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T木氏から、私の大恩人・I垣夫妻が引っ越されたとの情報が入ってはいたのだが…、今夜サンダビーダ要塞でたまたま、I垣氏の奥さんと出くわす。転居先は比較的近くである。しかし、29年間住みなれた場所よりの転居はなかなか困難を極め、まだ作業が終わらない様子。帰宅後にはご主人と久々に電話で話した。落ち着いた頃に、お邪魔せねばなるまい。それにしても、三島を離れていた東京時代や八戸時代、どれだけ I垣宅に泊めていただいたことか。また、行き詰った時、どれだけあのお宅で激励を受けたことか。いかにご恩返しをすべきか?
2009.06.30
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伝説巨神イデオン総音楽集の CD がっ!
2009.06.30
朝から、富士方面に車で出張である。起床してからずっと体が重かったものの、いざ出撃してハンドルを握れば、別人のようになる。幸い雨もやみ、比較的早めに三島に戻ることができた。なお、長距離を車で走る場合、ほぼ常に大型トラックの後塵を拝することになるパターンは、昔も今も変わらない(汗)。
2009.06.30
先週、今週と、複数の同僚から「ヤマダさん、入院してたんですか?」と尋ねられる。いやいや、三島を離れて静養してただけですよ。「入院している」などという噂にでもなっていたのだろうか…??
2009.06.29
何があろうとも、また、何がなかろうとも、信義には信義で、真心には真心で、応えるよりない。誠実であることはたやすいことではないが、それを貫き通すことはさらに容易ではない。デン・ノッホ(にもかかわらず)、未来の夜明けを信じて…。
2009.06.29
神経が疲れているようだ。肩も背中も鋼鉄のように堅い。「繊細」なのか、それとも単に「神経質」なだけなのか。「生真面目」なのか、それとも悪しき「心配症」でしかないのか。ともあれ、今月中旬に下部温泉で「湯治」したからこの程度で済んでいる、と考えるよりない。
2009.06.29
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昨日までは、全国各地で真夏日・猛暑日と言われたが、今日は雨。窓を開けると、風が肌寒くすらある。曇天の日曜日にガイキングの CD を聴きつつ、秋の学会準備を少々行う。何せ、報告要旨を今月末までに学会の HP を通じて提出しなければならないのに、今日に至るまでやっていなかったから。800字以内というのは、なかなか容易ではない。
2009.06.28
ちょっとした力仕事を手伝いに、夕刻、隣町の I氏宅まで行く。力仕事の後に少々語り合った――何はともあれ、まずは自分自身が、どうするのか「決める」こと、そして今いる場所でなすべきことを「やりきる」こと。これが、人生開拓の方程式である、と…。
2009.06.27
夕刻、ちょうど出かけようとしていたところに来客が。それ自体は仕方ないのだが…しかし、「他者への想像力」があまりにも欠落しているのには、辟易する。こちらの状況を尋ねることもなく、いきなり自分の用件をダーッと話しまくる。「今、お時間大丈夫?」の一言もない。夕暮れ時だから台所のガスコンロでもついていやしないか、等の配慮もない。それで、「大事な用件」のはずのことを一方的に延々と玄関先で語られ、こちらはひとしきり話を聞かされた挙句、最後にやっと「今から出かけるところです」と言える始末。しかも先方は、そんなに「大事な用件」を伝えに来ているはずなのに、実際にはロクな準備がなされていない。要するに、自分が言おうとしていること、自分が今なしている行為、その意味が自分でまるで分かっていないと考えざるを得ない。おいおい、そんなんじゃ「敵」を作るだけだろうが。「人の振る舞い」は、どこへ行ったのだ? こんなことが毎回続くようであれば、どんなに当人は「一生懸命」のつもりでも、結果的に「お遊び」以下ではないか。人の上に立つ者であるならば、自分が空転していないかどうか、常に自戒する精神闘争をせねばなるまい。それなくして、人の善意に甘えて寄りかかるのでは、そこから生じるのは「価値」ではなく「悪」だと言わざるを得ない。ま、それで「怒った」ら、こちらの負けだがな。
2009.06.27
15年か。当時、病を患った状態で日本を出た私は、ロンドンの知人宅に居候する一介の貧乏学生であった。この事件のことを、私はどうやって知ったのだったか、記憶が定かではない。翌1995(平成7)年の地下鉄サリン事件の場合は、阪神淡路大震災と同様に、それこそ BBC が連日トップニュースで報道し、否でも応でも知るところとなったが。
2009.06.27
夏休み前の東京の仕事も、あと数回を残すところとなった。6月最後の金曜日。東京は夏日である。
2009.06.26
前々から懸案だった運動不足、およびその解消のための手立て。妻が通っている料理教室の先生が山好きなことから、トレッキングシューズを買うことを検討していたが、今日ようやく実行に移した。清水町のアウトドアショップ・Swen に行き、イタリア製のシューズ Sirio を購入。靴を買うための、より正確な足のサイズの計測に始まり、歪んだかかとの骨を矯正するインソール、果ては足の負担を軽くする靴下に至るまで、初めて目にする世界ばかりであった。ちなみに、妻の買ったシューズは、私のものの約2倍の値段。今年の誕生日プレゼントはこれであった。
2009.06.25
1日平均アクセス数が、しばらく172で止まっていた後、ついに171に下落した。これも、遠からずそうなるだろうと予測したことだが。何せ最近の更新は(も?)、不作ばかりだからな…。
2009.06.25
朝から日中、そして夕刻、夜に至るまで、汗だくの1日。着がえることもままならなかった。深夜に風呂に入っても、汗疹は簡単にはひかないのであった。
2009.06.24
今日のニュース2つに、無知ながら種々考えさせられる。・冤罪であることが明らかになった「足利事件」。東京高裁が今日、再審開始を決定。ただし、冤罪が生み出された原因究明は、なされないことに。・本日、沖縄戦64年の慰霊の日。それが、冤罪に陥れられた「個人」であれ、戦争という大状況に放り込まれた「一群の人々」であれ、そこに共通していると思われるのは、地獄を見せられた人々の真実の声が沈黙させられること、逆に言えば、真実の声に誰も耳をかそうとしないこと、ではなかろうか。「聴く」ということの重要性を、ますます感じざるを得ない。ふと脳裏をよぎったのは、ジョージ・オーウェルの『1984年』を引用していた日高六郎『戦後思想を考える』(岩波新書、1980年)であった。今は村上春樹氏の『1Q84』がブームらしいが…。
2009.06.23
朝から車で、富士宮方面へ出張。帰宅したら、スリッパが夏ものに替っていた。足もとも「衣替え」である。
2009.06.23
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久々に職場に出勤すると、大量に郵便物がたまったメールボックスの中に、昭和堂からの書籍小包が。おぉ、いつもお世話になっている名古屋大学の田村哲樹氏の近著『政治理論とフェミニズムの間――国家・社会・家族』であった。以前、ご本人より、近著を出されるお話は伺っていたが、私の留守中にすでに届いていたとは。日本の政治理論において、重要な一書となるはずである。田村さん、誠に有難うございました。
2009.06.22
夕べ(正確には今日の未明)に録画した、NHK世界のドキュメンタリー。今回は、1989(平成1)年以降のルーマニア。正直なところ、ルーマニアの「民主化革命」については、ティミショアラの事件とチャウシェスク夫妻の銃殺といった流血の事態となった、ということ以外に満足に知らなかった。実際には、誰が仕掛けたか分からない銃撃戦、およびその後の改革派政府に顔を並べた旧共産党の政治家たち、等々、「市民革命」どころか「チャウシェスクを見限った旧共産党に盗まれた革命」かも知れないとは。しかも、その真相が、20年を経た現代でも明らかにされていないとは…。なかなか濃い内容であった。(6月22日記す)
2009.06.21
5月3日の、アムステルダム・スキポール空港でのことを。
2009.06.21
留守中に録画しておいた、BS海外ドキュメンタリー「ユーゴスラビアの崩壊」(全6回)。もともと英国でこの番組が放映されたのは、私がシェフィールドにいた1995(平成7)年らしい。いつ観るかは問題だが、HDDレコーダーの容量を大きく占めてしまっているので、DVD-R に落とす作業を午後に行なった。いかに自分が知らないことが多すぎるか。改めて、きちんと腰を据えて勉強したい。20世紀とは、いったい何だったのか…。
2009.06.20
「偵察」というか「斥候」というか「諜報」というか…、三島市内のカジュアルなフランスレストラン・おんふらんすに、妻とランチを食べに行く。誰か遠方から来客があった場合、連れて行けそうかどうか試したわけだが、まぁ悪くはなかった。ちなみに、どうしても正しい名前が覚えられず、「おフランス」とか「ラ・フランス」と言ってしまう私であった(汗)。
2009.06.20
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面白くて読み進めた、塩川伸明『民族とネイション――ナショナリズムという難問』(岩波新書、2008年)。知らないことが多すぎる。特に、歴史的事実をきちんと踏まえることの重要性を改めて痛感している(それをないがしろにしてきたつもりはないが、しかしやはり圧倒的に不十分だ)。(6月20日記す)
2009.06.19
午前中は曇りだったが、午後は夏日になった。(6月20日記す)
2009.06.19
梅之屋の毎日の美味しい食事でも、特によかったのは地域の産物だ。きゅうりしかり、大きななめこしかり…。若旦那が夕飯時に教えてくれた、JA富士川(中富生産物直売所)に、車で立ち寄って買い物をしてから、三島に戻ることにした。買ったのは、何と言っても味噌汁用のなめこ、宿でも出された刺身用の青のり入りコンニャク、蜂蜜入りのねりくるみ、等々。あとは曇天の下、延々と身延線沿いを走り、富士宮~富士~沼津~三島であった。1週間弱留守にし、郵便受けが一杯であったことは言うまでもない。(6月28日記す)
2009.06.18
5泊お世話になった梅之屋で、最後の朝食。さすがに湯あたりを気にして、私は朝風呂には入らなかった。食事の後、精算。予想よりも安く済んだ。宿の女将さんは、よほど私たち夫婦を気に入ってくださったのか、下部温泉の水のペットボトルと、とうもろこしをくださった。八戸ナンバーのアコードワゴンを駐車場から出す時には、若旦那みずからオーライオーライとやってくれた。次に来るのはいつの日か。(6月28日記す)
2009.06.18
うわぁ、皆さま、留守中にご心配をおかけしました。留守中のことはいずれ up いたします。
2009.06.18
やはり夕べ、携帯の電源を切った後に、Y野氏から電話があったらしい。夜、こちらからお電話する。志高く、新たな道を開拓すべく、すべてに渡って瞠目すべき努力をなさっている Y野氏。しかし、その志の高さゆえ、ぶつかる壁もまた、一般の人にはなかなか理解しがたい。私のような者がどこまでお役にたてるのか分からないが、「湯治」している身ながら精いっぱい、彼の話を聴き、また私なりに語れることは語らせていただいた。こういうまじめな方こそ、最後には勝利して欲しいと願わずにはいられない。(6月28日記す)
2009.06.17
NHK『ためしてガッテン』が、うつ病の問題を取り上げたのを、宿の映りの悪いテレビで見る。うつ病は「心の風邪」だ、と世間一般で言われているのが、思わぬ誤解を与えているというのだ。かつて、うつ病は精神病とごっちゃにされ、医師の診察を受けることも、また自分がそうした病にかかっていると認めることも、ためらわれたのが日本社会だったろう。そうではなく、「誰でもがなり得る病気だ」ということを分からせ、また医者の敷居を低くするため、「心の風邪」という表現を使ったのだろう。ところがそれが逆に災いして、「風邪なんだったら、早く治るはず」という誤解を招いた。そして、多くの種類の薬を服用しても、「ちっとも治らない」と焦り、却って悪化するケースが少なくない。「心の病気」は、必ず治る病気だろう。しかし、「すぐに」など治るもんか。家族も職場も社会も、個人に対して「時間をかけて治す」ことを許すような環境にならないといけない。自分を責め、焦るまじめな人ほど、悪化する病なのだから。(6月28日記す)
2009.06.17
午前中、知らない電話番号から携帯に着信があったのを気にはしていたのだが…、夕刻その同じ番号からまたかかってきたので、出てみると、思いもよらない内容の電話だった。クレジットカード会社からであるが、今朝(深夜)に私のカードでアメリカのネットショップでの買い物が試みられ、シャットアウトされた、という記録が残っているというのだ。当然、インターネットを使わない環境で湯治している私が、クレジットカードを使うはずもない。カード会社によれば、私のカード番号が盗み取られている可能性が大であるというのだ。その、カード会社からの電話というもの自体、実は偽装電話かも知れないとの思いもよぎり、基本的には三島に戻ってから改めてこちらから連絡することにして電話を切った。しかし、要するに、このカードを破棄して、新たにカードを作り直す必要があるため、緊急に今のカードを使用停止にするということだった。ネット社会の暗黒面が、自分の足元にも現実にやってきた。やはりクレジットカード使用は、店員の目の前で本人がサインして初めて効力をもつという昔のままの方がよかったのではないか、とすら思えた。(6月28日記す)
2009.06.17
湯治につきものとは言え…、妻が湯あたり気味である。1ヵ所に5泊するというのは、妻にとってはいささか長すぎたか。下部最後の一日、気分転換に、再び下部川沿いをテクテク散歩。そして、前日に妻が忘れ物をした下部ホテルまで行き、置き忘れた洗顔パウダーを回収してきた。近くの橋を渡ったら、センサーが反応して、「どこかで春が生まれてる~」のメロディーが流れたぞ。宿に戻って、ロビーでコーヒーをすすりながら、そこにある書棚の中の本を読む、というパターンもできた。妻は手塚治虫『アドルフに告ぐ』、私は五木寛之のエッセイ『生きるためのヒント2』である。(6月28日記す)
2009.06.17
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温泉宿にしけこむために、持参したコミック『地球へ…』。私が中学時代だかにアニメ化され、劇場で上映されたことは、当時の雑誌などで知っていた(観たことはないが)。しかし、竹宮惠子氏の原作マンガを読んだことはなかった。原作が1977(昭和52)年~1980(昭和55)年に雑誌に連載されたものであること、およびその『地球へ…』が比較的最近、テレビアニメとしてリメイクされたこと、そのようなことを知る由もない私。このコミック自体、妻が実家から持ってきた新版であり、その第1巻を今回持参したというわけだ。ソルジャー・ブルーなどという名前には記憶があり、懐かしさもなくはなかったが、ストーリィについては予備知識がほぼ皆無。しかし、いったん読み始めると、あっという間に読み進めてしまった。そしてつくづく痛感したのは、私が1980年代前半(中学・高校時代)にはまった SFアニメーションの物語のモチーフが、直接・間接にこの作品にあるのではないかということ。また当時、SF好きの人間であれば共有して持っている「常識」というものがあり、この作品もまたそれを踏まえていたのではないかということ。そして、特定の作品のディープなファンになることはあっても、SFそれ自体のファンでは決してなかった私は、そうした「常識」を共有せずに好きな作品だけ観ていた、という冷厳なる事実…。それこそ『ザブングル』にしても『ダグラム』にしても、あるいはJ9シリーズにしても、事前に『地球へ…』を読んでいれば、すでに何らかの形で竹宮氏が(あるいは当時の SF作品一般が)語っていたモチーフなり題材なりが用いられていることに気づいたかも知れない。もちろん、それらの作品が直接的に『地球へ…』の延長線上にあるなどと言うつもりはない。しかし、今頃になって改めてこの作品に接することによって、かつて(今も?)自分が観てきた作品が、どんな位置づけになるのかが分かるような気がし始めた。そう言えば高校時代、SFファンの同級生らはやたらいろんなことを知っていたし、いろんな作品を読んだり見たりしていたなぁ。人口問題、環境問題、移民、宇宙の広がりと人間の内面、言語を介さずに「分かりあう」ということの両義性…。さて、全3巻を読み切るのはいつの日か。(6月28日記す)
2009.06.16
温泉宿に連泊しているというのに、他の温泉施設に日帰り入浴に行くというのは、アホな話だと思われるかも知れないが…、下部温泉駅近くの下部ホテルのお湯に入りに行く。民宿や旅館が多い下部の街で、ほぼ唯一ホテルらしいホテルである、この下部ホテル。私が子供のころ家族と下部温泉を訪れた時にも、このホテルは存在した(泊ったことはないはずだが)。駅ホーム近くの金網のフェンスに「下」「部」「ホ」「テ」「ル」という看板が並んでいて、それを旅の終わりに身延線の車窓から見たのが、記憶の底から蘇ってくる。内装は当然リニューアルによってきれいに改装されているのだろうが、私の医師が言っていた通りに石原裕次郎ゆかりの宿らしく、彼の写真館なるものが館内にあった(『太陽にほえろ』関係の写真は見当たらなかったが)。大浴場には、ぬるめの硫黄泉の源泉と、加熱してある温泉と、2通りの湯船があった。泊っている宿の温泉風呂も悪くはないのだが、明るさと開放感では、やはりホテルにはかなわない。(6月26日記す)
2009.06.16
夕食後、宿の若旦那が、車で私たちを、ほたるの里へと案内してくれる。19:45頃に宿を発。10分ほど車を転がして、山道を抜けたところにある、一色川という小さな川のほとり。本来この時期は、見事なほたるの光が見えるはずなのだそうだが、前日はほたるより観光客の方が多かったらしい。平日の今日は、人は少なかったが、風が少々強く(人間にとっては「少々」でも、ほたるにとっては「台風並み」らしい)、ほたるは本当にチラチラとしか見えなかった。それでも、こうした時間を過ごすことの大事さだけは感じた。ちなみに、宿の若旦那のお子さん2人も一緒であった。小学校へは、身延線のローカル線で通学しているというから、なかなか大変だ。小学生の数も少ないに違いない。(6月22日記す)
2009.06.15
下部温泉3日目。文字通り、湯治である。例の片頭痛はここ数日、13時から15時あたりに集中的に襲ってくる。いったい何なのか。湯治を終えたら、東京にある職場の検診センターにでも行って見てもらうべきか。ともあれ、風呂に入っては寝る、の繰り返しなのだが、宿のベッドが硬くて、これもなかなかしんどくはある。(6月22日記す)
2009.06.15
そばの昼食を取った後(食事中は雨となったが)、下部川沿いを、下部温泉駅方向に向けて散策する。しかしその間、片頭痛がひどくなる。そもそも、2日前(金)の昼ごろから出始めた片頭痛だったが、静養に来ても治らない。散策を終えて宿に戻ろうとした頃(14:00頃か)には、10~15秒おきに左の後頭部に電流が走るような頭痛となり、宿にたどりついた時にはへとへとになっていた。しかも悲惨なことには、下部温泉の水で美味しいコーヒーが飲める宿のロビーで一服していると、頭痛に神経が引っ張られるように左目がおかしくなった。まともに目を開けておられず、涙さえ出てくる始末。当然、部屋に戻ってダウンするよりない。なぜだ~?(6月25日記す)
2009.06.14
かつて小・中学生時代、親子で旅行する時には、宿代を安くするために民宿を多用したものだった。30年も前になるだろうか、この下部温泉にある民宿・おおしま荘に、2回ほど宿泊した記憶がある。その記憶をたどって、下部川沿いを散策しつつ行ってみる。はたして、現存した。しかし、宿泊客がいるのかいないのか、閑散としている。しかも、かなりのさびれようだ。敷地内に釣り堀があり、大きな魚がひっかかって、私が危うく池の中に落ちそうになった、あれは小学3年生の1975(昭和50)年だったろうか…と記憶を追う私。だが、残念なことに、懐かしさというものがほとんど感じられないのであった。(6月22日記す)
2009.06.14
朝食後、宿のトイレでやぶ蚊にさされた。それも、ひどい腫れ方である。山間の温泉宿にいるやぶ蚊の毒は、やはりなかなか強烈で、非常に痛痒い。ムヒを塗っても、気休めにさえならない。当初、4ヵ所かと思っていたが、5ヵ所であった(涙)。(6月22日記す)
2009.06.14
白糸の滝から本栖湖を経由して、15時前に下部温泉の宿・梅之屋に到着。ここでこれから5泊の「湯治」。車で下部温泉駅の踏切を渡る瞬間、幼い頃の遠い記憶が蘇る気がした…。幸い、よい天気である。夕食は、離れの「うぐいすや」という食堂でだが、驚いたのは、若旦那のこだわりで、使用しているお米が「福島県の浜通り産」と書いてあったことだ。思わず若旦那に、自分がいわき市出身であることを告げてしまった。ここのお米は、同じ浜通りでも浪江の産らしい(山梨県にきて、こんなローカルな話題になるとは)。わざわざ向こうまで仕入れに行くのか、しかも車で。福島県出身者の私も驚くくらい、おいしいごはんである。ガスの釜で炊く炊き方が、流石の腕なのだろう。ちなみに、1杯だけ飲んだ生ビール・ハートランドも、やたら美味しく感じたが、長距離運転の後だったからか?(6月21日記す)
2009.06.13
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下部温泉に行く途中、妻の要望もあり、富士宮市の白糸の滝に立ち寄る。私がここに訪れたのは、大学に入学した1985(昭和60)年、新入生遠足の時だったから、実に24年ぶりということになる。少子化が深刻になった10年前頃からならいざ知らず、すでに24年前から新入生の遠足があった大学・学部なのだから、良くも悪くも「先駆を切っていた」というべきか…(汗)。白糸の滝と、反対側にある音止めの滝。音止めの滝の方には、滝壺に虹がかかっていた。水、緑、そして清水町のおむすび屋でせしめてきたおいしいおにぎりのランチ。自然に抱かれるとホッとするのは、やはり人間のナチュラルな感覚なのだろう。折にふれて、そうした機会を意識的に作らないと、本当に人間らしさを失った「魂なき専門人」になってしまうかも知れない。折しも、車の中で流していた CD は、さだまさしの1992年コンサート『さだまさし白書』(シェフィールド留学時代、テープでさんざん聴いていた)。例の「お父さんとポチ」を久々に聴きつつ、あれこれ考えながらハンドルを握るドラゴン山田であった――。(6月21日記す)
2009.06.13
前々から医師より、日常を離れてゆっくり静養することを勧められていた。しかし、変にまじめな性格が災いして、仕事を休んでまで静養することはついつい良心がとがめ、我慢してしまいがちであった。だが、この6月は思い切って「勇気」を出し、18日(木)まで5泊6日の日程で、山梨県の下部温泉で「湯治」することにした。こういう「勇気」は、時として大事なのだろう。サボるのでも、現実から逃げるのでもない。さらなる仕事をするため、自分自身をしっかり回復させるための exodus なのだ、と自分に言い聞かせた。また、そういう「勇気」を奮い起こせる自分になったのも、一歩前進かと。カーナビもつけたことだしな。下部温泉――小・中学生の頃、家族と何回か行ったことのある温泉街だが、最後に訪れたのはいったいいつだったか。今回は、30年ぶりぐらいではないか?(6月21日記す)
2009.06.13
ゲル結界じゃあるまいし。しかし、東京での仕事中、午後から片頭痛に悩まされるようになった。三島に戻っても、容易に治らない。メールを書くなど、何かに集中している時は忘れるが、ひどい時には10~15秒間隔で、頭の左側の特定の部分に電流のように痛みが走る。まぁ、頭が悪いのは今に始まったことではないが、それにしてもうっとうしい痛みではある…。
2009.06.12
東京での仕事を終えて、三島に戻ったが、考えてみれば太陽光線がさんさんと降り注ぐ時間に東京から戻るというのは妙な具合である。しかも、梅雨入りしたばかりというのに、こんな晴天の夕刻でいいのか? まぁ、じめじめしているよりははるかにましだが。
2009.06.12
ひところは、このブログの1日平均アクセス数が急上昇したころがあった。いつの間にか160を突破し、170、171…ときたが、しかし172で止まって久しい。確かに、ここしばらくは満足な内容の日記更新とは言えなかった(一応、毎日何かしらは書きこんでいるのだが)。遠からず、171に下落するのではないか? 少なくとも、173に上がることは考えられない。
2009.06.11
紛失しても、必ず発見できる。以前からそうだったし、今日もそうだった。皆さん、お騒がせしました。
2009.06.11
最終的には、自分の判断を信じるよりない。「何のためか」「誰のためか」を熟慮した結果であるならば。マンハイムが指摘する「実質的非合理性」に陥らないためにも、また自身を不必要に追い詰めないためにも…。
2009.06.11
新型インフルエンザ、南半球でもヒトからヒトへの感染が広がりつつあり、世界的なパンデミックが近い――と WHO が示唆。静岡県内でも、感染拡大の話がちらほら出てしばらくになる。必ずしも社会的パニックになるとは限らないが、ともあれ日々の手洗い・うがいといった、個々人ができる地道な予防策は欠かせない。
2009.06.10
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手にしてからしばらく放置してしまった、大前研一氏『「知の衰退」からいかに脱出するか?』(光文社、2009年)を、病院での待ち時間に改めてひも解く。これまでビジネス書の類には、とんと縁のなかった私ではあるが。
2009.06.09
ついに梅雨入りか。しかし、今日の午前中の時点では三島は曇りで、今のところ雨は降り出していないが。
2009.06.09
今日は、秋葉原通り魔事件より1年、池田小学校での児童殺人事件より8年という。6月8日という日に、凶悪事件が重なっているとは…。
2009.06.08
はやはり大事だ。我慢して無理をしても、それは続かない。ペルソナで元気な「ふり」をするのでなく、本当に元気に「なる」のが理想だが、そう簡単には行かない以上、周囲に状況を少しでも正確に知っておいてもらうことだ。
2009.06.08
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