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2泊3日の研究合宿で、大阪である。三島→浜松→新大阪→大阪→新今宮→天見。合宿所は、天見駅前の南天苑。(9月4日記す)
2009.08.31
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出口調査のレベルでは、民主圧勝のようだな。それにしても、例によって選挙開票番組を、面白おかしくやっているなぁ。昔から「こんなノリで、いいのか?」と思っているが…。さて、今回の結果と、1993(平成5)年政変の場合との、異同が問題だ。
2009.08.30
果たして、どこまで本当に「政策」を競う成熟した選挙になるか…?
2009.08.30
中森明菜ではない。9月中旬、喜寿の両親を富士五湖へと案内する予定だった。宿もすでに河口湖畔と山中湖畔におさえ、あとは両親が三島まで来る JR 券を手配するだけになっていた。ところが、今日電話で父と話をしたら、「キャンセルしたい」と言われた。昨日から今日にかけて、新型インフルエンザのピークが9月から10月になるだろうと報道され、わざわざそうした時期にいわき市から JR を使って長距離移動するのは危険ではないのか、というのだ。両親の意思を尊重するよりないので、やむなく2泊の宿をキャンセルした。では、どういう形でさらなる親孝行をするのか。またしても宿題が残った…。
2009.08.29
以前に K原ご夫妻から聞いていた「ヘルストロン」なるもの。頭痛や肩こりなどに効くという。今日、TSUTAYA に DVD を返却した後、三島田町駅まで車を転がし、初めて行ってみる。初めての人間は30分やらせてもらえるのだな(それ以降は20分らしいが)。初日で効く人、持続することで効く人、それぞれらしいが、さて私の場合は…?ちなみに、この「ヘルストロン」の話を初めて聞いた当初、その名称がなかなか覚えられなかった。「トロ」が妙に頭に残って「メトロノーム」と覚えてしまったり、あるいは「ストロン」から『帰ってきたウルトラマン』第1話の怪獣アーストロンを想起したり…。もう、記憶力に自信のないドラゴン山田であった。
2009.08.29
前回通院して4週間経たないうちに、主治医の S師と語る。「仕事はどうですか」と尋ねられるので、職場の労働でなく自分自身の研究(原稿書き、学会発表準備、翻訳、等々)をやっていると答える。主治医から、それは楽しいかしんどいか、と尋ねられたから、「両方です」と答えると、「じゃあ、大丈夫ですね。やばい状態の時は、かったるいだけだから」と言われた。「でも、パソコン相手の仕事ばっかりじゃ息抜きにならないし、かといって他のことをしていると『こんなことしてていいんだろうか』と思ってしまうんです」と話す私。そしたら S師から、「それは受験生と同じ発想だね」と。勉強ばかりではしんどい、しかし遊んでいても「まずいんじゃないか」と思って楽しめない…。「要するに、ヤマダさん若いんだよ」という話になったが、これは喜ぶべきか否か? 「思春期を終わらせてくれない」水木一郎を聴いているからかっ?(8月29日記す)
2009.08.28
大阪での研究合宿は近い。原稿を人数分用意しなければならない。A4で25頁に及ぶものを、全部そのままコピーして持参するとなったら、重くて仕方がない。A42枚を並べてB4に縮小し、まずは半分に減らし、それらを両面コピーすることでさらに半分に減らした。両面コピーとは言っても、輪転機(リソグラフ)である。
2009.08.28
700,000!!
2009.08.28
異常気象と言ってよかった今年の夏。ずっと曇りと雨続きだった蒸し暑い8月上旬から、夏らしさを感じないまま秋の気配が濃厚になった後半。今日、この夏で極めて珍しく、夏山の富士山がくっきり姿を現した。夏の終わりに、遅ればせではあるが…。終わりと言えば、衆議院選も終わりに近い。静岡県東部では、三島市の隣町である長泉町の町議選も同時に行われる。烈日も、あと2日か。
2009.08.28
妻の指にばい菌が入ってなかなか治らなくなり、今年から不定期で通い続けている箱根湯の花温泉。今日はからりと乾いた夏の青空が広がり、芦ノ湖もブルーに輝いていた。しかし、箱根の上まで行けば、風はもう秋である。9月下旬には、妻の実家からの来客を迎える。その下見という意味もあった今日である。
2009.08.27
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先週 TSUTAYA で、劇場版『宇宙戦艦ヤマト』と共に借りてきた DVD が、『バトルフィーバーJ』Vol. 1。1979(昭和54)年2月、私がそろそろ小学校を卒業しようという時期に、放映が開始された。当時「フィーバー」という言葉が大流行。流行というものが昔から苦手だった私は、まずその番組名に違和感を感じたし、すでに『ゴレンジャー』より後は東映戦隊ものは観なくなっていたので、この作品も当然満足には観ていない。ただ、あの頃買っていた少年雑誌『冒険王』(秋田書店)でのマンガ第1回が、よく分らないもののハードな内容だったことは、かすかに記憶している。また、音楽担当はあの渡辺宙明氏だが、当時なかなかアダルトリッチな LPレコード『組曲 バトルフィーバーJ』が発売され、兄貴がよくかけていたので、その美しいメロディーには魅せられるものがあった。…で、30年後の今、改めて DVD で観ることに。悪の秘密結社というのは、この手の子供番組に定番の設定だが、しかしこの作品の「エゴス」というのは、ほとんど新興宗教だな。オウム真理教の衝撃の後の時代にこれを見ると、本当に30年前の作品だろうかという不思議な感覚になる。もっとも、さらに昔の1972(昭和47)年放映の『レインボーマン』での、死ね死ね団が作った「おたふく会」にも似たところがあったが(子供番組とは思えない凄まじさがあったのは、やはり原作者の情念の力か)。現代の日本人が「宗教」と聞くと胡散臭く感じるのは、思うに、こういうイメージでしか宗教を見ないからなのだろうな。それは、この社会にとって不幸なことではないか。
2009.08.26
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結婚披露宴より2周年の今日。1年前はシェフィールドでボロボロ状態であった。今朝は、私は疲労、妻は外出。昨夜届いた『伝説巨神イデオン』総音楽集CDは、発売日が2009年8月26日(つまり今日)になっているから、キングレコードが結婚2周年を祝ってくれたのだろうと勝手に決める。若干聴いてみたが、90%の満足度。ジャケットもきれいだしね。
2009.08.26
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東京から深夜に帰宅すると…ついに届いていた、『伝説巨神イデオン』総音楽集CDが! 聴くのは明日以降だろうが。それにしても、数年前から願っていたものが、とうとう現実に発売されるとは! しかも、結婚満2周年の前夜に届くとは、イキだねぇ(?)。
2009.08.25
都内で共著の研究会。共著者が集まるのは、事実上これが最後になる。いま一いま二、原稿が滞っているメンバーに対しては、自分の不出来を棚に上げて牙をむいてしまったドラゴン山田である(汗)。皆さま、お許しを!
2009.08.25
8月24日。シェフィールドで「惨劇」に直面した8・24から、早くも1年が経つとは…。8時間の時差があるから、1年前に「惨劇」に直面していた時刻は、日本時間の翌日早朝ということになろうか。
2009.08.24
1992(平成4)年4月から1994(平成6)年3月まで、私が東京で博士後期課程に在籍していた時代に2年間暮らしていた、板橋区富士見町。そのアパートの大家さんが先月亡くなっていた、という T氏からの訃報メールを今朝読んだ。ガーン。結婚して、一度も妻を連れていくことなく、逝かれてしまった。この2年間の私のボロボロの体調を考えれば無理なことではあったが、しかしやはり無理をしてでも一度ご挨拶に行くべきではなかったか…。また一人、恩人が去って行かれた。合掌。
2009.08.24
おぉぉ~、昨日のアクセス数は最終的に777だったようではないかっ。何とも不思議な数字だ。最近は、意味不明のアクセスもいちいち気にならなくなった。むしろ「ラッキー」ぐらいに思っているかも。
2009.08.24
またしても滞ってしまったスロジョギだが、夕刻、実行。合理的なコースを考え、まずはスープ自慢のラーメン屋・毎度まで走り、醤油ラーメンをすすってから、市役所別館に足をのばし、衆院選の期日前投票を済ませた。帰りはさすがに徒歩だったが。いつの間にか、秋はすぐそこまできている。
2009.08.23
それにしても、半日留守にしていてブログ更新もしなかった昨日、なぜアクセス数が571もあったのだ?
2009.08.22
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昨日の東京の疲れが残っているのか、とにかく朝起きる時に心身が重い。しかし、起床、朝食、洗濯…と続くうちに、午前中に職場にも行って、さらに木曜日に行きそびれた TSUTAYA にも行けるのではないか、と思い立つ。思い立ったら、即、実行。TSUTAYA 行きを先にして、帰りしなに職場に立ち寄る。必要なものをプリンタで印刷し、帰宅したらお昼すぎであった。TSUTAYA で借りてきたものは、妻が観たいと言っていた劇場版『宇宙戦艦ヤマト』(1977年公開)の DVD であった。
2009.08.22
スワロフスキーふかひれラーメントルコ石(ターコイズ)The Record of the Orally Transmitted Teachings「結果」には必ず「原因」がある。よい「結果」を出すためには、それ相応のよき「原因」が必要だ。(8月22日記す)
2009.08.21
今日は「一気」が続くが…、お盆明けに、たまりにたまっていた事務処理を一気に片付ける。月末の研究合宿の出張許可願、その次の週のゼミナール合宿許可願、その他研究費関係、図書館関係…等々。
2009.08.20
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図書館を通じてどさっと届いたが、特に以下の和書2冊の意義は大きい。・R. M. マッキーヴァー『コミュニティ』(ミネルヴァ書房、2009年)・B. R. バーバー『ストロング・デモクラシー』(日本経済評論社、2009年)
2009.08.20
2003(平成15)年は、私が大きく体調を崩し、その後の苦しい数年間を過ごす引き金となった年だが…、その年の春の大量の書類を、今日シュレッダーにかけた。ゴミとして捨てるわけにもいかず、かと言っていつまでも放置しておくとますます自室が「ホコリ高き部屋」になるので、垢落としのつもりで一気に始末した。1つ1つ、過去の「重荷」を捨てていくのは大事なことだな。残すべきものを活かすためにも…。
2009.08.20
日本時間の昨日8月19日は、あのヨーロッパ・ピクニック計画より20年であった。オーストリアとの国境に近いハンガリーの町・ショプロン。そこで、東西の市民集会という形をとりながら、白昼堂々、東ドイツ市民をオーストリアに国外脱出させる。そしてそれが、同年11月の「ベルリンの壁」崩壊の号砲となった――。過去10年間、授業で必ず見せるビデオ「ヨーロッパ・ピクニック計画」(NHKスペシャル、1993年放映)だが、あれからちょうど20年だったとは。感慨深いものがある。当時、修士課程1年だった私は、いったい何をしていたことか…??20周年を記念する式典には、メルケル独首相も参列したとのこと。彼女は東ドイツ出身なのだな。
2009.08.20
どうも江の島では、しらすが名物らしい。食堂でも、しらす丼とかしらす干しがたくさん置いてあった。妻が、「ひょっとして、あれがあるかも知れないから」と言い、とびっちょというお店を覗いたら…やはりあった、しらすアイス! もちろん、食べなかったが。去年、3月には小豆島でオリーブソフトと醤油ソフトを試した。5月には函館でいかすみソフトを試した。いつだったかは忘れたが、以前どこかでわさびシャーベットを試したこともある。いずれも、二度と食べようとは思わないが、そんなにご当地アイスやご当地ソフトクリームを作りたいなら、以下のものはいかがだろうか(すでに存在するのかも知れないが)?・天かすソフト・焼きそばソフト・ねぎとろソフト・納豆ソフトなお余談だが、ある食堂のショーウィンドーにあった「しらすイクラ丼」を、「イラン・イラク丼」と見間違えたドラゴン山田であった…(汗)。
2009.08.19
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息抜きに、妻を伴って、車で日帰りで江の島・鎌倉方面に出かけた。自宅を出発したのは朝7時過ぎ。国道1号線をひたすら走り、江の島に到着したのはおよそ9時30分。しかし、天気は決して悪いわけではないものの、ずっと薄曇りで、去年のニースのような青い空・青い海というわけには行かなかった。江の島展望灯台と、サムエル・コッキング苑を散策した後、車でほぼ11時に稲村ケ崎へ。最初、Sundish というフレンチのお店でランチをとるつもりだったが、敷地内でガガガと工事をしているので、すぐそばのベーカリーレストラン Peter's に変更。なかなかの食事であった。その後、お店の人に近くの駐車場を紹介してもらい、江ノ電の稲村ケ崎駅へ向かった。江ノ電に乗るのは、中学3年生だった1981(昭和56)年以来のはずだから、29年ぶりということになる。まずは鎌倉駅へ出て、鶴岡八幡宮界隈をうろうろ。また、暑くて熱中症になりかねなかったので、駅近くの喫茶店イワタコーヒーで一服した。その後、江ノ電に乗りなおし、江ノ島駅へ。龍口付近では、普通の道路と一緒にレールが走っている。その記憶も、29年ぶりに蘇る感じがした。最後には再び稲村ケ崎駅に戻り、これで1日乗車券のモトはとったぞ。帰りは杏里を流しながら西湘バイパスを使い、最後は水木一郎のオンパレードであった(汗)。西日がまぶしかった。自宅への帰還はほぼ17時30分。
2009.08.19
しゃべることを生業としているはずの私だが、ほぼいつも私は、しゃべり終えた後「これでよかったんだろうか?」と自問自答する。いや、自己嫌悪にさえ陥る。聞いてくださる方が、内心「何言ってやがる、生意気に」とか「口だけの男め」とか思っていらっしゃるんじゃないか、と、どうしても悪い方に考えがちである(あぁ、悲観主義者)。今夜の discussion meeting でも、危うくそうなりそうだった。しかし、S本さんの一言が私を救った――「いつも、魂が揺さぶられる思いで聞いています。みんなそう言ってますよ」。…しかし、ホントかなぁ?(疑心暗鬼)
2009.08.18
今日は祖母の18回忌。夕刻、久々に実家に電話したら、祖母を偲んで両親が一杯やろうとしていたところだったらしい。
2009.08.18
選挙戦スタート。たとえ政権交代したとしても、政権運営がうまく行かなかったら、早々に解散、来年は衆参ダブル選挙かも?
2009.08.18
主治医より先日、処方してもらった薬。初めて試してみたが、副作用がひどすぎる。飲まずに済むならそれに越したことはない。劇薬はやはり「ヤク」と表現するのがふさわしい、か。
2009.08.18
灼熱の夏日の下、妻と共に沼津へと車を転がす。医者へ。良いと言われる医者の情報が得られるのは、口コミからか、はたまたインターネットからか。しかし、実際に行ってみなければ分らないというのが現実だ。そこの医師は「口が悪い」「おっかない」という噂だったが、私に言わせれば、別に口が悪いわけではない。ただ淡々と、事実をありのままに事実として語っているだけだ。ふと、数年前にある学生と交わしたやりとりを思い出した――「ヤマダ先生って、怖いって聞いてましたけど、そうじゃないんですね。」「え~? 怖いなんて話になってるの?」「はい。」「どうしてどうして?」「だって、『本当のことをハッキリ言う』からって…。」ホントのことをズバッと聞かされるのが、そんなに怖いのかよっ。耳触りのいいウソが聞きたいのかっ(汗)。(8月18日記す)
2009.08.17
シティズンシップに関する共著の計画が進んでいるが、グローバル・シティズンシップについて私が担当する章の下書きを、共著者全員にやっとメールで送付した。まだまだ推敲の余地のある草稿にすぎない。ともあれ、形にしなければ、言語化しなければ、思考は練り上がらない。「練り上がってから書く」というのはあり得ないのだ。(8月18日記す)
2009.08.17
朝、広島におられる大先輩 S馬さんと、小1時間電話でお話しさせていただく。いつもお電話するのは「久々」なので、ついつい語り合ってしまう――いや、正確には、多くのことを教わる一方である。来週、オランダでの国際学会で発表なさるという。私が世界の舞台に立つのは、いつの日か…?(8月18日記す)
2009.08.17
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足に強烈な痒みを感じて、目を覚ましたのが深夜2時頃。妙にスッキリ起きてしまって、薬を塗ってから床に戻っても眠れなくなった。結局、3時過ぎに再び起きてしまい、イデオンの CD を飽きもせず流しながら、自分のグローバル・シティズンシップ論の草稿を読み直したり、山口二郎著『政権交代論』(岩波新書、2009年)を読み始めたり…で2時間ほど経過。さすがに疲れが出て、白々と夜が明けつつある5時頃にまたも床に。こんなんで、熟睡できるはずがない。
2009.08.16
先週11日(火)の地震で路肩が崩落し、牧之原あたりの区間が通行止めだった東名高速道路が、今日の午前0時に通行再開。ほぼ5日ぶりである。お盆の Uターンラッシュに間に合わせるべく、突貫工事の連続だったのだろう。
2009.08.16
ここしばらく、『アローエンブレム グランプリの鷹』の DVD を久しぶりに再見していた。そして今夜、最終回を見、感動のまま終わるはずだった。ところが、DVD の再生を止めたらたまたま NHK で、非核三原則の是非を問う番組をやっているのが目に入ってきた。「8・15」だからの番組なのだろうが、わずか15分程度見ただけで、すっかり頭が疲れてしまい、『グランプリの鷹』の余韻も失せてしまった。私にはどうしても理解不能なのだが、戦後64年も経っているというのに、今だに「核抑止力」という考え方が「現実的である」と思われているのは、どういうことなのだろう? 冷戦期に米ソ間で戦争が起こらなかった(「熱戦」にならなかった)のは、核兵器があったおかげだ、というのである。その論理は、一体どういうことなのか? 核抑止力が「現実的」だと主張する人は、二言目には「歴史の現実を見よ」と言う。だが、そういう人々が指している「歴史的現実」とは、もっぱら「軍事史」「外交史」の面ではないのか。それだけをもって人間の「歴史」というなら、何とも偏頗な歴史観ではなかろうか。また番組での発言者の中の、「現実はこうだからこうすべきだ」という「現実主義」と呼ばれる思考に触れた時、私は、かつて自分が修士論文を書いている時まで執拗にこだわってきたことが、記憶の底から蘇ってくる気がした。つまり私は、学部時代から修士課程時代まで、「現実はこうだから仕方がない、という考えが現実主義なのではない」ということにこだわり続けてきたのだ。「理想」と「現実」の間にギャップがあるのは当たり前のことで、この両方を見定めた上で、現実をいかに理想に近づくよう「変革」していくか、という発想こそ真の現実主義ではないのか。しかし、世の中に満ちている「現実主義」とやらは、「現実は変わらない」とするだけの、ただの「現状追認」「現状追従」でしかないのではないのか。しかも、理想を持っている人間もまた、「お前は現実が分っていない、甘い、理想主義的だ」等々と攻撃されるのに一番弱いのではないのか…。博士課程進学後、いつしか、そうした自分の素朴な問いを忘れて10数年を過ごしてしまった私だが、今の議論の水準が相変わらずそのレベルであることには、正直辟易して、夜も眠れなくなった。いや、議論にさえなっていない。その番組は、是側と非側の単なる「言い合い」で終わったのではないか。「核は(今のところ)人間にはコントロールできない」という、極めて基本的な事実を確認するところから始めなければならないようだ。(8月19日記す)
2009.08.15
今年の夏は、とにかく日照時間が少ない。曇りがちである。カラリとした青空や太陽光線に恵まれないため、夏らしさが感じられず気分も滅入りがちである。それで涼しければよいのだが、やたらと蒸し暑く体の中に熱がこもり、だるさだけは一人前である。しかも、夕刻になると、すでに秋の虫が鳴き始めているのが分ってしまう。おいおい、夏らしさがないままもう秋かっ(いくら立秋を過ぎたとは言え)。
2009.08.15
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64年目の終戦記念日である。今でも「敗戦記念日」という言い方はされないのだな。まして、「8・15」という表現も、若い世代にはピンと来なくなりつつあるのか。ちょうどここ数日、私が学問を志すようになる出発点の名著、日高六郎『戦後思想を考える』(岩波新書、1980年)を再読しつつあり、何十回も読んだはずなのに新発見が多く驚いていた。ふと、八戸時代末期のことを想起する。学生たちが主催したある研究発表会の場で、確か私は、「歴史を学ぶ目的は、国に誇りを持つことではない。自分や自国に都合がよかろうと悪かろうと、それが真実であるならばその真実を明らかにし直視することが、歴史という学問のあるべき姿ではないのか」といった趣旨の発言をした。それから約10年。あるいは『戦後思想を考える』に最初に出会ってより23年。時の流れと社会の変化と、そして自分自身の思考の「連続性」と「変容」と…、その全体を把握する「眼」を私は持ち得ているだろうか?
2009.08.15
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夕べ深夜、妻が録画していた NHK のアニソン関係の番組を、日中(仕事しながら…汗)観る。「アニキ」こと水木一郎と、「ミッチー」こと堀江美都子。久々にミッチーを見て、姿も歌声も昔と少しも変わらない(ように見える)ことに驚いた。また、水木一郎氏の秘話――もともと18歳で普通の歌謡曲の歌手としてデビューしたこと、最初に歌ったアニソンが「原始少年リュウ」だったこと、「超人バロム1」の凶悪な擬態語の歌詞を彼がどう歌ったのか、等々――を知ることができた。ミッチーの代表曲として、故・渡辺岳夫作曲の「キャンディ・キャンディ」が取り上げられるのは、その有名さゆえ仕方ないことだが、個人的には「なぜ『あしたへアタック!』が出てこない?」と思っていた。最後に2人のデュエットで番組は締めくくられたわけだが、その曲は、すでに私がリアルタイムでアニメーションを見なくなっていた1987(昭和62)年のもの。私としては「忍者キャプター」で終わって欲しかった。妻は終始、番組自体ではなく私の反応をおかしがっていた。(8月15日記す)
2009.08.14
暑くて寝苦しい日々が続くが…夜中にトイレに起きた時に、のどが痛いことに気づく。あれ? 今度は急に気温が下がったと言うのか?
2009.08.14
同じマンション内の K原ご夫妻のお宅に、われわれ夫婦がうかがう。19時過ぎに参ったが、つい話し込んでいるうちに21時半にもなってしまった。こうしたじっくりした対話でこそ、お互いに本音が言えるのだ。心が洗われると同時に、これから自分が何をすべきか、改めて少し見えてきた気がする。(8月14日記す)
2009.08.13
夕飯は、むきエビのたくさん入ったスパゲティだったのだが…、猫舌の妻は、扇風機によってスパゲティが冷めても意に介さない。私は猫舌であるにもかかわらず、冷めてしまうのは我慢がならない。「冷める前に食べてしまわなければ、料理がまずくなる!」という強迫観念で、ろくに味わいもせず麺をバクバク口に運んでは飲み込んだ。しかし、結局はある程度冷めてしまい、電子レンジで30秒温めなおした。レンジから取り出して、愕然とする。麺がほとんど残っておらず、エビばかりが大量に残っている。すでにおなかが一杯になりつつあり、大好きなはずのエビを「うっぷ」と言いながらモグモグ食べる羽目に陥った。よく噛まずに腹の中にスパゲティを入れ込むような、そうした食べ方が、どれだけお腹をしんどくさせるものか。食後に胃薬を2袋。あぁ、せっかくのスパゲティは悲惨な結果となった。(8月15日記す)
2009.08.13
以前から恩人 S井氏より紹介されていた、故郷いわき市在住の F島氏。しかし、数年前に何度かメールのやり取りをし、また私のブログを見ていただいているにもかかわらず、お目にかかったことはなかった。その F島氏ご一行が、墓参のため来静なさるというので、そのお帰りの際に沼津駅前で合流した。短時間ではあったが、初のお目通りである。「1を話せば10わかる」という方との語らいは、深い感動と心の浄化とをもたらしてくれるものである。さて、いわきでの再会を約したが、次に帰省するのはいつのことか…?(8月15日記す)
2009.08.12
昨日の静岡県の地震は、牧之原市を中心に、東名高速道路の崩落や断水などといった被害をもたらした。しかも、余震が全く収まったというわけでもなく、一説には「東海地震が早まった」との声も聞く。ともあれ、今日にいたっても、全国版ニュースでは変わらずこの地震について繰り返し報道されている。で、私である。午前中、恐る恐る出勤した。職場の自室が、どんな惨劇になっているかと思って…。しかし、いざドアを開けてみたら、肩すかしであった。若干の本が倒れているだけで、書棚から飛び出した本もなければ、積んであったものが床に散乱することもなければ、要するにほぼ無傷の状態だったと言える。一安心だ。さて、お盆の期間中に読むべき資料は、持って帰らねば。
2009.08.12
いつもお世話になっている I藤さんの娘さんが、今日8月11日、ベルリンで開かれる世界大会に出場なさる。ドイツは日本より7時間遅れの時差。もう始まっているだろうか、すでに終わっているだろうか。ベルリンかぁ…、1991(平成3)年暮れ以来だなぁ。
2009.08.11
今日はほぼ1日中、ニュースは静岡の地震についてばかりであった。午後には、台風はどこへ行ったのだと言わんばかりの晴天になり、蒸し暑くなったかと思えば、夕刻にはまたも土砂降り。午後は原稿書きに専念したが、決して知的生産性は高くなかった。とにかく、長く感じた1日であった…。で、崩落したイデオンを組み立て直したのは、夕飯を終えてから。外れてしまったAメカを単にドッキングさせれば済むものではなく、まずは3つの機体にバラしてから再度組み立て。さらに、厄介なイデオン・ガンのセッティング。ともあれ、再び棚の上に立ち上がったイデオン。これを「復活のイデオン」と呼ばずして、何と呼ぼう?
2009.08.11
未明に早速のメールを下さった広島の S馬さんを始め、同じ町内の N橋さん、I城さん、仙台の T内君、弘前の U沢さん、八戸の N島さんに T岡さん、藤沢の M安君、等々、地震についてのお見舞い・激励を頂戴しました。大変に有難うございました!
2009.08.11
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温泉宿をチェックアウトする夢を見、徐々に目覚めつつあった未明、いきなり大きな地震に見舞われた。飛び起きて、テレビをつけると、5時7分に駿河湾を震源地とする地震が発生したとのこと。幸い、三島は大過なかったものの、県の中西部は場所によっては震度6弱で、少なからぬ被害が出たようだ。しかも地震発生時には、雷が鳴っていた。午前中の NHK ニュースはもっぱらこの地震関係のもので、新幹線や在来線、東名高速道路も不通に(その後、新幹線は開通したらしいが)。東海地震との関係性も懸念されたが、現時点では「関係なし」との結論らしい。ちなみにわが家はほぼ問題なかったが、イデオンが棚から落ちてAメカが分離(ドッキング・アウト!)してしまい、無残な姿をさらしていた。さらにザブングルに至っては、床の上で首が取れていた(苦笑)。もし職場に行ったら、自室の書棚から大量の本が床に落ちているのでは…と考えると恐ろしい。
2009.08.11
昨年暮れ、埼玉・秩父で研究合宿があった折に、お土産に秩父ワインを買ってきた。そのうち、赤はすでに飲んでしまったのだが、白は8か月もの間冷蔵庫の中に眠っていた。今夜、夕食時にそれを妻と飲む。さっぱりした味であった。(8月11日記す)
2009.08.10
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