2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全74件 (74件中 1-50件目)
「宇宙 スペース No. 1」ならゴーショーグンだが、そうではない。Helen さんが私たち夫婦を招待してくださる中華レストランの名前が「No. 1」というのだ。19:30の約束だったので、それに間に合うように Fumie さんらとバスで出かける。それにしても、ヨーロッパはこの季節ですでにすっかり日が長くなっているのだな。留学時代の感覚など、忘れてしまっている。で、Helen さんを含め4人で中華をいただく。シーフードのディナーにさせてもらったが、あまりの大量さに、とても平らげることはできない。「若いんだから、もっと食べなきゃ」とか言われても、「もう42歳だし、もともと小食なんですけど~」と思わざるを得ない。ともあれ、最後にはお店の人に4人揃った写真を写してもらうのであった。(5月14日記す)
2009.04.30
大学界隈から、書店 Blackwell 経由で、Fumie さん宅へ戻ろうと Prince's St. まで来たが、バスに乗る小銭がない。エディンバラの Lothian バスは、釣銭をくれないのだ。仕方なく、ショッピングモール内の Costa Coffee で一服してジャラ銭を入手し、22番バスに乗り込む。ところが戻って見ると、今夜 Helen さんに招待されている中華レストランにバスで行くのだと聞かされ、「何で one day ticket を買わなかったの?」と詰められる私(聞いてないよ…涙)。仕方なく、さらに小銭を手に入れるため、再び外出。ふと気がつくと、付近にポーランド人の営む小さなショップがあった。入って見ると、お菓子類もドリンク類も、みなポーランド語のラベル。アウシュヴィッツ行きたさに厳寒のポーランドを訪れたのが1991(平成3)年の暮れだったが、いつしかポーランドも EU 加盟国となり、ロンドンのみならずエディンバラにも少なくないポーランド人が定住しているのだな、と思う。そうでなければ、このようなショップはあり得ないだろうから(現に、私の前にレジに並んでいた客と、レジのお姉さんは、ポーランド語と思しき言語で会話していた)。ジャラ銭作りに何を買ったかと言えば、ミネラルウォーターのペットボトルと、ポーランド製ビール Zywiec。かつてポーランドを訪問した際、どんなビールを飲んだか記憶にないが、にもかかわらず何となく「懐かしさ」を感じて、試してみようと思ってしまったのであった。追伸:帰国後、インターネットで調べてみると、「ジヴィエツ」と読むポピュラーなビールなのだとか。(5月8日記す)
2009.04.30
1991(平成3)年留学の初期、エディンバラ大学図書館裏の広大な公園 Meadow を時々突っ切った。その後、何度かエディンバラに来る機会があったものの、こんな春の季節に訪れるチャンスはほとんどなかった。今回、4月末に来たわけだが、見事に八重桜が満開であった。留学時代、授業を担当していたある教員が、「この Meadow の桜が満開になると、日本人留学生は故郷を懐かしがるのよ」とか言っていたものだった。ふと、そんなことを思い出した。そう言えば、私が留学開始時点で最初の1週間を過ごしたゲストハウスや、日本人が経営する小さな日本食材店があったのも、この界隈だったはずだが、歩きまわっても記憶になし。何しろ、18年も前の話だからな。それにしても…、大学およびその界隈の発展ぶりはどうだ。かつて大きな駐車場だった場所には、哲学・心理学の大きな校舎が出来上がっていたし、そのすぐ脇には、かつては存在しなかった大学ビジターセンターなるものがあった。さらに、Meadow と George Sq. の付近には、学生用の新しいアパートが続々建設中だったし、図書館帰りの学生を当て込んでいるとしか思えないスーパーまでできていた。日本は大学の冬の時代だと言うのに、英国の大学の発展ぶりは何を意味するのだろうか?そして、小雨のぱらつく中、David Hume Tower でトイレ休憩。「試験中のため静粛に」という貼紙が、あちこちにあった。(5月7日記す)
2009.04.30
![]()
成田からの飛行機の機内では、頭の中でひたすらゴーショーグンの音楽が流れていたのだが…、Fumie さん宅に移ってから、どういうわけか中森明菜の歌が頭から離れない。それも、歌詞に内容があるとはとても思えない「さよならね」と「銀河伝説」である。今さら、どういうことだ~? (5月14日記す)
2009.04.29
しばらく Fumie さんのホームヘルパーだった Helen さん。私が Ph. D. を取得する以前、何回かお目にかかったことがあったが、もうしばらくご無沙汰であった。今ではもう Fumie さん宅でヘルパーはしておらず、他のお宅に毎日のように仕事で行っているらしい。しかし、週に1度は Fumie さん宅に食事しにくるほか、一緒に旅行したりもしているらしい。ほとんど、家族あるいは姉妹のような関係だ。その Helen さん、私たち夫婦がエディンバラに来るのを楽しみにしてくれていたらしい。もちろん、私の妻と会うのは初めてである。しかし、去年の8月に南仏 Trets に行った時の写真を Fumie さんに送っておいたのだが、それを Helen さんもご覧になり、「早く2人に会いたい」としきりに言っておられたのだとか。そしてこの日の晩、夕食を一緒にするために Fumie さん宅に足を運んでくださったのであった。2000(平成12)年2月、私が八戸最後の日々を過ごしている時に、このお二人が日本に来られた。その折、Helen さんは日本で会う人会う人にことごとく親切にしていただいたようで、日本(人)に対してことのほか(おそらく現実以上に)好感をお持ちである。また、日本の100円ショップがすっかり気に入り、毎日のように買い物に行き、とうとう帰国の際に重量オーバーとなって法外なお金をとられることになった、という笑い話までうかがった。ことはそれだけでは済まなかった。翌日、Helen さんが私たち夫婦をレストランに招待してくださるというのだ。「中華がいいか? イタリアンか?」等々、尋ねられた私たち。結果的には、有難く中華を頂戴することにしたのであった。それにしてもこの夕食時、いささか大量のワインをいただいた。就寝後、夜中に5~6回もトイレに起きることになろうとは、この時点で予測した者は誰一人いなかった…(涙)。(5月14日記す)
2009.04.29
ホテルを11時前後にチェックアウト。タクシーで、20 Lorne Street へ。過去に何度泊めていただいたか分からない大恩人・Fumie Neal さん宅である。考えてみれば、初めての出会いが1991(平成3)年の留学開始の4月だったはずだから、もう18年前の話。そして、お元気な Fumie さんは88歳、米寿であられる。約2年ぶりの再会。大量に持参したさぬきうどんで、早速のお昼ごはんとなった。その後、長旅の疲れが出たのか、ここ数か月の疲労の蓄積のせいか、睡魔に襲われる午後。2時間前後、休ませていただくドラゴン山田であった。(5月7日記す)
2009.04.29
前夜にチェックインした時も、またこの日チェックアウトした時も感じたが、ホテルのレセプションの人の英語はスコットランドなまりである。こんなところにも、1991(平成3)年留学当時の記憶を蘇らせるものがある。これがまた、エディンバラとグラスゴーとでは異なるのであった。(5月7日記す)
2009.04.29
死んだように眠った後、起床。9時過ぎにホテルの食堂へ行き、スコティッシュ・ブレックファスト。基本的にはトラディショナル・イングリッシュ・ブレックファストなのだが、スコットランド産だかの黒いソーセージが入っている。塩辛いベーコンに卵というのは、あまりに定番の英国の朝食だが、それでもこれを食べると、この国に来たなぁという実感が湧く。(5月7日記す)
2009.04.29
飛行機内で快適に過ごすためのグッズとして売られている、ヨックレスト。一体いつ買ったのか、それこそエディンバラ留学に出る時か(メーカーの住所の郵便番号がまだ3桁だから、それ相応の時代だろう)。ふくらませると H型のクッションになり、腰や肩に当てると力が分散されるというが、買った当初から大して効かないと思っていた。それを今回、使用した。渡航直前まできつい仕事が続き、機内で苦しむことが予想されたからだ。しかし、それがかえって仇となった。飛行機離陸後、早い時点から使用を始めたが、やっぱり体に合わない。それを腰に当てていると、背骨に負担がかかるからだ。しかし使うのをやめると、今度は腰と尻に負担がかかる。いずれにしても、苦しむ羽目になった。この旅を最後に、こいつを捨ててしまおうか、と思いついたのであった。(5月9日記す)
2009.04.28
5時に起床。しばらくぶりに引っ張り出したキャリーバッグに、ミニバッグを合体(「ドッキング・フォーメーション」!)。三島駅を6時45分発のこだま号に乗り込んで、パンの朝食。品川で成田エクスプレスに乗り換えて、約8か月ぶりの成田空港に到着。モニターでチェックインを済ませ、海外旅行傷害保険にも入り、出発準備はほぼ完了。それにしても、KLM の手堅いサービスはいつものことだが、やはり機内は狭い。11時15分フライトの KL862便で、約12時間の旅は、決して長いとは思わなかったが、体の置き場がなくてかなり辛いものとなった。乗り換えのアムステルダム・スキポール空港では、疲労が出てほとんどフラフラ状態。そこから、現地時刻18時10分発の KL1289便で、エディンバラまで約1時間20分の旅。エディンバラでは、2年前の新婚旅行で泊った Royal British Hotel に1泊。話には聞いていたが、エディンバラにもトラムを通すため、主要幹線道路が工事中。特に、Prince's St. 界隈はバス路線が大幅に替えられていた。それにしても、4月末のヨーロッパは、すでに日がこんなに長くなっているものなのだな…。チェックインしたら、あまりの疲労に、ひと風呂浴びてダウンなのであった。(5月5日記す)
2009.04.28
皆さま、いつもご訪問いただき有難うございます。今日から数日間、スコットランドに行って参ります。現地はいささか寒いようですが、自身の「原点」再確認の旅にしたいと思っております。帰国は5月4日を予定しております。旅の模様については、いずれ up いたすつもりです。皆さまどうぞ無事故で有意義な黄金週間を。
2009.04.28
連休前、最後の労働である。明日より遠出。さて、エネルギーがどこまで温存できるか?
2009.04.27
夕刻。烈風によって雲が吹き飛ばされた、群青色の空に、浮かび上がる富士山のシルエット。なかなか見事である。マンションの11階から見ると、かなり見ごたえがあった。
2009.04.26
![]()
15年前の1994(平成6)年6月中旬、私はスコットランド・グラスゴーにいた。その3年前に留学していたエディンバラには、新婚旅行で妻を連れて行ったが、グラスゴーには妻は行ったことがない。1994年、ワーズワースの「虹」の詩に触れ、「滝のごとく激しく」という原点を作ったはずだったが、15年もの歳月はいつしか自身の「原点」までも錆びつかせ、風化させてしまうものなのか。いやいや、そうであってはならぬ。迷った時、行き詰った時には、必ず原点回帰すべし。さすれば再び前進を開始できよう。ワーズワースが言うように、感動する心を失ったら「生きている意味がない」。
2009.04.26
午前中から、晴天だが暴風が吹き荒れる三島。私の実家を昨日訪れた妻の両親は、今頃はもういわきを発って東京にいる頃だろう。私は、今日中に決着をつけなければならない2つのものに、事実上のピリオドを打ち、明後日からの遠出の準備に着手。スコットランド行きである。
2009.04.26
昨日のニュースで、いきなり「豚インフルエンザ、メキシコとアメリカで流行」などと報道されて面食らった。これまでさんざん聞かされてきたのは鳥インフルエンザであって、豚インフルエンザなど知らんかった。なのに、80人前後もの死者が出ているなんて…。今のところ、アメリカではカリフォルニア州とテキサス州で感染が確認されているらしいが、どの程度広がるものなのか。9月にトロントとヴァージニアに行く計画を立てている者としては、アメリカ北東部に広がるものなのかどうかが心配である。場合によっては、渡航を見合わせなければならないかも知れぬ。
2009.04.26
昨日は妻が1日ダウンしていたが、今日は私の方が具合が悪い。午後、風雨の中、サンダビーダ要塞からの帰りに久々にデニーズで食事をしたが、コーヒーが凶悪にまずい。飲んだ途端におなかが痛くなったので、何を飲まされているか分かったものじゃない。帰宅途中にスーパーに立ち寄ったら、食肉売り場の前でヒヤリと寒さを感じた。風邪? そうかも知れん。しかし、今日・明日中にケリをつけなければならない課題が、2つあるのであった…。
2009.04.25
妻の両親が今日、私の実家を訪れた。1泊2日の強行軍である。高松から羽田に飛び、そこから上野へ。東北には縁がなかったという妻の両親だから、さぞかし疲れたのではないか? 聞けば、昼過ぎにいわきに到着し、4時頃には私の両親と別れて湯本温泉の宿に入ったらしい。おそらく双方の両親とも、気疲れしたのではあるまいか。しかも、よりによって悪天候だったし。
2009.04.25
4・13から4・24に至るまで、一歩一歩、忍耐の日々だった。休むべき時に「休む」と決断できる自分になったことを、自分で褒めてあげるべきか…。
2009.04.24
![]()
懲りずに下書き。
2009.04.23
昨夜は疲れすぎてなかなか寝つけなかったが、ともあれ就寝。深夜に一度、トイレに起きる。その時、手や首があちこち腫れ上がっていて、やたらと痛痒いのに気づく。夕べ、今年初めて家の中で蚊を見たので、さてはやられたか。洗面所の鏡で顔を見たら、右目のふちまで腫れていて、「こんな所まで刺しやがって」と思い、寝床に戻って蚊取りリキッドをつけた。ところが…目覚ましが鳴って起床して、改めて鏡を見ると、どうも右目の腫れは、蚊に刺されたものではないらしい。無意識のうちに、寝ている間に目をこすってバイ菌でも入ったか。朝食を食べながら、急に目にかゆみが走った。これは放置したらヒサンだ。出勤して、保健室で目薬をもらうドラゴン山田であった。バイ菌で目が腫れてしまうほどに、疲労で体の抵抗力が落ちているということかっ。
2009.04.23
アマゾン・マーケットプレイスで注文していた、Carole Pateman, The Problem of Political Obligation: A Critique of Liberal Theory (Cambridge: Polity Press, 1985)。 原著は1979年刊行だが、1985年版には「あとがき」付きである。
2009.04.22
久々に富士山が姿を見せる、晴天の三島。週で一番凶悪な労働になる水曜日である。今朝は、チョコラBBにコエンザイムにビオフェルミンを服用して出勤。「トリプル・アタック」である(トリプル・ドライブではない)。
2009.04.22
ブンドル局長、なかなかの名言を残している。「ワンパターンも、磨けば光る。」(4月22日記す)
2009.04.21
花は咲き、実がなる。
2009.04.21
大学教員が、学生指導のために研究室に在室する時間を、office hour という。これは、海外の大学にも当然ある。高校までと異なり、職員室があるわけでもなければ、教員が毎日朝から夕方まで学校にいるわけでもない。それが大学という世界である以上、そうした時間を設定することは、学生指導をきちんとするためにも、また教員の「学術者としての」研究時間を確保するためにも、必要だということになる。それはそうなのだが、しかし office hour に来るべき学生が、待っていてもちっとも来ないとなると、これも問題である。掲示で呼び出しても、掲示そのものを見ていない(あるいは発見していない)ことが多々あるし。教員は教員で、その時間はまとまった仕事をするわけにもいかず、待ちぼうけとなる(まぁ、その時間をどう有効利用するかは、教員側の才覚だが)。これで、各種手続きの締め切りに間に合わなかったら、学生自身の責任になるんだけどなぁ…。
2009.04.21
また激しい1週間が始まる。1日1日を上手に生きないと、過労に負けてしまう。朝、チョコラBBとコエンザイムを飲んで出撃。疲労への言わば「2段攻撃」である。まぁ所詮、いかに力まずに仕事量をこなすかの問題なのだが(汗)。
2009.04.20
ある記事に出ていた「燃え尽き症候群」。いつの間にか、自分もそうなりかけていた。「電池切れ」である。そうならないで仕事ができる自分になる――所詮、自分が変わるよりない。
2009.04.19
ひたすら死んでいたドラゴン山田であった。もっとも晴天とは言っても、買い物に行った妻の言では、風が強く、日陰は寒かったとか。本来だったらこの週末、小山町の富士霊園に桜を愛でに行こうかと話していたのだが、すでに14日の時点で満開だったというので、断念。その上に、私の過労が重なった。やれやれ、である。
2009.04.19
幻の、劇場版『戦国魔神ゴーショーグン』を、昨日・今日とで観る。TV版のダイジェストであり、しかも最後はあっけない終わり方ではあったが、1980年代初頭のパロディ文化の産物であることはよく分かった。音楽集レコード(およびCD)として、ビクターレコードからTV版と映画版とが出ていたが、名曲「トリプル・ドライブ」はしっかり劇場版でも使われていた。これを劇場で聴いた、1982(昭和57)年当時のファンにとっては、涙ものだったことだろう。
2009.04.18
ひどい1週間だった。あまりにも、酷い1週間だった。月曜日にのどを痛めたのを皮切りに、集約労働の日々が続き、特に水・木・金は「大我慢大会」の連続であった。今日、休めたとはとても言えない。無理をせずに、価値的に、そしてきっちり仕事で結果を出す、そういう毎日であるためには、「智慧」が要る。
2009.04.18
靴が足に合うかどうかで、疲労度が違う。しかし、しばらく靴に投資してこなかった私。いいかげん、それではまずいと思い、清水町の ETERNA に午前中車を飛ばす。Yonex のシューズを1足購入。弾力性に富み、足にかかる負担が著しく低い。こりゃ、ええわ。で、帰宅して、古い靴3足とオサラバしたのであった。
2009.04.18
死ぬほど疲弊した状態で起床し、寒い東京で労働した。そして、消耗しきって三島に戻った。それにしても、この寒暖の差は、いったい何だ?
2009.04.17
「のどが痛くて声が出ない」というなら、ある意味で救いがある。単なる物理的な問題と言えるから。しかし、「言葉が紡ぎだせない」となると、これはかなり酷な問題だ。心身ともにノーマルじゃない、かなり追い詰められ消耗している、ということになるからだ。それを見抜かれたのか、大先輩の T内氏からは「死ぬなよ」と言われ、Y口氏からは「共に頑張ろう」と激励を受けてしまったドラゴン山田である。
2009.04.16
やはり、今年度(前半)の水曜日は過酷だ。翌朝の今朝は、起床するのが「戦い」だった…。
2009.04.16
「帰ってきたドラゴン山田」というか、「ドラゴン山田G」というか、「復活のドラゴン」というか、「ドラゴンZ山田」というか―― at サンダビーダ要塞。心に「牙」を持つ者は「王」者か。(4月16日記す)
2009.04.15
昨夜は風雨だったようだが、朝は曇りから徐々に晴れ、昼にはすっかり青空になった。それにしても、一昨日からのどが痛い。新学期だから仕方ない、宿命的なことなのだが。夕べあたりからは、何かを飲み込んでも痛むようになった。今朝は同僚から「体調悪そうですね」と言われてしまう。今年度、水曜日はもっとも過酷な1日となる。いかにエネルギーを消耗させないかが勝負だ。
2009.04.15
年度替りには、集中していろいろな書類の提出を迫られるものだ。ここ数日、パニック寸前だったが、何とかひと段落。
2009.04.14
朝から曇り空ではあったのだが、雨が降り出してはいないはずだった。9時半過ぎだったか、何か変な音がするなぁと思い、窓の外を見てみると…信じられん、一瞬のうちに土砂降りになっているではないか。しかし、それが続いたのはいったいどのくらいの時間だったのだろう。10時15分前くらいには、すっかり小降りになっていた。土砂降りに「なった」のも一瞬なら、土砂降りが続いたのも一瞬だったのか。
2009.04.14
私は小~中学生時代、手も小さく、腕や肩の力も弱く、バスケットボールのボールを片腕で投げることができなかった――妻との会話で、そんな話題になる。すると、妻が手を広げて「オクターブ」と言った。オクターブ? はぁ? 何のことだ? 妻が手を広げている様子から考えると、手の大きさのことを言いたいのだろうと想像するが、何でオクターブなのだ?私が頭に浮かべたのは、オタマジャクシの並んでいる五線紙だ。低い「ド」から高い「ド」まで1オクターブ。しかし、普通に印刷されている五線紙を考えれば、手の大きさよりはるかに小さいはずだ。手を大きく広げて「オクターブ」と言うからには、よほど線の間の間隔が広い、拡大印刷した五線紙なのだろうか?などと考えていると、妻の頭にあったのは五線紙ではなく、ピアノの鍵盤なのだそうな。小学校に長く勤務していた妻からすれば、オクターブとくればピアノであり、1オクターブ分届く手の大きさ・指の長さの話であるのは「当然」のこと。それを、夫はまさか五線紙のことだと考えていたとは想定外だ、と…。それを聞いて、腹を抱えてしばし笑いが止まらなかった私であった。(4月23日記す)
2009.04.13
出勤すると、メールボックスにナカニシヤ出版から書籍が。開けてみると、九州大学の施光恒さんから新著の贈物であった。・施光恒/黒宮一太編『ナショナリズムの政治学――規範理論への誘い』いつもいつも有難うございます。勉強が追いつかない自分が恥ずかしいです(汗)。(4月14日記す)
2009.04.13
やはりいたく疲労するのであった(涙)。
2009.04.13
手遅れにならないうちに、医者に行けということか。「何でこうなるまで放っておいたの?」とか言われたくないしなぁ。しかし、新年度も始まってしまったし…なかなか悩ましい。
2009.04.13
![]()
ケン太少年の12歳の誕生日に、ビムラーエネルギーが第3段階へ。ゴー・フラッシャーは黄色から緑色に変わり、それを浴びたメカは、「戦いたくない、自分は戦うために作られたんじゃない、戦うくらいなら死んだ方がましだ」との「心」を持ち、自爆(自殺)する――。そして、彼が13歳になった時、ビムラーは第4段階=完成を迎える。その時、人と機械との関係は…。『戦国魔神ゴーショーグン』第22話「浮上 地底からの謎」であった。
2009.04.12
1989年――私自身にとっても、重い意味を持つ年である。それから20年。NHK衛星第1で、過去に放映した番組を「シリーズ1989年以後の世界」という形で再放送してくれたおかげで、妻の協力を得て可能な限り録画し、ようやく DVD-R 化にまでこぎつけた。録画したのは以下の通り。・「証言でつづる現代史 こうしてベルリンの壁は崩壊した」(前・後)・「ポーランド 民主化交渉の舞台裏」・「ロシアの新興財閥」(前・後)それにしても、便利な機械は、その便利さゆえに複雑であり、使いこなせたものではない。少なくとも、定期的にいじっていないと操作を忘れるものである。
2009.04.12
前々から懸案だったのだが…、9月にカナダ・トロントと USA のヴァージニア・シャーロッツビルに行く用事がある。なかなかスケジュール調整ができずにいたが、「もう、決める!」と決意し、少なくともまず航空券をおさえるべく日程を決めた。あとは、宿だ。2か所とも初めての土地だが、特にカナダは初訪問の国である。
2009.04.12
ニュースで見たが、青森リンゴが大量に廃棄されるのだと。傷がついたりして商品にならない大量のリンゴ。そんなバカなっ、なぜ捨てる? ジュースなどにすればよいではないか! どこが「エコ」だ?(4月12日記す)
2009.04.11
場所によっては夏日になったという今日。家に閉じこもって学会発表の準備に追われているのだが、いかにも不健康だ。16:00過ぎ、妻と共に散歩に出る。数年間住んでいながら通ったことのない道を歩き、思わぬところにつながっていることを知る。西旭ヶ丘のケーキ店でレアチーズなどを買ったり、ドラッグストアで DVD-R をせしめたり。意識して歩くことで、足腰が楽になる。日の光を浴びれば光合成もできるし(クロロフィルでもあるのかっ)。(4月12日記す)
2009.04.11
![]()
報道の力は、巨悪を倒せるか――『戦国魔神ゴーショーグン』第20話「宇宙中継これがドクーガだ」の問いは、現代のジャーナリズムにとっても重い。それにしても、1981(昭和56)年の作品で語られた2002年は、ロボットやメカを宇宙に飛ばす面では現実の2002年より先に行っていたが、情報面では現実より劣っている(IT革命など、想定されていない)。奇妙な感覚である。
2009.04.10
ダンダンダダン(苦笑)。新学期、最初の東京での仕事を終え、15時に神保町へ。10年来お世話になっている、H出版局の Oさんと、久々にお目にかかり、貴重な時間をいただいて種々懇談していただく(いつもブログを見てくださり、有難うございます)。その後、1人水道橋駅から JR で東京駅へ。着いた時にはほとんど17時。気がつけば走り出していた私。新幹線改札に至った時には、17時02分。三島に停車するひかり号の発車は、17時03分。間に合うか? ダッシュ! ダッシュ! 滑り込みで間に合ったのであった…。
2009.04.10
全74件 (74件中 1-50件目)