F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 4
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 0
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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「別れるって・・一体どういうこと!?」アウロラ皇女は、そう言うとアンジェリカを睨んだが、彼は冷静な口調で話を続けた。「もう君と暮らすのは限界だ。」「何よそれ!まるでわたしがすべて悪いみたいという言い方じゃないの!」「じゃぁ今回母上がストレスで倒れたのは、君がくだらない嘘を吐いた所為だとは思わないのか?」あくまでシラを切りとおそうとしているアウロラ皇女を前にして、アンジェリカは徐々に彼女に対する怒りが湧いてきた。「くだらない嘘って何よ?あなたは自分の妹を庇いたいんでしょうけど、彼女には本当に酷い目に遭わせられたんだから!」「もういい、君は自分の都合の悪いことには蓋をして、自分の都合の良いように嘘ばかり吐くんだな!君とは付き合いきれないよ!」「わかったわよ、あんたとはもう終わりにしたいわ!」アウロラ皇女はそう叫ぶと、部屋から出て行った。「母上、先ほどアウロラが離婚に承諾しました。」「そう。アンジェリカ、余り気を落とさないでね。人生色々とあるものなのだから。」「そうですね。親不孝な息子ですいません。」そっとミズキの手を握りながら、アンジェリカは溜息を吐いた。 皇太子夫妻のスピード離婚は、世界中のマスコミに瞬く間に報じられ、アウロラ皇女はスウェーデンへと帰っていった。数ヵ月後、皇帝一家はマヨルカ島の別荘へと向かった。「お兄様、どうぞ。」「ありがとう。」プールサイドで、一泳ぎして疲れてベンチに横たわっているアンジェリカに、キンバリーがジュースを差し出した。「それにしても、大変だったわね。」「ああ。やっぱり結婚するのはまだ早すぎたみたいだ。もうあの悪夢のような結婚生活の日々がトラウマになって一生独身でいたいって気がしてくるよ。」「いいんじゃない。お兄様が結婚しないのなら、わたしがいい方を見つけないと!」そう言うとキンバリーはおもむろに立ち上がり、プールサイドからビーチへと出て行った。「あの子は相変わらず元気ねぇ。」「そうだな。ミズキ、体調の方はどうだ?」「もう大丈夫よ。それよりもいつまでここに居るつもりなの?来月はローゼンシュルツ皇太子夫妻がいらっしゃるんだから、失礼のないように準備をしておかないと。」「そうだな。まぁ、あと二週間くらいはここに居ようか?」「そうね。」 二週間後、スペインから帰国した皇帝一家は、小麦色に日焼けした肌でローゼンシュルツ王国皇太子夫妻を迎えた。「ようこそいらっしゃいました。この度はご成婚、おめでとうございます。」「ありがとうございます。アンジェリカ、紹介するよ。妻のアイコだ。」「初めまして・・」少し恥ずかしそうに挨拶する親友の妻が、アンジェリカは初々しく見えた。「幸せにしろよ、彼女を。」「ああ、そうするよ。」「さてと、久しぶりに会ったんだから、積もる話は明日にしようか?」「そうだな。」アンジェリカとガブリエルが二人仲良く並びながらホーフブルクへと入っていくのを見たガブリエルの妻・アイコは、不安そうな顔をしながら彼らの後をついていった。(終)にほんブログ村
2013年02月28日
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「母上、僕はもうアウロラと別れることにするよ。」「それは、本気なの?」アウロラ皇女が実家へと帰った日の夜、ミズキは息子の口から初めて彼がアウロラ皇女と離婚することを聞いた。「ああ。もう彼女とはやっていけない。今まで彼女と夫婦として分かり合おうと、歩み寄ろうとして努力しましたが、無理でした。」「そう・・アウロラには伝えたの?」「彼女が帰ってきてから言おうと思う。」「そう。わたしはあなたが決めたのなら、何も言わないわ。これをお飲みなさい。」ミズキはそう言うと、アンジェリカのカップにカモミールティーを淹れた。「結婚してまだ数ヶ月も経っていないのに、離婚か・・」「余り気に病まないほうがいいわ。それよりもあなた、これからどうするの?」「さぁね・・ちょっと疲れているから、暫くゆっくりしようかな。」「そうしなさい。」 アンジェリカはアウロラ皇女がスウェーデンに帰っている間、地中海のリゾート地で静養に入ることになった。 そのことを何処からか聞きつけたのか、マスコミが彼を槍玉に挙げ、“自己中心的な甘えん坊王子”というレッテルを貼り始めた。 それは、嫁ぎ先で精神的虐待を受けたというアウロラ皇女の訴えを鵜呑みにした彼女の父である国王・アレクセイ7世が原因だった。 彼はアウロラ皇女を三人の娘の中で最も溺愛しており、その所為でアウロラ皇女は我が儘で傲慢な女性になってしまった。 嫁ぎ先で精神的虐待を受けたというのはアウロラ皇女が吐いた嘘で、彼女はミズキ皇后を徹底的に陥れて苦しめてやりたいという思いからだった。 彼女の目論見は着々と進み、マスコミやネット上ではついこの間までミズキ皇后とアンジェリカを擁護する声が多かったのが、今やアウロラ皇女擁護派が彼らを糾弾する立場に回っていた。“ハプスブルク帝国皇后は、傲慢な女だ。”“息子を一人しか産んでいない癖に、偉そうな態度をしている。”“何故爵位を持たぬ女のいう事を陛下は聞くのか。” ネットユーザー達は、ミズキが民間出身の妃であること、アウロラ皇女を精神的に虐待したこと、そして息子の為に地中海のリゾート地に別荘を国民の血税で建設したことを槍玉に挙げ、彼女をバッシングした。 ミズキは誹謗中傷の書き込みが毎日絶えず、それに耐え切れずにフェイスブックを退会することとなった。 ストレスの所為で不眠症となり、公務を終えた後ミズキは誰とも話さずに自室に籠もる事が多くなった。 そんなある日の朝、ミズキが朝食の時間となってもなかなかダイニングに姿を見せないことを不審に思った女官が彼女の部屋に入ると、浴室の床で手首を切って倒れている彼女の姿を見つけた。「ミズキ、こんなにやつれて・・」「皇后様は、不眠症となられて睡眠導入剤なしには眠れない夜を最近過ごされていたようです。」「そうか。」搬送された病院で、ミズキは一命を取り留めたが、精神的ストレスと過労の所為で暫く入院することとなった。「皇太子様には?」「わたしから連絡する。」 スペイン・マヨルカ島で静養していたアンジェリカは、母がストレスで入院したという知らせを受け、休暇を切り上げてウィーンへと戻った。「母上、すいません。僕の所為で、こんなことに。」「いいのよ、わたしのことは心配しないで。」ミズキは弱々しく微笑みながらアンジェリカの手を握った。「アウロラ、話がある。」「お話って何かしら?」ミズキが入院した翌日、アウロラ皇女がスウェーデンから戻ってきたので、アンジェリカは彼女を自室へと連れて行き、離婚することを切り出した。にほんブログ村
2013年02月28日
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「お前、最近アウロラとは上手くやっているのか?」「・・正直、わからないよ。」皇后・ミズキが体調不良のため公務を休むと伝えられたその日の夜、ルドルフは自室にアンジェリカを呼び出した。「ミズキとアウロラは、育った環境も価値観も違う。だがあいつはアウロラに歩み寄る努力をしようとしていた。」「母上がアウロラと仲良くしようと思って、乗馬やお茶会に誘っていることは知ってたよ。でもアウロラは何か口実を作っては会おうとしないんだよ。あの音楽祭のことをいまだに根に持ってるんだ。」「もう過ぎたことだし、キンバリーも謝罪したんだろう?」ルドルフは数ヶ月前の出来事をいまだにアウロラが根に持っていることを知り、唖然とした。「あいつは、まだ許していないんだよ。プライドが高いし、常に自分が一番ではないと気が済まないタイプなんだ。」「困ったものだな。」「もう限界だよ。やっぱり結婚するのは早すぎたかな。」アンジェリカは溜息を吐きながら、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んだ。「そんなに悩むことはない。一度話し合ってみたらどうだ?」「そうするよ。」 ルドルフのアドバイスどおり、アンジェリカはアウロラ皇女を遠乗りに誘った。「なぁ、どうして母上と仲良くしてくれないんだ?」「だってあの人、お高くとまっているんだもの。」「母上はお高くとまってなんかいないよ。君の思い違いじゃないのか?」「まるでわたしが悪いって言いたいの!?」アウロラ皇女が苛立ったかのように乗馬用の鞭で地面を叩いたのを見たアンジェリカは、また彼女の癇癪玉が破裂するのではないのかとビクビクしていた。「そんな風には言っていない・・」「あなたにはわからないでしょうけど、わたしは孤独なの!それをわかってくれないと・・」「どうすればいいんだ!?一方的にそんなことを言うだけで、僕がわかるとでも!?」「だってあなた、いつもわたしのメールに返信してくれないし、電話もしてくれないじゃない!」「そんなことを言っても、電話に出られないときがあるんだから、仕方がないだろ?」「それが嫌なのよ、あなたのそういう所が!」冷静な話し合いの場を設けようとしたアンジェリカであったが、アウロラ皇女の棘のある言葉に、ついついきつい言葉で言い返してしまう。「一体何なんだ、君は!いつも自分中心で世界が回らないと気が済まないのか!?いつも何かと言えば“誰々の所為”・・もううんざりだ!」アンジェリカは生まれて初めて感情を爆発させると、アウロラ皇女をその場に残して去っていった。「どうだったんだ、アンジェリカ?その様子だと、上手くいかなかったようだな。」「父上、もう彼女とはやっていけません。幸い子どもが居ないし、離婚に向けて準備をしようと思っています。」「早まるな、冷静になって考えて・・」「考えた末に出した結論です。お願いですから、僕達夫婦の問題に口出ししないでいただきたい。」ルドルフにつかまれた腕を振り払うと、アンジェリカは憤然とした様子で厩から出て行った。「・・全く、あいつもアウロラの毒に当てられてしまった・・独身のときは、あんな風じゃなかったのに。」ルドルフが溜息を吐きながら愛馬に鞍を付けようとしたとき、雨が降り始めた。遠乗りをやめた彼が執務室で残った書類仕事を片付けていると、突然事務机に取り付けられていた電話がけたたましく鳴った。「もしもし・・」『ルドルフ陛下、娘を実家に戻すとはどういうつもりだね!』受話器越しに聞こえてきたのは、アウロラの父であるスウェーデン国王・アレクセイ7世の怒鳴り声だった。にほんブログ村
2013年02月28日
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ミズキ皇后とエリザベート皇太后とのやり取りを目撃していた女官がその会話の内容をフェイスブックに書き込んだことにより、アウロラ皇太子妃へのバッシングはますます高まっていった。“皇太子妃はスウェーデン皇女時代に国民の血税で豪華なクルーザーを購入した。”“コペンハーゲン市内のナイトクラブで何度か乱闘騒ぎを起こした。”“ベルギーの学生時代、その傲慢さでルームメイトたちと何度か衝突した。”世界中のネットユーザー達は、アウロラ皇女の過去の悪行をネット上で暴露し始めた。その所為で、アウロラ皇女は毎日ヒステリーを起こすようになり、そのストレスのはけ口は全てアンジェリカに向けられた。「あなた、どうして反論しないのよ!」「そんなこと言われても、僕にはどうすることもできないよ。それに、こんなことで目くじら立てなくてもいいだろう?愉快犯も居るんだから。」「何よそれ、またわたしが悪いって言いたいわけぇ!?」アウロラ皇女は癇癪を起こし、傍にあった置時計をアンジェリカへと投げた。「皇太子様、大丈夫ですか?」皇太子妃の部屋から、頭から血を流して出てきたアンジェリカを見て、皇太子妃付の女官達は顔面蒼白になりながら彼に駆け寄った。「大丈夫だよ、それよりもアウロラを落ち着かせてあげて。」「わかりました・・」一体部屋の中で何があったのだろうと女官達は勘繰りながらも、アウロラの部屋へと入った。 するとそこは、まるで猛獣が暴れまわったかのように家具や調度品が破壊されていた。「皇太子妃様、落ち着いてくださいませ。」「うるさい、あんた達に何がわかるっていうのよ!」アウロラは癇癪を起こし、女官たちにも当り散らしていた。「全く、一体どうしてしまったのかしら?」「ええ。スウェーデンに居る頃はあんなにおかしくはなかったのに。」「ええ・・やっぱり、キンバリー様やミズキ様に苛められたから、おかしくなられたのかしら?」「きっとそうよ!皇后様は何かと威張っておいでじゃないの。キンバリー様はことあるごとにアウロラ様の悪口をネットに書き込んだり、女官達に吹き込んだりしているし!」「わたし達に対して失礼な態度を取っておられるわ!この間、音楽会で言われたこと、まだ覚えているわ!」「アウロラ様がお可哀想よ!」アウロラ付の女官達は、嫁ぎ先で冷遇されている主の身を嘆くと同時に、彼女を苛めている姑と小姑に対して敵意を募らせていった。「皇后様、そろそろ朝食のお時間でございます。」「ごめんなさい・・今日は頭痛がしてベッドから起き上がれないの。」「まぁ、それは大変ですね。侍医をお呼び致しませんと。」「心配要らないわ。少し横になれば治まるから。」ミズキはそう言うと、ベッドから弱々しく起き上がってルドルフに心配要らないと伝えてくれと女官に命じた。「そうか、ミズキが・・」「先ほど様子を拝見いたしましたら、かなりお辛いご様子で・・」「侍医を呼べ、今すぐに。」大した事ではないと侍医の診察を最初は拒んだミズキだったが、夫であるルドルフの狼狽ぶりを心配して渋々侍医の診察を受けた。「脳に異常はありません。どうやら心因性のもののようです。」「いつ治るんだ?」「それはわかりかねます。」言葉を濁す侍医の顔を見て、ルドルフは嫁姑問題が妻の頭痛の原因だと少し勘付いていた。にほんブログ村
2013年02月28日
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宮廷内のアウロラ皇女への批判が日に日に高まりつつある中、ハンガリーからエリザベート皇太后がホーフブルクへとやって来た。 豊かで艶やかな黒髪は若干白髪が混じり、女神を思わせるかのような神々しく美しい彼女の目尻には幾筋もの皺があったが、欧州随一と謳われたその美貌は、傘寿を超えても衰えてはいなかった。「お久しぶりね、ミズキ。アンジェリカの結婚式にこれなくてごめんなさい。」「いいえ、お気になさらず。お義母(かあ)様もお元気で。」「毎日のウォーキングと乗馬のお陰で、まだ元気に世界中を駆け回っていられるわ。そちらが、アンジェリカのお嫁さんとなられた方?」エリザベート皇太后の目が、ミズキからアウロラ皇女へと移った。「お初にお目にかかります、お義祖母(ばあ)様。」アウロラ皇女の挨拶に、エリザベートの眦が少しつりあがったのを隣で見たキンバリーは、彼女がとんでもない過ちを犯したことに気づいた。 エリザベートは年老いた己の姿を嫌い、周囲には自分のことを“お祖母様”ではなく名前で呼んで欲しいと言っていた。ルドルフやアンジェリカ、キンバリーは彼女と会うときは、“エリザベート様”と必ず呼ぶことにしているのだが、新参者であるアウロラ皇女はそのことを全く知らないらしい。気まずい空気が流れる中、最初に口火を切ったのはキンバリーだった。「今年のクリスマスは、みんなでゲデレーに行こうって話していたのよ。そうよね、お兄様?」「あ、ああ。何て言ったって、初めてアウロラが家族の一員となって過ごすクリスマスだもんな?」アンジェリカはそう言ってアウロラ皇女を見たが、彼女は夫の言葉に相槌を打たずに、エリザベートのことを真っ直ぐに見ながら言った。「お義祖母様はマディラ島に素敵な別荘をお持ちだとか。是非行ってみたいものですわ。」「まぁ・・」「あと、ハンガリー産の馬も。最近では名誉あるレースで優勝した馬はみんな、お義祖母様が所有されていらっしゃるサラブレッドばかりなんですって?」アウロラ皇女の嫌味とも取れる発言に、エリザベートの美しい顔が徐々に怒りで強張ってゆく。「ミズキ、久しぶりにあなたのピアノを聞きたいわ。」エリザベートはアウロラ皇女の話を途中で遮り、彼女の顔を見ようともせずにミズキにその顔を向けた。「ええ。何をお聞きになりたいのですか?」「そうねぇ・・リストがいいわ。」「わかりましたわ。」ミズキはエリザベートとともにダイニング・ルームを後にすると、ルドルフとキンバリーも彼女達に続いた。「ねぇ、一体わたしの何がいけなかったの?」「アウロラ、エリザベート様はご自分のことを名前で呼んで欲しいんだよ。それに、皇后時代にされたことを、何もあそこまで論(あげつら)うことはないだろう?」「何よ、それ!まるでわたしが悪いみたいに言うのね!あなた、そんな事一言も教えてくれなかったじゃない!」確かにアンジェリカは、妻に祖母のことを事前に教えていなかった。ただ、彼女にそういった家庭内のルールを教えようとしたのだが、そうする前に彼女は大声で喚き始めた。「この間の音楽会でも、思い切り恥をかかされたわ!それに、あの人、自分の娘がわたしに嫌味を言っているっていうのに、止めもしなかったわ!」「それは誤解じゃないのか?」「わたしにはそう見えたのよ!あなたは家族のことを悪く言いたくないんでしょうけど!」彼女と会話しているうちに、アンジェリカは偏頭痛がしてきた。「あの子、一目見たとき何処かで会ったかしらと思ったのだけれど、顔すら違えども、あの性格はシャルロッテそっくりね。」 帰り際、エリザベートはアウロラ皇女への嫌悪を生前険悪であった義妹の名を出してそうミズキに漏らしたことを、傍に居た女官が聞き、彼女はすぐさまそれを自分のフェイスブックのページに書き込んだ。にほんブログ村
2013年02月28日
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スウェーデンからアウロラ皇女が輿入れしてから数日後、キンバリー皇女は彼女の元を訪れた。「暫くお待ちくださいませ。」「あなた、ここはウィーン宮廷ですよ?あなたのご主人様は、まだご自分のことをお客様と思っていらっしゃるのかしら?」暫く別室で待機するようにアウロラ付の女官から言われたキンバリーが刺々しい言葉でそう返すと、彼女は気色ばんだ後彼女を主の部屋へと通した。「何かしら?まだ着替えを済ませていないのに、ノックもしないなんて。」そう言って鏡の前に立っていたアウロラ皇女は、ブスッとした顔をしてキンバリーを見た。「あら、ノックはしましたわ。それよりもお義姉(ねえ)様にお知らせしたいことがございましてね。」「何かしら?」「今度の日曜の正午、音楽会がありますの。もしよければお義姉様もいらして。少しは気晴らしになるといいのだけれど。」キンバリーは少し含みのある笑みを浮かべると、アウロラ皇女の部屋から辞した。「アウロラ様、如何なさいますか?」「別にいいんじゃない、行っても。気晴らしになるだろうし。」アウロラ皇女はキンバリーの言葉を好意として受け取り、音楽会に出席することになった。「お母様。」「あらキンバリー、どうしたのこんな時間まで夜更かしして?」「音楽会に向けての練習をしていたのよ。ああ、あの人も招待したわ。」「あなた、一体何を企んでいるの?」ミズキがそう言ってキンバリーを見ると、彼女は嬉しそうに笑った。「何も企んでいないわよ、お母様。気にし過ぎよ。」 音楽会当日、会場となる音楽室にはミズキとキンバリー皇女、彼女達付の女官達や懇意にしている貴族の婦人達で賑わっていた。「キンバリー様、素晴らしい演奏でしたわ。」「ありがとう、皆さん。あら、お義姉様の演奏がまだでしたわね?」完璧なショパンのエチュードを披露したキンバリーは、そう言って意地の悪い笑みをアウロラ皇女に向けた。「何を言っているの?」「あら、ここでは皆さんの演奏を聞くのが目的の“音楽会”なのよ。」「そんなこと、何も聞いていないわ!」「さてと、自己紹介代わりに何か弾いてくださる、お義姉様?」アウロラ皇女の言葉を途中で遮って、キンバリーはそう言って彼女を見た。「よくもわたしに恥をかかせたわね、覚えていなさい!」悔しそうに唇を噛み締めたアウロラ皇女は、キンバリー達に背を向けて音楽室から出て行った。「キンバリー、あれは余りにも酷いんじゃなくて?」「あらお母様、わたしちゃんと伝えましたわよ?ねぇ?」「ええ、ちゃんとキンバリー様は皇太子妃様にお伝えいたしましたとも。」「それにしてもスウェーデン皇女というお方が、ピアノもお弾きになれないなんて・・」「あの方は、じっとピアノの前に座るよりも、ナイトクラブで踊るのがお好きなのよ、きっと。」「そうでしょうねぇ・・」まるで漣(さざなみ)の様に、意地の悪い笑い声が音楽室に広がった。ウィーン宮廷に蔓延(はびこ)っている密かな悪意を目の当たりにし、ミズキは嫌な予感がした。その予感は的中し、やがてアウロラ皇女を面と向かって批判する女官たちが日を追うごとに増えていった。にほんブログ村
2013年02月28日
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食事会では終始アウロラ皇女は未来の姑であるミズキを完全に無視し、アンジェリカとルドルフ、そして自分の両親にだけ笑顔を向けていた。「何ですか、あの態度は?仮にも未来の姑でいらっしゃる皇后様に対して無視とは・・」「それを諌めようとしない国王夫妻の無礼さには怒りを通り越して呆れましたわ。アンジェリカ様がお選びになられた方とはいえ、あんなに非常識な方だとは・・」食事会でのアウロラ皇女の非常識な振る舞いは女官たちの間にたちまち知られることとなり、彼女達は暇さえあればアウロラ皇女の陰口ばかり叩いていた。「そこで何をしているの?」「こ、皇后様・・」「口を動かすよりも、手を動かしなさい。まだあなた方には沢山仕事が残っている筈よ。」ミズキがぴしゃりと女官たちにそう言うと、彼女達はあたふたと自分達の持ち場へと戻っていった。「お母様、どうかなさったの?」「なんでもないのよ、キンバリー。」「またあの人達、アウロラ皇女のことを話していたんだわ。まぁ、あんな非常識な振る舞いをあの人達が見逃すわけないもの、当然よね。」母親譲りの黒髪の巻き毛を揺らしながら、キンバリーはそう言って笑った。「止しなさい、あなたまでそんなことを言うのは。」「そうだけど・・わたし、あの人余り好きになれないわ。何だか、下品な感じがする。女の勘でわかるの、あの人とお兄様は長くはいかないって。」「キンバリー、言葉を慎みなさい。」キンバリーをミズキがたしなめていると、向こうからアウロラ皇女がやって来た。「あら、アウロラ様、御機嫌よう。」キンバリーが精一杯の作り笑いをアウロラ皇女に浮かべたが、彼女は憮然とした表情を浮かべて去っていった。「なぁにあの態度、嫌な人。」 結婚式を迎え、新郎の親族としてアウグスティーナ教会の祭壇で永遠の誓いを交わすのを見ていたミズキは、キンバリーの不吉な予言を思い出した。アンジェリカの隣に立ち、豪奢な花嫁衣裳を纏っているアウロラは、輝くばかりに美しかったが、外見の美しさだけではハプスブルク帝国の皇太子妃が務まらないことを、ミズキは長年の宮廷生活で知っていた。「母上、これから宜しくお願いいたします。」「ええ。よろしくね、アウロラさん。」「ええ、宜しく。」アウロラは渋々ミズキに握手すると、まるで汚らわしい物にでも触れたかのように、パッとその手を離した。「気にすることはない、行こう。」「ええ・・」夫に支えられながら劇場へと入っていくミズキの顔は、蒼褪めていた。 ミズキはアウロラ皇女のことを快く思っていなかったが、アンジェリカと結婚し彼女がハプスブルク家の一員となってから、その思いはますます強くなっていった。「まだなのか、アウロラは?」「ええ、何でも皇太子妃様は貧血がおありとかで・・朝食は部屋でお取りになるとおっしゃられて・・」「まぁ、何様のつもりなのかしら?あの方、ご自分はまだここでお客様扱いされると勘違いされていらっしゃるようね。」宮廷のしきたりを無視したアウロラの行動に、キンバリーが憤った。「キム、止めろ。彼女はまだここでの生活に慣れていないんだよ。優しく見守ってやってくれ。」「お兄様がそうおっしゃるのなら、今回だけそう致しますわ。でも、次はありませんからね。」にほんブログ村
2013年02月28日
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「母さん、今まで俺のこと育ててくれてありがとう。」「あら、何言ってるの。あなたが決めた相手と幸せな結婚をしてくれたんだもの。それだけで充分親孝行しているわよ、あなたは。」ハプスブルク帝国皇后・ミズキは、息子・アンジェリカの人生最良の日に立ち会う日を迎えた。 北陸地方の資産家の令嬢として育ち、大学進学を機に上京。そしてハプスブルク帝国皇太子・ルドルフと合コンで知り合い、紆余曲折の末に結婚。一男一女に恵まれ、これまで順風満帆な生活を送っていた。目に入れても痛くないほど溺愛する息子・アンジェリカの結婚が決まってからは。「結婚ですか?アンジェリカが?」「ああ。何でもこの前のポロクラブの慈善試合で知り合った、アウロラ皇女と親しくなったようだ。」「アウロラ皇女って・・確かスウェーデンの?」ミズキはそう言うと、アウロラ皇女の名を聞いた途端眉をしかめた。というのも、アウロラ皇女の評判が少し芳しくないというのを聞いたからだ。 ミズキは数日前、彼女に対する週刊誌の記事をたまたま目にしてしまった。“アウロラ皇女、飲酒運転で起訴”“スウェーデン国王夫妻、娘の事故について一切語らず。”センセーショナルな見出しの上には、クラブで缶ビール片手に踊るアウロラ皇女の写真が載っていた。チューブトップにホットパンツを纏い、9センチのピンヒールでブロンドの巻き毛と乳房を揺らしている彼女を、何故かミズキは良い印象を持っていなかった。こんな女と結婚だなんて、アンジェリカは一体何を考えているのだろう?「どうした、ミズキ?」「いいえ、何でもありませんわ。」すぐさまミズキはあの週刊誌の写真を頭の隅へと追いやり、息子の結婚を心から祝福しようと思った。「それで?アンジェリカはいつ結婚式を挙げるって?」「三ヵ月後だそうだ。色々と準備しなければならないことが多いからな。」「そうですの。楽しみですわね。」心にもないことを言ってしまったーミズキはそう思いながらも、少し憂鬱な気持ちになった。 アンジェリカとアウロラ皇女の婚約発表がホーフブルクで世界中に生中継された二週間後、アウロラ皇女とミズキは初めて両家の食事会で顔を合わせた。「初めまして、ミズキ様。お目にかかれて光栄ですわ。」「あら、わたくしもよ。これからは仲良くしましょうね。」ミズキはにっこりとアウロラに微笑み、彼女と握手をしようと右手を差し出したが、アウロラはミズキにニコリともせず、彼女の脇を通り過ぎて両親の元へと駆け寄っていってしまった。「きっと緊張しているんだよ、気にしない方がいい。」「ええ、そうね・・」険悪なムードが少し漂い出したことを察したルドルフは、そう言って妻を励ましたが、彼女の聖母のような笑顔は少し引き攣(つ)っていた。(やっぱり、あの子とは仲良くなれそうにはないわ・・) 隣に立っている夫には聞こえぬよう、ミズキは小さい溜息を吐いた。にほんブログ村
2013年02月28日
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2012年12月24日、ウィーン。 ホーフブルクでは皇帝と皇太子夫妻主催のクリスマスパーティーが開かれ、そこには珍しくエリザベート皇妃の姿もあった。「まぁアンジェリカ、会わない内に大きくなったこと。」エリザベートは初孫のアンジェリカの姿を見ると、彼を抱き上げた。アンジェリカは最初祖母の顔を見てキョトンとしていたが、キャッキャッと彼女の腕の中で笑い始めた。「ミズキ、わたくしの代わりに公務をして下さってありがとう。いつも済まないわね。」「いいえ、皇妃様。ギリシャへのご旅行はいかがでしたか?」「素晴らしいところだったわ。あなた達も一度いらして、ケルキラ島に別荘を買ったのよ。」「ええ、機会があれば伺いますわ。」嫁と姑の間に流れる和気藹藹とした空気に、周囲の宮廷人達は少し訝しがりながらも、2人は上手くやっていると認めた。「皇妃様、お誕生日おめでとうございます。これは、わたくしからのささやかなプレゼントですわ。」瑞姫はそう言うと、真紅の包装紙にラッピングされた小箱をエリザベートに手渡した。「あら、何かしら?」エリザベートがそっと白いリボンを解き、小箱の蓋を開けると、そこにはハート形をしたビーズ細工のバレッタがあった。「まぁ、可愛らしいこと。あなたが作ったの?」「ええ。皇妃様は宝石がお好きですから、ルビーと翡翠で作ろうと思ったのですが、材料費が高くて・・安っぽいもので、申し訳ありません。」「何を言うの、ミズキ。わたくしの為に作ってくださったあなたの心を、このバレッタとともに頂くわね。」エリザベートはそう言うと瑞姫を抱き締め、艶やかな黒髪にバレッタを留めた。「どう、似合うかしら?」「ええ、良くお似合いですわ。」「ありがとう。大切にするわね。」エリザベートと瑞姫が微笑み合っているのを見ながら、ルドルフはシャンパンを飲んだ。「少し暑いですね。」ドレスの衣擦れが聞こえたかと思うと、いつの間にかセーラ皇太子がルドルフの隣に立っていた。「セーラ様、ご懐妊おめでとうございます。経過は順調ですか?」「ええ。つわりが漸く治まりましてね。」セーラ皇太子はそう言うと、少し丸みを帯び始めた下腹を擦った。「リヒャルト殿はどちらに?」「彼なら皇帝陛下と話しております。恐らく子どもについて色々と相談しているのでしょうね。ルドルフ様、彼は良い父親になるでしょうね。」「ええ。それよりも子どもが産まれたら色々と大変ですから、今の内に夫婦として話し合った方がいい。」「解りました。」「おやおや、仲がおよろしいようで。」瑞姫が扇子を片手に携えながらルドルフ達の元へとやって来た。「セーラ様、予定日はいつですの?」「来年の6月です。ミズキ様は?」「わたくしはまだ・・でもアンジェリカが幼稚園の年長さんになったら考えますわ。」「そうでしたか。ミズキ様、色々とお話を聞かせて下さいません?」「ええ、勿論ですわ。」女達は笑いさざめきながら、バルコニーの近くにある長椅子へと向かい、腰を下ろした。「ルドルフ様。」「シリル、来ていたのか。」「ええ。それよりもルドルフ様、今年は賑やかなクリスマスですね。」「ああ・・」ルドルフはそう言うと、両親に抱かれている息子の笑顔や、セーラと瑞姫の笑顔を見た。 今年は最高のクリスマスだ―ルドルフはそう思うと、ゆっくりと妻達の方へと歩き出した。―FIN―
2012年03月20日
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瑞姫は封筒の蜜蝋をペーパーナイフで切り、セーラからの手紙を読み始めた。“ミズキ様、お元気ですか?本当は直接お会いして報告したかったのですが、時間が無いのでお手紙でご報告させていただきます。ウィーンを発った後、体調を崩してしまい、ストレスの所為かと思っておりましたが、医師の診察を受けて妊娠8週目だということが判りました。丁度リヒャルトとは、子どもがこのまま出来ないのなら夫婦2人だけの生活を楽しもうと話し合っていた矢先の事で、彼に妊娠を告げると狂喜乱舞致しました。来年は3人でウィーンを訪問したいと思いますので、その時は宜しくお願い致しますね。―あなたの愛しい友、セーラより“ ゾフィーの件もあって、ストレスが溜まっていた瑞姫であったが、セーラ皇太子からの手紙を読み終わった彼女は、久しぶりの笑顔を浮かべた。「どうしたんだい、ミズキ? 何やら嬉しそうじゃないか?」「ええ。セーラ皇太子様からお手紙が届いてね。妊娠したんですって。」「そうか。」ルドルフはそう言って破顔すると、瑞姫を抱き上げた。「きゃぁ!」「そろそろ2人目を作ろうか、ミズキ?」「そんな・・早いですよ。まだアンジェリカは1歳にもなってないのに。今は避妊してくださるから・・」「言っただろう、君とは子どもを何人でも作りたいって。時期が早いとか遅いとか、そういう事を気にしているとストレスが溜まってしまうよ?」ルドルフは瑞姫にキスしながら、彼女の身体をまさぐった。「もう・・駄目ですよ。」「いいじゃないか、減るもんじゃないし。」ルドルフと瑞姫がいちゃついていると、アンジェリカを抱いた乳母が部屋に入って来た。「どうしたの?」「あの、アンジェリカ様が最近、つかまり立ちをなさいました。その事をご報告に上がりました。」「まぁ、わざわざありがとう。アンジェリカ、おいで。」瑞姫が乳母からアンジェリカを抱こうとすると、彼は手足をバタつかせながら暴れ始めた。「もしかして、歩きたいのかしら?」乳母がゆっくりとアンジェリカを床に座らせると、彼はゆっくりと立ち上がり、覚束ない足取りながらも瑞姫の元へと歩いて来た。「良くできたわね、アンジェリカ。偉いわね。」瑞姫がそう言って息子の髪を撫でると、彼は笑顔を浮かべた。「これから大変な時期だな。子どもは好奇心の塊だからね。」ルドルフはアンジェリカと瑞姫の様子を微笑ましく見ながら、そう言ってアンジェリカを抱き締めた。「明日、アンジェリカの靴を選びに行こう。子どもの成長は早いから、オーダーメイドの靴にしよう。」「ええ。でも既製品でもわたしは充分だと思っています。これから色々とお金がかかるのに、靴でお金を掛けるのは・・」「何を言ってるんだい。子どもにかけるお金の事は、君が心配しなくていいほど沢山あるんだから。」「ええ・・」翌日、瑞姫とルドルフはアンジェリカの靴を選ぶ為に、靴屋へと向かった。足のサイズを測る際、アンジェリカはじっとしていられず、ルドルフが何とか宥めて落ち着かせた。「靴を仕立てるのにも一苦労だね。」「ええ、そうですね。」疲労困憊しながら靴屋から出てきた瑞姫とルドルフは、溜息を吐きながらルドルフに抱かれながら眠っているアンジェリカを見た。「もうすぐこの子は1歳になるのか。長いようで短かったな。」「ええ。あっという間の1年でしたね。」「まぁ、アンジェリカの誕生日の前に、クリスマスパーティーが待っているな。」皇太子夫妻は、クリスマスのイルミネーションに彩られたウィーンの街を歩きながら、幸せな気分に浸っていた。
2012年03月20日
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「フランツ=フェルディナンド、お前はミズキを侮辱したそうだな?」「はい、陛下。ですがあの女がゾフィーを侮辱したのです。それを謝りもせずに・・」「黙れ! ホーエンベルク公爵夫人、皇太子妃に盗みの濡れ衣を着せた挙句に暴力を振るうとは、許し難い行為だ!」フランツ=ヨーゼフ皇帝の怒りを目の当たりにし、フランツ=フェルディナンドとゾフィーは恐怖で顔を蒼褪めた。「陛下・・わたくしは・・」「お前達の言い分は聞きたくない! フランツ=フェルディナンド、お前にはサラエボ総督を命ずる。ウィーンには二度と帰ってくるな。」「サラエボ総督ですって? あんな危険な所へわたくし達に行けとおっしゃるのですか!?」ゾフィーは皇帝の言葉を聞いて真っ先に彼に詰め寄ろうとしたが、部屋の出入り口に控えていた近衛兵に止められた。「本来ならばフランツ=フェルディナンドの皇籍を剥奪させるところだが、わたしが下した処置は寛大なものだと思え! それでも不満があるというのなら、今後一切宮廷への出入りを禁じる!」「そんな、あんまりですわ・・わたくし達が一体何をしたっていうの?」ゾフィーは怒りと悔しさの余り床に崩れ落ち、激しく嗚咽した。「陛下、御心は・・」「変えるつもりはない。話はもう終わりだ、下がれ。」フランツ=フェルディナンドは憎々しげにルドルフと瑞姫を睨み付けると、身重の妻を支えながら部屋から出て行った。「今回の事は災難だったな、ルドルフ。」「陛下、お手を煩わせてしまって申し訳ありません。」「お前達も下がって良い。」皇帝はそう言うと、息子夫婦に微笑んだ。「フランツ=フェルディナンド様、サラエボ総督に任命されたんですって。」「まぁ、お可哀想に・・あんな危険な所へ・・」「何でも急に皇帝陛下が決められたとか。」翌朝、瑞姫が王宮を歩いていると、女官達がフェルディナンドのサラエボ総督に任命された事をひそひそと囁き合っていた。「おはようございます、皆さん。」「おはようございます、皇太子妃様。お顔は腫れませんでしたか?」女官の1人がそう言うと、瑞姫を見た。彼女は昨夜、ゾフィーに殴られる瑞姫の姿を目の当たりにしていた。「大丈夫よ。それよりも昨夜は嫌な思いをさせてしまったわね。」「いいえ、とんでもない。それよりも皇太子妃様、サラエボにはホーエンベルク公爵夫人も同行されるのでしょうか?」「ええ。彼らは二度とウィーンに戻って来る事はないでしょう。皆さん、こんなところで立ち話をするのもなんですから、お茶に致しましょう。」瑞姫はそう言って女官達に笑顔を浮かべると、彼女達とともに歩き出した。自室まであと一歩という途中で、彼女はゾフィーが廊下の向こうからやって来るのを見た。「あら、ゾフィー様。」「御機嫌よう。」女官達が意地の悪い笑みを浮かべながらゾフィーに挨拶すると、彼女はそそくさと瑞姫達から逃げるように去って行った。「なぁに、あれ。」「カンジ悪いわね。」女官達はくすくすと笑いながら、瑞姫の部屋へと入っていった。 彼女達が優雅にティータイムを楽しんでいる時、フランツ=フェルディナンドとその妻・ゾフィーは、誰にも見送られることなくサラエボへと旅立った。今回の件におけるフランツ=ヨーゼフ皇帝のフェルディナンド夫妻への怒りは凄まじく、彼らはサラエボに飛ばされただけではなく、ウィーン宮廷への出入りも一切禁じられ、宮廷から追放された。「あなた、わたくしこの屈辱を一生忘れないわ・・」サラエボへと向かう機中、ゾフィーはそう呟くと拳を握りしめた。(一生許さないわ、あの女!)ゾフィーは宮廷から追放されてもなお、瑞姫への憎しみを益々募らせていった。 フェルディナンド夫妻がサラエボへと発ってから数日後、瑞姫の元に一通の手紙が届いた。それはローゼンシュルツ王国のセーラ皇太子からのものだった。
2012年03月20日
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「あ、あの・・皇太子殿下・・わたしは・・」ルドルフが現れるまでゾフィーは強気だったが、彼の怒りに満ちた瞳で睨みつけられ、急に押し黙って俯いた。「皇太子様、その女は皇太子妃様に盗みの濡れ衣を着せた挙句、皇太子妃様に暴力をお振るいになりましたわ!」ルドルフの傍に立っていた瑞姫付の女官が、そう言って扇子でゾフィーを指しながら、憤怒の声を上げた。「あの方の首飾りが皇太子妃様の宝石箱に入っていただなんて、嘘に決まってますわ!」「そうよ、大方皇太子妃様を陥れようとなさったんでしょうよ!」「大体、皇族でもない癖に宮廷内で威張り散らそうだなんて、図々しい事! フェルディナンド様とサラエボにでも行けばいいのだわ!」 女官達は次々とゾフィーを責め立て、彼女達の中にはゾフィーに向かって中指を突き立てる者も居た。「あなた達、お下がりなさい。」「ですが、皇太子妃様・・」「あなた達が居れば冷静に話す事ができません。ホーエンベルク公爵夫人に対するあなた達の気持ちは判りました。さぁ、わたくしを怒らせない内に下がりなさい。」瑞姫の言葉を受け、女官達はぶつぶつ何かを言いながら4人の前から立ち去っていった。「ホーエンベルク公爵夫人、わたくしが平民の娘であることが気に入らないとおっしゃるのね?」「ええ、そうよ!どうしてあんたばっかり甘い汁を吸っているのよ!」ゾフィーは怒りで顔を赤く染めながら、瑞姫に唾を飛ばす勢いで一気にまくしたてた。「大体、わたしとあんたは身分が違うのよ! それなのに皇太子様ばかりではなく、皇帝陛下にも気に入られて!宮廷内でも威張り散らして!」「わたくしは一度も威張り散らしたことはありませんわ。あなたは余りにも被害妄想が酷いようね。」瑞姫がそう言葉を切って彼女から離れようとすると、フランツ=フェルディナンドが彼女の腕を掴んだ。「皇太子妃様、先ほどの発言は妻に対する侮辱だ! 今すぐに彼女に謝っていただきたい!」「侮辱を受けたのはわたくしの方ですわ。盗みの濡れ衣を着せられ、王宮の廊下で暴力を振るわれたのですから。それなのに当の本人は夫の陰に隠れながら謝罪もしないじゃありませんか。」「それはあなたが妻を侮辱したからだ!」「わたくしは彼女に事実を告げただけです。ルドルフ様、参りましょう。」瑞姫はもう一秒たりともフランツ=フェルディナンドとその妻と同じ空気を吸いたくはなかったし、顔を突き付けて話すこともしたくはなかった。ここが王宮でないのなら、瑞姫は今すぐ彼らに唾を吐きたかった。そんな彼女の気持ちを察したのか、ルドルフは瑞姫の手を取り、彼らから離れようとしていた。だが、フェルディナンドが瑞姫の腕を掴んで離さなかった。「平民上がりの娘が、皇太子様に媚を売っただけで偉そうにして!」ルドルフが瑞姫の腕を掴んでいるフェルディナンドに飛びかかり、彼の顔面を思い切り殴った。何かが折れる音がし、ゾフィーが悲鳴を上げながら夫の方へと駆け寄った。「2度とわたしの前で妻を侮辱するな!」ルドルフはそう叫ぶと、瑞姫の手をひいてスイス宮へと向かった。「ルドルフ様、いくらなんでもあれは余りにも・・」「やり過ぎだとでも言うのか? ミズキ、わたしは絶対にあいつらを許さない!」怒りに燃えたルドルフの瞳に見つめられ、瑞姫は少し恐怖に震えた。 翌朝、シェーンブルン宮殿へと呼びだされた瑞姫とルドルフは、険しい表情を浮かべたフランツ=ヨーゼフ皇帝に迎えられた。「ルドルフ、昨夜のことは聞いた。お前はフェルディナンドに暴行を加えた事は事実なのか?」「はい、陛下。ですがその前に、彼はミズキを侮辱しました。それどころか、ホーエンベルク公爵夫人はミズキに盗みの濡れ衣を着せ、暴力を振るいました。」「何だと!?」皇帝はルドルフの言葉を聞き、すぐにフランツ=フェルディナンド夫妻を呼びだした。
2012年03月20日
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「全く、あのミズキとかいう女、腹が立つったら!平民の娘の癖に宮廷内で威張り散らして!」ゾフィーは部屋に入るなり、そう言ってブラシを化粧台に叩きつけた。「ゾフィー様、お気をお鎮めなさいませ。腹を立てると、赤ちゃんに悪いですわ。」「そんな事、解っているわよ! でもあの女の態度に我慢できないの!」「ゾフィー様・・」侍女は溜息を吐きながら、ゾフィーの寝室から出て行った。(どうしたらあの女を痛い目に遭わせられるのかしら? ああ、あの女の顔を思い出すだけでも腹が立つ!)ゾフィーは瑞姫に対する激しい怒りの所為で、一晩中眠れなかった。「皇太子妃様、おはようございます。」「おはようございます、皆さん。」翌朝瑞姫が王宮の廊下を歩いていると、女官達が恭しく彼女に挨拶した。「皇太子妃様、今週ブルク劇場でカブキが上演されるそうですわ。」「まぁ、歌舞伎ですって? 面白そうだこと。」瑞姫は興奮した口調でそう言うと、女官達を見た。「では皆さんのご都合がよろしかったら、一緒にカブキを観に行きましょう。」「まぁ、嬉しい事。」「是非観に行きましょう。」瑞姫を囲んで笑いさざめく女官達を、ゾフィーは少し離れたところで睨みつけていた。(見てなさい、東洋の小娘! 身の程というものを教えてやるわ!)「カブキを?」「ええ。申し訳ないのだけれど、アンジェリカを見て下さらないこと?」瑞姫はそう言ってルドルフを見ると、彼は溜息を吐いた。「解った。学業や公務、育児との両立で忙しくて息抜きもできなかっただろうから、たまには観劇でもするといい。」「ありがとう、あなた。」瑞姫はルドルフに抱きつくと、自室に戻り身支度を始めた。「皇太子妃様、そろそろお時間ですよ。」「ええ、解っているわ。」瑞姫は等身大の鏡の前で自分の姿を見ると、自室から出て行った。「皆さん、お待たせいたしましたわ。さぁ、参りましょう。」「ええ。」「楽しみだわ。」女官達とともに瑞姫が王宮から出て行くのを見送ったゾフィーは、急ぎ足で瑞姫の部屋へと入っていった。彼女は自分の真珠の首飾りを、瑞姫の宝石箱に紛れこませると、部屋から出て周囲を見渡した後、自室へと戻って行った。「きゃぁぁ~!」瑞姫が女官達と観劇を終えて王宮に戻ると、ゾフィーの悲鳴が王宮中に響き渡った。「どうしたんだ、ゾフィー!」「あなた、お祖母様から頂いた大事な真珠の首飾りを失くしてしまいましたの!」ゾフィーは嘘泣きをしながら、フランツ=フェルディナンドの胸に顔を埋めた。「ちゃんと部屋の中を探したのかい、ゾフィー?」「ええ。あなた、わたくし見てしまいましたの、あの方が・・わたくしの首飾りを、盗んだのを!」ゾフィーはそう言うと、瑞姫を指した。「まぁ、そのようなことを皇太子妃様がなさる筈がありませんわ!」「濡れ衣ですわ!」「皆さん、落ち着いてくださいな。今すぐわたしの部屋にホーエンベルク公爵夫人の首飾りがあるかどうか、確かめてみましょう。」瑞姫は落ち着いた口調でそう言うと、ゾフィー達とともに部屋へと向かった。化粧台の引き出しから宝石箱を取り出し、その中身を確かめ始めた。「まぁ、わたくしの首飾りだわ!」ゾフィーが金切り声を上げながら、瑞姫の手から真珠の首飾りを奪い取った。「何て娘なの、わたくしの首飾りを盗むだなんて!手癖の悪い平民の娘!」怒り狂ったゾフィーは、手に持っていた扇子で瑞姫を打ち据えた。「何をしている!」「皇太子様、ゾフィー様が皇太子妃様に盗みの濡れ衣を着せようとなさっていますわ!」瑞姫付の女官がそう言ってゾフィーを指した。「それは本当ですか、ホーエンベルク公爵夫人?」ルドルフはゾフィーを氷のような冷たい瞳で睨みつけた。
2012年03月20日
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セーラ皇太子夫妻は一週間のウィーン滞在を終え、ローゼンシュルツへと帰国する日を迎えた。「セーラ様、お気をつけて。」「ええ。ミズキ様、あなたと会えて嬉しかったです。ルドルフ様と仲良くしてくださいね。」セーラ皇太子はそう言うと、瑞姫に微笑んだ。「またお会いできる日を、楽しみにしておりますよ。」「それでは。」セーラ皇太子は結い上げたプラチナブロンドの髪を揺らすと、瑞姫達に背を向けてリムジンへと乗り込んでいった。「随分セーラ皇太子様と仲良くなったようだね。」「ええ。リヒャルトさんは完全にセーラ様の尻に敷かれていらっしゃるとか。それよりもルドルフ様、バルカン半島の方は・・」「向こうは混乱しているらしい。今回の視察は中止にすべきかな?」皇帝フランツ=ヨーゼフからバルカン半島視察の命がルドルフに下ったのは、瑞姫と和解してから数時間前の事だった。「ルドルフ様、わたしも行きましょうか?」「何を言う、ミズキ? 危険な場所に君やアンジェリカを行かせる訳にはいかない。」「でも・・」「ルドルフ、セーラ皇太子様はもう発たれたのか?」「はい、父上。バルカン視察の件なのですが、中止してもよろしいでしょうか?」フランツはルドルフの言葉を聞き、静かに頷いた。「許す。今回の視察はフランツ=フェルディナンドに行って貰うとしよう。お前はアンジェリカの父親として息子の傍に居る義務がある。」「ありがとうございます、父上。」ルドルフはそう言うと、フランツに微笑み、瑞姫とともに去って行った。「わたしが、サラエボにですか?」皇帝に呼びだされたフランツ=フェルディナンドは、ルドルフの代わりにサラエボ視察の命を皇帝から受けて動揺していた。「ルドルフ皇太子が、視察に行く筈だったのでは?」「ルドルフは息子がまだ幼い故、家族と共に居たいと言っていた。」「そんな理由で、視察をルドルフ皇太子ではなく、わたしに行かせようとしているのですか? わたしの妻も妊娠中だということは、あなたもご存知の筈でしょう!」「視察は4日間の日程だ。出産には間に合うだろう。」フランツはそう言って話を無理矢理切り上げると、部屋から出て行った。「くそっ!」フランツ=フェルディナンドは腹立ちまぎれに、壁を拳で殴った。皇帝の甥とはいえ、帝国の後継者はルドルフであり、彼が亡き後はアンジェリカに皇位継承権が移ることとなる。ルドルフが居る限り、自分や、妻のゾフィーのお腹の子は永遠に宮廷内で軽んじられ続けるのだ。下級貴族の娘であるゾフィーと結婚したことにフェルディナンドはひとつも後悔していない。しかし、妻が宮廷内で軽んじられ、劇場などで自分と並んで座ることも許されず、その仕打ちに彼女が耐えていることには我慢ならなかった。「あら、お久しぶりですわね、皇太子妃様。」宮廷音楽会に出席していた瑞姫は、臨月のゾフィーに突然声を掛けられ、思わず顔を顰めてしまった。ゾフィーは何かと己が貴族の娘であることを鼻にかけ、平民出身である瑞姫が皇太子妃の地位を得たということが気に食わず、顔を合わせば瑞姫に嫌味ばかり言ってきたので、瑞姫は余り関わり合いになりたくなかった。「ゾフィー様、もうすぐ産まれますわね。フェルディナンド様が出産に間に合えばよろしいのだけれど。」瑞姫はそう言って扇子を開くと、ゾフィーは何も言わずに彼女の元から立ち去った。「あの女、ますます態度が悪くなったわね、平民の癖に!」「ゾフィー様、大きな声をお出しにならないでくださいな。皇太子妃様に聞こえますわ。」「聞こえたって構わないわよ!」ゾフィーは平民の娘だというのに、皇太子妃というだけで、威張り散らす瑞姫を目の敵にしていた。 皇帝の甥夫婦と息子夫婦は、互いに心の底から嫌い合っていたのである。
2012年03月20日
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瑞姫とセーラ皇太子はルドルフとマリーとダブルスを組み、2セットの内1セットを彼女達はルドルフ達から既に奪い取っていた。「きゃぁ!」 セーラ皇太子は初心者に対して容赦ないサーブを打ち、それをマリーが受け止めきれる筈もなく、彼女はボールを避けようとコートの中を逃げ回るしかなかった。「まぁ、そんなに逃げてばかりいたら勝負にもなりませんわよ? ああ、あなたはこのような場に入ることが初めてですものねぇ。」意地の悪い笑みを浮かべながら、セーラ皇太子はそう言ってマリーを見ると、周囲からくすくすと彼女を嘲笑う声が聞こえてきた。「どうするの、まだ続けたいの?」彼女はラケットを短剣のように構えてマリーの喉元に向けると、彼女は恐怖で顔を引き攣らせた。「あなた、ご自分の立場が今充分にお分かりになられたようねぇ? さっさとわたくし達の前から消えなさい!」ピシャリとセーラ皇太子がそう言うと、マリーは脱兎の如くコートから飛び出していった。「ああ、楽しかった。」セーラ皇太子は、ルドルフを見た。「ルドルフ様、奥様には真実を告げてくださいな。ではわたくしはこれで。」彼女はルドルフの肩を叩くと、コートから出て行った。「ミズキ、わたしは君を傷つけてしまって済まないと思う。許してはくれないだろうか?」「どうしてあの小娘と付き合っているのか、わたしはそれが知りたいんです。ここでは何ですから、シャワーを浴びてからカフェでお話ししましょう。」「解った。」 数分後、瑞姫とルドルフは大学内のカフェへと向かった。ランチの時間が少し過ぎた店内には、数人の客がいるだけだった。「マリーとは、ある目的で付き合っていたんだ。」「ある目的?」「ああ。バルカン半島で最近反乱軍の動きが活発化しているという噂は聞いたことがあるだろう? マリーはどうやら誰かに依頼されてスパイとしてわたしに近づいてきたみたいなんだ。」「あの子が、スパイですって?」瑞姫はルドルフの言葉を聞き、思わず噴き出しそうになった。「わたしに近づいて来た目的が彼女を一目見て解ったから、彼女を油断させておいて色々と情報を引き出そうとしていたんだが、失敗に終わってしまったよ。」ウェイターがパンが入ったバスケットを2人の前に置くと、注文を聞かずにさっと立ち去った。「ミズキ、わたしはマリーとは肉体関係は結んでもいないし、彼女に恋愛感情は一切抱いていなかった。これだけは信じて欲しい。」「あなたのことを、信じるわ。」瑞姫はそう言うと、ルドルフの頬にキスをした。「さてと、ランチでも食べようか?」「ええ。ここはラザニアがお勧めよ。」「そうか。じゃぁそれにしよう。」ルドルフはバスケットの中からバゲットを取り、それを一口大にちぎって食べ始めた。「アンジェリカは?」「あの子なら父上が預かっているよ。ミズキ、今日は夫婦2人きりで楽しもう。」「ええ。」マリーの事でギクシャクしていたルドルフと瑞姫だったが、セーラ皇太子のお蔭で誤解が解け、和解した2人はデートを楽しんだ。「ルドルフ、遅かったな。」2人が王宮に戻ると、泣き喚くアンジェリカを抱いて困惑気味のフランツが彼らを出迎えた。「お義父様、今日はすいません。」「いや、いいんだ。それよりもどうしてこの子はわたしに懐かないんだろう?」フランツは溜息を吐きながら初孫をあやしたが、彼は一向に泣き止まない。見かねたルドルフがアンジェリカを抱いた途端、彼は泣きやんだ。「わたしはこの子に嫌われているのか・・」「いいえ、そうではありませんよ。まだまだ先は長いのですから、お気になさらず。」
2012年03月20日
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「尻に敷いていらっしゃるのですか?」瑞姫はセーラ皇太子の言葉に驚きながらも、紅茶のカップに手を伸ばした。「ええ。まぁ、彼には浮気するような男ではありません。クソが付くほど真面目な男ですから。」セーラ皇太子はそう言って笑うと、女官が紅茶とともに運んできたフィナンシェを一口齧った。「わたし、ルドルフ様の事が最近解らないのです・・彼とは愛し合って結婚した筈だったのに、どうして・・」マリーと彼が腕を組んでいる姿を見た時、瑞姫は彼に対する怒りで我を忘れそうになった。ルドルフは心から自分を愛してくれていると信じているのに、彼を時折疑ってしまう己の姿に自己嫌悪してしまう時があった。「ルドルフ様とあなたがどうお知り合いなられたのかは、もう存じております。一目惚れをして結婚したカップルは、離婚しないそうですよ。」「本当ですか?」「ええ。わたしは余り覚えておりませんが・・幼少の頃、夫はわたしを見初めたとか。幼い頃の記憶を失くしているので、それが確かなのかどうかは判りませんけれど。」セーラ皇太子の蒼い双眸が煌めき、彼女は口元に笑みを浮かべた。「ミズキ様、ルドルフ様を疑っていらっしゃるようなら、その浮気相手とやらを相手にしない方が良いですね。負の感情は負の感情を呼びよせますから。」「ええ。お話しを聞いてくださってありがとうございます。」瑞姫はそう言うと椅子から立ち上がり、セーラ皇太子に手を差し出した。「いいえ、こちらこそ。夫婦円満の秘訣は夫や妻を疑わないことが一番です。問題が発生したら話し合うことが重要ですよ。わたしとリヒャルトは、そうしてきました。」セーラ皇太子からの助言を受け、瑞姫は心が少し軽くなったような気がした。「今度テニスをご一緒いたしませんこと? 王宮に籠りきりだと気が滅入ってしまわれるかもしれませんし・・」「まぁ、嬉しいですね。いつになさいます?」「そうですね・・明日はどうでしょう? セーラ様のご都合がよろしければ、ですが。」 翌日、瑞姫とセーラ皇太子は、瑞姫が通っている大学のテニスコートでテニスを楽しんでいた。マスコミで不仲と報道されていた2人が仲良く連れ立ってテニスコートへと姿を現すと、プレイしていた学生達は驚愕の表情を浮かべた。「皆さん、わたし達の仲が悪いと思っていらっしゃるみたいですね。」「噂を信じる連中は放っておいて、楽しくプレイ致しましょう。」「ええ!」終始和気藹藹とした雰囲気の中で、瑞姫とセーラ皇太子はテニスをプレイした。「少し汗を掻きましたね。」「ええ。休憩致しましょう。」コートから離れ、2人はベンチでスポーツドリンクを飲みながら汗をタオルで拭っていた。 その時、テニスウェアを着たルドルフとマリーが、テニスコートに入って来た。「ルドルフ様、御機嫌よう。今日は奥様と楽しくテニスをしておりました。そちらが、お噂の女性ですか?」セーラ皇太子はさっとベンチから立ち上がると、そう言ってルドルフに挨拶した後、マリーを冷たい瞳で見た。「ええ。彼女がテニスをしたいと言うので、仕方無く・・」「まぁ、そうでしたの。休憩が終わった後、わたくしと奥様でダブルスでも致しません? 醜い顔で罵り合いをなさるよりも有意義かと思われますが、いかがです?」彼女はマリーを一切見ようとせずに、そうルドルフに尋ねて彼を見た。「ええ。」「ではあちらのコートで。」話は済んだとばかりに、セーラ皇太子は2人に背を向けてベンチの方へと戻って行った。「セーラ皇太子様・・申し訳ありません・・」「わたしは別に良いんですよ。尤も、あの娘にテニスが出来るとは思っておりませんから。」そう言ったセーラ皇太子は、口端を歪めて笑った。 味方に付けると頼もしいが、敵に回すと厄介な人物になると、瑞姫は初めてそうセーラ皇太子の事を思った。
2012年03月20日
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―セーラ皇太子様のお姿は、見られないようね。―それはそうでしょう・・ お茶会の間、瑞姫は冷たい視線を貴婦人達から浴びながらも、そつなく客人達を持て成していた。「皆さま、お忙しい中来て下さり、ありがとうございます。どうぞ、ゆっくりとお楽しみ下さいませ。」瑞姫は客人達に愛想笑いを浮かべると、彼らと取り留めのない話をしながら談笑した。「皇太子妃様、宮廷での生活はもう慣れましたか? アンジェリカ様をご出産された後体調を崩されたとお聞きいたしましたが?」「いいえ。ルドルフ様が支えてくださいましたから、もう慣れましたわ。」意地悪な質問をしかけて来る貴族に、瑞姫はそう言って笑うと、彼はそれで満足しなかったのか、口端を歪めて次の言葉を継いだ。「皇太子様は最近、マリーとかいうトルコ女との間に出来た男爵令嬢とお会いしているとか。」「マリー? 確かヴィーナス号のクルーズでお会いした娘さんね? ルドルフ様に大層ご執心のご様子だったけれど・・」「皇太子様は女性との恋愛遍歴が多いので、皇太子妃様は何かとご心配されることがおありでしょう。例えば、隠し子疑惑についてなど・・」「あら、それは心配要りませんわ。愛人なんて所詮遊び相手。マリーとかいう娘はわたくしから皇太子妃の地位を奪い取ろうと画策しているのでしたら、彼女は全く思い違いをしているのねぇ。」 腸の中が煮えくりかえるほど憤っていた瑞姫であったが、それをおくびにも出さずに貴族を軽くあしらうと、その場を後にした。「あら、誰かと思ったら。」前方からマリーが馴れ馴れしくルドルフと腕を組みながら部屋へと入って来た。「まぁ、噂をすれば何とやらね。わたくし、あなたをこちらにご招待した覚えはなくてよ? どうやってこちらに潜り込んできたのかは知りませんけれどね。」瑞姫がそう言ってマリーに笑みを向けると、彼女は怒りで顔を赤く染めた。「ルドルフ様、その方とのお付き合いは止めた方が宜しいわね。百害あって一利なし、ですもの。」「ミズキ、これは違うんだ・・」「そう。少し着替えをして参りますから、これで失礼。」瑞姫はそう言うと、呆然とするルドルフを残して、部屋から出て行った。 彼女はルドルフへの怒りを何処へぶつけようか判らぬまま、廊下をひたすら歩いていた。(ルドルフ様が、あんな子と付き合っているだなんて嘘よ!)瑞姫は泣くまいとしていたが、突然の夫の裏切りを知り、涙が出そうになった。「ミズキ様、どうなされました?」「あ、セーラ様・・お怪我は?」「大丈夫です。」廊下の角を曲がった時、瑞姫はセーラ皇太子にぶつかってしまった。「そのお顔だと、何か訳有りなご様子ですね。宜しければ、わたくしのお部屋で少しお話し致しませんか?」「え、ええ・・」突然のセーラ皇太子の申し出に戸惑いながらも、瑞姫は彼女と共に部屋へと向かった。「どうぞ、お掛けになってください。」「はい・・あの、セーラ皇太子様、わたくしとんだ失礼な事を・・」「不妊の事ですか? その事でしたらわたしはもう何も気にしてませんよ。それよりも、ルドルフ様と何かあったのですか?」セーラ皇太子はそう言うと、紅茶を一口飲んで瑞姫を見た。「実は・・」瑞姫は、先ほど見た光景と、ルドルフが愛人と噂される少女と一緒に居たことなどをセーラ皇太子に話した。「そうですか・・それは辛いでしょうね。ですがミズキ様、ルドルフ様は心の底からあなた様を愛しておいでですよ。」セーラ皇太子は瑞姫に微笑むと、そっと彼女の手を握った。「セーラ様は、もしリヒャルト様が浮気なさっても、許せるのですか?」「さぁ・・彼はわたしが完全に尻に敷いておりますから、その心配はないでしょうね。」
2012年03月20日
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「え・・」夫からそう言われて、瑞姫は思わずルドルフを見た。「まぁ、君が彼らの事情を知らないから、君を責めることはお門違いだと思うけれど・・」ルドルフは瑞姫に、セーラ皇太子夫妻が不妊に悩んでいることを告げた。 セーラ皇太子夫妻は結婚3年目となるのだが、なかなか子宝が授からず、その所為でセーラ皇太子は少し神経質になっているのだという。「そんな・・わたし、とても失礼な事を・・」悪気がなかったとはいえ、セーラ皇太子にそんな質問をすることで急に機嫌を損ねてしまう事くらい、解っていたのに。「今からセーラ様に、謝ってきます。」「それは止した方が良い。君は故意に人を傷つけるような事はしない人間だと、わたしは知っているよ。それにセーラ様の方も、君には全く悪気がなかったと思ってくださることだろう。」「ええ・・」夫の言葉にセーラを傷つけてしまったことを後悔した瑞姫だったが、今からセーラの元に行って謝罪しても、セーラの神経を逆なでするだけだろうと思ったので、瑞姫はルドルフに従った。「本当に、申し訳ありませんでした・・」「大丈夫だよ、ミズキ。セーラ様からはわたしが言っておくから。」舞踏会の後、落ち込んだ妻の髪を梳きながら、ルドルフは彼女を慰めた。「お休みなさい。」瑞姫はルドルフと別れて自室に戻ると、溜息を吐きながら鏡台の前に腰を下ろした。今頃セーラ皇太子は自分の所為で怒り狂っている頃だろう。全く悪気はなかったとはいえ、彼女を傷つけてしまったことは事実なのだから、謝らなければ。「皇太子妃様、失礼致します。」瑞姫が真珠のイヤリングを外していると、女官が部屋に入って来た。「明日、セーラ様をわたくしのお茶会にご招待したいの。」「セーラ様を? 宜しいのですか?」「わたくしがセーラ様をご招待して都合の悪い事もあるの?」瑞姫がそう言って女官を見ると、彼女はバツの悪そうな顔をした。「セーラ様は、どうやら皇太子妃様のお言葉に傷つかれたようでして・・お部屋で塞ぎ込んでいらっしゃるとか・・」「やっぱりね。あんな事を尋ねなければよかったわ・・セーラ様に申し訳ないわ。」瑞姫は罪悪感に苛まれながら、なかなか眠りに就けなかった。 翌朝、彼女が身支度を終えてダイニングルームへと向かうと、そこには険しい表情を浮かべたフランツが座っていた。「ミズキ、セーラ皇太子様に失礼な事を言ったというのは、本当か?」ジロリと猛禽を思わせるかのような鋭い目で睨まれた瑞姫は、ビクリと恐怖に身を震わせた後、フランツの問いに静かに頷いた。「お義父様、わたくしは知らなかったのです。セーラ皇太子様が不妊で悩んでいらっしゃることを・・今は反省しております。」「そうか、ならよい。セーラ皇太子様にはわたしが説明しておく。ミズキ、今後は軽はずみな発言を慎むように。」「はい・・」―ねぇ、お聞きになって?―皇太子妃様がセーラ皇太子様に対して失礼な事を・・―セーラ皇太子様は大層お怒りだそうよ。 事情を知らなかったとはいえ、瑞姫がセーラ皇太子を傷つけてしまったことは事実であり、その失言は瞬く間に宮廷中に広まった。そんな中、瑞姫主催のお茶会がホーフブルク内で行われた。「あら、皇太子妃様よ。」「よくこの場に顔を出せたこと・・」「皇太子妃様主催のお茶会だもの、お顔を見せなくてどうするの?」周囲の冷たい視線の中、瑞姫はセーラ皇太子の姿を探したが、彼女は何処にも居なかった。(やっぱり、わたくしの所為で・・)瑞姫は溜息を吐いた。
2012年03月20日
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アンジェリカを出産して体調を崩していた瑞姫だったが、漸く床上げしてルドルフの協力を得ながら、大学に再び通い出した。「ミズキ、余り無理はしないようにね。」「ええ、解っております。」瑞姫はそう言うと、ルドルフに抱かれている息子に手を振り、大学へと向かった。「ミズキは今日から大学に通う事になったのか。」フランツは瑞姫が出て行った後、渋面を浮かべながらルドルフを見た。「ええ。授乳時間以外はなるべく大学で学びたいと彼女が言いましたし、わたしも彼女に出来る限り協力するつもりです。」「そうか・・」フランツはどうやら、嫁が息子に孫を押しつけて大学に行くことが気に入らないようだった。だがその事で漸く和解した息子と諍いを起こしたくなかった為、フランツは何も言わなかった。 ルドルフは瑞姫と結婚し、一児の父親となってから、少し性格が丸くなったように思えた。瑞姫は瑞姫で、慣れない宮廷生活に馴染もうと努力し、公務と学業を両立させてきた。彼女の見えない努力が功をなしたのか、当初瑞姫とルドルフの結婚に批判的だった貴族達が、少しずつ彼女をオーストリアの皇太子妃として認めるようになってきたが、まだ多くの者は瑞姫を認めようとはしなかった。「ミズキ、久しぶりね!」「ええ。」「もう体調は良いの?」久しぶりにキャンパスに足を踏み入れ、マリー達と談笑していた瑞姫は、出産で休学していた分の遅れを取り戻すかのように、学業に励んでいた。「ただいま帰りました。」「ミズキ、お帰り。アンジェリカは今日も良い子にしていたよ。」ルドルフはそう言うと、妻を抱き締めた。「いつもすいません、ルドルフ様。」「君はしたいことをすればいいんだよ、ミズキ。アンジェリカの世話をするのは楽しいからね。」夫の言葉に、瑞姫は笑顔を浮かべた。 瑞姫が大学に復学してから数日後、東欧の王国・ローゼンシュルツ王国からセーラ皇太子夫妻がウィーンへとやって来て、ホーフブルクでは彼らをもてなす為の舞踏会が開かれた。「お初にお目にかかります、セーラ皇太子様。」瑞姫がそう言ってセーラ皇太子に頭を下げると、彼はプラチナブロンドの長い巻き毛を揺らしながら、彼女に微笑んだ。「お会いしたかったです、ミズキ様。宮廷での生活はもう慣れましたか?」「ええ。これもルドルフ様のお蔭ですわ。」「そうですか。優しい夫を持ってあなたは幸せ者だ。2人目が出来るのももうすぐかもしれませんね。」「まぁ、嫌ですわ。」瑞姫とセーラ皇太子が談笑していると、皇太子の夫であるリヒャルトがやって来た。「ミズキ様、妻が何かおかしな事を吹き込んではいませんでしたか?」「いいえ。それよりもセーラ様、お子様はまだですの?」瑞姫の質問に、先ほどまで笑顔を浮かべていたセーラの顔が急に強張った。「ミズキ様、申し訳ありませんが少し体調が優れませんので、これで失礼致します。」セーラ皇太子はそう言って大広間から出て行った。「あの、わたくし・・」「妻の事はお気にならさないでください。では失礼。」リヒャルトはさっと瑞姫に頭を下げると、セーラ皇太子の後を追った。「ミズキ、どうしたんだい?」「ルドルフ様、わたし何か酷い事をセーラ様に言ったかしら? セーラ様にお子様はまだかとお聞きしたら、急に不機嫌になられて・・」瑞姫の言葉を聞いたルドルフは、眉間に皺を寄せた。「ミズキ、あっちで話そう。」ルドルフは彼女を人気のないバルコニーへと連れて行くと、溜息を吐いて口を開いた。「ミズキ、セーラ皇太子様に子どもの事を尋ねるのは不味かったかもしれないね。」
2012年03月20日
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ルドルフが執務室で仕事をしていると、ベビーカーで寝ていたアンジェリカが突然目を覚まし、泣き始めた。「よしよし、お腹が空いたんだね。」ベビーカーから息子を抱き上げたルドルフは、瑞姫の部屋へと向かった。「ミズキ、居るかい?」「ええ。」ルドルフが息子を抱きながら彼女の寝室へと入ると、彼女はゆっくりと寝台から身を起こすところだった。 彼女はアンジェリカを出産してから数週間後、息子の夜泣きでしばしば寝不足気味になり、体調を崩して寝込んでしまうようになっていた。「もう身体は大丈夫なのか? 顔色が悪いけど・・」「もう大丈夫です。初めての育児で疲れが溜まってしまったようで・・母親なのに、情けないです。」「そんな事はない。みんな誰しも父親と母親になって生まれてくる訳じゃないし、君はアンジェリカをあんなに苦しんで産んでくれたんだ。感謝するよ。」ルドルフは妻をそう言って慰めると、彼女の頬にキスした。「すいません、アンジェリカをあなたに預けっぱなしで。お仕事がお忙しいのに・・」「いいんだよ。君の代わりに母乳はやれないけれど、それ以外の事は何だってしてやるつもりだ。この子の笑顔を見るのが、何よりの幸せなんだ。」美味しそうに瑞姫から母乳を飲むアンジェリカの顔を、ルドルフは嬉しそうに見ながら言った。「アンジェリカは幸せ者ですね、優しいパパに恵まれて。」「ああ。ミズキ、この子が産まれた時わたしは心に誓ったんだ。一生この子に寂しい思いはさせないとね。」「ルドルフ様・・」夫がどのような家庭環境で育ってきたか知っている瑞姫は、彼がアンジェリカに向ける笑顔が切なく見えた。「ミズキ、この子を産んでくれてありがとう。」「あなたこそ、アンジェリカとわたしの事を気に掛けてくださってありがとう。」ルドルフと瑞姫は、そっと互いの唇を塞いだ。「ルドルフ、ミズキはどうした? 一緒じゃないのか?」ルドルフがアンジェリカを抱きながら執務室へと戻ると、フランツが入って来た。「ええ。ミズキなら部屋で休んでいます。どうやら体調が思わしくないようでして。」「それでお前がアンジェリカの世話をしているというのか? 乳母に世話を任せればいいものを・・」「そんな事はいたしません。わたしはこの子を、普通の父親らしく自分の手で育てたいんです。」ルドルフの腕に抱かれながらすやすやと寝息を立て始めているアンジェリカを見ながら、フランツは溜息を吐いた。「ルドルフ、わたしはそんなに、お前にとって悪い父親だったのか?」「いいえ。父上のことは今でも尊敬しておりますよ。アンジェリカが成人した時、わたしは彼にとって尊敬できるような父親になりたいと思っているのです。あなたのように。」「ルドルフ・・」主義思想の相違から、ルドルフと対立していたフランツであったが、アンジェリカを見つめる彼の目が始終穏やかなものであることにフランツは気づき、そしてどれだけ彼を蔑ろにしてしまったのか、激しく後悔した。「ルドルフ、今からでも遅くはないか? これまでわたしは、お前の事を蔑ろにしてきてしまった。わたしはお前を愛しているというのに、わたしは・・」「もう良いのです、父上。過去の事を今更蒸し返すつもりはありません。」ルドルフはそう言うと、そっとフランツに右手を差し出した。「これからでも遅くはありません、父上。」「ルドルフ・・」息子が差し出した手を、フランツはしっかりと握った。長い間父子の間に出来ていた深い溝が、徐々に埋まってきたかのようにフランツは感じ始めていた。「そう・・皇帝陛下が・・」「ああ。父上とは色々あったが、これからは和解しようと思っているんだ。」「それは良かったですね。」瑞姫は夫の笑顔を見てそう言うと、彼の頬にキスをした。
2012年03月20日
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「ルドルフ様、失礼致します。」「シリルか、入れ。」シリルがルドルフの執務室に入ると、そこには息子のアンジェリカが寝ているベビーカーを揺らしてあやしながら仕事をしている彼の姿があった。「何をなさっていらっしゃるんですか?」「何って、息子の機嫌を取っているのさ。夜泣きが酷くてミズキが最近寝不足気味だから、この際ゆっくり彼女を寝かせてやろうかと思ってね。」「だからと言って、執務室で子守をなさるなど・・せめて乳母にお任せすれば・・」「それは駄目だ。」シリルの言葉を、ルドルフは頑として拒否すると、じろりと彼を睨んだ。その蒼い瞳には、強い決意の光が宿っていた。「ルドルフ様・・」「アンジェリカには両親への愛情を一身に受けて元気に育って欲しいんだ。仕事に忙しい父親や、家を留守にする母親の下で育つんじゃなく。」ルドルフの言葉が皇帝夫妻を指すものだとシリルは気づき、溜息を吐いた。 皇帝夫妻は、ルドルフと彼の姉・ジゼル皇女の養育権を今は亡きゾフィー大公妃に奪われ、ルドルフは軍事教練まがいの厳しい教育を7歳まで受け、その上両親の愛情を受けずに育った所為なのか、アンジェリカが産まれてからは一度も彼の傍を離れたことがなかった。彼は公務と育児を両立しながら、皇太子ではなく普通の父親として息子に接していた。両親がいつも傍に居るからか、アンジェリカは空腹やおむつが汚れる時以外は、殆ど笑顔で居る。両親の笑顔を見ているので、彼は心から安心しているのだろう。「シリル、わたしは誰が何と言おうとアンジェリカを他人に任せたりはしない。ミズキが必死に苦しみながら産んでくれたかけがえのない息子だからな。」「本当に、アンジェリカ様を愛していらっしゃるのですね。」「ああ。抱いてみるか?」「いいえ。起こしたら可哀想ですし。ではわたしはこれで。」シリルはちらりとベビーベッドの中で眠る小さな皇子を見ると、彼を起こさないようそっと執務室から出て行った。「シリル、ここに居たのかい。探したよ。」「マイヤー司祭様。」シリルがスイス宮からアウグスティーナへと戻る途中、マイヤー司祭と会った。「何かわたしにご用でしょうか?」「ああ。君の実の父親が、会いたいと言っているんだ。」「わたしの・・実父が・・ですか?」マイヤー司祭の言葉を聞いたシリルの美しい眦が、つり上がった。 彼の脳裡に、幼い頃の忌まわしい記憶が甦りそうになり、シリルは慌てて首を横に振った。「わたしは、あの人に今更会いたくはありません。」「シリル、お父上の事で君が怒りを抱いていることは知っている。だが彼は過去の過ちを悔いる為に、君に会いに来たのだよ。」マイヤー司祭に説得され、シリルは渋々実の父親に会うことにした。「シリル、漸く会えた。」信徒席から立ち上がり、自分に向かって微笑む男は、白髪が少し目立っただけで、昔と何も変わってはいない。かつて母を自殺に追い込み、自分を身勝手な理由で修道院に預けたこの男を、シリルは漸く忘れかけていた。それなのに・・「お久しぶりです。良くここがわかりましたね。」シリルが冷淡な声でそう言うと、男は眉を顰めた。「何故そんな他人行儀な言い方をするんだ? 漸く父子として会えたというのに・・」「父子ですって? 母を殺し、わたしを捨てたあなたの口からそのような言葉が出るとは、驚きですね。」シリルはそう言って男の言葉を鼻で笑うと、翡翠の双眸で冷たく男を睨みつけた。「シリル、お前はわたしを恨んでいるのか?」「ええ。わたしはあなたを、一度も父親だと思ったことはありません。」シリルの言葉を聞いた男は、がっくりと項垂れると、アウグスティーナから出て行った。「これで、良いんだ・・」シリルはそう呟くと、ロザリオを握り締めた。
2012年03月20日
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「ねぇ優貴ちゃん、聞いたわよ。あんたの従姉、ルドルフ皇太子様の子を産んだんだってね!」 瑞姫がルドルフの子を産んだニュースから一夜明け、優貴が翌朝登校すると、クラスの女子生徒がそう言って駆け寄ってきた。「もう知ってるわよ、そんな事。」ぶすっとしながら優貴が適当にあしらっていると、女子生徒達は溜息を吐いた。「優貴ちゃんっていいわよね、家はお金持ちだし、従姉の瑞姫さんは一国の皇太子様の奥さんだし。」「あたし達なんか、こんな田舎で高校卒業するまでくすぶるしかないわよねぇ~、羨ましい。」「あらそう。」優貴は平然とした様子で鞄を机の上に置くと、彼女達は興味を失ったのか、それぞれの席へと着いた。(何が羨ましいですって!? わたしはあの女・・瑞姫が大嫌いなのに!)優貴は誰にも見られないように俯いて、ギリギリと唇を噛んだ。彼女の脳裡に浮かぶのは、一国の皇太子の元へと嫁ぐ瑞姫の幸せそうな笑顔だった。 1年前、瑞姫が突然オーストリア=ハプスブルク帝国の皇太子と結婚するという知らせを受け、訳も判らぬまま異母兄の亜鷹と母とともに、優貴はウィーンへと向かった。王宮で彼女を待っていたのは、純白の花嫁衣装に身を包み、幸せそうな笑顔を自分に向ける従姉の姿だった。その瞬間、優貴は自分が望んでいたものを手に入れた彼女を憎んだ。 優貴は亜鷹の父親と愛人関係にあった母親との間に出来た娘で、母親は正妻であった亜鷹の実母を家から追い出し、ちゃっかりと後妻の座に座った。その所為で優貴は正妻を叩きだした鬼畜な女の娘として、周囲から散々陰口を叩かれ、いじめられた。(母さんの所為で、わたしはいじめられるのよ! 他人の夫を寝取ったふしだらな女の所為で!)優貴は自分がいじめられる原因を作った母を憎み、恨むようになった。それと同時に、本家の娘として何不自由ない生活を送っている従姉の瑞姫に嫉妬するようになった。半分血が繋がっている兄の亜鷹は、瑞姫との婚約が白紙に戻された後も、彼女の事を気に掛けているのも優貴には気に入らなかった。「どうして兄様はあの女の事ばかり気に掛けているのよ? あの女とはもう終わったじゃないの!」「優貴、わたしは瑞姫の事は妹のようなものとしか思っていないし、最初から彼女と結婚するつもりはなかった。」「そう。じゃぁ結婚式には参列するんだ?」「ああ、するさ。“妹”の幸せを見届けたいからな。」アウグスティーナで瑞姫が皇太子と華燭の典を挙げた後、晩餐会で優貴は彼女の夫である皇太子を見た。皇太子は若くてハンサムな、童話に出てくる皇子様のような誰ものが憧れる青年だった。その青年と並んで立っている瑞姫の笑顔を見て、優貴は長年彼女に抱いてきた嫉妬心が、ますます大きくなっていくのを感じたのだった。 そしてあの瑞姫が、皇太子の子を産んだ―これほどまでに優貴の嫉妬心を煽り、瑞姫への憎しみを増大させるものは何もなかった。(どうしてわたしばかりがこんなに酷い目に遭うのよ? あの女の幸せが憎い!)「ただいま。」「あらお帰りなさい。ご飯今から作るからね。」「要らない、部活の子達と食べて来た。」「そう・・」母親とのぎこちない会話の後、優貴は自分の部屋へと向かった。(瑞姫・・何であんたばかりが幸せになる訳? 本家の娘だからって偉そうにして・・許さないんだから!) 優貴が瑞姫に対して憎しみを募らせている頃、当の本人は産まれたばかりの息子・アンジェリカと、ルドルフに囲まれながら幸せな毎日を送っていた。「可愛いな。ほら、わたしの方をじっと見てるぞ。」「あら、本当ですね。」ルドルフはアンジェリカを抱っこしながら、優しく彼に話しかけた。そんな夫と息子の姿を微笑ましく見ながら、瑞姫は彼と結婚して本当に良かったと思った。
2012年03月20日
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「破水したわ!」「皇太子妃様、お気を確かに!」女官の1人が瑞姫の手を握ろうとすると、彼女はそれを拒んだ。「ルドルフ様・・怖い・・」「大丈夫だ、ミズキ。深く息を吸って。」ルドルフは不安と痛みに襲われる妻の額に浮かぶ汗を、優しくハンカチで拭いながら彼女とともに出産時の呼吸をした。「あぁ~、痛い! 息んじゃう!」「まだ駄目だ。赤ちゃんが窒息してしまうよ。さぁ、大きく息を吸って。」「嫌ぁ、もう産みたくない!」瑞姫がパニックを起こしかけようとした時、主治医が漸く寝室に入って来た。「遅くなって申し訳ありません、殿下。手術に時間が・・」「そんな事はいい。ミズキは先程破水した。」「少し失礼致します。」主治医がそう言って瑞姫の股間に潜り込むのを、ルドルフは黙って見ていた。「子宮口が10センチ開いていますね。さぁ、息んでください。」「うあぁ!」瑞姫は髪を振り乱しながら叫んだ。「頭が見えて来ましたよ、もう少しです!」「ミズキ、頑張れ!」「あぁ、痛い、痛い!」「さぁ、息を止めてください。そう、上手ですね。はい、息んで!」「うう~!」ルドルフは瑞姫の手を関節が白くなるまで握り締め、彼女を励ました。その時、温かい血がシーツを濡らす感覚がした。 ほぎゃぁ、ほぎゃぁ朝日の光がカーテンの隙間から射し込んだ時、静寂を破るかのような命の産声が王宮内に響いた。「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」医師は両手に産まれたばかりの赤ん坊を掲げ、出産に立ち会った人々に見せると、彼らは皆一様に安堵の表情を浮かべた。「ルドルフ様・・」「良く頑張ったね、ミズキ。見てご覧、可愛いわたし達の息子だよ。」臍の緒を切った息子を抱きながら、ルドルフはそう言って瑞姫に息子を見せた。「可愛い・・やっと逢えたわね。」真新しい毛布に包まれて泣く息子を、瑞姫は聖母マリアのような慈悲深い視線を投げると、夫の手から彼を抱いた。両掌全体に、命の重みと温もりが伝わって来て、彼女は歓喜と安堵の涙を流した。「これから君とわたしと、この子の3人で生きてゆこう。」「ええ。」2012年3月20日、午前7時。オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子・ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフと、その妻・ミズキ妃との間に、3700グラムの元気な男児が誕生した。「この子の名前、なんにしましょうか?」「そうだな・・天使のように可愛いから、アンジェリカというのはどうだ?」「男の子なのに、可愛い名前ですね。」「いいじゃないか。君が命懸けで産んでくれたんだ。天使のように清純で優しい子に育って欲しいんだ。」瑞姫はそっと自分の乳を吸っている息子の、赤みがかったブロンドの巻き毛を梳いた。「今日から宜しくね、アンジェリカ。」皇太子夫妻に長男誕生の吉報を受け、ウィーン市内はお祭り騒ぎとなった。―皇太子様に皇子様がお生まれになったとは、めでてぇなぁ・・―皇太子様なら、きっと良い父親になるねぇ。あれほどミズキ様の事を愛していらっしゃるんだもの。その報せは、瞬く間に世界中に広がり、日本に居る亜鷹達の耳にも届いた。「瑞姫が、母親になったのか・・」そう言って嬉しそうに呟く亜鷹の横顔を、彼の異母妹・優貴は苦々しい表情を浮かべながら見ていた。
2012年03月20日
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「ミズキ、こっちにおいで。」「はい・・」瑞姫はそう言うと、寝台に寝ている夫の傍に立つと、彼は彼女の腰を掴んでそっと自分の方へと引き寄せた。「辛くなったら言ってくれ。」ルドルフはそっと、瑞姫の秘所をパンティ越しに愛撫し始めた。「あ・・」妊娠してからルドルフに抱かれていなかったそこは、初めは乾いていたものの、次第に彼の愛撫によってじわりと愛液で濡れていくのがわかった。「どうして欲しい?」「あなたのを、挿れてください。」直截的な言葉を掛けられ、ルドルフはそっと瑞姫の下腹部に触れた。「少し寝ていてね。」瑞姫の両足からパンティを抜き取ると、ルドルフは彼女の身体を労わるかのように、優しく彼女の中へと挿ってきた。「あ、あぁ・・」自分の耳元で喘ぐ瑞姫の唇をルドルフは塞ぎ、それを激しく貪った。激しく突き上げるような動きをせず、彼は瑞姫の全身を隅々まで時間をかけて愛した。「大丈夫か?」「ええ。何だか久しぶりで、声が出てしまって・・恥ずかしいです。」情事の後、瑞姫は寝台に寝そべりながら、そう言って頬を赤く染めた。ルドルフはそんな彼女を愛おしく抱き締めながら、眠りに就いた。 それからルドルフは瑞姫と体調の良い日に、彼女と愛し合った。嵐のような激しい愛し方は出来ないが、代わりに彼女の髪や頬、そして下腹部を優しく撫でて、お腹の子に話しかけたりした。「性別は、もう判りますか?」「ええ。男の子ですよ。」臨月を迎えた瑞姫は、健診で4Dエコー検査を受け、元気に動き回る胎児の姿を見て微笑んだ。「これから会うのが楽しみだな。」「そうですね。」ルドルフは嬉しそうに妻と画面を見つめながら、彼女の手を握った。出産予定日は1カ月後だった。だが―「う、うぅ・・」妻の苦しげな呻き声に、ルドルフは目を覚ました。「ミズキ、どうしたんだ?」「お腹が急に痛くなって・・もしかしたら・・」「病院に行こう。」瑞姫をゆっくり起こし、彼女の肩に手を回して彼女の部屋へと向かった。あと少しで着くという時に、瑞姫が大きく呻いて絨毯の上に蹲った。「大丈夫か?」「痛い・・痛い!」陣痛に顔をしかめ、苦悶の表情を浮かべる瑞姫に、ルドルフは優しく声をかけて彼女の腰を擦る事しか出来なかった。「ルドルフ様、どうなさいました?」「ミズキが・・子どもが産まれそうだ!」「まぁ、すぐに先生を呼んできますわ!」「皇太子妃様、お部屋へ!」女官達が慌ただしく動き出し、瑞姫が部屋の中へと入っていくのをルドルフは見送ることしかできなかった。「ミズキ、大丈夫か?」「ええ。漸く、赤ちゃんに会えるんですよ? そんな顔なさらないでください。」寝室に入って来たルドルフの強張った顔を見た瑞姫は、そう言って彼の頬を撫でた。「そうだな。わたしが傍に居るから・・大丈夫だから・・」「ええ。うぁぁ~!」瑞姫は再び陣痛に襲われ、ルドルフの手を思わず力を入れて握り締めてしまった。「ミズキ・・」関節が白くなるまで自分の手を握り締める妻の姿を見て、ルドルフは彼女とともに子の誕生を見届けようと決意した。 やがてばしゃんという水音がしたかと思うと、シーツにみるみる染みが広がった。
2012年03月20日
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瑞姫はルドルフの過保護さぶりに呆れながらも、彼の愛情に包まれながら安定期を迎えた。以前はあれほど辛かったつわりも、嘘のように消えてなくなった代わりに、猛烈に食欲が湧いてはクッキーやチョコレートなどの洋菓子を暇さえあれば食べるようになっていた。「ミズキ、また食べているのか?」「だって、お腹が空いて堪らないんですもの。」「そんなに食べると、お腹の子が大きくなってしまうよ。それに脂肪分が多い菓子ばかりを食べると、難産にもなりやすいし・・」今日もクッキーの缶を片手に、瑞姫が忙しなくクッキーを口の中に運ぶ姿を見ながら、ルドルフは溜息を吐いた。「もうその辺にしておきなさい、ミズキ。」「え~、だってぇ・・」子どものようにごねる瑞姫を宥めながら、ルドルフは彼女からクッキーの缶を取りあげた。「お休みなさい、ルドルフ様。」ぶすっとした顔をしながら、瑞姫は自分の部屋へと向かった。「よぉ、またミズキとクッキーを食べながら子どもの事を話していたのか?」開いたドアから、ヨハン=サルヴァトールがそう言いながら皇太子の執務室に入って来た。「最近ミズキは食欲が湧いて堪らないそうだ。ほんの数ヶ月前まではつわりで何も口に出来なかったのに、不思議なものだな。」「まぁ、俺達には一生解らねぇもんさ。ルドルフ、嫁さんの事を気に掛けるのもいいが、皇太子としての仕事を忘れるなよ。」「解っているさ。父上のご機嫌を損なわないようにしなければな。」ルドルフが妻の妊娠を機に、公務を放り出して彼女ばかり気に掛けているという噂が、宮廷でまことしやかに囁かれていることをルドルフは知っていた。 自分達が子どもを作らないと決めた時は「皇太子様は皇太子妃様を甘やかしている」、「結婚してすぐに子どもを作らないなんておかしい」などと陰口を叩き、瑞姫の妊娠が判りルドルフが何かと彼女に心を砕いていると、「公務を蔑ろにして皇太子妃様のお傍を離れない」、「これでは帝国の未来が危ぶまれる」と、勝手な事ばかり言う連中に、ルドルフは少し腹立たしかった。子どもが産まれるまで、男か女か賭けをするのだろうが、ルドルフはどちらでも健康な子が生まれれば構わないと思っていた。 翌日、ルドルフと瑞姫は彼女の主治医が経営している産婦人科のクリニックへと健診に向かっていた。「赤ちゃんは順調ですよ。」超音波検査で、ルドルフは子宮の中を元気に動き回る胎児の姿を見て思わず頬を弛めた。「先生、最近胎動が激しくて・・早産してしまったらどうしようと・・」「大丈夫ですよ。お腹の赤ちゃんに色々と話しかけてくださいね。後、乳房マッサージも始めましょうね。」医師の言葉に、瑞姫はほっと安堵の表情を浮かべた。「性別はもう少しで判るな。」「ええ。」ルドルフと仲良く連れ立って歩いていると、瑞姫はお腹の子が内側から強く蹴る感覚がして、思わず地面に蹲ってしまった。「ミズキ、大丈夫か?」「今、お腹の子が・・」「触ってもいいか?」ルドルフは恐る恐る瑞姫の膨らみ始めた下腹部に手を置くと、内側からポンと掌を蹴って来る感覚がした。「動いたな。」「これから色々と話しかけてくださいね。」瑞姫の言葉に、ルドルフは静かに頷いた。その日から彼は、妻のお腹に向かって色々と話しかけるようになり、その姿を見た女官達は、“お子様がお生まれになられたら皇太子様は公務を放り出してしまわれるのでは?”と、ひそひそと陰口を叩いていた。「ルドルフ様、あの・・」「どうした、ミズキ?」久しぶりに瑞姫が寝室にやって来たので、ルドルフは読んでいた本から顔を上げて彼女を見た。「お医者様から、してもよいと言われたので・・」「ああ・・」彼女が何を言いたいのか、ルドルフには解った。「ミズキ、こっちにおいで。」
2012年03月20日
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「ミズキ、おはよう。」瑞姫が目を開けると、朝食のトレイを載せたワゴンを押しながら、ルドルフが寝室へと入って来た。「ルドルフ様、そんな事なさらなくてもいいのに・・」「わたしがしたいのだから、良いだろう? つわりはどうなの?」「少しマシになりました。」「そう・・」ルドルフはそう言うと、寝台の端に腰掛けると、オムレツをフォークで一口大に切って瑞姫の口元に持ってきた。「はい、あ~ん。」「ルドルフ様、自分で食べますから・・」「いいから、あ~ん。」瑞姫は仕方無く、オムレツを食べた。「今日講義はあるのか?」「ええ、それに声楽のレッスンもあります。」「そうか。余り無理しないようにな。」「はい・・」ルドルフは瑞姫が朝食を食べ終えると、嬉々としながらワゴンを押して部屋から出て行った。(わたしの事を気に掛けてくれるのは嬉しいんだけれど、少し過保護かなぁ・・)瑞姫は身支度を終えて部屋を出ると、ルドルフが部屋の外で待っていた。「ルドルフ様、どうなさったんですか?」「大学まで送ってやろう。」「そんな、いいです。大学まで歩けばすぐですし・・」「駄目だ、途中で事故にでも遭ったらどうする? いつも最悪の事態を想定しなくてはいけないよ、ミズキ。」ルドルフに半ば押し切られるようなかたちで、彼が運転するポルシェで大学まで送って貰った瑞姫だったが、正門の前に着くとそこには既に人だかりが出来ていた。「じゃぁ、行ってきます。」「ミズキ、気をつけるんだよ。無理はしないこと。」「解りました。」ルドルフとキスを交わすと、瑞姫は正門の中へと入って行った。「おはよう、ミズキ。ルドルフ様に送って貰ったの?」「ええ。最近ルドルフ様、少し過保護かなぁと思う時があるのよ。ちょっとした距離を歩くだけなのにお姫様抱っこで移動したり、朝食をわざわざ食べさせてくれたり・・妊娠が判ってから毎日こうなの。」「へぇ、そうなの。大変ね。」「ええ。その事で今夜ルドルフ様と話してみようと思って・・」瑞姫がそう言って講義が行われている教室へと入ると、そこには何故かルドルフの姿があった。「ルドルフ様、どうしてこちらに?」「どうしてって、君が心配だからに決まってるじゃないか、ミズキ。それに久しぶりに学生気分に浸りたくてね。」「そうですか・・」過保護な夫に、瑞姫は若干ひいていた。 昼休みになり、瑞姫はマリー達と行きつけのカフェへと向かおうとすると、ルドルフが嫌そうな顔をした。「あの、ルドルフ様?」「今日はミズキの為に弁当を作ったんだ。」そう言いながらルドルフが瑞姫の前に置いたのは、風呂敷に包まれた重箱だった。「ルドルフ様が、作られたんですか?」「ああ。早起きするのは辛かったが、この弁当を君が食べてくれると思うと辛くはなかったよ。」ルドルフはそう言うと、さっと椅子から立ち上がり、瑞姫の前に跪いた。「あ、あのルドルフ様・・」周りから注目を浴びた瑞姫は、羞恥で顔を赤くした。「解りました、食べますから・・」「良かった。」重箱の蓋を開けると、そこには色とりどりのおかずが詰められていた。「いただきます・・」割り箸で卵焼きを挟んで口に運ぶと、余りの美味しさにほっぺたが落ちそうになった。
2012年03月20日
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瑞姫の妊娠が判ってからというものの、ルドルフはいつも上の空だった。彼はいつも、産まれてくる子どもの事を考えていた。(性別はまだ解らないが、ミズキに似た息子か、わたしに似た娘か・・いや、どちらでも健康な子が生まれれば・・)「ルドルフ、ルドルフ!」「何ですか、父上?」「“何ですか”ではないだろう! 閣議の間中、一体お前は何を考えているんだ!」どん、とテーブルを拳で叩きながら、フランツ=ヨーゼフはそう言って一人息子を睨んだ。「何をって、子どもの事に決まっているではないですか、父上。可愛い子が産まれるのは間違いないですが、今の内に色々と用意をしなければ・・」「いい加減にしろ、ルドルフ! お願いだから閣議の最中にそんな惚気た顔をしないでくれ!」「申し訳ありません、父上。」フランツは、深い溜息を吐きながら眉間を揉んだ。「全く、ミズキの妊娠が判ってからというものの、ルドルフは少し腑抜けになったようだ。次期皇帝となろう者が、全く情けない・・」執務室でフランツは頭を抱えながら溜息を吐いていると、重臣のアルブレヒトが彼を見た。「無理もございません。ルドルフ様にとっては初めてのお子様なのですから。何しろルドルフ様は、ミズキ様とのお子様をすぐにでも欲しいとおっしゃってましたからねぇ。」「あれの気持ちは解るが、閣議の最中にあんな顔をされては困る。あれで父親としての自覚があるのだろうか、甚だ心配でならないよ。」「ご心配なさらなくても、ミズキ様にお任せすればよいのです。」「そうだな・・」ルドルフが産まれてくる子どもの事で始終惚気顔をしているのが気に入らないフランツであったが、瑞姫の妊娠を誰よりも喜んでいたのは彼であった。「ミズキ、目を開けてごらん。」「ええ。」大学から帰った瑞姫はルドルフに呼び出されて彼の部屋へと行くと、突然彼は両手で彼女の目を覆った。「何ですか、これは?」「何って、産まれてくる子どもの為に色々と買い揃えたんだ。」瑞姫の前には、真新しいベビー用品が所狭しに置かれていた。「性別はまだ判らないから、ベビー服は止めておいた。今度の週末に一緒に選ぼう。」「ええ。ルドルフ様、いつの間にこんなに買い揃えたんですか?」「午後に予定が空いたから、百貨店のベビー用品コーナーでまるまる1時間潰したんだ。気に入ったかい?」「ええ、とっても。」「ミズキ、つわりが辛かったら遠慮なく言ってくれ。すぐに駆けつけるから。」妊娠が判った途端、ルドルフの過保護振りに瑞姫は少し戸惑っていた。「ルドルフ様、自分で歩けますから・・」その夜、瑞姫を横抱きにしながら、ルドルフは彼女の部屋へと向かっていた。「駄目だ、もし転んでしまったらどうなる?」「そんなに遠くはないですし、気をつければ大丈夫ですから・・」「いいや、駄目だ。」ルドルフが自分を心から愛してくれていることは解るが、その愛が少し重く感じてしまうのは、気のせいだろうか。「お休み、ミズキ。」「お休みなさい・・」ルドルフは瑞姫の頬にキスをすると、部屋から出て行った。「ルドルフ様、失礼致します。」シリルがルドルフの執務室には入ると、彼はパソコンの前で忙しなくキーボードを叩いていた。「シリルか、そこに掛けてくれ。」「はい・・ルドルフ様、先ほどから何をなさっているのですか?」「ミズキとお腹の子に良いレシピを調べているところだ。」「はぁ・・」シリルは妻の妊娠に浮かれているルドルフに、半ば呆れていた。「それで、わたしに何かご用ですか?」「シリル、産まれてくる子の洗礼を頼む。後、名付け親になって欲しいんだが・・」(そう言うと思った・・)
2012年03月20日
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ゾフィー大公妃の葬儀は、カプツィーナ教会によってしめやかに行われた。葬儀には皇帝夫妻と皇太子夫妻、皇女ヴァレリーが参列していた。―大公妃様は、曾孫のお顔を見ずにお亡くなりになられて、お可哀想に。―皇太子様は皇太子妃様を甘やかし過ぎているのではなくて?―全くだわ・・葬儀の後、貴族達はひそひそと瑞姫の陰口を叩いていた。「ルドルフ様、すいません。」「謝らなくていいよ。君が大学を卒業するまで子どもは作らないと、そう決めたんだから。」「でも・・新婚旅行の時は避妊せずにしましたよね?」新婚旅行中、ルドルフと瑞姫は各地を観光したが、その後はずっと客室に籠って愛し合っていた。“ウィーンに戻るまで、2人きりの時間を楽しみたい”というルドルフの願いを、瑞姫は無下にする事が出来なかったし、2人きりで過ごす時間を大切にしたかった。「もしかしたら、と思っているの?」ルドルフはそう言って、瑞姫の下腹をそっと撫でた。「いえ・・もうすぐ生理が来る筈なので、まだ・・」「そう。今回は駄目でも、大丈夫だ。焦らないでいこう。」「ええ。」瑞姫はルドルフの言葉を聞いて、笑顔を浮かべた。「マリー、久しぶり。」「ミズキ、久しぶり。元気そうね。」新学期が始まり、マリーと再会した瑞姫は彼女と抱き合った。「最近ルドルフ様とはどうなの? 相変わらずラブラブなの?」「ええ。新婚旅行は楽しかったわ。ジャグジーの中で彼と2人きり、楽しい時間を過ごしたし。」「まぁ、惚気話はもう聞きたくないわ。」「あら、御免なさい。」瑞姫はそう言って笑うと、コーヒーを飲もうとした。すると、急に彼女は胃のむかつきを覚え、慌てて口元でハンカチを覆った。「どうしたの?」「急に気分が悪くなって・・夏バテが少し残っているのかしら?」「大丈夫?」その後胃のむかつきは治まったが、瑞姫は大学の授業が終わると近くの薬局へと向かった。(妊娠検査薬って、何処に置いてあるんだっけ?)店内を歩いていると、幼児を連れた若い母親が瑞姫にぶつかってきた。「あ、すいません。こら、駄目でしょう!」母親はそう言うと、男児を叱った。「この子、おいくつですか?」「2歳になるんです。もう目を離したら何処かへ行ってしまうから・・」「へぇ、そうなんですか。大変ですねぇ。」薬局の前で親子と別れた瑞姫は、その足でホーフブルクへと戻って行った。 自室に入り、薬局で買ってきた妊娠検査薬を取り出した彼女は、トイレに入って結果を待った。突然感じた胃のむかつきは、夏バテなんかなじゃないと、彼女は思っていた。3分後、瑞姫は検査薬を見ると、そこには陽性を示すピンク色の線が浮き出てきた。(やっぱり・・)まだ学生の身で、漸く宮廷での生活も慣れてきたところだというのに、妊娠してしまっただなんて。「ミズキ、どうした? 食欲がないのか?」「ええ・・」夕食の席で、普段は残さずに食べる瑞姫が、珍しく夕食を残したことに、ルドルフは不審に思った。「ルドルフ様、実は今日、妊娠検査薬を薬局で購入したんです。結果は、陽性でした。」瑞姫がルドルフに妊娠の報告をすると、彼は破顔して彼女を抱き締めた。「そう・・産んでくれるよね?」「ええ。」 あれほど“曾孫の顔を見るまで死ねない”と言っていたゾフィー大公妃が亡くなった後、瑞姫はルドルフとの子を妊娠した。
2012年03月20日
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アレクサンドリア港を出港した『ヴィーナス号』は、チュニジアへと向かった。「チュニジアは、今安全なのかしら?」「ああ。観光には心配ないと思うよ。独裁者が居なくなった今となってはね。」ルドルフはそう言ってデッキから見える大海原を眺めた。「最近陽射しがきつくなって、日焼け止めクリームが手放せないわ。」瑞姫は溜息を吐きながら夫にそう言うと、彼は笑っていた。「雪のような白い君の肌も好きだが、こんがりと小麦色に焼けた君の肌も見てみたいな。」「もう・・ルドルフ様ったら。」瑞姫は苦笑しながらも、ルドルフのキスを受けた。「何よ、イチャイチャして・・」デッキの柱の陰から、マリー・ベッツラは恨めしそうに仲睦まじい新婚夫婦の姿を覗いていた。もっと家がハプスブルク家に嫁げるくらいの貴族であったのなら、本来彼女の隣には自分が立っていたのかもしれないのに・・そう思うと、マリーは悔しくて堪らないのだった。「マリー、何を見ているの?」「お母様・・」背後で自分を咎めるような声がして、マリーがゆっくりと振り向くと、そこには母親のヘレーネが立っていた。「また何を見ているのかと思えば・・皇太子様の事はお諦めなさい、マリー。」「嫌よ、お母様! わたし諦めきれないわ、皇太子様のこと!」マリーはそう叫ぶと、ヘレーネを見た。「わたし、絶対にあの女から皇太子様を奪ってみせるわ。そしてわたしは、皇太子妃となるの。」「マリー、あなたの夢は決して叶うことはないわ。諦めなさい。」ヘレーネは溜息を吐いて娘を見たが、どうやら彼女は本気のようだった。マリーは一度決めたら最後まで諦めない性格だ。それは良いのだが、少々思い込みが激しい娘の行く末を、ヘレーネは案じて再び溜息を吐いた。 『ヴィーナス号』がチュニジアの首都・チュニスの港へと停泊した後、ルドルフと瑞姫はチュニスの旧市街を歩いた。「素敵な所ですね。エジプトも良かったけれど、海が近いからかしら。」「地中海はいつ見ても綺麗だが、君もそれに負けないくらい綺麗だよ、ミズキ。」「もう、ルドルフ様ったら。」瑞姫とルドルフが仲良く連れ立ちながら歩いているのを、マリーは恨めしそうに見ながら彼らの後ろを歩いていた。「お腹が空きましたね。何処か食べに行きましょうか?」「ああ。折角チュニジアに来たんだから、郷土料理でも食べるか。」ルドルフは瑞姫の肩を抱きながら、近くのカフェへと入った。『カフタージを2つ頼む。』店員に注文した後、ルドルフは瑞姫の手をそっと握った。「ウィーンに戻るのが嫌になったな。このままここに住みたいくらいだ。」「駄目ですよ、ルドルフ様。」「どうして? ウィーンに居たらわたしと2人きりで過ごせる時間は殆どないだろう。でもここなら・・」ルドルフがそう言った時、シャツの胸ポケットの中に入れていた携帯が突然鳴った。「何だ、こんな時に。」彼は舌打ちしながら、携帯のフラップを開いて通話ボタンを押した。『ルドルフ様、今どちらにいらっしゃいますか?』「チュニジアだが。新婚旅行中に何かあったのか?」『ゾフィー大公妃様が、お亡くなりになられました。』「お祖母様が・・そうか。葬儀には間に合わないと皇帝陛下に伝えてくれ。」ルドルフはそう言って相手の返事を待たず通話を終了し、携帯の電源を切った。「どなたからでした?」「宮廷からさ。お祖母様がお亡くなりになられたらしい。折角の新婚旅行だというのに、早めに切り上げないといけないなんて、ついていないな。」「また機会があれば行けばいいことです。」 新婚旅行中にゾフィー大公妃の訃報を聞いた皇太子夫妻は、20日間の旅行を14日間に切り上げ、ウィーンへと戻った。「お帰りなさい、お兄様、お義姉様。」「ただいま、ヴァレリー。」 ホーフブルクへと戻って来た兄夫婦を、マリア=ヴァレリーが嬉しそうに出迎えてくれたが、その顔は少し暗かった。
2012年03月20日
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―ルドルフ皇太子様だわ・・―隣にいらっしゃるのが、例の奥様・・―お似合いのカップルだこと・・ ディナーを楽しむためにルドルフと瑞姫がレストランへと入ると、乗客達が一斉に彼らを見ながら、美男美女の皇太子夫妻に溜息を吐いていた。「何だか、見られてません?」「気にしないで。それよりもディナーを楽しもうか。」「ええ。」管弦楽団の生演奏を聴きながら、瑞姫はルドルフとともに素敵な時間を過ごした。「明日はエジプト観光だね。楽しみだ。」「ええ。」「ミズキ、今日は君を抱いてもいいかい?」「え・・」ルドルフは瑞姫のドレスのチャックを下ろす感覚がして、彼女はその手を掴んだ。「ルドルフ様、あの・・今は生理が・・」「そう。なら仕方ないね。」瑞姫の言葉に、ルドルフは落胆した表情を浮かべながらベッドに寝転がった。「まぁ20日間の旅だから、あせらなくてもいいけどね。」「もう、ルドルフ様ったら・・」瑞姫はくすりと笑うと、ルドルフの胸に顔を埋めて眠りに就いた。(君が隣で眠っているのに手が出せないなんて・・まるで拷問だな。)自分の胸の中ですやすやと寝息を立てている瑞姫の髪を優しく梳くと、ルドルフは溜息を吐いた。 初対面だったというのに、彼女の事が愛おしくて堪らなかった。一目惚れ、というやつだろうか、瑞姫と目が合った途端、ルドルフは彼女に恋に落ちてしまった。物心ついた頃から両親から愛情を受けることなく育ち、結婚や家庭といったものには余り関心がなかったルドルフだったが、彼女となら結婚したいと思い、彼女と結婚したのだった。今すぐにでも瑞姫を抱きたいが、そんな事をすれば彼女に嫌われてしまうのは目に見えていたので、ルドルフは彼女の華奢な身体を抱くことで肉欲を理性で押さえこんだ。 翌日、『ヴィーナス号』はエジプト・アレクサンドリア港へと停泊し、ルドルフ達は船を降りて観光旅行へと繰り出した。瑞姫は今まで教科書やテレビでしか見る事が出来なかったギザのピラミッドや、ルクソールの「王家の谷」などにあるハトシェプスト女王葬祭殿などを間近に見て、子どものようにはしゃいでいた。「楽しかったですね。」「ああ。また時間が出来たら来ような。」「ええ。」エジプト観光を終え、瑞姫がルドルフとともに『ヴィーナス号』の一等船室用デッキで海を眺めていると、1人の少女が突然ルドルフ達の方へと駆け寄ってきた。「皇太子様、こんな所でお目にかかれて光栄ですわ!」艶やかな黒髪と豊満な胸を揺らしながら、少女は嬉しそうにルドルフを見たが、その隣に立っている瑞姫に対して敵意を隠そうとはしなかった。「娘、名前は?」「マリー=フォン=べッツラと申します、皇太子様。ああ、そちらの方が奥様でしたわね?」「あら、何かわたしの夫にご用かしら? あなた、少し海風に当たって気分が悪くなってしまったわ。行きましょう。」瑞姫はわざと少女に見せつけるようにルドルフにしなだれかかると、デッキから離れていった。「・・ふん、何よあの女。わたしの方が皇太子様のお心を解ってさしあげるわ。あんな成り上がりの娘などに負けるものですか。」 甘い新婚旅行を満喫中の皇太子夫妻の前に突如として現れた少女―新興貴族であるマリー=ヴェッツラは、瑞姫から皇太子妃の地位を奪い取ろうと画策し始めていた。当のルドルフに、その気がないことを全く知らずに。
2012年03月20日
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地中海・エーゲ海を20日間に渡って巡る豪華客船『ヴィーナス号』には、映画館や劇場、プールやレストランなどの施設が充実し、まさしく海上のホテルともいえるようなものであった。「ミズキ、行こうか。」「ええ。」車から降りた瑞姫とルドルフは、港で大勢の取材陣に取り囲まれた。「ルドルフ様、これから皇太子妃様と愛のクルーズですか?」「今幸せですか?」「来年は3人でいらっしゃる予定でしょうか?」記者達の質問攻めに、ルドルフは苦笑しながら彼らに手を振ると、一等船室用の入口へと向かった。「全く、あいつらは神出鬼没だな。折角の新婚旅行を彼らに潰されたくないな。」「大丈夫なのでしょうか?」「ああ、この船のクルーズは既に3年先まで予約で一杯だ。それに客のプライバシーを重視するから、マスコミは特別な許可がなければ乗船する事もできないよ。」「そうですか。」ヴィーナス号の一等船室のロビーへと入ると、そこには天井の壮麗なフレスコ画が彼らを出迎えた。「綺麗・・」「これだけで驚いていたら駄目だよ。」ルドルフとともに瑞姫と客室へと入ると、そこは天蓋付きのキングサイズのダブルベッドが置いてあり、ロイヤルブルーの壁紙が美しかった。「バルコニーを見てごらん。」「はい・・」ルドルフに言われるがままに瑞姫がバルコニーへと出ると、そこにはジャグジーがあった。「海を眺めながら愛し合えるね。」「ええ。」客室に届いたスーツケースの中から、瑞姫はピンクのビキニとビーチサンダルを取り出した。「ルドルフ様、暫く向こうを向いて貰いますか?」「解ったよ、ミズキは照れ屋さんだな。」ルドルフはくすくすと笑いながら、瑞姫がビキニに着替えるのを待った。「もう、いいですよ。」ルドルフがゆっくりと振り向くと、そこには豊満な胸やくびれたウェストを露わにした瑞姫が立っていた。「とても良く似合ってるよ。まるで人魚姫のようだ。」そう言うとルドルフは、瑞姫の腰を抱いてプールへと向かった。 燦々と降り注ぐ太陽の下、『ヴィーナス号』のプールは家族連れとカップルで賑わっていた。「何だか気持ちいいですね。」「ああ。」ベンチに横たわりながら、ルドルフは気持ち良さそうに隣で寝ている瑞姫を見た。「ここには口うるさいお祖母様が居ないから、思いっきり羽根を伸ばせるな。」「ええ。それよりもルドルフ様は泳がないのですか?」「泳ぐ以外に、こうしてプールサイドでのんびりとするのも楽しみのひとつだよ。」ルドルフはそう言うと、サンオイルをバッグから取り出した。「うつ伏せになって。変なことはしないから。」「はい・・」瑞姫がうつぶせになると、ルドルフはサンオイルを彼女の背中に塗り始めた。「プールは楽しかったかい?」「ええ。余り日焼けしないで済みましたし。」客室に戻った瑞姫は、クローゼットの中から目が醒めるかのようなロイヤルブルーのマーメイドドレスを取り出すと、それに着替え始めた。「後ろのチャックを上げてやろう。」「ありがとうございます、ルドルフ様。」「今夜の君はいつにもまして綺麗だよ、ミズキ。」「ありがとう。」ルドルフに微笑むと、瑞姫はそっと彼の腕を己の腕に絡め、客室から出て行った。
2012年03月20日
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「ミズキ、君のお母さんが君を産んだ後すぐに亡くなったからって、娘の君がそうなる訳じゃない。妊娠出産は個人差があるものだ。」「だけど、不安なんです。わたしは家族の愛情を知らないから、子どもをまともに育てられるかどうか・・」「誰だって親になるのは初めてだし、子育てには正解なんてないんだよ。」ルドルフはそう言うと、不安がる新妻を抱き締めた。「ミズキ、わたしは君の子どもが欲しいが、君がまだ欲しくないというのなら、わたしは無理強いをしない。」「ありがとうございます、ルドルフ様。」瑞姫はルドルフの背に手を回すと、彼はそっとその手を握った。「ねぇルドルフ、もうすぐ新婚旅行に行くそうだけれど、まだ出産の予定はないのかしら?」その夜、瑞姫とルドルフが当分子どもを持たないということを家族に告げると、真っ先に反応したのはゾフィー大公妃だった。「お祖母様、先ほども申し上げた通り、子どもはミズキが大学を卒業してから考えます。」「まぁ、何と悠長な事を言うのね、ルドルフ。お前はこの国の皇太子なのですよ。わたしは曾孫の顔を見てから死にたいのよ。」「母上、もうそこらへんでルドルフ達に干渉するのは止して下さい。子どもについては、彼らがそう結論を出したのですから。」フランツがそう言ってゾフィーをたしなめると、彼女は息子に口答えされたのが癇に障ったのか、始終不機嫌な顔をしながら夕食を食べ終えると、ダイニングから出て行った。「申し訳ございません陛下、わたし達の所為で・・」「いや、いいんだよ。それよりもミズキさん、もうウィーンには慣れたかね?」「はい。大学生活もレッスンも楽しくて、毎日が充実しております。」「そうか、それは良かった。今週末にバート=イシュルに行くんだが、一緒にどうだね? これから狩猟シーズンだからね。」「ええ、ご一緒しますわ。」楽しそうに会話している瑞姫とフランツを、ルドルフは嬉しそうに見ていた。「君はすっかり父上に気に入られたようだね、ミズキ。」 夕食を終え、瑞姫がルドルフと廊下を歩いていると、彼はそう言って彼女に微笑んだ。「ええ。お義母様もお義父様も親切にしてくださって、嬉しいです。」「君は良くやってくれているよ、ミズキ。慣れない公務や宮廷生活で何か苦労していることだろうし、それをおくびにも出さない。」「何を言うんですか、ルドルフ様。あなたの支えなしには、ここでの生活は送っていけません。」瑞姫がそう言って笑うと、ルドルフは彼女の華奢な腰を擦った。「そんな事を言うと、また君を寝かせられなくなるほど抱きたくなってしまうよ。」「もう、ルドルフ様ったら・・」 その週末、エリザベートを覗いた皇帝一家は、バート=イシュルへと向かった。初夏の緑豊かなこの地を瑞姫は一目気に入り、フランツやルドルフとともに遠乗りやボート遊びを楽しんだ。バート=イシュルで週末を過ごしたことにより、結婚前はどこかぎこちなかったフランツと瑞姫の関係は一気に良好なものへと変化してゆき、フランツは嫁である瑞姫を実の娘のように可愛がった。「ルドルフ、ミズキはもうこちらの生活に慣れてきたようだな。」「はい、父上。これも父上がミズキに良くしてくださったお蔭です。」「何を言う、ルドルフ。彼女は色々と気遣いが出来る女性だ。お前が彼女と突然結婚すると言い出した時はびっくりしたが、今では反対しなくて良かったと思ってるよ。」「そうですか。それは良かった。」ルドルフはそう言うと、フランツに微笑んだ。 数ヵ月後、ルドルフと瑞姫は地中海・エーゲ海を豪華客船で巡る20日間の新婚旅行へと向かった。「お兄様、お気をつけて。」「行ってくるよ、ヴァレリー。」ルドルフは幼い妹に微笑むと、瑞姫の腰を抱いてウィーンを後にした。「ミズキ、あれがわたし達の乗る船だよ。」2人を乗せた車が港へと着こうとした時、ルドルフはそう言って窓の外を指した。 そこには、自分達の宿泊先となる美しく巨大な船体が、港に停泊していた。「凄い・・」初めて見る豪華客船に、瑞姫はほうっと溜息を吐いた。
2012年03月20日
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「昨夜は、無理をさせてしまったね。」ラクセンブルク宮からホーフブルクへと戻る車の中で、ルドルフはそう言って瑞姫を見た。「いえ、大丈夫です・・」昨夜の激しい情交を思い出し、瑞姫は頬を赤く染めた。「ミズキ、時間がある限りわたしは君を抱くよ。そのつもりで居てね。」「そんな、ルドルフ様・・まだ子どもは・・」「欲しくないのか? わたしは今すぐにでも君との子を抱きたいんだ。君となら、温かい家庭が作れる気がする。」ルドルフはそう言うと、瑞姫の胸に顔を埋めた。「ルドルフ様・・」夫となった皇太子の髪を撫でながら、彼が自分と出逢うまで愛情に飢えていたことに瑞姫は初めて気づいた。 何不自由ない生活を送っていても、家族からの愛情がなければ満たされないことは、瑞姫も解っていた。だからこそ、ルドルフが早く子どもを作って温かな家庭を築きたいという想いは理解できる。しかし、今留学先の大学を卒業するまでまだ3年もあり、漸く講義や声楽のレッスンに打ち込める日々を送っているので、まだ子どもは作りたくなかった。「ルドルフ様、わたしはまだやりたい事があるんです。大学を卒業するまで、待って貰えませんか?」瑞姫が勇気を出してそう言うと、ルドルフは美しい眦を上げた。「そんなに大学が楽しいのか?」「ええ。でもあなたの事を嫌いになったわけじゃぁ・・」「解った。」ルドルフは瑞姫にそっぽを向くと、ホーフブルクに着くまで一言も瑞姫と口を利こうとはしなかった。(怒らせちゃったかな?)ルドルフと結婚したばかりだというのに、喧嘩してしまった。「どうしたの、ミズキ? 浮かない顔をして。」前期試験前、声楽のレッスンを終えた瑞姫が溜息を吐きながら廊下を歩いていると、友人のマリーが声をかけて来た。「そう、ルドルフ様と新婚早々に喧嘩ねぇ。」「喧嘩の原因なんだけど、ルドルフ様は子どもが早く欲しいらしくて・・でもわたしは大学を卒業するまで欲しくないと思ってるの。」音楽の都・ウィーンで充実した学生生活を送っている瑞姫は、公務と学業を両立しながら、卒業までは子どもは作らないと決めているのだが、ルドルフは毎晩自分を求めてくる。彼からの誘いを拒否しようにも、結局は上手く言いくるめられてしまう。「ねぇミズキ、知ってる? ルドルフ様はゾフィー大公妃様の下で7歳まで厳しく育てられたのよ。陛下は公務にお忙しいし、皇妃様はウィーンを留守にしていらっしゃるし・・両親の愛情を必要としていた時期に、両親から愛情を受けなかったから、きっと自分はそうなるまいと思っておられるのではないかしら?」マリーの言葉に、瑞姫は溜息を吐いた。「ルドルフ様と一度、話し合ってみるわ。このままでは埒が明かないもの。」「そうしたらいいわ。」 その夜、瑞姫はルドルフの部屋を訪れた。「ルドルフ様、子どもの事ですけれど、今はまだ作りたくないんです。」「ミズキ、君が学業と公務を両立したいのは解る。でもわたしは君との子が欲しいんだ。」「どうしてですか? 両親からの愛情を受けなかったからですか?」瑞姫の言葉に、ルドルフは怒りを孕んだ蒼い瞳で彼女を睨んだ。「ミズキ、君は子どもが欲しくないのか? 君だって継母と上手くいってなかっただろう? 温かい家庭を作りたくはないのか?」「作りたいです、でも・・」瑞姫の脳裡に、顕枝のあの忌まわしい言葉が甦った。“お前さえいなければ、黒羽根様は生きていた!”「わたし、怖いんです。母と同じようになるのが・・」「この事と君のお母さんとの事は関係ないだろう!」「いいえ、関係あるんです! わたしの母はわたしを産んですぐに死んだんですから!」彼の前では絶対に泣かないと決めていたのに、瑞姫はいつの間にか涙声になっていることに気づいてしまった。
2012年03月20日
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シャワーを浴びた瑞姫は夜着に着替え、寝室へと入った。そこには、ひとつのベッドに枕が二つ置いてあった。それを見た途端、瑞姫は頬を赤く染めた。「どうした? 何をそんなに恥ずかしがってる?」背後からルドルフに抱き締められ、瑞姫は思わず声を出してしまった。「だって・・こんな・・」「わたし達は結婚したんだから、同じベッドに寝るのは当たり前だろう?」「ええ・・」一度だけルドルフに結婚前抱かれた事はあったが、今はルドルフと結婚して初めて2人きりで過ごすのだと思うと、何だか恥ずかしがった。ルドルフはくすくすと笑いながら、瑞姫の乳房を揉み始めた。「あ、ルドルフ様・・」「気持ちいい?」瑞姫をベッドへと誘い、彼女をゆっくりとそこに横たえると、ルドルフは彼女の胸を揉みながら、激しいキスをした。「あん、やぁ・・」ルドルフの性急過ぎる愛撫に、じわりと秘所が濡れる感覚がして、瑞姫は思わず声が出てしまった。「ミズキ、服を脱がしてくれないか?」「あ・・はい・・」瑞姫がルドルフのネクタイを解き、シャツのボタンをひとつずつ外している間にも、彼は乳房への愛撫を止めなかった。彼女はシャツの隙間から覗いたルドルフの桜色の乳首を、指で捏ねくり回すと、彼は呻き声を上げた。ルドルフはそっと両手を瑞姫の乳房から退け、シャツを脱いで床に放ると、瑞姫に馬乗りになった。「こんなに濡れて・・胸を弄られるだけで感じてしまうなんて。」「ルドルフ様だって、こんなに・・」瑞姫はそうっと、ルドルフの男性自身に触れ、ズボンのジッパーを下ろした。「失礼します。」彼女はそう言うと、そっとルドルフ自身を口に含み、手を添えてそれを上下に扱き始めた。「ミズキ・・」瑞姫の艶やかな黒髪がさらさらとルドルフ自身に触れるたびに、ルドルフは彼女の口内で爆ぜそうになったが、ぐっと堪えた。その代わりに彼は、瑞姫の秘所を激しく指で掻きまわした。「うぅ・・」ルドルフの愛撫に耐えきれず、瑞姫がルドルフの男性自身から離れると、ルドルフは彼女の両足を肩に担いで彼女を一気に貫いた。「あ~!」メリメリと奥まで穿かれ、瑞姫は甲高い声で喘いだ。ルドルフは強弱をつけながら腰を振ると、瑞姫は歓喜の喘ぎを漏らした。「ああ、もう駄目・・」瑞姫が絶頂に達しそうになった時、ルドルフは動きを止めた。「お願い、止めないで・・」「じゃぁ、どうして欲しい?」「中に・・出してください・・」ルドルフは口端を歪めてフッと笑うと、再び腰を振り始めた。2人が動く度に、ベッドが軋んだ。「もう駄目だ、ミズキ。」「ルドルフ様・・」ルドルフと瑞姫は互いの舌を絡み合うと、共に絶頂に達した。「ミズキ、起きろ。」ぺちぺちと頬を叩かれ、瑞姫は呻き声とともに目を開けると、ルドルフが裸で隣に寝ていた。「あの、ルドルフ様、もう朝ですか?」「何を言う、夜は長いんだ。ミズキ、今度は君が上になれ。」「まだ、するんですか?」「言っただろう、君を寝かせないと。」「そんな、でも・・」瑞姫は頬を染めながらも、ゆっくりとルドルフの上に跨り、腰を落とすと、ルドルフは下から彼女を激しく突き上げた。 その夜、2人は朝が来るまで激しく愛し合い、部屋には彼らの甘い空気と荒い息遣いで満ちていた。
2012年03月20日
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「ミズキ、そちらの方は?」瑞姫と見知らぬ青年が楽しげに話しているのを見たルドルフは嫉妬に駆られ、そう言いながら彼女の華奢な腰を掴んだ。「ルドルフ様、こちらはわたしの従兄弟にあたる亜鷹さんです。亜鷹兄様、こちらがわたしの旦那様です。」「そうか。お前の旦那様にいらぬ嫉妬をさせてしまったかな?」亜鷹はそう言って笑うと、ルドルフに手を差し出した。『初めまして、アタカ=ヨイミヤです。』『どうも。ミズキとはどのような関係か知りませんが、余りわたしの妻に馴れ馴れしくしないでいただきたい。』ルドルフの言葉を聞いた瑞姫は、驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。「ルドルフ様、お客様がお待ちですから、行きましょう。」瑞姫はルドルフの手を引っ張ったが、彼は亜鷹を睨みつけたまま動こうとしない。「ルドルフ様・・」瑞姫はぐいっとルドルフの手を強く引っ張った。「ミズキ、あの男は一体何なんだ?」晩餐会が終わり、瑞姫はルドルフに呼び出されて彼の自室に入った彼女は、彼にそんな質問を投げつけられ、戸惑った。「何って・・亜鷹兄様はわたしの従兄弟で、実の兄妹のように育ちました。恋愛感情はお互いありません。」「そうか。ミズキ、今夜は君を優しく抱けそうにない。」ルドルフはそう言って瑞姫の唇を激しく貪ると、部屋から出て行った。(ルドルフ様・・)いつも冷静沈着で、紳士的な態度を取るルドルフが、気性が激しいもうひとつの顔を持っているということを、瑞姫は初めて知った。 晩餐会の後には、両家親族や新郎新婦の友人達、宮廷貴族達が出席する披露宴が開かれ、そこで瑞姫は東京で知り合った友人・蓉子と再会を果たした。「瑞姫さん、結婚おめでとう。」「ありがとう、蓉子さん。今度はあなたの番ね。」蓉子と瑞姫が楽しそうに話をしていると、ルドルフが彼女の肩を叩いた。「ミズキ、そろそろ時間だ。」「ええ。」披露宴も終盤に差し掛かり、瑞姫は椅子に座らされた。 これから一体何が始まるのか、招待客達や瑞姫本人は全く知らない。「ルドルフ様、本当にガータートスをおやりになるのですか?」「いいだろう、シリル? 折角の晴れの場で、幸せをお裾分けするのも悪くない。」シリルは溜息を吐きながら、ルドルフがゆっくりと瑞姫の前に跪くのを見た。「え?」突然ルドルフが自分の前に跪いたので、瑞姫や招待客は呆気にとられた。「ミズキ、暫く動かないでくれ。」ルドルフはそう言うと、躊躇い無く瑞姫のドレスの裾を捲り、その中に顔を突っ込んだのだ。皇太子の行動に、皇帝一家をはじめ、招待客達が一斉にざわついた。「ルドルフ様・・」突然ドレスの中に潜り込まれた瑞姫は羞恥で顔を赤く染めてルドルフを止めようとしたが、それに介さず彼は花嫁のガーターを彼女の足から引き抜くと、漸くドレスの中から出た。彼は勝ち誇った笑みを浮かべながら、咥えていた純白のガーターを後ろ向きに、未婚の男性客達に投げた。「ルドルフ様、ガータートスなんて聞いてませんよ!」ホーフブルクから新婚初夜を過ごすラクセンブルク宮へと向かう車の中で、瑞姫はそう言ってルドルフを睨むと、彼は笑いながらこう言った。「披露宴はサプライズがつきものだろう? それにブーケトスもあるのだからガータートスもして当然だろう。」「そうですけれど・・ゾフィー大公妃様が何とおっしゃるか・・」「お祖母様の事は放っておけばいい。それよりもミズキ、今夜は寝かせないぞ。」ルドルフはそう言うなり瑞姫の腰を自分の方へと引き寄せると、瑠璃色のドレスの裾を捲り上げてそっと彼女の秘所をストッキング越しに執拗に愛撫した。「ん・・ルドルフ様・・こんな所で・・」「お前はわたしを少し怒らせたんだ、ミズキ。お仕置きをしないと。」ラクセンブルク宮で瑞姫は、ルドルフと2人きりで夕食を取った後、火照った身体を冷やす為にシャワーを浴びたが、欲望の炎は消えるどころかますます激しくなっていった。
2012年03月20日
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2011年6月20日、アウグスティーナ教会にて、オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子・ルドルフと、その妃・真宮瑞姫の結婚式が行われた。「瑞姫さん、とても綺麗よ。」「ありがとう、お義母様。」結婚式当日、瑞姫は自室でこの日の為に用意した純白のウェディングドレスに身を包んでいた。レースをふんだんに使ったクラシカルかつエレガンスなAラインのドレスで、彼女の胸元にはエリザベートから借りた真珠のネックレスが美しい輝きを放っていた。「あなたの花嫁姿を黒羽根様にお見せしたかったわ。幸せにね。」顕枝は目元をハンカチで押さえると、瑞姫の手を握った。「そろそろお時間です。」「お義母様、また後で。」瑞姫はそう言うと、夫が待っているアウグスティーナ教会へと、父・栄祐とともに向かった。「お前を嫁に出す日が来るのが、こんなに早いとは思わなかったな。」栄祐は娘の花嫁姿を見ながら、そう呟いて溜息を吐いた。「お母様も、こうやってお父様の元に嫁いだのかしら?」「結婚式は挙げなかったよ。わたし達の場合は駆け落ち同然だったからね。瑞姫、ルドルフ様と幸せになりなさい。」「はい、お父様。今まで育ててくださってありがとうございました。」瑞姫は栄祐に微笑むと、彼は涙ぐんだ。 アウグスティーナ教会の扉が開き、瑞姫は栄祐とともに真紅のヴァージンロードを祭壇の方へと一歩一歩、ゆっくりと歩いた。祭壇には、白い軍服姿のルドルフが花嫁の到着を静かに待っていた。「行きなさい、瑞姫。これから彼と幸せになるんだよ。」栄祐はそう言うと、そっと瑞姫から手を離した。「はい、お父様。」彼は娘を、ルドルフに渡した。『娘を宜しく頼む。』『任せてください。』ルドルフは瑞姫と腕を組み、祭壇の前へと向かった。「汝ミズキ=マミヤ、そなたは夫、ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフと健やかなる時も病める時も、共にいると誓うか?」「はい、誓います。」「汝ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ、そなたは妻、ミズキ=マミヤを健やかなる時も病める時も、共にいると誓うか?」「はい、誓います。」「では、誓いのキスを。」ルドルフと瑞姫は向かい合い、ルドルフはゆっくりと瑞姫の顔を覆っているヴェールを持ちあげ、彼女の唇を塞いだ。「んぅ・・」数秒だけで終わると思ったら、ルドルフは舌を絡めてきた。「続きは後でお願いしますよ、皇太子様。」コホンと司祭が咳払いをしたので、ルドルフは漸くキスを止めた。華燭の典を挙げたルドルフと瑞姫は、周囲から祝福の言葉を掛けられながら皇帝一家とともにバルコニーへと向かった。 そこには国民の人気者である皇太子の結婚を祝いに、30万人もの市民達が歓声を上げ、新郎新婦に向かって手を振っていた。ルドルフと瑞姫は国民達に手を振り、笑顔を浮かべた。「キス、キス!」キスコールが起こる中、ルドルフは瑞姫の腰を抱き寄せ、再び瑞姫の唇を塞いだ。「ルドルフ様、いくらなんでもあれはやり過ぎです。」「いいだろう、みんな喜んでいるんだから。」バルコニーでのお披露目が終わると、ルドルフと瑞姫は晩餐会へと向かった。そこには、瑞姫の両親と義理の弟・真珠の姿があったが、他にも親族の者が出席していた。「瑞姫、結婚おめでとう。」晩餐会が始まる前、長身を黒に縦縞のスーツに包み、長い金髪をポニーテールにした男性が、エメラルドの双眸を輝かせながらそう言って瑞姫に微笑んだ。「亜鷹兄様、来て下さったのね。」「ああ。」青年と瑞姫がキスと抱擁を交わしていると、ルドルフが怪訝そうな顔をしていた。
2012年03月20日
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「わたしは、あなたの事を一度も憎いと思った事はないわ。けれどもあなたのお母様・・黒羽根様にはいつも引け目を感じていたわ。」ぽつりぽつりと、顕枝は瑞姫に自分の想いを話し始めた。「黒羽根様とわたくしは高校が同じで、その頃から美しくて誰からも慕われていた彼女にわたくしは嫉妬していたわ。そんな彼女が、あなたのお父様―栄祐さんと結婚なさると聞いた時、憤死しそうになったわ。」顕枝はそう言うと紅茶を一口飲んだ。「あなたを憎んでいた訳ではないけれど・・黒羽根様にあなたは良く似ている。少し強情なところも、頑固なところも。そして何よりも、あなたは黒羽根様にそっくり。」顕枝はバッグの中から1枚の写真を取り出して瑞姫とルドルフに見せた。 そこには、振袖を着た瑞姫の亡き母・黒羽根が写っていた。「これが母様?」「ミズキと瓜二つの容貌をしている。まるで、双子のようだ。」ルドルフは黒羽根の写真を見ると、溜息を吐いた。「わたくしはいつの間にか、黒羽根様に抱えていた嫉妬をあなたに向けていたのだわ。死人に嫉妬するなんて馬鹿だと思うわよね?」顕枝はそう言うと、瑞姫の手を握った。「瑞姫さん、今まで辛く当ってしまってごめんなさいね。」「お義母様・・わたしの方こそごめんなさい。あなたの事を・・」瑞姫は椅子から立ち上がると、顕枝に抱きついた。「これでわたくし達は本当の親子になったわね。」「ええ。」ひしと抱き合う瑞姫と顕枝を、ルドルフは微笑みながら見ていた。「色々とこれから忙しくなるな。」「ええ。結婚式はアウグスティーナでするんですよね?」ハプスブルク王家の結婚式は、代々ホーフブルク内にあるアウグスティーナで挙げることが伝統となっている。「式には、お義母様を呼んでもいいですか?」「勿論だよ。ミズキ、君とアキエさんの誤解が解けてよかった。」顕枝と話した後、ルドルフと王宮庭園を散歩しながら、瑞姫は日傘越しに彼を見つめた。「ルドルフ様のお蔭ですよ。ルドルフ様があんな提案をしなかったら、わたしは一生、お義母様への憎しみを抱えたままあなたと結婚していたかもしれません。」瑞姫はそう言うと、ルドルフに人目もはばからず抱きついた。「これからは、素敵な家庭を作りましょうね。」「ああ。」初夏の陽射しが庭園の緑を彩る中、2人はキスをした。 その夜大広間にて開かれた皇帝主催の舞踏会で、瑞姫は改めてルドルフの婚約者として皇帝から紹介された。―まだ子どもではないの―まぁ、皇太子様は恋愛経験が豊富でいらっしゃるから、あんな小娘にすぐに飽きてしまうわよ。ルドルフと瑞姫を時折チラチラと見ながら、貴婦人達はそうヒソヒソと意地の悪い囁きを交わしていた。「気にするな。言わせたい奴には言わせておけばいい。折角の舞踏会なのだから、踊ろう。」「ええ。」ルドルフの手を取り、瑞姫はワルツのステップを踏んだ。「上手だね、ミズキ。」「練習の時に足を踏んでしまったので、本番では上手く踊ろうと思って・・」「失敗はつきものさ。それよりも新婚旅行は何処に行く? エーゲ海や地中海を巡る豪華客船の旅なら、ゆっくりと2人きりで過ごせるよ。」「いいですね。でも、ウィーンを暫く留守にしてしまうかも・・」「誰も新婚のカップルに文句を言うものなど居ないよ。」ルドルフは瑞姫に微笑みながら、このまま瑞姫と踊って居たいと思っていたが、結局舞踏会が終わるまで、彼は彼女を離さなかった。「全く、ルドルフはあの娘に夢中だな。」「いいじゃないの、フランツ。あのルドルフの幸せそうな笑顔を見るのは、わたくし初めてよ。」エリザベートはそう言うと、瑞姫と踊っているルドルフの笑顔を見つめた。(あの子なら、ルドルフを幸せにしてくれる。)
2012年03月20日
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突然瑞姫が大声を出したので、ルドルフは驚愕の表情を浮かべながら彼女を見た。「ミズキ、何かわたしに隠している事はないか?」「それを今、お話ししようと思っていたところです。」「そうか。」ルドルフは瑞姫を連れて、王宮庭園へと向かった。「あの人―顕枝(あきえ)さんとわたしは、血が繋がっていない親子なんです。わたしの実母は、わたしを産んですぐに亡くなりました。」瑞姫の話を、ルドルフは黙って聞いていた。「物心ついた頃から、わたしはあの人を母親とは思ったことはありませんでした。あの人もわたしよりも、父との間に出来た弟の方を溺愛してましたし。あの人が嫌いでも、義理の弟は大好きですし、嫌いにはなれません。大学進学の時に、これでやっとあの人から解放されるって思ったんです。」「ミズキ、これは余計なお世話かもしれないが、一度アキエさんと話し合ったらどうだろう? これから結婚したら親戚同士になるんだし・・」「いいえ、あの人とは話したくありません。」瑞姫はピシャリとそう言うと、不機嫌そうな顔をした。その様子を見たルドルフは、瑞姫と継母の関係を結婚式まで何とか修復しなければと思い始めていた。 もうすぐ姑となるエリザベートと彼女の関係は良好であるが、それはエリザベートが放浪の旅に明け暮れ、ウィーンを留守にして瑞姫と会う時間が少ないからだろう。それとは対照的に、幼い頃から血の繋がらぬ義理の母娘は互いに憎しみ合い、いがみ合っている。ルドルフとて、実母であるエリザベートとの親子関係は良好とは言えぬほど、冷え切っていた。物心ついた頃から宮廷を留守にし、祖母から厳格な教育を受けたルドルフは、瑞姫と継母の間にある深い溝が、他人事ではないように思えたのだ。「ミズキ、わたしと母上は上手くいってないんだ。」「え?」「わたしはあの人に似ているが、あの人はウィーンをしょっちゅう留守にして、家族で休暇を過ごしたことは数回位だ。いつしかわたしはあの人と次第に距離を置くようになった。」ルドルフはそう言うと、瑞姫の手を握った。「実の親子であるわたし達でさえ気まずい関係なのだから、血が繋がっていない親子同士である君とアキエさんの関係が悪いものであることは解る。けれどそのままの状態にするよりも、互いに歩み寄る努力もしてみたらどうだろう?」「歩み寄る努力、ですか?」「君には君の、アキエさんにはアキエさんの想いがそれぞれある筈だ。でもそれを伝えないままでいると、互いに疲れるだけだよ。」「でもそんな事・・」「したくないのはわかる。けれど、このまま君達母娘の関係が険悪なままでは、結婚式を挙げることはできない。」「ルドルフ様、そんな・・」瑞姫はそう叫ぶと、驚愕の表情を浮かべた。「この結婚はわたし達のものだけれど、周りから祝福されてこその結婚だろう? お願いだミズキ、アキエさんと一度話し合ってくれないか?」「でも・・でも・・」「わたしが居るから、大丈夫だ。」「解りました・・」瑞姫は納得していない様子だったが、ルドルフの要求を呑んだ。「なんなの瑞姫さん、急にわたくしと話したいだなんて・・」顕枝は渋面を浮かべながら、王宮内にある部屋へと入り、椅子に座っている義理の娘とその婚約者を交互に見た。「お義母様、ずっとあなたにお聞きしたいことがあります。」「何かしら?」「お義母様は、わたしの事を憎んでいるの?」一瞬、気まずい沈黙が彼らの間に流れた。「どうして、そんな事を聞くのかしら? わたくしがあなたをどう思っているのか、もう解っている筈でしょう?」「いいえ、わたしがあなたを勝手に憎んでいただけ。お願いお義母様、本当の事を教えて!」
2012年03月20日
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「気分はどうだ?」「もう大丈夫です。ルドルフ様、本当にわたしと結婚してくださるんですか?」「今更何故そんなことを聞く? 言っただろう、君以外の女性と結婚する気はないと。」「信じて・・いいんですよね?」そう言った瑞姫の顔は、少し不安げだった。「大公妃様は、わたし達の結婚の事を許してくださらないと・・」「お祖母様は関係ない。この結婚はわたしと君の契約だ。それともミズキ、君は自分が貴族の娘ではないことに引け目を感じているのか?」「いいえ。けどわたしのような女があなたの妻になったら、あなたの評判を落としてしまうかも・・それに、マリサさんのような方もいらっしゃるかもしれないし。」マリサが起こした事件の事で瑞姫が判った事は、瑞姫とルドルフの関係を快く思っていない連中が多いということだった。早熟なルドルフの私生活は華やかで、彼には女性との噂が絶えなかった。そんな彼が突然日本人女性を連れて全国民の前で婚約者として紹介したのだから、彼に熱を上げている女達の嫉妬が自分に向かうことは明白だった。「周りには好きに言わせておけばいいんだよ。それよりもミズキ、今はゆっくり身体を休めてくれ。」「はい・・」ルドルフは瑞姫の頬にキスすると、特別室から出ていった。 翌日、瑞姫は退院し、ホーフブルクへと戻ることになった。「ミズキ、もう大丈夫なの?」旅先からウィーンへと帰って来た皇妃エリザベートが、そう言って瑞姫を労わった。「ええ、皇后陛下。」「嫌だわ、そんな堅苦しい呼び方をしないで。いずれわたくし達は義理の母娘になるのだから、“お義(か)母(あ)様”と呼んで頂戴。」「ですが・・」「何やら、楽しそうですね。」「あらルドルフ、ミズキと今話していたところなのよ。」「どんな話を?」「ふふ、それは秘密よ。ミズキ、今は色々と忙しいでしょうけれど、時間が出来たら是非ハンガリーにいらして。ゲデレーで待っていてよ。」「ええ、必ず伺いますわ。」「そう、楽しみにしているわね。」エリザベートはそう言って笑うと、女官達とともにルドルフと瑞姫の元から去っていった。「どうやらお義母様はわたしの事、認めてくださっているようです。」瑞姫がそう笑顔を浮かべてルドルフを見ると、彼は怪訝な顔をしていた。「ミズキ、母上と一体何を話したんだ?」「いずれわたしとは義理の母娘となるのだから、“お義母様”と呼んでくださっても構わないっておっしゃって・・」「あの人が君にそんな事を言うなんて、余程君を気に入っているらしい。」「ええ・・」ゾフィー大公妃とは気まずいままであったが、義母となるエリザベートに気に入られ、瑞姫は少し憂鬱な気分が晴れた。 だが、彼らの会話を聞いていた瑞姫の継母・顕枝(あきえ)は不快な顔をしていた。「瑞姫、少しあなたとお話ししたいことがあるの。」「何かしら、顕枝さん?」夕食の席で突然自分に話しかけてきた瑞姫がそう言うと、彼女は微かに舌打ちした。「あなたは昔から全く可愛げがないわね。こうしてあなたを心配して来てやっているというのに・・」「あら、わたしはあなたに一度も一緒に来てほしいと頼んだ覚えはありません。 それよりも日本へ早くお帰りになったら? あなたの可愛い真珠があなたの帰りを待っていますわ。」「いつもあなたはわたくしの好意を素直に受け取らないのね!」ルドルフは瑞姫と顕枝の口論を聞いていると、彼女達の仲が上手くいっていないことに気づいた。「ミズキ、君のお母さんの事なんだが・・」「わたしは一度もあの人の事を母親だとは認めていません!」顕枝の事をルドルフが尋ねようとすると、瑞姫は突然大声で叫んだ。
2012年03月20日
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「誰か、誰か来て!」男達に組み敷かれ、犯されそうになりながらも、瑞姫は必死に助けを求めたが、誰も来る気配がなかった。『大人しくしろよ。そんなに騒いでいたら楽しめねぇ。』男の1人がそう言って瑞姫のワンピースの裾を捲り上げ、彼女のパンティを剥ぎ取って馬乗りになった。「嫌ぁ!」瑞姫は男の股間をヒールの爪先で蹴ると、彼が呻いている間に扉の方へと向かった。だが後少しという所で、彼女は再び男達に捕まってしまった。『このアマ、なめやがって!』股間を蹴られた男は怒りと欲望を滾らせた目で瑞姫を睨み付けると、彼女のワンピースを引き裂いた。(ルドルフ様・・)『おい、縄で両手を縛れ!』男が仲間にそう命じた後、自分が着ていたシャツを瑞姫に噛ませた。『これで誰も来やしねぇ。』下卑た笑みを浮かべながら、彼は再び瑞姫に馬乗りになり、事に及ぼうとした。だが―『そこまでだ。』彼の後頭部に、銃口が突き付けられた。彼がゆっくりと振り向くと、そこには激しい怒りの炎を蒼い瞳に宿らせたルドルフが立っていた。『その汚らわしい手を彼女から離せ。そうしなければお前を殺す。』男はゆっくりと瑞姫から離れ、両手を頭の上に乗せた。「ミズキ、大丈夫か!?」男を突き飛ばしたルドルフは、半裸に剥かれている瑞姫を抱き締めた。「ルドルフ様・・助けに、来てくれた・・。」瑞姫はルドルフの顔を見てそう言って笑うと、意識を失った。『なんですって、あの女をヤるのを失敗した!?』T伯爵邸の納屋で瑞姫を男達の餌食にしようとしていたマリサだったが、その目論見が失敗したと知るや、宮廷で見せる優雅な物腰とは全く違う荒々しい声で携帯に向かって怒鳴っていた。『あんた、金は払ったんだから仕事してよね! 何でそんな事になったのよ!』荒々しいスラブ語で捲し立てながら、マリサは舌打ちした。「マリサ、さっきは誰と話していた?」突如背後から冷たい声が聞こえ、マリサが振り向くと、そこには自分を睨み付けるルドルフが立っていた。「ル、ルドルフ様・・」「携帯を渡せ、マリサ。お前がミズキに何をしようとしたか、もうバレているぞ。」「ルドルフ様、わたくしは・・」「お前がミズキを納屋に連れて行き、そこで待っている男達に前もって報酬を渡して、彼女を犯せと命令したのだろう?」「そんな事をしたつもりはありませんわ。あの娘に少し痛い目を遭わせてやろうと思っただけで・・」「そうか。」ルドルフはそう言うなり、突然笑い出した。「ルドルフ様?」「漸くお前の本性が解ったよ、マリサ。」ルドルフはマリサの手からひったくるように携帯を奪うと、彼女を突き飛ばした。「な、何をなさるの!?」「失せろ、マリサ。ここでわたしに殺されたくなければな!」マリサを睨みつけながらルドルフは笑ったが、蒼い瞳は怒りで滾っていた。「この女を連れて行け。」「はっ!」マリサは手錠を掛けられ、警官に連行された。 ルドルフは王宮から出ると、瑞姫が入院している病院へと向かった。病院の特別室へと入ると、そこにはベッドの上で寝息を立てている彼女の姿があった。「ミズキ、あの女は刑務所に送ったよ。安心してくれ。」ルドルフがそう彼女の耳元で囁き、額にキスすると、瑞姫の目がゆっくりと開いた。「ん・・ルドルフ様・・」
2012年03月20日
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「ミズキ、大丈夫か?」「はい・・」瑞姫はゆっくりと寝台から起き上がろうとすると、下半身にズシリとした痛みが走った。思わず顔を顰めた彼女を、ルドルフは抱き締めた。「優しくしてやると言ったのに、君に無理をさせてしまったね。」「大丈夫です。気持ち良かったし・・」瑞姫は頬を赤らめると、俯いた。「そうか・・そんなに良かったか。」ルドルフは照れ臭そうに笑うと、瑞姫の唇を塞いだ。「ん・・ルドルフ様、駄目ですってば。」「今更何を言う。」ルドルフが瑞姫の胸元に手を入れようとした時、寝室の扉が勢いよく開けられた。「あらルドルフ、朝食の席に顔を出さないと思ったら、ミズキと居たのね。」ゾフィー大公妃は、ルドルフと瑞姫を交互に見ながらほくそ笑んだ。「お祖母様・・」「曾孫の顔を見るのに、そう時間はかからないわね。」ゾフィー大公妃はそれだけ言うと、寝室から出て行った。「曾孫の顔って・・ルドルフ様・・あの・・」「大丈夫だ、避妊はしたから。まだ君とわたしの結婚が認められないのだから、子どもはまだ持たないようにしよう。」「はい・・」合コンで出逢い、ルドルフとともに“婚約者”として暮らし始めてまだ1週間しか経っていない。皇太子である彼と、貴族の娘ではない瑞姫。2人の結婚はすぐには認められないだろうと解っていたから、ルドルフは避妊してくれたのだろう。そんな彼の心遣いを嬉しく感じながら、彼の為に頑張ろうと瑞姫は思ったのだった。「なんですって、ルドルフ様とあの娘が!?」「もうルドルフはあの子を抱いたわ。マリサ、ルドルフの心は既にあなたからミズキへと傾き始めているわ。もうお前は用済みよ。」「そんな、大公妃様・・」ゾフィーはマリサに背を向けると、さっさと部屋から出て行った。(どうしよう・・何とかあの子を消さないと!)ゾフィー大公妃に気に入られ、“花嫁修業”と称してホーフブルクで皇帝一家と暮らし始めてから3年半、何とかルドルフを振り向かせようと努力してきたが、ルドルフは自分には見向きもしなかった。自分が喉から手が出る程欲しかった“皇太子の婚約者”という地位を、ある日突然現れた日本人の少女に奪われてしまった。 このままホーフブルクから逃げ出すような真似はしたくない。ルドルフの心を自分に向けさせるには、あの少女を消すしかない。「ミズキさん、今宜しいかしら?」「マリサさん・・」T伯爵家で開かれた園遊会に出席した瑞姫は、そこでマリサに話しかけられ、思わず身構えてしまった。「ミズキさん、あなたと2人だけでお話ししたいの。」「ええ、いいですけれど・・」「ここじゃ何だから、わたくしに付いてきてくださる?」瑞姫はマリサと共に、会場から離れた納屋へと向かった。「あの、お話しって何かしら?」マリサは瑞姫の問いには答えず、彼女を納屋の中へと突き飛ばした。「何するの!」「あなたが悪いのよ、この泥棒猫! ルドルフ様はわたくしのものなんだから!」マリサはそう瑞姫に怒鳴ると、納屋の扉を閉め、鍵を掛けた。「ちょっとマリサさん、ここから出してよ!」瑞姫が納屋へと出ようとすると、何者かがぐいと彼女の腕を掴んだ。『へへ、良い女じゃねぇか。』不意に耳元に聞こえたスラブ語に、瑞姫は恐怖で身を震わせた。納屋の中には、数人の男達が居た。『可愛がってやるぜ、お嬢ちゃん。』「いや、来ないで!」バッグを振りまわして男達に抵抗したが、瑞姫はあっという間に干し草の上に組み敷かれた。
2012年03月20日
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性描写が含まれます、苦手な方はご注意ください。「どうしたんだ、ミズキ?」「だって、こんなの初めてで・・」瑞姫は頬を赤らめながら、瑞姫はルドルフを見ると、彼はそっと瑞姫の髪を撫でた。「大丈夫、優しくするから。」ルドルフはそう言うと、瑞姫の唇を塞いだ。激しいキスを繰り返しながら、瑞姫は徐々に頭がぼうっとなってゆく感覚がした。「はぁ・・」ルドルフがキスを止めると、瑞姫は全身が火照った。「どうした、まだキスだけなのに・・」ルドルフの指先が、夜着の裾を捲り、瑞姫の内腿を擦った。「あ、そんな・・」ルドルフから逃れようとした瑞姫だったが、彼は彼女を逃がさないように腰を掴み、奥へと手を伸ばした。「あ、あぁ・・」彼女の秘所にルドルフの指が触れた時、そこは少し湿っていたが、彼が撫でるようにそれを触っているとパンティからジワリと染みが広がった。瑞姫は必死に声を出すまいと、自分の指を噛んでいた。「傷がつく。」「だって・・恥ずかしい・・」「恥ずかしい事なんてない。」ルドルフが愛撫を続けると、瑞姫はあられもなく喘いだ。「いつまでそうしているつもりなんだ?」シーツにうつ伏せになって寝ている瑞姫の背中にルドルフが指を這わせると、彼女はビクリと身を震わせ、上目遣いでルドルフを見た。「だって、あんなの初めてで・・」指だけの愛撫で、瑞姫は数分前に絶頂に達したばかりであった。これまで異性とそのような関係を結ぶ以前に、交際経験が皆無だった彼女にとって、それは初めての経験であった。「怖いのか?」ルドルフはそっと瑞姫の背中を擦り、彼女の手を自分の下半身へと導いた。「あ・・」下着越しでもわかるほどの熱を感じ、瑞姫は再び身体が火照ってくるのを感じた。ルドルフはそっと瑞姫の乳房を揉みしだくと、彼女の声から甘い喘ぎが聞こえた。夜着の裾を捲り秘所を露わにすると、己の下半身に避妊具をつけ、それをゆっくりと彼女の中へと沈めた。「いやぁ!」指よりも圧倒的に大きいルドルフ自身に貫かれ、瑞姫は痛みで悲鳴を上げた。「止めようか?」ルドルフの問いに、瑞姫は首を振った。息が出来ないほどの激痛に耐え、何かが切れたような音がして、瑞姫は熱で潤んだ瞳でルドルフを見上げた。「大丈夫だから・・」瑞姫はルドルフに突かれる度に、声を大きく出してしまった。次々と襲い掛かる快感に蕩け、口端から涎を垂らし、彼女はもう痛みは感じなかった。瑞姫は悲鳴を上げると同時に、頭の中が白く染め上げられる感覚がして、失神した。「ん・・」鳥の囀りとともに瑞姫が目覚めると、隣には裸のルドルフが眠っていた。その姿を見た瑞姫は、昨夜の出来事を思い出し、頬を赤く染めた。「ルドルフ様、起きておられますか?」扉の向こうで、皇太子付の女官がノックした。どうしようかと瑞姫がもじもじしていると、ルドルフがガウンを纏い、寝台から出た。「何か用か?」素肌にガウンを纏ったルドルフを見た女官は一瞬顔を赤らめたが、すぐに平静を取り戻した。「朝食のお時間ですが・・」「済まないが朝食は部屋に運んでくれないか? 2人分を。」「は、はい・・」皇太子の寝室を出た女官は、すぐさまゾフィー大公妃の元へと向かった。「ルドルフがあの娘と・・まぁ、手が早いこと。」女官から報告を受けたゾフィー大公妃は、そう言って笑った。
2012年03月20日
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「ミズキ、お祖母様の事は・・」「いえ、いいんです。」ひとしきりルドルフの胸に顔を埋めて泣いた後、瑞姫は無理に笑顔を浮かべた。「検査の結果ですけど、妊娠・出産には問題ないようです。」瑞姫の言葉に、ルドルフは彼女を抱き締めた。「そんなに無理しなくていいぞ、ミズキ。この事は父上達に報告しておく。それよりも、マリサに何を言われたんだ? 君が訳もなく彼女に暴力を振るうとは思えない。」「実は・・」瑞姫はルドルフにマリサから処女だということで馬鹿にされた事を言おうかどうか迷ったが、恥ずかしくて言葉に出来なかった。「彼女の事はわたしに任せろ。ミズキ、この後予定はあるか?」「いいえ、ありませんけれど・・」「じゃぁウィーン観光にでも行くか。嫌な事は忘れた方がいい。」ルドルフの言葉に、瑞姫は嬉しそうに頷いた。 その後2人は、王宮を抜け出してウィーン市内を観光した。「ミズキ、わたしが勝手に君を連れ出して不快な思いをさせてしまったことは、済まないと思う。」「そんな・・謝らないでください。わたしが決めた事ですから。」昼食を取りに行ったレストランで、瑞姫はそう言ってルドルフを見ると、次の言葉を継いだ。「大学の事ですけれど、ウィーンに来る前学務課の方で留学届を出しましたし、先生方にも事情を説明しました。これから忙しくなりますけど・・」「そう、じゃぁ今日のように2人きりで過ごせる時間は余りないという訳だね。」ルドルフは溜息を吐いて、瑞姫の手を握った。「これから結婚に向けて君の事を悪く言う輩が居ると思うが、聞き流してくれ。わたしは君しか妻に望む女性は居ない。」「はい・・」初めてのデートは、ゾフィー大公妃から受けた仕打ちで折れそうになった瑞姫の心が、少し癒された。「おやすみなさい。」「おやすみ、ミズキ。」瑞姫と別れ、スイス宮の自室へと向かったルドルフは、シャワーを浴びて夜着に着替えて寝室へと向かった。寝台に入って数分もしない内に、彼は眠りに就いた。 瑞姫は忍び足で、スイス宮へと向かっていた。彼女が纏っているのは、胸元が強調された黒いレースの夜着で、膝丈の裾からは美しい足が太腿まで露わになっており、黒のミュールが出す甲高い音は、最上級の絨毯が吸収してくれ、誰も彼女が廊下に居ることに気づかない。だからと言って油断は禁物だ。瑞姫はそろりそろりとスイス宮にあるルドルフの執務室の扉を開けると、その奥にある寝室の扉にそっと触れた。それは、軽く押すと難なく開いた。「お・・お邪魔します・・」そろそろとルドルフの寝室へと入ると、彼は天蓋付きの寝台ですやすやと寝息を立てていた。(睫毛長いなぁ・・)瑞姫はルドルフの寝顔を間近で見ながら、金色の睫毛にそっと触れようとした。その時、微かな呻き声とともにルドルフがゆっくりと蒼い瞳を開いた。「そこで何をしている?」「あ、あの・・」胸の上が重苦しいと感じたルドルフが目を開けると、そこには少し透けたレースの夜着を纏った瑞姫が乗っかっていた。「あの・・わたし・・」瑞姫がこんな格好で寝室に忍び込んだ目的など、考えずとも解った。「夜這いに来たのか?」「だって・・ルドルフ様、処女は相手になさらないと・・」「あの女の戯言を真に受けるな。それに・・わたしが本当に処女を相手にしないかどうか、試してみないか?」そう耳元でルドルフに甘く囁かれ、瑞姫は頬を染めた。「え、あの・・」「その為に来たんだろう?」「それは、そうですけれど・・」ルドルフは口端を歪めて笑うと、瑞姫の腰にそっと爪を立てた。「やぁ・・」瑞姫が甘い喘ぎを漏らすと、ルドルフはそのまま自分の方へと彼女を抱き寄せた。
2012年03月20日
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「検査なんて・・わたしには必要ありません!」瑞姫がそう言ってゾフィー大公妃を見ると、彼女はじろりと瑞姫を睨みつけた。「お黙りなさい。さぁ先生、はじめてくださいな。」「では、失礼します。」瑞姫は医師がベッドの柵に固定された両足首の間に指を入れる感覚がして、思わず悲鳴を上げた。「力を抜いて下さい。」瑞姫は力を抜こうとしたが、両足を開かれた屈辱的な格好に羞恥心からかなかなか力を抜く事が出来ずにいた。「大公妃様、失礼致します。」「お入りなさい。」部屋の扉が開き、マリサが部屋に入って来た。「良い所に来たわね、マリサ。」「嫌、見ないで!」ただでさえ屈辱的な格好を人前に晒しているというのに、その上マリサとゾフィー大公妃に検査の様子を見られ、瑞姫は死にたくなった。 悪夢のような時間は漸く終わり、瑞姫の両足首を拘束していた針金がベッドの柵から外された。「この女はどうだったの?」「妊娠・出産には何ら問題ありません。」「そう、もう下がって頂戴。」医師が部屋から出て行くと、ゾフィー大公妃は枕に顔を埋めている瑞姫の髪を掴んだ。「子が産める身体だからと言って、わたくしはお前とルドルフとの結婚を許した訳ではないわよ。その事は憶えておきなさいね。」「大公妃様、後はわたくしが。」「そう。」ゾフィー大公妃はさっさと部屋から出て行くと、瑞姫はマリサと2人きりになった。「あなた、あんな検査で痛がってちゃ、ルドルフ様とセックス出来ないわよ? これだから処女は面倒なのよ。」瑞姫の羞恥心は、マリサの言葉で激しい怒りへと変化し、気が付けば彼女を拳で殴っていた。「きゃぁ~、誰か助けて!」マリサは大袈裟な悲鳴を上げながら、悲鳴を聞きつけたルドルフの胸へと飛び込んだ。「どうした?」「この子が・・この子が急にわたくしに殴りかかって来たんですわ! ルドルフ様、早くその子を追いだして下さいな!」「ミズキ、本当か?」「はい、本当です・・ですが彼女が酷い言葉を・・」ルドルフは瑞姫の言葉を聞いた後、マリサを見た。「ミズキに何を言った?」「わ、わたくしは何も・・ただ、検査の時に余りにも痛がるものだから、つい嫌味を・・」「検査? どういう事だ?」自ら墓穴を掘ってしまったとマリサはその時悟ったが、もう遅い。「実は、大公妃様が・・」マリサは、ゾフィー大公妃が独断で瑞姫に不妊検査をした事を話すと、ルドルフは烈火の如く怒った。「お祖母様と話をつけてくる。ミズキ、君も一緒に来てほしい。」「いいんです、そんな・・」ルドルフは有無を言わさず、瑞姫の手を掴むとそのまま祖母の部屋へと向かった。「お祖母様、失礼します!」「ルドルフ、お前がわたくしの部屋に来るなんて珍しい事。」「お祖母様、ミズキの許可を得ずに勝手に不妊検査をしたそうですね?」「まぁ、わたくしはお前の為を思ってしたことなのよ。わたくしだって早く曾孫の顔を見たいから・・」「あなたが産むわけでもないのに、ミズキを傷つけるなんて許しません!」「ま・・」ルドルフの言葉に、ゾフィー大公妃が驚いていると、彼は瑞姫を連れて部屋から出て行った。「ルドルフ様・・」「済まない、ミズキ。君を傷つけてしまって・・」ルドルフは涙ぐむ瑞姫を抱き締めると、彼女の嗚咽が治まるまで華奢な背中を擦り続けた。
2012年03月20日
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「お祖母様、余りミズキを苛めないでください。それに、まだ婚約中の身ですから、子どもの事は・・」ルドルフがすかさず助け船を出したが、ゾフィー大公妃はそれを一蹴した。「ルドルフ、お前はいずれ皇帝となってこの国を治めるのですよ。皇帝の役目は世継ぎを作る事。わたくしはこの女がお前の子を産める身体なのかどうか聞いているのですよ。」ゾフィー大公妃はそう言うと、瑞姫を睨みつけた。「生理は毎月来ているの?」「はい・・」「では性体験はあるの? 堕胎は?」「いいえ、ありません・・」矢継ぎ早にゾフィー大公妃に質問攻めに遭い、瑞姫は泣くのを堪えながら彼女の質問に答えた。「そう。ルドルフ、お前は本当にこの女と結婚する気でいるの?」「ええ。お祖母様、ミズキを皆の前で辱めるのは止めてください。」ルドルフは瑞姫を抱き締めながら、祖母を睨み付けると、彼女は不快そうに鼻を鳴らした。「わたくしは認めませんよ。貴族の娘でないのでしょう?」王族として、強い誇りを持っている祖母は、貴族の娘ではないルドルフの婚約者に強い不快感と嫌悪感を抱いているようだった。「お祖母様、ミズキはわたしの大切な人です。それにもう、家柄や身分で結婚相手を決める時代ではありませんよ。」「まぁ、お前は何て生意気になったものだね! フランツ、お前がもっとルドルフを監視しないから・・」祖母の怒りの矛先は、皇帝である父に向けられた。「ルドルフ、いつまでそこに突っ立っているつもりだ? 早く座らないか。」「はい、父上。ミズキ、わたしの隣に。」ルドルフはそう言って瑞姫の腰を抱き寄せると、彼女を自分の隣へと座らせた。「ルドルフ様、わたくし達に黙ってご婚約だなんて酷い方ね。」瑞姫の前に座っていた黒髪の美女がそう言って瑞姫を睨みつけた。「マリサ殿、もうお帰り頂いて結構だと申し上げたのに・・」ルドルフが溜息を吐きながら美女を見ると、彼女は前髪を鬱陶しそうに掻きあげた。「だって見たいじゃありませんか、ルドルフ様がそこまでにのめり込んだお相手がどんな方なのかしらと。でも大した方ではなさそうね。」美女―マリサはそう言って、馬鹿にしたような目で瑞姫を見た。こうして皇帝一家との夕食は、終始刺々しい空気が流れたまま終わった。『済まないね、ミズキ。マリサやお祖母様が無礼な事を・・』『いえ、いいんです。お休みなさい。』『お休み。』ルドルフと別れ、用意された部屋へと入ると、そこにはマリサが寝台の端に腰掛けて瑞姫を待っていた。「マリサさん、何かご用でしょうか?」「ええ。あなた、どうやってルドルフ様を誘惑したの?」「わたしは何もしておりません。」「あなた、ルドルフ様と寝たの?」マリサの質問に、瑞姫は顔を赤くした。「いいえ・・」「まだ処女なのね、あなた。言っておくけれど、ルドルフ様、処女は相手にしないのよ。あれが上手く入らないからって。」マリサは口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべると、瑞姫の脇を通り過ぎた。 彼女が去った後、瑞姫は寝台に倒れ込みながら溜息を吐いた。突然ルドルフの婚約者として王宮に連れて来られ、決して歓迎されないだろうと予想はしていたが、ゾフィー大公妃とマリサの、自分に対する激しい憎悪と敵意に当てられて、瑞姫は少し気分が悪くなり、着替えもせずにそのまま眠ってしまった。 翌朝、耳元で何かがガチャガチャという騒がしい音が聞こえたかと思うと、誰かが入って来る気配がして瑞姫はゆっくりと目を開けた。「あら、漸く起きたのね。」そこにはゾフィー大公妃がじろりと瑞姫を睨みつけており、その隣には医師が立っていた。瑞姫は起き上がろうとしたが、両足が動かない。「大公妃様、一体何を・・」「昨夜わたくしの問いに答えたお前の態度が気に入らないから、これから検査しようと思っているのよ。ちゃんと子が産める身体がどうかね。」
2012年03月20日
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『どういうことですか、これは!?』大使館に入った後、瑞姫はそう言ってルドルフを睨み付けると、彼は優しく彼女に微笑んだ。『君とは本当に結婚したいんだ、ミズキ。お願いだから、ここで帰るなんて言わないでくれ。』『そんな・・』ルドルフの誕生パーティーにただ出席するだけだと思っていた瑞姫は、彼が突然自分を婚約者として取材陣に紹介したことへのショックがまだ収まっていなかった。『どうしてわたしなんですか? あなたとはまだ知り合って間もないですし、あなたの事を知りません! それなのにお付き合いもせずに結婚だなんて・・横暴すぎます!』瑞姫はそう言いながら、ルドルフの胸を叩いた。『わたしが悪かった、ミズキ。だがわたしは一目見た時から君を好きになった。だがわたしが皇太子だと知ったら君は離れていってしまう。』『だから偽名を使ったんですか? ですがわたしは、皇太子妃としては・・』瑞姫の家は貴族の称号を持たぬ、ただの一般庶民であった。戦前は華族様であったが、それはもう過去の事であり、ハプスブルク家に嫁ぐには相応しい家柄ではない。『ミズキ、わたしは古い因習に囚われることなく、自分の意思で結婚相手を選ぶつもりで日本に来た。大学だってそうだ。民間出身の妃だって、君の国に居るじゃないか? かのキャサリン妃だって、貴族の令嬢じゃないだろう?』『そ、それはそうですけれど・・』『もう家柄や身分で結婚相手を決める時代は終わったんだ。ミズキ、すぐとは言わない。わたしと一緒にウィーンに来て、わたしと付き合って欲しい。』『ルドルフ様・・』ルドルフの蒼い瞳には、決意の光が宿っていた。それを見た瑞姫は、心を決めた。『わかりました。あなたとともにウィーンに行きます。』『ありがとう、ミズキ。』ルドルフは瑞姫を抱き締めると、彼女と激しいキスをした。 パーティーから一夜明け、雑誌やTV、新聞などのマスメディアは、こぞってルドルフ皇太子とその“婚約者”を大きく取りあげ、瑞姫の周囲は俄かに騒がしくなった。そんな中、北陸に居る父と継母が突然上京してきた。「瑞姫、報道は事実なのか?」「はい、お父様。わたしは彼と結婚いたします。」「そんな事を、すぐに決めるだなんて・・よくお考えになったら、瑞姫さん?」「いいえお義母様、わたしはもう決めました。数日後には彼の家族に会いに、ウィーンへと発ちます。」 数日後、瑞姫はルドルフとともにウィーンへと発った。『彼らは君のご両親かい?』ルドルフははす向かいの座席に座っている瑞姫の父と継母を見た。『はい・・別について来なくても良かったのに。』『君が心配なんだよ、ミズキ。』ウィーンへと着くと、彼らはリムジンに乗り、ホーフブルクへと向かった。ミヒャエル門の前には、沢山の人だかりが出来ており、リムジンが通り過ぎると一斉にカメラのフラッシュが光り、瑞姫は思わず顔を顰めた。『大丈夫、わたしがついているからね。』ルドルフの父である皇帝とその一族が待っているダイニングルームの前に来て、瑞姫は緊張のあまり倒れそうになったが、ルドルフがその不安を和らげるかのようにそっと彼女の手を握った。『はい・・』ルドルフと瑞姫がダイニングルームに入ると、そこにはオーストリア=ハプスブルク帝国皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフと、その妻である皇妃エリザベート、そしてゾフィー大公妃が一斉に彼らを見た。「ルドルフ、そちらの方があなたの婚約者なの?」爬虫類を連想させるような冷たい目で瑞姫を見つめながら、ウィーン宮廷の“主”であるゾフィー大公妃がそう言うと、ルドルフは笑顔を彼女に浮かべた。「ええ、お祖母様。彼女がわたしの最愛の人です。」「そう・・あなた、ミズキと言ったわね? 子は産めるのかしら?」「え・・?」ゾフィー大公妃の質問に、瑞姫は咄嗟に答える事が出来なかった。「どうなの?」自分を見つめるゾフィー大公妃の目は、決して孫皇子が選んだ女を認めぬという憎悪が宿っていた。
2012年03月20日
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『待ってくれ、ミズキ!』瑞姫がブライダルサロンを飛び出そうとすると、ルドルフが彼女の手首を掴んだ。『騙したんですね、酷い人!』瑞姫はそう言ってルドルフを睨み付けると、彼は瑞姫を抱き締めた。『君は誤解をしている、ミズキ。お願いだから戻ってくれ。』『解りました。』ルドルフとともにウェディングドレスの試着室へと戻った瑞姫は、様々なドレスを試着しながら、ルドルフが何を思って自分をここに連れてきたのか解らないでいた。『お気に入りのドレスは見つかったかい?』『ええ。』瑞姫はそう言って、最初に試着したAラインのドレスをルドルフに見せると、彼は溜息を吐いた。『このドレスは君に似合うけれど、何かが足りないな。』彼は店員を呼ぶと、何か彼女に指示を出した。『ドレスは決まったから、後は靴とアクセサリーだね。』ブライダルサロンを出たルドルフは、瑞姫を連れて高級宝石店へと向かった。『フランツ様、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ。』彼らが店内に入ると、店長と思しき男性がそう言ってVIPルームに案内した。『頼んでおいたものは出来たかな?』『はい、こちらに。』男性が長方形の箱を恭しくルドルフに手渡すと、彼はそれを開いた。 そこには花を象ったダイヤモンドのネックレスがあった。『イメージ通り、君にぴったりだ。』ルドルフは高価なネックレスを躊躇いもなく瑞姫の首につけた。『あの、こんな高価なもの、貰えません・・』『君は美しいんだから、常に美しいものを身に付けていて欲しい。』ルドルフはそう言うと、瑞姫の頬に軽くキスをした。『今日は楽しかったよ。』『わたしも・・』ショッピングデートを終え、高級イタリアンでルドルフとディナーを楽しみながら、瑞姫はルドルフの手を握った。『あの、ネックレスの事は・・』『あれはわたしから君へのプレゼントだ。明後日のパーティーには付けてきて欲しいんだ。』『パーティーが終わったら、お返し致しますから・・』『そんな事はしなくていい。』ルドルフはそう言うと、瑞姫の耳たぶを甘噛みした。 ディナーを終えた瑞姫は、ルドルフにマンションまで送って貰った。『今日は楽しかったです、ありがとう。』『パーティーで会おう。』ルドルフは瑞姫に別れのキスとハグをして、リムジンに乗り込んだ。 数日後、瑞姫はルドルフとともに銀座のブライダルサロンへと向かった。『ドレスは出来あがったか?』『はい。』『彼女の美しさを引き立てるようなメイクと髪型に仕上げてくれ。』『かしこまりました。』瑞姫はブライダルサロンの化粧室に入り、ウェディングドレスを見て絶句した。数日前に試着したそれは、美しいレースと宝石で裾を飾られており、胸元は大きく開いていた。「良くお似合いですよ。」「あ、ありがとうございます・・」その夜、オーストリア=ハプスブルク帝国大使館には、憧れの皇太子目当ての女性達と、取材陣が正門前に殺到していた。やがて皇太子を乗せたリムジンが停まると、女性達は一斉に皇太子の名を呼び、手を振った。彼女達の歓声に応えながらルドルフは始終笑みを絶やさずにリムジンの中に居る瑞姫の手を握り、彼女をエスコートした。彼女がリムジンから降りた途端、あれ程騒いでいた女性達は水を打ったかのように静かになった。「皇太子様、そちらの方は?」「皆さんにご紹介いたします。彼女はわたしのフィアンセです。」ルドルフはそう言うと、瑞姫を愛おしそうに見つめ、彼女の腰に手を回しながら、笑顔で大使館の中へと入っていった。
2012年03月20日
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瑞姫が部屋に入って招待状の封を開けると、そこには流麗な文字でこう書かれていた。『8月21日、ルドルフ皇太子の誕生パーティーが19時にオーストリア大使館にて開催されますので、是非ご出席くださいますよう、お願い致します。』(今頃になって、ルドルフ様はどうしてわたしにこんなものを・・)瑞姫は招待状を破り捨てようかと思ったが、ルドルフに尋ねたい事があったので、パーティーには出席する事に決めた。 シャワーを浴びながら、瑞姫は数ヶ月前にルドルフから突然プロポーズされたことを思い出した。合コンで出逢い、友人同士として気が合うと思っていたのだが、ルドルフはそうではなかったらしく、ファーストキスを彼に激しく奪われた。怒りに駆られた余り咄嗟に彼の頬を打ってしまったが、彼はそんな自分を怒るどころか、SP達から自分を守ってくれた。バイトと声楽のレッスンで目が回るかのような忙しい日々を送っていた瑞姫だったが、時折ルドルフが今どうしているのかと思い始めていた。そんな時に、招待状が届いた。彼が何を思って自分に招待状を送ったのかを知りたい―瑞姫はそう思いながら浴室を出て濡れた髪をタオルで拭いていた。そんな時に、リビングのダイニングテーブルに置いていた携帯がけたたましく鳴った。(こんな時間に、誰からだろう?)液晶画面には「非通知」と表示されていたが、瑞姫は相手が誰なのかを知りたくて、通話ボタンを押した。「もしもし?」『ミズキ、久しぶりだね。』通話口の向こうから聞こえたルドルフの声に、瑞姫は携帯を落としそうになった。「どうして、携帯の番号を知っているんですか?」『君のお友達が教えてくれた。ミズキ、突然で悪いんだが、明日時間あるかな?』「明日は声楽のレッスンもバイトも休みです。」『そう・・じゃぁ大学の近くで待ち合わせしよう。』「はい・・解りました・・」『おやすみミズキ、良い夜を。』(ルドルフ様、どうしたんだろう? 急に会いたいなんて・・)突然のルドルフからの電話に驚きながらも、明日彼と会う事に、瑞姫は密かに胸を弾ませていた。 翌日、瑞姫は胸元が大きく開いた瑠璃色のワンピースを着て、ルドルフとの待ち合わせ場所へと向かうと、彼は既にそこに来ていた。オフホワイトのスーツと、サーモンピンクのシャツを着こなした彼の周りには、オープンキャンパスに来ていた女子高生たちが黄色い悲鳴を上げながら通り過ぎて行った。『ルドルフ様、お待たせしました。』瑞姫がそう言ってルドルフの方へと駆け寄ると、彼は瑞姫を抱き締めた。『会いたかったよ、ミズキ。じゃぁ、行こうか。』『あの、どちらへ?』『それは着いてからのお楽しみだ。』リムジンに乗せられ、ルドルフが瑞姫を連れて行った場所は、銀座にあるブライダルサロンだった。『結婚はお断りした筈です!』怒りで顔を少し赤らめながら瑞姫がそうルドルフに抗議すると、彼はクスリと余裕のある笑みを浮かべた。『パーティーに着てゆくドレスを一緒に選ぶだけだよ。そんなにカリカリしないで。』(本当にそうかしら?)瑞姫は訝しげな視線をルドルフに送ると、彼は彼女の手を握った。『そのワンピース、良く似合ってるよ。』『ありがとうございます・・』ルドルフの言葉に照れながら、瑞姫はブライダルサロンの中へと入った。『予約をしていたルドルフ=フランツだが・・』『フランツ様、あちらへどうぞ。』店員に連れられ、彼らはある部屋へと入った。そこには、様々なデザインのウェディングドレスがハンガーに掛けられていた。
2012年03月20日
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黒髪の青年と瑞姫を乗せたリムジンは、やがて帝国ホテルの正面玄関へと停まった。『あの・・ルドルフ皇太子様はどちらに?』『わたくしについて来て下されば解ります。』黒髪の青年はそう言うと、エレベーターホールへと向かった。彼と共にエレベーターに乗り込み、最上階のスイートで2人は降りた。「失礼致します、ルドルフ様。ミズキ様を連れて参りました。」黒髪の青年がそう言って扉をノックすると、中から男性の声が聞こえた。『入れ。』『失礼致します。』青年と瑞姫がスイートルームの中へと入ると、そこにはソファで寛いでいるユリウスの姿があった。『ミズキ、もっと近くに来て。』『は、はい・・』ソファから少し離れた所で突っ立っていた瑞姫は、慌ててユリウスの隣に腰を下ろした。 すると彼は、彼女の腰を掴んで自分の方へと引き寄せた。『あの、何を・・わたしは、ルドルフ皇太子様に呼ばれて・・』瑞姫がそう言ってユリウスを見ると、彼はクスリと笑った。『わたしが、ルドルフ皇太子だ。ユリウスは偽名だ。』『え・・』瑞姫が驚愕の表情を浮かべながらユリウスを見ると、彼はそっと彼女の頬を撫でた。『君とはまだ出逢ったばかりで、本当の事は言えなかった。改めて自己紹介するよ、わたしはルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ、オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子だ。』ユリウス―オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子・ルドルフはそう言うと、瑞姫の唇を塞いだ。「んぅ・・」突然のユリウスからのキスに、抵抗も出来ずに瑞姫は、咄嗟に彼の腕を掴んだ。やがてルドルフの舌が瑞姫の口内をゆっくりと犯してゆく。そっと彼が瑞姫から離れると、彼女の艶やかな黒髪を優しく梳いて微笑んだ。『ミズキ、わたしと結婚してくれないか?』『一体何を、おっしゃっているんですか?』『君以外に、妻と思える女性は考えられない。お願いだ、一緒にウィーンへ来てくれ。』『お断り致します。』瑞姫はルドルフから逃れようとしたが、彼は瑞姫の腰を掴んでいる手を緩めようとはしなかった。彼の手が内腿を撫でる感触がして、瑞姫はキッと彼を睨んだ。小気味いい音がリビングルームに響き、ルドルフは驚愕の表情を浮かべながら瑞姫を見て、彼女に叩かれた頬を擦った。『世界はあなたが中心で回っているとは思わないで!』瑞姫はさっとソファから立ち上がると、スイートルームから出ようとした。だがその時、隣室に控えていたSP達が飛び出し、一斉に撃鉄を起こし、彼女に銃口を向けた。「彼女には手を出すな!」ルドルフが険しい目でSP達を睨み付けると、彼らは一瞬怯んだが、銃口を瑞姫に向けた。「ですが皇太子様、この女はあなた様に狼藉を・・」「わたしが彼女を怒らせた。殴られるのは当然だ。銃を下ろせ。」「ですが・・」「下ろせと言っている。わたしに逆らうつもりか?」ルドルフの冷たい瞳に睨みつけられ、SP達は漸く銃を下ろした。『では、わたしはこれで失礼致します。』瑞姫は、スイートルームの扉を開けると、一度もルドルフの方を振り向きもせずに去っていった。 ルドルフから突然求婚されてから数ヶ月が過ぎた。瑞姫はバイトや講義で忙しく、彼の事を忘れようとしていた。大学生の夏休みは長く、その間瑞姫は声楽のレッスンやバイトに励んでいた。そんな中、瑞姫がポストから郵便物を取り出していると、あるものが彼女の目に留まった。それは、双頭の鷲の蜜蝋が押された一通の招待状だった。graphics by Heaven's Garden
2012年03月20日
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『2人きりになれたね、ミズキ。』そう言って金髪の青年―ユリウスは瑞姫の手を優しく握った。『あの、ユリウスさんはこちらで暮らしていらっしゃるんですか?』『まぁね。それよりもミズキは大学で何を学んでいるの?』『声楽です。昔宝塚に憧れて、声楽やバレエをしていて・・まだ夢を諦めきれなくて、大学は声楽を学べる所を選びました。ユリウスさんは大学で何を専攻されているんですか?』『自然科学さ。動物好きが高じて、本格的に大学で学びたいと思ってね。ウィーンの大学でもよかったんだが、父上が進学を許してくれなくて・・』『お父様が?』ユリウスの言葉に、彼の父親は地位がある者に違いないと瑞姫は思った。帝国ホテルのスイートルームで暮らす者となると、富裕層に限られてくる。だとしたら、彼は欧州の貴族―高位の家の子息だと瑞姫は思ったのだった。『ああ。父上は家を継ぐわたしが大学へ行って何を学べと言うんだ、と猛反対していてね。その事で喧嘩になって家出して、日本に居るのさ。』『家を継ぐ為には、学問は不要ってことですか?』瑞姫の言葉に、ユリウスは少し顔を歪ませた。(何か悪い事、言ったかな?)『・・そうじゃない。父上は大学に進学して変な連中とわたしが付き合うのを避けたいんだよ。わたしは父上を尊敬しているが、わたしにはわたしの生き方がある。』そう言ったユリウスの蒼い瞳は、強い光を宿していた。『色々と大変なんですね・・じゃぁわたしはこれで失礼を。』瑞姫はさっとソファから立ち上がると、スイートルームから出て行った。「もう出て来ていいぞ、シリル。」ルドルフはシリルが控えている隣室のドアを開けると、中から不機嫌そうな表情を浮かべながら彼が出てきた。「変な事はなさらなかったでしょうね?」「ああ。それよりも、ミズキの事が気に入った。彼女ならわたしの妻にしても申し分ない。」「ルドルフ様、ウィーンにはあなたの花嫁候補であるシュティファニー様とマリサ様があなたのお帰りを待っておられるのですよ? そのような・・」「人の心は誰にもコントロールできないさ。彼女の事がもっと知りたい。」シリルはルドルフが瑞姫に一目惚れしてしまった事を知り、溜息を吐いた。「ねぇ瑞姫、あの人とはどうなった?」「店を出た後、彼の部屋で少しお話しして帰ったわ。」「ふぅん、本当にそうなの?」「ええ。はじめは部屋に来て欲しいって言われて戸惑ったけど、そんな事しないって言ったし、実際に何もなかったんだから。」「へぇ、ストイックなのね、彼。彼氏いない歴18年のあなたにも、漸く春が来たって訳だ。」昼休み、カフェテリアで蓉子はそう言ってアイスコーヒーを飲みながら、瑞姫をからかった。「ユリウスさんとお付き合いするかどうかはまだ決めてないけど、何だか好みが合いそうなの。」「惚気話はもう聞きたくないわ。あ~、羨ましい!」蓉子は瑞姫の肩を叩くと、サンドイッチにかぶりついた。ドリアを食べながら、瑞姫は昨夜ユリウスと過ごした夜の事を思い出していた。異性と付き合うのは初めてだったが、ユリウスと話していると何だか時間を忘れそうなほど楽しかった。「あの人、格好いい!」「モデルみたい!」突如カフェテリア内に女子学生達の黄色い悲鳴が響き渡ったかと思うと、瑞姫達の前に黒髪の青年が現れた。『ミズキ=マミヤ様ですね?』『はい、わたしですが・・何か?』『ルドルフ皇太子様の命により、あなたをお迎えに上がりました。』(ルドルフ皇太子・・ルドルフ皇太子ってあの、ハプスブルク家の皇子様!?)『あの、わたし何か失礼な事をなさいましたか?』『いいえ。お話は皇太子様から直接伺ってください。では、参りましょう。』黒髪の青年は少し苛立ったかのように、さっさとカフェテリアから出て行った。「蓉子さん、御免なさい。先生達には・・」「解ったわ、早く行って!」突然の皇太子の呼び出しに戸惑いながらも、瑞姫は慌てて黒髪の青年の後を追い掛けた。
2012年03月20日
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