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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------まるごと愛されていることを知りました。私的な話で恐縮ですが、私の母と、私は、生きかたがまったくちがいます。母は、ある事情から、学校にもろくに行けないような苦労をして育ちました。だから、とても努力家です。堅実です。現実的です。私のような「極楽トンボ」で、「飛び出した鉄砲玉」のような、「空想が、服を着て歩いている」ような、そんな生きかたは、まったく理解できません。 すべて、実際に言われました…。(^^ゞまた、ひととのあいだで、とても苦労をして育ったので、「おとなしく言うことを聴いて、 ひとさまにかわいがられる」「いたずらに波風立てない」生きかたをのぞみます。だから、私のような「歩くハタ迷惑」の生きかたには、いつもこころを痛めます。そして、母の究極の夢は、娘が幸福な結婚をして、平凡な家庭を築くことでした。それなしには、本を出版しようが、セミナーの講師をしようが、ワークショップを年間何十回やろうが、何の価値もありません。そう。つまり、私は、ことごとく、母の夢を破壊しているのです。でも、私は、私の生きかたを変えようとは思いません。そして、それでいいのだとも思っています。それは、20代のときに母からもらったひとことが、いつも胸のなかにあるからです。苦しくて、苦しくて、だれにも本当の気持ちをわかってもらえないと思っていたときでした。母が、たったひとこと言ってくれたのです。「何も言わずに、帰ってきなさい。 受け入れるために、親はいるんだよ」私は、そのとき、私という存在が、母に、まるごと愛されていることを知りました。母ののぞまない生きかたをしている私が、その生きかたそのままに、受け入れられていることを知りました。私は、私のままに生きていい。私がそう思えるのは、母のおかげだと思うのです。私は、親にはなれませんが、母からもらったものは、かたちを変えて、自分の人生のなかで生かしていきたいと思います。それが、母にたいしてできる、唯一の親孝行なのかもしれないと、勝手なことを思いながら。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1025号(2006年8月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------素直になっても、大丈夫なんだよ。もしも、あなたが、子どものころに、信号機の赤い色を、「これは青だ」と教えられたとしたら?「青信号でわたりましょう」あなたは、赤信号を青信号だと思ってわたり、車にはねられるか、どなられるか、するでしょう。でも、あなたには、その理由がわかりません。安全だと思いこんでいる赤信号で、ちゃんとわたったのですから。これと、似たようなことが、こころの問題でも起きます。もしも、あなたが、子どものころに、大好きなお父さんやお母さんに甘えて近寄ったとき、「いま、いそがしい」と、相手にされなかったとします。そのくせ、あなたが泣き出して、だだをこね、ものを投げつけなどしたら、たちまち飛んできて、「どうしたの?」と心配されたり、ときには、おもちゃまでもらえたりしたとします。あるいは、叱られたりするかもしれませんが、それでも、そのあいだは、ずっと、自分の相手をしてくれるのです。そこで、あなたは、学習するのです。こころのままに行動しても、期待する反応はもらえない。それよりも、困らせたり、わがままにふるまったり、注目を引くことをするほうが相手にしてもらえるのだと。信号機ならば、だれかが気がついて、あなたのまちがいを教えてくれるかもしれません。でも、あなたのこころのなかは、だれにも見えません。ひとに注目してもらうためには、素直に行動してはいけない。その思いこみは、本当はまちがっているんだよと、教えてあげることはできないのです。ですから、あなたのまわりで、そんなまちがった思いこみをしていそうなひとがいたら、どうか、教えてあげてください。素直になっても大丈夫なんだよって。そして、それをわかってもらうためには、あなた自身が、素直に生きる必要があるんです。あなたが、素直なままに行動して、そのままに受け入れられる姿を見たとき、そのひとは、はじめて、ほっとするんです。ああ、素直に生きても大丈夫なんだって。長いことかけられていた魔法を解くことができるんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1024号(2006年8月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------私たちは、ゆるされている。ゆるすことをためらうひとは、たいてい、こんなかんちがいをしています。それは、「ゆるすということは、相手を 正しいと認めることだ」「ゆるしてしまうと、相手が 自分より優位に立つことになる」ここには、ふたつのわなが隠されています。ひとつめのわなは、相手が正しいのなら、自分は正しくないという思いこみ。私たちは、おおくの場合、こたえはひとつしかないと、思いこんでいます。ですから、ゆるしてしまうと、自分は正しくないとみなされるのではないかと怖れます。そのために、ゆるすことをためらってしまいます。ふたつめのわなは、相手をゆるすと、自分が負けたことになるという思いこみ。ゆるしには勝ち負けはありません。勝ち負けとは、まったく質のちがうところに存在しているのです。真にゆるすということは、ともに「正しい」ことを受け入れることなのです。もっと言えば、実は、すべてのこと・ものには、正しいもまちがいもないことを知ることなのです。ゆるしとは、ただ、あるがままにあることを、受け入れることです。まさしく、手放して、そこにある、すべてがただ、存在することに気づくことなのです。そして、もうひとつ、これを書いているときにおりてきたメッセージです。「ゆるしたとき、 ゆるされていることに 気づく」そうでした。私たちは、ゆるす・ゆるさないの前に、ゆるされている存在だったのです。ゆるされているからこそ、いま、こうして生きているのです。今日はもう、これ以上のことばは必要ないでしょう。私たちは、ゆるされている。ただ、ゆるされて、ここにいる。だとしたら、どうして、ゆるせないことがあるでしょうか。ゆるすとは、ゆるされている自分に気づくまっすぐな道だったのです。どうぞ、迷うことなく、いますぐ選択してください。あらかじめゆるされて在る、あなたのゆるしを祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1023号(2006年8月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------だれが一番不幸なのか。あるところで、だれが一番不幸なのかを競う大会が開催されました。全国から、おおぜいの「不幸なひと」が集まりました。出場者Aは、子どものころから病気がちで、まわりの友だちが元気に走り回るのを、いつも見ているしかありませんでした。また、出場者Bは、やはりものごころついたころから、食べるものもろくにない、貧困のなかで生きてきました。また、出場者Cは、誰からも愛された実感もなく、ずっと孤独をかかえて生きてきました。出場者Aは、貧困でも孤独でも、健康であることこそが一番の幸福だと思っていました。だから、一番不幸なのは、自分だと考えました。また、出場者Bは、貧しさこそが、こころもからだもむしばむ原因だと思っていました。だから、一番不幸なのは、自分だと思っていました。そして、出場者Cは、たとえ病気でも貧困でも、一人でも友だちがいる人間は、不幸なはずがないと思いました。だから、一番不幸なのは、自分だと思っていました。さて、この大会の優勝者を決めるのは、この国の王子様でした。王子様は、生まれたときから、まわりじゅうにかわいがられ、悪口を言うものなど、だれひとりいませんでした。ほしいもので、あたえられないものも、何ひとつありませんでした。病気ひとつしたことがなく、けがさえもないように、お城の奥の特別な部屋で、大事に大事に育てられました。だから、初めて見る不幸なひとたちに、王子様はびっくりしました。そのとき、一陣の風が吹き、王子様が手にもっていた大好きなお菓子が、地面に落ちてしまいました。あわててひろおうとして、王子様は、すってんころりんところんでしまいました。ころんだ拍子に、ひざをすりむいてしまいました。それを見た、町の子どもが「変なかっこう」と笑いました。王子様は、ショックを受けました。大好きなお菓子を落としたのです。はじめて、けがをしたのです。それを見て、笑われたのです。王子様はショックのあまり、そのまま死んでしまいました。出場者Aは、考えました。「自分は病気で不幸だけれど、 それでも、今日まで 生きてくることができた」出場者Bも、考えました。「貧しいけれど、死ぬまでには いたらなかったな」出場者Cも、考えました。「あんなからかいのことばなんて、 自分は、痛くもかゆくもないぞ」そこで、A・B・Cは、それぞれ、出場を辞退して、その場を去りました。大会の優勝者は、王子様に決まりました。だって、だれも、そのくらいで死んでしまうほど、不幸にはなれなかったからです。王子様は、知らなかったのです。自分がどれほど、ひとのうらやむ幸福のなかに生きてきたか。あまりにも満たされすぎていて、たしかめるすべもなかったのです。私たちは、しばしば、自分の足りない部分に目をやっては、そのために不幸であるように感じます。でも、本当は、その不幸を感じるからこそ、それ以外の幸福を味わうことができるのではないのでしょうか。影があるから、はじめて、光は存在することができます。光しかない世界では、光を認識することはできないのです。そのとき、影を見るか、光を見るかは、あなたの選択次第なのです。そして、この世の法則では、「見つめたものが拡大」します。あなたが見つめるぶんだけ、不幸も、幸福も増大するのです。今日のメッセージをどう受け止めるかもすべて、あなたの選択次第です。あなたの幸福な選択を祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1022号(2006年8月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------そのとき、あなたは、すべてをあたえられます。いっさいの見返りを期待せず、ただ、あたえたいという気持ちで、あたえることができますか?そのとき、あなたは、すべてをあたえられます。これは、今日、私におりてきたことばです。おりてきたので、根拠は、こたえられません。あしからず。(爆)ただ、感じたことを書き添えます。私たちは、無意識のうちに、他人にたいして、期待します。こうしてほしい。こうあるべきだ。こうでなくてはいけない。これらはすべて、「期待」です。「期待」という字は、「期を待つ」と書きますから、本当なら、実現するのをただ待っていればいいのです。でも、私たちが期待するとき、それはしばしば時間制限つきです。あるいは、時間以外の制限が加わることもあります。その結果、期待が、期待通りにならなかったとき、(時間どおり、制限どおりに 実現しなかったとき)私たちは、失望します。あるいは、怒ります。でもね。そのとき、できたら、振り返ってみてほしいのです。あなたが、期待していること。それは、あなたが相手に何かを、もとめているということです。では、そのあなたは、相手に何をあたえていますか?あたえられることばかりをもとめていて、あなたから、あたえたことはありますか?あたえたと思っているあなた、それは、実は、条件つきの駆け引きに過ぎないのではありませんか?あたえたふりをして、うばおうとしているのではありませんか?コントロールしようとしているのではありませんか?期待することを否定しているのではありません。でも、もしも期待するのなら、それは、文字どおり、「期を待つ」ものでなくてはなりません。あなたが時間を指定することはできないということです。だから、もしできるのであれば、期待のかわりに、あたえるのです。あたえたいという気持ちで、ただ、あたえるのです。あたえるだけで、すべてが完結するように、あたえるのです。あとはただ、あるがままに、こと・もの・ひとが流れていくさまを、受け取ってください。そのとき、あなたは、すべては、必要があって、生まれ、出会い、わかれていくことを知るでしょう。すべてをあるがままにおまかせするとき、あなたは、もう、何ひとつ、うしなうことがなくなります。うしなうものがないのですから、すべては、あたえられているのと同じです。あなたの期待は、かなえられたのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1021号(2006年8月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------ただ、見えかたのちがいだけなのです。私たちは、けっして、同じものを、同じように見ることはできません。たとえば、身長159センチのひとと、160センチのひととでは、それだけで、わずかですが、見える世界がちがいます。そのくらい、私たちは、同じものを、同じように、見ることができません。また、別のたとえでいえば、納豆にしょうゆをかけて食べるのが当然のひとは、砂糖をかけるひとの神経が信じられません。 粘りが出て、なかなか おいしかったりします。(殴)いえ、納豆を食べる文化のない地域のひとにとっては、納豆を食べること自体が、ゆるせなかったりします。(爆)自分が当然だと思うことを、ほかのひとにも同じように感じてもらうことは実にむずかしいことです。極論すれば、そのひとが見えて(わかって)いるものを本当に理解するためには、そのひとの生きてきた歴史から、知る必要があるのかもしれません。けれども、私たちは、しばしばそのことを忘れます。そして、自分の見かたが当然であるかのように、ふるまってしまいます。あるいは、自分の見かたが、まちがっているのかと、びくびくしてしまいます。そこにあるのは、ただ、見えかたのちがいだけなのです。(そして、見かたのちがいです)私たちは、そのことをつねに、胸に留めている必要があるのです。もしも、あなたと意見のちがうひとが目の前にあらわれたら…。反論する前に、ひと呼吸置いて、「ひとは、自分と同じものを 見ることはできない」と、自分に言ってあげてください。そして、可能なら、そのひとが、なぜ、そのようなことを言うのか、そのひとの生きかたに、思いを馳せてみるのです。この学びは、つい最近、私自身におとずれたものです。我田引水的に自分の意見をとおそうとした私に、友人が、それを教えてくれました。私が、なぜ自分の意見を強引にとおそうとしたのか。自分が傷つくことがこわかったのです。まちがっていると認めることがこわかったのです。でも、本当は、まちがいは何もない、ただ見かた(見えかた)がちがうだけなのだと気づいたとき…。私は、自分の意見を手放すことができました。ひとのことばに、素直に耳を傾けることができました。自分と異なる意見のひとがあらわれたとき、それは、自分の考えをひとまわり深めるチャンスです。そのことによって、私たちは、また一歩、つながりの糸を見い出すことができるのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1020号(2006年8月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ほんとは、好きなんでしょ?不平や不満、愚痴を言わずにはいられないひと。自分の不幸を嘆いてばかりのひと。今日は、ずばり言っちゃいますよ。 あ、すみません、どなたかの バクリのつもりはありません…。「ほんとは、好きなんでしょ?」そうです。あなたは、不平や不満、愚痴を言うのが好きなんです。自分の不幸を嘆くのが趣味なんです。だって、そうじゃありませんか。ひとは、不快なことなら、さっさとやめてしまいますよ。たとえば、口に入れたものが、くさっていたら、すぐに吐き出すでしょう?着てみた服がきゅうくつなら、すぐに脱ぐでしょう?でも、あなたが、何年も、何十年もあきもせず、不平・不満・愚痴を言いつづけていたり、嘆きつづけているとしたら…。自覚してください。あなたは、それが好きなんです。好きなことをしているとき、私たちは、とても幸福です。自然に笑顔になります。こころがはずんできます。だから、あなたも、本来の喜びかたをすればいいんです。不平・不満・愚痴を言っている自分を楽しみましょう。不幸を嘆くことをおおいに自慢しましょう。わくわくしながら、不平・不満・愚痴を言うんです。にこにこしながら、不幸を嘆くんです。だって、好きなんですから!好きなものをしっかり手に入れているあなたには、何ひとつ不足はありません。ただひとつだけ、それが、好きだという自覚が足りなかっただけなんです。おおいに自覚してください。存分に、楽しんでください。そしてね。あなたが、生き生きとあなたの趣味を楽しむようになると、まわりも、自然に楽しくなるんですよ。あなたのまわりには、うれしい笑顔のひとがあふれるようになるでしょう。そしたら、そのときには、あなたは、ひょっとしたら、不平・不満・愚痴を言わなくなるかもしれません。不幸を嘆くことをやめてしまうかもしれません。でも、趣味がなくなったからといって、がっかりする必要はありませんよ。あなたは、きっと、別の趣味を手に入れているでしょうから!そして、たぶん、そちらのほうが、もっと好きになれるはずなんです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1019号(2006年8月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------復讐を終わらせましょう。幸福になりたいのに、幸福になれないというひとがいます。これを手放したらいいのにというと、どうしてもできないというのです。あれを終わらせたらいいのにというと、どうしてもやめられないというのです。幸福になれないとわかっている選択をするひとのこころには、復讐の気持ちがひそんでいます。ときには、本人さえ気づいていない深いところで。あなたには、どうしてもゆるせないひとがいます。そのひとのために、あなたは不幸になってしまったのです。(と、あなたは感じているのです)そのひとが、笑ったり、うれしそうにしていると、あなたのこころはちりちりと痛みます。どうして、自分だけがこんなに苦しい思いをしなければならないのかと。そのひとに、どうしても、いやな思いをさせてやりたい。自分を不幸にしたことを、後悔させてやりたい。そのためにこそ、この苦しみを手放すことはできない。だって、自分が幸福になると、そのひとへの復讐が果たせなくなるのだから!そうして、あなたは、自分で自分をしばりつけてしまったのです。身動きがとれないように。でもね。あなたも、本当は気づいているのですよね。あなたが幸福になることと、そのひとがどうあるかは、まるで関係ないことだって。本当は、あなたは、怖れているだけなんです。もしも、このまま、自分が幸福になってしまったら、あの苦しみは、間違いだったと認めることになるのではないかと。あのときの自分を、否定することになるのではないかと。あなたは、あなたの苦しみを肯定しようとして、逆に、自分を苦しめつづけているのです。ね? おわかりでしょう?あなたが復讐している相手は、実は、あなた自身なのです。今日は、そのことに気づいてほしいのです。そしてね。このことは、どうしても、あなたに伝えたいこと。大丈夫なんです。あなたはひとつも間違ってはいないんです。だって、それは、あなたが、あなたの本質にいたるための道すじだったのです。あの苦しみも、あなたが、さらに、高みにいたるための試金石だったのです。そう、だから、あなたを苦しめたあのひとさえ、本当は、あなたの隠れたサポーターだったんです。そのいましめを解きなさい。これ以上、自分に苦しみをあたえる必要はありません。そして、もう、復讐を終わらせましょう。あなたは、自分をゆるしていいのです。自分にまるごとのOKをあげていいのです。今日は、こころからの祈りとともに、あなたの「ゆるし」を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1018号(2006年8月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------見えてくる日がやってきます。「決めるのが怖い」そんな声を聴くたびに、私は、過去の自分を思い出します。私自身が、実際、そんな人間だったからです。でもね。あるとき、気がついたんです。怖いと感じてしまうのは、決めた、その結果が、自分(誰か)にとってマイナスのものだと思うから。そうではありませんか?繰り返し書いてきたように、私たち、有限を生きる人間が、見通せるのは、ごくごく目の前のことだけにかぎられます。その目の前のことが、絶対的にいいことか悪いことか、私たちには判別できません。ましてや、人間万事塞翁が馬。まさにこのことばのとおりです。だとすれば、私たちには、そのことを、プラスにとらえるか、マイナスにとらえるかという選択肢があることになります。どのみちわからないのですから、自分で決めてしまえばいいのです。あなたが後悔したいなら、それは後悔すべきことになります。あなたが人生の学びととらえるなら、それはあなたの未来をひらく大切なメッセージとなるのです。あなたが後悔することで、勇気が湧いて、元気になって、幸福になるのなら、おおいに後悔してください。でも、そうではないのなら、ちょっと立ち止まってみてください。そして、もしも、あなたが、何かを決めた結果、後悔しそうになったなら、こんなふうに考えてみませんか。「この結果の意味を考えるのは、 いったん保留にしよう。 判断や判定や裁定は、 とりあえずしないでおこう。 そして、いつかこのことを 振り返ることができるように なったとき、はじめて、 この意味を考えてみよう」そしてね、あとは、毎日毎日を、「いま・ここ」を大切に生きるのです。すべてのこと・もの・ひとに、感謝して生きるのです。「いま・ここ」を大切に生きるその先に、あなたがあのとき、受け取れなかった意味が見えてくる日がやってきます。そのときに、はじめて、保留を終わらせて、受け取ってみてください。いかがでしょうか?あなたのトライのために、ひとつだけ、勇気の出るメッセージを書き添えますね。不思議なことに、そのときには、それは、かならずとてもすてきなプレゼントにかたちを変えているんですよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1017号(2006年8月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------からだを忘れちゃいけません。私たちが悩むとき、たいていは、頭でっかちになってます。頭をかかえてうなったり、頭を壁に打ちつけたり(?)!たしかに、頭は、考えることをつかさどっているところ。でも、よく考えて。あ、いえ、考えないで!そんなときこそ、からだを忘れちゃいけません。悩みにとらわれそうになったとき、まずは、からだを動かしてみるんです。ジョギングするのでもいい。柔軟体操するのでもいい。悩みが深いときほど、しっかり全力で、からだを動かすことをやってみるんです。全速力で走っているとき、私たちは、悩めません。すべてのちからを注ぎこんで、からだを動かしているとき、私たちは、そのことだけにこころを使います。こころはひとつのことしか考えられませんから、悩むことができなくなるのです。もちろん、からだを使う意味は、それだけではありません。全力で動くとき、からだのすみずみまで、エネルギーが行きわたります。爽快感がわきあがってくるはずです。私たちは、そのとき、まさに思い出すんです。私たちが何によって生きているかを。からだです。このからだなしには、私たちは存在しません。あなたが悩めるのも、このからだがあるからです。だからね。悩んでいるときほど、動いてみるんです。どうせなら、動きながら、悩んでみるんです。「悩んでいるときに、 そんな気持ちになれないよ」あなたは、そう思うかもしれません。でも、そう思っているのも、実は、頭のしわざです。からだの声は、別のところにあるんです。だから、もしもあなたが悩みのなかにいるなら、だまされたと思って、今日はトライしてみてください。頭に振り回されるのをやめて、からだを動かしてみるんです。小手先ではなく、全身を使ってね。頭とからだ、バランスよく使ってこそ、意味があるのです。だから、動きましょう。動くことを楽しみましょう。あなたの悩みかたは、間違いなく変化しますよ! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1016号(2006年8月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------弱いままで、強くなりましょう。「強くなりたいです」読者さんから、そんなメールをいただきました。こころの痛みを超えて、生きようとされているのです。強さって、何かなあとふっと、考えました。「弱さをさらけだせること」すぐに、こたえがきました。ずっと以前には、私は、強さとは、揺らがないこころだと思っていました。たしかに、揺らがないこころは、とても大切です。でも、最近は、弱いままで強くなればいいと思えてきたのです。(日本語になってませんね)(笑)そのためには、どうすればいいのか?自分にたいして、すべて、OKを出してしまうことです。「叱られて、泣いてしまった」「泣いていいんだよ」「また、落ちこんでしまった」「落ちこめるのは、 エネルギーがある証拠」「過去を振り返ってしまった」「振り返るたびに、いっこずつ、 終わらせていこうね」すべては、生きていくためのプロセスなのですから、マイナスのことなど、あるはずがないのです。マイナスだと思った瞬間に、マイナスになるだけなのです。起きてくる感情を、まるごと、受け入れてしまえば、否定する必要がなくなります。涙が出てきたら、泣きながら、泣いたまま、そんな自分をゆるしましょう。怒りが湧いてきたら、そんな自分を、よしよしと抱きしめてあげましょう。どんな状態であっても、あなたはいま、生きている。生きるだけのエネルギーを捨てずにいるのです。それって、すばらしいことだと思いませんか?強いものを強いというのは、あたりまえのこと。でも、一番弱いものに、OKをあげられるなら、それって、実は、一番強いことだと思うのです。そう。だから…。泣いたり、迷ったり、振り返ったり、転んだり…。そんな弱い自分に、そのまま「OK」をあげてください。弱い自分を受け入れられる強さを、そのとき、あなたは獲得するのですから。弱いままで、強くなりましょう。今日は、あなたの「弱さ」を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1015号(2006年8月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「決める」という体験。中学校演劇にかかわって、たくさんの子どもたちと接してきました。そのなかの思い出です。決断することが、とても苦手な子がいました。ごくささいな、それこそどうでもいいようなことで、迷ってしまうのです。迷っているうちに、相手(まわり)は、しびれを切らし、勝手に決めてしまうのです。演劇ワークのなかでも、それは同じでした。「好きな○○は何?」「AとB、どっちにする?」そんな単純な質問にも、その子は、即座に返事ができません。でも、見ているうちに、私はあることに気づきました。その子は、悩んでいる状態をキープすることで、自分で決めることを避けているのです。考えているふりをして、誰かが決めてくれるのを待っているのです。 あくまでも、私には そう見えたということです。「悩む時間はおしまい。 間違いはひとつもないんだから、 いま決めて。決めたことを言って」私はきびしくせまりました。その子は、即「悩みモード」に逃げこもうとします。ひとの目を見るのをやめ、頭をかかえて、閉じこもるのです。私は容赦しませんでした。「悩まないで。考えないで。 決めたことだけを言って」その子には、「決める」という体験が必要だと思ったのです。その子をかわいそうに思って、かばってあげることはできるかもしれません。でも、そのままでは、その子は、自分の意思を生かすことができなくなってしまいます。「あなたの言うことは、すべて OKだから、決めて。言って」私の執拗さに、ほかの子たちも何かを感じたのでしょう。いつものようにせかすことをせず、じっと成り行きを見守っていました。蚊の泣くような声で、その子がとうとう返事をしました。ごくごく他愛のない返事でした。でも、それでよかったのです。それが、ちいさな一歩なのです。そのあとのワークのなか、その子が、少しずつ、自分をひらいていくようすを感じることができました。何かひとこと言うたびに、自分で決めていいのだという自信が増しているように感じられたのです。その子が、どんなときでも、自分をひらき、自分の選択を伝えていくには、まだ紆余曲折があるでしょう。それでも、その一歩は、けっして無駄ではないと思うのです。そして、その子にかぎらず、「決める」という体験を、応援しつづけたいと、あらためて思うのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1014号(2006年8月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------大丈夫、きっと帰れる。不思議な夢を見ました。その日、私は、久しぶりに、空を飛びたくなりました。そんなことが、ときどきあるのです。私の意識は、からだを離れて、空にあがりました。このまっすぐにあがる感じが、とても気持ちいいのです。 ええ、もちろん、夢の話です。いきおいをつけて、どんどん、のぼっていくと、あっというまに大気圏を抜けてしまいました。やがて、地球の輪郭が見えてきました。いつもは青く見える地球が、その日は、なぜか、おぼろ月夜のように、金色のもやに包まれていました。きれいだなあと思いながら、私の意識は、止まらず、外に向かいました。地球はどんどん遠ざかります。やがて、太陽系の輪郭が見えてきました。私は気づかず、そんな遠いところまできてしまっていたのです。太陽系の輪郭もまた、地球と同じように、金色のもやに包まれていました。その輪郭もまた、あっというまに遠ざかり、ふと気づくと、一面の暗黒。あたりには、雲のようなガスが立ちこめていました。振り返ると、地球のすがたも、太陽系の姿も見えませんでした。あたりは、ガスに包まれた闇のなかでした。「銀河系まできてしまった」不意に、恐怖が私を襲いました。けれども、もう一方のこころで、「大丈夫、きっと帰れる」と、ささやく声がしました。私は、それを信じてみようと思いました。そして、意識のおもむくままに、永遠の漆黒に向かって、飛びつづけたのです。意識がもどってきたときは、すでに、ベッドのうえでした。 …ここまでが、夢の話です。夢のなかの私が、目が覚めたところで、現実の私も、目が覚めました。 ややこしい話でスミマセン。(^^ゞ頭のなかでは、まだ、あの銀河系の深い闇のなかで、私のこころにささやいた声がひびいていました。「大丈夫、きっと帰れる」右も左もわからない闇のなかで、その声は、とてもたしかなひびきをもっていました。だからこそ、怖れずに、前へと飛びつづけることができたのです。もしも、私たちが、こころのなかに、こんな声をもっていたら、もう、自分の生きかたを迷うことはなくなるでしょう。だって、かならず帰ることができるのですから。どこへ? もちろん自分の原点に。いいえ、その声は、本当に、私たちの内がわにあるのです。だから、私たちは、もっと自分を信じていいのです。どこまでも冒険していいのです。そして、必要になったときには、何度でも帰っていくのです。自分の原点に。いつでも新しく旅立つために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1013号(2006年8月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------お天道様が見ていますから。先日、友人と話していたら、ふっと、このことばが話題にのぼりました。「最近、聴かなくなったよね。『お天道様が見ている』ってことば」そうだねえとうなずいて、あらためて、考えさせられてしまいました。「お天道様が見ていますよ」かつて、おとなたちは、子どもをさとすときに、このことばを使ったものでした。「お天道様が見ていますから」不当な立場に立たされて、くじけそうになったとき、このことばを言うことで、みずからを勇気づけたひとたちが、いました。「お天道様が見ている」お天道様とは、太陽のこと。でも、もちろん、太陽が、私たちを見ているわけではありません。(^^ゞ ただ、大昔から、ひとびとは、漠然と感じてきたのです。この世には、ひとの理屈を超えた、もっとおおきな存在がある。もしくは、そのような(宇宙の)流れがあるのだと。そして、真実は、つねに、そのおおいなる流れのなかにあるのだと。だからこそ、あらぬ誤解を受けたとき、不当な状況に置かれたとき、ひとびとは、こう言ったのです。「何があっても、お天道様が 自分を見ていますから。 お天道様に恥ずかしくない 自分でいますから」自分の内がわに、やましい気持ちがないとき、そう言って、ひとは、天をあおいだのです。そのまぶしさを見つめながら、お天道様に、真実を生きる誓いを立てたのです。どうか、ひととのかかわりのなかで、くじけそうになったとき、このことばをつぶやいてみてください。「お天道様が見ていますから」どんなときでも、あなたはけっしてひとりではありません。お天道様が見ていますから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1012号(2006年8月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------毅然としていなさい。私たちは、ときに、不当と思える状況に追いこまれることがあります。あらぬ誤解を受けたり、やっかみやねたみから、足を引っ張られることもあります。そんなときに、贈りたいことばです。「毅然としていなさい」目の前だけを見て、あたふたしてはいけません。たとえ、誰があなたの価値を下げようと、あなた自身が、あなたの価値をさげてはいけないからです。毅然としていなさい。どんな状況にあっても、あなたは、あなた自身を見失ってはいけません。それでは、まったく、相手の思うつぼです。あなたは、みずから、自分を、相手のレベルに引き下げてしまいます。毅然としていなさい。つらいときこそ、苦しいときこそ、あなたがもっとも大切にするビジョンを見るのです。目先ではなく、過去でもなく、まっすぐに前を、あなたの生きたい方向に目を向けるのです。そのとき、あなたの背骨は、自然と、まっすぐに伸び、足は大地を踏みしめるでしょう。地球との一体感が、あなたを支えるでしょう。そしたら、深く呼吸するのです。宇宙のエネルギーがからだ全体をめぐり、あなたのエネルギーを増幅させるでしょう。そのまっすぐな姿勢で、深くおだやかな呼吸で、エネルギーに満ちたまなざしで、ただ、相手の前に立っているだけでいいのです。ほかには何もいらないのです。相手が何を言おうが、ただ、毅然としていなさい。そして、すべてを包みこむ、慈愛のほほえみを相手に返してやりましょう。そのとき、互いの立場がどんなであれ、相手よりも、あなたのほうがおおきな存在となります。あなたの内がわには、揺らぐことのない、やすらぎがもたらされるでしょう。これは、不当な扱いにたいして、がまんしなさいというすすめではありません。あなたが必要と感じるなら、どんな対応をしてもかまわないのです。ただ、そのとき、こころに銘じていてほしいのです。どんなときも、毅然として生きるのだと。あなたがこのメッセージを受け入れたとき、それは、目先の損得を超えて、もっとおおきなところで、あなたの生きかたを決めるちからになるでしょう。あなたが、この人生をより誇り高く生きていくためのちからになるでしょう。ですから、こころをこめて、このメッセージを贈ります。「毅然としていなさい」 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1011号(2006年8月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------私たちは、死にません。皇帝ペンギンが生き延びるためには、壮絶なプロセスがあります。皇帝ペンギンは、毎年、決まった場所でペアを見つけます。その場所まで、長い時間をかけて行進をします。その行進に行き遅れると、死にます。たまごが生まれると、メスは、オスにたまごをあずけて食糧をたくわえに出かけます。酷寒の南極で、たまごが、外気に耐えられるのはわずか数秒。メスからオスへの受け渡し作業に失敗すると、たまごは、死にます。メスは、海まで歩き、ヒナのえさをたくわえます。そのあいだに、外敵におそわれるなどして、死ぬメスがいます。メスが帰らないと、食糧をもらえないヒナも死にます。メスの不在のあいだ、オスはたまごを守ります。南極の冬、ときに、ちから尽きて、オスは死にます。寒さに耐えられないヒナも死にます。ヒナが生まれたあとも、南極の自然は、しばしば、彼らに襲いかかります。冬を越えられずに、死ぬヒナがいます。春が来て、歩き出せるようになったヒナに、今度は、鳥が襲いかかります。逃げ切れないヒナは、死にます。長々と、死ぬ話ばかりをごめんなさい。今日お伝えしたかったメッセージは、もうおわかりでしょう。私たちは、たいがいのことでは、死にません。友だちと仲たがいしても、死にません。成績がどん底であっても、死にません。親に(上司に)(先生に)叱られても、死にません。試験に失敗しても、死にません。失恋しても、死にません。失業しても、死にません。少なくとも、それ自体が、あなたを、生物的に死に追いやることはありません。そして、生きるチャンスに恵まれている私たちには、できることがたくさんあります。そのできることに、どうぞ、怖れずにチャレンジしてみてください。あなたが生きているからこそできることを、どうぞ、思う存分満喫してください。いま、酷寒の大地で、こごえながら雪に埋もれていく、あのちいさないのちたちに思いを馳せながら、今日のメッセージを贈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1010号(2006年8月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分をひとりにしてはいけない。ある仕事の関係で、トラブルがつづき、しんどかったとき、親身に話を聴いてくれる友人がいました。また、別の機会には、しんどい状態の友人が、しばしば連絡をしてきました。私も、そのつど、話を聴きました。そんな体験のなかで、あらためて感じたこと。それが、自分をひとりにしないこと。私たちは、苦しいから、追いこまれるのではありません。苦しい気持ちを誰ともわかちあえないとき、追いこまれるのです。私が苦しかったとき、ともに思いをわかちあってくれる友人がいたように。私もまた、友人の苦しみにたいして、気持ちをわかちあおうとしたように。そんな存在があれば、私たちは、きっと、自分を支えることができるのです。だから、もしも、あなたが、いま、何かの苦しみをかかえているとしたら…。そして、こころのなかで、「この苦しみを わかってくれるひとはいない」と、感じているとしたら…。どうぞ、このことばを思い出してください。「自分をひとりにしてはいけない」あなたの思いを、受け止めてくれるひとは、本当はちゃんといるのです。でも、あなたが、「いない」と思ってしまった瞬間に、そのつながりは、閉ざされてしまうのです。勇気を出して、こころをひらいてみるんです。あなたの気持ちをわかちあってくれるひとは、かならずいます。実際の周囲の人間関係だけではありません。いま、こうして、インターネットをとおして、あなたと私がつながっているように、私たちはいま、さまざまなつながりの場をもっています。そんな可能性もふくめて、まわりを見渡してみるのです。自分をひとりにしない方法を探してみるのです。けっして、自分をひとりにしないでください。いつでも、ひととつながれる自分に気づいてください。いま、苦しみのなかにあるあなたに、こころをこめて祈ります…。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1009号(2006年8月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------できないからこそ、一歩前に出るのです。昨日、はじめて、ダンスの講座を体験しました。これまで、ミニ体験はありますが、1日たっぷりの受講は初めてです。私は、ダンスが苦手です。勝手に踊るのは好きだけれど、いざ、振付を覚えようとすると、たちまち硬直してしまいます。(^^ゞだから、ずっと、避けてとおってきたのです。でも、最近、少し、気持ちが変わってきました。体験したことのない分野に、挑戦したくなってきたのです。そして、受講。たちまち、ステップを覚えられない自分に直面します。(爆)まわりのみんなが、かろやかに動いていくのに、自分ひとり、もたもたと足踏みをしています。そのとき、気がついたのは、「できないことを 恥ずかしがっている自分」がいる、ということでした。まわりのひとたちが、自分より上手に見えます。(いえ、実際そうなのですが)(^^ゞこんな、「できない自分」をひとまえにさらすことに、情けなさも感じます。でも、今回は、そんな自分を味わい尽くしてみようと思いました。どんな自分も、まるごと受け入れてみようと思ったのです。すると、おなかの底から、エネルギーが湧いてくるのを感じました。できないから、引っこむのではなく、できないからこそ、一歩前に出るのです。すると、不思議なことに、どんどん楽しくなってくるのです。相変わらず、ステップは踏みまちがいまくりですが、(^^ゞ恥ずかしさは消えていました。それどころか、ほんのちょっと、うまくいったときなどは、飛び上がりたいくらいうれしくなるのです。できないと思って、避けて通っていたら、私は、この喜びを体験することは、一生できなかったでしょう。できないまま、できない自分を受け入れて、まっすぐに飛びこんだから、それはやってきたのです。今日のメッセージは、当たり前といえば、あまりに当たり前のこと。でも、だからこそ、あなたにもトライしてみてほしいと思うのです。なんでもかまいません。あなたが苦手だと思うことに、一歩踏み出してみるのです。できない自分をまるごと受け入れて、そのまま、体験してみるのです。あなたの知らないあなたが、その先に、待っているかもしれませんよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1008号(2006年8月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分を貧しくしないということ。ふとした拍子に、ことばが降りてくることがあります。「自分を貧しくしないということ」今日、私のもとに届いたのは、そんなことばでした。そこで、思い出したのが、宮沢賢治の言葉です。「わたしたちは、 氷砂糖をほしいくらひもたないでも、 きれいにすきとほった風をたべ、 桃いろのうつくしい朝の日光を のむことができます」…有名な『注文の多い料理店』の序文。 読んだことのないかたは、 ぜひ、読んでみてくださいね。 まさに珠玉の文章です。私たちは、いつから、「何がないと、幸福になれない」「何がないと、ゆたかではない」と、思いこむようになったのでしょう。たとえ、たくさんの富を手に入れても、こころが、「ほしい、ほしい」と叫んでいたら、いつまでたっても、満ちたりた気持ちはおとずれません。たとえ、みんなにほめそやされても、誰かを蹴落としたい気持ちを内にかくしているとしたら、けっして、やすらかなこころでいることはできません。それらはみな、「貧しいこころ」です。ひとは、富や名誉によってゆたかになるのではありません。自分を貧しくすることをやめることが、自分をゆたかにすることなのです。今日は、あなたの内がわにひそんでいる、貧しいこころに意識を向けてみましょう。責めるのではありません。そんな必要はないのだよと、教えてあげるだけでいいのです。あなたは、いまのままで、充分に満ち足りているのです。あなたは、いまのままで、たくさんの受け取るべきものを受け取っているのです。あなたは、いまのままで、充分に愛されている存在なのです。だから、自分の内がわに貧しいなどという錯覚を呼び起こすのをおやめなさい。それは、エゴのしわざです。あなたが幸せになれないでいると、エゴはほっとするのです。だって、あなたが幸せになると、エゴは、ひとりぼっちになってしまいますからね。でも、エゴを責めることもできたら、おやめなさい。エゴは知らないのです。真のゆたかさとは何なのか。だから、ないものねだりをして、あなたを苦しめるのです。大切なのは、いま、ここで、あなたが、あなたの「貧しいこころ」を手放すこと。あなたの内なるゆたかさにアクセスすること。そのために必要なことは、いまのままの自分を好きになってしまうこと。すべてのこたえは、そこに行き着きます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1007号(2006年8月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------ありがとう浴。お風呂に入っていたら、ふと思いついたので、やってみました。気持ちよかったので、ご紹介します。(笑)それが「ありがとう浴」。お風呂にゆったりつかります。あまり熱すぎないほうがベターです。お湯につかるのは、できれば、胸から下までのほうがいいですが、このへんは、お好みで♪頭のうえに、ちいさなかたまりをイメージします。そのなかには、「ありがとう」がいっぱい詰まっています。お湯につかりながら、「ありがとう」をとなえます。(笑)すると、そのかたまりがゆっくりと溶けて、中に詰まった「ありがとう」が、流れ落ちてきます。頭のうえに「ありがとう」髪の毛に「ありがとう」ひたいに「ありがとう」目に、鼻に、ほおに、耳に、口に、「ありがとう」「ありがとう」は、どんどん流れていきます。首に、肩に、腕に、胸に、背中に…、「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」…「ありがとう」は、からだのなかにもしみこみます。内臓に、骨に、筋肉に、ちょっぴりよぶんなお肉にも。(爆)そう、細胞のすみずみに「ありがとう」…そして、お湯の表面に到着した「ありがとう」は、お湯全体に溶け出します。お湯全体が「ありがとう」に満たされます。「ありがとう」は、湯気になって、浴室全体を包みこみます。からだの外から、内から、たっぷりと、ゆったりと、「ありがとう」につかってください。ほんわりやすらいで、眠りにつけること間違いなし。ちなみに、シャワーにも応用できます。(ありがとうシャワー)おためしください♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1006号(2006年8月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------こころひとつ。今日、あなたが、出会う誰か、ひとりでいいから、ほほえみを投げかけることができたら…。そのひとのこころに、ちいさな花が咲くでしょう。今日、あなたが、出会う誰か、ひとりでいいから、「こんにちは」と、声をかけることができたら…。そのひとのこころに、明るい灯がともるでしょう。そんなふうに…、今日、あなたが、どんなちいさなことでもいい、誰かに何かを、あたえることができたら…。そのひとは、きっと、別の誰かに、そのひとにできる何かをあたえたくなるでしょう。この世は、循環しています。どんなときも、とどこおることはありません。私たちは、いつでも、循環のなかに存在します。私たちは、こころひとつで、喜びの循環を生み出すことも、悲しみの循環を生み出すこともできます。私たちは、こころひとつで、いたわりといつくしみの循環を生み出すことも、怖れとうたがいの循環を生み出すことができます。そう、すべては、こころひとつなのです。そして、この、こころは、どこか遠い宇宙のかなたにあるものではなく、いま、あなたの内がわにあるものなのです。その、あなたのこころに、そっと問いかけてごらんなさい。今日、あなたは、どんな循環を生み出したいですか?どんな循環を生み出すことが、あなたを、やすらぎのなかに連れていってくれますか?すべては、こころひとつ。あなたの内がわにある、こころひとつ。選択してください。今日、あなたは、自分のこころをどのように使いたいのか。そして、あなたのもたらすその循環の先に、思いを馳せてごらんなさい。笑顔が見えますか?光が見えますか?今日、あなたのこころが選ぶ、その循環が、世界を変えます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1005号(2006年8月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あきらめないこと。それだけ。ある中学校で、ひとりの新入生の男の子が演劇部への入部を希望しました。けれども、そのとき、その演劇部は、部員ゼロ。廃部寸前の状態でした。でも、男の子は、あきらめませんでした。どうしてもやりたいとねばりました。その熱意に、廃部は見送られ、たった一人の部活動がスタートしました。夏の地区発表会に、男の子は、一人芝居で参加。演技はまだまだ頼りなかったものの、たったひとりの奮闘に、会場からはおおきな拍手が湧きました。それから、2年。男の子は中学3年生になりました。最後の夏の発表会がやってきました。会場で、男の子は、満面の笑顔で報告しました。「部員が15倍になりました!」そう、2年間のあいだに、部員は着実に増え、15人になっていたのです。ひとりぼっちの舞台は、もうありません。部員たちは、跳びまわり、笑い、ぶつかりあい、エネルギッシュな舞台を披露してくれました。もちろん、その中心にはあの男の子がいました。その舞台に、会場からは、惜しみない拍手が贈られました。学校はちがっても、地域の仲間たちは、知っていたのです。その子が、3年間、どれだけ真剣に、演劇に情熱を注いできたか。だからこそ、たったひとりの孤独を乗り越えて、いまにいたっていることを、みな、わがことのように、喜んだのです。あきらめなかったから、いまがありました。ただまっすぐに、思いをつらぬいたから、応援するひともあらわれました。その行動が共感を呼び、仲間の輪が広がりました。男の子にとって、中学校最後の発表会。残念ながら、入賞はなりませんでした。でも、男の子はにこにこと笑っていました。自分のなすべきことは全部果たしたと思えるから、悔いはないから…。その笑顔が、そんなふうに語っているように見えました。あなたには、夢がありますか?夢の実現の前には、困難なことが立ちふさがっていますか?そんなときは、どうぞ、この男の子のことを思い出してみてくださいね。あきらめないこと。それだけ。それだけでいいんです。あなたにも、かならずできます!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1004号(2006年7月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------そこにあるのは、真実だけなのです。さまざまな事情から、学校に行けなくなってしまった子どもたちがいます。その子たちが、自分たちの思いを劇にしました。自分たちの思いをまっすぐに振り返りながら、そのときどきの気持ちを、ことばに起こしていきました。過去のつらかった気持ちが、よみがえってきて、書く手が止まることもありました。涙で進まなくなるときもありました。でも、勇気を出して、自分の過去といまに、まっすぐに向き合ったのです。それが、一本の朗読劇になりました。その劇を、私は観たのです。不思議な感動に胸を打たれました。舞台は、何の技巧もなく、暗幕と椅子があるのみ。そこで、子どもたちは、ただ、順番に交代に、立ったり座ったりしては、自分の思いを語っていくだけなのです。いたずらに、叫ぶことなく、けっして卑屈になったり、被害者の顔をすることもなく、ただ、まっすぐに思いを語ったのです。それが、どうしようもなく、聴くがわのこころを揺さぶるのです。これは、ヒロシマやオキナワの語りに通じるものだ…と、直感的に思いました。そう、そこにあるのは、真実だけなのです。彼ら彼女らは、ただ、自分自身の真実と向き合い、真実を語っていたのです。真実だけがもつ、魂のふるえを、語るがわも聴くがわも、ともに感じていたのです。朗読劇は、五十分におよびました。けれども、客席は、みじろぎもしませんでした。ときどき、どこかで、ちいさなすすり泣きが聴こえました。その魂のふるえに共鳴した魂が、そこにいたのです。上演のあと、子どもたちの何人かは言いました。「自分の気持ちと 向き合った結果、 気持ちの整理ができた。 もう一度、学校にもどる 道を選択してみたい」もちろん、学校復帰だけがこたえではありません。自分の真実の思いと向き合った結果として、その選択をしたものがいた、ということに過ぎません。けれども、自分自身の思いと真摯に向き合った体験が、そのこたえを導きだしたことは、たしかなことです。そして、こんなふうに、みずからと向きあう体験が、本当はすべての私たちに必要なのではないかと…。いま、そんな思いにかられてしかたがないのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1003号(2006年7月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------きらいにならない。先日、友人と話していて、すてきなことばを聴きました。その友人が、あるセミナーに参加したとき、講師のかたに、こういわれたそうです。「自分のどこも、ひとつも きらいになってはいけない」「自分を好きになる」とは、よく言われることばです。私自身もよく使います。たしかに、そのほうが、ポジティブな表現です。でも、自分を受け入れるのって、なかなかむずかしいこと。そんなとき、せめて、「きらいにならない」という表現を使ってみるのはいかがでしょうか?ものごとにはアプローチが必要です。あせって失敗することも、たくさんあります。だから、自分のことを、充分に受け入れられないとき、こんなことばが有効になるかもしれません。「きらいにならない」まるで、将棋の駒をいっこ進めるみたいに(笑)。まずは、「きらいにならない」ということばを置いてみるんです。王手はもちろん「好きになる」です。(爆)これは、ひそかな決意のことばです。きらいにならない、と自分に向かって宣言しているのです。この宣言は、自分でも気がつかないうちに、しずかに、自分の内がわにおりていきます。きらいにならない…。そう、受け入れていいのだと。実際、私も使ってみました。ひそかにちょっとだけコンプレックスをもっている(笑)あることに関して、「きらいにならない」そしたら、自然に、くすっと笑えてきました。「そうか、きらいにならなくて いいんだ」「そうか。もっと受け入れても いいんだ」そうやって、自分に許可をあげているような気がしたのです。もちろん、ポジティブな表現がお好きなかたは、そちらをどうぞ。でも、もう少しこころの準備が必要なひとは、まずは、このことばからはじめてみましょう。「私は自分の○○を きらいにならない」 ○○は、具体的なことでも、 気持ちでもかまいません。自分を大好きになるための、ちいさな、でも、たしかな一歩です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1002号(2006年7月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------あとは、行動あるのみ!あなたには、夢がありますか?その夢に向かって、少しでも前進してますか?ちょっと最近は、足踏みしてるなあ…というあなたのための今日のメッセージです。さて、あなたは、夢をいつ実現させたいですか?5年後? 10年後?こころのなかで、タイムマシンに乗って、そのときまで飛んでいってみましょう。そして、こんなふうに想像してみるのです。もしも、あなたが願ったその夢が、その時点でまるでかなっていなかったとしたら。いえ、それどころか、あなたが、その夢をとうにあきらめてしまっていたとしたら。想像してみてください。どんな感情が湧き上がってくるか、感じてみてください。感じましたか?では、その感情をもっと増幅させてみましょう。もっともっと強く、感じてみるのです。もしも、耐えがたい苦痛や、せつなさが、あなたのなかに生まれてくるなら、それは、あなたにとって、本当に大切な夢なのです。実現させるだけの価値がある夢なのです。逆に、意外に悲しみが深まらなかったり、ぼんやりしているときは、それは、あなたが本当に実現させたい夢ではないのかもしれませんよ。ちょっと見直してみてもいいかもしれません。そして、本当にうしないたくない夢だと感じることができたら、今度は、その夢が、望みどおりにかなった状態を想像してみてください。わきあがる感情を味わってみてください。きっと、とてもうれしいですよね?わくわくしますよね?あなたが、いま、足踏みしている夢を実現させたなら、そんなすてきな時間が待っているのですよ!ためらっているのがもったいないと思えてくるでしょう?そしたら、一歩、前に踏み出すんです。その夢に向かって、いますぐできる、一番簡単なことは何ですか?どんなにちいさくてもいいんです。その一歩が、次の一歩につながるのですから!さあ、細かくイメージしてみましょう。仮に実現させたいのが10年後だとして、5年後がどうなっていると、夢はかないそうですか?3年後…1年後…。あなたは、どうしていたいですか?どうしていたら、その夢を実現させることができますか?あなたが、その胸に、実現の喜びをかかえる度合いだけ、夢を実現させるための具体的な道すじが見えてきます。そしたら、あとは、行動あるのみ!夢を実現させて、本当に幸福な気持ちでいるあなたに、私も出会いたいと思います。その日を夢見て、歩き出しましょう!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1001号(2006年7月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------いっしょに、道を創っていこうね。思いばかりが、胸に詰まっている感じ。願いも、祈りも、あふれるようにあるのに、思い知らされるのは、自分の無力さばかり。ひとりぼっちで、もがいているような、そんな気持ち…。今日は、そんな気持ちでいたあのころの私と、そんな気持ちでいるかもしれない、いまのあなたに贈るメッセージ。目の前に、道は見えない。あかりひとつない闇のなか、手探りで、ここまで来たの。ときどき、不安に押しつぶされそうになる。走って引き返したい気持ちにかられることも。でもね、忘れないで。あのとき、私は(あなたは)自分で選んで、自分で決めたの。だれかの選んだ、だれかの決めたやりかたは選ばなかったの。だから、目の前に、道はなくて、当たり前なの。道は、自分でつくるものなの。もしも、あなたと私が、どこかで出会うことがあったら、そして、見つめる先が同じなら、そのときは、いっしょに、道を創っていこうね。ひとりでいるときには、味わえない喜びや幸福が、そこにはあるかもしれないから。だけど、道はつねに一本ではないから、その先には、また、三叉路や十字路が、必要になるかもしれない。一回休みの休憩所があるかもしれない。そしたら、そのときは、また、自分で選ぶの。かならず、自分で選ぶの。自分で選んだことは、けっしてまちがわないの。ばいばいって手をふって、無数のあなたと、無数の私は、それぞれに、ちがう道をつくっていっていいの。自分の道をつくっていいの。そして、長い旅の先に、無数のあなたと、無数の私は、また、出会うかもしれない。そのときに、まなざしが同じなら、またいっしょに、道をつくっていっていくかも。それでいいの。だって、すべての私たちが行き着く先はひとつだから。どんな道をとおっても、最後にはかならず出会うから。だから、私たちはすべて、ことなる道をゆきながら、もしかしたら、みんなで、ひとつの道をつくっているのかもしれない。目に見えるかたちも、まわりの景色もちがうけれど、本当は、たったひとつの道をつくってきたのかもしれない。私たちは、本当にひとりになることはない。いつでも、どこかで、つながりあって生きている。ゆるやかに、しなやかに、のびやかに、かろやかに…。いっしょに、道をつくっていこうね。だれをも、否定しないですむ道を。だれもが、そのひとのままにそこにいられる道を。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1000号(2006年7月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------あたらしく、学んでいますか?最近、何人かの友人と話していて気がついたことがありました。友人・知人のなかで、ある種のひとたちの考えかたが、どうも、硬くなってきている気がするのです。必ずしも、年齢のせいばかりではありません。そのひとたちには、ひとつの共通点がありました。あたらしく学ぶことをしていない、ということです。とても魅力的に感じた講師のかたがいました。会うたびに、「いま、こんな勉強しているんだ」「こんなおもしろいことがあった」と、目をきらきらさせて、語ってくれました。ところが、最近は、そんな話をさっぱり聴かなくなりました。そして、それに並行してか、そのかたの仕事が、魅力的に感じられなくなっているのです。あたらしく、学んでいないのです。すでにわかっていることを、すでにわかっているように繰り返すだけになっているのです。現状維持ということばがあります。でも、もしも昨日と同じことを繰り返していたら、それは、もはや現状維持ではありません。一日ぶん古くなっているのですから、一歩後退しています。学びつづけているひとは、そのことがわかります。学ぶのをやめてしまったひとは、そのことに気づきません。このメッセージは、あまりにも、当たり前すぎることかもしれません。でも、当たり前であることと、実際にそれをやれているかはまったく別のことです。自分のかばんのなかをのぞいてみてください。どんな本が入っていますか?自分のスケジュール表を見返してみてください。ローテーションにどっぷりはまってはいませんか?もしも、新しいものが何も発見できなかったら、今日から、何かをちょっと、つけ足してみませんか。あなたが、あなた自身をより魅力的にみがきながら生きるために。読書をする。ひとに会って話を聴く。セミナーや受講を受講する。方法はさまざまです。何でもかまわないのです。もう一度、問いかけますね。あたらしく、学んでいますか?謙虚に、学んでいますか?自分みがき、つづけてますか?今日は、あなたの「学び」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第999号(2006年7月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------あらたなあなたを生きる一歩「自分をゆるしていいんだよ」というと、きまって「自分を甘やかしそうで、 こわい(できない)」というひとに出会います。けれども、自分をゆるしてはいけないと思うひとは、ふたつの点でかんちがいをしているのです。ひとつめのかんちがいは、自分の思いのままに生きると、世のなかは混乱すると思いこんでいることです。そして、ひとは、何かによってしばられていないと、どこに行くかわからないという思いにとりつかれています。でも、真に自分の思いのままに生きるひとは、他者の思いのままに生きるありようを尊重できます。ですから、互いが真に思いのままに生きあえば、そこにはバランスが生まれ、世界の秩序は保たれるのです。もうひとつのかんちがいは、自分をゆるすことは、自分を正当化することだと思いこんでいることです。でも、ここで言われる「ゆるす」とは、正否とは何の関係もないのです。あなたは、自分のゆるしていない部分を見て、「このまちがっている(あるいは、おとっている) 部分をゆるすと、自分は、 堕落してしまう」と思いこんでいます。ですから、とてもゆるす(正当化する)ことは、できないと考えます。そして、ゆるさないことで、そのまちがっている(おとっている)と感じる部分を抑えこもうとします。けれども、そのとき、あなたは、あなたのすべてのエネルギーの流れも、いっしょに閉じこめてしまうのです。おわかりですね?どんな感情も、どんな思いも、すべては、エネルギーであり、つながりあって存在します。あなたは、そのエネルギーを、いいもの・悪いものと区別して使うことはできないはずです。「ゆるす」とは、いっさいの批判を捨てて、判断をやめて、まっさらに受け入れることなのです。ただ、ありのままに受け入れる、ということなのです。いいも悪いもなく、ただ、そうあることをそのままに、認めるだけでいいのです。判断・批判を捨てたとき、すべてのエネルギーは、あなたの拘束から解放されます。本来の流れをとりもどし、動きはじめるのです。そして、あるがままにあるとき、ひとは、自分の生きるべき道すじを思い出します。みずからのいのちの方向がはっきり見えたとき、ひとが、そこに向かいたいと思うのは自然なことではありませんか。甘やかすわけでもなく、きびしく監視するでもなく、エネルギーの流れるままに、必要な道を選びはじめるのです。さあ、ここまでわかってもなお、あなたは、自分をゆるすことをこばもうとするのですか?あらたなあなたを生きる一歩をいま、踏み出してみませんか!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第998号(2006年7月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------あなたは、それを選択できます。ひとから言われたことばで、傷ついたとき、私たちは、どう対処すればよいのでしょうか?今日はおさらいのつもりで、まとめてみました。まず、ひとつめ。すべては、自分にたいするリトマス紙だということ。相手のことばは問題ではなく、自分がそれにどう対応するかに、意味があるのです。ひとのことばが気になるのは、もしかしたら、自分にも思い当たるところがあるせいかもしれません。あるいは、自分の気持ちを信じきれていないためかもしれません。それならば、自分がどうありたいかを、もう一度、考え直してみればよいのです。あなたは、それを選択できます。ふたつめ。ひとが傷つくようなことばを発するひとは、そのひと自身が、傷ついているのです。そのひとの痛みだけを感じて、ことばのほうは、静かに、流してあげるのです。それは、あなたを傷つけるために発せられたのではなく、そのひとの内面の痛みが、おもてに出てきただけなのです。ただ、そのひとの痛みが癒えることを、こころの深い部分で祈りましょう。あなたは、それを選択できます。みっつめ。うれしくないことばは、反面教師として受け取ること。もしも、自分なら、そんなとき、どんなことばが使えるだろう。どんな行動がとれるだろう。ひとを傷つけないために、自分なら何ができるだろう。そんなふうに考えて、自分の肥やしにするのです。あなたは、それを選択できます。よっつめ。あなたを傷つけるひとと、かかわりつづけるのも、つづけないのも、本来はあなたの自由です。あなたを成長させてくれるひとは、どんなひとですか?あなたがかかわりつづけたいのは、どんなひとですか?私たちは、人間関係を選択することができます。実際に距離を置けない相手でも、敬して遠ざかることはそれなりにできます。(笑)いつつめ。どんなことでも、起きたことは、一瞬のできごとにすぎません。もしも、それがずっと気になるとしたら、あなたが自分で引きずりつづけているのです。相手のせいではないのです。あなたは、前向きで快適な人生を送りたいですか?それとも、過去にエネルギーをとられつづけたいですか?あなたは、それを選択できます。選択肢はほかにもまだまだたくさんあります。でも、実は、究極の選択肢はただひとつなのです。それは、あなたが幸福に生きたいかどうか。そして、幸福に生きるために、他者に左右されたいかどうか。あなたが、他者に左右されずに、幸福になる生きかたを選択できたら、あなたは、幸福以外のなにものにもなれません。(^○^)だって、他者に左右されないのですからね!すべては、あなたが、選択するだけなんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第997号(2006年7月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------夢が…ありません。最近、とても重大なことに気がついてしまいました。私には、夢が…ありません。よく、成功哲学の本などに、「夢(目標)は、紙に書け」などと書いてあります。私もいくつか書いてみたことがあります。でも、実現していないことも多いのです。(笑)でも、それらを読み返してみて思うのは、「あ、これは、本気で 夢(目標)だと 思っていなかったことだ」ということです。だから、実現しなくても何も問題はなかったのです。いま、私は、毎日を充実して生きています。もちろん、うまくいかないこと、へこむこともありますが、それでも、毎日が充実しています。朝は、目が覚めた瞬間に、「よっしゃあ」と気合を入れて、跳び起きます。睡眠時間がもったいないくらい、やりたいことがたくさんあるからです。ワークの最中、劇指導の最中、私のテンションは、最高潮にあがりまくりです。楽しくて、楽しくて、しかたないからです。そして、エネルギーが尽きると、気絶します。(爆)気がつくと、ときどき、床にころがっていたりします。(爆)(爆)やりたいことはたくさんあります。でも、それは、夢ではないのです。それらはすべて、現在進行形なのです。だから、私には、夢が…ありません。(^^ゞ夢は、いつでも、いま、この瞬間なのです。この一瞬、一瞬、私は、夢を、現在進行形で、生きているのです。あるいは、現実を、夢見ながら生きているのです。夢をもつのは、大切なことです。でも、どうか、夢を夢で終わらせないでください。夢は、遠い未来にあるのではありません。いま、この瞬間、すでにあなたのなかにあるのです。だから、どうか、いま、この瞬間から、その夢に向かって歩き出してください。どんなにちいさな一歩でもいいのです。0.00001歩だって、いいのです。それでも、間違いなく前進です。その前進を、たゆまなくつづけていくのです。いつか気がつくと、あなたは、それが、すでに夢でなくなっていることに気づくでしょう。あなた自身が、夢を現在進行形で生きていることを知るでしょう。今日は、あなたの「夢」を現在進行形で応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第996号(2006年7月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.03.04
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