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”靖国神社、A級戦犯合祀、新たな資料” 国立国会図書館は28日、靖国神社が提供した内部資料や、これまで非公開だった中曽根内閣当時の「閣僚の靖国神社参拝に関する懇談会」(靖国懇)の議事録など、靖国神社に関する資料集を公表した。靖国神社が昭和44年、「A級戦犯」を「合祀(ごうし)可」とする見解を示す文書を厚生省に提示するなど、戦後、両者が一体となり合祀を進めてきた過程が明らかになった。 旧陸、海軍両省の業務を引き継いだ厚生省援護局と靖国神社は、「合祀基準に関する打合会」などを頻繁に開き協議。この過程で厚生省は41年2月8日、A級戦犯を含む合祀の名簿である「戦争裁判関係死没者に関する祭神名票」を靖国神社に送付した。 これを受け44年1月31日、靖国神社社務所で開かれた会合で神社側は、厚生省との「再確認事項」として「法務死没者」の「A級(12名)」と「内地未決死没者(10名)」を「合祀可」とすることを提示した。ただ「総代会の意向もあるので合祀決定とするが外部発表は避ける」とし、世論の動向を気遣っていたことをうかがわせた。 その後、靖国神社は45年、総代会でA級戦犯の合祀を決定する。実際に合祀したのは53年10月で、その9年前に一定の結論に達していたことになる。合祀されたA級戦犯が14人となったのは、東京裁判の未決勾留中に死亡した松岡洋右元外相と海軍の永野修身元軍令部総長が「内地未決死没者」に含まれているためとみられる。 BC級戦犯の合祀についても慎重に検討が進められたことも分かった。33年4月9日の打合会(第4回)で厚生省は「個別審議して、差し支えない程度で、しかも目立たないよう合祀に入れてはいかが」と提案。同年9月12日の打合会(第7回)でも「全部同時に合祀することは種々困難もあることであるから、まず外地刑死者を目立たない範囲で了承してほしい」と、BC級戦犯の合祀を先に決定するよう打診した。 36年8月15日、靖国神社は「終戦後における合祀審議の状況」の中で、A級戦犯は「保留」とし、BC級戦犯のうち外地処刑者は「合祀」、内地処刑者は「合祀予定」とした。 資料集は「新編靖国神社問題資料集」で、A4判1200ページ。資料集は非売品で、5月の連休をめどに国会図書館のホームページ(HP)に公開される予定。合祀判断 慎重さ裏付け 国立国会図書館が公表した「新編靖国神社問題資料集」は、戦後、国(厚生省)と靖国神社が一体となって「A級戦犯」を含む戦没者、戦犯刑死者の合祀に努力してきたことを裏付けるものだ。 靖国神社が全面的ともいえる協力で提供した内部資料は、合祀基準の形成の過程、とりわけこれまで判明していなかった戦前の合祀基準も含まれており、日本の戦没者追悼の歴史を検証する上で一級の資料といえる。 敗戦に伴い陸、海軍両省は廃止され、靖国神社は宗教法人化された。陸海軍両省の業務を継承した厚生省援護局が、靖国神社と協力して戦没者の合祀作業を進めたのは、戦没者を認定する能力が厚生省にしかない以上、当然のことだ。厚生省が戦没者の「祭神名票」を靖国神社へ送付してはじめて、合祀が行われていた。これを知りながら「政教分離に反する」と批判する向きがあるが、戦没者合祀をやめよと言うに等しい。 厚生省と靖国神社が戦後、綿密な協議を重ね合祀を進めた事実は、戦没者や連合国の戦争裁判によって処刑された人々への慰霊をまっとうする責任を、当時の政府が果たしていたことを意味する。 靖国神社が「新聞報道関係の取り扱いいかんで、その国民的反響ははなはだ重要な問題として考えなければならない」(昭和33年9月12日)としたように、協議は時間をかけ慎重に進められたことがうかがわれる。ただ、今回の資料集では、なぜ53年の時点でA級戦犯の合祀に踏み切ったかその理由までは示されていない。(榊原智)(2007/03/29 03:06)産経 靖国神社への戦没者合祀(ごうし)を巡り、当時の厚生省が合祀対象者の決定に、積極的に関与していたことが、28日、国立国会図書館が公表した「新編 靖国神社問題資料集」で明らかになった。 同省は戦犯などの合祀について、神社側と頻繁に協議を重ね、見解を述べていた。同省が合祀対象者の決定に果たした役割がわかる資料は初めて。 A級戦犯が合祀された9年前の1969年に、同省が神社側の合祀の意向を把握していたことを示す資料もあった。研究者は「国と神社側が協力しながら合祀者を決めたことが分かる貴重な資料」と話している。 同図書館では、靖国神社参拝問題に関連し、調査や資料提供の依頼が増えたため、昨年から関連資料の収集を行っていた。資料集には、靖国神社が所蔵する非公開資料や、厚生省と神社側との協議内容など、計808資料、約1200ページにわたり収録されている。 資料によると、1956年、当時の厚生省が、戦没者の靖国神社合祀について、「3年間で完了するよう協力する」という要綱案を作成。同年以降、同省と神社の協議が断続的に開かれ、合祀基準を詳しく決めていった。協議は神社の社務所に、厚生省側が出向いて行われた。 58年4月の第4回会合では、同省側が「戦犯者はB級以下で個別審議して、差し支えない程度で、しかも目立たないように入れてはいかが」と提案。同年9月の第7回会合でも同省側が、戦犯について「要するに職務上犠牲になった者あるいは事実に反した訴因によるもの」とし、「(だれが合祀に)不適格という事は出来ない」と合祀に積極的な姿勢を見せ、「まず外地刑死者(BC級戦犯)を目立たない範囲で(合祀することで)了承して欲しい」と、具体的に提案していた。 また、A級戦犯の合祀を巡り、靖国神社が69年1月、同省と会合した内容の資料があることが分かった。神社側が作成した資料には「A級(12名)」が「合祀可」と記載され、「総代会の意向もあるので合祀決定とするが外部発表は避ける」と別記がある。実際に合祀されたのは78年10月で、同省がその9年前に、神社側の合祀の意向を把握していたことが明らかになった。 旧厚生省が66年2月、靖国神社に対し「合祀を保留されていた戦犯関係死没者」として、A級戦犯を含む名票を靖国神社に送ったことはこれまで判明していたが、その後実際にA級戦犯が合祀されるまでの間、どのような経緯があったかは分かっていなかった。 厚生労働省社会・援護局では「66年に名票を出した後に、事務処理のための打ち合わせがあったのかもしれないが、旧厚生省の記録は残っておらず、確認できない」としている。(2007年3月29日3時0分 読売新聞) これに対し、安部首相は、「問題ない。合祀を行ったのは神社だ。(旧厚生省は)情報を求められ(資料を)提出したということではないか」との政教分離は守られているという見解を示した。 慶次はこのブログを立ち上げたと同時にフリーページに靖国神社の歴史を書いていた、マスコミの当時の取材テープなどを起こし、わかりやすく書こうとしたのだが、途中で飽きた、3年前から放置(笑)。 いまでも、「工事中」になっているそのページをのぞいていただければ、少しは靖国の流れがわかるかもしれない。 それにしても安部さんの言いたいことがよくわからない、政教分離がどうのこうのと必死になっているが、そんなことより、慶次には納得できない点が存在する。 国家のために殉じた人たちを靖国神社が勝手に祀っているのであって、それは国が介入できる問題ではないというこの幼稚な意見に吐き気がする。 国家のために殉じた方々を国家が見捨ててどうなるのだろうか? ちっぽっけな一神社が勝手に国家の英霊を合祀分祀などと意見を述べ、勝手な教義で祀るなっての。 英霊が靖国に祀ってあるので、首相はそこに行ってお参りするというが、あちこちで勝手な教義で祀るようになったら(カミはあちこちで祀られている)、すべての神社を回るのだろうか? とんでも宗教が登場して毛沢東とスターリンとヒトラーとルーズベルトと日本の英霊を一緒に祀る神社が出てきたら、首相はそこへもお参りに行くのだろうか? 国家の英霊を国家が保護できない(靖国が勝手に祀っているという逃げ)状況は、明らかにおかしいのだ。 フリーページの工事中(靖国)の後半として、宮司の変遷からいわゆるA級戦犯合祀、そして昭和天皇と今上天皇の靖国神社への想いを資料を交えて書こうとしていたことを思い出した。 時間があれば書こうと思う、多分、時間が無いから挫折だろうな 今回の新聞記事は「産経」と「読売」を取り上げたが、信濃毎日や沖縄タイムズ、西日本新聞などの談合左翼バリバリマスコミは、慰安婦問題と絡めて日本政府叩きに必死である。 朝鮮日報や中央日報などの記事を紹介し、韓国側の怒りとして政治問題化しようと真っ赤になって頑張る左翼系新聞 これにより「追悼施設」派が活発に動くだろうな、毎度のことだが、マスコミが種火を見つけ、他国に火をつけ、尻馬に乗って騒ぎ出す議員たち・・・ 合祀賛成反対議論や新たな追悼施設問題は、もう少し、じっくり落ち着いて議論できるといいのだが 一 夢 庵 風 流 日 記
2007年03月31日
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こんにちは、「ミニ桜風味まん こしあん by ヤ○ザキ」をほお張りながらノートパソコンに正対している慶次であります。 本日はDVD映画評を書かせていただきます、鑑賞した作品の題名は、「ブレイブストーリー」、宮部みゆきの同名小説を映画アニメ化した冒険ファンタジー。 主人公ワタルは小学5年生、どこにでもいる普通の小学生だ。ある日、父母が離婚し、母が心労とガスを吸ったことにより一酸化炭素中毒で病院に運ばれる。ワタルは、母の回復を願い運命を変えるために、幽霊ビルへ行き、扉の前に立つ、扉の向こうの世界へ行き、5つの宝玉をそろえれば運命を変える事ができるのだ、果たしてワタルは、「運命」を変えることができるのか? また貸し出し中かあ・・・ 踵を返すこと数ヶ月 先週、やっとこのDVDを借りることができた、紹介者は、「さくらんぼのハハさん」 借りて損は無い!と言われれば借りるしかあんめえと意気込むこと数ヶ月 家に帰りプレイボタンをポチッとな 「おお、画がすげえきれい・・・」 雲の動き、風に揺れる草の様、ここまで青草のにおいが香ってきそうだ 日本のアニメはやっぱり世界一だ、捏造コピーする国が出てくることわかるアル 劣化コピーまでしてウリジナルと主張する民族が出てくることもわかるニダ 学校が建つ横の坂道の塀の立体感など、本当に細かいところまでしっかりと 手を抜かずに描かれていて、感嘆の声しか出ない ここでストーリーを書くことはしない、借りれば地域の差はあっても数百円、 みなさん、ぜひとも借りて見てくださいよ とにかくね、画がきれいなんだよ、本当に (慶次みたいなド素人に褒められても嬉しくないかもしれないけど) 時間は100分程度でちょうどいい感じです さくらんぼのハハさんに薦められて見たこの作品、宮部みゆきの作品だった、この前、紹介した、「蒲生邸事件」も宮部みゆき、作家が同じなのは偶然なのだがこの宮部みゆきさんは、「運命」という大テーマを心に持っているのだろうか? 「ブレイブストーリー」の中で、「運命」というものは幸せと不幸せをすべてひっくるめて受け止めることであり、未来をつくっていかなければならないというようなことが出てくる。(ラストだよ、見て確認してちょ) 「蒲生邸事件」では、歴史の流れは必然であり、大本の流れを変えることは不可能だ、その流れを変えようと誰かを助けても、穴埋めをするかのように歴史は他の犠牲者を探し補充するのみである、と、このような論をタイムトラベラー平田に語らせている。 たった二作品で宮部みゆきを語るのは失礼にあたるので、この辺でやめておこう、一応、「模倣犯」をあわせれば三作品かな。 とにもかくにも、日本アニメって本当に凄い技術だなって思いますよ 残念な点をひとつだけ書いておきますか、声優陣については20点くらいです 主人公ワタル=松たか子をはじめとして様々な豪華俳優陣がこの映画を固めていますが 別に、ちょっとしか出てこないエキストラにお笑い芸人(はねるのとびら陣営?)の人々を 使う理由ってなに? 話題性にしては乏しいし、遊び心にしてはつまらない。 声優さんの仕事場を荒らすなよな芸人よ、事務所の力でねじ込んだのだろうか? *絵文字って使い出すとハマリますね。 一 夢 庵 風 流 日 記
2007年03月21日
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下士官兵ニ告グ 今カラデモ遅クナイカラ原隊ヘ帰レ どこにでもいる普通の18歳、尾崎孝史が上京し五校六学部の受験をするために10日間ほど宿泊予定であった平河町のホテルは、戦前、陸軍大将蒲生憲之氏の所有する屋敷跡地であった。 孝史は宿泊初日に大火事に見舞われる、もはやここまでと思った瞬間、とある男が彼の手をとり、「しっかりつかまっていろ」と言葉を投げかけ暗闇の中へスッと消え入った、孝史がふっと我に返るとそこは、セピア色に色あせたあの写真の邸宅、そう「旧蒲生邸宅」だった。 男は孝史にゆっくりと、自分たちはタイムトリップしたのだと打ち明けた、二人が降り立った時代、それは昭和十一年二月二十六日未明、しんしんと雪が舞い散る永田町だ、孝史はあの2.26事件の真っ只中にいま、いることになる・・・ gundayuuさん が日記に取り上げていた、「蒲生邸事件 宮部みゆき」を読んだ! 読んだ! 読んだ! 図書館にネットアクセス後、この本を予約し、昨日取りに行った「こちらですね」 図書館員さんから用意された本を渡される・・・「やけに分厚いなあ」 これが慶次の最初の感想だケツをめくりページ数を確認すると、な、な、なんと425ページ!それも上下段に文章が分かれ、文字が小さいこりゃ、読みきるのに10年はかかるなと、重い足取りで帰宅したそんな読書嫌いの慶次が、一日で読みきった! 読みきった!とまあ、とりとめもない文章はここまでにして、この本の紹介をさせていただこうか。 先ほど書いたように、舞台は昭和十一年二月二十六日未明から数日間の首都東京、かといって2.26事件が中心ということでもないので、歴史に疎い方でも十分に楽しめる本だ。 主人公尾崎孝史が18歳の予備校生という設定もあるのだろう、現代に住む我々のほとんどが現代史を学ばずに学校を卒業し、社会に出てもマニアと揶揄されてしまう人々しか歴史を学ぼうとしない現代人に対し、事件の経過やこの当時の社会状況をとっつきやすく脇役が説明する形で、読者に易しく説明している。 だらだら書くのもアレなので、簡潔に核心に迫ろう、この小説の主題は、「歴史」である。タイムトラベラー平田は、歴史は行き着く先を決めて流れていて、人間は歴史の中のパーツでしかない、例えば日航機の悲惨な事故を未来から来て止めようとしたところで、歴史は違う犠牲者を探すだけである。つまり501便の事故を防ごうとすれば、511便を落とすという行為を歴史は必然的に起こすのだ、と、このような感じのことを語っている。 これに対し主人公孝史は、いやそうではない、人が歴史のパーツだなんて冗談じゃないと怒り、人が歴史をつくるのではないか、歴史の転換点での重要人物の動きを止めれば、歴史は大きく動くのは当然だ、と、このようなことを思う。 戦前と戦後、その両時代をタイムトラベルした孝史は、いったいどういう考え方を持つことになるのか・・・ さてさて、これ以上書くとネタバレで面白くないな(笑) gundayuuさん の書評のほうが本全体をやさしく丁寧に書かれているのでこの本に興味を持てると思いますな、ぜひとも読書好きな方(慶次みたいな苦手諸氏も)は、この本を読んで感想を書いてほしいと切に思います。 とにもかくにも今日は、慶次がこんな分厚い小説を 読みきったことを感動してくだされ! 「関連日記」 冷え込んできましたね (2006年2月25日 テロルの時代) 大きな転換点となりし日 (2006年2月26日 226事件) *p.s 読書の鬼ぢんさん に薦められた「竜の柩」も借りてきました、これも分厚い 気を回復させてから一気に読んでみたい所存であります。 一 夢 庵 風 流 日 記慶次が読んだ、「蒲生邸事件」は毎日新聞社発刊のものでした上記ご紹介の、「蒲生邸事件」は文芸春秋のものですな
2007年03月18日
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一番始めは一の宮 二また日光中禅寺三また佐倉の宗五郎 四また信濃の善光寺五つ出雲の大社 六つ村々鎮守様七つ成田の不動様 八つ大和の法隆寺九つ高野の弘法様 十で東京心願寺 お久しぶりでやんす、数え唄ってえのはいろいろありまして、昔々は手毬唄やお手玉唄なんかに多かったようでやんす。 近代では羽根突きや縄跳び、現代ではなんざんしょ。 子供の頃は、「ひとつ人より力持ち~♪」byいなかっぺ大将のようなアニメソングの数え歌なんてえのもありましたなあ、赤ちゃんが数を数え始めるのはいつ頃?って聞かれたって、そりゃあんた、物心ついたときには数が数えれるようになってたわけでして・・・いつだかなんて知る由もにゃい。 親になったらわかるんでしょうなあ、大体、ガキが歳を聞かれて答える数字なんてえのは、「みっちゅ」が相場でござんしょ、いくつになっても、「みっちゅ」なんて言ってるキモイ親父もいるざんすが・・・ぷっ。 さてさて数つながりで「ゼロ」について語るでやんす、インドで発見された「ゼロ」が西欧に紹介されたのは紀元後、だから西暦0年なんつうのは存在しな~い。 紀元前1年、紀元後1年なんて使われ方が一般的ですな、日本も同じでやんす、地上階が1階、地下1階・・・〇階なんてえのは存在しないでありんす。 数字としての「〇」は6世紀頃インドで誕生し、十字軍がヨーロッパに伝え、日本には17世紀江戸時代に伝わったようです、ここまではお遊び。 「ゼロ」という概念は「無」、何も無い世界、点でもない、空間でもない、とにかく何もないのだから表現しようがない。 表現すること、それ自体がもはや意識しているのだから無意識という概念から遠い遠いことですな。 このような「空」という概念を持つ仏教という学問(←あえて学問とする)は本当に偉大なのだ、数学者からすれば仏教に比ぶれば、ピタゴラスの定理なんて、鼻くそ程度のものでしかない。 いったい「無」ってなんだろう?? 誰か教えてちょ。 関連フリーページ釈尊vol.1~5 vol.6~13 vol.14~19*数え歌といえば、「ひらけポンキッキ」で流れていた「おふろのかぞえうた」が 好きでした、今日のお奨めの一曲は「おふろのかぞえうた」だったりします。イエイエイエイエイエ~ワワワワ♪ 一 夢 庵 風 流 日 記 「おっぱいがいっぱい」、「パタパタママ」はあるけど・・・ 「にんげんっていいな」が入ってるよ
2007年03月16日
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日本列島を高気圧が包み込み、平均気温を超える日が続き、春の花も 咲き始め、各人のブログにも春の花の写真がアップされ始めた。 今日は春の花の代表格「桜」の美しさを象徴する女神「木花咲耶姫命 (このはなさくやひめのみこと)」について書こうと思う。 姫は、山の神の総元締「オオヤマヅミノカミ」の娘で、夫は天孫「ニニ ギノミコト」である。 山の神の父の影響もあり、彼女も、とある山の神・・・その山の名は 「富士山」 というわけで彼女は「富士山本宮浅間神社」の祭神で「浅間さま」と 呼ばれている。 木花咲耶姫命は民間信仰の子安神と結びつき、「子授け、安産」のカミとして 庶民には広く信仰されていく、この背景には、彼女の神話における母性的パワ ーが色濃く影を落としていると思われる。 ニニギノミコトと結婚した姫は一夜で妊娠するのだが、夫に他人の子と疑われ 、激怒!! 国つ神の子なら良くないことが起こり、ニニギノミコトの子なら 無事に産むことができるはずと言い残し、産屋に火をつけ猛火の中、三人の子 を無事に出産する、こういう何かの試し業が日本神話ではそこかしこに出てくる。 また、木花咲耶姫命は父神オオヤマヅミノカミとともに酒造のカミとしても有名、 これは姫の無事出産を祝った父カミが神聖な田で収穫した米で芳醇なる酒を醸造 して祝ったという日本書紀からきており、京都の梅宮大社には父子で祭られ、全 国の酒造関係者から篤い崇敬を集めている。 そういえば「桜」といえば、パッと咲き、スッと散る、その儚さと美しさに惹かれ るのだが、木花咲耶姫命も美人で誉れ高いカミさまである。 ニニギノミコトがオオヤマヅミノカミにコノハナサクヤヒメノミコトへの求婚を伝 えたのち、父カミは石長姫(イワナガヒメ)という娘も一緒に嫁がせようとする。 ニニギノミコトは石長姫を断り、美人さんだけでよいと言うエピソードだが(笑)、 ここには、父カミのある皮肉というか、真実が含まれている。 花の命は儚くて・・・という名文句があるように、美とは永遠なるものではない 風雪に耐え忍ぶ石と対比させることで、その後、二神の間に生まれる子供の命も 長く耐え得るものではなく、短く儚いものとなるだろうという真理である。 ちなみに、この二神から産まれた三神のうちの二神が「海幸彦」と「山幸彦」であり 山幸彦(やまのさちひこ)の孫が初代天皇・神武天皇である。 一 夢 庵 風 流 日 記
2007年03月05日
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風邪をひいた・・・薬を大量に飲み、いっぱつ逆転を狙うも薬の飲みすぎに胃をやられ、大きな口内炎が2つも誕生してしまった・・・たしかに熱は下がったし、だるさは解消に向かっている。でもコーラを飲むと口内炎が痛い!美味しいものが食べられない!それだけならまだ我慢できたのだが、乾燥状態にも負け、のどが腫れ上がってしまった。うがいでこの状態を抜け出そうとしたが昨日あたりから、白いのモノが扁桃腺に・・・つばを飲み込むだけで痛い痛い!!というわけでのどの薬を買おうと思う。検索するといろいろあるもんだが、やはり小さい頃のイメージ強烈な「ルゴール」を買ってこようと思っている。小さい頃、割り箸の先に脱脂綿をつけのどにピトピトと塗られた恐怖がよみがえる・・・おえっ おえっとなりつつも、次の日には治っていたあの薬。おお、ルゴールよ! おまえはなぜにルゴールなのか!シャルルドゴールににも似た少しおフランスな名前!「お」をつけて上品に呼べば、「おルゴール」!神よ、あなたはなぜこの薬を地に与えたもうたのでしょうまあ、なんだかんだ言って、のどに突っ込むが嫌なんだけど・・・水に薄めてうがいをするより、治りが早そうだしね。おお、ルゴールよ! (もういい? あっそう・・・)それでは買ってきます・・・ ソフトタイプやスプレーもあるんだなでもやっぱ直塗りでしょ! 一 夢 庵 風 流 日 記
2007年03月03日
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燕詩示劉叟 ~ 燕の詩 劉叟に示す ~梁上有雙燕 翩翩雄與雌 銜泥兩椽間 一巣生四兒四兒日夜長 索食聲孜孜 青蟲不易捕 黄口無飽期觜爪雖欲弊 心力不知疲 須臾千來往 猶恐巣中飢辛勤三十日 母痩雛漸肥 喃喃教言語 一一刷毛衣一旦羽翼成 引上庭樹枝 舉翅不回顧 隨風四散飛雌雄空中鳴 聲盡呼不歸 卻入空巣裏 啾終夜悲燕燕爾勿悲 爾當返自思 思爾爲雛日 高飛背母時當時父母念 今日爾應知梁上に雙燕有り 翩翩(へんぺん)たり雄と雌と泥を銜(ふく)む兩椽(りゃうてん)の間 一巣に四兒生む四兒 日夜に長じ食を索(もと)むる 聲孜孜(しし)たり青蟲 捕へ 易すからざるも 黄口飽期無し觜爪(しさう) 弊(つか)れんと欲すと雖(いへど)も心力 疲るるを知らず須臾(しゅゆ)に 千たび來往し猶ほ巣中の飢を 恐るるがごとし辛勤 三十日 母痩せて 雛漸(やうや)く 肥ゆ喃喃(なんなん)として 言語を教へ 一一毛衣を刷(ぬぐ)ふ一旦 羽翼成りて 引(ひき)ゐて 庭樹の枝に上る翅(つばさ)を舉(あ)げ 回顧せずして 風に隨(したが)ひ 四散して飛ぶ雌雄 空中に鳴き 聲盡(つ)くるまで 呼べども歸らず卻(かへ)って 空巣の裏(うち)に入り 啾(ちうしう)終夜悲しむ燕よ燕 爾(なんぢ) 悲しむ勿(なか)れ,爾(なんぢ) 當(まさ)に 返って自(みづか)ら思ふべし思へ 爾(なんぢ)雛爲(た)りし日 高飛して 母に背きし時を當時の父母の念 今日 爾(なんぢ) 應(まさ)に知るべし 暖冬といわれたこの冬も間もなく終わりを告げようとしている。三月に入り、春への足音が静かに、確実に近づいているように思える。 春は別れと出会いの季節と人はいう、まだ寒が残りつつも若芽の息吹が感じられる早春に別れ、花が咲き乱れ、様々な生き物たちが青春を謳歌する若者のようにはしゃぎまくる盛春に多くの出会いを経験するということだろう。 巣をつくった番いの燕が四羽の子をもうけ、昼夜関係なくピーピー口を開けて餌をねだる雛鳥に爪やくちばしがボロボロになっても、せっせと青虫を運ぶ親燕、一ヶ月もすると親燕はやせ衰え、雛鳥はまるまると大きくなる。 そうこうしているうちに翼がしっかり育ったので、親燕は子供たちを連れて庭の木に上った。 すると四羽の子供たちは四方に飛び立ち、二度と戻っては来なかった・・・ もうここからは感情をあらわにして、叫ぶように声を大にして詠もう! 親鳥は空っぽになった巣を見つめ、飛び回り、昼夜嘆き悲しんだ。 でもね、泣いてはいけないよ、お前たちが子供の頃を振り返ってごらん! お前たちが空高く舞い、飛び立った、あの時の父母の胸のうちが今日、 よくわかったことだろう! 「親の心 子知らず」なんて言葉があるが、知らないで当たり前だ、自分がその立場になってはじめてわかることは意外に多い。 人間界には「縁があれば~」という言葉もある、縁の結びつきがもっとも強いかもしれない親子という関係であるならば、親の心を知ったあとに、また新たな親子関係を築き、昔と違った幅の広い付き合い方ができるのではなかろうか。 人は動物とは違います、遠くにいる両親、兄弟姉妹、古き友に電話やメールをしてみませんか? 出会いは大切です、努力して長続きさせましょう。 一 夢 庵 風 流 日 記
2007年03月01日
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