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単に疲れているだけなのか? いや、疲れ過ぎているのか? あるいは、年齢相応だというのか?ここのところ、自分の記憶力を疑うことが増えてきている。また、自分が見ているつもりのものが、少しも見えていないと思うことが多い。事故を起こしたりしてからでは遅いのだが、しかし、どこかしら自分が(心身ともに)追い詰められていると感じることは少なくないし、そういう時の自分の感覚や思考は信用ならない。うぅ…。
2009.01.31
昼過ぎ、ある原稿を仕上げようと、自室でパソコンに向かっていると、突然パソコン画面が消えた。停電? いや、電灯はついているし、ラジカセの音楽もそのまま流れている。他の部屋の電気にも異常はない。となると、自室のパソコン周辺だけの問題ということになる。そして、原因発見。たこ足配線だ。妻から借りたオイルヒーターをつけていたのだが、その電力量にタップがついていかなくなったのだ。事実、そのタップにコンセントを差し込んでいたものだけ、電気が消えていた。それらを全部はずし、「終わってしまった」タップよさようなら。そしてパソコンを再起動。案の定、原稿は途中で切れてしまっていた…。大した量ではなかったからよかったものの(汗)。
2009.01.31
夕べ深夜、私は気付かなかったが、大風だったらしい。昼のニュースによれば、今日も東北や関東北部の沿岸部は、強風や吹雪になっている。それにしても、この心身の疲労感は何だ?
2009.01.31
治りかけていた妻の指が、また炎症らしきものを起こしてきた。夕刻、話に聞いていながら行ったことがなかった、ゴルフ場内の湯郷・三島温泉に行く。硫黄泉でなく単純アルカリ泉らしいから、妻の指にどの程度効くかはわからないものの…。それにしても、混雑する道路を避けて裏道を使えば、車でわずか15分の距離なのだな。日中は大雨だったが、温泉に来る時分には小ぶりになり、帰ろうとする頃には止んでいた。この次来る時には、富士山が見えるだろうか。(1月31日記す)
2009.01.30
いいかげん、スピードの遅すぎるインターネットを何とかしようと、自宅の PLC をすべて外し、PC DEPO に持ち込んだ。しかし店頭では、「店で異常なくつながっても、お客様の自宅の環境ではつながりが悪いということがあり得るから、メーカーに問い合わせていただくしかない」と言われ、無線 LAN への乗り換えも念頭に置きつつ一度帰宅した。そして、改めて PLC をつないでみると…どういうことだ!? 以前の快適なスピードに戻っているではないか!! これが一時的なものなのか。また、ここ半年ほどの不調はいったい何だったのか…。親機の電源をいったん抜いて、また入れ直したのが効いたのか??
2009.01.30
月曜日の深夜になくしてしまった小銭入れ。街中で入った小さな鞄屋さんで、1つ買ってしまった。なくした小銭入れは、どこからかただでもらった安物だったが、今度なくしたら、2,310円を失うことになる。ひえ~。(1月31日記す)
2009.01.29
ある長文の論文を読んでいたら、頭が飽和状態になり、体までしんどくなってしまった。これはまずい。例の「左脳の暴走」ではないか。ちょうど暖かいことだし、外を歩くことにした。それにしても私は、一度「スイッチ」が入ってしまうと、同時に4つも5つものことを考えてしまう人間なのだな。意識してそうしているつもりは全くない。そう「なって」しまうのだ。本来は、複数のことが同時にできない、キャパの小さい人間のはずなのに…。左脳だけ暴走すると、あたかもビットやファンネルを扱う「サイコ・ミュ」のようになってしまう(苦笑)。危険だ、心身を滅ぼすぞ。(1月31日記す)
2009.01.29
心に「牙」を持ち続け、「獅子」の旗の下に集った同志たち。時は移り、場所は変われど、彼らと共に歩んだ青春であった。それが、年齢とともに、一応の幕引きとなる。後は、「志」を自分の「生き方」に昇華できるように――。(1月31日記す)
2009.01.28
英国の政治学会 PSA。毎年、年末に会費を払って、メンバーシップを更新する。今日、職場に2009年の諸資料が届いたのだが…、新しいメルアドを伝えたはずなのに、名簿などでは旧いメルアドのまま修正されていない。旧アドレスは昨年末で使えなくなっているから、PSA から送られているはずの電子メールも先方に返ってしまっているはずだ。メルアド変更は、各方面に多大な影響を与えるので、厄介千万ではある。いくら周知したはずでも、相手に認知されないということは少なくないから…。
2009.01.28
いかなる困難に直面しても、希望を失わないこと。自分で自分を見捨てないこと。そして、何にでも「喜び」と「楽しみ」を見いだすこと。これこそが、力みや我慢とは異なる「強さ」なのだろうな。
2009.01.28
夕刻、車検が終わったとの連絡を、予定よりも早く受けた。日が暮れる前に、アコードワゴンを取りに行って帰ってくることができた。やはり代車よりも運転しやすい。9年も使っていれば、体になじんでいるものなのだな。バッテリーとタイヤを新しくしてもらったからには、それ相応に走らせなければ。(1月28日記す)
2009.01.27
夜中、目覚めてしまってから眠れなくなる。顔は、血の気が失せた白い色。目、こめかみ、頭が妙に痛い。鈍痛だ。しかも、眠れない上に汗だけはかいて、朝までに寝間着を4着も取り換えた。悲惨だった15年前(1994年1月末)の再来か?
2009.01.27
夜、小銭入れをなくしてしまったぜベイベ~(涙)。中身は大して入っていなかったが…。(1月28日記す)
2009.01.26
同じ志を持ち、行動を共にする友を、「同志」という。「行動を共にする」と言っても、時間的・空間的に一緒であるとは限らない。しかし、目に見えないところで、回り回って、支え合い助け合う関係になっていれば、見事に「同志」だ。そういう友の存在は貴重であり、自分一人であれもこれも背負う必要はないのだ。今の自分ができることは、限られているかもしれない。正しい人が迫害されるのを、黙って見ていることしかできないような、情けない自分と思えてしまうかもしれない。しかし、自分が「存在」することは厳然たる事実だ。その自分自身が、健康で、前向きに、一歩でも半歩でも前進する。所詮、それしかない。それを越えて立派そうなことをしようとしても、地に足がつかないようなことは価値を生まない。そんな生易しいものではないのだ、現実は。
2009.01.26
読まねば。ガブリエル・マルセル(小島ほか訳)『人間――それ自らに背くもの』(創文社、1958年)。フランス語版原著は1952(昭和27)年刊らしい。「大衆と対立する普遍」、「抽象化の精神」…。
2009.01.26
派遣社員として三島に来ていた H口氏。今月末に引っ越すと聞いた。しばらくご無沙汰してしまったので、午後自宅に招いて、ささやかながら讃岐うどんをふるまった。三島に来たのが2006(平成18)年の1月だというから、3年しかいなかったことになる。次の目標に向かって去りゆく友を見送った、寒い晴天の三島であった。白雪の富士の雄姿は、あたかも、彼の前途を悠然と見守っているようであった。(1月26日記す)
2009.01.25
午前中サンダビーダ要塞に行った後、沼津のディーラーへ。車検のためだ。今の車(アコードワゴン)を買ったのが、2000(平成12)年。八戸から三島へ移ってくる時だ。間もなく満9年になる。しかし、三島に移ってからは遠出することが減った。車検の見積もりの電話が夕方近くかかってきたが、年数相応の部品交換の上に、タイヤ4本の劣化、さらに遠出しないゆえのバッテリー交換が重なり、今回の車検はかなり高額になりそうだ。とほほ。(1月26日記す)
2009.01.25
電話もある。メールもある。しかし、コミュニケーション・ツールはかつてないほど発達したというのに、人と人との「対話」それ自体は決定的に欠如している。それが現代だとは言えまいか。やはり人は、実際に会って話をしなきゃ。場を共有し、時間を共有し、目と目を見交わしながら、言葉をかけ、また何よりも、よく聴く。この地道な作業のあくなき繰り返しこそ、「市民性」を具体的に支える営みではなかろうか。
2009.01.25
数日前から、ポンドが120円台にまで下がっている。新聞にも、「英、経済後退に」と出ている。私が初めて渡英した1985(昭和60)年、1ポンドは約350円。エディンバラにいた1991(平成3)年には約240円。シェフィールド時代の1994~95(平成6~7)年は大体140円台で推移していた。去年の夏には210円前後で「高いなぁ」と思っていたが、それからわずか数ヵ月で、ユーロに迫る120円台にまで下がってしまうと、いよいよ労働党政権も危ういのかと思ってしまう。また、英国がいつまでユーロに切り替えずポンドを維持するのか…。
2009.01.24
硫黄泉は、疲労が「とれる」温泉というより、たまっていた疲労が「出てくる」温泉に思える。少しは体が軽くなったのは事実だが、やはり休むべき時には休むよりない。より困難な戦いが待っているゆえに――。
2009.01.24
妻の指の膿みを完治させるため、箱根の硫黄温泉に再び行く。文字通り「湯治」である。日が暮れた帰り道は、前が見えない霧の中の運転となった。おそるべき、箱根峠。路面凍結がないだけ、まだ救いだ。(1月24日記す)
2009.01.23
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私は昔から、「ブーム」というものに愛憎半ばの感情を抱くことが多い。今から30年前の1979(昭和54)年に放映開始され、後に爆発的なブームとなってアニメーションの「文化」化に大きく貢献した『機動戦士ガンダム』もまた、私にとってはそんな愛憎半ばの作品だった。昨秋から、妻の要望もあって、TV版第1作である『機動戦士ガンダム』を DVD レンタルで見始め、正月明けにそれが終わると、数年前に映画化された『機動戦士Zガンダム』I~IIIを見、さらには1988(昭和63)年に劇場上映されながら見ることができなかった『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を見た。おそらく、ガンダムの世界の基本的なストーリィは追うことができたのだろう。TV版のファースト・ガンダムを再見し始めた昨秋、まず何に驚いたかと言えば、物語の(良い意味での)シンプルさだ。後の冨野作品や多くのアニメーションが、極めて錯綜した物語になり、絵の質も「向上」と「マニアックさ」とがないまぜになってウンザリ感さえもたらしたのに比べて、安彦良和氏みずからが手がけた1979年の『ガンダム』は、少なくともニュータイプの話が前面に出てくるまでは、手堅いシンプルな(しかし物語としては確かに深い)ものだ、と私の眼には映った。もっとも、よく知られているようにファースト・ガンダムも番組打ち切りにされたから、最終回に近づくにつれて「あぁ、無理して急いでいるなぁ」という感じは否応なく伝わってきた(それでも、物語としては一応完結しているから、次の『伝説巨神イデオン』よりは救いがあったが)。内容的に大事なことの説明をきちんとせず、さらりとしたセリフやナレーションで済ませてしまうというのは、のちの冨野アニメにも受け継がれてしまったマイナス面ではなかろうか。中学生当時の私にとって、『ガンダム』の何がとっつきにくかったかと言えば、セリフやナレーションの音声の低さであり、よく聞き取れないまま話が先に進んでしまうことだった。他方、『Z』は TVでは私が大学に入学した1985(昭和60)年に放映開始されたが、それから20年後に「新訳」と称して映画化されたものだけでその物語を追うことは、実に至難であった。現に、映画版のII(恋人たち)を見終えた時点で、脳がかなり疲弊してしまった。あれは、予備知識がある人が見て初めてわかる映画ではないのか(だからといって、『Z』の TV版を一から見直す気にはなれない。まして『ZZ』においておや)。それに比べれば、『逆襲のシャア』の方が作品の出来としては良かったような気がする。それにしても、話の複雑さといい、作画といい、今の若い世代のガンダムファンには分からないだろうが、私にとっては『Z』の TV 放映以前の冨野作品である『聖戦士ダンバイン』(1983~84年)や『重戦機エルガイム』(1984~85年)の影が色濃く投影されているように見えた。特に、三つ巴・四つ巴の戦いの様相を呈する物語や、メタリックな質感を出している作画や、何よりもキャラクター・デザインには、『エルガイム』の匂いがプンプンしていた。冨野作品は本来、キャラクターや物語を丁寧に描くという点で私も好きなのだが、しかし一歩間違うと危険な方向に行きかねない含みがある。「愚民が支配する時代」には「戦争が絶えない」だとか、言語や生死を超えた人のコミュニケーションを「人の覚醒」とするだとか、なるほどオウムに走った人々はこのような作品のモチーフを危険な方向で捉えたのかもしれないな。しかも、もし一連のガンダム・ワールドが実は「シャアの物語」であったとするならば、何ともやりきれない思いが残る(うまく言葉では説明できないのだが)。やはり私は、オタク的なガンダム史みたいなものには興味がない。むしろ、少なくとも初期ガンダムが制作された1970年代末~80年代の、「核による人類の滅亡」といった時代背景の方を考えてしまう――。ともあれ、ブームになったというだけで背を向けてしまった『ガンダム』(シリーズ)に対して、改めて向き合ったのがこの11月~1月だった。次は改めて、1979年の『ガンダム』と1980年の『イデオン』の連関性を、再確認する時だろうか(苦笑)。 (1月24日記す)
2009.01.23
今では17年前の論文になってしまった、Anne Phillips (1992), "Must Feminists Give Up on Liberal Democracy?", Political Studies, XL, Special Issue, ed. by D. Held に目を通し始める。論点は明快に見えるのだが、しかしなかなか手ごわい。
2009.01.22
世界はオバマ大統領就任に沸いているが、英国の今はどうなっているか。そんなことを思いながら、たまたまブリティッシュ・カウンシルのホームページを開いたら、英国留学経験者のコミュニティ UK Alumni Network なるサイトを発見した。発見したというか、ずいぶん以前にも見たような記憶がないではない。しかし、登録したかどうか記憶にない(たとえしたとしても、メルアドが何度も変わってしまったから、宙に浮いてしまった形かもしれない)。ともあれ、改めて登録してみた。それにしても、こういうものを登録する度に、ID やらパスワードやらが増えるよな。その手のものをまとめて記録しておかなければと、思っちゃいるのだが…。今のメルアドだって、そのうちまた変わらないとも限らない。
2009.01.22
アメリカ時間の昨日20日(火)、バラク・オバマ氏がアメリカ合衆国第44代大統領に就任。就任式でのスピーチは、キング牧師やケネディ大統領のものにも匹敵する歴史的なものだった、との報道もあった。ニュースでは、現地は祝賀ムード一色といったところだが、経済危機にしても外交にしても、新政権にとっては待ったなし。この時代にアメリカ大統領になるということは、よほどの重圧のはずである。それでも「change」に賭けようというのは、もちろん希望ではある。だが、アフガニスタンやイラクについては語られるが、イスラエルはどうするつもりだろう??政治の責任、政治家の責任、市民の責任、そして、政治学(者)の責任…。
2009.01.21
しばらく止まってしまっていた腕時計。イトーヨーカドー内の時計屋さんに持参する。電池切れか、それとも故障か。結果的には、電池切れだったらしい(通常は、ほぼ2年で切れるのだそうな)。ともあれ、復活である。
2009.01.21
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新学期の準備の合間に、徐々に読書。日本政治学会編『年報政治学2008-I 国家と社会――統合と連帯の政治学』(木鐸社、2008年)を改めて手に取る。
2009.01.21
学年末試験もこれからだというのに、昨日あたりから、新年度の準備をひたひたと開始している。時代がこれだけ激変する中で、何をどう語ればよいのか…。毎年のことながら、考えあぐねるのであった。もっとも、時代がどう変わろうと、語らなければならないことはやはり繰り返し語らなければならない、というのもまた真実であろう。
2009.01.21
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研究の資料ばかり読むのはよくない。最近は、自分の研究テーマとは直接関係のない本を、飛ばし読みしている。自分がいかに何も知らないか、よく分かる…(汗)。・本山美彦『金融権力』(岩波新書、2008年)・橋爪大三郎『人間にとって法とは何か』(PHP新書、2003年)
2009.01.20
出勤すると、自室のお隣の教授から、ソファーを2つ譲り受けた。もともと、私の部屋にあるテーブルと長いソファーと、お隣にあった2つのソファーは、セットものだったらしいのだが、数年前の「学内研究室大移動」の混乱のさなかで「いき別れ」になっていたようだ。一気に、私の部屋がゴージャスになった。もっとも、狭いことに変わりはないし、いいかげん整理整頓する時間も作らにゃあ…(汗)。
2009.01.20
午前中、心も体もひどく重い。そもそも昨夜の時点で、肩から背中にかけて鋼鉄のように凝り固まっており、妻には「これ、何? センター試験の後遺症?」と言われていた。エネルギーが枯渇したかのような今朝。これがいわゆる「ぷち鬱」か。もっとも、これは誰でもなり得るものなのだろう。何かの拍子にまた、エネルギーが内側から湧いてくるかも知れない。力んだり自己嫌悪になったりしないことだな、うん。
2009.01.20
昨日の早朝4:05、マンションの非常ベルがいきなり鳴ったが、今日、管理人室の近くにその原因についての掲示が出ていた。不審者によるいたずらだったのだそうだ。非常ベルだけでなく、数か所に新聞は散らばり、エレベーター内のマットも引きはがされ、挙句の果てにはインターホンまで鳴らされた部屋もあったらしい。セキュリティが言われながら、住まいすら安心できない社会となったか…。
2009.01.19
心こそ、大切なものはない。しかし、心ほど、当てにならないものもない。不動の心、揺れる心…。しかし、「揺れる」からこそ「変革可能」なのだな。
2009.01.19
大学入試センター試験の第2日目。出勤しようと思ったら、車のフロントガラスが凍っていた。長時間の試験である。試験監督も大変だが、全科目を受験する生徒たちはもっと大変である。24年前の自分の姿と重ね合わせつつ、彼ら・彼女らの将来を思った。終了後…天気予報どおり雨かよっ!
2009.01.18
寝坊が許されない今朝。夕べ寝る前に、目覚ましを5時半にセットした。ところが、それより1時間余りも早く、突然のマンションの非常ベルに叩き起こされた。別に火事でもなく、原因は不明。その後、眠れなくなってしまった。おいおい!
2009.01.18
阪神淡路大震災より、今日で14年である。1995(平成7)年1月17日、私がシェフィールドでこのニュースに接したということは、過去にこのブログにも書いている。ここでそれを繰り返すつもりはないが、しかし「14年」――7年×2――も経ったのかと思うと、いささか愕然とする。今の中学生は、この震災を知らないということになる。「次の世代に語り継がなければ」「風化させてはならない」等々の声を聞くと、原爆を含めた戦争のことをも思わざるを得ない。また、去年から何かと考えていることだが、「時の流れ」ということ、「世代」ということ、「人の記憶」ということ、等々についても、改めて思いを致さざるを得ない。人は、過去の記憶に支配されるだけの存在ではない。しかし、そうは言っても、過去の経験や記憶によって相当規定されてしまっている自分を、いやでも感じざるを得ない。それを、いかにして未来に向けて価値的に開くのか…。(1月20日記す)
2009.01.17
1ヶ月あまり、妻の指が膿んでひどい状態が続いている。聞けば、温泉、しかも硫黄泉が効くらしいのだが、三島周辺には単純ナトリウム温泉が多く、硫黄温泉は限られている。それでも、思い切って箱根の硫黄泉まで車を転がす。西武グループの宿での日帰り温泉だが、これがなかなか効いた。気づかないうちにたまっていた疲労が、内側から噴き出してくるような感じである。しかし、硫黄泉につきものの、汗が止まらないといった過剰なホカホカさはなかった。さすがに、青森の酸ケ湯温泉の比ではないか。(1月20日記す)
2009.01.16
昨日起こった中央大学での惨劇を気にしてか、M氏が「ドラゴンさん、恨まれて死んではなりませぬ」という趣旨のメールをくださる。「怪しい人物がおったら、木刀持って駆けつけますわ」と。あぁ、有り難や。しかし、「人の恨みをかうような人ではない」と言われても、一般的には、正しいことを直言して逆恨みされる可能性はゼロではないよな。今回の事件については、まだまだ真相が明らかになっていないので、それ以上のことは言えないが。
2009.01.15
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日本政治学会編『年報政治学2007-II 排除と包摂の政治学』(木鐸社、2007年)に所収の諸論文を、改めて読む。読みながら、「何のための学問か」を改めて考えさせられる。社会に充満する矛盾や差別や排除。悲惨な状況に置かれて、声を上げることもできない人々。そういう現実の惨状を、どのように認識し、いかに語るのか。見たくない現実を直視し、「痛み」を感じることに耐え続けることが、職業としての政治理論の課題なのだろう。少なくとも、「業界化」との誹りを免れようと思うならば。その重い任に、私の心身と頭脳はどこまで持ちこたえられるか…。
2009.01.15
たまたま妻が録画したという、ささきいさおが登場している NHK の番組を、夜に見る。言うまでもなくアニソンの王者であり、声優でもあり俳優でもあるささき氏は、66歳だという。いつまでも変わらない声。それを保つ秘訣として意外だったのは、常に歌の練習をするのでなく、むしろ仕事がない時には徹底して声帯を休ませるのだとか。それを氏は「放牧」と表現した。すかさず、私に必要なのは「左脳の放牧か」との思いが湧いた(苦笑)。こつこつ努力していれば、必ず何らかの道が開ける――との氏の言葉は、実にリアルであった。(1月15日記す)
2009.01.14
夕刻医者に行き、帰宅すると、妻から標記のニュースについて知らされた。他人事ではない。(1月15日記す)
2009.01.14
土曜日の夜、珍しくパソコンでなくペンで長文の文書を書いたためか、腱鞘炎みたいに腕が痛くなり、サロンパスを貼った。翌日はがしたのだが、それから数日たった今日、夕方になってやたらと腕が痒い。はがした跡が赤くなっているところを見ると、アレルギーかっ。
2009.01.13
冬空に、鋭くも温かく冴えわたる月天子。満月だったのは、昨日か一昨日か。
2009.01.13
刻々と起こり来たる、種々の想念。それらに振り回されるのか、それとも、一切を前に開くのか。
2009.01.13
まるで街ごと、職場ごとが冷蔵庫に入ったような寒さの中、あちこち歩き回って、たまった仕事や課題を1つ1つつぶしていくしかない。先ほども、年末の秩父合宿の交通費精算をやっとし終えた。次年度の教材コピーも少々やったし、日本政治学会への昨年の研究業績の自己申告も、郵送の準備した。これから、2名の学生と相次いで面談である。
2009.01.13
妻にとっては、2度目の三島の冬である。関西ではあり得ない、「冷蔵庫の中にいるような寒さ」だとか(では東北は「冷凍庫」か)。ともあれ、足を冷やすのはよくない。寒さを賢く切り抜けなければ。
2009.01.12
元旦の誕生日、食事中にうかつにもくちびるを(軽くだが)噛んでしまい、そこが口内炎になってしまっていた。1週間以上も治らないので、妻が数日前に薬局で、チョコラBBと口内炎パッチなるものを買ってきてくれた。これが功を奏したか、ようやく治りつつある。体のどこでもそうだが、どんなささいな痛みでも、生活にいちいち影響するものだな。
2009.01.12
ずっとありあわせのカーテンを使ってきたが、以前から断熱・防音・遮光を考えていた。沼津の、国道1号線沿いの専門店に行ったが、この3つの条件を満たそうと思ったら選択肢が非常に少ない。ともあれ、新調することに。仕上がりには10日ほどかかるという。帰りに、生まれて初めて、びっくりドンキーなる店で食事をする。ごくごくたまに、こういうファミレスでハンバーグ類を食べるのも悪くはないが、しかし好き好んで入る類の店ではないな、やはり。(1月12日記す)
2009.01.11
朝、昼と、サンダビーダ要塞に2往復。しばらくお目にかかっていなかった方々にも会えたが…、大恩人 I垣さんからショッキングなことを伺った。やはり学生時代から恩のある M口さんが、去る12月20日に末期ガンで亡くなっていたというのだ。八戸時代に何度か三島を訪れた際、I垣宅に泊めてもらっている私のために、足を運んではご自慢のピザを焼いてくれた M口さん。私が再び三島に定住するようになってからは、かえって私の多忙さゆえに疎遠になってしまっていた。言葉もない。合掌。やはり人とは、会うべき時に会っておくべきである。(1月12日記す)
2009.01.11
レーニンかっ(おいおい)。今後あれこれ、やらねばならないことが山積している。左脳を使い過ぎて暴走することのないように、なすべきことを明確化して、無理のない手順を決めなくては。
2009.01.10
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