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今日もまた天国の一日です!と朝の目覚めとともに告白して、一日をすたーとします。 朝が早いので夜は早く就寝します。 「私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから」 「平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます、」と詩篇3篇5節&4篇8節のことばどおおり安眠です。 朝の目覚めは、「主よ。朝明けに、私の声を聞いてください。朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします」(詩篇5:3)のとおりにスッキリと目覚めます。 命があり息をしていることが奇跡の朝です。 「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。あなたの真実は力強い」(哀歌3:22-23) アンチエイジングの本を読んでいたら、「8つの柱を立て直せば、頭から足先まで全身が若返る」とありました。 家内が朝ごとに頃若返ったようですねと言ってくれますが、知らず知らずのうちに8つの柱がしっかりしていたことを知り、神様の恵みに感謝しています。 第一の柱=口ぐせ 言葉の使い方一つで、老けこむ口ぐせをやめるだけで脳が変わり、引いては身体もエネルギーで満ちて行きます。 最高の聖書のことばを毎朝告白している幸いに感謝します。詩篇1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 第二の柱=スタイル=体系、生活習慣ヨハネの第三の手紙1:2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。 第三の柱=顔や見た目 肌ツヤや表情、顔もしっかり洗って、風呂にも入り身体をきれいにすることも大切です。 少年のような目の輝きをいつまでも忘れずに! サムエル記第一 16:12 エッサイは人をやって、彼を連れて来させた。その子は血色の良い顔で、目が美しく、姿もりっぱだった。主は仰せられた。「さあ、この者に油を注げ。この者がそれだ。」第四の柱=足腰 ゆとりの一万歩も8年と4ケ月目。足は第二の心臓とも言われます。下半身の「筋力が増せば、背筋もピンと伸びて、見た目もみるみる若返って行きます。イザヤ書 40:31 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。第五の柱=脳 毎日、一読十笑百呼千字万歩で、脳は活性化します。テサロニケ人への第一の手紙5:23 平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。第六の柱=心 怒りや不平不満、思い煩いや心配事をため込んではいませんか。ストレスは心と体の毒素です。毒素を取り除けが体調も良くなります。 心の軽さ、明るさは身体の若さと密接につながっているのです。 今日もまた明るく元気でさわやかな天国の一日です!すべてのことに感謝して、明るく輝く喜びの日々を祈ります。マタイの福音書11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。第七の柱=骨 骨折や寝たきりにならないために、少しでも歩く、部屋の中でも歩けない人は手や足を動かすだけでも良いと思います。イザヤ書 58:11 主は絶えず、あなたを導いて、焼けつく土地でも、あなたの思いを満たし、あなたの骨を強くする。あなたは、潤された園のようになり、水のかれない源のようになる。第八の柱=内臓、血管 メタボ解消に役立つ習慣、内臓も血管の健康になると長寿人生になります。詩篇65:20 そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命の満ちない老人もない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。 上記は、頭が冴え、疲れない体になる「この習慣」を続けなさい」佐藤富雄著、三笠書房刊から、八つの柱を紹介しました。詩篇103:1 わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。 103:2 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。
2012/01/31
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イエス様は十字架に死なれる前夜、弟子たちと夕食を取りました。 そのときの様子が以下のように記録されています。 さて、夕方になって、イエスは十二弟子といっしょに食卓に着かれた。みなが食事をしているとき、イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちひとりが、わたしを裏切ります。」 すると、弟子たちは非常に悲しんで、「主よ。まさか私のことではないでしょう。」とかわるがわるイエスに言った。 イエスは答えて言われた。「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」 すると、イエスを裏切ろうとしていたユダが答えて言った。「先生。まさか私のことではないでしょう。」イエスは彼に、「いや、そうだ。」と言われた。 また、彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これはわたしのからだです。」 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。「みな、この杯から飲みなさい。これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。 ただ、言っておきます。わたしの父の御国で、あなたがたと新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」 そして、賛美の歌を歌ってから、みなオリーブ山へ出かけて行った。(マタイの福音書26:20-30) 裏切りや弟子たちの悲しみ、翌日の十字架の死を直前にしながら、賛美の歌を歌う最後の晩餐の席を思い、どんな時でも歌える姿に感動します。 悲しみの時にも喜びの日も、たとえ殉教の炎に包まれながらでも、イエス・キリストを信じる者は歌い続けます。病の床、楽しい食卓、結婚の幸せの時、どんなときにも歌い続けます。 歌わない、音楽の時間は何を言われても口を閉ざしたまま中学3年までを過ごした少年時代でした。 三つの賛美歌が閉ざした心を開き、音程は外れていても口に出して歌えるようになりました。 教会へ行こうと思ったのは、賛美歌404番の山地越えてでした。山路こえて ひとりゆけど、 主の手にすがれる 身はやすけし。 松のあらし 谷のながれ、 みつかいの歌も かくやありなん。 峰の雪と こころきよく、 雲なきみ空と むねは澄みぬ。 道けわしく ゆくてとおし、 こころざすかたに いつか着くらん。 されども主よ われいのらじ、 旅路のおわりの ちかかれとは。 日もくれなば 石のまくら、 かりねの夢にも み国しのばん。 義母の葬式で歌われた賛美歌です、その歌を聞きながら永遠を思いました。 キリスト教会の礼拝に行き、いつくしみ深き友なるイエス(讃美歌312番)に感動し、歌詞を直ぐ覚えて種子島の海辺や山道を歩きながら歌うと言うより唱えたものです。 そして、1957年11月24日(日)の礼拝でイエス・キリストをアーメンと信じるきっかけとなったのが、十字架の血に手きよめぬればとの賛美歌515番でした。十字架の血に 清めぬれば来(こ)よとの御声(みこえ)を 我は聞けり 主よ我は 今ぞ行く 十字架の血にて 清め給え弱き我も 御力(みちから)を得この身の汚れを みな拭(ぬぐ)われん 真心(まごころ)もて 切(せつ)に祈る心に満つるは 主の御恵(みめぐ)み ほむべきかな 我が主の愛ああ、ほむべきかな 我が主の愛 「主よ我は 今ぞ行く 十字架の血にて 清め給え」と、歌っているときに聖霊のお働きで頑なな心が砕かれ、アーメン。信じますと手を上げ、その日の午後に種子島の海岸でバプテスマを受けクリスチャンとなり、幸せな日々を導かれつつの朝です。 「いつくしみ深き友なるイエスは」のメロディで恵みを歌おうと決心し、ゆとりの一万歩で山道を歩くたびに、ひとりで歌い続けてきました。 教会員には詩人や小説家、俳句や短歌の専門家も多く、名編集者や文学を学んだ方々がたくさんおります。 推敲もしない思いつきの歌を、しかも音楽家も多い教会で、歌ってもらうのは気恥しいと思いながら、厚かましくお許しをいただいて、みんなで歌ってもらっています。 今朝も目覚めとともに、今日もまた明るく元気でさわやかな天国の朝です!と告白し、感謝の天国の一日がスタートしています。主イエスよ あなたの 十字架の犠牲その友のために いのちを捨てる大きな愛を知り 信じた日よりこのいのち捧げ 献身の道主イエスよ あなたの 十字架の愛を 伝えるためにと 御霊の力新たな情熱 いのちの息吹心燃やされ 福音語る主イエスよ あなたの 十字架の救い信じる者には 生まれ変わりを神の子とされて 永遠(とわ)のいのちを豊かな実りと 栄える日々を!ペテロの第一の手紙2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。 2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。 2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。 2:25 あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。
2012/01/30
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とりなすとは、対立する二者の間に入って、うまく折り合いをつけることです。仲裁することや仲介者はとりなす心が必要です。 とりなしの祈りとは、他の人の代わりに神様に祈ることです。祈りでとりなすことは、旧約聖書で、アブラハム、モーセ、ダビデ、サムエル、ヒゼキヤ、エリヤ、エレミヤ、エゼキエル、ダニエルなど多くの実例があります。 新約聖書では、イエス・キリストの十字架上でのとりなしの祈り、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカ23:34)が有名です。 そして今もなおキリストとりなしの祈りで、アーメンと信じるとき救われるのです。「キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです」(ヘブル7:24-25) 十字架上に死に墓に葬られましたが、三日目の朝に死を打ち破り復活された主は、今も生きておられて救うだけでなく、信じたクリスチャンのためにとりなしの祈りを続けてくださいます。 「神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです」とローマ書に書あるとおりです。 アーメンと信じてイエス様を心にお迎えした日から、地上の生涯を終えて天国に召される日まで、どんなことがあろうと守られ続けるのです。 「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」(ローマ8:37-39) そればかりではなく、すべてのクリスチャンはとりなしの祈りをする者として召されているのです。クリスチャンが積極的にとりなしをすることは、神の願いなのです。 全能で愛なる神の御座に大胆に近ずき、私たちの祈りと願いでとりな詩祈れるとは、すばらしく高い特権ですね。 今日の日本ほどとりなしの祈りを必要としている国はありません。 東日本大震災、大津波被害、原子炉から漏れる放射能問題、風評被害、政治の混乱と経済の先行き不透明さ。世界的経済の混乱、子どもの教育やしつけなど、自らをその立場に置いてとりなす祈りをささげようではありませんか。聖書のとりなしの祈りを引用します。アブラハムのとりなしの祈り創世記18:22 その人たちはそこからソドムのほうへと進んで行った。アブラハムはまだ、主の前に立っていた。18:23 アブラハムは近づいて申し上げた。「あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。18:24 もしや、その町の中に五十人の正しい者がいるかもしれません。ほんとうに滅ぼしてしまわれるのですか。その中にいる五十人の正しい者のために、その町をお赦しにはならないのですか。18:25 正しい者を悪い者といっしょに殺し、そのため、正しい者と悪い者とが同じようになるというようなことを、あなたがなさるはずがありません。とてもありえないことです。全世界をさばくお方は、公義を行なうべきではありませんか。」18:26 主は答えられた。「もしソドムで、わたしが五十人の正しい者を町の中に見つけたら、その人たちのために、その町全部を赦そう。」45人~40人~35人~30人~20人~10人18:32 彼はまた言った。「主よ。どうかお怒りにならないで、今一度だけ私に言わせてください。もしやそこに十人見つかるかもしれません。」すると主は仰せられた。「滅ぼすまい。その十人のために。」モーセのとりなしの祈り出エジプト記32:30 翌日になって、モーセは民に言った。「あなたがたは大きな罪を犯した。それで今、私は主のところに上って行く。たぶんあなたがたの罪のために贖うことができるでしょう。」32:31 そこでモーセは主のところに戻って、申し上げた。「ああ、この民は大きな罪を犯してしまいました。自分たちのために金の神を造ったのです。32:32 今、もし、彼らの罪をお赦しくだされるものなら――。しかし、もしも、かないませんなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、私の名を消し去ってください。」ダニエルのとりなしの祈り9:4 私は、私の神、主に祈り、告白して言った。「ああ、私の主、大いなる恐るべき神。あなたを愛し、あなたの命令を守る者には、契約を守り、恵みを下さる方。9:5 私たちは罪を犯し、不義をなし、悪を行ない、あなたにそむき、あなたの命令と定めとを離れました。9:17 私たちの神よ。今、あなたのしもべの祈りと願いとを聞き入れ、主ご自身のために、御顔の光を、あなたの荒れ果てた聖所に輝かせてください。9:18 私の神よ。耳を傾けて聞いてください。目を開いて私たちの荒れすさんださまと、あなたの御名がつけられている町をご覧ください。私たちが御前に伏して願いをささげるのは、私たちの正しい行ないによるのではなく、あなたの大いなるあわれみによるのです。9:19 主よ。聞いてください。主よ。お赦しください。主よ。心に留めて行なってください。私の神よ。あなたご自身のために遅らせないでください。あなたの町と民とには、あなたの名がつけられているからです。」パウロのとりなしの祈りローマ9:1 私はキリストにあって真実を言い、偽りを言いません。次のことは、私の良心も、聖霊によってあかししています。9:2 私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。9:3 もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。そして、すべてのクリスチャンにとりなしの祈りは求められている第一テモテ2:1 そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。2:2 それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。2:3 そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。2:4 神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。2:6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。2:7 そのあかしのために、私は宣伝者また使徒に任じられ――私は真実を言っており、うそは言いません。――信仰と真理を異邦人に教える教師とされました。2:8 ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。とりなしの源は聖霊ローマ8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。8:27 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。とりなしの祈りの祝福エペソ6:18 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。6:19 また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。 とりなした人はみな特別な祝福を受けている。神様に祈れる祝福とその特権を思いますが、人の祝福を祈るのには、その祈りたい思いが大切だと思います。
2012/01/29
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久しぶりに東京一泊でした。インターネットでホテルメトロポリタン丸の内を予約し、最上階(34階)に案内されました。 東側に面しており遮る建物が一つもなく、昇る朝日がきれいなホテルでした。初めて会う原人さんが訪ねてくださり。四時間近く種子島情報をお聞きすることができ幸いでした。 昭和30年代までは人口7万程でした。種子島は西之表市・中種子町・南種子町の1市2町です。種子島の現在の人口は約3万5千人。 内訳はおよそ西之表市1万8000人、中種子町9500人、南種子町6800人です。 種子島移住もあるようです。空き家も多く家賃は1万5千円くらいからだそうです。西之表市は移住者用の住宅を5棟建設しましたが、家賃が6万円で移住者は一軒入居しただけで、後の4軒には市内の方が入居しました。 高収入の仕事がない島なので、6万円の家賃を払って生活できる移住者は、そういないようです。 また、母屋や離れが空いていても、移住者に気軽に貸すような方も多くなく、空き家のままで朽ちていく家もあるようです。 もともとが移住者の島でしたが、最近はさまざまな事情で難しい部分もたくさんあるようです。 種子島を出たのが昭和34年(1959年)でした。神学校を卒業して3年ぶりに帰島しましたが、それ以後は時々帰るだけでした。 1903年にキリストの教会全国大会が、ニュー種子島ホテルで開催され、講師として招かれました。ちょうどホテルオープンの時でまだ誰も泊まったことのない新しい部屋で寝たことなど思い出しています。 それ以来、毎年種子島へ帰り西之表キリスト教会と、バプテスト連盟種子島新生キリスト教会でメッセージをさせていただいております。 種子島を出て50目(3年前)から日曜日の礼拝説教と、バプテスト教会では夜の礼拝に招かれて説教しています。 短い滞在で土曜日に着き、神学生同行の場合レンタカーで島を一周し、日曜日は朝から夜まで教会です。月曜日朝一番の高速艇で鹿児島へと帰路につきます。 今年は日曜日を挟んでゆっくり滞在を考えています。多くの出会いがあるようで楽しみにしています。 原人さんがホームページを作成してくださり、マンガ(歌えない、踊れない、無口の牧師物語)を動画で紹介してくれています。 種子島でその漫画や、新しいマンガ「今日も天国の一日」(題字は種子島出身書家濱田龍郎さん)が多く配られています。 そんなこともあり少年時代の思い出とともに、新しい方々との出会いを楽しみにしながらの帰島になると思います。 東京のど真ん中で種子島の話ができたのは愉快でした。宇宙のへそは種子島です。世界の中心は種子島です!種子島バンザイ!の東京の夜でした。感謝します。今日もまた元気でさわやかな天国の一日です!詩篇19:1 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。 19:2 昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。 19:3 話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。 19:4 しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。 19:5 太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。 19:6 その上るのは、天の果てから、行き巡るのは、天の果て果てまで。その熱を、免れるものは何もない。 19:7 主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、主のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。 19:8 主の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、主の仰せはきよくて、人の目を明るくする。 19:9 主への恐れはきよく、とこしえまでも変わらない。主のさばきはまことであり、ことごとく正しい。 19:10 それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。 19:11 また、それによって、あなたのしもべは戒めを受ける。それを守れば、報いは大きい。 19:12 だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。 19:13 あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。 19:14 私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。
2012/01/28
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カリフォルニア北部に、「レッドウッドの森」があって、レッドウッドは高さが100メートル、樹齢が1000年を超え、重さも3トンを超えるものがあるとのことです。 しかし、それに比べて、根の深さは、ずいぶん浅く、2~3メートルぐらいしかありません。「土の上が100メートルで下が2~3メートル?」それでよく立ち続けていられるものです。ずっと生き続けられる秘密があるのです。 実は、レッドウッドは、根の深さは2メートルほどでも、直径80メートル以上も、横に広がるのだそうです。そして、直径80メートル以内にある、レッドウッドの根と、互いに絡み合って、つながります。ですから嵐が来ても、まわりの木と助け合って、しっかりと立っています。 これは、相互依存という、最も成熟した状態と同じです大。東日本大震災や大津波、原発被害を経験した昨年でした。まだも問問題は山積みです。昨年11月にいわき市へボランティアに行きました。福島新聞に今日も深い記事があり、絆は木綱とも書くとあり、レッドウッドの木のことを思いました。横に広がる長い根が互いに絡み合い、高さ100メートルの大木が支え合いながら茂っているのです。絆はお互いをささえ合う関係です。依存状態にある人は、「あなた」というパラダイムを持っています。「あなた」が私の世話をするのです。「あなた」がやってくれないとだめです。 自立は「私」というパラダイムです。「私」はできます、「私」が結果を出します、という状態です。そして、相互依存は「私たち」というパラダイムです。「私たち」はできます。「私たち」は協力します。「私たち」が才能と能力を合わせれば、もっと素晴らしい結果を出すことができます、ということです。 自立した人が、結果を出す力を1とし、その人たちが、2人集まって、相互依存できるならば、互いに協力し合って、出す結果は1+1=2ではなく、10や100、時にはそれ以上の成果を上げることも可能です。 このことを相乗効果と言います。相乗効果の価値を認める人は、次の言葉を心から信じる人です。「本当に効果的に人生を営む人というのは、自分のものの見方の限界を認め、他の人のパラダイムと考え方に接することによって得られる、豊かな資源を活用する謙虚さを持っている人である」 イエス様のことばです。「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」(ヨハネの福音書13:34-35)
2012/01/28
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中国の北の方に占いの上手な老人が住んでいました。さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。ある時どういうわけか、その老人の馬が北の胡の国のほうに逃げていってしまいました。この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。「このことが幸福にならないとも限らないよ。」 そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。「このことが禍(わざわい)にならないとも限らないよ。」 しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。「このことが幸福にならないとも限らないよ。」 1年が経ったころ胡の人たちが城塞に攻め入ってきました。城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くは戦いで死んでしまいました。しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。 この話は、中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」に書かれています。 「人間万事塞翁が馬」の「人間(じんかん)」とは日本で言う人間(にんげん)の事ではなく、世間(せけん)という意味です。「塞翁」というのは、城塞に住んでいる「翁(おきな)=老人」という意味です。総合すると、「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍へ、また禍から福へと人生に変化をもたらした。まったく禍福というのは予測できないものである。」という事です。 ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
2012/01/27
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聖書の中心はイエス・キリストです。「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。 それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません」(ヨハネの福音書5:39-40) イエス・キリストは、私たちを愛して十字架に命を捨て、墓に葬られましたが三日目に復活し、昨日もきょうもいつまでも変わることなく生きておられます。 その十字架の愛にアーメン(真実・本当です)と、心を開いてイエス・キリストをお迎えするとき救われます。 理屈を越えて聖霊の助けにより、イエス・キリストが心に住んでくださり、神の子として平安と喜びとともに、永遠のいのちを与え天国に生きるようにしてくださいます。 新約聖書はギリシャ語で書かれています。その中で愛ということばは当時「エロス」=肉体的な愛。主に男女関係の愛。対象の価値を求める愛。自分本位の愛。見返りを求める愛が一般的でした。 ほかにも「ストルゲー」= 従う愛。尊敬を含む愛。親子関係や師弟関係にある愛。 また「フィーリア」=友情愛。自分を与えることで他人を生かす愛もありました。 しかし新約聖書は、ほとんど使われていなかった「アガペー」を持ちました。アガペーとは、無条件の愛。万人に平等な愛。神が私達に与える愛。見返りを求めない愛です。 新約聖書の中心は愛です。「 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(0ヨハネ3:16) 神は愛です。愛はその犠牲の大きさによって分かります。しかもその愛は見返りを求めないアガペー(無条件の愛)なのです。 新約聖書開巻第一ページには、イエス・キリストの系図が書かれており、聖書を読もうと最初の開いたとき、戸惑いを与えられます。 実はこの系図こそ福音であり、すべての人々が救われるという喜びの知らせのニュースなのです。 アーメンと信じるならだれでも救われると言う高らかな宣言なのです。 聖書は語りかけいます。家系や過去にどんな問題があり、だれにも言えないものがあっても、たとえ血統に汚れたものがあっても、イエス・キリストにおいては、それらは問題ではないのです。信じる者は受け入れられ、愛され、きよめられ決して捨てられないと言うことです。 また、過去にどんなスキャンダラスなことがあり、拭えない事実があなたを苦しめていても、また無神論で生きて来たとしても、イエスをアーメンと信じさえすれば、すべては必ず解決され、救われるのです。信じ悔い改めるとき、御子イエスの血がすべて罪からきよめ、生まれ変わる恵みが与えられます。 過去の姿が明らかになるのを恐れる必要はありません。怖がる必要もなく、すべての心配事は十字架により解決されているのです。ただアーメンと信じるだけで救われるのです。 イエス・キリストがこのようなメチャメチャとも思うような系図をもって生まれたのは、この世に生を受けた者はだれでも救われる価値があることを証明するためでした。 イエス・キリストは、それらの過去の罪を全部引き受け、わが身に背負い、我が事として、それらも用いて救いへと導かれるために、十字架に命を捨ててくださいました。 アガペーの愛は十字架の上に豊かに現れ、今日もアーメン信じますと言う人は、だれでも救われ天国の保証が与えられるのです。ローマ人への手紙5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。 5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。 5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。 5:9 ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。 5:10 もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。 5:11 そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。ペテロの第一の手紙 2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。 2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。 2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。 2:25 あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。賛美歌「いつくしみ深き友なるイエスは」で歌えます。道なきところに 新たな道を恵みの旅立ち 主はともにあり祈りの声をも 聞き上げたもうみことばたよりて 豊かな歩み朝日の輝き 豊かに受けて恵みの道をば 輝き進むみ神の愛こそ 希望の光さやかに明るく 笑顔輝く命の小道は 険しいときも恵みの光の 消える日はなし聖書のことばは 導く光主イエスに従い 感謝の心
2012/01/25
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一昨日、加古川市まで出かけました。今月5日にい行ったときは2時間ちょとで到着したので、そのつもりで生駒を出ました。約束に送れないように、第二阪奈生駒トンネルを抜け、阪神高速東大阪線へ入り、近畿自動車道へのジャンクションを過ぎたあたりから、流れがストップし長田料金所の表示に、環状線まで85分とあります。普通だと10分もかからないので約束の時間には間に合いません。 主を賛美しながらゆっくりと進むうち、やっと原因が分かりました。交通事故が二か所でパトカーが出動し、二車線が一車線に制限されていたのです。やっと通り抜けると安全運転で、到着予定より2時間遅れで到着。 最初の焼肉店では準備が整っていましたが、まだ夕食時間には少し早く、お話しを聞く時間がありホッとしました。 もう一つは居酒屋でしたが、7時過ぎになり来店者もあり狭いカウンター越しに、プライベートのお話もきけず話せずでした。夕食の料理を注文し、値段は安くものすごい美味しい料理で、楽しくいただきました。 居酒屋には入ったことはほとんどなく、来客はお酒を飲んでいましたが、酒は飲まないのでホッとカルピス(も初めての経験)を注文しながらの夕食でした。 駐車場まで送ってくれたので、寒い外でしたが手を取り合って問題の解決と祝福を短く祈ることができました。 帰路は9時過ぎだだったので高速道路は空いていて、思ったより早くの帰宅でした。 原因が分からないとイライラしたり、怒ったり当たり散らしたりする場合があります。高速道路の渋滞が事故だと分かれば、運転手や事故車両の安全を祈り、必ず通り抜けた恵みに感謝します。 人生も同じようなものですね。渋滞があり幸せになかなかなれない。その原因を多くの人は知りたがり、それを取りのければ幸せになると思っています。 その原因は政治!経済?教育?などを変えればと思っている場合が多くあります。また何よりも快楽にのめり込み、酒やギャンブル、性的スキャンダルに支配され、薬に人生をめちゃくちゃにしている場合もあります。 宗教に救いを求めても、ほんとうの救いは未来永劫になく、欺かれている場合も宗教人口が二億を超える日本の特徴です。 聖書は幸せの道を閉ざしているのは、人間が誰でも持っている原罪だと教えています。原罪とは人間の本質的な罪です。原罪のために法律を破り、不道徳的なことをしてしまい、心の中では嘘、偽り、欺き、不平不満、呟きなど様々な心の罪を持っているのです。 普通だとスッキリ流れる高速道路のように、人間は本来幸せの道をマッスグに天国に行くまで、身体も魂も霊も祝され続けるのです。 ところが妨げの原罪が邪魔をしています。それを取り除くお方がイエス・キリストです。 十字架の上に全人類の原罪を背負い、命を捨てて贖ってくださいました。十字架上で流された尊い血が、すべての罪からきよめ洗ってくださるのです。 高速道路上の事故車両が取りのけられたので、車の流れが進むように、イエス・キリストの救いをアーメンと信じるときに、人生は幸せなり幸せの道をマッスグに歩むことができるのです。 幸せに道に妨げになっている罪は、イエス・キリストの十字架の贖いと復活の命によって取り除かれています。聖書のことばを100パーセント信用し、アーメン。信じます。私の心にお入りくださいと、口に出して祈ってみてください。アーメンと言えば救われ、幸せの中を天国に行く日まで、今日もまた天国の一日です!と、明るくさわやかに生きることができます。詩篇1:1 いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず 1:2 主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人。 1:3 その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び/葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。
2012/01/25
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悲しみ涙も 消え去る御国 さわやかな笑顔 輝く朝に 喜び感謝の 歌声響く 恵みに満たされ 天国の日々十字架の御救い 信じたときに 主イエスの愛をば 豊かに受けて 喜び感謝の 笑顔はあふれ 恵みに満たされ得 天国の日々主イエスは友なり いかなる日にも 見捨てずおられて 助けを与え 喜び感謝の 勝利の力 恵みに満たされ 天国の日々 アーメン。いつくしみ深き友なるイエスは(賛美歌312番)のメロディで歌えます。
2012/01/24
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こんな話があります。 一匹の貧弱なトカゲが、神様に頼みました。「僕は小さくて痩せこけています。だからいじめられてみじめな思いばかりしています。ほらこのとおり体中傷だらけです。神様どうか、よろいのような固い体にしてください」 神様はトカゲがいじめられないように、背中に大きな甲羅をつけて、「これからは亀と名乗りなさい」と励ましてあげました。 しばらくして亀は神様に言いました。「傷つかない強い体になりましたが、この甲羅のせいで背中が重くて仕方がありません。みんなからのろまとバカにされ、恥ずかしいな体でお願いします」 神様は、甲羅をはずすと同時に、他の動物たちが恐れるような頑丈な体にして、これからはワニと名乗りなさいと励ましました。 ワニになったトカゲは、「神様のおかげで何も恐れないような体ですが、このずんどうの手足は何とかなりませんか。とても短くて恥かしいのです。この手と足を何とかしてください」 神様は、「そんなにその手足がいやならスマートにしてあげよう。でもこれが最後だよ」と言うと、ワニから蛇に変えてしましました。 トカゲは、「ああ、薄気味悪いといわれるより、トカゲのままでいたほうがよかった。そうすればのろまだとか、ずんどうといわれることもなかったし、気味悪い怖いといわれることもなかったのに」と嘆きました。 今ある自分を好きになり、満足し幸せだと感じることが重要です。こんな話も伝わっています。 アリはもともと大空を飛び羽を与えられていました。こんな邪魔なものはいらないと、自分で羽をとってしましました。そして地面を這いずりまわって、えさを求めるようになたそうです。一年に一回その名残のアリが空を飛んでいます。ヘブル人への手紙13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」13:6 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」13:7 神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。13:8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。13:9 さまざまの異なった教えによって迷わされてはなりません。食物によってではなく、恵みによって心を強めるのは良いことです。食物に気を取られた者は益を得ませんでした。
2012/01/23
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永遠の救い クリスチャンになっても滅びることがあるかも知れないと、信仰生活に不安を覚えている人もいるようです。しかしほんとうに信じた人は決して滅びることはないのです。 クリスチャンは永遠に安全であり、保障されて天国に召されます。このことは聖書がはっきり教えています。その確信をしっかり持って、確信に満ちて天国に行くまで輝く人生を歩み続けましょう。 さまざまな教えの風に惑わされないで、偽りの預言に引き寄せられないで、マッスグに聖書の福音を確信し、永遠のいのちを与えられた喜びで、今日もまた天国の一日です!と、高らかに告白し続けましょう。ヨハネの福音書10:28 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。10:29 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。ヨハネ5:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。ローマ人への手紙8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。テモテへの第二の手紙1:12 そのために、私はこのような苦しみにも会っています。しかし、私はそれを恥とは思っていません。というのは、私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。ユダの手紙1:24 あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、1:25 すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。ローマ8:30 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。 クリスチャンは、決して滅びることのない保証を与えられています。しかし現実生活の中で、罪を犯してしまったりすることもあります。しかし、それによって救いを失ってしまうことはありません。イエス様の前で悔い改める時、「子よ。あなたの罪は赦されました」とのやさし赦しの声を聞くことができます。 イエス・キリストの十字架の救いは、すべての過去、現在、未来にわたるいっさいの罪の贖いを完成してくださいました。ヘブル人への手紙9:23「イエス・キリストは、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです」 キリストによって罪の代価が支払われたのですから、神は再び罪の代価の支払いを請求なさることはありません。 十字架上のことば「テテレスタイ=すべてが完了した!」は、すべての救いが完成したとの勝利の叫びでした。 聖と義なる裁き主の神は、キリストの十字架の救いを信じる罪人のすべての罪を赦してくださいました。 しかし、クリスチャンが罪を犯すと、聖なる神を悲しませ、父として、また子としての楽しい交わりが破れるので、その罪を告白し楽しい交わりを回復させていただくのです。ヨハネの第一の手紙1:7 しかし、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。2:1 私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。2:2 この方こそ、私たちの罪のための、――私たちの罪だけでなく全世界のための、――なだめの供え物なのです。 クリスチャンは故意に、また軽々しく罪を犯すことはできません。神の子が神から離れ、軽々しく罪を犯していると、父の懲らしめがあります。それは地獄に行くという定めではなく、愛のムチ(こらしめ)です。そのことに気づき悔い改めるなら、直ぐに赦しと交わりが回復されます。 クリスチャンは絶えず罪を犯しながら生きる者ではありません。聖人君子でもありませんが、犯す罪の少ないものです。永遠の安全保証を罪を犯す口実しないで、きよい生涯を生きる強い動機年、聖霊とみことばにきよめられ続ける恵みなのです。 数十年、アンダーシャツなしで過ごしました。数日前の散歩でユニクロ前を通ったので中に入り、アンダーシャツを買いました。それを着用すると寒さがどこかへすっ飛んでいきました。 心のアンダーウエアは、御子イエスの血です。血汐に守られ聖霊に覆われる時、罪や咎や汚れや醜い思いから守られ続けます。 アンダーウエアを毎日着替えるように、日々に十字架の血汐の元に新たに留まるなら、聖霊により栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられて行くのです。 詩篇119:9 -11どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのことばに従ってそれを守ることです。あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。永遠のいのち与えられて(いつくしみ深きのメロディで歌えます)変わらぬ約束 信じるだけで永遠(とこしえ)の命 与えられたり十字架の上にて テテレスタイとすべての罪とが 赦されたればただただ信じて 救われたのは一時の気まぐれ 気休めでなく永遠(とこしえ)に生きる 変わらぬ保証滅びに行かずに 天国の道わたしはあなたに いのちを与え永遠(とこしえ)の御国 継がせるために十字架にいのちを 釘づけにせりその愛受けよと 主の声響く昨日も今日も 変わらぬイエスはいまも生きたもう よみがえりの主心を開いて 信じた日より命は輝き 喜び満る
2012/01/22
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家内は、メディカル・イ―ティングの指導で温野菜だけをてベ続けて6ヶ月目になりました。昨夜の夢で素敵なイケメンの医者が現れて、果物でも何でも欲し物を食べなさいと言ってくれたそうです。余りにも制限が厳しいからだろうと二人で笑いながらの朝食タイムでした。 家ではいつも同じ菜食をいっしょに食べています。しかし接待外食やいただき物もあり、それはほとんど一人で食べます。 特に今週は、牡蠣鍋とほうとううどんをいただいたので、自分で料理(いただいた材料を大きな鍋に放り込み煮ただけ)し、水曜朝から今夜まで美味しくいただきます。 また韓国よりお二人、兵庫県や大阪市内などから宿泊客があり、昨日まで外での接待が多い日々で、昨夜は何も食べずに就寝でした。 イエス様は、「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい」(マタイの福音書6:31)とおっしゃいました。 また使徒パウロも、「しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。 神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。神のことばと祈りとによって、聖められるからです」(テモテへの第一の手紙4:4-6)tと教えました。 何を食べるか、何を飲むかによって健康は維持されます。それを心配したり思い煩ったりしないで、感謝して受けるとき、毒を飲むとも害を受けずで、守られる健康が維持されます。 しかし、健康のために禁じられている物を、好んで摂取すると必ずその報いを受けることにもなります。 13年前、左脳内出血で倒れた時、脳外科医の問診があり酒を飲んだことも、タバコを吸ったこともないと答えると、ニッコリほほ笑み、「それなら大丈夫です!」と言われたことなど思いだします。 大阪救急病院に肝臓を患い入院していた40代男性がいました。母親がクリスチャンで請われてお見舞いに行きました。アーメンとイエス様を信じ、病の癒しを祈り不思議に退院になりました。 お酒やタバコが好きで、退院時に医者も母親も牧師も、口を酸っぱくして酒を飲まずタバコも辛抱するように話すと、ハイハイと返事し喜んで自宅に帰りました。 残念なことにしばらくして再入院、医者が首をかしげましたが、何と退院祝いと言って酒を飲み、タバコも口にしました。奥様の厳しい注文にも、俺の身体の事は俺が知っていると、酒もタバコも止めずその結果再発。 それからほどなくして亡くなり、まだ成人していない三人の子どもと奥様は、苦労のどん底に落とされました。 身体に悪いと分かっている物を避けるのは当然のことです。同時にこれは身体に良い、これは悪いとあまり神経質にならず、与えられたものを感謝して祈りいただきたいものです。余り神経質になると帰ってそのストレスが悪い影響を与えるのかもしれません。 今日も、「日ごとの糧を与えたまえ」と主の祈りとともに必要が豊かに備えれ、明るく元気でさわやかな天国の一日です! 明日は日曜日です。キリスト教会では午前10時頃から礼拝がありますので、お出かけください。 私は明日午前10時より富雄キリスト教会(奈良市富雄川西1-19-18)で礼拝メッセージ。夕方5時には、堺エリムキリスト教会(堺市堺区南瓦町1-15)でも説教です。 生駒聖書学院教会(午前10時)と大阪エリムキリスト教会(午後2時45分)では、前田基子牧師の元気なメッセージです。 お近くの方ぜひお出かけください。 身体の栄養もですが、心に豊かに精神の糧を最高の聖書からお受け取りください。ペテロの第一の手紙2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。マタイの福音書 4:4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」詩篇19:10 それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。 19:11 また、それによって、あなたのしもべは戒めを受ける。それを守れば、報いは大きい。ヘブル人への手紙5:13 まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。 5:14 しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。
2012/01/21
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荒野を行くとも 恵みは豊か 感謝と喜び 希望にあふれ祈りと信頼 豊かにあれば 明るく元気に 輝き進む荒野の道には 宝かくされ 見出す者には 新たな恵み御霊の力で 愛と喜び 平和に守られ 輝き進む荒野に水湧き 荒れ地に川が 豊かな恵みの 雨は注がれ信仰と希望と 愛に燃やされ きよらにさわやか 輝き進む信じる者には すべてが可能できない思いを 主イエスに委ねできると告白 不思議に道が開かれ明るく 輝き進む信じるアーメン すべてを開く素直な心で 祝福あふれ感謝と喜び 世界に満る御霊の力で 輝き進む主イエスを信頼 恐れはあらじみことば受け入れ 口ずさみつつ祈りの答えに 力と勇気み神の栄光 輝き進む 口から出るままに推敲もせず、今日もまた明るく元気でさわやかな天国の一日です! 今週は来客多く(韓国から二人、兵庫県や大阪市より四人、そのほか数人)朝早くからの祈りの時間や、近くのモーニングサービスへ出かけたりです。 それでもゆとりの一万歩は欠かさず、祈りつ歌いつポスティングも可能な限り続けながらです。 聖霊の臨在を仰ぎ、ハレルヤと歌いつつの新しい恵みの一日です。お祈りありがとうございます。 新年度(4月9日入学式)の生駒聖書学院へぜひご入学ください。 願書は、630-0243 奈良県生駒市俵口町951 生駒聖書学院までお申し込みください。 メール;elimyoshi@kcn.jp 電話;090-1593-1269 Fax:0743-74-7622 ホームページ;http://ibcelim.com/に、施設等紹介しております。毎朝のチャペル(午前6時30分~7時)もライブ中継し、再録もしています。神学生の賛美司会やメッセージもご覧いただけます。 昨日は、シドニーオリンピック、テコンドー銅メダリスト岡本依子さんの、とても素敵なお話しでした。 生駒聖書学院のためにお祈りとご支援ありがとうございます。感謝いたしております。詩篇4:1 私が呼ぶとき、答えてください。私の義なる神。あなたは、私の苦しみのときにゆとりを与えてくださいました。私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。 4:2 人の子たちよ。いつまでわたしの栄光をはずかしめ、むなしいものを愛し、まやかしものを慕い求めるのか。セラ 4:3 知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。 4:4 恐れおののけ。そして罪を犯すな。床の上で自分の心に語り、静まれ。セラ 4:5 義のいけにえをささげ、主に拠り頼め。 4:6 多くの者は言っています。「だれかわれわれに良い目を見せてくれないものか。」主よ。どうか、あなたの御顔の光を、私たちの上に照らしてください。 4:7 あなたは私の心に喜びを下さいました。それは穀物と新しいぶどう酒が豊かにあるときにもまさっています。 4:8 平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。
2012/01/19
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あたらしいことが 起こる約束荒野に道が 砂漠に川が流れる恵みを 信じる者は確信と希望 ゆるがぬ歩みさびしい荒野は 望まないけど試練はこの世を 過ぎゆくときの喜び感謝の 通り道なりすべてを祈りと 賛美に変えて祈れば不思議な 道が開かれ求めるときには 必ず答えアドナイイルエは 真実なりとありがとう感謝で ハレルヤアーメン
2012/01/19
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今朝は第22回生駒朝食祈祷会です。不定期ですが月一度(第三木曜日)に、いつもの午前5時30分お祈りの会(猛声祈祷)を午前7時~8時に変更し、ゲストスピーカーの短い話と、みんなで心を合わせて祈ります。そのあとで朝食のお交わりです。 今日は吉野家牛鍋丼ブリとその他の豪華な朝食です。新鮮なイチゴも添えられ楽しい語らいのときです。 今朝は、シドニーオリンピックのテコンドウー銅メダリスト岡本依子さんのお話しです。彼女とは数年前に知り合い、ときどき訪ねてくれたりします。先日も野菜レストランで食事をsたとき、銅メダリストですと紹介したら、記念写真を取って店に飾られました。 メダリストって有名人だなあと感心し、店に行くたびに今度はいつ来てくださるのですか。また連れて来てくださいと言われます。 彼女は、四天王寺中のころ、近所の道場で空手を始めました。四天王寺高校時代はK-1で知られる正道会館で空手を習い続けました。 その後、早稲田大学でチアリーディング、ラグビー、キックボクシングを経験。 大学3年の時、米・オレゴン大に留学しテコンドーと出会いました。道場ではまだ白帯の練習生がオリンピックに行くぞ!と言っているので、おかしいな?と思いましたが、いつの間にか自分も、オリンピックに行くぞ!と大声で叫びながら練習に打ち込みました。 7年から韓国体育大テコンドー部に参加。2年間滞在し、技を磨き続けシドニーオリンピックで、見事銅メダルに輝きました。 夢は叶う! と色紙に書きますが、最初にお会いした時、叶うと言う字は、口にプラスですね。オリンピックに行くぞ!という告白通りになりましたね。と楽しい交わりでした。 韓国でキリスト教に出会いクリスチャンになり熱心な祈りと聖書の勉強に励み、宣教師として励んでおられます。 大阪市帰宅南森町にテコンドー道場が与えられ、そこを中心にテコンドー教会理事としても活躍中です。神学生も体験練習に参加し楽しかったそうです。http://ameblo.jp/yoriko-okamoto/その実積も紹介しますと・・・・ 平成 6年 アジア選手権 ウェルター級 2位 平成 8年 アジア選手権 ウェルター級 2位 USオープン ウェルター級 2位 台湾オープン ウェルター級 2位 平成 9年 東アジア大会 -67キロ級 3位 平成10年 アジア大会 ウェルター級 3位 アジア選手権 ウェルター級 3位 平成11年 シドニー五輪アジア地区選抜選考競技会 -67キロ級 2位 平成12年 シドニーオリンピック -67キロ級 3位 平成13年 東アジア大会 -67キロ級 2位 平成14年 ワールドカップ2002 女子ウェルター級 2位 オランダオープン ウェルター級 3位 平成15年 タイタンゲーム +67キロ級 1位 USオープン ウェルター級 3位 コリアオープン ウェルター級 1位 平成16年 アテネ五輪アジア予選 +67キロ級 2位 現在まで、国内大会のうち女子の大会では無敗(現在は引退してテコンドウ協会理事)、、 今朝のメッセージは、午前7時よりライブで放映されます。それ以外の時間も見ることができます。ぜひ生駒聖書学院ホームページをご覧ください。http://ibcelim.com/コリント人への第一の手紙 9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。 9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。 9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。 9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。 9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。
2012/01/19
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昨日はラジオ放送とばかり思い込み、ABCスタジオに時間ちょうどに到着。ところがガレージ前でストップされ、自動車のNO登録がないので入れないとのこと。ディレクターに電話すると、明日水曜日の4時ですとの返事。 予定より早くカウンセリングができると約束の喫茶店へ。大阪エリムキリスト教会集会直前までお話しを聞き、短い祈りで大急ぎで教会へ。喫茶店では美味しいでしょうとママに言われ、暖かいカルピスを初めて飲みました。美味しかった! 珍しく新しい牡蠣が手に入りましたのでどうぞと、牡蠣鍋用の野菜や豆腐、こんにゃくを手渡されました。牡蠣鍋用の出汁スープまでペットボトルに入っています。珍しいお寿司もあります。 帰宅すると家内はもう休んでいたので、大きな鍋を見つけて料理?開始。料理したと言うより与えられた野菜や豆腐といっしょに生ガキをいれて、牡蠣鍋料理が出来上がりました。 夕食は集会前に取っていたので、そのままにして今朝の食事でいただきました。我ながら上手にできたと美味しい朝食でした。多分一週間は牡蠣鍋を食べるだろうと思いながら、久しぶりに朝に食事を取ることができました。 いま聖書学院教会では、第二・第四木曜日&午前10時~12まで、俳句教室を行っております。会費は300円です。ご参加を歓迎します。 次回は1月26日(木)午前10時です。 兼題「水仙」「日脚伸びる」「春を待つ」その他の句を使って合計三句。水仙=水仙花、雪中花 ヒガン花科の多年草。暖かい地方の海岸近くに群生するが、多くは栽培される。日脚伸ぶ 昼間の時間が次第に伸びること。冬至が過ぎれば日一日と日脚が伸びるが、一月中旬以降実感される。春待つ=春を待つ、待春 寒い中にも、近づく春を心待ちすること。冬を耐えてきた雪国の人々の春を待つ気持ちには切実なものがある。」例句明るさは海よりのもの野水仙 稲畑汀子すわりても立ちても日脚伸びにけり 久保田万太郎待春の町に駅弁祭りかな 中村昭義 興味のある方の参加をお待ちします。生駒聖書学院教会俳句教室。詩篇1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。 1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。 1:4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。 1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。 1:6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。
2012/01/18
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毎日、ゆとりの一万歩と決めて歩き8年3ケ月になります。一石二鳥どころか一石三鳥にも四鳥にもなっている、ゆとりの一万歩です。 今年は元旦から目覚めるとすぐ歩くことが多く、朝のうちに一万歩歩くと夜には2万歩近くになる毎日です。 今朝は祈りの時間前に7000歩いたので、昼過ぎには一万歩になります。書斎から院長室までは200歩ほどですが、しっかり遠回りして1000歩で到着。往復すると2000歩になるように院内を歩きます。 歩くと同時に、ウオーキングが祈りの時です。そして時には教会案内をポスティングしながら歩きます。またいつくしみ深き友なるイエスはのメロディで、思い着くままに歌い続けます。 今朝もヨセフの記事がデボーションでした。ヨセフは幸運(さいわい) 実を結ぶ枝泉のほとりに 植えられた木の葉は豊かに茂り 実りは確か見る人すべてが 神に栄光!悩み苦しみ 尽きることなく有るとも恐れず 主ともにませば勝利の御手(おんて)が 常に支えてすべてが祝され 神に栄光!主イエスを信じる 人に幸あれ十字架にかかりて よみがえられた主ともにいませば 常に平安感謝と喜び 神に栄光! 口から出てくることばを、歌に変えつつ山道や細道を歩く朝です。 朝の早い時間に出会う人は少ないけれども、出会った方には必ずおはようございますと、明るく声をかけます。すると向こうからもおはようございますの声。昼間も同じように、こんにちは。するとどなたでしたか?と問われて、生駒聖書学院に住んでいます。初めての挨拶ですと言い、そこから出会いが始まるときもあります。 子どもの時から歩く、歩く、歩くの毎日でした。特に中学時代は片道9キロを通いました。 月に一度は、朝家を出て9キロで星原中学校、下校時間に野間の和田書店まで8キロ、本を買うと読みながら12キロで家まで、29キロも歩いていました。 足は第二の心臓と言われます。自動車を使うようになりほとんど歩かず、1999年11月東京で左脳内出血で倒れてしましました。 決断してゆとりの1万歩と名付けて歩き続けています。一石三鳥目ざして明るく元気でさわやかな笑顔で、今日もまた天国の一日です!信仰と希望と愛に輝きながらの一日です 午後からラジオ放送希望の声2月分録音で、ABCスタジオです。その足で大阪エリムキリスト教会集会前に、階下の喫茶店でカウンセリングタイム。帰宅は9時過ぎですが、主に守られての日々です。創世記49:22 ヨセフは実を結ぶ若枝、泉のほとりの実を結ぶ若枝、その枝は垣を越える。 49:23 弓を射る者は彼を激しく攻め、彼を射て、悩ました。 49:24 しかし、彼の弓はたるむことなく、彼の腕はすばやい。これはヤコブの全能者の手により、それはイスラエルの岩なる牧者による。 49:25 あなたを助けようとされるあなたの父の神により、また、あなたを祝福しようとされる全能者によって。その祝福は上よりの天の祝福、下に横たわる大いなる水の祝福、乳房と胎の祝福。 49:26 あなたの父の祝福は、私の親たちの祝福にまさり、永遠の丘のきわみにまで及ぶ。これらがヨセフのかしらの上にあり、その兄弟たちから選び出された者の頭上にあるように。
2012/01/17
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荒野を輝き進む(賛美歌いつくしみ深き友なるイエスはで歌えます)荒野を行くとも 恵みは豊か 感謝と喜び 希望にあふれ祈りと信頼 豊かにあれば 明るく元気に 輝き進む荒野の道には 宝かくされ 見出す者には いのちがすべて御霊の力で 愛と喜び 平和に守られ 輝き進む荒野に水湧き 荒れ地に川が 豊かな恵みの 雨は注がれ信仰と希望と 愛に燃やされ きよらにさわやか 輝き進む
2012/01/16
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救われることは素晴らし祝福です。16歳の時、イエス・キリストの十字架の救いを知りました。アーメン信じますと救いを受け入れた、その日に種子島の海でバプテスマを受け、何も分からずクリスチャンになりました。 その日から、アーメンと言えば救われることを確信して、今もなお福音を伝え続けています。開拓伝道当時、人と会うことも話をすることも苦手でした。イエス・キリストの救いを書いた教会案内のパンフレットをポスティンして歩きまわりました。 そのよう中で導かれた方たちがクリスチャンになり、教会の土台となって今日に至っています。現役の牧師ですが、今でも教会案内(トラクト)やマンガをポスティングしつつ、ゆとりの一万歩も9年目になり、ますます元気で歩き続けています。 昨日の礼拝にマンガ「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」を持った方が来られました。東大阪市で仕事中手渡されたそうです。お住まいは学院から1000歩余です、二階のまどから輝く十字架が見え、眺めるたびに何かしら慰めを受ける思いでした。 数年間、悲しみのドン底でしたが。マンガを読み勇気を出して訪ねてくださいました。礼拝後お話をお聞きし、ともに祈りアーメンとイエス様も救いを受け入れてくださいました。 元旦に初めて来られた方も、マンガ「今日もまた天国の一日」がポストに入っており、それを読んでの来訪でした。アーメンと信じ、三日にはお一人で訪ねてくださり、バプテスマを受けて新年をクリスチャンとしてスタートされました。 先週は西成区三角公園での九州とんこつラーメン炊き出しボランティアでした。そのときもマンガ「今日もまた天国の一日」を配りました。それを読んで昨日の大阪エリムキリスト教会の礼拝に参加した男性は、これからも毎週出席すると喜んでくれました。 イエス・キリストの十字架の救いは、真実の救いです。その救いをアーメン、信じますと受け入れる時またらしい人生が始まります。どうぞお近くのキリスト教会へ、また生駒聖書学院教会や大阪エリムキリスト教会、奈良市の富雄キリスト教会へもお出かけください。コリント人への第一の手紙15:1 兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。 15:2 また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。 15:3 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、 15:4 また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、 15:5 また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。
2012/01/16
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聖書の創世記にヨセフと言う人物が登場します。彼の人生を聖書は幸運な人と呼んでいます。創世記39:2 主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。 10名の兄たちにうとまれねたまれ憎まれて、エジプトへ奴隷として売り飛ばされてしましました。 それまでの父の寵愛彼を一身に受け、何不自由なく暮らしていた身が、17歳のときに一朝にして奴隷の境遇に落とされてしまいました。 しかし、聖書はその境遇の中で、彼は幸運な人となったと記しています。私たちも今の状態から抜け出せたら幸運になると思うことが多くあります。 何事が起ころうと幸運な人は幸運なのです。持ち物の豊かさや何不自由ない生活でなくても、ヨセフの幸運は神様がともにいてくださる幸いでした。「主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人ちなり」と書かれてあるとおりです。 ほんとうの幸せは持ち物の豊かさや健康などではなく、有るがままで幸せであることを実感することです。そして不思議なことですが、そのように信じて告白しはじめると、必要なものは必ずアドナイ・イルエで備えられ続けるのです。 今年は可能な限り、語ったメッセージを歌にして紹介しようと思い、8日の日曜日から詩を作り始めました。賛美歌312番のいつくしみ深き友なるイエスはのメロディで歌えますので、口ずさんでみてください。 毎朝のゆとりの一万歩で口から出ることばをまとめてみました。今朝は幸運な人ヨセフを賛美しました。幸運な人ヨセフ(いつくしみ深きのメロディで)ヨセフは幸運(さいわい) 神ともにあり 荒野の道をも 喜び進む売られた家でも 感謝し仕え なすことすべてが 輝きかおる楽しきことなど 何一つなく 涙と孤独の さなかにいても主ともにいませば 恐れはあらじ やすきとなぐさめ 輝きあふるすべては益にと ひたすら望み 主のみ約束は 変わることなく荒れ地に花咲き かおりを放ち主エスの助けで 輝き実る 幸運な人のための聖書のことばを告白し、実行して見てください。考えられないような祝福が日々訪れることでしょう。イザヤ書43:4 あなたはわたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛している。詩篇1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。ルカ6:38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」第一ペテロ3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。テサロニケ人への手紙5:16 いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。伝道者の書5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。 ヨハネの福音書15:7 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。15:8 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。
2012/01/15
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元旦が日曜日の2012年、あっという間に二週間が過ぎました。 「見よ。わたしは新しいことをする。今もうそれが起ころうとしている。あなたがたはそれを知らないのか。わたしは荒野に道を、荒野に川を流れさせる」(イザヤ43:19)の、聖書のことばでスタートしました。 元旦より新しいことが霊的にも精神的にも、実際的にも新しいことが起こり感激の二週間を感謝にあふれて過ごしています。 明るく元気でさわやかに、今日もまた天国の一日です!聖霊に満たされ信仰、希望、愛に燃やされながらの毎日です。ハレルヤ!感謝します。 同時に、荒野に道が、砂漠に川が流れる約束は真実です。新年そうそう荒野に放り出されたような問題や試練に出会ったような日本の現状です。それは国家的なことだけではなく、個人的にはもっと深刻です。 世界的にも荒野のような状況が広がっています。大地震や大津波、それに加えて原発事故からの放射能汚染も、不安を広げています。 昨日、野田内閣は改造されましたが、国民の期待度は上がらず、消費税値上げの問題だけがクローズアップされています。 今までの無駄使いや、国会議員削減や国家の問題をほったかし、必要なことを先送りしてしまっています。 国会にも新しいことが起こることを期待し、大きな変化を祈ります。なによりも信じる者の祈りと行動が、内側から世界を変革することが肝要と思います。 物質文明が真の幸せをもたらすものではなく、霊的、精神的、物質的、肉体的が豊かにバランスよく満たされることが必要です。 「愛する者よ。あなたのたましいがいつも恵まれ栄え幸せであるように、あなたがすべてのことに恵まれ栄え幸せであるように、健康も恵まれ栄え幸せであるよう祈ります」と、聖書にあるとおりです。 新年が聖書どおりに、新しいことがたくさん起こる、明るく元気でさわやかに、今日もまた天国の一日です!感謝します。 今朝もゆとりの一万歩でスタートの天国の一日です!テモテへの第一の手紙 6:3 違ったことを教え、私たちの主イエス・キリストの健全なことばと敬虔にかなう教えとに同意しない人がいるなら、 6:4 その人は高慢になっており、何一つ悟らず、疑いをかけたり、ことばの争いをしたりする病気にかかっているのです。そこから、ねたみ、争い、そしり、悪意の疑りが生じ、 6:5 また、知性が腐ってしまって真理を失った人々、すなわち敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです。 6:6 しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。 6:7 私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。 6:8 衣食があれば、それで満足すべきです。 6:9 金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。 6:10 金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。 6:11 しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。
2012/01/14
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旧約聖書創世記37章~50章に、ヨセフ物語が書かれています。 ヨセフとは加えると言う意味の名前です。12人兄弟の11番目で、異父兄たちのねたみを買い、エジプトへ奴隷として売られてしまいました。 パロ王の侍従長のポティファルに買われ、その家の奴隷とされました。ヨセフ17歳の時です。 聖書には、「ヨセフは幸運な人」となりと書いています。幸運な人とは、事が何もかもうまく運ぶ人のことです。 奴隷の売られ、家族からも引き離され、見知らぬ異国の地エジプトでの生活です。父の寵愛を一身に受けていたヨセフにとって、それは荒野であり荒れ地でした。 しかし、荒野に道を、荒野に川を流される主は、ヨセフとともにおられました。主とはぜ知全能の神様です。その神がともいいてくださるにことに勝る祝福はありません。 イエス・キリストを信じる人生は、十字架に死なれ墓に葬られ三日目に復活された方を、心にお迎えするだけ、「アーメン。信じます、私の心にお迎えいたします。おはいりください。アーメン」と信じる時、神がともにおられる人生がスタートします。 主がともにおられるので、主がヨセフのすることすべてが成功しました。この世の中は、ことばだけでなく行いの効果を見て信じます。 詩篇の約束に、「まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える」とあるとおりです。その人は何をしても成功します。何をしても繁栄し続けるのです。 ヨセフは主人に愛されました。「それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた」と書かれています。 主がともにおられる人生は、人間関係が良くなります。エクセレントな関係の中での関係です。 イエス様は、「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです」(ヨハネ13:34-35)と愛を教えました。 またヨハネは、その手紙に書いています。 「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています」ヨハネの第一の手紙4:21-22 主がともにおられるので、キリストの品性が輝くのです。聖霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。 主がともにおられるところに、聖霊の愛が注がれ続けます。 また、主がヨセフとともにおられたので、主の祝福が、家や野にある、全財産の上にありました。環境に支配されるのが人間です。しかし祈りとともに信仰に生きる時、環境をも変えるような過ぎことが起こるのです。 日本はいま、すべての偶像崇拝を悔い改め、真の天地万物の創造者、雄一の全治全能の愛である神、イエス・キリストを信じるときが来ているのです。時が過ぎないうちに、真の神をアーメンと信じる本音で真実な国になる恵みの時代です。 愛と慰め、力と勇気、平安と喜び、感謝と希望が輝く2012年、荒野に道が、荒れ地に川が流れる大復興の時が来ているのです。 アーメン。信じます。とイエス・キリストの十字架の救いをお受けください。信じてバプテスマを受ける者は救われます。信じない者は罪に定められます。(マルコの福音書16:16)ローマ人への手紙13:11 あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。 13:12 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。 13:13 遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。 13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。
2012/01/13
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生駒聖書学院の三学期授業が今日からスタートです。10日(火)作業服のまま始業式を行い、大阪市西成区三角公園に出かけました。10時過ぎに到着しましたが、もう公園には行列ができ、11時半からのラーメン提供を待っています。 その間にマンガ「今日もまた天国の一日」をビニール袋(お握りも配るのでラーメンを食ベている間に袋に入れていたら良いと思う老婆心から)に入れて手渡ししました。 幸い捨てられたマンガは数十冊で、ほとんど回収ができました。ラーメン提供が始まるとすることもなく、周辺の住宅やマンションへポスティング。 毎週火曜日と土曜日に給食提供している団体からも、ボランティアがたくさん来られたので、全然混乱もなく整然と思ったよりも早く、九州とんこつラーメン1000食が完食でした。 公園ボランティアの方たちは、20年も毎年継続しているだけあって、後片付けもあっという間にきれいに終わりました。神学生たちも良い経験になり、ボランティア実践からの三学期スタートでした。 昨日は院内外の清掃で、卒様式(3月9日)まで快適に学べるよう備え、今日から授業もスタートします。 寒い朝ですが5時起床で、5時30分からラジオ体操、明るく元気でさわやかに、今日もまた天国の一日です! 木曜日はとりなしの祈り時間で、全日本、特に東関東大震災・津波被害や原発事故被害地のために祈ります。また奈良県御所市や十津川村、和歌山県の台風被害地を覚えて祈りました。 全世界にも福音が速やかに伝えられ、宣教師の働きも祝され、生駒聖書学院からも宣教師が派遣されるよう祈ります。 今日は説教学講義です。テモテの第一の手紙 2:1 そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。 2:2 それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。 2:3 そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。 2:4 神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。 2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。 2:6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。 2:7 そのあかしのために、私は宣伝者また使徒に任じられ――私は真実を言っており、うそは言いません。――信仰と真理を異邦人に教える教師とされました。
2012/01/12
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昨日は、ボランティアラーメン党といっしょに、ラーメン1000食とお握り500個、マンガ「今日もまた天国の一日」1000冊を持って、西成区三角公園でラーメン炊き出し日でした。 生駒聖書学院は、午前8時より始業式で9時前に終わり、三角公園まで大急ぎで駆けつけました。もう公園には行列ができ、炊き出しの用意もお握りも準備され、神学生たちは並んでいる方々にマンガを手渡し、炊き出しスタートのはじまる1時半まで、幸い気温も暖かく忍耐強く待つ人たちを照らしていました。 マイクを渡され短い挨拶を終わり、先頭から順番に暖かい九州とんこつラーメンが手渡され、全員に行きわたるまでの一時間半、混乱もなく1000食がなくなりました。 特に今回は、毎週火曜日と土曜日に年間50回以上炊き出しを20年間継続している皆さんの協力があり、クリスチャンたちもかなりいて幸いな協力をいただきました。 二日間にわたって奈良苑、三角公園と1260食のラーメン炊き出しボランティアに参加し、昨年11月に九州ラーメン党濱田龍郎理事長が、学院でボランティア理論講義をしました。 今回のボランティア活動に神学生たちは、学期初めからの実践でした。 九州ボランティアラーメン党は今年創立20周年を迎えます。3月11日ー13日、東関東大震災・大津波・ガン発事故のいわき市、石巻市、気仙沼市へ出かけることが決定されています。 私は3月には行きませんが、ラーメン党のボランティアにご協力してくださる方は、直接ご支援をお願いいたします。特定非営利活動法人ボランティア仲間九州ラーメン党・濱田龍郎理事長所在地;熊本県上益城郡益城町福富772電話;(096)287-8223 FAX;(096)287-8230 荒野は目標ではなく過程です。荒野にたとえられるこの世も、私たちの目標ではなく、過ぎ去っていく過程です。この世に永遠のものはありませんが、私たちはこの過程を誠実に導かれ進みます。どんなときにもすべてのことに感謝しつつの歩みです。 荒野は神が導かれたから祝福の場所です。 荒野は謙遜で従順な神のしもべに作りかえられる場所です。 荒野は神さまだけを信頼する場所です。 荒野は訓練され鍛えられる場所です。 でも分かっていながらでも残念ことに、人は苦しい時には感謝と賛美をするよりも、不平不満や文句を口にしつぶやきます。 不平不満やつぶやきからは、何の解決にもならないし、良い物も生み出だされません。 感謝しつつの祈りからすべての祝福があふれて来ます。 苦い水でした。四面楚歌でした。モ―セは主に叫びました。祈りはすべての解決の道です。神はいつも祈る人の側に立ってくださいます。祈ると神が働かれます。祈ると神の想定外の御業=奇跡が現れます。祈る人はいつも謙遜です。 想定外の方法で、人間の理解を越えた神の御業がなされます。理性を越えた働きです。 そのことを信じて、明るく元気でさわやかに、今日もまた天国の一日です!信仰と希望と愛に燃やされ、聖霊に満たされての一日を確信する朝です。 エリムキリスト教会は、苦さが甘さに変わるエクセレントなキリスト教会です。すべてのキリスト教会は、あなたを歓迎しています。どうぞ日曜日日は、お近くのキリスト教会へ、またエリムキリスト教会へもお出かけください。祝福をお祈りいたします。下記の出エジプト記の出来事をお読みくださればと思います。出エジプト記15:22 モーセはイスラエルを葦の海から旅立たせた。彼らはシュルの荒野へ出て行き、三日間、荒野を歩いた。彼らには水が見つからなかった。 15:23 彼らはマラに来たが、マラの水は苦くて飲むことができなかった。それで、そこはマラと呼ばれた。 15:24 民はモーセにつぶやいて、「私たちは何を飲んだらよいのですか。」と言った。 15:25 モーセは主に叫んだ。すると、主は彼に一本の木を示されたので、モーセはそれを水に投げ入れた。すると、水は甘くなった。その所で主は彼に、おきてと定めを授け、その所で彼を試みられた。 15:26 そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、主の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行ない、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは主、あなたをいやす者である。」 15:27 こうして彼らはエリムに着いた。そこには、十二の水の泉と七十本のなつめやしの木があった。そこで、彼らはその水のほとりに宿営した。
2012/01/11
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昨日は、奈良市にある社気福祉法人奈良苑(松田末作理事長)で、祭日でしたが職員の皆様出勤の協力もいただき、九州とんこつラーメン260食の炊き出しでした。 昨年、九州ラーメン党(濱田龍郎理事長)と出会い、8日(日)の礼拝に熊本から出席し、昨日と今日ボランティアラーメン炊き出し中です。 今日は生駒聖書学院三学期始業式終了と同時に、大阪市西成区萩之茶屋の三角公園(愛りん地区=釜ケ崎)で800食&お握り500個&マンガ「今日もまた天国の一日」1000冊」を提供します。 ちょうど十日戎の日であり、エリムキリスト教会周辺はものすごい人出ですが、三角公園は大丈夫なので、すばらしい炊き出し日になると期待し祈っております。 九州ラーメン党とは? 名称;特定非営利活動法人ボランティア仲間九州ラーメン党所在地;熊本県上益城郡益城町福富772電話(096)287-8223 FAX(096)287-8230法人登記年月日;平成11年4月16日事業(本来事業)定款に定める非営利活動 ボランティア活動、地域活動支援センター、就労継続支援B障害をお持ちの方や、高齢者に対する支援活動を行います。突発的な災害救援活動に取り組みます。福祉社会に寄与する活動をしている団体に協力する活動に取り組みます。沿 革平成 4年12月「ボランティア仲間九州ラーメン党」を結成した同会が、会の方針として、障害をもつ方の自宅や作業所に出向き、支援する活動を開始。平成 8年 阪神淡路大震災支援活動に対して厚生大臣表彰を受ける。平成11年4月ボランティア仲間九州ラーメン党が、NPO法人となる。(熊本県認証第1号) 平成12年9月 NPO法人が熊本日日新聞社主催「2000熊日ひのくに応援大賞」 大賞受賞 平成14年~ そよかぜ祭りを開始する。その後、そよかぜピクニックと改称し、毎年開催し、現在に至る。平成20年~ ホームレス支援のラーメン炊き出し活動を始め、現在に至る。平成22年12月 奄美豪雨災害現地炊き出し支援活動を行う。平成23年5月、11月 東日本大地震現地ラーメン炊き出し支援活動を行う。 などと20年にわたって九州とんこつラーメンの炊き出しを行っています。 今日は800食ですが、昨年11月にはいわき市で1000食の炊き出しの現場にいっしょに行き、その手際の良さと美味しさに感動しました。今日はボランティアも大勢参加してくれるので混乱なくできると祈りつつの朝です。 今朝の始業式は、生駒聖書学院創立以来の短く、またネクタイ着用の正式スタイルでもなく、すぐ出発できる衣服着用で行います。 夜は大阪エリムキリスト教会リバイバル集会ですので、大勢の方々が導かれ、イエス・キリストの十字架と復活の福音で救われると素晴らしい時となることを祈りつつの朝です。 明るく元気で爽やかに、今日もまた天国の一日です! 信仰と希棒と愛に燃やされ輝きの笑顔でハレルヤ!感謝します。アーメン。ヤコブの手紙1:17 すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。 1:18 父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。私たちを、いわば被造物の初穂にするためなのです。 1:19 愛する兄弟たち。あなたがたはそのことを知っているのです。しかし、だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。 1:20 人の怒りは、神の義を実現するものではありません。 1:21 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。 1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。 1:23 みことばを聞いても行なわない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。 1:24 自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。 1:25 ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。 1:26 自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。 1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。
2012/01/10
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今年成人式を迎える人口は124万人. 男性は63万人,女性は61万人とのことです。男性は63万人,女性は61万人で、男性が女性より2万名多い成人式です。 日本だけでなく世界は、逆境をチャンスとして新しい時代を切り開いて来ました。明治維新や第二次世界大変敗戦、80年のオイルショック、そしていま東関東大震災&大津波、原発事故被害(風評も含めて)全国が蒔き込まれています。 政治の世界も行き止まりのような感じで、衆議院解散総選挙もあるかもしれません。消費税問題、年金や生活保護なども問題になっています。上げたらキリがないほど山積みの悩みや不平不満が渦巻いています。 元旦メッセージで、「見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける」(イザヤ43:19)と、期待を込めて語りました。 一週間いろんなことがありました。 新築の家を建てる方、新しい住宅に引っ越す方、新しい仕事や職場が与えられた方、結婚へ踏み切った方、病が癒された方、目標設定ができた方等、幸せいっぱいの新しことがあります。 かと思うと逆に失職や末期がん通告、スピード違反や交通事故、人間関係の挫折などの数えたら,きりがないような人生の荒野に新年早々出会った方もあります。 しかし、聖書は新しいこおtが起ころうとしていると宣言しています。いつもその約束を見ると、ありがとうございます。見よ。新しいことが起こりました!感謝します」と、叫び歌います。そして主よ!と祈ります。想定外の恵みがあふれます。 元旦の朝から早起きで、ゆとりの一万歩です。明るく元気で爽やかに、今日もまた天国の一日です!信仰・希望・愛に燃やされハレルヤ感謝します。神の栄光のために!アーメン。 感謝の心には、考えられないような不思議なことが起こります。食べるときにも、遊ぶ時にもどんあことが起ころうともありがとうございます。心からすべてのことに感謝すると、山が動くようなことがが起こり始めます。 これは主がなさったことだ!私たちの目には不思議なことだ。毎日毎日がほんとうに明るく元気でさわやかな天国の一日です。 今日は老人ホーム奈良苑(奈良市)で250食の九州とんこつラーメン炊き出しです。明日は、三角公園(愛りん=釜が崎)で800食炊き出しとお握り500個、マンガ「天国の一日」1000部を配ります。 そしてどんな逆境でも出会ったら最高のチャンスだと、イエス・キリストの十字架の救いを届けます。 夜は大阪エリムキリスト教会でリバイバル集会です。今週も駆けつづけですが、継続は力なりです。ピンチはチャンスです。あなたの今日がチャンスに向けて始動しますように。得に新成人式を迎えた124万名の祝福を祈ります。イザヤ書60:1 起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。60:2 見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。60:3 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。60:4 目を上げて、あたりを見よ。彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。
2012/01/09
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元旦のメッセージで、「見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける」(イザヤ書43章19節)と語りました。 元旦礼拝に初めて来られた方が、イエス様をアーメンと信じて三日にバプテスマを受け、新しいクリスチャン人生へ踏み出されました。 5日には加古川市まで出かけ、大きな試練の荒野に投げ込まれた家族とお会いし、イエス様を信じる祈りをともにし、必ず通り抜けられる確信を持たれました。 仕事がなかった方が23日から就職できるようになり、荒野に道ができたと喜びの知らせがありました。 大震災や大洪水、原発事故などで暮れた昨年でしたが、40年後だけれども原子炉廃止がやっと決まりました。世界の核の荒野も新しい道が開かれるよう祈ります。 今朝は、荒野にある幸せと題してメッセージをします。昨夜祈りつつ聖書を開き準備をしているとき、ふと口ずさんでいたら歌になりました。いつくしみ深き友なるイエスはのメロディで歌いながら、今朝もゆとりの一万歩でした。荒野を輝き進む荒野を行くとも 恵みは豊か 感謝と喜び 希望にあふれ祈りと信頼 豊かにあれば 明るく元気に 輝き進む荒野の道には 宝かくされ 見出す者には いのちがすべて御霊の力で 愛と喜び 平和に守られ 輝き進む荒野に水湧き 荒れ地に川が 豊かな恵みの 雨は注がれ信仰と希望と 愛に燃やされ きよらにさわやか 輝き進む冬の星座で歌えます。木枯らし途絶えて 冴ゆる空より地上に降りしく 奇しきひかりよものみな憩える しじまのなかにきらめきゆれつつ 星座はめぐる 月なきみそらに きらめくひかりああその星影 希望のすがた人智ははてなし 無窮のおちにいざそのほしかげ ほのぼのあかりて 流るる銀河オリオン舞い立ち スバルはさざめく無窮を指さす 北斗のはりときらめきゆれつつ 星座はめぐるいつくしみ深き友なるイエスは いつくしみ深き友なるイエスは罪(つみ) 咎(とが) 憂(うれ)いをとり去りたもう こころの嘆きを 包まず述べてなどかは下(おろ)さぬ 負える重荷をいつくしみ深き 友なるイエスはわれらの弱きを 知りて憐れむ悩み 悲しみに 沈めるときも祈りにこたえて 慰(なぐさ)めたまわんいつくしみ深き 友なるイエスはかわらぬ愛もて 導きたもう世の友われらを 捨(す)て去るときも祈りにこたえて 労(いたわ)りたまわん歌いつつ、祈りつつ、明るく元気でさわやかに、きょうもまた天国の一日です!申命記 8:2 あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。 8:3 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。 8:4 この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。 8:5 あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。 8:6 あなたの神、主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。 8:7 あなたの神、主が、あなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、水の流れと泉があり、谷間と山を流れ出た深い淵のある地、 8:8 小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろの地、オリーブ油と蜜の地。 8:9 そこは、あなたが十分に食物を食べ、何一つ足りないもののない地、その地の石は鉄であり、その山々からは青銅を掘り出すことのできる地である。 8:10 あなたが食べて満ち足りたとき、主が賜わった良い地について、あなたの神、主をほめたたえなければならない。 8:11 気をつけなさい。私が、きょう、あなたに命じる主の命令と、主の定めと、主のおきてとを守らず、あなたの神、主を忘れることがないように。 8:12 あなたが食べて満ち足り、りっぱな家を建てて住み、 8:13 あなたの牛や羊の群れがふえ、金銀が増し、あなたの所有物がみな増し加わり、 8:14 あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れる、そういうことがないように。――主は、あなたをエジプトの地、奴隷の家から連れ出し、 8:15 燃える蛇やさそりのいるあの大きな恐ろしい荒野、水のない、かわききった地を通らせ、堅い岩から、あなたのために水を流れ出させ、 8:16 あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった。――
2012/01/08
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聖書には、楽しみと言うことばがたくさん書かれています。親にとって子どもが幸せで楽しそうにしている姿を見るのは喜びです。 孫たちが遊びに来て、何をしても楽しそうにし、笑い転げはしゃいでいるのを見ると、疲れも吹っ飛びます。まさしくじじバカかもしれませんが、喜びや楽しみのあるところには、新しい力の鋭気がみなぎります。 明日は日曜日の礼拝です。牧師として教会員たちが喜びに満たされ、感謝の心で礼拝を楽しみに出席する姿を見ると、さらに勇気と新しい力が与えられます。 ボランティアでも同じです。特に来週は、9日(祭)老人ホーム奈良苑で九州とんこつラーメン250食の炊き出しです。ホームのみなさんが楽しみに待っていてくれると聞くだけでも嬉しくなります。 11日(火)は西成区萩之茶屋の三角公園で800食とお握り500個を、愛りん(釜が崎)で炊き出しです。 ブログを書いているときに電話があり、炊き出し用のラーメン1000個が配送され、いっしょに荷降ろしを手伝いまた書き始めています。 神戸からの業者で、今朝は空いていたのでこんなに早く着けるとは思わなかったと感謝していました。名刺代わりにマンガをお渡しすると喜んで受け取ってくれました。 どんな出来事の中でも前向きに受け取ると、楽しさがあふれてきます。人を責めると責められたほうはもちろんですが、責めた方も嫌になります。 レストランでウエートレスの対応が遅かったりするとイライラしたり、当たり散らしたりしている人をときどき見かけます。それよりも心からの笑顔でありがとう!と感謝下ほうが身体のためにも良いし、気持ちはもっと楽しくなります。 家での食事でも同じです。食卓が楽しいと、ご馳走がいっぱいでイライラ食べるより百倍幸せです。 今朝はこれから大阪へ出かけます。松本市からの来客に会い、新世界で昼食タイムです。またマンガ{今日もまた天国の一日」を毎週200冊ポスティングしている高齢の教会員が、今日も配りたいのでマンガを取りに教会へ行くので会いたいとのこともあり、一石二鳥でグッドタイミングの来客です。 聖書の楽しいという言葉を詩篇からランダムに引用します。どんな出来事の中にも喜びと楽しみを見出し、ありがとうございますと、明るく元気で爽やかな今日もまた天国の一日です!詩篇16:8 私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。 16:9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。 16:10 まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。 16:11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。35:9 こうして私のたましいは、主にあって喜び、御救いの中にあって楽しむことでしょう。 35:10 私のすべての骨は言いましょう。「主よ。だれか、あなたのような方があるでしょうか。悩む者を、彼よりも強い者から救い出す方。そうです。悩む者、貧しい者を、奪い取る者から。」 35:27 私の義を喜びとする者は、喜びの声をあげ、楽しむようにしてください。彼らにいつも言わせてください。「ご自分のしもべの繁栄を喜ばれる主は、大いなるかな。」と。36:5 主よ。あなたの恵みは天にあり、あなたの真実は雲にまで及びます。 36:6 あなたの義は高くそびえる山のようで、あなたのさばきは深い海のようです。あなたは人や獣を栄えさせてくださいます。主よ。 36:7 神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。人の子らは御翼の陰に身を避けます。 36:8 彼らはあなたの家の豊かさを心ゆくまで飲むでしょう。あなたの楽しみの流れを、あなたは彼らに飲ませなさいます。 36:9 いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。 36:10 注いでください。あなたの恵みを、あなたを知る者に。あなたの義を、心の直ぐな人に。
2012/01/07
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元旦が日曜日でスタートに2012年です。今日はもう6日、生駒の朝は真っ白な霜が屋根を覆い、駐車場の車が真っ白になっています。穏やかな朝日がきらめくように反射し、書斎の窓からの眺めは格別です。 元旦礼拝で、「見よ。わたしは新しいことをする!」とメッセージしました。東関東大震災や大津波、原発事故で放射能汚染がひどい地域や、食の不安等のまま新年を迎えています。 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられる。優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。(イザヤ書40:1-2) 聖書は慰めのことばに満ちています。それはどのような環境や状況の中でも、天国の慰めが満ちる時、すべての問題が解決し勝利できるのです。詩篇23:4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。71:21 あなたが私の偉大さを増し、ふり向いて私を慰めてくださいますように。 86:17 私に、いつくしみのしるしを行なってください。そうすれば、私を憎む者らは見て、恥を受けるでしょう。まことに主よ。あなたは私を助け、私を慰めてくださいます。 94:13 私のうちで、思い煩いが増すときに、あなたの慰めが、私のたましいを喜ばしてくださいますように。119:50 これこそ悩みのときの私の慰め。まことに、みことばは私を生かします。イザヤ書93:19 天よ。喜び歌え。地よ。楽しめ。山々よ。喜びの歌声をあげよ。主がご自分の民を慰め、その悩める者をあわれまれるからだ。 51:3 ことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、その荒野をエデンのようにし、その砂漠を主の園のようにする。そこには楽しみと喜び、感謝と歌声とがある。57:18 わたしは彼の道を見たが、彼をいやそう。わたしは彼を導き、彼と、その悲しむ者たちとに、慰めを報いよう。コリント人への手紙1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。1:4 神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。1:5 それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。 慰めがあふれるだけでなく、「その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けた」と。 どのような環境や状況であれ、神様の慰めがあるところに、豊かな祝福が与えられるのです。 イエス・キリストの十字架のもとに、すべての罪や咎が償ない贖われ、病や呪いが取り去られ、貧しさからも助け出され、死と滅びの中から救いだされるだけでなく、神の子とされ愛なる神の慰めを受け続ける幸いに感謝します。 明るく元気でさわやかに、今日もまた天国の一日です!信仰と希望と愛に燃やされ、聖霊に満たされ続ける幸い!ハレルヤ。
2012/01/06
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野田首相は念頭会見で、ネバーネバーネバーネバーギブアップということばがありました。 社説:首相年頭会見 決意裏付ける戦略を(5日;毎日新聞) 野田佳彦首相が年頭の記者会見を行った。首相は税と社会保障の一体改革で消費税率を15年10月までに10%に引き上げる法案を年度末に提出する意向を強調、自民党など野党に協議への参加を求めた。 政府・与党素案取りまとめに何とかこぎ着けそうな首相だが、通常国会で野党の協力を得る見通しはついておらず、与党内でも亀裂が深まるなど状況は厳しい。それだけに根拠なき楽観は禁物だ。野党に協議を迫る環境整備を急ぐと同時に、税制改革に国民の理解を深めるための戦略を真剣に構築すべきである。 空中分解せずに民主党内の調整が決着したせいか、表情はやや自信を取り戻したように見えた。消費増税に反対する一部議員は新党を結成したもとをわかった。党の基本方針に同調できない以上、やむを得まい。 首相は素案決定後、来週中に野党に協議を正式に呼びかけ、大綱段階で成案を得て法案の提出を目指す考えを示した。ねじれ国会で法案を成立させるには野党の協力が不可欠だが、自民、公明両党は現段階で協議にすら応じない構えだ。「ネバーギブアップ」とあきらめず改革実現を目指す決意は買うが、このままで局面転換は難しいのが現実だ。 一体改革にどれだけ国民の共感が得られるかが結局、カギを握る。宙づり状態の国家公務員の給与削減、国会議員の定数削減は事実上、増税の前提条件に等しい。給与削減問題は労働基本権問題との同時決着を主張する「連合」との調整も含め、首相が党側に強く指示して打開の道を探るしかあるまい。 衆院定数削減も行方がみえない。首相は「1票の格差」とあわせて決着を目指すというものの、比例定数を80削減する民主党の主張に野党が同調する可能性は限りなく低い。 一川保夫防衛相、山岡賢次消費者担当相への問責決議に伴う野党との対立も引きずったままだ。野党側が決議を理由に国会で審議拒否をすべきではないことは当然だ。だが2月の復興庁発足を見据え、閣僚の交代など政権の布陣を立て直すことも柔軟に検討すべきではないか。 小沢一郎元代表が消費増税に慎重姿勢を示すなど、野党どころか民主党内の亀裂で次期国会が大荒れになる可能性すらある。首相は衆院1票の格差の違憲状態解消を強調しながらも、解散権は制約されないとの見解を示した。「消費税解散」に含みを持たせたとの観測は広がろう。 確かに最終的には民意を問うくらいの覚悟がなければ乗り切れぬ局面かもしれない。だからこそ税制改革に加え社会保障でどんな将来ビジョンを描いているか、より明確で説得力ある説明を首相には求めたい。 今朝の毎日新聞社説を転載しましたが、ネバーネバーネバーネバーギブアップは、「首相は税と社会保障の一体改革で消費税率を15年10月までに10%に引き上げる法案を年度末に提出する意向」を強調するときに語られました。 もっと高尚なビジョンや夢を国民に提供するときに使うことばだったら、喝采を受けたかもしれません。しかし、自らの政権を守るためにネバーネバーネバーギブアップにしか聞こえませんでした。 聖書は、税金についての教えがあります。新約聖書のローマ人への手紙に、「同じ理由で、あなたがたは、みつぎを納めるのです。彼らは、いつもその務めに励んでいる神のしもべなのです。 あなたがたは、だれにでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい」とあります。 イエス様は、「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」と教えました。 税について聖書の箴言にこう書かれています。 「王は正義によって国を建てる。しかし重税を取り立てる者は国を滅ぼす」(箴言29:4) 王は日本の場合、民主主義で選ばれた首相です。日本国が、「正義は国を高め、罪は国民をはずかしめる」(箴言14:34)とあるように、正義で立つ国であるよう祈りましょう。 「しかし、重税を取り立てる者は国を滅ぼす」ことは歴史が証明しています。新共同訳聖書では、「王が正しい裁きによって国を安定させても/貢ぎ物を取り立てる者がこれを滅ぼす」と訳されています。 首相の決断が官公庁が重税を取り立てる理由になります。今、日本に必要なのは国民の総意の中で消費財アップが論議されるときです。 ネバーネバーネバーネバーギブアップ!法案が通らなければ衆議院解散と叫んでいますが、まず国民にそれを問い、選挙で決を取るのが筋だと思います。 10日(火)に、大阪市西成区萩之茶屋(愛りん地区=釜が崎)三角公園で、九州ボランティアラーメン党に来てもらって、九州とんこつラーメン800食炊き出し&お握り500個を提供します。 高齢になり仕事もなく、住む家もない多くの労務者の方々が、寒空に凍えながら過ごす三角公園です。為政者の方々が訪れそこから国を変えるような政治家が出てほしいものです。 消費税アップのためにネバーネバーネバーネバーギブアップと言うことばを使う首相が、三角公園でそのことばを、日本が目ざす憲法に基づいア高尚なビジョンを掲げ、語りかけて欲しいものだと思います。それがムリだと分かっていても、そう願っているのが真の日本を愛する首相であってほしいという祈りです。箴言 11:14 指導がないことによって民は倒れ、多くの助言者によって救いを得る。11:15 他国人の保証人となる者は苦しみを受け、保証をきらう者は安全だ。28:1 悪者は追う者もないのに逃げる。しかし、正しい人は若獅子のように頼もしい。 28:2 国にそむきがあるときは、多くの首長たちがいる。しかし、分別と知識のあるひとりの人によって、それは長く安定する。 28:3 寄るべのない者をしいたげる貧しい者は、押し流して食物を残さない豪雨のようだ。 28:4 おしえを捨てる者は悪者をほめる。おしえを守る者は彼らと争う。 28:5 悪人は公義を悟らない。主を尋ね求める者はすべての事を悟る。 28:6 貧しくても、誠実に歩む者は、富んでいても、曲がった道を歩む者にまさる。 28:7 おしえを守る者は分別のある子、放蕩者と交わる者は、その父に恥ずかしい思いをさせる。 28:8 利息や高利によって財産をふやす者は、寄るべのない者たちに恵む者のためにそれをたくわえる。 28:9 耳をそむけて教えを聞かない者は、その者の祈りさえ忌みきらわれる。 28:10 正直な人を悪い道に迷わす者は、自分の掘った穴に陥る。しかし潔白な人たちはしあわせを継ぐ。
2012/01/05
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昨年マンガ「今日もまた天国の一日」(22ページ)を出版し、クリスマスの案内に3000冊を配りました。 24日のイブと、25日のクリスマス礼拝に新しい方々がマンガを見て出席され感謝でした。 教会員が家の周りにポスティングしたり、ゆとりの一万歩で戸別配布した結果に満足しています。 元旦礼拝に初めて出席し、アーメン信じますと、祈ってくださった方が、昨日3日に再訪してくださり、「信じてバプテスマを受ける者は救われます」(マルコ16:15)のイエス様の約束に従い、バプテスマの恵みにあずかりました。 今年の学院教会奏楽者の教会員も、元旦に導かれてクリスチャンになり、家族そろってクリスチャンです。新しい年のスタートを、クリスチャンとして歩み出す幸いに祝福をお祈りいたします。 前のマンガ「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」(22ページ)まだ残部が少々あります。 新しいマンガ「今日もまた天国の一日」はまだたくさんあります。お読みいただける方にお贈りいたします。 特に、「歌えない、踊れない、無口の牧師物語」は、種子島原人ホームページ動画でご覧いただけます。 種子島輝ける人=http://genjin3.web.fc2.com/CCP018.html ポスティングでマンガを読んでお訪ねくださり、クリスチャンになった方々が多くあり、すごく感謝しています。 種子島で生まれ、その島の西之表キリスト教会で、アーメン信じますと、イエス様を心にお迎えし信じた幸いを忘れません。 今もなお、アーメンと信じてバプテスマを受ければ救われます!と、伝え続けています。 今日もこれから加古川市まで、大きな試練と悩みのまっただ中に投げ込まれている家族(今日初めてお会いします)を訪ねます。 「主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます」使徒16:31)との聖書の約束通りになると信じて祈りつつ出発です。詩篇46:1 神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。 46:2 それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。 46:3 たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。セラ 46:4 川がある。その流れは、いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる。 46:5 神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。神は夜明け前にこれを助けられる。 46:6 国々は立ち騒ぎ、諸方の王国は揺らいだ。神が御声を発せられると、地は溶けた。 46:7 万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。セラ 46:8 来て、主のみわざを見よ。主は地に荒廃をもたらされた。 46:9 主は地の果てまでも戦いをやめさせ、弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。 46:10 「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」 46:11 万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。セラ
2012/01/04
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新しいことが起こり続ける天国の日々を! 先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。 見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。 野の獣、ジャッカルや、だちょうも、わたしをあがめる。わたしが荒野に水をわき出させ、荒地に川を流し、わたしの民、わたしの選んだ者に飲ませるからだ。 わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。(イザヤ書43:18-21)新しいこと=良いことが起こる=良いことを思えば良いことが起こる!良いことを語れば良いことが起こる!良いことを期待し行えば良い結果がでます! 先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。 古いものは過ぎ去った。これは神がなさったことだ!年末の大掃除や片づけ等で、新年を迎え早や三日目です。 心の大掃除も悔い改めとともにきれいさっぱり、イエス様の十字架の血潮で洗われ、雪よりも白く清められ、すがすがし新年を迎えました。 今年も、「見よ。わたしは新しいことをする!今、もうそれは起こっているのです」との聖書の約束は、心に豊かな感動を与えてくれます。 今年は1日が日曜日でした。新年は真っ白な雪の道を、目標目ざし信仰の創始者であり導き手、完成者である主イエス様を目当てに進む思いです。 「先に起こった事は、前からわたしが告げていた。それらはわたしの口から出、わたしはそれらを聞かせた。にわかに、わたしは行ない、それは成就した。 あなたは聞いた。さあ、これらすべてを見よ。あなたがたは告げ知らせないのか。わたしは今から、新しい事、あなたの知らない秘め事をあなたに聞かせよう。 それは今、創造された。ずっと前からではない。きょうまで、あなたはこれを聞いたこともない。『ああ、私は知っていた。』とあなたが言わないためだ。あなたは聞いたこともなく、知っていたこともない」(イザヤ書43:5-8)。 新しいことが起こる。それはどんなことでしょうか? 「あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。野の獣、ジャッカルや、だちょうも、わたしをあがめる。わたしが荒野に水をわき出させ、荒地に川を流し、わたしの民、わたしの選んだ者に飲ませるからだ」(イザヤ書23:19-20) 神様の愛が想定外のことをしてくださいます。神様はあなたが幸せであることだけを考えてくださいます。聖書を読むとものすごくそれが理解できます。 そのことをアーメンと信じる時、 今までになかったような素晴らしいことを、2012年も豊かに経験できるのです。神様に想定外の良いことを期待しましょう。 聖書の約束のを本気でアーメンと受け止める幸いを感謝します。 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。(ヨハネの福音書15:7-8) 神の栄光のために、心も仕事も教会生活も、神様のすばらしさを明るく元気に、今日もまた天国の一日です!と、輝き進む一年の祝福を祈ります! 今日もまた天国の一日です!信仰、希望、愛に燃やされて、明るく元気でさわやかに、神の栄光に輝こう!ハレルヤ。アーメン。イザヤ書イザヤ書48:16 わたしに近づいて、これを聞け。わたしは初めから、隠れた所で語らなかった。それが起こった時から、わたしはそこにいた。」今、神である主は私を、その御霊とともに遣わされた。48:17 あなたを贖う主、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。48:18 あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。48:19 あなたの子孫は砂のように、あなたの身から出る者は、真砂のようになるであろうに。その名はわたしの前から断たれることも、滅ぼされることもないであろうに。」
2012/01/03
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新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。今年は元旦が日曜日! エリムキリスト教会は、午前10時より聖餐式礼拝で元旦をスタート。生駒聖書学院教会も富雄キリスト教会も、初めて出席される方々もあり、全員に手を置いて祝福を祈りました。 アーメン。信じますと初めての方もイエス様を心にお迎えし、今日もまた天国の一日です!と、平安と喜び、希望と輝きの実を結ぶ人生にスタートです。 昼からは大阪エリムキリスト教会へ。元旦の大阪市内へ出かけるのは生まれて初めての経験です。時間をいつもより早く出発しましたが、何と一般道も高速もスイスイ、安全速度で30分で新世界に到着でした。 いつもは午後2時に聖書研究をするのですが、元旦は直ぐ礼拝をスタートしました。堺エリムキリスト教会は、いつものようにインターネット礼拝でスタート。夕方5時より礼拝でした。 一年の計は元旦のあり。新しい祝福の年を大きな期待と希望に輝くスタートです。 1959年、生駒聖書学院に来ました。1960年の冬の朝、目が覚めると広い校庭が雪で真白になっていました。雪を直に見たのは生まれて初めてのことでした。 純白の庭を向こうの土手まで歩きました。真っ直ぐ歩いたと思い振り返ると、曲がっていました。あれ?と思い、今度は反対側の大きな松の木を目当てに歩き、降りけると今度はマッスグに足跡が記されていました。 18歳の正月の経験です。その日以来、目当てのある人生。目標を持って生きる人生を体験し続けています。 イエス・キリストは信仰の創始者であり、導き手、そして完成してくださいます。テレビには第88回箱根駅伝の実況が写っています。目標に向かって第一走者がスタートしました。 ゴールがなかったら意味がありません。新しい年を何の目標も無く過ごすと、クネクネと曲がりくねった一年のなります。年末になると、ああ今年も何のために生きたのだろう。来年こそはと嘆いているかもしれません。 自分ではマッスグだと思っても、思い込みだったり、ついには死に至る道である場合があります。虚しさの一年から解放され、今日もまた天国の一日です!と、輝くような一年を生きることができる幸いを経験してください。 目の前に広がる真っ白な365日、その日々をマッスグに生きれるよう、イエス・キリストを見上げつつ進んでみましょう。 また、新しい一年は、まだ描かれていない大きなカンバスのようなものです。どんな絵を描くか、どんな色を用いるかによって、明るい輝くような絵にもなり、暗く見る人までをも暗くしてしまう画面になるかもしれません。 いずれにしろ神様は大きな愛で見守ってくださいます。しっかりと信じる心を失わず、聖書のことばと祈り、日曜日ごとにキリスト教会礼拝で充電して、前向きに明るく元気に2012年を輝きに包まれてお過ごしください。イザヤ書43:18 先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。43:19 見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。43:20 野の獣、ジャッカルや、だちょうも、わたしをあがめる。わたしが荒野に水をわき出させ、荒地に川を流し、わたしの民、わたしの選んだ者に飲ませるからだ。43:21 わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。 新しいこと=良いことが起こる=良いことを思えば良いことが起こる!良いことを語れば良いことが起こる!良いことを期待し行えば良い結果がでます! 2012年のご健康とご活躍をお祈りいたします。
2012/01/02
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明けましておめでとうございます昨年は、お訪ねやお祈りなど、お世話になりありがとうございます。今年もまた毎日が天国の一日です。ご健康とご活躍をお祈りいたします。わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。詩篇103:1-5今年もよろしくお願いいたします。榮義之
2012/01/01
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