F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 5
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 0
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磯村を出た美津と四郎、そしてエーリッヒは、尾張を出て街道を歩きながら目的地をどこにするか話し合っていた。「ねぇ、どこにする?」「そうですね・・南の方はどうでしょうか?それに、磯村で起きたことは近辺でもすでに噂になっていますし・・なるべく遠い方がいいですね。」「島原はどうです?あそこならキリシタンがたくさんいると聞きました。」「島原ね・・いいわね。」美津はそう言って歩き出した。四郎とエーリッヒが慌てて後を追った。
2012年02月27日
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“そなたは美津との間に子は成せぬ。”鬼神の言葉に衝撃を受けた四郎は、しばらくそこに立ちつくしたままだった。「どうしたの、四郎?」我に返ると、心配そうな顔をした美津が、自分を覗き込んでいた。「気分でも悪いの?まだ傷が・・」「いいえ、なんでもありません。」そう言って四郎は咄嗟に鬼神につけられた十字の傷を隠した。「姫様、これからどうします?」「ここにはもういられないわ・・それに・・わたしは・・」美津は立ち上がろうとしたが、激しい目眩が彼女を襲った。「姫様!」四郎は慌てて美津を抱き留めた。「あのね四郎、わたしはこれから40年の長い眠りに就くの。私が目覚めたら、あなたはもう死んでるわ。悲しいけれど・・」美津はそう言って涙を流した。その涙を見た瞬間、四郎にある決意が宿った。たとえ美津と結ばれなくても、美津の傍にいられるのなら、この夜を持って自分は鬼となろう。「姫様、私も鬼になります。」「四郎、だめよ・・そんなこと・・」「私は姫様に誓いました。あなた様を守ると。」美津の紅い瞳は歓喜と苦しみに光った。「・・いいわ。」美津はそう言って手の甲を懐剣で傷つけ、その血を四郎に飲ませた。「四郎、ごめんね、わたしのせいで・・」「いいえ、いいんです。私は、あなたのお傍にいられることが、何よりの幸せなのですから。」四郎は美津を抱き締めた。「姫様、ここにおられましたか。」背後から声がして、エーリッヒがよろめきながら自分達の元へと歩いてくるところだった。「どうしたの、エーリッヒ、その怪我は!?」「迂闊でした・・敵に・・背後を・・取られる・・など・・」エーリッヒはそう言って呻き、喀血した。肋骨が折れて肺に突き刺さり、出血している。もう長くはもたないかもしれない。「姫様・・」「ねぇ四郎・・エーリッヒにも私の血をあげていい?」四郎の顔に動揺が走った。「エーリッヒはあなたの血を受け、永遠に時が止まったままの姿で生きなくてはならないのですよ。それでもいいとおっしゃるのなら・・私は構いません。それに、彼は私にとって初めて出来た友人です。」「四郎、ありがとう。」美津は再び手の甲を傷つけ、口移しにエーリッヒに自分の血を与えた。エーリッヒのコバルトブルーの瞳が、ゆっくりと開いた。肺の痛みが嘘のように消えている。「気がついたのね。」顔を上げると、そこには美津と四郎が嬉しそうな顔をして自分を見ていた。「行きましょう。」「どこへ?」美津の手を取りながら、エーリッヒは尋ねた。「どこへでも。ここではもう暮らせないから。」美津と2人の鬼は、生まれ故郷を後にした。-第1部・完-
2012年02月27日
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「あなたは・・誰?」そう言って美津は、目の前にいる青年を見つめた。「お前に永遠の命を授けた者だ・・そして、お前の未来の夫だ。」鬼神は美津の頬を撫で、彼女に微笑んだ。その笑みはゾッとするほど冷たいものだった。「わたしは・・あなたの花嫁なんかにはならない!」美津はそう言って長刀を振り回した。それは鬼神の頬をかすり、一筋の傷を作った。「威勢のいい娘じゃ・・気に入った。」鬼神は頬の傷を撫でた。「お前はわしのものだ。お前が生まれた時から17年間、美津を見守ってきたのだ・・そして時は熟し、わしはいずれお前を花嫁に迎えようとしていたが・・こんな土臭い男と一緒になるなど・・」鬼神は憎しみの籠もった真紅の瞳で四郎を睨みつけた。「お前には呪いをかけてやろう・・美津を私のものにするために・・」鬼神は四郎の胸を長い爪で引っ掻き、十字の傷を作り呪を唱えた。「そなたは美津との間に子は成せぬ。美津はわしのものだからな。」鬼神はそう言って生ぬるい風を吹かし、闇の中へと消えていった。
2012年02月26日
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美津と凛は2時間もかけて、激闘を繰り広げていた。「ふふ、なかなかやるわね。あなたは温室育ちの姫君だと思ってたのに。」凛はそう言って笑った。「わたしは自分の身を自分で守れるように毎日稽古を欠かさずしてたわ。もう二度と温室育ちなんて言わせない!」「どこまで余裕をかましてられるのか、見物だわね!」凛は刀を振るい、美津の腕に深々と突き刺した。「うっ・・」「姫様っ!」勝ち誇った笑みを浮かべる凛の胸を、四郎の槍が貫いた。「姫様、怪我は・・」「大丈夫、すぐに治るわ。けど、お前の怪我は・・」美津がそう言って、四郎の鎧を脱がし、胸の傷の具合を見た。傷は半ばふさがりかけていたが、出血は止まらない。美津は懐から晒しを取り出し、四郎の胸に巻いた。「これでなんとかなるわ。」「ありがとうございます、姫様。」「姫様はやめて。もうわたしは姫ではないのよ。美津と呼んで。」「美津、ありがとう・・」四郎は美津を抱き締めた。そのとき、生ぬるい風が吹き、2人の前に墨染の衣を着た、銀色の髪をした青年が現れた。「私の花嫁を奪い取ろうとしているのは、お前かえ?」青年-鬼神は、そう言って四郎を睨んだ。
2012年02月26日
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四郎と美津は燃えさかる城を後にし、馬を走らせて凛を探していた。凛。自分と同じ日に生まれ、永遠の命を授かった娘。そして、自分が倒さなければならない敵。(凛はみんなを不幸にする・・わたしが必ず彼女を・・)「姫様、本当に彼女を・・」「ええ、彼女を殺すわ。だって彼女は・・」美津がそう言った時、一陣の風が吹き、美津の傍の木にドスッと矢が刺さった。「私を殺すですって?物騒なことをおっしゃるのね。それでも一国の姫様かしら?」神経を逆なでするような声がする方向を向くと、そこには弓をつがえた凛の姿があった。美津は長刀を振るい、馬の腹を蹴った。「私を殺す気なのね、美津姫様?いいわ、それなら望むところよ!」凛はそう言って4,5本矢を撃った。だが美津は長刀でそれを全て振り落とし、凛に突進した。「父上の仇!」自分に振り下ろされた長刀を、凛は刀で受けとめ、美津の横腹をなぎ払った。美津は落馬し、呻いた。「弱いわね。あなた、それでも鬼姫なの?」凛はそう言ってフンと笑った。「黙れ!」美津は長刀を支えにして立ち上がり、凛を睨んだ。真紅の瞳と金の瞳が、静かに火花を散らした。
2012年02月26日
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「また鬼姫様が怒り狂ったようね・・さすが、鬼神の花嫁だわ。」そう言って凛はニヤリと笑った。「やはり美津姫は鬼姫であったか・・」勘三郎は扇で顔をあおぎながら言った。「ええ、鬼姫様こと美津姫様と私はね、生まれた時から鬼神と契約しているのよ。」「それは、どういう意味だ?」「言葉通りよ。鬼神が私たちを気に入って、私たちに永遠の命を授けたのよ。その証拠に・・」凛はそう言って懐剣で手の甲を傷つけた。白い肌があっという間に赤く染まる。だが数分もしないうちに、手の甲の傷口は塞がった。「なんという回復力・・」「私はね、骨を砕かれても、内蔵を潰されてもすぐに元に戻るの。美津姫様も同じ。わたしたちを殺せるのは、銀の剣だけよ。」凛はそう言って刀を抜いた。「次はどこを潰そうかしらね?あ、そうだわ。美津姫様に会ってくるわねv」「鬼姫が2人・・面白くなりそうよの。」馬に乗った凛の姿が見えなくなると、勘三郎はそう呟いて笑った。
2012年02月26日
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「父上、しっかりしてください、父上!」美津はそう言って昭義の頭を自分の膝の上に置いた。「み・・つ・・お前に・・話して・・お金場・・ならないこと・・が・・あ・・る・・」昭義は美津の手を探しているのか、手を宙に振り回している。美津は昭義の手をしっかりと握った。「いいか・・よく聞け・・お前は・・鬼の子なのだ・・」「鬼の子・・わたしが?」美津の脳裏に、“鬼姫”と呼ばれ、いじめられた幼い頃の日々が浮かんだ。「ああ・・環は・・お前を・・産んだ・・とき・・病に・・かかって・・危険な・・状態で・・このままでは・・母子共に・・死んでしまう・・わたしは・・そう・・思って・・鬼神・・に・・お前たちの命を・・助けてくれるよう・・頼んだ・・」そういうと昭義は激しく咳き込んだ。「父上、一気にしゃべらないで。」「鬼神は・・お前達を・・助けるかわりに・・生まれた・・赤ん坊が・・男であれば・・殺し・・女であれば・・わたしの・・・花嫁に・・すると・・言って・・姿を・・消した・・そして生まれたのが・・美津、お前だ・・」昭義はそう言って美津の頬を撫でた。「お・・ま・・え・・は・・わ・・た・・し・・の・・宝・・鬼・・神・・な・・ど・・に・・渡・・す・・も・・の・・か・・そ・・う・・思・・って・・今ま・・で・・お・・前・・を・・育・・て・・て・・き・・た・・だ・・が・・、鬼・・神・・は・・もう・・1人・・花嫁・・を・・見・・つ・・け・・た・・そ・・れ・・は・・凛・・」昭義の息が荒くなった。「父上、しっかりしてください!」「美・・津・・、四・・郎・・と・・幸・・せ・・に・・い・・つ・・ま・・で・・も・・愛・・し・・て・・る・・お・・前・・は・・わ・・た・・し・・の・・娘・・」昭義は美津に微笑むと、静かに息を引き取った。「父上、いやぁ、目を開けて!」美津の悲痛な叫び声で、四郎は目を開けた。「姫様・・」「四郎・・」美津は涙を流しながら四郎を見た。「父上は、死んでしまったわ・・」四郎は昭義の死に顔を見た。安らかな、まるで眠っているかのような死に顔だった。「四郎、お前に話さないといけないことがあるの・・わたしは鬼の子なの・・わたしは・・いつになるかわからないけれど・・鬼神の花嫁になるかもしれないの・・」「姫様・・」「でも、わたし鬼神なんかに負けない!父上の死を、無駄にはしない!わたし、戦う!」美津はそう言って涙を流した。「姫様、わたしもお供いたします。」「ありがとう、四郎。」「参りましょう、姫様。」「ええ・・」四郎と美津は、燃え盛る城を後にした。
2012年02月26日
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四郎は凛に突進した。だが、凛は四郎の攻撃をかわし、細い腕で四郎を投げ飛ばした。「邪魔よ。」そう言って凛は甲高く笑った。「犬は犬らしく、地面にはいくつばっていればいいのよ。」凛はエーリッヒの方を見た。「エーリッヒ、こいつを殺しなさい。」「凛様、それは・・」「できないというの?じゃあ私が殺すわ。」凛は四郎の髪を掴み、鯉口を切って冷たい笑みを浮かべた。「どこ斬ろうかしら?」凛は四郎の背中を突き刺した。「四郎!」美津は、地面にゆっくりと崩れ落ちてゆく四郎の姿を見た。「ふふ、いい気味だわ。」「四郎、しっかりして四郎!」美津はそう言って四郎を揺さぶった。「あなたの犬、殺しちゃったv」美津は怒りに満ちた目で凛を睨み、美津は長刀を振り回して怒りの叫びを上げた。フッと口元をゆがめて笑った美津は、ゆっくりと顔を上げた。そこには、炎に包まれた城と、血を流して地面に倒れている父の姿があった。「父上!」
2012年02月26日
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「父上っ!」昭義が顔を上げると、そこには鎧に身を包み、長刀を持った娘と四郎が立っていた。「美津、お前その格好は・・」「私も戦います、父上!私は四郎と一緒にあの白狐を討ちたいの!」「何を言う!女子のお前が戦場に出るなど!お前はわたしの宝だ!」「わたしはいやなの!大切な人達が殺されるのを黙ってみているのが!わたしは1人でも多くの人達をあいつから守りたいの!」「美津・・そなたの意志は固いようだな。わたしとともについてこい。」「はい、父上!」鎧姿の武士達が中庭を埋め尽くすほど集まっていた。「みな、このたびはよく来てくれた。あの白狐を狩ろうではないか!」昭義が天に向かって剣を抜くと、みなも勇猛な叫びをあげ、昭義に倣った。「威勢のいいのはわかったけど、実力はどうかしらね?」背後から声がして美津が振り返ると、そこには生首を持った凛の姿があった。「お前は・・」「ここは弱いわねぇ・・そんなことだから、村を全部失うんだわ。」凛はそう言って笑った。「勘三郎様はちょっとやな奴だけど、手を組むにはちょうどいい相手だわ。彼のおかげで、村の襲撃もスムーズにできたし。」「まさか・・お前が・・」四郎は凛を睨んだ。「あなたの家族全員、私が殺しちゃったv あなたの家に火をつけて、生きたまま焼き殺したのよv」「お前が・・わたしの家族を・・」黒真珠のような四郎の瞳が怒りに燃え、火のように燃える紅へと変わった。「よくも・・わたしの家族を・・よくも・・」四郎の脳裏に、いつもの家族で囲んだ幸せな食卓が浮かんだ。いつも箸の使いかたを教えていた幼い妹。何かと食べ物を投げ合って喧嘩する弟たち。それを時には叱り、時にはほほえましく見ている両親。幸せな家族の日常が、目の前の女によって奪われた。「・・貴様だけは、許さぬっ!」四郎はそう言って、凛に突進した。
2012年02月26日
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「殿、東雲が国境を越えて近隣の村を全滅させ、村人を全員虐殺いたしました!」伝令を受けた昭義の顔は、怒りで真っ赤に染まった。「・・なんということを・・東雲め、許さぬ!」昭義は家臣達の顔を見渡して言った。「わが磯村は東雲と戦をする!あの白狐を生かしてはおけぬ!」こうして、東雲と磯村との間で、戦いの火蓋が気って落とされた。「ん・・」表が騒がしいのに気づき、美津は夜着を羽織って部屋を出た。「姫様・・」廊下を出ると、そこには悲憤の表情を浮かべた四郎が立っていた。「表が騒がしいから、何かと思って出てきたの・・どうしたの、四郎?」「・・私の村が、全滅しました。」四郎はそう言って壁を拳で叩いた。「東雲は、私の家に火を放ち、家族全員焼き殺しました。そればかりではなく、近隣の村人達まで虐殺を・・」「四郎・・」美津はそっと、四郎を抱きしめた。「ひどいわ、なんてひどいことをするの・・」「姫様、私は戦います。戦って家族の仇を討ちます。」「私も、手伝うわ。」「ありがとうございます、姫様。」四郎はそう言って、美津の唇を塞いだ。
2012年02月26日
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磯村昭義は、勘三郎率いる軍が国境まで迫っていることを知った。「いかがいたしましょう、殿?ここは和議を・・」「・・無駄な血を流さぬためには、それは最善の方法といえよう。」昭義はそう言って、別室へと向かい、勘三郎宛に文を書いた。「・・ふん、腰抜けの磯村が、和議を求めてきおったわ。」勘三郎は昭義の文を千切って投げ捨てると、凛を見た。「凛よ、いかがする?」「そうね・・この際、嫌な奴は全部殺しちゃいましょうvもちろん、あの鬼姫様もねv」「・・そうだな。」四郎の実家では、その日も家族を囲んでの賑やかな夕食を取っていた。「いただきま~すv」そう言って末っ子の英が料理を口に運ぼうとしたところ、何かが投げ込まれた。そして、家は瞬く間に炎に包まれた。「熱いよぉ~」「ひで、大丈夫よ、母ちゃんがついてるからね。」りつはそう言って幼いわが子を抱きしめた。「みんな、神様に祈ろうね。天国に行けるから・・」りつが目を閉じたとき、梁がりつ達を直撃した。「・・まずは鬼姫の飼い犬の家族を殺すとは・・なんと残酷なことを考えたものよの。」勘三郎はそう言って凛を見た。「これは単なる始まりに過ぎないわ。これからこの谷を下りて村人を1人残らず殺しちゃいましょうv」凛はそう言って馬で谷を駆け下りた。2時間後、平和そのものだった村は、血の海となり、死体が転がる凄惨な虐殺現場となった。炎が、凛の返り血を浴びた姿を照らす。「ふふっ、楽しかったわぁv」そう言って凛はまだ息のある村人に止めを刺した。「もう気は済んだか?」呆れるように勘三郎は言って凛を見た。「いいえ。この際だから、近くの村も全滅させちゃおうっとv」凛は頬についた血を舐めながら笑った。
2012年02月26日
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凛に邸を追い出され、行く当てもないエーリッヒは、夜の帳が下りた町を歩いた。凛に忠誠を誓ったときはあった。だが美津に会って、彼女の優しさや笑顔に魅せられた。彼女と会った瞬間、これまでの虚しい生活から抜け出せると思った。腹が減ったエーリッヒは、飲み屋へ立ち寄り、そこで酒と料理を注文した。料理を待っている間、エーリッヒはふと、左手中指に嵌めたトパーズの指輪を見た。美津がこの宝石の言葉は“友愛”だと教えてくれた。いままで自分は凛に対して友愛の情を感じただろうか。凛はいつも自分勝手で、冷酷な性格だった。平気で人を傷つけたり、踏みにじったりしていた。そんな凛に時折嫌気をさしながらも、我慢して彼女に仕えてきた。だが凛の口から美津に対して激しい憎悪の言葉を聞いたとき、もう彼女には仕えられないと思った。(これから私は美津姫様にお仕えする・・どんなことがあろうと、この命ある限り、彼女を守ってゆく・・)飲み屋を出たとき、エーリッヒの顔を冷たい雨が打った。
2012年02月26日
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「ただいま帰りました。」エーリッヒはそう言って、凛の部屋の前に座った。「お前、私を裏切ったわね?」襖越しに聞く凛の声は冷たかった。「凛様、お許しください・・私は・・」「いいわ、お前の好きにしていいわ。」凛はそう言って襖を開け、エーリッヒを睨んだ。その手には、馬用の鞭が握られていた。「さよなら、エーリッヒ。今日からお前は道を外れた従者よ。」凛に頬を打たれたエーリッヒは、凛の元から去った。
2012年02月26日
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「おいしいですね、カステイラは。初めて食べました。」エーリッヒはそう言ってカステイラを頬張った。「どうして?イタリア生まれなら、何度か口にしたことがあるでしょう?」美津はエーリッヒを見た。「私は生後間もなく日本を離れ、父の一族に育てられましたから・・向こうでのことは全く覚えておりません。」「まぁ、そうなの・・お母様はいらっしゃるの?」「母は私を産んですぐに亡くなりました。もともと病弱な人で、難産だったものですから・・」「ごめんなさい、わたし・・」「いえ、いいんです。」エーリッヒはそう言って四郎を見た。「四郎殿は確か、農村の生まれでしたよね?何故城に?」四郎は一瞬ムッとした表情を浮かべたが、淡々とした口調で自分の家族のことを話し始めた。「私は9年前、飢饉の村から城へ奉公に来ました。うちは7人家族で、当時は食べることすらままならない生活が何日も続いて・・父は私と母、幼い4人の弟妹達と心中することまで考えたそうです。そんなときに私たちに救いの手を差し伸べてくれたのは、殿でした。」四郎はそう言って昔のことを懐かしむように言った。「城ではさんざん陰口や暴力を振るわれ、辛い思いをしましたが、今となってはいい思い出です。どんなに悲しく辛いことがあっても、いつかいい思い出となり、笑って話せるのだという父の言葉を時折思い出しながら、私は歯を食いしばって耐えました。」「2人とも、大変だったのね・・それなのにわたしは、何不自由なく暮らして、今ある生活が当たり前だと思いながら毎日を過ごしている。そんな自分が恥ずかしいわ。」美津はそう言ってうつむいた。「そんなことはありません。姫様のおかげで私はここまでやってこれました。姫様の笑顔が、私を支えてくれたのです。」四郎はそう言って、美津の手を握った。「ねぇ、3人で友情の誓いを交わしましょう。永遠にこの友情が続くように。」美津の提案に、四郎とエーリッヒはうなずいた。美津は千代紙でできた引き出しを開け、この前市で買ったそろいの指輪を取り出した。そのデザインは中央にトパーズがはめ込まれただけの、植物文様のシンプルなデザインをした銀の指輪だった。「これなんかどうかしら?はめないときは鎖を通して首にかけられるし。」「いいですね。」「それに、トパーズの宝石言葉は“友愛”っていうのよ。」美津、四郎、エーリッヒはそろいの指輪を嵌めて、互いに微笑みあった。
2012年02月26日
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「遅いわね、四郎・・」美津は琴を弾く手を止めて、庭を眺めた。四郎が客人の待つ稽古場へ行ってもう4時間もたつ。四郎は無事なのだろうか?美津は四郎のことが心配でたまらず、稽古場へと向かった。そこには、あの少女の従者と四郎が激闘を繰り広げていた。だが2人の顔は笑っている。しばらくすると、2人とも相打ちで倒れた。「・・やるな、お主。」「お主こそ。」四郎とエーリッヒはそう言って大声で笑った。「2人とも何してるの?」「姫様・・」四郎は慌てて起き上がり、美津の方へと走っていった。「いつまで経っても稽古場から帰ってこないから、心配してたのよ。」「申し訳ございません。つい・・」「でも、お前が無事でよかったわ。あら、そちらの方は確か・・」美津はそう言ってエーリッヒを見た。(確かあの子と教会で一緒だった・・)「美津姫様、私はエーリッヒ=マクシミラン。あなたの従者は、相当腕が立つ者ですね。」エーリッヒは美津の手の甲に接吻しながら言った。「よろしくね、エーリッヒ。それにしても、何故四郎と戦っていたの?」「いえ、彼が槍の遣い手だと聞いたので、一度彼と手合わせしたくなって。」「そう・・2人ともお腹空かない?お父様がカステイラをくださったの。よかったら3人で食べないこと?」「ですが、もう遅いですし・・」エーリッヒはそう言いながらも、美津のそばにいたいと思った。(凛様には申し訳ないが・・ここは美津姫様のお言葉に甘えるとしよう。)「では、お言葉に甘えてご一緒にさせていただきます。」稽古場を出る美津と四郎、エーリッヒを1人の侍女が木陰からじっと見ていた。侍女はさっと身を翻し、城を出てもう1人の主の元へと向かった。「・・そう、エーリッヒがあの鬼姫様と・・」「はい、確かにこの目で稽古場からエーリッヒが鬼姫と出て行くのを見ました。いかがいたしましょう?」凛は簪を取り、それで遊び始めた。それはエーリッヒが自分に初めて贈ったものだ。(お前は私を裏切るのね、エーリッヒ・・いいわ。お前のことをじわじわ苦しめてやるわ・・)「お前の報告は聞かなかったことにするわ。さがりなさい、1人になりたいの。」侍女が出て行って、凛は簪を握りつぶした。「・・許さない、私を裏切る奴は、必ずひどい目に遭わせてやる!」凛は簪を壁に突き刺し、部屋を出て行った。
2012年02月26日
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四郎は槍の鞘を抜き、エーリッヒに突進した。だが槍の穂先は四郎の胸を突く前に、エーリッヒの刃によって受け止められた。「今度はこちらから参るぞ。」そう言ってエーリッヒは剣を片手に突進した。四郎はとっさに槍の柄で受け止め、地面を蹴って宙に舞った。「せやっ!」四郎は隙を突いてエーリッヒの腹を穂先で突いた。「くっ!」エーリッヒの刃が、四郎の着物を裂いた。「なかなかやるな。」「・・お主こそ。」エーリッヒと四郎は互いにニヤリと笑いあった。夏の陽光の下、2人は汗を流して激しい戦いを繰り広げた。剣戟の音色が、夏の稽古場に響いた。
2012年02月26日
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美津からの文を読んだ昭義は、娘の無事を知り、ホッと胸をなでおろした。(四郎なら美津を守ってくれよう。)昭義は鷹の足に美津宛の文を括りつけた。父からの手紙を読んだ美津は、四郎とともに城へと戻った。「父上、ただいま帰りました。」「美津、四郎、無事でよかった。」そう言って昭義は娘とその従者に微笑んだ。「あの夜、林の中で惨い死体を見てな。お前の身をずっと案じていたんだが、四郎とおるのならお前は無事だと思った。」「そう・・」美津の脳裏に、忘れかけていた凄惨な光景が浮かんだ。「四郎、お前に客人じゃ。」「わたしに、ですか?」「ああ、さっきから稽古場にて待っておる。」四郎が稽古場に行くと、そこには教会で見た混血の青年が立っていた。「私に何か御用でしょうか?」「私はエーリッヒ=マクシミラン。凛様にお仕えする騎士だ。」そう言ってエーリッヒは、四郎を睨んだ。「そなたは槍の遣い手と聞く。その腕を見込んで、私と勝負しろ。」「・・望むところだ。」四郎はそう言って、槍の鞘を抜いた。
2012年02月26日
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「いかがでしたか、凛様?告白の行方は?」「ふられちゃったわ。でも、わたくしは諦めなくてよ。」凛はそう言って笑った。「何か悪いことをお考えのようですね?」エーリッヒの口調は、何かと楽しげだ。「さぁ、それはこれから考えるわ。ま、あいつが鬼姫様の国を滅ぼす前にね。」金色の瞳を細め、凛は美津と四郎の仲を引き裂く策略を考えた。「帰りましょう、こんな土臭いところもうこれ以上いたくないわ。」「わかりました。」
2012年02月26日
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「どうして、あなたがここに?」美津はそう言って凛を睨んだ。「エーリッヒに四郎様のことを調べてもらったの。そしたら、四郎様がこの村にいることがわかったの。」凛はそう言って四郎に微笑んだ。「四郎様、わたくし凛と申します。あの、よろしければ、これ・・」凛は小さな包みを四郎に渡した。四郎が包みを開けてみると、そこには小さな飴玉のような菓子が入っていた。「南蛮渡来の金平糖ですわ。」「申し訳ございませんが、このような高価な物、いただけません。」四郎はそう言って金平糖を凛に付き返すと、畑の方へと歩いていった。「四郎様はあなたのことがよほどお好きなのね。」凛はそう言って金平糖を袋ごと握りつぶした。「ここに来たのはあなたに言いたいことがあるから来ましたの、鬼姫様。」「言いたいこと?」「ええ。四郎様を必ずわたくしのものにしてみせますわ。だからこれから外出するときは、誰かお供を付けたほうがよろしいでしょうね。」凛はそう言って美津を睨みつけながら、畑を去っていった。「望むところよ・・」
2012年02月26日
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美津が四郎の村へ来てから数ヶ月が経った。桜の花は散り、紫陽花の花が咲き誇る季節は過ぎて、暑い季節がやってきた。暑い日ざしの中、四郎と美津は四郎の家族とともに畑仕事に精を出していた。「姫様はあちらをやってくださいな。」「わかったわ、りつさん。」美津はそう言って姉さん被りをした頭を振り、慣れない手つきで畑を耕し始めた。「大丈夫ですか、姫様?」四郎はそう言って美津を心配そうに見た。「大丈夫よ、これくらい。」「畑仕事ではなくて、殿に連絡を入れなくて大丈夫なのですか?」「そうね・・色々と大変だったから、畑仕事の後に文を書こうかしら。」「そうですね。近くの村に鷹匠の英左衛門(ひでざえもん)がいるから、鷹を借りて文を殿に届けましょう。」「父上はわたしのことを心配しているだろうし、わたしもそろそろ城に戻らないとね。」「ああ~ら、それは好都合だわ、こっちにとっちゃ。」背後から声がして振り向くと、そこには教会で見た少女・凛が立っていた。「お久しぶりね、美津姫様。いいえ、鬼姫様と呼んだ方がいいのかしら?」凛はそう言って、冷たい笑みを浮かべた。
2012年02月26日
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「鬼姫が覚醒したとなれば・・あとは戦でも起こそうかの。」誰もいない部屋で1人、勘三郎はそう呟いて笑った。「いや、鬼姫もろとも磯村を滅ぼし、この地をわたしのものにしよう・・」勘三郎はブツブツ独り言を言いながら部屋を歩き回った。蝋燭に照らされた切れ長の眼は鋭く光り、白い顔が不気味に光っていた。(これからわたしはこの地を全て手に入れる・・そのためなら、わたしは・・)勘三郎は不気味に笑いながら、部屋を見た。
2012年02月26日
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「これ、一番のお気に入りだったのに・・」そう言って美津は緋色の着物を見てため息をついた。「緋色も、姫様にはお似合いかと。」四郎はそう言って衣紋掛けから着物を外し、美津の肩にかけた。「どう?似合う?」「ええ、よくお似合いですよ。」「そう、ありがとう。」美津は四郎に微笑んだ。「あなたは涙よりも笑顔が似合う。」四郎は美津の笑顔を見て安心した。(大丈夫、いつもの姫様だ。)涙を流しているよりも、美津には笑顔のほうが似合う。「お腹が空いたでしょう。簡単なものを作ってまいります。」そう言って四郎は台所へ立った。「四郎って、料理できるのね。知らなかったわ。」「わたしには小さい弟たちが4人もいるので、自然と覚えてしまったんです。それに、自分の食事は自分で用意できないと生きていけませんから。」「そう・・」いままで大勢の人間に傅かれて育ってきた美津にとって、いままで考えられないことだった。「手伝ってもいい?」「姫様がお望みならば。」美津は生まれて初めて包丁を持ち、野菜を切った。悪戦苦闘の末できた料理の味は、少しまずかった。「全然駄目ね、わたし。」そう言って美津は苦笑いした。「でもおいしいと思えば、おいしいですよ。」「何よそれっ、聞き捨てならないわっ」美津はそう言って四郎を追いかけた。2人の間に穏やかな時が流れようとしていた。
2012年02月26日
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「なに、東雲が戦を仕掛けてくるだと!?」昭義はそう言って扇を叩いた。「ええ、先ほど間諜から仕入れた情報によると、東雲がわが国に攻め入るのも問題かと・・」「そうか・・東雲の悪い噂は聞いていたが・・」「噂、と申しますと?」「東雲は自分の親兄弟を殺すときも平然としていて、そして血に飢えた冷酷な白狐だと。」「噂といえば・・東雲が美津姫様のことを何かと嗅ぎ回っていると間諜から報告が。」「・・そうか。」いずれ東雲とは刃を交えることになるかもしれない・・昭義はそう思いながらため息をついた。
2012年02月26日
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澪は瀕死の重傷を負いながら、東雲城へと向かった。(殿に、一刻も早く鬼姫のことを知らせなければ・・)刀を杖代わりにして歩き、澪はようやく城内に入ることができた。「殿・・」「澪か、入れ。」勘三郎はそう言って扇で手招いた。蝋燭で照らされた澪は全身血まみれで、ひとめ見て勘三郎は助からないとわかった。「殿・・鬼姫が・・目覚めました・・」「澪、それはまことか?」「はい・・鬼姫が・・」そう言うと、澪は倒れた。「澪、よくやった。自分の命と引き換えに、鬼姫の覚醒を伝えるとは。」勘三郎はそう言って澪の傍に跪き、胸の前で十字を切った。「ひめさま・・おゆるしを・・」虫の息の中、澪は美津への謝罪の言葉を言って、息絶えた。「哀れな奴よの・・」
2012年02月26日
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「ん・・」美津が目を覚ますと、そこは四郎の実家だった。「姫様、気がつかれましたか?」そう言って四郎の母・りつが美津の額に水で濡らした布を当てた。「四郎は・・?」「四郎なら、大丈夫です。薬師が来て手当てをして・・姫様の隣で寝ていますよ。」「そう・・」そう言って美津は起き上がろうとしたが、背中に激痛が走った。「うっ・・」「いけません、姫様、今動いては!」りつはそう言って美津に水を差し出した。「喉が渇きましたでしょう?これを飲んで、お休みになられてください。」「ありがとう、りつさん。」美津は水を飲むとすぐに、眠りについた。四郎は目を開け、布団から起き上がろうとしたが、全身に激痛が走り、思わず呻いた。ふと隣を見ると、美津が安らかな寝息を立てて眠っている。彼女の顔にはところどころ返り血がついている。それを見た瞬間、あの林での光景を思い出した。澪が刺客の中にいたことや、自分の首筋を刺したことも。だがそれからのことは、全く覚えていない。だからどうして、美津がここにいるのかがわからない。衣紋掛けには、林の中で着ていた美津の着物がある。もともと薄紅色だったそれは、血を吸って緋色へと色を変えている。(一体あの林の中で何があったんだ!?)四郎はいつの間にか着物を裂くほど握り締めていた。「四郎・・?」背後から声がして振り向くと、美津が布団から起き上がって心配そうな表情を浮かべて自分を見ていた。「姫様、お体の方は・・」「大丈夫、それよりも、お前は?」「薬師の治療で大事には至りませんでした。姫様、この着物ですが・・」「ああ、これね。」美津はそう言って着物を撫でた。「この着物に付いている血ね、わたしが殺した人達の血なの。」美津はフッと笑って四郎を見た。「昨夜四郎が澪に刺されたとき・・わたしキレちゃって・・気が付いたらわたし、みんなを殺してた・・」そう言って笑う美津の頬は、涙で濡れていた。「わたし、噂どおりの鬼姫なのね・・」「姫様・・」四郎は美津を抱きしめた。「申し訳ございません、姫様・・わたしのせいで、姫様が・・」「何を謝るの?わたしが悪いのに・・」「姫様、わたしは姫様を悲しませるようなことはいたしません。」四郎はそう呟いて美津の涙を拭った。
2012年02月26日
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「美津はまだ帰っておらぬのか?」磯村城で昭義は美津が夜の散歩からいつまでたっても帰ってこないのが気にかかった。「はい・・姫様は四郎に渡したいものがあるというので、四郎の実家に・・」「そうか・・」四郎の実家がある村は、城から約30キロのところにある。「馬の準備を。美津の様子を見てくる。」10分後、馬を走らせた昭義は、村へと続く林の中へと入った。そこで見たものは、一面血の海となった道と、藪の中に転がっている10人もの惨殺体だった。「これは、一体・・」昭義は目の前に広がる光景をなるべく見ないようにしながら、娘を探した。しばらく経つと、見覚えのある長刀が地面に突き刺さっているのを見つけた。馬から降りて拾い上げてみると、それは美津が愛用していた長刀だった。(まさか、美津の身になにか・・)昭義の背筋に、一瞬悪寒が走った。「美津、無事でいてくれ・・」昭義はそう言って、娘がどうか無事でいてくれるように、神に祈った。
2012年02月26日
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「ふふふっv」美津が刺客達を倒している頃、凛は突然笑い出した。「いかがなさいました?」「エーリッヒ、美津姫様がね、とうとう目覚めたのv」凛はそう言って金色の瞳を歓喜に輝かせながら、歌を歌い始めた。それは西洋から古く歌われている歌だった。南蛮貿易をしている父の影響で、凛は西洋の物に興味を示し、とりわけこの歌は彼女のお気に入りで、暇さえあればいつも歌っていた。彼女は西洋の着物を着て、上機嫌でいつもの歌を歌っていた。その歌声は、天上の天使のものだった。
2012年02月26日
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美津は無我夢中で長刀を振るっていた。彼女の後ろでは、首から血を流し、倒れている四郎の姿があった。「女に何ができる!」そう言って刺客の1人が美津に襲いかかってきた。だが美津は男の攻撃をかわし、男の体を頭から真っ二つに裂いた。薄紅色の着物が刺客の返り血に濡れた。だが美津は臆することなく長刀を振るい、次々と自分に向かってくる刺客を倒した。その姿はまるで鬼神のようであり、美津の目はルビーの如く真紅に輝いていた。いつもは物憂げな光を放っている紅い瞳は、今は怒りと憎しみで満ちている。(許さない・・四郎を傷つけた者達全員、地獄へ落としてやる!)最後の刺客―澪は、悲鳴をあげながら仲間の死体が転がる林の中を走っていた。(逃がすものか!)美津は風のように澪の後を追った。澪は必死に美津から逃げたが、小石に足を取られ、つまずいた。彼女の前には、髪がおどろに乱れ、自分を睨みつけるかつての主人の姿があった。「姫様、お許しください・・姫様・・」必死に命乞いする澪に、美津は有無を言わさず長刀を振り下ろした。荒い息をして、美津は長刀を地面に振り下ろしてその場に倒れた。
2012年02月26日
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「姫様、お命頂戴いたします!」「それはこっちのせりふよ!」美津はそう言って長刀で澪の利き腕を傷つけた。澪は刃で美津の着物の袖を切り裂いた。「今度こそ、仕留めてやるわ!」澪はそう叫ぶと、美津の腹部を斬った。「うっ・・」腹部から大量の血が流れ、薄紅色の着物が見る見る血に染まっていった。「姫様、とくとご覧くださいませ。愛する男が息絶えるのを・・」澪はそう言って四郎の髪を掴んで無理やり立たせた。「今夜、わたしの苦しみが終わる・・」澪はそう言って四郎の首筋を斬りつけた。首筋から血が流れ、四郎は地面に倒れた。「四郎!」美津は四郎に駆け寄り、その体を揺さぶった。「姫様・・お・・逃・・げ・・く・・だ・・さ・・」四郎はそう言って、目を閉じた。「あなたがわたしから四郎様をとるから、悪いのよ。」澪はそう言って笑った。「よくも、四郎を・・」美津の内側から、激しい怒りがわいてきた。澪の笑い声はやがて、悲鳴へと変わった。美津は怒りに震えながら、目の前の敵を倒していった。勘三郎が放った百戦錬磨の刺客達は、みな美津の長刀で倒されていった。林には刺客の生首が転がり、頭から真っ二つにされた死体から立ち上る死臭と血の臭いで満ちていた。死体の山に立つ美津は、全身返り血を浴び、黒髪は血に濡れて光っていた。一陣の風が吹き、美津の髪を結んでいた元結が解け、艶やかな黒髪が広がった。澪を見つめる美津の瞳は、血のように赤かった。「ひぃ、ひぃぃっ!」これこそが美津姫の真の姿―人々が“鬼姫”と噂し、恐れた美津姫の本性であった。澪が最期に見たのは、美津の怒りに歪み醜くなった顔だった。
2012年02月26日
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翌日、四郎は久しぶりに実家に寄ってみようと思い、城を出た。美津姫に仕えるようになったのは10のときだったから、実家を出てもう9年になる。当時貧困に喘いでいた四郎の村は、田園が枯渇し、毎日数十人の死者が出るほどの飢饉に襲われていた。四郎の両親は、米俵100貫と引き換えに、彼を城へと奉公に出した。城では、武家出身の小姓達によくいじめられた。城に奉公できるのは、武士子ども達だけなのだ。「米と引き換えに城に口減らしに来た百姓の倅」と罵られ、殴られ、蹴られる日々が続いた。だが負けん気が強い四郎は、いじめられても必ずやり返し、自分をいじめている奴らを見返すため、勉学や武術にいっそう励み、今の地位を得た。家に着くと、そこは9年前の半ば崩れかかったわらぶき屋根の家とは違い、新しいわらぶきがしかれ、完全に修復された姿だった。「父上、母上、ただいま帰りました。」四郎がそう言って引き戸を開けると、両親と4人の弟妹達の笑顔が彼を迎えた。「四郎、久しぶりだね。よく帰ってきたね。」母はすっかりたくましく成長した四郎を見て目を細めた。「四郎兄ちゃん、お帰りなさいっ」末妹のひでが、そう言って四郎に抱きついた。「ただいま、ひで。」その夜は、家族7人で賑やかに食卓を囲んだ。妹達は城下町で買ってきたおみやげにおおはしゃぎしてそのうち眠ってしまった。四郎は外に出て、久しぶりに故郷の空気を吸った。9年ぶりの帰郷に、気が緩んでいた。家に入ろうとすると、殺気を感じた。四郎は戸口にかけてあった槍を構え、あたりの気配をうかがった。敵は4,5人。近くの藪に息を潜めて自分に襲い掛かるタイミングを待っている。(また、東雲の手の者か・・)昨日城で勘三郎に宣戦布告したが、勘三郎は四郎の言葉で怒り、自分を亡き者にしようと刺客を差し向けたに違いない。息を殺し、ゆっくりと歩を進めると、突然藪の中から黒衣の刺客がいっせいに四郎を取り囲んだ。数は四郎が予想していたよりも多かった。4,5人と踏んでいたが、10人いる。四郎は槍を振るい、自分を取り囲んでいる刺客を全て薙ぎ払った。四郎は刺客の頭を探した。これだけの人数を指揮する人間が、必ずどこかにいるはずだ。林の中に入ると、敵が4,5人襲いかかってきた。鎌を持った刺客が四郎の首筋を狙って懐に飛び込んできたところを、四郎は槍でその肩を突き刺して向こうの藪へと飛ばした。仲間をやられたことに憤った刺客の1人が、日本刀を持って四郎に飛び掛ってきた。四郎は刺客の攻撃をかわし、槍で刺客の顔を突いた。そのとき刺客が被っていた黒い頭巾が破れ、刺客の顔が月明かりに照らされた。「澪・・」数週間前、美津姫付の侍女だった澪が、今は敵方につき、自分を亡き者にしようとしている。澪は冷たい目をして四郎を見ている。「何故だ、どうして・・」四郎は澪のことで動揺が隠せず、攻撃の手が少し鈍った。その隙を狙って仲間が四方から飛び出し、一斉に刃を四郎の体に突き刺した。「さよなら・・四郎様。」澪はそう言って冷たく笑い、四郎の心臓に刀を振り下ろそうとした。そのとき、どこからか声がして、澪の刀が長刀の刃で弾き飛ばされ、藪に転がった。「お久しゅうございます、姫様。」澪はギラギラした目でそう言って、美津を見た。「お前、よくも四郎を・・」美津はそう言って長刀を構えた。「姫様が悪いのですぞ。姫様がわたしを修羅の道へと落としたのです。」「黙れ、お前の言うことなんか聞きたくない。」「そうですか・・では、死んでいただきますっ!」激しい剣戟の音が、夜の林に鳴り響いた。
2012年02月26日
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「お話とは、なんでございましょう?」四郎は、自分を睨んでいる切れ長の目を見ながら言った。「おぬし、美津姫のことをどう思うておる?」勘三郎はそう言って四郎を睨んだ。「姫様はいずれはこの国を継ぐ者。わたしは姫様のお命をお守りするのみ。」四郎は勘三郎を睨みながら言った。「ほう、そうかえ?わたしのお庭番が仕入れた情報によれば、そなたと美津姫は、恋仲であると聞いたが?」口元を歪めて勘三郎は笑った。「お主、美津姫のことを好いておるのであろう?いずれは美津姫の夫となり、この国を牛耳ろうと・・」「わたしはそんなこと、一度も思ったことはない!」四郎は勘三郎に怒鳴り、槍の穂先を彼の胸に突きつけた。「言葉は慎重に選びなされよ、東雲殿。さもなくば、この槍で貴殿の心臓を抉り出す。」「ふん、気に障った戯言を聞いたとたんに威嚇か・・百姓の倅は気性が荒いのぉ。」バカにしたように勘三郎は鼻で笑った。「わたしは美津姫を必ずや妻にする。美津姫は我が妻にふさわしい。お前のうな卑しい生まれの者などには、もったいないくらいじゃ。」「姫様はわたしがいただく。お前のような薄気味悪い白狐などに、姫様は渡さぬ!」四郎はそう言って槍の穂先を勘三郎の胸元から引き、再び稽古へと戻っていった。「望むところじゃ、百姓の倅が。」勘三郎はフンと笑って、城を後にした。
2012年02月26日
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「・・そうか、あの噂は本当だったのか。」佐一から美津姫の秘密を知った勘三郎はそう言って満足げにうなった。「はい、殿。姫の元侍女によれば、夜毎に城へと出、姫が人の血肉をすすっているところを見たと。」「そうか・・わたしは美しいものが好きじゃが、美しい鬼とくれば手に入れてみたいものだな。」勘三郎はヒステリックな笑い声を上げて寝室へとさがっていった。翌日、四郎はいつのように槍の稽古をしていた。「これ、そこな家人。」神経を逆なでするような妙に気取った声がして四郎が振り向くと、そこには紫の着物を着た狐、もとい勘三郎がいた。「姫はおらぬか?姫に会いたいのじゃ。」「・・姫様は先ほどから床に臥せっております。」ちょうど美津姫は薬師による治療を受けている最中だった。「具合が悪いのか?」勘三郎の問いに、四郎は静かにうなずいてその場を去ろうとした。「待て。」勘三郎のたおやかな白い腕が、四郎の日に焼けた腕をがっちりと掴んで離さない。「何でございましょう?」「そなたに話がある、向こうへ。」四郎に有無を言わさず、勘三郎はグイグイと人気のない蔵のほうへと引っ張っていった。
2012年02月26日
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勘三郎に命じられ、磯村城へと家人と偽って潜入した佐一は、美津姫の情報を少し手に入れた。情報というのは、美津姫とその従者である四郎が恋仲であることや、美津姫が部屋にこもっているのは、人の血肉を毎晩喰らうためだとかだ。だがその情報は、侍女達の退屈しのぎの噂話程度であった。佐一はもっと確かな情報が欲しかった。城の中では聞けない、裏付けが取れる真実の情報を。そんなある日のこと、佐一が市へと出かけていると、1人の女が話しかけてきた。「編み笠、いりませんか?」その女は美津姫と同じ年の位だが、苦労して育ったせいか妙に大人びた雰囲気があった。佐一はその女から編み笠を買うついでに女と話をした。なんとその女は、美津姫の元侍女だという。女は澪、と名乗った。「姫様のことは、よく存じ上げております。」「そうか・・では、あの姫の秘密を、お前は知っているのだな?」「ええ。」澪はそう言って佐一の耳元で何かをささやいた。この情報は役に立つ。佐一は澪に礼を言い、主の元へと急いだ。
2012年02月26日
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教会からの礼拝の帰り、四郎はいつものように槍の稽古をしていた。均等に筋肉のついた上半身を陽光にさらし、汗を流すさまを、若い侍女達がため息交じりで見ていた。四郎は稽古をしながら、他のことを考えていた。それは、教会で会った少女のことだ。美津と瓜二つの顔を持った、金色の瞳の少女。彼女は一体何者なのだろう。何故自分に近づいてきたのだろう。何か狙いがあるのか、それともーそんなことを考えて稽古をしていると、槍の穂先が狂い、四郎は腕を痛めた。「痛っ・・」しびれる腕を押さえながら、四郎は舌打ちした。なんてことだ、稽古のときに心が乱れるなど、いままでなかったのに。一体わたしはどうしてしまったのだ?四郎は頭を冷やすため井戸へ行き、頭から冷水を浴びた。春を迎えたばかりの頃に、冷水は四郎の全身を氷の棘のように貫く。だが四郎は氷の棘に貫かれて、我に返った。今心を乱しているときではない。刺客が自分の命を狙っているときに油断をしていたら、死を意味する。四郎は再び、稽古へと戻っていった。
2012年02月26日
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「あの温室育ちの姫め、よくもわたしをバカにしたな!」勘三郎はそう言って扇子を握りつぶした。“天女”と噂されていた昭義の愛娘・美津姫は、実際に会ってみると噂以上の美女であった。だが美津姫は自分には目もくれず、さっさと部屋を出て行ってしまった。いままでこの美貌で女をいちころにしてきた勘三郎にとって、それは屈辱以外の何物でもなかった。(わたしの美しさに目もくれぬとは、あの姫は一体どういう神経をしておるのだ!?よくもわたしをコケにしおって・・)「佐一。」「はっ」勘三郎は扇子で自分の側近の部下を呼び寄せた。「美津姫のことで少し調査をしてまいれ。姫の噂話や交友関係・・どんなことでもよい。あの姫の正体を暴くのじゃ。」「御意。」佐一はそう言って闇の中へと消えた。「今に見ておれ、美津姫よ・・おぬしの化けの皮をじわりじわりと剥がしてやるわ。」勘三郎は扇子に乗った揚羽蝶を握りつぶしながら言った。「許さぬ・・わたしをコケにしたものは、生かしてはおけぬ!」
2012年02月26日
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美津は、目の前で自分に微笑んでいる少女を見た。年のころは自分と同じくらいだが、話し方といい、このはしゃぎ方といい、精神年齢は少し低いほうだろう。それに、瞳の色以外、自分と同じ顔をしている。まるで、鏡に映したかのような。「姫様!」四郎が凛を睨みながら祭壇の方へと飛ぶように走ってきた。「あらあら、いい男ね。」凛はそう言って四郎を見た。(姫様が2人!?)一瞬目の前にいる少女が、美津姫かと思うほどの、美津姫に酷似した少女の容貌。「びっくりしたの?わたしがあんまり美津姫様とそっくりだから。」少女はそう言って、四郎の頬を撫でた。「綺麗な顔ね・・もっとよく見せて頂戴。」少女は、金の瞳で四郎をじっと見詰める。その瞳で見つめられると、四郎は気が狂いそうになった。「凛様、参りましょう。」少女の従者と思しき異国との混血の青年がそう言って少女の手を引っ張る。「ええ、もう?わたし、まだ美津姫様とお話が・・」「美津姫様にこれ以上ご迷惑をおかけしてはいけません。参りましょう。」やがて少女と青年は、教会を後にした。「あんな振る舞いは次からはおやめになってください。美津姫様に失礼でしょう。」エーリッヒはそう言って凛を睨んだ。「わかってるわよ。今度からは気をつけるわ。でも・・」「どうしたんですか?何か気になることでも?」「ええ。美津姫様のそばにいた人、ステキじゃない?」凛はそう言ってフフッとわらった。「まるで武者絵から出てきたような綺麗なお侍さんだったわ・・わたし、彼が欲しいわv」
2012年02月26日
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磯村には一軒の教会がある。キリシタン大名である昭義は、キリスト教の教えを領民達に伝え、教会の建設を認めた。この日は、信徒達が祈りを捧げるため、教会に来ていた。美津と四郎も、その1人であった。レースのヴェールを頭からかぶり、ロザリオをまさぐりながら、美津は静かに祈りを捧げた。神に祈っているときは、嫌なことを全て忘れられる。みんなが自分のことを“鬼姫”と呼んでいることも、あの気味の悪い男が自分に結婚を申し込んだことも、何もかも忘れられる。美津が静かに祈りを捧げているとき、凛とエーリッヒが教会に到着した。「ねぇ、美津姫様はどこにいるの?」「あちらですよ。」エーリッヒが指した方向には、キリスト像に向かって頭を垂れ、静かに祈りを捧げる美津姫の姿があった。「美津姫様、お会いしたかったぁ~v」そう言って凛は美津姫に抱きついた。背後から甲高い声がして振り向くと、自分と同じ顔をした武家娘が抱きついてきた。「あなた、誰?」呆気にとられて美津は凛を見た。「はじめまして、美津姫様。わたくしは凛。よろしくねv」凛はそう言って美津に微笑んだ。
2012年02月26日
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四郎と美津が甘い時間を過ごしているころ、東雲の城下町にある武家屋敷の奥の部屋で、1人の少女が全裸となって寝ていた。長く艶やかな黒髪は、畳に黒い海を作っており、くびれた丸みのある美しい体は、黒髪に隠されている。少女が呼吸するたびに、黒髪がサラサラと音を立てる。「凛様、入りますよ?」襖が開き、紺色の着物に白い袴を穿いたハシバミ色の髪をした青年が入ってきた。少女を見つめる青年の瞳は、夏の空をそのまま写し取ったかのようなコバルトブルーだ。「凛様、起きてくださいませ。」青年はそう言って少女の体を数回揺すった。「ん・・」少女が身じろぎし、黒髪の波がひいてゆく。「何よぉ~、気持ちよく寝てたのにぃ~。」少女は頬を膨らませて、青年を睨んだ。「凛様、礼拝の時間ですよ。お召し替えを。」「わかったわよぉ。全くエーリッヒはうるさいんだから。」「わたしが口うるさくなるのは、凛様のせいですよ。」エーリッヒと呼ばれた青年はそう言ってため息をついた。「ねえエーリッヒ、聞いた?今日の礼拝、美津姫様も来るんですって。」「美津姫様というと、あの“鬼姫”と噂される・・」「美津姫様のことを悪く言うと、お前でも許さないわよ。」凛はそう言ってエーリッヒを睨んだ。彼女の金色の瞳が、脅すように冷たく光った。10分後、卸したての薄紫の打掛を羽織った凛は、上機嫌でエーリッヒの腕に自分のそれを絡ませた。「行きましょ、エーリッヒ。」「そんなに美津姫様にお会いしたいのですか?」「当たり前じゃないvわたし美津姫様のことが大好きなんだものっv」凛はそう言って鼻歌を歌った。「ふふっ、楽しみだわv」
2012年02月26日
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「美津様、いかがされましたか?」部屋に戻った美津の様子がおかしいことに、四郎は気づいた。「何でもないわ・・」小刻みに美津の手は震え、必死に笑顔を浮かべようとした。「何があったのです?」四郎はそう言って震える美津の手を包み込むように握った。「さっき、東雲様がわたしに会いに来て・・」東雲、という言葉を聞いて四郎の眉が少し吊り上った。確か自分の命を狙っている者だ。「東雲様が・・わたしを・・嫁に・・貰いたいと・・」美津はそこまでいうと床に崩れ落ちた。「わたし、いや!あんな人と結婚したくない!あんな、気味の悪い人となんか結婚したくない!」美津は思いの丈を四郎にぶちまけると、ワッと泣き崩れた。「姫様・・」「わたし、あなた以外の人となんて結婚したくない!」四郎は、美津の突然の告白に頬を赤く染めた。「姫様・・」四郎は美津を抱きしめた。「どんなことがあっても、たとえ姫様と離れ離れになっても、わたしは姫様をお守りいたします。」「四郎、ありがとう・・」四郎と美津は、ゆっくりと互いの唇を塞いだ。
2012年02月26日
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「美津、そこへお座りなさい。」環はそう言って自分の隣を指した。「母上、お話ってなんですか?」「東雲様のことはご存知?」「ええ・・」美津はなんだか嫌な予感がした。それは、すぐに的中した。「突然だけれど、東雲様がお前を嫁に欲しいとおっしゃってね。今父上ところはいいご縁だと話し合っていたところですよ。」「私が、東雲様と・・」美津は、勘三郎と目が合った。狐のような切れ長の目は、らんらんと光り、美津を見据えていた。美津は気味が悪くて、目をそらした。この人は綺麗だが、なんだか怖い。四郎のように、人を安心させる存在ではない。「気分がすぐれませんので、さがらせていただきます。」そう言って美津は部屋を出た。「申し訳ございません、せっかく来ていただいたのに・・」頭を下げてわびる環に、勘三郎は笑って言った。「何、私は気にしていませんよ。美津様も私との縁談を突然聞かされて動揺されたんでしょう。」口元は笑っているが、美津が気味が悪いと感じた切れ長の目は笑っておらず、目は冷たく光っていた。
2012年02月26日
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澪の事件から一週間が経ち、美津は部屋にひきこもるようになった。自分の無神経さが、澪を深く傷つけてしまった。澪はあの事件の後すぐに城を出て、行方知れずとなった。「あの時私が死ねば、澪の気持ちは少し救われていたかもしれない・・」ある日、四郎が食事を運んでいたとき、美津はそう言ってうつむいた。「何をおっしゃるのですか、姫様!」四郎はそう言って美津の頬を打った。「だって、私さえいなければ澪はあんなこと・・」「そんなことを言ってはなりません。死ぬだなんて、そんなこと言ってはわたしが許しませんよ。」「ごめんなさい、四郎。もう死ぬなんて言わないわ。」美津はそう言って四郎に抱きついた。「姫様・・」四郎は美津の唇を塞ごうとしたとき、吉乃が慌てた様子で部屋に入ってきた。「姫様、東雲様が姫様にお会いしたいと・・」「今行くわ。」そう言って美津は部屋を出た。勘三郎がいる部屋に美津が入ると、そこには昭義と母の環がいた。「お初にお目にかかります、美津姫様。私は東雲勘三郎と申します。以後お見知りおきを。」そう言って美しい顔をした青年が、美津に向かって微笑んだ。これが、東雲勘三郎と美津姫の出会いであった。
2012年02月26日
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「あんたさえいなければ・・あんたさえ・・」澪はそう言って美津の首を絞める。四郎は槍の柄を澪の鳩尾に打ち込んだ。美津は激しく咳き込み、床にへたり込んだ。「姫様、お怪我は!?」四郎はそう言って美津の背中をさすった。「わたしは大丈夫・・澪は?」「気絶しているだけです。」美津は立ち上がったが、数歩歩いただけでよろめいた。「姫様!」四郎は美津を抱き留めた。「四郎・・」美津は四郎の名を呼ぶと、意識を失った。「姫様、姫様っ!」しばらく経って美津が目を開けると、そこには四郎の心配そうな顔が自分の前にあった。「四郎、澪は・・」「澪は御前様のところへ連れてゆかれました。姫様、お加減は?」「大丈夫よ・・でも・・」美津はうつむき、布団を握り締めた。「わたし、澪にひどいことした・・澪は絶対にわたしのこと許さないし・・わたしも澪を傷つけた自分自身を許せない・・」「姫様・・」
2012年02月26日
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「何・・言ってるの?」美津は澪のただならぬ様子に恐怖を感じながらも、立ち上がった。「わたし、四郎のことは何にも思ってない・・」「そうでしょうか?」澪はそう言って美津を睨んだ。「昨夜私は四郎様に告白しました。」「え・・」澪の言葉を聞いて、美津の目が大きく見開かれる。「けれども四郎様は私のことを振りました。これがどういう意味か、姫様にはおわかりですか?」「わからないわ、私には・・」澪の黒い瞳がみるみると、怒りに満ちた。澪は懐剣を鞘から抜き、美津に襲いかかった。「四郎様はあなたをお選びになった!だからあなた様にはここで死んでいただきます!」恐怖の余り美津はその場から動くことが出来なかった。「姫様っ!」澪の懐剣が美津の胸に突き刺さる前に、四郎が槍でそれを払った。「放して、放してよぉ~!」澪は怒りに歪んだ表情を浮かべながら、美津の胸を叩いた。「四郎様はわたしよりあんたを選んだ!あんたのせいでわたしは幸せになれない!死ねぇぇ!」澪はそう言って美津の首を絞め始めた。「あんたのせいで、わたしは不幸になる!」そう叫ぶ澪の目には、涙が光っていた。
2012年02月26日
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美津は、今日も琴を弾いていた。「姫様、今日も桜が綺麗ですね。」そう言って四郎は、庭の桜を見た。「ええ・・」「どうしました?浮かない顔をしていらっしゃいますが・・」「澪が、最近私に冷たくするの。」「澪が?」四郎の脳裏に、澪の涙が浮かんだ。「四郎何か心当たりない?わたし、澪に嫌なこと言っちゃったかしら?」今まで何不自由なく育った美津は、澪が四郎に対して想いを寄せていることなど知らず、知らない内に澪を傷つけてしまったかもしれないと思う気持ちが美津にはあった。「さぁ・・」自分が澪の告白を断ったから、美津に冷たくしているのではないかと四郎は思ったが、美津を心配させるわけにはいかず、そのことは美津には黙っていようと決めた。「もしかして澪は、四郎のことが好きなのかも・・」美津の言葉に、四郎の顔に動揺が走った。「どうかしたの?わたし、へんなことを言った?」「い、いいえ・・」そう言って四郎は逃げるように美津の元を去っていった。入れ違いに、澪が冷たい目をして美津の部屋に入ってきた。「姫様、少しお話がございます。」「どうしたの、澪?そんな顔して。」そう言って美津は琴を弾くのを止め、澪を見た。「単刀直入にお聞きいたします。姫様は、四郎様のことがお好きですか?」
2012年02月26日
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「・・そうか、美津姫の従者は百姓の倅とな。」薄暗い室内で、東雲勘三郎はそう言って家来を見た。蝋燭の明かりで勘三郎の白く、女と見まごうような美しい容貌を照らした。この男が、磯村を脅かす敵国・東雲の主、東雲勘三郎であった。齢32となる勘三郎は、敵国の美津姫を近々娶ろうとしていた。噂では、美津姫は天女と歌われるほどの美姫だという。その姫ならば、自分の側に置いても悪くはない。だが、美津姫の側には必ずあの百姓の倅がいる。自分よりも美しい容貌の持ち主の若者・・。(この世で美しいのは私だ!)なんとかしてあの若者の命を奪わなければ・・。勘三郎は扇子を握りつぶした。
2012年02月26日
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「四郎、どうしたの?」美津の部屋の前で四郎がしばらく佇んでいると、襖が開いて美津が怪訝そうな顔をして四郎の顔を覗き込んでいた。「いいえ、なんでもありません・・姫様、お体のお加減は・・」「わたしなら大丈夫。貧血は少し起きるけれど。」美津は生まれつき血液の病気にかかり、小さい頃は少しの怪我でも命に関わるものであったというほどの病状であったと、四郎は乳母の吉乃から聞いていた。「わたし、治療の時間が嫌い。母上はわたしの病気のせいでいつも泣いているし、父上は何か考え込んでいるし・・」そう言って美津は溜息をついた。「それに、みんなわたしのこと気味悪がってるし・・」「美津様、言わせたい奴には言わせておけばいいのです。心ない噂を真に受けてはなりません。」四郎はそう言って美津を抱き締めた。「そうね。ねぇ、今までどこにいたの?」「眠れなかったので、少しその辺を散歩していました。」下手な嘘を吐いた。「そう・・夜遅くに出歩かないようにね。あなたのことを最近、狙っている者がいるんだから。」美津はそう言って顔を曇らせた。美津姫の従者ということもあり、四郎はいつも敵国・東雲からの刺客に命を狙われていた。「ええ、わかっております。それよりも姫様、お話があるのですが・・」「なぁに?」「今夜だけ、姫様のお側にいてもよろしいでしょうか?」四郎の言葉を受け、美津は頬を赤らめて、「いいわよ」と答えた。四郎は美津への秘めた想いを殺して、その夜美津の側にずっといた。
2012年02月26日
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「四郎様、少しお時間、よろしいでしょうか?」四郎が廊下を歩いていると、澪が彼の後を追ってそう言って頬を赤らめた。「ええ、いいですよ。」「では、こちらへ・・」澪はそう言って四郎の手を掴み、人気のない庭へと連れて行った。「お話とは?」「わたし、四郎様を以前からお慕いしておりました。よろしければ、私と付き合っていただけませんでしょうか?」澪はそう言って、期待に満ちた目で四郎を見た。「・・あなたのお気持ちだけ、いただいておきます。」四郎は澪の元から去っていった。
2012年02月26日
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澪は四郎と手を繋いで城内へと入っていく美津の姿を恨めしげに見ていた。「どうしたの、澪?」澪の同僚である栄がそう言って彼女の肩を叩いた。澪は静かに美津と四郎を指した。「姫様はいいわね、四郎様といつも一緒にいて。」「そりゃあんた、仕方ないじゃない。四郎様は姫様の従者なんだし。」栄はそう言ってため息をついた。「その様子じゃ、あんた四郎様のことまだ諦めてないんじゃ・・」「簡単に諦められるわけないじゃない。私と四郎様は結ばれる運命なのよ。」澪はそう言って栄を睨んだ。「わたし、四郎様のこと諦めないわよ・・絶対に!」
2012年02月26日
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「美津様、どこへ行っていたのです?御前様がたいそうお怒りになっていましたよ。」澪とともに美津が城門をくぐると、紺色の着物にたすきをかけて槍の稽古を終えたばかりの四郎がそう言って美津を睨んだ。「ごめんなさい、市へ行っていて・・これからは、あまり市へは出ないわ・・」そう言って美津は部屋へと駆けていった。「美津様、お待ちを!」四郎は槍をそこらへんに放って美津の後を追った。「放してよ!」美津は涙を流しながら、四郎の手を振り払った。「何があったのですか?一体どうなされて・・」「お前もわたしのことを人の血肉をすする鬼姫だと思ってるんでしょう!?」美津の言葉を聞いて、四郎は美津の従者になったばかりの頃を思い出した。城内では美津に対する心無い噂が広がっていた。美津はいつも自分の部屋に閉じこもり、人の血肉をすすっている鬼姫だと。その噂はたちまち城外にも広がり、美津は人々から“天女”と呼ばれていたが、その反面、“鬼姫”と呼ばれ恐れられていた。城内でも美津に優しくしてくれるのは四郎と澪だけで、それ以外の者は美津のことを“鬼姫”と呼び恐れていた。「四郎だって、わたしのこと恐ろしいんでしょ?わたしが人の血肉をすする鬼だから・・」「そんなこと、思ったことはありません。」四郎はそう言って美津を抱きしめ、懐紙で美津の涙を拭った。「夜風はお体に障ります。部屋に戻りましょう。」「ええ、わかったわ。」美津はそう言って四郎と手を繋いで城内へと入っていった。
2012年02月26日
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「琴には飽きたわ。ねえ澪、わたし市へ出てみたいの。」美津はそう言って立ち上がった。「ですが、御前様がなんとおっしゃるか・・」「母上には黙っていればいいことよ。それにわたし、自分の身を守る術なら心得ているわ。」澪は美津が市へ行くことを反対したが、美津の説得の末結局折れて一緒に行くことになった。「うわぁ、人がいっぱいね。」「姫様、迷子になりませんよう。」初めての市にはしゃぐ美津を、澪はそう言って諌めた。小国だが南蛮との貿易で栄えている磯村の市では、南蛮渡来のギヤマンやカステイラなどが売っており、それらはいつも城に閉じこもりがちだった美津の目を大いに楽しませた。「綺麗・・」美津はそう言って髪飾りを扱っている店の前で止まり、ひとつの笄を手に取った。それは螺鈿細工で蝶の模様が彫られており、太陽の光を受けて玉虫色に光っていた。「澪、わたしこれ欲しいわ。」「しょうがありませんね。」蝶の笄は、美津の黒髪によく映えた。「もうすぐ日が暮れるわ。母上にバレるまえに、帰りましょう。」そう言って美津が走ると、1人の子どもにぶつかり、かぶっていた笠が落ちた。「ごめんなさい、あなた、大丈夫?」転んだ子どもの怪我を見ようと屈んだ美津を、子どもは睨んで彼女を突き飛ばした。「姫様、大丈夫でございますか!?」向こうで魚を見ていた澪が慌てて飛んできて、美津を抱き起こした。「ええ、大丈夫よ。」「お前、姫様に対して無礼であろう!」澪はそう言って美津を突き飛ばした子どもを睨んだ。「うるせえ、この鬼姫と女狐が!」子どもはそう吐き捨てるように言うと、雑踏の中へと消えていった。―あれは・・―ああ、確か美津姫とかいう・・―人の血をすすり、肉を喰らうとかいう鬼姫・・―近寄るんじゃないよ、頭から食われちまうよ・・人々の心無いささやき声が、美津姫の心を傷つける。「姫様、参りましょう。」「ねえ澪、鬼姫ってわたしのこと?」そう言っていままでうつむいていた美津は、顔を上げた。「参りましょう、日が暮れまする。」「ええ、わかったわ・・」澪に連れられ、美津は城のほうへと歩いていった。
2012年02月26日
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