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イオも私もまだ若くて元気だった頃、休日に「遠足」とか「長散歩」とか称して、4、5時間かけての仙台市内の街歩きをしていた。少しばかりイオの方が老いが早くて、もうこの春からは山登りばかりではなく、平地といえども長散歩は難しくなってきた。
車で山に出かけることに夢中だったイオを満足させるために、ときどきは車に乗せてやりたい。そう思って、車で朝の散歩に出かけてみることにした。仙台の街歩きをしたい私と、車で遠出をしたいイオと、毎日の朝の散歩を一緒にやってしまおうという算段である。
七郷堀が流れ出すあたり、舟丁とか八軒小路とか南染師町とか、心惹かれる地名のあたりを歩きたいと前から思っていた。それで、広瀬川の愛宕堰から取水する七郷掘の近辺を歩くことにする。
朝5時に家を出る。現在の国道4号線は、東二番丁通りを南下して愛宕大橋で広瀬川を越えるが、愛宕大橋手前を左折して旧国道4号を長町方向に進み、七郷掘手前のコインパーキング場に車を入れて、歩き出す。

Photo A
広瀬川。上流に七郷堀が始まる愛宕堰が。 (2014/5/20 5:35)
まず、七郷堀の始まりを見に行く。旧国道から入って、七郷堀沿いをまっすぐ行く。イオも張り切って歩いている(続いてくれればいいのだが)。広瀬川の堤防に出る場所に「愛宕堰取水樋門」という金属製の案内柱があるが、取水口はもっと上流にあって、立ち入り禁止で見ることができない。この案内板の少し下流で水は二手に分けられ、左は七郷堀、右は六郷堀として流れていく。

Photo B
堤防したの河川敷公園(宮沢公園)の墓三基。
(2014/5/20 5:36)
広瀬川の堤防の下、広い河川敷は宮沢公園である。Photo A を写した堤防の真下に花を供えた石塔のようなものが見える。急な階段を下りて見に行くと、真ん中の上半分が欠如した石には「・・・信士」とあり、両脇は「・・・信女」とある三基の墓である。なぜ河川敷のこの場所にこの三基だけの墓があるのか知る由もないが、左には「元禄」、右には「享保」の年号があって(中の石はその部分が掛けている)、三〇〇年も昔の墓である。

Photo C
小橋から見る七郷堀。【左上】上流、【左下】下流。
【右】左岸の坂道を上がる。(2014/5/20 5:39)
堀沿いの道を戻ると、小さな鉄製の橋が架かっている。下流にはもう使っていないらしい橋がある。そこに繋がる道もないし、左岸は石組みの急斜面である。もう少し下流にも似たような橋があった。
橋の向こうは坂道で、その坂に惹かれて行く。坂道と橋は、散歩を豊かにする必須条件である。
いくばくかわれの心の傾斜して日当たる坂を登りつつあり 宮柊二 [1]
そして、曲がり角と細い路地もまた通り過ぎて行きたい心惹かれる場所である
ただまっすぐに
街のとおりがつっぱしっているのもかなしいが
ふとしたまがりかどへきたとき
そこになにかしら
ひとだまのように
ぬらりとさびしいものがふらついているのをかんずることがある 八木重吉「無題」 [2]
この詩は好きだが、残念ながら「ぬらりとさびしいもの」を感じるほどの繊細な感受性は私にはない。
坂道はとても短くて、大回りで再び七郷堀に下る。七郷堀に沿って旧国道を横切ると、舟丁 (ふなちょう) に入る。50メートルほどで舟丁橋に出る。橋のたもとにしだれ桜が一本あり、その隣は仙台駄菓子で有名な「石橋屋」である。

Photo D
舟丁橋としだれ桜と仙台駄菓子の石橋屋。(2014/5/20 5:47)
石橋屋の前を通る舟丁の道を北へ歩いてみる。右手に木造、黒板壁の古くて大きな建物がある。この黒板は焼き杉だろう。「武田染工場」という看板が掛けられてはいるが、窓は破れていて使われていないようだ。

Photo E
武田染工場・裏。(2014/5/20 5:50)
Photo F
南材木町の通り。武田染工場・表。(2014/5/20 5:54)
右折して南材木町に入り、再び七郷掘に向かう。この道(Photo F )は旧奥州街道の一部である。右手に「武田染工場」の看板を出す新しい店がある。こちらが表で、Photo E は裏手だったのだろう。敷地の半分は南材木町で、もう半分は舟丁にかかる広い敷地の店ということらしい。
七郷堀に出て少し下ると、「越後屋染物店」の看板を掲げた木造の大きな旧家がある。南材木町を抜けて南染師町に入ったのである。藩政時代の名残の染物店というわけだ。

Photo G
愛染橋と愛染明王。(2014/5/20 5:59)
越後屋染物店をすぎると愛染橋がある。「愛染明王」の前である。愛染明王は、染師の守り神として京都三条の愛染町から分霊したものだという。
境内に入ってみるとお年寄りが一人で掃除をしている。近寄って挨拶をすると、犬がとても怖いのだという。それで、遠くからこちらをじっと見続けている訳が分かった。早々に退散する。

Photo H
東北本線と東北新幹線。七郷掘沿いの道は切れる。
(2014/5/20 6:05)
掘沿いのまっすぐな道を直進する。東北新幹線の高架が遠くから見え、近づくとすぐそばを東北本線が走っていて、上り電車が通り過ぎて行く。七郷堀沿いの道はここで分断されていて、大回りしなければさらに東には進めない。
イオの足も少しゆっくりになってきたので、東進は諦め、周回コースで戻ることにした。

Photo I
帰り足。(2014/5/20 6:10)
新幹線沿いの道を外れて、まっすぐな住宅地の道に入る。ほどなく山門も本堂も新しい浄澤寺という寺の前に出る。市内には珍しく墓地を隣接する寺である。少し戻って南に向かう路地に入ったが行き止まりで引き返す。
八軒中学校正門前で右折し、南材木町小学校を半周して広い道を旧国道に出る。旧国道の街灯柱に「昭和市電通り」という看板が掛けられていた。昔、八幡町、原ノ町、北仙台、長町を終点とする市電が走っていた。子どもたちを連れて、最後の花電車を見に行った記憶がある。

Photo J
六郷堀脇の柳。(2014/5/20 6:32)
旧国道(昭和市電通り)を越えて、宮沢橋に向かう途中で六郷堀を越える。六郷堀はここからいったん地中に潜ってしまう。

Photo K
宮澤橋から。上流・愛宕橋方向と下流・広瀬橋方向。
(2014/5/20 6:33)
いったん宮沢橋に上がり、上流、下流の遠望を楽しんでから、今度は六郷堀沿いを歩くのである。大きな柳の所まで引き返し、堀沿いを歩く。堀と道の間の狭い緑地には小手毬の白い花が咲いていて目を引く。

Photo L
水路脇の花壇。(2014/5/20 6:38)
Photo M
花壇脇の流れ。(2014/5/20 6:39)
堀沿いの緑地が少し広くなっているところに花壇が作られていて、たくさんの花が植えられている。とくに水辺近くのアヤメやムラサキツユクサの花色が鮮やかで目につく。
花壇の脇には堀を越える橋があって、堀を覆う緑の間から速い流れを見ることができる。その橋の所から六郷堀を離れ、七郷堀を越えて旧国道に出て、今朝の散歩は終りである。助手席に乗り込んだイオは、すぐにも背もたれに寄りかかりそうな風情である。

Photo N
帰宅します。(2014/5/20 6:43)
撮影場所(地図のベースは、「プロアトラスSV7」)。
[1] 宮英子・高野公彦編『宮柊二歌集』(岩波文庫 2002年、ebookjapan電子書籍版)p. 77。[2] 『定本 八木重吉詩集』(彌生書房 昭和33年)p.127。
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