FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 9
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 吸血鬼パラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 2
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 4
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 0
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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「うわぁ、綺麗な空・・」ハワイの宿泊先のホテルで、総司はそう言いながらバルコニーの青空に魅入っていた。「そんなに珍しいか?空なんかどれも同じじゃねぇか。」歳三がそう言って呆れた様子で彼を見た。「違いますよ、全然。」「そうか。腹減っただろう、何処かで飯食おうぜ。」「そうですね。」総司は歳三と共にホテルを出て、ビュッフェ形式のレストランで食事を取った。「これからどうします?」「どうするもなにも、一緒に暮らそうぜ。」歳三はそう言うと、リボンがかかった箱を取り出した。「これは?」「お前が部屋で休んでいる間に免税店で買ってきたんだ。気に入るかどうかわからねぇが・・」彼は箱を開けると、そこには有名宝飾店の指輪が入っていた。「嵌めてください。」歳三はゆっくりと、総司の左手薬指に指輪を嵌めた。「ありがとうございます、大切にしますね。」「あぁ・・」総司の笑顔を見ていると、不意に歳三は過去の事を思い出した。『なんですか、それ?』『あぁ、これか?何でも西洋で男女が夫婦になる時は、これを互いの指に嵌めるんだと。』『へぇ、流石洒落者の土方さんらしいや。』病床にありながら、総司はそう言って歳三に笑顔を浮かべた。彼の命はもう永くはない―解っていても、歳三は彼が死んでしまうという重い現実を受け止めきれずにいた。『土方さん。』歳三が俯いていた顔を上げると、総司の紫紺の瞳とぶつかった。『いつか、また会える日まで泣かないでくださいね。』『わかってるよ。』その後、総司と別れ、歳三は単身蝦夷地へと向かった。そこで彼は、戦って短い命を散らした。「土方さん、どうしたんですか?」歳三が我に返ると、怪訝そうにこちらを見つめている総司と目が合った。「なんでもねぇよ。」「土方さん、僕達が出逢ったことって、運命だったのかな?」「さぁな。」「だって土方さんと初めて会った時、何処か懐かしい気がしたんですよねぇ。」「ふぅん、そうか。」俺もだよ、と歳三は心の中で呟いた。「総司、ずっと俺の傍にいろよ。」「なんですか、そのクサイ台詞は。言われなくても傍に居てやりますよ。」「ったく、お前ぇって奴は・・」 総司とともにハワイで休暇を過ごし、帰国した後、歳三は琴枝が新しい恋人を見つけたということを風の噂で聞いた。「土方さん、どうしました?」「なんでもねぇよ。それよりも、身体の調子はどうだ?」帰国後、歳三は総司と一緒に住むことになった。ここのところ体調を崩している総司は、数日後に手術を受けることになっている。「大丈夫ですよ。土方さん、心配しないで待っていてくださいね。」総司はそっと歳三の手を握った時、左手薬指に嵌められた指輪が光った。「あぁ、待ってる。」 翌日、総司は手術を受け、それは成功に終わった。歳三とともに彼は幸せな日々を送っている。 幕末の昔、病に引き裂かれた二人は今、共に死ぬまで生きようとしていた。―FIN―
2015年06月06日
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新郎が新婦を置いて、見知らぬ青年と失踪したことにより、結婚式場は大混乱に陥った。この事により一番の被害者である新婦は、控室に籠ったままずっと泣き続けて出て来なかった。「全く、トシは一体何を考えているのかしら?」新郎の姉・信子はそう言って新郎・歳三の事で夫に愚痴ると、彼は苦笑いを浮かべた。「余程琴枝さんとの結婚は嫌だったんだろうな、きっと。」「でも突然あの子と駆け落ちするだなんて酷過ぎない?」「酷過ぎるのはわたし達だと思わないか、のぶ? 家の為に、トシに望まぬ結婚を強いるのは。」「それもそうね・・」(トシ、総司君と幸せにね。)信子は結婚式に駆け落ちした弟の身を案じた。 その頃、総司と歳三は高速道路のサービスエリアでコーヒーを飲んでいた。「これから何処に行きます?」「そうだなぁ、この際だから新婚旅行に海外でも行くか?」「え・・」思いがけない歳三の言葉に、総司は目を丸くした。「でも、パスポートや荷物はどうするんですか?」「ああ、それなら車のトランクにあらかじめ積んでおいた。お前の分の荷物も入ってるぞ。」「ええ~!」総司の叫び声に、数人の男女が一斉に彼らの方を見た。「でも、海外だとすぐに行ったことが解るんじゃないんですか?」「別に海外に住むって訳じゃねぇんだから、いいだろ?」歳三はそう言うと、総司に微笑んだ。サービスエリアを出た2人は、空港へと向かった。「琴枝、気分は落ち着いた?」「落ちつける訳ないでしょう!」漸く新婦控室から出て、ホテルの部屋へと入った琴枝は、母親に対して怒りをぶつけた。「トシ、そんなにもわたしとの結婚が嫌だったんだ。それにしても突然あの子と駆け落ちするだなんて許さない・・」琴枝はそう呟くと、歳三と総司への憎しみを滾らせた。 空港に着いて国際線の搭乗ゲートに入った総司は、どっと疲れが押し寄せて来て欠伸をした。「疲れたか?」「ええ。土方さん、何時の間に服着替えたんですか?」純白のタキシードから、歳三は普段着へと着替えていた。「目立つだろう、あの格好じゃぁ。」「じゃぁ僕も着替えますね。」総司は慌てて男子トイレで着替えを済ませ、歳三の元へと走った。「さてと、常夏のリゾートへ出発だ。」「はい。」2人がホノルル行きの飛行機に乗り込んだ後、歳三の携帯が突如鳴り始めた。(誰からだ?)彼が液晶を見ると、そこには「琴枝」の表示が出ていた。「お客様、携帯電話の電源はお切り下さい。」「解った。」歳三は携帯の電源を切った。「もうっ、何で出ないのよ!」琴枝はそう叫んでスマートフォンをベッドに投げると、シーツを頭から被って叫んだ。「暫くそっとしておいてあげましょう。」「そうだな・・」部屋の中から娘の金切り声が聞こえ、琴枝の両親は静かに自分達の部屋へと入って行った。
2015年06月06日
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―お前ぇ、もうここに来ないって言ったんじゃねぇのか? そう言うと男―歳三は総司を見た。『もう、駄目かもしれない。』―どういうことだ?『だってあなたはもうすぐ、別の人のものになるから。』総司の言葉を聞いた歳三の、琥珀色の双眸が大きく見開かれた。―馬鹿、俺は誰のものにもなんねぇよ。愛しているのはお前ぇだけだ。『でも、現実のあなたは違う。女性と結婚して僕を忘れようとしてるんだ。』―それが、あいつの本心じゃなかったら?歳三がそう言うと、総司は少したじろいだ。―あいつが別の女と嫌々結婚しようとしてたら、お前ぇはそいつを諦められるのか?『そ、それは・・』歳三が琴枝と結婚する事は、もう決まった事だ。どう総司が足掻こうが、無駄な事なのだ。『あの人は、もう納得してるんだ!』―だからって諦めるのか、そいつを!? 総司、お前ぇはそんな弱い奴じゃなかった筈だ!歳三はそう叫んで総司の肩を掴んだ。―俺が知ってる総司は、どんなに辛い事があっても逃げずにいた。たとえそれが、目を背けたいものであっても!『目を背けたいもの・・?』総司がそう言うと、歳三が目を伏せた。―総司、現実から目を逸らして逃げるな。お前は強い筈だ。彼は総司に微笑むと、そっと彼から離れた。『ねぇ、待って!』総司が必死に歳三の後を追おうとしたが、彼の姿はやがて闇の中へと消えていってしまった。「久しぶりに見たな、あの夢・・」ベッドから半身を起した総司は、そう言って目を擦りながらカレンダーを見た。 今日は歳三と琴枝の結婚式だった。「おはよう、総司。何処か出掛けるの?」「うん。現実から目を逸らしたくないから。」総司は実家を飛び出すと、歳三と琴枝が結婚式を挙げる会場へと向かった。 一方純白のウェディングドレスを纏った琴枝は、嬉しそうに新婦控室で母親と話をしていた。「おめでとう琴枝、幸せになってね。」「ええ。ありがとう、お母様。」「そろそろお時間です。」教会のヴァージンロードを歩いて来る琴枝の美しい姿に、歳三は何も心が動かされなかった。何故か自分の結婚式であるのに、未だに他人事であるかのような感覚がしてならなかった。式は滞りなく行われ、教会を出た2人は、隣接した会場で披露宴を行うこととなった。「今日は思い出に残る日にしましょうね。」「ああ。」(どうか、間に合って!)総司は息を切らしながら、歳三と琴枝の結婚式が行われている高級ホテルへと急いでいた。ホテルに着き、結婚披露宴が行われている宴会場の扉の前で彼は深呼吸すると、それを思い切り開け放った。「土方さん!」突然現れた謎の青年に、披露宴に招待されていた新郎新婦両親族や、友人達が目を点にしていた。それに構わず、総司は高砂席へと走っていった。「こんな結婚、やめてください!」慌てたスタッフが総司を会場から追い出そうとしたが、無駄だった。歳三は突然の事に暫く黙っていたが、暫くすると総司に微笑んで、こう言った。「総司、待ってたぜ。」唖然とする周囲を残して、歳三と総司はホテルを後にした。人生最高の日となる筈だった琴枝は、人前で恥を掻き、人生最悪の日となってしまった。「許さない、絶対に許さないんだから!」彼女はそう叫ぶと、失神した。
2015年06月06日
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歳三は琴枝と彼女の両親と会食する事となった。場所は琴枝が行きつけのイタリア料理店で、料理や接客は一流だった。「ねぇトシ、新婚旅行は何処にする?」「お前が行きたいところでいいぜ。」「んもう、トシったら。」琴枝がそう言って歳三の脇腹を小突いた。「琴枝、そう土方君を困らせるんじゃないよ。彼にだって色々と都合があるのだからね。」誠治が咄嗟に歳三に助け船を出すと、コーヒーを飲んだ。「招待状はもう皆さんに送ったの?」「ええ。後はあのチェリストに送るだけよ、お母様。」“チェリスト”の言葉に、歳三はビクリと身を震わせた。「チェリストって、あの沖田総司とかいう子の事かしら? 何でもウィーンでは知らぬ者は居ないとか。」「ええ。彼には是非披露宴でお祝いのスピーチとチェロの生演奏をして欲しいと思っているのよ。」琴枝の言葉の端々に、総司への悪意が滲み出ていることが歳三には感じられた。 彼女は人生で一番幸せな瞬間を、総司に見せつける為に彼を結婚式に呼ぼうとしているのだ。歳三が未だに総司に未練があることを知りながら。「琴枝、後で話がある。」両親と連れ立ってレストランを出た琴枝に歳三がそう話しかけると、彼女は静かに頷いた。「じゃぁ、わたしが指定する場所に来て。」「解った・・」歳三は彼女と別れて車に乗り込み、エンジンを唸らせるとレストランの駐車場から出て行った。 一方、総司は実家で姉夫婦と楽しく話していた。「総司、もう身体の方は大丈夫なの?」「うん。腎臓の状態は良くなってきてるって。」「そう・・それは良かったわね。」みつがそう言った時、玄関のチャイムが鳴った。「誰かしら?」「僕が出るよ。」総司が玄関へと向かい、ドアを開けると、そこには琴枝が立っていた。「お久しぶりね、沖田さん。お身体の具合はもうよろしいの?」「え、ええ・・」一体自分に何の用だろうと思いながら総司が身構えていると、彼女はバッグの中から何かを渡した。「これ、結婚式の招待状よ。是非あなたにもトシとわたしの門出を祝っていただきたいの。」琴枝の言葉に、総司は全身を殴られるようなショックを受けた。「そう・・ですか・・」「用はもう済んだから。」琴枝は総司の反応を見てくるりと彼に背を向けると、タクシーに乗り込んでいった。「総司、どうしたの?」蒼褪めた顔で玄関から戻ってきた総司を見て、みつは何かあったのだと確信した。「さっき、歳三兄ちゃん・・土方さんの婚約者が来た。」「そう。部屋で休んでいなさい。」「うん・・」(歳三兄ちゃん、あの人と結婚するんだ。)歳三と琴枝の結婚は、もう決まったことなのだ。静かに自分が身をひけばいい―頭ではそう解っていても、心が痛かった。部屋に入った総司はベッドに入り、頭から布団を被ると涙を流した。今すぐ歳三に逢いたい―そう思いながらも彼が琴枝のものになるという事実を受け止めなければという葛藤に、総司は苦しんだ。拭っても拭っても、涙は絶え間なく流れ出てきて、終いには意識を失った彼はゆっくりと目を閉じた。―司・・総司! 遠くから声が聞こえ、総司が目を開けると、そこには夢に出てきたあの男が立っていた。
2015年06月06日
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伊豆沖の豪華客船で起きたテロ事件から数ヶ月が経ち、歳三は琴枝とともに式場の下見をしていた。「やっぱりいいわね。」琴枝はそう言うと、歳三の腕に自らの腕を絡めた。「ああ・・」そう答えた歳三の目には、生気が宿っていなかった。 あれから―事件後総司と別れてから、歳三は彼の事しか考えられなくなっていた。だが、琴枝との結婚はもう決まったことだ。今更逃げることは出来ない。琴枝との結婚は、歳三だけのものではないのだ。 土方財閥と、琴枝の実家である西野財閥との提携が、彼らの結婚で結ばれるのだ。愛のない政略結婚―土方家という財閥の御曹司として生を享けたその瞬間から、歳三の人生は財閥のものなのだ。財閥総帥として土方家の頭として君臨するには、個人の事情を優先させてはならない。 次期財閥総帥としての最優先事項は、西野財閥令嬢である琴枝と結婚し、跡取りである男児をもうけること。土方家の男達―歳三の父・義醇(よしあつ)が母・黛とそうしたように、歳三もその“伝統”に従わなければならない。琴枝との結婚は土方家にとって今後の運命を左右するものだ。頭では解っているつもりなのだが、歳三はどうしても琴枝を心から愛おしいと思うことが一度もなかった。(子どもさえ出来りゃぁ、後はどうにでもなる。今は義務を果たさないと。)「どうしたの、トシ? 顔色悪いわよ?」我に返ると、琴枝が怪訝そうな顔をして自分を見つめていた。「少し外の空気を吸ってくる。」歳三はそう言うと、会場の外から出て溜息を吐いた。(一体何してるんだ、俺は・・)「総司、もう体調はいいのか?」「うん。一君、迷惑掛けてばかりでごめんね。」 一方、総司は成田空港の出発ゲートで一の見送りに来ていた。「総司、俺はお前の力になりたい。たとえ地の果てにいようが、お前の為ならすぐに駆けつける。」「ありがとう。じゃあ、気をつけて。」「ああ。」総司と一は恋人としての最後のキスと抱擁を交わすと、それぞれの道を歩み始めた。(さようなら、一君。)次第に遠くなる一の背中を、総司は静かに見送りながら、涙を堪えた。空港を出てタクシーに乗っていると、上着の胸ポケットに入れた携帯が突然鳴り、慌てて総司は通話ボタンを押した。「もしもし、どなた?」『・・総司。』「土方さん、どうしたんですか?」『琴枝との結婚を止めてくれ。』「え?」歳三が発した言葉に、総司は驚くしかなかった。「何言ってるんですか、土方さん? マリッジブルーにでもなったんですか?」『はは、そうかもしれねぇな。じゃぁな。』総司との通話を終えた歳三は、携帯を閉じた。(総司のことは忘れろ、歳三。これからあの女と義務を果たすんだ・・土方家の“伝統”を守る為に。)気持ちの整理をつける為、歳三は煙草を一服吸った後、琴枝が待つ式場の中へと戻った。「歳三君、久しぶりだね。」「お久しぶりです、西野さん。」「他人行儀な呼び方は止してくれ。これから義理の父子になるというのに。」そう言って琴枝の父・誠治は歳三の肩を叩いた。「あはは、そうですね・・」歳三は笑おうとしたが、いつものように作り笑いが出来ないでいる自分に気づいた。
2015年06月06日
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波音が遠くから聞こえた。「ん・・」総司が目を開けると、そこには歳三が心配そうに彼を見つめていた。「大丈夫か?」パチパチと薪が爆ぜる音がして、火の温もりが洞窟内を満たした。「あの、ここは?」「船が沈没した後、何処かの島に漂流したらしい。今は身体を温めることだけを考えろ。」歳三はそう言うと、水を吸って重くなったジャケットを脱ぎ捨てた。「あの・・」「脱がねぇのか? 男同士なんだから恥ずかしがる必要はねぇだろう。」「そうですけど・・」男同士だし、今更歳三の前で裸になっても羞恥を感じない筈なのだが、何故か総司はドレスを脱ぎたくなかった。「ったく、仕方ねぇな・・」歳三は舌打ちすると、総司のドレスの背中に付いてあるボタンを外し始めた。あっという間もなく、地面に瑠璃色のドレスが乾いた音を立てて落ちた。「こっちに来い。」「はい・・」薪の傍で暖を取りながら、総司は歳三の横顔を見た。怜悧な光を湛えた琥珀色の双眸は、光を弾いて橙色に輝いていた。「どうした、寒いか?」「ええ。いつ助けが来るんでしょうね?」「携帯は通じた。それに周囲を見渡したら、集落みたいなところがあった。そう時間はかからねぇだろう。」「そうですか・・」「今は余計な事を考えずに眠れ。」歳三の言われるがままに、総司は彼の腕の中で眠りに落ちた。“土方さん。”また総司は、あの夢を見ていた。幕末の、幸せだった頃の夢。―また来やがったのか、総司。もう来るんじゃねぇと言っただろう?“あなたに、お別れを言いに来たんです。”総司はそう言うと、男の手をそっと握った。“今まで僕を支えてくれてありがとう。これからは前を向いて歩いてゆきます。”総司の言葉を聞いた男は微笑んだ。―その言葉が、聞きたかったんだ。男の琥珀色の双眸が穏やかな光を放ったと同時に、部屋の風景が徐々に霞んでいった。 遠くからサイレンの唸り声を聞き、総司は目を開けた。「助けが来たぜ、総司。」「そのようですね。」総司は乾いたドレスを纏い、洞窟の外へと出ようとした。その時、歳三が脂汗を流しながら苦しそうに喘いでいるのを見た。「歳三兄ちゃ・・土方さん、どうしたんですか?」「総司、早く行け!」「でも・・」「行け! 俺の命を助けたいなら!」総司はドレスの裾を摘みながら、海岸線へと走って行った。「人が居るぞ!」救急隊員の声が聞こえ、総司は大きく彼らに手を振った。 それから、救急隊員は腹部に裂傷を負った歳三を洞窟内で発見し、病院へと搬送され、一命を取り留めた。「土方さん、良かった・・」「総司・・」歳三がゆっくりと目を開けると、そこには歓喜の涙を流す総司の姿があった。「心配かけて、すまなかったな。」「いいえ、いいんです。昔に比べれば、僕少し逞しくなりましたから!」きょとんとする歳三を笑いながら、総司は彼の頬にキスした。―総司、いつも心配掛けさせやがって。“土方さんったら、また怒ってばかり。”―お前が怒らせてんだろうが!“大丈夫、きっと生まれ変わったらあなたより逞しくなりますからね。”―寝ぼけた事言ってねぇでさっさと寝ろ!
2015年06月06日
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「何だ!?」「一体、何があったの!?」突然響いた爆発音に、客達は一斉にどよめいた。「総司・・」「どうして・・そんな・・」歳三が隣の総司を見ると、彼は蒼褪めていた。「どうしたんだ、総司? 一体何があったんだ?」歳三が総司を問い詰めようとした時、携帯が鳴った。『土方さん、船尾で爆発が起きた! すぐに乗客の避難を!』電話口から、切迫した平助の声が聞こえた。「爆発か・・もしかしてあいつが・・」歳三が八郎の居る場所へと目を向けると、そこには何かの箱を持っている彼がほくそ笑んでいた。(あいつ・・)「トシ、この子と何をしてるの? 早く逃げましょう。」琴枝はそう言って歳三の腕を掴むと、総司から彼を引き離した。「琴枝、離せ! 総司が・・」「あの子のことだったらどうでもいいでしょう? あの子はもうあなたとは関係が無いのよ!」「俺は、総司を愛している。」歳三は琴枝の腕を振り払うと、乗客達への避難を始めた。「八郎さん、どうしてこんなことを?」「革命には血が必要だ。揺るぎなき大義の為にね。」八郎は総司を撫でながら、彼に微笑んだ。「大義の為? 何の罪がない人を殺そうとするのが革命なの? こんなのただの虐殺じゃない!」「黙れ!」総司は八郎に頬を打たれ、倒れ込んだ。「君とは解り合えたと思っていたのに・・それは間違いだったようだ。」八郎は拳銃を取り出し、その銃口を総司に向けた。彼が引き金を引こうとした時、銃声が空気を引き裂いた。 まるで映画のスローモーションのように、胸から血を流した八郎がゆっくりと床に倒れ込んでゆく。数発銃声が響き、彼の腹部や両膝から血が噴き出した。「八郎さん、しっかりして!」ドレスの裾を摘み、総司は床に倒れたまま動かない八郎の身体を揺さ振った。「真理亜・・愛してる・・」八郎は荒い息を吐きながら、総司の頬を撫でてそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。「八郎さん・・?」「伊庭の死亡を確認した。」歳三はそう言って銃を下ろすと、呆然としている総司の方へと向かった。「総司。」「歳三兄ちゃん・・」総司は呆然と八郎の遺体を見つめた後、歳三を見た。「行こう、ここは危な・・」歳三之手を振り払い、総司は八郎の遺体に取り縋った。「ねぇ八郎さん、起きてよ!」「もう死んでる。総司、俺と一緒に・・」歳三が総司を八郎の遺体から引き離そうとしたとき、船が激しい揺れに襲われた。「総司、そこから離れろ!」「でも・・」「死にてぇのか、馬鹿!」歳三は総司に怒鳴ると、彼の手を掴んで避難ボートへと飛び乗ろうとした。「しっかり掴まってろよ!」「はい!」だがその時、再び激しい揺れが船を襲い、甲板に亀裂が走った。「土方さん!」「トシ~!」平助と近藤は、燃え盛る豪華客船が沈みゆくのを、ただ見ているしかなかった。
2015年06月06日
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「八郎、総司はお前の別荘に居るんだな?」歳三はそう言って八郎を睨みつけた。「そんなに怖い顔で睨まなくてもいいじゃないか、歳。」優雅に椅子に腰を下ろしながら、八郎はウェイトレスにコーヒーを注文した。「歳、単刀直入に言うわ。あの子を返して欲しければ、わたしと結婚なさい。」「何馬鹿な事を言ってやがる! そんな事出来るわけ・・」「出来る訳がないって言いたいの? でもねトシ、もうわたし達は婚約したのよ。それを忘れた訳じゃないわよね?」琴枝はそう言って歳三に左手薬指を翳すと、そこには婚約指輪が光っていた。「婚約パーティーは伊豆沖のワンナイトクルーズよ。あの豪華客船リストリア号で夜7時に開かれるわ。伊庭さんも来て下さるわよね?」「ええ、是非。“妻”と出席するよ。」八郎は琴枝に目配せすると、そう言って笑った。その視線で、歳三は彼らが手を組んでいることに気づいた。「お前ら、グルだったのか。」「そうよ。トシ、婚約パーティー楽しみね。」琴枝はそう言って歳三に微笑んだ。(伊庭さん、遅いな・・) 八郎が東京で歳三と会っている中、伊豆の別荘で総司はバルコニーから海を眺めていた。「総司様、そろそろ中に入りませんと。お風邪を召されますよ。」「はい・・」総司はそう言うと、椅子から立ち上がった。 鎮静剤を打たれた影響で暫く歩くことができなかったが、最近では歩けるようになり、暇さえあれば別荘の周囲を散策する日々を送っていた。「今週末、リストリア号でパーティーがあるので、御出席するようにと旦那様が・・」「解った。」この前別荘で開かれたパーティーで疲れてしまったので、総司は余りああいう場には出たくはなかったが、一応八郎の“妻”として、社交場に出なければと思い、パーティーに出席することにした。「総司、支度は出来たかい?」「はい・・」身支度を整えた総司は、ドレスの裾を摘んで部屋から出てきた。白いタキシードを着た八郎は、彼のドレスアップした姿を見て息を呑んだ。 今夜の総司は、瑠璃色のドレスと黒絹の長手袋を着け、薄茶の長い髪は一流の美容師によって美しくセットされ、頭上にはダイヤのティアラが輝いていた。「やはり君にはルビーが似合うね。」八郎はそう言うと、総司の両耳を飾るルビーのピアスに触れた。「さてと、もう行こうか?」「はい・・」 これから最愛の人との婚約を発表する華やかなパーティーだというのに、歳三は始終不機嫌な表情を浮かべていた。「そんな顔しないでよ、トシ。大丈夫、伊庭さんは約束を守る方よ。」アイボリーのドレスを纏った琴枝が、そう言って歳三に向かって微笑んだ。「伊庭様だわ・・」「相変わらず素敵だこと・・」「隣にいる方はどなたかしら?」歳三と琴枝が顔を上げた先には、八郎にエスコートされた総司の姿があった。(総司・・)(歳三兄ちゃん・・)見つめ合った総司と歳三は、互いに言葉を交わせないままパーティーが始まった。「来て下さったわね、伊庭さん。あの子は何処に?」「総司なら、君の婚約者と話をしているよ。」「そう・・まだあの子に未練があるのね、トシは・・」そう言った琴枝の目が鋭く光った。「あの人と婚約したんですね、おめでとうございます。」「総司、お前はこれから伊庭と暮らすつもりなのか?」「そうです。あの人は僕のことを愛してくれますし。あなたとは全然違うんです。」総司はそう言って笑うと、八郎に向かって手を振った。その時、船尾から爆発音が聞こえた。
2015年06月06日
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「いや、何するの、止めて!」八郎から逃げようと、彼の腕の中で暴れた総司だったが、彼はビクともしなかった。結局八郎に寝室に連れ込まれ、総司は彼に組み敷かれた。「暴れないで。」八郎は帯紐を解くと、総司の両足を割り開いた。「いやぁ・・」八郎の指先が、総司の蕾を激しく掻きまわし、そこから甘い蜜が滴り落ちてシーツを濡らした。「君は淫らだね。嫌だ嫌だと言いながら感じてるじゃないか。」「お願い、離して・・」「何を今更。」八郎はそう言うと、総司の上に覆いかぶさった。(誰か、助けて・・)八郎は総司が全く抵抗しなくなったことに興ざめし、彼から離れた。「もっと泣き喚いてくれたら、苛め甲斐があるのに。」「え?」「手荒な真似をして済まなかったね。」八郎は総司の乱れた振袖を整えると、彼を横抱きにして車椅子に座らせた。「旦那様、お客様が・・」「解った、すぐ行く。」総司を部屋まで送り届けると、八郎は客の所へと向かった。「久しぶりね。」玄関ホールに立っていたのは、琴枝だった。「おやおや、わざわざこんな田舎まで来るとは、君も酔狂だな。」「あら、いいじゃない。それよりも、あの子はどうしてるの?」琴枝はそう言うと、八郎を見た。「手荒な真似はしていないよ。」「つまらないわね。黒社会のボスであるあなたが、あの子に対して乱暴な事をしないなんて。」琴枝は八郎の答えに不満らしく、美しい顔を思い切り顰めた。「君はどんなことを望んでいるんだい? わたしはあの子を“妻”としてこの別荘に迎えたんだ。」「“妻”ね。まぁいいわ。あたしとトシの間にあの子が入って来ないと思うと、嬉しくて仕方がないもの。でもあの子を無傷のままトシの元に帰さないでよね。それじゃ。」琴枝は美容室で美しくセットされた巻き髪を揺らしながら、別荘から出て行った。「・・気が強い女は嫌いだ。」八郎はそう言いながら、冷め始めた紅茶を一口飲んだ。 八郎からの連絡が途絶えて、もう2週間近く経った。(一体あいつは何をしてるんだ!)焦ってはいけないと思いながらも、歳三は連絡を寄越さない八郎に対する苛立ちを募らせていった。「トシ、そんな難しい顔をしてどうしたの?」背後から肩を叩かれ、仏頂面のまま歳三が振りかえると、そこには琴枝が立っていた。「なんだ、今忙しいんだ。お前に構ってる暇は・・」「あたし、あの子の居場所知ってるわよ。」琴枝はそう言って歳三を見ると、彼は驚いて目を見開いた。「教えろ、総司は何処に居る?」「そんなに急かさなくても、ちゃんと教えるわよ。但し、あたしが出した条件をトシが呑んでくれたら、だけど。」「条件だと?」「ええ。こんな所じゃなんだから、食事でもして話さない?」琴枝はそう言うと、にっこりと歳三に微笑んだ。「・・解った。」彼女のペースに呑まれて堪るものか―歳三は唇を噛み締め、琴枝とともに警察署から出て行った。「まだ頼まねぇのか?」「ええ、ちょっと人を待ってるの。あら、来たわ。」琴枝がそう言って立ち上がり、八郎に手を振った。
2015年06月06日
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窓の外を、洋装姿の男が見つめていた。―総司、この景色をお前にも見せたかったよ。彼はそう言うと、溜息を吐いた。―近藤さんの次に、お前まで・・俺は何時までこんな思いを抱いて生きればいいんだ? 教えてくれよ総司・・ 前に夢で見た男の背中は、広くて逞しいものだった。だが、窓の外を見ながら死者達に呟く男の背中は、哀愁に満ちていた。寝食をともにし、深い絆で結ばれていた仲間達が次々と死んでゆき、ついに最愛の人までも失い、男は絶望に打ちひしがれていた。―いつかお前達の元に行くからな。それまで待ってろよ。男は寂しい笑みを浮かべた。総司は彼を抱き締めたかったが、そこで夢から覚めた。「ん・・」穏やかな朝日がカーテンの隙間から射し込み、総司はゆっくりと目を開けた。「総司様、朝食の御用意が出来ました。」「解った・・」ベッドから立ち上がろうとした総司だったが、足元がふらついて歩くどころから上手く立てなかった。「総司様!」使用人が血相を変えて部屋へと入っていき、総司を抱き起こした。「さぁ、こちらへ。」「ごめんなさい・・」「いいえ。」総司は車椅子に乗り、八郎が待っているダイニングへと向かった。そこには一流のシェフで作られたサンドイッチやスクランブルエッグが並んでいた。「おはよう、昨夜は良く眠れたかい?」「はい・・」「そう、良かった。」八郎はそう言うと、総司に微笑んだ。 昨夜の告白を聞いた総司は、八郎が根っからの悪人ではないことに気づいた。「あの、ひとつお聞きしたいんですけれど・・」「なんだい?」「土方さんとは一体どんな関係なんですか?」八郎は総司の言葉を聞き、一瞬顔をこわばらせたが、すぐに笑顔が戻った。「歳とは昔からのくされ縁でね。たまたま学校が同じだったんだ。歳は金持ちのお坊ちゃんでありながらも、周りの子とは全然違った。親や金の力を振りかざしたり、自分よりも弱い者は決していじめたりはしなかった。」「そうですか・・」「少年院でも同じ部屋で過ごした。だがわたしが少年院を出て歳と再会した時、彼は刑事になっていた。」八郎はそう言って言葉を切ると、コーヒーを一口飲んだ。「わたしは彼に素性を隠して近づき、彼も自分が刑事である事を隠して密会した。いつかは刺し違える時が来ると思って。唯一の誤算は、歳に君が居たことだ。」八郎は口端を歪めて笑うと、椅子から立ち上がり総司の髪を撫でた。「君を人質に取れば、歳は身動きが取れなくなる。鬼のように恐れられ、策士で相手に隙を見せない彼の弱みを握ったわたしが君を手に入れたと彼に言えば、どうなるかな?」「なに・・言ってるんですか?」総司は目の前の男が恐ろしくなった。昨夜の告白で一瞬気を許してしまったことを後悔した。「わたしはね、ずっと君の事を知っていたんだ。だから君をここに連れて来た。」八郎はそう言うと、総司の唇を塞いだ。「君はここで名実ともに、わたしの“妻”になって貰う。」「それ、どういう意味・・」「言葉通りの意味だよ。」八郎は使用人に下がるよう命令し、総司と2人きりになった途端、激しく彼の唇を貪り始めた。「いや・・やめて!」「歳に対して操立てをしているのかい?」八郎はそう言うと、総司の身体を軽々と持ち上げた。
2015年06月06日
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「総司様、旦那様がお呼びです。」ひとしきり部屋で泣いていると、自分をこの部屋へと連れて来た使用人がドアの外から声をかけて来た。「独りにしてと、あの人に伝えて。」「ですが、旦那様は総司様と夕食をお召し上がりたいと・・」「要らないと言っているでしょう!」苛立っている所為か、声が刺々しさを増してゆく。これから女装し、八郎の“妻”を演じる生活を送らなければならないのかと思うと、総司は八郎に対して激しい怒りを抱き始めていた。「旦那様、総司様は今・・」「解っているよ。」ドアが開かれ、八郎が部屋の中に入って来た。「僕はこれからあなたの“妻”としていつまで生活を送らないといけないんですか?」総司の問いに、八郎は首を横に振った。「君を長い間監禁したり、わたしの“妻”としてここでの生活を君に強いることは決してしない。」「嘘。僕が歳三兄ちゃんの・・土方さんの恋人だから僕を拉致したんだろう?」「それもある。けど、もっと違う理由で君をここに連れて来た。」八郎はそう言うと、首に提げていたロケットを取り出した。「君は、わたしの最愛の人に似ている。」楕円形のロケットを開くと、そこには八郎と思しき金髪の少年と、自分に良く似た少女が映っていた。「似ているだろう? わたしの妹・真理亜だ。20を迎える間もなく、12歳で天へと召されてしまった。」八郎は愛おしそうに、少女の写真を見た。「わたしと真理亜はね、腹違いの兄妹なんだ。真理亜は亡きわたしの父の愛人が産んだ子でね。正妻だった母は、真理亜を事あるごとにいじめ、父は家庭を顧みなくなった。家の中でわたしは、真理亜と必死に生きてきた。」八郎は一旦言葉を切り、総司を見つめた。「やがて父はまた新しい女を作り、家から出て行った。母はホストに入れ上げて家の財産を食いつぶした挙句、わたし達を放置して失踪した。頼れる身内も居なかったわたし達は施設で暮らすことになった。真理亜と身を寄せ合って生きてきたが、真理亜は白血病に罹って学校で倒れた。」八郎の身の上話を、総司は静かに聞いていた。「白血病の治療費は莫大で、とても施設で賄えるものではなかった。だがわたしは骨髄移植に賭けていた。もしわたしの骨髄の型が妹を救うものとなるのならと・・だが、その望みは無残にも潰えた。そして真理亜は・・妹は、わたしに看取られて笑顔で逝った。」八郎は紫紺の瞳から涙を流しながら、全てを語り終えると床に崩れ落ちた。彼の手を、総司はそっと握った。 病医で彼に拉致された時、総司は八郎が憎いと感じていた。しかし彼には最愛の妹を失った辛い過去があったのだ。「それからわたしは荒れた。両親を憎み、社会を憎み、金を憎み・・いつか真理亜の仇を取ってやるという我武者羅な気持ちだけでここまでのし上がってきた。それが今のわたしだ。」総司は、八郎の苦しみと悲しみが痛い程解った。自分も、最愛の母親を亡くしたから。最期に笑って逝ったけれど、総司は母と死別して以来、悲しみが時折襲って来て辛くなる時があった。だから、八郎の痛みが自分の痛みのように思えて、総司は涙が止まらなかった。「優しいね、君は・・こんな悪人のわたしに対して涙を流してくれるんだから・・」総司は堪らずに、八郎を抱き締めた。「そろそろ行こうか。」「ええ・・」総司は八郎の手を握りながら、ダイニングへと向かった。「どうして、こんな風にわたし達は出逢ってしまったんだろうね? もっと別の形で、違う形で君と早く出逢いたかった。」夕食後、八郎は総司をベッドに寝かせながらそう言うと、彼の額にキスをした。「お休み、良い夢を。」「お休みなさい・・」総司はそっと目を閉じ、またあの夢を見た。今回はあの部屋ではなく、外には銀色の雪景色が映る洋風の部屋だった。
2015年06月06日
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「総司、おい!」歳三は我を忘れ、何も映らなくなったスクリーンに向かって叫んでいた。「畜生、八郎の奴、殺してやる!」そう叫んだ歳三の琥珀色の双眸は、八郎への憎しみと怒りで滾っていた。彼の全身から発せられる凄まじい殺気に、周囲の誰ものが皆言葉を失い、彼を恐れていた。「トシ、冷静になれ。感情的になればなるほど、人質が助かる確率が低くなる。」「けどよ、近藤さん・・」「お前が沖田君を心配しているのは解る。だが感情的になって先走った行動を起こせば、取り返しがつかなくなるんだぞ!」いつもは温厚な近藤が声を荒げたので、歳三は我に返った。(そうだ、今感情的になっちゃ駄目だ。そんな事したらあいつの思う壺だ。)八郎はわざと歳三を挑発し、彼を怒らせることが目的なのだ。近藤の言葉がなかったら、あのまま彼の企みに乗せられるところだった。(総司・・)今すぐにでも総司を八郎から奪還したいところだが、状況をいったん整理して対策を練った方が良い。「勝っちゃん、ありがとよ。」捜査会議が終わり、署内の喫煙所で歳三はそう言って近藤を見た。職場では「近藤さん」と歳三は呼んでいるが、2人きりになるときは名前で呼んでいた。「いいんだ、トシ。それよりも沖田君は伊庭と一緒なのか?」「ああ、その可能性が高いな。恐らくあいつの別荘に、総司が監禁されている。」歳三の脳裡に、美しいドレスを纏った総司の姿が浮かんだ。短い映像だったが、彼は八郎から危害を加えられたりはされていない。寧ろ、大切にされている。(八郎、てめぇとの勝負はまだこれからだ、勝ったと思うなよ!)絶対に総司を救い出してみせる―歳三はそう決意し、吸殻を捨て捜査を開始した。 一方八郎は別荘で盛大なパーティーを開いていた。招待客は政財界の大物や、裏社会の重鎮たちなどが出席しており、八郎は笑顔を終始彼らに振りまいていた。だが彼の隣に居る車椅子の女性―総司は、不機嫌な表情を浮かべていた。薄紅色のモスリンのドレスは、薄茶の髪によく映え、薄化粧を施された顔はまるで何処かの国の皇女のように気高い印象を招待客に与えている。だが総司は、このパーティーが嫌で堪らなかった。無理矢理八郎とその部下達に拉致され、女装させられたのだから笑える気分ではない。「どうしたんだい、そんな恐ろしい顔をして。」「あなたの所為でしょう!僕をこんな風にして!」総司はキッと八郎を睨み付けると、車椅子を操作して彼の元から離れた。「おやおや、奥方とは喧嘩しておられるのですか?」八郎にそう言って声をかけて来たのは、裏社会の重鎮の1人・芹沢鴨の部下、新見だった。「ええ。彼女は社交嫌いで、いくら仕事の都合とはいえ客をもてなすのは苦痛を感じたのでしょう。」当たり障りのない嘘を咄嗟に吐いたが、新見は気づいていないようだった。「そうですか、奥方の機嫌が良くなればいいですね。」「ええ、本当に。」八郎は溜息を吐くと、総司の部屋へと向かった。「どうしてあんな態度を取ったんだい? お客様の前では笑顔で居ろと言っただろう?」「放っておいて、あなたの言う事なんか聞きたくない!」総司はそう言うと、黒の長手袋を脱いでそれを八郎に向かって投げた。「君がわたしに怒りを感じるのは解る。だが他人の前で仏頂面をするのは止めてくれないか?」「放っておいてって言っているでしょう、出て行って!」「・・解った。」八郎は声を荒げたいのをぐっと堪え、静かに総司の部屋から出て行った。「歳三兄ちゃん・・」暗い部屋の中で、総司は静かに涙を流し、歳三を呼んだ。彼を愛しているのか、憎んでいるのか解らない。ただ、彼に会いたい。
2015年06月06日
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「気がついたかい?」頭上から声が聞こえ、総司が辺りを見渡すと、自分の前にあの金髪の男が立っていた。「あなたは・・」総司は男の手が自分に触れる前に彼から逃れようとしたが、足に力が入らなかった。「駄目だよ、まだ動いては。どうやらわたしの部下が鎮静剤の量を間違えて打ったみたいだ。」「ここはどこです?」「わたしの城さ。全て最高級品で作ったんだ。だが何よりも美しいのはこのテラスから見える自然の風景さ。」男はそう言って、総司に微笑むと彼の髪を梳いた。「わたしは美しいものは好きだ。男でも女でも、美しい人間を見ると自分のものにしたくなる。たとえ他人のものであってもね。」「僕を、どうするつもりなの? 殺すの?」総司の黒い瞳と、八郎の紫の瞳がぶつかり合った。「殺さないよ、君は殺さない。今日から君はわたしの可愛いお人形だ。」「いや・・離して・・」必死に男から逃れようとしたが、身体に力が入らない。「そんな飾り気のない格好は駄目だな。」男は総司が着ている水色の病院着を見て顔を顰めると、使用人に何か囁いた。「失礼致します。」使用人はそう言うと、総司が乗っている車椅子をひいてある部屋へと向かった。「ここは?」そこには色とりどりの美しいドレスや振袖、金襴緞子の帯、髪飾りなどが置いてあった。「あなたのお好きなものをお選びください。」「このままでいいです。」総司がそう言うと、使用人は渋い顔をした。「それではわたしが主に叱られます。」「じゃぁこれで。」総司が渋々選んだのは、緋に牡丹の柄が入った振袖だった。「見違えたね。やはり君は磨けば光る。」男はシャンパンを飲みながら、そう言って振袖を着た総司を見た。「さてと、君も美しく着飾ったし、これから楽しいパーティーを始めようか?」男―伊庭八郎は口端を歪めて笑うと、携帯を開き歳三の番号に掛けた。「畜生、野郎何処に居るんだ!?」総司が八郎に人質に取られてから数時間が経過したが、彼が今何処にいるのか解らず、歳三は苛立っていた。「トシ、落ち着け。これはお前を嵌める奴の罠かもしれん。」「けど、総司が・・」突然鳴り響く携帯が、歳三を更に苛立たせた。「誰だ!」『そんなにカリカリするなよ、歳。色男が台無しだよ?』「八郎、総司を何処へやりやがった!?」『今から映像を送るから、待ってて。』数分後、捜査本部のスクリーンに白いタキシードを着た八郎と、薄紅色のドレスを着た車椅子に乗った女性が映し出された。『どうだい、歳? 君の大切なお姫様は綺麗になったかな?』八郎はそう言った時、車椅子の女性がゆっくりと目を開けた。『さぁ、挨拶してごらん。』「総司!」歳三は思わず椅子から立ち上がり、スクリーンの方へと近づいた。『歳三兄ちゃん・・ごめんなさい。』『お前は罪な男だな、歳。このお姫様に殺されるなんて。』『いや、殺したくない! 殺したくない!』女性―総司は暴れ、車椅子から落ちてしまった。『歳三兄ちゃん、来ないで・・』「総・・」歳三が総司へと手を伸ばそうとした時、映像が非情にもそこで途切れた。
2015年06月06日
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八郎からメールがあったのは、午前2時過ぎだった。歳三は密かに彼と連絡を取り、その情報を警察に流していた。表向きには“少年院を出て一度も会っていない”と嘘を吐いている。その方がやりやすい。だが八郎は容易に尻尾を出さない。昔彼と良くつるんでいた頃、八郎は何度か相手の裏を掻いて悪さをしてきた。それは今でも変わっていないだろう。“朝7時に、駅前のカフェで。” メールはたった一行、それだけしか書かれていなかった。歳三は腕時計を見た。まだシャワーを浴びる時間がある。今の内にマンションに帰って八郎に会おう―歳三は駐車場へと向かい、愛車を走らせた。 一方総司は、一が今日帰国する日だということを知り、複雑な思いを抱えていた。(一君・・)今まで支えてくれた彼を、傷つけてしまった。でもああしなければ、もっと一を傷つけることになるかもしれなかったのだ。別れを切りだした時、一は自分を責めずに、これからは兄のように見守っていくと言ってくれた。 彼の言葉を信じよう―総司がそう思った時、不意に病室のドアが開いた。「君が、沖田総司さん?」「はい・・」顔を上げると、そこには高級店で誂えた上質のスーツを纏った金髪の男が立っていた。「ふぅん、君が歳の・・こんなに美人なら、あいつが手放さないのも無理ないか。」「あの、どちら様ですか?」総司がそう言って男を見ると、彼はにっこりと総司に微笑んだ。「俺は歳の友達だ。俺と一緒に行こう。」総司は男に不信感を抱き、自分に差し出される手を握ろうとしなかった。「お断りいたします。」「そう・・じゃぁしかたないなぁ。やれ。」男はそう言って廊下に控えていた部下に命じると、彼らはあっという間に総司を取り囲んだ。「いや、来ないで!」抵抗も虚しく、総司は鎮静剤を打たれて気絶した。「バレないようにそいつを外に運び出せ。」「解りました。」(歳、お前の大切なお姫様を預かったよ。) 約束の時間になっても、八郎はカフェに現れない。用心深い彼の事だ、きっと歳三の仲間が周囲に張り込んでいるのだと思いなかなか姿を現さないのだろうと思っていた。だが、その考えは一通のメールで打ち消された。(総司!)メールに添付された写真には、目隠しされ椅子に座らされた総司の姿が映っていた。“歳、お前の大切なお姫様は預かったよ。返して欲しければお前一人で来い。”「畜生!」油断していた。八郎は自分の望みを叶える為なら、どんな手段も厭わない人間だということを。そして、相手の大切な家族や恋人を人質にすると。「どうしたんだ、トシ?」「伊庭の野郎、総司を人質に取りやがった!」歳三はそう言うと、苛立ちを壁にぶつけた。「俺は誰よりも奴を解っているつもりだった・・けど甘かった!」(総司、必ず助けてやる!) 燦々と降り注ぐ太陽を浴び、総司はゆっくりと目を開けると、潮風が彼の薄茶の髪を撫でた。
2015年06月06日
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「一君、別れよう。」「今、何て?」総司が入院してから数日後、彼に病室に呼び出された一は、一瞬耳を疑った。「一君、今までありがとう。でももう終わりにしよう。」「どうしたんだ、総司! 何故急に別れを切りだしたりするんだ!?」「それは・・言えない。」総司はそう言って俯き、涙をぐっと堪えた。「もしかして、土方に・・あいつに何か言われたのか!?」「歳三兄ちゃん・・土方さんは関係ない! これは自分で決めた事なんだ!」総司は声を張り上げると、激しく咳き込んだ。「大丈夫か、総司? 余り無理しない方がいい。」一が優しく自分の背中を擦ってくれ、総司は涙を流した。「ありがとう一君、今まで僕を支えてくれて。ごめんね、一君からプロポーズ受けたのに、別れようなんて言って・・」(弱気になっちゃ駄目だ。)一と別れると決めたのだから、泣いてはいけない。総司はゆっくりと顔を上げると、一に微笑んだ。「一君はいつも僕に優しいよね。でもその優しさが、一君をいつか傷つけてしまうんじゃないかって思うと、怖いんだ。」「総司・・」一の手を、総司はそっと握った。「優しさや義務感で、一君を縛りたくないんだ。だからその前に・・」「別れると?」一の言葉に、総司は静かに頷いた。「そうか。もうお前の心は変わらないんだな?」「ごめんね・・僕を恨んでもいいから。」総司の手を、一は握った。「総司、俺はお前を愛している。心の底から。でも俺は、お前を恋人としてではなく、兄としてお前をこれから愛していこう。」「ありがとう、一君。」総司の涙を、一は優しく拭いながら彼を抱き締めた。「総司、お前はあいつの事が好きなんだろう? 俺が出逢う前からずっと・・」総司は暫く、一の肩越しに涙を流した。「もう行く。また逢うときは、元気なお前の姿を見たい。」「うん・・さようなら。」一は総司の言葉を聞いて一瞬悲しそうな顔をすると、病室から出て行った。(これで、いいんだ。これで・・) 一方、歳三は数日前から職場に泊まり込み、ある事件の捜査をしていた。新宿の2つのギャング団の抗争が激しくなり、去年の冬にギャング団の構成員である1人の少年の遺体が路地裏で発見された。 身元はすぐに割れた。 被害者の名は野崎徹、奇しくも歳三の母校に在籍する17歳の少年だった。 野崎の周囲を洗っていくと、2つのギャング団のリーダーがどちらもその高校の卒業生だということが解り、更に彼らの裏にある人物が関係している事が解った。 伊庭八郎―かつて少年院で同室だった男。 少年院を出てから、彼とは一度も会っていない。彼がもしギャング団を裏で操り、わざと抗争を起こしているのだとしたら、放ってはおけない。(俺がお前を追う立場になるとはな、八郎。)かつて「新宿の鬼」と呼ばれていた不良時代、八郎とは良くつるんで悪さをしていたものだ。だがあの事件を起こして、歳三は変わった。愚かな過去の自分と訣別し、市民を守る警官として生まれ変わったのだ。たとえ八郎と刺し違えようとも、彼を止めたい。(八郎、俺がこの手で逮捕してやる。)歳三はモニターに映る八郎の写真を睨みつけた。『八郎さん、ヤバいすっよ!サツに俺達の事を嗅ぎつけられそうっす!』「別に嗅ぎつけられてもいいんじゃない? 面白い狩りが出来るしね。」青年はそう言うと、携帯を閉じた。彼はライトアップされたプールの水面を見つめると、ガウンを脱いでその中へと飛び込んだ。
2015年06月06日
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―総司。夢に出てくる男の声が、脳裡に甦った。総司はその男が、今自分を抱き締めている歳三と瓜二つだということに気づいた。「歳三兄ちゃん・・どうして? どうして此処に居るの?」「どうしてって、お前が心配だからに決まってんだろ。」歳三は総司に微笑みながら、そっと彼から離れた。「土方さん・・と言ったか。ちょっと俺と来て欲しい。」一はそう言って歳三を睨みつけた。「総司、すぐに戻るからな。」「気をつけて。」総司の病室から出て行った一と歳三は、病院の屋上へと向かった。「俺に話ってなんだ?」「総司が俺の婚約者だと知りながら、どうしてあんたは総司に構うんだ?」「俺がまだ総司の事を愛しているからだよ。15の時に総司と出逢ってからずっと・・あいつに別れを切りだされても、俺はあいつの事が諦めきれなかった。お前という存在が居てもな。」歳三はそう言うと、一を睨みつけた。「お前が総司の何を知っているか知らねぇが、総司は俺のものだ。あいつの為ならなんだってしてやる。」一は、歳三の言葉を受けて美しい眦を上げた。総司とはウィーンに留学する時に出逢い、向こうで生活してから恋人同士となった。だが自分と出逢う前の頃の総司が、誰と付き合っていたのかは知らない。「俺と総司がウィーンに居た時、あいつは時折寂しそうな顔をしながら東の空を見つめていた。まるで誰かを想うように・・それがあんただったとはな。」悔しかった。それと同時に憎かった、総司が以前付き合い、今自分と婚約してもなお想っている歳三という男が。「俺にとって総司が特別であるように、あいつにとって俺の存在は特別なんだよ。言ってる意味、解るな?」歳三と総司との間に誰も入れる隙間などない、と歳三の琥珀色の双眸はそう一に言っていた。「諦めろというのか、総司を?」「それは別にどう解釈してくれたっていいぜ。」歳三は煙草を取り出してライターを付けると、紫煙を吐きだした。「俺は総司を諦めるつもりはない。あいつにプロポーズした時、俺はあいつの手を絶対離さないと誓ったんだ。」一は歳三を睨み付けると、彼に背を向けて屋上から去っていった。「ふん、青臭いこと言いやがって。お前が何をしたって、総司がはいつか俺の元に戻ってくる。」意識を取り戻した時、総司は自分を拒まなかった。本当に憎い相手なら、冷たく拒絶する筈なのに、彼はそうしなかった。(総司、俺はあいつを・・斎藤をお前の心から忘れさせてみせる。)歳三が夕陽によって緋に染まる街を屋上から眺めていると、スーツの胸ポケットに入れていた携帯がけたたましく鳴った。琴枝かと思って彼が液晶画面を見ると、そこには「大鳥」と表示されていた。「なんだ、大鳥さん。」『なんだじゃないだろ、土方君! 1週間も無断欠勤して何処に居るんだ!?』「済まねぇな、今からそっちに行く。」歳三はそう言うと、携帯の通話を終了した。 一方総司は、医師から腎機能が低下していることを宣告されていた。「このままじゃ命に関わるかもしれない。」「じゃぁ、手術することも・・」「あるだろう。暫く入院して貰うよ。」「解りました。」入院生活が長引くことを知った彼は、溜息を吐いた。(一君にまた迷惑掛けちゃったな・・)婚約したばかりだというのに、入院して一と離ればなれとなってしまうことで、彼に負担をかけてしまうのではないかと総司は悩み、ある決断を下した。
2015年06月06日
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―またここに来やがったのか。背を向けていた男がくるりと総司の方を向くと、美しい顔を顰めて溜息を吐いた。―もう二度とここには来るな、俺はそう言った筈だ。“何を、言っているんです?”総司はそう言うと、男に触れようと手を伸ばそうとした。だが、その手を彼は邪険に振り払った。―お前は俺達とは違うんだ。だから帰れ、お前の居るべき場所(ところ)に。“居るべき・・場所?”総司が男を見つめていると、廊下から足音が聞こえた。―総司、こちらに来ては駄目だと、何度も言ったのに。そう言ったのは、髷を結った男だった。―近藤さん、あんたが甘やかすから総司が何度もここに来るんだよ。男が呆れたように言うと、髷を結った男は困ったように頭を掻いた。―総司、お前が辛いのは解る。でも俺達に甘えてここに来てはいけないんだ。“どうしてです? わたしは、ここの方があちらよりも居心地が良いのに・・”―それでも来るな。お前ぇは俺達とは違うんだ。男はそっと、総司の手を握った。―まだ俺達はお前を迎えに行く訳にはいかねぇんだよ。だから、少し辛抱してくれ。“別れてしまうなんて嫌だ・・このまま、ずっと居たいのに・・”総司の涙を、男は優しく拭うと彼を抱き締めた。―達者でな、総司。男は総司を廊下へと連れ出すと、部屋の襖を閉めた。“お願い、独りにしないで! もう寂しいのは嫌だ!”襖を開けようとした総司だったが、その時突風が彼を襲い、彼はゆっくりと目を開けた。 そこは夢に出てきたあの部屋ではなく、病室の殺風景な病室の中だった。手首には点滴の針が刺さり、心電図の電子音が規則的なリズムを刻む。(そうだ・・確か土方家のプールで吐いて意識を失って・・)あれからどのくらい時間が経ったのか解らないが、自分が死の淵を彷徨っていたことは解った。「総司、大丈夫か? 痛いところはないか?」そっと誰かが手を握ってくれたので、総司が顔を動かすと、そこには心配そうな顔をした一が立っていた。「一君、大丈夫だよ。あのね、変な夢を見たんだ。」「変な夢?」「うん。いつも何処かの家の和室みたいなところが出て来て、黒髪を一纏めに結んだ黒服の人がね、“もうここには来るな”って言うの。いつも怒ってて、でも悲しそうな顔で僕に言うんだ。」「そうか。その夢なら、俺も見た事がある。」一はそう言うと、パイプ椅子に腰を下ろした。「お前とウィーン行きの飛行機で逢った時、お前の夢と同じ部屋と男が出て来て、俺にこう言ったんだ。“総司の事を宜しく頼む”って。」「一体誰なんだろう、その人? 僕は何故かその人を知ってるんだよね。」「俺もだ。だが誰なのか思い出せない。」一が溜息を吐いた時、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。「総司!」ドアが勢いよく開き、歳三が息を切らしながら総司の元へと駆け寄ってきた。「歳三・・兄ちゃん・・?」「良かった、お前が何処かに逝ってしまうんじゃねぇかと思って眠れなかった! でもお前は、ここに・・俺の所に戻ってきてくれた。」歳三はそう言うと、総司を抱き締めた。(知ってる、この感触・・)遠い昔に感じた、温かい手。広い背中。そして、琥珀色の双眸。「総司・・」目の前の歳三が、夢に出てくる男の姿と一瞬重なった。
2015年06月06日
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土方邸で発作を起こし倒れた総司は、聖クリストフ病院へと緊急搬送され、一命を取り留めた。「先生、総司は大丈夫なんですか?」「詳しい検査をしてみなければ解りませんね。しかし腎臓の数値が余り良くないですね。」総司の担当医はそう言って顔を曇らせた。「斎藤といったな? 総司は何処が悪いんだ?」「それはあんたに関係ないだろう。」一はジロリと歳三を睨み付けると、ICUの中に居る総司を見つめ、そこから離れた。「一さん、総司が倒れたって本当なの!?」病院のロビーへと向かった一は、弟が倒れたという連絡を受けて駆けつけてきたみつに会った。「すいません、お義姉さん。俺が目を離したばかりに・・」頭を下げる一に、みつは静かに首を振った。「いいえ、あなたが悪いんじゃないわ。それよりも総司が早く快復するように祈りましょう。」「ええ。」一とみつが病院から少し離れたカフェで昼食を取っている頃、歳三はICUの前で総司を見つめていた。(総司、腎臓が悪いなんて俺には一言も・・)離れている7年もの間、総司は病を抱えながらチェリストとして有名になる夢を叶えた。“あなたと僕はもう何の関係もないんだ!” プールでそう冷たく総司から突き放された時、彼の言葉は歳三の胸に深く突き刺さった。だが、それが彼の強がりだということに気づいていた。何の後ろ盾もない無名の青年が、競争が激しい欧州の音楽界でのし上がる為には、虚勢を張らねばならないことがあるのだろう。人前で涙を見せたり、弱音を吐かずに、総司はあの華奢な身体で必死に襲い掛かる激痛と戦っていたのだろう。誰かに助けて貰いたいと思いながらも、そうしなかった。(総司、死ぬなよ。俺はまだお前に伝えたい事があるんだ。)総司の快復を、歳三は密かに祈った。 一方、折角信子と打ち解けようとしたのにそれが失敗に終わってしまった琴枝は、土方邸から戻って以来、女中達に怒りをぶつけ、物に当たっていた。「琴枝、おやめなさい。レディのする事じゃないわ。」「でもお母様、わたし今日はトシのお義姉様に公衆の面前で恥を掻かされたのよ! トシだって、わたしを放ったらかしてチェリストの事ばかり気にして腹が立つったら!」琴枝はそう言うと、母に振り向いた。「ねぇお母様、わたくしを助けてよ!」「解ったわ。お父様に相談してみるわ。」「ありがとう、お母様。お父様にはわたくしが相談して来るわ。」琴枝はさっと部屋を出ると、父の仕事部屋へと向かった。「お父様、入っても宜しくて?」「どうした琴枝。何か用か?」「ええ、少しお父様にお願いがあって・・」琴枝は父の誠治にしなだれかかると、誠治は嬉しそうに笑った。政略結婚した妻との間には中々子どもが出来ずに、結婚7年目にして漸く恵まれた子宝が琴枝だった。「それは本当なのか?」「ええ。お父様、何とかして頂戴。」「解ったよ、琴枝の為ならパパは何でもしてやろう。」「ありがとう、お父様!」(トシ、わたしを馬鹿にした罰を受けるがいいわ!) 夜が更けても、歳三はICUの前に置かれている長椅子に座ったまま総司の意識が戻るのを待っていた。(ん・・)誰かに頬を撫でられたような感覚がして総司が目を開けると、そこはいつも夢に出てくるあの部屋だった。
2015年06月06日
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その後も信子は琴枝を無視し、総司と一とともに楽しく会話をしていた。「総司さん、最近お忙しいから、余り疲れを溜めないようになさってね。」「ええ。」信子はシャンパンを飲みながら、総司に微笑んだ。「わたし、あなたの事を少し誤解していたみたい。あなたとはこれからいい関係を築きたいわ。」「僕もです、土方さん。」総司と信子が握手をしている時、琴枝が2人の間に割って入った。「お義姉様、お久しぶりですわ!」「あら琴枝さん、いらしていたのね。」総司との会話を邪魔され、信子はあからさまに不快そうな表情を浮かべながら琴枝を見た。「あちらで色々とお話ししたいことがありますの。お式の事について・・」「あなたの事でしょうから、トシを1日中連れ回して式場や披露宴会場を予約したんでしょう。あなたは昔から、欲しい物は手に入れないと気が済まない方ですからねぇ。」総司の時とは打って変わり、琴枝に対する言葉の端々には棘が含まれていた。「まぁお義姉様、御冗談を。」琴枝はそう言って笑っていたが、頬が少し怒りで攣っていた。「琴枝さん、トシと結婚すると大変よ。あの子は女性にモテるから。」「ご心配なく。トシが相手にする女は商売女で、あくまで遊びですもの。本気にはならないわ。」まるで自分だけが歳三の愛情を独占できるといった琴枝の言葉に、信子や周囲の客達は顔を顰めた。―まぁ、聞きまして?―嫌な女ね。―土方君も可哀想に、あれじゃぁ棺桶に片足を突っ込んだようなものじゃないか。周囲から聞こえてくる悪意が籠った声に、総司は少し気分が悪くなった。「すいません土方さん、気分が優れないので休ませていただいても?」「ええ、いいわよ。」総司は信子に頭を下げると、中庭から少し離れた人気のないプールへと向かった。「っ・・」また背中に激痛が走り、額から脂汗がどっと噴き出てきて、総司は思わずテラコッタタイルの上に蹲った。 バッグの中からピルケースを取り出し、発作を抑える錠剤を飲んだ。「総司!」荒い息を吐きながら総司が顔を上げると、そこには心配そうに自分を見つめる歳三が立っていた。「放っておいてください。琴枝さんがまたやきもちを焼きますよ?」総司はそう言って笑おうとしたが、痛みが酷くて上手く笑えなかった。「放っておけねぇだろ、そんな状態なのによ! 早く病院に・・」自分の手を掴もうとする歳三の手を、総司は邪険に振り払った。「あなたと僕はもう何も関係ないんだ! だから僕にはもう構わないで!」(優しくしないで、別の人と結婚する癖に。)歳三に背を向けて歩き出そうとした総司だったが、薬で治まっていた痛みがぶり返してきて、彼は胃の中の物を吐きだした。「誰か、救急車を!」「総司、しっかりしろ!」歳三が自分のネクタイを弛め、頬を叩く感触がしたのを最後に、総司は意識を失った。「トシ、一体何があったの!?」「姉さん、総司が倒れた!」プールから騒がしい怒号が聞こえたかと思うと、歳三が意識不明の総司を抱きかかえながら走ってくるところだった。「ちょっとトシ、これから色々と式の事を相談する予定でしょう!?」「今はそれどころじゃねぇ、人の命が懸かってるんだ!」「何よ、あたしよりもこの子の方が大切な訳!?」救急車が到着し、一とともに歳三は救急車に乗り込んだ。その間、彼は琴枝と目を合わせようとしなかった。
2015年06月06日
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「ガーデンパーティー?」多忙な1週間のスケジュールを終え、総司がウィーンへと戻る為に荷物を纏めていると、ホテルの専属バトラーが1通の招待状を彼に手渡した。「ええ。何でも、土方信子様が是非沖田様にご出席していただきたいとのことです。」「土方信子・・」総司の脳裡に、歳三と別れて欲しいと頼みに来た信子の顔が浮かんだ。彼女とはあれ以来、一度も会っていない。(歳三兄ちゃんのお姉さんが、僕に一体何の用なんだろう?)「どうなさいますか?」「出席すると、先方に伝えてくれ。」「かしこまりました。」バトラーが部屋から出て行き、1人になった総司は溜息を吐いた。 週末に行われる土方家のパーティーには、当然歳三と琴枝も来るだろう。(余り会いたくないけど、これも仕事といえばいいよね。)琴枝に誤解されたまま逃げるようにウィーンへと戻りたくはなかったので、総司は一とともにパーティーに出席する事にした。「ねぇお母様、どのドレスがパーティーに合うと思う?」その頃琴枝は、土方家へのパーティーに着て行く為のドレスを部屋で選んでいた。「そうねぇ、琴枝には蒼いドレスが良いんじゃないかしら。土方様とは上手くいってらっしゃるの?」「ええお母様。後はトシからプロポーズされるのを待つだけですわ。」琴枝はそう言うと、歳三がパーティーでプロポーズしてくれると思い込んでいた。「もう荷造りは出来たか?」「うん。一君、土方家のパーティーに一緒に来てくれるかな?」「解った。それよりも総司、数日前にあの女から殴られたところはもう大丈夫なのか?」一はそう言うと、そっと総司の右頬を優しく擦った。琴枝に思い切り張られたそこは、少し赤く腫れていたが、痛みはひいていた。「大丈夫だよ。一君、あの人から何を言われても耐えてね。」「ああ・・」一はそう言いながらも、拳をぐっと握った。 週末、土方家から招待を受けた一と総司は、瀟洒な洋館の中へと入った。明治末期に建てられ、戦後に修繕された南欧風の洋館とスペイン製のテラコッタ・タイルを敷きつめたプールや、英国風の薔薇園などがあり、土方家の財力の大きさを総司は知った。それと同時に、歳三と自分が全く釣り合わないということを、彼は思い知らされたのである。(やっぱり、歳三兄ちゃんとは別れて良かったのかもしれない。住む世界が違うもの・・)「総司、どうした?」隣で歩いていた一が、総司を心配そうに見つめた。「ちょっと考え事してただけ。」「総司!」背後から声が聞こえて総司と一が振り向くと、そこには目が覚めるかのような蒼いドレスを着た琴枝と腕を組んだ歳三が立っていた。「あらぁ、身の程知らずの方達がいらしているわね。」琴枝はそう言って不快そうに鼻を鳴らすと、一と総司を睨みつけた。「身の程知らずはどちらだ? 婚期が遅れそうなので、結婚する気もない男と無理矢理パーティーに出るとは・・余程焦っているのか?」一は琴枝の嫌味をさらりと流すと、口元に冷笑を浮かべながら彼女を見た。「何ですって、言わせておけば・・」怒りで美しい顔を醜く歪めた琴枝の脇を、一は無視して飲み物を取りにいった。「あら、来て下さったのね沖田さん。」歳三と琴枝、総司との間で気まずい空気が流れる中、黒のシックなワンピースを纏った信子がそう言いながら総司に微笑んだ。「まぁ、お義姉さま、お久しぶりで・・」「お招きいただき、光栄です。」「あら、そんなに堅くならないで頂戴。明日ウィーンに戻るんですって?」「ええ。」(一体どういうこと、お義姉様がわたしを無視するなんて!)いきなり信子に無視され、琴枝は不機嫌そうに歳三を見た。だが歳三は、姉と楽しそうに話す総司を見つめていた。
2015年06月06日
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「トシ、一体あの子とはどういう関係なのよ?」琴枝は総司を襲い、一に殴られた後、歳三に車に乗せられた。その後彼女は、総司と歳三の関係を詰問した。「昔の知り合いだって言ってるだろう。」「あの子、トシの事が好きみたいね。トシ、まさかあの子とヨリを戻すつもりはないわよね!」「そうするつもりはねぇよ、安心しろ。」「そう・・ならよかったわ。」琴枝はそう言うと、安堵の表情を浮かべた。「あのね、今日は色々とトシと話がしたくて来たのよ。」「話?」歳三が形の良い眦を上げ、琴枝を見た。「話って、式場の事とかドレスの事とかよ。」琴枝はそう言うと、バッグの中から人気がある結婚式場のパンフレットを取り出した。「まだ早いんじゃねぇのか。」「何言ってるのよ、トシ! 結婚式は一世一代の晴れ舞台なのよ! 早めに準備しておかないと!」琴枝の言葉に、歳三は“またか・・”と思いながらも、彼女とともに式場のパンフレットを見た。 その後琴枝とともに、歳三は人気のある式場の予約を済ませ、披露宴会場には都内の高級ホテルを予約した。「後はドレスね。トシ、今週末は空いているかしら?」「ああ。」今週末は信子に招待されているホームパーティーがあるのだが、そんな事は琴枝にとっては関係ないらしい。彼女はいつも自分の都合を優先させることで、他人の都合などお構いなしなのだ。「済まねぇが、週末には姉貴からパーティーに誘われてんだ。」「そう。じゃぁわたしも行くわ。」琴枝の言葉に、歳三は溜息を吐いた。どうやら彼女は四六時中自分と一緒にいないと気が済まないらしい。「突然来られても姉貴が迷惑がるだろう。」「大丈夫よ。だってもうすぐ親戚になるんだから。」琴枝はそう言うと、歳三にしなだれかかった。『で、琴枝さんが来ることになった訳?』「ああ。突然の事で済まねぇな、姉さん。」電話口で不満そうに話す姉の声を聞き、歳三は溜息を吐いた。彼女は琴枝に対して良い印象を抱いていないらしく、携帯を片手に顰め面をしているに違いない。『トシ、解っていると思うけど、琴枝さんに振り回されないようにしなさいね。あの子はいつも相手の都合を考えずに・・』「解ってるよ、姉さん。じゃぁおやすみ。」姉との通話を終え、携帯を枕元に置くと、歳三は再び溜息を吐いた。 琴枝は自分と本気で結婚しようとしている。彼女の実家はその名を知らぬ者など居ないと言う屈指の大財閥で、土方財閥とひけはとらないだろう。生まれながら経済的に恵まれ、何不自由ない生活を送り、家事と育児の全てを女中達に任せきりにしている母親と、会社を大きくすることしか頭にない仕事人間の父親との間に生まれた彼女は、両方の祖父母や両親から過剰ともいえる愛情を与えられ、その結果大変自己中心的な女性に育ってしまった。自分の都合を最優先し、他人の都合などを一切考えず、同じレベルの女性にしか友情を示さない琴枝と、穏やかな家庭を築けるのだろうか。(琴枝には何かが足りねぇ。あいつといつも居ると疲れる・・)総司と短い間だが、彼と共に過ごす時間は歳三に束の間の安らぎを与えてくれる。琴枝と居ると、徐々に心が疲弊している気がした。今日1日中彼女に連れ回されただけでも激しい疲労感があるのに、この先何十年も彼女と暮らさなければならないと思うと、頭が痛くなる。だが今日の事があるし、彼女に別れを切りだすのは少し時間が経ってからにしよう。
2015年06月06日
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「あなたは・・」確か歳三によく話しかけていた青年だ。「あ、君は確か沖田総司さんでしょう?」翠の瞳を輝かせながら、青年はそう言って総司を見た。「ええ、そうですけど・・あなたは?」「僕は大鳥圭介。新宿警察署に何かご用でも?」「ここ、警察署だったんですか。あの、土方さんに少しお礼を言ってから帰りたいのですが・・」「そうなんですか、じゃぁ一緒に行きましょう!」圭介は何を思ったのか、そう言って総司の手を掴むと歩き出した。「え、あの・・」「土方君、いるかい?」大鳥が捜査一課の部屋に入ると、歳三があからさまに嫌そうな顔をした。「なんだ、またあんたか。そんなに本庁は暇なのか?」歳三の嫌味を流した大鳥は、にっこりと彼に笑った。「そんな事言わないでくれよ、土方君。君にお礼を言いたい人がいるっていうから、連れてきたんだ。」「あの、本当にいいですから・・」大鳥に腕を掴まれた総司は、そのまま歳三の前に押し出された。「総司・・」「土方君、沖田さんと知り合いなのかい?」「ああ、昔のな。道端で蹲って苦しんでたから介抱してやったんだよ。」歳三は咄嗟に嘘を吐くと、総司を見た。「そうなんです。助けて下さってありがとうございました。では僕はこれで。」総司はそう言って歳三に頭を下げ、部屋から出て行った。「一君、今新宿警察署に居るよ。ホテルに戻るから、心配しないで。」『そうか、良かった。』一との通話を終えて総司が新宿警察署から出て行き、バス停へと向かおうとした時、歳三が慌てて彼の後を追ってきた。「何処行くんだ?」「何処って、ホテルに決まってるでしょう。」「車で送るよ。」「いいえ、結構です。一君にあなたと居る所を見られたら、変な誤解を去れるので。それに、彼はあなたの事が嫌いですし。」「別に犯したりしねぇから、送るぜ。」「嫌です。」総司は歳三に背を向けて歩き出したが、歳三は車を出してしつこく総司についてきた。バス停まであと数歩といったところで、総司は歳三に腕を掴まれた。「いつまでもついてこないでください!」「何で俺を避けるんだ、総司!」「避けてなんていませんよ、無視してるだけです!」総司がそう叫ぶと、通行人が一斉に彼らの方を振り返った。「さっさと乗れ!」「嫌です!」「乗れって言ってんだろうが!」歳三と総司が痴話喧嘩を路上で繰り広げていると、総司は背後に視線を感じて振り向いた。「あなた、一体トシと何してるのよ!」そこには、歳三の恋人・琴枝が鬼のような形相を浮かべながら立ち、総司と歳三を交互に睨みつけていた。「琴枝、来てたのか。」「来てたのか、じゃないわよ!トシ、この子とは一体どういう関係なの!?」そう叫ぶなり、琴枝はつかつかと総司に詰め寄ると、彼の頬を勢いよく張った。「総司に何をするんだ!」「あたしのトシを奪わないでよ、この泥棒猫!」怒りで醜く顔を歪ませ、総司に掴みかかろうとする琴枝を一は突き飛ばした。「総司、大丈夫か?」「うん。」一に助け起こされた総司は、泣き喚きながら歳三に掴みかかる琴枝を残してタクシーに乗り、ホテルへと戻った。
2015年06月06日
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「あ、歳三兄ちゃ・・」総司は歳三の激しい突き上げに声を上げながら、彼の背中に爪を立てた。「総司、もう離さねぇ。」歳三はそう言うと、自分から逃げようとする総司の華奢な腰を掴んで彼の中を深く抉った。「あん、あぁ!」感じる場所を強く抉られ、総司は白い喉を引き攣らせながら甲高い声を上げた。「総司は、俺のもんだ、永遠に・・」歳三の声を聞いた総司は、意識を手放した。「気絶しちまうほど、良かったのか。」気絶したまま動かない総司から離れ、薄茶の髪を優しく梳いた歳三は、愛おしそうに彼を見ると、乱れた服を整えて運転席へと向かい、サイドブレーキを下ろした。「トシ、遅かったじゃないか。一体何処へ行ってたんだ?」「悪ぃ、渋滞に嵌っちまって。」職場である新宿警察署へと向かい、近藤に遅刻の理由を言った歳三は、コーヒーを飲んだ。 まさか上司に車の中で恋人を抱いていたなんて口が裂けても言える筈がなかった。車はあの後、ちゃんと後始末をして、消臭剤をかけた。「トシ、お前香水なんてつけてたか?」「え?」近藤に指摘され、歳三は初めて総司の香水がうつったことに気づいた。総司が香水をつけていることは、再会した夜の時に解った。車の中では総司を抱くのに夢中で、まさか彼の香水が服に移ったなんて気づきもしなかった。「気分転換にちょっとな。」「そうか。」「土方さんみたいな色男に、薔薇の香水なんて似合わないでしょ。どっちかっていうとムスク系だよね。」平助がそう言いながらコーヒーを一口飲んだ。「そうだな、薔薇の香水なんてがらじゃねぇよな。」平助の隣で、彼の相棒である原田左之助がそう言ってゲラゲラと笑った。「お前ら、下らねぇ話してねぇで仕事しろ!」「はいはい。」「あ~、おっかねぇ。」平助と左之助はそそくさと自分の席へと戻るのを見た歳三は、溜息を吐いた。(ったく、こんな調子でどうするんだ・・)少年院を出て警察学校へと入った歳三が、交番勤務を経てこの新宿警察署捜査一課にやって来たのは数年前の事だった。 捜査一課といっても、居るのは問題がある刑事達ばかりで、唯一まともなのは上司の近藤と山崎、歳三くらいだ。自分達の上司であるキャリア組の大鳥は、用もないのに時々遊びに来ては自分に絡んでくるので、それが歳三には鬱陶しく思えたのだった。(ここで苛々しても仕方ねぇか。)歳三はコーヒーを片手に、自分の席へと向かった。 一方、総司は署内の仮眠室でゆっくりと目を開けた。「ん・・」殺風景な部屋の中を見渡し、鬱陶しげに前髪を掻きあげた彼は、携帯が鳴り響いていることに気づき、それを手に取った。液晶画面には、一の名が表示されていた。「一君?」『総司、今何処だ!?』電話口で聞こえた一の声は怒りで震えていた。駐車場で歳三に拉致された後、一度も連絡をしなかったのだから、彼が起こるのは当たり前だ。「今何処に居るのか解らないけど、必ずホテルに戻るから。ごめんね、心配かけて。」携帯を閉じた総司は、布団を畳んで長い髪を結び身支度を整えると、仮眠室から出て廊下を歩いた。周囲の風景を見ると、どうやらここは警察署内のようだ。(出口は何処だろう?)総司がそう思いながら廊下を歩いていると、彼は誰かにぶつかってしまった。「すいません・・」「大丈夫かい?」総司が顔を上げると、そこにはあのパーティーで見た青年が立っていた。
2015年06月06日
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「嫌、離して!」突然後部座席に押し倒された総司は、必死に歳三に抵抗したが、彼はビクともしなかった。「総司、あいつと結婚するのか?」「あなたには関係のないことです。あなたには恋人が居るでしょう?」「琴枝のことか。あいつは恋人でも何でもねぇ。」歳三はそう言うと、総司のシャツのボタンを外し、白い肌を露わにすると、そこに新しい咬み痕を付けた。「いや、痛い!」「感じてる癖に。赤くなってるじゃねぇか。」「もうやめて・・あぁ・・」頭を振りながら総司は必死に歳三に懇願したが、彼の目からすれば自分を誘っているような仕草にしか見えなかった。「総司、お前を諦めた訳じゃねぇぞ。絶対に俺はお前を手に入れる。」歳三の手が、総司のベルトへとかかった。「や、やぁ!」「じっとしてろ。」「やだ・・」「これで終わらせるつもりはねぇぞ。」「い、痛い!」まだ慣れていない箇所を刺激され、総司は悲鳴を上げた。「もう、いいころだな・・」(この人は変わってしまった・・)目の前にいる男は、総司が知っている土方歳三ではない。「総司・・」歳三は総司に甘く囁き、彼の髪を梳いた。(どうしてそんな優しい声で僕の名を呼ぶの?)総司は漆黒の瞳を涙で濡らしながら、心を失いそうになった。全てが終わった時、総司は虚ろな目で涙を流していた。「もう・・殺して・・」こんな穢れた身体では、一と幸せになれない。総司の脳裡に、自分を見つめる一の顔が浮かんだ。もう生きているのが嫌だ。「総司?」「昔、言っていたでしょう? “俺と死ぬか”って。今、あなたと死んであげる。それであなたが楽になれるのなら・・」歳三の頬に触れた総司の手を、彼はそっと握った。「俺が、そんな事をお前に望んでいると思うか?」「どうして・・? どうして、あんな優しい声で僕を呼ぶの? 僕を殺したいほど憎いんでしょう?」「総司、またお前を傷つけてすまねぇ。俺は・・俺は唯、お前を失うのが怖いんだ!」歳三はそう叫ぶと、総司を抱き締めた。「俺はもう、大切な人を失うのが嫌なんだ。総司、こんな形でしかお前を愛せない俺を許してくれ・・」「歳三・・兄ちゃん・・」彼に騙されてはいけない―そう思いながらも、総司は歳三のキスに応えた。(駄目・・僕には一君が居るのに・・)一を裏切ることになりながらも、総司は歳三と再び恋に落ちた。彼と交わしたキスは、破滅への扉を開けた。
2015年06月06日
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「ああ、昔のな。」「ふぅん、そうなの。こんなに可愛い子にトシを取られちゃうんじゃないかって心配したわ。でもその心配はないようね。」 女性は総司の婚約指輪を見ると、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。「ねぇトシ、わたしにはいつプロポーズしてくれるのかしら? 婚約指輪はこの子よりも大きなものを頂戴ね。」わざと総司に見せつけるかのように、女性は歳三にしなだれかかりながらそう言うと、彼の頬にキスした。「・・行こう、一君。」これ以上その光景を見たくなくて、総司は彼らに背を向けて出口へと向かった。(なんだ、ちゃんと恋人が居たんだ。)歳三と離ればなれだった7年間の内に、彼に恋人が出来る可能性があるという考えがあったのに、実際にその恋人と幸せそうなところを見るのが辛かった。 だから、逃げてきた。これ以上あの女性と歳三が嬉しそうに笑うのを見たくなくて、逃げたのだ。(馬鹿みたい。)自分には一が居るのに、何故か歳三と女性の事が気になってしまう。(やっぱり、僕はまだ歳三兄ちゃんの事を・・)「総司、大丈夫か?」そっと背中を撫でられ振り向くと、そこには心配そうに自分を見つめている一の姿があった。「大丈夫。行こうか、一君。」総司はそう言うと、一の手を握ってタクシーへと乗り込んだ。「お疲れさまでした~!」「お疲れ様です。」テレビ局の取材を終え、総司は溜息を吐いてペットボトルの中の水を飲んだ。乾いた身体に、冷たい水が染み込んでゆく。 帰国してからというものの、稀代の天才チェリスト・沖田総司への取材が殺到し、総司はいつも多忙な日々を過ごしていた。一は一で、実家の方で総司との結婚について色々と揉めているようで、さっきも携帯電話を片手に誰かと言い争っていた。(一君、大丈夫かな?)同性との結婚を、一の両親が許さないことくらい、総司は覚悟していた。一の義母の、自分に対する冷たい眼差しを受け、これからも彼女に歓迎されることはないだろうと総司は思った。(結婚って、自分達だけの問題じゃないんだよな・・)よく恋愛と結婚は別だ、と言うが、結婚は家同士の問題でもある。一のような名家なら、尚更のこと。(一君を誰にも渡したくない。誰にも。)歳三の事はもう過去なのだ。今は一との未来の事を考えなければ。(過去を振り返る暇はない。前に進まないと!)気合を入れる為に総司は頬を両手で叩くと、一が待つ楽屋へと向かった。「ただいま。」「遅かったな。」「うん、少し考え事してて。」「そうか。総司、義母達の事は心配するな。俺が何とかするから。」「そう・・もう行こうか。」一と総司がテレビ局の駐車場へと向かい、用意されていた車に乗り込もうとした時、総司は突然背後から誰かに腕を掴まれた。「見つけたぜ、総司。」「どうして、ここに?」「お前に会いに来たに決まってるだろ? 俺と来い。」「嫌です、あなたとはもう終わって・・」歳三に背を向けたままそう言った総司の背中に、冷たいものが当てられた。「騒ぐなよ。そのまま俺について来い。」「わかった・・」先に車に乗り込んだ一は、総司があの男と何かを話していることに気づいた。(総司・・)一と総司の目が一瞬合った。“一君、大丈夫だから。”総司は一に微笑むと、歳三が用意していた車に乗り込んだ。「僕を何処に連れて行くつもりですか?」総司はそう言って歳三を睨んだが、彼は答える代わりに総司を後部座席へと押し倒した。
2015年06月06日
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初めて会う斎藤の義母に、総司は嫌な予感がした。「あなたが、一とお付き合いしている方なのね。」義母の視線が、総司の左手薬指に嵌められている指輪へと移った。「言っておきますけれど、あなたと一との関係を認めませんわ。だってこの子には許婚が居るんですから。」「そのお話はお断りした筈です、義母上。」一はそう言って義母を睨み付けると、総司の手を握った。「あなたは黙ってなさい、一。あなたは斎藤家の後継者なのですよ。総司さん、一と婚約したからって良い気にならないでくださいね。」一の義母は一方的にそう言うと、さっとリビングから出て行った。「済まない、義母が失礼な事をした。」「いいんだ。それよりも一君、実家への挨拶は・・」「あの女の反応を見ただけで充分だ。総司、俺は何があってもお前の手を離さない。それだけは信じてくれ。」一はそう言って総司を見ると、彼は一に微笑んだ。「信じてるから、一君のこと。」総司は一の手を握り、彼とどんなことでも乗り越えようと思った。 実家を後にした一と総司は、ラジオ番組の収録や雑誌のインタビューなど、分刻みの多忙なスケジュールを終え、ホテルの部屋に戻るなり2人はベッドに倒れ込んだ。「一君、もう遅いから・・」「愛している、総司。」一はそう言うと、総司の服を剥ぎ取った。彼の白い肌には、鬱血した痕が首筋から腹部にかけて続いていた。(あの・・野郎!)ギリリと唇を噛み、一は総司を犯した男が誰なのか見当がついた。 あのパーティーの夜、総司を無理矢理自分から引き離し、彼とタンゴを踊った男だ。(許さない・・総司をこんな目にあわせて!)「一・・君?」一の美しい顔が怒りに引き攣っていることに気づいた総司が、彼の頬を撫でると、一はそっと総司の髪を梳いた。「昨夜の男に、やられたんだな?」「大丈夫だから。」一は総司の唇を塞ぎ、唇で彼の首筋や乳首を愛撫した。「うぅ・・」「痛いか?」「ううん。もっとして・・」総司はそう言うと、一の背中に手を回した。「本当に、いいんだな?」総司は一の言葉に頷き、彼に身を委ねた。 総司は自分とは違った美しさを持った青年だ。背中まである薄茶の髪に、黒曜石のような美しい瞳。そして何よりも、他者を優しく包み込むかのような性格が、一は好きだった。こんなに綺麗な総司が、あんな乱暴な男に犯されたのかと思うと、一は彼への怒りで視界が赤く染まりそうだった。「あぁ、そんなに激しくしないで・・」「愛している、総司。愛してる!」一の激しい突き上げに、総司は思わず一の背中に爪を立てた。―総司、俺はお前だけのもんだ。 遠くで聞こえる、誰かの声。―絶対にお前を死なせはしねぇ。(誰・・誰なの?)あの声は一体誰なのだろうか。何処か懐かしいような。「総司、辛かったか?」「ううん。」我に返った総司は、一の胸に顔を埋めながら眠りに落ちた。 翌朝、総司と一がホテルのロビーへと下りると、1組のカップルが彼らの前を通り過ぎた。(歳三兄ちゃん・・)男の方は、自分を犯した歳三だった。「トシ、この子知り合いなの?」歳三の腕に自分の腕を絡ませていた女性が、そう言って値踏みするかのように総司を見た。
2015年06月06日
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アルバムの収録を終えた総司は、一と共に7年振りに実家へと戻った。「ここが総司の実家か。」「うん。姉さん達には連絡したから、入ろうか。」総司はそう言って、一の手を握って玄関へと入った。「総司、久しぶりね!」玄関にやって来たみつは久しぶりに会う弟を抱き締めた。「ただいま、姉さん。紹介するよ、僕の大切な人。」「初めまして、斎藤一と申します。」「まぁ、総司からお話しは聞いているわよ。さぁさぁ、お上がりなさい。」総司と一はリビングで2人の姉と雑談しながら、安らぎの時を過ごした。「総司、斎藤さんとは恋人同士なのかしら?」「そうだけど・・やっぱり反対するよね。男同士だし・・」総司はそう言って俯いた。「別にわたし達は反対しないわよ?」「そうよ、総司が大切な人を連れてきただけでも嬉しいもの! 斎藤さん、総司のことを宜しくお願いね。この子、泣き虫だから手が離せなくって・・」「それは昔の話でしょう、みつ姉さんっ!」「あらぁ、いつもわたし達にべったりだったのは誰だったかしらねぇ?」「もう、止めてよ!」突然過去の話を振られて慌てふためく総司と、彼をからかうみつの姿を横目で見ながら、斎藤は口元に笑みを浮かべた。「楽しかったな。」「煩かっただけでしょう? 姉さん達ったら2人とも気が強いから、昔から言い返せないんだよねぇ。特にみつ姉さんが。」その夜、総司は一と洗い場で食器を洗いながらそう言って溜息を吐いた。「俺は総司が羨ましい。あんなに温かい家族が居て。」「そうかなぁ?」「・・俺も、総司の家に生まれたかったな。」一の言葉に、総司は皿を落としそうになった。 彼は愛人の子として生まれ、正妻とその子ども達に蔑ろにされながら育ってきたのだ。沖田家のような、温かい雰囲気の中で手料理を味わう家族団らんの風景など、なかったに違いない。「ごめん、無神経な事言って・・」「いや、いいんだ。それよりも総司、週末は空いているか?」「うん。何処か行くの?」「余り気が進まないが、実家に挨拶に行って来る。それにお前の事も紹介したいし。婚約者として。」「え・・今何て?」水道の蛇口を止め、総司は驚愕の表情を浮かべながら一を見た。すると彼は突然、総司の前に跪いた。「俺と結婚してくれ、総司。」一はポケットの中から、婚約指輪が入った箱を取り出した。「本当に・・僕でいいの?」「ああ。生涯を共にする相手は、お前だけだ。」一はダイヤの指輪を恭しい仕草で総司の左手薬指に嵌めた。涙で視界が曇り、総司は一の顔がまともに見えなかった。「はい・・宜しくお願いします。」 一の家族への連絡は明日しようということになり、2人はその後総司の部屋で同じ布団の中で寝た。(こんなに幸せでいいのかな?)一の手を握りながら、総司はゆっくりと眠りに落ちていった。 翌朝、総司と一が1階のリビングへと入ろうとした時、中から話し声が聞こえてきた。「ですから、弟が何処に居るのかなんて、わたしは知りません!」「嘘おっしゃいな、うちの子がお宅に入ったという報告を受けているのですよ。」リビングのドアノブを総司が掴んで中に入ると、そこには和服姿の女性がソファに座っていた。「あら、やはりあなた、嘘をついていらっしゃったのね。総司さん、だったかしら? 初めまして、一の義母です。」「は、初めまして・・」
2015年06月06日
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「う・・」 歳三に乱暴に犯された翌朝、総司は低く呻きながらベッドから起き上がった。一糸纏わぬ姿で、染みひとつない肌には歳三がつけた咬み痕が首筋から腹部にかけて残っていた。 隣に眠っている歳三を起こさぬよう、総司はベッドから抜け出してシャワーを浴びた。冷水を頭から浴び、総司は歳三に犯された悲しみと屈辱で涙を流した。床に散らばった服を拾い上げて着ると、彼はゆっくりと部屋から出て行った。「総司、昨夜は戻ってこなかったが・・」「大丈夫。昔の知り合いに会って、ちょっと飲みすぎちゃった。」「そうか。」一を心配させたくなくて、咄嗟に嘘を吐いた。彼はじっと総司を見た後、部屋から出て行った。(バレて、ないかな・・)きっと、一は昨夜何があったか知っているだろう。“昔の知り合い”が、恋人だということも。「ごめん・・一君・・」ベッドに顔を埋めながら、総司は一への謝罪の言葉を、密かに呟いた。その時、背中に激痛が走り、総司はシーツを握り締めて痛みが治まるのをじっと待った。額からどっと脂汗が噴きだし、呼吸が荒くなった。 7年前に眩暈に襲われ、時折倦怠感や吐き気などに襲われた。最初は疲労とストレスが溜まった所為だと思い込み、放置していた総司だったが、音楽学校の卒業パーティーで倒れ、搬送された病院で腎盂炎と診断を下された。 通院と投薬治療で何とか落ち着いたものの、完治するまでには時間がかかると医師から言われた。『無理をしない事が一番重要だ。仕事を口実にして放置しておくと大変な事になる。』総司は苦しく息を吐きながら、枕元に置いてある携帯へと手を伸ばした。「総司、どうした!?」ドアが乱暴に開けられ、一が血相を変えながら総司の元へと駆け寄ってきた。「いつもの発作・・すぐに治まったから大丈夫。」「そうか。だが今日は休んでおいた方がいい。余り無理をすると酷くなるかもしれないぞ。」「でも今日の仕事は穴を開ける事は出来ないよ。薬飲んで落ち着くから大丈夫。」総司はそう言って一に微笑んだ。 一方1人部屋に取り残された歳三は、眠気覚ましのコーヒーを飲んでいた。出来れば総司と2人でルームサービスの朝食を取りたいところだったが、起きた時彼はもう部屋から出て行った後だった。自分を乱暴に犯した男と、朝食など取りたくはないだろう。(嫌われちまったな・・)口元に自嘲めいた笑みを浮かべながら、総司の心が自分から離れてしまったことに気づいた。 総司が誰かのものになっているだなんて、考えたくはなかったし、総司と別れた事に、未だに歳三は認めたくなかった。だから、乱暴に総司を犯した。(総司、俺ぁこんな愛し方でしか、お前を愛することができなくなっちまった・・)歳三が溜息を吐いていると、枕元に置いていた携帯が鳴った。「俺だ。」『トシ、今何処? 会いたいの。』電話口から聞こえてきたのは、恋人の琴枝の声だった。歳三は彼女にホテルの住所を教え、ベッドに潜り込んだ。10分後、ドアのチャイムが鳴り、歳三がドアを開けると、琴枝がにっこりと笑って彼に抱きついた。「昨夜連絡とれないから心配しちゃったじゃない。どうしたの?」「ちょっと昔の知り合いと会ったんだ。飲み過ぎてお前に連絡するの忘れてた。」「もう、駄目じゃない。お酒弱いのに酔っ払っちゃ。」琴枝はそう言って歳三にしなだれかかった。 ウェーブのかかった彼女の髪を梳きながら、歳三は総司の事を想った。 愛しているのに、彼を傷つけてしまったと。
2015年06月06日
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パーティーが終わった後、総司は歳三に指定されたバーへと向かおうかどうか迷った。(会いたくないけど・・やっぱりけじめをつけないと。)7年振りにパーティーで再会し、官能的なタンゴを踊らされ、総司は歳三が恐ろしくなった。彼は一体何を考えて自分と踊ったのだろう。本当は行きたくないが、歳三ときっぱり話をつけないといけない―総司はそう自分に言い聞かせ、エレベーターに乗り込んだ。 10階のバーで先に飲んでいた歳三は、腕時計を見ながら総司の到着を待った。彼は来るだろうか。もし来たら、もう二度と総司を離さない。7年前突然総司から別れを切りだされ、歳三は今まで彼への憎悪だけで生きてきた。だがパーティーで再会し、美しく成長した総司の姿を見た時、それまで抱いていた憎悪の感情が違うものへと変わってゆくのを歳三は感じた。日本人としては珍しい薄茶色の髪。磨き上げられたような漆黒の瞳。肌理が細かく、雪のように白い肌。出逢った頃はまだ子どもだったのに、成人した総司は蛹から美しい蝶へと成長していた。(総司・・)視線の端に、薄茶の髪がグラスに反射して映ったのを見た歳三は、口端を上げて笑った。「良く来たな。」歳三はそう言うと、隣のスツールに置いていたコートを退けた。「お話って、何ですか?」「総司、これ、覚えているか?」歳三は襟元を弛め、ブラックダイヤのクロスネックレスを取り出した。「それは・・」 7年前、そのネックレスは歳三の誕生日にプレゼントしたものだった。てっきり捨てられたのかと思った総司は、驚愕の表情を浮かべた。「さっきパーティーで俺を睨みつけていた奴、お前の恋人か?」総司は歳三の言葉に静かに頷いた。「もう部屋に戻らないと・・」総司がスツールから立ち上がろうとした時、歳三が彼の手を掴んだ。「なぁ総司、今夜ここに来てくれたってことは俺とヨリを戻そうと思ったんだろう?」「いいえ、僕はあなたと終わりにしたくて、ここに来たんです。」総司は歳三の手を振り払うと、バーから出て行った。 エレベーターに乗り込んで扉を閉めようとすると、歳三がエレベーターに強引に入って来た。「な、何を・・」「逃がさねぇよ、総司。」琥珀色の双眸を冷たく光らせながら、歳三は総司を抱き締めた。「いや、離して!」「大声出すんじゃねぇよ。」歳三はチェックインした部屋に入るなり、ベッドの上に総司を押し倒した。「やだ、やぁ!」「煩せぇって言ってんだろ!」苛立ちが募った歳三は、総司の横っ面を張った。彼の口端から血が垂れ、総司は恐怖に怯えた目で歳三を見た。歳三は、総司の長い髪を優しく梳いた。「総司、お前は俺のもんだ、永遠に。」(いや・・)総司は抵抗したが、鍛え上げられた歳三の腕力に敵う筈がなかった。(一君・・)歳三に乱暴に抱かれながら、総司は一の事を想った。「総司、俺から逃げられると思うなよ。」悪夢のような夜が明けた後、歳三はそう総司の耳元で囁いた。 歳三と再会したことで、総司は底なしの愛憎地獄へと足を踏み入れてしまった。
2015年06月05日
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「やっぱり、故郷はいいねぇ。」7年振りにウィーンから帰国した総司は、宿泊先のホテルへと向かうタクシーの中でそう言って欠伸をした。「総司、体調は大丈夫か?」「うん、何とか。これから忙しくなるのに、倒れないようにしないと。」総司はアルバムの収録で日本に一時帰国し、1週間滞在する予定だった。(姉さん達、元気にしてるかな?)日本に帰国する前、2人の姉達に連絡すると、時間があれば実家に帰ってきてもいいという返事が来たので、スケジュールを調整して一と帰ろうと総司は想っていた。「ねぇ一君、時間があったら僕の実家に行かない? 家族に君の事を紹介したいし、母さんの墓参りもしたいし。」「ああ、解った。」宿泊先のホテルに着いてゆっくりと休めるかと思いきや、マスコミの取材が殺到し、夕食前に少し横になっただけでその後はパーティーが待っていた。「はぁ・・何だかこんなに忙しいとは思わなかったよ。」取材の後、総司はそう言ってベッドに倒れ込んだ。「余り無理しない方が良い。」「うん・・」一眠りした後、ウィーンで誂えたスーツを纏った総司は、一とともにパーティーへと向かった。 流石一之瀬財閥が主催するパーティーとあって、招待客は経済界の大物や財閥の御曹司が多い。その中で上手く溶け込めるだろうかと思いながらも総司が会場へと一歩入ると、突然客達が談笑を止め、自分と一の方をじっと見つめた。(何?)「どうした、総司?」「べ、別に・・」「俺達がパーティーに登場することは知らされてなかったのだろう。前を向いて堂々としていろ。決して俯くな。」一は総司を安心させるかのように彼の手を握った。その時、強い視線を感じて総司が顔を上げると、そこには過去の恋人が立っていた。 忘れようにも忘れられない、琥珀色の双眸は獲物を狙う狼のように自分を鋭い眼差しで見つめている。(どうして、あなたがここに?)「総司、どうした?」「う、ううん、何でもない。」総司は歳三の視線から逃れるように彼にそっぽを向くと、彼の手を握ったまま隅のテーブルへと行こうとした。だがその時、楽団がタンゴを奏で始め、招待客の男女が踊りの輪を作り始めた。「一く・・」一と踊ろうとした総司だったが、歳三が一と総司の間に割って入り、素早く彼を総司から引き離してしまった。「離してください。」「1曲踊るだけならいいだろう?」歳三は強引に総司の手を引くと、踊りの輪へと加わった。男女のペアの中で、男同士の歳三と総司は一際目立った。「総司、久しぶりだな。あいつは新しい恋人か?」「あなたには関係ないでしょう。」「関係あるんだよ、大いにな。」 黒豹のようなしなやかな肢体を持つ歳三と、華奢な身体を持つ総司とのタンゴは何処か官能的であり、招待客達はいつの間にか彼らの踊りに魅入られていた。「もうお前を逃がす訳にはいかねぇ。こうしてまた会えたんだからな。」歳三はそう言うと、総司の腰に爪を食い込ませた。「土方さんと踊ってる奴って、確かチェリストの沖田総司じゃないか?」「ああ、確かに彼だな。どうやらトシとは知り合いらしいな。」 どうして、忘れてしまった頃に再会してしまったのだろう。一番愛していた人に、恐れていた人に再会するなんて、思っていなかった。やがて曲が終わり、総司はそっと歳三から離れようとした。「今夜、10階のバーに来い。」歳三は自分の携帯番号とメールアドレスを掻いたメモを総司に渡すと、近藤達の元へと向かった。「総司、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」「大丈夫。一君、先に部屋に戻って居てくれる? ちょっと用事が出来たから。」
2015年06月05日
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総司がウィーンでチェリストとして有名となり、活躍している頃、歳三はある殺人事件の自宅へと張り込んでいた。「絶対逃がすんじゃねぇぞ。」歳三は煙草を咥えてそれを深々とすうと、助手席に座っている若い刑事を見た。「解ってるって。それにしても土方さん、どうしてホシが家に戻るって解ったんだ?」「あいつには女が居る。いくら罪を犯した野郎でも、女の事が心配だから帰ってくるに違いねぇと思ったのさ。」歳三は窓の外を見ると、丁度犯人が安アパートの階段を上ってくるところだった。「土方さん、どうします?」「まだだ。ドアを開けた時に動くぞ。」歳三は犯人の動きを注意深く観察していた。やがて犯人が住んでいる部屋のドアが開かれ、中から1人の女が姿を現した。「行くぞ!」「ああ!」コートの裾を翻しながら、歳三は一気に階段を駆け上がった。部屋に入ろうとしていた犯人は、突然の事で驚愕の表情を浮かべて突っ立ってるだけだった。「漸く見つけたぜ、沢島。」歳三が口端を歪めて笑うと、犯人は彼に背を向けて逃げようとした。「平助、裏回れ!」犯人は鉄柵を乗り越えて逃亡を図ったが、裏に回っていた若い刑事に取り押さえられた。「沢島弘樹、殺人容疑で逮捕する!」「畜生、離せ!」歳三は喚く犯人の右手に、手錠を掛けた。「土方さん、お疲れ。」「おう。」自動販売機の前で若い刑事と会った歳三は、溜息を吐いて缶コーヒーのボタンを押した。「土方さんってすげぇよなぁ、毎回読みを当てるし。」「まぁな。平助、今日は良くやったな。いつもドジばかりしてるお前にしちゃぁ上出来だ。」「へへ、何か土方さんに褒められると照れちまうなぁ。」若い刑事―藤堂平助はそう言って少し癖のある茶色の髪を掻いた。「おいトシ、こんな所に居たのか! 探してたんだぞ!」廊下から大きな声が聞こえたかと思うと、濃紺のスーツを纏った男が歳三達の元へとやって来た。「どうしたんだ、近藤さん。そんなに慌てて。」「どうしたもこうしたも、今夜のパーティーには行かないつもりなのか?」「興味ねぇよ。他人に媚売る暇なんざ、俺にはねぇんだ。」歳三は吐き捨てるように言うと、缶コーヒーを自販機から取り出してさっさと警察署を出て駐車場へと向かった。「土方君!」歳三が車に乗り込もうとした時、不意に肩を叩かれて振り向くと、そこには余り会いたくない男が立っていた。「なんだ大鳥さん。言っとくがパーティーには出ねぇぜ。」「まぁそう言わずに、僕と一緒に行こう。」男はそう言うなり歳三の腕を掴み、自分の車へと向かった。(畜生、こんな筈じゃなかったのによぉ・・) 結局男―大鳥圭介に無理矢理歳三はパーティー会場であるホテルの宴会場に連れて来られ、1人で赤ワインをちびちびと飲んでいた。こういった華やいだ場所は嫌いだ。土方財閥の御曹司である歳三の周りには、女達が彼の財産を狙おうとやって来る。そんな彼女達の偽りの笑顔を見るのが嫌だった。さっさと挨拶を済まして帰ろうか―歳三がそう思った時、会場が急にざわめいた。(何だ・・?) 入口の方を見ると、1人の青年が薄茶の髪を靡かせながら入ってくるところだった。一瞬青年と歳三の目が合った。(総司・・)青年は紛れもなく、7年前に自分と別れた恋人・総司だった。
2015年06月05日
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「何を・・言ってるの?」「お前が好きだ、総司。」一は総司を抱き締めながら、彼に告白した。「一君・・」「もう、お前の悲しい顔は見たくない。」一は総司の華奢な背中を抱き締めながら、彼の肩が震えている事に気づいた。泣いているのだ。 先ほども暗い部屋の中で誰かを想って泣いていた。「俺はもう、お前を泣かせはしない。」「一君、ありがとう。もう大丈夫だから。」総司はそう言うと、そっと一から離れた。「励ましてくれてありがとう。もう僕大丈夫だから。」そう言った総司だったが、その顔はまだ暗いままだった。「シャワー、浴びてくるね。」「総司・・」居たたまれなくて部屋から出た総司は、服を脱いで浴室へと入った。シャワーを浴びながら、これから一とどう接すればいいのか解らなかった。歳三の事が未だに忘れられない自分に気づきながらも、一に惹かれている。そして一も、自分の事を好きだ。(もう歳三兄ちゃんの事を忘れよう。忘れて一君と生きていこう。)総司は熱い湯とともに、歳三との思い出を排水口に流した。「総司、旅行に行かないか?」「旅行?」一に告白されて2週間が過ぎてクリスマス休暇を迎えた頃、彼はそう言って総司を見た。「ああ。スコットランドの方に。気分転換にいいだろう。」「そうだね。」今まで海外旅行をしたことがないので、一とのスコットランド旅行に胸が弾んだ。「楽しみだね。」「ああ。」 総司は一とともにスコットランドへと旅立ち、エディンバラの街や断崖絶壁の美しい光景を楽しんだ。「何だかこういう綺麗な景色を見てると、癒される。」総司は潮風になびく髪を押さえながら、そう言って目を閉じた。「総司、本当に俺でいいのか?」「うん。」一にそう言うと、総司は手を握った。「これからも、宜しくね。」「ああ、お前を必ず幸せにしてみせる。」一は総司を抱き締め、彼の唇を塞いだ。「ん・・」 その夜、2人は一線を越えた。(歳三兄ちゃん、さよなら。)総司は漸く、歳三の事を忘れられた。 その後総司と一は学生寮で音楽学校を卒業するまで暮らし、卒業後は一軒のアパートを借りて同棲するようになった。「ただいま。」「お帰り、総司。楽団のオーディションはどうだった?」「駄目だった。まぁ、落ち込まずに前に進まないとね。」総司は無理に一に笑顔を作りながら、夕飯の用意を手伝った。「そうだな。」「じゃぁ食べようか・・」総司がそう言って食器を運ぼうとした時、突然彼は眩暈に襲われた。「大丈夫か、総司!?」「うん、大丈夫。最近疲れが溜まってるから、ふらついただけ。」「そうか・・」この時総司はまだ、疲れが溜まっているだけだと思い込んでいた。 だが全身の倦怠感と眩暈は毎日襲ってきた。「病院に行かなくていいのか?」「大丈夫だって。」ゆっくり休めば大丈夫だ―総司はそう思い、楽団員のオーディションを受け続け、チェリストとして華々しいデビューをオペラ座で飾った。 総司が歳三と別れ、ウィーンへ留学してから7年もの歳月が流れていた。
2015年06月04日
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ウィーン行きの機内で一と出逢い、彼と意気投合した総司は、留学先の音楽学校の学生寮で再会し、互いに驚いた。「まさか、また会うなんて思いませんでした。」「俺もだ。それよりも、同い年なのに敬語で話すのは止めないか? 堅苦しくて嫌いだ。」「じゃぁ、何て呼んだらいいですか? 一君とか?」「それでいい。じゃぁ俺は総司って呼んでいいな?」「勿論!」こうして、総司と一の共同生活が始まった。 初めての海外で戸惑う事が多かったが、半年が経つともう留学生活に慣れて来て友人も増えた。「一君って、家族居るの?」「ああ。両親と姉と兄が居る。総司は?」いつものように2人きりで夕食を食べながら、総司は一に家族の事を聞いてみた。「姉が2人。父さんは僕が生まれてすぐに亡くなって、母さんは半年前に亡くなったんだ。」「そうか・・」総司はコーヒーを飲むと、溜息を吐いた。「母さんは、僕と姉達を育てる為に必死に働いて、苦労して・・それなのに親孝行も出来なかった。」総司は涙を堪えながらそう言って俯いた。「済まない、辛い話をして。」「いいんだよ。僕はこれから、天国の母さんの為に有名になろうと思ってここに来たんだ。一君は、どうしてウィーンに?」「俺は家族から逃げてきた。」一はそう言うと、パンを一口大に齧った。「俺の父は、外で愛人を作っては毎晩高級スナックで飲み遊んでいた。やがて父の愛人は俺を身籠り、家の前に生まれたばかりの俺を置いて別の男と逃げた。」一の言葉に、総司は思わず息を呑んだ。「正妻である義母や、姉達に愛人の子というだけで苛められた。ヴァイオリンをしている時だけがその辛さを忘れられた。」「そうだったの・・ごめんね。」「謝ることはない。」一はそう言うと、そっと総司の手を握った。 翌日、総司と一は練習の後近くのカフェへと寄った。「ここのカフェ、ザッハートルテが美味しいんだって。」「総司は甘い物が好きなのか?」「うん。一君は?」「余り好きじゃないが、1個だけなら大丈夫だ。」「じゃぁ、僕はザッハトルテ食べるから、一君は別のもの頼んだら?」「ああ。」 一と暮らし始めて1年が経ち、総司は一を友人としてではなく、男として見るようになってきた。(駄目だよ、僕には歳三兄ちゃんが・・)総司がそう思った時、歳三と別れたことを思い出し、総司は笑った。とっくに別れた相手に対して操を立てるなど、何と滑稽な事をしているのだろうか。 納得して自分から別れたというのに、歳三にまだ未練があるなんて。(馬鹿だな、僕・・歳三兄ちゃんは、僕の事をきっと忘れている。)「どうした、総司?」突然部屋の中が明るくなり、ドアの近くに立っている一の姿を見て、総司はビクリと身を震わせた。「あ、一君・・」「電気もつけないでどうしたんだ?」「ううん、何でもない。ごめんね、驚かせちゃって・・」総司がそう言って一に微笑んだ時、彼はそっと総司の頬を伝う涙を拭った。「俺に話せる事があれば・・」「大丈夫、昔好きだった人の事思い出しちゃっただけ。ごめんね・・」乱暴に目元を総司が手の甲で拭った時、一が彼をぎゅっと抱きしめた。「一君?」「総司、お前の事が好きだ。」
2015年06月04日
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ウィーン留学前夜、総司はみつと林太郎、そしてきんとその夫とともに自宅でパーティーを開き、大いに楽しんだ。「総司、身体に気をつけなさいよ。向こうはここよりもっと寒いからね。」「うん。姉さんたちも、身体には気をつけてね。」「一度決めた事は絶対に投げだしちゃ駄目よ。成功するまで戻ってきては駄目だからね。」みつはそう言うと、弟の手を握った。「みっちゃんったら、厳しいんだから。総司、あんまりみっちゃんの言う事を真に受けちゃ駄目よ。」「ちょっと、何言ってるのよ!」久しぶりにみつときんの姉妹喧嘩を見ながら、総司はくすくすと笑った。 賑やかなパーティーが終わった後、総司は母の仏壇へと向かい、線香を供えた。「母さん、ウィーンに行って必ず有名になるからね。それまで見守ってくださいね。」―頑張りなさい、総司。ふと耳元で母の声が聞こえたような気がしたが、総司が振り向くとそこには誰も居なかった。(気のせいか・・) それから総司は、来年2月の留学へと向けて勉学や練習に励む日々を送り、歳三の事を徐々に忘れていった。一方歳三は、最近総司から手紙が来ない事に苛立っていた。今までは手紙を書けばいつも返事をくれたのに、最近になってから総司からの手紙が1通も来ない。(もしかしてあいつ、俺を避けてやがるのか?)自分の事が好きだと言いながら、会いたいと言いながら、結局総司は自分を捨てるのだ。(総司・・俺はお前を信じていた。それなのに・・)深い絶望と総司への激しい怒りが歳三の中で渦巻き、彼は昏い瞳で外に降る雪を見つめた。(総司、俺はお前を許さねぇ。お前を絶対に穢してやる!)総司から贈られたブラックダイヤのネックレスを握り締め、歳三は己の内なる狂気が目覚め始めたことを知った。 新しい年が明け、総司は成田の出国ターミナルで自分を見送りに来てくれた家族と別れの時を迎えていた。「総司、気を付けてね。」「うん、姉さん。行ってきます。」「行ってらっしゃい!」家族に背を向け、総司は出国ターミナルへと向かった。これから新しい生活が海の向こうで待っている。母の死、歳三との別れ―この1年間、辛い事が多すぎた。これからは、前を向いて歩いていこう―総司はゆっくりと、新しい生活への一歩を力強く踏み出した。「え~っと、ここかな?」搭乗券に書かれてある座席番号を探した総司がやっとこさ自分の席へと辿り着くと、そこには既に1人の青年が隣に座っていた。 肩まである黒髪を結び、すらりとした体躯には高級紳士服店で誂えたスーツを纏っている彼を見た総司は、そっと座席へと腰を下ろした。その時、眠っていた青年がゆっくりと目を開けた。「ん・・」彼が自分を見つめて来たので、総司は慌てて目を伏せた。「あ、すいません・・」「別に謝ることはない。君、名前は? 俺は斎藤一だ。」「沖田総司です。斎藤さんはウィーンに何をしに?」「留学だ。」「そうですか、僕もなんです。」「君もヴァイオリンをやっているのか?」「いいえ、チェロですが・・」ひょんなことから、総司は青年―斎藤一と運命の出会いを果たした。彼らを乗せた飛行機はやがてゆっくりと滑走路へと移動し、轟音を上げて鳥のように軽やかに上空へと飛び立っていった。「これから、宜しくお願いしますね、斎藤さん。」「ああ。」
2015年06月03日
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母の通夜は、しめやかに執り行われ、親族席に座ったみつと総司は弔問客に頭を下げた。「総司、みっちゃん、遅くなってごめんね。」遠方へと嫁いでいった姉・きんは、そう言うとみつと総司の元へと駆け寄った。「きん姉さん、来て大丈夫だったの?」「大丈夫よ。それよりも総司、顔色が悪いわよ。少し休んで来たら?」「・・大丈夫。」母を看取った後、みつと林太郎とともに葬儀の準備をしていた総司は、一睡もしていなかった。心が張り裂けそうなほどの悲しみを隠して、総司は無理に笑顔を作った。「あまり無理しない方がいいわよ。」きんは弟が自分を気遣っていることに気づいたのか、それ以上は何も言わずに総司に背を向けて歩いていった。 その後総司は疲れた身体を引き摺りながら自分の部屋に入り、ベッドに身体を横たえた。目を閉じると、母との思い出が次から次へと浮かんできては消えた。(母さん・・)親孝行も何もしてやれずに、心配ばかりかけさせてしまった母。(ごめんね、母さん。苦労ばかりかけて・・いつかきっと、有名になってみせるからね。)母の死によって、総司はきっと有名なチェリストとなってみせると決意した。それが亡き母にとっての親孝行であると信じて。「失礼致します。」告別式が終わり、49日の法要も過ぎた頃、沖田家に1人の女性が訪ねて来た。「わたくし、こういう者です。」そう言って女性がみつと総司に差し出した名刺には、『フローラルビューティーサロン代表取締役 土方信子』と書かれていた。「土方って・・まさか、歳三兄ちゃんの・・」総司は思わず女性を見つめると、彼女は静かに頷いた。「はい、歳三はわたくしの弟です。今日は沖田さんに、お願いがあって参りました。」「お願い、ですか?」総司は身構えながら、信子の言葉を待った。「実は、歳三と総司さんがお付き合いしていることを最近知りました。」「そうなの、総司?」みつがそう言ってじろりと総司を見た。「姉さん、黙っていてごめんなさい。」「それでですね、突然で悪いのですが・・もう歳三とは付き合わないでいただけないでしょうか?」「え?」総司が唖然としていると、信子は出された茶を飲んで次の言葉を継いだ。「あの子・・歳三は罪を犯したとしても、大事な土方家の跡取りです。いずれは土方財閥を率いる立場の人間となります。」信子が自分に言いたい事が、総司にはわかってきた。「そうですか。じゃぁ歳三兄ちゃんに伝えておいてください。今まで僕を支えてくれてありがとうと。」「ええ、伝えます。ではわたくしはこれで。」信子はそう言うとさっと立ち上がり、客間から出て行った。「総司、本当にいいの?」「いいんだよ、姉さん。僕は前に進まないといけないんだ。」過去を思い出しても仕方のない事だ。歳三との別れは辛いが、彼の事を思えば自分から身を引いた方が良い。(歳三兄ちゃん、さよなら・・) 月日は瞬く間に過ぎてゆき、初雪が降りだしそうな初冬の朝、総司は担任に呼ばれて応接室へと向かった。「君が沖田総司君だね?」応接室に居たのは、TVや雑誌で見た事がある有名な指揮者・吉川だった。「あの、僕にお話って?」「君の才能を開花させる為に、ウィーンに行かないか?」「ウィーンに、ですか?」突然のウィーン留学話に総司は驚きながらも、留学をすることに決めた。「そう、ウィーンに行くのね。身体に気をつけなさいね。」「うん、姉さん。」留学への準備に追われ、総司はいつしか歳三の事を忘れてしまうようになっていた。
2015年06月03日
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夢の中で総司が居たのは、軽井沢の病院に運ばれた時に見た夢と同じ、誰かの部屋だった。そこには、自分に背を向けて机に向かっている男の姿があった。総司は男が誰なのか知っていた―知り過ぎていた。“土方さん”総司が名を呼ぶと、男はゆっくりと彼の方を振り向いた。―なんだ、また遊びに来やがったのか。色白の肌に、端正な美貌を持った男は、眉間に皺を寄せて総司を見た。“だって、退屈なんですもん。外には出られないし、子どもたちとも遊べないし。”―しょうがねぇだろう。おめぇは病人なんだから。さっさと部屋に戻って寝ろ。男はそう言って総司を突き放そうとしたが、彼は男に抱きついたまま離れようとしなかった。“土方さん、怖いんです。”喉奥から絞り出すような声で、総司は男の背中に顔を埋めた。“これからずっと、土方さんと居られるのかって思うと、怖くて・・だから少しだけ、こうして貰っていいですか?”男からの返事はなかった。だが彼の背中は、少し震えていた。総司は、涙を流しながら男の背中の温もりを感じていた。(変な夢・・)夢から目覚めた総司は、余りにもリアル過ぎる夢の余韻を引きずりながらベッドから出て、浴室に入った。 熱いシャワーを頭から浴び、総司はこれからどうするのかを考えていた。朋也とはレッスン室を飛び出してから、一度も会っていない。総司は余り彼とは会いたくなかった。また彼と会ったら彼を傷つけそうな気がして、怖かった。「おはよう、総司。」「おはよう、姉さん。」食卓に並ぶ鮭の塩焼きを箸で突いて身を食べながら、総司は溜息を吐いた。「どうしたの?」「ううん、何でもない。それよりも姉さん、母さんの容態はどうなの?」「かなり悪いんですって。今の内に覚悟をしておいた方がいい、ってお医者様が言ってたわ。」みつはそう言うと、顔を曇らせた。「そう・・」総司が味噌汁を飲もうとした時、リビングの電話がけたたましく鳴り響いた。「誰かしら?」みつが椅子から立ち上がって電話の受話器を取って誰かと話している間、総司は昨夜見た夢のことを考えていた。 やけにリアリティがあった夢に毎回出てくる謎の男。彼が一体誰なのか、総司は何故か知っている。(もしかして、あの人は・・)「総司、早くご飯食べなさい!」「姉さん、どうしたの?」誰かと電話を終えたみつは、そう言って慌てて身支度をし始めた。「母さんが、危篤だって!」「え・・」総司は呆然としながらも、朝食を食べて身支度を済ませ、母が入院している病院へと向かった。「母さん、しっかりして!」「母さん!」みつと総司の呼びかけに、母はゆっくりと目を開けた。「総司・・みつ、来てくれたのね・・」荒い呼吸を繰り返しながら、母は総司とみつの手を握った。「まだ逝かないでよ、母さん・・僕、母さんにまだ親孝行のひとつもしてないのに、死んじゃうなんて嫌だよ。」「総司は本当に、甘えん坊ね・・総司、絶対に夢を叶えなさい。母さん、ずっと見守っているからね。」それが、母が浮かべた最期の笑顔だった。彼女は子ども達に看取られながら、亡き夫の元へと静かに旅立っていった。総司は、母の手を握り締めたまま涙が涸れ果てるまで泣いた。握り返してくれる彼女の温もりがそこになくても、彼は彼女の手を離さなかった。
2015年06月03日
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放課後、総司がレッスン室へと入ろうとした時、中からピアノの音色が聞こえた。「沖田・・」「先輩・・」朋也は総司を見ると、ゆっくりとピアノから離れた。「ごめんな、沖田。雄太の所為で、辛い思いして・・」「いいえ。先輩はどうしてここへ?」「これを、お前に返しに。」朋也はそう言うと、鞄の中から総司の携帯を取り出した。あの夜、総司から取りあげたものだった。「ごめんな、本当にごめん・・」「先輩?」朋也に突然抱き締められ、総司は驚いて目を見開いた。「俺、雄太に唆されてお前に酷い事した。お前の事が好きなのに、俺は・・」総司は朋也から離れようとしたが、彼は総司の腰を掴んだまま離さなかった。「あの、先輩・・いい加減離して貰えますか? 苦しいんですけど・・」「ああ、ごめん。」朋也は慌てて総司を離すと、溜息を吐いた。「どうしたんですか、先輩? 今日の先輩、何か変ですよ?」「そうだな・・」「僕、もう行きますね。母の見舞いに行かないといけないんで。」総司がそう言ってレッスン室から出ようとした時、朋也が彼の手首を掴んだ。「あの、まだなにか・・」あるんですか、と言おうとした時、総司は朋也に唇を塞がれた。(え?)突然の事で総司は驚いて目を見開き、朋也を見つめた。そっと彼は総司から離れると、溜息を吐いた。「ごめん、突然こんな事をして。でも今言わないと後悔すると思って。」「何を、ですか?」「沖田の事が、好きだ。」そう言った朋也の瞳は、美しく澄みきっていた。「先輩・・でも僕には・・」「解ってる、沖田には土方が居る事は。でも、この想いだけはどうしても諦められないんだ。」「ごめんなさい・・」総司は朋也に頭を下げると、レッスン室から出て行った。(先輩が僕の事を好きだったなんて・・)朋也の突然の告白に、総司は胸の動悸が治まらなかった。“総司って鈍いよね。” 脳裡に雄太の言葉が甦り、総司は何て自分は鈍いんだと思ってしまう。今まで朋也のことは尊敬できる先輩として見ていなかった。だが、彼の方は総司の事を後輩としてではなく、“恋人”として見ていたのだ。総司は朋也の想いに全く気付かずに、密かに彼を傷つけるような事をしてしまった。(先輩、今頃傷ついているかな・・)軽井沢の事件の後、朋也は入院した自分をよく見舞って来てくれ、その度に謝罪を口にした。「済まない、沖田・・俺があいつを止められなかったばかりに、こんな事になって・・」朋也はいつも苦悶に満ちた表情を浮かべながら、総司の手を握り締めていた。あの時はそんな彼の顔を見るのが辛くて、総司は彼を許した。朋也の辛そうな顔を見るのが嫌で、苦しむ彼の姿を見るのがもう辛かったからだ。しかしそれが朋也の心をまた傷つけてしまったことに、総司は今気づいてしまったのだ。(先輩、ごめんなさい・・僕は、歳三兄ちゃんが好きなんです。)初めて歳三と逢った時から、ずっと彼の事を想ってきた。他の人を好きになる事なんて出来ない。自分の、歳三への想いが朋也を傷つけてしまった事に気づいた総司は、これから朋也とどう接すればいいのか解らずにいた。 その夜、総司は不思議な夢を見た。
2015年06月02日
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「あれ、雄太は?」「雄太なら、強制退学処分になったよ。」総司がそう尋ねると、クラスメイトの1人がそう言って彼を睨みつけた。「僕の・・所為で?」「お前のせいで、雄太は将来を潰された!」「そうだ、お前のせいで雄太は!」クラスメイト達の氷のような冷たい視線を一斉に浴び、総司はただ呆然と立ちすくむ事しか出来なかった。「お前さぁ、どうしてこの学校に来た訳?」「貧乏人の癖に。」「大体お前なんかが入れる学校じゃない事くらいわかれよ。」総司の心は、毒を含んだ棘のようなクラスメイト達の罵声でズタズタに傷つけられ、引き裂かれた。(泣くもんか!)鼻の奥がつんとなり、目頭が熱くなる。彼らの前で泣くなんてこと、決して出来なかった。何だか負けを認めるようで、嫌だった。総司はくるりとクラスメイト達に背を向け、教室を出て屋上へと向かった。 始業のチャイムが鳴った後、総司は堪えていた涙を流した。(ここは・・僕が居る場所じゃない。)歳三の母校で、音楽を本格的に出来るという理由でこの学校に入ったが、上流階級の子息であるクラスメイト達から見れば総司は、“貧乏人”なのだ。(歳三兄ちゃんも、こんな思いをしたのかな?)この学校に在籍していながらも殆ど授業に出ず、「新宿の鬼」として恐れられていた歳三。 彼の家は日本で五指に入る程の財閥だが、こんなに閉鎖的な空気の学校に歳三は馴染めなかったに違いない。(もっと知りたいな、歳三兄ちゃんのこと・・)総司は屋上を後にし、図書館へと向かった。校舎に隣接している図書館は明治初期に建てられた物で、館内に入るとステンドグラスで装飾された窓が夏の陽光を弾き、美しい光を放った。 総司はゆっくりと書庫の奥へと進んでゆき、目当ての書庫へと向かった。そこは、この学校の卒業生のアルバムなどが置かれていて、在校生なら誰でも閲覧する事が出来た。「あった・・」歳三が在籍していた年の卒業アルバムを捲った総司は、そこに歳三の写真が載っていないことに気づいた。(あ、強制退学処分になったんだっけ・・)総司はアルバムを閉じて元の場所へと戻し、中等部の書庫へと向かった。中等部のアルバムには、周りと一線を画し、冷たい表情を浮かべた歳三の写真があった。どのページを捲っても、笑顔の歳三が写っている写真はなかった。(歳三兄ちゃん・・)歳三はたった一人でこの閉鎖的な学校に通っていたのだ。だが自分とは決定的に違う所は、歳三は言いたい事ははっきり言い、人の目など気にしない。 総司は何かと人の目を気にし、他人から何かを言われてもそれをウジウジと考えてしまう。 もし歳三なら、あんな風にクラスメイトから罵声を浴びせられたらどう言い返すだろうか。(僕は、逃げているだけだ。)クラスメイト達の罵声と、彼らの冷たい視線からただ総司は逃げてきただけだ。“男ならガツンとガチでぶつかりやがれ!” 昔苛められていた時、歳三はそう自分を怒鳴りつけてくれた。そのお蔭で、いじめがなくなった。(あの頃の気持ちを思い出せ。)「なぁ、あいつもう学校来なくなるかな?」「そうじゃない。あれだけ言われたらねぇ。」クラスメイト達がくすくすと笑いながら話していると、総司が教室に入って来た。「沖田、遅刻だぞ。」「すいません。」教室を飛び出したまま二度と戻って来ないだろうと思ったクラスメイト達は、ぎょっとした顔で総司を見た。
2015年06月02日
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―総司、起きろ。(歳三兄ちゃん?) 闇の中から突然歳三の声が聞こえ、総司が目を開けると、そこは見慣れぬ部屋だった。―またこんなところで居眠りしやがって。そう言って顰め面をしている歳三は、長い黒髪を背中で一括りに結んでいた。(ここ、どこ?)―お前には戻る場所があるだろう、総司。もう二度とここに来るんじゃねぇぞ。総司は歳三に有無を言わさずに首根っこを掴まれ、部屋の外へと放り出された。(歳三兄ちゃん、待って!)非情にも目の前で閉まる襖に向かって総司が叫んだ途端、彼が立っていた地面が突然崩れた。「う、歳三兄ちゃん・・」「気がつかれましたか?」総司が再び目を開けると、白い蛍光灯の光が眩しくて、彼は思わず眉を顰めた。「あの、ここは?」「ここは病院ですよ。」白衣を纏った看護師は、そう言うと総司の手を握った。「頭から血を流して倒れていたところを、通りがかりの人が助けてくれたのよ。」看護師の言葉を聞いた総司は、自分が雄太達に暴行を受けて逃げ出す途中で居式を失ったことに気づいた。「あの、僕は大丈夫でしょうか?」「肋骨が3本折れてるし、右肩も脱臼しているから暫く入院が必要ね。脳の方は異常ないから。後で詳しく検査するわね。」「そうですか・・」(助かった・・)あの悪夢から無事に逃れた事への安堵から、総司はゆっくりと眠りに落ちていった。 みつと林太郎は、総司が怪我をしたと聞き、軽井沢の病院へと向かった。「総司!」「姉さん・・義兄さんまで。」「あんた、怪我したんだって! 大丈夫なの?」みつはそう言うなり、弟の身体を揺さ振った。「大丈夫だよ。ちょっと友達とトラブルがあって。」「そう。」みつは総司の言葉を聞くと安堵の表情を浮かべたが、彼女の隣に立っている林太郎の顔は曇ったままだった。「肋骨が折れているんだって? さっき外科で話を聞いたが、鈍器のようなもので激しく殴打された跡があるとか。一体誰にやられたんだ?」「義兄さん・・」みつに誤魔化せても、林太郎を誤魔化すことはできなかった。「実は・・」総司は、雄太達から暴行を受けたことをみつ達に話した。「まだその子達は、別荘に居るんだな?」「はい。義兄さん、お願いがあるんですが、この事は余り公にならないでくださいませんか?」「総司、お前は被害者なんだぞ! うちどころが悪ければ、死んでたかもしれないんだ!」総司の言葉を聞いた林太郎は目を剥き、烈火の如く怒った。「けど、そんな事したら・・」「あいつらに復讐されるというのか? 総司、この事件は誰が加害者で誰が被害者なのかはっきりしている。泣き寝入りなんてしてはいけないんだ!」 林太郎に説得され、総司は退院後警察に被害届を出すことに決めた。雄太の親は資産家で、学校に莫大な金を寄付しているので、事件が発覚したところで彼は退学処分にはならないだろう。(あいつは、もう友達じゃない。)あの雑木林の中で総司は、今まで親友だと思っていた雄太の陰険で邪悪な本性を見た。彼が自分を邪魔だと思っている以上、もう彼との友情は終わったも同然だった。(歳三兄ちゃん、会いたいよ・・)病院のベッドの上に寝転がりながら、総司は歳三に会いたくて堪らなかった。 後日、総司に暴行した雄太達は警察に逮捕され、事件はマスコミによって大きく報道された。夏休みに入る直前、退院した総司が登校すると、雄太の姿は教室にはなかった。
2015年06月01日
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一体何がどうなっているのか状況が解らぬまま、総司は呆然と朋也を見上げた。「総司、悪いけどお前にはここで死んで貰うよ?」そう言って雄太は、腰を屈めて総司を見て笑った。「雄太、一体どういうこと? 死んで欲しいって・・」「言葉通りだよ、総司。俺、前に言ったよね? あの人が欲しいって。だからお前は邪魔なの、解る?」雄太は小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、仲間に目配せした。すると仲間が総司を人気のない雑木林の中へと連れて行った。「何だよ、離せよ!」「さっさとしようぜ、警察が来る前に。」雄太の言葉を聞いた彼の仲間達は、容赦なく鉄パイプで総司の脇腹を殴りつけた。「うっ・・」鈍い衝撃音とともに、激痛が脇腹に走り、総司は低く呻いた。「これはまだ序の口だよ、総司。」雄太はそう言うと、口端を歪めて笑った。(歳三兄ちゃん、助けて・・)次々と襲い掛かって来る激痛に耐えながら、総司は歳三の事を想った。彼は自分に雄太の事を警告してくれたのに、このままでは歳三に会えぬまま死んでしまうかもしれない。(そんなの、嫌だ・・)チェリストとなって母を楽にさせてやりたいという親孝行も出来ずに、このまま雄太達に嬲られて死んでいくなんて真っ平だ。(僕は、まだ死ねない!)「あっれぇ~、もう動かなくなっちゃった。」「随分呆気ないね。」雄太は鼻を鳴らすと、総司が死んだのかどうかを確かめる為、彼の近くで腰を屈めた。その時、総司はかっと目を見開き、雄太が地面に置いていた鉄パイプを掴むと、それを思い切り振った。「ぎゃぁ!」凄まじい悲鳴が耳元で上がり、人が倒れる音を聞くと、総司は一目散に雑木林の中を全速力で駆けだした。「逃げるぞ、追え!」「野郎、ぶっ殺してやる!」雄太とその仲間達の怒号が、夜の闇にこだまし、総司は彼らから逃れようと痛む脇腹を押さえながら何とか雑木林を抜け、市街地へと出た。(助けて・・誰か・・)救急車を呼ぼうにも、携帯は朋也に取りあげられてしまってないし、荷物は別荘にある。これからどうしようかと思いながら歩いていると、向こうから車のライトが見えた。(助かった!)総司は両手を大きく振り、車の方へと近づいていった。「お~い!」車の眩いライトに照らされた総司の姿を見た運転手の顔は、驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべていた。「おい、どうしたんだ、その顔は!」「え?」その時初めて、総司は自分の顔が血塗れであることに気づいた。 着ているシャツやジーパンも、血で濡れている。「すいません、ちょっと怪我をしてしまって・・」総司がそう言って運転手に状況を説明しようとした時、彼は突然意識を失って倒れた。「おい、大丈夫か!」運転手は地面に倒れたまま動かない総司を抱きかかえて後部座席に寝かせると、近くの病院へと向かった。(歳三兄ちゃん・・)「総司!」歳三は総司に呼ばれたような気がして、布団から撥ね起きたが、そこには誰も居なかった。(変だな、今確かに総司の声が聞こえた気が・・)
2015年06月01日
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「どういうこった? 吉崎とお前が恋人同士だって初耳だぜ。」「もう終わったことさ。吉崎雄太は昔、俺らの仲間だった。あいつはぁ親に反抗して俺らのグループに入ったんだが、あいつの親が密かに俺らの事を調査してサツにチクリやがったのさ。」「それで吉崎を切ったのか。八郎、そいつとはまだ連絡取っていやがるのか?」「まぁな。」八郎はそう言うと、歳三に一歩近づいた。「歳、ひとつ忠告しておくぜ。総司とやらを本気で愛してるんなら、吉崎に気をつけるこった。あいつはぁ見かけの可愛さに寄らず、陰険な性格だからよ。」「どういう意味だ、そいつはぁ?」「自分で考えなぁ。」八郎は歳三の肩を叩いて風呂場から去って行った。 その後歳三は、八郎の言葉の意味を何度も考えていた。脳裡に、あの雄太の顔が浮かんだ。一見すると裕福な家庭の、人が良さそうなお坊ちゃんだが、その本性が総司の話題になると少し垣間見えたような気がした。あの時―面会に来た時、自分が欲しい物は他人の物でも奪うと言った時、こいつと関わると碌なことにはならないと歳三は直感で解った。その厄介な少年が総司の親友として彼の傍に居るのだから、何かあっても遅くはない。だが総司を助けようにも、身動きも取れない少年院の中ではどうする事も出来ない。(畜生、何とかしねぇと総司が危ねぇ!)恋人を助けられない無力な自分が、歯痒く思えてならなかった。 部屋に戻ると、歳三は総司が最近携帯を買ったという内容が書かれている手紙を探した。その手紙は、いつも彼が手紙を保管している空箱の中にあった。はやる気持ちを抑え、歳三は総司の携帯の番号が書かれてある便箋を封筒から取り出した。「どうした、土方? もうすぐ作業の時間だぞ?」部屋に1人残っている歳三に、吉田教官が声を掛けた。彼は何かと歳三の事を気に掛けてくれており、総司との手紙の遣り取りを許可してくれたのも彼だった。「吉田さん、済まねぇが、電話したいんだ。総司が・・あいつが危ねぇ!」「そうか。じゃぁ5分間だけならいいぞ。」「有難う。」歳三は便箋を握り締めたまま、総司への携帯に電話を掛けた。(頼む、出てくれ!)「ごめん、ちょっと外に出るね。」総司はそう言って雄太達に断ると、別荘から外へと出た。「もしもし?」『総司か? 今何処に居る?』「軽井沢の、友達の別荘だけど・・どうしたの、歳三兄ちゃん?」『今すぐ東京へ戻れ、総司! あいつは・・あの野郎は危険だ!』「え、何を言ってるの?」総司は突然歳三が怒鳴ったので、彼が何を伝えようとしているのかが解らなかった。 必死に彼の言葉を聞くことに集中していたので、総司は背後に迫って来る雄太達に気づかなかった。『てめぇの親友は、てめぇを陥れようと軽井沢に誘き寄せたんだ!』「そんな、嘘でしょう? 雄太はそんな事しな・・」総司がそう言った時、何か光るものが頭上に見えた。(何・・?)ゆっくりと総司が振り向くと、そこには鉄パイプを持った雄太が立っていた。「雄・・」突然ガンッという鈍い衝撃音がした後、通話が切れた。「おい、総司! どうしたんだ!」歳三は悪寒が背筋を走るのを感じた。「う・・」雄太に殴られ、総司が地面に転がっている携帯を握り締めようとした時、誰かが総司の携帯を拾い上げた。「済まない、沖田・・」「先輩、どうして・・」
2015年05月29日
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弟の総司と少し話してコンサートホールを後にしたみつは、その足で母が入院する病院へと向かった。消毒薬の臭いが病院内に入ってからは鼻につき、この臭いには一生慣れないなと思った。「母さん、入るわよ?」「みつ、いらっしゃい。」病室に入ると、母はベッドから半身を起こしてみつに笑顔を浮かべた。「総司のコンサートはどうだったの?」「良かったわよ。チェロのソロパートがあったんだけど、総司は完璧な演奏をしてたわ。」「そう。あの子はいつも両手に血豆が出来るまで一生懸命練習していたからね。総司はきっと、有名になるわ。」「そうね、母さん。それまで元気でいてね。」「何を言ってるの。まだまだくたばる訳にはいかないわよ。」母はそう言って笑ったが、彼女の頬は少し痩せたように見えた。「じゃぁ、また来るわね。」「ええ、待ってるわ。」母の病室から出て行き、みつは涙を堪えて病院のロビーへと向かった。「みつ、来てたのか。」「あなた・・」ハンカチで目元を拭っていると、夫の林太郎が立っていた。「お義母さんの見舞いに来てたのか。」「ええ。総司の話をしたら凄く喜んでて、あの子が有名になるまで、まだ死ねないって・・」みつはそう言った途端、堪えていた涙がどっと溢れ出た。「総司は、まだ知らないんだろう? お義母さんの命がもう長くはないことを・・」「ええ。」数ヶ月前、みつは、医師である林太郎から初めて母の余命があと数ヶ月だという事を知り愕然となった。「そんな・・じゃぁ母さんは・・」「ここまで病状が回復するのは稀らしい。多分総司の事を想ってきたからかな。でももう、手の施しようがないんだ。」「そう。あなた、ひとつお願いがあるの。総司にはこの事言わないでおいて。あの子、母親にべったりな甘えん坊だったから、知ったらきっとショックを受けると思うの・・」「解った。」林太郎とみつは母親の病状を総司には伏せたままにしていたが、いつ母親が亡くなるか解らぬ今、2人は総司に母親の事を告げる決意をした。「もう総司には母さんの事、隠していられないわ。」「そうだな。」 コンサートの数日後、荷物を纏めた総司は雄太と朋也と駅前で待ち合わせしていた。「総司、ちゃんと来たね。」「うん。」「じゃぁ、行こうか?」「はい!」総司が雄太と共に改札内へと入った時、バッグの中に入れた携帯が鳴った。「もしもし、姉さん? 今から友達と旅行しに軽井沢に行くところ。数日で帰ってくるから。」『そう、気をつけるのよ。』「わかった、じゃぁね。」携帯を閉じてバッグにしまった総司は、慌てて雄太達の後を追った。「先輩、今更計画に変更はなしですよ。わかってますよね?」「ああ。でも本当にやるのか?」朋也の問いに答える代わりに、雄太は彼の手の甲を抓った。「もう決めた事ですよ、先輩・・朋也さん。」総司は雄太達の企みも知る由もなく、彼らとともに軽井沢へと向かった。 一方歳三は、八郎に呼び出されて人気のない風呂場へとやって来た。「八郎、一体俺に何の用だ?」「土方・・いや、歳さん、あんた吉崎とどういう知り合いなのかえ?」「別に何の知り合いでもねえよ。あんたの方はどうなんだ?」歳三の問いに、八郎は口端を歪めて笑うと、こう答えた。「知り合いというか、あいつはぁ俺のこれだったのさ。」彼は小指を立てると、驚愕の表情を浮かべる歳三を見て笑った。にほんブログ村
2015年05月29日
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総司から贈られた誕生日プレゼントは、ブラックジルコニアダイヤの、十字架のネックレスだった。(安物でも何でも、お前に贈ってくれたもんは最高の贈り物だ。)歳三は袋からネックレスを取り出すと早速首に提げた。「それ、あの子からのプレゼント?」「ああ。GW前に渡したいと思ったんだろう。あいつは俺の好みを良く解っていやがる。」総司の事となると、いつも剣呑な光を琥珀色の双眸に宿している歳三の顔が、不意に柔らかくなる。(歳、その子に相当惚れてんだなぁ・・)「いいねぇ、お熱いこった。それよりもこの前面会に来てた奴は?」「ああ、あいつか。何でも、俺の事を好きだから総司と別れて欲しいと言いやがった。俺が断ったら総司から俺を奪うとまで・・嫌な餓鬼だぜ。確か、吉崎っていったな。」「吉崎?」歳三の言葉に、八郎が金色の眦を上げた。「ああ。総司の親友だとよ。裏では俺と総司を別れさせようとしてんのに、何処が親友なんだよ。俺はあんな腹黒い餓鬼、御免だね。」「へぇ、吉崎がそんな事を・・それよりも歳、それ看守に見つからねぇように気をつけなよ。」「ああ。」(あと3年か・・総司、待ってろよ。) GWが終わり、コンサートが1週間後に控えていたある日の昼休み、総司は雄太に屋上へと呼び出された。「沖田、久しぶり。」「先輩、お久しぶりです。」総司はそう言って朋也に頭を下げた。「ねぇ総司、コンサートが終わったら打ちあげを兼ねてうちの別荘でパーティーしない?」「パーティー?」雄太の突然の提案に総司は驚いたが、ふたつ返事でOKした。「先輩も来て下さいよ。」「ああ、是非行くよ。」「じゃぁ総司、コンサート頑張ってね。」雄太と朋也は仲良く連れ立って屋上から去って行った。「先輩、総司には全く気付かれてないですよね?」「ああ。でも本当にやるのか、雄太?」「当たり前じゃないですか。先輩も俺の計画に加担しようとしているんですから、今更弱気になっちゃ困りますよ。」雄太はそう言うと、朋也の肩を叩いた。「ああ・・」 1週間後、総司は生まれて初めてコンサートに出演し、完璧な演奏を客達の前で披露した。(終わった・・)喝采に包まれながら頭を下げた総司は、歓喜に震えていた。「総司、お疲れ様。」「ありがとう、雄太。」雄太から花束を受け取った総司は彼に微笑むと、着替えをする為に控室へと向かった。「総司、あなたの演奏、素晴らしかったわよ。」「ありがとう、姉さん。」総司は最愛の姉を抱き締めた。「きっと母さんがここに居たら、あなたを誇りに思うでしょうね。」「うん・・」総司とみつの母は、過労の所為で持病が悪化し、病院に長期入院していた。「総司、母さんの為に頑張りなさい。お金の事はわたし達が何とかするから。」「ごめんね・・姉さんたちや母さんに苦労ばかりかけてるよね。」「何言ってるの、総司。わたし達はあなたの事を誇りに思ってるわ。」みつの言葉に、総司は涙をぐっと堪えた。まだ泣くのは早い。悲しみの涙を流すのはまだ早い。「ありがとう、姉さん。」総司は無理に笑顔を姉に浮かべた。
2015年05月28日
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「ようこそ、先輩。」朋也が雄太の家に行くと、彼は笑顔で朋也を迎えた。「ねぇ先輩、お腹空いてない? 俺先輩の為に夕食作ったんだ!」「有難う、頂くよ。」ダイニングテーブルで向かい合わせに座りながら、朋也は雄太が作った夕食を食べながら、総司の笑顔を思い出していた。 “これ、歳三兄ちゃんが喜びそう!”ショッピングモール内のメンズ向けの雑貨屋で、総司が選んだのはブラックのジルコニアダイヤのネックレスだった。“ちょっと地味じゃないか?”そう朋也が言うと、総司は首を横に振った。“歳三兄ちゃんには黒が一番似合うんです。瞳の色に映えるんじゃないかなぁ。”歳三の事を笑顔で語る総司の横顔は、朋也にとって眩しく見えると同時に、歳三へのどす黒い嫉妬で、心が張り裂けそうだった。(沖田、あいつの事を話している時は嬉しそうに笑うんだな。)「どうしました、先輩? 箸が止まってますよ?」「ああ、ごめん。少しぼうっとしてしまって・・」「もしかして、総司の事を考えているんですか?」雄太はそう言って朋也を見た。「お前には、お見通しだな、雄太。昔からそうだった。」「従兄のあなたの気持ちなんて、手に取るように解りますよ。それで、総司には告白するんですか?」 夕食の後、雄太はソファに座りながら朋也を見た。「告白はしないよ。沖田は・・あいつは、土方の事が好きなんだ。あいつの事を話す沖田の目は誰よりも美しくて、輝いていて・・それを見ていると、何だか辛いんだ。」「そうですか。総司って酷い奴ですね、先輩がこんなに苦しんでいるのに、あいつは気づきもしないなんて・・可哀想な先輩。」雄太は隣に座っている朋也の手を握った。「雄太、ありがとう。もう沖田のことは諦めるよ。夕飯、ご馳走様。」「それでいいんですか、先輩?」ソファから立ち上がろうとする朋也を制し、雄太は彼を潤んだ目を見つめた。「想いを伝えられないなんて、辛いと思いませんか? 男なら一度当たって砕けないと駄目ですって。もし総司が先輩の事を振っても・・あの人から奪えばいいじゃないですか。」「奪う? 土方から沖田を? 雄太、お前は本気で・・」「こんなの冗談で言えませんよ。ここだけの話ですけれど俺、あの人が欲しいんです。俺は欲しい物がたとえ他人の物であっても奪い取るまで諦めませんから。」「雄太・・いつからそんな風になってしまったんだ。昔のお前は・・」「もう昔の事は言わないでください、先輩。昔の事を思い出しても、あの時には戻れないんですから。それよりも、今後の事を考えましょう?」雄太は口端を歪めて笑った。「俺に面会? 一体何処のどいつだ?」「さぁな。もしかしてお前の想い人だったりしてな。」(総司が面会に・・)歳三は総司の笑顔を思い出しながら、彼は胸を弾ませながら面会室へと向かった。だがそこに居たのは総司ではなく、見知らぬ少年だった。「初めまして、土方様。総司の親友の、吉崎雄太です。」そう言って自己紹介した彼は、茶目っ気たっぷりの翡翠の瞳を輝かせながら歳三を見つめて来た。「総司の親友か・・俺にわざわざ会いに来るたぁ、いってぇ何の用だ?」「単刀直入に言いますね。こんな事土方様にお願いするのもなんですけれど・・総司と別れて頂けません?」「俺がそんなお願いを聞くとでも思ってんのか?」「そうですか。じゃぁ、俺総司からあなたを奪いますね。」じゃぁこれで、と歳三に微笑みながら面会室を後にした雄太の背中が見えなくなるまで、歳三は睨みつけていた。(あの餓鬼、只者じゃねぇな。総司の親友とか言ってたが、あやしいもんだぜ・・)“歳三兄ちゃんへ、誕生日おめでとう。プレゼント気に入ってくれると嬉しいです。安物だけど我慢してね。 総司” その夜、歳三は総司からのプレゼントを嬉しそうに眺めていた。
2015年05月27日
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※朋也のBGMだと思ってください。「取り敢えず、何処か静かなところで話そうか?」「はい・・」総司と朋也は学校を出て、駅前のカフェに落ち着いた。「さっきは何で泣いてたんだ?」「ちょっと不安な事があって・・僕、コンサートとかに出るの初めてだから・・」「そうか。大丈夫、場数を踏めば慣れるさ。俺だって初めての発表会の時は緊張でガチガチだった。緊張やプレッシャーに押しつぶされる前に、深呼吸して演奏に集中すれば何とかなるさ。」「そうですか。ありがとうございます。あの先輩、今朝言ってたことですけど・・」「ああ、買い物付き合って欲しいって?」「はい。実は歳三兄ちゃんがもうすぐ誕生日なんで、誕生日プレゼントを一緒に選んで貰おうかなぁって。」「へぇ、そうなの。」朋也の顔が、嫉妬で少し攣ったが、総司はそれには気づかなかった。「沖田は確かお姉さんが2人居たよな? その“歳三兄ちゃん”ってどんな人何だ?」朋也は震える手でグラスを持ち、アイスコーヒーを飲んだ。「歳三兄ちゃんは、僕の一番大好きな人です。事情があって今は逢えないけれど、毎日手紙のやり取りをしています。」「ふぅん、そうなの・・沖田が一番好きな人なのか。」歳三兄ちゃん―土方歳三とは、何度か朋也は会ったことがある。校内で数度擦れ違った程度だが、色白の肌に強い意志が宿った琥珀の双眸の美しさに、彼とすれ違った誰もが振り返った。 日本で五指に入るという土方財閥の御曹司でありながら、歳三は何処か危険な香りがする少年だった。上流階級の子息ばかりが集まる学校で、歳三の存在は否が応にも目立った。その所為か、彼は良く問題を起こし、教師達は彼を見限った。(土方が、沖田の思い人なのか・・)どう足掻いたって、歳三に自分が勝てる相手ではないと朋也は思った。「先輩、どうしたんですか?」総司の声で我に返った朋也は、すぐに平静さを取り戻した。「ごめん、ぼうっとしちゃって。それで、何を買うつもりなんだ?」「う~ん、余り高い物は買いたくないんです。身につけるアクセサリーだったら、何でもいいかなぁって。」「そう。じゃぁもう行こうか。」「ええ。」朋也とともにカフェを出た総司は、駅前のショッピングモールへと向かった。そこには若者向けの店が多く、素敵なアクセサリーばかりが置いてあるので、歳三への誕生日プレゼント選びには1時間もかかってしまった。「すいません、こんなに遅くなっちゃって・・」「いいよ。丁度気分転換もしたかったし。喜んで貰えるといいね、プレゼント。」「ええ。じゃぁ、また明日!」「ああ・・」自分に向かって手を振り、改札の向こうへと消えて行く総司の笑顔を見ながら、朋也は胸が締め付けられる程苦しかった。 彼には、歳三しか視えていない。彼にとっての自分の存在は、「頼れる先輩」でしかないのだ。恋愛対象には決してならない。(どうしてこんなに胸が苦しいんだろう? 沖田の相手があの土方だからなのか?)同性でさえも羨む美貌の持ち主で、誰もが惹きつけられる、歳三。その彼を想っている時の総司の顔は、とても幸せそうで、彼らの隙間には誰も入る余地がないことが朋也はカフェでの会話で解った。(勝てないな・・あいつには。)朋也が独りで街中を歩いていると、突然携帯が通学鞄の中で鳴り響いた。「もしもし?」『朋也先輩、総司とのデート、楽しかったですか?』「雄太、冗談は止してくれ。それよりも話って何だ?」『電話ではなんですから、今からうちに来てくれません? 今日両親は2人とも出張で俺1人だけなんで。』「わかった、今から行く。」朋也は携帯を閉じて鞄に仕舞うと、雄太の家へと向かった。「さてと、これからどうしようかなぁ・・」雄太はそう呟いて口端を歪めて笑った。
2015年05月26日
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総司はGW前に、朋也の教室を訪れた。「どうした、沖田? 何か用か?」「先輩、今日予定がなかったら、僕と買い物に付き合ってくれませんか?」「え、いいけど・・」「ありがとうございます!」頬を赤く染めながら自分に頭を下げて教室から出て行く総司の姿を見て、朋也の友人は口笛を吹いた。「あいつ、音楽科の1年だろ? 朋也、あんな可愛い奴に好かれるなんていいなぁ。」「そんなんじゃねぇよ、馬鹿。沖田は俺の可愛い後輩なだけだよ。」朋也はそう言いながらも、総司の事が気になり始めていた。「総司、何処行ってたの?」総司が教室に戻ると、雄太がそう言って彼を見た。「ちょっとね。」「ねぇ総司、昼休み2人だけで話さない? 屋上で待ってるから。」「う、うん・・」最近コンサートに向けての練習で忙しくて、雄太とは休み時間以外話すことがなかったので、彼と昼食を食べるのは久しぶりだ。 昼休みのチャイムが鳴り、総司は弁当を持って屋上へと向かった。屋上は生徒達の憩いの場として開放されており、屋上には小洒落たカフェテーブルと陽射しを避けるパラソルが置かれている。「総司、こっち。」雄太がそう言って奥のテーブルから立ち上がり、総司に向かって手を振った。「ごめん、待った?」「うん。それよりも、話ってなに?」「総司の好きな人、知ってるよ。」雄太は口端を歪めて笑いながら、ミートボールを突き刺してそれを口に放り込んだ。「え?」「6年前に新宿で傷害事件を起こした土方歳三って人でしょう? あの人、僕達の先輩なんだってね。でもあんな事件起こしたから、強制退学処分になっちゃったんだって。でもネットで顔写真見たけど、かなりいい男だよね。」雄太が何を言いたいのか、総司は解らなかった。「そんな話、どうしてするの?」「どうしてって・・総司、春崎先輩が総司の事好きだってことに気づいていないの?」「え?」総司が瞠目すると、雄太は彼を馬鹿にしたかのような笑みを浮かべた。「もしかして気づかなかったの? 総司って鈍いよね、ホント。」「ゆ、雄太?」初めて見る友人の一面に総司は戸惑い、言葉が出なかった。そんな彼をしり目に、雄太はゆっくりと椅子から立ち上がって総司の隣に立った。「ねぇ総司、あの人を俺に頂戴。」「何、言ってるの? 雄太、正気なの?」「正気に決まってるじゃない。総司にはあの人には似合わないよ。それに、あの人とは住む世界が違うんだもの。」そう言って冷たい笑みを浮かべる雄太が、総司は別人のように見えた。「住む世界が、違う?」「知ってた? あの人が土方家の御曹司だってこと。総司、まさか君、あの人と釣り合える身分にある、って思ってる訳じゃないよね?」「そんな事・・」「俺、あの人が欲しい。たとえそれが総司のものだとしても、絶対にこの手であの人の心を奪ってやるから。」雄太はそれだけ言うと、屋上から去って行った。(雄太、一体何を考えてるの? 僕には歳三兄ちゃんしか居ないのに・・)放課後、総司が溜息を吐きながら下足箱で靴を履き替えていると、突然背後から誰かに肩を叩かれた。「沖田、どうした? そんな暗い顔して。」「先輩・・」朋也の顔を見て、総司は安心してしまって思わず彼に抱きついた。「お、沖田!?」突然総司から抱きつかれ、朋也は頬を赤く染めながら彼の頭を撫でた。
2015年05月25日
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「おい、今度のコンサート、1年が出るってさ!」「嘘だろ・・春のコンサートには3年しか出さないって決まりなのに・・」 翌朝総司達が登校すると、音楽家の掲示板前で、生徒達が何か騒いでいた。「どうしたんだろ?」雄太がそう言って掲示板に貼ってある紙を見ると、彼は総司の手を突然引っ張った。「どうしたの、雄太?」「総司、お前コンサートのメンバーに選ばれてるぜ!」「え?」 掲示板に貼ってある紙は、5月の第2土曜に開かれるこの学校の音楽科の生徒達によるコンサートのメンバー表だった。そのチェリストの欄に、総司の名があった。「凄いぜ、総司! 普通メンバーは3年の先輩達しか選ばれないんだ!」「そうなの。そんなにこのコンサートって大きなものなの?」「ああ、コンサートにはジュリアード音楽院の教授やウィーンの音楽学校の教授、楽団のオーナーも来る。プロの登竜門のひとつなんだ。」「へぇ・・」そんな名誉あるコンサートに自分がチェリストとして出る―これは滅多にない機会だった。「沖田君、ちょっと。」朝のHRが終わり、総司は担任の西田に呼び出され、職員室へと向かった。「君が今回のコンサートでチェリストに選ばれたことはもう知ってるよね?」「はい。精一杯やらせていただきます。」「そうか。じゃぁ僕の方からは何も言う事はないな。」「失礼します。」 職員室から出た総司が早速練習しようとレッスン室へと向かおうとした時、彼は視線を感じて振り向くと、そこには鋭い目つきで自分を睨み付ける男子生徒が立っていた。 名札を見ると、音楽科の3年のようだった。「あの、僕に何か?」「この泥棒猫、1年の癖に僕のポジションを奪ったな!」生徒はそう総司に叫ぶと、彼を突き飛ばした。「首席で入学できたからって良い気になるなよ! トップはこの僕なんだからな!」「痛ったぁ・・」壁にぶつけた手を擦りながら、総司は廊下を去っていく生徒の背中を睨んだ。「沖田、大丈夫か?」「はい・・何とか。」「立てるか?」同じチェロ専攻の3年・春崎朋也に助け起こされた総司は、溜息を吐いた。「さっき泰田に絡まれてただろう? あいつ、いつも毎年コンサートではメンバーに選ばれていたから、君に嫉妬したんだろうな。」「そうなんですか・・」「あんまり気にしない方が良いよ。これから練習?」「はい。先輩は?」「今日はバイトがあるから、帰るわ。戸締り宜しくね。」朋也はそう言うと、総司に微笑んだ。“歳三兄ちゃんへ、元気にしてますか? 僕は5月のコンサートに向けて猛練習の日々です。もうすぐ兄ちゃんの誕生日だね。プレゼント贈りますから待っていてくださいね。 あなたの総司より”「あなたの総司より、か・・何処で洒落た言葉を覚えてきやがったんだか。」憎まれ口を叩きながらも、歳三は柔らかい笑みを浮かべていた。(あいつ、あんな風に笑うんだ・・)総司の手紙を読んでいる歳三の笑顔を隣で見ながら、八郎は待っている者が居る彼が少し羨ましくもあり、憎らしく思えた。(どんな子なのか、見てみたいな・・)必ずここから出たら、歳三の“大切な人”に会い、彼から奪ってやろう―八郎は密かにそんな事を企み始めていた。(どうして・・どうしてお前だけ幸せそうな笑顔を浮かべているんだ、歳!)八郎の脳裡に、“新宿の鬼”と呼ばれていたかつての歳三の姿が浮かんだ。あの時彼は、ぎらぎらと欲望と怒りで滾った琥珀色の瞳で敵を睨みつけていた。だが今は、あんなに柔らかな笑みを浮かべている。その笑みは、八郎がとうに失ったものだとは、歳三は気づかないでいた。
2015年05月22日
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“総司、元気にしてるか? 俺は元気だ。入学おめでとう。こう言う時にはプレゼントひとつもやりたいけど、そんな事も出来ねぇ自分が歯がゆいよ。お前ぇに早く逢いてぇ。” (歳三兄ちゃん・・僕も逢いたいよ。)毎日歳三からの手紙が届く度に、総司は彼との再会の時を待ち望んだ。3年前に河川敷で出会ってから、歳三に総司は心を奪われていた。彼の全身から漂う危険なオーラに恐怖に震えながらも魅せられた。そして琥珀色の瞳の奥に、自分と同じ悲しみを抱えていることを総司は知り、ますます歳三に惹かれていった。(あと3年か・・長いなぁ。)教室の窓から見える桜を眺めながら、総司は歳三と会える日を指折り数えて待っていた。「その手紙、誰からなの?」不意に頭上から声を掛けられ、総司が慌てて顔を上げると、そこには雄太が興味深そうに歳三からの手紙を見つめていた。「これ? 僕が大好きな人からの手紙だよ。」「ふぅん。総司でもそんな人居るんだ。」「まぁね。」総司は歳三からの手紙を鞄の中に仕舞った。「次体育だから、急いだ方がいいよ。」「うん、解った。」雄太とともに、総司は更衣室へと向かった。「なぁ、その大好きな人って誰なんだ?」柔軟体操をしながら、雄太はしきりに歳三の事を聞いてきた。「どうしてそんな事聞くの? 教えないのに。」「だって知りたいじゃん、総司がそんなに好きな人。恋バナもしたいしさぁ。」雄太がそう言うと総司を見た。「雄太は、好きな人居るの?」「居るけど、俺の片思い。」雄太はそう言って寂しそうな笑みを浮かべた。「ふぅん、そうなの。どんな人なの、その人?」「金髪で、紫の瞳をしてる綺麗な人でね。俺の事を実の弟のように可愛がってくれたんだけど、少年院に送られちゃった。」「そうなんだ。僕の好きな人も、少年院に送られちゃったんだ。でも、あと3年で再会できるんだ。」「後3年で再会出来るんだ、いいなぁ。ねぇ、その人の名前、何ていうの?」「だから、教えないって。」「そう。」雄太はつまらなさそうに総司にそっぽを向くと、クラスメイト達の方へと向かった。(どうしたんだろう、雄太・・何か変だな。)総司は雄太の態度に戸惑いながらも、放課後レッスン室で練習に励んだ。チェロ独特の重低音が心地よく室内に響き、総司は目を閉じて歳三の事を想った。(もうすぐ歳三兄ちゃんの誕生日だなぁ・・プレゼント、贈らないと。)プレゼントを突然贈られた歳三の喜ぶ顔が脳裡に浮かび、総司は口元に笑みを浮かべた。「あ、こんな所に居たんだ。」背後から声がして総司が演奏を止めて振り向くと、そこには普通科の生徒数人がレッスン室に入って来た。「あの、何の用ですか?」総司がそう言うと、リーダー格と思しき男子生徒が1人、総司の前に立った。「お前、土方の恋人だってな?」「どうして・・歳三兄ちゃ・・土方さんの事を知っているんですか?」「知ってるも何も、あいつの所為で俺達3年はここで肩身が狭い思いしてんだよ。それでさぁ、お前に頼みがあんだけど・・」「頼み?」 一方雄太は、パソコンの前で3年前に新宿で起きた傷害事件の事について調べていた。「ふぅん、これが総司の好きな人かぁ・・結構男前かも。俺も狙っちゃおうかなぁ~」雄太はそう言って、舌なめずりしながらモニターに映る歳三の顔写真を見た。
2015年05月21日
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(歳三兄ちゃんから?) 総司はペーパーナイフで封筒から綺麗に折りたたまれた便箋を取り出すと、それを広げて歳三の手紙を読み始めた。“総司へ,あの時は怯えさせてごめんな。早く謝りたかったけど、謝れない事情が出来てさ。もう知っていると思うけど、お前と俺はもう会えないかもしれねぇ。だから、俺の事は忘れてくれ。”「そんな・・酷いよ、兄ちゃん。そんな事言われても、忘れられる訳じゃないか!」総司は歳三の手紙を握り締めながら、涙を流した。「僕・・兄ちゃんの事が好きになっちゃったんだから、忘れろなんて無理だよ!」 あの時―河川敷で初めて会った時に、総司は歳三の事が好きになっていた。はじめは兄のような存在だと思っていたが、次第にその感情が恋というものだと気づいた。だが、その事に気づいた時、歳三は逮捕されてしまった。(まだ間に合う・・)歳三の手紙を持って部屋に入った総司は、便箋を机の引き出しから取り出し、歳三に対する想いを綴った。“歳三兄ちゃん、手紙ありがとう。僕が兄ちゃんの事を忘れるなんて無理だよ。初めて河川敷で会った時、兄ちゃんの事を好きになったんだもの。だから、忘れろだなんて言わないでよ。僕、ずっと待ってるから。兄ちゃんが少年院から出て来るまで、ずっと待ってるから、忘れろだなんて言わないでよ・・”途中まで書いた時、総司は涙が止まらなくなってしまった。続きを書こうとするが、ペンを持つ手が震えて書けない。(兄ちゃん・・大好きだよ。)総司は便箋を綺麗に折りたたんでから封筒に入れ、それを持って郵便局へと自転車で向かった。「土方、手紙だぞ。」 翌朝、歳三が作業をしていると、看守がそう言って彼に封筒を渡した。「ありがとうございます。」一体誰からだろうと思いながら、歳三は封筒の裏に書かれた差出人の名を見て、笑みを口元に浮かべた。「なぁ、さっきの手紙誰からなの?」作業が終わり、大部屋で同室の伊庭八郎がそう言って歳三の隣に座った。「俺が一番会いたい奴からだよ。」「女か? その年でやるよなぁ。」八郎は紫紺の瞳を輝かせながら歳三を見ると、彼は照れ臭そうに笑った。「そんなんじゃねぇよ。ただ、あいつに会いてぇなぁって無性に思うと時がある。そんな時にあいつをあんなに泣かせちまってあいつには済まねぇことをしたって思うんだ。」「ふぅん、惚れてんだね、その女に。まぁ、俺も解らなくはないけどよぉ。」八郎は歳三の惚気話を聞きながら、溜息を吐いた。「まぁお前の女は生きてるからいいよな、俺の女はこの世には居ないからさ。」 就寝前、歳三は総司からの手紙を読み直した。(俺の事が好きか・・総司、俺もお前が好きだよ。早くここから出て、お前に会って抱き締めてぇよ、総司。) 季節は巡り、冬から春となり、総司は中学生となった。私立の名門男子校の音楽科に合格した彼は、真新しい制服に身を包みながら、ゆっくりと校門の向こうに聳える校舎を見つめた。「総司、早くしなさい! 入学式、遅れるわよ!」姉のみつが、そう言って総司を睨み付けると、彼は慌てて校門の中へと入った。『新入生の皆さん、この度は御入学おめでとうございます。有意義な6年間をどうか過ごしてください。』校長の挨拶が終わり、総司達音楽科の生徒は普通科の生徒達とは違う教室へと向かった。「君、名前は? 僕は吉崎雄太。」総司の向かいに座った生徒がそう言って声をかけて来た。「沖田総司。専攻はチェロ。君は?」「僕はピアノさ。」(兄ちゃん、僕が今何処に居ると思う? 兄ちゃんの母校だよ。)「まさか、俺の母校に合格するなんてな・・」総司が歳三宛に送ってきた手紙に同封された写真を見ながら、歳三はそう言って笑った。
2015年05月20日
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「畜生、俺が何したってんだよ、離せよ!」歳三は刑事から逃れようと暴れたが、大の男の腕力には敵わず、彼はあっという間に取り押さえられた。「2週間前の傷害事件、犯人はお前だな?」「はぁ、知らねぇよ、そんなもん! 証拠あんのかよ!」歳三はそう叫ぶと、刑事に向かって唾を吐きかけた。「詳しい話は署で聞こうか。立て!」歳三の罵声に刑事は怯む事もなく、乱暴に彼を立ち上がらせた。「刑事さん、待って下さい!」「お姉さん、手荒な真似はしませんから安心して下さい。」歳三が家を出ると、そこには野次馬とマスコミが門の前を陣取っていた。 カメラのフラッシュを容赦なく浴び、歳三は思わず顔を伏せた。刑事によってパトカーに乗せられた歳三は、門の向こうで蹲る信子の姿を見た。(姉さん・・)いつも気丈だった姉の涙を、歳三は初めて見た。「やっぱりあの子だったのね。」「まだ15歳なのに、怖いわねぇ・・」翌朝、総司が通学路を歩いていると、近所の主婦たちがそう言いながらひそひそと何かを話していた。「今日は歳三兄ちゃん、居ないなぁ・・」放課後、河川敷に行った総司は、そこに歳三の姿がないことに気づき、溜息を吐いた。「ただいまぁ。」総司が帰宅すると、母と姉はTVのワイドショーを観ていた。「どうしたの、母さん?」「総司、静かにしなさい。」姉にそう言われ、総司は静かにT Vを観た。画面には瀟洒な洋館と、マイクを持ったレポーターが映っている。『2週間前、新宿で起きた傷害事件で、主犯格とされる15歳の少年が逮捕されました。少年は非行を度々繰り返し補導歴があり・・』顔写真こそは映らなかったものの、総司はその“少年”が歳三の事だと気づいた。そして、脳裡にあの血塗れの木刀が浮かんだ。(歳三兄ちゃん・・)今日あの場に河川敷に歳三の姿が居なかったのは、警察に逮捕されてしまったからだ。そして総司は、彼と二度と会えない事に気づき、涙を流した。(雨か・・)警察に逮捕され、留置場の外から聞こえる雨音に耳を澄ませながら、歳三は溜息を吐いた。(あいつ、今頃泣いてっかなぁ・・)目を閉じれば、総司の顔ばかりが浮かんでくる。今すぐ彼に会って脅した事を謝りたいと思いながらも、ここから出られないことに気づき、自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。(ごめんな、総司。またお前を泣かせちまったな。許してくれ・・)歳三はその後暴行罪で起訴され、執行猶予なしの懲役6年の刑に服すことになった。(お兄ちゃん・・)歳三の事件を報じる新聞を読んだ総司は、学校を休んで一日中布団にくるまって涙を流した。(お兄ちゃん、逢いたいよ・・)総司はいつも放課後河川敷に来ては、歳三の事を想っていた。 少年院に送致された歳三は、沖田家に総司に宛てて手紙を出したが、返事は一度も来なかった。(あいつはもう、俺の事なんか忘れてるんだろうな・・)歳三は総司からの返事が来ない度にそう思いながらも、総司への手紙を書く事を止めなかった。 あの事件から3年が経ち、小学6年生となった総司は、中学受験への準備と習い事に追われ、忙しい毎日を送っていた。そんな中、総司が学校から帰って家の郵便物をチェックすると、少年院からの手紙が届いていた。(何だろう?)手紙の封を切る前に総司が差出人の名をみると、そこには「土方歳三」と書かれていた。
2015年05月19日
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