業理念・新規事業。目標。個人も同じ。七十七銀行 銀行の地域貢献、ホスピタイティ、コミュニケーションラネックス セカンドライフの技術の習得。INA新建築研究所 名取のマンション、横手駅前再開発、気仙沼、青森の複合施設、、。人の力。一ノ蔵 デザイン会社だけがデザインをするのではない。コミュニケーションの重要性。終了後は、意見交換会として教員、企業担当者、学生での懇親会。タカラ米穀の中川専務、竹中工務店の原人事課長、連合設計社市谷の戌居社長らと名刺交換をしながら歓談。以下、発表会参加企業。INA新建築研究所、一ノ蔵、インターサポート、ヴァルトプラッツ、クロスキャット、サイエンティア、佐々木インテッリアデザイン事務所、七十七銀行、関・空間設計、仙台メディアテーク、タカラ米穀、竹中工務店、都市建築設計集団UAPP,日建設計、日本IBM,日本旅行、PBグラフィックス、東日本放送、東日本リサーチセンター、日立キャピタル、ホテルメトロポリタン仙台、三菱地所設計、宮城県地域振興センター、ラネックス、連合設計社、、。
2007/11/28
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先日取材を受けたドラッカーの本が届いた。「図で読み解く!ドラッカー理論」(かんき出版)を出したことが縁で声がかかったもの。--------------------------------------「ビジネスの巨人シリーズ」 永久保存版 ドラッカー 一流の仕事をするプロの教え ドラッカー研究室(宮崎哲也・岡林秀明・西村秀幸) 出版社:アスペクト 1300円 12月6日発刊「マネジメントの父」と呼ばれ、今なお愛され、新たなファンを生んでいる、偉人の生涯と思想を知る入門書!この一冊で「マネジメントの創始者」を徹底ガイド!---------------------------------------------------ドラッカーの理論を解説している本だが、途中にインタビューと寄稿が挟まっている。インタビューは、私、国際ジャーナリストの大野和基さん、産業能率大学名誉教授の小林薫さん、寄稿はPHP総合研究所の渡辺祐介さん。私の部分は巻頭の特別インタビューとして6ページを割いている。本の表紙にも顔写真が載っている。「ドラッカーの本にはいつも新しい発見がある」というのがインタビューのタイトル。・経営学の本を探し巡り合ったドラッカー・ドラッカーはけっして読者を説得しようとしなかった それなのによく分かるんです・全てを分かろうとせず 分かるところだけで組み立てる・考えをただ鵜呑みにするのでなく そこから自分の考え方を導くことが大切・文章や箇条書きよりも図解が役に立つ理由・大学院の授業ではじめたドラッカー理論の図式化・図解化を超えて自分たちの経営学を目指す・ドラッカー理論をベースに活躍を続ける
2007/11/27
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「龍の棲む家」(文芸春秋)は、妻に先立たれた呆け老人の次男・幹夫の介護の日々を描いた小説である。出てくるのは、父と自分と兄、そして介護士の佳代子だけ。幹夫の母、兄嫁などは思い出という形で登場する。「呆ける」ということを悲しみと共感を持って眺め、それに付き合っていきながら、父を深く理解していく幹夫の心理を著者は淡々と描いていく。呆けた父は龍となって天候を自在に変化させる。この龍との付き合いの中で、幹夫には同志、というより導き手である佳代子の存在が重みを増してくる。二人はやがて自然に結ばれるが、不安定の安定を感じた幹夫はそのあたりから社会と断絶した生活に気がつき、数人の飲み友だちへに手紙を書きたくなる。人気の芥川賞作家・玄侑宗久の小説は、受賞作「中陰の花」を手に取ったことはあるが、最後まで読みきらなかった。僧侶が仏教の教えに疑問を抱いていくという物語だったと記憶している。「龍の棲む家」は、新聞の書評で取り上げられていたので読んでみた。「呆け」という主題を扱った小説であるが、それを巡る心理描写に感心したが、心理面の介護について教えられること多かった。いつも本を読むときは黄色のマーカーで線を引きながら読んでいるが、この小説も同じやり方で読んでみた。以下がそのしるしをつけた部分である。介護の思想のようなものに興味を覚えたが、一方で人間の記憶のあいまいさ、記憶のおもちゃ箱、心の葛藤と表に出る言動との関係、幸せのかたち、家族の絆のしなやかさなどについて、静かに考える時間をもらった感じがする。------------------------------------・徘徊と散歩は紙一重だ。・とにかくさからわず、怒らせず、ひたすら寄り添う、、、。・寄り添うことの第一歩は心をこめて聴くことだ・過去はそれほそばらばらなものなのか、、。また「今」というのは、箱の縁ほど危ういものなのか、、、、、。・近づいて「つらいね、悲しいね」と声をかけ、父の背中を手でさすった。・症状ではなく、表現と見ることが大切なのだ。・徘徊はやはり不安なのだとつくづく思い知った。・手と脳は繋がっているし、いい訓練なんですよ・人間は直立歩行して、手を使う余裕ができたから、頭が発達したんでしょ。・老人にとって一番怖いのは便秘と微熱と脱水症状だ・問題を深刻にしないあめには、会話の技術、というより、自在な思考と会話が両方そろわなくてはいけないのだ。・無意識の負担感を、無意識に逆転させたいのだ、「負担をかけている人を、加害者だと考えると、わかりやすいかもしれません」・介護の思想・泥棒呼ばわりされるのはいつだって真面目に仕事をする介護士や寮母さんばかりなのだという。・「どうして人は、呆けるんでしょうね」「今の自分が、自分らしいと思えないからでしょう」・「いろんな人が父の中では死んだり生き返ったりするんですね。」・今やその顔は、よく平家の公達の亡霊などに使われる「中将」の面のようだった」・父の無意識には敗北感ともいえるほどの圧迫を与えつづけていたのではないか、、。・幹夫は父のなかに龍が棲んでいるのだと思った。あらゆる天候を支配し、台風や雷も自在に起こす龍、、、、。・子どものころにも叶わなかった自分、生きられなかった生が、ここに現れているということか、、、。
2007/11/26
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土日は、研究室と自宅でせっせと仕事。授業の準備、今週あるインターンシップ学外発表会の資料の読み込み、プロジェクトの吟味、そして次の出版のための執筆、、、、。合間の気分転換に本を2冊読んだ。「いつまでもデブと思うなよ」(岡田斗司夫) 1年で50キロの減量に成功した人の究極の技術と思考法という話題作。 117キロ当時の写真と67キロになった写真の比較に驚いた。 顔がまったくの別人である。愚鈍な顔と知的な顔。「龍の棲む家」(玄侑宗久) 芥川賞作家で僧侶の著者の最新作。父が呆けたと兄から知らされ、 実家に戻ってきた主人公は記憶をさまよう父と出かけた公園で介護を仕事 としていた佳代子と出会う。父の散歩につきあい、大切な誰かを演じ、 いっしょに父の記憶のおもちゃ箱を覗き込む。
2007/11/25
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あるブログで拙著のことを取り上げていただいたので、引用したい。40代男性の外資系転職日記である。http://d.hatena.ne.jp/life_is_beautiful_1228/20071123/1195910358-----------------------------------------------------------------久恒啓一著『図解仕事人』はある意味、僕の転機を作った、少なく見積もっても手助けしてくれた恩人ならぬ恩本である。まだまだ僕の図解は稚拙だし、作るのにエネルギーも時間もかかるし、とても偉そうに「図解の使い手」などとは名乗れるレベルではないが、会社で「ここは要所」と思ったときに図解を使うようにしてきたことで随分と得をしてきたように思うのだ。 まずは話を通しやすい。くどくど説明する必要もなく、こちらが言いたいことのポイントを相手が速やかに理解してくれるのだ(ああいえばこう言い返す型の上司でも、である)。そういうことを何度か繰り返していると(それほど回数は多くなかったのに)、「彼の資料は分かりやすい」「説得力がある」などと勝手に思ってくれるようになり、例えば昇進者を選ぶ事前選抜でも順位が上がった(ということがあったらしい)。MBA留学中も、図解と、これまた稚拙なマインドマップを駆使(?)して英語力の貧弱さを補ったものである。 留学前の話であるが、恩本の著者(すなわち恩人か?)久恒先生その人にお会いする機会に恵まれた。久恒先生が理事長をされているNPO法人「知的生産の技術研究会」(以前は会員になっていたが、帰国後まだ再入会していない)主催のセミナーが東京であったのである。講師はご本人でお題は「合意術」。実はこのセミナーが、本書のテーマになっている合意術の"本邦初出"だったのである。僕は「合意術」が世に出る瞬間に立ち会ったことになるのである。今回あらためて1冊にまとめられた「合意術」を読んで、セミナーの内容がありありと蘇った。既にあの時点で本書のアイデアの骨格と筋肉がほぼ出来上がっていたことの証であろう。 「説得」ではなく「全員の納得」を目指す。プロセスに手間はかかるが「結果」の質は高いものになり、真の「深い問題解決」を達成することができる。図解修行は面白い。もう少し鍛えてから、仲間を巻き込んで「図解ワークショップでもやってみようか」、とちょっと考えているところである。 --------------------------------------------------------------知的生の技術研究会で再会するのが楽しみだ。
2007/11/24
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勤労感謝の日の今日は、仙台メトロポリタンホテルで行われた教え子の結婚式に招かれた。学生会代表だった宮城大学一期生で卒業時に起業し、現在は株式会社デュナミスの代表取締役として地域で活発に活動している渡辺一馬君の結婚式だ。19歳で入学したのだがもう10年以上たって新郎は29歳の青年になった。お相手は同じく看護学を卒業して看護師として働いている女性。私は新郎側の主賓だったので最初にご挨拶。宮城大学10周年、河北新報の特集企画に登場、建学の仲間、学生会との労使協調路線・大連立、人柄は最大の能力、上から可愛がられる、野田学長、浅野知事、仙台の経済界、化けた、本物の条件、志、仕事量、構想力、仙台・宮城・東北の活性化、宮城大学初の県知事候補、家庭、30代、大化けを予言。乾杯の挨拶は浅野史郎宮城県前知事の奥様で、浅野さんからのメッセージを読み上げて乾杯。一馬君は浅野夫妻のパソコンの家庭教師でもあり、よく出入りしていて可愛がられていた。宮城大学卒業生を中心に構成されたデュナミスの社員、東京から駆けつけた宮城大学の二期生の畠山君、看護学部の教員、新郎の恩人として挨拶した力丸君、その奥さんで私の秘書を6年以上つとめてもらったかすみさん、2歳の怜哉君、、、。終了後、力丸夫妻とゆっくり懇談。
2007/11/23
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ある大学の将来構想委員会の委員になっていて、夜は東京での会合があったので日帰りで東京を往復した。22時20分の最終新幹線に乗って23時59分に仙台駅に着くと、いつもと様子が違う。駅前のタクシープールにまったく車がいない。40分以上待って体が冷えてきた頃にやっとタクシーに乗ることができた。仙台は規制緩和でタクシーが過剰になっており、通常はタクシープールはいつも空車であふれかえっているのだが、違った光景である。バブル時に飲んだあと、タクシーを捕まえるのに苦労したことを久しぶりに想い出した。この日、仙台は雪で夜になって冷え込んで解けた雪で道路が凍っており、車の事故が多発していると運転手さんが言う。冬タイヤに換えていなかったタクシーは危ないので車庫に戻ってしまったそうだ。途中で車が少し滑ったりしながらだったのでいつもより時間がかかった。紅葉の上に雪が積もるという光景はめったに見ることができない。仙台でもこういう事態は通常は12月に入ってからなのだが、今年は冬の訪れが早いようだ。夏の猛暑のあとなので、仙台の町も心の準備がなかなかできていないというところだろうか。写真は自宅のリビングから撮った雪景色。
2007/11/22
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日本ローマ字会という社団法人がある。http://www.roomazi.org/1885年(明治18年)に外山正一らが羅馬字会を組織したことが始まりで創立会では会員数は6876人だった。その後、1921年(大正10年)に日本式ローマ字の実行団体として日本ローマ字会が設立され、田中館愛橘博士が会長となった。1926年(大正15年)社団法人日本ローマ字会となり、1993年に梅棹忠夫先生が会長に就任している。現在は名誉会長。----この会は、日本の将来は国民教育にかかっていることを思い、そしてこの国民教育を高め、また広めるためには、教育の手段である文字を学びやすく、また使いやすい日本式系統のローマ字にしなければならないことを信じて、その日本式系統のローマ字を広めるために力をつくすことを目的とする。(定款第2条)----日本におけるローマ字運動には長い歴史があるが、その主張も時代とともに変化している。梅棹忠夫先生が特にこの会長を引き受けるということだから興味を持って先生の本を読んだことがあるし、先生の考えを講演で直に聴いたこともある。日本文明に興味と関心を持つ外国人は多い。日本について外国語で書かれた本は少ないため、日本語自体を学びたい外国人は多いのだが、漢字の壁がある。日本語は話せるようにはなるのだが、日本語の本を読み、かつ書ける人は非常に少ない。アジア・太平洋州などでは日本語はとても人気があるのだが、壁に阻まれている。このままでは日本文明の未来は暗い。日本で起こっていることや日本人の暮らし方、考えていることなどを世界に知らしめる必要がある。そのためには第二日本語が必要である。それがローマ字式日本語である。これなら外国人でも読み書きができる。幸い、日本におけるワープロはローマ字変換が主流であるから、漢字かな交じりに変換をしなければ、すぐにでも実現可能であり、環境もいい。こういう主張だった。外国人向けの第二日本語をつくれという考え方だ。最初は唐突に感じたが、考え方はわかるし、ワープロの変換の話などを聞くと、なるほどと思う点もある。-------------------------------------今日は雪の予報の中、推薦入試が行われた。宮城大学には県内推薦枠に加えて全国推薦枠があるが、面接担当で11時過ぎから17時前まで、ずっと受験生と向き合った。全国枠では東北近県の受験生も。
2007/11/21
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昨日初雪が降り、また寒波が来くるということなので、朝は行きつけのガソリンスタンドに寄って冬タイヤに換える注文をして車を置いてくる。我が家にある3台の車は今日中に順次交換することになっている。今年は夏が異様に暑かったので、頭が切りかわらなかったが、昨日の雪で冬本番への備えが整った。9時からは毎週行っているホームページの更新の打ち合わせでデュナミスの担当の塩田君(大学OB)とやりとり。大事なデータをあちら側に置く方法を相談したり、プロジェクトをインターネット上で進めるやり方などを検討する。ホームページの更新と新しい企画のために毎週ミーティングをするというリズムが大事だ。9時半からは鈴木秘書と今後のスケジュルの調整やいくつかの意思決定を行う。10時からは4年生の卒業論文の指導。出遅れている学生と面談し励まし段取りを確認し、一日中研究室やラボで検討させる。一人は研究室に現れなかったので、進捗状況を確認できなかったのは不安材料。11時には大学院の修士論文執筆中の院生との論文の吟味とアドバイス。こちらは中国における日系企業のフィールド調査を踏まえての論文だが、だんだん量が増えてきて7合目まで差し掛かってきた。来週には全章が一応形になって出てくるという目安がついてきた。11時半から12時半までは受験生に出すダイレクトメールの編集のための会議に広報担当として出席。こちらは1-2ヶ月かけてようやく8割がた出来上がっているが、デザインや細かい文言、キャッチコピーなどについて発注先と議論し決めていった。来週の広報室ミーティングで最終確認となるが、その前にもう一度現物を確認する必要があるということになった。大事なPRパンフなので気が抜けない。12時半から14時半までは、3年生のゼミ。就職準備の状況確認、留学予定者の今後のスケジュールの確認、そして私の講義などであっという間に時間が過ぎていく。来月の忘年会のスケジュールも決まった。14時半からは研究室に見えた新聞社の女性記者と一緒に学長室へ。広報担当として仕掛けたある大きな企画のプロジェクトが進行中で、今回は馬渡学長へのインタビュー。私も補足説明をしながら一時間ほど大学の説明を行う。終了後、私の研究室にいる大学ゼミOBの岩澤君(同窓会事務局)への大学同窓会設立関係の取材が行われてた。この間、記者に渡す資料の収集をしながら、卒論関係のアドバイス。15時半から再度学長と40分ほどもろもろの打ち合わせ。16時過ぎからは、岩澤君と本のプロジェクトの打ち合わせ、ソフトの使い方講習、研修報告の確認などを行う。想い出してみると、今日は途中で知研の八木さん、関係の業者、東京の出版社、縁のあるベンチャーなどと電話で情報交換やスケジュールの確認をした記憶がある。そして丸善の新しい図書館担当者を連れて店長さんがみえたので対応。スケジュール表を見て思い出したが、卒業アルバムの撮影会があったのだが、行けなかったなあ。ある同僚の先生から、「いつも学内を走っていますね」と言われたが、そういえば小走りに学内を動いているような気がする。18時半に自宅へ。
2007/11/20
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月曜日の授業「人的資源管理」の7回目は、宮城リコーの社長を長年務めた富田秀夫さんをゲストとしてお招きして1時間の講義をしていただいた。富田さんは赤字会社であった宮城リコーを1年で黒字にした経営者。テーマは「人はなぜ働くか」で、手振り身振りを交えての裂ぱくの気合のこもった話に学生たちは真剣に聞き入っていた。終盤には「気」の実演を交えての和やかな雰囲気。終了後に、質疑応答。現場で長く頑張った経営者だけに、本質をえぐった名言が多かった。以下要点。1.会社は社長次第。雰囲気が大切。それは歩くスピードなどに出る。会社説明会では社長自らが説明する。2.向いている仕事なんて存在しない。仕事に自分をあわせるだ。必ず向くようになる。逃げる人は能力を発揮しないだけだ。3.最初から任せてはいけない。最初は強制から始める(礼節、挨拶、、、)。やる気が出てきたら社員を主役にすること。4.リーダーと業績の相関は38%、リーダーと組織風土の相関は90%、組織風土と業績の相関は83%。リーダーが組織風土をつくり、組織風土が業績をあげる。5.摩擦のある集団が強い。業績・仕事・目的中心の仕事をすると、結果として人間関係がよくなる。仲良し集団、人間関係中心の集団が一番弱い。6.遅刻は許さない。遅刻者して出社したものには社長に電話させる。7.嘘をつかせてはいけない8.情報は泥のついた野菜がいい。上司への報告はきれいになって本質がわからなくなる。グループウエアの導入。9.会社の実力はクレーム処理に現れる。上位職がクイックで謝ること。10.褒めて育った人は見たことない。あるレベルまでは叱れ。11.社員のイヤがることをさせよ。させると成果が出る、すると欲がでる。そのとき褒めよ。12.目先の善は将来の悪。目先の悪は将来の善。善人は本当は悪人。13.人は信用していいが行動は信用するな。社員は泥棒と思って悪いことができない体制を整えよ。14.親は敵である。親が甘やかすと逃げの人生になる。親を味方にするために父兄会を実施。15.給料は会社への貢献の一部をもらうもの。かけた時間でもらうのではない。16.外部の敵に滅ぼされるのではない。内部がまとまらず弱いから襲われる。グチ、不平。17.キビキビ、テキパキした職場、目力のある社員のいる会社を見つけよ。18.社長のモチベーションは使命感である。終了後に毎回自由記述のアンケートを書いてもらうことにしているが、働くこと、会社の真実、リーダーのあるべき姿、気迫などに感銘を受けたことが記されたアンケートが多かった。-------------------------------------------------------------------------「ウェブ時代をいく」のことを書いたメルマガの書評が「話題の本情報」に掲載。まぐまぐのジャンル別サイト「本のまぐまぐ」では、「話題の本情報」として、スタッフおすすめのバックナンバー記事を掲載していて、毎週3誌、「これは!」と思ったメールマガジンをご紹介している。このコーナーに2007/11/16(金)~2007/11/22(木)の期間、私のメルマガが紹介されている。http://hon.mag2.com/
2007/11/19
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マーケッティングコンサルタントの谷口正和さんから本を送ってもらったので読んでみた。ある問題意識を持ちながら読んでみて、引っかかったフレーズを並べてみる。それ以外にも脳を刺激するキーワードが満載である。--------------------------------------------・発表の場は、ギャラリーであり、ミュージアムであり、ショップであり、ステージであり、お祭りであり、コンベンションである。コンテストとアワードの時代。・募集と発表を内包したカーニバルのしかけ・クラブメンバーに対してテーマとカレンダーを提示し、それに共感した人に参加してもらう仲間募集型、仲間参加型マーケティング。先行メニューの提示による予約。・町人文化は江戸の文化文政時代(1804-1829年)に爛熟した。・時間資本主義(タイム・キャピタリズム)の時代。・きっかけと仲間・モチベーションによって時間の質が変わる・素敵な舞台に立てば、だれでもおのずとモチベーションが上がる----------------------------------------------------------------体験、学習、二十四節気、ご当時、時間のショートカットとリダンダンシー、シーズン、継続性の価値、時間の濃淡・緩急・粗密、大事なことは時間をもっと短くすること、経験時間を買う、時間革命、生涯時間割、生活文化カレンダー、センチュリアン3万人時代、テーマ・イン・テーマ、方法論としての健康法、クリエーターとコレクター、体験学習が最大の学習市場、伝承に値する存在、限定に値する独自性、地球時間、命の旅人、旧暦時間の持つ生命とのリンク、ライフスタイル発想、ビジュアル・コミュニケ-ションの時代、、、。
2007/11/18
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母が来ているので松島のホテル一の坊で牡蠣料理の昼食をとり、そのホテルの敷地内にある藤田喬平ガラス美術館を訪問する。帰りに塩釜神社にも寄った。どちらも結婚式が多かった。藤田喬平ガラス美術館は、松島の海のほとりに建っていて、ここから眺める海は実にすばらしい。1921年生まれの藤田は1976年に日本ガラス工芸協会会長に就任するが、その翌年の1977年にはイタリアヴェネツイアに渡りガラス制作を始める。このとき、56歳。「すかっと抜けた地中海気候のヴェニス。同じ赤、同じ青でも、鮮やかさが違う。自分の色でも日本ではとても使えない色が、割と楽に使えるということがある。」と述べた藤田は、「ベネツイアの恋」などベニス花瓶などの新作レース文様ガラス器を次々と発表して新境地を開いていく。その後、68歳で恩賜賞、日本芸術院賞を受賞、76歳で文化功労者、81歳で文化勲章と進んでいく。明らかにベニスでのガラス制作が藤田を大きくしたのだが、この56歳という年齢に興味を覚える。企業勤務の場合、56歳という年齢は役職定年という時期である。この時期から一念発起してイタリアのベニスに住み、美校時代から日本の琳派にあこがれた藤田は、独特の飾ばこ(藤田のドリームボックス)と命名した美しい作品をつくって世界の耳目を驚かしているが、その過去の自分の殻を破っていく姿には感動を覚える。藤田も中年の危機をこのようにして乗り切って高みに登っていったのである。「美というものに対しては日本も外国もない。「美しいものは美しい」という見方があるんだよね」「ヴェネツイアと松島は似ている。この水と緑の風景は日本における私のライフワークの源である」今度の訪問で4回目になるが、そのつど気づくことがある。訪れた時の年齢や心境が新しい事実を発見させるようである。------------------------------
2007/11/17
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大切な提言であると思うので、要点を私なりに整理して書き留めておく。---------------------------------------------------------------2005年11月にでた「国家の品格」がベストセラーになった藤原正彦が文芸春秋12月号に「教養立国ニッポン」という論文を書いている。サブタイトルは「経済至上主義では人心乱れて国滅ぶ。再生の道はひとつしかない」とあり、救国の提言として教養立国を論じている。「格差社会の本質は、国民の大多数が属すべき、勝者でも敗者でもない中間層が薄くなりつつあることである。中流が壊されて下流へ向かっているということであろう。社会から中流をなくしてしまうような経済学は、どのような美しい論理でかざっていようと誤りである。」と喝破した藤原は、構造改革がもたらした問題を、経済至上主義の蔓延と日本人の祖国に対する誇りの喪失と説明している。「たかが経済」と考え、誇りを取り戻そうと主張する。その妙手が「教養主義」の復活であるという。そして文化、芸術、学問などの総体としての教養というものの大切さを5つ挙げている。1.教養は大局観や長期的視野を育てる。 今や第一権力となったテレビの言うことをそのまま信じるようになったのは 国民の教養の不足が主たる原因である。2.教養は人間的魅力を高める。 明治の目覚しい成功は明治人の教養を抜きに語ることはできない。 エリートの教養低下こそが、我が国の迷走の原因である。3.教養は日本の国柄である。 日本人の教養水準や文化水準の高さのために日本は植民地にならなかった。 国民の教養や道徳の高さは国の防衛力とある。4.教養は充実感と愉悦を与える。 教養獲得のための主たる手段である読書は時空を越える愉しみでもある。5.教養は誇りである。 豊かな経済を得たとしても誇りにはつながらない。 世界が尊敬するものは、道徳や教養、そしてその国の産んできた文化的遺産などだ。 その文化遺産に触れることが大事だ。経済は豊かな社会を実現するためのもので、そこで得られた自由と余暇を文化、芸術、読書、学問という個人の教養の充実に向けるためのものである。教養主義の復活が国を救う。-----------------------------
2007/11/16
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人物記念館をキーワードにアンテナを立てていると、面白い情報が飛び込んでくる。日経新聞のアート探求面に「奇縁まだら」という連載がある。画は横尾忠則。瀬戸内寂聴が書いていていて、松本清張、今東光、遠藤周作などの人たちとの交流を描いており、なかなか面白い。作家たちの人間味に興味が湧く。11月10日の45回目は水上勉の話だった。著名で男っぷりがよかったから女優たちにもてたという話題のあと、「若州一滴文庫」について触れている。水上が故郷の若狭に私財を投じて建てた文庫で、故郷の田園のど真ん中に広い敷地を買い取り、自分おの集めた本や資料、自著や生原稿のすべてを収めているそうだ。それをふるさとの子どもたちに「本を読め」という思いをこめて贈った。私家版の水上勉記念館である。新幹線に備え付けのマガジンにも情報がある。先日、新潟県上越市にある川上善兵衛資料館の記事を見つけた。明治元年(1868年)生まれの川上は「日本のワイン葡萄の父」と呼ばれる存在である。かねて親交のあった勝海舟の私邸で海外の香り高いワインと出合ったことが、葡萄栽培とワイン醸造に目を向ける契機となった。この人は朝晩、正座してワインを飲んだと伝えられる。JR信越本線・高田駅からバス。こういう記事や情報はそのつど切り抜いてためていて、旅行の参考にしている。まだまだ人物記念館の旅は続きそうだ。
2007/11/15
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彼がその世界観・宇宙観を示そうとしたものが、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅という二つの曼荼羅であるとすれば、それぞれが時間と空間の二つの相を描き出して全体性の中で自らを位置づけようとする世界表現である。この表現、よく考えれば、現在流行の「図解の技術」であり「可視化」である。曼荼羅の前に立ち、深呼吸して中心にある大日如来と自らを一体化させる意識の中で、生きる力と可能性を躍動させる仕掛けは感動的でさえある。-----------------------------------------------------------------文章中の「彼」とは「空海」であり、この文章を書いたのは畏友・寺島実郎である。先日、寺島に会ったとき、「高野山大学夏期講座で講演をした時、曼荼羅を見ながら君を思い出していたよ。これをやっていたのか」と言われた。「よくわかりましたね」と返事をしておいたが、それがこういう形で文章になっていた。
2007/11/14
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近年の「総表現社会」ではエリート1万人、大衆1億人という構図ではなく、この間に「多様で質の高い」中間層がいて、その数は1千万人と想定している。この層は国民の10%前後で構成されていて、日本の持つ厚みは世界一優れたものだろう。今まで大衆の中に埋没していた中間層にとっての新しい可能性の出現が本当のありがたみだとういある女性の感想は、自分の問題意識に合致する。この梅田の観察は、この中間層は中学高校時代には五十人のクラスの中に5人から10人のたいした人物がいたというクラスの構成が根拠になっている。その人たちがネットという新たな武器を持って発言し始めたというわけだ。私は九州の6-7万人の市で高校時代までを過ごした。都市化が進む前だから当時の日本の平均的モデルと考えてもいいのだろうか。中学校では人数が多く教室は満杯だった。確か55人クラスで1学年7クラスあったと記憶しているから同級生は385人ということになる。当時は「成績」が常に話題の中心だった。今では考えられないが擬試験の順位を1番からビリまで全員廊下に貼り出したりしていた。こういう状況だったからすぐに成績でグルーピングする癖がついてしまったようだが、「たいした人物」を成績であらわすことを許してもらいたい。エリート1万人は少なすぎるから、ここではエリートを1%とすると全校で5番以内、10%は50番以内だからクラスで5番から10番ということになる。中学時代の友人の顔を思い浮かべると、全校5番以内のエリート(つまりクラスの1番)は尊敬を集める秀才であったし、クラスの上位一桁も確かにひとかどの人物であった。自分の狭い経験から考えると、成績でいうと全校1番(1%)、クラス1番(3%)、クラス上位一桁(9%)、普通(81%)、それ以外(6%)という構図がイメージしやすい。この割合を示す数字はマーケティング活動の中で手にした数字を援用している。時代の変化の兆候にいち早く気づき果敢に発言してきたのは全校1番レベルのひとであった。この人々はリアル世界や活躍している人々だ。次のクラスで1番というグループは比較的早い時点でその兆候に反応でき、発言する機会もたまにあるという層だ。クラス一桁の人は時代の変化の流れを具体的な場面でつくりだす役割を担ってきた。ウェブ時代でいち早く頭角を現したのはこのクラス1番の層(3%)であり、それに続いてクラス上位一桁の層(9%)が発言を始めたということかも知れない。そう考えるとこの中間層にも二つのグループがあり、前者が引っ張り、多数の後者のグループの参加によってネットの世界が豊かになってきつつあるということになるかもしれない。この二つの層を「知的中間層」と呼んでみたい。知的中間層についてはまだ分析が必要だろうが、知的中間層の厚みがウェブ時代を切り開く鍵になるということは間違いない。-------------------------------------------------------------------------台湾から拙著「VISIOでマスターする 図考プレゼン実践の極意」(アスキー)の翻訳本が届いた。装丁が立派だ。タイトルは「図解王」に意訳されていて驚いたが、企画王、分析王、配色王という「王的系列」の一部を構成しているらしい。台湾の翻訳本は漢字を見ていると内容は理解できる部分もある。中国本土での翻訳本は略した漢字なので少ししかわからない。韓国での翻訳本はハングル文字なのでまったくわからない。幸い私の著書には図解が多いからそれでも雰囲気がわかるのはありがたい。
2007/11/13
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梅田望夫は、「構造化」に関して次のようにも言っている。「特に「けものみち」においては、自分が興味を持って考えているもやもやとしたことを、相手に合わせてわかりやすい形に構造化してコミュニケーションする能力が重要になる。」「そんな構造化能力、コミュニケーション能力は、このオープンな知的生産プロセスで磨くことができると思う。」(161-162ページ)「構造化能力」「コミュニケーション能力」に関して、少し深堀りして私の考えを少し述べてみたい。--------------------------------------------・文章の最大の特徴はごまかしがきくことだ新聞や雑誌、書類、社内文書、電子メールなど、多くのコミュニケーションの場では、現在、文章が主体になっている。学校教育で身につけたのは、こうした文章によって表現、伝達する方法だが、果たして文章はそれほど完璧な表現や伝達の手段なのだろうか。通常、文章を読むとき、書かれた文脈に沿って読み進めていく。これは書き手の思考の流れをなぞっていくことだ。ものの考え方は人それぞれ違うから、他人の思考様式に従うと、自分の思考を自由に働かせることができなくなる。何か納得できない、釈然としない感じがすることも多いまた、さらに、新しい言葉の定義や関連した事柄の説明が入ると、話が脇道に逸れてしまい、文章自体の見通しが悪くなる。実際の物事は立体的だから、文章ではそれらをすべて文脈という一本の線の中で表現しなければならない。書き手はさまざまな接続詞やレトリック、「てにをは」の使い方などに十分に気を配りながら、何とか物事の構造や因果関係、時間的な流れを表現しようと努力する。しかし、それを一目瞭然、一瞬にして全体像を掴めるようには、文章ではできないのだ。文章は、例えば地図のように物事の位置関係を表すことが苦手である。言葉で伝えようとすると大変なのに、ちょっと見取り図を描くと簡単にわかってしまうというような経験は誰にでもあるはずだ。確かに文章でしか表現できないこともあるのだが、不得手な分野もある。また、文章は複雑で見通しが利きにくいため、矛盾があったり、曖昧なままでも、書いた本人が気付かない、あるいは、ごまかしてしまうことがある。つまり文章によるコミュニケーションでは、書き手もよくわからないまま文章を書き、当然、読み手はなおさらわからない、ということが起こってくる。ワープロやパソコン、電子メールやインターネットの発達で、文章情報の量は飛躍的に増えているが、その反面、誰もが手軽に発信できるだけに、内容がよく吟味されていない文章もたくさん出回っている。意味が曖昧だったり矛盾した文章が出回り、それが誤解され、未消化のままどんどん伝えられてしまう。・箇条書きは思考を停止させる文章は長くなるから、この問題について1,2,3と大事なところを箇条書きにしなさいと小学生の頃からそう言われてきた。会社に入るとなおさらだ。長い文章なんて忙しくて読めない。箇条書きにして出せという。上司は文句を言って、これでは足りない、あと2つあるとか言ってつけ加える。問題をしぼりにしぼって3つ箇条書きにしたのに勝手に2つ加えてしまう。そうしたら体系が変ってしまうのだ、そんなことには誰も頓着しない。箇条書きは考えなくてすむ仕掛けである。箇条書きというのはキーワードを並べただけだ。世の中には箇条書きのままで成立しているものなどありはしない。どんな問題でも立体的にできている。そういうものは箇条書きで表せない。全ては構造と関係で成り立っている。部分と部分はつながり相互に関係しあっている。ゼロサムであったり、相乗であったり、連関であったり、二律背反であったりする。だが、そこまでは考えない。とにかく箇条書きの企画書なり報告なりを受け取って満足している。それでわかったような気持ちになっている。日本人が特に構想力やディベートに弱いのは箇条書きが原因である。私たちは箇条書きには慣れている。箇条書きは善ということに刷りこまれてしまっている。箇条書きにするなと言われても必ず箇条書きになってしまう。だから自分で書いた箇条書きの1項目と5項目との関係は何かと聞かれても説明できない。箇条書きというのは、まず大きさがわからない。たとえばABC三つあると、どれがいちばん大きいかわからない。AとBは重なっているかもしれない。3番目のCがAに影響を与えている可能性もある。つまり物事の構造や関係を表すには箇条書きは不適なのだ。箇条書きはそういうキーワードがたまたま出てきただけで、それを並べただけにすぎない。大事なことはキーワード同士の関係がどうなっているかということだ。したがって文章を箇条書きで書いた本社の通達文などは、現場はよくわからない。なぜなら、書いた本人が深くわかっていない可能性が高いからだ。そういう人が書いたものがどうして現場でわかるだろうか。しかしこの箇条書き思考はなかなか直らない。千年以上の伝統があるからだ私たちの頭の中には何でも同じように並べる癖がある。そういうDNAになっているのだ。・図解コミュニケーションコミュニケーション活動の活性化のためには、コミュニケーションスタイルについての吟味が必要である。ものごとの全体像と部分同士の関係をつかむことができる「図解コミュニケーション」(私の25年以上前の造語)という思考法、コミュニケーションスタイルをもっと活用すべきだと思う。文章至上主義ではあちこちに出現する信号機や不意の落石によってスピードが大幅に減速される。文章コミュニケーションが時速30キロなら、図解コミュニケーションは100キロ以上の猛スピードで情報を運ぶことができる。 全体の構造が見える、部分同士の関係がわかることを特徴とする図解は、合意形成の武器として有効だ。鳥の目で空から問題を見る、つまり鳥瞰することが大切だ。正確である必要は必ずしもない。個々の情報が入っていて、位置関係も大まかにつかめることが重要だ。地図という言葉は、地の中に図が浮かび上がってくるという意味を持っている。人間は頭がよくないから、直接、地を見てもわからない。だから浮かび上がってくる図を見て考えたり、議論することが必要になる。全体は部分に影響を与えながら全体として存在し、部分は全体に影響を与えながら部分として存在している。全体と部分が相互に交流をはかりながら全体としてバランスをとっている様子を表現したものが図である。図はまず大きい輪郭を描いて、そのなかを部分で埋める。またその中の部分をまた小さい部分で埋めていく作業をする。この作業を始めると考えることが延々と続く。そして図にできあがったとき、不思議なことに人に説明ができ自分に気づく。図に描いて説明するということになると、自分の知識を加えながら、自前で説明することになる。-----------------
2007/11/12
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梅田望夫は20年近いコンサルタント業の中で、大企業で働くビジネスマンを観察し続けてきた。この本では「高速道路」の延長線上の高く険しい道と歩く人の少ない「けものみち」という比喩で組織と個人を語っている。梅田自身は大組織で働く適性がないと判断し、けものみちを歩んできて今日の高みに立っているが、「日本株式会社」のメインプレイヤーを見つめる目は冴えている。大企業では「30歳から45歳」の15年のすごし方が大切であると語っているが、そのとおりだ。大きな組織では20代はまだ何者でもない修行の身であるからさほど深刻ではないが、30歳を迎える頃には何かをこの組織で為したいと希望している「志」ある若者は、自らの適性と専門性の構築についての悩みに襲われるケースが多い。だが自ら就きたい部署に配属されることは希でその時点での毎日の仕事と自分の意識とのずれに苦悩しながらハードワークを重ねるという人が多数である。30歳から45歳という「魔の15年」をいかに過ごすかによって自らの将来が大きく左右される。この時点で遠い未来を考えずに目の前に与えられた小さな問題を心を込めて一つ一つ解いていくという心構えを持って、仕事に精を出し続ける。そうするともう少し大きな問題が与えられる。それを解くとさらに大きな問題を提示される。大きな組織においてはこの連続の中で人は育っていくのである。そして40歳を迎える頃になると重要な部署で仕事をしている自分を発見することになる。梅田のいうように大企業は巨大な社会であり、舞台が大きい。この大舞台という大空間の持つ利点は大きな人物に育つ可能性があるということでもある。大組織はどのような分野であれある分野の最先端を走っているものだ。先頭ランナーは時代と並走しているから「見晴らし」がいいのである。大きい魚になる近道は大きな川に住むことである。大組織においては魔の15年を息せききって登りきって40代半ばを迎えた人は、見晴らしが一気によくなる。その人は眼前の細く厳しいルートを登っていくことができる資格を持つことになる。一息ついた後そのまま頂上に向けてアタックしていくこともいいだろうし、それまでに蓄えた力を携えたまま他の山に登る道に逸れていくことも可能になる。さて、梅田は「大組織で成功できる要素」として7項目を挙げている。1.自分の生活や時間の使い方を「未知との遭遇」として楽しめる2.与えられた問題・課題を解決することに情熱を傾けることができる3.何を為すべきかへのこだわりがあまり細かくなく一緒に働く人への好き嫌いが少ない。4.ルールを与えられるとすぐに習得してその世界で勝つことに邁進する5.多くの人と力を合わせて大きな仕事をしようとするチームプレイヤーである6.長時間長期の「組織へのコミットメント」をいとわず、それを支える持久的体力がある7.組織や仕事への使命感のほうが、個の志向性よりも価値が高いと考えるいくぶん大組織の中で活躍する人々の姿を戯画化している面もあるが、この観察にはほとんど同意する。こういう人であれば間違いなく重要なポジションにたどり着けるだろう。確かにそのとおりなのだが、外面的にはそうでも「使命感」と「個の志向性」の相克にフラストレーションを感じたり、人に対する苦手意識に毎日悩んだり、長時間労働と家庭の調和に苦しんだりしていることは指摘しておきたい。そういったことに何とか折り合いをつけて仕事に励んでいるのである。梅田の目線は大組織適応性の不足する自分と同じ志向性を持つ若者に注がれている。ウェブ進化は大組織というリアルな大空間に生きる人にも恩恵を与えるが、それ以上に日本の息苦しい風土の中で生きにくい若者に大きな空間を与えるから、今までより大きな可能性が開けている。だから若者は当面は新時代の情報技術を武器を携えてサバイバルを目標とし、生涯を通じて好きを貫けとアドバイスする。今まではけものみちを歩くには勇気と諦念と努力が必要であった。しかしいまや高速道路を走る力も手に入れているし、けものみちを歩む道もあることがみえてきた。可能性が大きく広がったということだろう。こういった時代にあっては人生の経営資源の最上位に「時間」がくる。自分の関心を持つテーマに没頭できる時間を多く持ち、脇目をふらず労力を注ぎ込むことによって、個人にとって新たな地平が出現するという可能性が開けてきた。大組織適応性の高い人もそうでない人も、そういった資質の多くは「性格」によっている。「心構え」と「心がけ」に重心があった働き方、生き方論にも、「性格」という要素をもっと加味して考える必要がある。この点も深堀りしたい点である。(続く)
2007/11/11
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梅田望夫の最新著「ウェブ時代をゆく」(筑摩新書)を読んだ。梅田の「ウェブ進化論」「フューチャリスト宣言」はそれぞれ刺激的だったが、この本はIT技術革命の時代にあって若者は「いかに働き、いかに学ぶか」をテーマに書き下ろしたものである。話題となった「ウェブ進化論」に関する書評や感想を2万近く読み、ノートをつくり、フレーズを抽出しするという営為に1000時間以上の時間と労力をかけた上で、出来上がったのが本書である。ウェブ時代ならではの本の書き方である。「ウェブ時代をゆく」は重要な書であるので、何回かに分けて私の考え方とシンクロする部分を中心に自由に書いていきたい。梅田は本書の冒頭で「1975年から2025年までの半世紀」は、百年後に「情報技術(IT)が世界を大きく変えた時代」と総括されるに違いない、と喝破している。この書はそういった時代に生まれた新しい世代に向けた激変期のサバイバルの書という性格を持っている。私は1950年生まれだから、この歴史的な転換期である半世紀は、ちょうど25歳から75歳までの期間にあたる。前半は大企業の中で仕事をし、47歳ときに転身し今は大学で教鞭をとって10年たった時点にいる。大人になってからの50年間はIT革命の夜明けから成熟までの期間ということになり、実に得がたい経験をしているということになる。この書は若者にまずレベルの高いウェブリテラシーを身につけよとアドバイスしているが、私自身の働き方、生き方を考えさせるものを持っている。私たちの世代もIT革命の世界をつくりあげる側に立つことはかなわないが、その新しい世界の黎明期、発展期の成果を使う側として楽しみながら伴走することはできそうに思う。さて、梅田は「Vantage Point」(シリコンバレーの投資家ロジャー・マクナミー)というキーワードを「見晴らしのいい場所」と説明している。分野の最先端で何が起きているかを一望できる場所に立てとのメッセージである。私も「見晴らし」をテーマとした本を書いていることもあり(「見晴らしを良くすれば仕事は絶対うまくいく」(実業の日本社)、同感する。日本海軍の艦長はその艦で最も高性能の双眼鏡を持っていた。それは戦況の確認や決断を迫られたときに、リーダーという重責にあるものは、最も「見晴らし」がよくなくてはならないという考え方の反映であった。優れたカメラマンと一緒に旅行をしたことがある。同じ行程を歩んでいるのに、彼の撮った写真は皆より抜きん出ていた。バスに乗るときはドライバーの真後ろに陣取る、史跡を訪ねるときは、ちょっと小高くなった場所でシャッターを押している。面白い構図が生まれるし、シャッターチャンスも逃さない、したがって、優れた写真が出来上がるというのがその秘密だった。職場の風景を見てみよう。係長は平社員より、課長は係長より、部長は課長より、見晴らしのいい場所に机を置いている企業が多いはずだ。上司は山の7合目にいる、部下は3合目を登っている。状況認識が異なることがよくあるのは、見ている景色が違うということである。見晴らしの悪いブッシュの中を悪戦苦闘しながら一歩づつ歩を進めている部下が見る景色と、7合目から見える景色はまったく異なっている。見晴らしがいいポジションにいると状況が人よりよく見えるから、判断が正しくなる可能性が高くなる。つまり位置取りが大切なのだ。同じ能力なら、位置取りしだいでより高い見晴らし台を手に入れることができる。その経験がさらに高い場所へと人を誘導するのだ。優れたリーダーと接していると「見ている景色が違うなあ」と感心させられることを経験している人も多いだろう。彼は高いところから問題を眺めている。こういう視点を持った人は、役職に関係なく、ごく自然にリーダーに押されるはずだ。リーダーとその他のフォローワーの違いは何か。それは、見晴らしである。見晴らしのいい場所に立つ、これがリーダーになるための心構えである。日本には鳥瞰図絵師という名前の画家がいて、日本各地の風景をまるで鳥が空から見たように描くことができた。見晴らしがいいとは、その鳥瞰図絵師たちの視点を持つことだ。また、梅田は「構造化」というキーワードに関心を寄せている。ルポライター沢木耕太郎の「見知らぬ土地にでかけてたくさんの見知らぬ人に話を聞き続ける行為」と「「その結果を構造化しようと苦吟する過程で発揮する創造性のようなもの」という言葉や、今北純一のバッテル研究所での仕事が「「見知らぬ人の話を聞き続ける」ことから始まり、「思考の構造化」に終わる」という言葉に惹かれている。最近「構造化」という言葉を色々な場面で聞くようになった。地域活性化の専門家は「現状を構造化して理解していくべきだ」と言っているし、学校の教員は「知識を構造化して教える必要がある」と語っている。また知の総本山を自認する東大は「知の構造化」という旗を立てて改革に邁進中である。確かに箇条書きで知識の断片を平面的に並べてきたのが、私たちの社会のやり方であったから、その断片同士が織りなす構造はどのようになっているかという観点から吟味をする習慣を持つことは意味があると思う。構造化とは部分同士の適切な並び方を考え、大小を吟味し、立体的な形に転換し、ある世界を筋道のたった解釈で説明することだといえるだろう。そういう意味では、日常目にする契約書は条文が箇条書きで平面的に整理されているともいえるし、社会の基本的なあり方を示しているとされる法律も、現実の社会が立体的であるほどには構造化されてはいないのである。知識は構造化の努力によって一段と高いレベルに達するであろうことは間違いない。しかし、この構造化という作業によって完成された知識の体系は、それなりの硬度を持って存在することになる。組織の構造、契約の構造、改革の構造、政策の構造、、、。こういった構造化された世界はその段階で固まって環境の変化に応じて柔軟に変化することが難しくなる。実は構造化の先には時間軸での変化や深化という世界が待っている。ここで役に立つのは「関係」という視点である。関係は常に変化する。あらゆるものは変化の途上にある。関係の整理、関係の再構築、関係の是正、関係の修復、関係の創出、という言葉を並べてみるとわかるが、構造という言葉には静的な響きがあるのに対し、関係は動的な概念である。一瞬手にしたと見えた構造はその時点から現実から揺さぶられる。ある瞬間の関係の束としての現実は、環境の変化しだいでいかようにも変容する。例えば、細分化された分野のある時点での全体構造は示すことができるが、分野同士の関係は常に変化、深化していくから、全体図としての鳥瞰図は進化し続けていかざるをえない。構造化という静的な知識の体系の構築を土台に、関係という動的でダイナミックな視点を持ちたい。そもそも関係という概念には構造を含んでいるのだ。関係は大きくしかも柔らかい概念なのである。私たちは「関係」という視点を持ち続けていくことでビジネスでも豊かな実りを手にすることができるだろう。(続く)
2007/11/10
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NPO法人知的生産の技術研究会のHPのトップページの中央部分を切り取ってみた。http://tiken.org/掲示した部分は中央のメイン部分だが、この中央メイン部分の左には「お知らせのコーナー」、「最新のセミナー」、「知的生産の技術図書館」などが並び、右には「会員からの情報発信」(知的生産・著作・ホームページ・メルマガ・ブログ)、「会員のブログ」などが並んでおり、左右の部分は日常的に動きがある。掲示した中央の部分で日常的に動きがあるのは、真ん中の「知研サロン」でここは会員や非会員の交流の場である。「普及」「技術」「組織」という3つの大きな輪では、このNPOの過去と現在がわかるようにしている。周辺に人の名前が数十人挙げてあるが、これは今まで講演していただいた方々の一部だ。過去数百人の講師に出講いただいたが、現在も健在で活発な活動をしてる方でこのNPOに近い方をを掲載している。この中に黒文字の方と青文字の方がいるが、青文字の方はご自身でホームページを運営していたり、ブログをお持ちで更新を続けている方々だ。それ以外の黒文字の講師は、アマゾンの著作にリンクしてみた。縁ができた先生たちの活躍の様子や本など知的生産の最新状況がわかるので楽しい。HPの情報というのは、データベースとしての充実やセミナーの情報など、会を運営を担う人にもっとも役に立ち、それが会員のためになり、そして結果的に会のPRになっていくというサイクルにするのがいいと思う。
2007/11/09
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このところ雑誌の取材が多い。メディアからの取材は一方的にこちらから情報を奪われる感があるから、最近は編集者やライターの経歴や、雑誌業界・出版業界の動向、読者の変化、売れ筋などを聞き出すようにしている。世の中の動向の取材である。写真を撮られるから逆に取材者をデジカメで撮るようにもしている。今日も編集者、ライター、カメラウーマンが現れたので、逆取材を敢行し、写真におさめた。雑誌などの取材申し込みは出版した本がきっかけとなっている場合が多い。今から出る雑誌や本の取材が数本あったが、そのきっかけは「図で読み解く!ドラッカー理論」、「残業はするな、前業をせよ」、「図で考えることができる人、できない人」などだ。今日の取材は、「前業」本の内容だった。----------------------------------------- 「朝に勝つ!」というタイトルの特集です。朝に勝つことが人生の勝利につながる、ということを改めて伝えたいと思います。特にビジネスの面で、朝を有効利用することのメリットについて、お話いただければと考えております。-----------------------------------------「第三文明」という雑誌はある宗教関係の雑誌だが、聞くと30万部以上の発行部数で驚いた。先月号では、鎌田實、西木正明、西垣通、中井貴一、カンサンジュン、などが出ていた。このところの特集を調べてみると、「スピリチュアルを考える」「本音で深める人間関係」「教えること、伝えること」「粘りの技術」「勝ちぐせをつける」「自然の力」「時間を生かす」「伝心力 語るが勝ち」「目標の極意」「勝ち論」「ハートの鍛え方」「親孝行してますか?」だった。一般の雑誌とそう大きくは違わない。今までいくつの宗教関係の雑誌の取材を受けたことがあるが、特徴は取材者の服装と礼儀である。身奇麗なスーツ姿で現れ、礼儀正しく取材していく。一般のビジネス雑誌とは違う。
2007/11/08
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水曜日なので会議が多かった。9時から総合情報センター会議。12時から総合研究の学生対応。13時から15時半まで法人化説明会。16時から19時まで学科会。13時からの法人化説明会には三学部のほとんどの教員が集まり、学長以下法人化担当者、及び県からの説明を聞いた。21年度の法人化に向けて、基本説明、組織運営、人事労務、財務会計、目標評価、今後のスケジュールなどが説明された。今年度末には、評価委員会条例の議決、定款の議決などが予定されている。説明終了後の質疑では、就業規則など身分や勤務関係に関する質問も多かった。
2007/11/07
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「はてな」の近藤社長が自分の会社のブログに慣れてしまって使い勝手の悪さが目につかなくなってしまったので、改めてユーザビリティ調査を行うことにしたと言っている。使い慣れたものはすでに構造や関係が頭の中にビルトインされてしまうので、初心者の戸惑いに気がつかなくなる。こういうことはあらゆる世界で日常起こっている。使い慣れている人たちにとっては、当然の了解のある前提ともいうべき知識やコツであるが、初めての人は最初の入り口で戸惑ってしまう。専門家は説明をするときに、最初に言うべき重要なポイントをかならず省く。専門家はいきなり核心から説明を始める。だからあらゆる専門家の言うことには腑に落ちないことが多くなる。釈然としないまま反論もできずに聞くことになってしまう。説明している専門家は相手が何がわからないかがわからないから、きょとんとしているか、相手を軽蔑する。だから企業もお客様からのクレームが成長のための貴重な資源となるのである。素人への説明は常に大枠、前提という暗黙知から出発しなければならないのだ。このことを忘れている人や企業のなんと多いことか。パソコンのマニュアル、家電の説明書、生命保険の仕組み、社内の他部門の技術者の説明、ホームページなどへの書き込みのやり方、ソフトウェアの使いかた、、、、。私のホームページ(図解ウェブ)にもそういうところがあり、気がついた都度こまめに直すようにはしている。しかし営業サイトではないのであまり深刻には考えていない。オーナーである自分のためのサイトであると考えているので、自分が使いやすいようにという一点から日夜磨いている。過去の著作を表示するコーナーが久恒啓一・図解Webにある。(http://www.hisatune.net/ 画面右の著作集のコーナーの時系列)その著作をどのように並べてきたかというと、発刊日順に背表紙を見せて並べるというやり方をとってきた。このアイデアは気に入っていた。ところが一列に並べていたのだが、冊数が多くなり一列での表示ができなくなってしまった。そこで、3段の本棚にして、背表紙を並べるというやり方にしてみた。こうすると一画面で見ることができるし、印刷時もA4一枚におさめることができる。当面はこの問題は解決したが、さらに増えてくると次の解決の方法を考えなければならなくなるだろう。ホームページやブログにおいても毎日が問題解決の連続だ。→久恒啓一図解Web 著作のページはこちら
2007/11/06
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愛知県春日井市の財団法人かすがい市民文化財団の女性が二人で大学にみえた。12月16日に行う第9回自分史シンポジウムの打ち合わせが目的である。担当者は熱心で感じがいい。この町は書で有名な小野道風を記念した道風記念館を持っていて「書のまち」としてまちづくりを行っていることからわかるように、書くということに抵抗の無い市民が多く、自分史がブームになっている。書の世界では、平安初期に唐様で書いた三筆(空海、橘逸勢)に対し、平安中期には和様といわれた穏やかな書体で書いた三跡(道風、藤原佐理、藤原行成)がおり、道風は和様の大成者である。小野道風を顕彰した春日井市道風記念館には今年2月に訪れたことがあった。聞いてみると平成10年に市制55周年を記念して全国自分史フォーラムを開催し、以後毎年「自分史」をテーマとしたイベントを開催して実績を積み上げてきている。過去の講演者をみると、藤本義一、色川大吉、内藤洋子、金田一秀穂などの名前がみえる。春日井市は名古屋に通うビジネスマンが多く住んでおり、今回の企画は団塊の世代をターゲットとしている。今年の自分史シンポジウムは「旬は、今」というテーマで行われる。12月6日(日)------------------------------11時-12時 オプションイベント 「ライフデザインへの大いなるヒント--人生を訪ねる旅から」 講師 久恒啓一13時半-16時 第一部 ディスカッション「人生を味わう--自分再発見」 ナビゲーター 久恒啓一 第二部 講演「生き方雑記帳」 講師 山本一力申し込み:11月15日から参加無料送付先:かずがい市民文化財団「自分史シンポシジウム」係 FAX0568-82-0213-----------------------------以上が次第であり、私は講演とディスカッションのナビゲーターという役割である。「図で考える40歳からのライフデザイン」、「能率手帳でえがくビジネス自分史」、「自分史でひもとく0代からの自分発見ノート」などの本を出していたり、大学の授業で「自分史」を学生たちに書かせていたりすることで、「自分史業界」には縁があり、声がかかったものだ。講演では「人物記念館の旅」で得た偉人の生き方から学ぶ団塊世代に向けた大いなるヒントの提供、そしてディスカッションではインターネット時代の自分史のあり方についての斬新な提案をしてみたい。
2007/11/05
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日曜日はスイングアカデミーというゴルフスクールが主催するラウンドレッスンに参加した。松島チサンカントリークラブ大郷コースで、スクールの先生がついてくれて、ラウンド中に一人ひとりにアドバイスをしていただくというレッスンで、実地で状況に応じた指導があるから納得することが多い。天気もよくて、紅葉を楽しみながら4人の参加者と先生と回った。初対面と思しきゴルファーが二人、私のゴルフの師匠の富田さんと私というメンバーである。一緒に回る人とはラウンドを重ねながら少しづつゴルフの話をしたり、世間話をしながら仲良くなっていくのが通例だ。牡蠣フライ(松島産)などのバイキング料理を食しながら話が弾んだのだが、一人は私が時々通っている耳鼻咽喉科の病院の先生であることが判明した。私は毎年春の季節に数回診てもらっているが、今日はゴルフの服装なのでわからなかった。世間は狭い。私も一応大学の先生でもあり、互いに先生と呼び合いながら午後のレッスンを受けることになった。ゴルフスクールの先生、私のゴルフの先生(師匠)、私の通う病院の先生、そして大学の先生というように、先生だらけになってしまった。スクールの先生には「先生」と呼びかけながら教わるし、ドクターには「先生」と呼びかけながら医療の質問をするし、富田さんは私のことを「先生」というし、ドクターも私のことを「先生」と呼ぶという妙な関係になって、ゴルフレッスンとしては珍しく「先生」だらけになってしまった。しかし、結果的に生徒である3人の先生たちのスコアは芳しくなかった。師匠はフォーム改造中でうまくあたらない。ドクターは座って診察をするのが毎日だから健康維持のため休日はコースにでるという生活のようだが、いい時と悪い時がある。私は金曜日の夕刻にフォームを矯正してもらい希望を持って臨んだのだが、身についていないことが判明した91・100・108というのがそれぞれのスコア(誰がいくつかは想像してください)だが、各人とも不満と課題が残るスコアとなった。終わった後、クラブでスコアの確認をしているとき、互いに先生と呼び合いながらあまりよくないスコアを申告しているさまを事情を知らない人が見たら不思議に思うだろうなと苦笑してしまった。16時過ぎに車で帰ったのだが、途中でラジオで民主党の小沢代表辞任の記者会見の様子を聞いた。普段はテレビ映像を見ながら記者会見やインタビューを聞いているため、表情に気をとられたりするし、しゃべっている内容は編集されているので、本人の意図が伝わらないことも多いと思う。今回の記者会見を車の中のラジオで音声だけで聞くと内容だけに集中して聞くことができるから、メッセージは間違いなく深く届いた。明日からまた混乱が始まる。
2007/11/04
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渡辺京二という名前には記憶がある。私の属しているNPOがまだ産声を上げた頃、講師として出講していただいていた在野の日本近代史家として知っている。私自身はこの勉強会を四半世紀以上続けているが、名前だけで実際に会ったことはない。1930年生まれだから、勉強会に来ていただいていた時代は、まだ40代だったのだろう。この人は当時からずっと熊本市在住である。この渡辺京二氏が書いた「逝きし世の面影」(平凡社)という文庫版600ページの大部の書物を読み終わった。この本の記述の美しさにひかれて一気に読み終えるのが惜しくなり、毎日少しづつ読み進めるという読み方をしてみた。この一ヶ月ほどは朝の短い時間、心が洗われる様なすがすがしい気分を味わった。江戸時代から明治中期までの期間に確かにあった美しい一つの文明の姿を描き出すために、著者はこの時代に日本を訪れたあらゆる人たちの紀行文、報告書、エッセイなどを実に丹念に読み込み、その観察を細かく紹介していく。長崎に来たシーボルトや黒船で来航したペリー提督、ゴローニン事件の当事者、外交官サトー、医師ポンペ、女性紀行家・イザベラ・バードといった著名な人物などの書物や、無名の男女の書き残した日記・観察記など、その渉猟した資料の膨大さと引用の的確さに驚く。長い年月と細かな作業の伴う労作といってよい。一つの滅んだ文明の面影を、文明の当事者たちではなく、外から見た目で浮き彫りにしていこうとする試みであるが、読者はその記述の正確さとそのこ言葉が織り成す世界の美しさに心を奪われる。明治維新以降に行われた急速な近代化・西洋化によって死んだ、奇跡ともいうべき一つの文明の姿を私たちは脳裏に焼き付けることができる。著者の織り成すこの世界の残滓は、子供の頃の風景にいくつか見ることができた。たとえばこまかく分かれた職人の世界の記述は、近所に竹細工職人がいたことを想い出させる。この本を読んでいると何か懐かしい感慨がうかんでくる。「ある文明の幻影」「陽気な人々」「簡素と豊かさ」「親和と礼節」「雑多と充溢」「労働と身体」「自由と身分」「裸体と性」「女の位相」「子どもの楽園」「風景とコスモス」「生類とコスモス」「信仰と祭」「心の垣根」という14の章で著者が繰り返し浮き上がらせているのは、美しい風景とやさしい心根と見事な礼儀作法をわきまえた日本という文明の美しさである。ここには確かに「美しい日本」が存在している。笑い上戸、愉快な人種、生活に満足した満ち足りた態度、こっけいなほどの礼儀正しさ、無駄な家具のない簡素でシンプルな家屋、好奇心旺盛な男女、それなりに豊かな生活、絵のようにつくられた農村の景色、建前とはまるで違った自由な生活、性に対するあっけらかんとした態度、通説とは異なる女性の高い地位と発言権、世界のどこよりもこどもを大事にする態度、動物を家族と考える心根、災害や不幸という運命を享受する諦観、宗教行事をイベント化する才能、民芸品が示す文化度の高さ、草木と花々の豊かさとそれを愛でる心の豊かさ、清潔さと勤勉さに彩られた生活、どこまでも続く見事な田園の風景、、、、。ここには私たちが学んだ封建時代という固定概念を覆す事実と観察が無数にちりばめられている。この文明の末裔である私たちは、その美しい文明の残滓を時折この世で見かけることがあるが、ここにはその文明の総体が面影として淡く存在している。この文明が形づくった人々の精神は、明治時代に生きた人たちに中に確かに息づいていた。「明治の人は偉かった」という述懐を年配者から聞くことが多いが、それはこの失われた文明が育んだ精神だったのだろう。価値観という言葉がある。それは人生でもっとも大切にすべきものという意味だが、今の世に生きる私たちは恥ずかしくない価値観というべきものを持っているだろうかと自問せざるをえない。文明は独特の精神がつくりだすものだということを強く感じる。今日の日本人が読むべき名著であると総括しておこう。こういった文明の面影はどういう形で残すことができるだろうか。まず書物や映画という形が思い浮かぶが、仮想空間上につくるといいと思った。セカンドライフなどの3Dのバーチャル空間に「逝きし世の面影」を再現するプロジェクトもいいと思う。
2007/11/03
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生命保険業界を対象にした「ベストプランナー」という雑誌がある。今年の2月号に私が監修して「図解でみせる」という特集を組んだのだが、好意的な反響があったそうで、第2弾を出すことになった。その11月号が届いた。「本誌2007年2月号の特集「図解でみせる」はおかげさまで多くの読者の方から好意的な反響をいただきました。今回は「図解」特集第2弾として、日常の保険活動のなかで遭遇するさまざまなシーンを想定し、ニード喚起につなげるための久恒式図解法の活用例を紹介します。今回も第一人者である久恒啓一先生に、ニード喚起に役立つコミュニケーション図解を、本誌のために新たに提案していただきました。」生保業界で使う「ニード」という言葉には違和感を覚える。やはりニーズというべきではないだろうか。そういえば、看護の分野でもニードというなあ。私のイラスト(あまり気に入らないが、、)が描いてあって「保険営業のさまざまなシーンで、図を描いてニーズを顕在化させよう」という吹き出しが出ている。こっちは私の言葉だからニーズとなっていて面白い。---------------------------死亡保障ニーズ 情報収集の図解例 --家族形成期の夫婦のライフプラン 共働き夫婦のライフプラン医療・介護ニーズ 民間の医療保険、介護保険の必要性を説く --病気になったときの備えは大丈夫? 介護する場合、される場合のリスクを考えて個人事業主のニーズ --勤め人との違いに焦点を当てる 独立開業でふくらむ期待と不安法人マーケットのニーズ --企業防衛と経営者個人に向けて あなたの会社の経営循環図・社長個人の保障も大丈夫です スムーズな事業継承を行うには--------------------------------------8枚の手描き風の図をこの中で紹介している。また親しくしている横野洋卯子さん(有限会社パスポートフィル代表取締役)が使っている「保険代理店の仕事」という図も出ていて「初対面の方でも複雑な保険代理店のしくみをひと目で理解いただけます」とのタイトルでインタビュー記事も入っている。保険は実にわかりにくい。説明文を読んでも、直接話を聞いてもさっぱりわからない。不払い問題なども業界特有の言葉(私はそれを「方言」と呼んでいる)と複雑な仕組みを消費者に説明する努力を怠ってきたのも一つの原因だろう。もっと図を使ったらよい。保険業界、特に生保とは縁がなかったのだが、今まで手厚く保護されてきた生命保険業界は外資の攻勢や不祥事の連続でようやく危機感を持ってきた、それがこういう特集を組むことにも現れていると感じている。---------------------------------------------------------今日は、大学認証評価の実地調査で大学基準協会の3人の先生が大学を訪れた。午前中は施設見学で、私の担当する図書館も対象となっていくつか細かい質問を受けた。また午後は大学の役職者を対象に2時間ほど質疑応答があった。この3人は高崎経済大学、中央大学、京都橘大学の現役の教授で、膨大な認証評価報告書を読み込んだ上で、実地調査を行い、3月には評価した報告書を提出する。
2007/11/02
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午後、大崎市古川にある吉野作造記念館で行われた講演会に行ってきた。寺島実郎さんと仙台で会って新幹線でご一緒しいくつか報告しながら記念館へ。記念館の館長室で田中館長、NPO「古川学人」の佐々木理事長、「吉野先生を記念する会」の伊勢会長、「吉野作造通信を発行する会」の永澤事務局長らと懇談。------------------------------------------------------------------・今夏は、欧州2回、米州2回、アジア2回の旅・吉野作造と空海の本を携帯し、読み、ノートをとった夏だった・30-40冊の空海に関する本を読み、高野山大学夏季講座「現代に生きる空海」というテーマで空海を語った。空海は密教伝道者であると同時にエンジニアでもあった。土木治水(井戸・溜池)、薬学、冶金工学(水銀、)プロジェクトエンジニアリング(京都の東寺、熊野の高野山)。空海は大きすぎて司馬遼太郎でさえ空海に関しては周辺の風景を描くことで空海を表そうとした。空海仏教の立体曼荼羅の極彩色の世界は宇宙と世界を表している。「もし空海が今の時代に生きていたら」というテーマを語ってみた。・鈴木大拙、空海、吉野作造の三者に共通するのは、外から日本を見たことだ。・鈴木大拙「独りよがりではいけない。自分を見失ってはいけない」」・武田信玄は400年前、道元はその400年前、空海は1200万年前、「風林火山」といった孫子は2500年前の人。歴史時間は圧縮される。・吉野作造「我々は常に自分の生活は大きな世界の生命のいかなる部分を担当しているかを忘れてはいけない」「大きな出来事の中の小さな咆哮としてとらえなければならない」・全体知。英語でいうとインテグリティ。時代の空気、世界を読み取ろうとした。・大正デモクラシー(1905年---1925年)。1902年日英同盟、1904年日露戦争、1914年第一次大戦、1915年対支21か条の要求、1919年ベルサイユ平和条約、1921年ワシントン軍縮会議、1941年真珠湾攻撃、、。大東亜戦争の敗北の要因は、このベルサイユ平和条約(西園寺公望全権、近衛文麿、中野正剛も)の時代にみることができる。大国の一翼を占める会議で日本は一等国(五大国)としてドイツの持っていた山東利権のみに関心があり、中国への橋頭堡の確保を至上命題としていた。・吉野が中央公論等で張った論陣「新世界秩序の時代」というメッセージが日本はわからなかった。この主張は石橋湛山の小日本主義へとつながっていく。・20世紀初頭(1905年--1925年)の、民族自決、国民国家という世界史の潮流、底流が見えた吉野らもいた。アジアの目線に立っていた人もいた。・21世紀初頭の今は、時代状況が似ている。敗戦に向かった流れを繰り返していけないという問題意識を持っている。・つまずきは、勝利体験の中にきっかけがある・東条英機の遺書に「真の敗因は東亜諸国の真の支援が得られなかったことに尽きる」という言葉がある。現在の日本も同じではないか。・アングロサクソン同盟の死守こそ日本の生きる道だという論客もいるが、世界はアメリカだけで動いているのではない。吉野の外から日本を見る目線で21世紀の世界史のゲームを見なければならない。・松本重治は「日米関係は米中関係である」と言った。日米中は二国間関係では終わらない。・蒋介石が敗北し毛沢東の中国共産党が中国を支配したため、わずか6年で国際社会に復帰し戦後復興ができた日本は、最近まで中国の存在を忘れていた。日米同盟がなければ30年は復興は遅れていただろう。日本軍国主義は米中の連携に敗れたのだ。・六カ国協議では、アメリカは中国と協議して東アジアの秩序をつくろうとしている。中国は北朝鮮がある方が有利と見ているから存続させようとしている。・東西ドイツは米ソの取引で統一されたように、南北朝鮮は米中関係によって変わる可能性もある。現に米民主党大統領候補の最右翼のヒラリーは「米中関係が大事だ」とのメッセージを送っている。・「日米が連携して中国に対峙しましょう」と安部首相はアメリカで言ったが、たしなめられている。・中国では外相など留美派(アメリカ留学組)が台頭。歴史的にアメリカは中国を敬愛しているところがある。中国は欧州諸国と比べて近代史における遅れてきた帝国主義国家・アメリカの(南北戦争で手間取っていた)主張(門戸開放、、)に好意を持った。そしてアメリカは宣教師を送りこんだ。アメリカにおける親中派は親日派の10倍の層を持っている。・日米安保は、アメリカから見れば片務条約であり、日本から見ればガードマン条約(中曽根元総理。駐留経費の7割を日本が負担)。日米には互いに敬愛の念はない。・9・11からの6年間で世界は変わった。アメリカの求心力の低下。ロシアのエネルギー帝国主義(石油価格3.5倍)、中国の台頭(GDP75%増)、インドの存在感の上昇と上海協力機構への接近(アメリカは核保有を認めざるを得なくなった)、中東におけるシーア派の台頭(イラクはシーア派とシーア派国家イランとの連携の可能性)、などユーラシア大陸はアメリカの思うにまかせぬ状況となった。・一国による支配ではおさまらない、多極どころではない、全員参加型とでも言うべき世界では、「力では解決できない」ということを意味している。・こういった時代に、日米関係だけに腐心しているだけで乗り切れるとは思わない。・多国間で丸テーブルを囲むというゲームになっている。この場合、筋道の通った理屈、理念性が必要になる。・20世紀と同じ失敗をしてはいけない。---------------------------------------------静謐な空気の中で一心に聴き入っていた。会場では寺島さんの著書の抽選があり(50冊)半数以上の人はあたっていた。講演料はこの図書の購入にあててもらったとのこと。商社という企業経営を担う役員としてみる現場、常に世界を回遊する行動力、膨大な書物を読み込む力、政府関係など各種委員会(原子力委員会、中央教育審議会、連合、、、)という良質な情報源、シンクタンクのトップとしての活動、母校早稲田大学の客員教授としての若者や留学生との交流、、、、。寺島さんは秋保温泉での講演に向かい、新幹線で東京へ帰った。明日は関西という。私は旧知の大崎市の職員や栗原のJA職員と少し歓談した後、大学へ。
2007/11/01
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