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【続き】

Photo K1
(左) 尾久銀座入口。(2014/1/30 11:11)
Photo K2
(右) 尾久銀座の看板犬。(2014/1/30 11:15)
尾久銀座は人通り(人より自転車)が多い。第1、第3土曜日の午後4時から7時まで「下町名物」の夕市を知らせる横断幕も張られていた。そういう時間帯こそ商店街らしいのだろうが、仙台からの通いの街歩きではそうそう自由にはならない。
下町らしくお総菜屋さんが多い。なかには,かなり高齢と思われるおばあさんが一人で総菜を並べているお店もある。これから増えるのかもしれないが、4品ほどしか並んでいなかった。
路上に商品を展開して開店している衣料品店では、立派な骨格の赤犬が静かにかつ威厳をもって店番をしている。
写真を撮るのも忘れてしまって、ずいぶんと楽しみながら歩いているうちに明治通りに出てしまった。

Photo L
明治通りの上を日暮里・舎人ライナーが。(2014/1/30 11:25)

Photo M
尾久橋通りに挟まれた公園。(2014/1/30 11:30)
明治通りを東に進んで、日暮里・舎人ライナーの高架をくぐって、尾久橋通りに平行する細道に入った。右手、尾久橋通りとの間にち小さな公園があって、ベンチでは3、4人のお年寄りが熱心に話し込んでいる。
公園でトイレを使わせてもらって、さらに道なりに歩いて行くと「冠新道」と交差する。

Photo N1
(左) 冠新道の商店街。 (2014/1/30 11:33)
Photo N2
(右) 「冠新道商興会」の看板が。 (2014/1/30 11:37)
「冠新道」という名前は,その由来が気になるようなネーミングではあるが、ネット情報では冠さんという人が土地を提供してこの新道ができたというシンプルな由来だった。
事務所やアパート、マンションのビルも混じる商店街で、東に歩いて行くと「冠新道商興会」のゲート看板が見えてくる。あそこが商店街の東の入口なのだろう。

Photo O
京成本線脇の道。 (2014/1/30 11:41)
冠新道の商店街の東端に着く手前で右に折れ、京成本線の高架をくぐる。そこから、京成本線に沿って西日暮里駅に向かう。
道なりに行けば、まずはじめに常磐線の踏切を渡り、尾久橋通りを渡りながら京成本線の高架をくぐり、尾竹橋通りに出て西日暮里駅でJR線(山手線、東北本線、東北新幹線)の高架をくぐるのである。

Photo P1
(左) JR線高架をくぐる尾竹橋通りからの道。 (2014/1/30 11:50)
Photo P2
(右)
JR線に沿って高台に登る道。 (2014/1/30 11:53)
JR線のガードをくぐると線路に沿って坂道がある。坂道の上が「日暮里台緑地」のはずである。その坂を登る。

Photo Q
坂道から見る西日暮里駅。 (2014/1/30 11:55)

Photo R
西日暮里公園
。 (2014/1/30 11:56)
坂道は、西日暮里駅のホームの高さを越えてから右に曲り、西日暮里公園入口に達する。道はそこで高台の尾根を進むように左に折れるが、公園に寄り道をする。
公園には荒川区の史跡や文化財を丁寧に紹介する看板がいくつか設置されている。明治以降の旧加賀藩の墓地の跡地に公園が造成されたという。ほかに、道灌山が虫聴きの名所として描かれた尾形月耕の「大日本名所図絵」、このあたりにあったという「道灌船繋松」が記載されている「江戸名所図絵」の絵入りの説明がある。

Photo S1
(左)
日暮里高台緑地の尾根道。 (2014/1/30 11:59)
Photo S2
(右)
富士見坂を下る。 (2014/1/30 12:05)
公園を出て、尾根筋の道を行く。左手、JR線との間に諏方神社がある。日暮里・谷中の総鎮守で、西入口の鳥居に「新堀谷中 総鎮守」の石碑が掛けられている。神社の境内を西から入って、南の正面から抜ける。
定光寺の看板が出ている墓地があり、そこに左へ下る坂があって「富士見坂」の案内があった。尾根筋の道はまっすぐ続いていて、その高台緑地を下ってしまうことになるが、富士見坂に右折した。
あいにく全天曇り空で富士山を望むべくもないが、「都内にはいくつか富士見坂があって、近年はどこでも富士山を見ることができない」というニュースを聞いた気がする。あるいは、「ここだけが見える坂だ」ということだったかもしれないが、それにしてもその「ここ」がどこだったかは記憶にない。
坂は墓地の脇を下る。下りきって左折すると、寺町らしい道になる。法光寺、南泉寺と続き、「墓苑受付中」や「浄苑56万円」などという看板が出ていたりする。

Photo T
谷中銀座から御殿坂へ向かう階段。 (2014/1/30 12:05)
道は寺の多い住宅地というほうが適切で、湾曲しながら南へ下る。十字路があって、その先にも寺の塀が見える。寺町がつづくのだな、と思って十字路に差しかかると、全くの予想外だったが、そこは昨日歩いた谷中銀座の入口であった。地図を見ながら気が付いていなかったのである。

Photo U1
(左)
山門板塀の銃弾跡(たぶん)。 (2014/1/30 12:16)
Photo U2
(右)
経王寺山門。(2014/1/30 12:16)
階段を登り、御殿坂を下れば、今日の最終地点の日暮里駅である。階段を上がって、高台を横切るように進むと、延命院、経王寺と続く。
経王寺の山門前によく見かける荒川区教育委員会の看板があって、「新堀村の名主、冠権四郎」の子孫の「豪農、冠勝平」がここの寺地を寄進したという。さっき歩いた「冠新道」の土地の提供者もこの一族だったのだろう。
看板にはさらに、寺が彰義隊を匿ったため,明治新政府軍に攻撃された際の銃弾跡が山門に残っていると記されていた。確かに,山門の板塀にはそれらしい穴が開いている。
御殿坂を下り、線路に掛かる跨線橋「しもごいんでんばし(下御隠殿橋)」の途中から日暮里駅に入って、今日の街歩きと、東京の四日間はおしまいである。

街歩きMap。 A
~ U
は写真撮影ポイント。地図のベースは、「プロアトラスSV7」。
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