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先日の日曜日、カミサンとスーパーへ買い物に出かけた。元々、呑兵衛の食い道楽なので、何かウマイモノはないか・旬のモノはないか・珍しい珍味はないかと探し求めて、カミサンにはよくお付き合いした方だ。その根源は美味しいお酒を美味しい「肴」と共に味わいたいという欲求。おかげで体重はベスト60KGを15KG上回る75KGまで上昇。ウエストはメタボ診断の基準値85cmを超えていた。でも、病気の治療が始まったら、当然禁酒を言い渡された。そしてお酒を止めると美味しい物が食べたいという欲求もなくなり食事にも興味がもてなくなった。おかげで今はスマートな体型に逆戻りし、これはこれでよかったと思うこの頃。ん! 何を書こうとしてたんだっけおそうだ。スーパーに行ったときのこと。鮮魚売り場に威風堂々としたワラサが1本丸ごと売ってた。ブリ・ハマチクラスよりは小さめだった。値段は高くない、お安いくらいだ。家族で食べるには大きすぎたので、ほ~という程度でやり過ごそうとしたらカミサンが買いたいと言い出した。買っても食べきれないよと言ってもどうしても欲しいという。カミサンは魚よりも肉のほうが好きで、いつもだったら見向きもしないのにどういうワケかこの日はこだわっていた。安かったんで買うことにした。それがコレ 新聞紙半分程度の大きさだ。 これを裁くから包丁を研いで くれといわれ、砥石を引っ張り 出しゴシゴシとやる。 サビが浮き始めていた出刃を せっせと研ぐ。 よし、切れ味復活。 隣で裁くのを見ていたら、意外とすんなりと裁いていく。3枚におろしたところで皮を剥げなく悪戦苦闘。ここでチョイとお手伝い。皮剥は私のほうが得意。そして出来上がったお刺身がコレ これでも半身の量だ。後の半身はいつも一緒に遊んでくれる呑兵衛のお友達の自宅へ届けることにした。ちょうど今は稲刈りシーズン。家族総出の作業となるので食事を作っている暇がないことを分かっていたカミサンは最初から友人宅へ届けるつもりでいたのだ。残ったアラは豆腐・ネギを入れアラ汁(みそ汁)にして食べた。豪快な食事になってしまった。たまにはいいだろう。メタボにならない程度にしておきたい。
2010年09月28日
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昨日の夕方、姉夫婦がやってきた。お土産は「天然舞茸」。義兄がその日の朝早くに山には入り、採ってきたものだ。 天然舞茸は、毎年生える場所が決まっているので、一度採った場所は忘れずに覚えておかなければならないし、他人には絶対教えてはならない秘密の事柄。今は亡き父も山歩きが大好きで、山菜・キノコをいつもシーズンが始まると共に山には入り採ってきていた。冒頭で言ったとおり生える場所が秘密のため、その人が居なくなれば、その場所は誰かが発見するまで封印される。父はそろそ山歩きが出来なくなってきていた事を自覚し、私と義兄をつれて舞茸の生えている場所まで案内したことが2度ほどある。老いたとはいえ、地下足袋を履き颯爽と山の斜面を登っていく姿に老いは感じられなかった。こちらはついていくのがやっとの状態。途中、帽子は無くすは、靴は脱げるはでこんな思いまでして採らなくてもイイと思ったものだ。私は元々山歩きが好きな方ではない。あの藪をかき分けて歩くのと、いろんな昆虫や気持ちの悪い虫類が苦手。しかし、義兄は山が好きで、以前から山菜を採ってはお裾分けに与っていた。そんなワケで、義兄はしっかり場所を伝授して貰い、毎年このシーズンになると採りに行くことが日課になっている。今年の出来はあまり良くないという。雨が少なく、最近まで続いた気温の影響があるようだ。それでもよほど良い場所なのだろう、手ぶらで帰ることなくしっかりと目的のモノを採ってくる。元々は亡き父の遺産みたいなモノ。遠慮無くいただくことに。天然舞茸は、サクサクとした歯触りと、部屋充に漂う強い香りが特徴。呑兵衛だったら軽く炙ってお酒の「肴」にしてもイイし、塩をふって炙った舞茸を茶碗に入れ、熱々の燗酒を流し込み、「舞茸酒」にして飲めば「ひれ酒」どころの話ではない。(ウマイという意味)今は飲めないので、近々「きりたんぽ」鍋に入れて食べてみようと思っている。いよいよ秋本番。旨いものが目白押しだ
2010年09月27日
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昨日の夕方、行商のオジサンがやってきた。いつも寄るオジサンが持ってきたのは「白魚」(シラウオ)。八郎潟で捕れたばかりの新鮮なシラウオだ。 八郎潟はご存じの通り、国内第 二位だった湖を干拓(埋め立て ではなく水を掻き出す) して出来た農地。 しかし調整池と称する「残存湖」 が周囲を囲んでおり、汽水湖と して生き残っている。 ここではコイ・フナ・ゴリ・白魚等 の魚が捕れ、佃煮としても有名 最近では、ブラックバス釣りの名所として知られるようになってきていたが、リリースが禁止されたことから訪れる釣り人が減ってきている。ブラツクバスのおかげで、シラウオのような小魚は年々漁獲量を減らしてきているので、昔のようにドンブリでバクバク食べることは出来なくなってきた。 シラウオはそのままお刺身でいただきました。生姜を乗せお醤油を掛けてがぶりとやると、身がプリプリしていて、苦みの中にもほんのりとした甘みが感じられ、旨い。ぬる燗があったら最高だろうなと、お酒を飲んだときの味を想像。少しくらいなら飲んでも平気な状態にあるが、それほど飲みたいという欲求もなく、ご飯のおかずとして充分美味しくいたたくことが出来た。シラウオはこの辺では「シラヨ」とか「シラヤ」という呼び方をしている。いつも思うのは「シラウオ」と「シロウオ」の違い。「シラウオ」はサケ目シラウオ科シラウオ属。「シロウオ」はスズキ目ハゼ科のお魚。シロウオは淡黄色がかっているから見分けがつきそうなものだが、比べて見ないと中々わかりずらい。ウンチクを垂れているが、今食べている白魚が本当のシラウオかも自信がない。ネットで調べても何となく違うような気がする。何かの幼魚かもしれない。まあ~余計なことは言うまい。食べて美味しければそれでイイ。シーズンを迎えた八郎潟のシラウオはコレからも食べられるのだから。
2010年09月24日
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昨日22日は、「中秋の名月」十五夜でした。我が家では毎年この日に祭壇(お供え物を上げるだけ)を設けてお祈りするのが慣わし。朝からばあさんが準備を始めたので何事かと思っていたら、今日が十五夜だと聞かされ、「あっそ~なんだ」と関心のなさを露呈してしまった。そういえば、それまでは亡き父が必ずお祈りをしていた。丁度この時期が米の収穫時期と重なり、その年の米の出来に対して感謝の意であったり、この一年の無病息災を祈念する行事でもあった。 そしてこの行事は男だけが祈る事が出来る行事。何故か?それはお月様は女性だと信じられているから。女性がお祈りするとヤキモチを焼くので男性だけがお祈りするという。(本当かどうか分かりませんが、我が家ではそう伝えられている)あいにくの曇り空。中秋の名月は雲の隙間からチラット見せただけで、雲を通しての薄明かりが見える程度。今年のお月様は恥ずかしがり屋らしい。(ココの場所だけね)だんだんこういった風習が無くなっていくだろう。でもこうやって感謝の気持ちをお祈りというカタチで表すと不思議と落ち着く。ただ月に祈るだけで神妙な気持ちになってくる。月に人間が行ったのは遙か昔の出来事。それでもやはり月は月。名月を観賞し感謝の気持ちを持ち続けたい。
2010年09月23日
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「女形」は、「おんながた」又は「おやま」と読む。なぜこんな事を言っているのかというと、私はそれまで「おやま」と読むのが正解で「おんながた」は間違いだと思っていたからだ。ではなぜそう思っていたか?チョット若い頃の思い出にお付き合いを。貧乏学生だった頃、昼食は大抵学食を利用していた。安くて利用しやすいし、当時の一般的な学生は大抵利用していたものだ。その中のカレー販売の窓口に、40代と思わしきオバチャン(だったと思います)がいて、私と顔を合わすと「あんたおやまやりなさいよ!」と声を掛けてきた。それも一度や2度ではない。顔を合わすたびにこう言われ続け「おやま」ってナンダと思い始めて調べてみたら、歌舞伎で男性が女性の役柄を演じる人の事だ分かり、ナンデ俺がと思ったモノ。当時は痩せてて、はやりの長髪にパーマを掛けていたからそんな風に見えたのかな。また坂東玉三郎が「女形」として人気になり、メディアに登場する機会が増えた時期でもあった。そのオバチャンは「おやまやったらイイ役者になるのにもったいない」とまで言い出していたが、カレーを大盛りにしてくれるわけでもなく、肉を余計に盛りつけるワケでもなかった。この辺は残念。(若い頃の思い出話です)そして最近。テレビのアナウンサーやコメンティーターが「女形」を「おんながた」と普通に読んだり、呼ぶ光景が頻繁に見られ、そのたびに心の中でそれは「おやま」と読むんだと叫んでいた。しかし、その頻度があまりに多いので、もしかしたらと思い再度調べてみたら冒頭の通りどちらでも読めることが判明した。ただし、それぞれ使い方に意味があり、使い分けしているようだ。「女形」は「おんながた」と読み (元々は女方と書いていたそうです)「立女形」「若女形」は「たておやま」「わかおやま」と読む。そして、「おやま」という呼び名は遊女に繋がることから歌舞伎の世界ではあまり使いたくないようなことだった。学生時代からの思い違いを解決出来て一安心。カレーのオバチャンのせいなどとゲスな事は言うまい。もう二度と声なんか掛からないのだから
2010年09月22日
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夕方、近所の友人からたまには外で食事でもしないかと誘われて、焼き肉屋にいった。禁酒してからは夜の町に出ても飲めないし、体調も良くなかったのでそういう気にもならなかった。だから久しぶりの夜の町だった。友人は肉食系。肉類が大好きだし、女性にも目がない。放っておくといつのまにやら別の女性グループに混ざって勝手に騒いでいる。初めのうちは受け入れてくれるものの、そのうち騒ぎすぎて追い返されるのがいつものパターンだ。まあ~気を使わず気兼ねなく飲める友人の一人だ。焼き肉屋で少し飲んでから(私は生ビールを一杯だけ、以後はひたすらノンを飲む)二次会に行くことになった。体力が落ちているので、食べたら帰るつもりでいたが、一杯の生ビールが後押ししてくれたようで、行くことにした。 地元のスナックはおなじみさんばかり。気取ったり、カッコつける必要もなくのんびりと雰囲気に浸る。もちろんココでも飲み物はノンだ。ママは私が飲まないことを知らなかったので、どうしたのという顔で見ている。説明するのが面倒なので勝手に断酒しているといい加減な返事でごまかす。さて、久しぶりのスナック。だんだん雰囲気にも慣れてきてカラオケも。カラオケは酔っぱらって、恥も外聞もなくなってから歌うモノだと思っていたのでシラフで歌うことは何となくハズカシイ。コブシを効かせたり、物まね調に歌い笑いを取ったりすることが飲んだときの礼儀と心得る元営業マンにとってシラフはキツイ。そんなかんなでココロの葛藤を楽しんだ後、いざカラオケへ。どういう訳か以後マイクを離すことはなく、日頃のストレスを存分に発散することができた。やはり夜の町が私を呼んでいる。
2010年09月20日
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ご無沙汰です。更新、だいぶサボっておりました。ネタが無いせいもあるが、体調が今ひとつ。それも便秘に悩まされておりました。火曜日あたりから全く便意が無く、2日ほど出ず。カミサンに話したら女性はそれくらい当たり前で気にするほうがおかしいという。しかし、それまで毎朝必ず出ていたモノが全く気配もなくなるという体験は初めて。正常な身体の持ち主ならそれほど気にすることも無かろうが、いわば私の身体は異常な状態。放射線の影響も考えておかなければならない。お腹も痛み出した、3連休を控えなにかあってからでは遅すぎる。不安な事は解消しておかないと気が済まない性格。4日目に我慢できず病院へ。結局、腸には異常が見あたらず、痛み止めの薬が便秘を引き起こしたのではないかという診断。確かにそういう傾向のある薬、そういえば最近量を増やしたばかりだった。便通をよくする薬2種を処方してもらい、とりあえずは納得。そして、今日土曜日にでました。やっと、やっとの思いで少しだが出た。まだ宿便がお腹にたまっている感じはなくなっていない。便秘がこんなに苦しいものだとは今まで気づかずに過ごしてきた。女性の苦しみを少し理解。いきなりこんな話で申し訳ない。でも本当に苦しい思いだった。食べたモノが出ないとなると食事も自然と制限してしまう。少しは痩せたかな?話は変わります。自宅、敷地内にブルーベリーの木が1本生えている。この夏の暑さのせいか生育がよく今年は例年以上に実が採れた。 いつもだったら、ホワイトリカーなんかで果実酒を造るのがオチ。しかし飲めない呑兵衛にとっては果実酒は御法度な飲み物。今年は造らないことにした。ふとブルーベリーの効能について調べてみたら、抗酸化作用の強い食べ物でビタミンC・E、アントシアニンが豊富で大変身体に良い食べ物であることが書かれていた。抗酸化作用の強い食品は、生活習慣病のがんや糖尿病、動脈硬化などを予防する効果があるという。そしてそのまま食べてもいいとある。育ち過ぎたのか、甘みと酸味はそれほどでもない、食べられないことはないなという味と食感。この際だからこのまま食べることにしよう。残念ながら便秘の改善効果はないようだ
2010年09月18日
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ご当地ヒーロー「だまこマン」をご存じか?地元の人間しか知らない隠れたヒーローだ!「だまこマン」を説明する前に、そもそも「だまこ」とは何ぞやということから説明したい。 秋田料理に「きりたんぽ鍋」 というものがある。 この「きりたんぽ」の代わりに 使われるのが「だまこ」。 きりたんぽの竹輪状のカタチ に対して「だまこ」はまん丸。 ご飯を半殺しにし、ピンポン玉 より2周りほど小さく丸めた物 で焦げ目は付いていない。 ご飯をつぶして丸めるだけなので、きりたんぽより手軽に作ることが出来、「今日は、だまこにでもするか~」という感じで、各家庭の味付け(醤油ベースの味、味噌を入れる家庭もある)で食べられている。いよいよ新米の季節。近所では稲刈りの準備に取りかかる農家も出てきたところ。これからは「だまこ鍋」が食卓に上がる頻度も増えてくるだろう。ただ、「きりたんぽ」に比べて「だまこ」の知名度は低い。そこで町では知名度アップと消費アップをねらい、ご当地ヒーロー「だまこマン」を登場させたという訳だ。 実際のヒーローはかぶり物をした実物大のヒーローが存在する。上のシールはそれをモチーフに人形を作り、更にシールにしたもの。「だまこの味は愛の味」 そう各家庭の味であり、母の味でもある。お鍋にご飯を入れるという感覚は人により理解出来ないこともあるに違いない。でもおつゆがしみこんだご飯は雑炊よりもあっさりしていて、ご飯・出汁・具材の3種類の味を楽しめる。せっかく作ったシールもある。「一度食べてみてタンセ!」
2010年09月13日
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銀ブラを楽しんだ後、電通通りをソニービル沿いに歩いていたら「めざまし君」を発見。 フジテレビ系「めざましテレビ」がプロデュースする物産館「銀座めざマルシェ」だ。全国の物産品が勢揃いするおもしろ館でしょうか。こういったものに直ぐ反応するところが「オノボリ」さんらしい。高島 彩アナの等身大の写真に目が行く。そういえばもうすぐ退社するという記事が載ってたな。毎日朝早くからお仕事でご苦労さんと言いたい。時間が無くゆっくり中を見ることが出来なく、チラッとみて通り過ぎる。銀座通りに面するお店がだいぶ変わっているのに対し、電通通りがそんなに変わったように見えないのはお店が少ないせいかもしれない。(オフィスが多い)久しぶりの銀座を楽しみ後にする。実は土曜日にも大きな買い物をしている。それまで使っていたベットに不満があり、新しいベットを新横浜の「IKEA」で購入していた。「IKEA」は低価格を売りにした組み立て式家具のメーカー。ベットの価格は6万円。それに配達料が5千円かかる。さらに組立を依頼すると5千円また掛かる。安いと思った買い物が意外な高値になってしまっている。この価格でも組み立て式。普通の家具屋さんでも立派なベットが買える値段だ。「IKEA」の術中にはまってしまった。これが明日(月曜日のことです)配達される。組立は当然私がすることになる。思い通りに動かない左足をいたわりながら組立となると気が重い。娘は両親が何から何までやってくれるモンだと思っている脳天気な子。まあ~たまのことだ、面倒みてやるか
2010年09月11日
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娘宅に遊びに来ていた日曜日、久しぶりに家族で銀座に行った。日曜の朝、誰からともなく「今日どうする?」と今日の予定を聞いてきた。横浜(山下公園・中華街)や鎌倉も候補に挙がったが、せっかくの東京なので久しぶりに銀座でも行ってみるかという事になった。娘は、今使っているバックがだいぶくたびれてきたので、バックの専門店「MIUMIU」(ミューミュー)に行きたいという、丁度良いではないか。ということでいざ銀座へ!秋田へ転勤になる前、勤めていた会社は新橋にあった。大口の取引先の会社が東銀座にあり、営業を担当してた私は毎日のように、新橋と銀座を往復していた。電車を利用したり歩いたりとその時々の気分でかっ歩していたわけである。従って銀座には詳しい方。どこにどんなお店があるとか、迷うことなく目的のお店に行く自信があった。余談だが「夜の部」にも詳しい。バブル真っ盛りの頃、銀座で遊んだのはいい人生経験をさせて貰ったと感謝しているくらいだ。(なにに感謝するのかな?)さて、目的のお店に行く前に腹ごしらえしようと入ったお店は、ソニービルの入り口横にあるレストラン。半地下の店内は、古き良き時代の銀座を思い起こさせる雰囲気を漂わせている。カウンターの奥にはウイスキーやカクテルの瓶が所狭しと並んでいる。大人のお店だ。ランチもあったのでそれぞれ別の料理を注文。 スパゲッティー・トマトとチーズの入ったヤツ オムライスにチキンが乗ったあんかけ 定番のハンバーグ。 メニューに載っていた名前が長ったらしくて、とても覚えられませんでした。で、こんな見たまんまの名前を勝手に付けさせて頂きました。アシカラズ。腹ごしらえも済み、いざ目的の場所へ。お店の住所を頼りにその付近まで来てみたが、かんじんのお店が見あたらない。住所を確認しても確かにこの辺だ。その辺をうろうろしてみるが無い。私を見る娘の目がキツイ。でも住所では確かにこの辺。おかしいなと思い別のお店に入って聞いてみることにした。そこで判明致しました。なんと引っ越していたのです。引っ越し先は「松屋」の2階。早速そちらへ移動。娘の目が穏やかに変わっていた。カバンには全く興味がないので、お店には娘とカミサン2人で行くことに。私は銀座の「ホコテン」(古いな~)で車道に設置されたベンチで一休み。歩行者天国が導入された当時はどこに行っても人・人・人だった。でも今時のホコテンはそうでもない。のんびりと道行く人を眺め、寛ぐことが出来る。ここでバリバリ仕事をしていた当時を思い起こしながら、少し感傷に浸るのだった。
2010年09月09日
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娘宅に行ったときにオモシロイ食材を見つけた。それは「角屋」のやきそば。 どこかで見かけたことのある梱包と、味付きなのでそのまま食べられるのではないかという期待感がどこからともなく湧き出てくる。そうだ。思い出した。確か日テレの「秘密のケンミンSHOW」で紹介されていたものだ。メーカーの説明では、食べるときはフライパンで温めなおして食べるように指定されているが、地元消費者は味付きのため温めなおすことなくそのままガブリついて食べてしまうという食品だった。中身をみると、麺だけで肉類・野菜類は見あたらない。麺だけのヤキソバ。見ただけでは美味しいと期待させるものが何もない。袋を開けてテレビで紹介されていたようにガブリつく。う~~ん。美味しくはないな!そりゃ~そうだ。冷蔵庫から出して、冷たいままのヤキソバが美味しいはずがない。それとビニール袋入りのためか、ビニールの臭いが鼻につく。簡単になんか食べたい時とか、フライパンを出して料理するのが面倒な時はこの方法も良いだろうが、やはりフライパンで温めなおして他の具材を入れて料理して食べたほうがいいだろう。ふと賞味期限をみると、とっくに過ぎている。娘はどこからか貰ってきたものを冷凍室に保存していたのだった。それを自然解凍し食べさせられた私はさしずめ毒味役か?美味しいはずがないではないか!テレビで評判になったヤキソバだ。次は地元で出来たての美味しいヤキソバをカブリとやってみたい
2010年09月08日
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先週の金曜日から月曜日まで、川崎市の娘へ遊びに行ってきました。一人り暮らしのためか、事あるごとに親を呼びつける。用件は部屋の掃除だったり、転職の相談だったりとそれなりの理由はある。でもなれない土地での寂しさが一番の理由のような気がする。学生時代は体育会系の部に所属し、休みもなく走り回っていたし何かがあっても近くには同級生・先輩・後輩がいて、一人になるのが難しいくらいの学生生活を満喫していた。社会人になり社会・会社の仕組みを理解し、そこでの人間関係の複雑さを実感するごとに、改めて社会人として生きていく厳しさを身にしみている様子。それでも誰か愚痴を聞いてくれたり、相談に乗ってくれる人がいればストレスをため込むこともなくやり過ごすことも可能だろう。そうだ、転職なんか考えずに「永久就職」を早く決めて欲しいと願うのは親の欲目か?さて、この4日間の事を少し書いてみたいと思う。日を追って順番に書いていくのが筋だが帰りの天気があまりにも異常だったので、このことから書いてみたい。月曜日に秋田へ帰る途中ものすごい気象に遭遇した。それは仙台の手前あたりから、行く先の空に稲妻が走りどす黒い雲が立ちこめていた。道路の案内板には「この先雨の為50K制限」の文字が表示され、これからの天候を予想させている。しかし仙台を過ぎても雨はそれほどではもなく普通(100KM/H)に走れていた。ただし前方には相変わらず稲妻が走っている。夕方7時頃それは古川あたりで始まった。突然激しい雨と風が押し寄せてきた。ワイパーを高速にしても視界は10M先が精一杯。スピードは60Kそこそこ、他の車も一斉にスピードを落とす。雨と言うよりも横からホースで水を掛けられているよう。進むうちに雨が「ヒョウ」に変わった。パチンコ玉より大きめのヒョウがバチバチ車に当たってくる。車に傷が付かないか心配になる。前を走っていた車が次々に路肩へ避難しハザードランプを点滅させて停止する。後ろを見るとやはり同じように路肩に避難している。風は渦を巻いて車は真っ直ぐに走ることが出来ない。そのうち降り積もったひょうがタイヤを滑らせて殆ど走行不可能状態に。ここで止まるか悩んだが、ここにいてもしょうがないと思い車を先に進める。ヒョウが雨に戻り少しは走りやすくなる。たが横殴りの雨・風・稲妻は相変わらずだ。やがて、「長者原」SAの看板が目に入り、ここで休む事にした。SAの中はそれほど混んでいない。車の外に出ようとしても雨が激しすぎて出ることが出来ないでいた時、あたりが真っ白になるくらいの稲妻が光ったと思ったら、SAの電気・照明が全て消えて真っ暗に。え! こんな事ってあるの。レストランで食事している人は・トイレで用を足している人は大丈夫!!!!その後、2~3分程で復旧。ほっとするとまた稲妻が光った。また闇夜の世界へ落とし込まれる。しばらくして復旧したが2度もあるなんて半端じゃないな!10分ほど休憩し再び車を走らせる。雨・風は幾分収まってきた。SAを出てから5分も走らないうちに急に雨がやみ、道路を見るとあめが降った形跡がなく乾いている。もしかして局地的な集中豪雨だったのでしょうか? さっきまでのアレはナンダッタの?その後は天気も回復(天気が回復したのではなく、そのエリアから遠ざかった為)し無事に帰って来れた。長いこと車に乗っているがこんな気象は初めて。退屈なドライブが一転して緊張と不安が交差したスリル満点のドライブに変わった。また楽しみたいような、二度と会いたくないようなドライブでした
2010年09月07日
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TBS系列で放送されていた「アイリス」が9月1日に最終回を迎え終了した。韓国で驚異的な視聴率を稼ぎ、ロケ地に秋田が含まれていたこともあり、毎週楽しみに見ていたドラマだ。「アイリス」効果で韓国からの観光客が大勢訪れ、廃止も検討された秋田←→ソウル便がなんとか廃止にならず存続することになった背景には多大な影響があった。官民を上げての集客努力。受け入れ態勢の整備等、後手に廻った印象はあるが秋田をアピールする良い機会になった事は確かだ。さて、娯楽としてのドラマはどうだったか?率直な感想を言えば、「何かが足りない」莫大な予算による手の込んだ、妥協のない映像造りは確かに見応えがあった。だがそれだけだった気がする。一番気になったことは、ストーリーのテンポが速すぎてついて行けなくなったこと。またテンポの速さを補うための状況や背景についての説明が不足し、何度も「何故ここにいるの?」 「アレはどうなったの?」 「どうして敵と味方が一緒なの?」といった「謎」が至る所に見られた。何本かの短編小説を、無理矢理1本の物語に詰め込んだような内容に思えて仕方がない。国内の視聴率はどうだったのかな?韓国では「アイリス2」の制作が噂されている。今回のドラマではまだ解明されていない「謎」が2では解明されるらしい。期待していいかな?2のロケ地も秋田で行うよう働きかけていくと報道されていた。また鳥取県が名乗りをあげたという記事もある。影響力のあるドラマだから秋田も是非またロケ地として紹介され、国内の観光客にも足を運んで欲しいものである。最終回を見ていて、ふと吹き出しそうになった事がある。それは主演のイ・ビョンホンさんが、何故か「アリス」のベーヤン(堀内孝雄)に見えてしまったこと。あのヒゲと人なつっこい目は確かに似ていた。「アイリス」のイ・ビョンホンと「アリス」のベーヤン。いい組み合わせだと思ったのは私だけ?
2010年09月03日
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9月だというのに相変わらず暑い。今日は34度まであがる予想だ。もういい加減にして欲しい。東北秋田の地で生活して13年になるが、こんな暑い日が続いた夏は初めてだ。(歴の上ではもう秋なのに)この暑さが野菜の生育に影響し高値が続いている。ミョウガのシーズンをむかえているが、ミョウガもこの暑さの影響で収穫が落ち込んでいるという。ここ秋田では県北能代が生産地として有名。春先の長雨と8月の酷暑でミョウガが枯れ始め、例年の3割程度の収穫しか見込めないという記事が新聞に載っていた。実は我が家にも小さいながらミョウガ畑がある。畑と呼べるシロモノではなく勝手に生えてきたと呼んでもイイくらいのモノ。 朝取りミョウガです。スーパーで売っているモノに比べたらずいぶんと色彩が濃い。野性味タップリのミョウガです。私はこのミョウガの香りが大好きで、おひたしや生でも風味を味わいながら食べてしまう。風味が強烈な分料理方法が限られてしまうのが残念なところ。この暑い中、手間を掛けずに簡単に食べられるものは?そうヤッコですね! 豆腐の上に刻んだミョウガを乗せ、「冷ややっこのおつゆ」を掛けていただいた。「冷ややっこのおつゆ」は、多分お中元の調味料セットの中にあったものだろう。ヤッコのために買うことはないシロモノ。味は、ほんのりカツオ出汁と生姜の香りが漂う。そのまま醤油を掛けるよりはいいだろうという程度のお味(ゴメンなさい)いつもであれば、冷やは冷やでもヤッコには冷や酒がお勧め。冷やした小ぶりのグラスでクイッとやれば言うことなし。それにしても、あれほど飲みたかったお酒を飲みたいと感じないこの不思議さ。禁酒をしてから5ヶ月も過ぎれば忘れてしまうのか?まあ~ それはそれとして良しとしよう
2010年09月02日
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娘から電話が来た。内容は「会社やめたい」病。入社3ヶ月後から始まったこの病気は2年経っても一向に改善されていない。普段のやりとりはメールが主。電話が鳴ると「またか~」となる。娘は少々変わった考えの持ち主。変わった子だな~と思い始めたのは高校に入ってから。高2で文系と理系のクラスに分かれる時、本人も親も文系が得意で理系が苦手なのは承知していた。だから文系のクラスに入るモノとばかり思っていたら、どういう訳か理系に入ってしまった。理由は「ここで化学・物理を受けないでいたら一生勉強する機会がなくなってしまうから」という。立派な理由だが、受験は大丈夫と思うのが親。やはり、予想通り理系の成績は思わしくない。結局、進学先は国立の文系の学部。最初から文系にしておけばこんなに苦労せずに済んだのにと思ってしまう。入学してからまた彼女は宣言した。 「教員免許を取ると」教育学部ではなかったため、免許を取得するためには夏期・冬期に行われる特別講座を受ける必要があった。4年間で受ける講座の数は半端ではない。大学の説明では半数以上が途中であきらめるという。しかし彼女はなんとか4年間張り通し、教育実習も済ませ、後は1~2単位取れば良いところまで来たときまた宣言した。「教師になるつもりはないから免許は取らない」と。何故・何故・何故・・・ど~してぇ~~この4年間の努力はナンダッタの、「教育実習がしたかっただけだったから」と、のたまう彼女を説得し、なんとか単位は取らせ、ゼミの教授ともすったもんだし、やっとこさ卒業させた。そして、当時は売り手市場の就職戦線。さして苦労もせずに内定をいただき、現在の会社へ入ってからは3ヶ月でやめたい病を発症。「やっぱり教師になりたい」と言い出した。以後、転職と教師になりたいとの願望をもちつつ、なんとか踏みとどまっている。ここで振り返ってみると、回り道ばかり、イヤ回り道ではない2倍くらいの遠回り人生である。どうしてショートカットしないのか不思議である。そんな娘の所へ今週末遊びに出かける。「掃除しに来てね~~」という言葉を鵜呑みにして、喜んでいくオヤバカである。おバカは遺伝するらしい
2010年09月01日
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