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今日の夕飯は、母が作ってくれたクリームシチューと鮭のムニエルです。最近寒いので、シチューや 鍋を時々食べます。
2014年10月31日
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暫く小説の更新をお休みいたしますが、以前こちらに掲載していた「双つの鏡」を再掲載いたしました。続きは今のところ書く予定はありません。少しスランプに陥って更新をお休みするだけですので、ブログの閉鎖は考えておりません。
2014年10月29日
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「だから、俺は怪しい者じゃねぇって!」「黙れ!」「なぁあんた、本当にあの土方歳三か!?サインくれよ!」 総司とともに千が大広間に入ると、そこには自分と同じ制服を着た少年が永倉達に取り押さえられていた。「千君、彼の事を知っていますか?」「いいえ、知りません。」少年と千は同じクラスに居たが、全く面識がなかったので、総司の質問に彼は素直にそう答えた。「永倉、原田、こいつを蔵に放り込んでおけ。」「おい、俺に気安く触るなよ!」少年はそう叫ぶと、自分を取り押さえようとする永倉と原田を殴った。「大人しくしろ!」少年の拳が鼻に当たった原田は、そう言うと強烈な膝蹴りを彼の鳩尾にくらわして彼を黙らせた。「沖田さん、彼はどうなるのですか?」「それはわたし達が決めることではなく、土方さん達が決める事ですから。」「千、後で俺の部屋に来い。お前に話しておきたいことがある。」「わかりました。」 夕餉を食べ終えた千が副長室に入ると、歳三が渋面を浮かべながら両腕を組んで座っていた。「副長、僕にお話とは何ですか?」「蔵に放り込んだ不審者のことだが、あのまま奴を外に出すのは危険すぎる。当分食事の世話はお前がやって欲しいんだが・・」「わかりました。」「総司から聞いたが、本当に奴とは面識がないんだな?」「ええ。」「お前の護衛として、斎藤にも付き添って貰うことする。」 斎藤とともに少年が居る蔵へと入った千は、隅で体育座りをしている彼の前に夕餉の膳を置いた。千が少年に背を向けて蔵から出ようとしたとき、突然少年が千の手を掴んだ。「なぁ、お前荻野だよな?」「あなた、誰ですか?」「とぼけるのもいい加減にしろよ!同じクラスに居たのに、俺の事を忘れたのかよ!?」「ええ。あなたとは全く面識がなかったので。僕は忙しいのでその手を放してくれませんか?」千はそう言うと、邪険に少年の手を払いのけた。「千君、大丈夫かい?」「はい。」「向こうは君の事を知っているようだったが、本当に彼とは面識がないのか?」「ええ。」千は蔵の扉に南京錠を掛けると、斎藤とともに蔵を後にした。「千君、おやすみなさい。」「沖田さん、おやすみなさい。」その日の夜、千が寝床に就いて目を閉じると、今度は通っていた高校の体育館の中に立っていた。そこでは保護者達が集まり、壇上に居る教師達に詰め寄っていた。「先生、一人の生徒が修学旅行中に失踪するなんて、よほどのことがあったんじゃないですか!?」「しかも、もう一人の生徒も失踪したっていうじゃないか!この学校の管理体制は一体どうなっているんだ!」「うちの子に何かあったらどうするつもりだ!」「責任を取れ!」「誠意を見せろ!」保護者達から罵詈雑言を浴びせられ、壇上に居る教師達は彼らの怒りが鎮まるのを待っていた。 そんな彼らの姿を、マスコミのカメラが撮影していた。にほんブログ村
2014年10月29日
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「良かった、やっと気が付いた。」頭上から総司の声が聞こえ、千が目を開けると、自分の周りには総司と千尋が立っていた。「沖田さん、僕は・・」「昼餉の支度をしている途中、倒れたんですよ。あの暑さでは、無理もないでしょうけれど。」「すいません、ご迷惑をおかけてしまって。」「いえ、謝るのはわたし達の方ですよ。あんな暑いところで昼餉の支度をさせてしまったのですから。」総司はそう言うと、千に水が入った湯呑を手渡した。「夕餉まで横になってゆっくり休んでください。」「すいません、お言葉に甘えさせていただきます。」「それじゃぁ荻野君、わたし達は巡察に行きますよ。」「はい、沖田先生。」総司と千尋が部屋から出て行った後、千は再び目を閉じた。 千は自宅のリビングに立ち、テレビの前でゲームに興じる弟・圭太の姿を見ていた。「圭ちゃん、もうゲームは止めなさい。」「わかったよ。」圭太はそう言って唇を尖らせた後、ゲーム機の電源を切って塾の鞄を背負った。「塾が終わったら、ママの携帯に掛けてね。」「わかった、行ってきます。」圭太がリビングから出て行くのを見送った千佳は、溜息を吐いて椅子に座った。「千尋、何処に居るの?」彼女はそう呟いた後、手の甲で涙を拭った。(母さん・・)目の前に母が居るというのに、なぜか千は彼女に触れることも、話すこともできなかった。試しに千佳の肩に手を置こうとすると、千の手は彼女の肩をすり抜けてしまった。その時、自分は夢の中に居るのだと、千は漸く気付いた。「千尋、早くわたし達のところに帰ってきて・・」(母さん、僕はここに居るよ!)千が再び千佳に向かって手を伸ばそうとしたとき、突然世界が暗転し、彼は闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。 夢から覚めたとき、千は苦しそうに呻きながら、枕元に置いてあった湯呑を手に取り、その中に残っていた水を一気に飲んだ。そっと部屋から縁側から出ると、空には月が浮かんでいた。「やっと起きたか。」「副長・・」「お前の分の夕餉は荻野の部屋に運んである。腐らないうちに食べておけ。」「わかりました。」総司の部屋から千尋達が居る大部屋へと向かった千は、部屋の片隅に置いてある自分の夕餉を食べた。「いただきます。」千が夕餉を食べていると、何やら廊下の方が急に騒がしくなった。(どうしたんだろう?)「千君、ちょっとわたしと来てもらえますか?」「どうしたんですか、何かあったのですか?」「巡察中に、不審者が屯所をうろついているという知らせを受けて、わたしがその不審者を捕えたのですが、千君に会うまで何も話さないと言っているのですよ。」「そうですか。その不審者は、どんな格好をしていましたか?」「君と同じような、西洋の服を着ていましたよ。」(もしかして、その不審者は僕と同じように現代から来た奴かもしれない・・)にほんブログ村
2014年10月29日
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(母さん、僕ここに居るよ!)千は必死に母親に向かって呼びかけたが、母親は自分に気づかなかった。「荻野さん、息子さんの事は我々と警察に任せていただけないでしょうか?」「わかりました・・」母親は少し納得がいかない様子で月田にそう言って頭を下げると、そのまま生徒指導室から出て行った。「千佳(ちか)さん、コンロの火がつけっぱなしよ。」「あ・・」「千尋のことが心配で堪らないのはわかるけれど、家事はしっかりして頂戴ね。」「すいません、お義母様。」千尋の母・千佳はそう言って姑に向かって平謝りすると、彼女はわざと大きな溜息を吐いた。「まったく、隆はどうしてあなたみたいな人と結婚したのかしらねぇ・・」姑の言葉が、鋭い棘となって千佳の胸に深く突き刺さった。彼女が千尋を連れて隆と結婚したことを、姑は快く思っていない。 隆と千佳が知り合ったのは、千佳が最初の夫と離婚し、千尋を出産してシングルマザーとして働いていたコールセンターだった。隆はそのコールセンターの主任として働いており、パートタイムの従業員として採用されたばかりの千佳に仕事の指導をしてくれた。はじめは職場の上司と部下という関係であったが、次第に互いの心が惹かれ合い、隆と千佳は恋人として付き合うようになった。だが、千佳は自分に離婚歴があることと、シングルマザーであることを隆には言えなかった。「千佳さん、僕と結婚してくれませんか?」「実は、わたしは一度結婚に失敗していて、子供が一人居るんです。」「そうですか。僕も前妻との間に一人男の子が居るんです。」隆からクリスマスにプロポーズされた時、千佳は彼が前妻と死別したこと、彼女との間に子供が一人居ることを知った。 互いに子連れでの再婚ということもあり、双方の両親、特に隆の母親が二人の再婚に猛反対した。「離婚歴があるシングルマザーなんて、荻野家の嫁には相応しくないわ。」「母さんには僕の人生に口を出す権利はないよ。どうしても千佳さんとの結婚を認めてくれないのなら、僕は母さんたちと親子の縁を切る!」絶縁を切り出された隆の母親は漸く千佳と隆の結婚を認めたものの、千佳が隆との間に息子を産んでも、彼女は千佳のことを荻野家の嫁とは認めようとはしなかった。「千佳さん、今日千尋の学校に行ってきたんでしょう?担任の先生は何ておっしゃっていたの?」「千尋は学校ではいじめられていないと言っていました。」「そんなの嘘に決まっているでしょう。学校はね、自分達に都合の悪いことはすぐに隠蔽(いんぺい)しようとするのよ。O市の事件だって、教育委員会までグルになっていじめの事実を隠そうとしていたじゃないの。」千佳の言葉に、姑はそう言って息巻いた。「でも、担任の先生がクラスのみんなにアンケートを取ったら、いじめはなかったって・・」「アンケートを取ったからといって、みんな嘘を吐いて都合のいいことを書いたに違いないわ。今の子達は、自分さえよければ他人なんてどうでもいいと思っているのよ。」姑は茶を一口飲むと、そのままリビングから出て行った。「お義母様、どちらへ?」「今日は詩吟の会があるの。昨日あなたにちゃんと伝えた筈でしょう?」「すいません・・」「あなた、病院で認知症の検査をしてみたらどう?最近では働き盛りの年代にも認知症に罹っている人が多いんですってよ。」口が達者な姑に、千佳は何も言い返すことができなかった。にほんブログ村
2014年10月29日
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(悪いこと、聞いちゃったのかな・・) 千はそう思いながら、千尋とともに大広間へと向かった。「千、遅かったな。何かあったのか?」「ええ、少し支度が遅れてしまって・・」「余りもたもたするな。お前の仕事はたくさんあるんだからな。」「はい。」歳三から睨まれ、千はそう言うと味噌汁を啜った。「土方さん、ちょっといいですか?」「何だ総司。用件なら手短に言え。俺は忙しくて、お前に構っている暇はねぇ。」「千君に対して、ちょっと厳しいんじゃないんですか?あの子はまだ新選組(ここ)に入って日が浅いし、色々とわからないことばかりで不安なのに・・」「だからといって、俺はあいつを甘やかすほど人間ができちゃいねえ。わからないことがあったら俺やお前にすぐに聞けば済む。そうせずに時間を無駄にするのはあいつの所為だ。」「土方さんなら、そう言うと思いましたよ。こんなことをお願いしたわたしが馬鹿でしたね。」総司はそう言うと、そのまま副長室から出て行った。 彼が廊下を歩いていると、丁度千が洗濯物を干していた。「荻野君、ここでの生活はもう慣れましたか?」「まだわからないことが沢山あって、千尋さん達から色々と教えて貰ったりしています。」「そうですか。解らないことは素直に誰かに聞けばいいですよ。」「わかりました、そう致します。」千は総司と話した後、再び洗濯物を干し始めた。(今頃、母さんどうしているかなぁ・・)ふと洗濯物を干しながら、千は現代の東京で自分の帰りを待っている母に想いを馳せた。急に自分が居なくなり、彼女は自分が何処に居るのかを心配していることだろう。どうすれば、元の時代に戻れるのだろうか―そんなことを思いながら千が縁側から屯所の中へと入ろうとしたとき、彼は一人の男とぶつかった。「すいません、お怪我はありませんでしたか?」「いいえ。君は、わたしと何処かで会いましたか?」「いえ、僕はあなたとお会いしたのは今回が初めてですけれど・・」「そうですか。」男はそう言って千に優しく微笑むと、彼の肩を叩いて廊下から去っていった。「千、もう洗濯物は干し終わったのか?」「はい。次は何をすればよろしいでしょうか?」「もうじき昼餉の時間になりそうだから、昼餉の支度を頼む。」「わかりました。」 9月になったとはいえ、熱気がこもる厨房の中はまるで蒸し風呂のような暑さだった。千は何度も額に滲む汗を手拭で拭いながら昼餉の支度をしていたが、急に目の前が霞んだかと思うと意識を失った。「先生、本当に息子は学校でいじめを受けていたんですか?」母親のヒステリックな声で千が閉じていた目を開けると、千は何故か自分が通っている高校の生徒指導室の中に立っていた。部屋の中央では、パイプ椅子に座った母親と月田が、机を挟んで対峙していた。「いじめというよりは、息子さんはクラス内から孤立していました。昨日クラスメイトからアンケート調査をしましたが、息子さんはクラスメイトからいじめられたという事実はありませんでした。」「じゃぁ、どうして修学旅行の途中に息子は失踪してしまったのですか?」「それは、我々にもわかりかねます。」月田は渋面を浮かべると、両手で拳を作った。二人は、千の存在にまったく気づかなかった。にほんブログ村
2014年10月29日
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「あの異人、何者だ?」「さぁな。何でも、人探しに遥々英国から来たみたいだぜ?」「へぇ・・」原田たちが遠巻きに歳三と話しているアンドリューの方を見ると、彼は千と何かを話していた。『君の名前は、何というんだい?』『千と申します。』『向こうに居る子は?』『あの子は千尋さんといって、僕と同姓同名なんです。』『へぇ、そうなのか・・』『アンドリューさん、どうして妹さんを探しに遥々英国から来たのですか?』『実はね・・』 アンドリューの話によると、彼の実家であるレイノルズ伯爵家は、半年前に彼の父親である前当主が亡くなり、家を継ぐ者が居なくなってしまったのだという。『あなたが、家をお継ぎになればよろしいのではないのですか?』『実は僕は、イーストエンドの孤児院から貰われてきた養子なんだ。家を継げるのは、伯爵家の実子である僕の妹の、エミリーだけなんだ。そのエミリーは、17年前に突然姿を消してしまった。』『アンドリューさん、実は・・』「千さん、そちらの方はどなたです?」千尋が大広間に入ると、千が見知らぬ外国人の男性と話していた。「荻野さん、こちらの方はアンドリューさんといって、行方不明になった妹さんを探しに英国から来たんですって。」「そうですか・・」『君はエミリーに良く似ているね。』「わたしの母に?」「荻野さん、お母様のお写真はお持ちなのですか?」「ええ。」千尋はそう言うと、懐から一枚の写真を取り出し、千尋に見せた。そこには、一人の女性が写っていた。『これはエミリーに間違いない!』アンドリューは女性の写真を見ると、そう言って千尋を見た。『君はこれを何処で手に入れたんだい?』「父が、上洛する際に母の写真をわたくしに渡してくださいました。」『それじゃぁ、君がエミリーの子供なのか?』「はい、そうです。」『エミリーは、何処に居るんだ?』「母はわたくしが産んだ後、すぐに亡くなりました。」千尋の口から妹が亡くなったことを知ったアンドリューは、落胆の表情を浮かべた。『そうか、もうエミリーは亡くなってしまったのか・・』そう言うと、アンドリューはそっと千尋の手を握った。『君、名前は?』「千尋と申します。」『チヒロ、もし君さえよければ僕と一緒に英国に来てくれないか?』「それは出来ません。」『そうか。じゃぁ僕はこれで失礼するよ。』 翌朝、アンドリューは歳三達に屯所の前で別れを告げると、その足で英国へと戻って行った。「本当に、アンドリューさんと英国に行かなくてもよかったのですか?」「ええ。わたくしの家族は江戸に居る荻野の父と兄だけです。」朝餉の支度をしながら千尋はそう言って千を見ると、朝餉の膳を持って厨房から出て行った。にほんブログ村
2014年10月29日
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「千、何処に行くんだ?」「副長からお使いを頼まれました。」「そうか。じゃぁ俺も一緒に行こう。お前はまだ京に来て日が浅いから道に迷いでもしたら大変だからな。」「有難うございます、斎藤さん。」 歳三からお使いを頼まれた千は、斎藤とともに屯所を出た。「本当に君は、荻野君と瓜二つの顔をしているな。」「よく言われます。」「それにしても、蒸し暑い日ばかりが続いて参るな。」「ええ・・」斎藤と洛中を歩きながら、千は時折手拭で額に浮かんだ汗を拭った。「千は、何処の国の生まれなんだ?」「江戸です。斎藤さんは?」「俺は会津の生まれだ。」「会津といえば、松平容保公が治めていらっしゃるところですよね?」「ああ。千はその年で意外と物知りなのだな。」「ええ、まぁ・・」少し幕末に興味があって、歴史書を読み漁った時期があったが、あの時得た知識が役に立つなんて千は思いもしなかった。「さてと、用は済んだし、もう戻るか?」「はい。」千と斎藤が屯所へと戻ろうとしたとき、突然通行人が道を開けた。「何かあったのでしょうか?」「さぁ・・」やがて向こうから、馬に乗った西洋人の男がやって来た。「異人はんや・・」「うち、初めて見たわぁ。」「ほんまに人を喰らうんやろうか?」通行人たちは口々にそんな事を囁き合いながら、馬に乗った男を見た。男は千達の前を通り過ぎようとしたとき、千の顔を見た。『旦那様、どうか・・』急に馬から降りた男は、千の前へとやって来た。『エミリー、エミリーなのか?』見知らぬ男に突然抱きすくめられ、千は驚いて男を見た。『君は、エミリーに良く似ているが・・人違いだな。』男はそっと千から離れると、彼を見た。どうやら彼は、千の事を誰かと勘違いしているようだった。『あの、僕を誰と勘違いしているのですか?』『君、英語が話せるのか?』『ええ・・エミリーというのは、どなたの事なのですか?』『エミリーは、僕の妹だ。17年前に日本に行ってから行方不明になっていたんだ。』『そうですか・・』男の話を聞いた千は、彼の妹が千尋の母親なのではないかと勘で解った。「斎藤先生、彼を屯所まで連れて行っても宜しいでしょうか?」「わかった。副長からわたしが話を通しておく。」「有難うございます。」斎藤に礼を言った千は、男の方に向き直った。『ここで立ち話もなんですから、屯所の方まで来てください。』『わかった。』「千、こいつは誰だ?」「この方はアンドリュー様といって、17年前に行方不明になった妹さんを探しに来日されたそうです。」「そうか・・」「副長、どうされますか?」「まぁ、巡り会ったのも何かの縁だ。暫くこいつの屯所での滞在を許す。」「有難うございます、副長。」にほんブログ村
2014年10月29日
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「荻野、こいつが中庭で倒れていた奴か?」千尋が少年とともに夕餉の膳を大広間に運ぶと、長身の男がそう言って千尋と少年を交互に見た。「お前、名前はなんていうんだ?」「荻野千尋と申します。」「へぇ、同姓同名で同じ顔をしたやつって本当に居るんだな。俺は原田左之助だ、宜しくな。」「宜しくお願いします、原田さん。」「お前、幾つになるんだ?」「17になります。」「荻野と同い年か。」「てめぇら、何していやがる?」原田が千尋に絡んでいると、大広間に歳三が入って来た。「千、今夜は荻野と同じ部屋で寝ろ。」「わかりました。」 夕餉の後、千尋は少年と同じ部屋で寝ることになった。「そのカメオのペンダントは君の?」「ええ。この首飾りは、わたくしの母親の形見なのです。」少年は首に提げているカメオのペンダントを握り締めると、溜息を吐いた。「君のお母さんは・・」「わたくしを産んだ後に亡くなりました。何でも、エゲレスの貴族の娘だったと父から聞いております。」「そう・・僕には母さんが居るけれど、実の父親の顔は知らないんだ。」「あなたは、お父上を亡くされたのですか?」「違う。複雑な事情があって実の父親と、僕の母さんは僕がお腹に居たときに別れてしまった。今、実の父親が何処で何をしているのかがわからない。」「そうですか。」「兄弟は、居るの?」「ええ。腹違いの兄が二人おります。あなたは?」「僕には、父親違いの兄と弟が居るけれど、余り仲が良くなかったな。」「そうですか。わたくしは父が外で作った妾の子なので、上の兄はわたくしに対して優しくしてくださいましたが、下の兄はわたくしのことを疎んじておりました。」「そう・・」どうやら少年と千尋は、顔や名前だけではなく、家庭環境も同じらしい。「実家は江戸にありますが、そこには居場所がなくて、二年前に上洛したのです。」「そう。上洛する前は、何をしていたの?」「塾や道場に通い、勉学や鍛錬に励んでおりました。あなた様は?」「僕も君と似たような場所に通っていたけれど、そこにも居場所はなかったなぁ・・」千尋の脳裏に、教室の片隅で座っていた自分の姿が浮かんだ。友達を作ろうとするほど空回りして、いつしか千尋の周りには誰も居なくなってしまった。家庭には、学校よりも自分の居場所があったが、いつも義理の父親とその子供達に気を遣っていた。「どうなさったのですか?」「ちょっと嫌な事を思い出しちゃって・・」「そうですか。では、これから宜しくお願いいたします。」「こちらこそ、宜しく。」 こうして千尋こと千は、少年―自分と同姓同名の荻野千尋とともに新選組で暮らすことになった。「千、土方さんが呼んでいるぞ。」「わかりました、只今参ります。」 翌朝、千尋が歳三の部屋に入ると、彼は文机に向かって仕事をしていた。「副長、何かご用でしょうか?」「茶をいれてくれ。」「わかりました。」にほんブログ村
2014年10月29日
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「あの、ここは何処なのですか?」「ここは新選組の屯所です。」「そうですか・・あの、今は西暦何年なのですか?」「今は慶応元年です。」「さっきの方は、誰なのですか?」「先ほどのお方は、新選組副長である土方歳三様です。」「そうですか・・」千尋がそう言って俯くと、少年がひとつの部屋の前で止まった。「沖田先生、荻野です。」「どうぞ。」「失礼いたします。」千尋と少年が沖田総司の部屋に入ると、畳の上には千尋がリュックに入れてあった荷物が広げられていた。「これはすべて、君のものですか?」「はい。」「どれも面妖なものばかりですね。」総司はそう言うと、畳の上に置かれている千尋のスマートフォンを取り上げた。「これは、何ですか?」「これはスマートフォンといって、遠くに居る人と連絡が出来るものです。」「そうですか。それよりも、君の今後の扱いについてですが、土方さんの小姓として君は働いて貰うことになりました。」「そうですか・・」あの怖い男の下で働くのかと思うと、千尋は憂鬱になった。「そんなに心配しなくてもいいですよ。土方さんは怖そうに見えて、情が深いところがありますから。」「そうですか。」「それじゃぁ、君の荷物は後で返しますから、君は先に副長室へ行っていらっしゃい。」「わかりました。」 総司とともに部屋を出た千尋は、副長室へと向かった。「土方さん、連れてきましたよ。」「あの・・宜しくお願いいたします。」「まぁ、荻野と同姓同名だから、お前の事はこれから千と呼ぶことにした。」「わかりました。」「じゃぁ千、俺について来い。」「はい・・」 歳三に連れられ、千尋はある部屋に入った。「山崎、こいつの着替えを手伝ってやれ。」「わかりました。」切れ長の目をした男は、ちらりと千尋を見た。「君が、千君ですね?」「はい。」「その服だと目立つので、こちらの着物と袴に着替えてください。」「わかりました。」 その日の夕方、千尋が山崎の部屋から出ると、部屋の前にはあの少年が立っていた。「着替えが済んだのなら、わたくしについてきてください。」「わかりました。」少年とともに厨房に入った千尋は、彼と一緒に夕餉の支度をした。「随分と手際が良いですね。」「うちは共働きなので、家事は僕がやっています。」「そうですか・・」少年はそう言うと、夕餉の膳を運んだ。「ここに長く居たければ、無駄な事はしないことですね。」「わかりました。あの、あなたはお幾つなのですか?」「17ですが、それが何か?」「え、じゃぁ僕と同い年なんですか!?」「グズグズしていないで、さっさと夕餉の膳を運んでください。」「わかりました。」にほんブログ村
2014年10月29日
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「なぁ、こいつどうする?」「どうするも何も、土方さんに怪しい者を捕えたと報告しないと・・」「そうですね。」頭上から話し声が聞こえて、千尋がゆっくりと目を開けると、そこには数人の男達が彼の顔を覗き込んでいた。「あの、あなた方は・・」「それを言いたいのはこっちだよ。君、名前は?」「荻野千尋といいますけれど・・」「え?」黒髪の男がそう言ってじっと千尋の顔を覗き込んだ後、自分の隣に立っている少年を見た。「ねぇ荻野君、君この子と会ったことがある?」「いいえ。」「よくこの子の顔を見てごらんよ。君と瓜二つの顔をしているよ。」「はぁ・・」黒髪の男の隣に立っている少年がじっと千尋の顔を覗き込んできた。 少年は、自分と瓜二つの顔をしていた。「あの・・あなたは?」「わたくしは、荻野千尋と申します。」「え・・僕と同じ名前なの?」「そうですが?」「あの、ここは何処なのですか?」「ここは、新選組の屯所ですよ。」「君が中庭で倒れているのを見かけて、わたし達がここまで運んできたんだよ。」「そうなんですか・・」「まぁ、君がどうして中庭で倒れているのかは、別の人が色々と聞くから、今はゆっくりと身体を休めておくといい。」「わかりました。」男達が部屋から出て行った後、千尋は布団に包まりながら溜息を吐いた。 あの時、自分は地震で倒れてきた土産物屋の看板の下敷きになっている筈だった。だが、何故か見知らぬ部屋で、謎の男達と会話を交わしている。千尋は布団から起き上がり、部屋の中を見渡した。部屋の中は、まるで時代劇のセットのような造りになっていた。(何かの撮影かな?)千尋が部屋の中から出ようとしたとき、部屋に向かって歩いて来る足音が廊下から聞こえた。「てめぇか、中庭で倒れていた奴っていうのは?」 襖が開き、部屋に入ってきたのは、濃紺の着物に灰色の袴姿の男だった。「あの、あなたは誰ですか?」「てめぇの方から名乗るのが筋ってもんだろうが。」「僕は荻野千尋といいます。」「てめぇ、ふざけているのか!?」「副長、彼はふざけてなどおりません。彼はわたくしと同姓同名の方なのです。」突然部屋に入って来た男に凄まれ、恐怖に震えている千尋の背後から、涼やかな声が聞こえた。「そいつは本当か、荻野?」「ええ。」「あの、僕の荷物は何処にありますか?」「変な形をした背負子のようなものですか?あれなら沖田先生が預かっております。わたくしの後についてきてください。」「はい・・」自分が置かれている状況をまったく把握できぬまま、千尋は少年の後をついていった。にほんブログ村
2014年10月29日
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2014年9月、京都。荻野千尋は高校の修学旅行で京都に来ていた。「荻野、本当に一人で大丈夫か?」「はい、大丈夫です。」「そうか・・何かあったら先生の携帯に連絡しろよ?」「わかりました。」ホテルのロビーで担任の月田と話をした後、千尋はリュックを背負ってそのままバスへと乗り込んだ。「明日、USJ楽しみだね。」「そうだね~」バスの後部座席に座っているクラスメイト達が楽しそうに話しているのを聞きながら、千尋はリュックの中から文庫本を取り出した。(早く修学旅行が終わってくれればいいのに・・)文庫本の活字を目で追いながら、千尋は修学旅行が終わって早く両親が待つ自宅に帰りたいと思っていた。リュックを自分の隣の座席に置くと、副担任の水岡がバスに乗り込んできた。「荻野君、隣には誰も座らないの?」「ええ。」「今日は自由行動の日だけれど、あなた何処の班に入るつもりなの?」「別に一人でもいいです。月田先生にもそう話しておきましたから。」「そう・・」水岡はじっと千尋を心配そうな顔で見た後、そのまま運転手の後ろの席に座った。バスが出発するまでの間、千尋以外の生徒達はグループで固まって、それぞれ好きな事を話していた。「みんな、全員揃っているな。今から点呼を取る。」月田が点呼を取った後、千尋達を乗せたバスはホテルを出発した。「今日は自由行動になるが、くれぐれも他校の生徒とトラブルを起こさないように。わかったな?」「はぁい。」「皆さん、今日も楽しい旅の思い出を作りましょうね。」やがて千尋達を乗せたバスは、西本願寺へと向かった。「じゃぁ皆さん、今から自由行動になりますが、くれぐれも他校の生徒達と喧嘩をしないこと、周りの迷惑になるようなことはしないでくださいね。それでは、解散!」バスから降りたクラスメイト達は、それぞれグループで固まって何処かへ行ってしまった。千尋はそんな彼らを尻目に見ながら、西本願寺の近くにある土産物屋へと入った。「おこしやす。」店の自動ドアが開き、着物姿の店員が笑顔を浮かべながら千尋を出迎えた。母親への土産でも買おうかと思った彼は、縮緬細工(ちりめんざいく)が施されている手鏡を手に取った。鏡には、眉間に皺を寄せた自分の顔が映っていた。「有難うございました。」手鏡を買った千尋が土産物屋から外へと出ようとしたとき、突然激しい揺れが彼を襲った。「何?」「地震!?」千尋はクラスメイト達とともにバスが停まっている場所へと走っている途中、再び激しい揺れを身体に感じた。「危ない!」誰かが自分の背後でそう叫ぶ声が聞こえたかと思うと、千尋は自分に向かって土産物屋の看板が落ちてくるのを見た。何かが倒れる音がして、彼は意識を失った。にほんブログ村
2014年10月29日
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「双つの鏡」の主人公二人の呼び名についてですが・・二人とも同姓同名なので、現代から来た主人公・千尋は「千」とし、幕末に居るもう一人の主人公については「千尋」と書きます。
2014年10月29日
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暫くブログの更新を休みます。※小説の更新は休みますが、以前こちらに掲載していた「双つの鏡」を再掲載いたします。
2014年10月27日
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「ねぇ、荻野さんは部活何にするかもう決まった?」「いいえ。でも薙刀部には入りたいと思っているわ。」「そう。それじゃぁ、今度見学に行きましょうよ。」音楽室で千尋はクラスメイトの橋本あゆみとそんな話をしていると、音楽室に一人の男性教師が入って来た。彼は長身を仕立ての良いスーツに包み、切れ長の紅の目を千尋に向けた。「ねぇ橋本さん、あの人だれ?」「音楽の樫田先生よ。うちの学校、女子校で、先生も女の人ばかりでね、男の先生は樫田先生しかいないのよ。」「へぇ、そうなの・・」「君が、荻野千尋さんだね?」「はい。」「放課後、音楽室に来てくれないかな?君に話したい事があるんだ。」「わかりました・・」 放課後、千尋は明美たちと教室の前で別れ、二階の音楽室へと向かった。「樫田先生、居ますか?」千尋がそう言って音楽室のドアをノックしようとすると、中からピアノの優雅な音色が聞こえてきた。そっと彼がドアを開けて音楽室の中に入ると、そこにはピアノでショパンの幻想即興曲を奏でる樫田の姿があった。「荻野さん、来ていたのかい。済まない、つい演奏に夢中になって忘れていたよ。」「いいえ。とても素晴らしい演奏でした。あの先生、わたしに話って何ですか?」「君に渡したいものがあるんだ。こっちに来てくれないか?」「わたしに、渡したいものですか?」千尋がそう言って樫田の元へと近づくと、突然彼は千尋の手を掴んで自分の方へと抱き寄せた。「樫田先生?」「あの土方君が婚約したと聞いて、どんな子かと思えば・・まさか、男と婚約するなんてね。」樫田の言葉を聞いた千尋が思わず顔を強張らせると、その隣で樫田は口端を歪めて笑った。「どうして、わたしが男だということに気づいたのですか?」「どうしてって・・色々と君の事を調べたからね。君の母親のことも、君の双子のお兄さんのことも。」「どうしてわたしの事を調べたのですか?」「それは、君に興味があるからさ。」樫田はそう言うと、千尋の唇を塞いだ。その直後、乾いた音が音楽室に響いた。「わたしに気安く触らないで!」「土方君から僕に乗りかえるつもりはないということか・・まぁ、それもいいだろう。」千尋に打たれた頬を擦りながら、樫田は口端を歪めて再び笑った。「お話がないのなら、もう帰ります。」「残念だよ、君を音楽部に勧誘したかったのに、すっかり嫌われてしまったようだ。」「樫田先生、さようなら。」千尋はそう言うと音楽室から出ていった。「お帰りなさいませ、千尋様。」「ただいま。宮田さん、土方先生は?」「歳三様は今日、信子お嬢様のところに出かけております。少し帰りが遅くなると、先ほど連絡がありました。」「そう・・」その日の夜遅くに、歳三は泥酔した状態で帰って来た。「土方先生、大丈夫ですか?」「おれぁ~、よってなんかねぇぞ~」そう言いながらも、歳三は千鳥足で二階へ上がろうとして段差につまずき、激しく顔面を床に強打した。「本当に大丈夫ですか?」千尋がそう言いながら歳三の方へ駆け寄ろうとしたとき、彼はうつぶせになったまま激しく嘔吐した。にほんブログ村
2014年10月21日
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「ねぇ、噂で聞いたんだけれど、千尋さんはあの土方歳三様と婚約していらっしゃるんですって?」「ええ・・どこから聞いたの、そんな噂?」 聖桜学園内にあるカフェテリアで昼食を食べながら、千尋は明美の言葉に思わずハンバーグを喉に詰まらせそうになった。「わたくしの従姉のお姉様が、婚活パーティーに行って、あなたのことを見たとおっしゃって・・」「そうですか・・」千尋の脳裏に、自分に詰め寄って来た女性達の顔が浮かんだ。あの中に、明美の従姉が居たのだ。「土方先生・・じゃなくて、歳三さんはモテるんですか?」「ええ、モテるわよ。あの美貌の持ち主で、スポーツ万能、更に名家の御曹司と聞いたら、歳三様のことを放っておく女性は居ないと思うわ。歳三様がバツイチでも、そんなことは皆さん気になさらないわ。」「そうなの・・」千尋は明美の話を聞いて初めて、歳三が女性にモテることを知った。「この学校でも、歳三様のファンは大勢いるわ。気を付けた方がいいわね。」「わかりました。」「ねぇ千尋さん、もう部活は何処に入るか決まっているの?」「いいえ。前の学校では剣道部に入っていたけれど、この学校にはどんなクラブがあるの?」「文化系の部活は音楽部や文芸部、軽音楽部、茶道部、華道部、箏曲部があるわ。体育会系の部活は陸上部や水泳部、ラクロス部にサッカー部、テニス部に弓道部、そして薙刀部があるけれど、残念ながら剣道部はないわね。」「そう。松田さんは何部なの?」「わたしはラクロス部よ。最初はきついけれど、次第に慣れてくるわ。」「何だか面白そうね。でも、薙刀にも興味があるし・・」「焦らなくてもいいわ、入部届の締め切りにはまだ時間があるんだし。」「松田さん、色々と教えてくれてありがとう、助かるわ。」「いいのよ。」 昼休みが終わり、千尋が明美とともに教室に戻ると、何やら自分の机の前に人だかりができていた。「一体何があったの?」「明美さん、これ・・」「酷い・・」千尋の机には『死ね』と刃物のようなもので彫られていた。「誰がやったの、こんなこと?」「わたし達が教室に戻った時には、もう・・」「担任の先生に報告してくるわ。」 明美はそう言うと、教室から出て行った。「ねぇ、このクラスに土方歳三様の婚約者の方が転入してきたって聞いたけれど、あなたなの?」 教室に数人の女子生徒が入って来たかと思うと、その中からリーダー格と思しきポニーテールの女子生徒が千尋の前に立った。「ええ、わたしが歳三さんの婚約者よ。」「あなたみたいな方が、歳三様の婚約者ですって?しかも、歳三様を“さん”づけで呼ぶだなんて・・すっかり女房気取りだってわけ?」「あなた、誰なの?」「わたしは佐々木エリカ。歳三様のファンクラブの会長よ。言っておくけれど、あなたみたいな方を歳三様の婚約者だとは認めないわ。」突然初対面の相手からそう宣戦布告され、千尋の負けん気に火がついた。「そう、望むところだわ。」「まぁ、何ですって?」「あなた達、もうすぐ授業が始まりますよ、早く教室に戻りなさい!」担任の教師が入って来たのを見たエリカたちは、舌打ちをしながら教室から出て行った。「あの人たちから何か言われなかった?」「いいえ。ただ、売られた喧嘩を買っただけよ。」「そう。」にほんブログ村
2014年10月21日
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「千尋、どうした?」「いえ、何でもありません。」千尋はそう言ってごまかそうとしたが、歳三は彼の嘘を見抜いた。「おい、千尋のスープに虫の死骸を入れたのは誰だ?」歳三がそう言って女中達を睨みつけると、彼女達は無言でダイニングルームから出て行った。「あいつらにガツンと言ってくる。」「やめてください、先生。」彼女達の後を追おうとする歳三の手を掴んだ千尋は、彼を見た。「お前、あんな事をされて腹が立たないのか?」「ええ。でも大声で騒ぐよりも、こういう陰湿な嫌がらせは毅然とした態度を取った方がいいんです。ほら、いじめっ子って、相手の反応が楽しいからますます虐めたくなるでしょう?でも全く動じない相手には飽きてしまうから・・」「千尋、お前は強いな。」「先生のためなら、いくらでも強くなります。」 朝食の後、千尋が着替えの為に部屋に戻ると、部屋の中で人の気配がした。「誰ですか、そこに居るのは?」千尋が部屋のドアを開けて中に入ると、そこには鋏を持った一人の女中が千尋のキャリーバッグの前に立っていた。「あなた、一体そこで何をしているんです?」「何よ、あなたには関係ないでしょう!」「人の部屋に勝手に入って、何をしているのかと聞いているんです!」千尋がそう言って女中を睨むと、彼女の手に聖桜学園の制服が握られていることに気づいた。「一体何の騒ぎだ?」「歳三様・・」「そんな物騒なものを持って、千尋に何をする気だ?」「わたしは、この方が婚約者だとは認めませんから。」女中はそう言って歳三に向かって千尋の制服を投げつけると、部屋から出て行った。「先生、あの人は・・」「ああ、あいつは最近うちに入って来たやつだ。あんまり気にするな。」「はい・・」千尋にそう言っても、歳三はあの女中が自分の目が届かないところで千尋に危害を加えるのではないかという一抹の不安を抱いていた。「早く着替えろ、転校初日に遅刻なんてみっともないことしたくないだろう?」「はい。」 千尋が転校することになった聖桜学園は、明治初期に創設されたカトリック系の女子校であり、名門お嬢様学校として知られていた。「ねぇ、今日から転校生がいらっしゃるそうよ。」「転校生?もう一学期も終わろうとしているのに、変ね。」「色々と事情があったのではなくて?」「そうね。」教室で生徒達が転校生の事を噂していると、担任がその転校生を連れて教室に入って来た。「皆さん、今日から皆さんと一緒に学ぶことになった、荻野千尋さんです。」「荻野千尋です、宜しくお願いいたします。」千尋が緊張しながらそう言って挨拶すると、教室内に拍手が響いた。「ねぇあなた、前は何処の学校に居たの?」「白百合女学院です。」「横浜の?あなた、どうして転校したのかしら?」「家庭の事情がありまして・・」「まぁ、うちの学校でも、色々と家庭に事情がある方はいらっしゃるわ。自己紹介が遅れたわね、わたくしは松田明美よ、宜しくね。」「こちらこそ、宜しくお願いいたします。」「お昼休みに、校内を案内するわ。」「はい。」昼休み、松田明美とともに学校のカフェテリアに入った千尋は、メニューの豪華さに驚いた。「これ、本当にここで食べられるんですか?」「ええ。でも、ここでお昼を食べるには、カードを作らないと駄目なの。」「カード、ですか?」「事務局に行って、学生証を事務員さんに見せたらすぐにカードを作って貰えるわ。一緒に行きましょう。」「はい。」にほんブログ村
2014年10月20日
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「あなたが、荻野千尋君ですね?わたしは土方家の顧問弁護士をしている、西田と申します。」「初めまして・・」「歳信様は書斎に居られます。」歳三と千尋が一階の書斎へと向かうと、そこでは歳信が朝刊を広げて読んでいた。「親父、俺達に話とは何だ?」「千尋君、今日からこの家で歳三と暮らして貰うぞ。」「え・・」「君の荷物はもう部屋に運んである。」「あの、ひとつお聞きしたいことがあります。」「何だね?」「あなたは、僕が土方先生と結婚することに賛成しているのですか?」「愚問だな。」歳信は千尋の言葉を鼻で笑うと、椅子から立ち上がった。「この家に居る間、君は土方家の嫁として相応しい教養や知識を身につけて貰う。わたしからは以上だ。」「はい・・」歳信が書斎から出て行った後、千尋は緊張していた所為かその場に座り込んでしまった。「大丈夫か?」「はい。土方先生、僕この家でやっていけるのでしょうか?」「大丈夫だ、俺がついている。」「有難うございます。」その日の夜、千尋は歳三と歳信とともに夕食をとることになった。「千尋君、余り緊張しないでくれ。」「はい・・」そう言われても、千尋のフォークを握る手は緊張で震えていた。「大丈夫か?」「はい、大丈夫です。」「親父、千尋をこれからどうするつもりなんだ?」「千尋君には、この家で花嫁修業をして貰う。」「花嫁修業ですか?」「英会話や茶道、華道・・土方家の嫁に相応しい教養をこれから君には身に着けて貰わないと、君を歳三の嫁だと一族の者達に紹介できないからな。」「わかりました。これからお願いします、歳信さん・・いえ、お義父様。」「君からそう呼ばれる筋合いはない。まぁ、せいぜい頑張る事だな。」歳信は千尋を睨むと、そのままダイニングルームから出て行った。「おやすみなさい、先生。」「おやすみ。」 夕食の後、千尋は歳三と別れ、二階に用意された部屋に入った。まるでホテルの部屋のように清潔感に溢れ、美しくベッドメイキングされたベッドの端に腰を掛けた千尋は、そのまま着替えもせずにベッドに寝転がった。「千尋様、失礼いたします。」ドアがノックされ、部屋に土方家の執事・太田が入って来た。「初めまして、土方家の執事、太田と申します。」「初めまして、荻野千尋です。」「歳三様がお連れになられた婚約者の方とお聞きしておりましたが、お幾つなのですか?」「今年で、16になります。」「そうですか。何かお困りの事があったら何なりとお申し付けくださいませ。では失礼いたします。」 翌朝、千尋がダイニングルームに入ると、朝食の給仕をしていた女中達が自分の方を時折見ながら何かを話していることに気づいた。「千尋、どうした?」「いいえ、何でもありません。」そう言って千尋が味噌汁を飲もうとしたとき、中に死んだ虫の死骸が入っていた。にほんブログ村
2014年10月18日
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「歳三、本気なのか?お前は、男と結婚するつもりなのか?」「ああ、俺は本気だ。あんたが宛がったお嬢さん方と再婚する気はねぇ。」「そうか・・ならばわしにも考えがある。」「考え?」「西田、例の物は用意できたか?」「はい、こちらに。」土方家の顧問弁護士・西田はそう言うと、歳信に茶封筒を手渡した。「それはなんだ、親父?」「荻野千尋の戸籍謄本だ。」「何だって!?」歳信の手から千尋の戸籍謄本を奪い取った歳三は、そこに書かれている千尋の性別が変わっていることに気づいた。「おい、これは一体どういうことだ?千尋の性別が変わっているじゃねぇか!」「お前と荻野千尋との結婚をスムーズに進める為ならば、まずは戸籍の整理からだ。この国で同性婚なぞ出来ぬことを、お前は知っているだろう?」「そうだが・・」何処か勝ち誇ったような顔をした歳信を見ながら、歳三は自分の父親が一体何を考えているのかがわからなかった。「親父、ひとつだけ聞いていいか?」「何だ?」「親父は、俺達の結婚に賛成なのか?」「ああ。ただし、条件がある。」「条件?」「それはな・・」 翌朝、千尋が登校しようと自宅を出たとき、歳三が彼の前に現れた。「土方先生、おはようございます。」「千尋、少し話がある。今、いいか?」「ええ、構いませんが・・」 千尋は怪訝そうな表情を浮かべながら、歳三とともに黒塗りのリムジンに乗り込んだ。「お話ってなんですか、土方先生?」「昨夜、親父にお前と結婚することを話した。」「お父様は、何とおっしゃったのですか?」「俺達の結婚を許す代わりに、親父はある条件を出してきた。」「ある条件?」「お前に、俺の妻として・・いや、それ以前に女性として生きて欲しいというものだ。」「そんな・・それじゃぁ、学校はどうなるのですか?」「誠学園は男子校だから、今日からお前は聖桜学園に転校することになった。」「そうですか。」「千尋、俺との結婚を止めたいのなら、いつでも止めていいぞ。」「いいえ。先生のためなら、どんなことでも耐えられます。」「そうか・・」 千尋が突然転校したことを知った総司は、そのことを歳三に聞こうと職員室へと向かった。だが、そこに歳三の姿はなかった。「近藤さん、土方さんは?」「ああ、今日は何か用があるみたいで、トシは休みだぞ。」「そう・・千尋ちゃんが急に転校したから土方さんにそのことを聞こうと思って来たんですけれど・・」「まぁ、それはだな・・色々と事情があるようだ。」近藤は総司と目を合わさないようにしながら、そう言うと職員室から出て行った。(近藤さん、何か僕に隠している・・)にほんブログ村
2014年10月18日
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「あんた、わたし達によくも生意気な口を利いたわね!」「一度痛い目に遭わないと気が済まないようね。」「ちょっとお手洗いまで来てもらおうかしら?」女性達の中でリーダー格と思しき振り袖姿の女性がそう言って千尋を無理矢理立ち上がらせた。「てめぇら、俺の恋人に手を出すんじゃねぇ!」歳三は女性達に囲まれている千尋を見るなり、彼らの間に割って入った。「歳三様、その方は本当に歳三様の恋人なのですか?」「ああ。何度も言わせるなよ、恥ずかしい。」「こんな女のどこがいいのですか?」「じゃぁ逆に聞くが、てめぇらは俺のどこがいいんだ?」「そ、それは・・」「俺は土方財閥を継ぐつもりはねぇ。もしてめぇらが土方家の財産目当てで近づいて来たんなら、さっさと帰りな。」歳三はそう言って千尋を自分の方に抱き寄せると、女性達を睨んだ。「大丈夫か、千尋?」「ええ。」「もうここには用はねぇな。」「歳三様、お待ちください!」千尋の手を掴んだ歳三は、そのまま彼とともにパーティー会場を後にした。「先生、僕に話したいことって何ですか?」「それは部屋についてから話す。」 歳三とともにホテルのエレベーターに乗り込んだ千尋は、そこで吉田と会った。「おや、荻野君じゃないか?どうしたんだい、その格好は?」「吉田先生・・」「土方先生、教え子と二人きりで何をしていらっしゃるのですか?」「そんなこと、お前には関係ねぇだろう。」「おお、怖い、怖い。」吉田は大袈裟に両肩をすくめると、そのままエレベーターから降りた。 エレベーターがゆっくりと上昇する中、千尋と歳三は終始無言だった。「あの、先生・・」「何だ?」「こうして先生と二人きりになるのは、久しぶりですね。」「そうだな。」 ホテルの部屋に入った後、千尋はベッドの端に腰掛けた。「千尋、俺と結婚してくれねぇか?」「先生?」突然歳三からプロポーズされ、千尋は驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。「あの、本当に僕、先生と結婚してもいいのですか?」「馬鹿、いいに決まっているだろう。」歳三はそう言うと、千尋を抱き締めた。「ですが・・」「お前は何も心配することはねぇ。」「はい。」その日の夜、歳三と千尋はホテルに泊まった。「先生、家まで送ってくださって有難うございました。」「ゆっくり休めよ。」「わかりました、さようなら。」 翌朝、歳三の車から降りた千尋が帰宅してリビングルームに入ると、育美がキッチンで朝食を作っていた。「ただいま。」「お帰りなさい、ちーちゃん。パーティー、楽しかった?」「うん、まぁね。母さん、お風呂入って部屋で休むね。」「そう。」 浴室に入った千尋は、首筋に残るキスマークに気づくと頬を赤く染めた。にほんブログ村
2014年10月17日
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「土方さん、こちらのお嬢さんはどなたかな?」「ああ、この子は招待していないのにパーティーに勝手にやって来たのですよ。警備の者を早く呼んでください。」「違います、ちゃんと僕は招待状をあなたから受け取って・・」「嘘を吐くな!」歳信は千尋を睨むと、彼を突き飛ばした。「親父、乱暴は止せ!」「ここは貴様のような者が来るような所ではない。追い出される前に、さっさと帰りたまえ。」「いいえ、帰りません。」「強情な奴だ。少し痛い目に遭わないと自分の立場がわからんらしいな?」歳信と千尋が睨み合っていると、受付のスタッフが会場に入って来た。「土方様、こちらの方の招待状です。」「見せろ。」歳信はそう言うと、スタッフの手から千尋の招待状をひったくった。「土方さん、すぐに人を疑うのはよくないですよ。」宗木からそうたしなめられた歳信は、千尋の手に招待状を渡すと、そのまま会場から出て行ってしまった。「すいません、ご迷惑をおかけしてしまって・・」「いいえ。それにしても、あなたは歳三君の恋人ですか?」「え?」「宗木さん、こいつは千尋といって、俺の大事な人です。」「ほう、そうか・・じゃぁ、わたしの娘と君が結婚するのは無理だね。」宗木はそう言って笑うと、歳三の肩を叩いた。「この子を決して離さないようにしなさい。」「わかりました。」「お父様、あの子は誰なの?」「帰るぞ、真理亜。もうわたし達はここに居る必要はない。」「そんな、お父様!」慌てて父の後を追ってパーティー会場から出た真理亜が見たものは、歳三と楽しく話している一人の少女の姿だった。「痛っ・・」「どうした?」「いえ、何でもありません。」千尋はこの日の為に慣れないハイヒールを履いた所為で、時折爪先と踵を襲う激痛に悩まされていた。「ちょっと見せてみろ。」「いいです。」「いいわけねぇだろう。」会場の隅に置かれている椅子に千尋を座らせた歳三は、彼が履いていたハイヒールを脱がせた。彼の両足の踵には、痛々しい靴擦れが出来ていた。「これでもう大丈夫だろう。」「有難うございます。」「今日は部屋を取ってあるから、パーティーが終わったら一緒に行こう。」「はい。」「飲み物取って来るから、ここで待ってろ。」「わかりました。」千尋が飲み物や料理が置かれているテーブルから歳三が戻って来るのを待っていると、突然振り袖やドレスで着飾った女性達が彼に詰め寄って来た。「あなた、歳三様の何なの?」「わたしは、歳三さんの恋人です。」「嘘よ、あなたみたいな小娘、歳三様が相手にする訳ないでしょう?」「そうよ、どうせ土方家の財産目当てで歳三様に近づいて来たに決まっているわ!」「“悪口は自己紹介”とは、よく言ったものですね。」「何ですって!?」千尋の言葉に、女性達の美しい眦がつり上がった。「自分が気にしている、コンプレックスを抱いていることをそのままそっくり他人に悪口として返すことですよ。つまり、あなた方は土方家の財産目当てで歳三さんに近づいたのでしょう?」千尋がそう言って女性達を見た時、左頬に突然熱が走った。にほんブログ村
2014年10月16日
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「先生、さようなら。」「さようなら。」「お前ら、寄り道するなよ!」 翌日、教室から出て行く生徒達を見送った歳三は、溜息を吐きながら職員室へと戻った。「トシ、今日は早いな。」「ああ。ちょっと野暮用があってな。」「そうか。また見合いをするのか?」「まぁ、そんなところだ。ったく、俺は再婚する気はさらさらないっていうのに、親父には困ったもんだぜ。」「またな、トシ。」「じゃぁな、近藤さん。」 歳三が学校から帰宅すると、彼を家政婦の宮田さんが出迎えた。「お帰りなさいませ、歳三坊ちゃま。」「親父は?」「旦那様は一足先にホテルへ向かわれました。」「そうか。」 土方歳信主催のパーティーが行われているホテルの宴会場では、政財界の名士達や代議士らが集まっていた。「歳信さん、歳三君はお元気ですか?」「ええ。」「実はうちの娘が歳三君にぜひともお会いしたいと申しておりましてね。真理亜、ご挨拶なさい。」「初めまして、真理亜です。」宗木代議士の愛娘・真理亜はそう言って歳信に挨拶した。「真理亜さんはお幾つかな?」「今年で27になります。」「そうか。では歳三とは余り年が違わないな。」「そうでしょう。真理亜は保育士をしておりましてね・・」「ほう、それはいいですね。」宗木と歳信がそんな話で勝手に盛り上がっていた時、会場に歳三が入って来た。「歳三様だわ。」「いつ見ても素敵ね。」会場に入るなり、振り袖やドレスで着飾った女性たちが一斉に自分に熱い視線を送っていることに気づいた歳三は、ばつの悪そうな顔をして俯いた。(親父の奴、一体何を企んでいやがる?)「歳三、よく来たな。」「絶対に来いってあんたが言うから、来てやっただけだ。」「紹介するよ、こちらは宗木代議士のお嬢さんの、真理亜さんだ。」「初めまして、真理亜です。」「どうも。」また新たな見合い相手を父から紹介され、歳三がうんざりしていると、会場に一人の少女が入って来た。 瑠璃色のドレスを身に纏い、金色の髪を美しくカールさせた少女は、誰かを探しているようだった。(まさか・・)「歳三さん、どうしたのですか?」「すいません、少し失礼します。」歳三はそう言うと、少女の方へと向かった。「千尋、どうしてお前こんなところに?」「先生・・実は、昨日先生のお父様から招待状を頂いて・・」「親父に?」「まさか君がこんな格好で来るとは思わなかったよ、千尋君。身の程知らずもいいところだな。」二人の背後から、氷のような歳信の声が響いた。にほんブログ村
2014年10月15日
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「おはよう、母さん。」「ちーちゃん、おはよう。」「父さんは?」「パパは、ちーちゃんが起きる前に会社に行ったわ。何でも、大きなプロジェクトを抱えて今大変なんですって。あ、これちーちゃん宛にさっき届いていたわよ。」「有難う。」育美から郵便物を受け取った千尋は、ペーパーナイフでその封を切った。中身は、ワープロ打ちの招待状だった。『明日夜八時に、下記の場所にてパーティーを開催いたしますので、是非ご出席くださいますようお願いいたします。』千尋が差出人の住所が書かれている封筒の裏を見ると、そこには土方歳信の名があった。「母さん、これ誰から渡されたの?」「さっき、黒塗りの車が家の前に停まって、そこから出てきたスーツ姿の運転手さんに直接渡されたのよ。それ、誰からだったの?」「土方先生のお父さんから、パーティーの招待状が来たんだ。是非来て欲しいって書いてあった。」「まぁ、そうなの。じゃぁちーちゃんの為に素敵なドレスを用意しないとね。」「母さん・・」千尋が嬉しそうにはしゃぐ育美の姿を見て溜息を吐いている頃、土方家のダイニングルームでは信子達が別居することで歳信と口論になっていた。「家を出て行くことは許さん!今まで一緒に暮らしていたというのに、急に家を出て行くとはどういうつもりなんだ!」「父さん、あたし達は今まで父さんの世話になったけれど、子供達も大きくなって色々とお金がかかるし、ここからじゃ子供達を幼稚園や学校に通わせるには遠いのよ。数日前下見したマンションは駅や学校にも近いから、片道30分もかからないの。」「運転手を雇って、送り迎えさせてやればいいだけだ。」「今友香が通っている幼稚園は、普通の幼稚園なの。わたしは幼稚園のママたちと普通のお付き合いをしたいの。」信子はそう言うと、椅子から立ち上がった。「まだ話は終わっておらんぞ、戻ってこい!」「もう話は終わったわ。」「姉貴、本気なのか?」「ええ。もうこの家に住むのは嫌なのよ。もう父さんに色々と子供達の教育の事で干渉されるのはうんざりなの。」「義兄さんとも、よく話したのか?」「ええ。駿弥さんも、もうこの家から出たいと前から思っていたそうよ。トシ、あんた一人で大丈夫なの?」「ああ。姉貴、明日のパーティーには出るんだろう?」「まぁ、一応土方家の一員として出席はするけれど、仲のいい親子をお客様の前で演じたくはないわ。」「いつ、ここから出て行くんだ?」「もう荷物は引っ越し先のマンションの部屋に運んであるの。子供達を迎えに行って、その後すぐに引っ越し先のマンションに行くわ。」「そうか。」「別にあんたとは姉弟の縁を切った訳じゃないんだから、気軽に遊びに来てもいいのよ。」「わかった。」 ダイニングルームに戻った歳三は、コーヒーを飲みながら歳信を見た。「何だ?」「明日のパーティー、姉貴は出るってさ。」「そうか。歳三、明日のパーティーは一応わしの健康と長寿を祝うパーティーとなっているが、お前の嫁探しがメインのパーティーになっている。」「またその話か・・いい加減、俺を無理矢理再婚させるのは諦めたらどうなんだ?」「お前は土方家の跡取りだ。それ相応の家柄のお嬢さんを嫁として迎えるのは、当たり前だろう?」にほんブログ村
2014年10月14日
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「違うって!こいつは俺のダチで、千尋。」「嘘つかないでよ!」背の高い少女は、そう言うと拓馬の隣に立っている千尋の胸倉を突然掴んだ。「あんた、うちの拓馬に手を出したら承知しないからね!」「初対面の相手に掴みかかるとは、穏やかな挨拶じゃありませんね。」千尋は少女を睨み、彼女の手を乱暴に振り払った。「あんた、あたしに喧嘩を売ろうっての!?」「いいえ、あなたのその乱暴な挨拶を改めようとしただけです。」「エミ、もう行こう。」「畜生!」少女は千尋達に背を向けると、そのまま雑踏の中へと消えていった。「拓馬、あの子達は?」「ああ、あいつらは中学の時のダチ。さっきお前に掴みかかって来たのはエミってやつで、ちょっと厄介なんだよな。」「そう・・」「その話は後でするから、今は花火を楽しもうぜ!」「うん。」やがて花火が始まり、色とりどりの花が夜空に咲いた。「楽しかったな、花火。」「うん。拓馬、今日は誘ってくれてありがとう。」「いや、いいんだよ。なぁ千尋、こうして二人きりで歩くのって、久しぶりだよな?」「そうだね。確かこうして拓馬と河川敷を二人で歩いたのは、小学校5年の時だったっけ?」「お前、よく憶えてんなぁ。」「記憶力はいい方だから。拓馬、家まで送ってくれてありがとう。」「じゃぁ、また塾でな。」「うん。」 家の前で拓馬と別れた千尋が家の中に入ると、玄関先には男物の革靴が置かれていた。「母さん、ただいま。」「あらちーちゃん、お帰りなさい。」「君が、千尋君かい?」リビングのソファに座った眼鏡を掛けた男は、そう言うと千尋の前に立った。「ちーちゃん、こちらパパの学生時代のお友達で、滝岡さん。」「初めまして、千尋と申します。」「いやぁ、可愛いね。君みたいな子が居たら、家の中が賑やかになるだろうな。」「滝岡さん、主人はもうじき帰ってきますから、コーヒーでも如何ですか?」「いいえ、もうお暇いたします。」「そうですか・・」「千尋君、またね。」養父の友人・滝岡は千尋に向かって手を振ると、リビングから出て行った。「母さん、あの人は一体何の用でうちに来たの?」「さぁ、それはわたしにもわからないわ。」 荻野家を後にした滝岡は、その足で土方家へと向かった。「荻野千尋の義理の父親には会えたか?」「いいえ。彼は仕事で留守にしていました。それよりも土方さん、何故わたしにこんなことを頼むのですか?」「君にしか、頼めないことだからだ。」「そうですか・・」滝岡は土方家のソファに腰を下ろしながら、歳信を見た。「あなたは何故、荻野千尋に対してそこまで執着しているのですか?」「それは君が知らなくていいことだ。」にほんブログ村
2014年10月13日
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いよいよ、見逃せない展開になってきましたね。今月末に最終巻が発売されるので、楽しみです。サンドラ・ブラウンの作品は何作か読んだことがありますが、この作品はまるでハリウッドサスペンス映画を一本観たような気分で読み終えました。ラストが少し後味悪かったかなぁ・・映画化された作品ですが、何だか奥が深すぎて意味がわからなかった。まぁ、わたしがまだまだオコチャマなだけですかね(笑)雪に閉ざされた田舎町で起こる、スリリングな事件。ヒロインの前に現れた謎の男・ティアニーの正体と、事件の真相が進むにつれ、手に汗握る展開が続きました。ハッピーエンドで終わってよかったです。この作品を読んだのは二度目ですが、面白いですね。ぬ~べ~が37歳だというのに顔が全く変わっていないことに驚きました。生徒の名前にきらきらネームもとい、DQNネームが多いですね。ネグレクトを母親から受けている児童が、母親のブーツを電子レンジで温めて貪り食うシーンが衝撃的だった。妖怪を倒した後のぬ~べ~の台詞が深いです。
2014年10月10日
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CMで流れているのを見て、急に食べたくなったのでエディオンの近くにあるマクドへ食べに行きました。ダブルチーズバーガーセット、いつもなら670円くらいするのですが、450円で食べられるとなると安いですね。久しぶりに食べたダブルチーズバーガーは美味しかったです。
2014年10月09日
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その日の夜、宮中では信子主催の管弦の宴が華々しく開かれ、光明の妃となるのには相応しい家柄と美貌を兼ね備えた姫君達が集まった。「光明、この中からそなたが妃にと思った姫君を選ぶのですよ。」「皇太后さま、わたくしはまだ結婚は・・」「何を言うのです、あなたはもうじき東宮となられる身。妃を選ばなければ外聞が悪いでしょう?」信子がそう言って光明を睨んだ時、不意に池に浮かべている船から箏の音が聞こえた。「あら、何かしら?」「とてもお美しい方ね・・」月明かりに照らされ、船の中で箏を弾く美鈴は、深緑の唐衣を纏っていた。突然現れた謎の姫君に周囲の者達は呆気にとられたが、次第に美鈴の演奏に恍惚とした表情を浮かべながら聞き惚れる者が出来た。「美鈴、見事な演奏であったぞ。」「有難きお言葉を頂戴し、嬉しゅうございます。」美鈴はそう言うと、信子と光明の前で頭を垂れた。「美鈴、その唐衣はそなたの黒髪に映えて似合うておるぞ。」信子は美鈴に向かって微笑んだ。「皆の者、先ほど見事な箏の腕前を披露してくれたのは、光明の妃となる立花家の姫、美鈴じゃ。」―何ですって・・―あれが、東宮妃様ですって?周囲が美鈴を指しながらざわめき始めたのを見た信子は、美鈴を見た。「皇太后さま、これは一体どういうことなのですか?」「光明、詳しいことは後で説明する。」 宴が終わり、信子の部屋に呼ばれた光明と美鈴は、彼女の口からある“作戦”を明かされた。「実は、美鈴をそなたの妃に選ぶことは、はじめから決めておった。」「そんな・・美鈴様は姫の恰好をしておりますが、れっきとした男子ですよ?男を東宮妃にするなど、前代未聞です!」「だが美鈴姫が男子であると知っているのはそなたと妾、そして側仕えの者だけじゃ。それゆえ、美鈴姫を東宮妃として迎えても、宮中の者達は暫く何も言わぬだろうよ。」「つまり、皇太后さまはわたくし達に世間の目を欺き、東宮とその妃を演じろとおっしゃるのですか?」「そうじゃ。光明、これからは妃である美鈴を守ってやれ。」「は、はい・・」「美鈴よ、そなたは兄である夫の光明を生涯支えるのじゃぞ。」「わかりました、皇太后さま。」 こうして、晴れて光明は東宮の座に就き、美鈴は東宮妃として光明を支えることになった。男同士で、同じ血を分けた兄弟が夫婦になるなど、宮中にとっては前代未聞の話ではあったが、二人が亡くなるまでその秘密は守られた。「まったく、皇太后さまはお人が悪いお方だった。」二人が亡くなってから何年が経った後、すっかり年老いてしまった 光利は当時の事を思い出しながら、光明と美鈴の養子で、実の息子である幸秀(ゆきひで)に今は亡き信子への恨み言をつい吐いてしまった。「ですがお二人はお亡くなりになられるまで仲睦まじかったと聞いておりますよ?」「まぁ、同じ血を分けた者同士、何処か気が合うところがあったのであろうな。」 空に浮かぶ赤い月を眺めながら、光利は盃に入った酒を一気に飲み干した。―完―にほんブログ村
2014年10月09日
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「皇太后さま、本気なのですか?陰陽師如きを東宮にさせるなど・・」「戯言で妾がそのようなことを申す訳がなかろうが?」信子は、光明を東宮にすることを反対している女房達を睨んだ。「いえ・・」「そなたら、二度と妾に向かって生意気な口を利けぬようにしてやろうか?」「お許しください、皇太后さま!」「わかればよいのだ。」「宴、ですか?」「そうじゃ。そなたの妃選びを兼ねて、今宵管弦の宴を開こうと思っておる。」「そうですか・・」「何処か浮かぬ顔をしておるな?」「いいえ。」「そなたは宴が始まるまで、安倍の家でゆっくりしておればよい。」「わかりました。」 信子の部屋から出た光明は、その足で美鈴が居る桐壺へと向かった。「光明様、お久しぶりでございます。」「美鈴様、お元気そうで何よりです。今宵、皇太后さま主催の管弦の宴が開かれるのをご存知ですか?」「ええ。その宴には、わたくしも出席するつもりです。」「そうですか。では、またお会いしましょう。」「ええ。」美鈴が光明に向かって手を振った後、彼女は背後から誰かに肩を叩かれた。「あなた、光明様とお知り合いなの?」「ええ。」「あの方、陰陽師だというのに東宮になられるんですって?随分と図々しいお方なのね。」「それは一体、どういう意味ですか?」女房の言葉に少し怒りを感じた美鈴がそう彼女に問いただすと、彼女は軽蔑したような笑みを口元に浮かべた。「だってあの方、謀反人の血をひいているのでしょう?それなのに、何故東宮になろうとするのかしら?」「それは、皇太后さまがお決めになったことです。」「皇太后さまも、皇太后さまよねぇ。謀反人の息子を東宮になどしようとして、何を企んでいるのかしら?」「妾が何を企んでいるか、知りたいのか?」凛とした声が美鈴達の背後から聞こえたかと思うと、彼女達の前には憤怒の表情を浮かべている信子が立っていた。「こ、皇太后さま・・」「光明は宏昌の血をひく、皇子であるぞ。故に、東宮となる資格がある。それに宏昌は謀反の罪を着せられただけのこと。今後宏昌と東宮を貶める様な事を言うてみよ。そなたの首を刎ねてやろう。」「お許しください、皇太后さま。お命だけは、どうかお助けを・・」「ならば、その口を一生閉じておけ。」「は・・」美鈴相手に皇太后の陰口を叩いていた女房は蒼褪めた顔で部屋から出て行った。「そなた、美鈴といったな?」「はい、皇太后さま。」「そなた、妾についてくるがよい。そなたに見せたいものがあるのじゃ。」「かしこまりました。」 美鈴が信子の部屋に入ると、そこには美しい唐衣が掛けられてあった。「美しいですね・・」「そうであろう?この唐衣は東宮妃が纏うものじゃ。」「東宮妃様が?」「今宵開かれる管弦の宴は、光明の妃を選ぶことが目的で開くのじゃ。美鈴よ、妾からそなたに頼みたいことがある。」「頼みたいことでございますか?」「ちと、耳を貸せ。」にほんブログ村
2014年10月09日
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「姫様、お聞きになりましたか?」「淡路、どうしたの、そんなに慌てて?」「実は、近々東宮の座にあの光明様が就かれるという噂をさっき皇太后さま付きの女房から聞きました。」「まぁ、それは本当なの?」「ええ、確かでございます。」「光明様は主上の亡き兄君の血をひいていらっしゃるから、東宮となられるには何ら問題はないけれど・・周りの者が何と思うかしらねぇ?」「さぁ・・」「光明様は、今頃大変でしょうね。」「そうですわね。それよりも姫様、口を動かすよりも手を動かさねばなりませんよ。」「うるさいわね、わかったわよ。」淡路にそう指摘され、美鈴は口を閉じて途中で放り出したままになっていた針仕事を再開した。―ねぇ、陰陽寮の方からお聞きしたのだけれど・・―聞いたわよ、陰陽博士様が東宮様になられるんですってね?―今の陰陽博士様って、安倍兄弟の弟君よね?―陰陽師が東宮様になられるなんて、前代未聞だわ。 皇太后・信子が光明を東宮にすると宮中に発表して以来、光明は廊下を歩くたびに女達が自分の事を話しているのを聞いて溜息を吐いた。(まったく、正式に決まった訳ではないのに、騒がしいな・・) 信子が勝手に話を進め、光明を東宮にさせようとしていることに対し、帝は何も言わない。信子は帝よりも宮中での発言力が強く、陰では“女帝”と呼ばれているほどの権力を持っている。そんな彼女に、帝が逆らえる筈がない。(もう皇太后さまに、何を言っても無駄か・・)「光明、どうした?浮かない顔をしているな?」「何だ、お前か。」書物から顔を上げた光明は、自分の前に立っている紫雲を見てそう言って彼を見た。「おいおい、何だとはないだろう?なぁ、お前が東宮になるってことで、色々と周りが騒いでいるようだが・・」「あれは皇太后さまが勝手に決めたことだ。」「あの方は一度決めたことは頑として変えないお方だからなぁ。」「人の苦労を知らないで、よくそんな暢気な事を・・」光明がそう言って紫雲を睨むと、部屋の前に女童(めのわらわ)が立っていることに気づいた。「どうした?」「あの、皇太后さまがお呼びです。」「わかった、すぐに行く。」読んでいた書物を閉じた光明は、そのまま信子の元へと向かった。「皇太后さま、今日は何のご用でわたくしをお呼びになったのですか?」「そなた、そろそろ身を固める気はないか?」「いいえ・・」「東宮妃となる姫君は、わたくしが選んでおくから、そなたはわたくしのいう事を黙って聞いていればよい。」「皇太后さま・・」にほんブログ村
2014年10月08日
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「暫く、考える時間を下さい。」「わかった。良い返事を待っておるぞ。」「それでは、わたくしどもはこれで失礼いたします。」光利は光明とともに信子の元を辞すと、光明を見てこう言った。「まさかお前、東宮の話を受ける気じゃないだろうな?」「それは、まだ考えておりません。」「だが、あの言葉だと皇太后さまに期待を持たせてしまうような言い方だったぞ。」光利の言葉を聞いた光明は、溜息を吐いた。「わたしとしては、穏便に東宮のことを皇太后さまにお断りしようとしたのですが・・」「お前がそのつもりでも、皇太后さまにとっては違う。お前が東宮になる気でいるのだと思っているようだ。」「そんな・・」「暫く時間をやるから、じっくりと考えてみることだ。」「わかりました、兄上。」「わたしは家に戻る。」陰陽寮の前で光利と別れた光明は、仕事をしながら東宮の座に就くのかどうかを考えていた。 帝の亡き兄君の遺児であるというだけで、好奇と羨望、憎悪の視線を向けられてきたが、東宮の座に就いたらどうなるのか、考えるだけでも恐ろしい。(皇太后さまには、お断りの返事を申し上げた方がいいだろう・・)今まで散々な目に遭ってきたのだ。もうこれ以上面倒な事に巻き込まれないためには、東宮の話は断った方がいい。「光明様、いらっしゃいますか?」「ああ。」「皇太后さまがお呼びです。」「わかりました。」 信子付の女房とともに光明が彼女の部屋へと向かうと、そこでは信子と帝が囲碁に興じていた。「光明、来たか。」「皇太后さま、東宮の話はお断りしようと・・」「光明(こうみょう)、そなたはこの者が東宮に相応しい器だと思うか?」信子はそう言うと、白の碁石を打った。「わたしは、母上がこの者が東宮に相応しい器だと思うのなら、何も異論はありません。」「ほほ、そうか。近々高麗の学者を呼び、この者の相を占って貰うとしよう。」二人の会話を傍で聞いていた光明は、信子が自分を東宮の座に就かせようとしていることに気づいた。「皇太后さま、わたくしは・・」「そなたは何も心配せず、わたくしに全てを任せればよいのです。」光明に反論の余地すら与えず、信子はそう言うと彼に微笑んだ。兄が言っていた通りになってしまった。「只今戻りました。」「皇太后さまとの話し合いはどうだった?」「話し合いにもならなかった。皇太后さまはわたしが東宮になるのが当然だと思っていらっしゃるようだ。」「あの方に曖昧な返事をしたお前が悪い。」光明は光利にそう言われ、溜息を吐いて俯いた。「もう皇太后さまがお前を東宮にさせたいという気持ちは揺らがないのだから、お前も腹を括ることだな。」にほんブログ村
2014年10月07日
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「光明、すぐに宮中へ行け。皇太后さまがお前をお呼びだ。」「皇太后さまがわたくしに一体何のご用でしょうか?」「それは行かねばわかるまい。」 宮中を震撼させた事件から二月の歳月が経った頃、光明は安倍家当主となった光利とともに宮中へと向かった。「皇太后さま、ご機嫌麗しゅうございます。」「堅苦しい挨拶などせずともよい。二人とも、近う参れ。」「は・・」 二人が信子の前に行くと、彼女が手に持っていた檜扇を開く音が頭上で聞こえた。「光安の事は、残念であったな。」「はい・・」 安倍家の先代当主であり、兄弟の父親であった光安は一度も意識が戻らぬまま、事件から一月後に亡くなった。誰を次期当主にするかどうかで親族たちとの間で散々揉めた結果、嫡男である光利が当主の座に就くことで落ち着いた。「皇太后さまには、安倍家当主としてのご挨拶がまだでしたので、こうして馳せ参じました。」「そなたは大変優秀な陰陽師ときいておる。その力を我が国の為に存分に発揮しておくれ。」「御意。」「二人とも、おもてをあげよ。」二人がゆっくりと顔を上げると、そこには古希を迎えたとは思えぬほどの美貌を持った皇太后・信子が彼らを見つめていた。「そなたが、宏昌の忘れ形見か?」「はい、皇太后さま。光明でございます。」「そなた、東宮になる気はないか?」「は?」突然信子からそう言われて、光明は間の抜けた声を出してしまった。「皇太后さま、光明は東宮になるつもりは・・」「そなたは宏昌の血を継ぐ者、即ち帝となるには相応しい身分の者です。中宮と皇子があのような事になり、帝となるものが居なくなってしまったから、この国は滅んでしまいます。」「ですが・・」「光明、どうか老い先短いわたくしの願いを聞いてはくださりませぬか?」そう言うと信子は、光明の手を握った。困り果てた光明は光利の方を見て彼に助けを求めたが、光利は首を横に振った。「皇太后さま、わたくしは宮中では東宮としてではなく、陰陽師として生きていきたいのです。」「そうか、そなたはそう思っておるのだな・・しかし、わたくしはそなたの事を諦めませんよ。」それまで光明に対して穏やかな笑みを浮かべていた信子の目が、鋭く光った。「皇太后さま・・」「そんな堅苦しい呼び方はしないで。今日からはわたくしの事を、“お祖母様”と呼んでもいいのですよ?」「ですが、それでは・・」「漸く長い年月を経て会えたのですから、わたくしは祖母として孫のお前に色々と尽くしてやりたいのです。」(狡いお方だ、皇太后さまは。)「皇太后さま・・」「どうか、わたくしのことを一度でもいいから、“お祖母様”と呼んでおくれ。」信子は嘘泣きをしながら、光明の手を強く握った。にほんブログ村
2014年10月06日
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「誰にも、わたくしの邪魔をさせないわ!」梨壺女御・咲子は鞭のような髪を三人に向かって次々と放った。光明が太刀でその髪を切ろうとしたが、その髪はまるで鋼のようにできており、太刀の刃が折れてしまった。「光明、退け!」光利は懐から壜のようなものを取り出すと、その中にたまっていた液体を咲子に向かって撒き散らした。 彼女は悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。彼女の両目から、煙のようなものが上がっていた。「兄上、これは何ですか?」「これは聖水だ。西洋で魔物を祓うものに使われているといわれているが、鬼祓いでも使えるらしいな。」「そうですか・・」「光明、これを使え。」「有難うございます。」光利から太刀を受け取った光明は、その太刀で咲子へと突進した。「いやだ・・ひとりはもういやだ・・」呻きながら、咲子はそう言うと鬼から美女の顔へと戻った。その美しさは以前のものとまったく変わらぬものだったが、その姿が偽りのものであるということを光明は知っていた。「お願い、わたしを殺さないで・・」「黙れ。」光明は太刀で咲子の首を切断した。「終わりました、兄上。」「そうか・・」光利がそう言って咲子の首を見ると、死んだ筈の咲子の目が開いた。「う、うぅ・・」「さようなら、女御様。」光利は聖水を高く掲げると、それを頭から咲子に浴びせた。断末魔の悲鳴が上がり、咲子は息絶えた。「光明様、女御様は?」「鬼は倒した。」「そうですか・・」美鈴はそう言うと、咲子の首が転がっている場所を見た。「もう行きましょう美鈴様、ここにわたしたちが居る必要はありません。」「ええ・・」雪が降る中、美鈴達は荒れ果てた宇治の別邸を後にした。「これから、わたしたちはどうなるのでしょう?」「それは、誰にもわかりません。」「そうですね・・」「美鈴様、あなたは自分で己の人生を切り開けばよいのです。」 咲子と彼女が産んだ皇子が死に、東宮となる者が居なくなった宮中では、皇太后である帝の母が、帝に思わぬ提案をした。「光明よ、そなたの兄の遺児である光明という男がおるだろう?その男を、東宮の座に就かせてはどうじゃ?」「母上、何をおっしゃいます。光明は、東宮としての人生など望んでなどおりませぬ。」「そなた、何を言う?このままでは、日本は滅びてしまうのだぞ?」「母上・・」「妾が何のためにそなたを帝にしたと思うておる。」 光明帝の母である皇太后・信子は、そう言うと帝の手を取った。「妾の望みは、そなただけなのだ。」にほんブログ村
2014年10月03日
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「ここが、梨壺女御様のご実家の、別邸ですか?」「ああ。」「ですが、こんな荒れ果てたところに梨壺女御様が本当におられるのでしょうか?」 光利と光明、美鈴は梨壺女御が静養しているという宇治の別邸へと向かったが、そこは全く人気がなく、荒れ果てていた。「この荒廃ぶりを見る限り、何年もここは人が住んでいないのだろうな。」「一体、何故梨壺女御様はわたくしたちをこのような場所に呼んだのでしょうか?」「教えてさしあげましょうか?」突如暗闇の中から声が聞こえ、三人が背後を振り向くと、闇の中かから梨壺女御が姿を現した。「梨壺女御様、いつからこちらにいらしていたのですか?」「さっきからよ。それよりもあなた方も、こちらに来ていたのね。」梨壺女御はそう言うと、口端を歪めて笑った。その笑みを見た三人は、背筋に悪寒が走るのを感じた。「梨壺女御様、わたくし達にお話があると聞きましたが・・」「光明様、あなたは本当に東宮にはならないというの?」「ええ。それよりも、皇子のお姿が見えませんが・・」「あの子は、死んだわ。」「死んだ?」「ええ。ここに来てから急に体調を崩したかと思ったら、あっという間に死んでしまったの。」そう言った梨壺女御の表情には、変化がない。「どうしてわたくしが愛した者は皆、わたくしの元を去っていってしまうのかしら・・」「女御様?」「美鈴様、危ない!」 梨壺女御の様子がおかしいことに気づいた美鈴が彼女に一歩近づこうとしたとき、女御の長い髪が突然鞭のようにしなって美鈴を襲った。「貴様、何者だ!?」「わたくしは、もう誰にも愛する者を奪われたりはしない・・そう、わたくしは愛する者を守る為ならば何でもするわ・・何でも・・」そう言って顔を上げた梨壺女御は、鬼となっていた。「あれは、一体・・」「あれはもう、梨壺女御様ではない。女御様の身体を借りた化け物だ。」「それじゃぁ、女御様は・・」光明は美鈴の問いに首を横に振った。「わたくしを邪魔する者は許さない・・殺してやるわぁ!」梨壺女御の身体を借りた化け物は狂気に満ちた言葉を撒き散らしながら、ゆっくりと三人の方へと近づいてきた。にほんブログ村
2014年10月02日
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「光利様、わたしに話したいこととは何でしょうか?」「単刀直入に聞くが、光明に呪詛を掛けたのはお前ではないのか、実篤?」「何故、わたしがそのようなことを・・」「お前があの父親の所為で苦しんでいることを、わたしは知っている。」光利がそう言って実篤を見ると、彼は酷く狼狽していた。「わたしは、次期当主の座など望んでなどいない。それなのにあの人は、勝手にわたしが次期当主の座につくと思い込んでいて・・」実篤が抱える苦悩が、光利は手に取るようにわかった。幼少のころから優秀な自分達と比較され続け、劣等感を抱えながら生きてきた実篤。それとは対照的に、宮中で活躍し、注目されている光明。「わたしは、いつの間にか光明様にとんでもないことをしてしまった・・」「実篤、今ならまだ間に合う。」俯き涙を流す実篤の背を、光利はそっと押した。「光利様・・」「犯した過ちを悔やむよりも、これ以上自分の良心を裏切るようなことをしてはならぬ。」「わかりました。」 実篤は光利と別れると、親族たちが集まっている寝殿に入った。「実篤、光利と何の話をしておったのだ?」「父上、光明に呪詛を掛けたのはわたしです。」「何だと、それは本当なのか!?」「はい。父上、わたしと親子の縁を切らせてください。もうわたしは、安倍家の者ではありません。」「何故、そのようなことを・・」「父上、もうわたしを解放してください。わたしは、安倍家の次期当主にはなれません。」「実篤・・」 親族たちの前で光明に呪詛を掛けたことを告白した実篤は、安倍家から追い出されることになった。「光明、気分はどうだ?」「少しよくなりました。実篤は、何処に?」「あいつは、安倍家から出て行った。」「そうですか・・あいつには、悪いことをしてしまった・・」「自分を責めるな、光明。今は自分の事だけを考えろ。」実篤が掛けた呪詛が解け、光明は光利とともに宮中へと向かった。「光明様、久しいですね。」「あなたは、確か美鈴様の・・」「淡路と申します。姫様が、あなた様にお会いしたいとおっしゃっております。」「わかりました、すぐに参ります。」 二人が桐壺へと向かうと、そこは内装や女房の装束に至るまですべて黒で統一されていた。「光利様、光明様、お久しぶりでございます。」美鈴はそう言うと、二人に向かって頭を下げた。「美鈴様、お元気そうで何よりです。わたくし達を呼んだのは、どういうご用件でしょうか?」「実は、梨壺女御様が・・」「梨壺女御様が、どうされたのですか?」「桐壺女御様がお亡くなりになられて、梨壺女御様はご自分がお産みになった皇子様が東宮になれないのではないかと不安になっておられます。」「だからこうして、わたし達を呼んだというわけですね。」「はい。」「梨壺女御様はどちらにおられますか?」「梨壺女御様は体調を崩されて、宇治の別邸におられます。」「そうですか・・」 その日の昼、光利と光明は、美鈴とともに梨壺女御に会う為に、宇治へと向かった。それが罠であることを、その時は誰も知る由もなかった。にほんブログ村
2014年10月02日
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桐壺女御の訃報は、瞬く間に宮中に広まった。―これから、宮中はどうなってしまうのでしょう。―もしかして、あの方が東宮様に?―まさか、そんなことは・・ 咲子は、光明が東宮として宮中に上がるのではないかと疑い始め、使いの者を安倍邸に向かわせた。「どうであった、安倍家の様子は?」「安倍家当主と、光明様は病に臥せっておられます。」「何と・・」「詳しいことはわかりませんが、安倍家では何かが起きているような気がいたします。」「そうか、ご苦労だったな。もう下がってよいぞ。」「は・・」使いの者が下がり、咲子は安倍家で何が起きているのかを知りたくなった。(光明と当主が病に臥せっているとなれば・・もしかしたら、我が皇子が東宮になる日が来るのかもしれぬ・・) 一方安倍家では、呪詛に掛かり病に臥せった光明の為に連日加持祈祷が行われていた。「光安の事といい、今回といい・・この家は何か禍々しいものにでも呪われているのではないか?」「父上、言葉を慎んでください。」「実篤、もしやそなたが光明に呪詛を掛けたのではないか?」「馬鹿な事をおっしゃらないでください!」実篤がそう言って父親を睨むと、彼は少しばつの悪そうな顔をして俯いた。 同い年の従兄弟である光明は、凡庸な自分と比べて幼少のころから陰陽師としての才能があった。彼とともに英才教育を受けていた実篤だったが、いつも暦の試験で満点を取るのに精いっぱいだった。それに対して光明は、七つの頃から式神を使役するほどの才能を持ち、彼の兄である光利とともに安倍家期待の星と言われていた。 “光明と光利は腹違いの兄弟で、光明の母親は狐だったそうだ。” 父から光明の出生に纏わる秘密を聞き、実篤は光明が妖狐の血をひいているから天賦の才に恵まれているのだと思った。本物の天才に、自分ごときが叶うはずがない―実篤は光明と競うことを諦め、これまで波風立てぬ穏やかな生活を送って来た。だが、野心家の父親は今回の後継者騒動を利用して、息子である実篤を安倍家の次期当主に据えようと企んでいた。「父上、本当にわたしを次期当主に据えようとお思いになっておられるのですか?」「何を言う、実篤。これまで兄上たちに蔑ろにされた恨みを晴らす時が来たのだぞ。今回の騒動を利用せずにどうするというのだ?」「ですが・・」「そなたは男であろう?男ならば、己の野心に忠実に動かねばならぬ。」「父上・・」「これから光明の加持祈祷が行われる。実篤、そなたは己が課せられた使命をわかっておるな?」「はい・・」どれほど自分が父に抵抗しようとも、父の考えが変わらぬことなど、実篤はとうにわかっていた。にほんブログ村
2014年10月01日
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