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「先生、おはようございます。」「おはよう。浅田君、こんな朝早くに金沢まで来て貰って済まないね。」「いえ・・それよりも先生、また『名宝』にこんな記事が載っていました。」浅田から『名宝』を受け取った吉田は、付箋が貼られている記事に目を通した。「酷いな・・」「先生、このままマスコミから逃げ回っていても状況は好転するどころかますます悪化するだけです。一度、記者会見を開いてはいかがですか?」「記者会見か・・いいかもしれないな。浅田君、済まないね。いつも君に迷惑ばかりかけて・・」「いいえ。先生、少しお顔の色が悪いのではありませんか?」「今回の騒動で休む暇がなくてね・・」「余り無理なさらないでください。」「有難う、先にわたしは休ませて貰うよ。」吉田はそう言って眉間を揉むと、そのまま寝室に入って行った。 その日の夜、浅田が仕事をしていると、突然鞄の中にしまっていた携帯がけたたましい音で着信を告げた。「はい、浅田です。」『浅田さん、拓人です。』「拓人君、どうしたのこんな夜中に電話してくるなんて?」『・・母が、自殺未遂したんです。』「それは、本当なのか?」『はい。俺が外出してホテルの部屋から戻ってきたら、寝室には居なくて・・浴室で、母は手首を切っていました。』「奥様は今、どんな状態なんだ?」『今は鎮静剤を打たれて病室のベッドで眠っています。浅田さん、父は今どうしていますか?』「先生なら、先程お休みになられたよ。ねぇ拓人君、一旦僕が東京に戻って奥様に付き添おうか?」『いいえ、僕が母に付き添います。浅田さん、どうか父の事を宜しくお願いします。お休みなさい。』 拓人との通話を終えた浅田は、寝室のドアをノックした。「先生、起きていらっしゃいますか?」中から時折苦しげな呻き声は聞こえるが、返事はなかった。「先生、入りますよ?」嫌な予感がして浅田が寝室のドアを開けて中に入ると、ベッドの上で吉田が胸を押さえて苦しそうに呻いていた。「先生、どうなさったのですか?」「胸が・・苦しい・・」「今、救急車をお呼びします!」額に脂汗をかきながら、吉田は救急車が到着するまで苦しそうに呼吸していた。「こんな時間に救急車なんて・・しかも、結構近くだねぇ。」「そうね・・」 救急車のサイレンの音で目覚めた千尋とタキがホテルの窓から外を見ると、丁度救急車がホテルの正面玄関前に停車するところだった。「このホテルで、誰か倒れた人が居るのかねぇ?」「さぁ・・おばあちゃん、もう遅いから休みましょう。」「そうだね。」救急車で病院に搬送されたのが実の父親とも知らずに、千尋はタキとともに窓から離れてベッドに戻った。 翌朝、千尋が浴室でシャワーを浴びていると、部屋でテレビのニュースを観ていたタキが突然素っ頓狂な悲鳴を上げた。「どうしたの、おばあちゃん?」「昨夜、このホテルから救急車で病院に運ばれた人が、今テレビに映っているよ!」タキが興奮した様子でそう言ってテレビの画面を指すと、そこには泉ホテルのパーティーで会った吉田議員の顔写真が映っていた。『昨日未明、金沢市内のホテルに滞在していた吉田稔麿議員が心肺停止状態で金沢市内の病院に搬送されました。』(吉田先生が、どうして金沢に?)千尋が呆然とテレビの前に立っていると、ベッドの傍に置いてあった携帯が鳴った。「もしもし?」『千尋ちゃん、今何処に居るの?』「金沢、ですけど・・」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月28日
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「母さん、これからどうするつもりなの?」「どうするって?」「父さんと、離婚するつもりなの?」「離婚するに決まっているじゃないの!あんたの父さんはね、わたしを裏切って水商売の女とまだ付き合っていたのよ!」「母さん・・」「拓人、わたし達が離婚したら、どっちについていくのか考えなさい。」律子はそう言って飲み掛けのコーヒーをテーブルに置くと、寝室に入った。 拓人は溜息を吐きながら、母がテーブルの上に散らかしたゴミをまとめてゴミ箱に捨てた。「母さん、俺出掛けてくるからね。」寝室に居る母に向かって拓人はそう声を掛けた後、彼は鞄を持って部屋から出た。「千尋、あんた暫く店を休んでおくれ。この騒ぎじゃぁ、仕事になりゃしないからさ。」「わかりました、女将さん・・」 吉田議員のスキャンダルが発覚し、彼の娘である千尋もマスコミに毎日追われるようになった。「あんたは母さんと一緒に、金沢に行ってね。」恵子はそう言うと、千尋に滞在先のホテルの住所が書いてあるメモを手渡した。「では、行って参ります。」「気を付けてね。」玄関先で恵子に見送られ、タキと千尋は金沢へと向かった。「K町から外に出るなんて、何年ぶりだろうねぇ。」特急列車の窓から見える景色を眺めながら、タキはそう言って溜息を吐いた。「おばあちゃんは、何処か旅行に出かけたことがあるの?」「芸者時代に一度、あたしを贔屓にしてくださっているお客様と京都に三泊四日の旅行に行ったのさ。丁度桜の季節でねぇ、清水寺の桜が綺麗だったよ。」「いいなぁ、わたしも京都に行ってみたいなぁ。」「浅田様に連れて行って貰えばいいじゃないか。」「おばあちゃん・・」「あんたはまだ気づいていないだろうけどねぇ、浅田様はあんたに惚れているよ。」 金沢に着いた二人は、タクシーで滞在先のホテルへと向かった。「まだ寒いね・・」「さっきタクシーでラジオの天気予報を聞いたんだけどね、明日雪が降るそうだよ。」「3月なのに、雪?」「まぁ、この地方じゃ珍しくないねぇ。」ホテルのロビーで千尋がタキと天気の話をしていると、急に彼女は視線を感じて周囲を見渡した。「どうしたんだい、千尋ちゃん?」「さっき、誰かに見られていたような気がして・・」「気の所為じゃないかい?」「そうだね・・」 ホテルの部屋にタキとともに入った千尋は、窓の外から金沢の町並みを眺めながら溜息を吐いた。「おばあちゃん、これからどうなるんだろう、わたし達・・」「あんまり嫌な事ばかり考えるんじゃないよ。一度そんな事を考えると、気が滅入っちまうだろう?折角金沢に来たんだから、観光でもしようじゃないか!」「そうね。」 千尋とタキが金沢観光を楽しんでいる頃、美鶴楼の前には今日もマスコミが押し寄せていた。「千尋さんは今日出勤されているんですか!?」「うるさいねぇ、あの子は休みだってさっきから何度も言っているだろう!」恵子はそうマスコミに怒鳴ると、彼らの頭上に塩を撒いた。「ったく、あの女将は気が強いから参っちまう。」「その上口が堅いときた。これじゃぁ荻野千尋の消息を掴むのは難しそうだな。」「記者さん達、千尋姐さんの事を聞きたいのでありんすか?」「ああ、そうだけど・・君は?」「わっちはここの留袖新造の、千嘉でありんす。千尋姐さんとは小学校時代の幼馴染でありんす。」千嘉はそう言うと、記者達に愛想笑いを浮かべた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月28日
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『次期総理候補・吉田稔麿議員に隠し子疑惑!?聖人君子に隠された素顔』 特集記事の見出しを見た吉田は、一瞬目を疑った。一体何処から千尋の事が漏れたのか―彼がそんな事を思いながらその記事に目を通していた時、書斎に律子が入ってきた。「あなた、この週刊誌に書かれていることは本当なの!?」「律子、わたしは・・」「今までわたしの事を騙していたのね!まだあの女と続いていたんでしょう?」律子はそう吉田に怒鳴ると、彼の頬を平手で打った。「もう今度ばかりは許さないわ、離婚よ!」「落ち着いてくれ、律子。これには深い事情が・・」吉田は律子を落ち着かせようとしたが、彼女は吉田の手を乱暴に振り払うと書斎から出て行った。「旦那様・・」「車を玄関にまわしてくれ。」「かしこまりました。」 数分後、吉田を乗せた車が自宅から出ようとすると、自宅前を取り囲んでいたマスコミの取材陣が一斉に車を取り囲んだ。「吉田先生、隠し子報道は事実なのですか?」「お相手の女性とはまだ関係が続いているのでしょうか?」「先生、何かコメントを一言お願いいたします!」マスコミにもみくちゃにされながら、吉田は何とか議員会館に到着した。 一方、登校した拓人が教室に入ると、クラスメイト達の視線がやけに冷たく感じた。(何だ?)「拓人、おはよう。」「おはよう。」「なぁ、ちょっと来いよ。」「何だよ?」「いいから。」 親友・遠藤優(えんどうすぐる)に教室から連れ出された後、拓人は彼から『名宝』を手渡され、父に隠し子が居る事を初めて知った。「これ・・」「拓人、今日はもう家に帰った方がいい。」「わかった・・」 学校から帰った拓人が自転車を漕ぎながら自宅へと向かっていると、突然彼の前に一台のバンが停まった。「拓人君、お父さんの事どう思う?」「公立の高校に編入するって本当?」突然マスコミに取り囲まれ、拓人は暫くショックで動けなかった。その時、マスコミの取材陣の中に、一台の車がクラクションを鳴らしながら突っ込んできた。「浅田さん・・」「拓人君、乗って!」自転車から降りた拓人は、浅田が運転する車の助手席に乗った。「大変だったね。」「僕には、何が何だかわかりません・・」「実は昨日、吉田先生と会ったんだ。」「父と、会って何を話したんですか?」「それは、言えないんだ・・済まない。」「浅田さん、父には本当に隠し子が居るんですか!?」「それは、お父さんに君が直接聞けばいい。」「わかりました・・」拓人はそう言うと、溜息を吐いて俯いた。 マスコミの取材から逃れるため、律子と拓人は暫く自宅を離れてホテルで暮らすことになった。「どうしてわたしがこんな目に遭わないといけないの!?何もかも、あの人の所為だわ!」父に隠し子が居る事を知り怒り狂った律子は、完全に理性を失っていた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月27日
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「あの、浅田さん・・」「なんでしょう?」「浅田さんは、今お付き合いしておられる方はいらっしゃらないのですか?」美咲からそんな質問をぶつけられた時、浅田の脳裏に千尋の笑顔が一瞬浮かんだ。「恋人は居ませんが、密かに想いを寄せている方は居ます。」「まぁ、そうなんですか・・」美咲は少し落胆したような表情を浮かべながら浅田を見た。「浅田君、美咲を余りいじめないでやってくれないか?」「専務、わたしは・・」「柿沼さん、男と女の仲というものは、周りが変なお節介を焼かなくても、おのずと好きな者同士が惹かれあうものです。そうだろう、浅田君?」「先生のおっしゃる通りです・・」「柿沼さん、折角美人の姪っ子さんがわざわざ会社にいらしてくださったんですから、後は美咲さんと楽しい時間を過ごしてください。わたしは浅田君に用がありますから、彼を暫くお借りしますよ。」吉田は柿沼の返事を待たずにそう言うと、浅田の手を掴んでそのまま専務室から出て行った。「先生、助かりました。」「なに、礼なんて要らないよ。しかし君の母上や柿沼さんのように、結婚の意思がない君に相手を紹介しては結婚させようとするお節介な人達には困ったものだね。」「はぁ・・」「まぁ君の結婚問題は隅に置いておいて、何処か静かな所で君と話したいんだが、いいかな?」「ええ、構いません。僕も、先生にお話したい事があります。」 数分後、吉田に連れられて浅田は、オフィス街から少し離れた所にある、こぢんまりとしたカフェに入った。「先生、お話というのは何ですか?」「単刀直入に言おう、君は千尋を抱いたのか?」「・・はい。」「そうか。ちゃんと避妊はしたんだろうね?」「はい、先生から渡されたコンドームを使いました。先生、僕としては千尋ちゃんの突き出しを何としても止めさせたかったのですが、無駄足に終わりました。申し訳ありません。」「一度決まった事を無しにするなんて、そんな横暴な事が通用するような世界じゃないことくらい、わたしにはわかっていたよ。」吉田はそう言って店員にコーヒーを注文した後、グラスの水を一口飲んだ。「先生、これからどうなさるのですか?千尋ちゃんが先生の娘だとわかった以上、マスコミが騒ぎだすのは時間の問題ですよ。」「わかっているよ、そんな事は。実は、千尋の事をわたしは妻にも息子にも話していないんだ。息子は今通っている私立の中高一貫校を退学して、公立の高校に編入しようとしているんだ。」「そうですか・・奥様は、どうされておられますか?」「家内はカンカンだよ。」「息子さんの問題が落ち着くまで、千尋ちゃんの事はお二人に伏せておくと?」「まぁ、そういうことになるね。わたしは、千尋さえよければ、彼女を今すぐにでも我が家に引き取りたいと思っているんだ。」「そうですか・・僕は、部外者なので何も言えません。」「君だけだよ、わたしの話を黙って聞いてくれる人は。」吉田はそう言うと、浅田に微笑んだ。 この時の二人の会話を、密かに週刊誌『名宝』の記者が聞いていた。「先生、大変です!」「どうした?何をそんなに慌てているんだ?」「今朝、事務所にこんな物が届けられて・・先生、この記事に書かれてあることは事実なのですか!?」 吉田の自宅にやって来た彼の秘書・鈴木はそう言うと、発売されたばかりの『名宝』の特集記事を彼に見せた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月27日
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「ねぇ光則、あなた結婚する気はない?」「ないよ。母さん、どうして急にそんな事を聞くんだい?」「どうしてって・・あなたも良い年なんだから、そろそろ身を固めた方がいいんじゃないの?」「何、これ?」「いいから、見てごらんなさい。」浅田が母・京子から渡された釣書を開くと、そこには振袖姿の女性が笑顔で写っていた。「この人は?」「わたしの、中学時代の同級生の娘さん。彼女、中学校の先生をしているんですって。とても気立てが良い方よ。一度、会ってみたら?」「母さん・・」「いい加減にせんか、京子。朝っぱらからそんな話をせんでもいいだろうが。」「あなた、孫の顔を見たくないんですか?光則の同級生達は結婚して子どもが居るっていうのに、この子は結婚どころか彼女一人作らないんだから、母親であるわたしがこの子の相手を見つけないと・・」「母さん、お願いだから僕に見合いを勧めるのは止めてくれ。母さんが躍起になればなるほど、僕は却って結婚する気をなくすよ。」「光則、相手の方と一度会うだけでいいから・・」「もう行くよ。」「待って、光則~!」光則はダイニングを出て玄関で靴を履き替えると、母親の鼻先で玄関のドアを閉めた。(結婚、ねぇ・・)「部長、おはようございます。」「おはよう。」光則が出勤して自分のデスクに座ると、同僚の女子社員が彼の前にコーヒーを置いた。「浅田さん、専務がお呼びです。」「わかった、専務にすぐ行くと伝えてくれ。」 数分後、浅田は専務室のドアをノックした。「入りたまえ。」「失礼致します。」 彼が専務室に入ると、来客用のソファには吉田議員が座っていた。「吉田先生、何故こちらに?」「吉田君と僕とは、ゴルフ仲間でね。今度一緒にK町でゴルフコンペを開かないかっていう話をしていたところだったんだよ。」「そうですか・・」「さてと、君をここに呼び出したのには、君に一度会わせたい人が居るからなんだ。」「わたしに、会わせたい人、ですか?」「ああ。美咲君、入って来てくれ。」「失礼致します。」 専務室のドアが開き、一人の女性が浅田と吉田の前に現れた。「紹介するよ、わたしの姪の佐伯美咲君。」「初めまして、佐伯美咲です。」「浅田光則です。専務、わたしに会わせたい人というのは、美咲さんですか?」「ああ・・美咲がねぇ、一度君と会って話がしたいというものだから、適当に用事を作って君をここへ呼び出したんだ。」「そうですか・・」「柿沼さんも隅には置けませんな、浅田君と姪っ子さんの愛のキューピット役を務めるとは。」吉田はそう言うと、大きな声で笑った。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月27日
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「千尋ちゃん、こんにちは。」「千代松姐さん、こんにちは。」「聞いたよ、あんたこの前、突き出ししたんだってね?」「ええ・・」「どうだった?」「少し怖かったです・・けれど、浅田様は最後まで優しくしてくださいました。」「そうかい・・それは良かった。」 三味線の稽古の帰りに寄った駅前にあるとんかつ屋で千代松と偶然再会した千尋は、彼女と他愛のない話をしながら、あの日の夜の事を思い出していた。『優しくするから・・』その言葉通り、浅田は千尋をまるで壊れ物のように優しく抱いてくれた。今まで一度も自分で触ったことがない所を浅田の舌が愛撫する間、千尋は声を抑えて快感に身体を震わせていた。すると、浅田がそっと自分の秘所から顔を離し、怪訝そうな顔で千尋を見た。『どうしたの、気持ち良くない?』彼の問いに千尋が首を横に振ると、彼はふっと千尋に微笑んで、愛撫を再開した。「どうしたんだい、千尋ちゃん?ボーっとして何を考えていたんだい?」「いいえ、何でもありません・・」「その様子だと、浅田様に大事にされて貰ったみたいだね?」「ええ・・」「あたしは浅田様とも長い付き合いがあるけれど、あの方みたいな良い男はなかなか居ないよ。浅田様を大事にしておやり。」「わかりました・・」「さてと、今日のお昼はあたしの奢りだから、何でも好きな物を頼んでもいいよ。」千代松はそう言って千尋に微笑むと、メニュー表を開いた。「あの、姐さんにひとつ聞きたい事があるんですけど・・」「何だい?」「男の人って・・浮気をするものなのでしょうか?」「そりゃぁ、男なんて必ず浮気をする生き物だよ。それにロマンチストで、女に対して幻想を抱いているね。」「幻想?」「ほら、よく自分が好きなアイドルはトイレなんか行かないって思い込んでいる男が居るじゃないか?それと同じで、自分が恋焦がれている女はトイレにも行かないし、おならもしないって馬鹿な事を思い込んでいる男が多いってことさ。」「良く解りません、わたしには・・」「まぁ、そういう奴に限って器が小さいのが多いね。それに、そういう奴は自分が浮気すると相手の女に謝るどころか、開き直っちまう。」「最低・・」「あたしの知り合いで、そういう男に引っ掛かって子どもを中絶した友達が居たねぇ。そいつは女癖が悪い上に、パチンコや競馬で借金をつくった挙句、その友達を風俗で働かせていたっていうんだから・・反吐が出るよ。」「そのお友達は、どうなったんですか?」「さぁねぇ・・もう10年位前に会ったきりだったからねぇ。今その子が何処で何をしているのかはわからないねぇ。」千代松はそう言葉を切ると、千尋を見た。「千尋ちゃん、浅田様とあんたが会えたことは、神様があんた達二人を巡り会わせてくださったんだろうねぇ。きっとあんた達は、前世で引き裂かれた恋人同士なのかもしれないねぇ。」「もう、姐さんったら、冗談は止してくださいよ。」千尋が千代松の言葉を聞いて頬を赤く染めながら、彼女の肩を叩いた時、二人の前にこの店で一番美味しいと噂されているロースかつ定食が運ばれてきた。「おしゃべりはこれ位にして、食べようかね。」「いただきます。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月27日
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「父さん、居るの?」「ああ。」「入ってもいい?」「どうぞ。」吉田がそう言って長男・拓人(たくと)を書斎に招き入れると、彼は吉田の前に一枚の書類を置いた。「拓人、これは何だ?」「父さんにはまだ話してなかったよね・・僕、公立の高校に編入したいんだ。」「どうして公立に行きたいんだ?今の学校でも、勉強は出来るだろう?」「父さんなら、そう言うと思っていたよ。」拓人は吉田の言葉を聞くと、深い溜息を吐きながら彼を見た。「僕、もうあの学校には通いたくないんだ。」「誰かに苛められているのか?だとしたら、教育委員会に抗議して・・」「そんなんじゃないよ。」「じゃぁ、どうして・・」「僕は、今まで父さんの期待に応えるために精一杯やってきた。でも、もう父さんの期待に応えるために自分を犠牲にしたくないんだ・・」吉田の顔が険しく歪むのを見た拓人は、彼から一歩あとずさった。「そうか・・お前は遅くに出来た子だから、父さんや母さんはいつもお前に完璧を求め過ぎていたかもしれないな・・」吉田はそう言うと、長くて辛い不妊治療の末に授かった我が子の顔を見た。「お前が公立の学校に通いたいのなら、そうしなさい。母さんには父さんが上手く言っておくから、心配するな。」「父さん、ありがとう。」拓人は何処か戸惑ったような表情を浮かべながら吉田を見ると、書類を机の上に置いたまま書斎を出た。(今日の父さん、何だか変だな・・) 二階にある自分の部屋へと戻りながら、拓人は最近父親の様子がおかしいことに気づき始めていた。「どうした、拓人?身体の調子でも悪いのか?」「ううん・・」「受験まであと一年しかないんだから、しっかり食べないと駄目よ。」「わかった・・」 親子三人で食卓を囲むことなんて今まで一度もなかった。やはり何かがおかしい―そう思った拓人は、自分が抱いている疑問を直接父親にぶつけることにした。「父さん、最近何かあったの?」「何かって?」「だって最近父さん、帰りが早いし・・書斎に籠って色々と考え事をしているし・・」「色々あってな。それよりも拓人、あの書類はいつまで出せばいいんだ?」「明後日までに署名と捺印してくれれば、僕が学校まで持って行くよ。」「拓ちゃん、パパと何の話をしているの?」吉田と拓人の会話を聞いた律子は、フォークとナイフをそれぞれ皿の両端に置いた。「拓人、ママにもあの話をしてあげなさい。」「母さん、僕今の学校を辞めて、公立の高校に編入する事にした。」「まぁ、何ですって!?あなた、本気なの!?」「本気も何も、もう僕は決めたんだ。」「あなた、今の学校に入る為に必死に勉強していたじゃないの!パパの母校に入って毎日が充実しているって言ったのは、全部嘘だったの!?」「もう、限界なんだ。ママの“理想の息子”を演じるのは。」拓人の言葉を聞いた律子は絶句し、そのまま椅子から立ち上がると拓人に背を向けてダイニングから出て行ってしまった。「ママ・・」「暫くママを放っておきなさい、拓人。」「はい・・」吉田は、自分で人生を切り開こうとしている息子を前に、千尋の事を話す勇気がなかった。(まだ律子や拓人にあの子の事を話すのはまだ早い・・拓人の問題が片付いてからにしよう。)ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月26日
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書斎のドアを乱暴に閉めて自分の元から去っていった律子の背を見送りながら、吉田は溜息を吐いた。大物政治家である律子の父親・菱田章介に勧められ、彼女と結婚した吉田だったが、ブランド好きでお嬢様育ちで苦労知らずの律子と、幼い頃両親を亡くし、苦労を重ねて来た吉田とは、価値観の違いからか新婚早々上手くいかなくなった。“子どもが出来れば夫婦仲も上手くなるだろう”という章介の言葉を信じた吉田だったが、律子と結婚して2年経っても子宝には恵まれなかった。その事を不審に思った章介から不妊検査を受けるようにと言われ、吉田と律子は東京都内にある病院で不妊検査を受けた。 その結果、吉田が男性不妊症―無精子症であることがわかった。『稔麿君、これから君はどうするのかね?』『どうするとは・・どういう意味でしょうか、お義父さん?』『君に子種がないことを知りながら、これ以上律子との結婚生活を継続させる訳にはいかないな。済まないが、この家から出て行ってくれないか?』『お義父さん、僕は律子と別れたくありません!』『そうか・・』章介から離婚を切り出された時、吉田は律子と別れたくない、彼女を大事にすると彼に誓った。 その後、吉田と律子の離婚話はなくなったが、夫婦間に出来た溝はますます深まっていった。吉田が赤坂の馴染みのクラブで働いているホステス・悠子と知り合い、彼女と深い仲になったのは、律子が趣味で始めた社交ダンス教室の講師と親しくなってからだった。 北陸地方の小さな温泉街でスーパーを経営している両親に毎月仕送りをしながら、大学に行く金を貯めていると吉田に話す悠子の横顔は、今まで彼が付き合った星の数ほどの女のそれよりも、美しかった。『吉田先生は、ご結婚されていらっしゃるんですか?』『ああ。けど、うちには子どもが居ないんだ。だから、二人とも自由気ままに生きているのさ。』『まぁ、そうなんですか。あたしは両親に沢山愛情を注がれて育ったから、いつかきっとお父さんみたいな優しい人と結婚して、温かい家庭を作るのが夢なんです。平凡な夢だと思われるかもしれませんけど・・』『いいじゃないか。僕がもう少し早く君と会っていたら、君の平凡な夢を叶えてあげられたかもしれないね。』『先生・・』自分を見つめる悠子の熱を帯びた瞳に魅せられた吉田は、彼女に恋心を抱いた。それは、悠子も同じだった。 吉田は悠子の為にアパートの部屋を借り、毎週末彼女の部屋に来ては彼女の手料理を食べ、彼女と他愛のない会話をしながら夜を明かした。『先生、お話って何ですか?』『悠子、君にしか頼めないことがあるんだ・・聞いてくれるかい?』『何でしょう?』『僕の、子どもを産んでくれないか?』吉田の言葉を聞いた悠子は、暫く黙っていたが、俯いていた顔を上げると、吉田にこう答えた。『・・はい。』その夜、悠子と吉田は結ばれた。 幸せな時間は、長くは続かなかった。律子が吉田の浮気調査を探偵に依頼し、彼が悠子を都内にあるアパートに囲っていることを知ったのだった。『あなた、相手の女と別れて頂戴!さもないと、今回の事お父様に言うわよ!』浮気が律子に露見し、吉田は彼女に平謝りするしかなかった。『済まない、もう君とは会えない。』『わかりました・・』悠子に別れを告げた日の朝、彼女は何処か寂しそうな表情を浮かべて吉田を見た。 それから二週間経ったある日のこと、吉田が彼女の部屋を訪れると、彼女は既に部屋を引き払い、実家に帰ってしまっていた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月26日
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イラスト素材提供:十五夜様ライン素材提供:ひまわりの小部屋様 翌朝、千尋と歳三は宿を出て、東京行きの始発汽車で鎌倉を発った。「千尋、家に帰る前に寄りたいところがあるんだが・・一緒に付き合ってくれねぇか?」「ええ・・でも、何処に行かれるのですか?」「それは、行けばわかるさ。」 東京駅で汽車から降りた歳三は、千尋を連れて銀座にある高級宝石店に入った。そこにはエメラルドやダイヤモンドの指輪やネックレスがショーケースの上に陳列され、時折美しい輝きを放っていた。「まぁ、綺麗・・」「土方様、いらっしゃいませ。」店の奥から、黒いワンピースを着た女店員がショーケースの前にやって来た。「頼んでおいた物を、持って来てくれ。」「はい、かしこまりました。」女店員はそう言って歳三と千尋に微笑むと、再び店の奥へと消えた。「千尋、暫く目を閉じていろ。」「どうして?」「いいから。」千尋が暫く目を閉じると、彼女は指に何か冷たい物が触れる感覚がした。「目を開けろ。」「はい・・」ゆっくりと千尋が目を開けると、自分の左手の薬指には先程までショーケースの上で輝きを放っていたダイヤモンドの指輪が嵌められていた。「義兄様、これは・・」「お前の女学校の入学祝いにここで買ったんだ。受け取ってくれ。」「こんな高価な物、受け取れませんわ。」千尋がそう言って指輪を抜こうとすると、歳三がそっと彼女を制した。「素直に俺の好意として、指輪を受け取ってくれ。」「まぁ、ありがとうございます・・義兄様。」千尋は歳三に笑顔を浮かべると、彼は羞恥で顔を赤く染めて俯いた。 自宅に戻った千尋は、自分の部屋にある押し入れの天袋にしまってある宝石箱を取り出すと、そこに歳三から贈られたダイヤモンドの指輪をしまった。「千尋、居るの!?」「はい、お義母様。」「千尋、昨夜お前歳三と鎌倉で一泊したそうね?」「はい・・」怜子は怒りに滾った目で千尋を睨むと、何も言わずに彼女の部屋から出て行った。「お嬢様、お客様がいらっしゃっております。」「睦っちゃん、お客様ってどなた?」「土御門様とおっしゃられる方です。」「土御門様が?」千尋が部屋から出て客間へと向かうと、そこには歳三の友人である土御門遼太(つちみかどりょうた)がソファに座って寛いでいた。「土御門様、お久しぶりでございます。」「千尋ちゃん、久しぶり。」客間に千尋が入ってくるのを見た遼太は、さっとソファから立ち上がるとそう言って彼女に微笑んだ。「兄は只今外出しておりますが、何か兄にご用ですか?」「いや、用があるのは歳三じゃなくて、君に用があるんだ。」「わたくしに?」「ああ。」遼太はそう言うと、そっと客間のドアを閉めた。「ねぇ千尋ちゃん、僕の所にお嫁に来て欲しいんだ。」「土御門様・・」「君が密かに歳三の事を好いていることは知っているよ。」遼太はそう言って千尋に微笑んだ後、彼女の華奢な身体を抱き締めた。「土御門様、お離しください!」「嫌だと言ったら?」にほんブログ村
2014年02月25日
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イラスト素材提供:十五夜様ライン素材提供:ひまわりの小部屋様 女学校に入学した千尋は、同じクラスで何人か仲の良い友達が出来た。今まで家の中に閉じこもり、外の世界を全く知らずに育った千尋にとって、女学校は楽しい所だった。「ただいま帰りました。」「お帰り。学校はどうだった?」「楽しかったです。」「そうか、それは良かった。」歳三はそう言うと、千尋の言葉を聞いて嬉しそうに目を細めた。「千尋、もうすぐお前の母さんの月命日だな。」「そうですね。」「今週末、一緒に俺と鎌倉に行かないか?」「はい、喜んで。」 週末、千尋は歳三とともに千尋の母が眠る鎌倉市内にある墓地へと向かった。「お母様、お久しぶりでございます。」母の墓前に花を供え、両手を合わせた千尋はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。歳三はそんな彼女の様子を見ながら、そっと墓の前から離れた。「おや、今月も来なさったのですね。」「住職様、お久しぶりです。」「すっかりご立派になられましたなぁ。」寺の住職はそう言うと、歳三を見た。「東京の方はどうですか?」「相変わらずですよ。最近、母は俺に縁談を勧めてくるんです。お前もそろそろ良い年なのだから身を固めろと・・」「それは当然だ、君ももう良い年だからなぁ。」住職は縁側で茶を一口飲んだ後歳三を見てそう言うと、彼は溜息を吐いた。「俺はまだ、結婚したくないんですよ。千尋の事があるし・・」「お主はまだ妹離れしておらんのか?困ったものじゃのう。」「からかわないでください、住職様。俺は・・」「義兄様、こちらにいらしていたのですね。」 千尋が住職を何かを話している歳三を見つけ、寺の中庭から中に入ると、住職は気を利かして縁側から離れた。「なぁ千尋、お前ぇこれからどうするつもりだ?」「何ですか義兄様、いきなりそんな事をお聞になるなんて・・」「いや、何でもない・・忘れてくれ。」「そうですか・・何だか義兄様、最近変ですよ?」その日は鎌倉に一泊せずに東京へ帰る予定だったが、突然大雨に降られ、歳三と千尋は駅の近くにある宿で一泊する事になった。「どうぞ、こちらです。」宿の仲居に案内されて入った部屋の中央には、一組の布団の上に二つの枕が置かれてあった。「まぁ・・」「てっきり俺達の事を新婚の夫婦だと思ったみてぇだな、宿の者は。」歳三はそう言って溜息を吐くと、押し入れの中から布団を取り出した。「俺はこっちで寝る。」「そうですか・・」「明日の朝は早く出るから、早く寝ろよ?」「はい・・お休みなさい、義兄様。」「お休み。」 夜の帳が下りても、千尋はなかなか寝付けずにいた。何故なら、自分に背を向けて眠っている歳三の存在が気になってしまうからだった。そっと布団から出た千尋は、歳三の枕元に立ち、彼の寝顔を見つめた。自分よりも肌理が細かくて抜けるような白い肌をして、目鼻立ちが整っている義兄の寝顔を見ながら、千尋は彼の唇に口付けたいという衝動に駆られた。(少しだけなら・・)恐る恐る千尋が己の唇を歳三の唇に近づけようとした時、歳三が突然低い声で呻いて寝返りを打った。(わたし、何て馬鹿なことを!)にほんブログ村
2014年02月25日
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「わたしが何故、千尋さんの突き出しを突然止めて欲しいと言いだしたのには、吉田議員がわたしにそう指示したからです。」「吉田先生が、どうしてうちのやり方に口を出すんだい?」恵子はそう言うと、浅田を睨んだ。「吉田議員は、千尋さんの実の父親だということが、最近わかりました。」「まぁ・・」「浅田様、それは本当ですか?」「ええ。実は吉田議員は、密かに千尋さんの身辺調査を興信所で依頼していました。その身辺調査書で、吉田議員は千尋さんが自分の娘であると知ったのです。」「それで?吉田先生は娘を遊女にしたくないから、突き出しを止めろと言って来た訳ですね?」「はい・・」「浅田さん、あなたが突然千尋の突き出しを止めろと言われても、はいそうですかってこっちがすんなりと受け入れる訳がないでしょう?千尋の突き出しは止めませんよ。」「わかりました・・」 二週間後、千尋の突き出しは予定通りに行われた。 白無垢を纏った彼女の花魁道中見たさに、温泉街の旅館やホテルに泊まっている観光客たちがスマートフォンや携帯電話片手に美鶴楼の前に並んでいた。 温泉街を練り歩いた後、千尋は両脇に禿(かむろ)を従わせながら美鶴楼の中へと入った。「千尋さん、とても綺麗だよ・・」「ありがとうございます、浅田様。」美鶴楼の中でも最上級の部屋、鶴の間に入った千尋は、浅田に微笑みながら彼の猪口に酒を注いだ。「酒はこれくらいにして、部屋に行こうか?」「はい・・」千尋は浅田に手をひかれながら、真新しい寝具が揃っている寝室へと向かった。「緊張しているかい?」「はい・・」「優しくするから・・」浅田はそう言うと、千尋の首筋を軽く吸いあげた。 全てが終わった後、千尋は暫し放心して褥の中にその身を横たえていた。「君に無理をさせてしまったね、すまない。」「謝らなくてもいいです・・浅田様に抱かれて頂いて、わっちは幸せでありんした。」「そうか・・千尋ちゃん、暫く横になって休んでいなさい。わたしは外で煙草を吸いに行って来るから。」「はい・・」『千尋は、今どうしている?』「部屋で寝ています。吉田先生、これからどうなさるおつもりですか?」『それは、どういう意味だね?』「もうわたしは、千尋ちゃんに吉田先生が父親であることを告げてしまいました。ここから先はわたしが出る幕ではありませんから・・」『そうか・・済まないね浅田君、君にこんな辛い事をさせてしまって・・』「いいえ。では、もう部屋に戻ります。」『また連絡するよ。』吉田議員と通話を終えた浅田は、携帯を閉じてそれをスーツの内ポケットに入れた。部屋に戻り、褥の中で安らかな寝息を立てている千尋の寝顔を眺めながら、浅田はそっと彼女の髪を優しく梳いた。「あなた、ここにいらしたのね。」「律子、何の用だ?」「何の用って・・あなた、今日はわたくし達の結婚記念日だってことを、お忘れになってしまったの?」「すまない、うっかりしていたよ。」「もういいわ!あなたって方は、いつもそうなのね!」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月25日
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「浅田様、大丈夫でありんすか?」「ああ。」隣の座敷で騒いでいた客は、浅田によって中庭に投げ飛ばされた後、警察に連行された。「さっき隣の座敷で給仕をしていた仲居から聞いたんだが、あの男は会社を解雇された挙句、女房にも逃げられて自棄酒(やけざけ)を呷っていたみたいだ。」「それで、あんな騒ぎに?」「酒を飲んでいる内に、廊下越しに聞こえる他の客達の笑い声が自分を馬鹿にしているように聞こえたんだとさ。全く、困ったもんだよ。」浅田はそう言って溜息を吐くと、猪口に注がれた酒を飲んだ。「さてと、隣の座敷の騒ぎが落ち着いたところで、君の突き出しの日について話をしようと思ったんだが・・」「浅田様なら、わっちは安心して身を委ねられます。」「その話なんだが・・なかったことにして貰えないだろうか?」「は?」千尋は、浅田の言葉に一瞬耳を疑った。「それは、どういう意味でありんすか?」「言葉通りの意味だ。遊女になるのを、辞めて欲しいんだ。」そう言って自分を見つめる浅田の眼差しは、真剣そのものだった。「浅田様、今まで進めてきたわっちの突き出しを中止するなぞ・・女将さん達が許すと思いますか?」「それは、わたしが何とかする・・」千尋の突き出しにかかる莫大な費用は、姉女郎である朝霧や養母の恵子が捻出し、美鶴楼に贔屓にして貰っている置屋や商店への挨拶回りにもとうに済ませていた。 全ての準備が整い、突き出しの日まで時間がないというのに、何故浅田は急に突き出しを取り止めにすると言いだしたのだろうか。「浅田様、訳を聞かせてください。突き出しを突然止めるなど浅田様が言いだすのには、ちゃんとした訳がおありだからでしょう?」「済まないが、今は言えないんだ・・」「そんな・・」千尋はそう言うと、自分から顔を背ける浅田を座敷に残してその場から去った。「千尋、どうした?」「澪姐さん・・」「浅田様と何かあったのかえ?」「浅田様が、さっき・・」千尋は澪に、浅田が突然自分の突き出しを辞めて欲しいと言った事を話した。「まぁ、それは本当かえ!?」「はい・・訳を話してくれとわっちが尋ねても、その訳を話してくださらないのです。」「すぐに女将さんにわっちが話してくるよ。」澪はそう言うなり、千尋の手を引っ張って恵子の部屋へと向かった。「何だってぇ、浅田様がお前の突き出しを辞めて欲しいって言ったのかい!?」「はい・・」「浅田様は何処だい?」「“鷺(さぎ)の間”にいらっしゃいます。」「千尋、案内しておくれ。」 数分後、恵子は浅田と鷺の間で向かい合うような形で座っていた。「浅田様、もう千尋が突き出しすることは決まっているんですよ。もう贔屓になさっている方々への挨拶回りは済んでいますし、突き出しに掛かる費用もあたしらが全額負担しているんです。それを急に止めるなんて言われちゃぁ、うちが破産しますよ。」恵子はそう言うと、煙管に溜まっていた灰を火鉢の中に捨てた。「女将さんのお怒りはごもっともです。ですがこちらには事情がありまして・・」「だから、その事情ってやつを話してくださらないと、うちらも納得できないんです。」「わかりました・・」 浅田はそう言うと、俯いていた顔をゆっくりと上げた。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月25日
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「ねぇ聞いたかい、千尋の突き出しの日が決まったんだってさ!」「へぇ~、千尋がねぇ・・まぁ、あの子なら朝霧よりも稼ぐだろうさ。」「そうだねぇ。何ていったって、この美鶴楼の跡継ぎだもの。」先輩遊女たちがそんな話を廊下でしているのを、千嘉は廊下の雑巾掛けをしながら聞いていた。「ねぇ、千嘉はどうなるんだい?この先、このまま留袖新造として置いて置く訳には・・」「まぁ、それもそうだよねぇ・・」彼女達がちらちらと自分の方を見ながらヒソヒソと陰口を叩いているのを聞いた千嘉は、そっとその場から離れた。 自分でも、今後どうすればよいのかわからない。留袖新造としてこのままここで生きていても、自分の将来が開けない事くらい、わかっている。だが、ここから出て自分を引き取ってくれる所などあるのだろうか。「千嘉ちゃん、どうしたの?」「澪(みお)姐さん・・」突然誰かに肩を叩かれ、千嘉が俯いていた顔を上げると、そこには何かと自分を気に掛けてくれる澪花魁が立っていた。「何でもありんせん。」「余り思い詰めるんじゃないよ。」「はい・・」 千尋は突き出しの日を一ヶ月後に控え、稽古に精を出した。「千尋、ちょいとあたしの部屋に来ておくれ。」「はい・・」千尋が三味線の稽古を終えて美鶴楼に帰ると、遣り手のキクが彼女を自分の部屋へと連れて行った。「これ、今朝浅田様があんたの突き出しの前祝いとして贈ってくれたんだよ。」「まぁ・・」部屋の中央に置いてある衣桁(いこう)に掛けられているのは、純白の白無垢だった。「これを花魁道中で着て欲しいってさ。」「まぁ、花魁道中をやるのでありんすか?」「あんたの突き出しは、特別だからね。きっと華やかな花魁道中になるだろうねぇ・・」キクはそう言うと、机の上に置かれている本棚から一枚のアルバムを取り出した。「ご覧、この町でも昔は時代劇に出て来るような花魁道中をやっていたんだよ。」アルバムには、花魁だった頃のキクが、華やかな襠(うちかけ)を身に纏い温泉街を練り歩く姿が写っていた。「あたしが生きている間に、また花魁道中が見られるなんて嬉しいねぇ・・」キクはそう言うと、涙を流した。「キクさん・・」「歳を取ると、涙腺が弱くなって参っちまうよ。」 千尋の突き出しの日まで二週間を切ったある日の夜のこと。「浅田様、この前は素敵な白無垢をくださってありがとうございます。」「礼なんて要らないよ。二週間後が楽しみだよ。」「わっちもです。さあ浅田様、もう一口どうぞ。」千尋がそう言って浅田の猪口に酒を注ごうとした時、隣の座敷から何かが割れる音が聞こえた。「何でありんしょう?」「君は部屋に居ろ、僕が様子を見て来る。」浅田が隣の座敷へと向かうと、そこには泥酔した大男が憂さ晴らしにと部屋中の物を手当たり次第壊していた。「やめなさい、このような場で暴れるなど!」「うるせぇ、てめぇ俺様に説教垂れるなんざ、何様だ!」大男は、そう言うと浅田に唸り彼に突進してきた。だが浅田は大男が繰り出した拳をひょいとかわすと、そのまま大男の手首を掴んで彼を中庭へと投げ飛ばした。「浅田様、大丈夫でありんすか!?」「誰か、警察を呼んでください!」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月24日
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「浅田様は、大層千尋の事を気に入ってくださっているようでありんすなぁ?」朝霧はそう言うと、浅田の猪口に酒を注いだ。「昨夜、泉ホテルのパーティーでわたしが吹く龍笛と、琴の合奏でパーティーの最後を飾ろうと思っていたんだが・・急に琴の演奏者が高熱で倒れて欠席してしまってね。」「まぁ、それは大変でありんしたなぁ。」「急遽代わりの演奏者を探そうかとわたしが主催者側と話をしていたら、千尋君が琴の演奏をしてくれたんだ。あの子のお蔭で、パーティーは大成功に終わったよ。」「そうでありんしたか。それで、千尋に礼を言いに、こちらにおいでに・・」「ああ。朝霧、千尋君に早く元気になってまたあの美しい琴の音を聞かせておくれと伝えてくれないか?」「はい、ちゃんと千尋に伝えます。」「今日は少し飲み過ぎたから、もう帰るよ。見送りは結構。」「お気を付けて。」 朝霧の座敷から出た浅田が、美鶴楼の玄関先で靴を履いていると、不意に彼は背後の視線に気づいて振り向くと、そこにはじっと自分を見つめている一人の少女の姿があった。「そこのお嬢さん、何かわたしに用かな?」「いえ・・主様は、千尋と知り合いでありんすか?」「まぁね。君は、千尋君とどんな関係なんだい?」「千尋とわっちは、小学校時代の友人でありんした。でも今は違いんす。」少女―千嘉は、そう言うと両の拳を握り締めた。「千嘉、またこんな所で油を売っていたのかい!お客様がお呼びだよ!」「はい、ただいま!」千嘉は浅田に頭を下げると、そのまま廊下の奥へと消えていった。 美鶴楼を出た浅田は、そのまま近くの旅館で一泊すると、翌朝東京へと戻った。「吉田先生、いらっしゃいますか?」「浅田君か、入りたまえ。」「失礼致します。」 東京へと戻った浅田は、吉田議員の自宅がある田園調布へと向かった。「わたくしに、内密にお話したい事があるというのは、どんなお話でしょうか?」「君は、荻野千尋という美鶴楼の振袖新造に会ったね?」「ええ。泉ホテルのパーティーで、琴を弾いてくれました。その子が何か?」「実は・・わたしは密かに、あの子の身辺調査を興信所に依頼していてね。その結果が昨日、届いたんだ。」 書斎で吉田議員は浅田と向き合うようにソファに座りながら、彼に千尋の身辺調査書を手渡した。「先生、これがもし事実なら、大変なスキャンダルになります!」「ああ。わたしは昨夜この身辺調査書を見た時、目を疑ったよ。だが、千尋ちゃんがわたしの娘であるということは、紛れもない事実なんだ。そこで浅田君、君に頼みたいことがある。」「わたしに、頼みたい事ですか?」「ああ・・」吉田議員は、そっと浅田の耳元に何かを囁いた。「千尋、退院おめでとう。」「ありがとうございます、姐さん。心配掛けてしまって、申し訳ありませんでした。」 千尋は25日間の入院生活を終え、朝霧から花束を受け取って退院したのは、3月半ばのことだった。「休んだ分、芸に精を出します。」「余り無理しないようにね。身体を壊したら元も子もないからね。」「はい、わかりました。」 タクシーで美鶴楼に戻った朝霧は、千尋を自分の部屋に呼んだ。「千尋、お前そろそろ突き出しの時期だろう?」「ええ・・」 突き出しとは、振袖新造が遊女としてデビューする日のことである。突き出しする振袖新造の相手は、姉女郎が決めるのが、美鶴楼のしきたりであった。「あんたの最初の相手は、浅田様に指名しようと思っているんだけど、どうだい?」「わっちは、姐さんが決めた事に従うまでです。」「そうかい。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月24日
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イラスト素材提供:十五夜様ライン素材提供:ひまわりの小部屋様「おう、帰ったぞ。歳三はどうした?」土方家当主・篤俊(あつとし)がそう言って居間に入ると、そこには不機嫌な表情を浮かべた彼の妻・怜子がソファに座っていた。「あの子なら、あの女の所ですよ。」「なんだ、そうか。」「あなた、あの女を早くこの家から追い出して頂戴な!あの女は夜な夜な下手糞な癖に月琴を弾いては、母親の霊を呼び出してあたくしの枕元に立たせているのよ!」「そりゃぁ、お前の被害妄想に過ぎないだろう?千尋はそんな嫌がらせをするような子じゃないさ。」「まぁ、あなたったら、いつもあの子の肩をお持ちになるのねぇ!」怜子は夫の言葉を聞くなり頬を膨らませ、居間から出て行った。一人ソファに取り残された篤俊は、ネクタイを緩めながら溜息を吐いた。「義兄様、起きてくださいな。」「何だよ、うるせぇなぁ・・」 畳の上に寝転がり、座布団を枕代わりに、スーツの上着を布団代わりにして寝ていた歳三の身体を千尋が揺さ振ると、彼は低く呻きながらゆっくりと起き上がった。「こんな所で寝ていては風邪をひいてしまいます。どうか、お部屋に戻ってくださいませ。」「いいじゃねぇか、たまにはここで布団を並べて二人で寝ても。」歳三はそう言うと、腹違いの妹を抱き締めた。「そのようなこと、奥様がお許しになる筈がないでしょう?」「ふん、俺はあんな婆の言う事なんて聞くもんか。」「義兄様・・」頑として自分の部屋から出ようとしない歳三を前に困り顔を浮かべた千尋は、溜息を吐きながら奥の廊下の方から足音が聞こえてくることに気づいた。「坊ちゃん、またこちらにいらしておいででしたか。」すっと部屋の襖が開き、二ヶ月前に土方家にやってきた女中・睦(むつ)が部屋に入ってきた。「お願いですから義兄様、どうかお部屋にお戻りくださいませ。」「おお睦、丁度いいや。俺の部屋から布団を運んで来い。」「かしこまりました。」密かに惚れている歳三の頼みごとを断れず、睦はそう言うと再び襖を閉めて歳三の部屋へと向かった。「こうして一緒に布団を並べて寝ていると、子どもの頃のことを思い出すなぁ・・」「ふふ、そうですわね。まだお母様が生きていらした時、義兄様はよく鎌倉に遊びに来てくれましたわね。」 その日の夜、歳三と共に布団を並べてそこに横になりながら、千尋は母が生きていた幼き頃、鎌倉で歳三と過ごした楽しい夏の日々に想いを馳せていた。毎年夏になると、いつも東京で離して暮らしている歳三がやって来ると、母と二人で暮らしていて静まり返っている別邸の中が急に賑やかになり、歳三は千尋を海水浴や夏祭りに連れて行き、彼女が欲しい物を買ってやったりしていた。 まだその頃は自分達が腹違いの兄妹であるという複雑な事情も知らず、仲のいい幼馴染同士だと二人は信じて疑わなかった。「千尋、春から女学校に行くんだってな?」「ええ・・」「誰かに苛められたら俺に言えよ。俺がそいつを懲らしめてやるから。」「もう、義兄様ったら・・」歳三の言葉を聞いた千尋がそう言って噴き出すと、それにつられて歳三も大声で笑った。 肌寒い2月が過ぎ、桃の節句が過ぎて桜の季節を迎える頃、千尋は女学校入学の日を迎えた。「まぁ、良くお似合いだこと。」「お嬢様はお振袖と袴姿も似合うけれど、セーラー服もお似合いになるのね。」真新しい紺サージのセーラー服姿の千尋を遠目で見ながら、女中達はそんな事を囁き合い、どこか浮き足立った様子で給仕をしていた。「義兄様。」「千尋、良く似合うぞ。」「ありがとうございます。」自分の髪に蒼いリボンを飾ってくれた歳三に何処か照れ臭そうな笑みを浮かべた千尋は、意気揚々と土方家の門を出て女学校へと向かった。にほんブログ村
2014年02月23日
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イラスト素材提供:十五夜様ライン素材提供:ひまわりの小部屋様 雪がしんしんと降り積もる夜に、今日もまたあの部屋からどこか物哀しげな月琴の音色が聞こえてきた。「ほら、また・・」「奥様がすぐに癇癪を起こされるよ・・」廊下で月琴の音色を聞いていた女中達がそんな会話を交わしていると、不意に彼女達の前にあった部屋の襖が大きく開け放たれ、そこから顔を怒りで赤く染めた一人の女が出て来た。「煩い、静かにしろ!」女はそう言うと中庭に降り、月琴の音色がする部屋に向かって大声で怒鳴った。「ほら、言わんこっちゃない。」「くわばら、くわばら。」女中達はそそくさと女の前を通り過ぎて廊下の奥へと消えていった。女はというと、裸足のまま月琴の音色がする部屋の襖を乱暴に開け放ち、土で汚れた足でその部屋の畳を踏みながら、月琴を奏でる一人の少女の頬を平手で打った。 女に打たれた少女は泣きもせず、鮮やかな金髪を波打たせながら畳の上に蹲った。「毎晩毎晩あんたの下手糞な月琴の音を聞いているこっちの身にもなってみろ!お情けでここに置いてやっているというのに・・」「すいません、すいません。」「まったく、可愛げがない子だこと!」女は不快そうに鼻を鳴らすと、そのまま少女の部屋から出て行った。 部屋に一人取り残された少女―千尋は、女が残していった泥の足跡を恨めしそうな目で見つめながら、溜息を吐いた。 千尋がこの家に引き取られることになったのは、彼女の唯一の肉親であった母親が一昨年の春に病死した後のことだった。名のある資産家の妾として母は鎌倉の別邸をその男から与えられ、彼女が死ぬまで千尋は母と親子二人で互いに支え合いながら生きて来た。だがその母が病死し、頼れる身内がいない千尋を哀れに思い、男は自分の本妻と子が暮らす家に彼女を娘として引き取ったのだった。 男の本妻は、妾の娘である千尋が気に入らず、母の形見である月琴以外、彼女が持っていた宝石や着物などを全て取り上げては自分の物にしていた。この家に仕えている女中達も女主人である本妻に倣い、千尋に辛く当っていた。誰一人味方が居ないこの家で、千尋は夜な夜な月琴を弾いて亡き母を偲んでいた。「千尋、居るか?」女に汚された畳を雑巾で千尋が拭いていると、廊下の方から義兄・歳三の声が聞こえた。歳三だけは、千尋の事を唯一気に掛けてくれる存在だった。「はい、居ります。」「邪魔するぞ。」歳三はそう言うと、部屋に入った。「今日は千尋に、土産を買ってきたんだ。」「お土産、ですか?」「そうだ。」歳三はスーツのポケットから、金平糖が入った袋を取り出すと、それを千尋に手渡した。「まぁ、ありがとうございます義兄(にい)様。」「今日もあの人から怒られたのか?」「ええ・・」「まぁ・・」「まったく、あの人はすぐに癇癪を起こして困るな。」歳三はそう言って溜息を吐くと、千尋が抱えている月琴を見た。「千尋、お前の月琴を聞かせてくれねぇか?」「そんな・・義兄様に聞かせられるようなものではございません。」「いいじゃねぇか、聞かせてくれよ。」「では・・」 千尋の部屋からまた月琴の音が聞こえてきたので、女がまた彼女の部屋に向かい、襖をそっと開けて中を覗くと、そこには歳三が畳の上に寝そべって千尋が奏でる月琴の音に耳を傾けていた。にほんブログ村
2014年02月23日
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翌朝、千尋は布団を出ようとしたが、何故か全身がだるくて起き上がれなかった。「千尋、起きな。」「すいません、姐さん・・」いつの間にか千尋の枕元に朝霧が座っており、彼女はそっと白魚のような手を千尋の額にあてた。「酷い熱だ。誰か、この子を病院へ連れて行って。」「大丈夫です、姐さん。ただの風邪ですから、寝ていればそのうち治ります。」「風邪を馬鹿にするんじゃないよ。風邪は万病の元だというじゃないか。」朝霧はそう言って千尋の額から手を退けると、彼女の部屋から出て行った。 朱美が運転する車で連れて行かれた病院の診察室で、千尋は医師から自分が肺炎に罹っていることを告げられた。「暫くの間、入院して貰う事になりますね。あと数分受診するのが遅ければ、命を取られるところだったかもしれません。」「わかりました・・」千尋が急遽入院することなり、朱美が彼女の身の回りの世話をすることになった。「すいません朱美さん、ご迷惑をお掛けしてしまって・・」「困った時はお互いさまでしょう、謝らなくてもいいわよ。」朱美はそう言った後、そっと千尋の上に毛布を掛けた。「今は無理をしないで、ゆっくりと休みなさい。」「はい・・」点滴を打たれ、ベッドに横たわった千尋はゆっくりと目を閉じた。 千尋が入院した日の夜、吉田議員が彼女を見舞いに来た。「君が急に肺炎に罹って入院する事になったと、朝霧から聞いてね。どうだい、調子は?」「少し良くなりました。」「そうか、それはよかった。」吉田議員はそう言うと、そっと千尋の髪を優しく梳いた。「先生、お忙しいのにわざわざお見舞いに来て下さってありがとうございます。何のおもてなしも出来ませず、申し訳ありません・・」「病人に気を遣わせてしまうとは、僕の方こそ申し訳ないね。早くよくなってくれよ。」吉田議員は千尋に微笑むと、病室から出て行った。「先生、あの娘のことを気に入っておられるようですが・・」「鈴木、僕はただ純粋に千尋ちゃんのファンとして彼女を応援しているだけなんだ。」「そうですか・・ですが先生、政治家にとってスキャンダルは命取りですので、くれぐれも油断なさらずに・・」「そんな事、お前から言われなくてもわかっているよ。」吉田議員はそう言うと、金色の双眸で秘書を睨みつけた。「申し訳ございません・・」「わかればいい。それよりも、例の件は調べてくれたのか?」「はい。」秘書から千尋の身辺調査書を受け取った吉田議員は、東京へと帰る車の中でそれに目を通した。「先生、どうされました?」「いや、何でもない・・」(まさか、こんな事があっていいものだろうか・・) 美鶴楼には、泉ホテルのパーティーで千尋と合奏をした浅田が客としてきていた。「千尋ちゃんはどうしたんだい?」「千尋なら、今入院しておりんす。肺炎に罹ってしまって・・」「そうですか・・ここに来れば彼女に会えると思ったのに、残念だな。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月23日
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「総美(さとみ)、良く頑張ったわね!」「ありがとう、ママ。」演技を終えた総美は、美香から祝福の言葉を受けた後、彼女と抱擁を交わした。「努力したら必ず報われるって、本当ね。ママ、あなたの事を信じていたわ!」「沖田選手、インタビューお願い致します。」「ママ、わたしもう行かなくちゃ。またあとでね。」「ええ。」マスコミの取材陣に取り囲まれている娘の姿を遠目で見ながら、美香は今まで総美の為に尽くしてきて良かったと思った。 7歳で総美がスケートを本格的に習い始めた時、美香は一日も欠かさず彼女を東京・田園調布の自宅から横浜市内にあるスケートリンクまで車で送迎し、栄養バランスを考えた食事を食卓に並べ、いつも総美には愛情が籠もった弁当を作り、総美の衣装も全て美香がミシンで縫った。そうした今までの努力が、今日報われたのだ。(総美にスケートを習わせたのは、間違っていなかったわ。)オリンピックという、世界各国のトップアスリートが集う大会で、総美はトップになった。娘の喜びは、母親である美香の喜びでもあった。「ショートプログラム1位、おめでとうございます。」「ありがとうございます。」「今のお気持ちはいかがですか?」「練習で失敗していた4回転半ジャンプが決まって、ホッとしました。」「明後日のフリーも、頑張ってください。」「頑張ります!」 インタビュアーの質問に笑顔でそう答える姉の姿を見た貴司は、カップラーメンを一口啜った後テレビのスイッチをリモコンで消した。「貴司君、今日こそ学校に行きましょう、お友達も君の事、待っているわよ!」「うるせえなぁ、クソ婆!」ドア越しに聞こえる担任の耳障りなキンキン声から逃れたい為に、貴司はこたつの中に深く潜った。暫くドアノブをガチャガチャと回す音が聞こえたが、担任は貴司を部屋から引っ張り出すのを諦めたようで、彼の部屋の前から去っていく気配がした。 自分の部屋に貴司が引き籠るようになって、もう2年が経つ。中高一貫の男子校の中等部に通い、憧れだった剣道部に入部して毎日仲間と汗を流していた貴司だったが、彼が不登校になった原因は、ごく些細なことだった。中学で初めて迎えた一学期の期末試験の結果が、最下位から二番目の成績だったのだ。この学校に入る為に猛勉強し、トップで合格した貴司は、自分よりも優秀な成績を修めている同級生の存在に気づいてショックを受けた。それ以来、同級生たちの笑い声や話し声を聞く度に、彼らが自分を馬鹿にしているのではないか、陰口を叩いているのではないかという被害妄想にかられ、ある日ついに貴司は部屋から一歩も出られなくなってしまった。トイレと風呂以外、彼は一日の始まりから終わりまで自分の部屋で過ごしている。食事は家政婦が部屋の前に置いてくれている物を食べたり、たまに気分が良い日はスーパーに行き、安売りのカップラーメンを買い溜めして賞味期限が古い日付順にそれを食べたりしている。 家族は、貴司が引き籠っていることに何も言わない。父は仕事人間で家庭を顧みないし、祖父は祖父で退職後の人生を料理教室に通ったり、仲間内のゴルフの集まりに出たりと、悠々自適な暮らしを送っている。そして祖母は、あの鄙(ひな)びた温泉街にある介護施設で、その身が朽ち果てる日を待ちながら、毎日あの赤い橋を眺めている。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月23日
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「君、琴は弾けるの?」「ええ。『六段の調べ』や『春の海』を弾けますし、最近の流行歌を筝曲にアレンジして弾く事もできます。」「そうか、じゃぁお願いするよ。こっちに来て。」浅田とともに千尋が壇上に上がると、そこには先程まで吉田議員が立っていた場所に、琴台の上に一面の琴が載せられていた。「琴の爪は、そこに置いてあるのを使って。」「わかりました。」『皆様、本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。宴の最後を飾りますのは、浅田光則様の龍笛と、美鶴楼の千尋様による“春の海”の合奏です。』 司会者の挨拶が終わった後、壇上に立っている千尋と浅田にスポットライトが当てられた。千尋は深呼吸した後、ゆっくりと『春の海』を奏で始めた。「浅田様の龍笛、いつ聴いても素晴らしいわ。」「本当、浅田様の笛の音を聴いているだけで、心が安らぐわ。」女性客達はそんな事を言いながら、壇上で龍笛を吹く浅田に熱い視線を注いでいた。演奏が終わった後、千尋と浅田は招待客達から喝采を浴びた。「ありがとう、君のお蔭だ。」「いいえ。」「縁があったらまた会おう。」「はい。」千尋はそう言うと、浅田と握手を交わした。「ただいま戻りました。」「お帰り、千尋ちゃん。パーティーはどうだった?」「楽しかったです。」「そうかい。外は寒かっただろう?居間でこたつにでも入ってテレビでも観よう。」 泉ホテルから千尋が帰宅すると、玄関先に先輩遊女の朱美(あけみ)が彼女を出迎えた。彼女と共に居間に入ると、先輩遊女たちはテレビの前で総美(さとみ)の演技に釘づけになっていた。「総美ちゃんのジャンプは綺麗に決まったわねぇ~」「小さい頃からスケートを習っているだけあるわぁ、全然ブレていないわねぇ。」「これなら、金メダル狙えそうねぇ~」千尋が彼女達の間から少し首を伸ばしてテレビを観ると、そこには氷上で美しく舞っている総美の姿があった。その姿を観た瞬間、千尋の中で黒い感情が一気に噴き出しそうになった。「あたし、お茶淹れてきますね。」逃げるように居間から出て台所に入った千尋は、流しの中に頭を突っ込むと、排水口にパーティーで食べた物を全て吐き出した。「千尋ちゃん、どうしたの?」 漸く吐き気が収まり、千尋が流しから顔を上げると、朱美が心配そうに自分を見ていることに気づいた。「大丈夫です・・」「さっきはごめんね・・」「朱美さんが謝る事ないですよ・・」「お茶はあたしが運ぶから、千尋ちゃんは先に休んだら?」「わかりました・・それじゃぁ朱美さん、おやすみなさい。」朱美に頭を下げ、千尋は台所を出て二階の自室へと上がり、布団を敷いて着替えもせずにそのまま横になった。階下の居間では、先輩遊女たちがテレビの前で歓声を上げていた。『103点!沖田総美選手、自己記録を更新しました!』 緊張とプレッシャーの中、総美はショートプログラムでライバル・椰娜(ユナ)に初めて勝利した。ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月22日
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「失礼ですが、あなた様のお名前を伺っても宜しいですか?」「わたしは、美鶴楼の千尋と申します。あなた様は?」「わたしは、こういう者です。」男はそう言うと、千尋に一枚の名刺を手渡した。「浅田光則(あさだみつのり)様とおっしゃるのですか。後で、朝霧姐さんにあなた様のことをお伝えしておきます。」「宜しくお願い致します。」男―浅田光則は千尋に頭を下げた後、彼女に背を向け招待客の輪の中へと戻っていった。「千尋ちゃんじゃないか?こんな所でどうしたんだい?」「千代松姐さん・・」 背後から誰かに肩を叩かれ、千尋が振り向くと、そこには黒紋付の留袖を纏った千代松が立っていた。「わたしは、朝霧姐さんの名代でこのパーティーに来たんです。千代松姐さんは?」「このパーティーに、あたしらも呼ばれたのさ。あそこに立っている吉田先生が、あたし達にわざわざ招待状を出してくれてねぇ。」千代松がそう言って壇上の方を指すと、そこには甘いマスクを漂わせている衆議院議員・吉田稔麿(よしだとしまろ)が立っていた。長身でオーダーメイドのスーツが似合う吉田議員は、千代松の視線に気づくと、壇上から降りて千代松と千尋の方にやって来た。「千代松さん、来てくれてありがとう。この子は?」「この子は、美鶴楼の千尋ちゃん。」「初めまして、荻野千尋と申します。今夜は、朝霧花魁の名代でこちらのパーティーに出席する事になりました。」「そうか。千代松から君の事は色々と聞いているよ。何でも、芸達者で将来が楽しみな振袖新造さんだとか。」「いえ、そんな事はありません。千代松姐さんや朝霧姐さんと比べたら、まだまだわたしは未熟者です。」「ふふ、可愛らしい子だね。」吉田議員はそう言うと、千尋に優しく微笑んだ。「先生、こちらにいらしていたのですか!」三人の背後で突然声がしたかと思うと、吉田議員の前に銀縁眼鏡を掛けた少し神経質そうな男がやって来た。「鈴木、わたしは今この麗しいレディ達と楽しい時間を過ごしているんだ、邪魔しないでくれ。」「先生、実は・・」男はそう言うと、吉田議員の耳元で何かを囁いた。「わかった、行こう。」渋面を浮かべた吉田議員は、千代松と千尋の方へと向き直り、彼女達に笑顔を浮かべた。「済まないが、急用が入ってしまって、すぐに東京に戻らないといけなくなってしまったんだ。折角君達と楽しい時間を過ごせると思っていたのに、残念だよ。」「先生、あたしらの事なんか気にせずに、どうぞお気を付けて東京にお戻りくださいな。」「本当に済まないね。この埋め合わせは必ずするから。」「先生、急ぎましょう。」男とともにパーティー会場を後にした吉田議員の背中を見送った千尋は、グラスに入った水を一口飲んだ後溜息を吐いた。「どうしたんだい?」「少し、緊張してしまって・・」「まぁ、無理もないね。あたしも何度か吉田先生とお座敷でお会いするけれど、何故か緊張しちまうのさ。」「千代松姐さんは、吉田先生とお知り合いなのですか?」「ああ。あたしがまだ半玉だった時から、先生には御贔屓になっているよ。」千尋と千代松が吉田議員の話をしている時、先程千尋とぶつかった浅田が何やら慌てた様子でホテルのスタッフと話しこんでいた。「あの、どうされました?」「実は、今夜琴を弾かれる方が急病で欠席する事になりまして・・その代わりの方を今探しているところなんです。」「宜しければ、わたしが琴を弾きましょうか?」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月22日
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写真素材提供:写真素材 足成様ライン素材提供:White Board様「総美、おはよう。」「おはよう、ママ。」「昨夜は良く眠れた?」 カナダ・バンクーバーにある選手村の宿舎にある食堂で、沖田総美(おきたさとみ)は母親の美香と朝食を取っていた。7歳の時にスケートを始めてから10年、彼女は今やトップのフィギュアスケートの選手として有名になっていた。「コーチから聞いたわよ、あなた昨日遅くまで練習していたんですって?」「4回転半ジャンプがなかなか決まらなくて・・」「余り根詰めると、飛べるものも飛べなくなっちゃうわよ?リラックスなさい。」「わかった・・」初めて出場するオリンピックの空気を肌で感じながら、総美は金メダル獲得というプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。「ママ、わたし絶対に金メダルを獲って、ママの首に金メダルを掛けてあげるわ。」「ありがとう、総美。その気持ちだけで嬉しいわ。」美香はそう言うと、愛娘を抱き締めた。『総美、今の気持ちはどう?』『金メダルを獲れる自信はあるの?』朝食を終えた総美がリンクへと向かう途中、彼女は海外メディアの取材陣から質問攻めにされた。『ただひたすら練習あるのみです。努力すれば必ず報われると、わたしは信じています。』総美は自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、取材陣に向かって笑顔を浮かべた。『サトミ、今日は調子がいいのね。』『椰娜(ゆな)、腰の調子はどうなの?』『昨日湿布を貼ったら、だいぶ良くなったわ。』リンクで練習をしていた総美は、ライバルである韓国の李椰娜(イ・ユナ)選手とそんな事を話しながら、彼女のコンディションが悪い事を知って内心安堵の溜息を吐いた。世界選手権や数々の大会で彼女と戦ってきた総美だったが、総美は一度も椰娜に勝ったことがなかった。椰娜は、総美にはない表現力のセンスや、難易度の高いジャンプを決める技術を持っている。 マスコミは、総美と椰娜、どちらが金メダルを獲るのかと、連日面白おかしく報道していた。スケートを習い始め、数々の大会に出場して今まで負け知らずであった総美にとって、椰娜は最大のライバルであり、強敵であった。「さぁ、間もなくフィギュアスケート女子、ショートプログラムが始まります!」 総美がバンクーバーで終わりのない戦いに臨んでいる頃、千尋は朝霧花魁の名代として泉ホテルで開かれているパーティーに出席していた。絢爛豪華なホテルの広間に集う盛装した招待客達を見ながら、千尋はまるで別世界に来たような気がした。 少し喉が渇き、ボーイに水を貰おうとした時、彼女は一人の男とぶつかってしまった。「すいません、大丈夫ですか?」「いえ・・お怪我は、ありませんか?」「ええ・・」千尋がそう言って俯いた顔を上げ、自分とぶつかった男を見た。切れ長の目で自分を見つめる男の美しさに、千尋は暫し見惚れていた。「わたしの顔に何かついていますか?」「いえ・・」にほんブログ村
2014年02月21日
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千尋が恵子達の元に引き取られてから、10年もの歳月が経った。彼女は中学卒業後、『美鶴楼(びかくろう)』で振袖新造として働き始めた。三味線や琴・鼓、そして踊りの名手として千尋は、廓の中で一目置かれる存在となっていた。「千尋、今日はわっちの名代で泉ホテルのパーティーに出ておくれ。」「わかりました、姐さん。」朝霧花魁の名代で、千尋は泉ホテルで開かれるある政治家のパーティーに出席する事になった。「千尋は千嘉とは違って、器量よしで芸達者でありんすから、わっちも安心して他の座敷でお客様をお迎えする事ができんす。」朝霧はそう言うと、千尋に優しく微笑んだ。「ありがとうございます、姐さん。」「くれぐれも、先方に失礼のないようにしておくれ。」 朝霧が新造部屋から出て行くのと入れ違いに、部屋に千嘉(ちか)が入ってきた。 花魁として未来が約束されている振袖新造の千尋とは対照的に、留袖新造の千嘉は朝霧花魁の元に付きながら、彼女の身の回りの世話をして、客を取っていた。「千嘉ちゃん・・」「千尋姐さん、こんな所に居ては風邪をひきんしょう。」千嘉は他人行儀な口調で千尋にそう言うと、暖房のスイッチを入れた。「千嘉、ここに居たのかえ?」千嘉の姿を目敏く見つけた振袖新造の瑠美(るみ)は、そう言って彼女を軽く突き飛ばしながら部屋に入った。「千嘉、肩を揉んでおくれ。」「はい・・」「おやまぁ、汚い手だこと。爪の中なんか真っ黒じゃないか。」自分の肩を揉もうとする千嘉の手を取った瑠美は、そう言うと意地の悪い笑みを浮かべながら千嘉を見た。「千嘉、もういいよ。」「失礼します・・」 千嘉が新造部屋から出て行き、千尋は瑠美と二人きりになった。「千尋、あんた今夜泉ホテルのパーティーに行くのかえ?」「はい。朝霧姐さんの名代で・・」「お前はいいねぇ、器量よしで芸達者で・・それに比べてわっちなんか、何の取り柄もない女さ。」そう言って溜息を吐いた瑠美は、何処か憂いを帯びた目で窓の外を見た。「一度だけでいいから、外に行きたいねぇ・・」廓の中で生きる女が外に出られるのは、病に罹って死ぬ時か、身請けされる時と決まっている。「瑠美、あんたまぁたここで油売っていたのかい!」「遣り手どん、見逃しておくれよぉ。」「あんたって子は、暇さえあればサボろうとするんだから!」キヌは瑠美の耳を掴むと、彼女を新造部屋から引き摺りだした。「勘弁しておくれよぉ、遣り手どん。」「今日という今日は、あんたにきつい灸をすえてやるからね、覚悟しな!」瑠美の泣き声とキヌの怒鳴り声が廊下の奥へと消えてゆくと、千尋は新造部屋から出て裏口へと向かった。「千尋、何処行くんだい?」「朝霧姐さんに、ちょいと買い物を頼まれまして。」「そうかい、気を付けて行くんだよ。3月に入ったっていっても、まだこの地域じゃぁ雪が積もっている所があるからねぇ。転んで怪我でもしたら、大変だ。」「わかりました、それでは行って参ります。」千尋が駅前のコンビニで買い物を済ませ、昔よく通っていた韓国式食堂の前を通ると、シャッターで閉じられた入口の前には一枚の張り紙が貼られていた。“諸事情の為、閉店する事になりました。長年のご愛顧、感謝致します。 店主”ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月21日
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「恵子、あんたそんな話、何処で聞いてきたんだい?」「だから、噂だって言ってるじゃないの。」恵子はそう言うと、煙草の吸殻を灰皿に押し付けた。「もし、千尋の実の父親があの子を引き取りに来てくれたらいいんだけどねぇ。」「恵子、お前最近変な事ばかり言うね?」「あら母さん、あたしはまともよ?」恵子はさっと椅子から立ち上がると、自分の部屋に入って行った。(あの子はいつから、あんな意地の悪い女になっちまったんだろう・・)昼の2時頃、彼女がテレビで2時間ドラマの再放送を観ていると、リビングに置かれている電話が鳴った。「もしもし、相田でございます。」電話は、千尋のクラスの担任の、柄山(えやま)からだった。『千尋ちゃんのお祖母ちゃんですか?実は、千尋ちゃんが・・』タキが学校の職員室に駆けつけると、そこには右頬を腫らした千尋が来客用のソファに座っていた。「千尋ちゃん、どうしたんだいその顔!?」「千尋ちゃん、帰りの会で片山さんと取っ組み合いの喧嘩をしたんです。」「まぁ、何てこと・・一体何があったんです?女の子同士で取っ組み合いの喧嘩なんて・・」「片山さんは、突然千尋ちゃんがキレて暴れ出したって言うばかりで・・」「先生、何処か静かな所で千尋ちゃんと話したいんですけど・・」 数分後、タキとともに誰も居ない教室に入った千尋は、彼女の顔を見て安心してしまったのか、突然大声で泣き出した。「どうしたんだい、千尋ちゃん?あの愛華って子と取っ組み合いの喧嘩をするなんて、よほどの理由があってのことだろう?おばあちゃんに話してごらん?」「あいつが・・あたしの事を殺人犯の娘だって言ったの。取り巻きとあたしの机を囲んで、殺人犯の娘はこの町から出て行けって囃(はや)したてて・・」「それで、相手と取っ組み合いの喧嘩をしたのかい?」タキの言葉に、千尋は静かに頷いた。「千尋、あんたは何も悪くない。おばあちゃんがついているから、安心おし。」 千尋が愛華と取っ組み合いの喧嘩をしてから数日後、双方の保護者が柄山とともに今回の喧嘩について話し合いの場を設けることになった。「あんたの娘、うちの千尋を殴ったんだってね!女の子の顔に痣なんか作って、どう落し前をつけるつもりなんだい!?」「あら、そう言うのならお宅の千尋ちゃんだって、うちの愛華の顔に五針も縫う怪我を負わせたのよ!治療費を払うのはそっちでしょう!」「何を!」「二人とも、落ち着いて下さい・・」「片山さん、あんたの娘は前から千尋の事を苛めているって聞いたよ?あんた母親の癖に、自分の娘が学校でどんな悪さをしているのか知らないのかい?」「ま、何ですって・・」「片山さん、あたしがこのまま黙って引き下がると思ったら大間違いだよ、覚悟しておくんだね!」恵子はそう言って愛華の母親・由梨絵を睨みつけた後、椅子を蹴り倒してそのまま教室から出て行ってしまった。「千尋、あんたあの愛華ってガキと取っ組み合いの喧嘩したんだって?」「すいません・・」「謝らなくてもいいよ。あんなガキ、あんたに殴られて当然のことをしたんだ。よくやったじゃないか。」恵子はそう言うと、千尋に初めて笑顔を浮かべた。 “喧嘩事件”から一週間後、愛華は突然父親の仕事の都合で札幌の学校に転校していった。「恵子、あんた何かしたんじゃないのかい?」「母さん、あたしが何か裏で手を回したとでも思ってんの?そんな事、してないわよ。」ライン素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月20日
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翌日、千尋が学校帰りに踊りのお師匠さんの家に行くと、そこには千代松と彼女の芸者仲間が居た。「おやまぁ、奇遇だねぇ。あんたも踊りの稽古をつけに来て貰いに来たのかい?」「はい、今日から踊りを習う事になりました。」「そうかい。あんたの事は、色々と聞いているよ。何でも、あの気難しい三味線のお師匠さんにえらく気に入られているみたいじゃないか?」「いえ、そんな事は・・」「謙遜しなくてもいいんだよぉ。」千代松はそう言って笑うと、千尋の背中を叩いた。「千代松、この子かい、今日からうちに踊りを習いに来たって子は?」「初めまして、荻野千尋と申します。本日からこちらで踊りを習う事になりました。ご指導ご鞭撻(べんたつ)のほど、宜しくお願い致します。」「可愛い子だね。それに目上の者の対する礼儀も心得ている。」古代紫の小袖を着た踊りの師匠・静乃は、そう言うと千尋を見た。「千代松、この子に色々と教えてやりな。」「はい、わかりました。千尋ちゃん、こっちだよ。」 数分後、千尋は千代松の隣に立って、踊りの稽古を始めた。「足の運びが遅い!」「少し音がズレているよ、もう一度やり直し!」古希を迎えた静乃は、時折稽古の最中に声を張り上げ、千代松達を叱った。「千尋ちゃん、疲れただろう?少しあっちで休もうか?」「はい・・」額の汗をハンカチで拭いながら、千尋は千代松とともに稽古場の隅に移動した。「お師匠さんは厳しい人だけど、別にあたしらを嫌っている訳じゃないんだ。」「そうなんですか?」「あの人ははなから嫌っている人には、何も言わないし目を合わせもしないよ。厳しくあたしらに言うのは、もっとあたしらにもっと芸を磨いて欲しいから言ってんのさ。だから、お師匠さんを嫌いにならないでおくれ。」「わたし、頑張ってみます。」「その意気だ!」「ありがとうございました。」「千尋ちゃんって言ったかい?あんた、踊りに向いているよ。もっと精進すれば、踊りの名手になれるよ。」静乃から褒められ、千尋はその場でスキップをしたくなった。「おばあちゃん、ただいま。」「お帰り、千尋ちゃん。踊りの稽古はどうだった?」「お師匠さんに褒められたよ、踊りに向いているって。」「へぇ、そうかい。それは良かったねぇ。」「女郎屋の跡継ぎなんだから、踊りくらい出来て当然でしょう!餓鬼の癖に良い気になっているんじゃないよ!」リビングでワインを飲んでいた恵子は、そう千尋に怒鳴ると空のグラスを彼女に向かって投げつけた。「あんた、千尋ちゃんに何をするんだい!?」「あたし、もう寝るわ!」床に砕け散ったグラスを片付けようともせず、恵子はそう言うと、自分の部屋に入っていってしまった。「あたしが片づけておくから、千尋ちゃんはもう寝な。」「おばあちゃん、おやすみなさい。」「いくら仕事が上手くいかないからって、千尋ちゃんに当たらなくてもいいだろうに。」箒でグラスの破片を掻き集めながら、タキはそう呟いた後溜息を吐いた。「母さん、おはよう。ねぇ、千尋は何処?」「あの子なら学校に行ったよ。ねぇ恵子、あんたもう少し千尋ちゃんに優しくしてやれないのかい?」「あたしは餓鬼が嫌いなの。」恵子はそう言ってソファに座り、咥えていた煙草に火をつけた。「ねぇ母さん、千尋の母親、東京で男に騙されて未婚の母になってこっちに戻ってきたって話、知ってる?」「そんなの知ってるよ。それが千尋ちゃんとどう関係あるんだい?」「千尋の実の父親・・噂で聞いたんだけど、ロシアンマフィアの御曹司だってさ。」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月20日
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「久しぶり!千嘉ちゃん、ここで働いているの?」「うん、まぁね・・」「こら千嘉、サボっているんじゃないよ!」キヌはそう言って千嘉を睨むと、彼女の頭を拳骨で殴った。「この方はねぇ、あんたが気安く口を利ける相手じゃないんだ!もっと自分の立場っていうものを弁(わきま)えな!」「すいません・・」「わかりゃぁいいんだよ、わかりゃぁ!」キヌは肩をいからせながら、座敷を後にした。「千嘉ちゃん・・」「千尋ちゃん、もうわたしに話しかけないで。」「でも・・」「お願い。」千尋は千嘉に背を向け、トイレに入った。何故千嘉がここで働いているのか、千尋は全く訳が判らなかった。それに、この建物が遊廓であることを、彼女はまだ知らなかった。 翌日、千尋がタキを連れて韓国食堂に入ると、テーブル席には芸者の千代松とその友人と思しき数人の女性達が茶を飲みながら談笑していた。「おんや、誰かと思ったら千尋ちゃんじゃないか?」「千代松さん、こんにちは。」「あら千尋ちゃん、いらっしゃい。こちらの方は?」「スンヒさん、この人はタキおばあちゃん。」「初めまして、スンヒです。」「タキです。この前はうちの千尋がお世話になりました。」「いいえ。このお店はビビンバがお勧めですよ。」「それじゃぁ、それを二つ頂こうかね。」「かしこまりました。」 ランチタイムの時間帯となり、市役所で働いている職員や駅前のオフィスで働いている若いOL達が財布片手に食堂へ入ってきた。「結構賑わっているねぇ。何だか昔を思い出すよ。」「今日は特別ですよ。いつも閑古鳥が鳴いて、困っているんです。」スンヒはそう言ってタキに微笑みながら、ビビンバを彼女の前に置いた。「この店の経営が苦しくて、テナント代を払う為に夜はルームサロンで働いているんですよ。」「そうかい、若いのに苦労しているんだねぇ、あんた。」「好きでやっていることですもの、文句なんて言えませんよ。」「最近は不景気だから、金を気前よく払ってくれる旦那がめっきり減っちゃって、困ったもんだよ。」スンヒとタキの会話を聞いていた千代松は、そう言うとタキの隣に腰を下ろした。「大変なのは、お互い様ですね。」「まぁ、そういうことだね。そいじゃソンヒさん、あたしらはもうこれで失礼するよ、ご馳走さん。」「ありがとうございました、またどうぞ。」 昼食の後、千尋はタキに連れられて琴の稽古に向かった。稽古場には、愛華の姿はなかった。「先生、片山さんは?」「ああ、あの子なら突然飽きたとか言って、昨日辞めていったわよ。全く、迷惑な子だわねぇ。」琴の先生はそう言いながら、溜息を吐いた。「千尋ちゃん、先週のおさらいをしましょうか?」「はい。」恵子から言われて始めた三味線や琴だったが、千尋は三味線や琴を習うのが楽しかった。「先生、千尋はどうですか?」「あの子は結構いい筋をしていますよ。どうやらあの子には、音楽の才能があるみたいですね。」「まぁ、そうですか。」 夕食の後、千尋はまた恵子に部屋に呼ばれた。「千尋、あんた踊りを習う気はある?」「はい、習いたいです。」「そう・・じゃぁ明日から、踊りのお師匠さんの所に行きなさい。」「わかりました。」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月19日
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千嘉は客が酒をこぼして染みになった敷居を雑巾で拭きながら、二ヶ月前、ここに売られてきた日のことを思い出していた。 風俗店で働きながら生活費と舅の介護費用を稼いでいた波江だったが、パチンコで借金を作ってしまってその返済にも追われることになり、生活が苦しくなった波江はますますその苛立ちを千嘉にぶつけるようになった。「あんたさえ産まなきゃ、あたしはもっと楽に暮らせていたんだ!」「ごめんなさい、ママ・・」鬼のような形相を浮かべながら自分を罵倒し、自分の腹や腕に服の上から高温のアイロンを押し当てる波江に、ただひたすら千嘉は泣きながら謝った。 自分さえいなければ、波江はこんなに苦しんでいなかったのかもしれない。自分の所為で、波江は要らぬ苦労をしているのだ―千嘉はそう思いながら、波江からの虐待に耐えた。 そんなある日の事、波江と千嘉が暮らす団地の部屋に、突然借金取りの二人組の男がやって来た。「このガキが、お前ぇの娘か?」「はい・・お願いします、娘には手を出さないでください!」「ガキに用はねぇ。」男の連れが押し入れに隠れている千嘉を見つけ、彼女の身体を抱えて先に部屋から出て行った。「ママ、ママ~!」「うるせぇ、ガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」サングラスをかけた坊主頭の男は、そう言うと千嘉を睨んだ。「おんやまぁ、随分と貧相な顔をした子だねぇ。」 数分後、『美鶴楼』に男とともに入った千嘉は、キヌの言葉に傷ついて俯いた。「まぁ、金にはなるだろうさ。この子はここに置いていきな。」「それじゃぁ、後は宜しく頼みます。」 『美鶴楼』へ売られてから数日が経ち、千嘉は初めて朝霧花魁と出会った。花魁は、まるで美人画から抜け出て来たような絶世の美女だった。肌は抜けるように白く、少し小首を傾げるだけでも絵になった。「あんたが、今日からわっちの禿になる子かえ?」「宜しくお願いします。」「余りわっちを困らせないでおくれ。」朝霧花魁について、千嘉は彼女の禿となったその日から、懸命に働いた。だが、いつもキヌや朝霧花魁に怒られてばかりだ。(千尋ちゃん、会いたいよぉ・・)千嘉は涙を手の甲で拭いながら、仲が良かった千尋の笑顔を思い出していた。 一方千尋は、恵子に連れられて美鶴楼に来ていた。「恵子さん、ここは・・」「ここは、将来あんたが働く所だよ。ほら、あそこに紅殻格子が見えるだろう?あんたは大きくなったら、あそこの前に座るんだよ。」「はい・・」「あらぁ女将さん、お久しぶりでございます!」恵子の姿に気づいた朽葉色の着物を着た老女が、そう言って揉み手をしながら彼女の元に駆け寄ってきた。「キヌさん、紹介するよ。この子はあたしの養女の、千尋。この子はこの美鶴楼の跡継ぎになるから、宜しくね。」「はい・・まぁ、可愛らしい子ですねぇ!」キヌはそう言って目を細めて千尋を見た。「すいません、お手洗い借りてもいいですか?」「右に曲がって一番奥にあります。」「ありがとうございます。」恵子とキヌの傍から離れたくて、千尋はトイレへと向かった。その途中で、座敷の敷居を雑巾で拭いている朱色の着物を着た少女と千尋は目が合った。「千嘉ちゃん、千嘉ちゃんなの?」「千尋ちゃん・・」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月19日
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イラスト素材提供:Little Eden様素材提供:White Board様 夜になり、商店街は『ピンク通り』として姿を変え、店頭には華やかなドレスを着た女がチラシを片手に客寄せをしていた。「うちの店、可愛い子がいっぱいいますよ~」「お兄さん、サービスするよ~」その『ピンク通り』の一角にあるルームサロン『女帝』で、スンヒとミジュはホステスとして働いていた。商店街で食堂を開いたものの、Mモール開店の余波を受け、経営は日に日に苦しくなってゆき、テナント代を払うのがやっとという状態だった。 昼の仕事だけでは稼げないと思った二人は、夜の仕事に就いた。接客が好きなスンヒはホステスの仕事に何の抵抗もなくやっているが、真面目なミジュは、未だにホステスの仕事に慣れずにママから怒られてばかりいた。「ミジュ、あんたまたママから怒られたの?」自分にしつこく言い寄る客に水割りを引っかけてしまい、ママに控室に連れて行かれたミジュは、目を真っ赤に泣き腫らしながらフロアへと戻ってきた。「お姉ちゃん、あたしもうここでは働きたくない。」「何言ってるの。生活が掛かっているんだから、我慢して。」「でも・・」「ミジュ、あんたもう来なくていいよ!」ハイヒールの音を響かせながら、『女帝』のソンヒママはそう言うとミジュを睨んだ。「いつも辛気臭い顔をして出勤している姿見てると、こっちまで暗くなっちまう!今月までの給料はやるから、とっとと失せな!」「ママ、妹を許してやってください、お願いします。」「しつこいねぇ、あんた!これはもう決まった事なんだ!」「お姉ちゃん・・」「ミジュ・・」「ママ、短い間でしたけど、お世話になりました。」ミジュはそう言ってソンヒママに頭を下げると、フロアの奥に消えていった。 一方、温泉街沿いにある遊廓『美鶴楼(びかくろう)』では、千嘉は禿(かむろ)として朝霧花魁の傍に侍り、宴席に出ていた。「いやぁ、未だにこんな遊廓があるなんて、信じられん。」「そうでござんすか。気に入ってくれて嬉しいでありんす。」「花魁、その子は見ない顔だねぇ。」「この子は、二ヶ月前にここに売られて来た子でありんすよ。千嘉、お客様にご挨拶を。」「千嘉と申します・・」「千嘉ちゃんか、可愛いねぇ~!幾つになるんだい?」「七つになります・・」「こんな可愛い子が禿なんて、いずれは花魁の座をこの子に奪われてしまうんじゃないかい?」「そんなことはありんせん。」朝霧花魁はそう言うと、客に愛想笑いを浮かべた。 客が帰った後、朝霧花魁は千嘉を睨み付けた。「千嘉、いつも仏頂面をするなと言ったでありんしょう?」「すいません・・」「そうやって謝っていれば、わっちが許すとでも思ったのかえ?」朝霧花魁は溜息を吐くと、座敷から出て行った。「千嘉、次のお客様が来るから、早く座敷を片付けちまいな!」「わかりました・・」「まったく、愛想のない子は困るねぇ・・余り花魁を困らせるんじゃないよ、わかったね!?」『美鶴楼』の遣り手・キヌはそう言って千嘉を睨んだ後、店の奥へと消えた。にほんブログ村
2014年02月19日
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「スンヒさんは、どうして日本に来たんですか?」「韓国でも食堂やっていたんだけど、上手くいかなくてね。すぐに食堂を畳んで、日本でまた一からやり直そうってミジュと決めて、この町に来たのよ。」「そうなんですか・・」「まぁ、Mモールが開店する前はこの商店街は結構賑わっていて、常連のお客様がいらっしゃったんだけど・・Mモールが開店してから、もうここは商店街じゃなくなっちゃったわ。」スンヒはそう言って溜息を吐くと、前髪を鬱陶しげに掻きあげた。「オンニ、出来たよ。」厨房から出て来たミジュが、スンヒと千尋の前に出来たてのビビンバを置いた。「熱いから気を付けて食べてね。」「わかった。」「あの・・お幾らですか?」「今日はあたしの奢りだから、そんな事気にしなくてもいいわよ。」「でも・・」「あんな寒い中、バス停のベンチに座っていたのには、何か理由があるんでしょう?よかったら、あたしに話してごらん?」千尋は自然と、家に帰りたくない理由をスンヒに話した。「あたし、何度も万引きしていないって恵子さんに言ったのに、彼女はあたしのこと完全に泥棒呼ばわりして、2時間も折檻されたんです。」「酷いわねぇ。いくら血が繋がらない娘だからって、こんな小さな子に暴力を振るうなんて、許せないわ!」「お姉ちゃん、落ち着いて。」「千尋ちゃん、その女に会わせて。あたしがその女に千尋ちゃんと同じ目に遭わせてやるから!」スンヒはそう叫んで椅子から立ち上がった。「そんなことして、千尋ちゃんの為になると思う?千尋ちゃんの話を聞いている限り、その人は他人から責められて、千尋ちゃんの所為でまた恥をかかされたって思って千尋ちゃんをますます折檻するだけよ。」「ミジュ・・」「お姉ちゃんもビビンバ食べて、少し冷静になってよ。」「わかったわ・・ごめんね、つい興奮しちゃって・・」妹の言葉を聞いて我に返ったスンヒは、椅子の上に腰を下ろすと、小さな声で妹と千尋に詫びた。「ご馳走様でした。」「また来てね、千尋ちゃん。」「気を付けてね。」店の前でスンヒとミジュと別れた千尋は、商店街を抜けて帰宅した。「ただいま。」「お帰り、千尋ちゃん。今まで何処に行っていたんだい?」「商店街の中にある、“ユンチェ”っていう食堂に行っていたの。」「ああ、そういやぁ韓国人の美人姉妹が切り盛りしている店が商店街に出来たって、この前あたしの知り合いが話してたねぇ。千尋ちゃん、今度あたしをそのお店に連れて行っておくれ。」「わかった。ねぇおばあちゃん、恵子さんは今日も仕事に出掛けているの?」「今日は、自分の部屋で仕事をしているよ。仕事の邪魔をしないようにね。」「うん・・」千尋はそう言うと、恵子の部屋のドアを見た。ドアの隙間から、恵子が誰かと会話をしている声が聞こえた。「ちょっと、テナント代来月から上げるってどういうこと!?」自室で清州会の若頭補佐・宇島と電話で話していた恵子は、来月自分が経営しているスナックのテナント代が上がる事を知り、激昂した。『恵子、お前ぇとは長い付き合いだが、これだけは譲れねぇよ。うちだって色々と苦しいんだ、我慢してくれよ。』「冗談じゃないわ!あんたのところの会長は、その事知っているんでしょうね?」『お頭は知らねぇ。若が勝手に決めたんだよ。』「じゃぁあんたがその若を説得してよね!」恵子はそう受話器に向かって怒鳴ると、乱暴に子機の通話ボタンのスイッチを切った。「宇島、恵子とは話ついたか?」「いいえ・・どうやら、向こうは納得がいかないようでして・・」「ったく、使えねぇ奴だな。」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月19日
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「そこに座りなさい。」「はい・・」恵子の前で千尋が正座すると、彼女は机の引き出しから竹製のものさしを取りだした。「セーターを脱ぎなさい。」「えっ・・」「聞こえなかったの?」千尋がセーターを脱ぐと、恵子はものさしで千尋の背中を打ち据えた。「万引きなんかして、あたしに恥をかかすなんてどういうつもりなの!?」「万引きなんかしていません!」「嘘おっしゃい!」千尋が万引きをしていないと恵子に言ったが、彼女は千尋が万引きをしたと一方的に決めつけて2時間も千尋を折檻した。「恵子、もうお止め!」「止めないでよ、母さん!この子は悪い事をしたんだから、罰を与えないと!」「千尋ちゃんは万引きをしていないって言っているじゃないか、どうしてこの子の言う事を信じてあげないんだい!」「餓鬼の言う事なんか、信じられる訳ないでしょう!」恵子はそう言って千尋を睨みつけた後、部屋から出て行った。「千尋ちゃん、大丈夫かい?」「おばあちゃん、あたし万引きなんてしてないのに・・どうして恵子さんは、あたしの事を信じてくれないの?」「ごめんねぇ、千尋ちゃん。ごめんねぇ・・」タキは千尋を抱き締めながら、何度も彼女の背中を擦った。 翌日、千尋が学校に行こうとすると、突然恵子が玄関先に現れて千尋が背負っているランドセルを掴んできた。「何処行くの?」「学校ですけど・・」「あんた、昨日あたしに恥をかかせた癖に平気な顔して学校に行くつもり!?」「恵子さん、あたしは・・」「餓鬼の癖に、あたしに口答えするんじゃないよ!」恵子はそう千尋に怒鳴ると、指輪を嵌めた手で彼女の顔を拳で殴った。「恵子、もうおやめ!」「母さん、離してよ!」「千尋ちゃん、学校に行っておいで。」「行って来ます。」「千尋ちゃん、またね。」「眞子ちゃん、バイバイ。」 放課後、校門の前で眞子と別れた千尋は、自宅には帰らずに駅前の商店街へと向かった。夜は『ピンク通り』として賑わっている商店街だったが、昼は全く人気がなく、閑散としていた。あてもなく商店街の中を歩いていると、千尋は寒さと空腹で疲れてしまい、バス停の前に置かれているベンチに腰掛けた。「あなた、どうしたの?」突然頭上から声がして、千尋が俯いていた顔を上げると、そこにはタイトなミニスカートにヒールの高いブーツを履いた一人の女性が立っていた。「よかったら、うちの店で何か食べていかない?あたしが奢ってあげるからさ。」「結構です・・お金、ないし。」「そんな事、気にしなくていいよ!」女性はそう言って千尋に微笑むと、彼女の手を取って歩き出した。 数分後、千尋は彼女と共に商店街の中にあるハヌル(韓国式食堂)に入った。「オソオセヨ(いらっしゃいませ)!あ、オンニ(お姉ちゃん)、この子誰?」「さっきバス停のベンチで寒い中座っていたから、連れて来ちゃったの。ミジュ、この子に温かいビビンバでも出してあげて。」「わかったわ。」店の厨房に居た若い女性は、そう言うと厨房の奥へと消えた。「おねえさん、誰?」「ああ、自己紹介が遅れたわね。あたしはハン・スンヒ。厨房に居るのが、あたしの妹の、ミジュよ。ここは、あたし達二人で切り盛りしているの。可愛い子ちゃん、あなたの名前は?」「千尋といいます。」「チヒロっていうのね、綺麗な名前ね。」女性―食堂の女主人・スンヒはそう言って千尋に微笑んだ。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月18日
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「千尋ちゃん、おはよう。」「眞子(まこ)ちゃん、おはよう。」「ねぇ、ちょっと話があるんだけど、いい?」「いいよ。」 翌朝、千尋が教室に入ると、一年の時から同じクラスの眞子が千尋に話しかけて来た。「話ってなに?」「この間のこと、千尋ちゃんに謝ろうと思って・・」眞子はそう言うと、千尋に頭を下げた。「眞子ちゃんが謝らなくてもいいよ。」「あたしね、愛華ちゃんに千尋ちゃんと仲良くするなって、言われているの。」「どうして、愛華ちゃんが眞子ちゃんにそんな事を言うの?」「あたしにも、わからない。ねぇ千尋ちゃん、あたしの事、嫌いにならないでくれる?」「そんな・・眞子ちゃんのこと、嫌いになる訳ないじゃない!」千尋の言葉を聞いた眞子は、両手で顔を覆って大声で泣いた。「眞子ちゃん、一緒に帰ろう?」「うん、いいよ。」「片山さん、掃除する手が止まっているわよ!」「すいませ~ん。」 学校を出た眞子と千尋は、温泉街にある雑貨屋に入り、店内に陳列されているぬいぐるみのキーホルダーを手に取って見ていた。「これ、可愛いね。」「そうだね。でも500円って、高くない?」「高いよねぇ。」千尋がそう言って眞子の方を見ると、店の壁掛け時計が4時を指していることに気づいた千尋は、手に持っていたうさぎのキーホルダーを商品棚に戻した。「眞子ちゃん、あたしこれから琴のお稽古に行かないといけないの。」「じゃぁ、また明日学校で会おうね!」「うん、バイバイ!」 千尋達が住むマンションの部屋に警察官が来たのは、その日の夜7時過ぎのことだった。「すいません、ここに荻野千尋ちゃんって子、居ますか?」「ええ、千尋ちゃんはうちの義理の孫ですけれど・・あの子が何か?」「実はですねぇ、夕方4時前に、お宅の子が橋の近くの雑貨屋で万引きをしたという通報を受けまして、確認をしに来たんです。」「少々お待ち下さいな。」タキは玄関先に警察官を待たせると、奥の和室で宿題をしている千尋を呼んだ。「千尋、うちにお巡りさんがきているよ。」「どうしてうちにお巡りさんが?」「あんた、学校の帰りに橋の近くの雑貨屋に行っただろう?あそこであんたが万引きしたっていう通報があったんだってさ。だから、お巡りさんがあんたに詳しい話を聞きたいって・・」「わかった。」 千尋がタキとともに玄関先へと向かうと、そこには制服姿の警察官が立っていた。「君が、荻野千尋ちゃんだね?」「はい、そうです。お巡りさん、わたしは万引きなんかしていません。」「それは、本当かな?」「はい。うさぎのキーホルダーを手に取ったけど、お金が足りなくて買えないから、ちゃんと元の位置に戻しました。」「そう・・疑って済まなかったね。」警察官はそう言ってタキと千尋に一礼すると、そのままマンションの部屋から出て行った。「おばあちゃん、あたし万引きなんかしてないよ!」「わかっているよ、あんたが万引きなんかする子じゃないってことを。」タキは泣きじゃくる千尋の背を優しく撫でると、彼女を抱き締めた。 帰宅した恵子は、タキから警察官が部屋に来た事を聞き、千尋を自分の部屋に呼び出した。「どうしてここに呼び出されたのか、わかっているわよね?」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月18日
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「片山さん、どうして此処に居るの?」「あたしもここで琴を習っているから、来ているのよ。」「ふぅん、そうなの・・」千尋はそう言うと、愛華から少し離れた所に座った。「千尋ちゃんは筋が良いわね。」稽古の後、琴の先生はそう言って千尋を褒めた。「ありがとうございます。先生、ありがとうございました。」「またね、千尋ちゃん。」千尋は琴の先生に頭を下げると、稽古場を後にした。「荻野さん、一緒に帰ろう?」「片山さん、あたしこれから三味線の稽古があるの、ごめんね。」「ふぅん、そうなの。」愛華はそう言って唇を尖らせた後、千尋を見た。「どうしたんだい、何か悩みでもあるのかい?」「お師匠様は、どうしてわたしが何かに悩んでいるってわかるんですか?」「さっき、あんたどこか上の空だったろう?それに音が少し乱れているし・・一人で抱え込んでないで、話してごらん?」「実は・・」千尋は三味線のお師匠さんに、愛華の事を話した。「その愛華って子、あんたと仲良くなりたいんじゃないかい?」「片山さんが?」「まぁ、余り気にしない方がいいね。悪い事ばかり考えていたら、キリがないよ。」お師匠さんはそう言うと、大きな声で笑った。「ただいま。」「千尋ちゃん、お帰り。稽古はどうだった?」「楽しかったです。」「さっきね、あんたの琴の先生に会ったよ。あんたは筋が良いって褒められたよ。何だかあんたの事を誰かに褒められると、あたしも褒められたような気がして嬉しいねぇ。」「おばあちゃんは、あたしくらいの時は何か習っていたの?」「まぁ、琴や三味線、鼓とか色々と習ったね。あと、舞も習ったよ。芸者になるには、踊りが上手くないとやっていけないからねぇ。」「あたしも、舞を習う事になるの?」「さぁ、それはどうだろうねぇ・・」タキはそう言うと、自分に何かを言いたそうにしている千尋を見た。「タキさん、今日三味線のお師匠さんに話したんですが・・」千尋はタキにも、愛華のことを話した。「片山さんとは、余り仲良くなれないっていうか・・あたしが、そう思っているだけだと、三味線のお師匠さんは言うんですけれど・・」「あんまりその愛華って子のことは、気にしない方がいいよ。」タキはそう言うと、千尋の頭を撫でた。「明日も早いんだろう?もうお休み。」「おばあちゃん、おやすみなさい。」 「荻野さん、おはよう。」「おはよう・・」「ねぇ、今日の放課後、リサちゃん達とMモールに行かない?」「ごめん、今日はお花の日なんだ。」「そうなの、残念だなぁ。あのさぁ、荻野さんって、付き合い悪いよね?」「えっ・・」「普通無理でもさぁ、嘘でも“行ける”って言わないと駄目じゃん?」愛華はそう言うと、意地の悪い笑みを口元に浮かべた。「ごめんなさい・・」「いいよ、別に謝らなくても。」「ただいま・・」「千尋ちゃん、お帰り。どうしたんだい、浮かない顔して?」「おばあちゃん、片山さんは、あたしの事を嫌っているかもしれない・・」「どうしてそう思うんだい?」「学校で一緒にMモール行こうって誘われて・・あたしが断ったら付き合い悪いって言われた・・」「嫌な事はさっさと忘れちまいな。いつまでも引き摺っていたら、あんたの為にならないよ。」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月17日
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写真素材提供:写真素材 足成様「おばあちゃん、行って来ます!」「車に気を付けるんだよ!」玄関先でタキに見送られた千尋は、マンションの部屋を出て学校へと向かった。「荻野さん、おはよう。」「おはよう。」教室に入った千尋に、二年生になって同じクラスになった片山愛華が突然話しかけて来た。「算数の宿題、やった?」「うん。」「そう・・千尋ちゃん、今は誰と暮らしているの?」「何でそんな事聞くの?」「別に。」「ただいま。」「お帰り。学校はどうだった?」「楽しかったよ。」「そうかい。千尋ちゃん、学校で嫌な事があったら、おばあちゃんに言うんだよ、いいね?」「わかった・・」「総美ちゃん、スケート習っているんだってね?」「うん、そうだよ。」「スケートって、何か楽しそう!あたしも一度習ってみたいなぁ。」「今度一緒に滑ろうよ。」「え~、いいの!?」東京に引っ越してから、総美(さとみ)は週4回横浜市内にあるスケート教室に通っていた。「先生、こんにちは。」「総美ちゃん、こんにちは。風邪、もう治った?」「はい、もう治りました。」「そう。じゃぁあっちで準備運動して、その後ちょっと滑ってみようか?」「はい!」 リンクの上で優雅に滑っている娘の姿をリンクの外で見学しながら、美香はこの教室に総美を通わせたのは正解だと思った。今総美のコーチをしている糸川淑子(いとかわよしこ)は、この教室のオーナーであり長野オリンピックの元金メダリストだった。「先生、うちの子、どうですか?」「総美ちゃんの才能は、これから伸びる可能性があります。」「そうですか・・」「お母さん、オリンピックに行けるのは総美ちゃんの努力次第です。お母さんは余り焦らずに、総美ちゃんのサポート役に徹してください。」「わかりました。」 スケート教室を終えた総美が美香とともに帰宅すると、リビングには何故か爾子と貴司の姿があった。「あらお義母様、こちらにいらっしゃるなんてお珍しいですね?」「悟がわたしを呼んだんですよ。あなたに会いたくはなかったけど、貴司がどうしてもママに会いたいっていうから、仕方無く来たんです。」「そうですか・・今お茶、淹れますね?」「結構よ、もう帰りますから。」「お気を付けて。」美香は爾子がリビングから出て行くまで、一度も彼女と目を合わせなかった。「ママ、どうしてお祖母ちゃんと一緒に住んであげないの?」「ママは、お祖母ちゃんの事が嫌いだからよ。貴司、お祖母ちゃんと一緒に帰らないの?」「僕、ママと一緒に暮らしたい!」貴司はそう言うと、涙を流しながら美香を見た。「・・そうか、貴司がそんな事を・・」「あなた、わたしは貴司とあなたと、総美と家族四人でこの家に暮らしたいの。だから、お義母様は向こうに残してもいいでしょう?」「まぁ、お前がそう言うのなら、僕は反対しないよ。」「ありがとう、あなた!」 日曜日、千尋が琴の稽古に行くと、稽古場には何故か愛華の姿があった。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月17日
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タキとともに湯船から上がり、千尋が脱衣所で髪をドライヤーで乾かしていると、千尋の近くに座っていた二人組の女性がじろじろと彼女を見ながら何かを話していた。「ほら、あの子だよ・・」「ああ、あの事件の・・」「可哀想にねぇ、家族を亡くした上に、あんな守銭奴に引き取られるなんてさ。」女性達はそう言いながら千尋をじろじろと見た後、服を着て脱衣所から出て行った。「タキさん、“しゅせんど”って何ですか?」「うちの恵子みたいな奴だよ。簡単に言えば、ケチっていう意味だよ。」「恵子さんは、ケチなんですか?」「まぁね。あの子はブランド物のバッグや洋服に金を注ぎ込んでいるが、自分の為以外には決して金を使わないんだよ。」「そうなんですか・・」「おやおや、つい口が滑っちまったね。ここで話したことは、恵子に内緒にしておくれ。」「わかりました。」 銭湯から出た二人が温泉街を歩いていると、向こうから一人の芸者が歩いて来た。「おんやまぁ、誰かと思ったらタキ姐さんじゃないか?」芸者の一人がそう言うと、タキに向かって頭を下げた。「千代松、久しぶりだねぇ。元気にしているのかい?」「まぁね。それよりもタキ姐さん、その子は?」「あぁ、この子は恵子が施設から引き取って来た千尋ちゃんさ。千尋ちゃん、この子は千代松っていって、この町一の売れっ子芸者さ。」「初めまして、荻野千尋です。」「可愛い子だねぇ。肌の肌理も細かいし、まるでフランス人形みたいじゃないか。」千代松はそう言うと、千尋の金髪を優しく梳いた。「そいじゃタキ姐さん、またね。」千代松が立ち去った後、千尋は少し呆けたようにその場に暫く突っ立っていた。「どうしたんだい?見惚れちまったのかい?」「千代松さんみたいに綺麗な女の人が、この町に居るんですね。」「ここは昔から、置屋さんや遊廓が多いからねぇ。あたしもねぇ、千代松と同じ年くらいの時に芸者をしていたんだよ。」「え、それ本当ですか!?」「あたしゃぁ嘘は言わないよ。」タキはそう言うと、大きな声で笑った。「ただいま。」「あら、お帰りなさい。母さん、あたしこれから仕事だから、千尋の事宜しく頼むわね。」「わかったよ。」「恵子さん、行ってらっしゃい。」恵子が慌ただしくリビングから出て行った後、千尋はタキとともに和室に入った。「これが、芸者をしていた頃のあたしさ。」「うわぁ、綺麗・・」「そうだろう?」タキはアルバムの中から芸者時代の自分の写真を一枚抜き出すと、それを千尋に見せた。「これ、千尋ちゃんにあげるよ。」「わぁ、綺麗・・」「あたしが芸者時代に使っていた簪さ。このまま押入れに入れておくのは嫌だから、千尋ちゃんに使って貰いたいんだよ。」「おばあちゃん、ありがとう!」「礼なんて要らないよ。」恵子の事を未だに“お母さん”と呼べない千尋だったが、タキの事は何故か自然に“おばあちゃん”と呼べるようになっていた。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月16日
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「千尋ちゃん、起きなさい。」 夜明け前、千尋は恵子に揺り起こされ、眠い目を擦りながらベッドから起き上がった。「恵子さん、おはようございます。」「今日はね、千尋ちゃんを連れて行きたいところがあるのよ。早く着替えて頂戴。」「はい・・」こんな朝早くに一体何処に行くのだろう―千尋はそんな事を思いながら、普段着に着替えた後、部屋から出た。「あの、何処に行くんですか?」「これから三味線のお師匠さんのお宅で稽古を付けて貰うのよ。」「三味線、ですか?」「そうよ。さぁ、降りて。」「はい・・」「へぇ、あんたが千尋ちゃんかい?」「宜しくお願いします。」「礼儀正しい子だねぇ。そんじゃぁ、音出しの練習といくかね?」三味線の師匠はそう言うと、袋から三味線を取りだした。「お師匠さん、後は宜しく頼みますね。」恵子はそう言って三味線の師匠に頭を下げると、稽古場から出て行った。「違う、また音が外れている!」「すいません・・」「まぁ、初めてだから仕方がないよねぇ。ちょっと休憩するとしよう。」師匠はそう言って千尋に優しく微笑むと、家政婦に向かって目配せした。 数分後、千尋と師匠の前には皿に載った苺タルトが置かれていた。「どうだい、美味しいかい?」「美味しいです。」「駅前のパティスリーの苺タルトは絶品さ。駅前で買い物するついでに、たまに買うのさ。」「お師匠様は、普段買い物は何処でされているんですか?」「そうだねぇ、Mマートかねぇ・・あたしは車を持ってないから、タクシーで行くしかないんだよ。ここからMマートまで往復でタクシーを使うと、結構金がかかるんだよねぇ。前はうちの近くにスーパー・オギノがあったから不便じゃなかったんだけど・・」お師匠さんの口から、両親達が経営していたスーパーの名を聞き、千尋は思わず苺タルトを食べる手を止めた。「どうしたんだい?」「いえ、何でもありません・・」「さぁ、恵子が来ない内にお食べ。あの子は躾けが厳しいからね。」「はい・・」「三味線の稽古はどうだった?」「筋がいいと、お師匠さんから褒められました。」「そう。それじゃぁ、次はお琴のお師匠さんの所に行くわよ。」「はい・・」「千尋ちゃん、あたしと一緒にお風呂に行こうか?」「お風呂なら、このお部屋にありますけど・・」「あたしはあんな風呂に入るのは嫌でねぇ。近くに銭湯があるから、一緒に行かないかい?」「はい・・」 タキとともにマンションを出た千尋は、近くにある銭湯へと向かった。「今日は朝から恵子に色んな所に連れ回されて、疲れたろう?」「はい・・」「まったく、あの子は一体何を考えているんだろうねぇ?あんたみたいな小さい子を遊女にさせようだなんて・・」タキは小さい声でそう呟くと、湯船から上がった。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月16日
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写真素材提供:写真素材 足成様養母・恵子とともに児童養護施設を出た千尋は、恵子が運転する車に乗って赤い橋を渡った。「あの・・新しいお家は何処ですか?」「もうすぐ着くわ。」恵子はそう言うと、後部座席に座っている千尋に優しく微笑んだ。「何も心配しなくても大丈夫よ、わたしがついているから。」「はい・・」「そのペンダント、素敵ねぇ・・ママからプレゼントされたの?」「東京に引っ越していった友達から貰ったんです。」「そう・・」 施設を出て数分後、千尋は恵子とともに車を降り、一棟のマンションの前に立った。「ここが、あなたの新しいお家よ。さあ、入って。」「あの・・相田さんは・・」「そんな他人行儀な呼び方はやめて。“お母さん”って呼んで頂戴。」千尋が恵子の言葉を聞いて俯くと、彼女は溜息を吐いて舌打ちした。「じゃぁ、下の名前で呼んでもいいわ。」「わかりました。じゃぁ、“恵子さん”って呼んでもいいですか?」「いいわ。」こうして、千尋は恵子の下で暮らすことになった。「千尋ちゃん、わたし仕事に行くから、留守の間掃除しておいてね。」「はい、わかりました。」「掃除機の音は、余り煩くしないでね。」恵子が出勤して部屋から出て行った後、千尋ははたきでランプに溜まっている埃を叩き落とした。彼女が掃除機をかけていると、奥の和室から一人の老女が出て来た。「おんや、見慣れない子だねぇ。」老女はそう言うと、千尋を見た。「初めまして・・千尋と申します。」「千尋ちゃんっていうのかい?可愛らしい子だねぇ。あたしはタキっていうんだよ、宜しくね。」老女は皺だらけの顔に笑みを浮かべると、千尋に何かを握らせた。千尋が右手を広げると、その掌の上にはチロルチョコが載っていた。「恵子には内緒だよ。あの子は色々と煩いからねぇ。」「わかりました。」 恵子が帰宅したのは、翌朝の4時前だった。「千尋ちゃん、おはよう。」「タキさん、おはようございます。恵子さんは?」「あの子ならさっき仕事に行ったよ。」「そうですか・・」和室でタキと朝食を食べながら、千尋は悠子達が生きていた頃の事を思い出していた。「どうしたんだい?本当の家族が恋しくなったんだね?」タキはそう言うと、そっと千尋の背中を優しく擦ってくれた。「辛かったろうねぇ、あんな事件が起きて。急に一人になっちまって、さぞや心細かったろうねぇ。」「パパと、ママ達に会いたい・・」「あんたのことはあたしが守ってあげるから、心配するんじゃないよ。」タキは千尋が落ち着くまで、彼女の背中を擦り続けた。「母さん、あの子は?」「もう寝たよ。恵子、あんたあの子をどうするつもりなんだい?」「どうするって・・あたしがあの子を引き取ったのは、遊郭であの子を働かせる為に決まっているじゃないの。千尋はまだガキだけど、成長すると結構良い女になると思うのよ。」 千尋が寝ている間、仕事から帰った恵子はそう言いながら咥えていた煙草に火をつけた。「あんた、もう美鶴楼(びかくろう)は廃業にするって言ったじゃないか?その約束を反故(ほご)にするつもりなのかい?」「母さん、あたしの商売のやり方に口出ししないでよね。母さんとあの子を養っているのは、このあたしなのよ!」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月15日
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「ただいま。」 千尋がいつものように学校から帰宅すると、その日に限って自分をいつも玄関先で出迎えてくれる母親と、母方の祖父母の姿がなかった。「ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、居ないの?」千尋はそう言いながら、母親達を探して彼らが居そうな場所を探した。だが、何処にも彼らは居なかった。 彼女は急にトイレに行きたくなり、両親と祖父母の寝室がある二階から一階に降りて浴室の隣にあるトイレへと向かった。その時、浴室から微かに血の臭いがしていることに千尋は気づいた。「ママ、おばあちゃん、居るの・・」彼女が恐る恐る浴室の扉を開けると、千尋は浴槽の淵から悠子の手が伸びていることに気づいた。「ママ?」千尋は浴室の中に入り、浴槽の中を覗きこんだ。 そこには、何者かに撲殺された悠子と、祖父母の遺体があった。「ひぃ・・」悲鳴を上げた千尋は、そのまま浴室から出て行こうとして、誰かにぶつかった。「ごめんなさい・・」「見てしまったんだね、千尋?」「パパ・・」千尋の背後に立っていたのは、千尋の父・亮輔だった。亮輔は何故か黒いレインコートを着て、右手にはバールのようなものを握っていた。その先端には、血のような赤黒い染みがついていた。「パパが、ママとお祖母ちゃん達を殺したんだ。千尋、お前にも見られてしまったから、お前も殺さないとね。」「いや、やめて、パパ・・」「全部お前が悪いんだよ、千尋。」亮輔はそう言うと、レインコートのポケットの中からロープを取り出し、それを千尋の首に巻きつけた。「・・気がついた?」 千尋がゆっくりと目を開けると、彼女は自分が病院のベッドの上に寝かされていることに気づいた。「パパと、ママは何処?」千尋がそう言って看護師を見ると、彼女は何も言わずに病室から出て行った。その時彼女は、自分が孤児になったことに気づいた。優しい両親と祖父母は、自分の元には二度と帰って来ないのだということも。 小さな温泉町で起きた凄惨な殺人事件は、犯人である父親の自殺によって呆気なく解決した。家族と住む家を失った千尋は、町内にある児童養護施設に引き取られることになった。「千尋ちゃん、これからここが、あなたの新しい家よ。」「はい・・」施設に引き取られた日の夜、千尋はベッドの中で総美から貰ったクリスタルのペンダントを握り締めて涙を流した。(総美ちゃん、会いたいよ・・) 千尋が施設で暮らし始めてから数日が経った頃、施設に一人の女がやって来た。「千尋ちゃん、こちらは相田さん。あなたの新しいお母さんになる人よ。」「宜しくね、千尋ちゃん。」「宜しくお願いします・・」「これから、仲良くしましょうね?」 千尋の養母・相田恵子はそう言って千尋に微笑むと、彼女の小さな手を優しく握った。彼女との出会いが、千尋の人生を大きく狂わせた。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月15日
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いつものように仕事から帰ってきた波江は、リビングが散らかっている事に気づいた。「・・ママ、ごめんなさい。」千嘉は腕に何かを抱きながら、恐怖に怯えた目で自分を見ていた。「何を抱いているの?ママに見せなさい。」波江がそう言って千嘉の腕に抱かれているものを見ようとすると、千嘉は身体を捩って彼女から逃げようとした。「ママの言う事がきけないの!」苛立った波江がそう千嘉に怒鳴ると、彼女は腕に抱いていたものを波江に見せた。それは、まだ生後二週間しか過ぎていない子猫だった。「ここ、ペット禁止だってわかっているよね?」「ごめんなさい、ママ・・」「捨てた場所に戻しておいで。」千嘉は波江の言葉に静かに頷くと、子猫を抱いて部屋から出て行った。「ったく、仕事ばかり増やしやがって・・」千嘉は煙草を咥えながら、散らかった室内を片付け始めた。その時、自分のお気に入りのグラスが粉々になっていることに気づいた。「ママ、ちゃんと・・」「てめぇ、ざけんなよ!」部屋に戻ってきた千嘉を、波江はゴルフクラブで殴った。彼女はうつ伏せになって絨毯の上に倒れた。「あんたはいつもママの仕事ばっかり増やして・・あんたの所為で、ママは苦労してんの、わかる!?」「ごめんなさい、ごめんなさい・・」「謝って済めば警察は要らねぇんだよ!」泣きながら自分に平謝りする千嘉の身体を壁まで蹴り飛ばすと、波江は高温になったアイロンを彼女の眼前に突き付けた。「やめて、ママ・・」「良い子にしなかったんだから、お仕置きしないとね?」「ごめんなさい、ママ・・」 千尋はここ一週間、千嘉が学校を休んでいる事に気づいた。「先生、千嘉ちゃんが今日も来ていません。」「そう・・」千尋の言葉を受け、担任の西田は一時間目の授業が終わった後、職員室に戻って千嘉の家に電話を掛けた。しかし―『お掛けになった番号は現在使われておりません。』 放課後、西田は千嘉が母親と住んでいる団地の二号棟へと向かった。「中村さん、西田です。いらっしゃいませんか?」西田が何度も中村家のドアを叩いても、中から反応はなかった。「中村さんなら、昨日引っ越していきましたよ。」「引っ越しって・・何処にですか?」「さぁ、知りませんよ。中村さん、風俗で働いていて、店の客と駆け落ちでもしたんじゃないかしら?昨夜、派手な格好をした男とスーツケース持ってあそこの部屋から出て行ったわよ。」「そうですか、ありがとうございました。」西田は中村家が住んでいた二号棟の三階の部屋を暫く見た後、団地をあとにした。「悠子さん、大変よ。波江さん、男と逃げたんですって!」「波江さんが?それ、本当なの?」「ええ。波江さん、風俗で働いていたんですって。ほら、駅前の商店街を改築したところがあったでしょう?そこの人妻専門店で売春まがいのことをしていたんですって・・」「知らなかったわ、そんな事。」「千嘉ちゃんも可哀想に、母親から虐待された挙句、遊廓に売り飛ばされるなんてねぇ・・」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月15日
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「悠子さん、お久しぶりね。」「波江さん、こんにちは。」 バレエ教室が終わった後、悠子が千尋とスーパーで買い物をしていると、惣菜コーナーで二人は千嘉と波江に会った。「千嘉ちゃん、こんにちは。」「こんにちは。」「最近バレエ教室に来ないけど、どうしたの?」「実はね、先週バレエ教室を辞めたのよ。ほら、うち年寄りの介護で何かとお金が掛かるでしょう?その上バレエ教室の月謝を払っていたりしたら・・」「ごめんなさい、悪い事聞いちゃったわね?」「謝らなくてもいいわよ。時給がいいパートを見つけたから、当分何とかやっていけるわ。」「そう・・」悠子と波江がそんな話をしている頃、千尋は千嘉の様子が何処かおかしいことに気づいた。「千嘉ちゃん、どうしたの?」「何でもないよ・・」「千嘉、行くよ!」波江はそう言うと、千嘉の手を引っ張った。「悠子さん、またね。」「またね・・」千嘉の手を引っ張ってスーパーから出て行く波江の姿を見ながら、悠子は波江が少しやつれていることに気づいた。「どうしたの、ママ?」「千尋、今日は何食べたい?」「ハンバーグ!」「じゃぁ、千尋も一緒に作ってくれる?」「いいよ!」波江はスーパーから帰宅すると、千嘉の頬を平手で打った。「痛い、ママやめて!」「さっきはママに恥をかかせたね!」波江はそう叫ぶと、自分から悲鳴を上げて逃げようとする千嘉の髪を鷲掴みにし、そのまま彼女の身体を壁に叩きつけた。「煩い、泣くな!」痛みで泣き叫ぶ千嘉に苛立った波江は、無抵抗の彼女に暴行を加えた。「ママから殴られたことは誰にも言っちゃ駄目だからね、わかった?」「はい・・」「あんたはママが居ないと生きていけないんだからね。学校の先生や千尋ちゃんのママにチクッたら、承知しないよ!」波江は荒い呼吸を繰り返しながら千嘉にそう言うと、彼女に唾を吐いて部屋から出て行った。 波江が千嘉に暴力を振るうようになったのは、彼女が風俗店で働き出した去年の冬頃からだった。長距離トラックの運転手として働く夫は家をいつも留守にしており、彼と会えるのは月に数回だけだ。 自分だけが身を粉にして生活の為に嫌な仕事をしているというのに、生活は一向に楽にならず、千嘉が成長するにつれて自分への負担が増すばかりだった。いつしか波江は、長年蓄積していた鬱憤を、千嘉への暴力という形で発散させていた。「あの子、また泣いているわ・・」「虐待されているんじゃないの?」 波江が住む団地の二号棟の三階の部屋から千嘉の泣き声と波江の怒声を聞いた向かいの四号棟に住む主婦達は、そんな会話を交わしながら井戸端会議を終わらせて夕飯の支度へと取りかかった。この時彼女達は、波江が千嘉を虐待している事に薄々と気づきながら、誰も児童相談所に通報しなかった。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月15日
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写真素材提供:写真素材 足成様「総美ちゃん、わたしに渡したい物ってなに?」「これ、一昨日ママとMモールに行った時に買ったの。」そう言って総美が千尋に手渡したのは、水晶のペンダントだった。「うわぁ、綺麗・・」「わたしとお揃いだよ。」千尋は、総美の胸元に自分と同じデザインのペンダントが光っている事に気づいた。「ありがとう、大切にするね!」「千尋ちゃん、わたし東京に行っても、千尋ちゃんのこと忘れないからね。だからずっと、わたしと友達でいてね、約束だよ?」「うん、わかった!」総美と指切りを交わした後、千尋は彼女とともに学校を出て近くにある公園で遊んだ。「じゃぁ、わたしこっちだから。」「総美ちゃん、バイバイ。」「バイバイ。」千尋は総美の姿が見えなくなるまで、彼女に手を振った。「ただいま~」「お帰り、そのペンダント、どうしたの?」「これ、総美ちゃんから貰ったの。友情のプレゼントだって!」「良かったじゃない。失くさないようにしなさいよ?」「うん!」 夜の帳が降りる頃、温泉街の手前に掛かる赤い橋の向こう側にある色町では、今日も紅殻格子(べんからこうし)の前で鮮やかな襠(うちかけ)を着た女達が客に向かって愛想笑いを浮かべながら甘い声で彼らに誘いをかけていた。「兄さん、ちょいと寄っていかないかい?」「安くしとくよぉ。」戦前まで栄えていたこの色町も、不景気のあおりを喰らって日々衰退の一途を辿りつつあった。バブルが弾ける前は、気前がいいこの町の旦那衆が一軒の遊廓を貸し切りにしては毎晩豪快に遊んでいたものだが、今じゃそんな事をする者など居なくなってしまった。今やこの町で活気があるのは、駅前のシャッター通りと化した商店街の空き店舗に出来た安いスナックや風俗店、韓国茶房(かんこくサバン)やフィリピン・パブ、ルームサロンなどが集まる『ピンク通り』だけだった。 そこは戦前からこの町を牛耳っているヤクザ・清州会(きよすかい)の縄張りだった。その『ピンク通り』の中にある人妻専門店で、千嘉の母・波江は生活費と舅の介護費用を稼ぐ為に今日も身を粉にして働いていた。「波江、そんな所で煙草を吸うとらんで早くフロア行け!」「はぁ~い。」波江は溜息を吐くと、さっき吸い始めたばかりの煙草の吸殻を灰皿に押し付け、ヒールの音を響かせながら客が待つフロアへと向かった。「いらっしゃいませ~」「波江ちゃん、今日も綺麗だねぇ~」「やだぁ~、またそんな事言ってぇ。お世辞でも嬉しい!」波江は愛想笑いを客に浮かべながら、彼にしなだれかかった。「今夜はゆっくりしていってくださいねぇ~、波江うんとサービスしますからぁ~」「いいねぇ~、やっぱり波江ちゃんを指名してよかったよぉ。」「ありがとうございま~す!」これも生活の為だと思いながら、波江は客に抱きついた。「お疲れ様です。」「お疲れ~」仕事を終えた波江は、帰宅するなり布団の中に潜り込んだ。「ママお腹空いた、ご飯作って~」「うっせぇなぁ、金やるからコンビニでパンでも買ってきな!」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月14日
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悠子は皿を洗いながら、美香の言葉を何度も思い出していた。“ずっとわたしと友達で居てくれる?”(友達、ねぇ・・) 美香と初めて会った時、悠子はちょっと彼女と付き合うのは止そうと思っていた。 沖田家はこの町を地盤にし、何人もの大臣を輩出している名家だが、荻野家は江戸時代から続くただの商家だ。 裕福な家庭であるという共通点が美香と悠子の間にはあるが、悠子の両親が経営しているスーパーの売り上げは、Mモールが開店してからずっと右肩下がりの赤字続きで、いつ閉店してもおかしくない状態だ。 かつてこの町には、明治時代から続く商店街が栄えていたが、Mマートの開店と同時にシャッター通りと化し、悠子の祖父母の代から続いていた百貨店も閉店に追い込まれた。 温泉街で、新たな観光名所としてMマートが誕生したことについて、悠子はいいことだと思っている。 悠子の両親をはじめとする、この町に住んでいる老人達は昔ながらの風景や伝統を大事にすべきだと声高に主張しているが、伝統を守る為に新しい物を受け入れないという考えは間違っている。 時代の流れに乗り遅れ、過疎化の一途を辿るこの町は、いつ消えてもおかしくない。 東京・大阪といった公共の交通機関が整っている大都市なら近所の商店街や百貨店が潰れても、そこに住む人々にとって何の弊害を及ぼすことはない。都会には沢山買い物できる場所がある。 だが、この町のような田舎では、バスはせいぜい一日一本しかなく、住民達の大半は郊外にあるMモールまで車で移動するしかない。 そんな不便な町を、若者が好きになるわけがない。 車を走らせて外の風景を見ても、国道沿いには高齢者専用の病院や介護サービスセンター、ホスピス、葬祭場・・年寄り向けの施設ばかりが建ち、若者が望む映画館やお洒落なカフェ、ブティックなどない。 それにこの町で生まれ育った悠子は、7年前東京で未婚の母となり故郷であるこの町に帰って来てから、過疎化が進む町―閉鎖的な田舎町特有の、濃厚な人間関係に気づいた。 何の娯楽もない老人達は、他人の家の噂話をしては盛り上がり、何の根拠も裏付けもない嘘を、“真実”だと思い込んでそれを周囲に触れまわる。 プライベートなど完全に無視され、防犯の為に家中の窓やドアに鍵を掛けても逆に怒られる―こんな窮屈な田舎での暮らしに辟易する若者が都会に出て行くのは当然ではないか。 出来る事なら悠子も、こんな退屈な町を出て東京に戻って千尋と二人で暮らしたかったが、両親から家業を手伝って欲しいと懇願され、仕方無く帰郷した。 悠子は一人娘で、荻野家の総領娘でもある。 同じ町で育ちながらも、東京でホステスとして働き、沖田家の御曹司に見染められて沖田家に嫁入りした美香とは立場が違う。東京に引っ越す美香から、今までと同じように接して欲しいと言われても、無理だ。「ママ、どうしたの?」「何でもない・・少し、考え事してたの。」「ねぇ、総美ちゃん東京に行ってもわたしのこと、忘れないでいてくれるかなぁ?」「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、千尋。明日早いんだから、もう寝なさい。」「はぁい。」 数日後、千尋は教室で担任から総美が東京の学校に転校する事を知っても、少しも悲しくはなかった。「千尋ちゃん、放課後時間ある?」「あるよ。」「放課後、音楽室に来て。千尋ちゃんに渡したい物があるの。」素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月14日
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美香がインターネットでスケート教室を探していると、リビングの電話がけたたましく鳴った。 美香はノートパソコンを置いているダイニングテーブルから離れると、電話の受話器を取った。「もしもし、沖田でございますが・・」『美香、僕だ。』「あなた、どうしたの?何かあったの?」『この前話していたことなんだが・・東京で暮らす家が決まったよ。』「そう。それで、引っ越しの日はいつなの?4月までまだ時間はあるわよね?」『実は・・再来週の水曜になりそうなんだ。』「そんな、再来週なんて・・早過ぎない?転校手続きもしないといけないし、総美(さとみ)の習い事の先生達にも事情を話さないといけないし・・」『済まない、美香。でもこれはもう決まった事なんだ。親父には、もう話してある。』「そう。お義母様はどうするの?」『お袋、最近体調が優れないってこの前僕に電話してきてね・・慣れない都会で暮らすのは嫌だって・・』「それじゃぁ、東京に引っ越すのはわたしたち三人だけでいいじゃないの。この家には家政婦さんが居るし、24時間体制で介護してくれるヘルパーさんと契約しているから、大丈夫よ。」『なぁ、今“わたしたち三人”って言ったよな?それは、お前と総美と、親父のことなのか?』「そうよ。わたし、もうお義母様と一緒に暮らしたくないの。それに、貴司はわたしよりもお義母様の方が好きみたいだし・・あの子はお義母様と暮らした方が幸せよ。」美香がそう言った後、受話器越しに悟が唸る声が聞こえた。『・・わかった、美香がそう言うなら、僕は君の意思を尊重するよ。』「ありがとう、あなた。風邪をひかないようにしてね。」『わかった、じゃぁな。』「そうですか・・再来週東京にお引っ越しされることになったんですか・・」「ええ。急な事で本当に申し訳ありません。こちらには長い間、本当にお世話になりました。」「総美ちゃんと会えなくなると思うと寂しくなりますね。沖田さん、最近スケート教室を探しておられるとか・・」「この前、総美とMモールのスケートリンクで滑りましてね・・あの子、スケートに興味を持つようになって習いたいってわたしに言って来たんです。わたし、どうしてもあの子にスケートを習わせてあげたいんです。」「わたしの知り合いに、スケート教室を運営している友人が居りますから、紹介しましょうか?」「まぁ先生、ありがとうございます。」 翌日、美香はママ会で再来週東京に引っ越すことを悠子達に告げた。「再来週なんて急過ぎるわねぇ・・何だか寂しくなっちゃう。」「ごめんなさいね、悠子さん。わたしももっと、あなたと仲良くなりたかったのに・・」「そんな、謝らないで・・わたし、美香さんを責めつもりで言ったんじゃないのよ。」「そう。ねぇ悠子さん、わたしが東京に行っても、ずっとわたしと友達で居てくれる?」「勿論よ。」「良かった。」 ママ会が終わった後、千尋を連れて帰宅した悠子は、溜息を吐いてソファの上に腰を下ろした。「ママ、もう総美ちゃんと会えないね?」「そうね。千尋は、総美ちゃんと会えなくなって寂しい?」「寂しい。ママは、総美ちゃんのママと会えなくなって寂しくないの?」「う~ん、わからないわぁ・・」悠子はそう呟くと、溜息を吐いた。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月14日
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写真素材提供:写真素材 足成様「ママ、どうしてわたしにそんな事を聞くの?」「どうしてって・・」「じゃぁ逆に聞くけれど、どうしてママはお祖母ちゃんが嫌いなの?」「そ、それは・・」美香が言葉に詰まると、それを見た総美(さとみ)は口端を上げて笑った。「ママ、自分でも答えられない質問をわたしにするのは止めて。折角Mモールに来て楽しい気分だったのに、ママの所為で台無しだわ。」「ごめんなさい、総美。ママが悪かったわ、許して・・」美香はそう言うと、俯いた。「ママ、スケートリンクに行きたいわ。一緒に滑ってくれる?」総美は美香に微笑むと、モールの東側に見えるスケートリンクを指した。「ママ、大丈夫?」「総美、ママは外で待っているから、あなただけ滑って来なさい。」「わかった。」 数分後、総美と美香はスケートリンクに居た。レンタルのスケート靴を履いてリンクに入った二人だったが、美香の方は手摺の掃除をしただけですぐに音を上げてしまった。「ママ、行ってくるわね。」「気を付けて。」総美は美香に手を振ると、再びリンクへと戻っていった。 初心者であるにも関わらず、彼女はリンクの上を優雅に滑っていた。それを見た美香は、娘にスケートを習わせようかと思い始めていた。「ママ、お腹空いた。ご飯食べようよ。」「ええ、わかったわ。総美は、何が食べたいの?」「ステーキがいいわ。バレエ教室の先生が、良質な蛋白質(たんぱくしつ)を取る為にはお肉を食べた方がいいって言っていたの。」「そう。」 美香と総美がモール内のあるレストラン街に向かって歩いていると、バッグの中に入れていた美香の携帯が振動して着信を告げた。美香が二つ折りの携帯を開き、液晶画面を見ると、そこには“家”と表示されていた。「もしもし?」『ママ、何処に居るの?』「今、Mモールにお姉ちゃんと来ているの。お夕飯はお姉ちゃんと向こうで食べて行くから、貴司も先にお夕飯食べてなさい。じゃぁね。」美香はそう言うと、一方的に通話を終了させて携帯を閉じ、それをバッグの中にしまった。「ママ、早く~」「今行くわ。」 ステーキハウスで食べたステーキは、かつて悟からプロポーズを受けた時に彼と食事をした高級フレンチレストランのステーキよりも美味しかった。「美味しいね、ママ。」「来て良かったわ。ねぇ総美、スケートを習う気はある?」「まだわかんない。ねぇママ、スケートでオリンピックに出られるの?」「そうねぇ、プロの先生やコーチについて、技術をもっと磨けば、オリンピックにあなたが出られるのも無理じゃないわ。」「オリンピックの試合って、テレビで中継されるんでしょう?わたし、いつかテレビに出られるの?」「出られるわよ、頑張って練習していれば、いつかきっとオリンピックに行けるわ。」「ママ、わたしスケート習いたい!スケートで、オリンピックに出たい!」「あなたがそう言うのなら、ママはあなたの為ならどんなことでもするわ。」「有難う、ママ!」総美は屈託のない笑顔を美香に浮かべると、嬉しそうにステーキを食べた。 翌日、美香はスケートが習いたいという総美の為に、インターネットや電話帳を使ってスケート教室を探し始めた。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月14日
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姑の言葉を聞いた時、母となった喜びに浸っていた美香は、その気持ちが急速に冷えていくのを感じた。 美香は姑とは表面上仲良くはしているが、同じ屋根の下に住んでいても、互いに目をあわさず、会話も交わさない。姑にとって嫁の美香は、“ホステスあがりの汚い女”でしかないからだ。 美香の母親は、この町でスナックを経営しながら、美香を女手一つで育てた。美香の父親は漁師で、美香が2歳の時に漁船の事故で亡くなった。その母親も、美香が中学に上がる前に過労による心臓発作で急逝した。 母親の死後、児童養護施設で美香は高校卒業まで暮らし、高校卒業後とともに上京した。だが18歳の世間知らずな娘を、何処も雇ってくれるところはなかった。やむなく美香は、母親と同じ水商売の道に入った。 銀座の高級クラブ“あげは”で美香がホステスとして働き始めて数ヶ月が経った頃、大学を卒業して社会人となった悟が、彼の上司とともに“あげは”で来店したのが、美香と悟の出会いだった。『美香ちゃん、T町の出身なんだってね?』『ええ。』『沖田君も、同じ町の出身なんだよ。なぁ、そうだろう?』『ええ、まぁ・・』『奇遇ですね。中学校は何処ですか?』『霧尾です。』『わたしも霧尾なんですよ!』 それから、美香は悟と互いの家族の事や、趣味の話などをして盛り上がった。『また、会えますか?』『ええ、いつでもお待ちしています。』美香は悟に自分の名刺を手渡すと、店を出た悟と彼の上司に笑顔を浮かべて彼らに手を振った。 悟から美香の家に電話があったのは、その数日後のことだった。『僕と、結婚してくれないか?』『急にそんな事言われても、困るわ・・』悟に銀座にある高級フレンチレストランで、美香は彼にプロポーズを受けたが、彼女はそれを断った。そして彼女は悟に、自分の両親はもう死んでいること、児童養護施設で育ったことなどを話した。『別に僕は、君の家柄に惹かれて結婚した訳じゃないんだから、僕との結婚でそんなことは障害にもならないよ、違う?』『あなたはそれで良くても、あなたのご家族がわたしの事を受け入れてくれないと思う。』美香の言葉は、彼女が悟の両親と初めて顔合わせをした時に的中した。爾子は美香が水商売をしていることを知ると、彼女は悟に美香と別れるよう迫った。『こんな薄汚い血が入った女、沖田家の嫁には相応しくありません!』だが悟は両親と絶縁覚悟で美香と入籍し、ハワイで二人だけで結婚式を挙げた。そんな二人を、この町に呼び寄せたのは、舅・悟史だった。『爾子は君に息子を奪われたようで悔しくて堪らないんだけなんだ、わたしに免じて許して欲しい。』年長者の舅に頭を下げられ、美香は夫の両親と同居する事を決めた。 悟と結婚してからもうすぐ10年目になるが、美香と悟史との仲は良好で、彼女は総美を出産した後、長男・貴司を出産した。 爾子は沖田家の跡取りである貴司が可愛くて仕方がないようで、貴司を溺愛して彼の誕生日には高価なゲーム機をプレゼントしたが、総美の誕生日プレゼントは飴玉一個だけだった。 姑にとって、美香の血をひく総美は、単なる厄介者でしかないのだ。幼い総美はそんな祖母の感情を敏感に感じ取っており、美香に倣って彼女は爾子を最近避けるようになった。「ねぇ総美に、ママ聞きたい事があるんだけど・・」「なぁに、ママ?」「総美は、お祖母ちゃんのことが嫌いなの?」美香の言葉を聞いた総美は、それまで舐めていたアイスクリームをそっと口から離して美香を見た。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月14日
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「美香さん、今日は御馳走様でした。」「悠子さん、またね。」 ホテルの前で悠子と別れた美香は、総美(さとみ)を連れてホテルの駐車場へと向かい、そのまま車の運転席に乗り込んで車のエンジンを掛けた。「ママ、何処行くの?」「総美は何処に行きたいの?ママ、総美が行きたい所に連れて行ってあげる。」「Mモールに行きたいなぁ。さっき、千嘉(ちか)ちゃん達がMモールでアイスクリーム食べたり、遊園地でジェットコースターに乗ったりして楽しかったって言っていたから、総美も行きたい!」「わかったわ。じゃぁMモールに連れて行ってあげる。」 Mモールは、この町の少し外れにある、郊外型の巨大商業施設である。温泉以外何の観光資源もないこの町に、Mモールが開店したのは今から6年前のことだった。 Mモールがこの町に出来ると聞いた老人達は、“町の景観を損ねる”と主張し、Mモール出店反対を声高に叫び、駅前でMモール誘致計画を阻止する署名運動まで行っていた。 だが、そういった運動をしていたのはごく一部の老人達で、大半の住民達はMモールが出店する事で鉄道が通り、それまで1日に1本しかなかったバスの本数が増えるのではないかという淡い期待を抱いていた。結局、Mモールはこの町に出店する事が決まり、住民達はそのニュースを聞いた後、町を挙げて宴会を開くほど大騒ぎした。一連の騒動が収まり、Mモールが開店したのは6年前の3月3日のことだった。 世界に誇る巨大企業が運営している大型商業施設とあって、Mモールには300もの専門店やレストラン、更にアイススケート場や屋内遊園地まであり、新たな観光スポットとして今もなお、注目を集めている。「混んでるね、ママ。」「そうね。」 ホテルの駐車場を出て10分後、美香がMモールの駐車場に入ると、駐車場には「満車」の赤いランプがついていた。それを見た美香は、今日が毎週水曜の大特売デーだったことに気づき、密かに臍を噛んだ。「ねぇ、Mモールは今度行こうよ。その代わり、さやまランドに連れて行ってあげる。」「嫌だ、Mモールに行きたい!」「でもこのまま車が空くのを待っていると、日が暮れちゃうよ?夕飯、食べられなくてもいいの?」「ちゃんと待っていれば大丈夫よ、ママ。それに夕飯は、Mモール内のレストランで食べればいいじゃない。」「そ、そうね・・」 結局美香は駐車場で1時間待った後、Mモールの入り口付近に車を停めた。「総美、ちゃんとママの手を繋いで。」「ママ、わたし携帯持っているからそんな事しなくても大丈夫だってば。」車を降りてモール内に入ろうとした美香が総美と手を繋ごうとすると、彼女は頑なにそれを拒んだ。「ねぇママ、アイスクリーム食べたいな。」「ママも丁度、アイスクリームが食べたかったところなの。」美香はそう言うと総美に微笑んだ後、彼女の小さな手を握った。 総美は美香が悟と結婚してから8年経って漸く授かった子どもだった。それまで長く、終わりのない不妊治療に耐えて来た美香は、総美を出産して自分の人生を彼女に全て捧げようと胸に誓ったのだった。悟も、悟の父である美香の舅・悟史も総美の誕生を祝ってくれたが、姑の爾子(ちかこ)だけは、沖田家の跡継ぎとなる男児を産めなかった美香を責めた。“今度は、男の子を産んで頂戴ね、美香さん。”素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月14日
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写真素材提供:写真素材 足成様「ここのホテルはね、パンが美味しいのよ。」「高くないかしら?」「ここのホテルのランチビュッフェは、850円で食べられるのよ。前に雑誌で紹介されていたから、行きたいなって思っていたの。」「へぇ、そうなの・・」「千尋ちゃんママ、そう緊張しなくてもいいのよ?」「そうよ、何もあなたを取って食おうとしているわけじゃないんだから。」美香の言葉に、他のママ達も同調した。「このホテルのお勧めはなに?」「そうねぇ、オムレツがお勧めよ。あと、パンケーキの上に自分で好きなトッピングが出来るし、チョコレートファウンテンもあるのよ。」「何だか美味しそうね、後で試してみるわ。」 悠子達が家族の愚痴で盛り上がっている頃、千尋や総美達は彼女達と少し離れたテーブルに座りながら、トランプで遊んでいた。「また千尋ちゃんの勝ちね!」「千尋ちゃん、ばば抜き強いよね。」「そう?あたし、お祖母ちゃん達とよくトランプで遊ぶんだ。」「お祖母ちゃんと、トランプで何して遊ぶの?神経衰弱(しんけいすいじゃく)とか?」「ううん、ポーカーっていうトランプのゲームで遊んでいるんだ。これには色々とルールがあってね・・」千尋は総美達にポーカーのルールを教えた後、彼女達とポーカーで遊び始めた。「ねぇみんな、お腹空かない?」「お腹空いた!」「じゃぁあたし、料理取ってくるね。」千尋はそう言って遊んでいたトランプの箱をバッグの中にしまうと、椅子をひいて立ちあがった。「ねぇ千尋ちゃん、総美ちゃんと仲が良いよね?」千尋が料理を取っている時、彼女の隣に同じクラスの千嘉(ちか)が並んで千尋に話しかけて来た。「千嘉ちゃん、どうしたの?急にそんな事聞いて・・」「あのね、さっきママから聞いたんだけど・・総美ちゃん、春休みに東京に引っ越すらしいよ?」「え・・」「だから、あんまり総美ちゃんと仲良くしない方がいいよ。」千嘉はそう言うと、そのまま千尋を追い越して料理を皿の上に載せ、自分の席へと戻っていった。「千尋ちゃん、どうしたの?顔色、悪いよ?」「ううん、何でもない・・」「さっきね、ソフトクリーム千尋ちゃんの分まで作ってきたんだ。」「ありがとう。」総美が千尋の前に置いた白いソフトクリームの上には、チョコレートソースやクッキーなどが器用に盛り付けられていた。「美味しい?」「美味しい!」「千嘉、そろそろ帰るわよ~!」「は~い!千尋ちゃん、総美ちゃん、またね!」千嘉はそう言って千尋と総美に手を振ると、母親とともにカフェから出て行った。「千嘉ちゃんママ、最近付き合いが悪いわね?」「仕方ないわよ、お舅(しゅうと)さんの介護で大変なんだもの。」「そうなの。うちの姑もさぁ、最近認知症っぽい症状が出ているのよねぇ。」「一度病院で検査を受けさせたら?」「そんなの、あの人が受けると思う?だいいち、わたしの言う事なんかあの人聞く訳ないって!」「言えてる~!」 周りのママ達が盛り上がる中、美香だけが彼女達の会話の輪から一人ポツンと取り残されていた。 美香は、他のママ達と楽しそうに話す悠子の姿だけを、ただじっと見つめていた。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月13日
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「千尋ちゃんは、バレエの他に何か習い事をしていらっしゃるの?」「うちは、バレエとスイミング、新体操教室をしています。総美ちゃんは?」「そうねぇ・・バレエにスイミング、ピアノにヴァイオリン、ゴルフ、英会話・・色々と習わせているわ。」「へぇ、そうなんですか~」千尋と総美(さとみ)が他の生徒達とともにバレエのレッスンを受けている間、千尋の母・悠子(ゆうこ)と、総美の母・美香(みか)は、娘達の習い事について話していた。「わたしは、総美に色々な事をさせたいと思っているの。その中で、本人が一番やりたいことを応援してやるつもりよ。」「ご主人、まだ東京に?」「ええ・・最近忙しいみたいで、月に1,2回帰って来る程度よ。その分、あなたのところはいつも優しいご主人やご両親が傍に居てくれて羨ましいわぁ。」「そんなことないですよ。両親は何かと千尋を甘やかすし、ダンナはダンナで、千尋の事が可愛くて仕方ないみたいで、あたしが千尋に怒っていると、“そんなに怒る事ないだろう”って、すぐに千尋の事を庇うんですよ。その所為かあの子、わたしが怒ると、すぐパパに言いつけてやるって・・」 美香の夫・沖田悟(おきたさとる)は、東京で国会議員・萩沼修一の公設第一秘書をしており、殆どこの町に帰ってくることはない。だから、美香は悠子が夫の事を愚痴っているのを聞きながら、彼女の事が少し羨ましいと思ってしまう。「あら、総美ちゃんママ、こんにちは。」「嵐君ママ、お久しぶりね。嵐君も、この教室に通っているの?」「いいえ、下の娘が通いたいって言っているので、今日はレッスンを見学しに来たんです。そちらの方はどなた?」 廊下の向こうから一人のママがやって来たかと思うと、そのママは美香の隣に立っている悠子を見た。「悠子さん、紹介するわね。この人は、総美と同じ幼稚園に通っていた嵐君のママ。嵐君ママ、この人は総美と仲良しの、千尋ちゃんのママの、悠子さんよ。」「初めましてぇ。江里佳(えりか)でぇす。」「悠子です。」悠子がそう言って嵐君ママを見ると、彼女はじっと悠子を品定めするかのような目で見た。「あの、わたしの顔に何かついていますか?」「いいえ、別にぃ。千尋ちゃんって、あの金髪の子ですかぁ?」「ええ・・」「うわぁ、まるでキッズモデルみたいで可愛い子ですねぇ!」嵐君ママはレッスン室に居る千尋を見ると、妙にはしゃいだ口調でそう言いながら一人で盛り上がっていた。「千尋ちゃんは、お父さんは外国人なんですかぁ?」「そ、それは・・」嵐君ママの質問に、少し言葉を濁した悠子は、困惑した表情を浮かべた。「嵐君ママ、悠子さんが困っているじゃないの。そういうことを聞くのは止しましょうよ。」「え~、みんな興味があるじゃないですかぁ?ね、そうでしょう~?」嵐君ママは美香の注意を受けても悠子に謝るどころか開き直り、その上他のママ達に意見を求めた。「嵐君ママ、少し外で話しましょう。」「え~、あたしここでいいしぃ~」「悠子さん、ごめんなさいね。少し嵐君ママとお話してくるわ。」「え、ええ・・」 レッスンが終わった後、嵐君ママの姿はバレエ教室から消えていた。「美香さん、あの人は?」「ああ、嵐君ママなら帰ったわ。何か急用を思い出したとか言って・・ねぇ悠子さん、これから他のママ達とランチに行くんだけど、あなたもどう?」「いいの?わたしなんかが美香さんと一緒にランチなんて・・」「いいに決まっているじゃないの。わたしたち、友達でしょう?」「じゃぁ、ご一緒させていただくわ。」 数分後、美香達がランチへと向かったのは、駅前に新しく出来たホテルのカフェだった。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月12日
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写真素材提供:写真素材 足成様荻野千尋と沖田総美(さとみ)が初めて会ったのは、彼女が7歳の時だった。 千尋の両親と、母方の祖父母はスーパーを経営しており、沖田家とは家族ぐるみで長い付き合いをしていた。 千尋は、両親達とともに沖田家のクリマスパーティーに招待され、まるでディズニー映画に出て来るような沖田家の瀟洒な邸宅を見て歓声を上げた。「静かにしなさい、千尋。」「まぁいいじゃないか、パーティーなんだから楽しくいこう。」「そうよ。」「もう、お父さんもお母さんも千尋には甘いんだから!」悠子はそう言いながらも、笑顔を千尋と両親に浮かべていた。「沖田さん、お久しぶりです。」「まぁ悠子さん、お久しぶりね。」沖田夫人は、悠子に微笑むと、彼女とともに夫が居るテーブルの方へと歩いていってしまった。「千尋、おじいちゃん達は用事があるから、向こうでケーキでも食べていなさい。」「はぁい。」千尋はそう言って祖父母に背を向けると、ケーキが置いてあるテーブルへと走っていった。(うわぁ、美味しそう!) テーブルの上に並べられたケーキを次々と皿の上に載せた千尋は、空いているテーブルの上に皿を置くと、ガーデンチェアの上に腰を下ろした。「それ、美味しいの?」千尋がチョコレートケーキを頬張っていると、突然頭上から声が聞こえて来た。何だろうと思いながら彼女が顔を上げると、自分の前にはオーロラ姫のような薄紅色のドレスを着た少女が立っていた。「一口あげる。」「有難う!ねぇ、ここ座ってもいい?」「いいよ。」少女は千尋に笑顔を浮かべると、千尋の前に座った。「美味しいね、このケーキ!」「うん。ねぇ、あなた誰?」「わたし、沖田総美。あなたは?」「わたしは荻野千尋。今日このパーティーには、お父さん達と五人で来たの。」「そうなんだ。ねぇ、これから千尋ちゃんって呼んでもいい?わたしのことは、総美ちゃんって呼んでもいいよ。」「いいの?」千尋はそう言うと、少女を見た。「ねぇ千尋ちゃん、あなたにお願いがあるんだけど・・」「なぁに?」「わたしと、お友達になってくれる?」「うん、いいよ!」総美とは初対面だったのに、何故か千尋は彼女と気が合った。 それから二人でケーキを食べながら、学校の話やペットの話をして盛り上がった。「じゃぁ総美ちゃん、また会おうね!」「千尋ちゃん、またね!」 沖田家のクリスマスパーティーから数日が経った後、千尋が総美と再会したのは、バレエ教室だった。「千尋ちゃんも、ここでバレエを習っているの?」「そうだよ。総美ちゃんも?」「うん。これから千尋ちゃんと毎日会えるね!」 総美はそう言うと、屈託のない笑みを千尋に浮かべた。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月11日
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写真素材提供:写真素材 足成様 彼女がジャンプをするたびに、観客席から歓声が上がった。『沖田選手、見事な4回転半ジャンプです!』ショパンの『革命』にあわせて、彼女は氷上で優雅に舞った。その様子を、一人の少女がテレビで観ていた。「やっぱり、総美(さとみ)ちゃんの演技はいつ見ても綺麗よねぇ。」「そうそう、子どもの頃からあの子がリンクで滑っている所を見ていたけど、まさかオリンピック出場候補になるなんてね。」「ねぇ千尋ちゃん、あなたあの子と知り合いなんでしょう?」「ええ、まぁ・・」少女はそう言うと、こたつから出た。「何処行くの?」「お茶、淹れてきます。」「悪いわねぇ。」「いいえ。」少女はテレビの前で盛り上がっている先輩達に背を向けると、居間を出た。 お茶を淹れに彼女が台所へと向かうと、そこは暖房がついて蒸し暑いほどの熱気に包まれていた居間とは違い、骨まで凍えるような冷気に包まれていた。急須に茶葉を入れた少女は、ふと鏡に映る自分の顔を見て溜息を吐いた。ここで働き始めてから、いつも手入れを怠っていなかった金色の髪には枝毛が目立ち始め、目の下には黒い隈が出来ていた。(これが、今のわたし・・) 目の下の黒い隈は化粧で隠せるが、ここ数年不規則な生活を送っている所為で、なかなか黒い隈は消えてくれない。さっき、居間のテレビに映っていた幼馴染は、自分と同い年なのに輝いて見えた。彼女がプロのフィギュアスケートの選手で、今や日本のみならず世界中で注目されている少女だからではない。単に彼女の家が金持ちで、自分の家が貧乏だっただけだ。彼女を妬んだり、僻んだりする必要はない―そう思いながらも、どうしても少女―荻野千尋は心のどこかで有名になっている幼馴染のことが妬ましくて堪らないのだった。「千尋ちゃん、どうしたの?」「いえ、何でもありません。」「さっきは、ごめんね。千尋ちゃんがどんな思いでいたのか、わたし知らなかった訳じゃないのに・・」「気を遣わなくてもいいですよ、朱美さん。」台所に入ってきた職場の先輩にそう言って千尋が頭を下げると、彼女は千尋が持っていた盆をそっと手に取った。「あたしが運ぶわ。他の姐さん達には、あたしがちゃんと言っておくから、千尋さんは先に休んで。」「わかりました。それじゃぁ朱美さん、おやすみなさい。」「おやすみ、千尋ちゃん。」 台所を出た千尋は、二階の奥にある自室に入ると、押し入れから布団を取りだして畳の上にそれを敷いた。髪留めを外して結っていた髪を解くと、千尋は溜息を吐きながら着替えもせずに布団の上に寝転がった。ふと窓から外の景色を見ると、そこには幼い頃から見慣れている赤い橋が見えた。一体何故、自分はこんな所で働いているのだろう―そう思いながら千尋は、ゆっくりと目を閉じ、総美と出会った日のことを思い出していた。素材提供:White Board様にほんブログ村
2014年02月10日
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今日は久しぶりに、大型スーパーのフードコートにあるKFCでランチしました。CMでやっていた「フライドフィッシュサンドセット」を食べました。結構サクッとして、白身魚とバジルソースの相性が抜群で美味しかったです。去年10月に発売された時、いつか食べようと思っていたら、完売されていてショックだったので、今回は食べられてよかったです♪職場の同僚の方に友チョコを買いました。喜んでくれるかなぁ?
2014年02月10日
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よくお昼時にBSをつけると、よくやってますね。でも、ほとんど同じようなパターンで、飽きます。『冬のソナタ』で韓流ドラマにハマったけれど、もう昔のことですね。といっても、飽きるほどたくさん観ていないのですけれど・・何作か観たら、「またかよ~」って思ってしまうところが沢山あります。現代物よりも、『チャングム』のような時代劇の方が面白いですね。今、観ている『トンイ』が結構おもしろいです。ただ、2月中はソチオリンピックの中継で放送休止だとか・・ちょっと残念だなぁ。
2014年02月09日
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