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★今日のフォーカスチェンジ♪地球のかけら最近、ご縁があって、ピーターサイトという石を買いました。てのひらのくぼみにすぽっとおさまるような、ほんのちいさなかけらです。茶色と藍色がベースになっていて、特別に派手な色ではありません。けれども、不思議な光沢があります。まるでオーロラのような、薄青い光が、角度によって、石の表面にあらわれます。それは、なぜか私に、はるか上空から、地球を見おろしている気持ちを感じさせるのです。濃淡のある茶色は、大地。藍色の部分は、湖や海。そして、光は、その地球の上空にかかる雲。そんなふうにね。その石を見ていて、ふっと、浮かんできたのが「地球のかけら」ということばです。ええ、たしかに、石は、地球のかけらです。当たり前といえば、当たり前です。でも、その神秘的な光沢のせいでしょうか。何度見ても、見飽きず、そして、せつない思いが胸にこみあげるのです。ああ、この石と同じように、私もまた、地球のかけらなのだ。そんな気持ちが湧くのです。地球のかけらである私のなかには、地球の歴史のすべてが詰まっています。私は、生きながらにして、地球の歴史そのものです。実際、私たちの血液の水分は、海の成分とほとんど同じ。生まれてくる過程では、進化の過程をなぞります。あなたが、もしも、自分のことを、ちっぽけに感じるようなときには、どうか、思い出してください。私たちは、地球のかけらです。私たちの内がわでは、いつでも、地球が深く呼吸しているのです。そんな私たちが、どうして、ちっぽけであったり、とるに足らない存在であったりするでしょうか。そんなはずはありません。私たちは、一人ひとりが、かけがえのない、地球の、そして、宇宙のかけらなのです。いま、あちこちで、「地球にやさしく」「地球を大切に」ということばがあふれています。でも、それって、本当は、こう言い替えたほうがいいかもしれません。「あなた自身を、 大切にしてください」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1700号(2008年6月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪幸せな計算自分のことを、どうしても、大切にできないひとに。伝えたいメッセージがあります。あなたが、もしも、その考えを捨てて、自分を肯定していい、自分は幸福になっていいと、決めることができたなら。世界は、いまよりも、66億分の1、平和になります。そうですよね?自分を肯定できる、自分を幸福に感じられるひとは、こころの平和を保てます。こころの平和を保てるならば、そのぶんだけ、世界平和に貢献することになるのです。さて、あなたにできることは、それだけではありません。あなたが、あなたのまわりの誰かを幸福にできたら…。それはどんなちいさなことでも、かまいません。たとえば、朝、家族に「おはよう」のあいさつとともに、笑顔を見せることだけでも充分なのです。その瞬間に、世界は、さっきより、66億分の2、平和になります。それが、3人であったなら、66億分の3、平和をもたらしたことになります。これって、なんだかとっても、幸せな計算ではありませんか。4人であれば、66億分の4。(16億5千万分の1)5人であれば、66億分の5。(13億2千万分の1)6人であれば、66億分の6。(11億分の1)それって、ちっぽけすぎる数字だと思いますか?では、同じことを、10人のひとが、やってみたとしましょう。10人であれば、66億分の10。(6億6千万分の1)その10人が、別の誰か1人を幸福にすることができたなら、66億分の20。(3億3千万分の1)5人を、幸福にできたなら、66億分の60。(1億1千万分の1)9人を、幸福にできたなら、66億分の100。(6600万分の1)そして、その100人が、それぞれに誰かを幸福にできたなら…。さらに、そのひとたちが、誰かを幸福にできたなら…。算数に弱い私は、このへんで、計算をやめておきますが。(笑)でもね。案外、世界平和って、あっという間に、実現しちゃうと思いませんか?あなたは、あなた自身を幸福にするだけで、世界平和のにない手になれるのです。さらに、まわりのひとまで幸福にすることができたら、平和のメッセンジャーになってしまうのです。私たちは、特別な地位や権威をもたなくても、充分にこれだけのことができる存在なのです。無理に信じる必要さえありません。小学生にさえ計算できる、簡単な事実なのですから。その、はじめの単位が、「自分」です。あなたが、まず、あなたを幸福にしてあげること。それが、世界平和に向かう、一番たしかな道のりです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1699号(2008年6月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪意味をあたえること有名なたとえ話なので、知っているひともおおいと思います。ある街で、れんがを積んでいる職人さんに「何をしているのか」と、聴きました。ひとりは、「れんがを積んでいる」もうひとりは、「壁をつくっている」もうひとりは、「大聖堂を建てている」今日は、ふと、このたとえ話を思い出して、自分は、いま、何を見ているだろうかと考えてみました。たとえ話のなかの三人の職人さんのやっていることは、まったく同じです。でも、やりがいは、おそらくまったくちがうだろうと思います。そして、たぶん、その仕事の質も、ちがうだろうと思います。私たちもまた、毎日、れんがを積んでいます。それは、同じことの繰り返しのようにも感じられます。でも、本当にそうなのでしょうか。あなたが、いま、していることを、「つまらない繰り返し」ととらえるか、「何かをなしとげる ための 大切な一歩」ととらえるか。それだけで、見えてくるものは、まるでちがってしまいますよね。私たちは、しばしば、自分のやっていることは、すでに決められたことで、自分では変えようがない、と感じてしまいます。たしかに、会社での役職、家庭での役割など、自分で勝手に変えることは、できないように感じます。でも、見かたは変えることができます。このたとえ話のように。あなたは、あなたがいま、していることに、どんな意味をあたえることができますか?あるいは、どんな意味をあたえたら、あなたは、それを、よろこびとともにおこなうことができるようになりますか?人生は、一日一日、一瞬一瞬、終わっていきます。それは、過ぎ去って、二度ともどってきません。そのあなたの人生に、意味をあたえるのは、ほかならぬあなた自身なんです。そしてね。あなたは、あなたの人生だけでなく、あなたのまわりのひとの人生にも、意味をあたえることができます。もしも、あなたのまわりに、自分のしていることに、意味を見出せないひとがいたなら、あなたが教えてあげるのです。あなたのしていることには、こんな意味があるんだよね…って。 それを受け入れるか どうかは、そのひとの 選択にゆだねられますが。このことは、あたえられていることを、無批判に受け取れということではありません。変えられるもので、なおかつ、あなたにその用意があるものは、どんどん変えていっていいと思います。でも、いまはまだ変える時期になかったり、すぐには変えられない事情があるときには、この意味づけを変える方法を使うこともできるのです。そして、それは、まちがいなく、あなたの、あるいは、あなたのまわりのひとの人生を、意味あるものに変えてしまいます。どうぞ、今日は、あなたの手のなかにあるれんがを見てください。あなたは、それにどんな意味をつけますか?それをなしとげることは、あなたに、どんな結果をもたらしますか?どうぞ、あなたのれんがを、大切にしてみてください。あなたが変われば、まわりが変わります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1698号(2008年6月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪終わらせるものを、終わらせましょう。私たちは、日ごろ、できるだけ良好な人間関係を結びたいと願っています。いさかいは避けたい。おだやかに接したい。可能であれば、お互いに向上しあえるような関係でありたい…と。けれども、現実はなかなかそうもいきません。ひとの悪口なんか聴きたくないのに、そういうひとが寄ってきたりします。一度とりつけた約束を、何度もやぶるひともいます。 あ、〆切が…。痛い…。(爆)そのたびに、誠実なあなたは、悩みます。この体験は、自分に何を、伝えようとしているのだろう。この問題から、自分は何を、学べばよいのだろう…と。でもね。今日は、はっきり言っちゃいます。あなたが、そんなことで悩む必要はありません。そんな関係は、とっとと、終わらせてしまいなさい!人生は、みじかいのです。あなたの貴重な時間を、ひとの悪口のためについやすのは、もったいなさすぎます。約束を守れないひととは、約束なんかしなきゃいいのです。 …あいたたたたたたた。(>_
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪ご都合主義のススメ私は、ちからのかぎり、ご都合主義のひとです。自慢ですが、徹底的にご都合主義です。(笑)そして、これこそ、私がノーテンキに生きられる最大の秘訣なのです。ご都合主義とは、どういうことか。すべてを、自分にとって、都合のいいように解釈する生きかたです。どんなことが起きても、それはすべて、自分にとって、都合のいいできごとなのです。世のなかにおける、正しい・正しくないなんて、どうでもいいのです。何せ、世のなかと、結婚しているわけじゃないのですから。(爆) 結婚してたとしても、 相手に合わせる必要は どこにもありません!他人にたいしてさえ、そうなのですから、自分にたいしても、同じことがいえます。自分のなかに起きてくる感情は、すべて、自分にとって都合のいいものです。それは、どんなふうにも解釈できるのです。解釈していいのです。たとえば、いいようのないかなしみが、湧き上がってきたとします。こんなときは、「自分、いいこ、いいこ♪」のチャンスにしちゃいます。私たちは、ついつい、自分のケアを忘れがちになっているものです。だから、わけもなくかなしいとき、せつないとき、「おお、いいチャンスだ」と、感情を利用しちゃうのです。ぜいたくに旅行をするもよし、おいしいものを食べるもよし、時間がないときは、せめて、高級入浴剤を買ってきて(笑)、お風呂につかるもよし。自分のために、できるだけのことをしてあげるんです。それだけで、感情はちゃんとおさまっていきます。あるいは、「そうか、これは、自分と じっくり向き合えという サインなんだ」と、考えることもできます。ヒーリング系の音楽を流して、お香でもたいて、瞑想してみましょうか。気分転換にもなりますよ♪怒りが止まらないときは、もっとすてきなチャンスです。これは、体力を使えというサインなのです。(と、都合よく解釈します)(笑)その怒りのエネルギーを使って、浜辺を、42.195キロメートル走ってみてください。ダイエットにもなります。(たぶん)あるいは、山のなかとか、孤島で、思いきり叫んでみるのも方法です。私も、とある山の中腹で、やったことがありますが、なんと、ふもとから、犬が、遠吠えを返してきました。(爆) 演劇部出身なので、発声は それなりのものがあります。(^^ゞ野性にかえったみたいで、めちゃくちゃいい気分でした。日々の生活のなか、外がわであれ、内がわであれ、解決しようのないこと、よくわからないことは、たくさん起きてきます。そのたびに、さまざまな感情がおき、こころが揺れます。そんなときに、ちからを発揮するのが、この「ご都合主義」なのです。正解を探したって、見つかるかどうかわかりません。正解が、自分にとって、好ましいものかどうかは、さらにわかりません。だったら、そんなもの、どうでもいいじゃありませんか。そしてね。これ、キモですから、覚えておいてくださいね。(笑)ご都合主義の人生を生きていると、不快なことが、かぎりなく減ります。そうするとね。自分の内がわの深いところと、つながりやすくなるんです。だって、毎日が快適になると、こころが、自然におだやかになりますよね。そうすると、それまでこころに立っていた波がしずまって、深いところが見えやすくなるんです。その深いところに、実は、探しても見つからなかったこたえが…、あったりするんですよ♪え、それもご都合主義の解釈じゃないかって?はい、そうです。(きっぱり)でも、あなたがそれで幸福に生きられるなら、何か、問題ありますか?あなたの幸福が、世界の幸福につながるのです。ご都合主義全開で、幸福になってください!以上、かめわざ流ご都合主義のススメでした!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1696号(2008年6月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪愛が愛であるように。「愛の反対は、無関心」これ、マザー・テレサのことばだと言われています。 出典探しましたが、 見つからなかったので、 ご存知のかた、教えてください。無関心のとき、ひとはどうなるか。ええ、こころが動きません。ときには、存在しても、気づきさえしないのです。それは、しばしば、ひとのこころを傷つけます。いじめにおいて、「無視」が一番ダメージが強いのも、存在をみとめられないという意味において同じです。ひとのこころが動くとき、そこには、かならず何らかの感情があります。喜怒哀楽さまざまでしょう。けれども、私たちが喜怒哀楽と名づけているこの感情は、もとは、ひとつのものです。もとはすべて、愛なのです。たとえば、あなたが、ちいさな子どもで、クリスマス・プレゼントを楽しみにしていたとします。でも、もし、クリスマスに、だれも、プレゼントをくれなかったとしたら、あなたは何を感じますか?おどろき。悲しみ。落胆。あるいは、怒り、ですね。もしも、あなたが、最初から、プレゼントを楽しみにしていなかったら。そんなものどうでもいよと思っていたとしたら。そんな気持ちは起きるはずがないのです。おどろきも悲しみも落胆も、そして、怒りも、受け取るよろこびがあるからこそ起きてくるものなのです。そして、プレゼントをあたえてくれる相手とは、あなたにとって、どんな存在でしょうか?少なくとも、好意をもてる相手ですよね?もしも、好意を感じる相手から、たてつづけに無視されたりしたら?ほしいものが受け取れなかったら?私たちは、次第に怖れを感じるようになります。「また、受け取ることが できないのだろうか」「また、かなしくつらい 思いをするのだろうか」相手にたいする思いが、強ければ強いほどに、この怖れも強まるのです。そして、いつか相手にたいして、こころをひらくことをやめてしまいます。傷つくくらいなら、こころを閉じてしまったほうが、楽だからです。あるいは、ひどく怒りや憎しみをつのらせることになるかもしれません。あんな相手から、絶対に受け取ってやるものかと。でも、こころを閉じても、怒りや憎しみを感じても、そのみなもとにあったものは、なくなりません。いえ、あるからこそ、怒りも憎しみも、生まれつづけるのです。すべての感情の、みなもとは「愛」です。私たちがこのことに気づけば、いつでもそこに立ち還ることができます。そして、愛が愛であるように、表現するだけでいいのです。そうすれば、私たちは、深いところでつながりあえます。憎むこともあらそうことも終わりにすることができるのです。でも、これは、なかなかにむずかしい道ではあります。私自身も、完全にできているわけではありません。それでも、気づいたひとから、はじめるしかないと思っています。愛が愛であるように。このメッセージをあなたが受け取ってくださるのなら、どうぞ、この気づきの流れに加わってください。そして、ともに、深いみなもとに還りつづけましょうよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1695号(2008年6月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪意識が、相手に向くのです。ひとの話の聴くとき、「自分の頭のなかを からっぽにして聴く」こう言うと、ぴんと来るひとと、来ないひとがいるようです。それで、今日は、もうひとつの視点から。「相手の話を、100%、 興味・関心・好奇心を もって聴く」これではいかがでしょうか?この二つの聴きかたは、別々のことのように感じられると思います。でも、実は同じなんです。少なくとも、かめわざ的には♪私たちが、相手の話を聴けなくなってしまうのは、自分の頭のなかに思考が起きるためです。「えっ、そうなの?」「それは、ちがうだろ」「わかるけど、でも…」という、やや否定的な気持ちだけでなく、「そうそう、私も…」「そういうときなら…」のように、同調したい気持ちのときでも。どちらの場合も、自分の頭のなかで何かを考えはじめた瞬間に、「相手の話を聴く」パーセンテージは落ちます。これ、わかりますよね?脳みそは、そのぶん、増幅はしませんから。(笑)それにたいして、「相手の話を、100%、興味・関心・好奇心をもって聴く」と、どうなるか?意識が、相手に向くのです。すると、相手のことばが、そのまま、自分の頭のなかに、流れこんできます。100%向いていると、自分の疑問や意見は、浮かび上がってきません。(ですよね?)そこには、相手の話を受け止める「空洞」ができています。ええ、これが、「頭のなかをからっぽにして聴く」ということなんです。とはいえ、最初は、なかなか、スムーズにいかないかもしれません。思考は、たえず、湧きあがってきますから。でも、それを「思考が起きないように」と意識すると、ますます、思考のほうに、気持ちがかたむいてしまいます。そのときも、そのつど、「相手に、100%、興味・関心・好奇心をもつ」方向に、シフトしなおせばいいのです。意識が相手に向くと、湧き上がった思考は、置いてきぼりになります。思考の受け皿である意識が、いないわけですから、(笑)思考だけが、そこにいてもしょうがありません。そのまま消滅していきます。(さようなら~♪)まあ、多少のトレーニングは必要です。私たちは、これまで、そういう教育をまったく受けていませんから。でも、どんなことも、練習すれば上達します。自転車の練習をするように、泳ぐ練習をするように、繰り返しトライしてみてください。次第に、こつがつかめてきますから♪私は、真のコミュニケーションは、この「聴く」ことなしには、生まれないと思っています。それだけ、「聴く」ということは、大切なことなのです。トライのしがいは、充分にありますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1694号(2008年6月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪「ボケナス」と「ぱんつ丸見え」もしも、あなたの目の前に、突然、知らない国のひとがあらわれたとします。「■○×△★〓…」何かをしゃべっているようですが、さっぱり意味がわかりません。 でも、よく聴いていると、どうも、「△Α◆」というのは、「イエス」の意味らしいことがわかってきました。さらに、「Ψ◎※」というのは、「ハラヘッタ」という意味だということも、わかってきました。そうやって、いっこいっこ、すりあわせしていくうちに、だんだん、相手と話が通じるようになってきます。そんなあるとき、相手が、こちらのことをしきりに、「ボケナス」というのです。せっかく仲良くなってきたのに、「ボケナス」とはあんまりです。あなたは、腹を立てて、「それは失礼だ!」といいました。相手は、とたんに真赤な顔になりました。「失礼ですよ」と、あなたがなおも言うと、相手は、あわてて、おしりをかくしました。…?????あとになってわかったことですが、相手の国では、「シツレイ」というのは、「ぱんつ丸見え」という意味だったのです。(爆) すみません、下品な話で…。 そして、「ボケナス」とは、「尊敬している」という意味だったのです。もちろん、これは、たとえ話です。現実ではありません。でも、私たちは、しばしば、これに近いことをやっているのです。相手が、どのような意味で、そのことばを使っているのか。相手の使っている意味が、自分の感じているそれと、同じであるかどうか。たしかめることをおろそかにしてしまうのです。同じ日本語であっても、通じるとはかぎりません。ことばのもつ意味は、そのひとの生まれ育った環境によっても、おおきく作用されるのです。「あなたにとって、それは、 何を意味していますか」「○○について、私は、 このようにとらえて いますが、あなたには、 どのように見えていますか?」意見が一致しないときほど、このすりあわせは大切になってきます。私たちがすれちがうおおくの場合は、このちがいに、気づいていないからです。「それでは、ここで話すとき には、とりあえず、□□で あるという前提にしましょう」それでようやく、出発点に立てるのですから。もちろん、日常のすべてのことばをこのようにつきあわせていくことは不可能です。でも、せめて、意見がちがったときは、この原点にかえってみてください。あなたが聴いている「ボケナス」は、本当に「ボケナス」なのか。自分の言っている「シツレイ」は、本当に、「失礼」という意味で、相手に伝わっているのか。同じ単語を使っているから、同じ意味を伝えていると、勝手に思いこんではいないだろうかと。そして、せっかくですから、覚えておくことにしましょう。今日から、あなたと私は、意見のかみあわない場面に出くわしたときには、このことばを思い出すことにするのです。「ボケナス」と「ぱんつ丸見え」(爆)そうすると、かっかしたりがっかりしたりすることもなくなりますよね。共通のことばになるように、すりあわせをすればいいだけなのですから♪あ、でも、こころのなかで思い出すだけのほうがいいかもしれません。「ばんつ丸見え」うっかり声にすると、ちょっと恥ずかしいかもしれませんから。(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1693号(2008年6月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪ちゃんと、理由があります。感情が動くときには、その感情にふれる何かが、こころにあります。当たり前のことですが、私たちは、案外、このことを忘れています。人助けのニュースを聴いて、うれしくなるのは、それがいいことだという価値観が、自分のなかにあるからです。ひとに悪口を言われて怒りを感じるのは、それによって、自分が、おとしめられたり、傷つけられたという意識が反応するからです。私は、このことを、「受け皿をもっている」と、表現してきました。受け皿のあることには、ひとは、反応しますが、受け皿のないものには、まるで反応しません。場合によっては、気づきさえもしません。感情が動くときには、感情を動かす何かが外がわにあるのではないのです。 それはあくまでも、 きっかけに過ぎません。感情が起きる何かが、内がわにあるのです。この仕組みがわかると、自分の感情とのつきあいが、楽になります。たとえば、手ばなしでは受け入れられない感情があがってきたときには、自分に聴いてあげるといいのです。「なぜ、こんな感情が 起きてくるの?」そうすると、かならず、こたえがそこにあります。過去に、同じパターンで、いやな思いをした体験があったりとか。ことばや表現の方法が、苦手なひとのそれと同じだったりとか。 ひとによっては、 かなーり遠い記憶に なる場合もありますが♪「ああ、これか」気がついたら、いま起きている感情と、その過去のパターンを、切り離してあげると、いいんですね。あれはあれ、これはこれだよ、って。切り離す方法はいろいろあります。心理学の本などに、たくさん書いてあります。でも、実は、気がついた時点で、かなりのところは、解消されているはずです。すでに、それは、認識・整理された情報に変化していますから。あとは、それをどう処理・展開していくかです。え? 感情をそんなふうに処理しちゃったら、ミモフタモナイ?はい。ですから、味わいたい感情は、手ばなしで、たっぷりと味わっていいんです。そうではない感情のときだけ、チェックしてみてくださいね♪それでは、今日のおさらいです。あなたの感情には、ちゃんと、理由があります。感情が起きてきたときには、自分の内がわを、ちょっと注意して見てみましょう。それは、あなたが、あなた自身と、より深くつきあうきっかけになってくれるかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1692号(2008年6月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪しなやかに変化できる、こころとからだで「身のこなし」ということばがあります。「こなし」の「こ」は、「粉」なのだそうです。粉のようにさらさらと、自在な動きのイメージです。また、私たちのからだの約70%は水分でできています。 地球の陸と海の パーセンテージも同じですね。水は、どんなところでも、それにあわせて、かたちを変えることができます。かたちは変わるけれども、水そのものの本質は、変わることはありません。私たちが、しばしば、「からだが固い」という表現をもちいるのは、実は、特定の思いこみから来ているにすぎないのです。そして、実際に、からだが固い状態になっているのは、この思いこみによって、自分自身をしばりつけているからにほかならないのです。よく知られているように、おさないころに、おもりと鎖でしばりつけられた象は、おとなになっても、逃げることができません。天井のある箱で育てられたのみは、それ以上に飛ぶことはありません。全部、思いこみなのです。関節の曲がる角度がどうとか、開脚がどこまでできるとか。からだの一部だけを見て、かたさ・やわらかさを決めつけてしまうことも、やはり思いこみです。からだとこころは、つながっています。というよりも、からだとこころは、分けることができません。からだなくしての、こころは存在しませんし、こころなくしてのからだも、存在しえないのです。だから、こころががちがちになっていると、からだも、がちがちになります。からだがかたまってくると、こころもかたまってきます。しばしば、お年寄りになると、がんこになるといわれるのは、そのためかもしれません。真にやわらかいからだとは、関節が曲がることではなく、自在に、しなやかに、変化できるからだのことです。起きてくるできごとに、その瞬間、瞬間に感じて、反応できるからだのことです。そして、自在にしなやかに変化するためには、どのようなことも、否定せず、受け止めることができるこころが必要になります。 この場合の「受け止める」は、 「言いなりになること」では なく、「ああ、そうなのか」 と、認識するちからです。その瞬間、瞬間に反応するためには、固定観念にしばられないでいる必要があるのです。そして、結果的にそのような生きかたをしていると、少しずつ、からだはやわらかくなります。よけいな身がまえがなくなり、ほどよくちからが抜けるので、無理のない、自然な動きができるようになるのです。あなたは、どのようなからだでありたいですか?どのようなこころで、生きたいですか?粉のようにさらさらと、水のようにするすると、しなやかに変化できる、こころとからだで、生きてみたいと思いませんか?どうぞ思い出してください。私たちは、生まれたての赤んぼうのときには、だれでも、それを持っていたのですから!思い出して、もう一度、はじめてみればいいんです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1691号(2008年6月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪からっぽのまま、聴く。ワークショップのあとの懇親会で、「聴く」という話題になりました。おおくのひとは、ひとの話を、聴いているようで、聴けていません。ついつい、相手のことばに「反応」してしまうのです。「私の場合はね」と、私は言いました。「頭のなかを からっぽにするの」そう。いろいろなものを詰めこんだままでは、ひとのことばって、入ってこないんです。入ってきても、別の色がついたりしちゃいます。だから、からっぽにしちゃうのです。からっぽにして、風通しのいい状態にしておくのです。自分の荷物(考え)は、話を聴いたあとで、また、運びこめばいいのですからね。(笑)この話を聴いた参加者のかたが、さっそく、実践してくださいました。そして、とってもうれしいメールをくださいました。「母の話が、 すっと聞けたんです。 話をただ聞いたら、 飲み込まれると 恐れていたけど、 そうではないんだと 分かりました。 相手が 何かをかかえていても、 それはそれでいいんだな という感覚がありました。 何だか不思議な感じです。 そして楽な感じです」相手が近しい関係にあればあるほど、私たちは、純粋に「聴く」ことができにくくなります。とくに、怖れの感情がそこにあるときは。でも、怖れの感情の底にあるものは、「愛」です。「わかってほしい」「受け入れてほしい」「否定しないでほしい」そんな気持ちが、うまく通じあえないときに、愛は、怖れになって、相手の話を聴くことをブロックしてしまいます。からっぽになる。怖れは、いったんオヤスミです。(笑)そうすると、ことばの底にあるものが、自然に伝わってきます。いままでは、押しつけにしか聴こえなかったことばが、本当は、愛から来ているのだということ。そう、語るがわも聴くがわも、そこにあるのは、どちらも「愛」だけなんです。ただ、「愛」が「愛」のままのかたちでいないだけなんです。からっぽになると、その本当の姿が、自然に見えてくるんです。そして、それを受け止めるも受け止めないも、自分の自由。聴くことと、したがうことは、イコールではありません。あなたの意思を否定する必要はありません。「何だか不思議な感じです。 そして楽な感じです」なんともすてきな、正直な感覚です。うれしくて、思わず、くすっと笑ってしまいました。からっぽのまま、聴く。あなたも、ためしてみませんか?あなたのなかの、眠っていた感覚が、目を覚ますかもしれませんよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1690号(2008年6月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪よろこびをわかちあう関係プリンターが故障しました。私のように、一日に何時間(ときには10時間以上)も、パソコンを使う身にとって、周辺機器の故障は大ピンチ!さっそく、サービスセンターに電話をかけました。電話の相手は、まだベテランの域には達してはいない雰囲気。話す口調も、どこかたどたどしく、何度も、「ちょっとお待ちください」と、タイムをかけられます。上司かだれかに相談をしているのか、マニュアルを調べているのかもしれません。「電源を切ってください」「電源を入れてください」「○○してみてください」「○○を押してください」いくつもの指示が入ります。それなのに、何度やっても、なかなかうまくいきません。実は、私はプリンターを、パソコンディスクの一番上に乗せてあるので、これらの作業をするのは、ちょっとした苦労です。無理な姿勢でくたびれ、時間もどんどん過ぎて、いらいらがつのります。それでも悪戦苦闘のあげく、プリンターは、無事に動き出しました!ほっとしました。そのとき、ふと気がつきました。なかなかすすまないやりとりのなかで、私の口調が、ちょっと硬めになっていたかもしれないなと。「あの、ついでに、 言ってもいいですか」私は、言いました。すると、電話の向こうの相手が、緊張するのがわかりました。サービスセンターの修理担当といえば、おそらく、苦情を言われることも少なくないでしょう。無事に直りはしたものの、時間がかかったことで、何か言われるのではと思ったのかもしれません。「実は、先日も、同じ 原因で、プリンターが 故障したんです」「はい」相手の緊張は、ますます強まります。私は、つづけました。できるだけやわらかい口調で言いました。「そのとき、担当のかたが、 本当に親身になって 対応してくれて、 うれしかったんです。 お名前を忘れてしまい、 お礼を言うことができない のですが、そのことを お伝えしたいと思って。 そして、そのことが あったから、今日も、 安心して、電話をかける ことができたんです。 今日も、ていねいに 対応してくださって、 ありがとうございます」電話なので、顔は見えませんが、相手の表情が、みるみる、明るくなっていくのを感じることができました。だって、次の瞬間の声ときたら、天にものぼるくらいにはずんでいましたから!「ありがとうございます! 私は、○○と申します! 何かありましたら、 いつでもご連絡ください!」その声のはずみに、私も明るい気持ちになりました。最後のひとことは、別に、告げなくても、かまわないことでした。でも、告げたくなったのです。そのひとことが、相手にも、私にも、よろこびをもたらしてくれることがわかっていたから。よろこびをわかちあう関係を生きることが、私たちを、より幸福にしてくれることがわかっていたから。プリンターの故障が、私自身にも、思いがけない気づきをもたらしてくれました。このよろこびを、今日は、あなたとわかちあえたら、うれしいです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1689号(2008年6月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪だまされてください。先日、母が用事で上京したときのことです。駅ビルの食堂で、おそばを注文しました。「今日は朝から、おそばが 食べたかったのよ」けれども、届いたおそばを食べて、ひとこと。「こんなもんかねえ」明らかに、がっかりしたようすです。まあ、しかたありません。おそばの専門店に入ったわけではないのです。そして、いまどきの田舎の年寄りの舌は肥えているのです。(爆)ところが、帰りしな、ウエイトレスさんに母は、にっこり笑って言ったのです。「おいしかったわあ。 ごちそうさま」えええええ?それは、うそです。リップサービスです。だまされてはいけません!…と。ここで終わってしまうと、今日のタイトルは何だったのかということになってしまいます。(^^ゞはい。だまされてください。およそ、食べもののお店をやっていて、一番うれしいのは、「おいしかった」のひとことだと思うのです。だれかに喜ばれると、ひとはもっと、いい仕事をしたいと感じます。そして、そのための工夫をはじめるでしょう。そういえば、私自身、子どものころ、母には、できないことについて、あまりうるさくは言われなかったなあ。それと同じことなんだなと、思いました。もちろん、言われて安心してしまって、それ以上、何もしないお店もあるでしょう。それは、結局は、そのお店の姿勢です。でも、そのウエイトレスさんは、言われて、きっと、うれしかったと思います。そのあと、きっと、明るい気持ちで、仕事ができたろうと思います。それだけで、母のひとことは、価値があったと思うのです。どうぞ、あなたも、だれかにほめられたときは、素直にだまされてください。いえ、本当にほめてくれたのかもしれませんが。(笑)実のところ、それが本心であるかどうかは、あまり関係がないのです。あなたが、そのことばを受け止めて、どう反応するか。大切なのはそのことです。謙遜が美徳だった日本人。最近の、成功哲学やら、引き寄せの法則やらで、ボジティブな受け止めかたをすることは、少しずつ上手になってきたようです。それでも、まだまだ、受け取れないどころか、拒否してしまうひとも、たくさんいます。無理にポジティブにならなくていいんです。でも、せめて、ボジティブな対応をされたときには、素直に受け止めましょうよ。ええ、信じる必要はありません。だまされたと思って、だまされてください。あなたのためです。そして、だまされて幸せになってください♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1688号(2008年6月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪だから、からだを使ったワークをするのです。私のワークショップは、「完全参加実習型」です。しかも、「書く」とか「話す」ではなく、からだを動かします。ワークショップということば自体、耳慣れないのに、からだを動かすとなると、おおくのひとがしりごみします。だから、申し込みの「メッセージ」欄には、しばしば、「思い切って参加します」とか、「勇気を出して」なんてことばを使うひとが、珍しくありません。(笑)「いや、サーカスの指導を、 するわけじゃ…」と、苦笑してしまいますが、でも、気持ちもわかります。なぜ、それほどまでに、おおくのひとが、「からだ」を動かすことに抵抗を感じるのか。子ども時代の教育のなかで、「からだを動かす」ことにたいする固定観念を、身につけてきてしまったのです。典型的な例が、「私、からだが固いんです」と、豪語してはばからないひとが、おおぜいいます。で、実際に「どういうふうに固いんですか」と、聴いてみると、たいていは、前屈をしてみせてくれます。まあ、たしかに、まるで曲がらないのですが…。(^^ゞ「それって、単に、股関節が 曲がるか曲がらないか、 ってことですよね。 あなたのからだって、 股関節でできてるんですか?」ちょっといぢわるして聴いてみると、きょとんとしてしまいます。ええ、ことばのとおりです。その人が証明して見せてくれた「からだのかたさ」とは、関節のかたさをあらわしたにすぎません。しかも、股関節は、役割でいえば、いわば、ちょうつがいのようなもの。でも、ちょうつがいって、「やわらかい」ですか?もともと、一か所しか、しかも一方向にしか曲がらないんですよ。そういうものを、普通、やわらかいって言いますか?言いませんよね?もともとやわらかくないもののまねをして、かたいと言っているなんて、ちょっと変だと思いませんか?そのくらい、私たちは、からだにたいする固定観念を植えつけられてきているんです。からだほぐしのワークでは、そんな動きは一切やりません。たとえば、ただ、2人組で背中合わせになって、相手の背中を感じます。やわらかさ…。あたたかさ…。やすらかさ…。たっぷり感じたあとに、2人で、背中をゆらして、波のようにゆれます。息を深ーくして…。ゆらり、ゆうらり…。もうこれだけで、からだは、ゆったりふんわり、溶けていくのです。ひとによっては、風邪の症状が軽減したり、ぎっくり腰が軽くなったというケースもあります。 それを目的にするわけでは ありません。念のため。私たちは、生まれてこのかた、からだをとおして、すべてを体験してきました。頭でいくらわかったつもりになっても、からだに落とさないかぎりは、本当にわかったことにはなりません。だから、からだを使ったワークをするのです。自分自身のからだで感じて、自分でわかって、自分で、使えるようになってほしいからです。「思い切って」「勇気を出して」参加してくれたひとたちが、ワークのおしまいには、にこにこの笑顔になって、「楽しかった」と言ってくださいます。「勉強になりました」とは、あまり言われません。(笑)でも、それでいいんです。それこそが、からだをたっぷり使った証拠です。からだで覚えたことは、からだに聴けばいいのです。ちゃんと、こたえてくれますからね♪今日は、置きざりにしがちな、「からだ」に光をあてるメッセージを書いてみました。あなたの「からだ」について、もう一度、見つめ直す、きっかけになればうれしいです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1687号(2008年6月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪けっして、無力ではありません。小学生のころ、住んでいた家の近くの交差点で、交通事故がありました。二輪車同士の接触事故。ガソリンに引火して、車体は燃え上がり、下敷きになったおひとりが、逃げ出せず、亡くなられました。事故あとの舗装は、でこぼこにゆがみ、それは長いこと、そのままになっていました。学校に行くたびに、その交差点をとおるので、それは、あの夜の、高く燃え上がる炎の記憶を、思い出させるのでした。それでも、それは、1年に、1万件も起こる事故のわずか一件に過ぎないのでした。この日本では、1年間にみずからいのちを断つかたが、3万人を超えるというのです。そして、世界では、いま、この瞬間にも、何万、何十万、何百万ものひとが、いのちを落としているのです。戦争のために、災害のために、難病のために、貧困のために…。そのなかには、避けられない状況というものもあるでしょう。ちからを尽くしたけれど、およばなかったということもあるでしょう。でも、それだけではありません。わかっていながら、見過ごしてしまったこと。見聞きしていながら、ひとごととして通り過ぎてしまったこと。そんなことがあるとさえ、思いをやってみることもしなかったこと。それは、裏を返せば、ほんのちょっとだけ立ち止まれば、何かが変わったということ。自分にできることを何かひとつだけすれば、ちからになれたかもしれないということ。ほんの少しの想像力を、使ってみれば、真実を知ることができたかもしれないということ。どんなかたちでもいいと思うのです。自分以外のこと・もの・ひとに目を向けること。関心をもってみること。そこには、きっと、自分にできる何かがあるはずだから。自分にできることをするだけで、世界はほんのちょっぴりでも変わるはずだから。えらそうに高みに立って、お説教しようというのではありません。これは、まさに、自分自身に向けた、自戒のメッセージなのです。私が見ようとしなかったこと。気づこうとしなかったこと。通り過ぎてしまったこと。その瞬間に、どれだけの悲しみ、苦しみ、せつなさ、怒り、痛みが、そこに生まれていたか。いま、あらためて、自分自身に問いかけているのです。本当に、できることはなかったのか…と。自分を責めてはいません。何かを責めることは、世界の一部を責めること。 私も世界の一部です。だから、しません。その代わり、光をたくさん感じてみました。光のなかにいる自分をイメージしてみました。光の自分だとしたら、何ができるのだろう。どれほど微力であっても、できることに目を向けたら、それはきっと、現実になるのだから。今日は、だれかの痛みを、そっと抱きしめながら、祈りたいと思います。私たちの、その、ほんのささやかなちいさな一歩が、だれかの涙が、終わるきっかけになりますように。だれかのよろこびにつながりますように。そして、よかったら、あなたも、どうぞこの祈りにつらなってください。あなたなりのかたちで。あなたなりの思いで。私たちは、けっして無力ではありません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1686号(2008年6月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪場を用意することだけなんです。少し前、継続してかかわっているある演劇サークルで、起きたできごとです。稽古の時間に行くと、数人の子どもたちが、「聴いて、聴いて」と、駆け寄ってきました。最近、あたらしく参加した子が、自分たちのことを、無視するというのです。注意しても聴いてくれない。自分のほうが先輩なのに…。ふんまんやるかたない口調で、まくしたてます。12年半にわたる演劇部外部指導員の体験のなかでも、こんなことはしばしばありました。その瞬間に思うことは、いろいろありますが、まずは、こうお返事します。「私に言いにきてくれて、 ありがとう。 陰口を言っていたって、 解決しないものね」それから、ゆっくりと、ことの次第を聴きます。内容は、正直言って、実にささいなことです。思いこみや、誤解もあるように感じます。でも、同時に思うのです。子どもたちは、年齢にかかわりなく、せいいっばいのプライドをもっているんだなあって。たとえかんちがいであろうと、自分の気持ちを傷つけられたと感じるのは、とてもつらいことなのです。話を聴いているうちに、その当事者の子が来ました。子どもたちはちょっとばつが悪そうに、顔を見合わせました。私は言いました。「私は、大切なことは いつもみんなといっしょに 話してきたよね。 私に言いに来てくれた ということは、直接、 みんなでお話をしても いいということだよね?」子どもたちも、こっくりとうなずきました。「話し合うための ゴールデンルールは、何?」 「アイコンタクト!」即座にこたえが返ってきます。(この反応はうれしいです♪)「それに加えて、 相手の話は、最後まで 黙って真剣に聴くこと。 聴いているときには、 ほかのことを考えないこと。 ほかのことを考えると、 相手の話が、ちゃんと 聴こえなくなっちゃうから」お約束を取り決めてから、話し合いに入ります。まず、相談にきた子から話をしてもらいます。そして、無視したと名指しされた子から、それを聴いて何を感じたかを、話してもらいます。あとは、この繰り返しです。こころのすれちがいの99%の原因は、お互いに、きちんと伝えあっていないこと。自分の思いこみで、相手のことばやおこないを勝手に判断しているから。このときも、結果は、とってもシンプルでした。言われた子は、きょとんとしていました。早い話、自分のしたことで、相手ががそんなふうに感じたなんて、思ってもみなかったのです。「言われてるってことも、 全然気づかなかったの。 今度から、気がつくまで 何度でも言ってほしい」実にあっけらかんとしています。さて、くだんの問題提起をした子は…というと。どうも、話を伝えたことで、すっきりしたようです。無視されたという気持ちを毎日かかえていたことが、一番のストレスだったのですね。「もう気にしてないから。 ごめんね」ちょっと照れたような表情で笑いました。先輩後輩がどうの…という話も、もう持ち出しませんでした。もちろん、これは、あくまでもケースバイケース。必ずしも、すんなりいくとはかぎりません。それでも、大切なことは、感じたことを伝えられる場を、いつでも確保してあげられるかどうか、なのだと思います。そこでは、おとなが勝手に、いい・悪いの判断を押しつけないことです。まして、無理に仲直りをさせたりなんかしてはいけません。私は、いつも、言います。「けんかしたかったら、 やっていいよ。 いのちの危険があるとき だけ、止めるからね」でも、そこまで、その場にいっしょにいてあげれば、とんでもないことには、発展しないものなのです。 まあ、これは、私のいる 現場が、女の子がおおい ということもありますが。こんな体験を繰り返すと、しみじみ、子どもたちは、自分で、ちゃんとこたえを知っているな、と思うのです。私たちおとながすべきことは、場を保障してあげることだけ。もしも、あなたが、子どもとかかわる現場にいるひとならば、どうぞ、気づいてくださいね。子どもたちは、ちゃんと、こたえを知っています。あなたにできるのは、場を用意することだけなんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1685号(2008年6月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪変な客自宅で仕事をしていると、ときどき、セールスの電話がかかってきます。私は、基本的には、セールスの電話もきらいではありません。話しかたや、表現や、すすめかたなど、実にすばらしいかたがいて、声の仕事を、少しはしている自分としては、学ぶべき点があるからです。が、残念ながら、そんなかたは、ごく少数。まず、おおいのが、ことばづかいの間違い。(笑)もと、プロの編集者として、ことばのまちがいは、生理的!にゆるせません。(>_
2012.01.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪確認実験私は、いつも、「自分に、ジャッジをしない」ことを、すすめています。とくに、ネガティブな気持ちになってしまうとき、自分を「さばく」ことは、うまくいかない方法以外のなにものでもありません。 世のなかに、失敗はない という考えに立つならば、 それは、「うまくいくのに とても時間のかかる」方法 ということになりますが。(^^ゞでも、なぜそうなのかについて、最近ちゃんと説明していなかった気がします。そこで、今日はおさらい編。なぜ、自分をジャッジしてはいけないのか。失敗した(と感じた)とき、私たちは、おおくの場合、気持ちが暗くなります。ほぼ例外なく、エネルギーダウンします。ここで、さらに、自分にジャッジを入れるとなると、もうこれは、泣きっつらにハチ!踏んだり蹴ったりというか、弱り目にたたり目というか、言語道断、極悪非道。つまり、ミモフタモナク、冷たい仕打ちになってしまうということなんです。このことに気づくためには、ほんのちょっと客観的になってみればいいんです。たとえば、あなたが、落ちこんでいるときに、自分に発していることばを、書き出してみてください。「ああ、なんて だめなやつなんだ」「同じことを繰り返して、 改善の余地もない」「努力しても、かいのない、 とんでもない劣等生だ」「考えてみたら、もともと、 才能なんかなかったんだ」こころに浮かぶ声を、そのまま正直に書き出してくださいね。で、その書き出したものを、だれでもいいので、まわりのひとをつかえまて、そのまま、読み上げてみてください。ええ、あたかも相手のことを語るかのように。相手がそれを聴いて、にこにこしてくれたら、それは、使ってみる価値があります。ひとにたいして、効き目のあるものなら、自分にたいしてもあるはずですからね。でも、それを聴いて、怒り出したり、泣き出したりしたら、それは、ちょっと問題です。つまり、自分にたいして、それを言うと、自分もやっぱり、気分が悪くなる可能性が高いということですから。以上。これはあくまでも、自分の使っていることばが、自分にたいしてどのような影響を及ぼすかの確認実験です。そして、結果については、当方は一切関知しません。自己責任でお願いします。(^^ゞまあ、つまり、そういうことなのです。あなたが、自分にたいして、ジャッジをすればするほど、あなたは、エネルギーをうしなっていくのです。エネルギーを補給すべきときに、エネルギータンクにみずから穴を開けているようなものです。そんなようすを、アニメのように映像で、想像してごらんなさい。なんだか、こっけいにさえなってきませんか?どうせジャッジするなら、そこまで徹底的にやるのも方法ですね。そして、そこで、すっぱり、自分さばきをやめましょう。では、代わりに、何をすればいいかって?あなたが、言われてうれしいことばを、全部、紙に書き出してみてください。さっきの、何倍も書くといいですよ。そして、それを自分で読み上げて自分に聴かせるんです。仲のよい友だちがいるひとなら、友だちに頼んでもかまいません。反省する必要がないということではありませんよ。でも、反省は、あなたが、元気をとりもどしてからに@してくださいね♪自分さばきをやめたときから、エネルギーは、あなたのなかに流れこみはじめます。あなたのなかでは、前向きな気持ちが、むくむくと頭をもたげます。反省するのは、そのときになってから!でもね。実は、そのときには、よけいな反省なんてもう必要ないのですよ。どうしたら、もっと、すてきなすすめかたができるかを、考えればいいだけですからね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1683号(2008年6月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪自分のものは、ひとつもない。「自分のものは、ひとつもない」これが、今朝、不意に私のもとに降りてきたメッセージでした。ジブンノモノハ、ヒトツモナイ…。声に出して、繰り返してみると、じわっと実感が湧いてきました。そうなのでした。日々の生活のなかで、私たちは、まるで、さまざまなものを所有しているような感覚にとらわれます。それは、自分のお金で買ったものだから、とか。誰かからゆずり受けたものだから、とか。自分でつくりだしたものだから、とか。では、この「私」は、一体、どうやってつくられたのでしょうか?生まれる前に、私は、私をつくることはできませんでした。私の父も母も、自分で自分をつくったのではありませんでした。すべてのご先祖さまも、誰ひとりとして、自分をつくったひとはいませんでした。私たちは、なにものかにいのちをあたえられて、この世に生まれてきたのです。何の見返りももとめられず、何の対価も支払わず…。ただまるごとのいのちという可能性をあたえられて、この地上にやってきたのです。なのに、いつのまにか、そのことを忘れていたような気がします。自分のちからで何かができたかのような。自分の努力だけで、いまの自分をきずきあけたかのような。生きていることが、あたりまえという傲慢さを、着ぐるみのように、ぶくぶくと身につけてきてしまった気がします。「自分のものは、ひとつもない」降りてきたことばを、もう一度、かみしめました。自分のものは、ひとつもないのに、いま、私はこの地上で生かされているのでした。自分のものは、ひとつもないのに、いま、息をすることも、何かを食べることも、歩くことも、笑うことも、ゆるされているのでした。何かを不足に思うこころも、だれかとくらべて劣っていると思う気持ちも、すべてが、錯覚であったことを知りました。もともと、何ももっていなかったのです。いまだって、何ひとつもってはいないのです。だとしたら、あたえられるよろこびを受け取りこそすれ、何かが不足であると、なげく必要など、なかったのです。だれかとくらべて、おおいとか少ないとかきそう必要など、さらさらなかったのです。感謝…。しずかに、そのことばが胸に湧いてきました。私は、思わず、しずかに手をあわせました。手をあわせたとき、私は、私の手が、私を抱きしめていることがわかりました。私が、私を抱きしめるとき、私は、私に抱きしめられていることがわかりました。すべては、完全な「環」のなかにありました。その完全な環のなかで、私は、感謝の思いに満たされていくのを感じました。それは、からだのすみずみにしみわたり、こころの深いひだまでも、うるおしていきました。何もなくていいのだ。何もないところから、出発しよう。そして、いつでもここに還ってこよう…。そのとき、「何もない」ことが、「何もない完全」であることが、わかりました。私は、何もないまま、完全に満たされていることを知ったのです。今日のメッセージは、少しわかりにくいところが、あったかもしれません。ただ、私のうちがわに湧いてきた思いを、そのまま書き留めてみただけなのです。そのまま、まるごと感じてもらえたら、うれしいです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1681号(2008年6月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪フォーカスをチェンジしましょう。このブログのそもそものねらいは、ずばり、タイトルどおり「フォーカスをチェンジ」する習慣をつけること。私たちは、何かひとつの視点にとらわれてしまうと、そこで、身動きできなくなってしまいがちです。それしか方法はないと、思ってしまうのですね。でも、そんなことは、絶対にありません。私たちの可能性は、つねに無限なのです。どんな生きかただって、選ぶことができるんです。私たちが、ついつい、ものごとを固定的にとらえてしまいがちなのは、生きていくためには、ある種のパターン化や体系化を、必要としてきたためかもしれません。あるいは、潜在意識には、変化をきらうという習性があるためかもしれません。だから、フォーカスチェンジのためには、ちょっとしたこつが必要になってきます。それが、今日のメッセージです。と、ここまで引っぱってきましたが、実は、とっても単純♪「逆」を考えればいいんです。たとえば、具体的なハウツーを考えたあとは、原理原則にかえる。簡単にできることを考えたあとは、じっくり取り組みたい課題に目を向ける。そんなふうにね。そして、これは、ふだんの人間関係にあてはめてもけっこう有効です。たとえば、だれかのいやな面が目についたときは、そのひとのいい面を思い出してみる。相手を批判したくなったら、自分にも同じ面がないか、見直してみる。おおぜいの意見で、ものごとが流れていきそうになったときは、あえて、少数意見に光をあててみる…。ふりこは、一方にだけ、ふれることはありません。かならず、両がわにふれます。両がわにふれるから、バランスがとれるのです。人間も同じです。どちらにも意味があるのです。どちらかだけ、正しいわけではないのです。フォーカスをチェンジしましょう。右に、左に。前に、うしろに。上に、下に。表に、陰に。すべてから、学ぶことができます。そして、どんなときでも、忘れないでくださいね。フォーカスを変えられるのは、自分自身がまんなかにいるからだってこと。あなたのフォーカスは、いつだって、あなたが決めるんです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1680号(2008年6月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪生きることそのものを、芸術の域に高めよ尊敬するひとはだれですか?と問われれば、私は、まっさきに、このひとの名前を挙げるでしょう。「宮沢賢治」あまりにも時代に先がけて生まれすぎ、おそらくは、その思想のほとんどを理解されずに終わったであろう、賢治。でも、時代を超えて、メッセージは、私の胸に届きつづけます…。「生徒諸君に寄せる」という詩があります。賢治が、4年半つとめた、花巻農学校をやめるときに書かれた、未完成の作品です。そのなかの一節。「すべての農業労働を (略)舞踏の範囲に高めよ」もちろん、踊りながら、田植えしましょうとすすめているわけではありません。 それも楽しそうですが。(^^ゞ賢治にとって、労働とは、生きるいとなみそのものでした。舞踏とは、芸術の意味。「生きることそのものを、 芸術の域に高めよ」と彼は、うたったのです。もちろん、ここでいう芸術とは、特定の才能あるひとの仕事をさすのではありません。うつくしいものを素直にうつくしいと感じるこころ。すべての存在のなかに、輝きを見いだすちから。とるに足らないようなちいさなもののなかに、真実を見分けるまなざし。 神は細部に宿る!そのようなものであると、私は理解しています。そのこころ、ちから、まなざしをもってすれば、私たちの生きかたは、まちがいなく変わります。表面のデコレーションに、まどわされなくなります。外がわの権威に、振り回されなくなります。自分にとって、真実であるものとないものを、直感で見きわめ、自分の意思で選ぶことができるようになります。それこそが、もっともうつくしい生きかた。芸術としての生きかただと、賢治は言っているように感じるのです。「生きることそのものを、 芸術の域に高めよ…」彼の、せつなる思いをこめた声が、聴こえてくるような気がします。誰もが、自分の真実に照らして生きることができるようになれば、私たちは、どれだけ自分を大切にすることができるでしょうか。自分を大切にした生きかたをするとき、どうして、他人をおとしめたり、いやしめたりすることができるでしょうか。できません。なぜなら、それは、自分の真実に反するおこないだからです。自分の真実に反するおこないは、もはや選ぶことはできないのです。そのとき、私たちは、彼がいのちをかけてもとめつづけてきた世界を、手に入れることができるでしょう。だれをも否定することのない世界を。--「世界全体が幸福に ならないうちは、 個人の幸福はありえない」一人ひとりが、自分を尊重できる世界。自分を尊重するのと同じだけ、ひとを尊重できる世界。一人ひとりが、生きているそのままに輝くことのできる世界。今日は、この途方もない理想の生きかたに向けて、微力すぎるほどに微力な自分の、せいいっぱいのメッセージを記します。かなたの思いにいたる、ちいさなちいさな一歩を、私は、私の人生をかけて残していきます。そのちいさなちいさな一歩の、無数のつらなりが、やがて、この地上にいつか、理想の世界をもたらしますように。そのとき、私もすべてのあなたも、とうに宇宙の微塵をかたちづくるものになっているだろうけれど。「もろともにかがやく 宇宙の微塵となりて 無方の空にちらばらう」 --「農民芸術概論綱要」より賢治のことばを借りて、今日は、あなたに伝えたい。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1679号(2008年6月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪あなたが、必要なんです。インプロ(即興演劇)のワークのひとつに、「ワンボイス」というゲームがあります。複数のひとが、同時に同じことばをしゃべるゲームです。もちろん、台本などありません。打ち合わせもいっさいありません。こう書くと、「えーっ、むずかしそう」「自分には絶対できない」と思うひとが、きっといると思います。でも、例外なく、できちゃうんですね♪先日のワークショップでも、このゲームをやりました。インプロはもとより、ワークショップ自体がはじめてのひとも、何人もいました。ですから、ゆっくりと、ウォーミングアップをしながら、すすめます。まずは、2人組で。最初はおそるおそるですが、ちょっとしたこつを覚えると、どのグループもだんだんスムーズにやれるようになります。そして、やればやるほど、おもしろくなっていきます。しまいには、走り出して、きゃあきゃあ言いながら、楽しむようになります。たっぷり楽しんだあと、グループを合体して、6人組になってもらいます。そして、なんと、私と「おしゃべり」します!6人が、あたかも1人の人物のように、私と、対話をするのです。アイコンタクトをして、呼吸をあわせて。6人で1人なんて、現実にはありえませんから、おしゃべりの内容も、架空のものになります。「実は、○○さんは、 小説家なんです」「そして、最新作の タイトルは…」「かなりの部数が 売れたそうですが…」私の質問に、6人1人が、こたえます。(笑)もちろん、同時にです。思いがけないこたえが、飛び出してきたりします。しゃべった本人(6人)も、爆笑してしまいます。そんな場を成立させるためには、どうしたらいいのか。ワークショップリーダーである、私の、ありようが問われます。リーダーが、参加者全員には、それができると、心底信じている必要があります。信じて、その可能性が、充分にひらかれるように、ワークのなかで、さまざまな仕掛けをしていくのです。そして、参加者とともに、存分にその場を楽しむのです。今日のメッセージを読んで、あなたは、こう感じるかもしれません。「私は、ワークショップの リーダーをやることなんて ないから関係ないわ」果たしてそうでしょうか?ワークショップとは、いわば「体験の場」です。そして、私たちが生きている世界は、すべて「体験の場」です。あなたが、子育て中のお母さん・お父さんであれば、あなたの家庭で、子どもと接するとき、あなたは、リーダーの役割をにないます。あなたが、教師であれば、教室で、子どもたちにとって、あなたは、リーダーです。あなたが、上司であれば、会社で、部下をリードするのは、あなたの仕事です。そのとき、あなたは、子どもを、生徒を、部下を、全面的に信頼していますか?このひとたちには、やりとげるだけのちからがあると、信じて向きあっていますか?そして、そのためにできるあらゆることを、トライしてみていますか?もしもあなたが、この私の問いに、「イエス」と自信をもってこたえられなくても。どうぞ、自分を批判しないでくださいね。私だって、いつも必ず、うまくいくとはかぎらないのですから。(^^ゞでも、トライしつづけます。もっともっと深く、かかわるひとびとを信頼しながら。私にできることをやりつづけようと思います。立場はちがっても、同じリーダーとして、育ちあっていきましょうよ。私たちが幸福に生きるためには、あらゆる場で、そこに生きるひとたちを生かす、リーダーが必要なんです。そう、あなたが、必要なんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1678号(2008年6月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪「…と感じる自分がいる」「私は、○○なんです」私たちは、しばしば、こんな言いかたをします。○○部分は、いかようにも入ります。そして、しばしば自分を否定的に表現する場合に使われます。「私は、自分に甘いんです」「私は、ひとと接するのが 苦手なんです」「私は、運動オンチなんです」というふうにね。でも、それが、つねに絶対的なことではないということは、もうおわかりだと思います。そこで、もう一歩、踏みこんで見てみましょう。そんなことを言うのは、一体、だれですか?はい。あなたです。もしも、あなたが、まったくそんなふうに思っていなかっとしたら、言うはずがありません。(よね?)つまり、こういうことなんです。あなたが、「私は、自分に甘い」というとき、「自分に甘いと感じている 自分がいる」ということなんですよ。(ちょっとややこしいですか?)(^^ゞそして、ここがポイントです。「自分に甘い」という場合、何をもって「甘い」と判断できるのでしょうか。「甘さ」に、絶対的・客観的な基準はありません。果物の糖度をはかるみたいに、個人の甘さをはかる機械でもあれば別ですが。 (それはそれで おもしろいかも…)←殴「自分に甘いあなた」がいるのではなく、「自分に甘いと感じている」あなたがいるだけなんです。事実があるのではなく、感情があるだけだということに気づいてほしいのです。事実であれば、変えることはできませんが、感情は変えられます。あなたがもしも、「自分に甘い」と感じることで、自分を責めたり、自己嫌悪におちいってしまうのだとしたら…。その考えかたを、やめてしまいましょう。はい。簡単です。(笑)自分が、そうした考えかたをしていることに気づいたら、前後に、こうつけ加えるんです。「いま」「…と感じている自分がいる」「いま、自分に甘いと 感じている自分がいる」「いま、ひとと接するのが 苦手だと 感じている自分がいる」「いま、運動オンチだと 感じている自分がいる」(まあ、多少の、表現の まわりくどさはご容赦を)(笑)客観性のない事実よりも、いまの自分の気持ちにフォーカスするんです。そのことで起きてくる自分の感情を、ていねいに感じてみるんです。ああ、自分は、いつもこうして、自分を責めてきたんだなあ。ああ、自分は、これまで、こんなにも苦しい気持ちをかかえて、生きてきたんだなあ。ああ、自分は、ついつい、足りない部分にばかり目を向けてきたなあ。そんなふうに、自分のありように、気づいてみるんです。そして、そういう生きかた、ありかたが、どれだけ、自分自身を傷つけてきたか、気づいてほしいんです。「見つめたものが拡大する」これは、宇宙の法則です。あなたが、「自分は○○です」と、断定していると、それがそのとおりになっていくんです。でも、「いま」「感じている」と、かっこつきにしてみると、ずいぶん、ニュアンスが変わります。あなたが、そんな気持ちでいるとしても、未来永劫、その思いをいだきつづける必要はないのです。そもそも絶対的なものではないのだから、これからどうするかは、あなたが選んでいいのです。あなたは、どんな感情とともに生きたいですか?どんな感情で生きれば、あなたは、幸福を感じることができますか?あなたの感情は、あなたのものです。あなたが、選ぶことができます。あなたがほしい感情を、どうぞ、自分で選んでみてください。もしかしたら、すぐにうまくいかないかもしれません。またもとの気持ちにもどってしまうこともあるかもしれません。でもね。人間、トライすればするほど、慣れてきます。慣れてくると、自然にできるようになってきます。どうです?ことばの前後に、ひとこと足すだけですよ。お金もかかりませんよ。時間も、2秒以内です。(笑)でも、それだけで、あなたは、否定してきた自分自身を、抱きしめることになるでしょう。大切なのはそのことです。何ができるとか、できないとか、得意とか不得手とか。私たちは、ついつい、何かの基準をもって、自分を罰してしまいがちです。罰していることにさえ気づかずに、さらに自分を責めてしまいます。そうやって、どれほど、自分自身をいためつけてきたことか。やめましょう。やめて、あなたがもっと満たされる方向、もっと、おだやかにやすらかに生きられるかたちを探しましょう。そのためにできる、ひとつの方法が、今日のひとこと。「いま」「…と感じている自分がいる」どうぞ、使ってみてください。使うたびに、やさしく自分を抱きしめてください。世界が、ちょっとずつ明るくなります♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1677号(2008年6月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪「…という場合もある」「私は、○○なんです」私たちは、しばしば、こんな言いかたをします。○○部分は、いかようにも入ります。そして、しばしば自分を否定的に表現する場合に使われます。「私は、自分に甘いんです」「私は、ひとと接するのが 苦手なんです」「私は、運動オンチなんです」というふうにね。でもね。ちょっと待って…って思うんですよ。それって、本当に本当なの?ってね。「自分に甘い」というひとは、「たとえば、朝○時に起きると 決めても、起きられない」と、言います。では、毎朝、絶対に、起きられないのでしょうか?そんなことはありません。ちゃんと起きられる日だって、あるんです。あるいは、「ひとと接するのが苦手」というひとは、どんなひとも、絶対に苦手なのでしょうか?そう聴くと、「いえ、○○と□□の場合 にです」という返事がきたりします。つまり、絶対じゃないんですね。運動オンチのひとも同じです。いくら運動が苦手だといっても、カタツムリさんと競走して負けるひとは、いません。(たぶん)マラソンをしていて、右足と左足、どっちを出せばいいのか、わからなくなるひともいません。(きっと)要するに、自分で勝手に基準をつくっているんですね。そして、それに適合しない自分に、バッテンをつけているんです。いつも書いているように、そのことで、自分がわくわくして、楽しくなるなら、問題ないんです。でも、そのことで、劣等感をいだいたり、自信がなくなってしまうのだとしたら…。その考えかた、やめませんか?(笑)ええ、やめるんです。「簡単にやめられるなら 苦労しないよ」という声が聴こえてきそうです。(^^ゞそんなひとは、ここからはじめてはいかがでしょう。自分が、そうした考えかたをしていることに気づいたら、語尾に、こうつけ加えるんです。「…という場合もある」「私は自分に甘い場合もある」「私は、ひとと接するのが 苦手な場合もある」「私は運動オンチの場合もある」(まあ、多少の日本語の 不自然さは気にしないで)(笑)それだけで、気持ちが、ちょっと軽くなりませんか?「…の場合もある」ということは、「…ではない場合もある」ということですからね。自分の可能性を、ちょっとだけ、広げて見るんです。そして、それは、とっても大切なことです。「見つめたものが拡大する」これは、宇宙の法則です。あなたが、「自分は○○です」と、断定していると、それがそのとおりになっていくんです。でも、「…ではない場合もある」というところに目を向けると、その部分が拡大していくんです。そうではない場合に目が向くようになると、「できない」「苦手だ」という部分が、減ります。当然ですよね。そしたら、前よりちょっと自信がもてるようになります。自信がもてるようになると、もっと行動的になれます。前にはしり込みしていたことを、ためしてみることができるようになります。人間、トライすればするほど、慣れてきます。慣れてくると、自然にできるようになってきます。どうです?語尾を変えるだけですよ。お金もかかりませんよ。時間も、1秒以内です。(笑)でも、それだけで、あなたは、閉ざしていた自分の可能性を見ることになるでしょう。大切なのはそのことです。何ができるとか、できないとか、得意とか不得手とか。絶対的に断定できることなんて、この世には、ありません。あなたが、あなたの勝手な基準で、それこそ、絶対的に決めつけているに過ぎないのです。やめましょう。やめて、あなたがもっと元気になれる方向、自分をもっと、生き生き発揮できる方向に目を向けましょう。そのためにできる、ひとつの方法が、今日のひとこと。「…という場合もある」どうぞ、使ってみてください。世界が、ちょっとずつ変わります♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1676号(2008年6月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.01.02
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