FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
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火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 昼ドラファンタジー転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
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火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
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火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
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PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
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火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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「君、数日前に皇太子夫妻主催のお茶会に顔を出したんだって?」「ああ、それが何か?」「ふん・・その後に、皇太子妃様がお倒れになられたのは偶然かな?」「お前ぇ、何が言いたい?」歳三はジロリとマクシミリアンを睨み付けると、彼はフンと鼻で笑った。「単刀直入に言おう。君が、皇太子妃様に毒を盛ったんじゃないのか?」「馬鹿らしい、そんなことする訳ねぇだろ?一体何の根拠があってそんな事を言うんだ?」「それはだね・・」「お待ちください、トシゾウ様は来客中で・・」「お願い、通して頂戴!」 突然客間のドアが開いたかと思うと、帽子を被ったエリカが入って来た。「エリカ、どうしてここがわかったの?」「あなた、歳三様にある事ない事吹き込んでいるんじゃないかと思って、ここに来たのよ!」「心外だな、僕は・・」「皇太子妃様がお倒れになられたことと、歳三様の事は関係ないでしょう?お願い、これ以上歳三様のことは放っておいて・・」「何でそんなにムキになるんだ、エリカ?」 マクシミリアンはそう言ってソファから立ち上がると、従妹を見た。「あなたこそ、一体何のつもりなの?まさかあなた、皇太子妃様に毒を盛ったのは、歳三様じゃないかと疑っているんじゃないんでしょうね?」「ふん、そうだと言ったら?」「あなたって、最低ね!」エリカは平手でマクシミリアンの頬を叩いた。頬を打たれた彼はそっと赤くなったそこを擦ると、そのまま歳三達に挨拶もなしに客間から出て行った。「ごめんなさい・・あの人の事を、わたしに免じて許してやってください。」「いや・・お前ぇが謝らなくてもいい。フィリップ、エリカに何か飲み物を。」「かしこまりました。」「お水をお願いするわ。」「では、後ほど伺いますので。」フィリップは歳三達に頭を下げると、客間から出て行った。「皇太子妃様のご容態は?」「まだ予断を許さない状態みたいよ。実はね、その事で歳三様に会いに来たの。」「俺に?」「あのね・・これはわたしの推測なんだけど、皇太子妃様がお倒れになったのは、玻璃さんが肌身離さず持っている薬を飲んだ所為なんじゃないかって・・」「あぁ・・」 フィリップの言葉が、歳三の脳裏に甦った。“あれは人魚が口にしても何ら害がないものですが、人間が口にすると大きな代償を払うこととなります。”「何で、玻璃の薬を皇太子妃様が?」「さぁ、わからないけれど・・ほら、皇太子妃様はお子様が授からない事を着になされていらしたから・・何処かで、玻璃さんの薬の事を聞いたんじゃないかしら?」「だとしたら、厄介な事になりそうだな・・」 歳三がそう言って唸った時、フィリップが再び客間に入って来た。「トシゾウ様、エリカ様、直ちに宮廷へお越し頂きたいと、皇帝陛下が仰せです。」「皇帝陛下が?何か、あったのか?」「・・ええ。」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月19日
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一旦は快方に向かっていたと思われていたシュティファニーだったが、再び床に臥せるようになった。「一体、何が原因なのかしら?」「お医者様の話では、何かをお飲みになった後、お倒れになられたとか。」「まぁ、原因が判らないと怖いわね。」女官達はそう口々に言いながら、仕事に精を出した。「玻璃様、ご昼食をお持ちいたしました。」「ありがとう・・」シュティファニーが倒れた原因は、人魚の薬にあると思っている玻璃は、何故あの時女官を止めなかったのだろうかと後悔していた。「どうかなさったのですか?」「いいえ・・皇太子妃様のお加減は如何です?」「芳しくないようですよ。それにしても、誰かに毒を盛られてしまうだなんて、怖いわ。まぁ、皇太子妃様のことを余り快く思わなかった方は沢山いらっしゃるから・・」「それは、どういう意味です?」「・・絶対に、わたくしが言ったとは誰にも話さないでくださいね?」女官はそう言って玻璃に釘を刺すと、シュティファニーがハプスブルク帝国に輿入れした時の事を話し始めた。 シュティファニーはハプスブルク帝国皇室の一員となったものの、これまでベルギー王女として傅かれ、大事にされてきた彼女にとって、ウィーン宮廷で冷遇されることは予想もしていなかった。姑である皇妃・エリザベートや、小姑にあたるルドルフの妹・マリア=ヴァレリーから嫌われていることに、はじめは“自分が至らない所為だ”と思い込んでいたシュティファニーであったが、後に二人が自分とルドルフとの結婚に反対していたことを知り、彼女は次第に“全ての不幸の元凶は、ルドルフ達の所為だ”と思うようになっていったという。 それからというものの、自分の思い通りにいかない事が起こるたびに、シュティファニーはヒステリーを起こすようになり、そのとばっちりを受ける女官達も少なくはなかったという。「まぁ、そんなことは・・」「皇太子妃様は、なかなかお子様がお授かりになられないことを気に病んでいらっしゃるようで・・病院で不妊検査をした時、何処も異常なしと言われたそうです。」「それなのに、どうして・・」「さぁ・・その先は、皇太子様方の私生活に関わることですから、わかりかねます。」「そうですか。」「本当に、誰もお話しにならないでくださいね?」「わかってます。」「では、わたくしはこれで。」女官は玻璃の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべると、部屋から出て行った。「トシゾウ様、お客様です。」「誰だ?」「マクシミリアン様、という方です。」「あぁ、あいつか・・」歳三の脳裏に、園遊会でやたらと自分に絡んできたマクシミリアンの憎たらしい顔が浮かんだ。「どうなさいますか?客間にいらっしゃいますが?」「・・わかった。」わざわざ来てくれた相手に居留守を使う訳にも、用件を聞かずに“帰れ”と言うのは失礼だと思い、歳三はマクシミリアンと会う事にした。だがその数分後、彼はその事を後悔することとなった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月19日
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「皇太子妃様、あの人魚の薬をお持ちいたしました。」「ご苦労様、あなた達はもうさがっていいわ。」「はい。それでは、わたくしたちはこれで。」 シュティファニーは女官達が部屋から出て行くのを確認した後、彼女は緑色のガラス壜の中身を確かめた。中に入っている蒼い液体の正体がわからず、それを飲んだら自分がどうなってしまうのだろうかという恐怖にシュティファニーは襲われた。 だが、これで夫の心を取り戻す為ならば、死んでもいい―彼女はそう覚悟を決めて、壜の蓋を開け、中の液体を一気に飲み干した。すると彼女の全身に激痛が走り、喉が焼けただれる感覚がした。助けを呼ぼうにも、声が出なかった。「皇太子妃様、どうされたのですか?」「誰か、お医者様を!」「皇太子妃様、しっかりなさいませ!」 突然宮殿内が騒がしくなり、玻璃は一体何が起きたのだろうかと不安に思いながら部屋から出た。「あの、何かあったのですか?」「皇太子妃様が急にお倒れになったのよ!先程はお元気でおられたのに・・」「きっと毒を盛られたんだわ!」玻璃は女官達の話を聞きながら、シュティファニーがあの薬を飲んだのだと解った。「どうだ、皇太子妃の容態は?」「芳しくありません。今夜が峠でしょう。」「そうか・・」フランツは、ベッドで力なく横たわっているシュティファニーの蒼褪めている顔を見て、何故彼女が突然倒れてしまったのだろうかと首を傾げていた。「皇太子様、お話がございます。」「何だ?」「皇太子妃様が、お倒れになったことはご存知ですか?」「ああ、知っている。」「皇太子妃様がお倒れになった原因は、わたしが持っている薬にあります。」「お前達人魚があれを飲んでも、何ともないのか?」「ええ・・ですが、あれを人間が飲んだら、死ぬかもしれません。命が助かったとしても、皇太子妃様は正気を失ってしまうことでしょう。」「そうか。」「あの・・皇太子妃様が心配ではないのですか?」「心配するも何も、あいつとはとうに夫婦ではない。子どもが出来ぬ以上、あいつがここに居ても仕方がないことだ。」「そんな・・」「あいつは役立たずの女だった、それだけのことだ。」ルドルフはそう言って椅子から立ち上がると、すっと玻璃の隣へと立った。「お前が、わたしの子を産んでくれるのか?」「何をおっしゃられます、皇太子様。あなた様には皇太子妃様がいらっしゃるではありませんか!」「あいつとは何年も寝ていない。あいつを抱く気が失せたからだ。」ルドルフはそう言うと、自分から逃げようとする玻璃の腰を掴んだ。「何処へゆく?わたしはもう、お前を逃がすつもりなどないぞ。」「わたしはただ、海に・・家族の元へ戻りたいだけです。」「だがお前が人魚へと戻る薬はシュティファニーが飲んでしまった。もうお前は海には戻れまい。ならば、わたしのものとなれ。」 失望の涙を流す玻璃の唇を、ルドルフはそう言って塞いだ。「皇太子妃様、失礼致します。」「わたくしは・・」「さぁどうぞ、お水です。」 シュティファニーが女官から水を受け取り、それを飲もうとした時、彼女の両手が突然激しく震えだした。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月19日
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歳三は、そっと玻璃の肩に手を回した。このまま、彼女を連れ去りたいという衝動に駆られたが、そうすれば自分の立場が悪くなってしまう。「玻璃、必ず迎えに行くから、待ってろ。」「はい・・」歳三が何を思っているのかが解ったのか、すっと玻璃は歳三から離れた。「随分と賢くなったものだな?あの町に居た時は、粗野な振る舞いをしていたというのに。」「そのような振る舞いは、ここでは許されませんから、学習したまでです。」「そうか・・」ルドルフはそう言うと、玻璃の手を掴んで自分の方へと引き寄せた。「ではわたし達はこれで失礼するとしよう。行くぞ、玻璃・・」「はい、皇太子様・・」玻璃は去り際にちらりと歳三を見たが、ルドルフとともに部屋から出て行った。「全く、あの人は一体どういうつもりであの女を囲っているのかしら!?」「落ち着いてくださいませ、皇太子妃様。」「お黙りなさい、これが落ち着いていられるものですか!」 一方、シュティファニーは玻璃の出現により、己の地位が脅かされるのではないのかという危惧を抱いていた。ルドルフと結婚してからもう5年が経つが、二人の間に子どもが出来ないのは、ルドルフが自分に見向きもしないからではないのかとシュティファニーは思っていた。 彼は結婚前から、女性に関する噂が絶えなかった。容姿端麗で頭が良く切れる皇太子に、惚れない女など居ない。現に、彼とともに社交界の集まりに出ると、彼に対して熱い視線を送る貴婦人達や、令嬢達の姿をシュティファニーは見て、彼女達に対して悋気を起こしていた。 そんな彼女の気持ちを知っているのか、ルドルフは宮殿には戻らず、愛人宅へと入り浸っていることが多かった。最早、自分達の夫婦仲が修復不可能なのは一目瞭然だ。だからといって、シュティファニーは自分から離婚をルドルフに申し出るつもりはなかった。たとえ婚家で姑や小姑、夫から酷い仕打ちを受けても、ベルギー王女としてのプライドを守る為、彼女は涙を流すことはしなかった。「あの人魚の事を調べなさい。」「はい、皇太子妃様。」「特に、あの人魚が持っているガラス壜・・あれを奪ってわたしのところに持っておいで。」 皇太子妃の忠実な下僕達は、すぐさま玻璃の部屋へと向かった。「玻璃様、いらっしゃいますか?」「ええ。わたくしに何かご用でしょうか?」「あなたが首に提げている薬を皇太子妃様が御所望しておられるの、それを今すぐわたくし達に渡しなさい。」「それは出来ません。あれは、人間が飲んではいけない薬です。」「それを確かめる為に、わたくし達が調べると言っているのです。早くそれを寄越しなさい!」「嫌です!」「強情な・・」なかなか薬を渡そうとしない玻璃に対して苛立った一人の女官が、そう言うと彼女の鳩尾を拳で殴った。悲鳴を上げ床に蹲った彼女の首から、その女官は薬を鎖ごと引きちぎって奪った。「行きましょう。」「ええ。」「待って下さい、待って・・」玻璃は慌てて彼女達を追おうとしたが、遅かった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月19日
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シュティファニーがベルギーからウィーンへ戻って来てから数日後、宮廷で皇太子夫妻主催のお茶会が開かれた。 そこには、経済界の大物や、名だたる貴族達が出席して居り、シュティファニーは休む暇もなく彼らとの間を行ったり来たりしながら、絶えず談笑したりしていた。対してルドルフは、つまらなそうな顔をしていた。今日の茶会に招かれたゲスト達は、シュティファニー寄りの者達が多かった。つまり、彼女に属する身分の者達―王侯貴族や資産家達、聖職者たちなどだ。シュティファニーは自分と同等、或いは身分が上の者にしか友愛の情を示さず、それ以下の者は召使と同じだった。上流階級特有の閉鎖的な考えとは対照的に、ルドルフは自分が見こんだ者は身分など関係なく資金援助をしたり、友愛の情を示す。身分に拘らないそんな皇太子の人柄こそが、国民の人気を得ている理由であった。「皇太子妃様、トシゾウ=ゲオルグ=フランソワ=パティーヌ様がいらっしゃいました。」「まぁ、今行くわ。」何処となくシュティファニーの声が弾んでいることに、ルドルフは気づいた。 父親は日本人であり、大貴族・パティーヌ家の一人娘である母親と彼とは正式な婚姻をしていなかったものの、当主であるゲオルグが歳三を認知している為、彼はれっきとしたパティーヌ家の一員であり、宮廷に自由に出入りできる身分でもあった。「お初にお目にかかります、皇太子妃様。」「あら、あなたがお噂のトシゾウ様ね。磨き上げられたアメジストのような美しい瞳だこと。」「ありがとうございます。」 かつて自分の前で見せた素顔を完全に隠し、歳三はシュティファニーの前でそう言って彼女に愛想笑いを浮かべていた。「ねぇトシゾウ様、あなたのお父様は日本人だとか?日本人にしては背が高いのね?」「良く言われます。あなた方から見たら、日本人は子どものように小さく見えることでしょうね。ですが、父は日本人としては稀な長身の持ち主だったようでして、それがわたしにも遺伝したようです。」「まぁ・・」シュティファニーは、すっかり歳三に夢中だ。隣にルドルフが居るというのに、その存在を完全に無視している。「ルドルフ様・・」「来たか、玻璃。」ルドルフは部屋に入って来た玻璃にそう言って微笑むと、彼女の肩を抱いてシュティファニーの方を見た。「あら、あなたが人魚?」嫉妬を微塵も隠そうともせず、シュティファニーはそう言って玻璃を睨んだ。「皇太子妃様には、ご機嫌麗しく・・」「心にもないことを言わないで頂戴、気持ちが悪いわ。わたくし、気分が優れないのでお部屋に戻ります。」わざと子どもじみた真似をして、自分の気をひこうとしているシュティファニーの態度に、ルドルフは呆れてしまった。「あの・・皇太子様、追い掛けなくてもよろしいのですか?」「あいつのヒステリーはいつものことだ。それよりも玻璃、命の恩人と再会した今の気持ちはどうだ?」「え・・」 玻璃は漸く、自分の前に歳三が立っていることに気づいた。「歳三様・・」「玻璃・・」玻璃は、涙を流しながら歳三に抱きついた。「お会いしたかった、歳三様・・」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月18日
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白くて滑らかな玻璃の肌が、月光の下で露わとなった。ルドルフは胸に顔を埋めると、玻璃はビクリと身体を震わせた。彼の手が下肢に伸びると、そこは熱く濡れていた。「いや、やめてぇ・・」「嫌だと言っているが、感じているのだろう?」(誰か、助けて・・)玻璃の目から、涙が流れた。「皇太子様、いらっしゃいますか!?」突然部屋の外で荒々しいノックの音が聞こえ、ルドルフは舌打ちして玻璃から離れた。「どうした?」「皇太子妃様が、お帰りになられました。」「クソッ・・」ルドルフはそう低く呟くと、そのまま部屋から出て行った。彼が出て行った後、玻璃は恐怖で身を震わせた。「玻璃様、どうかなさいましたか?」「いえ、何でもありません。」「そうですか。」女官の澄ました声が扉の外から聞こえたかと思うと、彼女のものと思しき足音が廊下から遠ざかっていった。玻璃は内側から鍵を掛け、シーツを頭から被って寝た。(歳三様・・会いたい。)「トシゾウ様、起きて下さい。」「何だ・・?」「先程、宮廷からこのようなものがトシゾウ様宛に届きました。」フィリップはそう言うと、一枚の招待状を歳三に手渡した。彼が招待状を見ると、そこには皇太子夫妻主催のお茶会の日時が書かれてあった。「皇太子ご夫妻主催のお茶会ねぇ・・俺、出ないといけないのか?」「ええ。もしかしたら、そこには玻璃様がおられるかもしれません。」「そうか・・」だとしたら、玻璃を取り戻すチャンスだ―歳三は、必ず出席するという旨を書いた手紙を宮廷宛に出した。「あなた、お久しぶりね。」「ああ・・」「あなたが海辺の町から、人魚を持ち帰ったとかいう話を聞きましたの。さぞやわたくしよりもお美しい人魚なのでしょうねぇ?」 ルドルフの妻・シュティファニーは、海辺の小国・ベルギーの王女であったが、領土拡大を狙う父王の策略により、ハプスブルク皇室の一員となった。公務に決して手を抜かず、慈善事業にも熱心な皇太子妃は国民から慕われてはいたものの、夫であるルドルフの人気はそんなことで衰えるものではなかった。ルドルフは皇太子であるにも関わらず、貴族制度を即廃止し、バルカン半島を独立させよという過激な論文をインターネット上に発表し、フランツの怒りを買ったのは数日前のことであった。自由主義にかぶれたルドルフの存在は、宮廷内の重鎮たちから煙たがられた。ルドルフとシュティファニーは新婚当初は仲睦まじかったものの、新婚時代を過ぎるのと同時に、価値観の相違によって夫婦の間に隙間風が吹くようになった。 彼らの夫婦仲が悪化の一途を辿る原因は、彼らに子どもが授からないことだった。一度病院で不妊検査をしてみたが、どこにも異常はないとの結果が出た。だが、異常がないというのに子どもが一向に授からないことに、シュティファニーはルドルフに対して徐々に不信感を抱くようになっていった。そんな時、夫が件の人魚をウィーンへと“持ち帰った”という噂を聞き、彼女は居てもたってもいられなくなってホーフブルク宮へと戻ってきたのである。その人魚が、夫の子を宿したのならば、大問題だ。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月18日
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「・・園遊会で、何か言われたのですね?」「ああ。何でも、俺の父親は日本に妻子がありながら、国費留学とかこつけて現地で色んな女と遊んでたっていう噂が・・」「そんなもの、嘘に決まっているでしょう?トシゾウ様、社交界には色々な方がいらっしゃいます。恐らく、ゴシップ好きなご婦人が、そんなありもしないことをお友達に話したのでしょうね。」そう言ったフィリップの口調は冷静そのものだったが、顔には怒気が孕んでいた。 歳三の父親が日本人であることは確かだし、ウジェニーは彼女を産んだ後亡くなったのは事実だ。だが、歳三の父親に関する噂は、悪意に満ちた嘘だった。日本に妻子が居る事を除いては。「こんなにも貴族の世界が窮屈なもんだなんて、思ってもみなかったよ。」「それはそうでしょう。トシゾウ様、あなたは以前、ウィーンで暮らすのは嫌だとおっしゃいましたが、一体何故こちらに戻ってこられたのですか?」「どうしても、助けたい奴が居るんだ。」「その方とは、旦那様がお話しされていた人魚のことですか?」「ああ。あいつはぁ、この国の皇太子に拉致されたんだ。それは、あいつが不老不死の妙薬を持っているからだ。」「不老不死の妙薬・・人魚が海へと戻る際、口にする薬の事ですね。あれは人魚が口にしても何ら害がないものですが、人間が口にすると、不老不死の身体を得る代わりに、大きな代償を払う事になります。」「大きな代償だと?」「それは・・正気で居られなくなることです。一度口にすれば、人間はそれが欲しくて堪らなくなる。」「一種の麻薬みたいなもんだな。」「ええ。その方は、今どちらに?」「皇太子に拉致されているから・・今頃王宮の何処かに監禁されてんだろう。だが、何処に居るのか見当がつかねぇ。」 歳三はそう言ってタイを緩めながら、空に浮かぶ月を眺めた。(歳三様・・) 一方、スイス宮にある一室では、玻璃が不安げに月を眺めていた。ルドルフに拉致され、ここに連れて来られてから一ヶ月。彼は自分に何も危害を加えぬものの、何を考えているのかが全く読めない。彼女は首に提げた小さなガラス壜をそっと握った。この中には、海へと戻る際、人魚へと戻る事が出来る薬が入っている。“いいか玻璃、この薬を決して人間には渡すではないぞ。” 父達の元から去る際、彼はそう言って玻璃にこの壜を渡してくれた。人魚にとってその薬は無害でも、人間が飲めば正気では居られなくなるほどの猛毒だ。(お父様・・)父達は今、どうしているのだろうか。こんな所から早く出て、あの海の中へと戻りたい―玻璃がそう思っていると、突然部屋のドアが開き、ルドルフが入って来た。「あの、何かご用ですか?」「用がないと入ってはいけないのか?」「そんなことは・・」ルドルフはつかつかと玻璃の方へと近寄ると、突然彼女をベッドの上に押し倒した。「何をなさるんですか!?」「何って、見ればわかるだろう?」ルドルフはそう言うと、嗜虐的な笑みを口元に閃かせた。「足を開け。」「やめて、離して!」玻璃は抵抗したが、ルドルフはそれに構わず彼女の夜着を乱暴に剥ぎ取った。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月18日
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「エリカ、こいつはてめぇの知り合いか?」「ええ、従兄のマクシミリアンです。わたしはマックスと呼んでいるけどね。」「エリカ、こいつは誰だい?どうしてこんな粗野な男と親しげに話しているんだい?」「マックス、あなたは黙って頂戴。歳三様、ごめんなさい。もう行きましょう。」「待てよエリカ、もしかしてこいつがあのパティーヌ伯爵様の孫なのか?」青年のブルーの瞳が嗜虐的な光を帯びたかと思うと、歳三を見てそう言った。「ええ、そうよ。」「こいつは驚いたなぁ、まさかあのパティーヌ家に、こんな粗野な孫が居たなんて、驚きだ!」「マックス、いい加減にして!歳三様を困らせるようなことはしないで!」「どうしてそいつの肩を持つんだい、エリカ?もしかして、そいつが好きなのか?」「そんなんじゃないわ!もうこれ以上、あなたとは話をすることはないわ!」エリカは憤然とした様子で、歳三とともにその場から去った。「あの生意気な奴が従兄とは、お前ぇも苦労するな?」「ええ。彼、わたしに気があるみたいで・・まぁ、わたしは彼と結婚することなんか全然考えていませんけどね。」「ふぅん、そうか・・」「これからどうします?わたしは、迎えの馬車がそろそろ来るのでここで失礼しますけど・・」「そうか。またな、エリカ。」「ええ、また。」 中庭前でエリカと別れた後、歳三は溜息を吐きながら園遊会へと戻っていった。「おいマックス、あれが日本人との混血児か?」「ああ。エリカとは随分親しげな様子で話をしていたよ。」「何だ、お前まだエリカの事を諦めないで居るのか?」マクシミリアンは生垣の前で歳三がコンスタンティン侯爵と何やら話しこんでいる様子を見ながら、面白くなさそうにシャンパンを飲んだ。「諦めるも何も、エリカは必ず僕と結婚するんだ。」「まぁ、従兄妹同士でも結婚できるんだし、お前がエリカを諦められないのはわかる気がするな。」「なぁユリウス、あいつをどう思う?」「さぁ?日本人にしては、背が高いな。」悪友・ユリウスはそう言ってマクシミリアンを見ると、彼は何処か憮然とした表情を浮かべていた。「僕はあんなのがパティーヌ家の者だとは認めない。あんな粗野で何処の馬の骨とも知れぬような男が、僕達の仲間入りが出来るものか!」「おいおい、落ち着けよ。別に一緒に暮らす訳じゃないんだから、そんなに一方的にあいつを嫌わなくてもいいだろう?」「あいつは、僕からエリカを奪おうとしている。ただでさえあいつが“雑種”だってことに気に喰わないのに、僕のエリカを・・」「はは、そんな事を言うから、エリカはお前から離れていくんだよ。」ユリウスはそう言うと、親友の肩を叩いて何処かへと行ってしまった。(お前は気楽でいいな、ユリウス。だが僕はお前とは違って楽天家じゃない。)マクシミリアンはそう思いながら、自分が想いを寄せているエリカを奪おうとしている歳三に対し、敵愾心を抱き始めていた。「お帰りなさいませ、トシゾウ様。」「ただいま・・」「浮かないお顔をされておりますね、何かあったのですか?」「・・なぁフィリップ、俺の父親は日本に妻子が居る事を知って、俺の母親を誑かしたのか?」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月18日
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「あの生垣の前にいらっしゃるのがコンスタンティン侯爵様、それに彼の隣にいらっしゃるのがグラール子爵様・・」 歳三はある貴族の園遊会に招かれ、そこでエリカと再会した。 彼女は社交界に精通しており、園遊会の招待客の顔と名前を全て憶えていたので、歳三に社交界の重鎮的存在である貴族を紹介していた。「有難とよ、エリカ。お前ぇが居なかったら、どうなったことか。」「いいえ、これくらいのことをして当然です。それよりも歳三さん、玻璃さんについて、何か手掛かりは掴めましたか?」「いや・・あいつが今何処に居るのかさえわからねぇ。それにしても、凄ぇ人だな。」「まぁ、今は社交シーズンの真っ只中ですし。」「あら、誰かと思ったらエリカじゃないの?そちらの方は、どなた?」突然歳三とエリカの前に、一人の令嬢が現れた。「こちらの方は、トシゾウ=ゲオルグ=フランソワ=フォン=パティーヌ様ですわ。わたくしとは、海辺の町で出会ったの。そうよね、歳三様?」「お、おう・・」令嬢に妙な対抗意識を燃やしているかのように、エリカは慇懃無礼な口調でそう言って彼女に歳三を紹介した。「まぁ、あなたがパティーヌ家の方?あなた、日本人の血が入っておられるって、本当なの?」「ええ。それが何か?」「あなたのお母様はお可哀想に、日本の男に騙されて捨てられたのでしょう?」令嬢の言葉に、歳三は何も言い返せなかった。それを見た彼女は、ますます調子に乗って一方的に喋り始めた。「大体、あんな島国の男、信用できないわ。何でも、あなたのお母様があなたを身籠った時、彼にはちゃんとした奥様が居たらしいじゃないの。国費留学とかこつけて、現地の女と遊んで居たかっただけなんだわ。」「あら、お言葉が過ぎますわよ?どなたからそのような下賤な噂をお聞きになられたのかしら?」「あら、わたくしは事実を申し上げたまでよ。」令嬢はエリカの抗議にも臆することなく、そう言ってのけた。「歳三様、このような方とこれ以上お話ししても時間の無駄ですわ、行きましょう。」エリカはそう言って歳三の脇腹を肘で突くと、その場から離れた。「大丈夫ですか?」「ああ・・それよりも、俺はあんな風に見られてるんだな・・」「さっきのは、気にしないでください。あんなの、ただのデマにしか過ぎないんですから。」「喉が渇いたな・・」「飲み物を取って来ますから、少しここで待っていてくださいね。」「ああ、わかった・・」 柱に凭れながら、歳三は溜息を吐いた。今まで祖母が遺した旅館を経営しながら、自由気ままな生活を送っていた日々が急に懐かしく思えた。貴族として生きるということは、こんなにも辛くて苦しいものなのか―彼がそう思い始めた時、一人の青年がすっと彼の隣に立った。「君かい?今社交界中を騒がしている混血児というのは?」「・・誰だ、てめぇ?」歳三がそう言って青年を睨み付けると、彼は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。「その口の利き方だと、碌な教育を受けていないようだな?まぁ、無理もないか。」「何だと・・」「マックス、そこで何をしているの!?」 エリカは歳三と睨み合っている従兄にそう声を掛けると、彼はエリカに向かって満面の笑みを浮かべ、彼女の前に跪いた。「麗しい僕のエリカ、今日こそ良い返事を聞かせて貰うよ。」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月18日
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「そうか、そんな事があったのか・・」「ああ。済まねぇが爺さん、俺がここで暮らしてもいいか?」「構わないよ。お前はわたしにとって唯一の孫だ。長い時間が掛かってしまったが、お前達親子を不幸にしてしまった償いをさせてくれ。」 ウィーンへと向かった歳三は、母方の祖父であるゲオルグの許で彼と暮らすこととなった。「それよりもお前、社交界の事はどのくらい知っているんだ?」「さっぱりわかんねぇな。」「まぁ、いずれ宮廷に上がるにせよ、社交界の事はある程度知っておかなければ話にならんぞ。それに、しきたりもな。」「わかった・・」 今まで社交界とは全く無縁の世界で生きて来た歳三にとって、テーブルマナーや外国語の授業は難解だったが、何とか一ヶ月後にはそれらをマスターできるようになっていた。「まぁ、上出来だな。ただ、社交場でどう振る舞えるのかが問題だ。」「どういう意味だ、それ?」「社交界には色々な人間が居るんだ。お前は今、パティーヌ家の末裔として注目されている。色々と面倒な事が起きるということを、自覚した方がいいぞ。」「わかった・・」 夕食を取った後、歳三はフィリップの案内でゲオルグが自分の為に用意してくれた部屋へと入った。 そこは故郷の宿にある自分の部屋よりも二倍広く、書斎と寝室が別れていた。「お休みなさいませ、トシゾウ様。」「お休み・・」ベッドに横になった歳三は、長旅の疲れからか、そのまま着替えもせずに眠ってしまった。「エリカ、一体何処へ行ってたの!?わたくし達が、どれほど心配したのかわかっているの!?」「そうよ、あなたどれ程わたくし達に迷惑を掛ければ気が済む訳!?」 エリカが実家へと戻ると、開口一番ジョセフィーヌとマリアンヌがそう言って彼女を責めた。「お父様、今までご心配をお掛けしてしまって、申し訳ありませんでした。」「いいんだよ、エリカ。色々と思うところがあって家出したのだろう?済まなかったね。」「いいえ・・」 エリカが継母と義理の姉との関係が上手くゆかずに家出した事を知っているバレンタイン男爵は、そう言って愛娘の手を握った。「あなた、甘いですわ!この子は・・」「黙れ、ジョセフィーヌ。お前、エリカが自分の宝石を盗んだと言っていたが、あれは元々この子の母親がこの子に遺したものだ。それを横取りしようとするなど、図々しいにも程があるぞ!」「あ、あなた・・」バレンタイン男爵に図星を指されたジョセフィーヌは、軽く咳払いしながらエリカを見た。「まぁ、今回だけは許してあげるわ。二度目はないから、覚悟なさい。」「お父様、わたくしお部屋で休んでもよろしいかしら?」「許す。色々と疲れただろう。」「お休みなさい、お父様。」エリカはそう言って父に頭を下げたが、一度も継母や義理の姉とは目を合わせなかった。「全く、何なのあの態度は!いつまであんな生意気な態度をわたくしたちに取っていいと思っているのかしら!?」「本当よね、お母様!あの子、何か勘違いしているんじゃないの!?」マリアンヌとジョセフィーヌは憤慨しながら、エリカへの不満をぶちまけた。「それよりもお母様、パティーヌ伯爵家のお孫さんが見つかったんですって。」「まぁ、それは本当なの!?」「ええ。何でも、28年前に死産したと思っていたけれど、実は伯爵家のメイドが密かに実家でその子を育てていたんですって。」マリアンヌはそう言うと、数日前に発行された朝刊の一面記事をジョセフィーヌに見せた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月18日
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「玻璃様、お足元にお気を付けて。」 数分後、ルドルフと彼の家族が待っているダイニングへと向かいながら、玻璃は絢爛豪華なドレスの裾を摘みながら一体これから自分はどうすればよいのだろうかと考えていた。ここから逃げるにしても、警備の目が常に光っていることはわかっていた。それに、ルドルフが簡単に自分を手放すつもりはないと、玻璃は思っていた。「遅かったな。」「申し訳ございません、お召し替えに少々手間取ってしまいまして。」「まぁいい。それよりも玻璃、わたしの隣に座れ。」「はい・・」ルドルフに言われるがまま、玻璃はルドルフの隣に腰を下ろした。すると、細長いダイニングテーブルの前に座っていたルドルフの父・フランツが眉を顰めてこう言った。「ルドルフ、貴様という奴は妻がありながらそのような女をここへ連れて来たのか?」「お言葉ですが父上、シュティファニーはここには居りません。それに彼女は、あなた様が思っておられるような女ではありませんよ。」「ふん、どうだか。何処かの高級娼婦か何かだろう。」「父上、彼女は人魚です。」「何、人魚だと!?」フランツの顔が驚愕と怒りで綯い交ぜとなり、彼が拳を叩いた勢いでカップが揺れた。「戯言は止せ、ルドルフ!お前は一体何を考えて・・」「戯言ではございません、父上。」ルドルフはそう言って玻璃の腰を掴んで自分の方へと引き寄せると、彼女が首に提げていたガラス壜をフランツに見せた。「それは何だ?」「これは人魚が海へと戻る為の薬ですよ、父上。それを飲むと人間は不老不死になれるとか。」「それは、本当か?」「何なら、今ここで試してみましょうか?」玻璃はルドルフが一体何を考えているのかが解らなかった。(歳三様、助けて・・)「玻璃ちゃんが皇太子様に拉致されたって、本当なのか!?」「ああ。ったく、あの野郎・・」「歳三さん、わたしも行きます。」「エリカ、お前まで危険に晒す訳にはいかねぇ!」「わたしは、貴族の娘です。それに、皇太子様とは面識があります。いくら歳三さんがパティーヌ家の者でも、いきなり宮殿に乗り込むなんて無茶です!ここはわたしに任せてください!」「エリカ・・」「わたし、歳三さんの為に何かお役に立ちたいんです、いけませんか!?」「そう言われたら、断れねぇな・・」歳三はそう言って苦笑すると、エリカを抱き締めた。「歳、気を付けて行けよ!」「わかった。留守の間、宿の事は宜しく頼む。」「ああ、任せておけ!」(玻璃、待ってろよ・・必ず、お前を助けてみせるから!) こうしてルドルフとエリカは、玻璃を救う為、ウィーンへと向かった。「旦那様、あの方が動き始めました。」「そうか・・どうやら、バレンタイン家の娘も一緒のようだな・・」 執事から歳三がウィーンへと向かっているという報告を受けたある貴族は、そう呟くと口端を歪めて笑うと、ワインを一口飲んだ。最高級の葡萄のエキスと、鉄錆に似たような渋味が口内にジワリと広がった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月17日
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「お前はどうやら、自分が何者なのかわかっていないようだな?」「はぁ、どういう意味だ、それ?」歳三がそう言ってルドルフを睨むと、彼は少し歳三を馬鹿にしたかのような笑みを浮かべた。「知らないなら教えてやろう、お前は・・」「ルドルフ様、こちらにいらしていたんですか!」ルドルフの声と重なるように、一人の青年がそう言って彼の方へと駆け寄ってきた。「アレクシス、来たのか?」「いきなり居なくなって、わたし達がどれだけ心配したことか・・そちらの方達は?」青年は、チラリと歳三達を見るとそう言ってルドルフの方へと向き直った。「アレクシス、この男はトシゾウ=ゲオルグ=フランソワ=パティーヌ殿だ。」「パティーヌ・・あなたが、噂のトシゾウ様ですか?」「あんた、誰だ?こいつの知り合いか?」「ルドルフ様、その方達と何をお話しされていたのですか?」「丁度良かった、アレクシス。こいつらをウィーンに来てくれるよう、説得してくれないか?」「あのなぁ、俺ぁウィーンには行かねぇ!いくら金を積まれても、俺ぁ貴族にはならねぇよ!」「そうか、残念だな。」ルドルフは溜息を吐くと、玻璃の手を掴んで自分の方へと引き寄せた。「てめぇ、玻璃を離しやがれ!」「どうだ、これで来る気になったか?」「やめて、離してください・・」玻璃はそう言ってルドルフの腕の中で暴れたが、彼が劇鉄を起こして銃口を彼女のこめかみに押し当てると、彼女は黙った。「そいつには手を出すな!」「アレクシス、行くぞ。」「ルドルフ様、しかし・・」「この人魚を取り戻したくば、ウィーンまで来い。」「てめぇ、待ちやがれ!」歳三が怒りの形相を浮かべてルドルフ達を慌てて追い掛けようとしたが、皇太子付の護衛官に阻まれてなす術がなかった。「貴様、下がれ!」「うるせぇ、離せ!」「わたしを、どうするおつもりですか?」「それは、ウィーンに戻ってから考える。」ルドルフはそう言うと、蒼い瞳で美しい人魚を見た。その目には、これから自分に何をされるのだろうかという恐怖が宿っていた。「どうした?」「いいえ、何でもありません・・」「そうか。」 翌朝、ルドルフは玻璃を連れてウィーンへと戻った。「ここが今日からお前が住む部屋だ。」「ここが・・ですか?」皇族の住まいであるホーフブルク宮の中で最も格式のある皇太子の寝所、スイス宮に、玻璃はルドルフから部屋を与えられ、彼と共に暮らすことになった。「玻璃様、失礼致します。」これからどうしようかとベッドの端に腰掛けながら玻璃が考えていると、突然ノックもなしに数人の女官達が部屋に入って来た。「何ですか、あなた方は?」「お召し替えのお時間です。」「何をするんですか、離して!」為すすべもなく玻璃は女官達によって裸に剥かれ、コルセットをきつく締められた。(わたし・・一体どうなるの?)にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月17日
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「・・この前、玻璃さんに歳三さんの事どう思っているのか、聞いたんです。そしたら、歳三さんの事好きかもしれないって・・」「それが原因で仲違いするのか?」「女同士って、色々と複雑なんですよ?特に、好きな人が一緒だと・・」「お前、俺の事そんな風に思ってたのか?」「ええ・・」エリカはそう言うと、歳三を見た。「この際だからはっきり言いますね。歳三さん、わたしと付き合ってくれませんか?」「いや、それは出来ねぇよ。俺ぁお前の事好きだが、それは“妹”として好きなんだ。」「そうですかぁ。やっぱり、そう言うと思った。」歳三からの返事を聞いて少し落胆したエリカだったが、嬉しそうに笑いながら彼にこう言った。「何だか、スッキリしました。やっぱり、想いはちゃんと伝えないと駄目ですよね!」「まぁ、お前ぇが納得したんならいいけどよ・・玻璃は?」「ああ、あの子はさっき、少し散歩して来るって外に行っちゃいました。一緒に行こうかってわたしが言ったんですけど、一人で考えたいことがあるからって・・」「そうか。俺、あいつを探しに行ってくるわ。」 歳三はそう言うと、宿から出て行った。「・・二人とも、両想いかぁ。」エリカはそう呟くと、部屋のドアを閉めた。 一方玻璃は、人気のない海岸沿いの道を歩いていた。潮風が頬に当たり、気持ちがいい。波の音を聞くと、海に戻ってしまいたいと思ってしまう。だが、まだ海には―父達の元には戻れない。何故なら、玻璃は人間に―歳三に恋をしてしまったからだ。歳三に自分の想いを伝えたうえで、彼と別れるまで、海には戻れない。どう彼に想いを伝えるべきなのか玻璃が迷っていると、突然彼女の前にルドルフが現れた。「奇遇だな、またこんなところで会えるとは。」「あなたは・・」「やはり、お前か?わたしを助けたのは?」ルドルフの問いに、玻璃は静かに頷いた。「そうか・・お前、名は?」「玻璃、と申します。」「では玻璃、わたしと一緒に来て貰おう。」「わたしは、まだここを離れる訳には参りません。」ルドルフは玻璃の言葉を受けると、少し苛立った様子で彼女の腕を掴んだ。「ならば、力ずくで連れて行くまでだ。」「何をなさいます、離してください!」二人が揉み合っていると、歳三が慌てた様子で彼らの方へと駆け寄ってきた。「玻璃、どうした!?」「歳三さん!」ルドルフの手を振りほどき、玻璃は歳三の胸の中へと飛び込んだ。「何だ、あんた?玻璃に何しようとしていやがった?」「別に何も。それよりもお前、名は?」「まずはそっちから名乗るのが礼儀だろうが?」「そう来たか・・まぁいい。」ルドルフは舌打ちした後、歳三を見た。「わたしはルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ=フォン=ハプスブルク。」「ルドルフ・・じゃぁてめぇは・・この国の皇太子か?」「ああ、そうだ。確かお前は、トシゾウ=ヒジカタといったな?いや違うか・・トシゾウ=ゲオルグ=フランソワ=フォン=パティーヌ。それがお前の本当の名だな?」「俺達をどうしようってんだ?」「お前達はわたしと一緒にウィーンに来て貰う。」「嫌だと言ったら?」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月17日
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「ゲオルグの孫が、最近見つかったそうじゃないか?」「はい、旦那様。その者は、ゲオルグ様と実の父親と対面を果たした後、故郷に戻られたようです。」 28年前、死んだとばかり思っていたパティーヌ伯爵家の孫が生きていたという噂は、瞬く間に社交界に広がった。「その青年は、何故ゲオルグと暮らさないのだ?」「さぁ、それはわかりません。」「まぁ、これでパティーヌ伯爵家の将来は安泰だな。何せ、家督を継ぐ者が居るのだから。」「そうですね。」 ゲオルグが久しぶりに知人のパーティーに出席した時、自分を見つめる周囲の目が少し変わっていることに気づいた。「ゲオルグ、お久しぶりね。」「久しぶりだね、リリス。何やら、わたしに熱いまなざしを送るお嬢さん方が多いような気がするんだが、気の所為かな?」「あら、それはあなたのお孫さんのことを知っている方達よ。ねぇゲオルグ、お孫さんとお会いしたんでしょう?どんな方なの?」「どんな方、といわれてもな・・1ヶ月しか一緒に居なかったから、詳しい事はわからないんだ。」「そう。でもどうして、お孫さんはあなたと一緒に暮らしていないの?」「彼はウィーンで暮らすより、故郷の町で暮らした方がいいと言ったんだ。まぁ、慣れない都会で暮らすよりはいいだろう。」「そうね。ただ、これからあなたのお孫さんの事を放っておかない方が増えるかもしれないわ。」 知人はそう言ってゲオルグの肩を叩くと、招待客達の方へと歩いていった。「フィリップ、どうやらいつの間にかトシゾウの存在が社交界中に知れ渡ってしまっているようだ。」「そのようですね、旦那様。」「さっきの集まりでも、彼を紹介して欲しいと思っているお嬢さん方がわたしに熱い視線を送っていたよ。どうすればいいのやら・・」「トシゾウ様は、ご結婚されるおつもりはないのですか?」「まだ結婚は考えていないと言った。旅館の経営を立て直すまでは、まだ身を固めるつもりはないとね。」「意志が強いところは、ウジェニー様譲りですね。」「そうだな・・これから、色々と厄介な事が起きるんだろうか?」「結婚適齢期のご令嬢達が、トシゾウ様の噂を聞きつけてあの町へ一斉に押し寄せて来るかもしれませんね。何せ誰かが描いたトシゾウ様の肖像画が、ご令嬢達の間で出回っているという噂がありますから。」「噂、か・・厄介なものだな。」「そうですね。」 故郷へと戻った歳三は、いつものように宿の仕事に精を出していたが、最近エリカと玻璃の関係が微妙に変化していることに気づいた。はじめは実の姉妹のように仲が良かった二人であったが、何が原因なのかわからないが、二人の間に何処かよそよそしいものが感じられた。「おい勝っちゃん、何かあの二人、変じゃねぇか?」「ああ・・けど、俺が二人に尋ねても、“大丈夫です”としか言わないからなぁ。」女同士の諍いごとに、勇は余り首を突っ込みたくないようだった。(こうなりゃぁ、俺が聞くしかねぇか・・)そう思った歳三は、エリカ達の部屋のドアをノックした。「何ですか?」「エリカ、最近玻璃と上手くいってるか?」「どうしてそんなこと聞くんですか?」エリカは少し強張った顔をして、歳三を見た。「はじめは仲が良かったのに、急によそよそしくなったじゃねぇか?何かあったのか?」「それ、話さないといけませんか?」エリカは少し困ったように髪を弄った後、溜息を吐いた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月17日
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ミセス・ストーンズから渡された母のアルバムを見ながら、歳三は母の少女時代を想像した。病弱で外で遊べなかった彼女にとって、ピアノと本が親友だった。そんな彼女が恋を知り、愛する相手と手に手を取り、異国へと向かった。しかし、その恋は成就する事はなかった。「ひとつ、聞きたい事があります。」「何だ?」「母が当時婚約していた方に会いたいのですが、彼は今何処に居ますか?」「それが・・わからんのだ。」「わからない?それは一体どういうことなのですか?」「実は、ユフテリアス商会はあの後、多額の負債を抱えて倒産したんだ。その所為で、彼らはウィーンを去り、今何処に居るのかもわからない。」「そうですか・・父は、日本に居るのですか?」「ああ。この前、手紙が来た。」ゲオルグは、父からの手紙を歳三に手渡した。そこには、長年連れ添った妻が病死し、歳三の事を探している旨が書かれていた。「トシゾウ、お前が嫌だというのなら、無理に会わなくても・・」「いいえ、会います。いくら憎くても、俺の父親には変わりませんから。」「そうか・・」 数日後、歳三はゲオルグとともに、ウィーン市内のホテルへと向かった。「お久しぶりです、旦那様。」「元気にして居たか、マサツグ?」「はい、お蔭さまで。そちらの方が・・」「そうだ、お前の息子だ。」 ゲオルグと握手を交わしていた男性の視線が、彼から歳三へと移った。歳三の父、正嗣は、自分に瓜二つの顔をしていた。ひとつ違うところは、黒い瞳だった。「すまなかった・・」「こうして、会えて嬉しかったです・・」「歳三・・」正嗣は、涙を流しながら歳三を抱き締めた。こうして28年間生き別れた親子は、漸く再会を果たした。「歳三、一緒に日本で暮らさないか?」「いいえ。俺はあの町で暮らします。あなたとは行けません。」「そうか・・今度は、日本に来てくれ。」「わかりました。お元気で。」 レストランの前で彼と別れた歳三は、ゲオルグとともに邸へと戻った。「俺は、あなたとは暮らせません。俺はあの町で暮らすつもりです。」「そう言うと、思っていたよ。お前の故郷は、あの町しかないからな。」「短い間でしたが、お世話になりました。」「ああ・・」 1ヶ月の滞在を終えて、歳三はウィーンを去り、故郷へと戻った。「ただいま。」「お帰り、歳。長旅で疲れたろう?」「まぁな。それよりも土産買ってきたから、みんなで食べようぜ。」「ああ、わかった。」 歳三がエリカと玻璃の部屋へと向かうと、中では二人が何かを話している声が聞こえた。「玻璃さんは、歳三さんのことをどう思っているの?」「まだ、わからないんです・・彼の事を、好きかどうか・・」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月16日
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「旦那様、お帰りなさいませ。」「お帰りなさいませ。」 壮麗な豪邸が建ち並ぶ高級住宅の中で一際壮麗な邸宅の中へと入ったゲオルグと歳三を、使用人達が一斉に出迎えた。「みんな、紹介するよ、わたしの孫の、トシゾウだ。」「まぁ・・漸く見つかったのですね、旦那様。」使用人の中から高齢の女性が出て来て、そう言ってゲオルグの手を握った。「あの、こちらの方は?」「この邸を取り仕切っているミセス・ストーンズだ。」「初めまして・・」「まぁ、やはりウジェニー様の生き写しですわね・・」ミセス・ストーンズはそう言うと、そっと歳三の頬を撫でた。「俺の母の事を、ご存知なのですか?」「ええ、勿論ですとも。後で、お嬢様の写真をお見せいたしますね。」 その後、ダイニング・ルームで、歳三はゲオルグと夕食を取った。長い間生き別れていた祖父と孫は、無言のまま夕食を終えた。「こちらです、どうぞ。」 夕食後、ミセス・ストーンズはそう言うと、ウジェニーが生前使っていた部屋に歳三を案内した。そこには彼女の肖像画や家族写真が壁に飾られていた。 ウジェニーは金髪に紫の瞳をした、愛らしい少女だった。「ウジェニーお嬢様は、いつもそこのピアノを弾いておりました。」「そうか・・」歳三はそう言うと、恐る恐る窓際に置いてあるピアノを触った。「ウジェニーお嬢様は生まれつき病弱で、外で遊ぶよりもお部屋の中で読書をしたりしていらっしゃいました。」「母が、俺を産んだのは幾つの時ですか?」「そうですね・・確か、15か16の時だったと思います。その時、旦那様は家の危機を救う為に、ユフテリアス商会の御曹司とお嬢様をご婚約させました。しかし、お嬢様は偶々こちらに滞在していた日本人留学生と恋に落ちたのです。」「それが、俺の父、ですか・・父は、どんな人だったのですか?」「あなたに、似ておられます。漆黒の髪をして、目鼻立ちが整っていて、背が高くて・・確か、彼は日本の貴族の方だとお嬢様からお聞きしておりましたが、それ以上の事は、わかりません。」「そうですか・・あの、俺を育ててくれた祖母とは、面識があったのですか?」「ええ。カヨコさんとわたしは、まるで実の姉妹のように仲が良かったんですよ。」ミセス・ストーンズはそう言ってはにかむと、一枚の写真を歳三に見せた。 そこには、若かりし頃の祖母と、彼女が写っていた。「祖母は、どうしてこの国に?」「カヨコさんは、10年前に起きた内戦で家族と離ればなれになり、国費で留学したと言ってました。」「そうですか・・」 まだ歳三が産まれていなかった頃、10代後半だった祖母は、日本で起こった悲惨な内戦を体験した。日本人同士が血で血を洗う、凄惨な内戦を。きっとその内戦で、祖母は家族と死別し、頼れる親戚も居らずに心細い思いを抱きながらこの国に来たのだろうかと思うと、歳三は思わず涙を流しそうになった。「どうかなさいましたか?」「いえ・・」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月16日
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「おはよう歳。」「おはよう、勝っちゃん・・」「どうしたんだ、まだ顔色悪いぞ?」「ああ、ちょっとな・・今、いいか?」「構わないが、どうしたんだ?」勇に歳三は、昨夜ゲオルグから聞いた話をした。「そうか・・お前が、貴族だったとは・・」「俺もまだ、信じられねぇよ。死んだ祖母ちゃんは何も言わなかった。どうして俺に両親が居ないのかを、一度聞いた事がある。そしたら、俺の両親は俺が赤ん坊の時に交通事故で死んだって言ったんだ。けど、それは祖母ちゃんが俺に吐いた唯一の嘘だったんだ。」「歳・・これから、どうするつもりだ?」「宿の事は、暫く勝っちゃんに任せようかと思うんだ。ここで暮らすにしろ、ウィーンで暮らすにしろ、色々とけじめをつけなちゃなんねぇ。」「そうか。」「一ヶ月で帰ってくる。それまでに、宿の事を宜しく頼む。」「わかったよ、歳。エリカちゃんと玻璃ちゃんにも、その事は伝えておくよ。」「俺が直接伝える。」 数分後、歳三は緊急ミーティングを開いた。「歳三さん、話って何ですか?」「実はな・・俺は暫く、ウィーンに行く事になったんだ。」「ウィーンに?どうしてですか?」「それは言えねぇ。」「そんな・・」玻璃がそう言って歳三を睨むと、エリカはそっと手で彼女を制した。「ウィーンに行く事を決めたのは、何か事情があるからですよね?」「ああ。それが解決したら、こっちに戻って来る。だから・・俺が留守の間、この宿の事を頼むな。」「わかりました。」「歳、気をつけて行けよ。」「わかってる・・」 ミーティングの後、歳三はゲオルグの部屋へと向かった。「あなたと、ウィーンに行きます。」「そうか。トシゾウ、本当に行ってくれるのか?」「はい。ですが、わたしはあなたと暮らす訳ではありません。わたしは、全ての事を知りたいんです。」「わかった・・」 数時間後、歳三はゲオルグ達とともに汽車に乗り、ウィーンへと向かった。車窓越しにどんどん生まれ育った町が遠ざかってゆくのを見て、歳三は少し不安になった。これからウィーンで何が待っているのか、わからなかった。「トシゾウ、お前はわたしの孫だ。それを忘れるな。」「はい・・」 4時間半の旅を終え、歳三はハプスブルク帝国の帝都・ウィーンへとやって来た。生まれ育った町とは違い、馬車や車が行き交い、通りは喧騒に満ちていた。「旦那様、トシゾウ様、こちらへ。」「ああ、わかった・・」五頭立ての馬車にゲオルグとともに乗り込んだ歳三は、チンツ張りの座席に腰を沈めた。 馬車はゆっくりと、駅から離れた。「なぁ、これから何処行くんだ?」「わたしの家だ。」 大通りを抜け、馬車は貴族達が住まう高級住宅街の中へと入っていった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月16日
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28年前―ハプスブルク帝国の大貴族の娘として生まれた16歳となったウジェニーは、親同士が決めた縁談を蹴って、ある日本人留学生と駆け落ち同然に結婚し、彼の子を妊娠した。 しかし、相手には既に向こうの親が決めた許婚がおり、彼は泣く泣くウジェニーと別れ、ウジェニーは意気消沈して故国へと戻った。ゲオルグ達は、日本で幸せに暮らしているものと思っていた娘が身重の身で帰って来た事に驚いた。やがて、ウジェニーは難産の末男児を出産したが、病弱だった彼女は、出産の所為で心臓が弱り、我が子の顔を見る事もなく命を落とした。 ゲオルグと彼の妻・アメリアは、娘を喪った悲しみの余り、産まれて来た赤ん坊を手放し、メイドに彼を殺すよう命じた。しかし、そのメイドは赤ん坊を自分の孫として育てることにしたのだった。「それが、俺だというんですか?もし俺が、あなたの孫だとしたら・・俺は・・」「そうだ、君はわたしの孫だ。」ゲオルグは、そう言って歳三の手を握った。「今でも、君には申し訳ないことをしたと思っている。あの時のわたし達は、君の誕生を望んでいなかった。だが時間が経つにつれ、君が生きている事を知り、会いたいと思うようになった・・」 歳三の脳裏に、祖母が電話口で誰かと口論している光景が甦って来た。『もうあの子は、死んだのも同じだとおっしゃったじゃありませんか!それなのにどうして、お会いになりたいなどと!』祖母は憤然とした様子で電話の相手にそう一気に捲し立てると、乱暴に受話器を置いた。その後誰と話していたのか、歳三が彼女にそう尋ねると、彼女はこう答えた。“あんたとは、関係ない人だよ。”「それじゃぁ・・祖母が、あなたと電話で話していたことは、俺のことだったんですか?」「ああ。トシゾウ、わたしを許してくれ・・」「何故、俺はあなた方に拒絶されたのですか?」「ウジェニーが君の父親と恋に落ちた頃、娘はわたし達が決めた男と婚約していた。その頃、没落しかけた家を救う代わりに、わたしは娘を向こうの家に人質として差し出そうとしていたのだよ。」「・・すいませんが、暫く時間を頂けませんか?すぐに、答えは出せませんから。」「わかった。わざわざ部屋まで呼び出して、すまなかったね。」「いいえ・・では、失礼致します。」 歳三はゲオルグに頭を下げると、部屋から出て行った。(俺が、貴族の血をひいていたなんて・・) 亡くなった祖母からは、“お前の両親は交通事故で死んだのだ”と、幼い頃から言い聞かせられてきた。彼女は真実を知っていながら、死ぬまで歳三に真実を話してくれなかった。何故、真実を話してくれなかったのだろうか。一体、祖母とゲオルグとの間に、28年前何があったのか―「歳、どうした?顔色が悪いぞ?」「ああ、ちょっとな・・」「余り無理するな、奥で休んでろ。」「あぁ、そうする・・」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月16日
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「お帰りなさいませ、奥様。」「ただいま。今日も暑いわね。」 ロビーで歳三と会話を交わした女性―ヴァレンティノ子爵夫人は、そう言って自分に仕えている執事・アンドリューを見た。「さっき、ロビーであの子に似た人と会ったわ。」「ウジェニー様に似た方とお会いになられたのですか?」アンドリューがそう言いながら紅茶を主のカップに注ぐと、彼女は溜息を吐いた。「あなたも、パティーヌ伯爵家のことは知っているでしょう?ウジェニーが、日本人の男と駆け落ちしたことを。」「ええ、存じ上げております。ウジェニー様には当時、婚約者がいらしたのに、ウジェニー様は彼との結婚を断って、そのまま・・」「わたくしはてっきり、相手の男と結婚して二度とこの国には戻らないと思っていたのに、あの子は腹に子を宿して帰ってきた。日本で何があったのか知らないけれど、余程辛い思いをしたみたいね。」「それは、わたくし達にはわかりかねます。ウジェニー様が出産と同時にお亡くなりになられたのには驚きました。」「わたくしもよ。赤ん坊は死産したのだと思っていたけれど、もしかしたら・・まだ何処かで生きているのかもしれないわね。」ヴァレンティノ伯爵夫人は、そう呟いて紅茶を一口飲んだ。「奥様、ウジェニー様がご出産されたお子様に心当たりがおありなのですか?」「ええ。さっきわたくしがウジェニーとそっくりの方と会った事を、話したでしょう?もしかしたら、その方がウジェニーの息子かもしれないわね。」「奥様、先程ゲオルグ様とお会い致しました。」「ゲオルグと?一体何をしに彼はここへ来たのかしら?」「死産したと思われていた孫を、探す為にこちらに来たそうです。」「まぁ・・何てことかしら。」ヴァレンティノ伯爵夫人は、驚きの余りカップを持ったまま固まった。 一方、歳三が寝室へと戻ろうとした時、彼はゲオルグの執事に呼び止められた。「旦那様が、あなたをお呼びです。」「そうですか・・」ゲオルグの部屋へとやって来た歳三は、そこで彼と初めて顔を合わせた。「お客様、どうかなさいましたか?」「いや・・ただ君と話がしたくて呼んだんだ。」「話、ですか?」「ああ。君、確か名はトシゾウといったね?」「はい、そうですが・・お客様は?」「わたしは、ゲオルグ=パティーヌという者だ。ここへは、ある目的を果たす為に来た。」「ある目的、と申しますと?」「28年前、死産したと思われていたわたしの孫に会う為だ。」ゲオルグは、そう言うと歳三の手を握った。「その目・・やはり、ウジェニーに良く似ている。いいや、彼女の生き写しのようだ。」「あの・・」「すまないね、取り乱してしまって。君は、この女性に見覚えはあるかね?」そう言ってゲオルグが歳三に見せたのは、華やかなドレスを纏った一人の女性の写真だった。「いいえ。この方は、どなたなのですか?」「ウジェニー・・わたしの娘だ。28年前、ある男と恋に落ち、その男との間に出来た子どもをこの世に産み落としたのと同時に、亡くなった。」 ゲオルグは軽く咳払いすると、28年前の出来事を話し始めた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月16日
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「お客様、失礼致します。」「済まないね、急に呼び出してしまって。」「いいえ。お部屋のお掃除、いたしますね。窓、お開けしても宜しいですか?」「構わないよ。」エリカは、そう言って窓を開け、ガラス戸を雑巾で拭き始めた。「君は、ここで働き始めて何年目なんだい?」「まだ一ヶ月です。ちょっと事情がありまして・・」「そうか。それよりも今、オーナーは居るかい?」「オーナーでしたら、只今外出中です。何かお伝えしたい事がありましたら、わたしが承りますが・・」「では、これを彼に渡してくれないか?」「はい。」ゲオルグからメモを受け取ると、エリカは客室の掃除を終えて部屋から出て行った。「土方さん、先程4階のお部屋にお泊まりのお客様からこれを預かりました。」「おう、ありがとよ。エリカ、夕飯の支度を急いでくれねぇか?今夜、俺ぁ会合に出席しねぇといけねぇから。」「そうですか、わかりました。お気をつけて。」「じゃぁ、行ってくるぜ。」 数分後、スーツを纏った歳三は、海辺のリゾートホテルへと向かった。「本日は皆さん、お忙しいところお越しいただきありがとうございました。それでは、会合を始めたいと思います。まずは・・」旅館・ホテル関係者達が集う会合に出席した歳三は、欠伸を噛み殺しながらこのホテルのオーナーの話を聞いていた。(あ~、疲れた!) 数時間にも及ぶ会合を終え、歳三が会議室から出て行くと、ロビーにはあの日の夜、自分が助けた貴族の令嬢―フェリシアの姿があった。歳三が彼女に声を掛けようとした時、彼女の前に一人の青年が現れた。すると彼女は、嬉しそうに青年に何かを話しかけると、笑顔を浮かべて彼と手を繋いでロビーから去っていった。 彼らの仲睦まじい様子から見て、二人は恋人同士だろう。(馬鹿だな、変な期待して落ち込んで・・)彼女と自分は、生きる世界が違うのだ。そんな事はわかっていた筈なのに、もしかしたら彼女が自分に好意を抱いてくれるのではないかと勝手に思い込んでしまった。だが、そんな夢のようなことは起きる筈がなく、現に彼女は歳三の存在にも気づかなかった。それが、現実だ。歳三はさっさとここから出ようと思い、ロビーの前を通り過ぎ、外へと出て行こうとした時、一人の女性が彼を呼び留めた。「あなた、落としたわよ。」「え?」 背後を振り向くと、身なりがいい女性がそう言って歳三にロザリオを手渡した。「ありがとうございました。」「いえ、いいのよ。」女性は歳三に微笑むと、エレベーターホールへと向かった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月16日
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「お前、あの時の・・」 ルドルフは蒼い瞳を煌めかせると、玻璃の腕を掴んだ。「何をなさるんですか、離してください!」「お前は、この前わたしを助けてくれた・・」「人違いです!」玻璃はそう言ってルドルフの腕を乱暴に振り払うと、エリカとともにカフェから出て行った。「大丈夫?」「ええ。」「それにしても、変な人ね。余り気にしない方がいいわ。」「わかっています。」 エリカと玻璃が宿へと戻ると、チャコールグレーのスーツを着た老人がロビーで紅茶を飲んでいた。彼の向かい側には、執事と思しき若い男が座っていた。「旦那様、トシゾウ様は何もご存知ないのですか?あの方が、旦那様亡き後パティーヌ伯爵家を継ぐ者だということを。」「ああ。ウジェニーはあの子をこの世に産み落とした後亡くなり、わたしはその子をメイドに託した。」「お嬢様は、最後まで子どもの父親の名前をおっしゃいませんでしたね?ですが旦那様は、その方が誰か見当がついていらっしゃるのでは?」「ああ・・だが、今は言えぬ。フィリップ、済まないが一人にしてくれないか?」「かしこまりました。」老人にフィリップと呼ばれた男はそう言って椅子から立ち上がると、エレベーターへと乗り込んでいった。(今の話は、本当なのかしら?)夕食の支度をしながら、エリカはロビーで偶然聞いてしまった老人と執事の会話を反芻していた。もし彼らの話が本当なら、歳三は大貴族の孫ということになる。歳三に彼の出生について尋ねた方がいいのかどうか迷っていたエリカは、集中力が散漫になり、茹でたパスタをざるへと移す際、高温の蒸気を手に浴びてしまった。「大丈夫か!?」「すいません、わたしのミスです。」エリカは咄嗟に冷水で火傷した右手を冷やすと、歳三にそう言って謝った。「気をつけろよ。火や油を使う際は、余計な事考えるんじゃねぇぞ。」「わかりました。」「エリカさん、大丈夫ですか!?」「わたしは大丈夫だから、玻璃さんはお客様に夕食を運んでください。」「わかりました。後はわたしがしますから、部屋で休んでいてください。」「そうするわ。」 エリカは溜息を吐きながら自室に戻ると、氷嚢で火傷した右手を再び冷やした。(何やってるんだろ、わたし・・歳三さんがもし大貴族の孫だったとしても、わたしには関係のないことなのに・・) パティーヌ伯爵家といえば、あのハプスブルク家にもひけをとらぬほどの名門貴族としてその名を馳せている。その高貴な血を、もし歳三がひいていると彼自身が知ったら、この宿はどうなってしまうのだろうか。 やっと手に入れた居場所を、奪われてしまうのだろうか。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月15日
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こうして玻璃は、歳三達とともに宿で働くことになった。 今まで人魚として水中の中でのんびりとした生活を送っていた彼女だったが、人間になるとやる事が多すぎて、それらを全て終わらせた頃には疲れ果てていた。「大丈夫ですか、玻璃さん?」「ええ。やっぱり、まだ慣れないから身体がついていかないのかも。」「わたしも、ここでの仕事に慣れるまで、時間がかかりましたから。大丈夫ですよ、いずれは慣れますって。」「ええ、そうね・・お休みなさい。」 玻璃はそう言うと、ベッドに横たわった。「玻璃は、どうした?」「彼女は今部屋で休んでます。玻璃さん、いつも仕事が終わると疲れてしまうって、こぼしてました。」「まぁ、そりゃ仕方ねぇよな。今まであいつは海の中に居たんだから。それよりもエリカ、お前も休め。明日も早いから、無理すんな。」「わかりました。お休みなさい。」「お休み。」エリカが部屋へと戻っていくのを見た歳三は、溜息を吐いて玄関のドアの鍵を掛けた。 寝室へと引き上げた彼はベッドに横になるなり、泥のように眠った。「おはようございます、旦那様。昨夜は良く眠られましたか?」「ああ。それよりも、この子は一体何処に住んでいるんだ?」「彼は、海の近くで旅館を経営しております。」「そうか・・」 翌朝、ゲオルグは執事とともに宿泊しているリゾートホテルをチェックアウトして、歳三の宿へと向かった。「トシゾウ様は、旦那様のことを憶えておられないかもしれません。何せ、旦那様とあの方が別れてしまわれたのは、まだ彼が赤ん坊の頃でしたから。」「そうだな・・あの時、もしもわたしとアメリアがウジェニーの結婚を許していたのなら、こんなに辛い思いをしなくてすんだのかもしれないな・・」「旦那様・・」 ゲオルグが宿へと入ると、フロントデスクでは歳三が仕事をしていた。「いらっしゃいませ、何名様ですか?」「二名です。予約はしておりませんが、大丈夫でしょうか?」「構いませんよ。荷物をお持ちします。」「ありがとう。君、この旅館を経営して何年になるかね?」「祖母が亡くなってからここの経営を引き継いだので、9年目になります。」「そうか・・」歳三が言っている“祖母”というのは、かつて自分に仕えてくれたメイドだろう。「旦那様、どうしますか?彼に真実を・・」「いや、まだ彼に真実を打ち明けるのは早すぎる。今は慎重に動こう。」「わかりました。」(アメリア、やっと会えたよ、わたし達の孫に・・) 市場近くのカフェで、エリカは玻璃とお茶をしながら夏の休日を満喫していた。「何だか、こうしてケーキが食べられるなんて夢みたい。」「そうですか?それにしても、今日は涼しいわ。この前まで蒸し暑かったのが嘘みたい。」「わたしには、解らないわ。海の中に居たから。」「暑さにも慣れますよ。さてと、もう出ましょうか?」「ええ。」 エリカと玻璃がカフェから出ようとした時、玻璃は一人の男とぶつかった。「ごめんなさい、大丈夫ですか?」「ああ、大丈夫だ。」 玻璃が俯いていた顔を上げると、そこにはあの日の夜、自分が助けた男が立っていた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月15日
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「玻璃って・・あんた、あの時の人魚か?」「ええ。あなたに会う為に、人間になりました。」玻璃はそう言うと、歳三を見た。「どうしてだ?」「わたし、あなたのことが・・」「歳三さん、今お医者様が・・」エリカが歳三の部屋に入ると、そこには見知らぬ女性が彼に抱きついていた。「すいません、失礼しました!」「おい、誤解すんじゃねぇ!エリカ、お前に頼みたい事があるんだ。」「何でしょうか?」「こいつをいつまでも裸にさせておくわけにはいかねぇから、着替えか何かを持って来てくれねぇか?」エリカはじっと女性の身体を見ると、自分と服のサイズが同じだといいのだがと思いながらも、自室へと戻り、一着のワンピースを持って来た。「ありがとうございます。」「あなた、玻璃さんとおっしゃるの?」「ええ。あなたは確か、この前洞窟の前に会いましたよね?」「あら、やっぱりバレてたのね?あの時あなた、可愛いカクレクマノミを連れていたけれど・・」「トトは、ここには連れて行けませんでした。わたし達人魚は地上でも生きていけるけど、あの子は水がないと死んじゃうから・・」そう言った玻璃の顔は、何処か悲しそうだった。 トトとは、幼い頃から自分と一緒だったので、彼との別れがこんなに辛いものだなんて彼女自身思いもしなかった。「やっぱり、あなたは人魚なのね?今まで空想上の人物だと思っていたから、びっくりしちゃった。ねぇ、あなたの他に人魚はどれくらい居るの?」「沢山居るわ。わたし達は海底の王国に住んで居て、わたしのお父様がその王国を統べているのよ。」「それじゃぁ、あなたは人魚族の王女様なの?」「まぁ、そういうことね。それよりもエリカさん、素敵なワンピースを有難う。」「いいえ。これ、実は一番のお気に入りのワンピースだったんだけれど、義理の姉に貸したまま返って来なかったものなの。だから、家出する前に取り返したのよ。」「そんな大切な物、わたしが着てもいいの?」「構わないわ。サイズがぴったりだもの。玻璃さん、これからも宜しくね。」「ええ、宜しく。」初対面だというのに、玻璃とエリカはたちまち仲良くなった。「どうやら、エリカちゃんに彼女を任せておいてもよさそうだな。」「ああ。さてと、男の俺達は仕事に戻るか。」歳三達は、エリカの部屋から聞こえる女性達の賑やかな笑い声を聞いた後、それぞれの仕事へと戻った。「ここが、あの子が住む町か・・」「はい、旦那様。」 同じ頃、駅のプラットホームへと降り立ったあの老人は、そう言って自分の隣に控えている執事を見た。「空気が綺麗なところですね。」「ああ。それに、海が綺麗だ・・アメリアにも、この海を見せてやりたかったな・・」老人―ゲオルグは、そう言って静かに海を眺めた。「旦那様、奥様はきっとトシゾウ様と旦那様を引き会わせてくださいます。」「そうだな・・彼女は、きっとわたしの傍に今も居てくれる・・」ゲオルグは首に提げている妻の形見のロザリオを握り締めた。(アメリア、力を貸してくれ・・)にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月14日
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「お父様、お願いがあります。」「何だ、玻璃?」「わたしを・・人間にしてください。」「理由は何だ?」エルピディオスは、そう言うと愛娘を見た。「わたし、もっと人間の事を知りたいんです!だからどうかお願いします、お父様!」「そうか・・来なさい、玻璃。」「はい、お父様。」 数分後、エルピディオスに連れられ、彼の部屋へと入った玻璃は、エルピディオスから紫色の液体が入った小さな壜を手渡された。「これは、かつてあの洞窟に住んでいた魔女がわたしに渡したものだ。これを飲めばたちまち人間になることが出来るが、その代償として、何かを魔女に差し出さなければならない。」「そうですか・・」玻璃はそう言うと、テーブルに置いてあった短剣で腰下まである銀髪を切った。「これで、良いでしょうか?」「ああ。これは水面に上がってから飲みなさい。わかったな?」「はい、お父様。」「玻璃よ、お前の無事を祈っておるぞ。再び、わたしにその元気な顔を見せてくれ。」「わかりました。」 父に別れを告げ、玻璃は宮殿を後にした。「姫様、本当に人間になるおつもりなのですか?」「ええ。ごめんねトト、暫くあなたとはお別れね。」「姫様・・」「泣かないで、また会えるから。」 トトを抱き締めた玻璃は、そっと彼から離れると、再び水面へと泳ぎ始めた。太陽の光が海面に反射しているのを見た玻璃は、そっと海面から顔を覗かせた。(良かった、誰も居ないわ。)いつも休んでいる岩場へと向かった玻璃は、父から手渡されたガラス壜の液体を一気に飲み干した。その直後、激痛が彼女の全身を襲い、彼女は気絶した。「おい、あそこに女が倒れて居るぞ!」「大丈夫か、あんた!?」 歳三がいつものように自転車で海から宿へと戻る途中、港で漁師達が口々にそう叫びながら誰かに向かって呼びかけていた。「おい、そこ退いてくれ。」歳三は人波を掻き分けて前に進むと、そこには全裸の女性が桟橋に横たわっていた。彼は持っていたタオルで、女性の身体を覆うと、彼女を抱き上げた。「こいつは俺が連れて帰る。」「歳、正気か!?」「やめとけよ、盗賊の一味かもしれないぜ!?」「裸の盗賊が何処にいんだよ、馬~鹿!」 歳三はそう言うと、女性を抱きかかえたまま宿へと戻った。「歳、彼女はどうしたんだ?」「桟橋でさっき拾ってきた。勝っちゃん、医者を呼んできてくれ。」「わかった!」「おいあんた、大丈夫か?」 歳三が女性の頬を軽く叩くと、彼女は薄らと目を開けた。「あんた、名前は?」「玻璃・・と申します。」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月14日
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あの石油タンカー座礁事故から数ヶ月後、タンカーは町を去り、それと同時に宿には静寂が戻った。「あ~あ、まぁた暇になっちまったな。」「そうだな。まぁ、あんな忙しさは一度だけでいい。」勇はフロントで宿泊者名簿をチェックしながら、そう言って溜息を吐いた。「エリカ、折角お前を雇ったっていうのに、お前をクビにしなきゃなんねぇかもな。」「そんな事、絶対にないですよ。それよりも、仕事に戻りましょう!」「ああ、そうだな。」「じゃぁ、わたし客室の掃除してきますね。」「わかった。」 エリカは客室の窓を拭いていると、雑巾にザラザラとしたものがついた。それを彼女がそっと舐めてみると、それは塩だった。「ここは海に近いから、こまめに窓のサッシを磨かないと塩ですぐに腐食してしまうんだよ。」「近藤さん・・」「エリカちゃん、君は隣の部屋を掃除してくれ。」「わかりました。あの近藤さん、どうして近藤さんはここで土方さんと働いているんですか?」「まぁ、あいつとはガキの頃からの腐れ縁でな、前は会社員として働いていたんだが、ストレスで少し参ってしまったことがあってな。歳に誘われて、ここで働くようになったんだ。」「そうなんですか・・」「まぁ、生きている限り、色々と理不尽な事や辛い事はある。君だってそうだろう?」「ええ・・」「何だか説教くさくなってしまったな。すまない。」「隣、掃除してきますね。」 エリカはそう言って近藤に頭を下げると、隣の客室へと入った。 一方ウィーンでは、一人の老人が歳三の写真を眺めながら執事からの報告を聞いていた。「彼は海辺の町で旅館を経営しているようです。ですが、あまり経営が芳しくないとか・・」「そうか。」老人は再度、歳三の写真を眺めた。色白で整った目鼻立ちをした青年は、亡くなった妻の若い頃にそっくりだった。何よりも彼の紫紺の双眸が、彼女の孫であるという確たる証拠だ。「アメリア、やっと見つけたよ・・わたし達の、孫を。」 久しぶりに海へと潜った歳三は、珊瑚礁の隙間を縫って泳ぐ熱帯魚達の姿を見ながら笑った。やはり開発が中止になってよかった。この海は、人間が壊すべきではない。歳三がしみじみとそう思いながら海の中を観察していると、誰かが自分の肩を叩いたような気がした。「誰だ?」「この前は助けていただき、ありがとうございました。」 彼がそう言って背後を振り向くと、そこにはこの前自分が助けた、あの人魚の姿があった。「あなたのお蔭で、助かりました。」「いや、いいってことよ。それよりもあんた、名前は?」「わたくしは、玻璃と申します。わたくし達の海を守ってくださって、ありがとう。」人魚は歳三にそう礼を言うと、彼に背を向けて海の底へと潜っていった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月14日
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今までエリカは、人魚は人間の空想が作りだした生き物だと思っていた。 しかし、今自分の目の前を、その人魚が悠然と泳いでいた。エリカの存在に気づいていない彼女は、エリカの前を通り過ぎると、海の底へと潜っていった。エリカは彼女を見失わぬように、慌てて彼女の後を追った。すると彼女は、洞窟の中へと入っていった。「見て、トト。綺麗なネックレスじゃない?」「ええ。」まるで鈴を転がすかのような声が洞窟の中から聞こえ、エリカがそっと洞窟の中を覗くと、そこには長い銀髪を揺らしながら人魚が宝石箱の中から真珠のネックレスを取り出して自分の胸に翳していた。「どう、似合う?」「姫様、戻りましょう。人間に姿を見られたら・・」「そうね。」人魚が洞窟の外から出て来る気配を感じ、エリカは彼女に気づかれぬようにフィンを蹴って海上へと顔を出した。この海に人魚が居るなんて、未だにエリカは信じられなかった。(ここは、とても楽しい所だわ。) 家族に蔑ろにされながら貴族の令嬢として退屈な毎日を送るよりも、人魚が住むこの町で暮らしてゆく方がずっといい。「ただいま戻りました。」「おう、お帰り。どうだ、海は?」「楽しかったです。ダイビングの免許を持っていてよかったです。珊瑚礁は綺麗だし、人魚にも会えたし。」「お前ぇも、人魚に会ったのか?」「土方さんも、人魚に会ったんですか?」「ああ。網に引っ掛かってたところを助けてやったんだよ。人魚は、この町の守り神だから、蔑ろにしちゃいけねぇって、祖母ちゃんから教わったんだ。」「そういう言い伝えがあるんですね、この町には。」「エリカ、お前はこれからどうしたい?」「え・・」エリカが歳三の方へと向き直ると、彼はいつになく真剣な顔をしていた。「お前は、自分の家族の事を俺や勝っちゃんにも話さねぇが、お前にもお前なりの事情を抱えてんだろう?だがな、その事情がわからねぇと、俺達は・・」「そうですよね?やっぱり、ちゃんと話さないと・・」 エリカはそう言って深呼吸した後、次の言葉を継いだ。「わたしは、エリカ=バレンタインっていいます。わたしを産んでくれた母は、わたしが8歳の時に亡くなりました。父はその一年後に、継母と再婚しました。彼女には、10歳の娘が居ました。はじめは義理の母親と姉が出来て、とても嬉しかった・・けれど・・」「その継母とやらが、実の娘とお前を差別し始めたんだろ?」「ええ。継母は、綺麗なドレスやアクセサリーを義理の姉だけに買って、わたしには家事を押し付けて、化粧すら禁じました。それと同時に、使用人を全員解雇しました。」「酷ぇ話だな、それ。親父さんには、その事・・」「父にはちゃんと言いました。けれど、“お前の勘違いだ”と言われました。」「そうか・・」「わたし、ずっとここにいいですか?もう、あの家には戻りたくないんです。」「わかった。お前ぇがここに居たいってんなら、俺らは反対しねぇよ。気が済むまでここに居りゃぁいい。」「ありがとうございます・・」この人は信頼できる―エリカは心からそう思い、涙を流した。「大丈夫か?」「ええ、大丈夫です。」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月14日
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「エリカ、ちょっと買い物頼まれてくれねぇか?」「はい、わかりました。」 翌日、エリカが厨房で汗を流しながら朝食を作っていると、歳三がそう言って一枚のメモを彼女に手渡した。「そこに書いてあるものは、全部市場に売ってあるから。」「わかりました、行ってきます。」「俺も一緒に行きたいところなんだが・・忙しいから・・」「大丈夫です、一人で行けます。」「じゃぁ、宜しく頼むわ。」「はい、行って来ます。」エリカは、そう言うと宿の裏口から外へと出た。 宿から市場へ向かうのに、5分しかかからなかった。メモに書かれてある食材を買い終えたエリカが市場から立ち去ろうとした時、通りから貴族の令嬢達が二人、こちらへとやって来た。はじめは彼女達が誰なのかわからなかったが、彼女達との距離が近づくにつれて、彼女達が女学校時代の友人であることに気づいたエリカは、慌てて路地裏へと身を隠した。 誰も知り合いが居ないだろうと思って安心していたが、ここが貴族の保養地であることを忘れていた。二人の姿が角を曲がって見えなくなるのを確認したエリカは、一目散に市場から去っていった。「ただいま戻りました。」「おかえり。食材は買って来たか?」「はい。」「ちゃんと揃ってるな。外は暑かっただろう?丁度レモネード作ったから、今の内に飲んでおきな。」「わかりました。」 宴会場でエリカがレモネードを飲んでいると、そこへ一人の女性が入って来た。「おはようございます。」「すいません・・まだ朝食は・・」「いいのよ、気にしないで。」女性はそう言って笑うと、持っていた文庫本を読み始めた。「お客様は、夏の休暇でここに?」「ええ。リゾートホテルはどこも満室だったから、ここにしたのよ。外観は洋風だけど、中は和風でしょ?こういう新鮮な所が、好きなのよ。」「そうですよね。宿のご主人が日本の方だから、お食事も和食が多いですよね。」「でもお箸じゃなくて、スプーンとフォークで頂くのよね。それも新鮮でいいわ。」「そうですよね。すいません、レモネード、宜しかったら召し上がられますか?」「ええ、お願いするわ。」「では、暫くお待ちください。」 エリカはさっと立ち上がり宴会場から出て行くと、厨房へと戻った。「お客様がレモネードを欲しいとおっしゃっているので、宴会場へ持って行きます。」「わかった。」「すいません、お待たせいたしました。」「ありがとう。自己紹介が遅れたわね、わたしはガブリエルよ。」「エリカです。」「エリカさん、お仕事頑張ってね。」「はい。」 翌日、数日間の休みを貰ったエリカは、海に潜ることした。ダイビングの免許を取っておいて良かった―エリカが色とりどりの珊瑚礁を眺めながらそう思っていると、突然彼女の目の前に人魚が現れた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月13日
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「まだ、あの子は見つからないの!?」 歳三達が住む町から東へ遠く離れたハプスブルク帝国の首都・ウィーンにある貴族の邸宅の一室で、豪華なドレスを纏った女性がそう言って執事を睨みつけていた。「申し訳ございません、奥様・・お嬢様を見失ってしまいました。」「全く、あの子ったら!この家の権利書と母親の形見の宝石類を持ち出して家でするなんて、一体何を考えているのかしら!?そんなに、わたくしが気に喰わないのね!」そうヒステリックに叫んだ女性―ジョセフィーヌ=バレンタイン男爵夫人は、乱暴に扇子を閉じた。「お母様ったら、あんな子のことは放っておけばいいじゃないの?いくらあの子が正妻の娘だからって、今やこの家の実権はわたし達が握っているのと同じようなものじゃないの?」 母親の怒鳴り声を聞いたジョセフィーヌの娘・マリアンヌはそう言って母の隣に腰を下ろした。「それにしても、今日ヴァレリー様主催のお茶会に出たら、皇太子様の姿がなかったわ。」「皇太子様は、ヴァカンスに行っておられるのよ。あなた、知らないの?」「わたくし、今日こそ皇太子様とお会いできると思っていたのに!」マリアンヌがそう言って悔しがった時、バレンタイン男爵がリビングルームへと入って来た。「お帰りなさい、あなた。どうでしたか、海辺の町は?」「ああ。開発計画は中止になったよ。」「何ですって!?それじゃぁ、海底資源はどうなるの?」「それはわたしが決める事じゃない。それよりもお前達、食事はもう済ませたのか?」「旦那様、晩餐の準備が整いました。奥様とお嬢様も、どうぞダイニング・ルームへとお越しくださいませ。」「わかった。」「丁度お腹が空いていたのよ、助かったわ!」 風呂から上がったエリカは、宿泊客が部屋へと引き上げ、ガランとした宴会場で歳三達とともに遅めの夕食を食べた。「済まねぇな、こんな時間に夕飯なんて。宿屋やってると、どうも食事が不規則な時間になるんだよな。」「いえ、構いません。それにしても、凄いご馳走ですね!」大皿に盛り付けられた新鮮な魚介類を見て、エリカは目を輝かせた。「まぁ、俺らにしちゃぁ毎日食べてるから、飽きてんだけどよ。」「そうだな。」勇はそう言うと、ビールを飲んだ。「それじゃぁ、お休み。」「お二人とも、お休みなさい。」エリカは歳三達と宴会場の前で別れ、部屋へと戻った。 部屋へと戻った彼女は、スーツケースの中から夜着を取り出し、それに素早く着替えると、ベッドに横になった。ここに来る前―ウィーンで父と継母、そして義理の姉と暮らしていた頃は、こんなに安らげる時間などなかった。いつもエリカは継母に家事を押し付けられ、休む暇さえなかった。彼女にとって、エリカは厄介者の娘でしかなかったようだ。義理の姉に対して服やアクセサリーなどを買う癖に、エリカにはレースのハンカチすらも買ってくれなかった。それなのに、実母がエリカに遺した宝石類を自分の物だと勘違いしていた。だから、大切な母の形見を渡す訳にはいかないと、あの家を出た時に母の物を全て持って来て、この町に来た。 ここなら、彼女達に決して見つからないだろう。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月13日
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カフェで昼食を取り、そこで夕方まで涼んだ歳三達は、市場で夕飯の買い物をした後宿へと帰った。「すいません、ここバイト募集してるって聞いたんですけど・・」「ええ、そうですけど・・あなたは?」「わたし、エリカと申します。あの、突然で申し訳ないんですけど、わたしをここで雇っていただけませんか?」「丁度人手が足りねぇから、構わねぇが・・あんた、いくつだ?もし未成年だったら、親の許可を取ってからここに来てくれねぇと、後々困ったことになるからな。」「わたしは20歳です。だから、親の許可は要りません。これでいいですか?」「宿の仕事は初めてか?」「いいえ。以前ホテルで働いていたことがありました。料理や雑用も出来ます。」「わかった。それじゃぁ急ですまねぇんだが、今夜から働いてくれねぇか?今300人も客が泊まっててな、忙しくてかなわねぇんだよ。」「ありがとうございます!」「まぁ、ひとつ使ってねぇ綺麗な部屋があるからよ、そこ使ってくれよ。」歳三はエリカを連れ、宿の中へと入った。「ここがお前ぇの部屋だ。」「気に入りました・・」「荷物、それだけか?」歳三はそう言うと、エリカが提げている大きめのショルダーバッグとスーツケース、そしてボストンバッグを見た。「はい。思い出の品や服とか、最低限の物を纏めて入れました。」「そうか。エプロンは持ってるか?」「はい。」エリカはショルダーバッグから花柄のエプロンを取り出すと、素早くそれを掛けた。「じゃぁ、厨房を案内するぜ。ついてきな。」 数分後、エリカは厨房で額の汗を拭いながら300人分の夕飯を作っていた。「随分と手際が良いじゃねぇか?何処で料理を習ったんだ?」「独学で習いました。小さい頃から料理が好きだったんで、自然に覚えたんです。」「いやぁ、エリカちゃんが来てくれて助かるよ!お前もそう思うだろう、歳?」「ああ。まぁ、これから宜しく頼むぜ。」歳三は少し照れ臭そうな顔をして、エリカにそう言った後そっぽを向いた。「気にするな、歳は照れ屋だからなぁ~」「馬鹿っ、俺は照れてなんていねぇよ!」「そうやってムキになるところが怪しいぞ!」「勝っちゃん、ふざけたこと抜かしてねぇで、早くこれ運んでくれよな!」「はいはい、わかったよ。」勇はそう言って苦笑すると、厨房から出て行った。「悪ぃな。」「いいえ・・」「それよりもエリカ、ひとつ聞きたい事があるんだが、いいか?」「何でしょうか?」「お前ぇ、家族と何かあったのか?」「まぁ、色々と。」そう言葉を濁したエリカは、歳三を一度も見ようとしなかった。彼女が何か複雑な事情を抱えているのだと歳三は勘でわかったが、他人のプライバシーを詮索するつもりはないので、何も聞かない事に決めた。「お疲れさまでした・・」「お疲れ。風呂沸いてるから先に入れよ。俺は宴会場の片付けがあるからさ。」「それじゃぁ、お先にお風呂、頂きますね。」 エリカはそう言って歳三に頭を下げると、宴会場から出て、従業員専用の浴室へと向かった。 湯船に浸かりながら、こんなにリラックスしたのは久しぶりだなとエリカは思った。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月13日
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歳三に木刀を叩き込まれた男は、悲鳴も上げずに地面にのびた。「あんた、大丈夫か?」「ええ。助けてくださって、ありがとうございました。」命の恩人である歳三にそう言って女性は頭を下げた。「ここら辺は夜は物騒だ。あんまり一人で出歩くような所じゃねぇ。」「わかりました。あの、あなた様のお名前は?」「俺はこの宿の主、土方歳三だ。あんたは?」「申し遅れました、わたくしはフェリシアと申します。本当に、助けてくださってありがとうございました。」「いいってことよ。フェリシアさんっていったっけ?あんたを助けたついでに家まで送るぜ?」「いえ、それは結構です。」女性―フェリシアがそう言って歳三を見た時、彼らの背後から馬の嘶きが聞こえた。「お嬢様、こちらにいらしていたのですか!?」「ユリウス、心配を掛けてしまってすまなかったわね。」二人が振り向くと、そこには白馬に跨った金髪碧眼の青年が現れた。「こちらの方が、わたくしを暴漢から救ってくださったの。トシゾウさん、紹介しますわ。わたくしの供の、ユリウスです。」「初めまして、ユリウスと申します。この度はお嬢様を救ってくださり、ありがとうございます。」「いや、いいってことよ。」「このお礼は後日改めてさせていただきます。ではお嬢様、参りましょうか?」「ええ。」フェリシアはそう言うと、再び歳三の方へと向き直った。「本当に、助けていただいてありがとうございました、トシゾウさん。わたくし、決してあなたのことは忘れませんわ。」(貴族のお嬢様だったのか・・まぁ、二度と会う事はねぇだろうな。)「歳、そいつはどうした?」「貴族のお嬢様に乱暴しようとして、俺が気絶させたのさ。勝っちゃん、こいつのことは頼むわ。」「ああ、わかった・・」 部屋へと戻り、歳三はバイト募集の張り紙を作成し終えると、それをすぐさまプリントアウトし、勇に見せた。「時給は、これくらいがいいだろうな。」「まぁ、いいんじゃないか?ただ、人が来てくれればいいんだが・・」「そうだな。バイトに仕事を教えるのは俺に任せとけ。」「鬼の教育係に監視されちゃぁ、サボるこたぁねぇからな!」勇はそう言うと、大きな声で笑った。 翌日、歳三はバイト募集の張り紙を町中に貼った。「これで全部だな。」「あぁ・・」「ちょっとあそこで休憩していこう、歳。」「そうだな、今日は暑くてかなわねぇや。」張り紙を全て貼り終えた歳三達は、市場の近くにあるカフェへと入った。「ここで昼飯でも食おう。」「じゃぁ、俺はピザで。勝っちゃんは?」「俺はビールとフレンチフライだけでいいよ。」「それだけじゃ足りねぇだろ?俺が出してやるから、もっとマシなもん頼めよ。」「それじゃぁ、チーズバーガーセットにしようかな。」「決まりだな。」 歳三はそう言って親友に微笑むと、店員に料理を注文した。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月13日
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「何だ、朝からうるせぇな。」 翌朝、歳三はそう言って寝室から出ると、フロントに居た勇が何やら深刻そうな表情を浮かべていた。「どうしたんだ、勝っちゃん?」「何でも、この近くの海域を通りかかっていたタンカーが岩場で座礁したみたいなんだ。」「座礁したって、本当か?油は漏れてねぇんだろうな?」「ああ。それよりも、タンカーの船員達が漁師さん達に救助されているようなんだが・・」「何か、問題でもあんのか?」「彼らの受け入れ先が、何処にもないんだよ。ほら、今はどこのホテルも満室だろう?だから・・」「うちで受け入れるってか?いいじゃねぇか、それくらい。」「そう言うと思ったよ、歳。けどなぁ、うちみたいな宿に1000人も受け入れられるか?」「1000人だと!?そりゃぁ何でも無理だぜ!」「だろう?かといって、野宿させる訳にもいかんし・・」「困ったなぁ・・」歳三と勇は同時に溜息を吐いた。 一方、リゾートホテルでは夏の休暇を満喫した宿泊客達がチェックアウトする為に、フロントに並んでいた。その中には、あの開発業者たちも居た。 昨夜彼らは歳三から宿を追い出され、再びこのホテルへと泊まることになったのだった。「ねぇ、聞いた?タンカーがさっき、岩場に座礁したんですって。」「ええ、聞いたわよ。油は漏れていなかったけど、船員達はどうなるのかしらねぇ?」「さぁ・・」 タンカー座礁事故により、寂れた海辺の田舎町の存在が突然帝国全土で注目され始めた。それと同時に、この町が抱える開発問題にも注目が集まり、美しい海を守ろうとする人々が、インターネットで開発中止の署名を募った。その結果、開発計画は白紙となった。「良かったなぁ、計画が中止になって。」「ああ。けどよ、久しぶりにこんなに忙しいなんてな・・」 宿の厨房で汗を垂らしながら、歳三は300人分の味噌汁を作っていた。船員達全員を引き受ける訳にもいかなかったので、歳三と勇は300人の船員達を受け入れた。暇だった宿が急に人が増えて忙しくなったので、二人は朝から晩まで働きづめの日々を送っていた。「味噌汁、上がったぜ。」「おう。それにしても、二人でやっていくのは大変だな。」「ああ。新しくバイトを雇うにしても、今は一時的に忙しいだけだ。いつまでもこの宿が繁盛するとは限らねぇだろ?」「それもそうだなぁ・・」「まぁ、一応バイト募集の張り紙でも作って貼っておくか。」 その夜、歳三がノートパソコンでバイト募集の張り紙を作っていると、突然外で大きな音がした。(何だ?) 歳三が窓を開けると、女が一人の男に襲われているところだった。彼は咄嗟に壁に立てかけてあった木刀を掴んで窓から外へと飛び出すと、間髪入れずに男の額に木刀を叩きこんだ。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月12日
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「何、人間に顔を見られただと!?」「はい・・申し訳ありません。」 王国へと戻った玻璃は、そう言って父に頭を下げた。「これからは、もう人の居る場所へは行くな、わかったな。」「はい・・」エルピディオスにこっぴどく叱られ、玻璃は意気消沈とした様子で部屋へと戻っていった。「姫様、大丈夫ですか?」「ええ。わたしが悪いのだから、お父様が怒って当たり前だわ。」「じゃぁ僕は、これで。」トトはチラリと玻璃を見ると、部屋から出て行った。(人間と人魚は、決して仲良くはなれないんだわ・・) 太古の昔、人魚が人間に富を与え、人間は人魚を敬った。 だがそれは、人間が権力を金、そして文明を手に入れると、人魚や彼らが住む海を蔑ろにした。人間の私利私欲によって豊かな自然は破壊され、この海も人間の手によって壊されるのではないかとエルピディオスは危惧を抱いていた。そんな父の気持ちは、痛いほどにわかる。だからこそ、玻璃はもっと人間を知りたかった。人間を知る為には、彼らの生活を知っておく必要があったから、彼らが住む場所を一度見てみたかったのだ。 それが、父の逆鱗に触れることとなっても。「玻璃、居るか?」「ええ、お父様。あの・・」「もう謝らなくてもいい。お前は自分の非を認めた。わたしも、少し言い過ぎたな。」エルピディオスは、そう言うと玻璃の肩を叩いた。「何もわたしは、お前が心の底から憎くて、厳しく叱っているのではない。わたしは、お前の事を愛しているから、つい厳しくしてしまうのだ。わかるか?」「はい・・もう、お父様を心配させるような事はしません。」「それでこそ、わたしの娘だ。」エルピディオスは柔らかな光を宿した瞳を玻璃に向けると、愛娘を抱き締めた。「お父様は人間を憎んでいますけれど、人間にもいい方は居ると思うんです。」「何故わかる?」「この前、網に引っ掛かって困っていたところを、偶然通りかかってきた方に助けていただいたんです。」「そうか・・わたしは、偏った考えしかしてこなかったのか。色々と、お前には学ばされるな。」「もう、お父様ったら。」「もうこんな時間だ。寝るがいい。」「はい。お父様、良い夢を。」「お前もな。」玻璃はエルピディオスの頬にキスをした。 翌朝、玻璃はけたたましいタンカーのエンジンで目を覚ました。「お父様、おはようございます。何ですか、この音は?」「・・人間どもが、動き始めた。」そう言ったエルピディオスは、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月12日
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地方の開発には多額の費用と時間がかかる―それは当たり前の事なのだが、それに人間の私利私欲が絡むと、複雑なものとなる。 経済効果という言葉に目を眩み、自然を蔑ろにしてもいいと思う住民が、一人や二人現れても不思議ではない。この町は、かつては観光業で潤っていたものの、夏を過ぎると海以外に何の名物もないので、いつ町の経済が破綻するのかは時間の問題であった。 そんな時に、海底資源開発の話が持ち上がった。日々の暮らしで金に困り、喘いでいる住民達にとって、これほど嬉しい話はないだろう。だが、自然を蔑ろにすることを許さぬ住民達は、開発業者や賛成派の住民達を“敵”とみなし、彼らに対して一方的なリンチを行っていた。住民全体が“家族”であるという穏やかな気質を持った彼らが、金に目が眩んで自己中心的で己の権利ばかりを主張し、他人の痛みを想像できずに簡単に害悪をなすような性格へと変わってしまった。“こんな筈ではなかったのに。”“全て、あいつらの所為だ・・” 波の音と共に、住民達の怨嗟の声が、ルドルフは聞こえたような気がした。開発計画によって、この町の住民達は賛成派と反対派に二分されてしまった。「ルドルフ様、一体何をお考えなのですか?」「いや・・わたしがここへ来た事は、間違いだったのかな・・」「いいえ。」 ベッドの中に居たアレクシスは、そう言うとそっとルドルフの背中を抱いた。その時、海の中で何かが光ったような気がした。「ルドルフ様、いかがなさいましたか?」「さっき、海の中で何かが光ったぞ。」「ルドルフ様、まだこの町のお伽噺を信じていらっしゃるのですか?」「ああ・・」 あの夜、船から落ちた自分を助けてくれたのは、確かに人魚だとルドルフは未だに信じていた。この町には古くから人魚を目撃したという話が絶えない。かつてこの町が栄えていた頃、人魚が町の危機を救ったという伝説も残っているし、人魚はこの町の象徴である。「お前は人魚が居ないと思っているのか?」「ええ。わたしは非現実的なものは信じておりませんから。」「お前という男は、つまらないな、アレクシス。」「ルドルフ様・・」ルドルフが恋人からそっと視線を外し、再び海へと視線を戻すと、大きな水音がして近くの岩場に人魚が姿を現した。 月光を浴びて長い銀髪は美しい光を放ち、赤い尾鰭は宝石のように光っていた。「ふぅ、たまに月光を浴びるのもいいわね。」「姫様・・」「さてと、もう戻らないと・・」玻璃がそう言って海の中へと潜ろうとした時、誰かの視線を感じて玻璃は背後を振り向いた。すると、リゾートホテルの最上階の部屋にあるバルコニーで、自分を見つめている男の姿があった。(あの人は・・あの夜の・・)玻璃は暫く男と見つめ合っていたが、我に返って海の中へと潜っていった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月12日
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「てめぇら、何してやがる!?」 濡れた髪も乾かさずに、歳三は男達を睨みつけながら外へと出ると、彼らは漸く歳三に気づいた。「何って、別に俺らは花火を楽しんでいただけだよ。なぁ?」「ああ、そうだ。」「てめぇら、火事になったらどう責任取ってくれんだ?言っておくが、貰うもんはちきんと貰うからな!」「こんなボロ宿、燃えたって構わねぇだろ?どうせ廃業になるんだから・・」男がニヤニヤしながらそう言うのを聞いた歳三は、思わず彼の顔に拳を叩きこんでいた。「てめぇ、何しやがる!?」「そりゃぁこっちの台詞だ、馬鹿野郎!ボロ宿で悪かったな!」「やるのか、てめぇ!」「止めろ、歳!」 外の騒ぎを聞きつけた勇が、慌てて宿から飛び出してきた。「お前ら、さっき警察に通報したからな!タダで済むと思うなよ!」“警察”と聞き、それまで余裕の笑みを浮かべていた男達の顔が、さっと蒼褪めた。 数分後警察が宿に到着し、勇は事の経緯を説明した。「彼らが宿に向かって花火を打ち込んでいたんですよ。幸い誰も怪我人は居ませんでしたが、もし火事になっていたらどうなっていたことか・・」「お前達、こっちへ来い!」警官はそう言うと、男達をパトカーの中へと押し込んだ。「歳、お前の婆さんが必死に守って来た宿を馬鹿にされて怒るのは解る。だがな、すぐに手を出そうとするな。」「けどよ・・」「ちょっと、あなた達!」 フロントで勇が歳三と話していると、あの女性スタッフがヒステリックな声を上げて彼らの方へとやって来た。「どうして彼らを止めなかったのよ!火事になっていたら、どう責任を取るつもりだったの!?」「余りにも突然のことで、警察に通報するのが遅れてしまいました。申し訳ありません。」「全く、何でこんな所に泊まることを決めたのかしら!?」「・・だったら出てけ。」「はぁ、今何て言ったの!?」「あんたみてぇな客はこっちから願い下げだって言ってんだ!さっさと荷物纏めて出てけ!」「出てくわよ、こんな宿!」彼女は憤慨した様子で部屋へと戻ると、数分後スーツケースを引き摺ってそのまま宿から出ようとしていた。「宿代はちゃんと払えよ。でなきゃ、警察に通報してやるからな!」「わかったわよ、払えばいいんでしょ!」彼女はフロントで精算を終えると、暗闇の中へと消えていった。「歳、あれは酷過ぎないか?」「酷過ぎるも何も、あいつらの態度には我慢ならなかったんだ。さてと、俺はもう寝るわ。」歳三はそう言うと、一階の奥にある寝室へと向かった。部屋に入り、エアコンのスイッチを入れた歳三は、そのままベッドに横になった。 その頃、海沿いのリゾートホテルの一室で、ルドルフはバルコニーに出て夜の海を眺めていた。煙草を吸いながら、彼はこの町の開発が進んでいないことに気づいた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月12日
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「そんな・・君が悪いわけじゃないんだから・・」「そうだよ、あんたは悪くねぇんだから、頭上げろよ。」歳三達は突然自分達に向かって頭を下げる男性スタッフに慌てた。「いえ・・こうでもしないと僕の気がおさまらないので・・」男性スタッフは、下村と名乗った。「あんたも大変だなぁ?使えない上司にヒステリーな先輩の間に挟まれて仕事するなんてよ?」石窯にパンを入れ、程良い温度で歳三はそれを焼きながら、そう言って下村を見た。「説明会であんな事があって、二人とも気が立っているんですよ。」「まぁ、あんなことされちゃぁ、怒るのは当然だろうよ。それにしても、あれは酷くはねぇか?」「すいません・・」「だからぁ、あんたが謝らなくてもいいんだって!どうせあの二人にお前が謝ってこいだのなんだの言われたんだろ?損な役回りだよなぁ。」「ええ、まぁ・・まだ、会社に入って半年ですから・・」「新入りってのは、色々としごかれるからなぁ。俺も前の会社に居た時は、そうだったさ。」勇はそう言って笑いながら、新鮮な野菜を皿の上に載せた。「それにしてもあんた達、どうしてこんな所に移ったんだ?」「実はですね・・説明会の後、先輩達が、ホテルのフロントで人目を憚らずに大声で住民達を罵っていたんですよ。そこへ、ルドルフ様がやって来て・・」「ルドルフ様ってのは、誰だ?」「誰って・・この国の皇太子様ですよ、ご存知ないんですか?」「知る知らない以前に、そんな奴には会ったこともねぇから、知らねぇよ。それで、そのルドルフ様ってのが、あの二人に何て言ったんだ?」「ルドルフ様は、“ここのホテルの経営者やスタッフがこの町の住民であることを忘れるな。そんな態度を取っていると、敵を作るばかりだ。”とおっしゃいました。」「そりゃそうだろうさ。俺ぁ長年客商売やってるが、あいつらほど嫌な客には会ったこたぁねぇ。」石窯から程良く焼き上がったパンを取り出しながら、歳三はそれを皿に盛りつけた。「その後、二人は気まずくなったようでして・・こちらに泊まることになったわけです。」「まぁ、あんたら長くはいねぇんだろう?だったらいいじゃねぇか?」「すいません・・」「ま、あんたも頑張んなよ?」 夕食の時間となり、宴会場には下村とあの女性客しか来ていなかった。「あいつら、どうした?」「さっき近藤さんが、お二人のお部屋に夕食を持って行かれました。」「そうか。ま、あんたもあの二人と顔合わせなくて良かったんじゃねぇの?」「え・・」「単刀直入に聞くが、お前あいつらにいじめられてんだろ?宿に入って来た時、ロビーの隅で縮こまっていたじゃねぇか?」「まぁ・・」「人生色々ありますから、そんなに落ち込まないでください。」女性客はそう言うと、下村に微笑んだ。彼は嬉しそうに笑うと、パンを一口大に切って口の中へと放り込んだ。「今日は、何もなさそうだな。」「ああ・・」クタクタになった歳三は、凝り固まった筋肉を解そうと浴室へと入った。彼がシャワーを浴びていると、暫くして外から花火の音が聞こえた。 こんな真夜中に、一体誰が花火を上げているのだろうか―歳三がそう思いながら浴室の窓を少し開けて外を見ると、そこでは説明会で暴れていた男達が、客室に向かって花火を打ち上げていた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月11日
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「はい・・わかりました、はい、失礼します。」 歳三が宿へと戻ると、フロントで勇が受話器を握り締めながら誰かに向かって頭を下げていた。「どうしたんだ?」「説明会のこと、さっき聞いたんだが・・酷かったらしいな。」「まぁな。話し合いにもならなかったぜ。反対派の住民達が生卵や小麦粉を業者たちに投げつけてきたんだからな。それよりも、誰と話してたんだ?」「実はなぁ、急に宿に泊まりたいってさ。」「誰がだ?」「その業者たちがだよ。何でも、今宿泊しているリゾートホテルには泊まりづらくなったの何だのって・・」「まぁ、こんなボロイ宿に泊まってくれるんなら、いいってこった。部屋も沢山余ってるしな。」「そうかぁ?お前、説明会に居たんだろ?逆恨みされないか?」「逆恨みも何も、俺ぁ何もしてねぇさ。」そう言って歳三は開発業者たちを泊めることにしたのだが、その事がトラブルを引き起こす事になるとは、まだ彼は知らなかった。「何だ、ボロイ宿だなぁ。」「ホント。」「あのエレベーター、動くのか?」 海沿いの高級リゾートホテルから宿へと移動していた業者たちは、勇達に感謝の言葉を述べるどころか、開口一番文句ばかり垂れていた。それを聞いた歳三は今すぐにでも彼らを外へと叩きだしたいところだったが、グッと堪えて彼らを笑顔で出迎えた。「いらっしゃいませ。荷物、お持ちしますね。」「じゃぁ、これお願いね!」開発業者の女性スタッフは横柄な口調でそう言うと、スーツケースを歳三に押しつけた。「部屋に冷やしたビール、持って来て頂戴。」「かしこまりました。」勇と共に彼らがエレベーターの中へと消えてゆくのを見た歳三は、舌打ちしながら女性が泊まる部屋へと荷物を運んだ。「ったく、何様のつもりでいやがんだ?」接客業を長くやっていて、嫌な客は沢山見て来たが、彼らはその上をいく。自分達の立場が上と常に考え、立場が下と思っている者には横柄で傲慢な態度に出る。「遅いじゃないの、何をグズグズしていたの!」「申し訳ございません。」歳三が女性スタッフの部屋に入ると、彼女は荷物を運んでくれた彼に感謝の言葉を述べるどころか、そう言って不快そうに顔を歪めた。「もういいわ、出て行って!」「どうぞ、ごゆっくり・・」「ったく、何だってんだ畜生!客の癖に威張りやがって!」「まぁ歳、そんなに怒るなって。」 厨房でパン生地を怒りに任せて叩きつける歳三を勇は宥めようとしたが、それは逆効果だった。「あんたは腹が立たねぇのかよ!?虚仮にされて悔しくないのか?」「怒ってばかりいたら、何も始まらないぞ?」「けどよぉ・・」「あの、すいません・・」 厨房に、一人の男性が入って来た。良く見ると彼は、開発業者の中で一番若い男性スタッフだった。「あんた、何か用かい?」「すいません、先輩達があなた方に横柄な態度を取ってしまって・・どうか僕に免じて許してやってくださらないでしょうか?」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月11日
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開発業者主催の住民説明会が開かれる町民ホールの大会議室は、冷房が寒い位に効いていた。しかし、そこに集まっている住民達の大半は、険しい表情を浮かべている。その理由は、彼らが海の生態系を破壊し、富を得ようとしていることに怒りを感じているからだった。「では、質疑応答の時間に入ります、どなたか・・」「あんたらは海底にある資源を、“出来る限り”海を傷つけない方法で採取するといったが、それがどんなもんなのか、具体的に教えて貰いてぇな。」「それはお手元の資料を拝見していただければ・・」「ふぅん、海を傷つけないっていうのは不可能な訳だ?」歳三がそう言って主催者にわざと意地悪な質問をぶつけると、彼の隣に座っていた女性がマイクを握った。「わたし達は今日、あなた方と争いにきたわけではありません。」「ふん、この海を今から荒らそうとしている奴らが、そんな事言えんのか?」歳三の声に賛同した住民が、拍手をした。「静粛に!」「海を汚す奴は出て行け!」「そうだ、そうだ!」「今すぐここから出て行け~!」座席の後方で男達はそう叫ぶと、壇上に向かってゴミを投げつけた。それは女性の顔を直撃し、彼女は悲鳴を上げて会場から出て行った。「誠に申し訳ないのですが、もう時間が迫っておりますので、これで説明会は終了とさせていただき・・」「逃げるんじゃねぇぞ、卑怯者!」「そうだ、そうだ!」男達が再び暴れ出し、彼らは壇上へと向かうと主催者に掴みかかろうとした。「やめないか!」「うるせぇ!」会場内はもはや収拾がつかない状態となっていた。壇上には男達が投げつけたゴミが散乱し、催涙スプレーを受けた主催者は両手で顔を覆って悲鳴を上げた。「てめぇら余所者に、この海を汚させねぇぞ!」「帰れ、帰れ~!」座席から“帰れコール”が鳴り響いたかと思うと、何処からか腐った卵や生卵、小麦粉などが主催者達に向かって投げつけられ、全身卵と小麦粉塗れになりながら、開発業者たちは脱兎の如く会場から逃げ出した。「ふん、ざまぁみろ。」「いい気味だ!」「いくら何でも、あれはやり過ぎだろう?訴えられでもしたらどうする?」「ふん、そんなの怖くねぇ!」結局、その日の説明会では話し合いの場など設けられず、反対派の住民達が一方的に開発業者たちをリンチしただけで終わってしまった。「もう、信じられない!」「一体何なんだ、あいつらは!?まるで獣じゃないか!」 業者たちは宿泊しているホテルへと戻ると、口々に反対派の住民達を汚い言葉で罵り、悪態をついた。 こちらが忙しい時間を割いて、こんな辺鄙な田舎町で議論の場を設けようとしていたのに、あんな仕打ちをされるなんて彼らは思いもしなかった。「もう彼らと話し合うことはありません!」「そうだな!どうせ、こんな何の取り柄もない田舎町なんぞ需要がない!徹底的に海を埋め立てて・・」「お前達、一体何を騒いでいる?」「ルドルフ様・・」 ロビーのソファ―から立ち上がったルドルフを見た業者の一人が、そう言って驚愕の表情を浮かべて彼を見た。「さっきから聞いていれば、この町を侮辱する言葉ばかり吐いていたな?このホテルの経営者やスタッフがこの町の住民だということを忘れてはいないか?」ルドルフは、そう言うと業者たちを睨みつけた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月11日
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“いいかい歳三、もし人魚に会ったら、捕まえてはいけないよ。” まだ歳三が幼い頃、祖母は海へと出掛ける孫に毎日そう言い聞かせていた。 人魚のお蔭で、この美しい海が守られている、だから人魚を疎かにしてはいけない―それは、この町に昔からある掟のようなものだった。今、その掟を守っているのは漁業関係者や歳三のような旅館やホテルの経営者や従業員だけで、その掟の存在すら知らない者が多くなってきている。 “人魚が海を守っている限り、町は栄える”―そんな言い伝えは、もはや過去のものだった。夏季休暇が終わると、この町はまるでゴーストタウンのようにひっそりと静まり、観光客で賑わっていた海岸沿いにある洞窟は、オフシーズンとなると麻薬の取引現場となる。 町の経済が破綻寸前まで追い込まれ、就職先が見つからない若者達は、簡単に犯罪へとその手を染めてゆく。ただ、“海が綺麗”ということだけをアピールしても、楽な生活は送れないのだ。それは、歳三自身もよくわかっていた。「歳、海に潜って来たのか?」「ああ。それよりも、説明会今日だよな?」「ああ。政府のお偉いさんが直々にこっちにやって来るんだと。何だってこんな田舎町に来るんだろうね。」 歳三が自転車で港へと通り掛かると、顔見知りの漁師がそう言って溜息を吐いた。「全くだぜ。海底資源が見つかったってことは、それを掘るには海の生態系を破壊するってことだろ?そんなこと、許されねえよ。」「そうだ、そうだ!俺達は今まで海があるから生きて来たんだ!それなのに、町の奴らは経済効果、経済効果と金に目が眩みやがって・・」漁師が吐き捨てるような口調でそう言うと、網を漁船へと載せた。「歳、お前ぇしかいねぇよ。」「わかってら、そんなこと。言いたい事ははっきりと言わせて貰うさ。」「頼りにしてるぜ。」「じゃぁ、説明会で会おうぜ!」「ああ、またな!」 漁師に手を振り、歳三は旅館へと自転車を漕いだ。旅館まで後少しというところで、彼は一台のリムジンと衝突しそうになった。「てめぇ、危ねぇだろう!」「貴様、何処を見ている!?」リムジンの運転手が出て来て、まるで歳三に非があると言わんばかりな口調で彼を責め立てた。「はぁ、ぶつかってきたのはそっちだろうが!」「貴様が先にぶつかってきたんだろう!」「てめぇ・・」「止さないか、確かにお前の運転ミスだ。」「ですが、ルドルフ様・・」リムジンの後部座席の窓が突然開いたかと思うと、一人の青年からそこから顔を出した。 輝くようなブロンドの髪と、美しい蒼い瞳をしたその青年は、歳三をじぃっと見た後、こう言った。「わたしの運転手が、済まない事をした。急いでいたのだ、許してくれ。」「ふん、まぁいい、今回は許してやるよ。ただし、二度目はねぇからな!」「貴様、ルドルフ様に何という口の利き方を・・」 運転手が歳三に殴りかかろうとするのを、ルドルフは手で制した。「急げ、会合の時間に遅れる。」「わかりました。」 運転手は舌打ちして歳三を睨み付けると、リムジンへと乗り込んだ。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月11日
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宿を予約した筈の客は、チェックインの時間となっても、なかなか宿に現れなかった。「来ねぇな。」「どうせ道にでも迷ったんだろ?」「駅から歩いて数分かかるだけの所で、迷うか普通?まさかとは思うが、リゾートホテルに鞍替えしたんじゃねぇだろうな?」「歳、それは考え過ぎだろう?」「近藤さん、あんたもう少し危機感を持った方が・・」歳三がそう言って近藤を見た時、玄関のドアベルが鳴った。「いらっしゃいませ。」「あの、予約を入れた者ですけど・・」「ようこそ。暑い中ご苦労さまです。お荷物、お持ちいたしますね。」営業用スマイルを女性客に浮かべながら、歳三は彼女の手からスーツケースを受け取ると、エレベーターへと乗り込んだ。「客の前では愛想がいいんだからなぁ・・」近藤がそう呟いて溜息を吐いていると、もう一組の客がフロントへと現れた。「ここには、温泉はあるんですか?」「ええ。うちには大浴場しかないんですけど、宿から少し離れたところには海を一望できる場所がありますよ。後で温泉マップをお渡ししましょうか?」「お願いします。」「お客様、どちらからいらしたんですか?」「ウィーンからです。ここの海が綺麗だと聞いて、わざわざ休暇を取って来ました。」「お仕事は何を?」「それは教えられません。それにしても、ここは昔から温泉街として栄えていたんでしょう?」「まぁ、うちみたいな旅館が幾つもありましたけど、今はもう数軒しか残ってませんよ。後は貴族の別荘か、リゾートホテルばかりで・・」「あそこ、会員制で少しお高いのよね。友達がそこで働いているんですけど、余り待遇は良くないみたい。」「そりゃぁ、この季節は良いですけど、冬になると殆ど客は来ませんからね。」歳三は女性客と他愛のない話をすると、部屋から出て行った。「歳、何処行くんだ?」「海で少し泳いでくる。暑さを凌ぐ為には、それしかねぇからな。」「今日は波が少し高いから、気をつけろよ!」「わかってるよ。」 宿から出た歳三は、ウェットスーツに着替え、ダイビングの道具を抱えながら岩場へと向かった。そこは自然が手づかずのまま残っていて、荒れ狂う波が時折水しぶきを上げながら岩肌を濡らしていた。酸素ボンベを背負い、歳三はシュノーケルとフィンを装着すると、海へと勢いよく飛び込んでいった。 陽光に照らされ、海中の珊瑚がキラキラと宝石のように輝くさまを見ながら、歳三は束の間の幸せを感じていた。そろそろ上がろうと思った時、何かが網に引っ掛かって動けないでいることに歳三は気づいた。 ゆっくりと網がある方へと近づくと、そこに引っ掛かっていたのは一匹の人魚だった。「お前、どうしたんだ?」「助けて・・」「待ってろ、今助けてやる。」歳三はダイバーナイフを取り出すと、それで人魚を縛めている網を切り裂いた。「ありがとうございます、助かりました。」人魚はそう言って歳三に一礼すると、海底へと消えていった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月10日
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その日の夜、ルドルフはある貴族主催の舞踏会に出席していた。貴族の別荘が建ち並ぶ海辺の田舎町は、夏の社交期に入ると帝国中から観光客が集まり、毎年賑わっている。ルドルフはこんな時ばかりは海辺で物思いに耽ったり、プールサイドでカクテルを飲んだりしてゆっくり過ごしたいと思っているのだが、皇太子という立場上、そんな自由な時間はなかった。 行きたくもない行事や夜会に顔を出し、自分に媚へつらう貴族の自慢話に相槌を打ち、愛想笑いを浮かべる―一体いつまで、こんな下らない事を続けていかなければならないのか。「ルドルフ様、そちらにいらしていたのですか?」「ああ。海風に当たっていた。」 バルコニーへと出て一服していたルドルフは、背後から声が聞こえて振り向くと、そこには少し呆れたような顔をした青年が立っていることに気づいた。「夜風にあたって、またお風邪でも召してしまわれたら・・」「心配性だな、お前は。もうわたしは子どもではないんだ。」ルドルフはそう言って青年に向かって笑うと、彼の方へと一歩近づいた。「まだお煙草を吸っておられるのですね?あれほど、侍医様から禁煙を・・」「いちいち煩い奴だな、お前は。こんなことなら、お前をここに連れて来るんじゃなかったよ。」「そんな・・」「というのは嘘だ、アレクシス。驚いたか?」「・・あなた様という方は、すぐ人をからかって・・」青年はそう言って琥珀色の瞳でルドルフを睨み付けると、彼に背を向けてバルコニーから去ろうとした。「何処へ行くつもりだ?」「もう部屋に戻ります。」「つれないことを言うな。」ルドルフは、そう言って青年の唇を塞いだ。「ルドルフ様、いけません・・」「夜はまだ長いぞ。」 貴族達の別荘が並ぶ高台から少し下ったところに、一軒の旅館があった。その名を、「黒猫亭」という。外観はこの町並みの景観に合わせて南国風の煉瓦と白壁の外観だったが、内装はあの漣楼と同じようにかの東洋のものを使っていた。「今日は予約が二組だとよ。しけていやがるな。」「まぁ、仕方なかろう。貴族のお偉方は、わざわざこんな所に泊まらなくても、立派な別荘をお持ちのようだしな。それに、二組のお客様が来て下さるんだ、こんなに嬉しい事はないだろう?」「そうだけどよ・・借金はどうすんだよ?このままだと、ここを立ち退かねぇといけなくなるんだぜ?」「歳、そう悲観的になるなよ。」「そういうあんたは楽天家過ぎんだよ!」 ロビーでそう言い合いながら、二人の男が宿泊者名簿を眺めていた。がっしりとした体躯の男の名は近藤勇といい、日に焼けて健康的な小麦色の肌をしていた。近藤の隣に居る男は長身で華奢な身体をしており、色は雪のように白かった。彼の名は土方歳三といって、この旅館の主だった。幼い頃両親と死別し、たった一人の肉親である祖母が経営していたこの旅館を祖母の死後引き継ぐことになったのだが、経営は芳しくない。その上多額の借金を背負い、いつ潰れるかわからない状況に陥っており、どうすれば旅館の経営を建て直せるのか、歳三は頭を悩ませていた。「やっぱり、ここは畳むしかねぇかもしれねぇな。」「何言うんだ、歳。ここはお前の大切な場所だろ?俺達二人で頑張っていこう。」「ああ・・」 歳三は溜息を吐くと、ふと外を見た。そこには、珊瑚礁に覆われた美しい海が広がっていた。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月10日
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「ルドルフ様、どうされたのですか?」「いや、何でもない・・」冷水が喉を潤すのを感じながら、ルドルフは昨夜何が起きたのかを思い出そうとしていた。あの時、確かに水面に鱗の様なものを見つけ、デッキへと身を乗り出した途端、夜の海へと落ちてしまったことだけは憶えている。 だが、その後の記憶が全くないのだ。気がつくと、このベッドの上で寝かされていた。海に落ちた後、一体何があったのか―ルドルフは水を飲みつつ、必死に思い出そうとしたが、思い出せなかった。「ルドルフ様、侍医をお呼びいたしましょうか?」「いや、いい。もう下がれ。」「はい・・」すごすごと部屋から出て行く侍従から視線を外したルドルフは、ふとサイドテーブルに置かれた地元新聞紙の朝刊を見た。さっとそれを掴んでベッドの上で広げると、その一面記事には、“人魚現る!”と派手な見出しとともに、赤い鱗を纏った尻尾が水面から出ている写真が載っていた。(人魚だと?そんなもの、お伽噺だけの話だろう、馬鹿らしい・・)ルドルフは朝刊を折り畳むと、それを乱暴にサイドテーブルの方へと放って寝た。人魚など、人間が作り出した空想上のものでしか過ぎない。そんなもの、この世に存在するわけがないのだ。「ルドルフ様、皇帝陛下がお見えになられます。」「わかった、すぐに支度をする。」頭痛が酷くて堪らないが、今日もゆっくりと休んではいられないようだ。「ルドルフ、少し顔色が悪いぞ?何かあったのか?」「ええ・・昨夜、誤って海に落ちてしまって・・夜の海水浴は、余りお勧めできませんね。」「どうだ、ここでの事業は成功しそうか?」「さぁ、蓋を開けてみないとわかりませんね。住民は賛成派と反対派に分かれておりますし、まずは反対派の説得に力を入れなくては。」「そうだな、焦ることはあるまい。」ハプスブルク帝国皇帝、フランツ=カール=ヨーゼフは、そう言うと紅茶を一口飲んだ。「シシィがお前が元気でやっているかどうか、心配していたぞ?たまには顔を見せたらどうだ?」「考えてみましょう。」フランツは、妻・エリザベートとルドルフの関係が芳しくないことを知っていた。宮廷を忌み嫌い、一年中放浪の旅に出ているエリザベートを、口には出さないもののルドルフは内心苦々しく思っているに違いない。「母上に宜しくお伝えください。あと、これを母上に。」「解った。」ルドルフから美しい巻貝を渡されたフランツは、七色に光るそれを興味深げに眺めた。「この貝は、この海域でしか生息しないそうですよ。母上が、このような物に興味を持ってくださるかどうかはわかりませんけど。」「シシィは珍しい物が好きだから、きっと気に入るだろう。」 フランツが乗った車がゆっくりと宮殿の坂を下っていくのを見送ったルドルフは、アスピリンを数錠飲んだ。頭痛が少し和らいだ気がして、彼は執務室へと入ると早速仕事に取り掛かった。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月10日
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突然大きな音がしたかと思うと、海の中に人が落ちて来た。「あの人・・」「姫様、あれは人間ですか?」「助けなきゃ!」「お待ちください、姫様!」トトは電光石火の動きで海底へと沈んでゆく人間の元へと向かう玻璃を、慌てて追い掛けた。「大丈夫かしら?」「さぁ・・」「ねぇ、わかりますか?」玻璃はそう言うと、平手で軽く人間の頬を叩いた。だが、何の反応もなかった。「死んじゃったのかしら、この人?」「海水が喉に詰まっているのかもしれませんよ。肋の辺りを押してみてはいかがでしょう?」「そうね・・」玻璃はトトに言われるがまま、人間の肋を両手で強く押してみた。すると、彼の身体が弓なりになったかと思うと、彼は口から大量の海水を吐き出した。「もう大丈夫そうね。」「姫様、早くお戻りになられませんと・・」「でも・・」玻璃が心配そうに人間を見ていると、突如岩場が人工的な光を受けて明るくなった。「おい、居たぞ、あそこだ!」辛うじて明るくなる寸前に暗い海へと逃げ込んだ玻璃は、漁船のエンジンが岩場へと近づく音を聞きながら、トトとともに海底へと戻っていった。「トト、この事は秘密にしてね、わかった?」「わかりました。」 賑やかな宴席へと向かう中、玻璃はそうトトに囁くと家族の元へと向かった。「遅かったわね、玻璃。何処へ行ってたの?」「また人間の世界に行こうとしていたの?」「駄目よ、危険な事をしては。」三人の姉達は、玻璃の姿に気づくとそう口々に小言を言い始めた。「わかってるわ、お姉様方。お父様は?」「お父様なら、お祖母様とお話をしているわ。何だか取り込み中のようだったわ。」「そう・・」玻璃はゆっくりと姉達の元から離れると、珊瑚のカーテン越しに父と祖母が何かを話している声を聞いた。「あの子はもう立派な大人よ。過保護に育ててはいけないわ。」「だが、あの子は幼い。今日だって人間の男を助けたじゃないか!人間に顔を見られるところだったんだぞ!」「お父様、どうしてそれを知っているの?」「わたしはこの海のことなら何でもお見通しだ。玻璃、もう二度と人間に関わるんじゃない、いいな!」父はそう一方的に玻璃に言うと、何処かに行ってしまった。「お父様の気持ちをわかってさしあげなさい。お前が可愛いから心配で堪らないのですよ。」「でもお祖母様、納得いきません。どうしてお父様は、人間を憎むのでしょうか?」「人間とわたし達人魚は、古代から深い因縁があるのよ。いつか時期が来たら、お前に全て話すわね。」祖母はそっと玻璃の肩を叩くと、宴席へと戻って行った。 一方ルドルフは、自室のベッドで目を覚ました。「ご気分は如何ですか、ルドルフ様?」「頭が重い・・水をくれ。」にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月10日
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「急にお姿が見えなくなって、わたくし達どれほど心配した事か!」「姫様、もう勝手に姿を消さないでくださいませ!」「ごめんなさい・・」 彼女達から責められ、玻璃はただ彼女達に謝るしかなかった。「姫様、今宵の宴には必ずご出席くださいませ!」「わかりました。」「では、わたくし達はこれで。」侍女達が去った後、玻璃は深い溜息を吐いた。「また宴か・・面倒くさいな。」 自分の部屋に入った玻璃は、貝殻の形をしたベッドに寝そべりながら天井を見上げた。そこには、色とりどりの熱帯魚達が優雅に泳いでいた。じっと部屋に居るよりも、外に出た方がいい―そう思った玻璃は、再び侍女の目を盗んで宮殿の外へと向かった。「姫様、姫様~!」 宮殿を出て間もない頃、一匹のカクレクマノミがそう叫びながら玻璃の後を追いかけて来た。彼の名はトト、人魚族の王女である玻璃の、小さな監視役である。「何処へ行かれるのですか!?」「それは教えない。」玻璃はトトにそう言うと、水面へと向かって泳ぎ出した。「お待ちください、姫様!人間に会ったら危険です!」「こんな所に、人間が居る訳ない・・」玻璃がトトの方を見ようとした時、ウェットスーツを着た人間が自分達の方へとやって来るのが見えた。「トト、岩場に隠れて!」玻璃は素早く岩場の陰に隠れると、トトはイソギンチャクの中へと身を隠した。岩場からそっと人間の様子を玻璃が見ると、彼は癖がある金色の髪を揺らしながらやがてゆっくりと水面へと浮上していった。「危ない所だったわね。」「姫様、戻りましょう。」「ええ。でも、少し外の景色を見てから戻るわ。」「お待ちください、姫様!」 一方、件の青年―ハプスブルク帝国皇太子・ルドルフはダイビングを終え、クルーザーへと戻ると濡れた髪を鬱陶しげに掻きあげた。その時、彼は水面に何かが光っているのを見た。(鱗?)「ルドルフ様、どうかなさいましたか?」「いや、何でもない。それよりも、今夜の予定はどうなっている?」「今夜は市長主催のパーティーがあります。」「ふん、面倒くさいな。まぁ、これも“仕事”のうちなのだから仕方ないな。」「ルドルフ様・・」「もういい、下がれ。」「お待ちください、皇太子様!」ルドルフは慌てる侍従を無視して、浴室に入った。 その日の夜、市長主催のパーティーは豪華客船で華々しく開かれた。「皇太子様、わざわざお越し頂きありがとうございました。」「いいえ、こちらこそパーティーに招待してくださり、ありがとうございます。」市長と挨拶を交わしながら、ルドルフは内心うんざりしていた。皇太子という立場上、このような集まりに何度か顔を出したが、ただやかましいだけで楽しくも何ともない。 パーティーの喧騒から少し離れ、ルドルフが人気のないデッキでシャンパンを飲んでいると、月光を浴びた鱗のようなものが水面でキラリと光るのを見た。一瞬見間違いかと彼は再び水面を見たが、鱗は再び光った。(何だ?)ルドルフは鱗に吸い寄せられるかのように、デッキから身を乗り出した。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月10日
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(つまらない所だな・・何が海沿いのリゾート地だ。) 海の中で何が起きているのかも知らずに、地上では一人の青年がそう思いながら賑やかな市場を退屈そうに眺めていた。彼の隣には、市の役人達がニコニコと愛想笑いを浮かべながらこの市場の歴史を彼に説明していた。「この市場には、中世から長い歴史が・・」だが、その説明を彼はちっとも聞いていなかった。彼は一刻も早く、魚の生臭さが漂う市場から出て行きたかった。「ルドルフ様、どうかなさいましたか?」「いや、なんでもない。それよりも、いつまでここに居るつもりだ?わたしは、そんなに暇ではないんだがな。」「こ、これは失礼いたしました・・」青年からジロリと睨みつけられた役人は、そう言うと近くに居た者に向かって何かを囁いた。「ルドルフ様、市場は退屈でしょうから、わたくしが楽しい場所へと連れて行ってさしあげましょう。」「ほう、たとえば?」「そうですね・・この港町には、幾つか売春宿がありまして・・美しい夜の女達が、長い船旅で疲れた男達を、毎晩癒すのです・・」「面白そうなところだな、すぐに案内しろ。」「はい、ただいま!」青年はやっと市場から離れられると思うと、溜息を吐いた。「ルドルフ様、こちらです。」「ふん、これがお前達の自慢の売春宿というところか。随分と寂れているな?」「ええ・・かつては賑わっていたんですが、いかんせん昨今の取り締まり強化によって、ここの界隈にある売春宿は次々と撤退しておりまして・・」「市場でお前がした説明とは違うではないか?お前はよくもわたしに平気で嘘を吐いたものだな?」「い、いえ、そんなことは・・」恐怖で顔を引き攣らせながら、役人は弁解をしようと青年を見た。「ふん、まぁいい。美しい女達が居るという宿へと案内しろ。話はそれからだ。」「は、はい・・こちらです。」役人達が慌てて青年を案内したのは、この港町の売春街で一番華やかさと権勢を誇る遊郭・漣楼(さざなみろう)だった。「これはどうも、ご贔屓に。」青年達が店の暖簾を潜ると、東洋の着物を着た還暦間近の男がそう言って彼らに笑顔を浮かべて出迎えた。「この方は・・」「おい、お前がここの楼主か?」「はい、わたくしがこの漣楼の楼主でございます。喜助と申します。」「キスケ、本当にここには美しい女達が居るんだろうな?わたしに嘘を吐いたら承知しないぞ?」「この喜助、生まれてからこのかた、一度も嘘を吐いたことなぞございません。今宵はわたしが選んだ美女達が、あなた様を夢の世界へとお連れすることを保障いたしましょう。」「そうか。お前は信用するに足りる人物だと見た。キスケ、早速だが女達をわたしの元へ連れて来い。」「かしこまりました。では、あちらのお座敷でお待ちくださいませ。」 一方、海底では銀髪の人魚―玻璃が父王・エルピディオスから叱責を受けていた。「あれほど人間が居る場所に顔を見せるなと言い聞かせただろう?」「お父様、ですが・・」「口答えするでない!人間は我ら人魚族にとって敵なのだ!敵と親しくしてはならん、わかったな?」「はい・・」 エルピディオスが人間に対して憎悪の感情を抱いているのには、この海の近辺で人間が海底資源を発掘しようとしているからだった。古代から姿を変えることのない穏やかな海に人間の手が入ると、生態系は破壊され、その所為で人魚族は住む場所を失うことになる。海は人魚族にとって聖域そのものだった。 その海を、人間が荒らそうとしていることにエルピディオスは激しく憤っていた。「お父様、人間は本当にこの海を荒らそうとしているのですか?」「ああ。あいつらは私利私欲で、自然を荒らし、破壊する。やつらは我ら人魚族にとっても、海にとっても最大の敵なのだ!」金色の瞳に怒りを宿しながら、エルピディオスは愛しい我が子を睨んだ。「玻璃、人間に心を許すなよ、わかったか?」「はい、お父様・・」「わかればよい。もう行け、お前の姿がないと侍女達が騒いでおったぞ。」「では、失礼します。」玻璃は父王に一礼すると、尾鰭(おびれ)を振って貝殻で出来た宮殿へと向かった。そこが、人魚族が住まう王国だった。「姫様!」「何処へ行っていらしたんですか!?」玻璃が宮殿へと入るなり、太った2人の女の人魚が彼の方へとやって来た。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月10日
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そこは暗く、静かなところだった。広くて静かな、海の中で彼は育った。時折海面から太陽の光が挿しこむと、海がまるで無数の玻璃を鏤(ちりば)めたかのように煌めいた。そして彼女の銀髪も、穏やかな海水と潮の流れに揺られながら美しく光った。彼女が目を開けると、近くで漁船が近づいてくる音が聞こえた。“人間は敵だ”と教えられた彼女は、尾鰭(おびれ)を力一杯振ると、人間の手が届かない海底の世界へと逃げ込んだ。「玻璃よ、何処へ行っていたのだ?」「父様・・」 彼女の前に、右手に銛を持ち、猛禽の如く鋭い金色の双眸で彼を睨みつける人魚が立ち塞がった。彼の名は、エルピディオス―海底の巨大王国を統べる、海の王にして人魚族の長である。にほんブログ村にほんブログ村
2013年08月10日
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