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ぱるるまたまた「世界で最も美しい顔100人」に選出されたぱるる。妖怪ウォッチ劇場版にも登場で今年もマイペースでの活躍が期待されます。すっかり「塩」も定着しました^^このコスは、ドルオタのジバニャン大好き人気アイドルグループの「ニャーKB」です。妖怪ウォッチのEDテーマを歌うらしいです。☆・・子供だけでなく 親まで巻き込む工夫が妖怪ウォッチ大ヒットの秘密なんでしょうね。親の世代には懐かしいドラマ 「太陽にほえろ」 「金八先生」などを巧みに取り入れています。そーいえば「孤独のグルメ」のパロディ「給食のグルメ」というのもありました。年末に松重 豊さん主演の「孤独のグルメ」を見ましたが面白かったです^^ 中年おじさんが黙々と食事をするだけなんですが、なんだか癒されます。僕は寂しがりなんで、とても一人で外食はできませんが他人が美味しそうに食事する様は見ていて羨ましいです。☆先日、横浜に出かけたときのことです。妖怪ウォッチのUFOキャッチャーがあったのでトライしようとしたのですが。若い女の子?が、独占していてなかなか遊べません。その子は何千円もにぎりしめて、いつ終わるともしれず何度も何度もUFOキャッチャーにトライしていました。・・30分も経過したころ5つの妖怪ウォッチマスコットをゲットしたところでようやく去っていきました。お正月そうそう、その異常な集中力に圧倒されました^^;マスクをしていたので、本当にその子が若いかも分りませんが女の子は坂口杏里に似ていました^^本人だったのかな・・いや今頃、杏里ちゃんは小峠とハワイに行ってるはず。 と友達が言ってました。僕はジバニャンマスコットをひとつだけゲットしてさっさと帰って来ました。ほんとは ダークニャンやぶちニャンも欲しかった^^☆今年が良い年でありますように幸せいっぱいの年でありますように
2015.01.04
父は普段はとても寡黙。九州で「看板屋」をやって50年以上になる。ただ酒を飲むと饒舌になり、陽気になる。というか 悪ふざけも度が過ぎ、所謂酒癖がとても悪い。姉の結婚式でも、酒を飲みまくり仲人をしてくれた国会議員の方に悪態をついて呆れられていた。そんな父だが、たまに良いことを言う。・・お店(飲食店)の選び方。僕は子供の頃から、父の看板の取り付けの手伝いをさせられていたので、いろんなところに行った。初めていく土地も多かった。そんな時昼飯の店を探すのだが県道沿いにある店なんて、当時はどこも同じで大衆食堂ばかり。それでも何か違いがあるのか、混んだ店とそうでない店がある。すると決まって父は「混んだ店なら間違いない」と言った。せっかちな僕は、直ぐに食べられる空いた店が良いのだが父は行列に並んででも「混んだ」店を選んだ。食べるのはいつも、ラーメン うどんの類なのだけどそれなりに美味かったと記憶している。「流行っている店はそれなり信頼できる」今でもこれが僕の店選びの基本になっているのだけは確かだ。・・「待てば海路の日和あり」若い頃、車の運転をしていて状況も考えずトロトロ走る車に我慢できなかった。どんな時にも制限速度を守ることは責められないが車の流れを無視すると渋滞をひきおこす。そんな イライラする僕の様子を見て、父は「待てば海路(甘露)の日和あり」と言った。待っていれば、海の静かないい日和がやってくる。=あせらずにじっくりと待っていれば、やがてよい機会がめぐってくる。という意味。思い立ったが吉日 が僕の生き方なので、「待つ」ということがとても苦手だった。でも、長く生きていれば 時には「待つ」こと タイミングをはかることの重要さが分ってくる。今では自分がうまくいかない局面に立つ度、思い出す言葉となっている。☆父は酒癖は悪いし、ヘビースモーカーだったがそれを除けば、真面目で穏やかな人間だった。学歴が無いので、ほとんど会社に勤めたことは無い。20歳代前半で起業し、50年間自営業を続けた。起業間もなくは仕事もないため、お昼からは春は花見に出かけ、夏は温泉に出かけた。個人事業主は組織の縛りがなくて自由。時代も緩やかだったのだろう。ついでに書くと、父は夜になると「占い」もやっていた。高島易断の免状を取り、虫めがねなど占いグッズを持って駅方面に出かけていった。看板屋が忙しくなるまでは、二束のわらじを続けたようだ。おかげで、親戚中の子供の名前が父の姓名判断でつけられることになる。もちろん僕もそうだ。父は占いのことを「手相 人相 だまかそう」と言っていたので、名前に関して納得がいってるわけじゃない^^☆僕が幼い頃には家にはお風呂が無かったのでよく 父と銭湯に行った。弟も一緒に。お風呂が自宅に無いと聞くと 若い方は驚かれるだろうが昭和40年代くらいまではよくある話だったのだ。広い大浴場は僕らにとってはプール替わりで、泳いでは周りの大人たちからよく怒られた^^銭湯の帰りに たまに近所のラーメン屋によった。それがとても とても嬉しかった。それにしてもラーメン屋の海苔はなんであんなに美味しいのだろう。☆10年以上前に 父が脳溢血で倒れた。僕は東京に居るのであまり会いに行けなかった。最後にあったときには、僕が誰かさえも分らない様子であった。☆そんな父を可愛そうと言う人もいるが僕はそうは思っていない。お酒が好きで 子供が好きで誰に対しても いつも笑顔だった。いい 人生だった自分の人生をせいいっぱい生きたそう思っている☆どうか 空の上でも美味しい酒を飲んでください
2015.01.03
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