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「先生、さっきの人は・・」「ああ、あの人はわたしの義理の妹です。」「義理の妹?」「ええ。実は、わたしには去年結婚した弟が居ましてね。その弟の嫁と色々と話していたんですよ。」「そうですか・・」千尋は吉田の話を聞きながら、買ったポテトを頬張った。吉田と彼の義妹が何の話をしていたのか、容易に想像できた。別れ際のあの険悪な雰囲気からして、決して良い話ではないだろう。「荻野君は、塾の帰りですか?」「ええ。小腹が空いたので、ポテトを買いました。」「そうですか。それじゃぁ、わたしはこれで失礼しますよ。」「先生、さようなら。」 翌日の昼、歳三がデスクワークを終わらせて腕時計を見ると、もう12時を回っていた。「土方先生、お昼はどうされるんですか?」「何かコンビニで適当に買って食べます。」「そうですか。じゃぁ、わたしと少しお昼を付き合ってくださいませんか?」「ええ、いいですけれど・・」「それじゃぁ、お店が混む前に行きましょうか。」 吉田に連れられ、歳三は学校の近くにあるとんかつ屋に入った。「ここは、500円のランチが人気なんですよ。」「へぇ、そうなんですか・・」二人が暖簾をくぐって店の中に入ると、テーブル席と座敷席はほぼ満席状態だった。「女性客が多いですね。」「まぁ、女性に人気の店っていう口コミがネットで広がりましたからね。」吉田はそう言うと、店員にランチを注文した。「インテリアも結構いいし、店の中も清潔ですよね。店員さんも明るいし。」「そうですね。ここの店は全国展開しているチェーン店ですが、そういったところだと店員の接客態度や料理の味が店ごとに違ってくるでしょう?でもここは社員教育がしっかりしているから、店員の接客態度もいいし、料理もおいしいですよ。」「結構詳しいんですね、吉田先生。」「わたし、ここの常連客ですから。」「へぇ、そうなんですか。」二人が話している内に、ランチが運ばれてきた。「今日のランチはハムカツ定食ですね。」「美味そうだなぁ。いただきます。」歳三はそう言ってハムカツを一口頬張ると、サクッとした衣と厚みのあるハムの旨みが口の中に広がった。「美味いですね、これ!」「そうでしょう?」吉田と歳三がランチを食べていると、信子がママ友たちと店に入って来た。「あらトシ、あんたこんなところで何しているの?」「何って、飯食べに来たんだよ。姉貴こそ、こんな店にランチしに来るなんて珍しいなぁ。」「いつも高級な店でランチなんて食べていたら、破産しちゃうわよ。最近ママ友とランチするときは、ショッピングモールのフードコートにしているのよ。」「へぇ、そうかい。」「土方先生、そちらの方は?」「ああ、こいつは俺の姉貴です。」「お姉様、初めまして。土方先生の同僚の、吉田と申します。」「こちらこそ初めまして。いつも弟がお世話になっております。」信子はそう言って吉田に微笑むと、ママ友たちのところへと向かった。「土方先生にお姉さんがいらっしゃるなんて初めて聞きました。」「こんなところで姉貴と会うなんて、思いもしませんでしたよ。」歳三が煙草を吸おうとすると、吉田がここは全席禁煙ですよとやんわりと注意してくれた。「何だか最近、全席禁煙の店が多くなりましたね。」「そうですね。我々愛煙家にとっては肩身が狭くなることばかりが多くなりました。」ランチを平らげた吉田は、ミントガムを歳三に渡した。にほんブログ村
2014年08月31日
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背景素材提供:RUTA様「荻野君って、学校あの誠学園なんだよね?」「うん、そうだけど・・」休憩時間、千尋は突然他校の女子生徒からそんな話を振られて戸惑った。「じゃぁ、沖田先輩の事は知っているの?」「知っているも何も、僕剣道部に居るし・・」「わぁ、ラッキー!」千尋の言葉を聞いた彼女達は、そう言うとバッグの中から綺麗にラッピングされた袋を取り出した。「これ、沖田様に渡しておいてくれない?」「え?」「沖田様と知り合いなんでしょう?」「おい、千尋が困っているじゃねぇか、ブスども!」千尋が彼女達の勢いに面喰っていると、窓際に座っていた千尋の友人・拓馬がそう叫んで千尋達の方へと駆け寄って来た。「何よ、あたし達は別に、ねぇ?」女子生徒の一人が、そう言って隣に立っている友人の顔を見た。「お前ら、千尋と初対面の癖に、よくもそんな図々しいこと頼めるよな?」拓馬はそう言うと、彼女達の手から菓子が入った袋を奪い取った。「ちょっと、何するのよ!」「俺がお前らの菓子を憧れの沖田様の代わりに貰ってやるよ。」「酷い、最低~!」彼女達は拓馬を罵倒すると、教室から出て行った。「拓馬、助けてくれて有難う。」「別に気にするなって。千尋、困ったことがあったら何でも言えよ。」「うん・・」「もうすぐ夏休みだけど、千尋はどうするんだ?」「どうするって、剣道部の練習に出なくちゃならないし、塾の夏期講習も受けないといけないから、休んでいる暇ないよ。拓馬は?」「俺も似たようなもんさ。サッカー部の合宿には全員強制参加だから、休めねぇんだよな。」「それに、学校の宿題もしなくちゃいけないしね・・」「ああ、それもあったんだ・・だいたいさぁ、40日間も休みがあるのに休める時がないなんておかしな話だとは思わないか?」「そうだねぇ。」「つーかさぁ、今度の金曜日、花火大会あるじゃん?お前も一緒に行かないか?」「いいの?」「いいって。中学ん時のダチも来るし。」「そう。」塾の前で拓馬と別れた千尋は、自転車で帰宅する途中、あのファストフード店で吉田と女性がまだソファ席に座っていることに気づいた。(吉田先生と話している人、一体誰なんだろう?)そんなことを思いながら千尋が店の前に自転車を停めて店内に入ると、女性が勢いよくソファから立ち上がり、吉田の頬を平手で打った。「あなたがそんな男だとは思わなかったわ、最低!」女性はショルダーバッグを掴むと、ヒールの音を響かせながら店から出て行った。「まったく、乱暴な女だな・・別れの挨拶代わりにアイスコーヒーをぶっかけた挙句、平手打ちとはね。」怒り狂った女性とは対照的に、吉田は少し醒めた口調でそう言うと、ハンカチで濡れた眼鏡を拭いた。「吉田先生・・」「荻野君、見苦しいところを見せてしまったね。」にほんブログ村
2014年08月30日
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「土方先生、熱中症で入院したって、本当ですか?」「はい。土方先生は暫く入院されるので、それまでわたしが土方先生の代わりを務めます。」副担任の吉田は、そう言うと千尋を見た。「荻野君、あなたには後で話があります、放課後書道教室に来るように。」「はい・・」 放課後、千尋が書道教室に向かうと、吉田はノートパソコンの前に座って書類仕事をしていた。「吉田先生、荻野です。お話とは何ですか?」「君の双子のお兄さんが、あの宮下真紀選手だったなんてね・・」吉田はそう言って肩を震わせると、千尋の方を見た。「先生?」「双子の兄が有名人になって、君も色々と辛いだろう?」「いいえ。あの、話がないのなら僕もう帰ってもいいですか?」「わかった。」千尋の言葉を聞いた吉田はそう言うと残念そうに彼を見送った。「ただいま。」「お帰りなさい、ちーちゃん。」「母さん、僕が帰って来るまで、何かあったの?」テーブルの上に置かれている来客用のティーカップを見た千尋がそう言って育美を見ると、彼女はエプロンの端で涙を拭った。「実は、さっきあなたの本当のお母様のご両親が、またここに来たのよ。」「そう・・二人は何て?」「どうしてもちーちゃんを跡取りとして引き取りたいと言っているの。日曜日、向こうのご両親と会ってくれる?」「わかった。」実母の両親と日曜日に会うことになった千尋は、嫌な予感がした。「ちーちゃん、入るわよ?」「どうぞ。」千尋が自室で寛いでいると、育美が部屋に入って来た。「向こうのご両親と会うのは、嫌?」「嫌だけれど・・いつまでも向こうを避けてはいられない。一度二人と会って、今後の事を話し合うよ。」「わかった。」「それじゃぁ、塾に行ってくるね。」「気を付けて行ってらっしゃい。雨が降るから、折りたたみ傘持っていきなさいね。」「わかった。」 自転車で塾へと向かった千尋は、その途中にあるファストフード店で吉田の姿を見かけた。(吉田先生、何でこんなところに?)千尋が暫く吉田の様子を見ていると、彼の隣に女性が居ることに気づいた。(あの人、誰なんだろう?)「千尋、そんなところで何してんだ?」「平助こそ、こんなところで何してるの?」「ちょっと小腹が空いたからさぁ、ここで飯でも食おうと思って。千尋、お前も一緒にどうだ?」「塾に行かないといけないんだ。また今度。」「わかった、じゃぁな!」ファストフード店の前で平助と別れた千尋は、再び自転車に跨った。「先生、おはようございます。」「荻野君、おはよう。随分と早く来たね。」「ちょっと前の授業でわからないことがあったので、少し復習をしたくて・・」「そうか、勉強熱心でいいことだ。」「有難うございます。」にほんブログ村
2014年08月29日
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「先生、さようなら。」「さようなら。」期末テストが終わり、あと一週間で夏休みになるという7月中旬のある日、歳三がいつものように教室から出て行く生徒一人一人に声を掛けていると、そこへ副担任の吉田が通りかかった。「土方先生、ちょっとお話があるのですが、いいですか?」「いいですけれど・・」「土方先生、この前お見合いされたそうですね?」「ええ。それが何か?」「実は土方先生が見合いされた相手は、わたしの従妹なんです。従妹は一度結婚しましたが、離婚歴がありまして・・」「ええ、知っています。」「土方先生は、従妹と再婚する気はないのですか?」「ありません。俺は娘が成人するまで育てる義務がありますし、自分の事は娘が成人してから考えます。」「そうですか。従妹にはわたしの方からそう伝えておきます。」吉田はそう言うと、書道教室から出て行った。「ただいま。」歳三が帰宅すると、リビングの方から何やら賑やかな笑い声が聞こえた。「お帰りなさいませ、歳三様。」「誰か客が来ているのか?」「ええ。友香お嬢様が通っていらっしゃる幼稚園のお母様方と信子お嬢様の茶会がありまして・・」「そうか。」 信子と駿弥との間には、三人の子が居り、末っ子である友香は今年4月に幼稚園に入園したばかりである。ママ友同士の親睦を深めようと、信子はお茶会を開いたのだろう―そんなことを歳三が思っていると、リビングのドアが開いて信子が玄関ホールにやって来た。「あらトシ、あんた帰ってたの?」「さっきな。姉貴、ママ友をほったらかしにして大丈夫なのか?」「大丈夫よ。それよりもあんた、この前の見合い話、断ったんだってね?」「ああ。俺は美砂が成人するまで独身を貫く。」「そう。」「部屋で休んでくる。」「わかった。」二階にある自室に入った歳三は、書類が詰まった鞄をベッドの上に置くと、机の前に置かれているノートパソコンの電源をつけた。階下からは、賑やかな笑い声が時折聞こえてきた。「じゃぁ、またね~」「今日は有難う。」ママ友達を玄関ホールで見送った後、信子は歳三を呼びに二階へと上がった。「トシ、もうすぐ夕食が出来るから、そろそろ降りてらっしゃい。」「うん、わかった・・」仕事を終えた歳三がそう言って椅子から立ち上がろうとしたとき、急に視界が暗くなった。「トシ?」部屋の中から返事がしないことを不審に思った信子がドアを開けて部屋に入ると、床に意識を失った歳三が倒れていた。「トシ、しっかりして!」「どうしたんだ、信子?」「あなた、救急車呼んで!」救急車で病院へと搬送された歳三は、そこで熱中症と診断された。「姉貴、たかが熱中症なのに、大騒ぎしてみっともねぇったらありゃしねぇよ。」「あんた、熱中症を舐めていると怖いわよ。暫くゆっくり休んでなさい、いいわね!」「ああ、わかったよ・・」にほんブログ村
2014年08月28日
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「佳奈子さん、その子は?」「わたしの息子です。」「むっちゃん、ばぁばとお外で遊びましょうね。」佳奈子の母親はそう言うと、男児を抱き上げて個室から出て行った。「実はお恥ずかしいことですが、わたしには離婚歴がありまして・・別れた主人とは、結婚前にわたしが妊娠したのと同時に籍を入れたのです。」「まぁ、そうですか・・実はうちの倅も、結婚前に別れた嫁を妊娠させましてなぁ・・色々と価値観が合わずに離婚したのです。」「そうでしたか・・」佳奈子に離婚歴があり、3歳の息子がいることを知った歳三は、自分と同じ境遇にある彼女の事が少し気の毒になった。「佳奈子さん、子供の父親とは何故離婚されたのですか?」「別れた主人は、些細な事で機嫌を損ね、わたしや子供に暴力を振るっていました。」「そうですか・・」「今日はあなたにお会いしてよかった。」佳奈子はそう言うと、椅子から立ち上がって個室から出て行った。「まさか、コブつきだったとは。まぁ、お前とは気が合いそうだから、よしとするか。」「俺は再婚はしねぇと言っただろう?彼女と再婚することを前提に勝手に話を進めるな!」「歳三、お前は土方家の人間だ。お前が再婚するかしないかは、わし自身が決めることだ。」個室から出て行く父の背を、歳三は睨みつけた。(あ~、疲れた。) ホテルのエレベーターで地下駐車場に降りた歳三は、そこに停めてあった自分の車に乗り込むと溜息を吐いた。再婚など当分考えていないというのに、歳信は自分の世間体だけの為に歳三に再婚を急がせようとしている。彼は利用できるものは何でも利用する。それがたとえ、自分の息子や娘であっても。「ただいま。」「お帰りなさいませ。」「姉貴は?」「信子お嬢様は、駿弥様と只今外出しております。」「そうか・・美砂は今、どうしている?」「美砂お嬢様は、先ほどミルクを飲まれてお休みになられました。お夕飯は如何なさいますか?」「夜はさっぱりとした物にしてくれ。」「かしこまりました。」 歳三がテレビを観ながら夕飯を食べていると、帰宅した姉夫婦がリビングに入って来た。「トシ、あんた今日お見合いしたんでしょう?どうだったの、相手の方とは?」「別に。俺は再婚しねぇと言っているのに、あの人は聞く耳を持たないから困っちまう。」「まぁ、父さんは昔から一度こうと決めたことは決して譲らない頑固な性格だからね。」信子はそう言って歳三に微笑むと、リビングから出て行った。「お義兄さん、今日は姉貴と何処へ?」「実は、近々この家から出て行こうと思ってね。今日は新居探しの為に色々といい物件を見て回ったのさ。」「そうだったんですか・・」「この家でお義父様と同居するのはいいんだが、僕たち夫婦の生活にあまりも干渉してくるから、少しお義父様と距離を置きたくてね。」「色々と大変なんですね、お義兄さんも。」「まあね。」歳三と駿弥がそんな話をしていると、信子がリビングに戻って来た。にほんブログ村
2014年08月27日
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「真紀、オリンピックまで日本に居るの?」「まぁね。スポーツイベントが終わったら、渡米してコーチの家に下宿しながらオリンピックに向けてトレーニングをしようかと思っている。」「へぇ・・」「土方先生、わざわざ来てくださって有難うございました。」「別に礼を言われるほどのことでもねぇよ。」「奥さんの事、聞きました。色々と大変だったみたいですね?」「ああ・・周りからは色々と言われたよ。今は実家に帰って、居候生活を楽しんでいるよ。」駅前のショッピングモールのフードコートで、歳三は真紀達とアイスクリームを舐めながらそう言うと溜息を吐いた。「宮下、お前も色々と大変そうだな?」「ええ・・毎日忙しいけれど、俺にとってはそれが楽しく思えます。」「そうか。」「今日は久しぶりに二人に会えて楽しかったです。それじゃぁ俺はこれで。」「真紀、またね。」「千尋、元気でな。」真紀と抱擁を交わし、彼と別れた千尋は、歳三とともにショッピングモールを後にした。「真紀が元気そうでよかった。」帰りの車中で、千尋はそう言うと運転席に座っている歳三を見た。「そうだな。」「土方先生、これからどうなさるんですか?」「まぁ、一度結婚に失敗したから、再婚したくないな。美砂の事もあるし・・」「そうですか。」「親父からは再婚しろって煩く言われているが、そのうち諦めてくれるだろうよ。」「先生、今日は有難うございました。」「じゃぁな。」 千尋を家まで送り届けた歳三は、そのまま帰宅した。「ただいま。」「トシ、お帰りなさい。父さんがあんたに話があるって。」「あの人が?」「ええ、何でもあなたに縁談を持ってきたって。」「ったく、あの野郎・・」歳三はそう言って舌打ちすると、父親の書斎へと向かった。「親父、俺は再婚はしねぇと何度も言った筈だが?」「歳三、お前はそれでいいかもしれんが、世間の目というものがある。一度結婚に失敗したからといって、怖気づく必要が何処にある?」「俺は美砂の事だけを考えて生きていたいんだ。」「いずれ美砂も母親が必要になる。それに、あの子は土方家の娘に恥じぬような振る舞いを身につけさせねばならん。」「美砂を家の道具として使うつもりなら、今すぐ俺はあんたとの縁を切る。」「そうは言っておらんだろう。早とちりをするな。」歳信はそう言って溜息を吐くと、吸っていた葉巻を灰皿に押し付けた。「今週の日曜、横浜グランドホテルに来い。一度相手を会ってみるだけでもいいだろう。」「ああ、わかったよ。」 日曜日、歳三は歳信とともに横浜グランドホテルへと向かった。「お待たせいたしました。」フレンチレストランの個室に入ってきたのは、見合い相手と彼女の母親だった。「こちらがわたくしどもの娘の、佳奈子です。」「初めまして。」そう言って歳三に頭を下げた女性は、彼と目が合うと頬を赤く染めた。「佳奈子さんは、ご趣味は何をされていらっしゃるのですか?」「お茶とお花をしております。土方様は?」「俺は小学校の時から剣道をしています。今は学校の剣道部で顧問をしています。」「まぁ、そうなのですか・・」佳奈子が歳三の話に相槌を打った時、個室に3歳くらいの男児が入って来た。「ママ~!」「むっちゃん、お家で留守番していなさいって言ったでしょう!」個室に乱入してきた男児に、佳奈子の母親はそう怒鳴ると彼を個室の外へと連れ出そうとした。にほんブログ村
2014年08月26日
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「あなたが、宮下真紀さんの双子の弟さん?」「ええ、そうですけれど・・菱田さんは、兄の事を知っているんですか?」「知っているも何も、わたしの弟はあなたのお兄さんとはライバルなのよ。」菱田樹里はそう言うと、千尋に弟の写真を見せた。「菱田凌介って、確かオリンピック出場候補から外れたって聞きましたけれど・・」「ええ、今回弟は怪我をしてオリンピックに出場できなかったけれど、次のオリンピックには出場するつもりよ。だからあなたのお兄さんに、余りいい気になるなと伝えておいて頂戴。」樹里はそう言って弟の写真をバッグの中にしまうと、千尋に背を向けてカフェから去っていった。「千尋君、済まないね。樹里さんは君のお兄さんの事をあんまりよく思っていないんだ。」「そうですか。あの、どうして駿弥さんはこのホテルに樹里さんといらしたんですか?」「今度、横浜で大きなスポーツイベントがあってね、その大会にお義父さんと後援会の皆さんがお手伝いをすることになったから、大会の関係者の方達とちょっとした会合を開いていたのさ。」「へぇ、そうですか。義兄さんもあの人の使い走りをさせられるなんて、苦労が絶えませんね。」「そうでもないよ。それじゃぁ千尋君、またね。」「ええ・・」 夜7時、千尋と歳三はカフェから出て、真紀との待ち合わせ場所であるイタリアンレストランへと向かった。「千尋、会いたかった。」「兄さん、さっき菱山選手のお姉さんにカフェで会ったよ。」「ああ、凌介の姉貴に会ったのか。何か嫌味を言われなかった?」「別に。兄さん、あの人の事を知っているの?」「まあな。俺は凌介とは仲が良いんだけれど、あいつの姉貴が勝手に俺をライバル視してさ。オリンピックの出場を凌介が辞退したのだって椎間板ヘルニアが悪化して、ドクターストップがかかったからだ。」真紀はそう言って溜息を吐くと、グラスに入っていた水を一口飲んだ。「そんなことがあったんだ・・」「片方だけの意見ばかり聞くと、それが嘘でも真実のように捻じ曲げられて報道されてしまうから、厄介だよな。今はネット上で書いてあることが本当だって信じ込んでしまう連中も居るし・・」「確かに。それに最近バイト先で悪ふざけした写真をツィッター上に載せて炎上した人もいるよね?」「あいつらは目立ちたいだけの馬鹿だよ。世の中の善悪の判断がつかない奴なんて、いい年した大人でも結構いるさ。」「兄さんはツィッターとかはしないの?」「SNSの類はしていないし、する気もない。まぁ、ブログは月に一度くらい更新はしているけどね。」「そう。」三人の前に前菜のコーンスープとマリネのサラダが運ばれてきた。「ここのレストランには、よく食事に行くの?」「まぁね。よく宮下の両親と誕生日の時に食事をしていたんだ。」「そうなの。」「土方先生、これから千尋の事を守ってやってくださいね。」「わかった。宮下、オリンピックに出場するんだったんなら、学校はどうするんだ?」「今日、休学届を出しました。土方先生たちには、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。」「いいんだよ、謝らなくても。それよりも余り無理をするなよ。」「わかりました。」 久しぶりに真紀と過ごした時間は、とても楽しかった。「ねぇ千尋、アイスでも食べない?」「うん、いいよ。」にほんブログ村
2014年08月26日
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昨日、セブンイレブンで牛丼を買いました。すき家や吉野家といったチェーン店の牛丼よりもおいしくて、お肉とご飯の相性が抜群でした。これで390円払うのなら得した気分かも。
2014年08月20日
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イオンのイタリアンで母とランチに行きました。前菜&ピッツァ食べ放題なので、メインのパスタを食べ終わるとお腹がいっぱいになりました。
2014年08月13日
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「なぁ、如月先生って何で急に学校を辞めたんだろうな?」「さぁ・・何でも、学校と相性が合わなかったからだって聞いていたよ。」「まぁ、あのきつい性格だと解るような気がするけどね。」家庭科の授業が始まる前、千尋達は如月の退職について色々と憶測を話していた時、家庭科室のドアが開いて長身の青年が入ってきた。「皆さん、今日から如月先生の後任として皆さんに家庭科を教えることになる、藤島葵と申します。」如月の後任となった藤島葵は、そう言うと黒板に自分の名を書いて教壇の上から生徒達を見渡した。「それじゃぁ、今日から被服の実習に入ります。」藤島葵はちらりと千尋を見た後、授業を始めた。「後任の先生、良い人そうで良かったな。」「うん。」「なぁ、今度千尋ん家で勉強会やらねぇ?」「何で僕の家で?平助の家でもいいじゃん?」「だってさぁ、千尋の家居ると何だか落ち着くんだもん。」「なにそれ?」「荻野君、すぐに生徒指導室に来て。」「わかりました。」学年主任の上田に呼ばれ、千尋が生徒指導室へと向かうと、そこには藤島が椅子に座っていた。「藤島先生、僕に何か用ですか?」「君、何処かで僕と会ったことがある?」「いいえ。」「そう・・」藤島はそう言うと、口に咥えていた煙草にライターで火をつけた。「確か、君の双子のお兄さんは、あの宮下真紀なんだって?」「ええ。それがどうかしましたか?」「有名人のお兄さんを持って大変だねぇ。しかも双子だから、街を歩いていてもお兄さんと間違われて、何度か嫌な思いをしたんじゃないの?」「しましたが・・それが藤島先生と何の関係があるんですか?」「別に。今日君をここへ呼び出したのは、君と少しお喋りがしたかったからさ。もう教室に戻っていいよ。」「わかりました。」 放課後、帰宅した千尋はクローゼットからスーツを取り出した。「父さん、ネクタイの結び方教えて。」「わかった。」「そんなにかしこまった格好をして、何かあるの?」「真紀からメールがあって、横浜グランドホテルで今夜会う約束をしたんだ。」「そう。気を付けて行ってらっしゃい。」「うん、行ってきます。」 自宅を出た千尋が駅に向かって歩いていると、後ろから車のクラクションが聞こえた。「乗れよ。」「有難うございます。」「スーツ姿、似合っているぞ。」「そうですか?」千尋と歳三が横浜グランドホテルに着いたのは、夕方の6時過ぎだった。「約束の時間までまだ一時間もあるな。あそこでお茶でもしていくか?」「そうですね、そうしましょう。」ホテルの1階にあるカフェで二人がコーヒーを飲んでいると、一組のカップルがカフェに入ってきた。彼らは二人が座っている席の前を通り過ぎ、歳三はカップルの男が義兄だと気付いた。「義兄さん、奇遇だな。こんなところで会うなんて。そちらのお嬢さんは?」「この人はお義父さんの後援会長の菱田さんのお嬢さんで、樹里さんというんだ。樹里さん、こちらは義理の弟の、歳三君だ。」「初めまして。」駿弥の隣に立っていた連れの女性が、そう言って歳三に挨拶した後、彼の隣に座っている千尋の方を見た。(え、なに・・)見知らぬ女性から敵意に満ちた視線を送られ、千尋は戸惑った。にほんブログ村
2014年08月11日
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「駿弥君、それは一体どういう意味だ?」「歳三君には、心に決めた相手が居るのですよ。」駿弥はそう言うと、歳三に向かって笑った。「その相手とは誰だ?」「歳三君が働いている学校の生徒ですよ。確か名前は千尋君といったかなぁ・・」「義兄さん、どうしてあなたが千尋の事を知っているんですか?」「どうしてって・・今日、千尋君と君がショッピングモール内のレストランで食事をしているのを見たからさ。」義兄の言葉に、歳三は内心臍を噛んだ。あのショッピングモールに時折彼が視察に来ていることを歳三は知っていたが、まさか千尋と居るところを彼に見られていたなんて、迂闊(うかつ)だった。「千尋という生徒は、男か、それとも女か?」「歳三君が働いている学校は男子校ですよ、お義父さん。」「義兄さん、ちょっといいですか?」歳三はそう言って駿弥の腕を掴むと、彼を自分の部屋に連れていった。「一体どういうつもりなんですか、あの人に千尋の事を話すなんて・・」「別に君は悪いことをしていないのだから、お義父さんに千尋君の事を隠さなくてもいいだろう?」「ですが・・」「二人とも、どうしたの?」歳三と駿弥が廊下でそんなことを話していると、そこへ信子がやって来た。「何でもないよ、信子。」「もしかしてあなた、千尋君の事を父さんに話したんじゃないでしょうね?」信子はそう言うと、駿弥を睨んだ。「そうだけれど、何かいけなかったかな?」「歳三の私生活には余り詮索しないで。」「どうして君まで怒るんだい?」「どうしてって・・二人に傷ついて貰いたくないからよ。駿弥さん、二階の部屋に来て。」「わかった。」 翌朝、千尋がリビングで朝食を取っていると、玄関のチャイムが鳴った。「どちら様ですか?」『すいません、こちらは荻野千尋さんのお宅でしょうか?』「はい、そうですけれど・・」『わたくし、土方駿弥と申します。千尋さんに少しお話があるのですが、お宅に上がっても宜しいでしょうか?』「ええ、構いませんけれど・・」歳三の義兄を名乗る駿弥という青年をリビングに通した千尋は、彼が何の目的で自宅に来たのかがわからずにいた。「あの、コーヒーいただきますか?」「いいえ、結構です。」「そうですか・・あの、駿弥さんは僕に何か用ですか?」「実は昨日、君と歳三君を駅前のショッピングモールで見かけてね。もしかしたら、君達は恋人同士なんじゃないかと思って・・」「そんなことはありません。」千尋はそう言うと、駿弥を見た。「そうか。じゃぁわたしの方から君にひとつ、忠告しておこう。君と歳三君が仮に恋人同士だとしよう。君達の関係が公になる前に、歳三君と別れてくれ。」「もし嫌だと言ったら?」「その時は、考えるよ。それじゃぁ、わたしはこれで失礼するよ。」駿弥は不敵な笑みを口元に浮かべると、荻野家を後にした。「おはよう、平助。」「おはよう千尋。明日から中間テストだな。」「そうだね。」「中間テストが近いと宿題が山ほど出るから嫌だなぁ。」「それは仕方がないんじゃない?」「それもそうだよな。」千尋と平助が中間テストのことを話していると、教室に歳三が入ってきた。「お前ら、HR始めるぞ!」にほんブログ村
2014年08月10日
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「今日の部活動はここまで!」「有難うございました。」部活を終えた千尋は、更衣室で制服に着替えて道場から出ると、歳三が待っている駐車場へと向かった。「すいません、お待たせしてしまって。」「それじゃぁ、行くか?」「ええ。」歳三が運転する車で、千尋が彼と向かったのは、駅前にある大型ショッピングモールだった。「ここで何か用ですか?」「ちょっと、お前とデートしようと思ってな。」「え・・」「嫌なら、家まで送るが・・」「いいえ、付き合います。」「そうか。」歳三はそう言うと、千尋の頬にキスした。「まだ夕飯食ってないだろう?」「ええ。両親は法事に出席していて留守です。」「じゃぁ、二人で何か食べようか?」「いいですね。」 ショッピングモール内にあるイタリアンレストランで、歳三は千尋と久しぶりに二人きりで夕食をとった。「こうして二人きりで食事をするのは、久しぶりだな。」「ええ。確か最後に二人きりで食事をしたのは、昨年のクリスマス・イヴでしたね。」「ああ。実は、お前に渡したい物があって、今日お前をデートに誘ったんだ。」「僕に渡したい物って、何ですか?」「これだ。」歳三はスーツの内ポケットから有名宝飾店のロゴが入ったベルベッドの箱を取り出した。千尋が箱を開けると、そこには四葉のクローバーの形をしたダイヤモンドのネックレスが入っていた。「これ、今一番人気のネックレスですよね?高かったんじゃないですか?」「値段なんて聞くな。俺は、お前の喜ぶ顔が見たくて、これを買ったんだ。」「有難うございます、大切にします。」「今つけてやろうか?」「いいんですか?」「いいに決まっているだろうが。」歳三はそう言って千尋に微笑むと、ネックレスを彼の首につけた。「良く似合っているぜ。」「美砂ちゃんは元気にしていますか?」「ああ。ベビーシッターに任せきりだが、元気に育っているよ。」「そうですか。」「なぁ千尋、お前は進路のことをどう考えているんだ?」「まだ、考えていません。」「まだ1年だから、しょうがないよな。まぁ、自分のことを決められるのは、自分だけだ。焦らずにじっくりと将来の事を考えろよ。」「わかりました。」 夕食の後、歳三は千尋を自宅まで送り届けた後、帰宅した。「遅かったな。今までどこに行っていた?」「あんたには関係ねぇだろう。」「お前に、縁談を持ってきた。」「俺は再婚はしねぇ。」「一度目の結婚が散々なものだったからといって、二度目も失敗するとは限らんだろう?」「別に俺は一生独身でいいと思っているぜ。あんたの世間体なんてクソ食らえだ。」「ふん、いつまでわたしに向かってそんな口が聞けると思っているんだ?」父と息子との間に険悪な空気が流れている時、リビングルームに駿弥が入ってきた。「お義父さん、只今戻りました。」「駿弥君、お帰り。」「お義父さん、歳三君に再婚を勧めても無駄ですよ。」にほんブログ村
2014年08月09日
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あれは、歳三が22歳の時、彼は大学を卒業したその日の夜に、歳信と激しい口論をした。「歳三、わたしはお前が教職に就くことには反対だ。」「長男の俺には、あんたの跡を継いで国会議員になれと?」「そうだ。」「悪いが、あんたの跡を継ぐ気はねぇ。」「そうか。ならば、この家から出て行け。」「わかったよ。」売り言葉に買い言葉で、歳三は歳信と口論した次の日に、実家を出た。それ以来、実家とは音信不通だった。 琴子と結婚した時も、歳三は適当な言い訳を作って彼女と実家に結婚の挨拶には行かなかった。「おはようございます、歳三様。」「おはよう。」 翌朝、歳三がダイニングルームで朝食を取っていると、そこには信子と彼女の夫である駿弥がトーストを齧っていた。「歳三君、久しぶりだね。最後にこの家で会ったのは、君が高校生の時以来かな?」「お久しぶりです、義兄さん。今日もお仕事ですか?」「ああ。これから京都に行かないといけないからね。選挙が近いから・・」「お役に立てずに、すいません。」「君が謝ることはないよ。それよりも歳三君が結婚していたなんて知らなかったな。」「子供が出来た後結婚したし、この家とは絶縁状態だったので、挨拶に行きませんでした。」「そうか・・済まないね、余計な事を聞いてしまって。」「いいえ。」「それじゃぁ、僕はこれで失礼するよ。」「お気をつけて。」リビングから出て行く駿弥を見送った歳三は、コーヒーを一口飲んだ。「歳三様、行ってらっしゃいませ。」家政婦の宮田さんに見送られ、歳三は実家を出て職場へと向かった。「近藤さん、今回の事で色々と迷惑を掛けてすまねぇな。」「そんなことを気にするな。」「ああ・・」職員室で近藤と話していた歳三は、如月の姿がないことに気づいた。「近藤さん、如月先生は?」「ああ、彼女なら異動したよ。何でも、うちの経営方針と自分の考えは合わなかったから辞めますとこの前俺に辞表を出したんだ。」「そうか。」「それよりもトシ、千尋君が無事でよかったな。」「ああ。」歳三が数学準備室でコーヒーを飲んでいると、千尋が部屋に入ってきた。「土方先生、今お話ししても宜しいですか?」「千尋、どうした?」「さっき、真紀からこんなメールが届いたんです。」「お前の兄さんから?」「ええ・・」千尋はそう言うと、真紀から届いたメールを歳三に見せた。『明日夜7時に、横浜グランドホテルで待っています 真紀』「兄さんには電話してみたのか?」「ええ。メールを送ったことを聞いたら、確かに送ったって言っていました。」「そうか。俺も行く。」「有難うございます。」「千尋、今日は部活には出るのか?」「はい。」「ちょっとお前と行きたいところがあるんだが、付き合ってくれねぇか?」「わかりました。」にほんブログ村
2014年08月09日
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「お前は、實小路さんから何もされなかったか?」「ええ。實小路さんは、交通事故で死んだ娘さんの代わりを僕に演じて欲しかっただけだったようです。それに、僕は真紀と間違えられて拉致されました。」「そうか・・」「土方先生、一ヶ月もみんなに迷惑を掛けてしまってごめんなさい。」「いいんだ、お前が無事に帰って来たんだから、お前は何も気にするな。」 歳三が運転する車で一か月ぶりに帰宅した千尋がリビングに入ると、育子が涙を流しながら彼を抱き締めた。「千尋、無事でよかったわ!」「母さん、ただいま。」「疲れたでしょう?お風呂沸いたから入りなさい。」「わかった。」 自宅の湯船に入りながら、千尋はゆっくりと目を閉じて溜息を吐いた。「土方先生、千尋が真紀君と間違われて拉致されたって、本当ですか?」「ええ。誘拐犯は、真紀君を拉致してオリンピック出場を断念させようとしたみたいです。」「犯人に心当たりはあるんですか?」「ええ。俺にパーティーの招待状を送って来た實小路光忠です。實小路家と宮下家は敵同士ですから、真紀君を拉致して宮下家を困らせようと實小路は企んでいたのかもしれませんね。」「そうね。」「じゃぁ俺はこれで失礼します。」「土方先生、お気をつけて。」 荻野家を出た歳三が実家に帰宅すると、渋面を浮かべた歳信がソファに座って酒を飲んでいた。「只今帰りました。」「歳三、實小路さんから先ほど苦情の電話があったぞ。」「苦情の電話・・ですか?」「ああ。お前が實小路さんの娘を拉致したとな。」「俺は拉致などしていません。それに、千尋を誘拐したのは實小路が・・」「黙れ。歳三、先方は娘を返さないつもりなら法的手段に訴えると言ってきた。裁判沙汰にでもなったら、土方家の名誉に傷がつく。」「俺にどうしろと言うのですか?」「娘さんを實小路さんに返せ。」「それは出来ません。」「お前はわたしの言うことを聞かんな。あの時と同じだ。」歳信はそう言って歳三を睨むと、ソファから立ち上がってリビングから出て行った。「また父さんと喧嘩したの、トシ?」「喧嘩じゃねぇ。姉さん、實小路家から苦情の電話がうちに来たって本当か?」「ええ。ねぇトシ、今回起きたこと、ちゃんとあたしに解るように説明して頂戴。」「わかった・・」歳三はそう言って溜息を吐くと、スコッチを一口飲んで姉に今回千尋が巻き込まれた誘拐事件のことを話した。「そう。千尋君は真紀君と間違われて拉致された挙句、實小路さんに監禁されていたなんて、大変な目に遭ったのね。それなのにどうして、實小路さんはあんたに千尋君を自分の元に返せなんて言ったのかしら?」「さぁな・・姉貴、この話はあの人にちゃんと伝えておいてくれ。」「わかった。ねぇトシ、あんた父さんといい加減仲直りしたら?」「あの人と一生分かり合えることなんざ、出来ねぇよ。あの人と俺は違う人間だ。そんなこと、姉貴だって解っているだろう?」「そうだけど・・」「お休み。」 リビングを出て自分の部屋に入った歳三は、そのままベッドに横になった。“いい加減、父さんと仲直りしたら?”(ガキみてぇに、簡単に仲直りなんざできるかよ・・)歳三は目を閉じて、歳信と口論した日の夜の事を思い出していた。にほんブログ村
2014年08月08日
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歳三は会場を見渡しながら、ここだけが時間が明治時代から止まっているような感覚に陥った。「おや、土方さん。来てくださったのですね。」「ああ、實小路さん、本日はお招きいただいて有難うございます。」「いいえ。それよりもあなたの会社は年々急成長しておりますな。」實小路光忠はそう言いながら、歳三を見た。「わたしは会社の経営に携わっていないので、詳しいことはわかりません。」「確か、土方さんは学校の先生をなさっておられるとか。」「ええ。父から教師になることを反対していましたが、父の反対を押し切って教師になってから、実家とは絶縁しております。」「そうですか。色々と大変だったのですね。」「それに、妻との離婚で色々と実家で揉めましたし・・」「土方さんは良い男ですから、必ず運命の人にまた出会えますよ。」光忠はそう言って歳三に微笑むと、他の招待客のところへ向かった。(つまらねぇから、もう出ようかな・・)歳三がそんなことを思いながらシャンパンを飲んでいると、会場に一人の少女が入ってきた。彼女は瑠璃色の美しいドレスを纏い、首には美しい真珠のネックレスをつけていた。その少女は、千尋に瓜二つの顔をしていた。「漸く来たんだね。やっぱり、そのドレスが一番似合っているよ、千尋。」「實小路さん、その子は?」「この子はわたしの娘で、千尋というのですよ。千尋、土方さんにご挨拶なさい。」「初めまして。」千尋はそう言って歳三に挨拶すると、彼の手に何かを握らせた。「この子は身体が弱くてね、今まで伊勢にあるわたしの別荘で療養していたのですよ。」「そうですか。千尋、他のお客様にご挨拶を。」「はい、お父様。」光忠と千尋が会場の隅に行ったのを確認した歳三は、彼から渡されたメモを開いた。“夜8時半に、ホテルの屋上で待っています 千尋” パーティーが終わったのは、夜の8時過ぎだった。「千尋、わたしは千草と少し出かけて来るから、部屋で大人しくしているんだよ。」「わかりました、お父様。」光忠と千草が部屋から出て行くのを確認した千尋は、バッグの中からスマートフォンを取り出し、歳三にメールを打った。『今すぐ屋上に行きます。』千尋はドレスから普段着に着替えた後、そのまま部屋から出てエレベーターで屋上へと向かった。 同じ頃、歳三はホテルの屋上で千尋が来るのを待っていた。「土方先生!」「千尋、無事だったのか!」千尋は息を切らしながら、歳三の胸に飛び込んだ。「僕、實小路さんの別荘に今まで監禁されて・・一ヶ月の間、スマートフォンを取り上げられて、連絡が出来なくて・・」「お前が無事でよかった。家まで送る。」「はい・・」「千尋・・わたしから逃げたのか・・」部屋に千尋の姿がないことに気づいた光忠は、そう言うと手に持っていたキャンディーを握り潰した。にほんブログ村
2014年08月08日
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「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」「何だい?」「さっき、千草さんは僕の事を、“お嬢様”と呼びましたが・・」「わたしと居る間、君にはわたしの娘として振舞って貰おう。」「そんな・・」「大人しくしていれば、君をご両親のもとに帰してあげるよ。」光忠はそう言うと、千尋に微笑んだ。「旦那様、失礼いたします。」「おう、やっと来たか。」 夕食の後、千尋は浴室で湯船に浸かりながらこれから自分がどうなってしまうのかが不安で堪らなかった。「千尋お嬢様、失礼いたします。」「千草さん、實小路さんには娘さんがいらっしゃったんですか?」「ええ・・ですがお嬢様は、3年前に交通事故でお亡くなりになりました。お嬢様が生きていらっしゃれば、千尋様と同じ年でした。」「そうですか・・」「千尋様、わたし達はあなたに危害を加える気はありません。事故でお亡くなりになったお嬢様の代わりに、旦那様の心を慰めて欲しいのです。」「そうすれば、僕を家に・・両親のもとに帰していただけるんですね?」「はい。」「わかりました。」「これから、宜しくお願いいたします、千尋お嬢様。」「こちらこそ宜しくお願いします、千草さん。」 千尋が何者かに拉致されてから一ヶ月が経った。「土方先生・・」「お母さん、警察の方から連絡は?」「いいえ。ごめんなさいね土方先生には迷惑をおかけしてばかりで・・」「謝らないでください。」荻野家を訪ねた歳三は、そう言うとソファに座っている育子の手を握った。「千尋は必ず見つかりますよ。きっと、俺達の前に帰ってきます。」「そうね・・」 帰宅した歳三が実家のリビングに入ると、そこには仕事人間で滅多に家には帰って来ない父・歳信が不機嫌そうな表情を浮かべながらソファに座っていた。「父さん、帰っていたんですか。珍しいですね、あなたがこんなところに居るなんて。」「自分の家に居ちゃ悪いか?」「いいえ。」「歳三、さっきお前宛にこんなものが届いた。」「はぁ・・」歳信から實小路家の蜜蝋が捺された招待状を受け取った歳三は、ペーパーナイフでその封を切った。『土方歳三様、今宵8時に横浜グランドホテルにて舞踏会を開催いたしますので、是非ご出席お願いいたします。』「實小路家といえば、戦後の華族制度廃止の憂き目に遭った旧華族の資産家でしたね。そんな方が、俺に何の用でしょう?」「それはわたしにもわからん。まぁ、舞踏会にはわたしの名代として出席してくれ。」「わかりました。」 その日の夜、歳三は横浜グランドホテルで開かれている實小路家の舞踏会に出席した。 舞踏会場になっている宴会場の扉を開くと、そこには鹿鳴館時代のドレスと燕尾服を着た男女がワルツを踊っていた。にほんブログ村
2014年08月07日
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「どうぞお嬢様、こちらです。」 燕尾服姿の青年―千草に案内され、千尋はダイニングルームに入った。「千草、晩餐の準備を。」「かしこまりました、旦那様。」千草はそう言って小太りの男に頭を下げると、ダイニングルームから出て行った。「あなた、誰なのですか?それに、ここは何処なのですか?」「お前は、いきなりここに連れてこられてきて混乱しているだろうね。」男は千尋に優しく微笑むと、椅子から立ち上がって彼の手を握った。「ここは伊勢にあるわたしの別荘で、わたしは實小路光忠(さねこうじみつただ)だ。」「實小路って、あの實小路グループの創業者一族の・・」「話が早くて助かるよ。」男―實小路光忠は、そう言うと自分の席に戻った。「君の事を千草に少し調べて貰ったよ。君の双子のお兄さんは、宮下財閥の御曹司なんだってね?」「ええ。それが、どうかしたんですか?」「うちと宮下家は、長い間いがみ合ってきた敵同士でね。人を雇って、君のお兄さんをここまで拉致するよう命じたのはわたしだ。」「どうして、そんなことを?」「君のお兄さんを拉致して、オリンピック出場を諦めさせようと企んでいた。しかしわたしが雇った連中は、間違って君のお兄さんではなく君を拉致してしまった。」 光忠は、そう言うと千尋を見た。「君たちが双子の兄弟であったことを、すっかり忘れてしまったよ。まぁ、弟の君でもわたし達の役に立てるのなら、わたしの望みが叶うまでここに居て貰うよ。」 千尋に向けた光忠の笑顔は穏やかなものだったが、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。 一方、東京の荻野家のリビングには、数人の刑事とともに歳三達が千尋を拉致した犯人からの電話を待っていた。「犯人から電話は?」「ありません。」「一体犯人がどんな目的で千尋さんを拉致したのかはわかりませんが、犯人たちが乗っていた車のナンバーを照合したら、犯人たちの身元が判りました。」「犯人たちには会えますか?」「それは出来ません。今署で彼らを取り調べている最中ですので。」「そうですか。」育子は刑事の言葉に落胆すると、茶を淹れにキッチンへと向かった。「お母さん、俺も手伝います。」「ありがとう、土方先生。」「今は千尋が無事に帰ってくることだけを考えましょう。」「ええ。」「お茶は俺が運びます。」「わかりました。」歳三が育子から紅茶が入った盆を受け取りリビングに入ろうとすると、扉越しに刑事達が何かを話していた。「先ほど連絡が入ったのですが、どうやら犯人たちは千尋君ではなく、彼の双子の兄の、宮下真紀を拉致するよう命じられたそうです。」「そうか・・それで、犯人たちに宮下真紀の拉致を命じた人物はわかったのか?」「それは、まだ調査中です。」「警察の威信にかけて、何としてでも千尋君をご両親のもとに帰すぞ、いいな!」「はい!」にほんブログ村
2014年08月07日
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歳三がリビングでテレビを観ながらこたつの前に座っていると、こたつの上に置いていたスマートフォンが振動した。「もしもし、土方ですが・・」『土方先生?わたくし、千尋の母の、育子と申します。あの、うちの子がそちらに来ていませんでしたか?』「いいえ。どうされたんですか?」『実は・・千尋が塾から帰って来ていないんです。心配して塾に連絡したら、事務員さんがあの子は20分前に塾から出て行ったって・・』「そうですか。警察には連絡しましたか?」『はい。』「お母さん、俺も千尋君を探します。」歳三はテレビを消すと、部屋着の上にダウンジャケットを羽織ってそのまま部屋から出て行った。千尋が誰かにさらわれたのかもしれない―そんなことを思いながら、歳三は車のエンジンをかけ、荻野家へと向かった。「なぁ、こんなことして俺達捕まったらどうするんだ?」「そんなこと、今は考えている暇はねぇ。この餓鬼を雇い主の別荘まで送り届けたら、俺達の仕事は終わりだ。」車を運転していた男は、そう言うと後部座席に居る仲間の男達を睨んだ。彼らは互いに面識がなく、インターネットの闇サイトで知り合った。『高報酬のアルバイトがある』という広告に惹かれた彼らは、互いの本名も知らずに、塾帰りの千尋を拉致し、車で伊勢志摩へと向かっていた。「なぁ、こいつ大丈夫か?さっきから静かなんだが・・」「クロロホルムを嗅がせたから、暫く寝ているさ。それにしても、夜中に伊勢志摩まで休憩なしのドライブはきついな・・」運転席の男は、そう言うと欠伸をしながら眠い目を擦った。「お母さん、千尋から連絡は?」「ないわ。一体あの子、何処に行ってしまったのかしら?」荻野家のリビングで、育子はテレビの前で右往左往しながら千尋から連絡が来るのを待っていた。「このことは、ご主人には・・」「言ったわ。でもあの人、今仕事で名古屋に出張中なのよ。わたし、千尋の身に何かあったら生きていけないわ。」「落ち着いてください、お母さん。千尋は必ず無事に帰ってきますよ。」「そうね・・」歳三が育子を励ましていると、玄関のチャイムが鳴った。『警察の者ですが・・』 遠くで波音が聞こえ、窓の隙間から潮風が入ってきた。「う・・」千尋は低く呻いた後目を開けると、自分が見知らぬ部屋のベッドに寝かされていることに気づいた。(ここは、何処だろう?)レース付の天蓋に覆われたベッドの周りには、沢山の縫いぐるみが置いてあった。ベッドから起き上がろうとした千尋は、自分が女物のドレスを着ていることに気づいた。「やっとお目覚めになられましたか。」涼やかな声が頭上から響き、千尋が俯いていた顔を上げると、ドアの近くには漆黒の燕尾服を着た長身の青年が立っていた。「あなたは誰?」「お嬢様、ダイニングルームで旦那様がお待ちですよ。」「え・・」状況が把握できないまま、千尋は青年とともに部屋を出た。「ここは何処なのですか?」「ここは、お嬢様と旦那様の家ですよ。」「あなたは誰?」「この屋敷の執事を務めております、千草(ちぐさ)と申します。」にほんブログ村
2014年08月06日
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「じゃぁな千尋、また明日!」「平助、バイバイ。」 放課後、校門の前で平助と別れた千尋は、その足で歳三が住むマンションへと向かった。「土方先生、今お忙しいのに連絡もせずに伺ってしまってすいません。」「別に構わねぇよ。学校ではどうだった?」「マスコミが校門の前に張り付いていました。暫く自宅で謹慎されると聞いたんですけれど、これからどうなさるつもりなのですか?」「ここを引き払って、実家に帰ろうと思っているんだ。」「そうですか。学校の方はどうなさるんですか?」「辞めるつもりはねぇよ。それよりも千尋、お前の方は大丈夫か?」「ええ。美砂ちゃんは?」「美砂は実家の姉貴に預けている。千尋、塾まで時間があるんなら、引っ越しの準備、手伝ってくれねぇか?」「わかりました。」 千尋は歳三とともに引っ越しの準備に取り掛かった。「荷物、少ないんですね?」「まぁな。琴子の荷物はあいつの両親が引き取っていったし、美砂の物は姉貴が実家まで取りに来たから、段ボール箱に詰めるのは俺の私物だけだ。」「そうですか。あれ、これは?」テレビの横に置いてある本棚の中からアルバムを一冊抜き出した千尋は、その中に入れてある写真を見た。 その写真には、7歳くらいの振り袖姿の少女が映っていた。「この子、誰なんですか?」「こいつは・・俺だ。」「え?」「今は何ともないが、ガキの頃俺は身体が弱くてな。家にいるよりも病院に居る時間の方が長かったんだ。俺の身体を心配した親戚がインキチ霊能者に俺を霊視させたとき、そいつは俺に狐の霊が憑いているから、成人するまで女の恰好をさせろと親戚に抜かして、俺は中学に入るまで女装を強いられたんだ。」「それは、災難でしたね。」「ああ。今となっては笑い話だが、当時の俺にとっては大問題だった。」「可愛らしいじゃないですか、この時の土方先生。」「お前ぇにそんなことを言われたかねぇよ。」歳三はそう言うと、千尋の手から写真を取り上げた。引っ越しの準備は、数分で終わった。「それじゃあ、僕はこれで失礼いたします。」「引っ越しが終わったら、メールする。」「わかりました、さようなら。」 千尋がマンションから出ると、彼の前に一人の男が駆け寄って来た。「ねえ君、さっきあのマンションから出て来たでしょう?」「あなた、誰ですか?」千尋がそう言って男を睨むと、彼は馴れ馴れしく千尋の肩に手を置いた。「君、確か荻野千尋君っていったよね?土方歳三先生とは、どういう関係なのかなぁ?」「それ以上僕につきまとうと、警察呼びますよ!」「綺麗な顔をして、怖いねぇ~」男はそっと千尋の肩から手を放すと、そのまま彼に背を向けて何処かへと立ち去ってしまった。「こんばんは。」「荻野君、今すぐお家に帰りなさい。」「何かあったんですか?」 千尋が進学塾の受付でそう言って事務員に尋ねると、彼女は数分前、この塾を爆破するという爆破予告メールが届いたことを千尋に教えた。「たぶんメールを送って来たのは愉快犯の仕業だろうけれど、塾長はあなた達の身の安全を確保するために、今日の授業を中止することに決めたのよ。」「わかりました。」 数分後、進学塾から出た千尋が自宅に向かっていると、一台の黒いバンが彼の前に急停車すると、車の後部ドアが開いて、あっという間に千尋は車の中に引きずり込まれた。にほんブログ村
2014年08月06日
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「土方先生、一体どういうことなんですか?」「俺が琴子に離婚を切り出したのは、あいつが実家から帰って来てからすぐのことだ。もうあいつと暮らすのが限界だったんだ。」「でも、奥さんは土方先生と離婚したくなかった・・だから、美砂ちゃんを人質に取って、先生の帰りを待っていたんですね。」「ああ。俺の家庭の問題なのに、お前を巻き込んでしまってすまない。」「謝らないでください、土方先生。美砂ちゃんを病院に連れて行ってよかったです。あと少し遅ければ死ぬところでした。」「そんなに、美砂の状態は酷いのか?」「ええ。お医者様によると、極度の栄養失調で、食事も満足に与えられていないと・・」「俺の所為だ。俺がもっと早く琴子と別れていれば、こんなことには・・」歳三がそう言って唇を噛み締めると、そこへ美砂を保護した警官とマンションの管理人がやって来た。「じゃぁ、僕はこれで失礼します。」千尋はそう言って歳三に向かって頭を下げると、そのまま病院を後にした。 翌朝、千尋がリビングで朝食のトーストを齧っていると、テレビのニュースで琴子が児童虐待の容疑で逮捕されたことを知った。『警察の調べによりますと、琴子容疑者は娘の美砂ちゃんに母乳を与えず、奥の部屋に閉じ込めていたと・・』「この人、土方先生の奥さんでしょう?我が子に対して何でこんなひどいことをするのかしら?」育子はそう言うと、リモコンでテレビのスイッチを切った。「母さん、行ってきます。」「行ってらっしゃい。」 自転車で千尋が学校に向かうと、校門の前に大勢の報道陣が誰かを待っていた。「ねぇ、あなたここの学校の生徒さん?」記者の一人が千尋の姿に気付き、彼にマイクを向けた。千尋が記者を無視して学校の中に入ると、警備員がすかさず校門を閉めた。「千尋、さっきマスコミに取り囲まれていただろう?大丈夫だったか?」「うん。平助は?」「俺はちょっと早い時間に登校したからマスコミに絡まれずに済んだけど、土方先生の奥さんが起こした事件の所為で、職員室の電話が鳴りやまなくて仕事にならないって、先生たちがぼやいていたよ。」「そう・・」朝のHRの時間になり、教室に入ってきたのは新任の男性教師だった。「土方先生は、どうしたんですか?」「土方先生は暫くの間、自宅で謹慎することになりました。」「事件の所為ですか?」「それは生徒集会でお話します。なおこの時間は自習としますから、時間内に課題のプリントを解いておくように。」男性教師は課題のプリントを生徒達に配ると、そそくさと教室から出て行った。「土方先生が自宅謹慎って、どういうことだよ?」「だってさぁ、奥さんがあんな事件起こしておいて、平気で学校に顔を出せるわけがないじゃん?」「それもそうだけどさぁ・・子供は助かったんだし、土方先生は何も悪くないじゃん。」 千尋達は、課題のプリントをこなしながら歳三の身を案じた。 一方歳三は、自宅マンションの部屋で散らかったリビングの片づけをしていた。ごみ袋を両手に抱えながら、歳三がエレベーターに乗り込むと、丁度同じ階の住人と乗り合わせた。「おはようございます。」「おはようございます。」その住人は歳三の挨拶に対して普通に返してくれたが、彼と目を合わさなかった。歳三がごみを捨てている間、エントランスの近くで立ち話をしている数人の主婦たちがちらちらと歳三に向かって時折嫌な視線を投げかけていた。にほんブログ村
2014年08月01日
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「母さん、ちょっと出かけて来るね。」「何処に行くの?」「すぐに帰ってくるから!」琴子から電話を受けた千尋は、再びリュックを背負って自転車に跨ると、自宅を出て歳三が住むマンションへと向かった。 千尋がマンションの駐輪場に自転車を停めると、マンションのエントランスの前に立ち、歳三たちが住む部屋番号を押してロックを解除した。「随分早かったわね。」「あの、土方先生はどちらに?」「主人なら奥で休んでいるわ。早く上がって頂戴。」「はい・・」 琴子に部屋に招き入れられた千尋は、リビングが足の踏み場がないほど散らかっていることに気づいた。「奥さん、本当に先生は奥の部屋でお休みになっておられるのですか?」「そんなの、嘘に決まっているじゃないの。」琴子はそう言うと、千尋を睨みつけた。「あの電話ですが、あれは一体どういう意味ですか?」「あんたの所為で、主人はここから出て行ったわ。お前とはもうやっていけないって、美砂の親権は俺がもつって言って・・」「今、先生は何処に居られるのですか?」「あんた、主人が何処に居るのか知っているんでしょう?」「そんなこと、知りません・・」「嘘つかないで!」琴子は血走った目で再度千尋を睨むと、キッチンから包丁をとるとその切っ先を千尋に向けた。「奥さん・・」「あの人の居場所を教えなさいよ!」琴子がそう叫んだ時、奥の部屋で赤ん坊の泣き声が聞こえた。「美砂ちゃん、泣いていますよ?」「うるさい、そんなことあんたに言われなくてもわかってる!」琴子は包丁をキッチンの流しに置くと、美砂が寝ている部屋に入った。彼女が部屋の襖を開けると、排泄物と吐瀉物が混ざり合ったような凄まじい悪臭がリビングに漂ってきた。 千尋が美砂の部屋に入ると、布団の上に寝かされている美砂のおむつは、排泄物でパンパンに膨らみ、彼女が着ている寝間着は垢で汚れていた。「酷い、どうしてこんなことを・・」「あたしにだってあたしの人生があるの!この子になんて構っていられないわよ!」「あなたは、美砂ちゃんの母親でしょう?どうしてこんなひどいことができるんです?」「うるさい、あんたに何がわかるのよ!」琴子がそう言って千尋に向かって拳を振り上げようとしたとき、玄関のドアを誰かが叩く音がした。「土方さん、いらっしゃるの?」「助けてください、子供が死にそうなんです!」 マンションの管理人が部屋に入ると、奥の部屋には育児放棄され、排泄物と吐瀉物に塗れた美砂の姿と、ヒステリックに泣きわめく琴子の姿があった。「あなたは、どなたなの?」「土方さんの教え子です。美砂ちゃんを早く病院に連れて行ってあげてください。」「わかったわ。」 夜明け前、歳三は警察から美砂が入院したという連絡を受け、彼女が入院している病院へと向かった。「土方先生・・」「千尋、お前どうしてここに居るんだ?」「奥さんに、マンションの部屋まで呼び出されたんです。そしたら、美砂ちゃんが奥の部屋で・・」「琴子に呼び出された?」「ええ。奥さんは、僕の所為で自分の家庭が滅茶苦茶になったって、僕を責めて・・」にほんブログ村
2014年08月01日
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