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2002.12.03
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 書名通り、会津藩最後の主席家老となった梶原平馬の半生記。
 主に、京都守護職となった容保のしたがっての上洛から、会津での敗戦までを描く。
 著者は、その梶原平馬の曾孫で、当然、会津に肩入れした書き方になる。
「こうした出鱈目話は、何も敵からばかり出ていたわけではない。幕府軍艦奉行の勝海舟が無責任な放言をしたのである。この男の放言乃至虚言癖は、以前から有名だった。」(P115)
「西郷吉之助という人物は、人並み外れて朴直な部分と人並み外れて狸の部分を併せ持った怪物である。」(p116)
「患者の来ない村医者あがりでオランダ語の本で先方を学んだ大村(益次郎)」(P133)
「岩倉(具視)も大久保(一蔵)も悪知恵は無尽蔵にあるが、文才も学才もまるでない。」(P166)
「榎本(武揚)は大秀才であった。その頭脳にはヨーロッパの新知識が充満していたが、慶喜同様、エゴイストであったのだ。」(p214)
という具合で、当然、慶喜は、「百才あって一誠なし」だの「ヒステリー秀才」だの、ことあるごとに悪く書かれている。慶喜に対しては、憎悪というよりも軽蔑を感じているらしい。

 京で出会ったテイという理想的な女性を妻とするのだが、その妻を理想的な女性として描いている。
 しかし、作者は、もともとは平馬やテイに対して否定的な立場にあった。
 テイの出現によって、一子をもうけながら平馬と離婚した二葉の曾孫なのである。
 また、平馬は会津戦争の指導者・責任者であり、その後一世紀にわたる一族の冷飯食いっぱなしのもとを作った男だと思っていたという。
 作者は後書きで、「平馬の子孫は彼の没後百二年目にしてやっと曾祖父との和解を果たしたのである。」(P269)と書いている。
 「海ゼロ山ゼロ」(P77)という表現など、時代小説としてはどうか、と思うが、全体をみれば、熱い情念に包まれた小説である。
 偽の詔勅やでっちあげの錦旗によって私怨のために会津を攻撃し、江戸時代を否定することで自分たちを正当化してきた、いわゆる「明治の元勲」のでたらめさにはあきれるばかりである。





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Last updated  2013.08.30 09:43:08
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