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【続き】
頂上標を過ぎると、やや複雑な地形に残雪が広がっていて、道を間違えた。道は真っ直ぐに薮道へと続いていたのだが、笹が雪で倒されていたうえに左手に下っていく細い残雪の下に道があると思って下ってしまった。頂上を過ぎたので少し下っても不思議はないと思い込んでいたのである。下りながら右上の斜面を見ると道がはっきりと見えて、15mほどで引き返すことができた。
Photo G 残雪の向こうの道に頂上標が見える。 (2010/5/31 9:49)
道は尾根のやや南側を走る。頂上標から10分ほどのところでPhoto H のようなダケカンバを見た。根本から分枝するダケカンバもないわけではないが、これだけきっちりと根元で分かれて、空を受け止めるように広がっている木は珍しいと思う。
船形連山の北泉が岳から泉ヶ岳西麓の水神に下って来る道にダケカンバの林があるが、ほとんどは直立する太い一本の幹を持っている。尾根とはいえ、形からは風の影響とは考えにくい。積雪のせいでもあろうか。
Photo H 頂上標を過ぎた尾根道で見たダケカンバ。(2010/5/31 10:01)
空の奥から
こぼれ墜ちてくる小鳥を
そのつど灌木は
たなごごろに享けとめるが
鳥や樹木にそうやって
形を与えてやまないのは
背後の空間の優しさだ
鳥や樹木に形をわけ与えた
そのぶんだけ
空は欠落し
誰も知らないところで
血を流しながら
空は途方にくれるのだ
鈴木漠「拾遺」部分 [2]
Photo I 頂上標を過ぎてから見る地図上の須金岳の眺望。(2010/5/31 10:02)
道はすぐ下が急斜面のところをトラバースして尾根筋に戻るのだが、その手前から、尾根筋にそって残雪が続いているのが見える(Photo I)。ここから見るかぎり、残雪の端には灌木が茂り、危険な雪庇はないように思える。
見つゝ来しごとく残雪峰に寄る
山口誓子 [3]
麓でも確かに残雪があるのを見てはいたが、尾根にこんなに残っているとは。しかし、どうして、この句のように、残雪は「峰に寄る」のだろう。たんに標高差という理由ではないだろう。風が吹き通る尾根ではとくに積雪量が多くなるとも思えない。
尾根から下る斜面の斜度が問題なのかもしれない。良く見ると写真の中央付近の斜面に下に伸びる何本もの筋が見える。雪崩が雪を落としたために、斜面の雪が早く消え、相対的に遅くまで尾根に雪が残ったということかもしれない。
道が尾根に直角にぶつかろところには、3mほどの雪の壁であった。オーバーハングはしていないので、危険はないとおもうのだが、足がかりがない。道はこの残雪を右に折れていくはずなのだが、その方向には這い上れそうな斜面はない。
遠回りだが左手に回ってみると少し傾斜の緩やかな斜面があったので、そこを上がることにする。連れと私をつなぐリードをつけたままでは無理なので、連れのリードをはずすと、そのまま雪面を駆けあがり、早く来いと急かすのである。私は、山靴で削って足場を堅めながらなので、早くはあがれない。連れは上から覗きこんで、じっと待っていてくれた。
Photo J 荒雄岳(次に登る予定)。 (2010/5/31 10:02)
Photo K 残雪の上にもなにかの痕跡があるようだ。(2010/5/31 10:09)
残雪の稜線は、灌木にも邪魔されず、きわめて展望がよい。上ってきた道の方向をふり返れば、向こうに禿岳が見える。あの山は、三回目のチャレンジでやっと登れたのである。一回目は、大雨になってしまい、連れの散歩代わりにと、30分登って引き返し、毎朝の1時間相当の散歩とした。二回目は台風の後で、花立峠登り口への道が閉鎖されていたのである。
南には、やや低い荒雄岳が意外に複雑な山容を見せているし、北には虎毛山がゆったりとしたふくよかな印象の姿を見せている。いずれも5月の清新な青空と白雲を背景として、映えている。
私が山に登るときはいつもこんなふうに良い天気である。当たり前である。こんな良い天気にしか登らないのだ。雨具はもちろん持ち歩いているが、ここ7、8年で使用したのは、先の禿山と、天気予報になかった急な低温におそわれた蔵王連峰、熊野岳山頂で防寒着代わりに着た、その2回だけである。
Photo L 北方には虎毛山(1433m)。 (2010/5/31 10:10)
嶺々の雲ばなれよき五月かな
鷹羽狩行 [4]
これは麓で読んだ句だろうが、鮮明なきっかりとしたイメージがとても良い。でも、次のような句が、私は好きだ。子規、虚子から続く俳句の王道たる写生句から少しはずれた句が好きなのである。
峰雲や生きてひとりの強さ弱さ
秋本不死男 [5]
残雪の上を、地図上の須金岳の峰の方向に歩き始めたが、実はあんまり期待したほど楽しくない。安全を期して残雪のまん中を歩く。ごく緩やかな傾斜で、単調に続く。もういいか、と思ったのである。臆病なので、事故が起きないうちに、とも思ったのだ。
引き返すことにした。
Photo M 残雪の上から望む禿岳。右手前に来た道が見える。(2010/5/31 10:28)
あまり急斜面のない山の下りは快適である。老骨の膝へのダメージの心配もあまりない。気休めかもしれないが、急な下りの山では、膝保護のサポーターを両膝に着用することもあるし、トレッキングポールを使うこともある。持参してはいるが、この山ではどちらもその必要を感じなかった。
頂上標の手前の道脇には、イワカガミが群生している。もちろん花はまだだが、葉が照り輝いていて、植木の下草に使えたらすてきだろうなと思うが、まったく無理な話である。
林の中に入ると、マイヅルソウの道である(Photo N)。これも花はまだである。マイヅルソウは丈夫な山草としての園芸的な人気もある。山草趣味は30年も以前に止めてしまったが、わたしもかつて大きな平鉢に満杯に咲かせたことがある。それくらい、丈夫でよく増えるのである。
Photo N マイズルソウの道。(2010/5/31 11:06)
上:ムラサキヤシオ、下:ヤブデマリ
行程の中で一番目を引いたのはムラサキヤシオの花である。この花が好きで、2mほどに成長したものを買って庭に植えたことがある。6年ほど花を見せてくれたが、突然枯れてしまった。草も木もいったん枯らしてしまうと、二度目はなかなか手が出ない。また殺すのか、という感じが離れないのである。
登っていくときには気づかなかったのだが、登山口近くで不思議なものを見た。太い立ち枯れの木の、朽ちた中心部に一本の木が生えているのである(Photo O1)。朽ちた木の上に実生で生える木があっても不思議はないが、少なくとも10年以上成長したような太さなのである。その間、朽ちた木が立ち枯れのままでいるというのは想像しにくいのである。
Photo O1 枯れ木の空洞のなかの一本の樹?(2010/5/31 12:22)
Photo O2 細い命脈が上の太枝の命を支える。(2010/5/31 12:22)
そのとき
一本の樹が、
さらに大きい自分のなかに沈みこみ、
そのたっぷりした容量だけで
やさしく自負している。
菅原克己 「野」 部分 [6]
生き抜く命のすごさ、生命体のこの極端な可塑性に、少しのあいだ呆然としていた。ハルゼミの鳴き声に促されるようにして正気に戻ったような気がする。その寸時の間、ハルゼミは鳴きやんでいたわけではない、ずっとうるさく鳴き続けていたはずなのに。
けふはけふの山川をゆく虫しぐれ
飴山實 [7]
そのハルゼミを見つけた。この蝉を間近に見るのは初めてである。弱っていて、クマザサの葉に止まっている。持って帰って子どもに見せてやろう、と一瞬思い、それからゆっくりと、二人の子供はとうの昔に大きくなって家を出ていることを思い出すのであった。
いや、それでも我が家にはハルゼミの声を聞いたことのない人間がいる。106才の義母(妻の母)である。たぶん、義母にはハルゼミとヒグラシの区別はつかないだろうから、持って帰って見せてもどうにもならないだろう。ただ、この強烈なハルゼミならではの大合唱だけはめずらしいと思う。デジカメには録音機能のオプションがあること思い出し、何度か録音して見た。義母に聞かせてみようと思ったのだ。
家に帰り、録音したはずのハルゼミの大合唱を再生してみた。まったくだめなのである。大合唱どころか、たしかになにかの音がするという程度なのである。「何でもできる装置は、どれもろくにできない装置である」ということは、実験物理屋の常識であるのに、こんな失敗をいつもするのである。
ハルゼミ
旧仙秋ラインのゲートを6時13分に抜けて入り、抜け出たのは12時50分の山歩きであった。
[2] 「現代詩文庫162 鈴木漠」(思潮社 2001年) p. 66。
[3] 「季題別 山口誓子全句集」(本阿弥書店 1998年) p. 22。
[4] 鷹羽狩行「句集 十二紅」(富士見書房 平成10年) p. 26。
[5] 「季語別 秋本不死男全句集」鷹羽狩行編(角川書店 平成13年) p. 78。
[6] 「菅原克己全詩集」(西田書店 2003年) p. 64。
[7] 「飴山實全句集」(花神社 平成15年) p. 164。
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