F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 1
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薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
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YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
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薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
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名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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その日の夜、宮中では信子主催の管弦の宴が華々しく開かれ、光明の妃となるのには相応しい家柄と美貌を兼ね備えた姫君達が集まった。「光明、この中からそなたが妃にと思った姫君を選ぶのですよ。」「皇太后さま、わたくしはまだ結婚は・・」「何を言うのです、あなたはもうじき東宮となられる身。妃を選ばなければ外聞が悪いでしょう?」信子がそう言って光明を睨んだ時、不意に池に浮かべている船から箏の音が聞こえた。「あら、何かしら?」「とてもお美しい方ね・・」月明かりに照らされ、船の中で箏を弾く美鈴は、深緑の唐衣を纏っていた。突然現れた謎の姫君に周囲の者達は呆気にとられたが、次第に美鈴の演奏に恍惚とした表情を浮かべながら聞き惚れる者が出来た。「美鈴、見事な演奏であったぞ。」「有難きお言葉を頂戴し、嬉しゅうございます。」美鈴はそう言うと、信子と光明の前で頭を垂れた。「美鈴、その唐衣はそなたの黒髪に映えて似合うておるぞ。」信子は美鈴に向かって微笑んだ。「皆の者、先ほど見事な箏の腕前を披露してくれたのは、光明の妃となる立花家の姫、美鈴じゃ。」―何ですって・・―あれが、東宮妃様ですって?周囲が美鈴を指しながらざわめき始めたのを見た信子は、美鈴を見た。「皇太后さま、これは一体どういうことなのですか?」「光明、詳しいことは後で説明する。」 宴が終わり、信子の部屋に呼ばれた光明と美鈴は、彼女の口からある“作戦”を明かされた。「実は、美鈴をそなたの妃に選ぶことは、はじめから決めておった。」「そんな・・美鈴様は姫の恰好をしておりますが、れっきとした男子ですよ?男を東宮妃にするなど、前代未聞です!」「だが美鈴姫が男子であると知っているのはそなたと妾、そして側仕えの者だけじゃ。それゆえ、美鈴姫を東宮妃として迎えても、宮中の者達は暫く何も言わぬだろうよ。」「つまり、皇太后さまはわたくし達に世間の目を欺き、東宮とその妃を演じろとおっしゃるのですか?」「そうじゃ。光明、これからは妃である美鈴を守ってやれ。」「は、はい・・」「美鈴よ、そなたは兄である夫の光明を生涯支えるのじゃぞ。」「わかりました、皇太后さま。」 こうして、晴れて光明は東宮の座に就き、美鈴は東宮妃として光明を支えることになった。男同士で、同じ血を分けた兄弟が夫婦になるなど、宮中にとっては前代未聞の話ではあったが、二人が亡くなるまでその秘密は守られた。「まったく、皇太后さまはお人が悪いお方だった。」二人が亡くなってから何年が経った後、すっかり年老いてしまった 光利は当時の事を思い出しながら、光明と美鈴の養子で、実の息子である幸秀(ゆきひで)に今は亡き信子への恨み言をつい吐いてしまった。「ですがお二人はお亡くなりになられるまで仲睦まじかったと聞いておりますよ?」「まぁ、同じ血を分けた者同士、何処か気が合うところがあったのであろうな。」 空に浮かぶ赤い月を眺めながら、光利は盃に入った酒を一気に飲み干した。―完―にほんブログ村
2014年10月09日
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「皇太后さま、本気なのですか?陰陽師如きを東宮にさせるなど・・」「戯言で妾がそのようなことを申す訳がなかろうが?」信子は、光明を東宮にすることを反対している女房達を睨んだ。「いえ・・」「そなたら、二度と妾に向かって生意気な口を利けぬようにしてやろうか?」「お許しください、皇太后さま!」「わかればよいのだ。」「宴、ですか?」「そうじゃ。そなたの妃選びを兼ねて、今宵管弦の宴を開こうと思っておる。」「そうですか・・」「何処か浮かぬ顔をしておるな?」「いいえ。」「そなたは宴が始まるまで、安倍の家でゆっくりしておればよい。」「わかりました。」 信子の部屋から出た光明は、その足で美鈴が居る桐壺へと向かった。「光明様、お久しぶりでございます。」「美鈴様、お元気そうで何よりです。今宵、皇太后さま主催の管弦の宴が開かれるのをご存知ですか?」「ええ。その宴には、わたくしも出席するつもりです。」「そうですか。では、またお会いしましょう。」「ええ。」美鈴が光明に向かって手を振った後、彼女は背後から誰かに肩を叩かれた。「あなた、光明様とお知り合いなの?」「ええ。」「あの方、陰陽師だというのに東宮になられるんですって?随分と図々しいお方なのね。」「それは一体、どういう意味ですか?」女房の言葉に少し怒りを感じた美鈴がそう彼女に問いただすと、彼女は軽蔑したような笑みを口元に浮かべた。「だってあの方、謀反人の血をひいているのでしょう?それなのに、何故東宮になろうとするのかしら?」「それは、皇太后さまがお決めになったことです。」「皇太后さまも、皇太后さまよねぇ。謀反人の息子を東宮になどしようとして、何を企んでいるのかしら?」「妾が何を企んでいるか、知りたいのか?」凛とした声が美鈴達の背後から聞こえたかと思うと、彼女達の前には憤怒の表情を浮かべている信子が立っていた。「こ、皇太后さま・・」「光明は宏昌の血をひく、皇子であるぞ。故に、東宮となる資格がある。それに宏昌は謀反の罪を着せられただけのこと。今後宏昌と東宮を貶める様な事を言うてみよ。そなたの首を刎ねてやろう。」「お許しください、皇太后さま。お命だけは、どうかお助けを・・」「ならば、その口を一生閉じておけ。」「は・・」美鈴相手に皇太后の陰口を叩いていた女房は蒼褪めた顔で部屋から出て行った。「そなた、美鈴といったな?」「はい、皇太后さま。」「そなた、妾についてくるがよい。そなたに見せたいものがあるのじゃ。」「かしこまりました。」 美鈴が信子の部屋に入ると、そこには美しい唐衣が掛けられてあった。「美しいですね・・」「そうであろう?この唐衣は東宮妃が纏うものじゃ。」「東宮妃様が?」「今宵開かれる管弦の宴は、光明の妃を選ぶことが目的で開くのじゃ。美鈴よ、妾からそなたに頼みたいことがある。」「頼みたいことでございますか?」「ちと、耳を貸せ。」にほんブログ村
2014年10月09日
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「姫様、お聞きになりましたか?」「淡路、どうしたの、そんなに慌てて?」「実は、近々東宮の座にあの光明様が就かれるという噂をさっき皇太后さま付きの女房から聞きました。」「まぁ、それは本当なの?」「ええ、確かでございます。」「光明様は主上の亡き兄君の血をひいていらっしゃるから、東宮となられるには何ら問題はないけれど・・周りの者が何と思うかしらねぇ?」「さぁ・・」「光明様は、今頃大変でしょうね。」「そうですわね。それよりも姫様、口を動かすよりも手を動かさねばなりませんよ。」「うるさいわね、わかったわよ。」淡路にそう指摘され、美鈴は口を閉じて途中で放り出したままになっていた針仕事を再開した。―ねぇ、陰陽寮の方からお聞きしたのだけれど・・―聞いたわよ、陰陽博士様が東宮様になられるんですってね?―今の陰陽博士様って、安倍兄弟の弟君よね?―陰陽師が東宮様になられるなんて、前代未聞だわ。 皇太后・信子が光明を東宮にすると宮中に発表して以来、光明は廊下を歩くたびに女達が自分の事を話しているのを聞いて溜息を吐いた。(まったく、正式に決まった訳ではないのに、騒がしいな・・) 信子が勝手に話を進め、光明を東宮にさせようとしていることに対し、帝は何も言わない。信子は帝よりも宮中での発言力が強く、陰では“女帝”と呼ばれているほどの権力を持っている。そんな彼女に、帝が逆らえる筈がない。(もう皇太后さまに、何を言っても無駄か・・)「光明、どうした?浮かない顔をしているな?」「何だ、お前か。」書物から顔を上げた光明は、自分の前に立っている紫雲を見てそう言って彼を見た。「おいおい、何だとはないだろう?なぁ、お前が東宮になるってことで、色々と周りが騒いでいるようだが・・」「あれは皇太后さまが勝手に決めたことだ。」「あの方は一度決めたことは頑として変えないお方だからなぁ。」「人の苦労を知らないで、よくそんな暢気な事を・・」光明がそう言って紫雲を睨むと、部屋の前に女童(めのわらわ)が立っていることに気づいた。「どうした?」「あの、皇太后さまがお呼びです。」「わかった、すぐに行く。」読んでいた書物を閉じた光明は、そのまま信子の元へと向かった。「皇太后さま、今日は何のご用でわたくしをお呼びになったのですか?」「そなた、そろそろ身を固める気はないか?」「いいえ・・」「東宮妃となる姫君は、わたくしが選んでおくから、そなたはわたくしのいう事を黙って聞いていればよい。」「皇太后さま・・」にほんブログ村
2014年10月08日
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「暫く、考える時間を下さい。」「わかった。良い返事を待っておるぞ。」「それでは、わたくしどもはこれで失礼いたします。」光利は光明とともに信子の元を辞すと、光明を見てこう言った。「まさかお前、東宮の話を受ける気じゃないだろうな?」「それは、まだ考えておりません。」「だが、あの言葉だと皇太后さまに期待を持たせてしまうような言い方だったぞ。」光利の言葉を聞いた光明は、溜息を吐いた。「わたしとしては、穏便に東宮のことを皇太后さまにお断りしようとしたのですが・・」「お前がそのつもりでも、皇太后さまにとっては違う。お前が東宮になる気でいるのだと思っているようだ。」「そんな・・」「暫く時間をやるから、じっくりと考えてみることだ。」「わかりました、兄上。」「わたしは家に戻る。」陰陽寮の前で光利と別れた光明は、仕事をしながら東宮の座に就くのかどうかを考えていた。 帝の亡き兄君の遺児であるというだけで、好奇と羨望、憎悪の視線を向けられてきたが、東宮の座に就いたらどうなるのか、考えるだけでも恐ろしい。(皇太后さまには、お断りの返事を申し上げた方がいいだろう・・)今まで散々な目に遭ってきたのだ。もうこれ以上面倒な事に巻き込まれないためには、東宮の話は断った方がいい。「光明様、いらっしゃいますか?」「ああ。」「皇太后さまがお呼びです。」「わかりました。」 信子付の女房とともに光明が彼女の部屋へと向かうと、そこでは信子と帝が囲碁に興じていた。「光明、来たか。」「皇太后さま、東宮の話はお断りしようと・・」「光明(こうみょう)、そなたはこの者が東宮に相応しい器だと思うか?」信子はそう言うと、白の碁石を打った。「わたしは、母上がこの者が東宮に相応しい器だと思うのなら、何も異論はありません。」「ほほ、そうか。近々高麗の学者を呼び、この者の相を占って貰うとしよう。」二人の会話を傍で聞いていた光明は、信子が自分を東宮の座に就かせようとしていることに気づいた。「皇太后さま、わたくしは・・」「そなたは何も心配せず、わたくしに全てを任せればよいのです。」光明に反論の余地すら与えず、信子はそう言うと彼に微笑んだ。兄が言っていた通りになってしまった。「只今戻りました。」「皇太后さまとの話し合いはどうだった?」「話し合いにもならなかった。皇太后さまはわたしが東宮になるのが当然だと思っていらっしゃるようだ。」「あの方に曖昧な返事をしたお前が悪い。」光明は光利にそう言われ、溜息を吐いて俯いた。「もう皇太后さまがお前を東宮にさせたいという気持ちは揺らがないのだから、お前も腹を括ることだな。」にほんブログ村
2014年10月07日
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「光明、すぐに宮中へ行け。皇太后さまがお前をお呼びだ。」「皇太后さまがわたくしに一体何のご用でしょうか?」「それは行かねばわかるまい。」 宮中を震撼させた事件から二月の歳月が経った頃、光明は安倍家当主となった光利とともに宮中へと向かった。「皇太后さま、ご機嫌麗しゅうございます。」「堅苦しい挨拶などせずともよい。二人とも、近う参れ。」「は・・」 二人が信子の前に行くと、彼女が手に持っていた檜扇を開く音が頭上で聞こえた。「光安の事は、残念であったな。」「はい・・」 安倍家の先代当主であり、兄弟の父親であった光安は一度も意識が戻らぬまま、事件から一月後に亡くなった。誰を次期当主にするかどうかで親族たちとの間で散々揉めた結果、嫡男である光利が当主の座に就くことで落ち着いた。「皇太后さまには、安倍家当主としてのご挨拶がまだでしたので、こうして馳せ参じました。」「そなたは大変優秀な陰陽師ときいておる。その力を我が国の為に存分に発揮しておくれ。」「御意。」「二人とも、おもてをあげよ。」二人がゆっくりと顔を上げると、そこには古希を迎えたとは思えぬほどの美貌を持った皇太后・信子が彼らを見つめていた。「そなたが、宏昌の忘れ形見か?」「はい、皇太后さま。光明でございます。」「そなた、東宮になる気はないか?」「は?」突然信子からそう言われて、光明は間の抜けた声を出してしまった。「皇太后さま、光明は東宮になるつもりは・・」「そなたは宏昌の血を継ぐ者、即ち帝となるには相応しい身分の者です。中宮と皇子があのような事になり、帝となるものが居なくなってしまったから、この国は滅んでしまいます。」「ですが・・」「光明、どうか老い先短いわたくしの願いを聞いてはくださりませぬか?」そう言うと信子は、光明の手を握った。困り果てた光明は光利の方を見て彼に助けを求めたが、光利は首を横に振った。「皇太后さま、わたくしは宮中では東宮としてではなく、陰陽師として生きていきたいのです。」「そうか、そなたはそう思っておるのだな・・しかし、わたくしはそなたの事を諦めませんよ。」それまで光明に対して穏やかな笑みを浮かべていた信子の目が、鋭く光った。「皇太后さま・・」「そんな堅苦しい呼び方はしないで。今日からはわたくしの事を、“お祖母様”と呼んでもいいのですよ?」「ですが、それでは・・」「漸く長い年月を経て会えたのですから、わたくしは祖母として孫のお前に色々と尽くしてやりたいのです。」(狡いお方だ、皇太后さまは。)「皇太后さま・・」「どうか、わたくしのことを一度でもいいから、“お祖母様”と呼んでおくれ。」信子は嘘泣きをしながら、光明の手を強く握った。にほんブログ村
2014年10月06日
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「誰にも、わたくしの邪魔をさせないわ!」梨壺女御・咲子は鞭のような髪を三人に向かって次々と放った。光明が太刀でその髪を切ろうとしたが、その髪はまるで鋼のようにできており、太刀の刃が折れてしまった。「光明、退け!」光利は懐から壜のようなものを取り出すと、その中にたまっていた液体を咲子に向かって撒き散らした。 彼女は悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。彼女の両目から、煙のようなものが上がっていた。「兄上、これは何ですか?」「これは聖水だ。西洋で魔物を祓うものに使われているといわれているが、鬼祓いでも使えるらしいな。」「そうですか・・」「光明、これを使え。」「有難うございます。」光利から太刀を受け取った光明は、その太刀で咲子へと突進した。「いやだ・・ひとりはもういやだ・・」呻きながら、咲子はそう言うと鬼から美女の顔へと戻った。その美しさは以前のものとまったく変わらぬものだったが、その姿が偽りのものであるということを光明は知っていた。「お願い、わたしを殺さないで・・」「黙れ。」光明は太刀で咲子の首を切断した。「終わりました、兄上。」「そうか・・」光利がそう言って咲子の首を見ると、死んだ筈の咲子の目が開いた。「う、うぅ・・」「さようなら、女御様。」光利は聖水を高く掲げると、それを頭から咲子に浴びせた。断末魔の悲鳴が上がり、咲子は息絶えた。「光明様、女御様は?」「鬼は倒した。」「そうですか・・」美鈴はそう言うと、咲子の首が転がっている場所を見た。「もう行きましょう美鈴様、ここにわたしたちが居る必要はありません。」「ええ・・」雪が降る中、美鈴達は荒れ果てた宇治の別邸を後にした。「これから、わたしたちはどうなるのでしょう?」「それは、誰にもわかりません。」「そうですね・・」「美鈴様、あなたは自分で己の人生を切り開けばよいのです。」 咲子と彼女が産んだ皇子が死に、東宮となる者が居なくなった宮中では、皇太后である帝の母が、帝に思わぬ提案をした。「光明よ、そなたの兄の遺児である光明という男がおるだろう?その男を、東宮の座に就かせてはどうじゃ?」「母上、何をおっしゃいます。光明は、東宮としての人生など望んでなどおりませぬ。」「そなた、何を言う?このままでは、日本は滅びてしまうのだぞ?」「母上・・」「妾が何のためにそなたを帝にしたと思うておる。」 光明帝の母である皇太后・信子は、そう言うと帝の手を取った。「妾の望みは、そなただけなのだ。」にほんブログ村
2014年10月03日
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「ここが、梨壺女御様のご実家の、別邸ですか?」「ああ。」「ですが、こんな荒れ果てたところに梨壺女御様が本当におられるのでしょうか?」 光利と光明、美鈴は梨壺女御が静養しているという宇治の別邸へと向かったが、そこは全く人気がなく、荒れ果てていた。「この荒廃ぶりを見る限り、何年もここは人が住んでいないのだろうな。」「一体、何故梨壺女御様はわたくしたちをこのような場所に呼んだのでしょうか?」「教えてさしあげましょうか?」突如暗闇の中から声が聞こえ、三人が背後を振り向くと、闇の中かから梨壺女御が姿を現した。「梨壺女御様、いつからこちらにいらしていたのですか?」「さっきからよ。それよりもあなた方も、こちらに来ていたのね。」梨壺女御はそう言うと、口端を歪めて笑った。その笑みを見た三人は、背筋に悪寒が走るのを感じた。「梨壺女御様、わたくし達にお話があると聞きましたが・・」「光明様、あなたは本当に東宮にはならないというの?」「ええ。それよりも、皇子のお姿が見えませんが・・」「あの子は、死んだわ。」「死んだ?」「ええ。ここに来てから急に体調を崩したかと思ったら、あっという間に死んでしまったの。」そう言った梨壺女御の表情には、変化がない。「どうしてわたくしが愛した者は皆、わたくしの元を去っていってしまうのかしら・・」「女御様?」「美鈴様、危ない!」 梨壺女御の様子がおかしいことに気づいた美鈴が彼女に一歩近づこうとしたとき、女御の長い髪が突然鞭のようにしなって美鈴を襲った。「貴様、何者だ!?」「わたくしは、もう誰にも愛する者を奪われたりはしない・・そう、わたくしは愛する者を守る為ならば何でもするわ・・何でも・・」そう言って顔を上げた梨壺女御は、鬼となっていた。「あれは、一体・・」「あれはもう、梨壺女御様ではない。女御様の身体を借りた化け物だ。」「それじゃぁ、女御様は・・」光明は美鈴の問いに首を横に振った。「わたくしを邪魔する者は許さない・・殺してやるわぁ!」梨壺女御の身体を借りた化け物は狂気に満ちた言葉を撒き散らしながら、ゆっくりと三人の方へと近づいてきた。にほんブログ村
2014年10月02日
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「光利様、わたしに話したいこととは何でしょうか?」「単刀直入に聞くが、光明に呪詛を掛けたのはお前ではないのか、実篤?」「何故、わたしがそのようなことを・・」「お前があの父親の所為で苦しんでいることを、わたしは知っている。」光利がそう言って実篤を見ると、彼は酷く狼狽していた。「わたしは、次期当主の座など望んでなどいない。それなのにあの人は、勝手にわたしが次期当主の座につくと思い込んでいて・・」実篤が抱える苦悩が、光利は手に取るようにわかった。幼少のころから優秀な自分達と比較され続け、劣等感を抱えながら生きてきた実篤。それとは対照的に、宮中で活躍し、注目されている光明。「わたしは、いつの間にか光明様にとんでもないことをしてしまった・・」「実篤、今ならまだ間に合う。」俯き涙を流す実篤の背を、光利はそっと押した。「光利様・・」「犯した過ちを悔やむよりも、これ以上自分の良心を裏切るようなことをしてはならぬ。」「わかりました。」 実篤は光利と別れると、親族たちが集まっている寝殿に入った。「実篤、光利と何の話をしておったのだ?」「父上、光明に呪詛を掛けたのはわたしです。」「何だと、それは本当なのか!?」「はい。父上、わたしと親子の縁を切らせてください。もうわたしは、安倍家の者ではありません。」「何故、そのようなことを・・」「父上、もうわたしを解放してください。わたしは、安倍家の次期当主にはなれません。」「実篤・・」 親族たちの前で光明に呪詛を掛けたことを告白した実篤は、安倍家から追い出されることになった。「光明、気分はどうだ?」「少しよくなりました。実篤は、何処に?」「あいつは、安倍家から出て行った。」「そうですか・・あいつには、悪いことをしてしまった・・」「自分を責めるな、光明。今は自分の事だけを考えろ。」実篤が掛けた呪詛が解け、光明は光利とともに宮中へと向かった。「光明様、久しいですね。」「あなたは、確か美鈴様の・・」「淡路と申します。姫様が、あなた様にお会いしたいとおっしゃっております。」「わかりました、すぐに参ります。」 二人が桐壺へと向かうと、そこは内装や女房の装束に至るまですべて黒で統一されていた。「光利様、光明様、お久しぶりでございます。」美鈴はそう言うと、二人に向かって頭を下げた。「美鈴様、お元気そうで何よりです。わたくし達を呼んだのは、どういうご用件でしょうか?」「実は、梨壺女御様が・・」「梨壺女御様が、どうされたのですか?」「桐壺女御様がお亡くなりになられて、梨壺女御様はご自分がお産みになった皇子様が東宮になれないのではないかと不安になっておられます。」「だからこうして、わたし達を呼んだというわけですね。」「はい。」「梨壺女御様はどちらにおられますか?」「梨壺女御様は体調を崩されて、宇治の別邸におられます。」「そうですか・・」 その日の昼、光利と光明は、美鈴とともに梨壺女御に会う為に、宇治へと向かった。それが罠であることを、その時は誰も知る由もなかった。にほんブログ村
2014年10月02日
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桐壺女御の訃報は、瞬く間に宮中に広まった。―これから、宮中はどうなってしまうのでしょう。―もしかして、あの方が東宮様に?―まさか、そんなことは・・ 咲子は、光明が東宮として宮中に上がるのではないかと疑い始め、使いの者を安倍邸に向かわせた。「どうであった、安倍家の様子は?」「安倍家当主と、光明様は病に臥せっておられます。」「何と・・」「詳しいことはわかりませんが、安倍家では何かが起きているような気がいたします。」「そうか、ご苦労だったな。もう下がってよいぞ。」「は・・」使いの者が下がり、咲子は安倍家で何が起きているのかを知りたくなった。(光明と当主が病に臥せっているとなれば・・もしかしたら、我が皇子が東宮になる日が来るのかもしれぬ・・) 一方安倍家では、呪詛に掛かり病に臥せった光明の為に連日加持祈祷が行われていた。「光安の事といい、今回といい・・この家は何か禍々しいものにでも呪われているのではないか?」「父上、言葉を慎んでください。」「実篤、もしやそなたが光明に呪詛を掛けたのではないか?」「馬鹿な事をおっしゃらないでください!」実篤がそう言って父親を睨むと、彼は少しばつの悪そうな顔をして俯いた。 同い年の従兄弟である光明は、凡庸な自分と比べて幼少のころから陰陽師としての才能があった。彼とともに英才教育を受けていた実篤だったが、いつも暦の試験で満点を取るのに精いっぱいだった。それに対して光明は、七つの頃から式神を使役するほどの才能を持ち、彼の兄である光利とともに安倍家期待の星と言われていた。 “光明と光利は腹違いの兄弟で、光明の母親は狐だったそうだ。” 父から光明の出生に纏わる秘密を聞き、実篤は光明が妖狐の血をひいているから天賦の才に恵まれているのだと思った。本物の天才に、自分ごときが叶うはずがない―実篤は光明と競うことを諦め、これまで波風立てぬ穏やかな生活を送って来た。だが、野心家の父親は今回の後継者騒動を利用して、息子である実篤を安倍家の次期当主に据えようと企んでいた。「父上、本当にわたしを次期当主に据えようとお思いになっておられるのですか?」「何を言う、実篤。これまで兄上たちに蔑ろにされた恨みを晴らす時が来たのだぞ。今回の騒動を利用せずにどうするというのだ?」「ですが・・」「そなたは男であろう?男ならば、己の野心に忠実に動かねばならぬ。」「父上・・」「これから光明の加持祈祷が行われる。実篤、そなたは己が課せられた使命をわかっておるな?」「はい・・」どれほど自分が父に抵抗しようとも、父の考えが変わらぬことなど、実篤はとうにわかっていた。にほんブログ村
2014年10月01日
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「咲子殿、来てくれたか。」 咲子が桐壺へと向かうと、桐壺女御が痩せた頬を自分に向けた。「昨夜倒れられたとお聞きになりましたが・・」「少し疲れが溜まっただけだ。心配をかけてしまったな。」桐壺女御はそう言うと、御帳台の中から出て咲子の前に立った。「光明の事を、そなたは何か聞いておるか?」「いいえ。」「妾は、あのものを東宮にしたいと考えておる。」「まぁ、何故です?やはり、宏昌様の遺児だからでございますか?」「いや、そうではない。あの者ならば、この国をよりよい国にしてくれるだろうと考えておるからじゃ。」「まぁ・・」光明にはできて、我が皇子にはそれが出来ぬというのか―咲子はそんなことを思いながら、桐壺女御の横顔を見た。「咲子殿、そなたは皇子が東宮になれぬと思っているのであろう?」「そのような事は思っておりませぬ。」「それはまことか?」桐壺女御は、じっと咲子の顔を見ると、檜扇を広げた。「女御様、何かわたくしに言うことはございませぬか?」「ない。」「それでは、わたくしはこれで失礼いたします。」淀んだ桐壺の空気をこれ以上吸いたくなくて、咲子はそう言って桐壺から出た。(桐壺女御様は一体何をお考えなのだろう?わざとわたくしを試すようなことを言って・・) 梨壺へと戻った咲子は、桐壺女御が自分達親子を陥れようとしているのではないかと疑い始めていた。 一方、安倍家当主・光安が倒れたことで、一族の間で後継者問題が起きていた。「次期当主は、光利で決まりじゃな。」「何を言う、うちの実篤の方が次期当主に相応しいとは思わぬか?」数日前の親族会議で光明を糾弾した父方の叔父は、そう言うと自分の隣に座っている息子を前に押し出した。「実篤は確かに優秀だが、技能については光利が次期当主に相応しい。」「そうじゃ。」光利は内心溜息を吐き、このくだらない会議が終わらないかと思いながら欠伸をかみ殺していた。そんな中、帝の使いが安倍邸に再び現れた。「光利様、桐壺女御様が先ほど身罷られました。」「何と・・」桐壺女御の訃報を聞き、光利はそのことを光明に伝える為、彼の部屋へと向かった。「光明、桐壺女御様が・・」「兄上・・」そう言って自分に振り向いた光明の顔は、醜く腫れあがっていた。「その顔、どうした?」「それが、わかりません・・」「見せてみろ。」光明の顔に触れた光利は、光明の顔半分を覆っている疣(いぼ)に呪詛の痕跡があることに気づいた。「光明、お前の顔に出来ている疣は、呪詛の痕跡がある。」「そうですか。」「必ずお前に呪詛を掛けた犯人を見つけてやる。」にほんブログ村
2014年09月30日
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「みなさんは、わたしにどうしろとおっしゃるのですか?」「陰陽博士を辞職し、安倍家と縁を切れ!」「お前のような者がこれ以上安倍家に居ては迷惑だ!」親族たちから一斉に非難された光明は、無言で俯いていた。「みなさん、今回弟が起こした騒動について、次期当主であるわたしが弟に代わって謝罪いたします。ですから、弟の事は許してやってはいただけないでしょうか?」「そなたがそう言うのなら、仕方がないな。」先ほどまで光明を声高に非難していた父方の叔父は光利の言葉を受けてそう言うと、咳払いして寝殿から出て行った。「兄上、さきほどは有難うございました。」「礼はいい。光明、これからどう己の身を処すべきかは、お前自身で考えろ。」「わかりました。」「当分の間、自宅で謹慎しておけ。」「はい・・」「光利様、帝の使いがお見えです。」「わかった、すぐ行く。」光利が寝殿に入ると、帝の使いが帝からの文を携えて彼を待っていた。「お待たせしてしまい、申し訳ありませぬ。」「いいえ。こちらこそ、何の連絡も寄越さずに来てしまって申し訳ありませんでした。」帝の使いから文を受け取った光利は、桐壺女御が昨夜遅くに倒れたことを知った。「桐壺女御様のご容態は如何に?」「余り芳しくありません。色々と事件が重なり、ご心労が重なってしまわれたのではないかと、薬師は申しておりました。」「そうですか。主上は何とおっしゃっておられるのですか?」「主上にとって、桐壺女御様は実の母君様のような存在でした。その女御様がお倒れになられ、主上は落ち込んでおります。そこで光利様に、お願いがございます。」「何でしょうか?」「光明様は桐壺女御様の血をひかれた御子でございます。ですから一度、光明様を東宮殿にお招きしたいのですが・・」「それは、出来ません。光明は、皇族としてではなく陰陽師として生きることを決めたのです。弟の意思を、わたしは兄として尊重したいと思います。」「では、主上にはそのようにお伝えしておきます。」「宜しくお願いいたします。」帝の使いが清涼殿に戻ると、そこには咲子が待っていた。「どうであった、安倍家の返事は?」「光利様は、光明様が東宮殿に招かれることを断っておりました。」「そうか。桐壺女御は余り長くはない。わたくしの皇子が東宮となった暁には、そなたのことを主上に話してやってもよいぞ。」「有難き幸せにございます、女御様。」(光明が東宮の座を諦めたとはいっても、まだ油断は出来ぬ。あやつには、これからもいち陰陽師として宮中の為に働いてくれねばならぬのだからな・・我が皇子の為に。)「梨壺女御様、居られますか?」「どうした?」「桐壺女御様がお呼びです。」「わかった、すぐ行く。」にほんブログ村
2014年09月30日
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「瑠璃、その子を放せ!」―ワタサヌ、コノ子ハワタサヌ!光明は瑠璃である大蛇を見ると、大蛇に向かって祭文を唱えた。すると大蛇は、長い身体をくねらせながら苦しみ出した。―ナゼデス・・「許せ、瑠璃。」光明は涙を流しながら、大蛇を太刀でとどめを刺した。光明の太刀を受けた大蛇は断末魔の悲鳴を上げて消えた。「これは一体何の騒ぎだ!?」「父上・・」光安は、地面に横たわり泣き叫ぶ赤子と、光明の顔を交互に見た。「地面に横たわっている赤子は、お前の子か?」「はい、父上。」「母親は、お前が倒した大蛇か?」「はい・・不本意ながら、わたしがあの女とまぐわった末に出来た子が、あの赤子でございます。」父に子供の事が露見してしまった以上、隠すことはできないと思った光明は、彼に真実を話した。「そうか。おい、この赤子を連れていけ。」「かしこまりました。」「父上、その子を何処に連れて行くつもりなのですか?」「そなたには関係のないことだ。」 使用人とともに光安は、赤子を連れてある場所へと向かった。「そなたはもう、さがれ。」「はい、旦那様。」光安は、赤子を供物台の前に置くと、祭文とは違う呪文を唱え始めた。それは、元よりも更に西の地に古くから伝わる魔術の言葉だった。光安が呪文を唱え始めて間もなく、供物台が赤く光りはじめた。「なに、地震かしら?」「まさか・・」「気のせいではないの?」「でも、さっき揺れたような気が・・」「そんな・・」女房達がそんな話をしていた時、光安がこもっていた部屋から激しい揺れとともに赤い光が放たれた。「父上、一体何が・・」兄とともに父がこもっていた部屋に光明が入ると、そこには血まみれになって倒れた父の姿と、赤子の血で赤く染まった供物台があった。「父上、しっかりしてください!」「あの赤子は、死んだか?」「ええ・・」「光明、わしが死んだら、この家を頼む・・」「父上、しっかりしてください!」光安が倒れ、一族が安倍家に集まった。「光安、そなたこれからどうするつもりじゃ?」「どうするとは・・どういう意味でしょうか、叔父上?」「前回の事件といい、今回の事といい・・そなたは、我が一族に甚大な迷惑を掛けているではないか!そなた、そんなことをしておいてまだ陰陽博士として陰陽寮に居座る気か?」「そうだ、辞職しろ!」「これだけの騒ぎを起こしておきながら、図々しいぞ!」にほんブログ村
2014年09月29日
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「おい、どうした?」「この女が、急に苦しみ出して・・」「光明様・・」瑠璃は産みの苦しみに耐えながら、光明の方へと手を伸ばそうとしたが、彼はその手を避けるように部屋から出て行ってしまった。「人を呼んでくる。」「俺も行く。」「お待ちください・・」一人部屋に残された瑠璃は、絶望の中で光明の子供を産み落とした。 薬師とともに瑠璃が居る部屋に入ろうとした光明は、中から赤子の泣き声がすることに気づいた。「もう、産まれたようだな。」「ああ・・」光明が部屋の中に入ると、そこには臍の緒が繋がったままの赤子が血だまりの中で泣き叫んでいた。その赤子を産み落とした瑠璃の姿は、何故かそこには居なかった。「彼女は一体どこに消えたんだ?」「さぁ・・あの身体では、遠くまで行けまい。」光明はそう言うと、そっと赤子を血だまりの中から抱き上げた。 陰陽寮に出仕した光明が腕に赤子を抱いて帰宅したのを見た光安は、驚きのあまり飲んでいた酒で咽るところだった。「光明、その赤子はいかがした?」「今は詳しい事情を申し上げられません、父上。」「待て、まだ話は終わっておらんぞ!」光安の怒声を背に浴び、光明は赤子を抱いて部屋に入った。「まぁ光明様、その赤子は如何なさいました?」「常盤、丁度いい。この子の面倒を見てやってくれ。」「わかりました。」女房の常盤に赤子を託した光明は、汚れた衣を脱いで湯殿で身体を清めた。「あらら、まだ生まれたての赤子ね。」「一体誰の子かしら?」「光明様がさっき、腕に抱いていらしたのよ。」「それじゃぁ、その赤子はもしかして光明様の・・」「し、声が大きいわよ!」安倍家の女房達が光明の噂話に興じていると、突然外から何か物音がした。「ねぇ、今何か聞こえなかった?」「さぁ・・空耳じゃないの?」「違うわよ、今確かに物音が・・」女房の一人がそう言って御簾の向こうを見ると、庭には巨大な蛇が蜷局(とぐろ)を巻きながら自分達の方へと向かってくるところだった。―カエセ・・「どうした!?」「あそこに、蛇が・・」女房達の悲鳴を聞きつけた光明が湯殿から出ると、女房達の部屋で一匹の大蛇が赤子に巻き付いていた。その大蛇を見た光明は、それが瑠璃の本体であることに気づいた。「瑠璃殿・・」―コノ子ハワタシノモノダ、キサマナドニハワタサヌ!大蛇は鋭い牙を剥き出しにすると、赤い目で光明を睨んだ。にほんブログ村
2014年09月27日
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「光明様、お久しぶりです!」「お元気になられてよかったです。」光明が陰陽寮に出仕すると、彼を慕う陰陽生が彼の周りに集まって来た。「今回の事で、みんなに心配と迷惑を掛けてしまって済まなかったな。」「いいえ。みんな、光明様が陰陽寮に戻って来るのをずっと待っていたのですよ。」「そうか・・」仲間たちの、自分への想いに気づき、光明は思わず目頭が熱くなった。「光明様、どうなさったのですか?」「いや、何でもない。さぁみんな、仕事に戻ろうか。」「はい!」 光明が戻り、陰陽寮は事件前と変わらぬ活気に満ちていた。「光明様と、光利様がお戻りになられて本当に良かった。」「そうだね。あの二人が居ないと、陰陽寮が立ち行かなくなるし・・」「おいガキども、こんなところでサボってないで仕事しやがれ!」廊下で私語をしている陰陽生の頭に拳骨を喰らわした紫雲は、そう言って彼らを睨んだ。「紫雲、弱い者いじめをするな。」「おう光明、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」「お前もな。それよりも、お前何の用でここに来たんだ?」「別に。ただ親友の顔を見に来ただけさ。それと、お前に会わせたい奴を連れてきた。」「わたしに、会わせたい方?」「ああ・・」「光明様、桐壺女御様が呼んでおられます。」「済まない紫雲、またあとで会おう。」「わかった。」 陰陽寮を後にした光明は、その足で桐壺へと向かった。「女御様、お久しぶりでございます。」「光明、事件のことは光利から聞きましたよ。随分ひどい目に遭ったそうですね?」「はい・・ですが、今はもう体調も良くなりました。」「そうか。光明、そなたはいずれ帝となる身。危険な陰陽師の仕事なぞ辞めて、皇族の一員として妾を助けてくれまいか?」「お言葉ですが女御様、それは出来ませぬ。わたしは皇族である前に、陰陽師としてこの宮中に仕えております。」「そうか。そなたは、陰陽師として生きたいのだな。」「申し訳ありません女御様・・母上。」「初めて、妾をそう呼んでくれたな、光明。」 桐壺女御はそう言うと、涙を流した。「待たせたな、紫雲。」「いや、俺の方こそ突然お前の職場に押しかけてきて済まなかったな。」紫雲はそう言うと、光明を人気のない部屋へと連れて行った。「光明様、漸くお会いできましたね。」「そなたは・・」その部屋に居たのは、せり出した下腹を撫でる瑠璃だった。「お前にどうしても会いたいって聞かなくてな・・責めるなら、俺を責めてくれ。」紫雲はそう言うと、部屋から出た。「瑠璃殿、その腹の子は・・」「あなた様の子ですよ。あなた様と愛し合ったあの夜に、あなた様の子を身籠ったのです。」自分を見つめている瑠璃の目は、生気が宿っていなかった。「わたしに近づくな!」「あなた様は、何故わたくしを拒むのですか?」「失せろ、この魔物め!」光明から拒絶され、瑠璃はショックのあまり破水してしまった。にほんブログ村
2014年09月27日
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「兄上、この勾玉は美鈴様がわたしにくださったものです。」「美鈴様が?」「はい。美鈴様とわたくしは血を分けた兄弟。美鈴様が、わたしの事をあの化け物たちから守ってくれたのかもしれません。」「そうだな。近々美鈴様に礼を言わねばなるまい。」「紫雲にも礼を言わねばなりませんね。あいつは近々わたくしに礼をしろと煩く言ってきたので、そろそろ文を出さないとこちらに乗り込んできそうです。」「わかった、文はわたしが書こう。」光利が部屋を出て、一人になった光明は御帳台の中で横になって眠った。―光明様 深い闇の中から、女達が自分の名を呼ぶ声がした。光明がゆっくりと目を開けると、そこはあの屋敷の離れだった。自分の周りを全裸の女達が取り囲み、自分の精を搾り取ろうと瑠璃が自分の上に跨って激しく腰を振っていた。「やめろ・・」光明が瑠璃を自分の上から退かそうとしたとき、兄と紫雲がこの悍(おぞ)ましい性宴に加わっていることに気づき、驚きのあまり絶句した。『光明、どうした?変な顔をして俺を見るなよ。』そう言って笑った紫雲は、村長である老女を背後から激しく犯していた。『おお、若い精力がわしの中で漲っておる!』老女は獣のような唸り声を上げながらそう叫ぶと、気絶した。―どうか、わたくしにもお情けを―どうか、お願いいたします。女達が紫雲の腰に纏わりつき、彼のものを交互に舐め始めた。光利は紫雲の傍で女達に散々なぶりものにされ、虚ろな目で果てていた。(誰か、助けてくれ・・)『助けなど来ぬ。そなたたちは永遠にわしらになぶりものにされる運命なのじゃ。一度この村に足を踏み入れたからには、わしらの欲望を満たすための道具になって貰うぞ。』老婆はそう言って光明を見て舌なめずりすると、光明の上に跨った。 光明が寝床から飛び起きると、そこは何ら代わり映えもしない自分の部屋だった。(夢か・・)あれから二ヶ月経ったというのに、未だに光明はあの村での光景を夢で見て魘されてしまう。汗で身体が濡れて気持ちが悪くなったので、光明は湯殿で沐浴することにした。「光明、こんな時間に沐浴なんてどうしたんだ?」「少し悪い夢を見てしまいまして・・」「そうか。さっき紫雲から文が来てな、明日こちらに来るそうだ。」「そうですか。」―・・がさない「何か、聞こえませんでしたか?」「いや・・気のせいじゃないのか?」「そうですね。」―絶対に逃がさない。にほんブログ村
2014年09月25日
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「光明、入るぞ?」「どうぞ、兄上。」「身体の調子はどうだ?」「もう大丈夫です。わたしが留守の間、兄上たちにご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありません。」「何を言う。お前は大変な目に遭ったのだから、暫く身体を休ませないと。」光利は、そう言うと光明の手をそっと握った。 弟が失踪し、紫雲によって蛇神の村から救出された事件から二ヶ月も経っていた。「紫雲はどうした?」「紫雲は、近々見舞いに来ると言っていました。」「そうか。奴には礼を言わないとな。」「ええ・・」光明はそう言うと、首に提げた勾玉を握った。 あの時、紫雲が駆けつけてくれなかったら自分があのまま生ける屍と化していた。だが肌身離さず身につけていた勾玉が、紫雲に自分の居場所を教えてくれたと、光明は今も思っている。(この勾玉は、血を分けた弟から渡されたもの・・もしかすると、美鈴様があの地獄からわたしを救い出そうとしてくれたのかもしれない・・)「ここへ来たのは二度目だが、不気味な空気は相変わらずだな。」紫雲はそう言うと、廃墟と化した蛇神の村の中を歩き始めた。彼が村長の屋敷の中に足を踏み入れると、屋敷の中は荒れ果てていた。女達が光明をなぶりものにしていた離れは、何者かに放火されて焼け落ちていた。(さすがに、もうここに残っている村人は居ないだろう・・)そう思いながら彼が村を後にしようとしたとき、廃墟となった民家の中から女の歌声が聞こえた。 歌声が聞こえる方へ紫雲が向かうと、民家の中で一人の妊婦が縫物をしながら子守唄を歌っていた。「もうすぐ、お父様に会いに行きましょうね。」その妊婦は、離れで村の女衆達とともに光明をなぶりものにした瑠璃だった。「おい女、お前まだこの村に残っていたのか?」「あなたは・・」瑠璃は蒼褪めた顔を紫雲に向けると、縫物をする手を止めた。「お前が宿している腹の子、もしかして父親はあいつか?」「ええ、そうよ。この子は、あの方の血をひいた尊き神の子・・わたし達は、あの方と三人で幸せになるの。」瑠璃はそう言うと、紫雲を見た。「諦めろ。光明はもうお前になど見向きはしない。あいつはもう、お前のことなど忘れている。」「どうしてそんな酷いことが言えるの?」「お前の幻術に惑わされただけだと、光明は言っていた。」紫雲は瑠璃を諦めさせるため、咄嗟に彼女に嘘を吐いた。「早くあいつの事は忘れた方がいい。」「わたしはあの方を諦めないわ。きっとあの方も、どこかでわたしのことを想ってくださっている筈・・あの方はきっと、わたしのことを迎えに来てくださるわ。」狂った女に何を言っても無駄だと思った紫雲は、静かにその場から去った。「執念深いな、蛇というのは・・」にほんブログ村
2014年09月25日
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(これが、村に入る前から感じていた禍々しい気の正体か!)紫雲は大蛇の尾をひらりと躱(かわ)すと、すぐさま経を唱えた。すると大蛇の周囲に円陣のようなものが張り巡らされ、動きを封印された大蛇の身体は炎に焼かれた。 大蛇は断末魔の悲鳴を上げながら、灰と化した。「随分とあっけないな・・まぁいい。次は、離れに居る女達を倒すことにするか。」紫雲は額に滲む汗を乱暴で手の甲で拭うと、離れへと向かった。 離れでは、巫女達が光明の上に跨って一心不乱に腰を振っていた。長時間女達に蹂躙され、彼女達から精を搾り取られた光明は、虚ろな目で天井を見つめていた。「さあ、次はわたくしにも・・」「もう、やめてくれ・・」「何をおっしゃいます。これはすべてあなた様のためなのですよ。」光明は自分の上に跨ろうとする巫女を押し退けようとしたが、手に力が入らない。(誰か助けてくれ、誰か・・)光明がそう思いながら涙を流していると、突然女達が悲鳴を上げて床に倒れた。(一体、何が起きた?)「まったく、そなたが見つからないと思ってそなたの僅かな気を頼りに捜しだしてみれば、そなただけ良い思いをして狡いじゃないか。」頭上から響く声に光明がゆっくりと上を見ると、そこにはかつて陰陽寮で学んだ親友の姿があった。「紫雲、何故ここに居る?」「さっき説明しただろうが、聞いていなかったのか?」紫雲はそう言うと、自分を威嚇している女達を睨んだ。「この方は誰にも渡さぬ!わたし達のものだ!」「いつこいつがお前達のものとなった?人の出来損ないもどきがこの俺に向かって偉そうな口を叩くな!」紫雲は自分に襲い掛かって来る女達を錫杖で打擲しながら、床に力なく横たわっている光明の手を掴んだ。「さっさと立たないか、馬鹿野郎。こんなところで女どもと戯れている場合か?」「助かった、紫雲。」光明は紫雲に助け起こされると、懐剣を抜いて魔物と化した女達に斬りかかった。「わたくしを置いていくのですか、光明様?」離れから出ようとしている光明の前に、瑠璃が立ちふさがった。「どうかわたくしを置いていかないでくださいませ、わたくしも連れて行ってくださいませ!」「気安くわたしに触るな。」光明は自分に取り縋る瑠璃を足蹴にすると、紫雲とともに村長の屋敷を出た。「酷い目に遭ったな。」「ああ。お前が駆けつけてきてくれなければ、わたしはあのまま女達に殺されるところだった。紫雲、何故お前はわたしを捜し出すことができたんだ?」「それは、お前が首に提げていた勾玉のお蔭だよ。お前があの離れで女達のおもちゃにされている時、俺はあの屋敷の主の婆に迫られていた。」「それは大変だったな。」「ああ。女好きの俺でも、皺々の全裸の婆に迫られて吐きそうになった。余りにしもしつこいんで婆の身体を太刀で叩き斬ったら、中から大蛇が出てきた。まぁ、さっさとそいつを倒してお前を助け出したから、よしとするか。」「この礼は、必ずする。」「口約束だと信用できないから、後で文を寄越せ。」「ああ、わかったよ。」にほんブログ村
2014年09月24日
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「父上、光明はまだ見つかりませぬか?」「ああ・・光利、もう動いても大丈夫なのか?」「はい。」病から快復した光利は、未だに光明が失踪していることを父から聞いた。「実は、光明は何者かの強い結界の中に隠されている可能性が高いのだ。」「何者かの結界内に?そうなると、厄介ですね。」他人の結界内に侵入すると、自分だけではなく光明も傷ついてしまうおそれがある。「父上は、どうすればよいのですか?」「暫く様子を見るしかない。」「そうですか・・」(光明、どうか無事でいてくれ!) 一方、蛇神を祀っている村長の屋敷の離れでは、光明と瑠璃が獣のように激しく交わっていた。「ああ、光明様、もっと!」瑠璃はそう言うと、光明の背に何度も爪を立てて喘いだ。噎せ返るような麝香の匂いに、光明の理性は吹き飛び、ただひたすら瑠璃を激しく犯していた。「瑠璃様、狡いですわ。」離れの前で二人の情事を覗き見ていた村の女衆がそう言って部屋の中に入ると、光明の上に跨っている瑠璃を突き飛ばした。「どうか、わたくしにもお情けを!」「わたくしにも!」「わたくしにも!」女達は皆裸になり光明を取り囲むと、次々と光明の上に跨っては激しく腰を振って果てた。噎せ返るような麝香の匂いと、女達の全身から発せられる甘い蜜の匂いが部屋中に満ちた。醜い顔の女、太った女、老女・・村中の女達の相手をしても、光明は不思議と疲れを感じなかった。寧ろ、もっと女達の蜜の匂いが欲しいとさえ思っていた。離れから漏れ聞こえる性宴の声を聞きつけ、やがて邸の奥にある神殿に籠っていた巫女達も離れにやって来た。「どうか、わたくしにもお情けを!」「わたくしにも!」何度目かの絶頂に達した時、光明は意識を闇に堕とした。「あれが、蛇神の村か・・」村を見渡せる崖の上で、一人の若い僧侶・紫雲(しうん)がそう言ってゆっくりと山道を下ってゆくと、村の入り口には蛇の死体が打ち付けられてあった。「悪趣味な・・」彼はそう呟いて村の中に入ると、周囲には人気が全くなかった。 暫く彼が村の中を歩いていると、村の中でもひときわ大きい屋敷の中から女の喘ぎ声とも呻き声ともつかぬものが聞こえてきた。(何だ?)紫雲が気配を殺して屋敷の裏口から中に入り、声が聞こえている離れの中を覗き込むと、そこには数百人ほどの女達が一人の男を取り囲んでは彼の精力を搾り取っていた。禍々しい光景に、紫雲は嫌悪に顔を顰め、屋敷から外へと出ようとした。だがその時、彼は一人の老女と目が合ってしまった。「そなた、何者じゃ?」老女はそう言うと、紫雲の腕を掴んだ。「離せ!」紫雲は老女の手を自分の腕から引き剥がそうとしたが、その手はびくともしなかった。「ちょうど男に飢えておったところじゃ。」老女は紫雲の端正な美貌を見て舌なめずりすると、皺だらけの醜い裸体を彼の前に晒した。「わらわを抱け、小僧。」「そこを退け、悪しき魔物め!」紫雲は老女の前に金色の数珠を翳すと、経を唱えた。すると老女の身体が真っ二つに割れ、中から大蛇が出てきた。大蛇は鎌首を擡(もた)げて彼に向かって牙を剥いた。にほんブログ村
2014年09月23日
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「婆様、夕餉の支度が出来ました。」「うむ。」祖母の元に、村の女衆が作った夕餉が運ばれてきた。朱塗りの膳の上に置かれている夕餉は、貴族のそれと同じように豪華な食べ物ばかりが並んでいた。「如何ですか?」「美味い。瑠璃、お前も食すがよい。」「はい・・」瑠璃はそう言うと、恐る恐る膳の上に置かれている白米を箸で摘み、それを口の中に入れた。「どうじゃ、美味いか?」「美味しいです、婆様。」「皆の者、離れで静養中の者は、われらの村を恐るべき災厄から救ってくださるお方じゃ。くれぐれも丁重な扱いをするように。」「はい、婆様。」「そなたらはもう家に戻り、それぞれの仕事をするがよい。」「では、失礼いたします。」 女達が祖母の屋敷から出て行くと、彼女達は離れへと向かった。 離れには、光明が瑠璃から与えられた夕餉を食べていた。「失礼いたします。」「瑠璃殿か?」離れの戸が開き、数人の女達が部屋に入って来た。「お前達、何者だ?」「婆様から、あなたがいずれ村から恐ろしき災厄を救うお方だとお聞きいたしました。」「どうかその力で、わたくし達を救ってくださいませ。」女達は光明の周りを取り囲むと、一斉に彼が着ている衣を脱がそうとした。「何をする、やめろ!」「どうかわたくし達を御救い下さいませ。」「どうか・・」「あなた方、おやめなさい。」瑠璃が女達をそう諌めると、彼女達は憎悪のこもった視線を瑠璃に送りながら部屋から出て行った。「瑠璃殿、あの女達は?」「この村には、女しかおりません。長い間男子禁制で、子供は外の男がこの村にやって来た時にそれぞれ相手をすることで代々この村の血を守ってきました。」「何と・・」村にある奇妙な風習を知った光明は、驚愕の表情を浮かべながら瑠璃を見た。「あなた様は、尊き妖狐の血をひいておられます。その血を、この村の女達が狙っているのです。」瑠璃はそう言うと、帯を解いて裸になった。「わたくしも、あなた様のことを狙っております。」「瑠璃殿、止してください。」「どうかお願いいたします、光明様。どうかわたくしに、一夜の御情けをくださいませ。」「何故、わたしの名を知っているのです?」「わたくしは、ずっとあなた様の事を探しておりました。」瑠璃はそう言うと、光明に抱きついた。「あなた様と結ばれる日を、指折り数えてお待ちしておりました。どうか、わたくしにお情けを・・」光明は瑠璃の全身から漂う麝香(じゃこう)の匂いに惑わされ、意識を失った。「瑠璃よ、昨夜はどうであった?」「上手くいきました、婆様。」「そうか。」にほんブログ村
2014年09月23日
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「ここは、何処だ?」「ここは、わたしの父の家です。あなた様は村はずれにある洞窟の中で倒れていました。」「そなたがわたしを見つけたとき、わたしの傍に誰かおったか?」「いいえ。」「そうか・・」光明がそう言って寝床から起き上がろうとしたとき、背中に激痛が走った。「まだ起き上がってはなりません。あなたは酷い怪我を負っているのですから。」「そなたが、わたしをここに連れてきたのか?」「はい。あなた様の怪我が回復されるまで、お傍で世話を致します。」「有難う。」「では、わたしはこれで。」娘―瑠璃はそう言うと、小屋から出た。「瑠璃、怪我人の様子はどうじゃ?」「先ほど意識が戻りました。婆様、あの方はもしや・・」「みなまで言うでない。あのお方はそなた如き女子が気安く話しかけることも、お顔を見ることも叶わぬ尊き身分の方じゃ。」「わかっております、婆様。」老女にそう言われ、瑠璃は彼女に頭を下げて集落へと向かった。 瑠璃の両親は、数年前に流行病で亡くなり、彼女の身内は集落を取り仕切る祖母だけだった。その祖母は、かつては有名な巫女であったが、謀反の罪によって宮中から追い出され、山奥にあるこの集落で呪いめいたことをしては村人たちの信頼を得ていた。「婆様、どうかこの子の病を治してください。」「蛇神様のお力を借りれば、そなたの子の病はたちまち治る事だろう。」「では、宜しくお願いいたします。」流行病で苦しむ子供を祭壇の前に置いた老女は、祭壇に向かって祭文を唱え始めた。 すると、祭壇の奥に祀られていた蛇神の像が動き出し、子供の身体に巻き付いた。「これでもう大丈夫だ。」「有難うございます、婆様。」老女の神力によって、子供は流行病から回復した。 日が落ち、闇の中で光明が目を開けると、自分の傍には何者かが座っていた。「何者だ?」「そなたは傷が癒えるまでここから出てはならぬ。」しわがれた老婆の声が、小屋の中で不気味に響いた。「そなたは、この村の希望となるもの。」「婆様、一体そこで何をしているのですか?」瑠璃が小屋に戻ると、祖母が光明の耳元に何かを囁いていた。「少し話をしていただけだ。」「そうですか・・」瑠璃が光明の方を見ると、彼は眠っているようだった。「まだ、光明の行方は掴めぬのか?」「はい。どうやら、光明は何者かによって隠されているとしか思えませぬ。」「隠された、だと?」「式神を使って光明を捜そうにも、式神が光明の気配を感じ取れないのです。」「そうか・・引き続き、光明を捜せ。」「はい。」 光安は、家人の報告を聞くと溜息を吐いた。(光明が何者かによって隠されている・・誰かが結界を張った場所に、あいつが隠されているということか・・)にほんブログ村
2014年09月22日
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光明が忽然と姿を消したことを知り、咲子は自分の前に座っている帝の顔が曇っていることに気づいた。「主上、どうかなさいましたか?」「いや・・」「あの安倍光明ならば、きっと無事に帰ってくることでしょう。」「そうだな・・」(光明、無事に帰って来てくれ・・) 陰陽頭である光利が何者かの呪詛によって倒れ、陰陽博士である光明が自宅から失踪したことにより、陰陽寮は大混乱に陥っていた。「光利様がこのまま死んでしまったら、陰陽寮はどうなってしまうのだろう?」「止めろ、縁起でもない事を言うな!」「でもさぁ・・」陰陽生たちがそんな話をしながら仕事をしていると、そこへ天文博士の土御門安人が通りかかった。「どうした、お前達。何を騒いでいる?」「安人様・・」陰陽生達から光利が倒れたことを知った安人は、すぐさま安倍邸へと向かった。「安人、来てくれたのか。」「叔父上、光利の様子は如何ですか?」「余り芳しくない。それに、光明が邸から姿を消した。」「光明が?彼の行くところに何処か心当たりがおありですか?」「わからぬ。」光安はそう言うと、溜息を吐いた。「光利が倒れたのは、何者かがあいつに呪詛を掛けたことがわかっておる。」「そうですか・・」「だが、光利に呪詛を掛けた者がわからぬ。安人、その者を探し出してはくれまいか?」「わかりました。」安倍邸を後にした安人が帰宅すると、彼の帰りを使用人たちが出迎えた。「お帰りなさいませ、安人様。」「父上は?」「お館様でしたら、寝殿におられます。」 安人が寝殿に向かうと、そこでは父が継母と酒を酌み交わしていた。「父上、只今戻りました。」「安人、遅かったな。どこに行っておった?」「安倍家に行き、光利の容態を聞いてきました。」「そうか。」「安人、そなたに良い縁談があります。」「またそのお話ですか、義母上。」安人はそう言うと、不快そうに顔を顰めた。「そなたもいい年だ。そろそろ身を固めぬとな。」「相手は自分で選びます。」「まったく可愛げがないこと・・」寝殿から出て行く義理の息子の背中を睨みつけた安人の義母・梅の方はそう言うと溜息を吐いた。「まぁ、あいつにはあいつの考えがあるのだから、暫く放っておいてやれ。」「殿はあの子に甘すぎます。大体あの子は、わたくしにいつも反抗的な態度を取ってばかり・・」「それはそなたがあいつに干渉するからだ。もうあいつは子供ではないのだから、放っておいてやった方がいい。」「ですが・・」梅の方がそう言って夫を見ると、彼は少し眠そうな顔をしていた。「少し飲み過ぎたようだ。」「そうですか。」 夜が更け、光明が目を開けると、そこは薄暗い洞窟の中ではなく、何処かの民家のようだった。「お目覚めでしたか。」「そなたは・・」「わたくしは瑠璃と申します。」にほんブログ村
2014年09月21日
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安倍邸で華やかな宴が開かれている頃、吉野の山奥では一人の男が祭文を唱えていた。彼の前には、光明の名が書かれた藁人形が置かれてあった。(もうすぐだ・・もうすぐ、呪いが完成する!)護摩壇で仄かに照らされた男の左頬には、醜い火傷の痕があった。「兄上、今日は疲れましたね。」「ああ。父上たちが集まると、碌な事がないな。」 宴が終わり、光明の部屋で寛いでいた光利は、そう言うと烏帽子を脱いで結っていた髪を解いた。「兄上、わたしはこれからどうすればよいのでしょうか?」「何も深く考える事はない。お前はいつも通りの生活を送っていればいい。」「わかりました。兄上、実は兄上にご相談したいことが・・」光明がそう言って兄の方を見ると、光利は急に喉を掻き毟り苦しみ出した。「兄上?」「逃げろ・・光明・・」「兄上、しっかりしてください!」「どうした?」「父上、兄上が突然苦しみ出して・・」光安は光利の傍に跪くと、彼の身体に漆黒の蛇が巻き付いているのが見えた。「光明、光利は何者かに呪詛を掛けられている。」「そんな・・」「落ち着け、今すぐ加持祈祷の準備をしろ。」「わかりました。」 部屋を出た光明が加持祈祷の準備をしようとすると、護摩壇の前に一人の男が立っていることに気づいた。結い上げていない髪はほうぼうに乱れ、男が纏っている赤い狩衣も襤褸(ぼろ)同然だった。「何者だ!」「そなたが、あの女の腹から生まれた子か?」男はそう言って光明を見た。その目は、まるで生気を宿していない死者のそれに似ていた。「ようやく見つけたぞ・・」「やめろ、近づくな!」光明は男を睨むと、祭文を唱え始めた。「そんなものを唱えても、無駄だ。」男は口端を歪めて笑うと、右手で光明の頭を掴んだ。その瞬間、光明の脳内に様々な映像が浮かんでは消えた。―やはり、あやつは殺すべきだったのだ!暗闇の中から響く男の野太い声を聞いた後、光明は意識を失った。「漸く目覚めたか。」洞穴の天井から滴り落ちた雫を頬に受け、光明が目を開けると、そこには先ほど安倍邸で見た男が護摩壇の前に座っていた。「ここは何処だ?」「我が家だ。」「貴様、兄上に何をした!?」「わたしは何もしておらぬ。あの蛇は何者かがお前の兄に向かって放ったものだ。」「貴様、何者だ?」「そなたに名乗るほどの者ではない。」にほんブログ村
2014年09月20日
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「兄上は生前、桐壺女御と親しくしておった。幼くして実の母君様を亡くされた兄上にとって、彼女は母君様のような存在だったのであろう。」 宏昌と帝が腹違いの兄弟であることを知っていた光明だったが、自分の母親が彼と噂があった桐壺女御であるということが未だに信じられずにいた。「兄上が流刑先で自害した時、彼女は美鈴を身籠っておった。腹の子を守る為、彼女は実家で出産し、その子を立花家に託した。」「何故、桐壺女御様は大事な御子を立花家に託したのですか?」「立花家には北の方と側室、そのどちらにも子宝が恵まれず、家の存続が危ぶまれておった。桐壺女御と立花家の側室である霧の方は、母方の従妹同士であった。」「そうでしたか・・主上のお話を聞いて美鈴様が何故男であるのに姫として育てられているのかがわかりました。」「光明、余と同じ名を持つ縁を持つ者よ、どうか美鈴を守ってやって欲しいのだ。これからそなたと美鈴が余の血縁者であるということが宮中の者達に知られれば、美鈴は権力闘争の激しい渦の中に巻き込まれてしまうであろう。」「承知いたしました。」 清涼殿から辞し、兄が居る陰陽寮へと戻った光明は、周囲の好奇に満ちた視線を感じながら兄の部屋に入った。「兄上、失礼いたします。」「光明、主上とは何を話していたのだ?」「実は・・」光明が自分と美鈴の出生の秘密を光利に話すと、彼は渋面を浮かべて溜息を吐いた。「そうか。これから宮中が騒がしくなりそうだな。」「はい・・」「もうお前が帝の甥であることが陰陽寮内に知られている。色々と面倒な事が起こるだろうが、慎重に行動するように。」「わかりました、兄上。」光明はそう言って光利に頭を下げると、彼の部屋から出て行った。「光明様、お館様から文が届いております。」「父上から?」父・光安からの文を受け取った光明が自室でその文を読むと、そこには今宵邸で管弦の宴を開くから予定を明けておくようにとだけ書かれてあった。「光明様、失礼いたします。」「どうした、芳次。何か困ったことでもあったのか?」部屋に陰陽生の芳次が入って来たので、光明は懐に父の文を隠した。「ええ。陰陽寮内では、光明様が帝の兄君様の御子であるということが知れ渡ってしまって、変な噂が飛び交っているのです。」「変な噂?それはどのような噂だ?」「光明様が、次の帝となられる梨壺女御様の皇子を差し置いて、東宮の座を狙っているのではないかと・・」「馬鹿な事を!誰だ、そんな馬鹿馬鹿しい噂を流した者は!」「それは、わたしにはわかりません・・」芳次は光明から怒鳴られ、俯いた。「怒鳴って済まなかったな、芳次。」光明はそっと芳次の肩を叩くと、彼に仕事に戻るように言った。 その日の夜、安倍邸で管弦の宴が開かれ、その席で光明は父や親族達からそろそろ結婚してはどうかと言われた。「その年でまだ身を固めないと、変な噂が立ってしまうぞ。」「噂が立っても結構です。わたしはまだ結婚する気はありませんから。」「だがな光明・・」「父上、光明には光明の考えがあるのです。そんなに結婚を急かさないでください。」光利がそう言ってすかさず光明に助け舟を出すと、父は渋面を浮かべて黙り込んでしまった。「兄上、助けてくださって有難うございます。」「礼など要らん。それにしても、父上には相変わらず困ったものだ。」光利は溜息を吐くと、池に船を浮かべて風流を楽しんでいる貴族達の姿を眺めた。にほんブログ村
2014年09月19日
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「主上(おかみ)、先ほどわたしと美鈴様のことを“兄と弟”とおっしゃりましたが、それはどういう事でしょうか?」「言葉通りだ。美鈴は女のなりをしているが、そなたと同じ男なのだ。」「何と・・」美鈴が男であることを知った光明は、驚愕の表情を浮かべながら美鈴を見た。「主上、いつからお気づきになっておられたのですか?」「そなたと初めて会った時から、気づいておった。華奢な身体つきをしていても、同じ男であるそなたのことを気づかぬ筈がないであろう。」「主上・・」帝は御帳台から起き上がり、そっと美鈴の手を握った。「美鈴、そなたが兄君の遺児であることがわかった以上、そなたとこの宮中で暮らしたいのだが、そなたはどうじゃ?」「わたくしは、まだ頭が混乱していて、どうすればよいのかわかりませぬ・・」「そうか。そなたはもう桐壺に戻ってもよいぞ。」「わかりました。ではこれで失礼いたします。」 美鈴が桐壺へと戻ると、彼女に代わって針仕事をしていた淡路が主の帰りを出迎えた。「姫様、お帰りなさいませ。主上のご容態は如何でしたか?」「お元気そうだったわ。」「そうでしたか。」「針仕事を手伝わせてしまってごめんなさいね、淡路。」「いいえ、これくらい平気です。いつもやっておりますもの。」美鈴は淡路とともに針仕事をしながら、これから自分がどうなってしまうのか不安になった。「主上、美鈴の事をどうなさるおつもりなのですか?」「我が親族としてこの宮中に迎えることにする。」「それでは、帝亡き後、あの子が次の帝となるのですか?それではわたくしの皇子の立場はどうなるのです?」「落ち着け、咲子。」「これが落ち着いてなぞいられますか!」自分が産んだ皇子ではなく、帝の兄の遺児である美鈴が次の帝になるかもしれないと思った咲子は、そう言って帝を睨んだ。「あの子の父親は謀反人ですよ。そんな者を宮中に迎えようなどと・・」「黙れ!」帝から初めて怒鳴られた咲子は、恐怖で顔を強張らせながら帝を見た。「主上・・」「兄上は余の亡き母上によって無実の罪を着せられ、弁解をすることなく自害したのだ。兄上は謀反人などではない。今度兄上の事を侮辱したら、そなたでも許さぬぞ。」「申し訳、ございませぬ・・」「わかればよい。光明、そなたと二人だけで話したことがある。」「わかりました。」 清涼殿から辞し、梨壺へ戻った咲子は、御帳台の中で眠る皇子の寝顔を眺めながら、絶対に息子を次の帝にしてみせると誓った。(あの者に東宮の座を渡してなるものか!)「光明、そなたもさぞや驚いたであろう?」「ええ。まだ頭が混乱しております・・」「そなたは、これからどうするつもりじゃ?」「わたくしは陰陽寮に属するただの陰陽師にございます。これからもただの陰陽師として、主上の為に働きたいと思っております。」「そうか。そなたならそう言うと思っておった。」帝はそう言うと、光明の顔を見た。「そなたは、兄上が愛した女人に似ておるの。」「その方は、どなたなのですか?」「兄上が愛した方は、兄上との思い出が詰まった桐壺に居られる。そなたも知っておろう?」「桐壺女御様が、わたしと美鈴様の実の母上様なのですね?」光明の問いに、帝は静かに頷いた。にほんブログ村
2014年09月18日
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※BGMとともにお楽しみください。―雛若、久しいな。 闇の中を彷徨っていた光明帝は、黄泉の住人となった宏昌と十五年ぶりに再会した。「兄上、わたくしは兄上を助けられませんでした。」―そのことでお前を責めるつもりはない。わたしがただ、愚かだっただけなのだ。「ですが・・」―この世で唯一心残りがあるとすれば、彼女との間に出来た御子達の成長を見られなかっただけだ。「兄上、その御子達とは一体誰の事なのですか?」―それは・・「女御様、主上(おかみ)が意識を取り戻しました!」「それはまことか!?」「はい!」 咲子が帝の寝所へ向かうと、彼が寝かされている御帳台の前では薬師と陰陽師達が集まっていた。「主上!」「咲子、心配をかけてしまって済まなかった。」「いいえ。ご気分は如何ですか?」「少し眠ったら良くなった。それよりも咲子、お前に頼みがある。」「何でございましょう?」「あの子を・・美鈴をここへ呼んできてはくれぬか?」 桐壺では、美鈴が先輩の女房達から言いつけられた針仕事を淡々とこなしていた。「それが済んだら、向こうの物もお願いね!」「はい、わかりました。」「姫様がこのような事をなさらなくても、わたくしがやりますのに。」「あなたがわたくしを手伝ったら、あの方たちに何を言われるかわかったものではないわ。」「ですが・・」「美鈴様、おられますか?」「はい。」針仕事の手を止めた美鈴が御簾の近くに寄ると、帝の使いである女房が廊下に立っていた。「主上があなたを呼んでおられます。」「わかりました、すぐに参ります。」「姫様、針仕事はわたくしがいたします。」「済まないわね、淡路。」 桐壺を出た美鈴が清涼殿へと向かうと、そこには梨壺女御と安倍兄弟の姿があった。「主上、意識が戻られて何よりです。」「美鈴、こちらへ。」「はい。」美鈴がそう言って帝の前に座ると、彼はじっと美鈴の顔を見た。「そなたが、兄上がこの世に残した忘れ形見だとは気付かなかった・・」「主上、美鈴姫が宏昌様の遺児だというのは、本当ですか?」「ああ。兄上が余の夢の中に現れ、美鈴がこの世に遺した自分の血を分けた宝だと余に教えてくれたのだ。」 帝の口から自分が彼の兄君である宏昌の遺児であるという衝撃的な事実を告げられ、美鈴は驚きのあまり絶句した。「そして兄上は余にこうも言ったのだ。安倍光明もまた、自分がこの世に遺した血を分けた宝だと。」「では主上、我が弟と美鈴姫は・・」「二人は同じ父を持つ兄と妹・・いや、兄と弟だ。」「まさか、そのような事が・・」にほんブログ村
2014年09月17日
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宏昌が佐渡で自害して暫く経った頃、母の身に異変が起きた。宴の最中に突然倒れ、そのまま床に臥せってしまった。「女御様のご容態は芳しくありません。」「一体母上に何があったのだ?」「先ほど薬師が女御様を診察したのですが・・女御様のお顔が・・」「母上の顔が、どうかしたのか?」「それは言えませぬ。」「そこを退け!」 光明は薬師を押し退け、御帳台の中で寝ている母の顔を見た。美しかった母の顔は醜く腫れあがり、顔全体に疣(いぼ)のようなものが出来ていた。「これは、一体・・」「おそらく、女御様の顔の疣は呪詛によるものでございましょう。」御帳台の傍に立っている一人の陰陽師が、そう言って光明の前に現れた。「そなたは?」「お初にお目にかかります、主上(おかみ)。わたくしは陰陽博士の、棚橋康秀(たなはしのやすひで)と申します。」そう言った陰陽師・棚橋康秀は、そっと光明に近づいた。「主上、あなたの後ろに宏昌様がおられます。」「兄上が?」光明が背後を振り向くと、そこには誰も居なかった。「居らぬではないか。」「いいえ、今この場に、宏昌様がおられます。主上には、そのお姿が見えないだけでございます。」「康秀、わたしはどうしたら兄上のお姿が見られるようになるのだ?」「死者を見られる者と、見られぬ者がこの世には居ります。」康秀はそう言って優しく光明の肩を叩くと、彼を見た。「主上は、死者が見えませぬ。」「康秀、兄上はわたしに何か伝えたいことがあるから、ここに居るのであろう?」「はい。宏昌様は、御子達を頼むと申されております。」「御子達だと?兄上は妻帯していなかったはず・・」「わたくしは、これで失礼いたします。」康秀は光明に頭を下げると、そのまま弘徽殿から去っていった。 病に臥せっていた母は数日後、息を引き取った。母の後を追うようにして、父も流行り病に倒れて息を引き取った。立て続けに帝と弘徽殿女御が亡くなり、宮中では流刑に処された宏昌が二人を祟り殺したのではないかという噂が流れた。「康秀、兄上は父上と母上を祟り殺したというのは、本当なのか?」「いいえ。宏昌様が死しても尚この世にとどまっておられるのは、自分の血をひいた御子達の身を案じているからでございます。」「その御子達を探せば、兄上は成仏できるのだな?」「はい。」光明は宏昌の遺児達を探すよう部下に命じたが、何年経っても彼らを探し出すことはできなかった。(兄上、いつか必ずあなた様の御子達をわたしが探し出して差し上げます。)それから十五年もの歳月が経ち、光明は漸く宏昌の遺児を探し出したのだった。しかし、その所為で光明の中で宏昌を救うことが出来なかった罪悪感という名の澱(おり)が、一気に胸の中から溢れ出てしまったのだった。「光利、どうすれば主上は助かるのじゃ?」「それは、わたくしどもにはわかりませぬ。主上の生命力を信じるしかありませぬ。」にほんブログ村
2014年09月16日
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※BGMとともにお楽しみください。「主上のご容態は?」「芳しくありません。」「そうか・・」咲子はそう言うと、帝が寝ている御帳台の方を見た。(主上、どうか・・どうかわたくし達の元へ帰って来てくださいませ。) 清涼殿で帝の為に加持祈祷が行われている頃、当の本人は夢の世界を彷徨っていた。「雛若、そんなところに居たのか。」いつものように弘徽殿の中庭で遊んでいると、元服を終えたばかりの兄・宏昌が声を掛けてきた。「兄上。」自分を優しく見つめる兄の紫紺の双眸が、好きだった。母親が違っていても、光明(こうめい)にとって宏昌は唯一無二の親友であり、良き相談相手であった。「そなたももうじき元服を迎えるな。」「兄上、わたしが元服しても会いに来てくれますか?」「それはどうかな。雛若が良い子にしていたら、会いに行くよ。」「兄上、わたしをからかわないでくださいませ。」「冗談だ、冗談。お前が元服しても、毎日会いに行くよ。」「約束ですよ、兄上。」「ああ、約束だ。」あの頃は、兄とは寝る時以外はいつも一緒で、光明と兄は仲の良い兄弟と宮中では評判だった。 だが、自分が元服してから兄はいつしか弘徽殿から遠ざかるようになり、次第に兄とは疎遠になっていた。「母上、何故兄上は弘徽殿に来られないのですか?」「それは、わたくしにもわからぬ。」母は兄が密かに謀反を企てているという噂を聞き、その噂を流した者を密かに呼び出した。「あの噂は本当なのか?」「ええ。宏昌様は聡い方です。ですが、その聡さは、必ず帝に災いを齎すことでしょう。現に、宏昌様は謀反を起こし、主上の座を脅かそうとしておいでです。」その者の讒言に惑わされた母は、宏昌を帝に対して謀反を企てた罪人として捕えた。「何かの間違いです!わたしは、謀反を企てようとしたことはございません!」「見苦し言い訳など聞きとうない!」宏昌は佐渡へ流刑に処された。「母上、何故兄上を信じてくださらないのですか!兄上は謀反など起こすような方ではございません!」「吾子よ、そなたはまだあの者の本性を知らないから、そんな暢気(のんき)な事が言えるのです。そなたはもう東宮になったのですから、そのような暢気な考えはお捨てなさい。」宏昌は流刑先の佐渡で自害し、父が亡くなった後、光明は帝として即位した。「まったく、最期まで人騒がせな者だったのう。」「ええ。ですが宏昌様を流刑に処して得をしたのは、女御様ではございませぬか?」「何を馬鹿な事を。まぁ、宏昌を消しておいてよかった。そうしなければ、あの者が帝になっていたからな。」 兄を佐渡に流したのが母だと知った時、光明はこの世の全てに絶望した。(兄上・・わたしの所為で・・)にほんブログ村
2014年09月15日
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「美鈴と二人きりで話したいことがある故、そなたたちはもう下がれ。」「はい、女御様。」女房達が局から出て行き、咲子は美鈴と二人きりになった。「そなたは、主上(おかみ)の亡き兄君に似ておる。」「主上に、兄君様がおられたのですか?」「ああ。とても優秀な方だったが、謀反の疑いを掛けられ流刑先で自害した。」「まぁ、そのような事が宮中で起きていたなんて、信じられませんわ。」「宮中では他人の足元を掬う事ばかり考えている連中が多い。己のためならば他人を陥れても良心の呵責を感じぬ者がおる。」「では女御様、主上の兄君様はそのような者達によって陥れられたとお考えでございますか?」「ああ、そうじゃ。あの方は優秀な方であったが、お優し過ぎたところがあった。他人の讒言(ざんげん)に惑わされ、流刑に処された。」咲子はそう言うと、宏昌が流刑になった時の事を思い出していた。「何故です?何故わたくしが謀反などを起こそうとお思いになっておられるのですか、父上!」「そなたは聡い男じゃ。その聡さがいずれこの日の本に災いを齎(もたら)すことがあると、ある者から忠告されたのじゃ。」宏昌は、実の父親である先代の帝に謀反の疑いを掛けられ、流刑に処された。宮中では宏昌を次の帝に推す者達と、宏昌の弟君である今の帝を推す者達との間で権力闘争が起きていた。宏昌が流刑に処されたのは、彼を宮中から追放しようとする者達の陰謀だったのではないか―そんな噂が一時期宮中に流れたことがあった。しかし宏昌が流刑先の佐渡で自害したことにより、真相は闇の中に葬られた。 宏昌と男女の仲にあった桐壺女御は、宏昌との子を腹に宿していた。もしその時の子が生きていたら、男女関係なく美鈴のように美しく成長している筈だ。「女御様、どうかなさいましたか?」「いや、何でもない。美鈴、宮中での生活には慣れたか?」「ええ。桐壺女御様にはよくしていただいております。」「そうか・・」咲子はそう言うと、そっと美鈴の手を握った。すると、彼女は美鈴の手首に巻かれている水晶の腕輪を見つけた。「それは、どうしたのじゃ?」「ああ、これは光明様から頂いた物です。」「そうか・・」光明から水晶の腕輪を貰った美鈴に、咲子は一瞬嫉妬してしまった。「女御様、主上がお越しになられます。」「そうか。」咲子が美鈴とともに帝を出迎えると、彼は美鈴の顔をじっと見つめた後、こう言った。「兄上に良く似ている・・もしやそなた、あの時の子か?」「主上?」「わたしは、あの時ああするしかなかった・・兄上を流刑に処さなければわたしの身が危ないと、あやつらに唆されて・・」帝の異変に気づいた咲子が彼の元へ寄ろうとしたとき、突然帝は両手で頭を抱えて倒れた。「主上、しっかりなさいませ!」「誰か、薬師を呼べ!」 梨壺で帝が原因不明の病に倒れたという知らせを受け、光利と光明が帝の寝所に向かうと、帝は御帳台の中で高熱に魘(うな)されていた。「一体主上に何があったのですか?」「わかりませぬ。ただ、立花家の姫を見た途端、突然両手で頭を抱えて苦しみだして・・」にほんブログ村
2014年09月14日
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弘徽殿女御(こきでんのにょうご)達が屋敷の火災に巻き込まれて焼死したことは、瞬く間に宮中に広がった。「これで、わたし達を脅かす者はいなくなったな、咲子。」「はい、父上・・」弘徽殿女御が死んでから、危篤状態に陥っていた皇子の容態は快方に向かっていた。しかし、弘徽殿女御・睦子と咲子は、入内するまでは仲の良い友人同士だった。咲子は睦子の事を“姉上”と呼び、睦子もまた咲子のことを、“吾(わ)が妹よ”と呼んでいた。(姉上、いつからわたくし達は互いにいがみ合い、憎しみ合うようになってしまったのでしょうか?こんなことになるくらいなら、入内などしなければよかった・・そうすれば、わたくしはいつまでも姉上と仲良く暮らしていけたのに・・)自分が睦子を追い詰めてしまったのではないか―そんな思いに耽っていた咲子は、何者かの視線を感じ、ふと御簾の向こうを見た。すると、丁度自分の前を一人の青年が通り過ぎようとしているところだった。「父上、あの方はどなたです?」「咲子、あれはあの安倍兄弟の弟君・光明様だ。何でも、弘徽殿女御の父親に巣食っていた大蛇を一撃で仕留めたそうだ。」「まぁ、そうですの。」御簾越しに見た安倍光明の端正な美貌は、咲子の心に一瞬のときめきを齎(もたら)した。「咲子様、主上(おかみ)がお見えになりましたよ。」「わかりました。」皇子の様子を見に来た帝は、皇子の顔が元通りになったのを見て、笑顔を浮かべた。「すっかり良くなったようだな。皇子の身に起きた怪異は、全てあの女が死んで何もなかったようだ。」「そうですね・・」「どうした、咲子?顔色が悪いぞ?」「少し疲れているのです。」「そうか。それよりも咲子、最近桐壺に入内してきた立花家の姫の事を知っておるか?」「ええ、確か美鈴姫といいましたわよね。それがどうかなさいましたか?」「あの姫、宏昌に似ておるな・・」「宏昌様に、ですか?」帝の口から、亡き兄君の名が出てきたので、咲子は首を傾げた。「ああ。あの姫は、宏昌と同じ紫の瞳を持っておる。何やらあの姫と余には、縁があるようだ。」「まぁ、そうですか・・」咲子は帝の言葉にそう言って笑ったが、美鈴がどんな顔をしているのか一度彼女と会いたくなった。「え、梨壺女御様がわたくしにお会いしたいとおっしゃられておられるのですか?」「すぐに梨壺にいらしてください。」 美鈴は突然梨壺女御に呼び出され、淡路とともに梨壺へ向かうと、主である梨壺女御を囲むように、彼女の女房達が貝合わせに興じていた。「あの、梨壺女御様に呼ばれてきたのですが・・」「そなたが、美鈴姫か。」局の奥から出てきた咲子は、美鈴の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。彼女は、余りにも宏昌君に似ていた。(主上のお言葉は正しかった・・もしや、この子は・・)「あの、わたくしの顔に何かついておりますか?」「いや・・そなたがあまりにも、ある方と瓜二つなので、驚いていたのじゃ。」「ある方とは?」「それは、この場では言えぬ。」咲子の強張った顔を見た美鈴は、彼女が何かを隠していることに気づいた。にほんブログ村
2014年09月13日
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(兄上、あれは?)(静かにしろ。) 光明と光利が弘徽殿女御の父親の背後に迫る蛇の存在に気づくと、弘徽殿女御の父親は、梨壺女御の父親への呪詛の言葉をつぶやき続けていた。 すると、蛇は父親が抱える負の感情を糧にするように、徐々に大きくなっていく。(もしや、あの蛇は弘徽殿女御の父親に・・)(彼が自ら生み出した怨念の塊だ。)「どうされましたか、お二人とも?」「いえ、何でもありません。」「もしや、“蛇主様”にお気づきなのですか?」弘徽殿女御の父親は、そう言うと口端を上げて笑った。「わたし達はこれで失礼いたします。」「この方の存在を知られた以上、あなた方を無事に帰す訳には参りません。」弘徽殿女御の父親は、自分の背後に控えている蛇に目配せした。すると、その蛇は鎌首を擡(もた)げたかと思うと、鋭い牙を剥いて光利と光明に襲い掛かって来た。「危ない、光明!」我に返った光明は、蛇の巨大な尾で光利が寝殿から弾き飛ばされていくのを見た。「兄上!」「ほう、よそ見をするなど、随分と余裕でいらっしゃるのですね。」耳元で自分を嘲笑う声が聞こえたかと思うと、弘徽殿女御の父親が太刀で光明に斬りかかって来た。「いつからあの化け物を・・」「“蛇主様”は、わたしの願いを叶えてくださるのです。憎いあの女を殺したいとわたしが囁くたびに、この方はわたしの願いを叶えてくれる・・たとえば、あの忌々しい女が産んだ皇子を呪ってくれたり・・」「やはり、皇子様の呪詛はあなたが・・」「あの女の血をひく皇子など要らぬ!これ以上あやつらには好き勝手はさせぬ!」弘徽殿女御の父親がそう叫ぶと、彼の心に共鳴するかのように、大蛇が鋭い牙を剥き出しにし、口の中から毒液を撒き散らした。寸でのところで毒液をかわした光明だったが、毒液で溶かされた床はシュウシュウと不気味な音を立ててドロドロになっていた。(くそ、どうすれば!)蛇からの攻撃をかわしながら、光明は大蛇にどう致命傷を与えようかと考えていた。その時、何かが光明の頬を掠めた。光明の背後に忍び寄っていた大蛇は悲鳴を上げた。彼が大蛇を見ると、大蛇の両目は潰れ、眼球があった場所からは大量の血が噴き出していた。「今だ、光明!」光明は、腰に提げていた太刀を抜き、刃を蛇の額に突き立てた。「何ということだ・・あの方が、お倒れになられるなんて・・」「もう観念なさい。あなたが憎悪で生み出した“蛇主様”は、もう居ないのです。」光利がそう言って彼の肩に手を置くと、彼はうなだれた。「今まで何だったのだ、わたしがしてきたことは、全て無駄だったというのか!」弘徽殿女御の父親は、そう叫ぶと近くに置いてあった灯台を引き倒した。炎はまるで蛇が這うように床に燃え広がった。「光明、ここから出るぞ!」「ですが・・」「彼らはもう手遅れだ。」光利がそう言って弘徽殿女御の父親を見ると、彼は娘と孫娘とともに炎の中で倒れて息絶えていた。にほんブログ村
2014年09月12日
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「ただいま帰りました、父上。」「敏明、宮中の様子はどうであった?」「何も変わりはありませんでした。」「そうか。」敏明が帰宅すると、寝殿で寛いでいた父・実敏(さねとし)がそう言って彼を見た。「父上、ひとつお聞きしたいことがあるのですが・・」「何だ?」「何故、安倍兄弟を憎むのですか?」「それはまだ、そなたに話すことはできん。」「そうですか・・」「時期が来たら話す。もう部屋にさがってもよいぞ。」「わかりました、失礼いたします。」父の言葉に納得がいかなかった敏明だったが、それ以上彼を追及することなく、寝殿から出て行った。 敏明の脳裏に、安倍光明の端正な美貌が浮かんだ。自分と同じ陰陽寮に属しながら、陰陽得業生(おんみょうのとくごうしょう)として宮中で一目置かれ、陰陽師として優れた才を持っている彼を、敏明は密かに嫉妬していていた。才能と美貌という二つの武器を持っているにも関わらず、それらに対して光明があまりにも無頓着なことにも敏明は何故か苛立っていた。 宮中を支配できる力を持ちながら、何故その力を発揮しようとしないのか。「敏明、どうしたのじゃ?」「母上、何でもありません。」「また宮中で嫌な事でもあったのか?」「いいえ。」「それよりも、明日の夜、あの安倍兄弟が弘徽殿女御様のお父君に宴に招かれたそうじゃ。」「それは、本当なのですか?」「間違いない。あの兄弟は、澄ました顔をして上の者に取り入るのが上手いのう。」敏明の母・槇の方はそう言うと溜息を吐いた。「敏明、あやつらに負けてはならぬぞ、良いな。」「はい、母上。」 弘徽殿女御の父親に管弦の宴に招かれた光明と光利は、彼の下らないお世辞に時折愛想笑いを浮かべながら屋敷の中に魔物の気配がしていることに気づいた。「兄上、先ほどからわたし達を何者かが見ているような気が・・」「それはまだ言わぬ方がよい。」「何故ですか?」「それは・・」「お二人とも、どうなさったのです?余りお飲みになっておりませんね?」弘徽殿女御の父親は、そう言うと二人に微笑んだ。「今日は気分が優れないので、そろそろ失礼いたします。」「そうおっしゃらずに、どうぞ。」彼はそう言うと、光明が持っている盃に酒を注いだ。「弘徽殿女御様のおかげんは如何ですか?何でも、体調を崩されてこちらにお戻りになられたとか?」「ああ・・娘は、あの忌々しい男の所為で心を病んでしまったのですよ。」先ほどから感じていた魔物の気配と視線は、ますます強くなってきている。「梨壺女御様が、憎いですか?」「ええ。あの女とあの女の父親に、地獄の苦しみを味あわせてやりたいです!」光利が梨壺女御の話を弘徽殿女御の父親にふると、彼は目を爛々と輝かせながらそう言って大声で笑った。その時、彼の背後に巨大な蛇が忍び寄っていることに光明は気づいた。だが、彼は蛇には全く気付くことなく、梨壺女御への呪詛の言葉を延々と吐き続けている。「あの女が憎い・・あの女さえ、居なければ・・」にほんブログ村
2014年09月11日
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「光明、何かわたしに隠していることはないか?」「いいえ。」「そうか・・先ほど、桐壺女御様の局からお前が出て来るのを見たとわたしに報告した者が居たんだが・・」光利はそう言って光明を見ると、彼は少しばつの悪そうな顔をして俯いた。「兄上、先ほど桐壺女御様からこんな物を受け取ったのです。」光明が兄に宏昌の遺髪を渡すと、彼は険しい表情を浮かべて唸った。「お前、もしかして反魂の術をしようとしているのか?」「桐壺女御様から頼まれました。誰にもわからぬよう、宏昌様を甦らせて欲しいと。」「そんなことをしたら、どうなるのか、聡いお前は解っているだろう!?」「ええ、解っております。」「今すぐにでも、桐壺女御様の元に行ってこれを返して来い!」「それは出来ません、兄上。先ほどその頼みを引き受けると、桐壺女御様に返事をしましたから。」「そうか。お前はこれからどうするつもりなのだ?」「桐壺女御様には、反魂の術を試みたものの失敗に終わったとご報告申し上げるつもりです。」「そうか。桐壺女御様は、一体なぜそのような事を・・」「わかりません。兄上、確か宏昌様は謀反の疑いを掛けられ、流刑先で自害したと聞いておりますが・・何故、桐壺女御様は宏昌様の遺髪をお持ちになっておられたのですか?」「宏昌様と桐壺女御様は昵懇の仲で、人目を忍んで逢瀬を重ねていたという噂を以前聞いたことがある。」「そうですか・・」「桐壺女御様は宏昌様の御子を身籠ったが、死産したという。」「そのような噂があったなんて、知りませんでした。」「知らないのは当然だ。人の噂など七十五日も経つと消えていってしまう。女房達の退屈しのぎにはなるだろうが。」光利は、そう言うと扇で口元を覆った。「わたしも、宮中の女房達に変な噂を立てられたことがあるぞ。」「それは、どのような噂ですか?」「わたしが未だに身を固めないのは、弟であるお前と男色の関係になっているのではないかというくだらないものだ。」「馬鹿馬鹿しい!」「まぁ、噂というものはたいてい下らないものだ。弘徽殿女御様に関する噂だって、本当のものなどひとつもないに違いない。」「そうですよね。」「だが、桐壺女御様の噂には興味がある。もし、女御様が死産されたという御子が今も生きていたら?」「女御様は、自分の手元にその御子を置いておきたいでしょうね。」「ああ。」「陰陽頭様、今お話ししても宜しいでしょうか?」二人が話していると、そこへ一人の陰陽生が彼らの元にやって来た。「すいません、お話し中でしたか・・」「いや敏明、構わないよ。」「それでは兄上、失礼いたします。」「光明、また会おう。」「はい。」 光利は、部屋から出て行く光明にそっと懐紙を手渡した。自分の部屋に戻った光明がその懐紙を見ると、そこには光利の字でこう書かれてあった。『高田敏明に気をつけろ。』「あの、光明さまと先ほど何を話されていたのですか?」「ただの下らない噂話だよ。」「そうですか。」そう言った敏明の目は笑っていなかった。にほんブログ村
2014年09月10日
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「女御様?」桐壺女御のただならぬ様子に何かを感じた光明は、彼女から一歩あとずさった。「そなたには、ある者を甦らせて欲しいのじゃ。」「甦らせるとは・・一体どなたを甦らせて欲しいのですか?」「それは、主上のお兄君、宏昌様じゃ。」「宏昌様を甦らせて、どうなさるのです?」「それはそなたには関係のないことじゃ。そなたは、宏昌様を甦らせればよいのじゃ。」「それは出来ませぬ。反魂の術は、禁忌中の禁忌。」「誰にもわからなければよいではないか。」「そんな・・」「宏昌様を甦らせれば、そなたにはそれ相応の報酬と、身分を与えよう。」「本気なのですか、女御様?」「そなた、わらわが戯言でそなたにこんな事を頼むと思っておるのか?」そう言った桐壺女御の目は血走っていた。「わかりました、お引き受けいたします。」「では、さっそくかかるがよい。」桐壺女御は、桐の箱からある物を取り出した。それは、帝の兄・宏昌の遺髪だった。「これを使え。よいか、宏昌様のことは誰にも知られてはならぬぞ。」「承知いたしました。」宏昌の遺髪を受け取り、桐壺女御の局から出た光明は、じっと自分の方を見ている少女の視線に気づいた。彼女は、先ほど宣耀殿の中庭で見かけた立花家の姫君だった。「何か、わたしに用か?」「先ほど、助けていただいて有難うございました。」美鈴はそう言って光明に頭を下げると、御簾越しに自分が作った勾玉を彼に手渡した。「これは?」「幸運のお守りです。」「大事にしよう。そなた、名は?」「美鈴と申します。」「美鈴殿、出会いの記念に、これを受け取って欲しい。」光明は懐から水晶の腕輪を取り出すと、それを美鈴の掌に載せた。「厄除けのお守りだ。宮中は禍々しい気に満ちている。水晶は邪悪なものを払うといわれているから、肌身離さず身につけておくように。」「有難うございます。」 美鈴と別れ、陰陽寮に戻った光明は、懐から桐壺女御から渡された宏昌の遺髪を取り出した。反魂の術で宏昌を甦らせろと自分に命じた桐壺女御の目的がわからない限り、今は動かないほうがいいだろう。「光明、ここに居たのか?」「陰陽頭様・・」「そんな堅苦しい呼び方をしないでくれ。いつものように兄上と呼んでくれと言ったじゃないか?」突然部屋に入って来た陰陽頭・安倍光利は、そう言うと弟に向かって優しく微笑んだ。「兄上、わたしに何かご用ですか?」「実は、明日弘徽殿女御様のお父君主催の宴に誘われてね。よかったら、お前も一緒に来ないか?」「わたくしも、ですか?」「ああ。色々と、お前に相談したいことがあるらしい。」「そうですか。わかりました、その宴に出席いたします。」呪詛騒動の渦中に居る弘徽殿の女御の父親が、自分に何を相談したいのか―それを知る為、光明は兄とともに彼が主催する宴に出席することになった。にほんブログ村
2014年09月09日
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「ねぇ淡路、宣耀殿について何か噂を聞いていて?」「そういえば、あそこでは何年か前に、一人の女房が庭の木で首を吊って死んだという噂がありますよ。何でもその女房は、道ならぬ恋に敗れ、夜な夜な男に対して呪詛の言葉を吐きながら彷徨っているとか・・」「まぁ、怖いわね。お前の話を聞いて、噂が本当なのか確かめてみたくなったわ。」「いけません、姫様!」 入内した日の夜、美鈴は淡路を連れて宣耀殿の中庭へと向かった。そこは華やかな後宮の中で一際荒れ果て、すぐにでも女の亡霊が出てきそうな気配がした。「姫様、お戻りになりませんと・・」「少し確かめるだけよ。」「ですが・・」「何だか陰気な所ね。すぐにでも幽霊が出てきそうだわ。」美鈴はそう言うと、道ならぬ恋に敗れた女が首を吊ったといわれている木を見た。 ここには、本当に女の霊が彷徨っているのだろうか。美鈴がそっと木の前に立つと、突然強い風が吹いた。「姫様、何やら不吉なものの気配がいたします。」「もう戻りましょう。宮中の噂話なんて、所詮嘘なのね。」淡路とともに宣耀殿から出ようとした美鈴は、突然何者かに手を掴まれた。「淡路、何処に居るの!?」「わたくしはここに居りますよ、姫様。」淡路は自分の前に立っている。では、自分の手を掴んでいる者は一体誰なのだろう?「そなた、ここで何をしておる!」「きゃぁ!」背後から突然何者かに肩を叩かれ、美鈴が悲鳴を上げて振り向くと、そこには白の直衣を着て烏帽子を被った男が立っていた。「驚きました・・女の幽霊がわたくしの手を掴んだのかと・・」「ここには陰の気が満ちている。迂闊に立ち入ってはならぬ。」「まぁ、ご忠告有難うございます。」「そなた、もしや立花家の姫か?」「ええ、そうですが・・あなた様は?」「わたしは陰陽寮の安倍光明だ。早くここから出ろ。」「姫様、早く桐壺に戻りましょう。」「ええ、わかったわ。」 桐壺に戻った美鈴は、そのまま御帳台の中に入って寝た。「安倍様、さっき桐壺女御様からの使いで文が届きました。」「桐壺女御様から?」「はい。」桐壺女御からの文を受け取った光明は、その文に目を通すと、そこには衝撃的な事実が書かれていた。「どうされましたか、光明様?」「明憲、支度を手伝ってくれ。桐壺に行ってくる。」「わかりました。」 桐壺に行った光明は、そこで女御と初めて対面した。「女御様、お初にお目にかかります。光明と申します。」「そなたが、次期陰陽頭と目される安倍光明か。今宵そなたを呼び出したのは、少し込み入った用があるからじゃ。」「込み入った用とは?」「そなたたちは、もう下がるがよい。」「はい、女御様。」 桐壺女御つきの女房が退出し、光明は女御と二人きりになった。「これで内緒話が出来るな。」そう言うと桐壺女御は、口端を歪めて笑った。にほんブログ村
2014年09月08日
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「美鈴、遅いわね。」「あき子様、落ち着かれなさいませ。」美鈴が先ほど入内したと聞いたあき子は、彼女が弘徽殿にやって来るのを落ち着かない様子で待っていた。「あき子様、申し上げます。」「お前は確か、美鈴つきの女房よね?美鈴は一緒なの?」「姫様は、先ほど桐壺へ移られました。」「桐壺へ?この弘徽殿ではなく、美鈴は桐壺に行ったというの?」「はい・・」「そう、わかったわ。」あき子は落胆した表情を浮かべると、そのまま自分の部屋に入った。「あき子様、どうかお気を落とさずに・・」「わたくし、これくらいのことで気を落としてなんかいないわ。」あき子はそう言って笑ったが、自分を裏切った美鈴に対して密かに激しい憎しみを抱き始めていた。「そなたが、あの美鈴姫か。」桐壺女御・玲子は、そう言うと美鈴を見た。「初めまして、桐壺女御様。」「確か、弘徽殿のあき子様とそなたは親しかったのではないか?何故、そなたは弘徽殿ではなく、桐壺に入ると決めたのだ?」「弘徽殿では、最近妙な噂を聞きましたので・・」「そうか。弘徽殿は今回の騒動で、色々と疑われておるからな。あき子様と知己の仲であるそなたが弘徽殿ではなく桐壺(ここ)に入ったのは、周りから疑いの目で見られるのを避けようとしたからであろう?」「はい、そうです。」「そなたは美しい顔をしているだけではなく、聡い子なのだな。」桐壺女御は美鈴の言葉を聞くと満足気に笑った。「梨緒(なしお)、あれを持って参れ。」「はい、女御様。」女御の傍に控えていた一人の女房が、美鈴の前に螺鈿細工が施された美しい和琴を出してきた。「これを、出会いのしるしとしてそなたに授けようぞ。」「このような高価な物、頂けません。」「何を遠慮しておる、女御様からの贈り物を受け取るのが礼儀というものですよ。」女御つきの女房・梨緒は、そう言うと美鈴を睨んだ。「有難く、頂戴いたします。」桐壺女御に向かって深く頭を垂れ、美鈴は和琴を受け取った。「初めての宮仕えで、何かとわからぬことがあろう。梨緒、美鈴に色々と宮中でのしきたりというものを教えてやるように。」「はい、女御様。」桐壺女御が部屋から退出した後、梨緒は美鈴の手を突然掴んできた。「あなた、あき子様と親しいんですってね?」「ええ、そうですが・・」「余り弘徽殿の方々と親しくしてはいけないわ。今、呪詛騒動で色々と弘徽殿に疑いの目が向けられていることは、あなたも知っているでしょう?」「はい・・」「あと、宣耀殿(せんようでん)の中庭には夜遅くに立ち入らないこと。」「何故、立ち入ってはいけないのでしょうか?」「それはね・・」「梨緒、何処に居る!?」「そのことは後で話すわ。とにかく、このふたつの言いつけは必ず守ってね!」梨緒はそう言うと、美鈴に背を向けた。にほんブログ村
2014年09月07日
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「姫様、起きてくださいませ。」「おはよう、せり。」入内当日の朝、美鈴は女房達に着替えを手伝って貰うと、父と彼の正妻が居る寝殿へと向かった。「父上、おはようございます。」「美鈴、昨夜は良く眠れたか?」「はい。」「これから宮中で色々と大変な事があるだろうが、頑張るのだぞ。」「わかりました、父上。」「美鈴、お家の為に、しっかりと宮中での勤めを果たすのですよ。」「はい、北の方様。」出立の時間となり、美鈴は美しい装飾が施された牛車に乗り込んだ。「おい見ろよ、あれ!」「立花左大臣の一の姫、美鈴様が入内されるぞ!」「宮中であんな騒ぎがあっている最中だというのに、よく立花の左大臣は娘を入内させる気になったものだな。」「この際混乱に乗じて、帝のお気に入りになろうと企んでいるのだろうよ。」沿道に集まる民たちの声を聞きながら、美鈴は牛車の中で檜扇を握り締めた。「姫様、民の声などお気になさいませぬよう。」「ええ、わかっているわ。」 一方、梨壺で皇子の治療に当たっていた薬師は、彼が何者かに毒を盛られていることに気づいた。「なに、皇子が何者かに毒を盛られただと?」「はい。弟子の話によりますと、皇子様は唐渡の毒薬を何者かに盛られたようです。」「だが、あの顔の腫れ具合、毒を盛られただけでは出来まい。」「光明さまは、毒薬に“特殊なもの”を混ぜているのではないかと・・」「その“特殊なもの”が何なのかわかったのか?」「それは現在調査中です。」「調査が進み次第、余に伝えよ。」「は・・」薬師が清涼殿から退出した後、帝は自分の隣に座っている安倍光明を見た。彼は次期陰陽頭と目されている優秀な青年陰陽師で、梨壺女御の皇子の治療に薬師とともにあたっている。「光明、今回の騒動をそなたはどう思っているのだ?」「皇子様を初めてご覧になった時、何者かの強い邪気を感じました。」「強い邪気というのは、やはり弘徽殿の・・」「弘徽殿女御様のものではございませんでした。」「それでは一体誰が皇子を呪ったのだ?」「それはわたくしにもわかりかねます。」「そうか・・」帝はそう言うと、清涼殿の上空を覆う黒雲を見上げた。 皇子が倒れてから、いつしか清涼殿の上空には禍々しい黒雲に覆われ、これは近々災いが起きる凶兆ではないのかと貴族たちが噂をしていることを帝は知っていた。(一体、これからわたしたちはどうなるのだろう・・)にほんブログ村
2014年09月06日
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「あき子様、遅れてしまいまして申し訳ありませんでした。」「美鈴、あき子様の隣に座りなさい。」「はい、父上。」助睦に言われるがまま、美鈴はあき子の隣に腰を下ろした。「あき子様、突然いらっしゃるなんて思いませんでしたわ。」「あなた、最近宮中で流れている噂の事を聞いていて?」「ええ・・」「梨壺の方に何かあったら、いつもお母様が悪者にされるのよ。悔しいったらありゃしない!」あき子はそう言って手に持っていた扇を乱暴に閉じた。「美鈴、あなた入内した後、何処の女御様にお仕えするのか決まっていて?」「いいえ。」「ならば、弘徽殿に仕えなさいな。そうすれば、一日中わたくしと一緒に居られるでしょう?」「考えておきますわ。」そう言ってあき子を見た美鈴は、彼女から顔をそらした。 美鈴とあき子は歳が近いこともあり、幼い頃から仲良くしていたが、美鈴は最近あき子の高慢な態度が鼻につくようになり、彼女を避けるようになった。「あき子様、そろそろお戻りになりませんと。」「ええ、わかったわ。美鈴、今日はあなたと久しぶりに会えて嬉しかったわ。また弘徽殿で会いましょう。」「あき子様、さようなら。」傍仕えの女房とともに寝殿から出て行ったあき子の背中を見送った美鈴は、深い溜息を吐いた。「父上、わたくしの入内は・・」「呪詛騒動がこのまま収まらぬと、お前の入内話も白紙に戻ることになりそうだ。」「それでもよいと、わたくしは思っております。」「馬鹿な事を申すな!」助睦から突然怒鳴られ、美鈴は恐怖で身体を震わせた。「父上・・」「今までそなたを女として育ててきたのは、何の為だと思っているのだ!」「一体何のお話をされているのですか、父上?」「済まぬ、わたしとしたことがつい興奮してしまった。美鈴、もう部屋に戻れ。」「わかりました。」 数日後、美鈴が女房達と碁に興じていると、霧の方が部屋に入って来た。「北の方様。」「美鈴、明日お前を入内させることに決まったぞ。喜びなさい。」「まぁ・・」「お前達も、明日の為に準備をぬかりなくするように。」「はい、北の方様。」梨壺の呪詛騒動が収まらないうちに、美鈴は宮中に入内することになった。「ねぇせり、何だか妙だとは思わない?梨壺の呪詛騒動が収まるまで、わたくしの入内は延期された筈ではなくて?」「何故姫様の入内が早まったのか、わたくしにはわかりません。それよりも、明日の為によくお眠りになった方がよろしいかと思います。」「そうね。おやすみ。」 美鈴が眠った後、寝殿には霧の方と弓の方、助睦が集まり、美鈴の入内について話し合っていた。「殿、呪詛騒動が収まらぬ宮中にあの子を入内させるなど、正気ですか?」「これはわたくしと殿が決めたこと。側室であるそなたが口を挟む資格はありませんよ。」「わたくしはあの子の母親ですよ!」「そなた、北の方であるわたくしに逆らうつもりか!?」霧の方がそう言って弓の方を睨みつけると、彼女はさめざめと泣きだした。「美鈴はこれから魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する宮中でやっていけるのかしら・・純粋なあの子が、心配でなりませんわ。」「そなたが心配しなくとも、あの子はしたたかな子だ。母親のそなたに似て、宮中でもうまくやっていけるだろうよ。」にほんブログ村
2014年09月05日
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「姫様の入内が遅れるって、本当かしら?」「何でも、宮中で呪詛騒ぎがあったそうよ。」「梨壺女御様が御産みになられた皇子が、原因不明の病に陥ったとか・・」「まぁ、それは大変ね。」「きっと弘徽殿女御様が帝の寵愛深い梨壺女御様に嫉妬して皇子に呪詛を掛けたのでしょう。」 御簾越しに聞こえる女房達の声を聞きながら、美鈴は御帳台の中で寝返りを打った。「姫様、起きていらっしゃいますか?」「ええ。ねぇ、宮中で呪詛騒ぎが起きたって本当なの?」美鈴の言葉に、彼女に仕えている女房の一人・五十鈴(いすず)が頷いた。「ええ、弘徽殿女御様が梨壺女御様に嫉妬し、皇子に呪詛を掛けたというのが宮中で流れている噂でございます。」「弘徽殿女御様って、どんな方なの?」「今の帝のご正室で、お父君は宮中で権勢を振るっている方です。ですが、今では梨壺女御様が皇子を御産みになられて、梨壺女御様の父君が弘徽殿女御様の父君よりも権力を持っております。」「どうして自分の娘が皇子を産んだら、宮中で権力を持つの?」「それは、梨壺女御様が御産みになられた皇子が、将来帝になるからですよ。」五十鈴の説明に、美鈴は納得したように頷いた。 貴族の娘として、宮中の権力争いについて何度か父親から話を聞き、梨壺女御の父親が外戚として宮中で権勢を振るっていることを美鈴は理解した。「でも弘徽殿女御様は帝のご正室でしょう?そのご正室を蔑ろにされて、梨壺女御様のお父君は帝の怒りを買わないのかしら?」「実はここだけの話ですが・・帝は中宮様である梨壺女御様をご正室になさろうとお考えのようでして。」「まぁ、そんなことをしてはいけないのではなくて?いくらご正室の弘徽殿女御様が、皇子を御産みになっていないからといって・・」「何を騒いでおるのだ?」「北の方様・・」 話に夢中になっていて、美鈴達は霧の方が部屋に入ってきたことに気づかなかった。「北の方様、ご機嫌麗しゅうございます・・」「そなたの口からそのような堅苦しい挨拶など聞きたくありません。美鈴、そなたの入内が少し延びることになりました。その理由は、お前も知っていますね?」「はい。梨壺女御様の皇子が、呪詛を掛けられたからでございますね?」「皇子様のご容態が安定するまで、そなたの入内は暫く延期すると、帝から文が届きました。入内が延びたからといって、安心してはなりませんよ、よいですね?」「はい・・」「そなたたちも、いつ入内できてもいいように、支度を調えるように。」「はい、北の方様。」霧の方が部屋から出て行った後、女房達は安堵の表情を浮かべた。「北の方様は、何故こちらにいらしたのでしょうね?」「さぁ・・」「美鈴、美鈴はおるか!」「はい父上、わたくしはここに居ります。」助睦が何やら慌てふためいた表情を浮かべながら自分の部屋に入って来た美鈴は、訝しげな視線を彼に送った。「どうなさったのですか?」「早く支度をしろ、あき子内親王様がお前に会いに来ておられる!」「まぁ、あき子内親王様が?」「内親王様を待たせてはならぬぞ!」助睦はそう美鈴に言うと、部屋から出て行った。「姫様、早くお召し替えを。」「わかったわ。」弘徽殿の女御と帝の一の姫であるあき子内親王の突然の来訪に戸惑いつつ、慌てて身支度を済ませた美鈴は、彼女と父親が待つ寝殿へと向かった。にほんブログ村
2014年09月04日
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「ねぇ、お聞きになりまして?」「立花左大臣の一の姫が、近々入内するというお話なら、聞きましたわ。」弘徽殿女御の元に仕える女房達は、美鈴の入内について色々と噂話をしていた。「何でも、一の姫様は天から舞い降りた天女のような美しい方だとか・・」「あら、それでしたら弘徽殿女御様も負けておりませんわ。」「まぁ、そうでしょうけれど・・主上(おかみ)の専らのお気に入りは、梨壺にいらっしゃるあの方ではなくて?」「しっ、声が大きいわよ!」女房達はそう言って声を潜めると、主が寝ている部屋の方を見た。幸い、彼女は女房達の話に聞き耳を立てていないようだ。「それにしても、主上は弘徽殿女御様というお方がいらっしゃるというのに、何故梨壺女御様にご執心なのかしら?」「あら、それはあなた・・」「女御様が皇子を御産みになられたから?」「それもあるけれど、梨壺女御様の御父君が、弘徽殿女御様の評判を落としたいがために色々と宮中に言って回っているのではなくて?」 弘徽殿女御の父と、帝の寵妃である梨壺女御の父は犬猿の仲であり、梨壺女御の父は、政敵である弘徽殿女御の父と娘を宮中から追い出そうとして、あることないことを帝に吹き込んでいるというのが宮中で流れている噂である。 そんな父親の行動を苦々しく思っている梨壺女御は、再三父親に帝に変な事を吹き込むなと注意しているにも関わらず、父親の暴走は止まるどころか加速する一方であった。その原因は、昨年春に梨壺女御が帝との間に皇子を出産したからだった。 外戚として宮中で権勢を振るうようになった梨壺女御の父は、ますます弘徽殿父娘への嫌がらせをするようになった。「弘徽殿女御様が御産みになったのは、姫君様ばかり・・」「せめて、皇子でも産んでくだされば、あんな狸親父に嫌味を言われずに済んだものを・・」女房達の囁く声を聞きながら、弘徽殿女御は密かに唇を噛んだ。『睦子よ、何故そなたが産んだ子は姫ばかりなのだ?梨壺女御は皇子を産んだというのに・・一体何のために、お前を入内させたと思っておるのだ!?』 弘徽殿女御・睦子(むつこ)が長い産みの苦しみの果てに授かった娘を抱いた時、父からは出産への祝福の言葉ではなく、男を産めなかった呪詛の言葉を贈られた。それからというもの、父は何かと梨壺女御と自分を比べるようになり、いつしか彼女の心の中には梨壺女御への激しい憎悪が芽生え始めていた。(妾にこんな惨めな思いをさせる梨壺女御が産んだ皇子なぞ、死んでしまえばよい・・!)「咲子(さきこ)、どうしたのだ!?」「主上、皇子が突然苦しみ始めて・・」「誰か、薬師を呼べ!」そう言って皇子を抱き上げた帝は、彼の顔が醜く腫れあがっていることに気づいた。「これは薬師ではだめだ、陰陽師を呼べ!」「主上、どうかこの子を御救い下さいませ!」梨壺女御の皇子が、突然高熱を出して倒れた―その知らせは、瞬く間に宮中に広がった。「昨夜、梨壺に陰陽師と薬師が呼ばれたそうよ。」「薬師はともかく、陰陽師が呼ばれるなんて・・もしかして、何者かが呪詛を・・」「滅多な事を言うものじゃないわよ!」「どうした、何を騒いでおる?」「女御様・・」弘徽殿女御がそう言って女房達を見ると、彼女達は一斉に俯いた。「何かあったのか?」「昨夜、梨壺女御様の皇子が、高熱を出しました。噂によると、何者かに強力な呪詛を掛けられたとか・・」「そうか・・」(妾が、昨夜あんな事を願ったから・・)にほんブログ村
2014年09月03日
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月明かりの下、立花左大臣家の一の姫・美鈴は自分の部屋で今日も琴を弾いていた。「姫様、もうお休みになられませんと。」「わかっているわ。」乳母であるせりからそうたしなめられ、美鈴は琴を片付け御帳台の中に入った。 同じ頃、宮中では美鈴の父・立花助睦(たちばなのすけむつ)が管弦の宴に出ていた。「助睦よ、余の元へ参れ。」「はい、主上。」この国を治める帝・光明に呼ばれた助睦が彼の元へと向かうと、帝の隣には彼の妃である弘徽殿女御が座っていた。「女御様、お久しぶりでございます。」「助睦、そなたの娘のことを妾も聞いたぞ。そなたの娘は空から舞い降りた天女のごとき美しき女子であるとか・・」「めっそうにもございませぬ、女御様。」「助睦よ、主上はそなたの娘の話を聞いて、娘に会いたいと言ってきかないのじゃ。」女御の話を聞いていた助睦は、彼女が美鈴を入内させろと遠回しに自分に対して命じていることに気づいた。「女御様、娘の入内について、すぐにお返事をするわけには参りませぬ。これは、わたくしだけでの問題ではございませんので・・」「そうか。助睦、そなたは話がわかって助かる。」弘徽殿女御は、花がほころぶかのような笑みを助睦に浮かべると、空になった彼の盃に酒を注いだ。「お帰りなさいませ、お館様。」「美鈴は起きているか?」「姫様なら、先ほどお休みになられました。」「そうか・・」宮中から戻って来た主の顔が優れないことに気づいたせりは、宮中で何かあったのだと勘でわかった。「あなた、お帰りなさいませ。」寝殿で夫を出迎えた助睦の正妻・霧の方は、夫の顔が曇っていることに気づいた。「あなた、宮中で何かありましたの?」「ああ。実は・・」助睦が妻に宴で弘徽殿女御から言われたことをそのまま話すと、彼女の顔は苦悩に満ちた助睦の顔とは対照的に、喜びに輝いていた。「まぁ、それは大変名誉なことではありませぬか。」「お前、美鈴が男であることを知っていて、そんなことを申しておるのか?」「ええ。あの子が漸くこの家の為に役に立つときが来たのです、断る必要などありません。」「お前は、美鈴に相変わらず冷たいのだな。」「誰が好きこのんで、側室(あの女)の子であるあの子を、正妻であるわたくしが愛せることができましょう?」霧の方は冷たい目で夫を睨みつけると、そのまま寝殿から出て行った。「北の方様、先ほどのお言葉はあまりにもひどすぎるのではありませんか?」「わたくしは本当の事をあの方に言っただけです。」北の対屋にある自室に戻った霧の方は、そう言うと側室である美鈴の実母・弓の方が住んでいる東の対屋を見た。「弓の方様、お館様がお見えです。」「まぁ助睦様、こんな夜遅くにどうなさいました?」「弓の方よ、これからわたしの話を落ち着いて聞いてはくれまいか?」助睦は、側室の弓の方にも美鈴が近々入内することを告げた。「あの子が入内するとは・・それで、霧の方様は何とおっしゃっておられるのですか?」「霧の方は、あの子が入内することを喜んでいる。」「まぁ・・わたくしの子を、あの方はこの家から早く追い出したくて堪らないのですね。」弓の方はそう言うと、袖口で涙を拭った。にほんブログ村
2014年09月02日
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