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29日に、北矢行男先生とお会いした時に、「日刊ゲンダイ」の「勝間和代さんの紹介記事に名前が出てたよ」と言われたが、ネット版のゲンダイの記事が目に入った。http://gendai.net/?m=view&g=syakai&c=020&no=39967「テレビ論客の素性と評判」というタイトルのシリーズの最初の記事らしい。「素性と評判」とは穏やかではないが、本人への取材はないまま書いた記事ではないだろうか。友人としてあげられているのは、印税寄付プログラムChabo!の仲間たち。-----------------------------【テレビ論客の素性と評判】2009年1月26日 掲載勝間和代(経済評論家)2度の離婚、3人の子供、年収7000万円、現在独身●出身地 東京都葛飾区生まれ。 ●家業 テープレコーダーのヘッドを製造する小さな工場を、脱サラした父親と母親が経営。 ●兄弟姉妹 11歳と10歳年上の姉、8歳上の兄がいる。4人兄弟姉妹の末っ子。物心ついたときは、父の工場の経営が順調で、貧乏を知らずに育った。 ●会計士 慶大商学部2年の時、公認会計士補試験に合格。会計士を目指したのは、慶応中等部時代の同級生の裕福な女の子の父親が会計士で、儲かる仕事と思ったから。19歳で合格は当時の最年少記録。最終試験にパスするため在学中に大手監査法人でパートとして働く。 ●学生結婚 1990年、4歳年上のイケメンの東大生と学生結婚をした。大学4年の時、21歳で長女を出産、03年の離婚までに次女、三女をもうける。夫はSEとして独立したが、仕事が少なく、彼女の稼ぎを当てにするようになったのが離婚原因だ。 ●職歴 長女の出産を機に監査法人を退職。その後、外資系の会計事務所、投資銀行、証券会社に勤めて、07年に独立。この間、早大大学院ファイナンス研究科を修了、MBAを取得した。 ●2度目の結婚・離婚 04年に再婚したが、1年半で離婚。3人の子供と再婚相手の間でぎくしゃくした関係が生まれたのが原因。現在、独身。 ●年収 30代前半で年収4000万円を超えた。独立後に出版した本が次々に売れて、十数冊で合計200万部以上を記録、講演料やマスコミ出演料などを含め7000万円以上だ。 ●政治スタンス 内閣府や総務省の各調査会の有力メンバーで、最近は「少子化対策プロジェクトチーム」入り。軸足は政府寄りだが、考え方は「上げ潮」派に近い。 ●人気の秘密 時間や仕事の効率化を図るアイデアがウケている一方で、作家の佐藤優氏は「競争社会を修正したいと思っていて、そこに期待が集まっている」と分析している。 ●自転車 仕事で外出する際、雨など悪天候以外は、ロードレース用の本格自転車を使用。1日に20キロから40キロくらい走る。出張でも、高級折りたたみ自転車を持参して新幹線に乗る。自転車が健康法だ。 ●ダークスーツ 男性と似たものを着ることで、同じようによく働くということをアピールするため。 ●友人 和田裕美、小宮一慶、竹川美奈子、酒井穣といったビジネス書作家やシカゴ大の山口一男教授、多摩大の久恒啓一教授など。----------------------
2009/01/31
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今日は、スケジュールが詰まっていた。9時45分、品川駅のスターバックスで多摩大学総合研究所の松本先生と待ち合わせ。今日の会議の説明を受ける。10時半、品川のインターシティの27階にある品川キャンパスで、学部長らとプロジェクト会議。いい方向に。11時半、品川駅の喫茶で、P出版社の編集者と「人物」関係の本の打ち合わせ。その過程で、評伝の対象者の候補のアイデアをもらう。13時、品川キャンパスで多摩大学総合研究所(北矢行男所長)の運営委員会にオボザーバーとして出席。北矢先生を中心に歓談。15時、大学戦略会議。 終了後、多摩大学の母体の学校法人田村学園の田村邦彦理事長から「学長室長」(2月1日付)の辞令を拝命する。17時、大学のホームページの改善(4月1日付)をお願いしているデュナミスとカヤックの担当者と打ち合わせ。19時、銀座のイタリアンレストランで、JAL広報部時代のかつての部下たち20数人とパーティ。20年もの間、広報誌のオペレータとして助けてくれた石川ちゃんが退職するので集まった。20数人の懐かしい仲間と楽しく歓談。大学院入学希望者1名をゲット。23時半、自宅に到着。
2009/01/30
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15時から赤坂の野田一夫事務所で、野田先生と数人の先生で打ち合わせ。終わって、新宿三丁目のジュンク堂に寄って、少し本を買い込む。7階には、2008年に受賞した各賞の全作品が並んでいる「賞タイム」という棚があった。日本エッセイストクラブ賞「恋と伯爵と大正デモクラシー」(山本一生)、大宅壮一ノンフィクション賞「知られざる魯山人」(山田和)、谷崎潤一郎賞「東京島」(桐野夏生)、日経小説大賞「松林図屏風」、司馬遼太郎賞「昭和天皇」(原武史)、大宅壮一賞・講談社ノンフィクション賞・黒田清JCJ新人賞「あの戦争から遠く離れて」(城戸)、直木賞「悼む人」(天童荒太)、直木賞「利休にたずねよ」(山本兼一)などが並んでいて、壮観である。ホラー小説、ノンフィクション、ファンタジーノベル、小説、推理小説、文学、エッセイなど、数えてみたら45の賞があった。興味をそそる棚の企画だった。この棚の中から数冊買って読むことにした。18時半から代代木の大学院同窓会事務所で、12月に行った寺島実郎さんの講演会の総括の会に出席。学部後援会、大学院同窓会、学部同窓会、リスクマネジメント研究所、ルネッサンスセンター、総合研究所の6つの団体で主催・共催した講演会だったが、149名の参加者があり、収支も黒字なったという報告があった。それぞれから、反省点も出され、和気あいあいの雰囲気で短い時間で終了。最後に私の方から、皆さんの関心事項の大学の最近の動きなどの情報を説明する。その後、近くの会場で打ち上げ。多摩大学の応援団の中核をなす人たちとお酒を飲みながらの愉快な歓談となった。皆さんにそれぞれのホームページの充実と、会員の活躍状況、個人や会社のホームページやブログを掘り起こしリンクするなどのお願いをする。「チーム多摩大」という言葉が何度も出て、いい会となった。帰りは一緒の方向の事務局の神尾さんといろいろと話しながら帰る。
2009/01/29
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先週、試しに発注した2008年分の一年分のブログが3冊になった本として届きました。発注から10日ほどで届いたことになります。スピードが実に速い。そして印刷会社と違って、1冊から発注できるのは嬉しい。今まで3年ほど、個人としては比較的大きな労力と経費をかけて、10冊ほどつくっていましたが、完成品の品質をみると、まあこれでもいいと思っています。気に入った他の人のブログも本人に断りなく本にできるそうだから、ファンになった書き手のブログを自分一人の本として楽しめるということになります。タイトルは、久恒啓一の「今日も生涯の一日なり」http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune 2008年1月1日ー4月30日の分、234ページ。2008年5月1日ー8月30日の分が、327ページ。2008年9月1日ー12月31日の分が、309ページ。合計で、870ページ。過去3回分の自費出版は、版形はA5で活字が大きく、はてなダイヤリー版形は一回り小さいが字が小さいので、ざっくりといって1ページに同じ分量が入っていると仮定すると、毎年ブログの分量が増え続けていることがわかります。2004年9月28日--2005年12月31日(1年半)---471ページ 2006年1月1日---2006年12月31日------------513ページ 2007年1月1日---2007年12月31日------------657ページ 2008年1月1日--2008年12月31日-------------870ページ この3分冊で、支払ったはてなのポイントは9492ポイントとなり、1万円以下で自分用の本が自費出版できたということに。試してみる価値あり!
2009/01/28
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夜は、神田和泉屋の「坐」(くら)で、懐かしい友達と飲んだ。思いかえせば、小学校、中学校、高等学校、大学と全て同じルートを歩いてきている。このI君は、大学では工学部を選び、卒業後は東芝に入った。水力発電を専門としてその部門の責任者をしていたが、5年ほどまえに中国の国営企業を買収した1000名ほどの企業の総経理(社長)をしている。この会社では、招かれて中国人を相手に講演をしたことがあり、またゼミの中国人留学生の教え子が大学院で修士論文を書く時にインターンシップでお世話になったり、そして私のゼミから東北大学大学院に入り卒業した中国人留学生が昨年秋からこの現地企業に就職しているなど、縁が深くなっている。社会主義国の国営企業を資本主義の日本の会社が買って運営するということの苦労を思った。日本の国営事業の民営化どころの話ではあるまい。骨の髄から社会主義的な風土なのだろうから、ひとつひとつ考えさせられながら運営していくから、いろいろと深い勉強になったに違いない。小学校からの同級生で広告代理店をしていたM君、セメント会社に入ったMD君、亡くなった割烹を開いていたO君、広島で技術関係の会社を経営しているH君などが話題になった。それぞれ小学校から、高校からという友人だが、その当時から、彼らの社会での歩いてきた軌跡の芽があったという話になる。「あいつがああなったのは、ああだったからだ」というような感じだ。性格というものは、子供頃から特徴が出てくる。その性格は大人になっても変わることはない。どういう分野に進むにしろ、その人らしい選択や対応で、人生を築きあげていく。人生という構築物には、性格という基本ソフトが組み込まれている。小林秀雄が「人はその人にふさわしい事件にしか出会わない」と言っているが、この言葉には深く納得する。今日一緒に飲んだI君は、コツコツとしぶとく努力し派手な秀才たちに伍していくタイプだったから、40代の頃、大きな会社で頭角を現わしていると聞いたとき、「さもありなん」と感じたことを思い出した。I君からみると、現在までの私の軌跡の芽は昔からあり、不思議には思わないのだそうだ。近々、またI君の中国の会社を訪問することになった。
2009/01/27
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9時から、役員室で企画広報担当のTさんとYさんと小さなミーティング。2月から始まる新しい仕事の準備で、毎週打ち合わせを行っている。全学のスケジュールに沿って、やるべきことなどを確認しながら、小さな決定をしていく。今年初めから毎週行っているこの月曜のミーティングで、仕事の方向が形となって見えてきた。その過程で同僚としての一体感が醸成されていく。秘書室でKさんうやSさんら秘書たちと言葉を交わす。大学には珍しい秘書室は、教員全員の面倒を集中してみている部署で、教務関係などここでほとんどの用が足りる。私たち教員は出勤のしるしをつけながら、さまざまな情報がもらえる。ここは、教員と事務局の情報が交わる交差点のようだ。隣の教員ラウンジには、コーヒーやお茶が飲めるような設備があり、それを片手に教員同士、教員と事務局、教員と学生ソファで語りあう。いい雰囲気のラウンジだ。この空間でさまざまなことが進んでいく。郵便受けをチェックすると、講演企画会社からの登録のお願いの文書が来ていた。ここに登録すると講演関係の窓口になってくれるとのことだ。試してみようか。若手のリーダー格のI先生からカリキュラムのことで、意見を聞く。E出版社の若い編集者が見えて、秘書室の応接室で会い、出版企画の依頼を受ける。歴史上の大物を料理するという企画だった。取り組み方を提案して、準備し進めることになる。研究室に一緒に戻り、企画に関連する本などを贈呈しながら歓談。出版界の事情などを聞く。来年度から始まるインターゼミの説明会と面接。新学長が直接担当するゼミで私もサブで担当するが、その受講生の面接の2回目。社会工学研究会という名前のゼミになる。教務委員長のS先生や教務関係の事務局職員も同席。こういうゼミを学生時代に受けたかったと改めて思う。事務長のYさんと研究室で、久しぶりに情報交換。進めている案件のいくつかを根回しできた。教員と事務局は手を携えて両輪として仕事を進めていかねばならない。その後、長老のH先生と今抱えている懸案について情報と意見の交換。
2009/01/26
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9時から、役員室で企画広報担当のTさんとYさんと小さなミーティング。2月から始まる新しい仕事の準備で、毎週打ち合わせを行っている。全学のスケジュールに沿って、やるべきことなどを確認しながら、小さな決定をしていく。今年初めから毎週行っているこの月曜のミーティングで、仕事の方向が形となって見えてきた。その過程で同僚としての一体感が醸成されていく。秘書室でKさんうやSさんら秘書たちと言葉を交わす。大学には珍しい秘書室は、教員全員の面倒を集中してみている部署で、教務関係などここでほとんどの用が足りる。私たち教員は出勤のしるしをつけながら、さまざまな情報がもらえる。ここは、教員と事務局の情報が交わる交差点のようだ。隣の教員ラウンジには、コーヒーやお茶が飲めるような設備があり、それを片手に教員同士、教員と事務局、教員と学生ソファで語りあう。いい雰囲気のラウンジだ。この空間でさまざまなことが進んでいく。郵便受けをチェックすると、講演企画会社からの登録のお願いの文書が来ていた。ここに登録すると講演関係の窓口になってくれるとのことだ。試してみようか。若手のリーダー格のI先生からカリキュラムのことで、意見を聞く。E出版社の若い編集者が見えて、秘書室の応接室で会い、出版企画の依頼を受ける。歴史上の大物を料理するという企画だった。取り組み方を提案して、準備し進めることになる。研究室に一緒に戻り、企画に関連する本などを贈呈しながら歓談。出版界の事情などを聞く。来年度から始まるインターゼミの説明会と面接。新学長が直接担当するゼミで私もサブで担当するが、その受講生の面接の2回目。社会工学研究会という名前のゼミになる。教務委員長のS先生や教務関係の事務局職員も同席。こういうゼミを学生時代に受けたかったと改めて思う。事務長のYさんと研究室で、久しぶりに情報交換。進めている案件のいくつかを根回しできた。教員と事務局は手を携えて両輪として仕事を進めていかねばならない。その後、長老のH先生と今抱えている懸案について情報と意見の交換。
2009/01/26
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小金井私立はけの森美術館は、2006年4月に誕生している。「はけ」とは、古多摩川が武蔵野台地を削ってできた国分寺崖線の通称で、この美術館は湧水に恵まれた豊かな緑に囲まれている。入館の前に西洋画家・中村研一の自宅の一部を使った「カフェ」で昼食を摂った。冬なのに木々や緑を美しく、春になったら素晴らしいだろうと想像する。お客は女性同士ばかりだった。中村は、空襲で東京・代々木のアトリエを焼失し、小金井に移り住み終生、この地で作品を描いた。この美術館は、中村研一(1895-1967年)の作品を展示する美術館である。この画家については知識はなかった。東京美術学校卒業尾、渡仏中にサロン・ドートインヌ会員となり、帰国後は帝展、文展、日展の審査員を歴任し、1950年には日本芸術院会員になるなど、日本の近代洋画壇の中心的存在として活躍した画家である。写実、リアリズムなどを中村は生涯追求した。「あたり前のことですが、手は動くものだ、この裸体は座っているが、立つものだ。そういう生きている人体そのものを描くことをこころがけなくてはいけません」「人間の顔に表情がなければつまらない、絵もそれと同じだ」繰り返し描いた婦人像、裸婦、人物、静物などを見た。裸婦の絵が多かったが、美しいといいうより、日常の姿をそのまま写し取ったという絵である。
2009/01/25
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前から行きたかった小平市の平櫛田中彫刻美術館を訪ねた。一橋大学の近くで玉川上水の流れる閑静な住宅街に、2階建て地下1階のモダンな展示館と、自宅だった和風平屋の記念館が併設されている。この名前は最近の日経新聞の連載でもみたし、さまざまなところで目にしている。すぐれた木彫彫刻家として有名だが、107歳という長寿を全うしたことでもよく話題になる。また、この田中(でんちゅう)さんは、「六十、七十、洟垂れ小僧 男盛りは百から百から」というよく聞く言葉を語った人物でもあった。平櫛田中(1872-1979年)という名前は、田中という本来の姓を養子に行った平櫛という姓の下につける名前にしたという事情である。残っている映像で100歳を超えた日常が紹介されていた。彫刻の題材を探すためもあって、ハサミを片手に新聞を切り抜く姿があった。とにかく興味が多岐にわたり、好奇心とバイタリティに溢れた人だったらしいことがわかる。家族の証言によると、早起きで午前2時には起きて、本や新聞を読み、6時から着物を着て洗面、朝食。その後庭での30分間の散歩。午前中は居間で本を読充実した日常だった。「田中語録」というような本も編まれているように、この人の言葉はなかなかよかったらしい。「いま やらねば いつ できる わしが やらねば たれが やる」というやる気が出てくるような心構えの書も観ることができる。「平櫛田中先生百寿祝賀会」という弟子たちが企画した会の案内状があった。その挨拶文の中に「壮者も及ばぬおすこやかにして本年目出度く百歳を迎えられました」という文章が書いてあった。平櫛田中の代表作として有名なのは、現在国立劇場のロビーに展示されている「鏡獅子」である。全長2メートルを超える作品で、完成までに援助者の事情や戦争などもあり結果的に20年以上の歳月を費やしている。六代目尾上菊五郎の絢爛豪華な舞の姿を木彫りで彫り、その上に色彩をかけたもので、日本彫刻の最高峰と言われる作品である。昭和12年には25日間通い続け、場所を変えながら菊五郎の姿を観察し続けたというエピソードも残っている。菊五郎は「踊りの名人の眼だ」と田中の観察眼を評していた。菊五郎は裸で稽古をしたのだが、まずその姿を彫り、その上に衣装を着けるといった方法でつくっていった。この寄木細工の作品は80歳を超えてやっと完成する。政府から2億円で譲ってくれと言われたが、それではあの世で菊五郎に合わせる顔がないからといって、永久貸与という寄付にした。現在の価値で60億円だと、学芸員の藤井さんが教えてくれた。昭和33年の院展に出品されたその作品は今は国立劇場で多くの人に感動を与えている。田中さんの彫刻の方法は、粘土で作った形を石膏でかたどりし、特別の「星取り機」というコンパスで木にうつしとるという工法で、星取り技法と呼ばれた。日本の伝統木彫り彫刻の中に西洋流のやり方を取り入れた手法である。代表作のひとつ「尋牛」(じんぎゅう)は、山の中に牛をたずね求めていく十牛図の故事からとった作品で、岡倉天心から絶賛された田中の出世作である。日本彫刻会の会長となった天心は田中の心の師となった。ブロンズの「岡倉天心胸像」には尊敬の念を込めて金箔を塗っている。天心の口癖は「芸術は理想の表現である」だたt。彩色豊かな「源頼朝像」、そして「良寛和尚」、月琴」(陶淵明)、「聖徳太子像」、「聖観世音」、「降魔」、「気楽坊」、「釣隠」、「などの名品を見て回る。仏教説話や中国の故事などを題材とした精神性の高い作品が多い。木彫りは自然な感じがとても気分を落ち着かせる。年表を眺めていると、72歳で東京美術学校の教授になり、77歳で東京芸術大学の教授。そして93歳で名誉教授、という不思議な肩書と年齢の関係がみえる。70を超えて母校の教授になり、90歳で文化勲章をもらたtこともあり、その3年後に名誉教授に推薦されたのだろうか。受付の男性に名刺を渡したら、「先生!」と突然呼ばれて驚いた。この学芸員は高橋憲行さんの「企画塾」の講師をしている人で、私の図解関係の著作を読み込んでいたとのことだ。併設の記念館は、平櫛田中が98歳でこの地に転居して約10年住んだ家である。堂々たる平屋の日本的家屋だ。98歳の時に書いた書「今やらねばいつできる わしがやらねばたれがやる」にちなんで、「九十八そう院」という名前をこの家につけていた。入口には、「千寿」という大きな赤い書が掲げてあった。茶室、アトリエ、展示室。坪庭、中庭、庭園。記念館は368.84ヘーベというから100坪以上の広さである。ちなみに展示館は、その約2倍の781.02ヘーベ。総敷地面積は1789.72ヘーベだから、542坪強だ。記念館の入り口に、巨大な木が立っている。直径1.9メートルで5.5トンの巨木で500年の寿命を持っている。これを含め、向こう30年間は創作活動を続けられるよう原木を用意してあった。ということは、130歳まで仕事の予定があったということになる。それを証明するような逸話もあった。同じく天心の薫陶を受けた日本画の横山大観、地唄舞の武原はん、そして丸木スマの彫刻をつくろうとしていた。本間正義氏が、「確か安井曾太郎画伯の描いた「横山大観像」が展示してあり、先生はその前にとまって、じっと見ておられたたが、いきなり、「先生もうしばらくおまち下さい。きっとそのうちに作りますから」といわれた。」と回想している。
2009/01/24
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アイフォンを使いだしてから、ノートパソコンやミニノートを手にすることがめっきり減ったてしまいました。外出時のたいがいのことは済むようになったからです。カレンダー、カメラ、マップ、ユーチューブ、株価、天気、計算機、時計、などの機能は最初からついているので、いつでも利用できるので、とても便利です。よく使うのは、マップ、時計、そして電車の乗換案内。また、クラシック音楽や著名人の講演、本を朗読したオーディオブックなども聴くようになり、遠出するのもかえって楽しみになっています。この戦列に、今日は楽器が加わりました。楽器ソフトをiTuneからダウンロードして、楽器を扱うという芸当ができるのです。まず手始めにオカリナとドラムとピアノを試してみました。オカリナを吹くには、右下にあるセンサー部分に息を吹きかけながら、画面に出ている丸いしるしを単独で、あるいは同時に押さえることで、音階が調節できるようになっています。吹奏楽器はぜんぶこのやり方でしょうか。オカリナの清澄な音を自分が出せているのは感激です。ドラムを叩くには、画面の8つのドラムパッドを指で叩くと、確かにドラム音が響き、自分が実際に聴衆を前にドラムを叩いている感じになります。アコースティックとエレクトリックと切り替わるようになっていて、音質の違いも楽しめます。ピアノは、フィンガーピアノというソフトで、画面に鍵盤が現れる。その鍵盤に上から青色と緑色のしるしが降ってきて、そこを押さえるとメロディが聞こえてきます。青色は全音、緑色は半音。画面が狭いので片手で演奏するのですが、アイフォンが二つあると両手を使った演奏も可能になっています。最初から歌がたくさん入っているので、指示された場所を自分で押すだけで、聞きなれた名曲のメロディーが流れてくるのは感激です。G線上のアリア右手、ノクターン左手、エリーゼのために、春の歌、カノン、きらきら星、きよしこの夜、アイネクライネナハトムジーク、エーデルワイス、ハンガリー舞曲第五番、天国と地獄、ユモレスク、アルプス一万尺、聖者の行進、亜麻色の髪の乙女、トルコ行進曲など、知っている曲が豊富に入っています。これらの曲は自動演奏で聴くこともできます。今、「おお牧場はみどり」のさわりを聴きながら、この文章を書いているのですが、この小さなアイフォンが傍らにあるだけですから、実に不思議な感覚です。だから、「それから、電話としても使えます」という感じになってしまいます。
2009/01/23
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「菜根譚」という中国古典がある。いつかは読まねばならないと思ってきたが、ついに今日まで読む機会はなかった。この書は洪自誠という400年前の人の手になるものだが、儒教精神の上に、仏教と道教の教えを取り入れて編んだ「清言集」である。書名は、宋(そう)の汪信民(おうしんみん)の『小学』における「人常に菜根を咬(か)みうれば、すなわち百事をなすべし」からとっている。先日、外出した折、FeBeというオーディオブックサービスの「中国古典の知恵に学ぶ 菜根譚」というCDを手に入れ、それをパソコンに入れて、アイフォンに取り込んで往復の途中に聴いてみた。往復の電車3時間強の間、珠玉の名言をずっと聴いたが、この一日だけで名著「菜根譚」の全貌を概略ながらつかんでしまった感じがした。もちろん、一条一条には深い含蓄はあるのだが、一気に全体を聴いてしまうと、今までの長い躊躇した時間はいったい何だったのかと感じてしまった。「耳で古典を聴く」ということは、新しい世界が開けたということである。もともとこのサービスは、視覚障害者へのボランティアによる音読サービスとして出発したものと聞いたが、携帯オーディオ機器の進化とあいまって、読書という世界に革命をもたらしつつあるという感を深くする。「仏陀の言葉」、「論語」などの大型古典も試してみたい。http://www.febe.jp価格:1785円。時間:3時間7分11秒。容量:171.4MB。製作元:オトバンク。出版社:ディスカバー21。
2009/01/22
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秋学期の期末試験が始まっており、他の先生の試験の手伝いという仕事がまわってきた。何事も学内の様子がわかるので楽しむことにする。4つの講義にアテンドする予定だったが、結果的に二つの試験に立ち会った。一つ目は、井上伸雄先生の「情報通信と社会1」。井上先生は多摩大学創学時からの参加者で、NTT出身の情報の専門家で定年まで勤められ、今は非常勤で来られている。教員ラウンジでいつも入れていただいたコーヒーを御馳走になりながら、楽しくお話をうかがう先生。1.調歩同期方式(スタート・ストップ方式)で文字を伝送するとき、次のようなビット列が受信された。どのような文字が送られてきたか?2.ユニバーサル・サービスについて。この文(英文)ではどのような理由でユニバーサル・サービスが必要だと述べているか?ATTがユニバーサル・サービスの必要性を訴えるに至った背景と狙いは何か?日本では、、?携帯電話は、、、?3.データ通信システムの構成図について適当な文章を選ぶ問題4.通信と放送の融合。具体例をあげて、どのように両方のサービスを提供しているかを述べよ。融合を可能とした技術的な背景を説明せよ。5.ディジタル・テレビ放送についての問題6.電話での沈黙は、情報か否かを問う問題7.ADSLの伝送速度についての問。ネットワーク接続料金制度についての問。加入電話と携帯電話の料金設定についての問。8.正誤を選ぶ問題二つ目は山原先生の「原価分析」の試験の立会。山原先生は官丁出身の先生で、財務関係の専門家だ。やわらかく接していただけるが、芯の強そうな先生。今年はなぜか異常に受講生が多いそうで、3人の助っ人が必要になったとのこと。1.原価計算のステップと基本手続きに関する図へ、用語を入れる問題2.間接労務費に関する問3.製造原価計算書の完成と、完成品製造原価・仕掛品原価の計算4.製造間接費配賦率の計算。製造間接費の計算。完成品製造原価の合計額計算。5.資料に基づいて原価差異を算出する問題6.予算損益計算書に基づき、利益図表に適切な用語を記入する問題7.原価企画に関連する記述のうち妥当ではないものをえらぶ問題8.原価計算に関連する記述のうち妥当ではないものを選び訂正する問題。原価に関する図の中に適当な用語を記入する問題試験の前後や合い間に、試験問題作成のこと、採点の考え方、などをうかがう機会があった。普段は同僚たちの教えている中身をのぞくことはないから、楽しい時間になった。問題の程度、答案に取り組む学生の様子などを観察していて、学生は随分と鍛えられているという印象を持った。事務局から、私の担当する「マネジメントデザイン」と「ビジネス情報デザインスタディ」の提出レポートをもらう。こちらは今から採点作業が始まる。
2009/01/21
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大学院の「実践知識経営2」の品川キャンパスでの講義も本日で最終回。今日は、民主党党大会での小沢一郎代表の演説と、「世界」2月号の寺島実郎「脳力のレッスン特別篇---直面する危機の本質と日本の進路」を題材としてみた。二つとも、大事なキーワードを『』で括るというスタイルの文章という特徴があり、全文を読み解いていくというより、カッコで括られた言葉を拾ってそれをつなぎながら、おおまかに論旨をつかんでいくというやり方をやってもらった。いつもと違うやり方だが、感じはわかってもらったと思う。「環境のニューディール」と「安全・安心のニューディール」という言い方を小沢代表はしているが、「安心」は安全を含む概念であるから、「環境ニューディール」と「安心ニューディール」というように、ニューディールに二文字づつの熟語をつけるとすっきりすると思う。また、環境ニューディールは緑色として、安心は何色か。こういう問いを授業で発してみたら、オレンジ、青、黄色、ピンクなどの声があった。私は、「桜色」にしたらいいと思う。染井吉野の桜の花弁は、一枚一枚は白なのだが、重なると薄い桜色に変わる。さまざまな政策を重ねていって安心ができあがから、ふさわしいのではないだろうか。民主党は「環境ニューディール」と「安心ニューディールの二つを総需要維持策としてして、それぞれ緑色と桜色を使ったらいいと思う。多摩大の大学院は社会人大学院で、職業を持っている人が対象ということになっており、年齢は30代半ばが中心であり、「志」の高い人が多い。この講義は後期60講義ほどある科目のなかで28名の登録者があり、もっとも受講者が多い科目である。社会人のニーズにフィットする内容だからだろう。私自身も楽しく充実した時間を過ごしている。2月に懇親会を催すことになった。以下、本日のアンケート。----------------図解は技術というよりも思想を鍛えられるものだと思いました。図解的な思考で物事を考えられるようにないらいです。ぜひ来期も受講したいです。授業で使用される教材が「今」を理解するのに役立つものばかりで大変うれしいです。次回も是非とりたいです。先生、1クール後期授業お疲れ様でした!役に立つすきるを身いつけることができました。理論構成のチェックができる点も良いと思います。自分の今後の将来についての計画はぜひつくりたい。日々をこなすことで必死になってしまいがちですので、理論や時間も腑観できることが大きなメリットだと思いました。本当に図解に助けられました。来期もよろしくお願いいたします。あっという間に学期が終わったという感じ。もう少し「図アを描く」習慣をつけていきたい。図解をベースに仕事の幅を広げていきたい。図解にすることにより自分が今まで本当に本を理解できていなかったことを知った。文章を構造物としてとらえて、キーワード同士のつながりで主旨を理解する、というやり方はとてもシンプルで合理的だと思う。来期も期待しております。文章・図・表のこうせいより、図だけのほうが理解が深まると思いました。これからも図解を活用していきたいと思います。長文を読む時にキーワードを抽出して関連性を考えて文章を要約していくことがわかった。要約できると長文でも簡単に理解することができた。自分で考えてまとめていくことが、とても力になった。図解できると相手にも理解が得られやすい。講演用の手元資料として、また組織内合意形成用資料として活用したいと思います。読書する際に大切なポイントに印をつけながら読み進めることはあっても、その後で関係性を見るということがなかった。このように腑観してみることいより理解が深まることを知った。本日は文章の中からキーワードを抜き出して全体を把握することを学びました。この手法は速読術と同じ効果があると感じました。図解は使い方によって色々な効果があることを実感しました。15年スパンの人生計画ををすすめていただいたので、一念発起して作成してみたい。仕事と社外での勉強会等での自己啓発の二本柱で考えてみようと思っています。来年も引き続き受講できるよう祈ってます!自分の仕事で考える時間が変わりました。少しでも分からなくなると、とにかく図にしているというクセがつきました。自分にとって大きな進歩だと思います。来期も先生の授業を受けたいと思います。有益な授業でした。有効に活用したい。こんなにオリジナリティがあって、実際に役立つ授業は、大学院で続けるべきだと思います。他の大学院と同じことをやっていては、多摩大は勝てません。
2009/01/20
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毎日書き続けているブログを一冊の本に編集するという習慣ができあがっています。今まで3冊の本になっていますが、毎年厚くなっており、昨年版は657ページでした。特別に注文して編集していたのですが、楽天から「はてな」にメインブログを変更したこともあって、2008年分ははてなの「はてなダイヤリーブック」というサービスを試してみることにしました。このサービスでは460ページが最大なので、私のブログの一年間の分量はとても入りきれない。上期と下期の2分冊にしてもダメなので、結局4か月ごとの3分冊にして発注してみました。1年分は1冊にまとめたいので、このあたりは「はてな」にはもっと工夫してもらいたいものです。このサービスのいいところは、1冊から注文できること、価格も安いこと、縦書き・横書きや日付ごとに改ページなどの若干の編集ができること、そして納期が一週間ということなので、気楽に頼めるということでしょう。実物をみながらの注文ではないので、やや不安があり、今回は試しに1冊注文して、よければ少し数を増やすことにしたと思います。来週の初めには、届くので楽しみです。▽ はてなダイアリーブック注文ページhttps://www.hatena.ne.jp/info/hatenadiarybook#order
2009/01/19
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・12月23日の朝日新聞のトップは、トヨタ自動車のトップ交代だった。この記事は朝日だけで、日経などは沈黙したままだった。このブログでは、「大スクープか、世紀の大誤報か」というタイトルで感想を述べた。その後、ある週刊誌(どの週刊誌だったかは忘れた)は、この朝日の記事をフライング気味だという論調で「渡辺トヨタ社長が怒った!」という見出しの記事を載せている。その中で日経新聞出身の作家に「博打のような感覚で書いたとしたら、あまりにも志の低い記事と言わざるをえないですね」と言わせている。しかし、その後の経緯をみても、この記事の方向で舞台がまわっているようだから、エース級の記者の競り合いで朝日が抜いた、ということだろう。トヨタが今回の不況で一気に赤字に転落するということは、意識的に赤字にしたというようにみえる。ショック療法と同時に、従来の懸案事項を一気に片付けて次の時代を重心を低くして迎えるという経営の意思表示だろう。------------------・「週刊朝日」に構造改革の旗振りだった中谷巌氏の「改革が日本を不幸にした」というインタビュー記事が載っている。経済学で記述できることは、社会全体の2-3割に過ぎないとわかってきたのです。今は「アメリカ流の構造改革は日本人を幸せにしない」という、確信に近いものを持っています。「新自由主義」を信じて、構造改革の片棒を担いできました。かっての私は「改革」の片面しか見ていなかったのです。竹中氏のいうように今なお「改革を徹底しグローバル資本主義がしかkり機能すれば、これらの問題も解決されてゆく」と考える人もいますが、私はそうは思いません。この危機的な状況はグローバル資本主義の「本質」によるものだと思いいたったからです。グローバル資本主義は、世界経済を著しく不安定化するとともに、エリート層に都合のいい、大衆支配や搾取のツールになっています。私の懺悔と提言をまとめた「資本主義はなぜ自壊したのか」、、、、。過去に犯した過ちを認めた格好の記事であるが、読む人は「今さら何を言うか」という人と「勇気ある発言だ」という賛否両論のようだ。
2009/01/18
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大学入試センター試験の初日。朝8時から準備のミーティング。9時半から18時35分までびっしりとつまっているスケジュールをこなす。主任監督者という役割だったので、受験者に対しての説明を読みあげながら全体を総括するという仕事である。特に、英語のリスニングの試験は、ミスがあると再試験となることもあり、受験生もそうだが監督側にも緊張感があり、張りつめた空気が教室全体に漂う。私のチームは、100人対象の教室で、5人の監督者という布陣。多摩大、多摩大湘南キャンパス、駒沢女子大の混成チームだったが、何とかトラブルもなく終わった。受験生はいつの時代も大変だ。新聞を見ると、英語のリスニングで機材故障などで再試験があったことも紹介があったが、終了時刻の宣言がわずか1分早かったため、再試験をするというニュースも出ていた。続発していたミスは、今年はあまりないようだ。「今日の一枚」は、凍った池の面に映る長池見附橋の特徴のあるカゲが面白かったので、撮ったものです。
2009/01/17
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JR東日本の研修を秋から受け持っていますが、今日は5回目の最終回。107名の受講者が熱心に話を聴いてくれました。いつもは終了後、本社ビルのレストランで懇親会があり、受講生の若い現場の職員と人事関係のJR職員と一緒に歓談するのだが、用事がありそれには出席できませんでした。本社ビルに入るのは初めてという受講生もおり、緊張しながら受講している人もいます。20代後半がメインなので、自分のその頃のことも織り交ぜながら、励ますような話題も盛りこむことにしています。さて、散歩には必ずデジカメを持っていくようにしていますが、「今日の一枚」は雲です。陽ざしを浴びながら公園の芝生に寝転がっていたら、青空に白い雲がゆったりと動いていて、あるときそれが日本列島の形に見えたので、シャッターを切りました。北海道、東北、関東・関西、中国、九州らしき形になっています。公園の裸木も入れて撮ってみました。「はてな」のブログには「一日一枚」というコーナーがあるので、写真を意識するようになっています。http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/今日は、何を撮ろうかな。
2009/01/16
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10時半。千代田区三番町にある新興の元気のいい出版社を訪問し、女性社長と企画のやりとりをする。第一弾の企画と第二弾の企画の方向がみえたので、進めることになった。面白い展開になりそうだ。13時半。新丸ビルのオフィス棟10階にある21Cクラブ(会員)で、J出版社の編集者と面談し、進行中の企画の打ち合わせを行う。進め方について合意がとれたので、あとは淡々と進むだろう。14時20分。知研の八木会長と秋田事務局長が現れる。知研としての大型出版プロジェクトの最終企画案を確認する。15時。日本橋の大手出版社を3人で訪問し、旧知の編集部長と担当編集者に企画の説明を行って、了解してもらう。いくつかありがたい提案やアドバイスももらい、早速進めることになった。知研の活性化と世の中に存在感を示すプロジェクトになることは間違いない。楽しみになってきた。16時。赤坂プリンスホテルで打ち合わせ。17時。新宿紀伊国屋の近くの喫茶で、出版企画の変更の説明を編集者から受ける。経済情勢の急激な変化によって本の売れ行き、売れ筋が変わってきているとのことで、版形も含め当初のシリーズから他のシリーズに衣替えするという説明だった。18時。紀伊国屋で本を選ぶ。19時。イタリアレストランの個室で、新春晩餐会に出席。チャンスコーディネータを自称する秋田さんが集めた18名が参集。趣旨のよくわからない会合だったが、乾杯のあいさつは私がやるはめになって驚いた。配られた紙をみると、「当代きっての人気作家」「30分だけ参加」「書籍関連ビジネス、新人作家、翻訳家」「知研新入会員」「知研会員でライフハッカーズクラブ」「100冊倶楽部」「ビジネスコーチ」「フォーブス日本版2月号の時間術特集掲載4人組」というメンバー構成だった。「頭がいい人、悪い人の話し方」の樋口裕一さん、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の山田真哉さん、「鏡の法則」の野口嘉則さん(風邪で欠席)。「仕事はストーリーで動かそう!」の川崎徹也さん、「オトバンク」「新刊.JP」の久保田裕也さん、「しゃべる名刺」の中野貴史さん、「くれくれくまちゃん」翻訳の成瀬まゆみさん、知研新入会員の小駒玄さん、ソニー知財部・ライフハッカーズクラブの丹下明さん、和紙スピーカーの幅健一さん、外資系商社・100冊倶楽部の三上久美さん、チャンスコーディネーターの秋田英雫子さん、ビジネスコーチの高畠真由美さん、ビジネスコーチの堀口ひとみさん、カメラのキタムラの大滝敏司さん、NECの一万田健城さん、世界遺産ナビゲーターの武田光司さん、中小企業診断士の水谷弘隆さん。出席した皆さんの話も面白く、和気あいあいの楽しい会となった。写真は、前列左から、私、樋口さん、山田さん。
2009/01/15
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新宿のジュンク堂で、整然と並ぶ本棚を巡りながら、本やCDを購入。「居心地がいい、見たい本が必ずある、、、」のはなぜかと考えていたら、ジュンク堂のホームページに、この書店の考え方が載っているのを発見して納得しました。新宿に出るときは必ず寄りたい店となりました。----------------愚直なまでに"本"の品揃えにこだわります。 当社の売上は本の販売によるものです。創業以来、"本"にこだわり"本"だけを販売してきました。お客様がお求めの本はどんな本でもすぐにご用意できることが最も重要なことと考え、充分な品揃えで対応したいと願っています。"図書館よりも図書館らしい"店づくり 今ではめずらしい風景ではなくなった"座り読みスペース"。当社では早くから専用スペースを設け、じっくりと本を選んでいただける空間づくりを実践してきました。棚のレイアウトや内装も落ち着いた雰囲気にこだわり、"図書館よりも図書館らしい"快適さを追求しています。豊富な商品知識を持った書店員の育成に力を注ぎます。 書店員は"笑顔で接客"が基本です。当社ではそれに加えて豊富な商品知識を提供すべく、2,000坪の超大型店をベースに"書店員のプロ"の育成に取り組んでいます。全員がどんなお問い合わせにも答えられるよう常に努力を重ねています。--------------以下、購入本。「漢字百話」(白川静)(中公文庫)「民主党-野望と野合のメカニズム(伊藤惇夫)(新潮新書)「西條八十」(筒井康隆)(中公文庫)「窯変源氏物語」(橋本治)(中公文庫)「講演 ブッダの言葉」(中村元)(新潮社)「論語を読む」(朗読・日下武史)(新潮社)「司馬遼太郎が語る--歴史小説家の視点」(新潮社)「小林秀雄講演集--ゴッホについて」(新潮社)
2009/01/14
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「橋本治と内田樹」(筑摩書房)という対談本を読んだ。内田樹(ブログの訪問数は一日6千から7千)という論客が聞き手となって、橋本治という得体のしれない大きな作家が自分を語るという趣向で、実に面白く読めた。橋本治の本は、神様・小林秀雄の間違いを指摘するという、恐れ多い仕事となった出色の小林秀雄論を読み、その力に驚いた記憶があるが、他の有名な作品は手にしていない。林まり子が、橋本治と同時に生きていることを幸せに思うというようなことを何かに書いていたが、この対談本を読むと、そうかもしれないと感じてしまう。本屋で、橋本治本人が「代表作に近い」という「窯変源氏物語」を買ってきて、読むことにした。この本は全14巻の大作だが、昨年源氏物語千年紀ということで、田辺聖子や寂聴の源氏物語を見たがあまり食欲がわかなかった。この本についての本人の解説を聴いて、挑戦することにした。今回は全巻通読ができそうな予感がする。この対談本は、同世代の二人の得意な書き手の考えていることや手の内がわかるのだが、橋本治の逆説的な、本質的な、独学的な言葉群に魅力があって、最後まで楽しくうなずきながら読み終えることができた。内田樹は相の手と相手の言葉を敷衍するちょっとした解説がうまいので、橋本治の話がうまく回転してく。橋本治という作家のことを論ずるにはまだ早いので、今日はこの作家の「知的生産の技術」に関係するかもしれない部分をピックアップしてみた。「頭が丈夫」 「思考体力」 技術って、「だいたいできているから、もうちょっとちゃんとできる」って形で進歩するんだと思う、、、。「だいたい」からジリジリジリっと完成度を高めていく、、、。 オリジナルに勉強する、高を括るっていう、優越感てもたないとだめですよね。それがないと、「えーっ」て人の後についていって平均点のノート取るだけになっちゃう。 一個やったらほかにやる必要ないぐらい「作品として立っている」っていうことにしなと、気がすまないんですよ。 滝沢馬琴と葛飾北斎と鶴屋南北は、デビューが五十過ぎなんですよ。、、、。で、五十から七十五までがピークなんですよ。 だから自分の社会的な壁を高くしちゃえば、変な人間関係に煩わされずにすむから、それでわいりとパブリックなことばっかり考えるようになってしまったっていうのはある。 日本の歴史という床下で配線がこんがらがっちゃっているから、その配線をちゃんと繋ぎなおさないと、現在がちゃんと機能しないみたいなことがあるから。 タイトルのストックは結構あります。 俺はなんか単体じゃないんです。すごく複数なんです。 地べたを這いまわるような時間を費やしていくと、体の中に経験値が積もって、ある時突然、パッと見えるようになるみたいなものがある。 十代の時に、面倒くさい本を読まなかったことで、俺は、すごく得をしたと思いますね。知らないから、成熟したいまの頭で、先入観なしで読めるんですよ。 一廉の者(ひとかどのもの) 最大の破壊は建設なりt思っていますから。 名優がやれば、どんな話でも芸談になるんですよ。 小説というのは、、、苦にならないような説明のテクニックを持ってしまった人が勝ちなんだと思ったんです。 「文章をぎゅっとわしづかみするという方法は一つあるんだなあ」と思って、、、、日本の文章の基本って漢文じゃないですか。、、、正式になればなるほど、ぎゅっとわしづかみになって、俗にするのなだったら、もうちょっと開くというようにして、その伸縮自在さが日本語の文章なんです。 「である」は私にとって漢文。 歯車が回り、ピストンが動いているみたいな。明治の文章ってそんな感じがするんですよね。 私は批評はいらないんです。ちゃんと紹介してくれれば。、、、紹介文でさえ、感想文になってしまっているということが最大の問題だと思う。 理想としては、山崎豊子が書くような題材を山田風太郎のような視点で筒井康隆のように書く(笑)。 「窯変源氏物語」に関しては言葉のスペクタクルをやりたかったんです。 文芸評論をやる前に、皆、小説をちゃんと書いてみな、すごいことがいっぱいわかるから、
2009/01/13
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「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり」(道元新宿の角川シネマで映画「禅 ZEN」を観る。 「正法眼蔵」を書いた曹洞宗の開祖、道元禅師の生涯を描いた作品。道元については、立松和平の本などを含めて話題になることが多いが、この映画で道元(1200-1253年)の生涯と教えの概要をつかみたいと思った。750年前の乱世の鎌倉時代には、既成仏教の堕落があり、新しい仏教が多く生まれている法然(1133―1212年)、栄西(1141-1215年)、親鸞(1173-1202年)、叡尊(1201-1290年)、蘭渓道隆(1213-1278年)、日蓮(1222-1282年)、無学祖元(1226-1286年)、一遍(1239-1289年)と仏教界の革新期だった。道元は世俗や戦乱から離れ、あるがまま自然の流れに身を任せひたすらに座る「只管打坐」(しかんだざ)を貫いていく。隆盛を妬む叡山から追われた道元は越前の永平寺で一派を形成していく。この作品では道元の偉さはよく描かれているが、その教えの中身についてはよく理解できなかった。またこの映画には映像や音楽などの道具立ては準備されていたが、観るものに感動を与えるシーンはあまり無かったように思う。ただ、「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり」という歌は心に響く。原作を書いた大谷哲夫(駒沢大大学総長)によれば、「道元の行き着いた世界は言葉では表すことのできない非言語の世界」だそうである。
2009/01/12
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上野の国立博物館表慶館で開催されている慶応義塾創立150周年を記念した福沢諭吉展を見てきた。思えば、2005年の正月から意識して始めた私の「人物記念館の旅」は、この中津の福沢記念館から始まったから、再開にふさわしいかもしれない。表慶館は、大正天皇(1879-1926)の御成婚を記念して建てられた、明治末期の洋風建築を代表する建物である。石と煉瓦造りの2階建てで、屋根は緑色の銅板で葺いた雰囲気のいい建物だ。慶びを表すという意味で表慶館と名付けられた。福沢諭吉展を開催するにふさわしい壮麗な建築だ。さて、現在の慶応の安西塾長のあいさつでは、「試みに見よ、古来文明の進歩、その初は皆いわゆる異端妄説に起らざるものなし」という福沢の言葉から始まっている。1858年に23歳だった福沢は慶応義塾を創立し、1901年に68歳で亡くなくなるまで、獅子奮迅の活躍をする。今回の展覧会のキーワードは「異端」と「先導」である。安西塾長は福沢を知・情・意の総合力に優れた偉大な常識家として福沢を見ている。この展覧は、第一部「あゆみだす身体」、第二部「かたりあう人間(じんかん)」、第三部「ふかめゆく智徳」、第四部「きりひらく実業」、第五部「わかちあう公」、第六部「ひろげゆく世界」、第七部「たしかめる共感」という七部構成になっている。福沢のもっとも身近な自身の身体、家族から始まって、男女、同志、慶応義塾、経済、政府、演説、時事新報、世界とアジア、そして福沢山脈を形成した門下生の美術コレクションというように、影響が地理的拡大に及ぶ様と後世という時間軸で影響が及んでいく様を描いている。影響が広く、長く、水面の波紋のように広がっていくというコンセプトだろう。「あゆみだす身体」。4時半起床(冬は5時半)で10時には寝る福沢が散歩党を起こすための銅鑼と打木が展示されている。毎日広尾、目黒、渋谷と6キロを歩いた。また、肖像画が30種類以上残っているように、福沢は無類の写真好きだった。福沢は身体を人間第一等の宝として鍛えていた。それを示す言葉が二つあった。「身体壮健精神活発」と「先成獣身而後養人心」である。後は、「まずじゅうしんをなしてのちじんしんをやしなう」と読む。「かたりあう人間(じんかん)」。銀座に交詢社をつくり人間交際(society)を推進したが、交詢社とは「知識を交換し、世務を諮詢する」社会教育の場という意味だということがわかった。「ふかめゆく知徳」。徳とは「勉強によって智を獲得するかたわら、知らず知らずのうちに備えていく気品」だそうだ。慶応の25年史には、「西洋の実学」という言葉があり、実学に「サイヤンス」というルビをふっている。科学を実践的学問、すなわち実学と訳しているのは興味深い。慶応義塾では、先生と弟子ではなく社会開拓する志の実現のため協同して支え合う仲間(社中)であり、上下関係はないといことになる。福沢だけが先生と呼ばれ、あとは全員が君づけなのはこういった考えにもとづいている。亡くなる年の元旦にに書いた「独立自尊迎新世紀」は雄渾な書である。福沢の葬儀は1万5千人が弔ったが、女性を尊重する論陣を張ったためか女性が多かったとのことだ。「きりひらく実業」。中央における経済界の福沢山脈(荘田平五郎・朝吹英二・中上川彦次郎・池田成彬・福沢桃介・藤原銀次郎・小林一三・松永安佐エ門ら)と並んで「もう一つの福沢山脈」として地方で活躍した慶応義塾出身者の活躍を展示しているのは、いい企画だった。福沢の影響力は地方の産業にも深く及んでいたということがわかる。「わかちあう公」。「言海」が完成した祝宴の招待状に、招待員総代として「伊藤伯」「福沢先生」とあったのを自ら福沢先生の文字を抹消して送り返したという逸話の本物があった。また、「やせ我慢の説」で幕臣でありながら新政府から爵位をもらった勝海舟を非難した書簡に対して、勝の返事もある。「行蔵は我に存す 毀誉は他人の主張 我に与からず 我に関せずと存候」というよく知られた言葉があった。第一回帝国議会の想像図があり、定員300のうち、慶応義塾出身者は25名だったそうだ。今はどうだろう、もっと多いかも知れない。「ひらけゆく世界」。展示されていた「西航手帳」は、帰国後の多くの著作のもととなった手帳。「中津留別の書」(1870年)は、福沢のメッセージのエッセンスが詰まっているとのことなので読まねばならない。「福翁自伝」の最後に、これからやってみたいこととして、「気品」「宗教」「学問」を挙げているのも興味深い。「たしかめる共感」。門下生による美術コレクションだが、「国の光は美術に発す」という福沢の言葉もあった。絵画や焼き物など多くの美術品が展示されていたが、門下の実業人たちは福沢のこの言葉を聞いていてこれらの美術品を蒐集したのだろう。福沢記念館は何度も訪れているし、本も読んでいるので、今回はまだ知らなかった逸話などを中心に見て回った。福沢諭吉の本は折に触れて読み継いでいかなければならないと改めて感じた。この企画展の冊子と「福沢諭吉が生きていたらーー」(諭吉インサイドプロジェクト出版委員会編)などを購入。-------------------------------福沢展を観たあと、夕刻には銀座で寺島さんと食事をしながら打ち合わせ。
2009/01/11
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10日の日経新聞朝刊の広告欄に「The21」2月号の広告が全五段の大きく出ており、「残業ゼロのスピード思考術」がメインで紹介されています。その中で「仕事が速くなる一流の思考術」で紹介されている吉越浩一郎、細谷功、佐々木かおり、松田公太、苫米地英人と一緒に、顔写真が載っていました。多摩大学では、土曜日が会議の日で、今日は一日中でした。10時から、学部長と「インターゼミ」の打合せ。10時40分から、学部教授会。12時10分から、大学院教授会。13時から16時まで、教員と職員の有志の「多摩大プライド」という懇談会。16時半から17時まで、教務委員長と「インターゼミ」の打合せ。「今日の一番」は、「多摩大プライド」。事務局のアドミッション、教務、総務、秘書など各部門の責任者や職員、そしてほとんどの教員が入れ替わり立ち替わり参加して、熱い議論が行われました。合意形成の機会として有効だと思いました。話し合われた内容は後で配られると思いますが、具体的にやるべきことを自分なりに整理してみたい。私は、いい機会なので今取り組んでいるホームページ刷新プロジェクトの紹介や、「現代の志塾」を中心概念とした仕掛けについてしゃべってみました。ゼミで過去20年間行われてきた活動を「産業社会の問題解決の最前線に立つ」という学部の新理念に沿って整理しなおして、社会や高校への広報に使うインターネット世界での大学の存在感を高めるために、HPに教職員のブログを設け、教職員からのメッセージを日常的に発信する体制をつくる大学の母体となっている田村学園グループのいくつかの高校をターゲットにしたアプローチを具体的に始める挨拶運動と学内美化強みの再整理この場は継続するということなので、合意形成にとどまらず、具体的なアイデアを拾い、どんどん勝手に実行していくことが大事。
2009/01/10
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このところずっと晴れていたが、久しぶりの雨の日。11時過ぎから、新宿紀伊国屋書店の近くの喫茶店でNPO知研の会合。会長の八木さんと事務局長の秋田さんと3人で3月開催予定の総会の打ち合わせ。12時半から、同じ場所でD出版社の編集者と現在進行中の本の打ち合わせ。3月刊行予定。13時半に、新宿サザンテラス口のJR東日本本社に出向く。今回で4日目の講演と研修。始まる前に人事部長(取締役)が現れてしばし歓談。この人は私の本も数冊読んでいるとのことだった。部下によると仕事でも図解をもちいるそうだ。14時から17時まで、講義と実習。今回も117名ほどの受講者。熱心に参加してもらった。終了後は、毎回懇親会。今回は仙台支社の若い職員らと懇談することができた。人事部長とも意見交換ができた。18時半からは、神田小川町の神田和泉屋さん。http://kanda-izumiya.com/和泉屋さんは日本酒の酒屋だが、いい酒を飲む人を増やすことがいい酒をつくる蔵を応援することだという信念で、神田和泉屋学園http://kanda-izumiya.com/gakuen/gakuen-annai.htmという日本酒学校を併設している。アル中学(アルコール中学)からアル高校、アル大学まであり、創立20年以上で今までの卒業生は1000名に近い。私もある縁があって、一応大学まででている。この世界は「学歴社会」でもある。(^^:)私の誕生祝いという名目で、私たち夫婦と娘、息子の4人で、この和泉屋さんのビルに開設されている飲み屋で、素晴らしい日本酒と定評のあるつまみを堪能する。校長と理事長をつとめる横田ご夫妻からドイツワインのシャンペンをごちそうになる。またアル高校5期の同期である加藤さんとも久しぶりに会う。岩手の和泉屋さんの山荘での合宿で私たち家族とこのメンバーは会ったことがある。そのときは子供たちは小学生だったか、中学生だったか。4人で楽しく食事をしたあと、横田さんご夫妻らとまた歓談。-----------------------神田和泉屋学園お酒の話の「授業」ですが、アル中学アル高校の講師は神田和泉屋店主の横田校長が勤めます。大上段に振りかぶって「日本酒大学」としたかったのですが、内容はどうみても中学、話は世界のお酒に飛ぶこともあって「アルコール中学」略して「アル中」としました。「神田和泉屋学園」の目的は、なにげなしに飲んでいたお酒を「意識して」飲んでもらうことにあります。自分のお酒を自分で選べる人が増えることが「本当の日本酒」を守ることになると思い、そのためのほんの少しのお手伝いをこの学園がしています。お酒の製造工程を中心にした講義と利き酒実技が主な内容です。1987年4月に第1期が開講され、一クラス12~13名程度の小さな教室ですが、2006年で創立20周年を迎え、東京教室卒業生は1627人。2007年10月現在、第42期(在校生39名)が開講中。その間にアル中学卒業生からの要望で「アル高校」が1988年4月に開講され、卒業生は895名。現在第38期(在校生36名)が開講中。「アル高校日本酒科」を卒業し「神田和泉屋学園同窓会」に入会すると「アル大学(卒業生540名、在校生26名)」「ドイツワイン科(卒業生304名、在校生12名)」に進学できます。教室は神田和泉屋の4階「神田和泉屋学園教室」。残念ながらエレベーターはありません。冬季には「修学旅行」として酒蔵への酒造り見学があります。中学高校ともに決められた組で受講していただきます。教室はほかに「大阪教室」「名古屋教室」などもありましたが、現在は日程の調整がつかず閉鎖され、唯一岩手県藤沢町の「神田和泉屋館ヶ森山荘ワイン庫」での「岩手教室」のみが地方教室として開講されています。
2009/01/09
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PHPが出してる月刊ビジネス誌「The 21」(ざ・にじゅういち)は、「仕事満足度」120%マガジンを標榜している。この2月号が送られてきました。そろそろ書店に出まわるころでしょうか。年末に編集部の担当中村康教さん、取材・構成の村上敬さん、写真の村山雄一さん取材を受けた記事が載っています。(内容、イラスト、写真ともよくできていました1)「総力特集」は、「「残業ゼロ」のスピード仕事術」---仕事が速い人VS遅い人、その差は「頭の使い方」にあった!!というタイトルで二部構成。第一部:仕事が速くなる「一流の思考」術。スペシャルインタビュー。-「仕組み化」を徹底しムダに脳を使う時間を削減 吉越浩一郎(吉越事務所代表)-「結論から」&「全体から」&「単純に」考える 細谷功(ザガティコンサルティングディレクター)-図解で仕事を俯瞰して催促の段取りを組む 久恒啓一(多摩大学教授)-手帳に書いて「決める」ことで行動を加速させる 佐々木かおり(イー・ウーマン社長)-目的を明確にして「やるべきこと」を逆算する 松田公太(タリーズコーヒーインターナショナルファウンダー)-既成概念を解き放ち脳の機能を最大化する 苫米地英人(脳機能学者)第二部は、残業時間が激減する「思考ハックス」で、第三部はケー・スタディで若手トップコンサルタントの3倍速思考術と思考スピードを高めるためのブックガイド。インタビューを受けているメンバーは著作や雑誌記事などでよく見かける人たちで、それぞれ言っていることはもっともです。編集部による私の紹介は下記。外からみるとこういう風に見えているのでしょうか。「大学で教鞭をとるかたわら、NPO法人の理事長を務め、企業や自治体のコンサルティングや講演で全国を飛び回る。その合間を縫って多数の本を執筆し、ライフワークである人物記念館巡りも欠かさない。限られた時間に超人的な仕事量を処理している久恒氏だが、その秘訣”図解思考”にあるという。では、図で考えると、なぜ仕事を速く片づけられるようになるのか?」以下、編集部の質問。この質問に答えながら自分の考えを述べていくというスタイル。-ズバリ、「図解思考」をすると、どうして仕事が速くなるのでしょう?-最初の「理解」に図画役立つというのは、複雑な情報でもスッキリと整理できるということですか。-ただ、最初に図をつくる時間がもったいない気もします。-二つ目の「企画・構想」も、図で考えると速くなりますか。-では、「伝達」はどうでしょうか。-部下に仕事を頼むときも、図で説明したほうがいいのでしょうか。-図解思考でスピードが上がることはわかりました。ただ、図を描くのが苦手という人も多いと思います。-なるほど。では早速やってみます(しばし図解)、、、、自分の仕事は自分がいちばん理解している「はずなのに、いざやってみると意外に難しいですね。-図解以外に、思考スピードをアップさせる方法はありませんか。-自力回転?-久恒さんご自身は、昔から「前業派」だったのですか。「編集後記」では、Y・Nという名前で下記のように紹介。「今回ご登場いただいた多摩大学の久恒啓一先生は、2005年からの4年間で全国の人物記念館をなんと250以上も回ったという。「高い志をもって活躍した人が多く、毎回すごくいい刺激をもらえるん」ですよ」とのこと。年末年始の休みに、自分もどこかの人物記念館に足を運んでみようと思う。」中村さん、年末・年始はどの人物記念館も休館でーす。(^^:)質問に対する答えの載った詳しい記事の内容は、雑誌で見てください。
2009/01/08
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多摩キャンパスで講義二つ、ゼミ一つ。ということで、忙しい一日でした。「マネジメントデザイン2」は、人物記念館の旅から私が学んだ偉人たちの生き方について学生たちに体系的に伝え、自分のロールモデルを見つけてもらうという科目です。最終的には、私が考案した「人生鳥瞰図」を一枚、A4で2枚のレポートが提出が課題となります。レポートは「私のロールモデル○○○○から学んだこと」という表題で提出してもらう。○○○○の部分は岡本太郎とか、樋口一葉とか、原敬とか、自分が興味を持ったり、師匠としたい人物名が入ります。現代の若者はどういう人物に興味を示すか、楽しみです。以下、アンケートから「この授業を受けて起こった自分の変化」の部分をピックアップ。今後も本を読んだり記念館を訪れたりしてモデルを見つけたい「武士道」という本は目を通しておきたい歴史や偉人についてもっと勉強した方がいいと改めて感じたこの授業で終わりにするのではなく、気にいった人がいればどんどん調べていきたいキャリアデザインをしてこれからの人生イメージを積極的に生きていきたい図解の技術を学ぶことで勉強の仕方が変わり、人物を知ることで価値観を広げられた持続できる志を持てるよう努力したい行動の変化というより、「意識の変化」を強く感じる時間だった偉人の歴史館などを回ってもっと多くのことを学びたい原敬のように高い志をもっていきたいこの大学に入って自分は技術を磨くことに専念してきたが、中身を磨くことが疎かになっていたのかもしれない。春休みに久々に旅行にでもいって見聞を広めたい自分の中で変化したものがあります。それは志を持つことです。池波正太郎の「男の作法」が参考になった。このような人生の勉強を続けていきたい教養が増えたテレビなどでも偉人の言葉に意識がいくようになった美術や画家に対して今んで以上に興味を持ち、調べたり美術館に行くようになった。これは趣味の一つとして続けていきたい「志」を大切にすることが一番大きかった自分の方針が見えたと思います偉人達のように大きくなりたい志をもって強く生きていく行動に移したい偉人の人生に興味がでてきた。それにより自分自身の見方も変わった自分の生き方を見直してみることができた時代劇を見るようになりました自分のやりだしたことは責任をもって最後までやってみようと考えが変わりました歴史を暗記するという考えから、歴史は自分の引き出しの一部になるという考えに変わりました。本を読むことが苦手でしたが図書館に行き探し、手にとってみることも増えました。もっと早くこの授業をとっていればよかった。一年の必修科目にしてもいいくらいだ。少なくとも授業を受ける前と後では人生観が変わった気がする------------------------------------------------午後は、「ビジネス情報デザインスタディ」と、ホームゼミ(顧客満足ゼミ)。
2009/01/07
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夕刻から、大学院品川キャンパスで今年最初の講義。受講生は全員が職業を持っている社会人で、平均年齢は30代半ば。18時半から21時40分まで。後期は「実践知識経営2」という科目名で講義を行っているのだが、受講登録者は28人と全科目で最も多い。昨年最後の授業で渡した「現代世界解析講座」という本に登場する11人の論考のうち一人を選んでそれを一枚の図解にするという課題を課している。寺島実郎「21世紀に入って7年間の世界潮流の変化について」久恒啓一「現代世界のつかまえ方---図解思考のすすめ」酒井啓子「イラクを巡る国際情勢」沈才彬「中国の台頭と世界の潮流」金美徳「今、朝鮮半島をどう考えるか」寺島実郎「21世紀の日本の内なる変化」明石康「アジアにおける紛争解決と平和」江川紹子「新聞の読み方・テレビの見方」浅野史郎「地方から変わる日本」中谷巌「日本文明の将来」堀田力「地球規模で日本の少子高齢化を解析する」寺島実郎「前期リレー講座の総括と問題意識の確認」それぞれが描いた一枚の図を用いて全体発表を行い、全員で議論していきながら、世界潮流と日本のあり方を勉強するという趣向で、世界が一気にわかるというエキサイティングな時間になった。以下、受講生のアンケートから。「他の講義のグループワークでパワーポイントの資料を作成しているのですが、複数の人間で一つの資料を作成することに非常に苦戦しています。(話がうまく長れないので)今日この場で図解を使えばもっとグループワークがうまくいく気がしてきました」「この授業は全てが腑に落ちる。なんとしても図解思考を手に入れるように努力します」「中期計画関連業務多忙につき、なかなか講義に出られずに申し訳ありません。久しぶりの図解シャワーでリフレッシュしました」「難解で読むモチベーションがあがらない本であっても、図で説明を受ければ理解することができると思った」「「図解は疲労します。疲労するので脳に情報がこびりついています(1カ月前に図解を見ると本を思い出せます)。30年計画を1月中に完成させて人生を楽しみます」
2009/01/06
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正月休みが終わり、今日から大学が始まった。私の講義は明日からだが、打ち合わせがあって大学に車で20分ほどかけて出かける。まず、いつもお世話になっている秘書室の最強女性軍団に新年のご挨拶。今日から授業が始まった先生たちにも何人も出くわしご挨拶。ある50代の同僚の先生からは私の本を「数冊ほど年末年始に読んで、試してみたら頭の巡りが違った、お礼をしなきゃ」と言われるなど、なごやかな雰囲気でスタート。事務局の企画広報担当の職員と、今後の学内外の仕事の打ち合わせと情報交換を小一時間ほど行う。打ち合わせを行った私の研究室から見ると、丹沢山系の先に冠雪の富士山の上の姿が見える。冬の晴れた日にはこの美しい姿が見えるから、ここしばらくは楽しみだ。この休みに引っ越しを(昨年二度目)して以来、近くの大きな公園を愛犬チョコラを連れて散歩するのが日課となっている。この景色をデジカメで毎日撮影するようになっているが、ここには大きな本格的な装備のカメラレンズをかつだ人をよく見かける。一人の人もいれば、集団で鳥を狙っているらしい人もいる。里山を保存している大きな公園であり、野鳥観察の名所になっているらしい。私も、三羽のカルガモが隊列を組んで気持ちよく池を泳ぐ姿を写してみた。このブログでも冬から春、春から夏、夏から秋、秋から冬といように自然の変化するさまを撮影した作品を紹介していきたい。どんな写真が撮れるか、毎日の小さな楽しみにしたいと思う。
2009/01/05
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久しぶりの横浜。正月だからだろうか、ものすごい人の群れ。いとこのみっちゃん一家4人(みっちゃん、夫、夫の母、娘)、弟夫婦、私たち夫婦、そして母の計9人でで食事。その後、ルミネがあまりに混んでいてどこにも入れないので、外に出てショラトンホテルで(ここは奇蹟のようにいい場所が空いていた)コーヒーを飲みながら親戚の動向などを話題に話に花が咲く。みっちゃんの亡くなった母親、最近亡くなったみっこおばちゃん、若い世代の動向、、。帰りに、横浜そごうで開催中の「迷わぬふたり。白洲次郎と白洲正子展」を観る。この二人の住んだ武相荘いは何度か訪ねたことがあるから、知らないところを中心にみてまわる。次郎は、「立つ鳥あとを濁さず」といって亡くなる前に身辺の書類や資料を自ら焼却してしまっていた。GHQと日本国憲法制定をめぐって火花を散らしてるとき、アメリカは「エアウェイ」として、性急さを戒め日本流の「ジープウェイ」で時間をかけながらやっていこうと説得している。また、GHQ側を、「you」、日本側を「they」(weではなく)と呼び、中立的立場をとっている。白洲次郎は、ダンディの見本として今なお人気があるが、「ダンディの要件」について語っている。要するにダンディとは「やせ我慢」であるとのことだ。その要件は、1・筋を通す(次郎のいういプリンシプルに似ている)。2・弱者にやさしい。3・私(わたくし)しない。4・見た目にそこそこカッコいい。彼自身はイギリスのダンディズムを身につけた紳士で、圧倒的にカッコよかったが、要件に「そこそこ」と入れるところなどは、弱者にやさしいところが確かにある。57歳で東北電力会長を退いた後は、車と日曜大工とゴルフに興じたカントリージェントルマンだった。死の5年前に書いた1980年の遺言書が飾ってあり、「一、葬式無用 一、戒名不用」だった。白洲正子の生き方にも多くの人が関心があり、今なお雑誌の特集や本も売れ続けている。初期工芸の「うぶな美しさ」に惹かれる正子は、「何でもなくて、そして何もかもあるもの」が究極の器だといい、少なくとも10根は付き合ってみなければわからないとしている。イギリス流のカントリージェントルマンだった次郎と日本の古典文学と古美術の美しさを再発見した正子。次郎の趣味の家具と正子が蒐めた骨董に囲まれて生活した武相荘での暮らし。旅に出るとせっかちな次郎と、道草の好きな正子。帰りに見た看板のポスターには、「時代に媚びない。時代を染め抜く」という言葉で、次郎と正子をそれぞて説明してあって、うまいと思った。コメントを書く
2009/01/04
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九鬼と天心「九鬼と天心」(PHP)は、評伝作家として精力的に執筆を続ける北康利の最新作である。この作家の本は、山本七平賞を受賞したデビュー作「白州次郎 占領を背負った男」以来、「福沢諭吉」や「松下幸之助」などの評伝も読んできた。九鬼隆一は1850年生まれで、福沢諭吉の慶応に入学し、その翌年に文部省に入り栄進し、文部行政に絶大な影響を与えて、日本の古美術調査保存や美術教育に力を注ぎ、男爵に列せられた。岡倉天心は1962年生まれで、フェノロサの影響で日本美術に傾倒し、文部省で九鬼のもとで美術行政に関わり、東京美術学校の設立、日本美術院の創設などを行い、横山大観などの優れた日本画家の一群を育てた。この本は、日本の美の伝統を守ったその盟友二人の愛憎の物語である。時代を担う人材の登竜門であった慶応に学んだ九鬼は、不世出の教育者であった福沢諭吉が唯一生涯許さなかった弟子でもあった。文部行政に深く関わる中から、当時の日本は上からの改革でなくては列強に飲み込まれてしまうという危機感が、恩師を裏切る形になってしまう。「文部省は竹橋にあり、文部卿は三田にあり」と言われた福沢が「日本人は欧米に遅れている」と説き急速な近代化を実現しようとしたのに対し、九鬼は「文部省の九鬼か、九鬼の文部省か」と言われたほどの実力者になり、「従来の日本にも素晴らしいところはあう」と主張し、日本に誇りを取り戻そうと考えた。そして私学の弾圧に乗り出し官学を重視する路線をとる。慶応にとって九鬼はユダであった。九鬼は総理大臣にも文部大臣にもならなかったが、世評は高かった。「東京日日新聞」(1887年8月2日)は各界の有力者ランキングを発表している。それによると、教育家では3位、美術奨励家では2位、物産奨励家では5位に入っている。岡倉天心は九鬼より12歳年下の英才で文部省で上司である九鬼に私淑し、九鬼の考え方を美術の世界に鮮やかに展開していく。後年「九鬼のある所必ず天心あり、天心ある所必ず九鬼あり」と言われるほどの同志となっていく。天心の書斎で「第一 四十歳にて九鬼内閣の文部大臣となる 第二 五十にして貨殖に志す 第三 五十五にして寂す」という人生計画らしきメモを見た人がいる。天心の志を知るメ資料でもあるが、一方で天心の九鬼に対する傾倒ぶりがうかがわれる。「日本美術は中国の模倣ではない」と強く思った天心は日本美術の再興に生涯をかけていく。東京美術学校の校長を追われた天心は、辞職後わずか3ヶ月で日本美術院を創設し、日本美術の滔々とした豊かな流れをつくりだしていく。九鬼と天心の民族主義的思想が、当時の欧米化という圧倒的な流れの中で、日本の文化と誇りをかろうじて守ったということもいえるのだ。ここは今日も私たちが背負っている課題でもある。この二人は、時代を読む洞察力、目だとうとする性癖、そして好色であったことなど、共通点が多い。漁色家であった九鬼と自分の欲望を抑えることができなかった天心は、似たもの同士だった。それが九鬼の妻と天心との不倫騒動に発展していくとは皮肉なものである。九鬼の息子であった周造は、実は天心の子ではないかと疑われたが、後に哲学者となって「粋の構造」という名著を書く。しかしこの周造も哲学者でありながら、「ドン・ジュアンの血の幾しずく身のうちに 流るることを恥かしとせず」という歌を詠んでいる。やはり堂々たる漁色家であった。血は争えないものである。また、九鬼と天心の二人の性格はよく似ている。時代に対する感覚が鋭いこと、果断であること、人に影響を与える教育者的資質に富んでいること、表の顔と裏の顔があることなどである。どちらも成功することに生きがいを感じる人、動機づける人、である。この本は「明治のドン・ジュアン」という副題(ドン・ジュアンは、ドン・ファンのこと)を持っているが、その部分は描き切れていないように感じる。北康利の書物には時折、対象とした人物に対する感想や溜息が書かれていて、本音が垣間見えることがあるが、幾分モラリスト的雰囲気があるようで、好色の部分には全般に評価が辛い。それが筆致にあらわれている。小説家ではないし、男を書くことがテーマなので女や恋愛を描くことは苦手だと思うが、どうだろう。北は、最近まで証券会社勤務だったが、専門の会計分野の専門職大学院で客員教授を務めながら、本格的に評伝を書くことを決心したようである。「白州次郎」を書いたときには、故郷・兵庫県三田(さんだ)の郷土史家という肩書だった。白州次郎も、今回の九鬼隆一もそういう郷土史研究の中から浮かび上がったテーマであろう。著者にとって郷土史は自分自身を深堀することでもあるから、調べ、書く必然があり、それが出来栄えにつながっているようである。北康利は、郷土史という汲めども尽きぬ泉を掘り当てたようである。その独自の泉を大事にして、近代日本の人物を書くことを通じて、日本の姿を描いてもらいたい。
2009/01/03
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小田実という巨人と同伴者として時代を疾走した著者の交流を描いた鎮魂歌。一気に読んで心を打たれました。下手な論評をすることは一切やめて、著者の言葉を追うだけにしたいと思います。「本書は、、、、小田と自らの45年にわたる日々を、デモ、脱走兵援助、ベトナム訪問、女性、文学をめぐり、小田の類まれな指導力と人間性を赤裸々に描いた記録である。」「ベ平連の理念と小田の人間性を知ってもらいたく、ぼくの唯一の取柄----自由を旗印に、この記録に挑む。」この本の中に出てくる小田実と小中陽太郎をめぐる人々の名前を書きだしてみます。この名前を眺めるだけであの時代の息吹が聞こえてくるようです。「ベ平連」の時代は途方もないエネルギーに満ちていた、市民たちの青春だったのです。川本三郎・鶴見俊輔・吉川勇一・加藤周一・大江健三郎・香山健一・久野収・開高健・本多勝一・オノヨーコ・ジョンレノン・坂本一亀・岡部雅郎・野坂昭如・永六輔・中村八大・中谷昇・萬之助・池田一郎(隆慶一郎)・木下恵介・山田太一・森有正・児島襄・竹中労・児玉隆也・佐久間稔・鈴木武樹・鶴見和子・高畠通敏・いいだもも・武藤一羊等・吉本龍明・桑原武夫・坂本義和・中曽根康弘・宮沢喜一・宇都宮徳馬・飛鳥田一雄・上田耕一郎・無着成恭・ばばこういち・岡本太郎・福富節男・和田春樹・栗原幸夫・日高六郎・チョムスキー・大森実・田英夫・サルトル・ボーボワール・横尾忠則・岸恵子・高橋和己・柴田翔・丸谷才一・安岡章太郎・辻元清美・古藤晃・渡辺喜美・中川昭一・金大中・秋田明大・小澤遼子・金芝河・中野孝次・宮本顕治・土井たか子・有田芳生・山口鶴男・鎌田慧・吉岡努・小熊英二、、、、、、、。以下、小中の小田の人物評。二つ年下の小中は巡りあった小田実という巨人と一つの時代を一緒に確かに生きたということでしょう。この男には世界大の題材を?み取るエネルギーとマイノリティにこだわる人生観の両面があった。彼のエネルギーの源泉は牛のような反芻にあった。そして夜更けまで論じつくすのである。こういう論客、一言居士が小田に心服したからには、小田にはある大きな磁力があったのだろう。小田は、こういうとき臆病なまでに慎重である。あの小さな矩形の中に首尾よく着陸できるのだろうか。小田といrてばできるだろう。ぼくはこわくない、となりに世界一の大旅行家がいるのだから。ぼくも兵役拒否者になたとぁけでも、革命家になったわけでもない。ただ、宗教のように小田についていっただけだった。小田はたぐいまれな知識人で、議論家である。英語を駆使し、古典ギリシャ語を読み、万巻の書を読破する。それでいて、地べたのオモニやアボジと膝を交えて、手をたたき、鼓腹撃壌、長い手を頭の上にかざして舞い踊る。小田の中には知識人と放浪者の二つのDNAがとうとうと流れ、彼の血管の中で矛盾なく溶け合っている。それにしても、彼の女性に対する暴君ぶりは相当なものだった。小田とぼくの関係は、光源氏と従者の藤原惟光のようなものだ。というより小田自身が大編集者で、書き下ろし、連載、口述、共著と使い分け、大出版社を手玉にとり、若い編集者を育てた。いつも締め切りに追われていたが、書きだすと着想は滾滾と泉のように湧いてくるようだった。そういう加害者性を認めたうえで、それをバネにして新しい立場を作り出そうとする積極的な「自己肯定」が小田の特徴だった。だから小田は頑張る人というよりあきらめる人だった。小田は、人の悪口を言わない。人が言っても気にしない。彼は何よりも、決して人の批判や悪口を言わなかった。2007年2月に最後に大勢で食事をしたときの小中の言葉。「二人だけでいたかった。ぼくは小田を取り戻したかったのだ、とやっとわかった。女性たちがそう思っていたように。」この本は、人間・小田実の魅力と、小田が生きた時代を、小中陽太郎らしい自由な筆致で十分に描き切った傑作であると思います。
2009/01/02
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あけまして、おめでとうございます!旧年中はお世話になりました。今年もよろしくおつきあいください。昨年は10年に一度の大いなる変化への対応の年でした。そして東京での新しい生活・仕事に向けてのインフラ整備の年でもありました。本年は、大学での新しい役割の遂行と新しいライフワークが形になっていく最初の年となります。今年以降、「人づくり」をテーマに全ての活動を収斂させていきます。・「現代の志塾」を掲げる多摩大学では寺島実郎学長の就任に伴い、私にも学内外で新しい役割が予定されており楽しみです。・寺島学長が指導する全学対象のインターゼミ(社会工学研究会・寺島塾)を私も一緒に担当します。・ホームゼミ(顧客満足ゼミ)は新2年生22人の加入を機会に、多摩大学総合研究所との連携で本格始動します。・「図解コミュニケーション」と「ビジネスマン応援歌」に加え、新たなライフワークとなる第三の著作ジャンルとなる「人物論」の出版を開始します。・2005年以来5年目を迎える「人物記念館の旅」は、累計300館突破を予定しています。・生涯著作数は90冊を超えて、100冊の大台が見えてくるでしょうか。・理事長をつとめるNPO法人知的生産の技術研究会の再興を目指し、人づくりのための新たな仕掛けを行っていきます。・1999年開設のHP「図解Web」をさらに進化させ、毎日の訪問者数1000を目標に精進してまいります。・2000年より始めたメルマガ「学びの軌跡」が、累計700号を達成します。現在の配信数8千超から1万を目標として内容の充実を心がけていきます。・2004年より続いているブログ「今日も生涯の一日なり」の連続記入記録は、当初からの目標であったヤンキース松井秀喜の連続試合出場記録(1768試合)を破る予定です。・作家連合の社会貢献プログラムChabo!や日本ペンクラブなどを窓口に世界を広げていきたいと思います。・新居に移り心機一転、新たな気持ちで過ごしていきます。
2009/01/01
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