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イザヤ書49:1-3 島々よ。私に聞け。遠い国々の民よ。耳を傾けよ。主は、生まれる前から私を召し、母の胎内にいる時から私の名を呼ばれた。主は私の口を鋭い剣のようにし、御手の陰に私を隠し、私をとぎすました矢として、矢筒の中に私を隠した。そして、私に仰せられた。「あなたはわたしのしもべ、わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現わす。」 今朝の目覚めとともに、聖書の使徒の働きのことばが響いた。「たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた」 1999年11月の東京での左脳内出血の癒された時は、真夜中でも危篤には車で駆けつけ、アーメンと信じ病床洗礼、召天式など動きました。出産の時は家族よりも早く行くこともあります。 2012年の堺市での右脳内出血。その一か月後の小脳内梗塞以来、免許証も返却し運転を止めました。 今は、もっぱら大阪行きは電車です。生駒駅までタクシー950円。 今までタクシー利用のない生活でしたが、イエス・キリストの福音を聞いてもらえる良いチャンスが与えられ、いつも名刺代わりにマンガや、天国から追い返された牧師の冊子を渡します。 伝道者の書9:11 私は再び、日の下を見たが、競走は足の早い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく、またパンは知恵ある人のものではなく、また富は悟りのある人のものではなく、愛顧は知識のある人のものではないことがわかった。すべての人が時と機会に出会うからだ。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/31
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使徒の働き8:35 ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。サマリヤの町で大リバイバルが起こり、ピリポがイエス・キリストを宣べ伝え、行っていたしるし=汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、大ぜいの中風の者や足のきかない者は直ったから=を見、神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受け、それでその町に大きな喜びが起こりました。その働きのさ中に、聖霊がガザ=荒れ果てた荒野へ行くよう導かれました。神のなさることはみなその時にかなって美しいが、人間的には考えられない現実もあります。だれもいないと思ったガザへ下る道を、エチオピア女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理しているエチオピア人宦官が、馬車でエチオピアへ帰る途中でした。しかも、馬車の中でイザヤ書の巻物を声を出して読んでいたのです。ピリポは、読んでいることが分かりますかと言うと、宦官は、導く人がなければ、どうして分かりましょう。ピリポを馬車へ乗せました。 彼が読んでいた聖書の個所には、こう書いてあった。「ほふり場に連れて行かれる羊のように、また、黙々として毛を刈る者の前に立つ小羊のように、彼は口を開かなかった。彼は、卑しめられ、そのさばきも取り上げられた。彼の時代のことを、だれが話すことができようか。彼のいのちは地上から取り去られたのである。」 宦官はピリポに向かって言った。「預言者はだれについて、こう言っているのですか。どうか教えてください。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。 聖書はイエス・キリストについて書かれた神のことばです。ヨハネの福音書5:39―40 あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。 結果、道を進んで行くうちに、水のある所に来たので、宦官は言った。「ご覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何かさしつかえがあるでしょうか。」そこでピリポは言った。もしあなたが心底から信じるならば、よいのです。すると彼は答えて言った。私は、イエス・キリストが神の御子であると信じます。(8:36-37そして馬車を止めさせ、ピリポも宦官も水の中へ降りて行き、ピリポは宦官にバプテスマを授けた。 水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られたので、宦官はそれから後彼を見なかったが、喜びながら帰って行った。 初代教会時代、エチオピアはキリスト強国となり、福音宣教に偉大な貢献を果たします。聖地旅行でそのバプテスマの水のある所を感動と共に訪れました。 人生には思いがけないようなことが起こります。迫害だけでなく、成功の絶頂の時でも、原因が分からないようなこと起こります。 個人的には、左右脳内出血、小脳内梗塞、2年8ヶ月前には、49年間苦楽を共にした妻が召されました。しかし、何事が起ころうと福音が前進する幸いです。昨日も家庭集会で初めて出会った婦人が素直にアーメンと信じてくれました。家族の幸せを祈りました。ピリピ人への手紙1:12 さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/31
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聖書の約束 テサロニケ人への第一の手紙5:16-18いつも喜んでいなさい.絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。 105歳の婦人が入院したので、岡山県まで見舞いに行きました。病室で神の愛と、イエス・キリストの十字架の救いを語り、アーメンと信じるように勧めました。家には仏壇があるとのこと。心の中にはと聞くと、心は空っぽと答え、イエス様を心に迎えてくれました。 これからどうしたらいいのかと尋ねられ、いつも喜んでいなさいと、出された手帳に書くと、ニコリ微笑んで、いつも怒ってばかりだったので、私に一番必要なことばですと、喜んでくれました。 亡くなる前に孫の牧師に洗礼を授けてもらい、永遠の天国へ安らかに召されました。 いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝する人生。平安で幸せです。 イエス・キリストの救いをアーメンと信じ、心を開いて受け入れるだけです。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/31
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使徒の働き8:12 しかし、ピリポが神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受けた。イエス・キリストの最後の命令は、「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます」イエス・キリストが十字架上に死に、三日目の朝復活されたのに、彼らは、イエスが生きておられ、お姿をよく見た、と聞いても、それを信じようとはしなかった。その後、彼らのうちのふたりがいなかのほうへ歩いていたおりに、イエスは別の姿でご自分を現わされた。そこでこのふたりも、残りの人たちのところへ行ってこれを知らせたが、彼らはふたりの話も信じなかった。しかしそれから後になって、イエスは、その十一人が食卓に着いているところに現われて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。イエス・キリストの最後の命令は、「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます」でした。そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。それは、ピリポにも同じことが起こり、今もなお全世界で、アーメンと信じてバプテスマを受ける人々が続出しているのです。ありがとうございます。今日もまた天国の一に日です。感謝します。
2017/01/30
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だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。(マタイの福音書6:25-34)ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日でした!感謝します。明日の心配は無用です。
2017/01/29
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胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。この世に生まれたのは、真で愛の神の恵み、いのちは神に与えられたものです。赤ちゃんが生まれる喜びを親は知っています。たとえ望まれない誕生であったとしても、神が与えた尊いいのちです。生まれたなら、死ぬまで生きることが人の運命=命+運です。運命がないとか、ついてないと言わないで、しっかり与えられた命を大事にいきることです。 神が天に召してくださる日まで、いのちを運び終われるように、愛の神は責任を持て守り導かれます。歳を重ねることを恐れ悩むこともなく、いのちを与え、さらにイエス・キリストの十字架と復活により、永遠のいのちまで与えてくださることを、アーメンと信じる恵みに感謝します。 天地万物の創造者、唯一の真の愛の神を愛します。イザヤ書46:5-8 わたしをだれになぞらえて比べ、わたしをだれと並べて、なぞらえるのか。袋から金を惜しげなく出し、銀をてんびんで量る者たちは、金細工人を雇って、それで神を造り、これにひざまずいて、すぐ拝む。彼らはこれを肩にかついで運び、下に置いて立たせる。これはその場からもう動けない。これに叫んでも答えず、悩みから救ってもくれない。このことを思い出し、しっかりせよ。そむく者らよ。心に思い返せ。ありがとうごあいます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。
2017/01/29
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使徒の働き8:8 それでその町に大きな喜びが起こった。 激しい迫害が起こり、クリスチャンたちは逃げ出さなければという状況になった。しかし、イエス・キリストの救いの喜びは、波紋が広がるように、彼らが逃れた所に広がりました。 牧師や伝道者ではなく、救われた信者たちの証で、信じる者と共におられる聖霊が、イエス・キリストを証しさせてくださり、癒しや奇跡も起こり、それでその町に大きな喜びが起こりました。 書斎の南側は大きな樫の木が何本もあり、太陽を遮っていました。隣接地造成で樹木が伐採され、もうすぐきれいなフェンスになります。 太陽の光が燦燦と差し込み、同時に見えなかった生駒市の中心部近くまで、書斎変え見えるようになり、夜は市内の明かりも見えます。 12万余の人口になった生駒市。市議会議員も教会員におり、生駒聖書学院も今年創立88年を迎えます。 心からの祈りと願いは、生駒市だけでなく、全国の町々津々浦々島々に至るまで、イエス・キリストの十字架と復活の福音が伝えられ、日本が救われることです。 幸い生駒聖書学院卒業生が、全国ですばらしい福音に仕えています。4月10日に入学式です。4月からの入学をお待ちします。通信課もあります。エレミヤ書33:6-9 見よ。わたしはこの町の傷をいやして直し、彼らをいやして彼らに平安と真実を豊かに示す。わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしにそむいたすべての咎を赦す。この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。彼らはわたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの町に与えるすべての祝福と平安のために、恐れおののこう。」ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/29
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聖書の約束 出エジプト記33:14 わかった。安心しなさい。わたしがいっしょに行く。失敗のないようにおまえを守ろう。 出エジプト記は、400年間エジプトの奴隷だったイスラエル民族が、パロの圧政から救われるエクソダスの壮大な記録です。 偉大なモーセに率いられ、様々な奇跡を経験し、荒野の旅を続ける200万民族の歩みです。 紅海横断のものすごい奇跡。荒野にパンが降り、岩から水が出たり、さらに民族の規範としての十戒授与。 すばらしいことが起こっても、ぶつぶつつぶやき、不平不満の民。モーセはどうしていいか分からず、神に祈ります。 すると、主は、わたし自らが同行し、あなたに安息を与えよう。神ご自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。失敗のないように守ろう。 凄い約束です。リーダーは誰にも不平不満は言えず、ストレスに負けそうになることも多いけれども。全能で愛の神は、いつも助けて守り安息を与えます。 へブル人への手紙13:5-6 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/29
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イザヤ書45:22 地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。1850年12月15日 日曜日ロンドンの朝、いつも行く教会の礼拝に向かう16歳の少年スポルジョンでした。大雪の朝でしたが突然の吹雪のため、にやむなく近くの小さなチャペルに飛び込みました。大雪で牧師が礼拝に来れず、靴屋の信徒が、開いた聖書の言葉は「地の果てのすべての人々よ、わたしを仰いで、救いを得よ。わたしは神、ほかにはいない」でした。雪まみれで飛び込んだ初来回の少年を見て、説教したことのない彼は、そのことばを何回も読み、少年よ。仰ぎ見て救われよ!と叫びました。スポルジョンはその瞬間、十字架の主イエスを仰ぎ見て救われました。16歳で救われ、バプテスト教会で牧師に就任し、一年で10人が400人の教会に成長する目覚ましい働きで、名説教者となり、ロンドンで牧師を続けました。1854年 ロンドンの中央にあるュー・パーク・ストリート・バプテスト教会の牧師に就任。1856年 サリー・ガーデン音楽堂の礼拝で説教をして12000人が出席。1857年 ロンドン・クリスタル・パレスで説教をして23654人が出席した。1861年 ロンドン南部のニューイントンにメトロポリタン・タバナクル教会を建設。19世紀最大の礼拝出席者の教会。 著書も多く、説教学入門やその他の著作が書棚にもあります。顎髭を豊かに蓄えているのは、説教者として喉を保護し、何時も良い声が出るためだと述べています。 同じ16歳でクリスチャンとなりましたが、スポルジョンと違い、無口の神学生で先輩たちにもっとしっかり話せと叱られました。けれども人が救われるのは、説教や、牧師の姿かたちでもなく、聖書のことばにアーメンと言うとき、聖書の約束が救いを与えるということを体験し、現在もアーメンと言えば救われますと、イエス・キリストの十字架と復活の救いを語り続けています。アーメンで救われ、天国が保証される永遠のいのちがあります。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/28
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聖書の約束 ヨハネの福音書15:16 あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。 なにゆえみかみは 聖歌450番 何故(なにゆえ) 御(み)神は 斯(か)かる身をも 神の子と為(せ)しか 知るを得ねど (くり返し) 我が 寄り頼む主は 委(ゆだ)ねたる 身と霊(たま)を 守り得(え)給うと 確信するなり 何故 御言葉 信ぜし時に 安きを得たるか 知るを得ねど (くり返し) 何故 主イェスを 救い主と 信じ救われしか 知るを得ねど (くり返し) 我が世の終わりに 如何(いか)なること 待てるかは つゆも知るを得ねど (くり返し) 救い主イェスを 何(いず)れの日に 見奉(たてまつ)るかは 知るを得ねど 愛に選ばれ、実を結ぶために任命された幸。祈れば備えは豊かに、恐れることもなく、神の栄光のために、聖霊に満たされ進む恵み。 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/28
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イザヤ書44:8 恐れるな、おののくな。わたしが、もう古くからあなたに聞かせ、告げてきたではないか。あなたがたはわたしの証人。わたしのほかに神があろうか。ほかに岩はない。わたしは知らない。 幼いころからの疑問?。なぜ偶像=神社や寺、何でも拝むのかと思い、高校生の時クリスチャンになりました。見えない神こそ真実、神は愛で唯一、それ以外はみんな人間が自分で作り上げた宗教。敬虔で信仰深い日本人が、人間=人殺しや犯罪人を神に祭り上げたり、自然や動植物=大きな木や岩、はては蛇やキツネを拝むのか。初詣出に80%もの人が正月にいそいそと繰り出すのか。識字率100%の理性ある国なのに、占いや訳の分からない物に頼るのか。偉大な物、不思議なものを恐れ、同時に敬う気持ちは大切とは思います。その気持ちを天地宇宙の創造者、唯一の真の全知全能遍在永遠不変、聖であり完全で公平の神の父なる神に向けるだけ。その独り子、イエス・キリストを十字架に釘付け、アーメンと言うだけで救いを与え、神の子としてくださり、永遠のいのちを与え天国へ迎えてくださる。復活したイエス・キリストは、アーメンと信じる者の心に宿り、世の終わりまで共にいてくださり、平安と幸せの日々を歩ませてくださる。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。イザヤ書44:9-20 偶像を造る者はみな、むなしい。彼らの慕うものは何の役にも立たない。彼らの仕えるものは、見ることもできず、知ることもできない。彼らはただ恥を見るだけだ。だれが、いったい、何の役にも立たない神を造り、偶像を鋳たのだろうか。 見よ。その信徒たちはみな、恥を見る。それを細工した者が人間にすぎないからだ。彼らはみな集まり、立つがよい。彼らはおののいて共に恥を見る。 鉄で細工する者はなたを使い、炭火の上で細工し、金槌でこれを形造り、力ある腕でそれを造る。彼も腹がすくと力がなくなり、水を飲まないと疲れてしまう。 木で細工する者は、測りなわで測り、朱で輪郭をとり、かんなで削り、コンパスで線を引き、人の形に造り、人間の美しい姿に仕上げて、神殿に安置する。 彼は杉の木を切り、あるいはうばめがしや樫の木を選んで、林の木の中で自分のために育てる。また、月桂樹を植えると、大雨が育てる。それは人間のたきぎになり、人はそのいくらかを取って暖まり、また、これを燃やしてパンを焼く。また、これで神を造って拝み、それを偶像に仕立てて、これにひれ伏す。その半分は火に燃やし、その半分で肉を食べ、あぶり肉をあぶって満腹する。また、暖まって、『ああ、暖まった。熱くなった。』と言う。その残りで神を造り、自分の偶像とし、それにひれ伏して拝み、それに祈って『私を救ってください。あなたは私の神だから。』と言う。彼らは知りもせず、悟りもしない。彼らの目は固くふさがって見ることもできず、彼らの心もふさがって悟ることもできない。 彼らは考えてもみず、知識も英知もないので、『私は、その半分を火に燃やし、その炭火でパンを焼き、肉をあぶって食べた。その残りで忌みきらうべき物を造り、木の切れ端の前にひれ伏すのだろうか。』とさえ言わない。灰にあこがれる者の心は欺かれ、惑わされて、自分を救い出すことができず、『私の右の手には偽りがないのだろうか。』とさえ言わない。
2017/01/27
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父よ彼らの罪をお赦しください。イエス・キリストの祈りが、奥の罪を贖い、赦しの愛が波紋の様に広がり続けています。キリスト教会初の殉教者がステパノです。 十字架の上で、父よ彼らの罪をお赦しください。イエス・キリストの祈りが、奥の罪を贖い、赦しの愛が波紋の様に広がり続けています。キリスト教は初の殉教者がステパノです。 使徒の働き7:59-60 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。 殉教者の血は教会の種である。 ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行なっていた。 ステパノと議論しても、彼が知恵と御霊によって語っていたので、それに対抗することができなかった。 ステパノの殉教なしに、パウロの救いはなかったと言っても過言ではありません。 最もつらいようなことがなぜ起こるのか、説明できませんし、する必要もないのです。 ありえぬことのみ、ある浮世に、ひとり変わらぬは、ただイエスのみ。 主は捨てたまわず、主に行く身を。主は捨てたまわず、主を慕う身を。アーメン。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/27
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聖書の約束 コリント人への第二の手紙2:14-135しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。 花の香りが部屋をおおいます。いつも台所は殺風景です。クリスマスにはシクラメンが香り、正月は生花店のお嬢さんがバラを生けてくれました。2週間前からスイートピーが部屋を明るくしています。 もうすぐ裏庭には寒椿が真っ赤な花を開きます。 後期高齢者ということばがあります。75歳になり香気を放つ高貴な人生をと願っています。 その秘訣は、やはりどんな時でも、しかし、神に感謝しますと、告白することです。口癖が人生を変えます。 35歳の時、ビジネスセミナーに初めて出席し、インストラクターに、忙しい=心が亡ぶから、忙しいと言うなとの強烈な警告。 その日から忙しいと言わずに。同時にマイナス的なことばを捨てました。 いつもありがとう。と心から喜び光輝にあふれる人生です。 最高にすばらしいのは、聖書のことばをそのまま口にし感謝します。 まことにその人は主の教えを喜び、昼も夜も口ずさむ=ぶつぶつ言う。 疲れたと言いたくなる日、主を待ち望む者は新しい力を受ける。走っても疲れず、歩いても弱らない。わしのように翼をかってのぼる。書斎の階段や、洗面所の壁に、聖書のことばを貼っています。 心の中にも、記憶の中にも、聖書の約束をいっぱい持つようにしています。口癖は、恵まれています。幸いです。平安で喜びがいっぱいです。ともかく、口にすることばを聖書の約束で満たしたく願う生活です。 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/27
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イザヤ書44:3 わたしは潤いのない地に水を注ぎ、かわいた地に豊かな流れを注ぎ、わたしの霊をあなたのすえに、わたしの祝福をあなたの子孫に注ごう。彼らは、流れのほとりの柳の木のように、青草の間に芽生える。 主の恵みは朝ごとに新しく、その真実は絶えることがない。恵みと愛とに、生かされ活きてと、歌い新しい恵みを受け、ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。暖かい陽射しの木曜日。寒さも感じないほど穏やかな気候です。朝に、愛媛のおいしいせとかが届き、夕食前に一個せとかを食べました。甘かった。 春が来た、春が来た。どこに来た、山に来た、里に来た。野にも来た。 花が咲く、花が咲く、どこに咲く。山に咲く、里に咲く、野にも咲く。 鳥が鳴く、鳥が鳴く、どこで鳴く。山でなく、里でなく、野でもなく。 小学校から高校生まで、学校で歌う歌を一曲も歌わずでしたが、童謡など歌詞は覚えているので、散歩しながら歌います。歌謡曲=演歌を歌ったこともなく、高校時代に一回だけ見た、青い山脈を知るくらいです。イエス様を信じた時から、心に歌が生まれ幸いです。 春は確実に来ているように、愛する日本に平和があふれています。戦後72年を迎える今年です。人殺しが正義でないことを戦争でハッキリ分かった72年間です。平和憲法に守られ、国際社会からも戦争しない第九条のある国と期待されています。春が確実に近づいているように、孫たちやひ孫の世代までも、平和憲法が守られ、美しい自然や人情とともに、幸せな日本であるよう祈る、明るい輝きの一日です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/26
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使徒の働き6:7-8 こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰にはいった。さて、ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行なっていた。こうしてかみのことばは、ますます広まって行く。そのような現実が世界各地で起こっていす。2017年、北海道から沖縄まで日本列島に、福音の広がりを期待します。 海が水で満ちるように、神のことばが世界中に満ちる幸いです。ABCラジオで語り始めて43年=今は前田基子牧師、榮義嗣牧師、第三週は教会員たちや神学生も手伝ってくれます。テレフォンメッセージも44年。毎日24時間の生電話=07437-3-3740月曜から水曜まで榮義嗣牧師、週一回木曜日に小脳内梗塞の言語障害を越えて語ります。金曜日から日曜日は前田基子牧師。 文書伝道も20冊近く出版。ほとんど絶版。残っている本は、天の虫けら。輝き・可能性への変身。愛・輝きに向かって。漫画=歌えない、踊れない、無口の牧師物語。読天国から追い返された牧師。贈呈できます。elimyoshi@kcn.jp申し込みくださればお贈りします。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/26
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聖書の約束 限りない可能性が与えられています。オギャアと産声を上げたときから、天国へ召される日まで、自信と勇気に満ちて生きることができます。 本当の自信とは、自尊心やエゴイズムの固まりとは別のものです。自分の内面や弱点を人に見せ、心のふれあいを深め、接する人の人生をさえ、豊かにする力なのです。 本当の自信を持つと記、日々は充実し、幸せにあふれ、生き生きと生きることです。ピリピ人への手紙4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 16歳の時、アーメンと信じる恵みが与えられ、59年間のクリスチャン人生です。種子島の海も見えない山の小村で生まれました。現在は、鴻之峯小学校も廃校になり、生家は入り口も分からない山になっています。 高校生の時、西之表キリスト教会に生き、愛の神がいることを知りました。目には見えないけれども、全知全能で永遠不変の神。天地万物の創造者で、唯一も真の神、完全で公平な愛の神が、天の父だと聞きました。 神は、実にそのひとり子イエス・キリストを十字架に死なせ、人間のすべての罪を赦し、神の子として永遠のいのちを与えてくださる。そのことを、アーメンと信じるだけで救われる。救いはプレゼントです。プレゼントは、ありがとうございますと受けるだけです。アーメンは、その贈り物を受けるは鍵です。アーメン=誠です。誠という字は言が成です。聖書の約束がアーメンで実現します。 十字架で死に3日目の朝に復活されたイエス・キリストが、心に内住してくださる。 その内住してくださるキリストによって、可能性の人生を生きることができます。 ほんの少しで、限りない可能性の扉が開かれます。ネバーギブアップの人生です。 昨日は、大阪市阿波座の岡田歯科医院行き11240歩の一日でした。 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/26
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イスラエルではシャローム。中近東ではサラーム。お互いに挨拶のことばに平和を持ちながら、殺戮し合う人間同士。平和を求めながら、人間って悲しい存在です。 臆病者の青年ギデオンに、安心しなさい。恐れるな。あなたは死なないとの神の声。 そこで、ギデオンはそこに主のために祭壇を築いて、これをアドナイ・シャロムと呼びました。アドナイ・シャロム=主の平和は、すべての恐れから解放します。聖書には、恐れるなに類することばが、365回あるそうです。恐れがドアをノックした。信仰がドアを開いた。そこには恐れはいなかった。ということわざもあります。 臆病で弱虫の、いつもビクビクしていたギデオンに、恐れるな。あなたは死なない。全能の神が守りの壁となって、何があろうともアドナイ・イルエ=主の平和が四六時中ある、すばらしい約束です。 本質的な恐れは、第一に生活の不安、何を食べ飲み、何を着どこに住まうか、衣食住の元である経済を恐れます。 二番には、人間関係の恐れです。家庭で学校でお互い人間同士、国同士で憎しみ妬み、その果ては戦争という人殺しまでやってしまいます。愛し合い許し合うことができれば、人間関係が平安満たされます。 三番目は7死の恐れです。人間である限り100%確実なことは死ぬことです。世界第二位の長寿国で、女性は世界一長寿です。しかし、人は死にます。死んだらどうなる、どこへ行くかが、すべての本質的な恐れの原因です。死ぬ問題が解決し、行き先が分かれば大丈夫、平安で幸せです。イエス・キリストの十字架と復活は、死の問題を解決し、アーメンと言えば天国行きの保証です。死を恐れず、死を越えて永遠の天国を知ると大丈夫です。余命一年を宣告された妻と4年間を過ごし、天国が絵空事でなく、理想でもなく現実であることを、その臨終でも平安に満たされ、安らかに静かに召されて行く姿からも、体験できました。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です!感謝します。
2017/01/25
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使徒の働き6:1-4 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」ペンテコステの日以来、3000人+5000人。さらに毎日救われて仲間の加わり、祭司階級からも続々数われ、ものすごい祝福です。しかし、人の集まるところには、その数だけの問題が生じます。イエス・キリストや信仰の問題ではなく、人間性の問題です。イエス・キリストは、わたしに躓かない者は幸いです。と言われました。人間となった神にさえ躓く人は躓きます。神を愛し、自分自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさいを、実行して来たキリスト教会です。しかし、いつも間にか優先事項が分からなくなり、ヒューマニズム的援助や助けが優先され、隣人第一,神様は最後と言わないまでも、神の義と神の義を第一にせず、自我の満足第一になる傾向もあります。 初代教会は、私たちはもっぱら祈りとみことばの奉仕を優先する賢明な判断をしました。そして、そのke決断の結果、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちが選ばれ、福祉と援助は幅広く拡大し、彼らはイエス・キリストの救いもハッキリ語り続けました。 祈りは目に目えない尊く価値ある奉仕です。みことばの奉仕は、書斎に閉じこもり学問的研究にのめりこむのではなく、みことばの奉仕=福音を伝え、福音により神の国を拡大することです。ありがとうございます。今日もまた祈りとみことばの天国の一日です。
2017/01/25
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聖書の約束 イザヤ書63:9 彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。 苦しむときには、いつも主も苦しみ。イエス様の救いの素晴らしさは、いつでもどんなときでも、復活されたいのちで、いつも、ともにおられます。 イエス様の素晴らしさは、聖書の約束取りです。 マタイの福音書11:28-29 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。 ヘブル人への手紙2:18 主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。 4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。 4:16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。 7:25 したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。 7:25 したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。 13:6 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」 13:8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。 すばらしい聖書の約束に、アーメンと守られ幸です。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/25
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イザヤ書43:18-19 先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。元旦からもう24日。一月は行き、二月逃げ、三月去る、生駒聖書学院も3月4日3卒業式を迎えます。過去は新しくなり、いくらでも変えることができます。トラウマや過去の傷で悩まなくても、いくらでも新しくなり続けることができます。 生駒聖書学院は、牧師養成神学校です。1929年創立、戦争中、宣教師追放令で10年間中断が。1955年再スタート。キリスト教会は博士が綺羅星のように輝くエリート社会です。生駒聖書学院は、学歴、年齢、性別、国籍、経歴に関係なく、神に選ばれ召された器たちを、聖書のみことばと、聖霊の満たしの中で、人格の訓練と実践訓練で、牧師を養成しています。生駒に来れば変貌します。今年度の卒業式は、3月3日午前10時です。 神の栄光のために、明確な目標を持ち、右にも曲がらず、左にもそれず、天国目指してまっすぐに、純粋に働く牧師を育てます。たとえ過去が荒野や砂漠のような人生でも、イエス・キリストの十字架と復活をアーメンと信じ、新しい人になり、十字架の血汐に洗われ、聖霊に聖別されながら、生駒聖書学院にいる間でも変えられ続け、卒業後はさらに大きく用いられ続けます。生駒聖書学院へ入学=4月10日、お待ちします。 現役牧師として、今年もさらに変えられ、新しい道を真すぐに前進中です。特に日本を心から愛し、日本のことでつぶやかないと決めました。ありがとう日本、すべてに感謝しました。平安で幸せです。 I love two J‘s.日本とイエス・キリストを愛し,日本を愛する毎日です。 国の悪口を言わずつぶやかず、憎しみや恨みでなく、愛の祈りをささげよう。政権党も全野党も国を愛することは、憲法を守ることだと認識してほしい。全国会議員のその姿から日本を愛しているオーラが輝くように。そうすれば次挙にも当選し、みんなで平和憲法をしっかり守る国にしましょう。戦争大好きな人殺し国にならないよう、思想信条を越えて愛のあふれる日本にと祈ります。新しい愛があふれる日本が実現。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/24
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使徒の働き5:14-16 そればかりか、主を信じる者は男も女もますますふえていった。ついに、人々は病人を大通りへ運び出し、寝台や寝床の上に寝かせ、ペテロが通りかかるときには、せめてその影でも、だれかにかかるようにするほどになった。また、エルサレムの付近の町から、大ぜいの人が、病人や、汚れた霊に苦しめられている人などを連れて集まって来たが、その全部がいやされた。病が直る。ペンテコステにスタートしたキリスト教会の力強い前進。使徒の働きを読むと、わくわくしてきます。聖霊が降臨した日、聖霊に満たされた説教で、3000人がアーメンと信じ、バプテスマを受けクリスチャンになりました。美しの門で40年歩けなかった男が、主イエス・キリストの名によって立ち上がり直された奇跡で、男だけでも5000人が救われました。反対や迫害、アナニヤとサッピラ夫婦の欺瞞と突然死もあり、神のことばは増々広がり、祭司たちも多数クリスチャンになりました。その前進の理由の一つが、病が直る奇跡。そのいやしの凄さは、ペテロの影にでも、だれかにかかるようにするほど。それらが教勢強化や金銭目的でなく、自然にイエス・キリストの復活の力と、今働く聖霊によってなされたのです。病が癒される恵みを、祈りによって多く体験し続けています。何よりも、1999年11月、東京都北区での左脳内出血で1ヵ月余の入院とリハビリ治療。その後何事もなく牧師生活。2012年7月、今度は堺市で運転中の右脳内出血と大交通事故。馬場記念病院で1か月治療リハビリ入院。退院後事故現場を写そうと、16000歩も歩き、10月に小脳内梗塞で再入院。幸い恵みに守られ、天国から追い消された牧師と言われながら、言語不自由もハッキリ語れるように回復。昨年4月1日、歩行中車に跳ねられ、8ヶ月と18日で、通院終わり。今日で昨年12月からの歯の基礎治療完了。もうしばらくの通院。何よりも、多くの愛の祈りとご支援により守られ、ありがとうございます。日曜日の午前10時は生駒聖書学院教会。午後2時は大阪エリムキリスト教会礼拝説教。聖書学院チャペル背挙言うや講義も継続中です。 イエス・キリストのすばらしい癒しの働きは、今日も続いています。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/24
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使徒の働き4:33 使徒たちは、主イエスの復活を非常に力強くあかしし、大きな恵みがそのすべての者の上にあった。 十字架と復活により、すべては変わりました。そのことをアーメンと信じて、種子島で人生は変わりました。アーメンと信じバプテスマを受け58年。平安で幸せです。聖書のことばをそのままに、アーメンと信じ続けています ローマ人への手紙1:16-17 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。3:23-24 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。4:24-25 また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。8:33-34 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。10:9-11 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」死を打ち破り復活されたイエス・キリストは、永遠に共にいてくださます。わたしは決してあなたを見離すことも、見捨てることもない。世の終わりまであなたとともにいます。その約束は真実です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/23
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聖書の約束 コリント人への第二の手紙 4:8 -9私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません..迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。 すばらしい人生にハレルヤ。両手を挙げて感謝です。 米寿は88歳。米という時が八十八と読めるから、寿ことばです。 高齢の方に、もうすぐ米寿ですねと言うと喜んでくれます。あんたはいくつかと聞かれ75歳になりましたと答えると、まだまだ若いとしかられることもあります。 米寿はキリスト教の言葉ですと説明します。米という字の中心に十字架。上に両手を挙げているのは、ハレルヤとアーメンで神様を賛美。両足でありがとう。感謝で大地を踏みしめて生きる。それが米寿ですと、健康と幸せを握手して祈ります。 米寿の「米」という漢字を分解すると、八(ひっくり返して)、十、八となり、末広がりの八が2つ重なることで大変めでたい年。米文化なのでしっかり米を食べて長生きをとの願い。 いずれにしろ長寿者を祝い大事にする良い習慣です。 しかし、人生順風満帆ばかりではなく、七転び八起き、行き詰まりや、人に理解されないような試練続きもあります。 なぜ?なんで?と思うと苦しくもがく日もあります。しかし、苦しめられても窮することなく、途方に暮れても行き詰まらず、迫害されても見捨てられず、倒されても滅びない人生です。 その原因は、イエス・キリストが十字架で死に、3日目の朝に復活し、その死にも支配されない復活のいのちが、アーメンと信じる者とともにあるからです。 朝日が射し込む書斎です。黒雲があっても、太陽の光が照らすと、闇が薄れるよいうに、復活のいのちに支配されながらの1月23日。チャペルメッセージ、午前2時間講義。 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/23
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イザヤ書42:12 主に栄光を帰し、島々にその栄誉を告げ知らせよ。主は、ご自分の義のために、みおしえを広め、これを輝かすことを望まれた。日本列島は5つの本島=北海道、本州、九州、沖縄と、6847離島の島国です。400島に人が住み、残りは無人島です。種子島で生まれ育ち、種子島が好きです。ABCスタジオへ行くと、種子島が来たと言われることもあると、ディレクターに言われたこともあります。種子島の知り合いも、種子島原人と出会ってから、増え続けています。2011年には、種子島の詩人で九州ボランティアラーメン党理事長、濱田龍郎=種子島高校3年後輩と、東関東震災ボランティアで、福島県いわき市で出会い、クリスチャンになってくれました。2013年には熊本県益城町=熊本空港の町に、益城エリムキリスト教会=140坪の敷地に100名収容の教会と3LDK住居をスタートしました。2016年4月14日には、地震で同大が少しずれました。九州災害センターから援助金も受け改修予定。管理住まいは立ち入り禁止で、新築が必要です。毎週ライブ礼拝と聖書の学び。現在2名の通信科神学生。一人が生駒聖書学院本科生。種子島へは、今年も7月最終の日曜日、西之表キリスト教会=池田公栄牧師と、種子島新生キリスト教会=沼田俊昭牧師で、日曜礼拝&夕拝でメッセージ。中学時代の同級生と交歓の時などを予定しています。。日本列島は十字架のような形をしており、イエス・キリストをアーメンと信じる人が続々起こされることを祈り願っています。Ilove two J’s =Japan & Jesus=日本とイエス・キリストを愛します。昔、日曜学校に行っていた利、ミッションスクールへ行っていた人に会うと、アーメンと信じて祈ってくれます。初めての出会いでも、挨拶と握手で幸せを祈ると、アーメンと応じてくれます。日本列島が十字架列島になるよう、イエス様を心に迎える祈りの素晴らしい出会いが続きます。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛があふれる日本です。感謝してます。
2017/01/22
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イザヤ書42:12 主に栄光を帰し、島々にその栄誉を告げ知らせよ。主は、ご自分の義のために、みおしえを広め、これを輝かすことを望まれた。日本列島は5つの本島=北海道、本州、九州、沖縄と、6847離島の島国です。400島に人が住み、残りは無人島です。種子島で生まれ育ち、種子島が好きです。ABCスタジオへ行くと、種子島が来たと言われることもあると、ディレクターに言われたこともあります。種子島の知り合いも、種子島原人と出会ってから、増え続けています。2011年には、種子島の詩人で九州ボランティアラーメン党理事長、濱田龍郎=種子島高校3年後輩と、東関東震災ボランティアで、福島県いわき市で出会い、クリスチャンになってくれました。2013年には熊本県益城町=熊本空港の町に、益城エリムキリスト教会=140坪の敷地に100名収容の教会と3LDK住居をスタートしました。2016年4月14日には、地震で同大が少しずれました。九州災害センターから援助金も受け改修予定。管理住まいは立ち入り禁止で、新築が必要です。毎週ライブ礼拝と聖書の学び。現在2名の通信科神学生。一人が生駒聖書学院本科生。種子島へは、今年も7月最終の日曜日、西之表キリスト教会=池田公栄牧師と、種子島新生キリスト教会=沼田俊昭牧師で、日曜礼拝&夕拝でメッセージ。中学時代の同級生と交歓の時などを予定しています。。日本列島は十字架のような形をしており、イエス・キリストをアーメンと信じる人が続々起こされることを祈り願っています。Ilove two J’s =Japan & Jesus=日本とイエス・キリストを愛します。昔、日曜学校に行っていた利、ミッションスクールへ行っていた人に会うと、アーメンと信じて祈ってくれます。初めての出会いでも、挨拶と握手で幸せを祈ると、アーメンと応じてくれます。日本列島が十字架列島になるよう、イエス様を心に迎える祈りの素晴らしい出会いが続きます。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛があふれる日本です。感謝してます。
2017/01/22
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使徒の働き4:19-20 ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」 神に聞き従う、まっすぐな人生があります。戦争のさ中、天皇陛下とキリストとどちらが偉いか答えよと、愚かな憲兵隊が牧師たちに迫ったそうです。再び憲法改正で、愚かな時代に逆戻りしないように祈ります。 現代日本で最大の平和憲法擁護者は、象徴天皇です。その健康とご家族の平和と守りを祈ります。イエス・キリストの救を体験し58年。神に聞き従う平安で幸せに歩む日々です。 何事があろうとも、初代教会のように、大胆に福音を語り続けます。あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行なわせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行なわせてください。アーメン。 彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/22
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聖書の約束 コリント人への第二の手紙3:16-18 しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。 私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。 何を見ているかで、その人の顔が変わります。赤ちゃんは、生まれるとすぐ、回りの良かった、おめでとうとやさしい笑顔で包まれます。お母さんの腕に抱かれると、その笑顔と喜び、愛がしかり伝わります。 母の愛を見つめる幼子の笑顔。昨日はじめて初孫を抱き、触った初爺のことがメールで届きました。 わだかまりも不安も消え、雪が暖かい太陽の光を受けるように、春の訪れでした。 人が主イエス・キリストに向きを変えるなら、罪のおおいは取り除かれ、神の義が輝きます。そして伸びやかな自由が聖霊によって輝きます。 昨日、大分刑務所を出所した方から電話があり、嬉しそうに保護観察が終わったら訪ねて来るそうです。マンガや小冊子、著書などを贈り続け、母親からの連絡があったりの数年間。しっかりアーメンと信じはしましたが、主にしっかり向かわないままでは、過去の影に悩まされます。悔い改めとは、反省や後悔ではなく、方向転換することです。 顔の覆い=自分で自分を正当kし、自己弁護と言い訳をかなぐり捨てることが、主に向くならすぐできます。 そのとき、顔おおいなく鏡に向かい、神の愛に赦された「神の子の姿が映ります。そして、聖霊により、栄光から栄光へとキリストの姿へと、帰られていく輝きの日々です。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。m
2017/01/22
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使徒の働き4:13 彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。2000年前の世界でも、知識階級にとっては、無学な普通の人は、人間扱いされないような階級でした。パリサイ人や祭司階級=サドカイ人にとっては、ナザレの大工の子イエスや、ガリラヤの漁師たちが、エルサレムで引き起した、十字架に付けられたイエスが、3日目の朝に復活したというニュースほど衝撃を与えました。 自分たちの扇動によって、十字架に付けよと叫んだ群衆が、あれは間違いだった。イエスこそ聖書の約束されたメシアだった。その怒りが自分たちに向けられ、知識階級の身分も地位もなくなるかも知れない恐怖。ガリラヤの漁師たちの教えを聞いて、何と大勢信じ、男の数だけで5000人にもなりました。 使徒の働きには、そのことが記録されています。 彼らが民に話していると、祭司たち、宮の守衛長、またサドカイ人たちがやって来たが、彼らは、ペテロとヨハネが民を教え、イエスのことを例にあげて死者の復活を宣べ伝えているのに、困り果て、彼らに手をかけて捕えた。そして翌日まで留置することにした。すでに夕方だったからである。 しかし、みことばを聞いた人々が大ぜい信じ、男の数が五千人ほどになった。 翌日、民の指導者、長老、学者たちは、エルサレムに集まった。大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、そのほか大祭司の一族もみな出席した。彼らは使徒たちを真中に立たせて、「あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか。」と尋問しだした。そのとき、ペテロは聖霊に満たされて、彼らに言った。「民の指導者たち、ならびに長老の方々。私たちがきょう取り調べられているのが、病人に行なった良いわざについてであり、その人が何によっていやされたか、ということのためであるなら、皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、礎の石となった。』というのはこの方のことです。この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」 彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。そればかりでなく、いやされた人がふたりといっしょに立っているのを見ては、返すことばもなかった。 彼らはふたりに議会から退場するように命じ、そして互いに協議した。彼らは言った。「あの人たちをどうしよう。あの人たちによって著しいしるしが行なわれたことは、エルサレムの住民全部に知れ渡っているから、われわれはそれを否定できない。 無学の普通の人によって、世界の歴史は変えられ、キリスト教は世界最大の宗教人口を持ち、今日もまた世界中で、アーメン信じますと、バプテスマを受けクリスチャンとなる人々が、増え続けています。日本人が偶像礼拝を捨てて、十字架に死に墓に葬られ、3日目の朝に復活したイエス・キリストを礼拝するようになることを祈り期待します。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/21
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生駒聖書学院の裏は、山道が多い。今は杖で歩いているので、無茶はしない。以前までは生駒市内のほとんどを歩き、生駒山の中も歩き、しまった!行き止まり。そんなときは、新しい道を切り開くか、引き返して正しい道へ戻るかです。小川で足を滑らし背中から落ちて、しばらく起き上がれず携帯もずぶぬれで、必死で帰ったことや、大雪の日に脱臼し、救急車で運ばれたこと。山の坂でひっくり返り、トゲがささったことに気づかず、イタイイタイと3ヶ月目に、5センチの竹の先が出てきたことも。 行き止まりから行けないこともないが、いつも引き返します。不思議に道はどこにでもあります。 生活の中にも行き止まりがあり、そんな時は方向転換する、聖書では悔い改めるときです。悔い改めは向きを変えることです。しっかり真の神様に目を向け、イエス・キリストの十字架を見上げて、復活のいのちに生かされ、輝く前進です。 主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。 私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。どんなときにも真の愛ある全能の神は守り助けてくださいます。すばらしい日本に生まれ、生かされていることは幸せです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。感謝してます。
2017/01/21
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聖書の約束 コリント人への第二の手紙2:14 しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。 最近75歳以上を高齢者、65歳~74歳を純高齢者と呼ぶようになったそうだ。 1590万人=人口比12パーセント。100歳以上が6万5692人=うち女性が50,725人。 人生をチャンピオンとして生き続ける秘訣を、聖書はハッキリ教えている。最後の敵である死にに打ち勝ち、天国へ勝利の凱旋をするそのときまでの勝利。 イエス・キリストは十字架に死に、3日目の朝死を打ち破り復活された。そのことをアーメンと信じるだけで救われます。イエス・キリストのことば、信じてバプテスマを受ける者は救われます。の約束の通りです。 あなたがたはこの世では悩みがある。しかし、勇気を出し、勇敢でありなさい。今朝の約束は、しかし、神に感謝します。何事があれ、しかし、感謝しますと信じ告白すれば、自分がキリストによる勝利の行列の中にいることに気づきます。 そして、凱旋行列の勝利者キリストとともにあることに気づきます。強がりでもなく、その愛の手に支えられ、友なる勝利に加えられています。 どこでも、いつでも、どんな時でも、キリストを知る知識の香りを放つ人生です。 後期人生が高貴で香気かおる人生に変えられます。天国に勝利の凱旋帰国するまで、光輝で幸喜 好機の日々を明日の礼拝に備えながらの土曜日。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/21
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寒中お見舞い申し上げます。 暦の上では大寒。正月の祝い納めの日として、20日正月。人は昔から、太陽や月の巡るリズムを、季節や月日などを知る手がかりにして、生活を営んできました。 聖書の創世記に、「神は言われた。「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ。」そのようになった。神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた」(1:14-18)とあります。 種子島では、年中緑の季節でした。生駒に来て季節が巡る春夏秋冬を体感。 今日も寒かったが、凍てつく大地と、春の息吹きを感じつつ、今日は3000歩。この季節いつも、冬来りなば、春遠からじ。雪は降りつつある、春は来りつつある。 暦の上では2月4日が立春、春はすぐです。 快調に、主を待ち望み、わしの翼で元気に舞い上がり、乗り切ります。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした!感謝してます。
2017/01/20
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アーメンで救いを16歳でクリスチャン使徒の働き 4:12 この方=イエス・キリスト以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名=イエス・キリストのほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」 愛の神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。そのあかしのために、私は宣伝者また牧師に任じられ――私は真実を言っており、うそは言いません。――信仰と真理を教える教師とされました。キリスト教は世界宗教です。しかし、救いに関しては宗教と言うより、アーメンと言えば救われる、唯一の救いです。 無神論者で何一つ拝まない信じない人間でした。種子島の西之表キリスト教会で、アーメンと信じ洗礼を受けクリスチャンになり58年。恵みのゆえに、信仰によって救われ、自分自身から出たことではなく、神からの賜物=プレゼントです。行ないによるのではありません。だれも誇ることはないもない。神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって、新しく造られたのです。神は、良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださいました。 分け昇るふもとの道は異なれど、同じ高嶺の月を見るかなと言いますが、最後は地獄と言う結果来なるのです。 宗教は、救われるためにあれをしろ、これをしろと要求します。宗教の数だけ救いがあります。それで自己満足の救いで、ほんとうの平安も幸せもなく。まだまだ足りないと思い、さらに求め乍ら終局は死です。聖書の救いは、イエス・キリストが十字架上に死に、すべての罪を呪いを死を引き受けてくれました。墓に葬られ3日目の朝、死を打ち破り復活し、アーメンと信じバプテスマを受けるだけです。 主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も数われるのです。イエス・キリストを信じ、義の道を健やかに祝福され、豊かに永遠のいのちを与えられ神の子とされ、平安で幸せです。宗教に救いがないことを、宗教家が一番よく知っています。救いの道は唯一、イエス・キリストの御名にあります。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/20
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聖書の約束 祈りは愛 愛の光線=マザーテレサ 主よ。お助けください。 私がどこにいても、あなたの香りを漂わせますように。 あなたの愛といのちで、私の心を満たしてください。 私のいのちが、あなたのいのちの輝きになりますように。 主よ。あなたご自身が、私の存在を完全にしてください。 私と接する人々が私の中に、あなたの存在を感じ取れますように。 主よ。私の中に留まってください。 私も常に、あなたの栄光をこの身に反映させ、兄弟姉妹の光となることができますように。 届いた手紙の中に同封されていたカードにあり、今日もまた愛の光線を放ち、道行く人を天国へと祈る朝です。 主の祈り 天にまします 我らの父よ 願わくば 御名(みな)をあがめさせたまえ 御国(みくに)を来たらせたまえ 御心(みこころ)の天になるごとく 地にもなさせたまえ 我らの日用の糧を 今日も与えたまえ 我らに罪を犯す者を 我らが赦(ゆる)すごとく 我らの罪をも 赦したまえ 我らを試みに会わせず 悪より救いいだしたまえ 国と力と栄とは 限りなく 汝のものなればなり アーメン ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/20
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使徒の働き3:1-10 ペテロとヨハネは午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。すると、生まれつき足のきかない男が運ばれて来た。この男は、宮にはいる人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」という名の宮の門に置いてもらっていた。彼は、ペテロとヨハネが宮にはいろうとするのを見て、施しを求めた。ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい。」と言った。男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮にはいって行った。人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。そして、これが、施しを求めるために宮の「美しの門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」何と確信にあふれたことばでしょう。牧師として、金銀は私にはないことは事実。助けを求められても金銭的な助けをすることはない。しかし、私にあるものを上げようと言うことはできる。 何があるのか。インマヌエルの主。イエス・キリストを持っている。その奥義は、私の内におられる、主イエス・キリストです。そのイエス・キリストの御名によって祈り宣言するだけです。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。イエス・キリストは、昨日も今日も何時までも変わらない、永遠に生きておられる主です。使徒10:38 それは、ナザレのイエスのことです。神はこの方に聖霊と力を注がれました。このイエスは、神がともにおられたので、巡り歩いて良いわざをなし、また悪魔に制せられているすべての者をいやされました。イエス・キリストの名によって歩けるようになり、奇跡の歩み始めた人々が多くいます。長い牧師人生で、キリストの名によって自立し、さらに自律して生きる多くの奇跡を見続ける日々です。まさか、自分に同じことばを宣言し、歩けるように命ずるとは思いもしませんでした。1999年11月、東京で左脳内出血、2012年7月堺市で運転中に右脳内出血と交通事故。おまけに昨年4月1日歩行中、車に跳ねられ顎と頬を20針縫う。右足股打撲で、昨日8ヶ月と18日で整形外科医雪が終わり、日にち薬ですが最後の言葉。すべてが恵みの奇跡です。聖書通りのことが、自分の身にも起こる恵みで、生かされている幸いです。イエス・キリストの十字架と復活は歴史的事実です。その力は今日も同じです。神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。(使徒3:16)恵みと愛に生かされ、強くされ続ける人生。天国への道を歩き続ける平安と幸い。。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/19
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聖書の約束 4月1日に生駒駅まで歩いていて、信号のない交差点で乗用車に跳ねらた。右足股の打撲と、左顎と頬を20針も縫う大事故。幸い骨折はなく、すぐ救急車で運ばれ、8ヶ月と18日で一応治療終了。 腫れが減らず何ヶ月かは、巻き尺で測り2ミリ減とカルテに記入。整形外科医は笑って、日にち薬。鬱血もまだ引かないまま。左足がきれいなので、同じようになるまでは、日にち薬と微笑む。 毎日、1万歩を歩けるから良しとしよう。2012年7月に運転中脳内出血での交通事故から、運転を止めて交通事故に縁はないと思ったが、歩行中に跳ねられてしまった。 人々が「平和だ。安全だ。」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。 テサロニケ人への第一の手紙5:3 何事があれ、すべてのことにありがとうと感謝しながらの、1年8ヶ月余りの通院。 医者や看護師、受付や会計、待合室などでも、出会う方々にマンガや、天国から追い返された牧師を手渡しできた。ひとりだけ拒否されたが、ほかの方は笑顔で受け取ってくれた。 それがどうしたと言われても、キリスト教に接する唯一の機会かも知れない。診察を完了し外へでると、下校の中学生二人。幸を祈り、信じる祈りもしてくれた。 みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/19
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美しい国、平和憲法のある日本を愛する イザヤ書40:29-31 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、壮年の者もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。 今朝の礼拝メッセージで口ぐせを変えようと語る準備をして熟眠。真夜中に、日本のことを美しいことばで感謝せよと、声が響いたような気がした。目覚めとともに、平和憲法のある日本、6852島(本土5島+離島6847島)を象徴する富士山。四季折々の美しい自然に囲まれてすばらしい。種子島は最高。全国津々浦々、生駒市も俵口町も生駒聖書学院も美しい所だ。天皇陛下は、最高の平和憲法を守る人。首相や内閣全閣僚、国会、全国知事、市町村長、各議員、自由に意見を言える各政党すべてが、平和憲法を守る国。日本はステキ、すばらしいFBフレンドもいっぱい。榮義之も日本人。ありがとう感謝しますと、幸せな喜びの朝です。 35歳の時、忙しいと言うな。忙=心+亡で言えば言うほど心が亡びる。今日から口にするなとチャレンジされ、その時から忙しいと言わず、思いを換えて、充実していますと続けて40年。書斎の入り口には、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼を張って舞い上がる=天国まで。聖書の約束を書いてあり、洗面所にもレリーフ。それ以上に、アーメンと信じる心にも、口にもあり、走っても疲れず、歩いても息切れせず、毎日元気で、今日は万歩計10678歩。すばらしく美しい日本へと思い、口ぐせを変え、日本の未来を変えます。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/18
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使徒の働き2:38-42 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい。」と言って彼らに勧めた。そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。 教会はペンテコステの日に誕生し、福音を聞いて救われ、その日にバプテスマを3000人が受け産声を上げました。 教えを堅く守り=赤ちゃんが生まれると、母乳やミルクが必要なように、イエス・キリストをアーメンと信じると聖書のことばが必要です。泣いてミルクを欲しがる赤ん坊のように、みことばの乳を求めなさい(ペテロの手紙2:2) 交わりをし=赤ちゃんが家族やまわりの人々の愛で囲まれるように。ヨハネの福音書13:34-35 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」そのお互の愛で、世界中にほんとうの愛=アガぺの愛を満たし、世界の愛の理念を高尚に引き上げてきました。互いに愛し合う場が、キリスト教会です。神は愛です、神を愛するように自分を愛し、隣人への愛の最高の現れは、イエス・キリストの救いを提供することです。 礼拝後にお茶や食事をすること、家庭集会でより親しい茶話会など。現代は様々なケースがあります。 祈りをしていた=イザヤ書56:7 わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ。キリスト教会は祈りの家です。生駒聖書学院教会も、毎週火曜日から金曜日まで、神学生たちといっしょに祈っています。大阪市内や東大阪市からも駆けつけ祈りを7時まで共にし、聖書朗読やメッセージもあります、アーメンと信じれば救われます。生まれた赤ちゃんがミルクを欲しがるように聖書を読み。呼吸するようにイエス。キリストのお名前によってアーメンと祈ります。体を動かすように礼拝に参加し、声を上げるように、イエス様に救われた喜びを証し、愛の交わりの中で、受けるよりも与える方が幸いですと、ゴールデンルール=黄金律を実行します。キリスト教会は、使徒の働き2:46-47 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。恵みと愛との救いが、波紋のように広がり続けています。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/18
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1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から22年を迎えた1月17です。 震災の朝、下からズンと突き上げるような感じに飛び起き、生駒山に上ると神戸が燃えています。ニュースで地震と知り、神戸の神学生の家も壊れ、電話も通じずでした。。 大災害がどんな形であれ益になるように、山の上で祈った日でした。生駒聖書学院は、関東大震災があったので、存在しています。創立者は横浜で宣教活動でしたが、大震災ですべてを失い、家族で大阪に逃れた結果、奈良県生駒市に現在の生駒聖書学院が完成し、87年の歴史を歩んでおります。 102年前の桜島大噴火の火砕流で村が消失し、その避難先に選ばれたのが、生まれ故郷の種子島原生林でした。切り開かれた鴻之峰で生まれ育ちました。桜島の大噴火がなければ、私は存在しなかったことも大きな恵みです。桜島には縁はないが、その大噴火の結果開墾された村で生まれ育ち、桜島を眺めるたびに思う歴史の重みです。昨年4月14日は益城エリムキリスト教会の益城町を震源地に熊本大地震。教会も住居もまだ修復できず、そのままです。様々な出来事が益になると、軽々しくは言えませんが、どんなことが起ころうとも、すべてが益になることが確信です。すでに大きな祝福が注がれ、阪神地区や熊本だけでなく全日本にリバイバルを祈る日々です。 今日は阿波座の岡田歯科行き。電車は石切駅でストップ。踏切で人身事故発生とのアナウンス。生駒へも帰れず、歯科医の予約時間に遅れそう。思い切って下り坂を4000歩。地下鉄新石切駅まで、杖なしでゆっくり歩き、10時20分から右前歯を12時まで手術。麻酔を打ったので、昼食抜きで帰宅。22日は左前歯の手術。3月までには歯が全部修正治療され、しっかり説教もできるようになる。万歩計は10668歩。今夜も早くから熟睡の夜です。 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ書5:3-5) ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。
2017/01/17
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使徒の働き2:15-21 今は朝の九時ですから、あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではありません。これは、預言者ヨエルによって語られた事です。 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』ペンテコステの日、聖霊の神が教会の主としての降臨。イエス・キリストは、その十字架の死によって全人類を救うために、人間として降臨しました。 十字架で全人類の罪を背負い、墓に葬られ、3日目の日曜日の朝、死を破り復活され、再び来るその日まで、聖霊が助け主として来ると約束位し、オリーブ山から昇天しました。その約束通り、10日後のペンテコステの日、待ち望む120名の弟子たちの祈る部屋へ、聖霊が降臨しました。今まで語ったことのない他国の言葉=異言を語りました。集まった人々にペテロが語りました。 偶然でもなく酒に酔っているのでもなく、預言者ヨエルのことばが実現し、聖霊の神が来られたと説教し、その朝3000人がバプテスマを受けて、最初のキリスト教会が誕生しました。 聖霊が注がれ、満たされると異言を語る。それは2000年前に終わった現象ではなく、今の時代も同じ経験ができます。全世界のクリスチャンで5人に一人が同じ経験をしている現代です。 生駒聖書学院はペンテコステの聖書学院で、1年生の時に、異言を語る経験を与えられ、57年に及ぶ献身生活を現役で継続しています。 神の霊に満たされ、聖霊が語らせるままに異言で祈り賛美できる喜び。御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、誠実、柔和、自制=セルフコントロール。 聖霊が来られたのは、主の御名を呼ぶ者はみな救われるためです。聖霊によってイエスは主ですと、多くの人が信じ救われます。聖霊は十字架の救いを、信じる者の人生に提供し、新しい人生を与えてくれます。聖霊は助け主、いつも共にいて助け、教え、真理に導いてくれます。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/17
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だいじょうぶだよ 「だいじょうぶだよ」。 歩道に隅で,一つだけそっと咲いたタンポポがそっと言う 「辛い日々をよくのりこえたね」 空を映すビルの鏡で,まぶしいお日さがほめている 「わたしがごいっしょしまっしょう」 耳もとで、はるかな花の香りをはこぶそよ風がささやきかける 「もう少し先までいってごらん」 路地の日だまりで、ねそべる猫がヒゲをゆらしている 「この辺でちょっと休んでいきなよ」 ポストの上で,コーヒーの空きカンが招いている 「ここまでくれば安心ね」 ケーキ屋さんの店先で、ペコちゃん人形がにっこりする 「いいお天気えすね」 バス停で、おばあさんがうれしそうに話しかけてくる 「よかった よかった よかった」 新芽の街路樹で、すずめたちがさえずっている やっと外に出られた やっと歩き出せた もうこんな春は来ないとおもっていた 「みんあありがとう もう だいじょうぶだよ」 背中に大きなあったかな手のひらをかんじながら わたし もそっと言ってみる =晴佐久昌英詩集より= 聖書の約束 マタイの福音書11:28¥29 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/17
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エペソ人への7手紙5:18-20また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。 詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。 いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。 使徒の働き1:14 この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。 アメリカは行動する教会。台湾は賛美する教会。韓国は祈る教会。日本は考える教会などと言われます。一面から見ればそうかもしれませんが、すべてのものごとには多面性もあります。複合的な要素を忘れると、祈ればいいんだ。歌っていたら良い。伝道だけだ。一面だけを強調してしまします。 テモテへの第二の手紙1:7 神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎み=思慮分別=power and of love and of a sound mind.= self-control. の霊です。 最初のキリスト教会は、イエス・キリストの約束を信じ、心を合わせ、祈りに専念していると、聖霊の降臨があり、その日がペンテコステの日でした。 イエス・キリストの誕生日がクリスマス。 イエス・キリストの復活=死からの誕生日がイースター。今年は4月16日 イエス・キリストの教会誕生日がペンテコステ。今年は6月4日 誕生日は、喜びと感動の日。出産予定日が近い家族は期待で待っていることと思います。生まれたらすぐ知らせるから言われ、タクシーで家族より先に駆けたこともあります。 火曜日の朝から金曜朝まで、生駒聖書学院では朝の祈りです。卒業式まで45日、2月5日~9日は大会に参加するので、40日もありません。 彼らが10日間の祈りをし、待ち望みペンテコステの日の朝、聖霊の神が降臨し、最初の教会が生まれ、現代も世界各地にキリスト教会が続々誕生しています。 使徒2:1 五旬節の日=Day of Pentecostになって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。 また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことば=other tongues,=異言で話しだした。 聖霊が教会の主として来てくれました。聖霊に満たされ、感謝と喜びの暖かい笑顔輝く冬の日です。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/16
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聖書の約束 コリント人への第一の手紙13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。 いつまでも残るものは、信仰と希望と愛です。形ある物は崩れ去り、消えてしまいます。歴史にその廃墟を見せられます。 健康も,美貌も失われます。その年齢にふさわしく笑顔輝く人生を生きていきたいです。 せめて死ぬときは,ありがとうの言葉と、天国に笑顔で行きたいですね。 2014年5月17日、家内は指文字で、て・・・ん・・・ご・・・く・・・のことばとともに召されました。早いもので明日で2年8ヶ月。独り暮らしの生活です。 いつまでも残る信仰を16歳で与えられ,その日から希望が生まれ,愛に生きる幸いの日々です。 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。 エレミヤ書29:11 リビングバイブルでは、わたしは、おまえたちのために建てた計画をよく知っている。それは災いではなく祝福を与える計画で、バラ色の将来と希望を約束する。 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/16
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先日、2014年ご主人を81歳で召された夫人と電話で話した。昨年の今日来訪され、慰めとイザヤ書40:1-2 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられると平安、雄々しく強くあれと。 優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。イザヤ書は66章、1章から39章までは旧約聖書を象徴するように、厳しいことが多く語られる。40章から66章まで27章、新約聖書であるかのように、慰めと希望のことばが多く語られます。聖書66巻を象徴するような書です。 50年前からの知り合いのクリスチャン夫人の主人が、20年近い闘病の中で2014年81歳で天に召されました。r訪ねて来てご主人との出会いや結婚、定年後病に倒れ寝たきりになり、20年間彼女一人で介護を続けた恵みを話してくれました。イースターに洗礼を受け、最後まで住みなれた自宅から、備えられている天国の住まいに旅立ちました。 20年間、自宅療養、介護士にも頼まず、50年の結婚生活で、最高にすばらしい20年間でしたとほほえむ彼女は、ご主人のことを話してくれました。 聖書の神は、愛と恵みの神。平安と慰めを与えてくれます。その慰めは、十字架と復活のなかに現され、主イエス・キリストをアーメンと信じる時、聖霊=パラクレートス=慰め主の豊かな愛と慰めを、全身を包まれるように感じます。家内が天に召されてもうすぐ2年8ヶ月、配偶者に先立たれた方々の辛さも少しは分かる牧師です。 辛い経験は、十字架の下に立つと幸せに、そしてえ一歩前進すれば、さらに幸せになります。恵みと愛との慰めを受け、感謝しつつの現役牧師です。恵みは十字架を思うだけ。ありがとうございます。今日もまた豊かな愛の天国の一日。感謝します。
2017/01/15
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;使徒の働き1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」 種子島から生駒聖書学院入学。チャペル正面に大書された使徒の働き1章8節の聖書のことば。あれから56年、頌栄でしか聖霊という言葉しか知らなかった少年が、ペンテコステの聖書学院の働きを担っている。不思議な奇跡的摂理。今朝も神学生と教会員たちと、朝早い時間から、聖霊に満たされて、初代教会さながらに、ハレルヤの声を上げ、主イエス・キリストの御名で祈っている。聖霊のとりなしもともに。アーメン。ありがとうございます。祈りは答えられ,与えられ、癒され解放され、日本は救われました。感謝します。ハレルヤ。 聖歌576番いずこにある島々にも いずこに住む人々にも喜ばしく宣べ伝えよ聖霊来たれり(折り返し)聖霊来たれり 聖霊来たれり天くだりし慰め主 地の果てまで宣べ伝えよ聖霊来たれり 暗き夜は開け放たれ嘆く声も今はやみて目に入るものみな輝く聖霊来たれり#折り返し 君の君に解き放たれ自由なる身とせられし者 勝ち歌を高く上げよ聖霊来たれり#折り返し いとも深き愛と恵み いざ迷える罪人らに語り告げて神の子とせん聖霊来たれり#折り返し み使いらも神の民も無限の愛をほめたたえて天に響かせ地に満たせよ聖霊来たれり#折り返し
2017/01/15
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聖書の約束 真っ白な雪が、朝日に輝いている。生駒に来て、雪を初めて時を思い出し、外へ飛び出し院長室の急坂や、裏庭を3000歩ほど動き回った。ツルリと滑るので軍手をはめ、杖を持って雪の上を歩いた。雪よりも白く洗われ、救われた神の子とされた幸の朝。今日の礼拝は、富雄キリスト教会でメッセージ。 奈良市富雄川西町2-19-18;近鉄富雄駅西口から北へ。約100メートル先の橋を左折800歩。 詩篇 51:7-12 ヒソプをもって私の罪を除いてきよめてください。そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってください。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう。 私に、楽しみと喜びを、聞かせてください。そうすれば、あなたがお砕きになった骨が、喜ぶことでしょう。 御顔を私の罪から隠し、私の咎をことごとく、ぬぐい去ってください。 神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。 私をあなたの御前から、投げ捨てず、あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。 あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/15
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聖書の約束 ローマ人への手紙10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。 主=アドナイ アドナイ・イルエ=主の山には備えがある アドナイ。ロヒ=主は癒やし主 アドナイ・ニシ=主は勝利 アドナイ・ロイ=主は羊飼い アドナイ・シャローム=主は平安 アドナイ・ティドケヌ=主は正義 アドナイ・シャマ=主はそこにいます アドナイ・エリエゼル=主は助け主 神は唯一の絶対的な存在。全知・全能・偏在・永遠・不変の神。天地万物を創造し、 完全で公平な愛の神、そして天の父。 聖書の愛のすべてを、朝ごとに体験できる恵み。恵=十と思い=十字架のもとに思いを馳せるとき、救いは恵みであり、生かされている恵みであり、心からの感謝があふれる。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/14
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ヨハネの福音書20:30- この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行なわれた。しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。イエス・キリストの生涯は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書に、病の癒し、悪霊追放、自然界の奇跡、死者のよみがえりなど35の奇跡が記録されています。 記録されたのは、イエス様が神の子キリストであると信じるためです。また、アーメンと信じる者が救われ、永遠のいのち=かみのいのちを受け、天国に生きるためです。 種子島の西之表キリスト教会で高校生の時アーメンと信じ、その日に教会前の城の浜海岸で洗礼を受けて58年。クリスチャンになり現役の牧師です。 聖書はイエス・キリストをの救いを伝える唯一の書です。ヨハネ5:39-40 あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。今も生きて働かれている、イエス・キリストの招きを、素直にアーメンと受けてください。マタイの福音書11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。アーメン信じますと、今朝、その招きに応え、イエス・キリストを心にお迎えください。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/13
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の福音書20:30- この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行なわれた。しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。イエス・キリストの生涯は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書に、病の癒し、悪霊追放、自然界の奇跡、死者のよみがえりなど35の奇跡が記録されています。 記録されたのは、イエス様が神の子キリストであると信じるためです。また、アーメンと信じる者が救われ、永遠のいのち=かみのいのちを受け、天国に生きるためです。 種子島の西之表キリスト教会で高校生の時アーメンと信じ、その日に教会前の城の浜海岸で洗礼を受けて59年。クリスチャンになり現役の牧師です。 聖書はイエス・キリストをの救いを伝える唯一の書です。ヨハネ5:39-40 あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。今も生きて働かれている、イエス・キリストの招きを、素直にアーメンと受けてください。マタイの福音書11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。アーメン信じますと、今朝、その招きに応え、イエス・キリストを心にお迎えください。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017/01/13
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聖書の約束 コリント人への第一の手紙9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。 福音とはgood news=良い知らせのことです。新聞を2014年から読まず、テレビもほとんど見ません。 週刊誌も3年間ほど買わず、昨年から余りにも世相が分からないので、ときどき買って読み捨て。 良いニュースだけの新聞を作ったらと、報道関係上役に会ったとき聞きました。すると、人間は本質的に汚れたことやゴシップが好きなんです。噂話がないと世の中持ちません。分かったような分からない話でした。いずれにしても正確な情報を発信して欲しいものです。 キリスト教会は、200年日にわたって福音を発信しています。兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。 また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。 その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。 その後、キリストはヤコブに現われ、それから使徒たち全部に現われました。 そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現われてくださいました。 コリント人への第一の手紙15:1-8 ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝してます。
2017/01/13
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イザヤ書35:2弱った手を強め、よろめく膝をしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。強くあれ、恐れるな。 1999年11月、東京都北区で左脳内出血、2012年7月堺市で運転中右脳内出血で交通事故、同年10月小脳内出血。 イエス様の恵みと愛で一命を守られ、天国から追い帰された牧師と呼ばれ、現役牧師として仕えています。主治医は、左右脳内出血と小脳内梗塞で守られ、奇跡の牧師ですよと言われています。杖を付いて歩くよう厳命され、今日も10556歩。 毎日、立つ、歩く、握る=掴む、噛む、話すと鍛練し続けています。 昨年、岡田哲也歯科医を紹介され、話しにくかった歯の治療になり、17日から下歯の治療になり、3月まで阿波座まで通院です。 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。コリント人への第二の手紙4:17 現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。ローマ人への手紙8:18 ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日。感謝します。
2017/01/12
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